「再生エネルギーの導入・利用」にさいして原発に触れる話題,ほとんど触れられないエネルギー変換効率に関する「原子力の絶対的な不利性」,時代遅れの電力生産方法である原発

 熱交換率(エネルギー変換比率)でたいそう分が悪く,しかも危険がいっぱいである原子力発電について「3E+S」を強調 してやまない原発推進派のみえすいた虚説が,いまだに大声で提唱され流通しつづける不思議

 

  要点・1 「3E+S」を原発にかぎって主張する原子力村的に「欺瞞の論理」

  要点・2 「汚染水」を「処理水」と称して太平洋に排出する政府の傲慢と横柄,東電の逃げの姿勢

