建国記念日の謎,そして日本の休日(祝日)が増やされてきた事情など

              (2010年2月4日,更新 2021年1月20日

 天皇家の架空先祖までが「国民の祝日」になっている 不思議の国:日本を再考する

 

  【要  点】 西暦5000年ころになったら,日本の祝日(休日)は1年に何日に増えているのか(?)という,当面に生きるわれわれには無縁だが,いささか楽しい話題

 

  2010年2月11日は何回めの「建国記念の日」?
 
 今日は,2010年2月4日(水曜日)である。1週間後の2月11日は「国民の祝日」としての「建国記念の日」である。なお,この祝日は1967〔昭和42〕年から設定されているので,今年で44回めを迎える祝日である。この「建国記念の日」の起源は,一般につぎのように説明されている。

 いまから2670年も昔にさかのぼる紀元前660年2月11日,当時の天下を平定したとされる神武天皇が,大和橿原の宮で即位し,これが日本〔という国はまだ存在しなかったが〕の天皇制〔同じく天皇という名称の位もまだなかった〕の始まりとされる。

 ただし,神武天皇という「日本の初代天皇」は《架空の人物》である。奈良県橿原市にある神武天皇陵が,神武天皇の遺体なり遺骨を収めているわけもない。なお「神武天皇」関連のホームページには〈素顔の神武天皇〉の絵も出されているから,昔話としてはひとまず楽しい気分で鑑賞できる。

 けれども,あくまでも〈おとぎ話〔神話!〕の世界〉における「想像での似顔絵(?)」である。たとえば,つぎのように神武天皇として想像されて描いた似顔絵からヒゲを剃り落とすと,確かにあの「誰かによく似ている」ようにみえる。

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 国民の祝日」について

 ★-1「国民の祝日に関する法律(昭和23〔1948〕年法律第178号,最終改正 平成17〔2005〕年5月20日法律第43号 平成19年1月1日施行)は,こう規定している。なお,以下は「平成天皇の時期」,2010年時点での説明となる。

 第1条 自由と平和を求めてやまない日本国民は,美しい風習を育てつつ,よりよき社会,より豊かな生活を築きあげるために,ここに国民こぞって祝い,感謝し,又は記念する日を定め,これを「国民の祝日」と名づける。

 

 第2条国民の祝日」を次のように定める。

   元 日    1月1日 --年のはじめを祝う。

   成人の日   1月の第2月曜日 --おとなになったことを自覚し,みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。

   建国記念の日 政令で定める日 --建国をしのび,国を愛する心を養う。

   春分の日   春分日 --自然をたたえ,生物をいつくしむ。

   昭和の日   4月29日 --激動の日々を経て,復興を遂げた昭和の時代を顧み,国の将来に思いをいたす。

   憲法記念日  5月3日 --日本国憲法の施行を記念し,国の成長を期する。

   みどりの日  5月4日 --自然に親しむとともにその恩恵に感謝し,豊かな心をはぐくむ。

   こどもの日  5月5日 --こどもの人格を重んじ,こどもの幸福をはかるとともに,母に感謝する。

   海の日    7月の第3月曜日 --海の恩恵に感謝するとともに,海洋国日本の繁栄を願う。

   敬老の日   9月の第3月曜日 --多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し,長寿を祝う。

   秋分の日   秋分日 --祖先をうやまい,なくなった人々をしのぶ。
   体育の日   10月の第2月曜日 --スポーツにしたしみ,健康な心身をつちかう。

   文化の日   11月3日 --自由と平和を愛し,文化をすすめる。

   勤労感謝の日 11月23日 --勤労をたっとび,生産を祝い,国民たがいに感謝しあう。

   天皇誕生日  12月23日 --天皇の誕生日を祝う。

 

 第3条国民の祝日」は,休日とする。

   2 「国民の祝日」が日曜日に当たるときは,その日後においてその日に最も近い「国民の祝日」でない日を休日とする。

   3 その前日及び翌日が「国民の祝日」である日(「国民の祝日」でない日に限る。)は,休日とする。

 ★-2 「建国記念の日となる日を定める政令(昭和41〔1966〕年政令第376号)

 国民の祝日に関する法律第2条に規定する建国記念の日は,2月11日とする。

  附則(省略)

 ★-3「春分の日及び秋分の日」について

 祝日のうち,「春分の日」及び「秋分の日」は,法律で具体的に月日が明記されずに,それぞれ「春分日」,「秋分日」と定められている。

春分の日」及び「秋分の日」については,国立天文台が,毎年2月に翌年の「春分の日」,「秋分の日」を官報で公表している。詳しくは,国立天文台ホームページ「よくある質問」(質問 3-1)を参照。

 ★-4「昭和の日」について

 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律(平成17年法律第43号)が平成19年から施行され,「国民の祝日」として新たに「昭和の日」が加わり,「みどりの日」は5月4日となった。

 「昭和の日 4月29日」 --激動の日々を経て,復興を遂げた昭和の時代を顧み,国の将来に思いをいたす(筆者註記:1945年以前における昭和天皇の事績:失敗は問わないということらしい)。

 「みどりの日 5月4日」 --自然に親しむとともにその恩恵に感謝し,豊かな心をはぐくむ。

 また,「国民の祝日」が日曜日に当たるときは,その日後においてその日に最も近い「国民の祝日」でない日を休日とすることになった。

 註記)http://www8.cao.go.jp/chosei/shukujitsu/gaiyou.html 参照。

 

 「皇室祭祀令」明治41〔1908〕年に定められた皇室祭祀の日にち

 以上に,現行「国民の祝日」を法律にしたがい一覧してみた。つぎに,旧・皇室令第1号として規定された「皇室祭祀令」(明治41〔1908〕年9月19日)から,「国民の休日」に比較する材料としてその一部のみ,「第2章」の第8条・第9条・第10章を紹介する。

 第二章 大祭

  第八条 大祭ニハ天皇皇族及官僚ヲ率イテ親ラ祭典ヲ行フ天皇喪ニ在リ其ノ他事故アルトキハ前項ノ祭典ハ皇族又ハ掌典長ヲシテ之ヲ行ハシム

  第九条 大祭及其ノ期日ハ左ノ如シ

   元 始 祭     一月三日
   紀元節祭    二月十一日
   春季皇霊祭   春分
   春季神殿祭   春分
   神武天皇祭   四月三日
   秋季皇霊祭   秋分
   秋季神殿祭   秋分
   神 嘗 祭     十月十七日
   新 嘗 祭     十一月二十三日ヨリ二十四日ニ亘ル
   先 帝 祭     毎年崩御日ニ相当スル日
   先帝以前三代ノ式年祭   崩御日ニ相当スル日
   先后ノ式年祭       崩御日ニ相当スル日
   皇妣タル皇后ノ式年祭    崩御日ニ相当スル日

  第十条 式年ハ崩御ノ日ヨリ三年五年十年二十年三十年四十年五十年百年及爾後毎百年トス
      神武天皇祭及先帝祭前項ノ式年ニ当ルトキハ式年祭ヲ行フ

 註記)http://homepage1.nifty.com/gyouseinet/kenpou/koushitsu/koushitsusaishirei.htm 参照。

 これをみても分かるように「先代などの天皇」の「命日(いわゆる崩御)〔ニ相当スル日〕」に,なにやら,ひどく・ずいぶん,こだわった規定になっている。先祖を祭祀することばかりに関する〈祭祀〉日だから当然とはいえ,この「皇室神道」の決まりに強く感じとれる宗教性に注目しておきたい。

 なお,② に一覧した「国民の祝日」と共通する〈日にち〉が多いが,基本的には,この「皇室祭祀令」に定められた日にちが「国民の祝日」の〈骨格〉あるいは〈主柱〉になっている。

 とくに「紀元節祭:二月十一日」は,歴史的に存在したかその保証など本当は皆無である〈初代の神武天皇〉が「成就させたとされる事績」に関して,決められていた日付であるから,どだいマユツバものである。自民党衆議院議員であった中山正暉は「建国の日と神武天皇は無関係」と喝破したことがある(1984年)。

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 昭和天皇の末弟三笠宮崇仁(みかさのみや・たかひと)は,1950年代後半に巻きおこった「建国記念日」に関する議論のなかで,自分の所属する「史学会」(1889:明治22年11月創立)に対して「建国記念日」制定に反対する決議を迫った。だが「史学会」がわは,学術団体に政治的決議は馴染まないと応せず,この態度に憤慨した三笠宮は「理事長独裁を批判する」とのコメントを出し,世間を騒がせた出来事がある。

 三笠宮については,本ブログ内ではいくつか関連する記述をおこなってきた。なかでも,つぎにリンク先を挙げておく記述は,「明治以降,天皇家万世一系のからくり」という問題に関連させてとりあげた文献,鬼塚英昭『日本のいちばん醜い日-8・15宮城事件は偽装クーデターだった-』成甲書房,2007年が,その日(「敗戦の日」)に皇居内で生起したクーデタの現場主導者:「犯人」が三笠宮であったと解明・推理している。

 鬼塚英昭によるその指摘が的中しており,正当だとすれば,皇室一族の魑魅魍魎ぶりも一筋縄にはいかない。

 ◆ 戦前において軍人だった三笠宮の画像 ◆
 

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 出所)1943年8月,朝日新聞』2016年10月28日朝刊。

 

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 出所)1933年5月25日,朝日新聞』2016年10月27日夕刊。

 

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  出所)1936年4月,日本経済新聞』2016年10月28日朝刊。

 補注)この写真は,1936年4月に「満洲・朝鮮視察のため東京駅を出発する三笠宮」の姿である。

 ここで参考にまで,中国人民共和国の休日,2007年12月14日公布の『全国の祝日および記念日の休暇弁法』により定められた「中国の祝祭日」を,以下にかかげておく。これらの公休日に合わせて前後の土日を振り替えたりし,3連休とするばあいが多いようである。 こちらのほうは正直に「農事」との暦的な関連を表記している。

 (一) 新 年: 休み1日(1月1日)

 (二) 春 節: 休み3日(農暦大晦日,正月1日,2日)

 (三) 清明節: 休み1日(農暦清明当日)

 (四) メーデー(労働節): 休み1日(5月1日)

 (五) 端午節: 休み1日(農暦端午当日)

 (六) 中秋節: 休み1日(農暦中秋当日)

 (七) 国慶節: 休み三日(10月1日,2日,3日)

 

  「皇室祭祀令」から「国民の祝日」として登場した,とくにその「差分として現われた祝日」などについて

  ★「成人の日」は,以前は1月15日に決められていたが1月の第2月曜日に変更され,毎年のカレンダーに合わせて若干可動的に置かれている祝日である。どうしてこのように可動的に,月曜日になる日にちに設定しているかは,あえて説明しなくてもよいと思われるので,割愛する〔→2003〔平成15〕年「祝日法の改正(ハッピーマンデー制度)」のこと〕。

 ★「昭和の日」4月29日は,現在は伏せて隠しているけれども,いうまでもなく「天皇裕仁」の誕生日である。昭和時代に生まれた世代はよくしっている。彼は,旧大日本帝国時代の帝国陸海軍を統べる大元帥でもあった。1945年の前後をとおしてこの「国民の祝日」が置かれており,彼はいまもなお「国民」に誕生日を祝ってもらっていることになる。

 補注)現在,4月29日は祝日の「昭和の日」であるが,昭和前半:1927〜1947年は「天長節」,敗戦後になってから1948〜1988年は「天皇誕生日」,昭和天皇の死後1989〜2006年は “自然の恩恵に感謝する” 「みどりの日」といいかえられ,2007年に再度「昭和の日」へ戻された。

 

 なぜ,そのように昭和天皇の誕生日が暦の上において指称される名前が変遷してきたのか,一考の価値もありそうである。

 ★「憲法記念日」5月3日は,戦争に敗北した大日本帝国が旧明治憲法を改正して〔より正確にいうと「占領軍に指示(主導)されて」そうしたから「押しつけられた」とも表現されることもある〕,日本国憲法を公布・施行した。この新憲法の公布されたのが 1946〔昭和21〕年11月3日,施行されたのが 1947〔昭和22〕年5月3日であった。

  ★「みどりの日」5月4日は,1週間程度の連休を〈ゴールデン・ウィーク〉と呼ばねばならないほどの働きバチ=日本人にために,前後の日がすでに休日(国民の祝日)だということ,そして,すでに実際にはこの4日も休みにしてしまう事業所も多くあった事情も斟酌して,「ついで休日にしてしまえ(!)」ということであった,と推察する。

 ★「こどもの日」5月5日は,となりの韓国にもある休日であるが,ほかの国々にはみかけないようである。ともかく,黄金の連休のしんがりに位置する「国民の祝日」である。「こどもの人格を重んじ,こどもの幸福をはかるとともに,母に感謝する」休日であるというけれども,この日にかぎってとくに思うべきことがらにも「思えない」が・・・。

 ★「海の日」7月の第3月曜日は「海の恩恵に感謝するとともに,海洋国日本の繁栄を願う」と説明されているが,これは本来の意味をすっ飛ばしている。制定当初は7月20日だったが,祝日法の改正(ハッピーマンデー制度)にともない,2003年〔平成15〕年から7月の第3月曜日に置かれる「国民の祝日」となった。

 もともと「海の記念日」という記念日があった。これは,1876年〔明治9〕年に明治天皇が東北地方を巡幸したさい,軍艦ではなく灯台巡視用の汽船「明治丸」に乗船して航海をし,7月20日に横浜港に帰着したという。この明治天皇の行事に因んで,1941〔昭和16〕年,当時の逓信大臣村田省蔵が提唱して制定された〈記念日〉である。そして,2003年〔平成15〕年から「国民の祝日」のなかった〈7月〉に設定したわけである。

  ★「敬老の日」9月の第3月曜日は「老人を敬愛し,長寿を祝う」「国民の祝日」であるから,高齢社会に至っている21世紀の休日としては,とても適っている。とはいっても,孤独な生活を強いられている,それも過疎地域から離れられないで暮らしている多くの高齢者が「この日だけ敬愛され長生きを褒められ祝ってもらっても」,当人たちはそれほどうれしくなれないのではないか。

 ★「体育の日」10月の第2月曜日は,以前は休日のなかった10月に新しく,それも学校では運動会がおこなわれる月だということで,置かれたお休みの日と思われる。メタボチックなお父さんたちは「この日に若いころを思い出して急に張り切って運動したら,アキレス腱を切断するかもしれないので要注意」である。本ブログの筆者は,そうした実例を何人もみてきた。「スポーツに親しみ,健康な心身をつちかう」のは大いにけっこう,誰も否定しない。

 ★「文化の日」11月3日は,明治天皇の「隠れ誕生日」だと指摘してもけっして揶揄にはなるまい。日本国民が「自由と平和を愛し,文化をすすめる」という気持を,いかなる理由があってなのかしらないが,もとは「明治天皇の誕生日」であるこの「文化の日」に,なにゆえ特別にもたねばならないのか。歴史の事実はその〈真逆の成果〉を実証しているせいで,明治天皇の誕生日である点を正面に出せないのではないか?

 明治の時代はむしろ「差別と戦争を好み,アジア侵略をすすめた」気分が,大日本帝国内においては横溢していたのではないか? 台湾・朝鮮の植民地化,日清・日露戦争。この時代の天皇の産まれた日を「国民の祝日」として祝ってもらおうとするにも,躊躇があり,気まずくも思っているらしく,それを「文化の日」と名付けて〔=すり替えておき〕休日にしているのではないか。

 こうした意図が奈辺にあるかどうかはあえて詮索しないとしても,その由来をわざと隠したかのように「休日=国民の祝日」である「文化の日」を,実は「明治天皇の生まれた日」に設定してきた。敗戦後,間もないころのことであった(1948年)。「坂の上の雲」が時鬱は,1945年8月を境に「坂の向こうの暗雲」に変わっていたという「歴史認識」がなかったとはいえまい。

 ★「勤労感謝の日 11月23日」は,皇室の祭祀(行事)でいえば「新嘗祭」である。キリスト教でいえば「感謝祭」である。この休日の主旨である「勤労をたっとび,生産を祝い,国民たがいに感謝しあう」ことと皇室の「新嘗祭」の宗教行事との関連づけは〈歴然としている〉。

 にもかかわらず,それを故意に断ち切ったようなかたちで,この「勤労感謝の日」がを設定している。妙ちくりんに不自然でありつつも,なにやら皇室のためにこそ勤労できるらしい「日本国民」は,このありがたき自身の立場に感謝せよ,とでもつぶやかれるかのような11月23日……。

 ★「天皇誕生日 12月23日」はもちろん,平成の「天皇の誕生日を祝う」「国民の休日」である(本日:2021年1月20日~表現すると「であった」となるが)。もっとも,日本の国民は挙って無条件に「天皇明仁の産まれた日」を,かしこまってうやうやしく祝わねばならない絶対的な義務を課せられているというわけはない。この日を祝う気持に協調しない国民が〈非国民〉よばわりされる筋合いは寸毫もないし,それを罰する〈不敬罪〉のような法律もない。ただ,休日にしてくれていることに感謝する気持は,誰にでもあるかもしれない。

【付  論】 本日,2021年1月20日の『日本経済新聞』朝刊にだが,たまたまこういう記事が出ていた。

 

   ★タイ不敬罪禁錮43年 過去最長,ネット投稿巡り判決 ★
      =『日本経済新聞』2021年1月20日朝刊9面「国際」=

 

バンコク = 村松洋兵】 タイの刑事裁判所は〔1月〕19日,不敬罪に問われた元国家公務員の60代女性に対し,禁錮43年6月の判決をいい渡した。2014~15年に王室を批判する音声をインターネットに投稿したとして有罪と判断された。弁護士団体によると不敬罪の刑期では過去最長という。不敬罪撤廃を求める反体制デモ隊が反発を強めるのは必至だ。

 

 女性は王室に批判的なグループが作成した音声をフェイスブックなどで共有したとして,2015年に不敬罪容疑で逮捕された。不敬罪は1件につき禁錮3~15年が科される。裁判所は計29件に対して禁錮87年としたが,女性が罪を認めたため43年6月に減刑した。弁護士団体によると,これまでの最長は35年だった。

 

 不敬罪はワチラロンコン国王の意向で2018年以降は適用が控えられてきたとされる。だが,2020年後半に王室改革を求める反体制デモが活発になると,政府は方針を転換して取り締まりを強める姿勢を示した。

 

 警察は2020年11月以降にデモ隊の指導者ら40人以上に不敬罪の疑いがあるとして出頭を命じ,事情聴取した。1月13日には王族の肖像画にスプレーで批判的な文言を書いた容疑で,男子大学生を逮捕した。警察が一連のデモ参加者を同容疑で逮捕したのは初めてだ。

 

 首都バンコクでは16日に不敬罪撤廃などを求める反体制集会が開かれた。警察は新型コロナウイルス対応の非常事態宣言により集会は禁じられているとして解散を命じた。この際に警察とデモ隊がもみ合いになりデモ隊の数人が逮捕された。(引用終わり)

 この『日本経済新聞』朝刊の「社会」面には,つぎの記事も掲載されていた。見出しは「故羽田雄一郎氏に従三位 旭日大綬章も」,本文は「政府は〔2021年1月〕19日の閣議で,2020年12月27日に53歳で死去した元国土交通相羽田雄一郎氏を従三位に叙し,旭日大綬章を贈ると決めた」となっている。 

 なお,従三位とは「位階」のひとつである。この位階(いかい)とは、国家の制度にもとづく個人の序列の標示であり,位(くらい)ともいう。基本的には「地位,身分の序列,等級」といった意味であり,天皇を最高・至上の「位」に置いたうえで,それ以下(足元)に人びとを,階層ごとに並べて位置づけた “古代的かつ中性的な封建政治思想” の具現体である。つぎの画像資料をみたい。(クリックで拡大・可)

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  さすがに新憲法日本国憲法)のもとでは,位階の制度そものは廃止にしていた。しかし,その「生きる屍」的な制度は「死没者に対すす追賜・昇叙と生存者叙勲がある」として,21世紀の現在にまで,なお存続させられている。

 「位階」そのもののが,天皇を絶対的な価値中心とする「臣民⇒人民:国民」に対する「位」の授与であるかぎり,生きた人間であれ死んだ人間であれ,「天皇への近さ」を尺度として「人間じたいの価値」を絶対的に決めるという皇国社会的な政治価値観は,はたして日本国憲法の基本精神に合致しうるのか,矛盾することなどないのかと問うとすれば,ここに日本国憲法が「本来」よりかかえていた根柢の重大問題が,あらためてとなるけれども,ただちに指摘されうる。

 参考にまで言及しておく。政府が公表している関連の資料は,「栄典制度の概要1」において,こう解説している。

 註記)以下は,https://www8.cao.go.jp/shokun/yushikisha/290619shiryo6.pdf 参照。

 

 ※-1 栄典の根拠等

 日本国憲法(抄)第7条は,「天皇は,内閣の助言と承認により,国民のために,左の国事に関する行為を行ふ。七  栄典を授与すること。第14条3 栄誉,勲章その他の栄典の授与は,いかなる特権も伴はない。栄典の授与は,現にこれを有し,又は将来これを受ける者の一代に限り,その効力を有する」と定めている。

 補注)とはいえ,このように断わっていても,絶対に「栄誉,勲章その他の栄典の授与は,いかなる特権も伴はない」と世間一般のあいだで理解されているかといったら,疑問は残るというほかない。

 

 ※-2 栄典制度の沿革

 明治8〔1876〕年4月「勲章従軍記章制定ノ件」(太政官布告第54号) 公布により勲章制度を創設し,また,明治14〔1882〕年12月「褒章条例」(太政官布告第63号)公布により褒章制度を創設した。

 

 ※-3 生存者に対する叙勲は,戦後一時停止(昭和21〔1946〕年5月3日閣議決定)していたが,生存者叙勲として昭和39〔1954〕年春から春秋叙勲として再開(昭和38年7月12日閣議決定)された。そのさい,それまでの叙勲制度が官吏および軍人中心のものであったのに対し,国民の各界各層を対象とする叙勲制度にあらためられた。

 補注)この解説はなにを意味しているか? 二重の,裏表(うらはら)の含意があったと受けとるほかない。焼け太り的な改制度になっていた要素がない,とはいえないからである。 

 

 ※-4 21世紀を迎え,社会経済情勢の変化に対応したものとするため栄典制度の見直しをおこない(平成14〔2006〕年8月7日閣議決定),平成15〔2007〕年秋の叙勲及び褒章から現在の制度に移行した。

 

 ※-5 平成15〔2007〕年の改革から10年以上経過したことに鑑み,社会経済の変化に対応して栄典授与分野や事務の見直し等について定める「栄典授与の中期重点方針」(平成28〔2016〕年9月16日閣議了解)を策定。

 

  いくつかの疑問

 皇室の祭祀とはいっても日本の歴史,それも「皇室における歴史」を回顧してみると,新嘗祭大嘗祭など祭祀(行事)が中世においては断絶していた時期もあった。それらはまた,どこまでも天皇家における・朝廷内における祭祀であったものを,明治時代になって,それも古代史的にも不確かな根拠しかない伝統(?)にもとづいていたに過ぎなかった。

 けれども,近代的に「新しく創造」してみた「近代天皇制」は,国民=臣民に対してとなると,それもただ密教的に恭順させてきたに過ぎず,ともかく「我が国はそうなっていた」のだとだけ,ひたすら権柄ずくで無理やりに押しつけてきた。それを政治思想史的に疑ったり,顕教的に暴露させて反対したりする者たちはただちに排斥された。それでもまだ,国家の決めた皇国史観を否定する者たちは徹底的に弾圧され,時には必要に応じて死も与えた。

 日本国憲法を「押しつけ憲法」という者もいるけれども,明治憲法(旧大日本帝国)のほうが国民=臣民にとっては,はるかに高度にかつよほど強烈に「押しつけ帝国憲法」であったことを忘れてはいけない。「国民の祝日」のなかには「国民の視野・目線」をあえて遮断・隠蔽するかのようにして,横槍的に「押しこめられている皇室祭祀」が伏在させられている。この「嘘っぽい要素」から目は離さないで,つぎに興味ある論点を考えてみたい。

 1) 大正天皇に因む「国民の祝日」がないのは,なぜか?

 天皇「誕生日」関係に注意してみると,明治天皇の休日〔に間違い日付としての「国民の祝日」〕はあるのに「大正天皇」のそれはない。なぜか? とても不思議である〔と思わないでいいのか?〕。大正天皇の誕生日は〈祭日〉に置く必要はないのか? この疑問はきわめて素朴な発想であるが,もっともなものでもあることは,ただちに理解してもらえるはずである。

 「明治以降,天皇家万世一系のからくり」「皇室における〈落胤の系譜〉に潜む秘密(みのがせない疑問)」とでも表題を付して論じてもいいのだが,大正天皇自身は,日本の皇室の連綿性〔=皇統譜〕を守るために必要である男子を4人も作ってくれた。それも側室1人も置かないで,貞明皇后にその子ども:男子を産ませてくれた。

 大正天皇に因んで,なにゆえに「大正天皇の祝日(8月31日)」を設定していないのか? 父親の明治天皇はこの大正天皇を,唯一の男子として側室の1人に産ませていたが,多くの妾連を相手にしていたものの,それっきりであった。いささか,まぜっかえすようにいわせてもらうとするが,夏休みの最終日〔そうではない日本の地域もあるが〕が大正天皇の誕生日だからか? 

 a) 明治天皇の場合,複数いた側室との性的な営みに励んでいたと思われるが,成人まで育った男子は,大正天皇1人以外は儲けられなかった。

 b) 昭和天皇は,平成天皇とこの弟の2人を男子として儲けていた。昭和天皇の場合,その2人の男子をはさんで上と下に女子を4人と1人,都合5人の子どもがいた。戦前のことでもあったし,昭和天皇は妻が平成天皇を産むまでは,お付きの者たちともども,やきもきさせられていた。

 裕仁夫婦の周辺に陣どる宮内省関係者は,良子(ながこ)が男子を産むまで5人めの子どもの誕生を待たねばならなかった。こちらの者たちはそれなりの立場にあって,良子が初めて男子を産むまではやきもきし,焦っていた。男児を創れないこの夫婦のなかに “第2夫人を送りこめ” という提案(画策)もあったという。

 --ということで,明治天皇は成人した男子1人,昭和天皇は男子2人をそれぞれ儲けていた。参考にまでいえば平成天皇は男子2人を儲けていたが,その息子の徳仁は現在まで世継ぎとなる男子は儲けていない。弟の秋篠宮が男子として悠仁を儲けていた。

 c) 大正天皇は,裕仁秩父宮高松宮三笠宮の4人を,側室の助け〔腹を〕を借りないでY染色体(遺伝子)の継承者を製作できていた。皇統の連綿性を考慮して評価すれば,天皇家の祭主は「皇位の継承者」である「種」主を絶やさないための仕事が非常に重要である。

 以上  a)  b)  c)  を勘案すれば,大正天皇の誕生日も休日としておき「国民に祝わせないほうがおかしい」のではないか? つい最近の世相であった出来事を思いだそう〔なお,この記述は2010年時点に書かれていたので,念のため〕

 現在は〔2019年5月から〕「令和の天皇の時期」になっているが,2010年当時までにおいて「皇太子徳仁と雅子夫妻のあいだにに男子ができていなかった」問題は,なにかと世の中を話題を提供していた。

 その意味でも,天皇夫婦として自分の子ども:男子「皇位継承者」を4人も儲けていた大正天皇が,現在における日本の休日「国民の祝日」に利用(活用?)されていないのは,たいそうおかしく,不審なこと(=疑問になるはず)ではないか?

 単純な話,「労働者・サラリーマン」〔ただし正規社員を中心に,またとくに公務員など〕の立場からすれば,国家が公認する休日が増えるのは,ともかく大歓迎である。

 2) 天皇誕生日をすべて休日にしていったら,今後はどうなるのか

 天皇の誕生日を「休日:国民の祝日」の設定のために歴史的に利用していながら,それでいて「この由来を意図的に隠蔽した」かのようにもしている印象を残しているのは,奇妙な作法である。日本国の「国民の祝日」の設定に関する〈そういうやりかた〉をするのが,この国家の流儀なのであるといって,済まされる問題点ではない。

 さて,以下につづけてとりあげる話題は,大正天皇の誕生日が休日になっていない事実は,ひとまず棚上げしての話となる。

 日本が古代史のある時期に一国の体裁を形成しはじめてから,約千3百年が経つとされる。明治維新を契機にそれ以来急速に「朝廷:皇室」という歴史的な概念が,最大限に膨張させられる政治的な方針が採用された。日本という国のあらゆる場面・領域に「天皇天皇制」の価値観を浸透させようとしてきたのである。

 平成の元号をもついまの時代においては,天皇「誕生日」に由来する休日は,明治天皇昭和天皇と平成天皇の3日がある。それでは,現行の「平成天皇の休日」は,彼が死んだあとにも「国民の祝日」として再設定されるのか? 本ブログの筆者は多分置かれる,と予想している。

 補注)この段落の記述は,2010年2月中における記述であった。この予想「平成天皇の誕生日」が「『国民の祝日』になるとの予想」は外れた。しかし,今後においてなにか関連する動き(変化)が起こらないとはかぎらない。いま〔2021年1月〕から1年ほど前の『東京新聞』のつぎの記事を引用して,いくらか関連する含意のある文章をさらに書いておきたい。

     上皇さま誕生日の12月23日,将来は祝日「平成の日」に? ◆
  =『東京新聞』2019年12月24日 11時52分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/18365

 

 30年ぶりに平日となった〔2019年〕12月23日。今年,平成から令和への天皇の代替わりがあり,天皇誕生日が2月23日に変わったからだが,明治天皇の誕生日は「文化の日」,昭和天皇の誕生日は「昭和の日」として続いている。平成の天皇だった上皇の誕生日は将来,「平成の日」として祝日に復活するのか。

 

 ◆-1 30年ぶりに12月23日が平日

 平日の「12月23日」を街ゆく人たちはどう受けとめたか。「今月に入って,スマホのカレンダーをみたら23日が赤くなっていないのに気付いた。今日は午後から休みを取って,いつもより早く飲みにいきます」。そう話したのは東京・新橋駅前の広場で待ちあわせをしていた台東区の会社員女性(28歳)。ほかにも「職場のスケジュール表を見て初めて気づいた」(千葉県印西市の会社員男性)など,当然休みだと認識していた人も多いようだ。

 

 昭和天皇の誕生日の4月29日は1989年1月7日の崩御後に国民の祝日の「みどりの日」とされた。だが,この一見,天皇と無関係な名称に対し自民党内の保守派などが反発。祝日法改正案が三度も提出され,2007年から「昭和の日」となった。「みどりの日」は5月4日に移されて現在に至る。

 

 ただ名称はともかく,昭和天皇の誕生日は一貫して祝日なのに,12月23日はなぜ,平日になったのか。「国民の祝日」を所掌する内閣府大臣官房総務課に問い合わせると,天皇の誕生日が変わったという事実に沿った祝日法改正があったからだという。

 

 ◆-2「ご存命中は議論避けるべき」

 同課管理室の山本昌男氏が「あくまでも個人的な意見」と念を押した上で,12月23日を祝日にすることについては「今後の議論にもよるが,少なくとも上皇陛下がご存命中に議論をするのはあまり好ましくない」と話した。昭和から平成への代替わりは,昭和天皇崩御に伴うものだったが,今回は生前退位によるという事情が影響しているらしい。

 

 ちなみに大正天皇の誕生日の8月31日は盛夏期であることから10月31日を祝日としていたが,現在は残っていない。明治天皇の誕生日である11月3日は,崩御から15年後の明治節として祝日になり,戦後は国民の祝日の「文化の日」として続いている。

 

 武蔵野美術大の志田陽子教授(憲法)は「存命中の退位は憲法でも皇室典範でも想定されていないことなので,どうするかについては国民的な議論を呼びこむべきだ」と話す。

 

 そして「存命中の人物の誕生日を祝日とすることは避け,逝去後に考えるという選択肢はありうる」としたうえで,「考えた結果,祝日にする選択もあれば,祝日として復活しないという選択もある。民意をきちんとすくい上げることが求められる」と付けくわえた。

 

 ◆-3「明治の日」制定の動き,元号の政治利用に懸念の声

 ただ志田氏は,再び祝日にするとしても,「名称には注意が必要だ」として,昭和天皇の誕生日の「みどりの日」から「昭和の日」に変更された例にくわえ,「文化の日」も「明治の日」と名称を変えようとする動きを挙げる。

 

 今〔2019〕年10月には,保守系市民団体「明治の日推進協議会」が国会内で集会を開き,自民党議員でつくる「明治の日を実現するための議員連盟」に,改称に賛同する百万人超の署名を手渡した。戦中・戦前に戻るかのような改称には,有識者から疑問の声が出ている。

 

 志田氏は「元号を日本社会にとっての基本価値にしようとしているのではないか。天皇誕生日を祝日にするさいに,名称が政治利用されないように気を付けるべきだ」と訴える。(引用終わり)

 

 この『東京新聞』の記事に反映されている議論,「天皇誕生日を祝日にするさいに,名称が政治利用されないように気を付けるべきだ」という指摘(留保:注意点)は,おかしい筋書きである。実際,この途中には,「国民的な議論を呼びこむべきだ」という識者の意見が紹介されている。

 

 なかんずく,日本国憲法第1条から第8条まで天皇のことを書いているにもかかわらず,この天皇の誕生日を「国民の祝日」にするかどうかの議論をするさい,「政治利用されないように」と注文を付けることじたい,自家撞着した考え方になるほかない。政治そのものの問題であった。

 本ブログは,別の記述のなかで,大正天皇の場合,1人の妻に4人産ませたはずの男子が,実はすべて彼の「実子」ではなく「他人の種(胤)」になるものであった,という秘話を紹介した。そのせいなのか,日本の「国民の祝日:休日」のなかにはいまもって,「大正天皇」の休日が置かれていないものと,推理してみるのも一興である。

 そこには多分,国民・臣民にはけっして明かすことのできない天皇家内の,いうなれば,世間通常の感覚でいえば口にしにくい「秘密の事情」が隠されている。そうだとすれば,いつまでもそのように絶対的に隠しつづけていかねばならない皇室内の歴史的な事情もあった,といういうことになる。

 とりわけ,戦前体制のなかでとなれば,いわゆる〈皇族〉集団じたいとこれに近しい人間関係の範囲では,みながその事実をしっていたと推察されていい。そういってみても,なにもおかしい点はない。もっとも,その付近の正確な情報はいまもなお,公にその事実が明るみに出されることはけっしてない。いわば〈完黙の禁句〉事項でありつづけている。

 その種の話題はさておき,平成天皇の時代以降も,仮に歴代天皇たちがみな「休日」=「国民の祝日」を置かれるべき天皇になると想定した議論をしてみたい。

 そこで,1世代を30年で計算すると,皇統の連綿たる継続性がとぎれないと仮定して,3百年が経つと,その休日は10日分だけ増える。さらに3千年が経つと,その休日は100日分までも増える。

 すなわち,1年は52週あり,土・日曜日が計104日,これに「国民の祝日」15日を足すと合計119日となる。このとき,土曜日と祝日が重なる日はその分日数が減るわけが,ここではあえて代休の祝日は置かないとしておく。

 これにさらに,前々段に計算しておいた上記の「3百年が経って10日分の祝日増加」あるいは「3千年が経って100日分の祝日増加」をくわえるとどうなる? 3千年後のばあい〔西暦5000年ころは〕,それもこの国がまだ存在しているかどうかという心配をしながらの話にもなるが,1年365日のうち220日が休日,10日に対してならば6日も休みの日ということになる。

 あくまで仮想の話であったが,実に,変な・妙なところに到達した。日本の天皇天皇制がこれから数千年も維持されていくと想定した,そうした遠いさきの〈予定〉ではあっても,それなりにいささかは現実味のある議論と「受けとめてもよい話」であった。

 3) 民主主義の真価が問われる日本国の現状

 要は,「国民の祝日:休日」とは「天皇本位・天皇家のために定められた『国民の祝日』」である。現行の日本国憲法を,実質において戦前・戦中体制寄りに引きずりこみ,そちら側に少しでも近づけたいと策謀する政治家たち〔およびこの方面を懐旧する政治勢力〕が,いままで必死になってその民主主義の原理性を,「戦前回帰」的に骨抜きするための努力をした成果が,そのような「国民の祝日」という名を騙ったところの「天皇家の祭祀」を骨格・主柱とした〈休日の設定〉の現状なのである。

 本ブログの筆者は,「国民の祝日」はそのように〈観察され判断されるべき意味〉あいをもっていると理解する。それゆえ,歴史的にははるかに遠い未来にまで視線を投じてみる操作をおこない,これから還ってくる反響を聞いても明らかにされる論点に注意しなければならない。

 以上に論じてみた問題は,明治維新のときこの国のなかに新しくしこまれるかたちで,創られていた「古代を復古的に志向した」「後ろ向き(!?)」の「近代の天皇天皇制」,つまり,いまから1世紀半ほど以前に構築された〈過去の遺物〉を,21世紀になってもまだ捨て切れないでいる「日本における民主主義の永遠的に未熟な状態」を,あらためて客体的に認識しなければならないことを示唆する。

 冨永 望『象徴天皇制の形成と定着』思文閣出版,2010年は,現行の日本国憲法に規定され運用されている「天皇天皇制」のありかたに関して,吉田 茂のいった「議会主義的君主制」(116頁)という表現に言及していた。

 専制君主制→立憲君主制→「『民主主義』的君主制」という並べかたができるのかどうか専門家の意見を,さらに聞きたいところである(立憲君主制は民主制「民主主義の一形態」たりうるのか?)。

 いずれにせよ「共和制君主制」なる政治概念は,とうていありえない〈根本矛盾:形容矛盾〉の表現である。いうまでもなくその「民主主義的君主制」とは,日本国憲法にまつわって作られた,一種独特の政治的な概念であるが。

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2021年1月18日の菅 義偉首相による施政方針演説は,この政治屋の無策証明になっていた

 菅 義偉「施政方針演説」に読みとれる空虚さ,コロナ禍に無力・非力でありつづけて来た自民党公明党政権

 いまだに東京オリンピックを開催し,「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証(あかし)」にできるなどと妄想している,果てしもなく絶望的な「亡国の首相」ぶり 

 菅 義偉が施政方針演説のなかでいわく,「東京オリンピックパラリンピックは,人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として,また,東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたいと思います。感染対策を万全なものとし,世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現するとの決意の下,準備を進めてまいります」

 これをごく一般的な国民的・庶民的な感覚で論理的に精一杯表現するとしたら,五輪やる「カネ・ヒマ」などあるなら,そのために充ててきた経費全部を新型コロナウイルス感染拡大「問題」に向けるべきであったが,時すでに遅し

 IOC関係者などのほうからは,コロナ禍のもとで東京オリンピックの開催是非はWHOの判断を仰ごうなどと無責任きわまりない発言がなされている状況のなかで,「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」に利用したいという五輪開催を夢想するのは,非現実的きわまる感覚マヒ

 【参考記事】

 ましてや「東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたいと思」うのは,菅 義偉1人だけの勝手であっても,この国の首相が口にしてよい文句ではない。「原子力緊急事態宣言」も解除できない現状のなかで,五輪を開催したとしてなんの意味があるのか

 菅 義偉首相が1月7日,新型コロナウイルス感染拡大「問題」に向けて発令した「緊急事態宣言」に関しては,一月後には「絶対に・必らず」コロナ禍を収束させると発言していたが,これを聞いた瞬間,「アチャー,これはダメだ」という印象を抱かされた

 【参考記事】

 

  2021年1月初旬に菅 義偉が語ったことなど

 「頑なにコロナ対策の失敗を認めない菅首相 ブレーンの心も折れたか」『YAHOO!JAPAN ニュース』2021/1/15 (金) 7:05  配信,https://news.yahoo.co.jp/articles/e19db94e4542df9f180667b31340b3bf3d7d82e0(元記事『NEWSポストセブン』)が,菅 義偉の首相としての言動を,つぎのように報告していた。

 --菅 義偉・首相は年初からの10日間で4回,国民に語りかけた。1月4日の年頭会見では,「絶対」とこう強調した。

    「医療崩壊絶対に防ぎ,必要な方に必要な医療を提供いたします」

 1都と3県に緊急事態宣言を発出した1月7日の記者会見では「必らず」とこう断言してみせた。

    「1か月後には必らず事態を改善させる。そのために総理大臣としてありとあらゆる対策を講じてまいります」

 しかし,国民の何人がそれを信じただろうか。「あらゆる対策」といいながら,菅首相はコロナ変異種が国内で発見されても11か国とのビジネス往来の停止を先送りし,Go To イートの停止も「自治体の判断」に任せて,全国半数の県で続けられている(1月7日時点)。

 補注)その後,「11か国とのビジネス往来」は1月14日から停止せざるをえなくなっていた。

 菅首相自身,自分の言葉を信じてはいない。会見翌日に出演したテレビ朝日報道ステーション』のインタビューでそれがはっきり分かった。もし,1か月後に結果が出なかったら営業規制の対象拡大や宣言延長の可能性はあるのか。国民がしりたい疑問だ。

 そのことを問われると,こういってのけた。「仮定のことは考えない」〔などと発言もしていが,いったい〕, “あんたが考えなければ誰が考えるんだ” と国民を呆れさせた。

 1都と3県に続いて大阪,京都,兵庫の知事が緊急事態宣言を要請すると,その判断も丸投げした。

 「政府の分科会の専門家は『もうしばらく様子をみて,分析したい』という方向だったようだ。いずれにしろ,必要であればすぐ対応できるような準備をしている」(1月10日のNHK『日曜討論』)。

 菅首相は二言目には「必要があれば躊躇なくやる」というが,必要かどうかの判断は丸投げだ。そんな総理に,危機の打開を託せる道理がない。

 今日の時点で,最新のコロナ禍関連の報道としては,こういうものがあった。

     渡航歴ない静岡の3人,変異種に市中感染か…英国由来で感染力高い可能 ◆
  =『読売新聞 オンライン』2021/01/19 06:39,https://www.yomiuri.co.jp/national/20210118-OYT1T50233/

 

 厚生労働省は〔1月〕18日,新型コロナウイルスに感染した静岡県内の男女3人から,英国で流行する変異種が検出されたと発表した。3人に海外への渡航歴はなく,渡航歴がある人との接点も現時点で確認されていない。感染経路が不明な変異種の感染者が明らかになるのは初めてで,厚労省は変異種の市中感染が広がっている可能性があるとして警戒を強めている。

 

 発表によると,変異種が見つかったのは,静岡県内の20歳代女性とその濃厚接触者の40歳代女性のほか,60歳代男性。3人は,県内の同じ地域に居住している。いずれも今月上旬に症状が出て,現在は自宅で療養中だという。3人に海外への渡航歴はなく,厚労省の担当者は「国内で感染したとみられる」とし,感染経路を調べている。

 

 英国由来の変異種は,従来のウイルスより感染力が最大70%高い可能性がある。国内ではこれまで,南アフリカとブラジル由来の変異種も含めて41人の感染者が確認されているが,いずれも海外から入国した人や,渡航歴のある人の濃厚接触者だった。

 

 18日夜,東京都内で記者会見した国立感染症研究所の脇田隆字所長は「面的な広がりをもって,市中感染が起きているという認識はしていない」との見解を示した。今後,静岡県内で変異種の感染状況の調査体制を強化するという。

 

 厚労省はこのほか,英国から入国した東京都の20歳代男性1人からも英国の変異種がみつかったと発表した。


 「菅 義偉首相・国会施政方針演説」2021年1月18日から抜粋しつつ

 1) ブラックユーモアとしての施政方針演説

 まず最初に,菅 義偉は「内閣総理大臣に就任し,政権を担って4カ月,直面する困難に立ち向かい,この国を前に進めるために,全力で駆け抜けてまいりました。そうしたなかで,私が,一貫して追い求めてきたものは,国民の皆さんの『安心』そして『希望』です」と来た。

 この施政方針演説は冒頭から怖い文句を出している。菅 義偉の政治はそもそも特高的・憲兵隊的なな国民監視体制を採っており,「オレのいうことを聞かない奴は潰す」がモットーである専制的独裁志向の為政をしている。

 結局,コロナ禍のためにそれでさえ不安になっている国民たちの気持を逆なでするかのような為政しかできない,この政治屋:菅 義偉君の口を介して,「一貫して追い求めてきたものは,国民の皆さんの『安心』そして『希望』です」と説かれた分には,冷汗モノでしかありえない。

 2)【観光立国】で菅 義偉首相いわく,「我が国には内外の観光客を惹きつける『自然,気候,文化,食』がそろっており,新型コロナを克服した上で,世界の観光大国を再びめざします」と。

 コロナ禍を促進・昂進させる結果を誘引しただけであった「Go To トラベル」キャンペーンや「Go To イート」政策を,しかも私権(私物化の「いまだけ,カネだけ,自分だけ」の4流政治)がらみに展開してきた張本人の1人が,いったいなにをいうかと思いきや,最後の部分でこういう〈空念仏〉まで唱えていた。

 夏の東京オリンピックパラリンピックは,人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証(あかし)として,また,東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたいと思います。感染対策を万全なものとし,世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現するとの決意のもと,準備を進めてまいります。

 

 まずは,1日も早く感染を収束させ,皆さんが安心して暮らせる日常,そして,にぎわいのある街角を取り戻すため,全力を尽くします。未来への希望を切り拓くため,長年の課題について,この4カ月間で答えを出してきました。

 

 皆さんに我が国の将来の絵姿を具体的に示しながら,スピード感をもって実現してまいります。1人ひとりが力を最大限発揮し,たがいに支え,助けあえる,「安心」と「希望」に満ちた社会を実現します。

 3)   この結論部の主張は「国家主体」の存在(その意識をもち,決断をする組織人格体)が欠落している。この国の未来像は国民たちが,もっぱらかつひたすら「自助」で生活を構築・展開していくべき必要性を定言している。国家の責任である「公助」はどこにあるのか(?),皆目見当すらつかない「迷演説」になっていた。

 「国家じたい」が「力を最大限」に「発揮し,たがいに支え,助けあえる」医療体制を構築することに第1義的な関心がなかった,いままで政府による「対・新型コロナウイルス感染問題」に対する対応ぶりは,国民たちの日常生活に対して「不信」と「絶望」を与えつづけてきた。

 菅 義偉の施政方針演説は,〈現状のごとき不安な社会〉を踏まえていえば,言語道断どころか支離滅裂のきわみであり,つまりは絵空事である。

 4)   そもそも菅 義偉は前段で,自身が2020年9月16日,首相になって以来,「未来への希望を切り拓くため,長年の課題について,この4カ月間で答えを出してきました」と誇っているが,実際にその間に進行してきた日本の政治の評価については,「政府への忖度心あふれる新聞社」による世論調査の結果(最新)であっても,内閣支持率が不支持率を下回る結果に転じていた

 ※-1 菅内閣「不支持」49%・「支持」39%で初の逆転,コロナ対策に強い不満か,読売世論調査

  --『読売新聞 オンライン』2021/01/18 08:09。

 

 ※-2 菅内閣の支持率は33%で,2020年12月12日におこなった前回調査の40%から7ポイント下落した。不支持率は57%(前回49%)だった。2020年9月の政権発足直後の調査で64%だった支持率は,前回に続いて大幅に低下し,不支持率が上回っている。

  --『毎日新聞 Web 版』2021年1月16日 17時00分。 

 菅 義偉自身は誇れるものとして表現しているらしいが,「この4カ月間で答えを出してきました」といった政権の行状は,国民たちからすると,以上のような評価を下されていた。菅 義偉君,冗談も休み休みいったらどうか,というところである。

 だが,この首相は,コロナ禍の発生・継続を奇貨として,戦前・戦中のごとき特高警察や憲兵隊などによるごとき監視体制をととのえようとしており,「国民たちの日常生活」を強権・強圧的に見張り,不当かつ不法な統制をくわえようとしている。となれば,菅 義偉はすでに首相失格の烙印を押されたも同然である。

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 【参考記事】

 

  コロナ禍が猛威を振るっているヨーロッパのなかでも,フランスの場合を実際に体験しつつある日本人がこう指摘

    ★〈声〉日本の対策,人権配慮あるか懸念
       大学生 高山清人(フランス〔在住〕22歳) ★
     =『朝日新聞』2021年1月19日朝刊「オピニオン」=

 

 私はフランスに留学中だ。2回のロックダウンを経験し,ホームシックにもなったが,いまは帰国したくないとも思う。日本では,基本的人権に十分配慮がなされていないように思えるからだ。

 

 「自粛警察」が,その典型。休業要請や外出の自粛に応じていないと匿名で通報したりする。日本の新型コロナ対策は任意が原則だが,その背後に「空気」という曖昧な同調圧力も働いているのではないか。

 

 かたやフランスでは,外出や営業の許可条件は具体的に列挙され,違反すれば罰金を科せられるが,ルールは明確だ。取り締まるのも警察官で,民間人が民間人を「いやがらせ」する例は聞かない。

 

 人権上の問題は「自粛警察」だけではない。第1波のさい,日本政府は有効なビザをもつ外国人の再入国を拒否した。日本に住む外国籍の私の友人は日本を離れられず,家族と断絶され,苦悩していた。

 

 そしていま,日本政府は海外から帰国する日本人や在留資格のある外国人に,入国後14日間の待機などを誓約させ,従わない者の氏名や国籍を公表するという。対象となる人の権利にも十分配慮してほしいと願う。

 まるで戦時体制下の軍国日本の諸世相を彷彿させるのが,現状のコロナ禍下の21世紀日本である。安倍晋三東條英機に並べて立たせて比較する話題に触れたことがあったが,こんどは,菅 義偉を憲兵に,それも下士官のそれにたとえたらいいかもしれない。しかし,いまは1940年代前半の時代ではない。

 

 ここまで書いてきたところへ,開催中の大相撲1月場所関係の記事として,こういう報道がなされていることに気づいた。

 記事の見出しは「大相撲・九重部屋で親方ら5人新たに感染判明 全力士が休場中」『毎日新聞』2021年1月19日 00時38分  となっており,本文は「九重部屋初場所前に協会が実施したPCR検査の結果,前頭・千代翔馬十両・千代鳳,幕下以下の力士2人が陽性で,所属する全力士らが休場している」と書いていた。

 日本相撲協会は,1月場所が開始される寸前であったが,その2日前の8日に力士や関係者全員のPCR検査を実施した結果,陽性が判明した力士たちを休場させたりして,この場所の興行にこぎつけていた。そのニュースについて本ブログ筆者はすでに,つぎの記述で言及していた。

 この記事を書いたあとに湧き出てきた疑問が,かつてWHOの事務総長がこう語っていた事実に関連することがらであった。

 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は〔2020年3月〕16日の記者会見で,新型コロナウイルスの感染拡大防止に向け,感染者の特定が鍵を握るとして,対象を拡大して徹底的にウイルス検査をおこなうよう各国に求めた。「検査,検査,検査。疑わしい例はすべて検査するのだ」と述べた。

 註記)「 WHO事務局長,検査の徹底要求」『京都新聞』2020年3月17日 18:56, https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/189313

 というのは,日本相撲協会は1月8日という日付,1月場所が開始される寸前の時期にあわててPCR検査をしたかのように受けとれるが,テドロス事務総長の指示にしたがえば,場所の開催中にも検査しなくてもよいのかという疑問を,本ブログ筆者はもっていた。

 新型コロナウイルスの感染が陽性になる・ならないという問題については,2週間という期間をかけて観察されるべき必要性が強調されていた。とすると,九重部屋の親方・力士・行司たちだけでなくても,つまり,ほかの部屋(まだ感染者を出していない)であっても,これから発症する事例が絶対にないとはいえないし,場所中にもさらにPCR検査をおこなっておくことは,用心に越したことはない対策として,むしろ必要な措置である。

 日本相撲協会の興行はある意味,東京オリンピックの開催にとっても,非常に重要な関連性を有することはいうまでもない。ということであれば,菅 義偉や森 喜朗,小池百合子などの利害にとって,以上のニュースはまことに嫌な中身である。

 

  情けない日本の報道機関,外国のマスコミ・メディアに東京オリンピックの開催「不可能性」を語らせる腰抜けぶり

 2020東京オリンピックのスポンサー(オフィシャルパートナー)にくわわっていない『東京新聞』が,つぎの報道をしていた。

 1)「東京五輪中止の可能性,米紙が報道 IOCでも『安全な大会開催は不可能』との声も」『東京新聞』2021年1月16日 10時27分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/80267

【ニューヨーク=共同】 米有力紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は〔1月〕15日,新型コロナウイルスの影響で今夏の東京五輪の開催見通しが日々きびしさを増しており,第2次大戦後,初の五輪開催中止に追い込まれる可能性があると伝えた。

 

 同紙は,日本と米国,欧州主要国で感染拡大が続き,国際オリンピック委員会(IOC)らの間で,安全な五輪開催は不可能との声が出はじめたと指摘。ディック・パウンドIOC委員(カナダ)が開催に「確信がもてない」と述べたことなどを挙げた。

 

 現状の開催計画でも約1万人の選手らは,競技終了直後に選手村を離れることを求められるなど日本での行動はきびしく制限され,取材記者も東京都内での自由な移動は禁じられるだろうと指摘。開催される場合,選手や関係者らが従来にない不自由さを強いられるとの見通しを示した。

 1年延期になっている2020年東京オリンピックの開催(決行)を信じたい菅 義偉は,だから,冒頭に紹介したように,

 「東京オリンピックパラリンピックは,人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証(あかし)として,また,東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたいと思います。感染対策を万全なものとし,世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現するとの決意の下,準備を進めてまいります」

などと,脳天気である精神状態さえですら,はるか以前に通り越していたかのような,いってみれば「『希望的観測』という名のアクセル」を目いっぱいに踏むだけの発言をしていた。

 現時点において評価するとしたら,すでに人間・人類側が新型コロナウイルスによる感染症によって「打ち負かされている」状況に置かれており,世界的規模でもっての感染が急速に拡大しつつある。

 にもかかわらず,いまごろになってもまだ,日本の首相が独自に「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」を口にしたり,さらにいえば,1年前から現時点までまで 「連続して後手後手にまわってきた」のが,日本におけるコロナ禍対策であった。要は,失敗ばかり重ねてきたのである。同時にまた,原発事故を惹起させた「東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたい」などと発言できるその神経が疑われる。

 「Go To トラベル」キャンペーンを積極的に展開させてきたためにコロナ禍をさらに拡大させる結果を呼びこんでいた当人が,新型コロナウイルスの「感染対策を万全なものとし,世界中に希望と勇気をお届けできる〔五輪〕大会を実現する」ことなど,とうてい無理ではないか。そうだというほかない段階になってもまだ,菅 義偉は,首相の施政方針演説のなかで,実にみっともないホラー(法螺)話を吹聴していた。

 すでに,日本の政治じたいが完全にコロナ禍に「打ち負けている」わけである。ところが,安倍晋三前政権を引きついだ菅 義偉現政権が,いまだに「コロナ・ウイルスに打ち勝つ」と念仏を唱えているようでは,片腹痛いどころか五臓六腑全部がきしみだすほかない。冗談にもならない言辞が菅 義偉の口から吐き出されていた。

 2) 『東京新聞2021年1月19日朝刊の記事が菅 義偉の施政方針演説を,つぎのように批判していた

 東京オリンピックの開催に関しては,東京新聞社はそのスポンサー企業としてオフィシャルパートナーにはなっていない。『東京新聞』は,菅 義偉の施政方針演説を遠慮なく分析・批判していた。

    ◆「経済成長」「観光立国」宣言するも…コロナ収束への展望は?

            菅首相の施政方針演説〉◆
 =『東京新聞』2021年1月19日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/80637?rct=coronavirus

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 コロナ禍が収まらず,政府が11都府県に緊急事態宣言を出し,「医療崩壊」の懸念も強まるなかで菅義偉首相がおこなった施政方針演説。

 いつまでの宣言解除をめざし,収束への道筋をどう描いているのかという展望を,首相が口にすることはなかった。相対的に「経済の成長」や「観光立国」など,収束を前提にした政策に力点を置いた印象が強く,国民の疑問に答えたとはいいがたい。

 1) 見通し説明せず願望を語るだけ

 首相は演説の冒頭で「深刻な状況にある新型コロナを1日も早く収束させる」と強調。「いま一度,国民の協力をいただきながら難局を乗り越えていく」とも訴え,まずコロナ対策から語りはじめた。

 だが,対策の内容は飲食店の営業時間短縮,テレワークの7割実施など,宣言の再発令時に言及した項目ばかりだった。国民の関心が高い緊急事態宣言の解除の見通しは明確に説明せず「ステージ4」から早急に脱却したいと話すにとどめた。

 現在の宣言期間である2月7日までの解除は困難との見方が専門家からも出ている中で「1日も早く」「早急に」との言葉に説得力をもたせる根拠は見当たらなかった。

 2) 医療体制も具体策ほとんどなし

 逼迫する医療提供体制についても「あらゆる方策を尽くし,医療体制の確保を強力に進めていく」と決意を披露したものの,具体策は「病床1床当たり,最大1950万円を助成」という発表済みの対策のみ。時短要請に応じた飲食店への対策でも,懸案である納入,生産など関連業種への支援に言及しなかった。

 約45分間の演説のうち,コロナ対策は8分ほど。衆院本会議場では,首相がテーマを東日本大震災からの復興に移すと,野党席から「これで終わり?」とヤジが飛んだ。

 3) 方針転換示さず抽象的な言葉並ぶ

 昨〔2020〕年10月の臨時国会での所信表明演説で「爆発的な感染は絶対に防ぎ,社会経済活動を再開して経済を回復する」と力説した首相。約3カ月で感染は拡大し,今回は「コロナ対策と経済の両立」の表現が消えた。

 とはいえ,両立から転換したともいわず,言葉の端々から経済重視の思いがにじみ出た。「ポストコロナの時代においても,わが国経済が再び成長し,世界をリードしていく」との言葉が象徴的だ。

 停止を余儀なくされている政府の観光支援策「Go To トラベル」にこそ触れなかったものの「コロナを克服したうえで世界の観光大国を再びめざす」と明言。東京五輪パラリンピックの開催にも意欲を示し「人類がコロナに打ち勝った証し」と位置づけた。

 4) 感染どう制御していくか分からず

 政府関係者は演説にこめた首相の思いについて「首相として経済にも目配りするのは当然だ」と説明する。演説の締めくくりに,若手時代に政治の師と仰ぐ梶山静六官房長官から「国民に負担をお願いする政策も必要」といわれた経験に触れ「私の信条」と語った首相。

 野党は20日からの各党代表質問でコロナ対策を集中的に取り上げる見通しで,立憲民主党福山哲郎幹事長は記者団に「なぜ医療が逼迫したのか,どう克服するかの説明がまったくなかった。説明をせず,協力だけ求められても国民は納得できない」と指摘した。(引用終わり)


  菅 義偉首相の対コロナ禍対策(違反者取り締まり方法)の基本的な間違い

 ここでは,菅 義偉の考え方,つまり,コロナ禍対策として国家側がたいした手当も支援も準備・提供しないまま(「公助」は完全にあとまわし),ただ一方的に国民たちに協力を要求・強制する手法(「自助」ばかりに頼るそれ)は,完全に初めから失敗を約束されているコロナ禍策としか思えない。

 つぎのごとき国際政治学者の意見を紹介しておき,本日のむすびのための記述としておきたい。この記述を本文すべてを引用すると長くなるので,本日,以上までの記述にとくに関連の深い段落のみ紹介しておく。

 註記)六辻彰二・国際政治学者「入院拒否のコロナ感染者に罰金・懲役」の落とし穴-海外の教訓」『YAHOO!JAPAN ニュース』2020/1/16(土) 8:54,https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20210116-00217785/

 六辻彰二によるこの記述は,まず「『隔離違反』」への罰則」を「諸外国の事例」に即してとりあげてから,つぎにこの「罰則強化の落とし穴」にも言及する。

 なかでも「シンガポールの『成功』」に注目できるとはいえ,「人口が600万人にも満たない都市国家で,おまけに徹底して私生活を監視できれば,罰則も機能するかもしれない。しかし,G. オーウェルの『1984〔年〕』を想起させるほどのシンガポール並の監視体制は,ほとんどの国にとってハードルが高い」ともいって,この前提条件には十分注意するようにうながしている。

 六辻はさらに「罰則が効果をあげる前提条件とは」という肝心な論点にも触れて,こう解説している。

 もっとも,そのシンガポールでさえ厳罰主義だけで隔離を進めているわけではない。シンガポール政府は「隔離違反」に罰則を科すと同時に,コロナ感染者が出て所得が減少した家族に500~1000Sドル(4万~8万円)を支給しているほか,コロナで失業した場合には職業訓練などを受けることを前提に月額800Sドル(6万円),犠牲者が出た家族には1万~3万Sドル(78万~235万円)の一時金を支給している。

 

 低所得層の感染者への資金援助は,イギリスなどでもおこなわれている。イギリスの場合,隔離によって働けない低所得層や収入が減少した人には500ポンド(7万1000円)が支給される。しかし,シンガポールの場合,こうした補助は保健当局の指示に従っていたことが前提であり,さらに追跡調査の精度が高いためにウソがバレやすいことが「隔離違反」をよりむずかしくしている。

 

 付けくわえると,シンガポール政府は経営者に従業員が密にならない環境を整えたり,従業員の健康状態を定期的にチェックしたりすることを義務付けており,これらに従わない場合は企業に営業停止や罰金が科されることもある。こうした環境を整えることは,感染した従業員が経営者にそれを隠すこともむずかしくする。

 六辻いわく「こうした制度の組み合わせがあるからこそ,「隔離違反」の罰則は効果をあげやすい。逆にいえば,ただ罰則を強化しても,絵に描いた餅になる可能性すらあるのだ」と。ひるがえって,菅 義偉が妄想しているコロナ禍対策としての「罰則・懲役」法案を検討すると,以下のごとき問題がある。

 だとすると,日本での入院拒否への罰則に関する議論は,必要だとしてもバランスを欠いたものといわざるをえない。菅総理をはじめ政府関係者はしばしば「できることは全部やる」と呪文のように唱えるが,他のできることをすべてやって,そのうえでどうしようもないから罰則,という手順になっていないからだ。

 

 自治体によっては病床が逼迫し,自宅待機中に死亡する人も出ているなか,すべての感染者に「入院」を義務付けることじたい,現実性が乏しい。隔離施設も十分でないなら,症状によっては自宅待機もやむをえないが,無症状だからと勝手に外出する者をどうやって監視・管理するのかについて,政府からは聞こえてこない。

 

 アメリカのように性犯罪の常習者にGPS端末を取り付けることすらしていないのに,コロナ感染者や濃厚接触者にそれができるのだろうか。

 

 あるいは,日本では時短要請に応じない飲食店への罰則のみが注目されやすいが,シンガポールをはじめ各国ではコロナ対策に反する消費者もまた制裁の対象となる。この点も日本では手付かずだ(「静かな年末年始」を呼びかけた張本人たちがステーキパーティやらフグ会食やらしているのでは取り締まりもできないだろうが)。

 

 さらに,日本でも非正規雇用を中心にコロナで失職する人が増えているが,感染者が治療に専念できる体制は十分ではない。労働環境に関しても,政府は企業経営者に密の回避,従業員の安全確保,雇用の確保などを「要請」するにとどまっている。

 

 こうした穴だらけのなか,感染者のみを,しかも法令のうえでだけ厳罰で縛ろうとすることは,政府の「やってますアピール」にはなるかもしれないが,実効性が疑わしいばかりか,ただ感染者への偏見や差別を助長しかねない。必要な場合に厳罰を躊躇しないだけでなく,どうすれば自発的に従うかを考えるところに政治家のウデの見せ所があるはずなのだが。

 菅 義偉の対・コロナ対策の行く末は,すでにいまから予測できそうである。1月7日に発令された第2回目の非常事態宣言は1カ月後の解除を設定しているが,この先の2月7日で解除できるとは思えない。そうなれば,東京オリンピックの開催など,とうてい不可能……。それでも菅は「必らず・絶対に」解除できるかのように発言していた。

 この人,いったい,何人? 宇宙人? 日本国を壊滅させに,どこかの星から派遣されてきた某エージェントか? 本当はガースーでスガ……。

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伝統的家族観とはなんぞや,過去の日本においていつごろに,その家族観として伝統が形成されていたのか,まともに答えられるのか,古代,中世,それとも近代,現代? よく分からぬ家族観を絶対視する虚構と妄想にどっぷり漬かった「自民極右の想像妊娠的なその家族観」

 世界中で夫婦同姓を絶対視するのは日本だけである,そうであるからにはよほどりっぱな伝統的な家族観があったのかと思えば,そうではなかった

 明治後期に「創られた伝統」である夫婦同姓(とはいっても夫のそれがほとんど)に決めることによって,どうして「家族の絆」や「家族の一体感」の基盤が造られ,間違いなく維持できるというのか

 

  要点・1 「伝統的な家族観」そのものの不可解さというか,最初から理解に苦しむ「夫婦同姓にもとづく家族観」絶対視の「奇妙な独自性」

  要点・2 「家族の絆」「家族の一体感」は努力目標でしかないものだが,国家の側から要請されたり,ましてや強制される筋合いはなし

 

 🌑 前  論  🌑

 本ブログは,昨年(2020年)12月の13日と16日に「別姓」の問題をとりあげ,議論していた。以下では,その日にちの順序は逆になるが,それらの記述が冒頭にかかげていた「主題・副題」の文句を再度,ここに引っぱりだして,かかげておく。

 別姓問題にまつわる,それもとくに「伝統的家族観」としての「家族の絆」「家族の一体化」という観念が,いかにあやしい「面相」をかぶり振るまっているかを,ここでさきに感じてもらいたい。

 なお,とくに述語などの部分は適宜に補正しつつ,追加の議論をおこなっている。

 

 1) まず,2020年12月16日のこの記述の主題・副題などを抜き書きしておく。

 夫婦別姓を全面否定する「夫婦同姓派の化石的な思考」(つまり石頭の神経回路)は,夫婦同姓が日本社会の未来にどうしても必要・有益だと勘違いしている,それで仮にでも,人口減少社会である現状が改善できるかといえば不可に決まっている。

 夫婦間「別姓か同姓かの問題」を理性で議論しようとはせず,軟体動物的な感覚でのみ「別姓・ダメ論」をゴリ押ししたがる,それも自民党員的に「極右・反動」である頑迷脳細胞の持主たちは,やはり「▼(シ)ななきゃ治らない」ほどにひどく陳腐化したイデオロギー的病理に罹患している。 

  要点・1 先日,『朝日放送テレビ』〔2020年12月のある〕日曜日夜の番組「ポツンと一軒家」に登場したある山奥のお宅では,家族(祖先)のお墓も近くに造っていたが,そのお墓は銘々に1人用のお墓であって,家族が入れるような明治以降になって造られたお墓の様式とは違っていた,さてこちらの一族では「お墓の関係で家族の絆」はないとでもいえるか? このような問いを出すことじたいが無理筋というか余計な話題であった。

  補注)日本人のお墓に関して専門的に解明している識者として,岩田重則の使命を挙げておく。岩田は近著として『靖国神社論』青土社,2020年8月を公刊していたが,以上の話題に関連させては,入手しやすい以下の著作2著を紹介しておく。

  『戦死者霊魂のゆくえ-戦争と民俗-』吉川弘文館,2003年。

  『「お墓」の誕生-死者祭祀の民俗誌-』岩波書店(新書),2006年。

  現在,われわれの周辺に存在するお墓は例外がないとみていいくらい,家族単位で遺骨を納める形式の墓であるが,実は,明治以前はそうでなく個人ごとのお墓であった。話は飛ぶが,天皇の墓(陵)が個人単位である事実は,大昔からの墓の造築基準になっていたらしいが,なぜか,明治以降になるといきなりというか勝手に,日本人の墓のほうは家族単位になっていた。そういった「新しい伝統」が「創られていた」。

  同じ墓に入る家族たちとなれば,ふつうは当然,同じ姓の人がそこに収まっていることになる。だが,たとえば,一家のなかで,ある「姑」と非常に険悪な家族関係のなかで暮らしてきたある「嫁」が,夫と同じ墓(当然のことその姑も先に死んで納骨されているその墓)に,私は「死んでも(?),その姑が入っている家・家族の墓には入りたくない」という話は,よくあるものであった。

  その場合,その嫁であった女性がもしも個人ごとにお墓を造ってもらえれば,隣同士に墓石が並べられていても,同じ「カロート」(納骨室または納骨棺のことでは,もとの漢字は「唐櫃:カラウド」であり,「死者を葬る棺」という意味とのこと,土葬だった昔の墓にこのカロートはなし)には,自分の遺骨を埋葬されないで済む。もっとも,この女性の場合だと「姑」の隣でも,自分の墓は絶対に造ってほしくないと拒否されるかもしれないが……。

  以上の話題は,伝統的家族観に固執する21世紀の「同姓論者」の思考方式に特有である「日本的な家の伝統・仕来り」が誇れるはずの「家族の絆」など,皆目介在する余地すらなかった。それどころか,前段のように「姑」と同じカロートに入るなどといった「死後のあつかい」には,とうてい我慢ならぬといった反応を示すに決まっている「嫁」の立場からしたら,その「家族の絆」なるものの実体は,「拘禁服」を無理やり着せられるかのようにして,自分の一生を縛ってきた「荒縄」を意味するとしか受けとめられないはずである。

  ところが「家族の絆」や「家族の一体感」を絶対命題のごときにもちだせる「伝統的家族観」は,そのような「姑と嫁とが生涯をかけて持続させていた悶着」(日常的によくある話なのだが)など,初めから「絶対的に想定外」でありうるかのように観念できているのだから,その明治謹製になる家族像から産出される「理想論的な想像力」だけは感心できる。

  いま話題として登場させた「嫁」の立場(不満,怒り)は,その伝統的家族観とこれに依って撚(よ)られるべき「家族の絆」などは,それこそ「▼ソ食らえ」とでもいいたいはずである。

  もっとも,伝統的な家族内の立場において「嫁」として居た女性たちも,そのうち年齢を重ねていくと,こんどは自分が「姑」のほうの立場に移りかわっていき,そうなるとたいがいは「歴史は繰り返される」という経過=顛末をたどっていくのが,通例になっていた。

  またもっとも,最近の「姑と嫁」間の力関係はだいぶ変質しているといわれる。ただし,ここでそのあたりの事情を直接記述したら,キリがなくなりそうなので,ひとまずつぎの記述に譲っておき,今日のところは,こちらから若干引用するだけでいったん逃げておくとするが,おおよその感じは分かってもらえるはずである。

     ★「 “姑ストレス” は昔の話?  50代の『嫁・姑事情』まとめ」 ★
  = 『Webélat』2020年6月2日,https://eclat.hpplus.jp/article/54481/12/

 

 最近,「嫁姑問題」を扱ったドラマや小説が話題になることは,めっきり減った。それに悩む人はいなくなったのだろうか。けれど,友人のなかに嫁姑問題で長年悩んでいる人もいれば,姑が原因で離婚を踏み切ったという話も耳にする。

 

 いったいいま,嫁と姑の関係はどうなっているのだろう? アンケートと専門家への取材で見えてきた “現代の嫁姑関係” とは?

 

 (中略)  70代以上の姑が大半にもかかわらず,舅も健在が44%なのは,平均寿命が世界トップクラスの日本ならでは? 「ほかの実子と同居」は,長男にかぎらず,次男や娘というケースも多かった。

 

 なんと,同居は読者100人中3人のみ。2世帯住宅の人が数人いるものの,玄関もキッチンも別の完全独立型で,顔を合わせない日も多いからか,「別居」と回答していた。

〔ここで,1)  の主題・副題関係に戻る  ↓  〕

  要点・2 「家族の絆」と「同姓・別姓の問題」は基本としてまったく別問題たりうるにもかかわらず,この絆の有無(程度)が同姓か別姓かによって異なってくると主張するのだから,この観念は超絶的にアクロバット的な思考回路がなければとうてい成立不可能,夫婦別姓の国々では家族の絆など問うてはいけない話題としておくべきなのか? 

  要点・3 同姓の夫婦(家族)は問題なく皆が幸せであり,万事に満ち満ちた生活を維持できているわけでもあるまい,「それはそれ,これはこれ」であって,問題の設定じたいが最初からトンチンカン的に〈倒錯無双〉

 

 2)つぎに2020年12月13日のこの記述の主題・副題などを抜き書きしておく。

 夫婦別姓は絶対にダメだという高市早苗議員の,明治後期的に硬直した発想の救いがたい論理破綻のリクツ,歴史的にもなんら実証性のない単細胞的な思いこみ

 論理性も歴史性もなにも備えていない高市早苗流の日本的家族観は,支離滅裂の「家族の絆」信奉「感」であるが,昨今における日本の家や家族のあり方の問題は,そのような空虚な信念で議論しうる対象ではない

   要点・1 夫婦同姓「観」を絶対観念的に最上・至善と思いこみ,別姓への批判として「議論にならない議論」を繰り出す高市早苗議員の薄識ぶり

  要点・2 先進国としての位置づけすら最近はあやしいこの日本国であるが,家・家族観において,みずから意味不明の後進的な定位置に執着する,日本会議風:高市早苗的な脳細胞不活性的な民法「観」

 この 2) の記述からは,もう一度,つぎの段落を出しておくことにしたい。前段で触れたお墓のあり方変遷とも関連する考えたの問題が指摘されていた。

 けれども,高市早苗流の思考方式は,自分が戦後も16年が経った1961年の生まれ(59歳)であっても,旧態依然でありつづけている。なお話題が「明治史以降のそれであった」ゆえ,ここでは,つぎのように関連する事実史を記述しておくことが便宜である。

 ※-1 江戸時代(徳川時代)は一般に,農民・町民には苗字(姓)の使用は許されていなかった。

 ※-2 1870(明治3)年9月,太政官布告(明治時代初期に最高官庁として設置された太政官によって公布された法令の形式を意味する)によって,一般に「平民に姓の使用が許される」ようになった。

 ※-3 1875(明治8)年2月,太政官布告によって姓の使用が義務化されるが,これは,兵籍取調べの必要上,軍から要求されたものといわれる。ちなみに,1873(明治6)年1月,国民の義務として国民皆兵をめざす「徴兵令」が施行されている。

 ※-4 1876(明治9)年3月の太政官指令によって,妻の氏は「所生ノ氏」(実家の氏)を用いることとされた。つまり,妻は結婚しても姓は変わらなかった。明治政府は,妻の姓に関して実家の氏を名乗らせ,夫婦別姓」を国民すべてに適用することとした。

 ※-5 122年前の1898(明治31)年6月,民法(旧法)が成立し,夫婦は「家」を同じくすることにより,同じ姓を称することとされた(夫婦同姓制)。

 旧民法は「家」の制度を導入し,夫婦の姓について現行の民法とは違い,直接規定を置くことはせず,夫婦ともに「家」の氏を称することを通じて同姓になるという考え方を採用した。旧民法788条1項「婚姻ノ効力」は,「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」と規定していた。

 当時におけるこの法的な規定から「家族の絆」という概念そのものをもちだすのは,いささかならず苦しい論理づけであった。それゆえ,その間(今と昔)を連絡づけるための “そのほかのリクツ” が,大きなオマケ(なにかとしてコジツケるためのリクツ)として,どうしても必要になっていた。

 ただし,この種の事情・理由の介在は,それじたいとして理解できなくはない。ところが,その種のあとづけ的な補足説明がぜひともほしい大事なところじたいが,実はもともとからして「もぬけの殻(?)」状態であったから,その収まりどころが定まらない。

 いずれにせよ,それから1世紀以上も経った現在の話題が,高市早苗流の思考方式にしたがい “夫婦が同姓を名乗る必要” についてとなれば,なんといおうが「日本は日本,外国は関係ない。堂々と日本として守っていけばいい」とのみ応えるほかなくなっていた。

 しかし,それでは説明になっていない。単に,特定個人の素朴な想念の発露でしかない。夫婦が別姓を使用している国々に人びとに対してでも,よく理解してもらえ納得させうるような「同姓婚」に関した説明が与えられていない。

 要するに,高市早苗は終始一貫,思いを同じする同志だちとの間でのみ毛繕いが可能な,つまりは「井の中の蛙」的な語り方しかできていなかった。

 

 「〈ThinkGender〉男女共同参画の行方:1 別姓婚,いつになったら選べる」朝日新聞』2021年1月18日朝刊33面「生活」

 夫婦がそれぞれの名前を変えずに結婚する。そんな選択肢を求める声が高まる一方で,議論が起こっては停滞する状況が30年近く繰り返されています。名前を変えない「事実婚」には,いまもさまざまなハードルがあります。

 補注)この記事の議論において中心点にある問題性は,夫婦・世帯の成員たちが同姓でないことには,いまの日本社会のなかでは,あれこれ・いろいろと日常生活において「国家から妨害を受けるほかない法制の仕組になっている」ところにあった。

 そもそも「男女共同参画」という概念じたいになじまない基本の要素が,「夫婦は同姓,家族全員が同姓」という固定観念のなかには控えている。いまどき世界(先進国?)のなかで日本だけがまだ,夫婦別姓をどうしても認めていない。しかし,日本国民たちがこの実情に疑問を抱いていないわけではない。

 要は「夫婦の姓」を同じにするか別にするかといった問題点をめぐっては,先進国であるはずの日本が「明治的という意味での前近代的な封建遺制」という尻尾を引きずっている。今風にいいいかえると,なにかを勘違いして「日本,スゴイ」的な感性に拘泥した家族観をかかげている。

 家・家族の問題なると,その根本から勘違いした想念でしか議論できない精神構造の持主である人びとがいる。彼らは,政権党である自民党内でも極右・反動勢力の立場・イデオロギーに支えられているのだが,「同姓となる結婚こそ万々歳」といったごとき,完全に倒錯した立場を独自に堅持している。

 a)「対等」大切に事実婚,不条理も

 「夫婦別姓というかたちの両親のすごさを多少なりとも理解し,尊敬できるようになりました」。東京都調布市の山崎精一さん(71歳)は,4年前,結婚式での長男(36歳)からの言葉が忘れられない。婚姻届を出さない「事実婚」を貫いてきた。

 〔その〕選択に迷いはなかったが,心のどこかに「子どもたちに負担をかけたのでは」と不安もあった。長男の結婚式のスピーチで,山崎さんが「姓が異なり嫌な思いをさせられたこともあったかもしれない」と語ると,長男は「小さいころ,なんとなく面倒な親のもとに生まれてきたものだと嘆いたものです」としつつ,冒頭の言葉を続けた。

 補注)日本と同じ先進国であるフランスの場合については,「フランス人が結婚せずに子どもを作れる理由-6割が婚外子の国の姿 結婚は『してもしなくてもいい』もの」『現代ビジネス』2019年7月28日,https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66067 という記事を読んでみれば,日本における同姓婚事情の無意味さが理解できる。

 フランスでは,結婚したら(!)その男女(?)2人は「同姓か別姓か」という問題など,まったく問題になりえない。よりはるか前線の地点でだが,ごく当たりまえに,「フランス人が結婚せずに子どもを作れる理由-6割が婚外子の国」になっている。このフランスの現状と日本の問題を比較してみるまでもなく,こちら日本風の「伝統的家族観」(だから同姓なのだ)という家・家族イデオロギーには,辟易させられる。

 話は,フランスが同じ先進国として,そうした家・家族観の現状にあるとかないとかいう “以外の圏域” にまで進んでいた。結婚して同姓になってもならなくても,男女が仲良くなっていっしょに生活し,性関係も結ぶことになれば,当然のこととして,そのうちすぐにでも子どもができ,生まれる。この男女が事実婚であってもなくても,その子どもを儲けるという事実そのものに変わりはない。

 そしてまた,多分,「家族の絆」(というものがフランスにありうると想定しておくが)も,フランスであってもそれなりに存在していると想像できる。その「家族の絆」というものは,日本だけに絶対的に固有・特別である「家族観の結びつき」を意味する表現ではない。

 しかし,それでもなお「日本には日本なりにかくべつに伝統のある家族像」がありえるのだと観念したがる人びとは,その「家族の絆」のありようについて,日本特殊的な類型化を準備しなければいけなくなる。つまりそれが,旧民法的な家と家族に関する思考方式であった。

 民法といえば,これは天皇家を日本社会の頂点に位置づける,別言すれば本家・本元とする政治的な組織原理を台本にしており,個々の日本人たちが構成する家・家族はその下位をそれぞれなりに構成する単位体に位置づけられていた。

 すなわち,この家・家族における夫婦や構成員が別姓ではまとまりがつかない,それではいけない,日本全体の家長が天皇家天皇の立場であるように,個々の家・家族にもいる家長(オンナはなれないそれ)もそれに似た立場に居なければならず,このオトコの姓に家族全員の姓も同じにしておかないと,日本社会の構成原理としては締まりがつかない,というリクツになっていた。

 この思考方式にしたがっていえば,男女が正式に結婚しないで,事実婚で家族・世帯を構成したり,ましてや子どもを儲けたりするのは,おそらくけしからぬ社会の生き方とみなされる価値観が前面にせせり出ることになる。

 したがって,敗戦後における民法のなかに「家制度」じたいはもはや存在していないものの,「『家』制度を支える土台としての国家施設であった」戸籍制度じたいは,その後も確固として存在しつづけている。この点,「家」ではなくて,1人ひとりの個人が大事にされるはずの現民法下においても,婚姻や出生に消滅したはずの「家制度」が影響を与えてきたと観るほかない。

 註記)西田茂樹・木村正文「わが国の1920年以前の婚姻・離婚・身分別出生・身分別死産の動向に関する一考察」『民族衛生』第58巻第4号,1992年7月,233頁参照。

〔ここで記事に戻る→〕 長男は結婚のさい,妻に「別姓」の選択肢も伝えた。2人で話しあった結論は同姓での結婚。山崎さんは「親は親,子は子。どう生きるかはそれぞれの自由」と話す。山崎さんが妻(67歳)と同居を始めたのは1983年。

 妻も自分も,結婚で大切にしたいのは「対等」であることだった。婚姻届を出すには,どちらかが姓を変えなければいけない。どちらも姓を変えず,おたがいを大切にするために出さないと決めると,妻の父は「みっともないことをするな」と猛反対した。

 「周囲の反対」以外にも,事実婚の配偶者だと,姓が異なるため手術など医療行為への同意が認められないことがあったり,相続税は軽減されないなど金銭的な不利益を被ったりする。

 補注)日本にはすでに,大勢の外国人がそれも旧来と新来の外国人たちが多種多様に混ざりあいながら,居住している。この人たちがこの国で暮らしている時,その所属する国によっては別姓の夫婦(正式・本物)である場合,彼らの「姓が異なるため手術など医療行為への同意が認められないことがあったり,相続税は軽減されないなど金銭的な不利益を被ったりする」ことは,本ブログ筆者のしるかぎりではない。

 そうなると外国人では別姓の認められている夫婦だと許される上記の問題が,日本〔国籍〕人となるとダメだというのは,法律そのものがデタラメあるいは恣意的に運用されていることを意味する。別姓の外国人夫婦は,アジアの韓国や中国などが中心となって,在日外国人の半数近くを占める。なお,2020年1月1日の外国人人口は287万人で,過去最高を記録した。

 山崎さんは当初,法律上は子どもとも妻とも「他人」の状態だった。3人目の出産後に妻が一度退職したのち,公務員だった山崎さんが子を認知して扶養家族にした。

 「それぞれの姓で夫婦でありたいだけなのに」。困難に直面するたび,不条理を感じてきた。新たな不安も生まれた。もし老人ホームに入るとき「夫婦同室」にできないのではないか……。

 2018年から始まった新たな選択的夫婦別姓を求める訴訟で,妻と共に原告に名を連ねる。「形式的には『男女どちらが姓を変えてもいい』制度だけど,結果的に女性が変えるケースがほとんど。男の立場で男女平等ではない制度への異議を申し立てることで,男性も考えるきっかけになれば」と願っている。

 b) 消えた制度への言及,世論は「賛成」多数

 夫婦がそれぞれの姓のまま結婚できる選択肢をつくる民法改正案の要綱が,1996年に法相の諮問機関「法制審議会」で答申された。だが,「伝統的家族観」を重くみる自民党議員の反対が根強く,政府の改正法案は国会に提出されていない。

 1999年に施行された男女共同参画社会基本法にもとづいて5年ごとに策定される基本計画では,第4次計画まで「選択的夫婦別氏制度」という言葉が入っていた。だが,第5次計画ではなくなり,「家族の一体感」など慎重な文言がくわわった。

 補注)この「家族の一体感」とは「家族の絆」と同意であるが,核家族化どころか単身・1人世帯の割合がどんどん増えてきた日本社会のありかたとは,あたかも無関係にこの「家族の一体感」という単なるアドバルーン的な標語をかかげるのは,実質的に無意味に近い日本社会のあり方に関する認識であった。

 「増える核家族と単身世帯 … 種類別世帯数の推移をグラフ化してみる(最新)」『ガベージニュース』2020/08/11 05:26,http://www.garbagenews.net/archives/1953968.html は,つぎのように解説していたが,この家・家族構造の変化・趨勢のなかで「家族の絆」を唱えることの「見当違い」に気づかないとしたら,ウカツ以前の問題意識の低さ(なさ?)といわねばならない。

 

 この50年の間に3世代家族の比率は10%ポイント以上減少し,その分単身世帯や核家族世帯が増加している状況が把握できる。構成比でみると核家族世帯よりも単身世帯の増加率が大きく,未婚の人が増加している様子が容易に想像できる。

 

 また,1990年前後までは比率において「単身世帯 … 横ばい,むしろ減少」「核家族世帯 … 増加」だったのが,それ以降は「単身世帯 … 漸増」「核家族世帯 … 横ばい」となり,1990年ぐらいを境に,世帯構成のトレンドが核家族から単身世帯にシフトしていくようすが把握できる。

 

 晩婚化,未婚化にくわえ,高齢者の単身世帯の増加といった,いわば「先進国病」的な社会構造上の変化が,このタイミングで顕著化してきたと考えれば,道理は通る。ちなみに日本の高度経済成長が終わったのも,ほぼこの時期である。(中略)

 

 核家族の増加は地域コミュニティの変化,子育てに関する問題を顕著化する。祖父母に育児の一部を任せられない夫婦の時間は制約され,婚姻世帯における共働きの加速化や待機児童問題へも連動しうる。また単身世帯の増加は結婚・少子化問題,そして世帯ベースでの貧困問題や健康事案に係わる安全性にも影響を与える。

〔記事に戻る→〕 内閣府世論調査で,法改正への賛成は増えている。2012年には,法改正に賛成する人と反対する人どちらも約36%と拮抗(きっこう)していたが,2017年には,賛成が42.5%になり,反対(29.3%)を上回った。賛成する人のうち,実際に法改正された場合に夫婦別姓を希望するという人は,約2割いた。

 法務省が2010年に主要各国に問い合わせたところ,日本以外に法律で夫婦同姓を義務づけている国はなかった。国連の女子差別撤廃委員会は2003年から2018年までに6回,日本政府に対して,選択的夫婦別姓の導入を含む民法改正の勧告や追加的情報の提供を求めている

 補注)この段落において出ている「国連の女子差別撤廃委員会」は,日本の民法を改正するのが好ましい,それを求めるといった基本姿勢である点は,すぐに理解できる。

 「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」によると,国会での議論を求める陳情や意見書を議決した地方議会は 177件(昨〔2020〕年12月21日現在)にのぼっている。

 社会問題に関心をもつ人びとのコミュニティーづくりに取り組む一般社団法人「Voice Up Japan」の山本和奈・代表理事(23歳)は,「『結婚』が遠くない将来にあるかもしれない私たちの世代にとって,夫婦別姓を『選べない』ことへの疑問はとても大きい。同姓がいい人に強要するものでも,誰かを傷つけるものでもないのに,なぜ選べないのでしょうか」と投げかけ,「声を上げつづけ,共感を広げていくしかない。仲間を増やすために,活動を続けます」とする。

 補注)この山本和奈の指摘,別姓という選択は「同姓がいい人に強要するものでも,誰かを傷つけるものでもないのに,なぜ選べないの」かという意見は分かりやすく,説得力がある。逆に考えてみればよいのである。

 現状の民法がいまだに旧民法的感覚丸出しにしたままにあるがゆえに,「別姓がいい〔という〕人に〔対してまで,なおも同姓を〕強要するもので」ある。そうでかぎり,そうした価値観(社会秩序感)がいままで「誰かを傷つけるもの」になっていた点は,敗戦後における日本社会がかかえる民法上の〈現実の問題〉でありつづけてきた。

 同姓論の主張には合理的な説明が不在であり,納得のいく解釈が明示されていないのに対して,別姓の主張はもっともであると受けとめられる訴えであった。だが,同姓論者の立場はその点をすなおに認めないまま,国家権力側の家・家族イデオロギーに同調する立場を武器にして,別姓論を闇雲に排除するだけであった。

 c) 第5次男女共同参画基本計画の文言(昨〔2020〕年末に閣議決定

 夫婦の氏に関する具体的な制度のあり方に関し,戸籍制度と一体となった夫婦同氏制度の歴史を踏まえ,また家族の一体感,子供への影響や最善の利益を考える視点も十分に考慮し,国民各層の意見や国会における議論の動向を注視しながら,司法の判断も踏まえ,更なる検討を進める。

 【参考】(第4次計画は「選択的夫婦別氏制度の導入等の民法改正等に関し,司法の判断も踏まえ,検討を進める」)

 ここでは,問題点の指摘のみになるが,繰り返して述べておく。

 ※-1「戸籍制度と一体となった夫婦同氏制度の歴史を踏まえ」るとは,どういうことか? 戸籍制度そのものを表向きに出して民法の関連条項を運用できなくなった日本社会の現状は,どのように理解しているつもりか?

 ※-2「家族の一体感」や「子供への影響や最善の利益を考える視点」とは,いったいどのように定義されうるものなのか? いまさら「戦前回帰」などできない21世紀の社会状況のなかで,今日的に好ましいそれがどういうものでありうるのか説明されていない。現状の日本国憲法を否定したがるばかりである立場・イデオロギーで考えたつもりのその「一体感・視点」ならば,時代錯誤の一言で葬り去るほかない。

 『日本経済新聞』2020年12月29日「社説」は,「夫婦同姓を法律で義務づけているのは,主要国でも異例だ。家族の一体感のみなもとは『同姓であること』だけでもないだろう」と断言していた。そのとおりである。

 「家族の一体感」とは,家や家族を構成する人びとにとっては,1人ひとりが主体的・自主的に抱けばよいひとつの努力目標ではありえても,国家や誰かに指示されたうえで,意識的に努力してその具現に向かうべき性質のものではない。

 ※-3「国民各層の意見や国会における議論の動向を注視しながら,司法の判断も踏まえ,更なる検討を進める」といいながら,国民世論の平均的多数派の考え方を平然と無視してきた自民党の保守・反動形成でしかない極右の人士が唱える「選択的夫婦別氏制度の導入〈等〉」に対しては,これに期待などしないほうが順当である。

 そもそも「国民各層」とは,この国に生活する,いったい誰たちの存在を踏まえているのか? 「司法の判断」とはいっても,裁判所じたいが旧民法的な法感覚にまだ囚われて埋没した精神構造から脱却できないでいる。こちらの裁判官たちも含めて,自民党政権内の極右中心がおこなう「更なる別姓問題の導入問題」検討に対して,なにかを期待できる可能性は少ない。


  庶民の側の声は大多数が明解である

 『朝日新聞』2020年12月22日朝刊14面「オピニオン」には,こういう意見が開陳されていた。半世紀,いや1世紀も以前の旧民法的な感覚が,日本社会にまかり通っている様子がうかがえる。

     ◆〈声〉選択的夫婦別姓,真摯な議論を ★
    = 区非常勤職員 細田妙子(東京都,62歳)=

 

 民法750条は,婚姻届を出した夫婦が同じ姓を名乗ることを定める。33年前に結婚した時,婚姻届の夫婦の姓の欄に疑問が湧いた。

 

 慣例ではほとんどが夫の姓になり,妻の姓は旧姓とされる。これに納得できず,義父には私の思いを伝え,子どもが誕生するまで事実婚を通した。日本の姓については,明治民法施行まで夫婦同姓が強制されなかったそうで,同姓強要の考えには説得力がなく同感できなかった。

 補注)戦前の旧民法のもとでは「子どもが誕生するまで事実婚を通した」夫婦もかなり存在した。ただし「男子の誕生」がそのさい区切りになっていた場合もあったというから,別の問題もあった。

 

 結局,子どもが生まれて婚姻届を出し改姓したが,旧姓も使いつづけた。戸籍名が求められる学校の活動以外では,娘が「今日はどっちの名前を使ったらいい?」と普通に聞いてくる環境を維持してきた。一方で「姓を強制的に変えられた」との思いは消失することなく,娘が20歳を迎えたので,証人としてサインしてもらい離婚届を提出。旧姓に戻した。ただ夫とは同居を続けている。

 補注)同姓でなくなっても,この夫婦が夫婦であること:事実婚に変わりはない。この「婚姻の事実」を認めない国家の立場・イデオロギーのほうが,そもそもおかしくて,基本的にズレている。

 

 私はけっして同姓を選択することを否定しない。むしろ2人で新しい姓にできるなら喜んでそうしただろう。問題は改姓の選択が平等かどうかだ。いまだに「嫁に行く」などという言葉が頻繁に使われている。今後も真摯(しんし)な議論を期待したい。

 以上の投書を採用して記事に乗せていた朝日新聞は,2020年12月18日の「社説」を,つぎのように論説していた。本ブログ筆者はこの意見に賛成できるゆえ,以下に引用しておく。

    ★〈社説〉夫婦別姓   社会の要請に耳澄ませ ★
     =『朝日新聞』2020年12月18日朝刊 =

 

 1人ひとりの尊厳が守られ,男女の性別に関係なく平等に遇される社会。その実現をめざして努力してきた多くの人の思いを踏みにじるおこないだ。選択的夫婦別姓(別氏)をめぐる自民党の対応である。政府が近く策定する「第5次男女共同参画基本計画」が同党の意向で書きかえられ,大幅に後退する内容になりそうだ。

 

 2000年に作られた最初の基本計画から2015年の第4次計画まで,具体的な施策や取り組みとして「選択的夫婦別氏制度」が明記されてきた。今回,内閣府は従来の「検討を進める」から「必要な対応を進める」に一歩踏みこむ原案を提示した。

 

 これに伝統的家族観の護持をかかげる自民党議員らが反発。導入にブレーキをかける文言を書きこませ,記載を「更なる検討を進める」に押し戻したうえ,あろうことか「夫婦別氏」という言葉まで削らせてしまった。

 

 人権感覚のなさと時代錯誤ぶりにあきれるばかりだ。

 

 法律で夫婦同姓を義務づける国は日本くらいとされ,96%の夫婦で女性が男性の姓にあらためている。明治以降定着した制度として積極的に受けとめる人がいる一方,改姓に伴う不利益や不便,アイデンティティーの喪失感に苦しむ人も少なくない。女性の社会進出とともに,選択的夫婦別姓制度を求める声が高まったのは当然といえる。

 

 内閣府世論調査でも「法律をあらためてもかまわない」と答える人が増え,2017年調査では42.5%と,「あらためる必要はない」の29.3%を大きく上回った。

 

 自民党の動きはこうした国民の声に背を向けるものだ。このままでは第5次計画は,改姓を強いられる人たちの痛みを無視し,社会の流れからも乖離(かいり)したものになってしまう。

 

 反対派は,別姓を導入すると家族の絆が失われ,子に悪影響が及ぶと唱える。だが事実婚でそれぞれの姓を名乗り,子どもとも良好な関係を築いている家庭はたくさんある。現実をみたうえでの主張なのだろうか。

 

 旧姓を利用しやすくして問題の解決を図る考えもあるが,国家資格など戸籍上の姓の使用を求められる場面は多い。二つの姓を使い分ける負担は重く,代替策にはなりえない。

 

 残念なのは,別姓の導入に前向きな発言をしていた菅首相上川陽子法相が,この事態に静観を決めこんでいることだ。

 

 11月の参院予算委員会で別姓への考えを問われた首相は「政治家として申し上げてきたことには責任があると思う」と答弁した。今後その「責任」をどう果たすのか。人々の苦悩と社会の要請に耳を澄ませば,答えはおのずとみえてくるはずだ。 

 菅 義偉という政治屋になにかを期待することは,いっさい止めにしたほうがよさそうである。3月ころにはこの人,首相を辞めざるをえないという裏情報もあるくらい,この菅 義偉という人物は「政治家としてはまったくなっていない小さい器の者」であった。

 菅 義偉に家や家族の諸問題について討論をもちかけたところで,なにもまともな反応は期待できない。その程度の人材であった。昨年(2020年)のいまごろから大問題になっていた新型コロナウイルス感染拡大「問題」に対する国家最高指導者としての采配ぶりは,安倍晋三前首相に勝るとも劣らぬダメぶりを発揮してきたのが,この菅 義偉君であった。

 この首相,昨年の9月16日から日本国総理大臣職を始めていたが,その指揮ぶりの幼稚さ・低調さのダメ加減と来たら,もう目も当てられないほどにひどい。この国を壊滅させかねないほどにコロナ禍に対する対応や措置のあり方が,後手後手であるだけでなく,もとより不適切で的外れである発言ばかりが目立っていた。このままだと日本国の先行きは真っ暗……。別姓だ同姓だといった「問題以前の大問題」が,いま,目の前で猛威を振るっている。

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菅 義偉首相が国家最高指導者として「コロナ禍と戦える資質」を決定的に欠く確かな理由

 いままで国民たちはさんざんに,新型コロナウイルス感染拡大「問題」に対峙させられ苦しんできている

 だが同時に,当事者能力のない総理大臣 菅   義偉の存在によって,まさしく「バカな大将,敵(コロナ)より怖い」目 に遭わされつづけてもいる

 菅 義偉は,官房長官職の時はそれなりに,あの「ウソだらけの安倍晋三」首相のために役立ってきたのかもしれない,ところが,いまとなっては「〈億の害〉があっても〈無の利〉である」政治屋であるほかない事実を,正直に露呈させている

 

  要点・1 このままいったら日本は五輪どころか「無輪の国」になってしまい,まともに道路を走行することが不可能な,無舗装的な5流国家にまで沈淪するかも……

  要点・2 国家観も歴史観もなにひとつもちあわせないこの首相の指揮下では,コロナ禍の現状日本は打開できない,ともかく選手交代が「必らず・絶対に」必要……

【参考記事】

 


 🌑 前   論  🌑

 『朝日新聞』2021年1月15日朝刊の社会面に,「都立・公社3病院 コロナ専門〔病院〕へ」という見出しの記事が出ていた。ここでは,同日の『日本経済新聞』のほうから関連する記事を引用する。

 東京都の小池百合子知事は〔1月〕15日の記者会見で,都立病院と都が出資する公社病院の一部を新型コロナウイルス対応の「重点医療機関」にすると発表した。都立広尾病院(渋谷区),公社の荏原病院(大田区),豊島病院(板橋区)の3病院が対象。通常の入院や外来を大幅に縮小し,逼迫しているコロナ用の病床を確保する。

 

 都は都内14カ所の都立・公社病院で受け入れるコロナの入院病床を現在の約1100床から1700床へと5割増やす。その増床分の大半を3病院でまかなうが,ほかの都立病院などでもコロナ向けの病床を増やす。小池氏は拡充の時期について「できるだけ早く」進めるとした。

 

 東京都心部の基幹的な医療機関である広尾病院は,コロナ以外の入院は原則制限する方針だ。外来の初診はほかの公的病院や民間病院で対応してもらうように要請している。

 註記)「都立広尾など公的3病院,コロナ『重点医療機関』に」asahi.com 2021年1月15日 18:03,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFB1574J0V10C21A1000000

 補注)この記事の関連では,都立広尾病院産婦人科に通院してもうすぐお産の時期を迎える女性が,いきなり転院を迫られてしまい, “困った事情” に追いこまれている件は,後段で言及する。

 それにしても驚くのは,小池百合子都知事がいまごろにもなってからようやく,コロナ禍向けの医療体制として都立病院などからその3病院を選び,コロナ向けの専門病棟を設けることにした「決断の遅さ」である。「遅きに失する」とか形容するには,全然似つかわしくないくらい大幅に遅れた措置であった。もちろん,やらないよりは数段マシであるが。

 中国政府は昨年(2020年)1月中に,武漢新型コロナウイルスの感染発症が確認されたのを受けて,2月2日までに大規模な専門病棟(千人を収容できるプレハブ棟)を,突貫工事をもって完成させていた。このことは,われわれがまだよく記憶している件である。

 ところが,日本の病院体制においては,既存の病院が個別にコロナ病棟(ないしは病室)を用意するかたちで,コロナ禍に対応するための医療体制を整えてきた。前段の都立広尾病院の話題については,早速,つぎのようなニュースが報じられていた。

       ◆ 都立病院で出産できず困惑の妊婦 ◆
  =『NHK NEWS WEB』(首都圏 NEWS WEB)2021年01月14日07時16分,https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20210114/1000058921.html

 

 東京・渋谷区の都立広尾病院など都内の3つの病院が実質的に新型コロナウイルスの専門病院となることを受けて,これらの病院で近く出産する予定だった妊婦からは困惑の声が上がっています。

 

 このうち都立広尾病院で来〔2〕月4日に帝王切開で出産する予定だった20代の女性は,今月8日に受けた妊婦健診のさいに,病院側から突然「2月,3月が出産予定日の人は広尾病院での出産ができなくなった」と伝えられたといいます。

 

 女性は現在,国が指定する難病を抱える双子を育てていて,出産後,子どもに発作が起きたさいにもそばにいられるよう,双子のかかりつけの医師がいる都立広尾病院で出産することを望んでいました。

 

 女性は「ショックと驚きでパニックになってしまい,これからどうしたら良いのだろう,安心して産むことができる病院がなくなってしまったという不安でいっぱいになりました」と話していました。

 

 その後,病院側から紹介された複数の別の病院に問いあわせましたが,いずれも出産にかかる金額が高かったり距離が遠かったりして,いまも出産する病院が決まっていないといいます。

 

 女性は「東京都や渋谷区にもお金の相談をしましたが,差額は自己負担なので病院と話しあって欲しいといわれるばかりでした。お金のない人たちは,遠くまで歩いて病院に通わなくてはいけないのでしょうか。家で産めばよいのでしょうか。追いつめられていますが解決方法がなく,どうしたらよいかわかりません。金銭面やメンタル面のケアも考えた政策をしてほしいです」と話していました。

 この実例が,コロナ禍という異常な社会状況(緊急事態)のなかでの出来事とはいえ,いままで,日本が少子化対策にとりくんでいたはずであるにもかかわらず,このようにひどい理不尽な産科医療事情を突発的に作りだしている。しかも,この妊婦の話によれば,ほっぽり出されたかのようなあつかいを受けている。

 政府や都の次元で,以上のごときしわ寄せが妊婦に全面的に転嫁されていながら,これを事後,即座に善処する手当がまったく準備されていないという体たらくである。

 これでは,2021年には80万人を切ることになりそうだと予測されている「新生児出産数」(2020年の妊娠届出数は前年比▲4.4%で84.6万人,2021年の出生数は前年比▲7.5%の78.4万人と予測されている)は,下手をすると(すでにヘマを冒しているが!),別個に不確定要因がもたらされたりして,もっと落ちこむかもしれない。現在,妊娠している人たちの「実在」を念頭において,そのような〈悲観的な想念〉が浮かぶしかないのは,どうしてか?

 

 小沢一郎氏,菅首相を酷評『アドリブがきかない』」『日刊スポーツ』2021年1月15日12時23分,https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202101150000221.html

 立憲民主党小沢一郎衆院議員は〔1月〕15日,ツイッターを更新し,菅 義偉首相の発信力に強い疑問を示した。「記者会見やテレビ出演の総理は,余裕がまったくないようにみえる」と指摘。

 「単純ないい間違えの問題ではなく,おそらく基礎的用語や対策の内容をよく理解していない可能性が高い。だからいつも台本どおりでアドリブがきかない」と,酷評した。そのうえで「(会見を仕切る)内閣広報官は追加質問を許さず,テレビ局にクレームを入れる。そんな総理でよいわけがない」ともつづった。(引用終わり)

 小沢一郎のこの菅 義偉「評」は,文句なしに的の中心を射ている。菅は首相としてなどという以前に,自分が答えねばならない諸問題に関して「基礎的用語や対策の内容をよく理解していない可能性が高い」というよりは,ずばりいって「全然,判っていない」としか観察できない。それらについて勉強していないというよりは,なにも理解できていない。これではお話にもならない。

 

  菅 義偉の天敵的な東京新聞記者,望月 衣塑子+特別取材班『菅 義偉 不都合な官邸会見録』宝島社が2021年1月9日に公刊されていたが,2021年1月15日には早速,この本に対する書評(アマゾンのブックリビュー)が書かれており,こういう感想を述べていた。

    最悪の菅首相の本質がわかる良書

 

 こうも早く菅首相のメッキ(化けの皮)が,全国民の目に分かるように剥げるとは思わなかった今日このごろです。やはり,パンケーキおじさんを装うカモフラージュだけでは国民の目を騙せませんでした。

 

 ただ,菅 義偉という人が,首相の器も,決断力も,指導力も政治哲学やビジョンもない人間であることは,官房長官時代の菅氏をみていれば驚くに値しません。とくにそのことは,東京新聞の望月記者に対する菅氏の記者会見答弁をみているとよくわかります。

 

 そういう意味で,この本を読むと,菅 義偉という人がいかに首相にふさわしくない人であるのかということがあらためてよく分かります。裏で人を恫喝したり,人事で締め上げるだけでは,本当の意味での指導力を発揮することはできないのです。

 

 菅首相の問題点を,さらにいうならば,いまの自民党政治の問題点を正しく洞察するためにも,タイムリーな良書であると思います。

 コロナ禍が猛威を振るいはじめてからすでに丸1年が経過してきた現状のなかで,医療崩壊(壊滅)が医師たちから指摘されている。日本国総理大臣菅 義偉の国家指揮ぶりに透視できる「首相としての〈器〉じたいの欠損度合」は,修復不能と診断されて,なんらおかしくはない。

 というよりは,最初から国家最高指導者の任務に就くために資質など皆無であったこの政治屋に,なにかを期待することじたいが無理難題であったとなれば,現状のごとき不始末の連続的な発生は目も当てられない。

 

 しかし,菅 義偉的に押しつけられた無理難題だといって済まされる「いまの日本国内の事情」ではない。東京新聞』2021年1月14日が「柴又の料亭『川甚』がコロナ禍で創業231年の歴史に幕 寅さんロケ地,倍賞千恵子さんも『寂しい』」との見出しで,こう報じていた。

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 江戸時代から続く川魚料理の名店で,夏目漱石ら文豪に愛され,映画「男はつらいよ」では寅さんの妹さくらの披露宴で舞台になった東京・葛飾柴又の料亭「川甚」が,コロナ禍による経営難を理由に1月末で閉店する。創業231年。都内で相次ぐ飲食店の「コロナ閉店」のなかでもっとも歴史ある店。日本食の文化継承に影響が出ると心配する声も上がる。

 註記)『東京新聞』2021年1月14日 20時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/79904

 昨年(2020年)9月のことであったが,東京都足立区にある西新井大師の門前にある割烹料理店が,こちらもコロナ禍が原因になり閉店に追いこまれていた。やはり『東京新聞』が2020年10月31日に,「175年続く割烹や老舗居酒屋の閉店相次ぐ… コロナ禍が決定打」との見出しで,この店のことなどを,つぎのように報じていた。

 新型コロナウイルスの影響で飲食店の経営が悪化するなか,東京でも多くの人に愛された老舗や有名店が相次ぎ閉店している。消費税率の引き上げに伴う利益の減少や,後継者不足などもあってきびしい経営が続いていた店がコロナにとどめを刺された格好だ。政府の支援策の息切れが響き,のれんを下ろした店もある。

 

  ※ 売り上げ減続き,店主「辞めるならいま」※

 「状況が良くなるとも思えない。借金したくないしやめるならいまだなと…」。新橋駅前の居酒屋「新橋三州屋」(港区)の見米健司社長(60歳)は話した。9月で50周年を迎えたが30日に閉店。45年来の常連という川崎市の池川靖彦さん(75歳)は「会社員時代から毎月通った思い出の店。8カ月ぶりに来たら閉店でショックだが,最後に来られて良かった」と語った。

 

 〔2020年〕4月以降の売り上げは前年比9割減。最近はややもちなおしたものの7割減が続いた。持続化給付金なども受けとったが,人件費や家賃を「とても穴埋めできなかった」と見米さん。政府の「Go To イート」の恩恵を十分に受けるには予約サイトへの登録が必要で,60~80代の従業員に対応はむずかしかった。

 

 江戸時代に創業の「割烹  武蔵屋」(足立区)も9月末,175年の歴史に幕を下ろした。近くの西新井大師の参拝客の減少や宴会自粛が響いた。店主の江川彰一さん(61歳)は「『忘年会や新年会シーズンまでは』と踏んばってきたが,限界だった」と明かした。(後略)

 註記)『東京新聞』2020年10月31日 05時50分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/65403

 このニュースは2020年10月31日に報道されていたが,その後においても,似たような事例が枚挙にことかかない。本ブログ筆者の実家近所にある老舗の割烹まで廃業したという前段のごときニュースに接して,コロナ禍の災害としての意味を,あらためて考えさせられたしだいである。ともかく,コロナ禍のせいで人命が奪われているだけでなく,事業・商売が否応なしに壊滅されつづけている。

 前段の記事に書かれていたように,日本の場合は「持続化給付金」関連の補助金・支援金が必要かつ十分というには,はるかに及ばない。ヨーロッパでもたとえばイギリスのそれと比較してみればよいのであるが,日本の場合は当初から気持程度の支援しかなされておらず,現にバタバタと倒れるように中小・零細の事業所が消滅しつつある。

 「Go To トラベル」も「Go To イート」も,安倍晋三前政権以来の「私物化政治=利権為政」に沿った狙いしか意図されていなかった。そのために,コロナ禍対策の経済的支援としてはもとより的を外していたことは,事実がそのとおりに物語ってきている。

【参考記事】


 「菅政権は,政権の意に沿わない者へは恫喝・圧力・制裁しか頭にないのか」『まるこ姫の独り言』2021. 01. 15,http://jxd12569and.cocolog-nifty.com/raihu/2021/01/post-108546.html

 昨日の記事にも書いたが,入院拒否の患者には懲役刑とか,罪を犯したわけでもないのに圧力をかけることしか頭にない。こんどはいきなりの,コロナ病床増の勧告,そして拒否なら公表もありうると脅しをかける。

 「感染者受け入れ,病院へ「勧告」可能に…拒否なら公表も」『読売新聞 オンライン』2021/1/15 (金)  5:09  配信。

 政府は,新型コロナウイルス患者用の病床を確保するため,感染症法を改正し,行政が病院などに患者の受け入れを勧告できるようにする方針を固めた。感染状況が悪化している地域では病床不足が深刻になっており,医療機関への働きかけを強めることで医療提供体制を維持する狙いがある。

 自民党の考える施策で医療体系体制を維持する狙いがあるのは分かる。感染状況が日増しに悪化して,病床不足が深刻化しているから,こういった圧力をかけて病床数を増やそうとするのも分かる。

 が,そもそも自公政権がベッド数を減らして来たのに,コロナが国中を抜き差しならぬほど蔓延したら,こんどは増やせ増やせはないだろうに。しかも,秋冬にコロナ感染が拡大することは,去〔2020〕年のうちから分かっていたことだ。

 政府御用じゃない学者たちは,声を大にしていまから対策を打っておくべきだと提言してきた。岡田〔晴恵〕氏,児玉〔龍彦〕氏,倉持〔仁〕氏等々・・・・。〔1月14日の〕木曜日のモーニングショーにはノーベル賞学者の本庶〔佑〕氏,大隈〔良典〕氏がともに出演して,政府の対策への提言をしていた。

 とくに本庶氏は当初からPCR検査の重要性を訴えていた人で,今回も「コロナ専門病院設置」「隔離と食事提供策でホテル・飲食業を支援」,これでホテルと飲食業界にもプラスになり,効率的に経済が回せる方法だと熱く述べていたが,この発言は本庶氏の1年前からの持論で,なんどとなく厚労省に訴えて来たそうだが,聞く耳をもたなかった厚労省,そして政府の無能無策が,ここまでの感染拡大の一因でもある

 誰も使わないアベノマスクなんて,無能無策の最たるものだ。素人でも特効薬のないいまは,PCR検査を拡充して,無症状の陽性者を炙り出す以外,感染拡大の歯止めをかけられるものではないと思ってきたが,それこそ権威あるノーベル賞学者の提言さえ,聞こうとしなかった政府のかたくなな姿勢は,どこからきているのだろう。

 まったく理解できない。自分たち無能無策は棚に上げて,したがわないと,やれ罰則だと圧力をかけても,それで物事が解決するとは思えない。

 今回だって,いくらベッド数を増やしたからといって,いますぐ使える医療従事者が増えるわけでもない。増やしたくても増やせない背景をなぜ考えようとしないのか。

 別に医療機関は,サボって患者を受け入れないということでもないし,いまでも一杯いっぱいの医療機関ばかりだろうに,それに対してムチ打つような病院名を公表という制裁は止めるべきだ。

 短絡的に恫喝・圧力・制裁などでは,ないも解決しない。自民党はいつの時代になっても村社会的な発想しか持てないようだ。

 

 「かたくなにコロナ対策の失敗を認めない菅首相 ブレーンの心も折れたか」『NEWSポストセブン』2021.01.15 07:00,https://www.news-postseven.com/archives/20210115_1628085.html(『週刊ポスト』2021年1月29日号)

 a) 菅 義偉・首相の行動に側近たちも

 危機に臨む総理大臣に求められるのは,正確な現実認識と,国民に語りかける「言葉」の誠実さだろう。緊急事態宣言で国民は生活にきびしい制約を求められている。

 それでも一歩ずつ危機の出口に向かって進んでいる実感があれば,「希望」をもって耐えられるが,総理の言葉が信じられなければ,国民に希望を見出す力そのものが生まれない。

 菅 義偉首相は年初からの10日間で4回,国民に語りかけた。1月4日の年頭会見では,「絶対」とこう強調した。「医療崩壊を絶対に防ぎ,必要な方に必要な医療を提供いたします」。

 1都3県に緊急事態宣言を発出した1月7日の記者会見では「必らず」と,こう断言してみせた。「1か月後には必らず事態を改善させる。そのために総理大臣としてありとあらゆる対策を講じてまいります」。

 しかし,国民の何人がそれを信じただろうか。「あらゆる対策」といいながら,菅首相はコロナ変異種が国内で発見されても11か国とのビジネス往来の停止を先送りし,Go To イートの停止も「自治体の判断」に任せて全国半数の県で続けられている(1月7日時点)。

 菅首相自身,自分の言葉を信じてはいない。会見翌日に出演したテレビ朝日報道ステーション』のインタビューでそれがはっきりわかった。もし,1か月後に結果が出なかったら営業規制の対象拡大や宣言延長の可能性はあるのか。国民がしりたい疑問だ。

 そのことを問われると,こういってのけた。「仮定のことは考えない」。-- “あんたが考えなければ誰が考えるんだ” と国民を呆れさせた。

 1都3県に続いて大阪,京都,兵庫の知事が緊急事態宣言を要請すると,その判断も丸投げした。

 「政府の分科会の専門家は『もうしばらく様子をみて,分析したい』という方向だったようだ。いずれにしろ,必要であればすぐ対応できるような準備をしている」(2021年1月10日のNHK『日曜討論』)。

 菅首相は二言目には「必要があれば躊躇なくやる」というが,必要かどうかの判断は丸投げだ。そんな総理に,危機の打開を託せる道理がない。

 b) ブレーンの「支える気持ち」が折れた

 「この総理には無理だ」。そう痛切に感じているのは感染対策にあたっている政府の専門家たちだ。

 厚労省クラスター対策班メンバーだった理論疫学者の西浦 博・京都大学教授は緊急事態宣言の直前,菅首相の楽観論の機先を制するタイミングで,今後の感染状況について厳しい試算を公表した。

 飲食店の営業時間短縮を中心とする緊急事態宣言では,東京の感染者数は2か月後(2月末)も現在と同水準の1日約1300人,昨年の宣言並みのきびしい対策を取ったとしても,新規感染者が1日100人以下に減るまでには約2か月かかるという内容だ。「1か月で改善」は無理という試算である。

 菅首相は,そうした専門家の懸念に有効な反論ができない。政府が感染対策の方針を誤っている時,総理が失敗を認め,批判に耐えて方針を修正していく姿勢をみせれば,まだ「この総理は現実を直視している」と国民の信頼を取り戻すことができる。

 ところが,菅首相はかたくなに失敗を認めない。専門家はそうした姿勢に不信感を強めている。

 政府のコロナ感染対策分科会の尾身 茂会長もその1人だろう。菅政権は昨年11月に「勝負の3週間」をかかげ,感染対策を打ち出した。当時,Go To が感染拡大を招いたとの批判を浴びた首相は,「分科会からトラベルが感染拡大の主要な要因でないとの提言をいただいている」と専門家に責任を転嫁した。

 それに対して尾身会長は国会の閉会中審査(12月16日)に出席し,「人の動きを止めることが重要で,Go To も考えるべきと再三申し上げている」と,Go To 停止を進言したことを証言して,首相に冷や水を浴びせた。

 厚労省の専門家組織「アドバイザリーボード」も勝負の3週間の後,〈全国的に感染が拡大することが懸念される〉という感染状況の評価を発表し,〈新型コロナの診療と通常の医療との両立が困難な状況が懸念される〉と医療崩壊の危機に警鐘を鳴らした。

 c) 厚労省の専門家が「勝負の3週間」は “敗北” だったと結論づけたのだ。それでも,首相は耳を貸さなかった。

 「私は昨年11月以降,専門家のご意見に沿って Go To トラベルを順次停止し,飲食店の時間短縮を要請しました。早期に取り組んでいただいた地域ではその効果が現われ,感染を抑えることができています」。

 1月7日の会見ではそう自己正当化したが,詭弁である。「早期に取り組んでいた」はずの大阪も,首都圏の1週間後に宣言発出へと追いこまれたことからも明らかだ。

 報道ステーションでは,「去年の暮れにですね,(東京の新規感染者数)1300人というのがありました。あの数字を見た時に,かなり先行き大変だなと思いました。想像もしませんでした」と語った。

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 「尾身会長ら専門家が警鐘を鳴らしたのに総理は大晦日まで感染状況の現実をみていなかった。懸命にやってきた分科会やアドバイザリーボードのメンバーは気持ちが折れただろう」(感染症研究者)。

 そうしている間に,医療の最前線は崩壊した。中川俊男日本医師会会長は1月6日の定例会見でこう訴えた。

 「必要な時に適切な医療を提供できない,適切な医療を受けることができない,これが “医療崩壊” だ。医療じたいを受けることができない “医療壊滅” の状態にならなければ医療崩壊ではないというのは誤解で,現実はすでに医療崩壊である」。

 首相が年頭会見で約束した「必要な方に必要な医療を提供する」ことはすでに不可能なのだ。

 

 「特措法と感染症法の刑事罰導入は百害あって一利なしだ」『ビデオ・ニュース』〈マル激トーク・オン・ディマンド〉第1032回,2021年01月16日,https://www.videonews.com/marugeki-talk/1032

※ゲスト※ 米村滋人(よねむら・しげと)東京大学大学院法学政治学研究科教授・内科医。

 

 1974年東京都生まれ,2000年東京大学医学部卒業,医学部在学中の1998年司法試験合格,2004年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了,東大病院,日本赤十字社医療センター循環器科勤務医,東北大学大学院法学研究科准教授,東京大学大学院法学政治学研究科准教授などを経て,2017年より現職。

 

 現在,東京都健康長寿医療センター勤務医(循環器内科)を兼務。専門は民法・医事法。著書に『医事法講義』,共著に『生命科学と法の近未来』など。

  『概要』-以下に引用するこの解説は長くなるが,全文を参照する-

 a) ついこの間まで Go To キャンペーンの中止さえも躊躇していた菅政権は,ここに来て,首都圏に続き関西圏,福岡などでも相次いで緊急事態宣言を発出するなど,ようやく本気でコロナの抑えこみに本腰を入れはじめたようにみえる。しかし,やや遅きに失した感は否めず,感染拡大は一向に衰えをみせていない。

 菅首相は関西地方や福岡の緊急事態宣言発出を発表した1月13日の記者会見で,コロナ特措法や感染症法を改正し,営業停止要請に応じなかった店舗や,感染が明らかになったにもかかわらず入院措置に応じなかった感染者に対して,政府が刑事罰を伴う強制力をもたせる意向を表明した。

 現在の日本の医療危機が実際はコロナの感染拡大によるものではなく,むしろ,医療行政の不作為によって世界一の病床数を誇りながら,病床の転換が進んでいないことにあることをいち早く指摘して話題を呼んだ,東京大学法学政治学研究所の米村滋人教授は,これらの法律に刑事罰を伴う強制力をもたせることは本末転倒であり,百害あって一利なしだと一蹴する。

 b) そもそも現在の感染症結核ハンセン病の感染者の強制収容が法的におこなわれ,蔓延防止の名目のもとで科学的根拠が乏しいにもかかわらず,いちじるしい人権侵害がおこなわれたことの反省の上に立ち,1998年に歴史的な改正がおこなわれて現在に至るものだ。強制入院措置が人権上も,また公衆衛生の実践上も,ディメリットが大きいことは歴史が証明している。

 米村氏は検査を受けて陽性になれば,強制的に入院させられ,拒否すれば刑事罰が与えられるようになれば,検査を受けたがらない人や,個人的に検査を受けてもその結果を公表しない人が続出し,結果的に公衆衛生上の効果が上がらないことが予想されると指摘する。

 とくに,コロナに関しては,個人的に検査ができる検査キットなどが広く普及しはじめている現状では,陽性者に多大な法的リスクを負わせるような法改正をおこなえば,多くの人は自分が陽性である事実を隠すことは目にみえている。強制措置はかえって公衆衛生上のリスクを増大させるだけだというのだ。

 c) また,特措法にもとづく休業や時短要請に応じない事業者に対して,過料や刑事罰を含む法的な拘束力をもたせることについても,慎重さが求められる。十分な補償を受けながら密かに営業を続けるような悪質な事例に対しては,なんらかの罰則が適用されることはあってしかるべきかもしれないが,ほとんどの事業者にとっては,十分な補償がないままで休業を強いられれば,それはただちに死活問題となる

 従順に政府の指示にしたがった結果,会社が倒産したり失業したとしても,政府が補償してくれるわけではないとなると,リスクを承知の上で営業を続けざるをえない事業も出てくるだろう。

 本来は十分な補償によって事業者の協力をえられるようなかたちにしなければならないはずで,それにしたがわない事業者が多く出ているとすれば,それは補償が不十分なために,したがいたくてもしたがえない事業者がたくさんいるということに他ならない。

 むしろ問題は,政府が本来すべきことをやらないまま,もっぱら民間の事業者や個人に犠牲ばかりを求めたあげくのはてに,要請に応じない相手には法の力で相手をねじ伏せてでも犠牲を強制しようとしている政府の姿勢にあるのではないだろうか。これは本末転倒も甚だしい。

 d) 以前から米村氏が指摘するように,日本は人口当たり世界一の病床数を誇る。そして,現在の日本の感染者数は,ここに来て急増しているとはいえ,まだアメリカの75分の1程度,イギリスやフランスの数10分の1程度に過ぎない。にもかかわらず,すでに日本の医療が崩壊の淵にあるとすれば,それはなにか日本の医療行政に重大な欠陥があるとしか考えられないではないか。

 米村氏が指摘してきたように,現在の医療法のもとでは政府は医療機関に対して病床の転換を要請することしかできない。お願いするしかないのだ。結果的に日本の全医療機関の8割を占める民間医療機関のうち,わずか2割程度の病院しかコロナ患者は受け入れていない

 昨今メディアが騒いでいる日本の医療危機や医療崩壊は,コロナ患者を受け入れている全体の3割程度の医療機関でのみ起きていることなのだ。

 こうした状況を受けて1月15日,政府が感染症法の16条の2項を改正して,医療機関に対して感染者の受け入れを現在の「要請」から「勧告」できるようにするとの意向が,一部のメディアによって観測気球のように報じられた。しかし,米村氏は「要請」を「勧告」に変更するだけでは実効性は期待できないと断じる。

 e) そもそも勧告というのは,勧告に応じなかった場合に,そのつぎの段階としてなんらかの強制なり制裁なりが設けられていて初めて意味をもつ。単に文言を勧告に変えても,政府の権限の強化にはつながらず,よって世界一の数を誇る日本の病床がコロナ病床やICUへの転換が進むとは考えにくいと米村氏はいう。

 政府の権限を強化して病床の転換を進めても,人員の確保ができなければ意味がないとの指摘もあるが,これに対しても米村氏は,そもそも政府が医大の定数を抑えて医者の数を制限してきたのも,医師会などの医療界の意向を受けたものだったことを指摘。

 結局,医師会の政治力などとも相まって日本では医療が聖域化し,政治も行政も一切手を付けられなくなっていることの大きなツケが,今回のコロナで回ってきたのだと語る。

 f) 実は1月13日の総理の記者会見で,ビデオニュース・ドットコムの記者の質問に対し,菅総理が意外な言葉を発したことが,一部で波紋を広げている。

 ビデオニュース・ドットコムからの質問で,なぜ政府は医療法を改正して,政府が医療機関に対して命令できる権限の強化を図ろうとしないのかを問われた菅総理は,医療法の問題は「これから検証する」しか答えなかった一方で,唐突に「国民皆保険も含めて検証する」と述べたのだ。

 これを聞いた人のなかには,「質問の意味を理解できなかった総理が意味不明な事をいいはじめた」とか,「総理は新自由主義的な思想的背景から,国民皆保険の廃止を常々考えていたので,本音がぽろっと出てしまったのではないか」などといった観測がネットを中心に広がった。

 しかし,厚生労働委員会の委員で医療行政に詳しい青山雅幸衆議院議員(無所属)は,あの一言は医療界に衝撃を与えたと指摘する。青山氏によると,国民皆保険は,もちろん国民にとってもなくてはならない大切な制度だが,それにも増して医療界にとっては,ほかのなにを措いても絶対に死守しなければならない最大の利権だ。

 総理が場合によっては国民皆保険にまで手を出してくるというのであれば,医療法の改正や感染症法の改正によって,国の医療機関に対する権限を多少強化することくらいは容認せざるをえないと考えても不思議はない。

 実際,あの発言の翌日に,感染症法の改正案の報道が流れたが,医師会や医療界から目立った反対意見は,いまのところ聞かれていない。おそらくあの一言が効いているのではないか,と青山氏はいうのだ。

 ただし,青山氏は総理があの単語を意図的に発したのか,それともあれは単なる事故だったのかについては,定かではないともいう。

 g) いずれにしても,コロナの蔓延によって,日本の最後の聖域といっても過言ではない医療界の一端が,「政府は民間医療機関に対して非常時であっても病床の転換すら命じることができない」というかたちで表に出てきた。

 目の前の感染拡大にもしっかり対応しなければならないが,こうした構造問題を放置したまま,事業者や個人に犠牲を強いたうえ,さらにそれに強制力をもたせる法改正をおこなうというのは,やはり順番が逆ではないだろうか。

 この ⑥ に関する寸評は,⑦ のあとにまとめて記述する。

 

 「医学会連合,罰則反対の緊急声明」朝日新聞』2021年1月15日朝刊30面「社会」

 新型コロナ患者が入院を拒んだ場合などに罰則を設けることを盛りこんだ感染症法改正を政府が検討していることについて,日本医学会連合は1月14日,門田守人(もんでん・もりと)会長名で緊急声明を発表した。入院強制や検査・情報提供の義務に罰則を伴う条項を設けることに反対している。

 日本医学会連合は,医学系136学会が加盟する学術団体。緊急声明では,かつてハンセン病などで,「科学的根拠が乏しいにもかかわらず患者・感染者の強制収容が法的になされた歴史的反省のうえに成り立つことを深く認識する必要がある」と説明。

 入院を拒むのにはさまざまな理由があるかもしれず,「感染者個人に責任を負わせることは,倫理的に受け入れがたいと言わざるをえない」とする。日本公衆衛生学会と日本疫学会も同日,連名で同様の声明を出した。(引用終わり)

 要は,菅 義偉がいいたい核心は,こうなっていた。コロナ禍の対策というものは,なによりもまず先に,国民たち側で「自助!」「自助!」「自助!」が絶対に必要だ,というわけであった。

 そしてつぎに,それに努力をしない者は,国家「公助」(?)の見地をもって「罰するぞ!」「課金するぞ!」という脅迫・強制の方法が待ちかまえている。この種の入り組んだ相互関係は,いってみれば,国民と国家との「共助」的な観念の発揚だとでも解釈したらよいのである。

 以上,菅 義偉流の「自助,共助,公助」という方程式の,唯一の絶対に正しく許される解法であった。

 なかんずく,日本の医療制度としての「病院のあり方」は,コロナ禍に対してまともに対応できない弱点を有しており,この事実がいまさらのように露呈させられていた。それにしてもここまで来ると,菅 義偉という首相の存在感は,実は, “無にひとしい” というほかなかった。

 ついでに指摘しておくべきは,「制度的な存在として」なのだが,肝心の厚生労働省という官庁組織の有害無益性が,いつまでもきわだっている事実である。

 もっともそれ以前の重大な問題があった。菅 義偉政権はいまだに,コロナ禍対策として構築されねばならない「有事体制」そのものを,まともに準備できていなかった。というより,菅にはそれにとりかかれるような「国家最高指導者としての理解力や決断力」を,元来もちあわせていなかった。

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 日本の政治の舞台には,あの「嘘つき宰相」の後釜にこの「半グレみたいな首相」が飛び出てきた。この人物にコロナ禍との「昼間の決闘」を期待してみたところで,とうてい無理であり勝負になりえない。この首相の得意技のひとつは,夕刻以降に豪華なランチで会食することでもあったゆえ……。

 なにせ,敵は無数からなる新型コロナウイルスの大群であり,しかも変幻自在に「各種の変異種」まで登場させて襲ってくるではないか。しかも,われわれの味方であるはずの日本国首相:菅 義偉が,いつまで経ってもトンチンカンな言動・対応しか記録していなかった

 くわえてまずいことには,この大将ときたら「▼カ」という形容を冠にいただいており,つまり「コロナという敵よりも怖い」総理大臣だったとなれば,いまこの日本に生きている人びと:われわれは,当分の間,コロナに対する自己防衛に死に物狂いで専念するほかないのかもしれない。やはり「自助,自助,自助!!!」という帰結になるのか。

 この国家の国民たちは,自助ばかり迫られており,いまやそのほとんどが沈没寸前……,冗談ではない。

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【参考記事】

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「ハーフ」という若干古いことば,白人との混血児は美人・美形だというたいして根拠のない俗説をめぐって考える日本社会のなかの民族差別と人種偏見

 サンドラ・ヘフェリン『ハーフが美人なんて妄想ですから ! !    困った『純ジャパ』との闘いの日々」』中公新書ラクレ,2012年6月を読んだことのある本ブログ筆者が,あらためて考えて みたこと

 大坂なおみに対して 関連するもろもろの「黒人種への偏見・差別」すら,本当はろくに解消も改善もできていない日本社会側における人種意識の問題

 

  要点・1 敗戦後的な問題としての混血児差別

  要点・2 最近の問題として混血児の存在


 『混血』から『ハーフ』へ,その人種的イメージの推移・転換に,いまだにみえ隠れする「日本社会の異なる人間に対する偏見と差別」の問題

 以下は「〈Discover70's (6) 〉『ハーフ』と呼ばれて イメージ転換,偏見なお」日本経済新聞』2021年1月6日朝刊35面「社会2」から

 --1970年9月,女性アイドルグループ「ゴールデン・ハーフ」がデビューした。父がスペイン人のエヴァ,米国人の父をもつマリア……。週刊誌は「片言の日本語をあやつり,ゼスチュアたっぷりのお色気を振りまく,カワイ子ちゃんの混血娘4人」と紹介した。

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 付記)本文以外より参照。このジャケットには5名写っている。

 カラーテレビが急速に普及した70年代。ミニスカート姿のゴールデン・ハーフは,クレージーキャッツドリフターズのテレビ番組で脚光を浴びた。「彼女たちの人気と相まって,〔19〕70年以降に『ハーフ』という呼び方が浸透した」。社会学者の下地ローレンス吉孝さん(33歳)は解説する。

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 下地さんによると,それまでも外国にルーツをもつ「混血タレント」はいたが,生い立ちや苦労話が強調されることが多かった。背景には終戦直後の記憶がある。

 米兵と日本女性の間に生まれた子どもらは「混血児」と呼ばれ,GHQ(連合国軍総司令部)の占領下ではタブー視された。1952年の占領終了を機に「戦争の落とし子」への社会的な関心が高まり,国による実態調査や支援活動がおこなわれた。

 しかし,終戦から四半世紀がたった1970年代には,そういったイメージは薄れていく。カラーテレビ,クーラー,自動車の「3C」のテレビコマーシャルに欧米・白人系の「ハーフタレント」が相次ぎ起用された。

 一方,ブラウン管の向こう側とは違って,当時の国際結婚は日本籍と韓国・朝鮮籍カップルが過半を占めていた。

 学習支援のNPO法人「トッカビ」(大阪府八尾市)の代表理事を務める朴 洋幸(パク・ヤンヘン)さん(52歳)は父が在日コリアンで母が日本人。1975年4月に小学校に入ったとき,母から「韓国人っていうたらあかんよ」と念押しされたのを鮮明に覚えている。

 在日コリアンの子どもを支えようと1974年に発足したトッカビには,いまは急増したベトナム人の子どもが集まる。朴さんは「日本語が苦手な親を軽んじたり,ルーツを恥ずかしがったりする様子はかつての自分たちと同じ」と憂う。 

 NPO法人トッカビのベトナム語教室。代表理事の朴 洋幸さんはベトナム人の子らにかつての自分を重ね「自分のルーツに誇りをもってほしい」と願う。

 「我が国は単一民族国家」 1971年10月の参院本会議で佐藤栄作首相は〔そう〕断言した。それから半世紀,国はいま「多文化共生」をかかげる。2019年に生まれた子どものうち,父母のどちらかが外国籍なのは50人に1人。日本社会は変わったのだろうか。

 補注1)厚生労働省の調査によると,2006年ごろまでは国際結婚の数は伸びていた。一時は,国際結婚の割合は8%まで増加していた。その後下降し,2013〜2015年の間は約3.3%と横ばい状態になっていた。

 ごく単純に考えてだが,国際結婚の割合がその8%を記録した夫婦たちが子どもを儲けていたら,このすべてが混血児となるのは当然として,この場合において誕生した新生児は,その全数のうち「12.5人に1人」(8%の割合だからこの計算になる)を占めていたことになる。一時期の現象だったとはいえ,相当な数値・統計である。 

 補注2)佐藤栄作のように1971年当時であっても「我が国は単一民族国家」だと宣言するのは,政治家であれ誰であれ《大間違い》であった。敗戦時の日本には200万人近くもの多くの朝鮮人が,いろいろな場所,すなわちのこの「我が国」の津々浦々で暮らしていた。それからあとの30年~40年ほどは,とくに在日韓国・朝鮮人の存在が60万人台の人口統計として,日本社会のなかに継続的に存在していた。

 しかも,その間において毎年,日本国籍を取得する(帰化した)韓国・「朝鮮」籍だった人たちは,大雑把にいえば5千人から1万人近くもつづいていた事実も記録されてきた。この事実も併せて受けとるべきなのが,前段の「在日韓国人:60万人台」の数字であった。

 法務省が公表している「国際結婚した夫婦間における出生数」や「国際結婚」「帰化許可(日本国籍取得)」に関する諸統計は,以下のとおりである。「ゴールデン・ハーフ(?!)」とか称されて国籍別の一部分として表記される特定の集団は,これらの統計にあっては絶対数が少ないために,「その他」のほうにひとくくりにして指示されている。

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 さて,明治時代の日本政府は,アイヌ民族(ウタリの社会集団)の人たちを同一民族として認めていたか? 逆に,明治期から植民地にしてきた台湾や朝鮮の人びとは,民族的かつ人種的に異なるとみなされていながらも,「皇統連綿」「八紘一宇」「一視同仁」の観点から,絶対的には彼らを「劣等民族」だと蔑視しつつも,いちおう(相対的)は「同じ大日本帝国の2等・3等臣民」と位置づけておくかたちで,同じ帝国臣民(人種・民族?)であるかのように処遇してきたつもりであった。

 そんなこんな歴史の事実が,敗戦後史になるといつの間にかどこかへ吹き飛ばされてしまい,「我が国は単一民族である」などとのたもうた「佐藤栄作の錯覚的な過誤」は,まことに度しがたい偏狭をはしなくも披瀝していた。それは「自国内完結主義になる虚構の民族観」であった。

 くわえて,沖縄人(琉球出身者)に対する,明治以来における日本社会の差別も明確にあった。沖縄県人が多く住む大阪市史に関する文献をひもといてみれば,そのあたりの歴史問題にはすぐ気がつく。

 大阪市の公表している統計のなかには,1945年における人口は110万2959人だと指示しているが,当時,同市には当時,その人口に対して1割を超える朝鮮人が住んでいた。ただし,上に示した大阪市の数値が,こちらの朝鮮人の人口を含む(内数)ものか否かは,ここでは分からない。

 ともかく,そういう現実があれこれ記録されてきた日本の近現代史を無視しておいて,「我が国は単一民族である」など宣言するのは,昔もいまも幻想的な表現であったと批判されてよい。

〔記事に戻る→〕 父がガーナ人,母が日本人の中村愛理さん(27歳)は,アフリカにルーツをもつ若者の集まり「African Youth Meetup」で活動する。しらない人からじろじろみられたり,髪を触られたり。「お国はどちら?」と詮索されるのはしょっちゅうだ。「日本で生まれ育ったのに,いつもよそ者扱いされる」。

 しかし,そんな声はかき消されがちだ。米国人の父をもつ大阪市立大研究員のケイン樹里安さん(31歳)は「否認するレイシズム(人種主義)が日本を覆っている」と指摘する。当事者が差別や生きづらさを訴えても「日本に人種差別はない」「外国に比べればマシ」と否定する形の抑圧だ。

 補注)ここの段落における説明・指摘が,佐藤栄作の「我が国は単一民族である」と裏表両面からつながる関係にあることは,ただちに理解できるはずである。

 「国籍や民族などの異なる人びとがたがいの文化的ちがいを認めあい,対等な関係を築こうとしながら地域社会の構成員として共に生きていくこと」。国は多文化共生をこう定義する。「日本人」の多様性を直視することが,その出発点となる。

  ※「ハーフ」の呼び方,定まらず ※

 父母のどちらかが外国出身の人の呼び方は定まっていない。ハーフは「半人前」といった否定的なニュアンスがあるとして,「ダブル」「国際児」「ミックス」などと呼ぶよう提唱する意見もある。

 日本で暮らす「ハーフ」の総数は統計がない。国立社会保障・人口問題研究所の是川夕国際関係部長は国の人口動態調査などをもとに,2020年時点で約102万人と推計。2040年に200万人超,2060年には300万人超になると予想する。

 補注)ここに示された数値は,「在日と呼ばれ,旧来居住者として中心的な民族集団であった韓国・朝鮮系の人びと」が「日本人と婚姻した件数」,それも敗戦後におけるそれは非常に多くあったはずであるが,日本政府当局はその関連資料・統計をもちあわせていないわけではなくても,それを進んで具体的に公表する気はないようである。

 それはさておき,彼ら(日韓・韓日の夫婦)のあいだにできていた子どもたち(ハーフ?  ダブル?)は,表だって計算したくはなかったらしい。在日韓国人系と原住日本人との混血児(この組みあわせの場合,はたしてどれほどに混血といえるかどうか「?」が付きそうでもあるが)が,過去においていかほど存在していたのかについては,こちらも正確な統計はえられていない(どこかに隠されているかもしれないが)。

 さきほど紹介した帰化許可に関する統計年表をみるさい,このなかには両親の組みあわせが「日本と韓国,韓国と日本」である事例が相当数含まれているのだが,この点が数値として区分・表現されていない。法務省のどこかでそのあたりに該当する統計を把握・整理している部署があるかもしれないが,ここではそれも不詳である。

 

  白人系の混血児がゴールデン・ハーフになりうるならば,アジア系の混血児はナントカ・ハーフで,黒人系の混血児はナニナニ・ハーフとなるのか

 a) 本ブログ筆者はこのブログ内であったかどうかよく記憶していないが,サンドラ・ヘフェリン『ハーフが美人なんて妄想ですから! !  -困った『純ジャパ』との闘いの日々』中公新書ラクレ,2012年6月を紹介した記述をおこなったこともあった。

 サンドラ・ヘフェリンは名から分かるように女性であり,白人系の人物であるが,たとえば『東洋経済 ONLINE』のなかでは,こう紹介されていた。

 サンドラ・ヘフェリン(Sandra Haefelin〔多分,Häfelin とつづる〕)はコラムニスト。ドイツ・ミュンヘン出身,日本歴20年。 日本語とドイツ語の両方が母国語,自身が日独ハーフであることから,「ハーフといじめ問題」「バイリンガル教育について」など,多文化共生をテーマに執筆活動をしている。

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 著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』(中公新書ラクレ),『ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』(ヒラマツオとの共著/メディアファクトリー)など著書多数。

 前段に挿入してみたサンドラの画像資料のなかに記入されている文句のうち,ウエンツ瑛士が以前,テレビに出演していたさい,こういっていたのを思いだす。いまは違って英語が話せるようになっているとのことだが,以前は英語が全然できなかったので,「白人顔の自分」がそれをまわりの日本人たちに対して告白すると,大いに受けてドット,笑いをとれたという話。

 ヘフリンとウエンツの話は,白人系混血児たちが受けている紋切型の,彼らみたいな人びとの存在に対する「偏見と差別」〔とはいっても,ほとんど有害ではない(?)それ〕に関している。

 だが,これが方向を変えて黄色系混血児たちの場合となると,分かりやすく指摘すれば韓国系や中国系の混血児たちに対してだとなると,見目形がまったく純ジャパと区別できないこちらの者たちのほうが多数派であり,ましてや純ジャパと同じに育ってきた彼らの立場でもあるからには,その出自が明示されないで隠蔽されているとなれば,こちらはこちらなりに “なにも問題のない存在” としてみなされてきた。

 b) ところが,黒人系混血児の場合となるとそうはいかず,露骨な偏見と差別の対象になっていた。関連していえば,エリザベス・サンダー・ホームが有名である。現在社会福祉財団法人である同ホームのホームページには,こう説明されている。

 澤田美喜先生によって70年前設立されたこのホームにもキリストの愛の精神は脈々と流れています。特に戦後の混乱期の中で過酷な運命を背負った混血孤児を養育しようとする事業は,強い意志と深い信仰の支えが無ければ実現できなかったのです。傷ついた見知らぬ旅人を手厚く介抱した聖書に登場するサマリヤ人のように,澤田先生は約二千人の戦争孤児たちを愛情深く育て上げて来られました。

 

 今,児童養護施設には様々な事情で入所する子どもたちが生活しています。子どもの理由ではなく,大人の理由でここに措置される子どもたちなのです。ホームの職員たちは,いつも其の子どもたちに寄り添って多感な幼少期・早春期を温かく見守っています。創立者澤田先生の崇高なスピリットがこのホームの大切な財産として絶えず意識されている結果なのです。

 

 子どもが泣くとき共に悲しみ,子どもが喜ぶとき共に微笑む愛を

 註記)https://www.elizabeth-sh.jp/about.html

 以上の説明では,このエリザベス・サンダー・ホームの由来はまだよく理解できないので,ウィキペディアの解説も引用してみる。「いきさつ」がつぎのように記述されている。

 第2次世界大戦後に日本占領のためにやってきたアメリカ軍兵士を中心とした連合国軍兵士と日本人女性の間に強姦や売春,あるいは自由恋愛の結果生まれたものの,両親はおろか周囲からも見捨てられた混血孤児たち(→血統主義,GIベビー)のための施設として,1948年,三菱財閥創始者岩崎弥太郎の孫娘である沢田美喜が,財産税として物納されていた岩崎家大磯別邸を募金を集めて400万円で買い戻して設立した。

 

 施設の名前は,ホーム設立後に最初の寄付(170ドル)をしてくれた聖公会の信者エリザベス・サンダース(40年にもわたって日本に住み,他界したイギリス人女性〔の姓名〕)にちなみ,「エリザベス・サンダース・ホーム」と名付けた。2010年現在1400人の出身者がいる。

 この段落ではあれこれいわないで,たとえば黒人系の混血児で日本の芸能界のなかで活躍しだした,たとえば演歌歌手もいた事例に言及してみるが,その彼たちが大いに売れたという者はいなかった。もともとアフリカ系出身になる黒人の芸能人は何人かいるが,ごく少数の成功者であった。ともかく,あまりぱっとしないし,その人数そのものが非常に少ない。なぜか?

 c) エリザベス・サンダー・ホームの出身者たちである混血児のその後における人生は,どのような経過を経ていったのか? 前段で参照したウィキペディアはくわしく触れるところがないので,別途,探してみたら,こういった説明があった。

    ★ 第17回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 ★
   =『家路 ~海を渡った孤児たちは今~』(制作:フジテレビ)=
    〈2008年8月29日(金) 深夜2時50分~3時48分放送〉

 

 日本からブラジルへの移民が始まったのは,いまから100年前の1908年。その後25万人の日本人が海を渡り,現在では150万人という日系人社会を形成しました。そんななか,いま〔2008年〕から43年前の1965年,ある “異色” のグループがアマゾンに向かいました。18歳そこそこの青年たち。多くの移民がいまより「少しでも豊かな生活を」と新天地をめざしたのに対して,彼らには違う目的がありました。「差別のない国」をめざす……。

 

 海を渡った若者たちは神奈川県大磯町にある養護施設「エリザベスサンダースホーム」で育った子供たちでした。戦後,駐留軍と日本女性の間に生まれ,捨てられたり,何らかの理由で育てられなかった “孤児” たちを一手に引き受けた施設。創立者三菱財閥創始者の孫娘・澤田美喜さん(1980年没)。強烈なカリスマ性を発揮しホームをけん引しました。

 

 しかし「敵国」との間に生まれた子供たちを受け入れられない日本社会。ホームの一歩外に出れば子供たちは好奇の目にさらされ,容赦ない言葉を浴びせられ,そして石をぶつけられたのです。何年経っても園児たちに残る心の痛み。澤田さんは敷地内に学校を設立するなど,極力子供たちを世間から隔離する方針を立てました。

 

 しかし,子供たちがホームを巣立つ年齢に達すると新たな壁にぶちあたりました。就職先がみつかりません。社会の偏見は戦後20年が経とうとしても依然強かったのです。若者たちのブラジル行きは「差別のない理想郷」をつくる,そして卒園児たちに安定した仕事につかせるという澤田美喜さんの願いをこめたプロジェクトだったのです。

 

 はじめの7人がブラジルに渡ったのは1965年。日本は高度経済成長による未曾有の好景気に沸いていました。一方のブラジルはまだまだ発展の途上にあり,日本からブラジルへの移住熱も徐々に冷め始めていました。

 

 やがて未開のジャングルを切り開いていた子供たちに関する情報はしだいに届かなくなっていったのです。それから43年。奇しくも今年はホーム設立60周年。60歳を過ぎた彼らはどうしているのか。そしてにを考えているのか。私たちは限られた情報を頼りに彼らの消息を辿りました。

 註記)2008. 8. 27,https://www.fujitv.co.jp/b_hp/fnsaward/17th/08-232.html

 d) ブラジル地理・統計院は,ブラジル人を5つの種類に分け,肌の色や人種によって  brancos(白人),negros(黒人),パルド(褐色または混血),amarelos(アジア系黄色人種),indios(アメリカ先住民)に分けている。

 ブラジルという国ではそのように各人種が混在して構成されているゆえ,人種差別がほとんどないかのように考えられているが,この理解は必らずしも正解ではない。ここまでの記述の関連としては,エリザベス・サンダー・ホームに保護されていた子どもたちが,その移住先としてブラジルを選択した事実を挙げておくだけとする。

 たとえば,「ブラジルに人種差別が無いって,本当ですか? =サンパウロ市在住   毛利律子」『ジャーナルにっけい新聞』2018年6月23日,https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180623-41colonia.html は,こう言及していた。この記事は,エリザベス・サンダー・ホームの出身者たちだけに当てはまる内容ではなく,昔,多くの日本人たちがブラジルに移民していった歴史に関連する解説である。

 今日の恵まれた時代にブラジルに住み,この国の過去の歴史を振り返ることなく生活していると,一見,〔〕博士のこの言葉が端的に実現されているのが,このブラジル社会をおいて他にあろうか,と感じさせられる。

 補注)の箇所は前段から補足すると,こういう記述であった。

 --歴史学者のアーノルド・トインビー博士が,この問題に関してつぎのように語った言葉がある。「この問題は公民権運動などによって解決できるものではない。白人と黒人が真に交じりあって,つまりおたがいが結婚して,みんなが混血児になって初めて解決されるだろう」。

 

 実際,肌の色,国籍に関係なくたがいが結婚して,いまや,その混血児の世代が平和に,穏やかな関係を維持しつつ暮らしているようにうかがえるのである。また多くの白い肌をもつ美男美女の先祖が,実はヨーロッパ人と黒人の混血であったということは,ごく当たり前に見聞きする。

 

 国民がひとつになって応援するフットボール〔サッカー〕にせよ,アフリカ系黒人奴隷がもたらしたサンバのリズムで踊り明かすカーニヴァルなどを挙げるまでもなく,ブラジル社会では日常生活でさまざまな人種が穏やかに融合し,「人種の壁を越えた共存」が成功している国というイメージが固定化されているようだ。

 

 日本社会では,これほど多くの異人種と日常的に身近な距離で接することはほとんどないといえよう。むしろ,伝統的に端然とした暮らしを好んできた多くの日本人にとって,外国人受け入れの態勢は,とくに,精神的にまだまだ整っていないと思う。 

 補注)「日本社会では,これほど多くの異人種と日常的に身近な距離で接することはほとんどない」という指摘は,厳密な意味では当っていない。21世紀のいまどきはさておき,日本人も「多くの異民族と日常的に身近な距離で接することは」,敗戦以前は外地(植民地・支配地域)や,そして日本国内でもないわけではなかったからである。

 

 それゆえに,ブラジル社会には「人種差別はなきに等しい。差別といえば階級差別である。貧困ゆえの犯罪はあとを絶たないが,人種間の争いはない。これは常識的な見識である」と聞かされ,このような情報を丸呑みにして,疑いもなく信じてきた。

 

 しかしこの認識は,ブラジルの人種混淆社会を語るうえでの,非常に単純化された紋切り型の固定概念であろうとの指摘を受けた。

 ブラジルみたいに表面に明確に出ていてみえる「肌の色」(人種的な肉体上の特性)と違って,同じ黄色人種同士である日本人とほかのアジア人とのあいだに設けられていた,それも「旧・大日本帝国主義風の血統的な民族および人種に関するイデオロギー」は,植民地時代とこれ以降における「他アジア人差別」のみならず,1945年にこの日帝が敗北したがゆえに新しく生じてきた「黒人関連の差別の実相」をもってしても,露骨に発揮されてきた。

 現在において,日本・日本人がその種の民族・人種差別にかかわる問題とは無関係でありえ,すでに解消できているなどとは,とうていいえない。その現在的に日本風の「民族および偏見の問題」は,いまにもなお継続中である。そこで,つぎの ③ においては,冒頭に登場させたサンドラ・ヘフリン,社会学者の下地ローレンス吉孝も,再び語りだす構成となる。 

 

 「『本物の日本人』とは何? ハーフへの不躾な幻想 『日本の食べ物は好きですか』」と聞く心理」東洋経済 ONLINE』「週刊女性 PRIME」編集部,2019/06/09 16:00,https://toyokeizai.net/articles/-/285566〔~ /285566?page=4〕

 以下には,この記事の文章を全文紹介するが,従来からいまもなお根強く日本人の心中に宿っている(巣くっている?)「ハーフ・観」が詮議されている。

 a) サンドラさんはドイツで育ち,22歳のときに来日。「子どものころから漠然と “いつか母の母国の日本に住んでみたい” と思っていました。夢が叶った,という感じですね」,以来,在住約20年になるのだが,その顔立ちのせいで不愉快な思いをすることも少なくないという。

 「まだ若いころ,役所に印鑑証明を取りにいって窓口に並んでいたら,係の人に “外国人登録書の窓口はあちらですよ” といわれました。 “印鑑証明なんです” と並んでいたんですが,書類を見た窓口の人が  “あれ?   日本に帰化された方ですか?” と聞いてくる。若かったから頭にきて大声で “いいえ。もともと日本人です!!” といってしまいました。いま思えばそんなにムキになることでもないんですけどね(笑)」。

 b) 日本語で話しかけても英語で返ってくる。サンドラさんの著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』がある。副題は「困った『純ジャパ』との闘いの日々」。サンドラさんは「ハーフといじめ問題」など多文化共生をテーマに執筆している。

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 日本で暮らす外国人が増えるにつれ,定住し,家族をもつ人たちの姿も身近になった。日本と海外にルーツを持つ「ハーフ」の子どもたちも珍しくない。あなたは「ハーフ」という言葉を聞いて,誰を思い浮かべるだろうか。

 テニスの大坂なおみ,陸上のサニブラウンケンブリッジ飛鳥,野球のダルビッシュ有など海外にもルーツをもつ多くの「ハーフ」選手が活躍している。芸能界でも「ハーフ」のタレントに注目が集まる。ローラ,池田エライザホラン千秋滝川クリステルなど,彼女たちをテレビでみない日はないといっていいほどだ。

 一方で,2015年のミス・ユニバース日本代表である宮本エリアナをめぐっては,「本物の日本人ではない」などというバッシングが相次いだことも記憶に新しい。

 c) いったい「ハーフ」とはどんな存在なのか。そして,「本物の日本人」とはなんなのか。「大坂なおみさんが “抹茶アイスが好き” といったら,すごく日本人っぽいといわれるようになった。また “朝はおにぎりを食べてきた”といえば日本的な嗜好が注目され,好感度が上がりました」。

 こう語るのは,父親がドイツ人,母親が日本人のコラムニスト,サンドラ・ヘフェリンさん(43歳)だ。「私たち “ハーフ” って,ルーツが日本にあるのに,つねに周りから “あの人たちはどこまで日本人なんだろう?” と試されるんです。だから “日本の食べ物は好きですか?” というような質問を受ける。

 これが普通の日本人なら,イタリア料理が好きといってもなんの問題もないのに,大坂さんや私のようなみた目の人が好きなのはホットドッグといったら, “あ,やっぱりあの人はガイジンね” となっちゃう。つまり,私たちがなにを発信するかによって, “日本人なのか,そうではないのか” と判断される。人とかかわるうえで結構,緊張感があるんです」。

 d) ここでいう「純ジャパ」とは,「ハーフでない日本人」。彼ら彼女らは「ハーフ」と聞いたとたん,「モデルみたいにきれい」「日本語も英語も話せるバイリンガル」「海外と日本をいったり来たりするお金持ち」などの勝手な思いこみでズケズケと質問してくる人びとである。

 「初対面なのに両親のなれそめを聞かれるのはもう慣れました(笑)。また,こっちが日本語で話しかけても英語で返ってくるなんてしょっちゅう。駅で駅員さんに『本屋さんのある出口は何番ですか?』と聞いたら『ブックストア? あー。ストレート・ゴー!』なんていわれたり。きっとガイジン顔をみると条件反射で英語になるのでしょう」。

 サンドラさんの母国語は日本語とドイツ語で,実は英語はそれほど得意ではないという。「英語がペラペラだと思われがちですね。勉強会などでも英語の資料を渡されますが毎回,日本語版をもらいにいってます(笑)」。

 サンドラさんの友人で,日本とアメリカの「ハーフ」で通訳・翻訳の仕事をしている女性は,日本育ちなのに,いつまでたっても「日本語,お上手ですね」といわれることに悩んでいた。

 あるとき,先日亡くなった日本文学研究の世界的権威ドナルド・キーンさんに相談する機会があった。キーンさんから「大丈夫,大丈夫。私も日本文学の講義をしたあとに,聴講者に “ところで日本語は読めますか?” と聞かれるんだから」といわれて楽になったという。「日本語お上手ですね」のような「ハーフあるある」の根は深く,相当に困ったものなのだ。

 補注)以上のサンドラの文章を読んで感じるのは,彼女たちみたいな,メッキ風であっても,無条件に「ゴールデン・ハーフ」的とみなされる人びとが,日本で暮らす生活のなかで出あう諸事とはまったく逆さまな体験を押しつけられてきた人びとが,サンドラ以前にも大勢いた事実を忘れてはいけない。それは,植民地出身の人びとの子孫に当たる在日(韓国〔朝鮮〕・中国〔台湾〕人)の2世,3世,4世たちである。

 サンドラに類するハーフたちが経験するのとは真逆に,その存在を無化されてきた在日の彼らは,そのいっさいがっさい,つまり自分の全存在をを否定されつづけるという在日的な個人史を,それぞれがまちまちになのだが,強制されてきた。つまり,韓国だ朝鮮だ,中国だ,台湾だという出自そのものが,おそらくは「ダーティ」なイメージの価値観一色に染められていた。

 最近は20年も前から始まっていた韓流ブームのおかげで,隣国の韓国に対する印象(イメージ)は,すでにオバサン・お母さんになった世代からその娘の世代にまでかけて,だいぶ改善されている。だが,いまだに「嫌韓・嫌中」でなにかにつけては騒ぎたい,それもおそらく男連中に多いと思われる人たちも,どこかにたくさんいないわけではない。
 e) 日本には現在,どれぐらい「ハーフ」の人びとがいるのだろうか。「 “ハーフ” の正確な人口統計はありません。唯一,出生時における親の国籍数の統計をもとに,日本国籍と外国籍の組み合わせで生まれた子どもの年間数が分かっています。それによると,新生児の50人に1人で,年間約2万人ずつ増えていることになります」。

 そう語るのは,「ハーフ」や「混血」の研究を続けている社会学者の下地ローレンス吉孝さん(32歳)。「ハーフ」の歴史は戦後すぐにまで遡る。下地さんが続ける。「社会で作られたイメージではなく実像の発信が重要」と下地さんはいう。

 「そのころ, “混血児” と呼ばれた子どもたちは,ほとんどすべてが米兵と日本女性との間に生まれた子どもを指し,差別と偏見の対象になりました。私の母は,朝鮮戦争で沖縄にやってきた米兵の祖父と沖縄の祖母のもとに生まれました。だから私は “クオーター” になるわけですね」。

 しかし,当時の文部省は “混血児は日本人だから無差別平等に対処する” との方針で, “問題ない” とする姿勢を崩さなかった。そのため具体的な支援策もなく,差別やいじめは温存され,「混血児」の存在じたいもみえにくくなったのだ。

 f) こうした歴史を踏まえて「混血児」の言葉が使われることはなくなった。では,いつから「ハーフ」という言葉が日常化したのか。

 「1970年代にドリフターズの番組に出演して人気を博した『ゴールデン・ハーフ』というアイドルグループの登場が大きい。アメリカの『アイ・ラブ・ルーシー』や『奥さまは魔女』などのドラマが人気となって,アメリカ文化への憧れがあったところに,彼女たちのセクシーさや日本語のたどたどしさが強調され注目を集めました」。

 その後,1990年代になると,出入国管理法の改正により,南米在住の日系人などが数多く来日,またフィリピンなど東南アジアからの移住者も増え,日本人との結婚が相次いだ。

 「そうして生まれた “ハーフ” の子どもたちがいまでは成人しています。私のように “ハーフの親から生まれた子ども” も着実に増えている。 “ハーフ” をめぐる問題は最近,突如として湧き上がってきた新しいテーマのように思われますが,そうではない。存在が日本社会に組みいおまれてこなかったために,いつも “最近のテーマ” であり, “今後の問題” にされてしまうのです」。

 補注)在日韓国人系,在日中国人系の「ハーフ」問題も,ここまで記述すれば理解できるように,以前においては,いつもそのたびに〔と表現しておくが〕「今後の問題にされて(先送りにされるか,ないしは逃避されて)」きた。つまり,この種の民族・人種問題を,日本政府は一貫して「見える化」することを忌避してきた

 その場合,アジア系のそれは誤魔化すことができても,白人系や黒人系のそれとなると,視覚的にもはや隠しようがない。したがって「今後の問題」として先延ばしにしていい社会的な話題ではなくなっていた。つまり,当該の問題は「見える化」する・しないの問題ではなくなっていた。「見えるか」(?)「見えないから隠しておこう,触れないでおこう」などいっている余地もなく,突きつけられるほかない「現実問題」であった。

 g) 些細なことでも誰かを傷つける恐れがある。日本人や日本社会を単一民族のイメージとして描く発想はいまだに強い。

 「私はこれまでに多くの “ハーフ” と呼ばれる人びとのインタビューを重ねてきました。そのなかで多く聞かれるのは,やはりみた目との不一致という経験ですね」。

 「外見から外国人とみなされてしまった場合,日本生まれ日本育ち,日本語で話していても,国籍を確認されたり,在留カードの提示を求められたりします。かたや,アジアをルーツにもつ人たちはみた目から海外ルーツとは思われないために,人間関係のなかでカミングアウトを迫られるという問題も起こります」。

 “ハーフ” をカッコいいものとして羨望する一方で,「日本人らしくない」との理由から偏見のまなざしを向ける。このような相反するイメージに, “ハーフ” の人びとはつねにさらされてきた。

 下地さんは『ハーフ・トーク』というサイトを運営している。“ハーフ”をはじめ海外ルーツの人に向けた情報を発信しているのだが,そこで最近,注目を集めた記事がある。

 h)   “ハーフ顔” という言葉は偏見の塊。「ある女性誌の “ハーフ顔美女” というメイク企画に対し,2人の “ハーフ” の女性が抗議したものです」。

 彼女たちは「 “ハーフ顔” の言葉は,外見に対するステレオタイプを強化し,理想の “ハーフ顔” を作り上げることで,それに当てはまらない人びとを傷つけ,コンプレックスを生み出している」と主張したのだ。

 「結果,その女性誌の編集部は真摯に素早い行動で対処し,謝罪してくれたようです。些細に思えるようなことでも,とんでもなく誰かを傷つけるおそれがある。偏ったイメージは直すべきではないでしょうか」。

 「すでに私たちは多様な背景をもつ人たちと隣りあわせに暮らしています。多様な日本人がいて,多様な日本社会であることに,いまこそ気づくときなのだと思います」。

※人物紹介※ 取材・文 / 小泉カツミ(こいずみ・かつみ)

 ノンフィクションライター。医療,芸能,社会問題など幅広い分野を手がけ,著名人へのインタビューにも定評がある。『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』『崑ちゃん』ほか著書多数。

 「ハーフ」という存在の人びとに向かい,ごく自然体でもって,それもふつうに対せない人たちが多いこの日本社会の特性は,いったいどのような理由・背景から生まれてきたのか?

 この問題点をよく理解し,克服するためには,日本人1人ひとりが,以上の記述のなかに書かれている「それらハーフの人びとの声」を,まずすなおに聞いて,よく考え,さらには,自分の彼らに対する態度そのものを『自然なもの:平常心のもの:通常なたもの』に落ちつかるために,つねに「積極的に是正しようとする工夫」が要求されている。

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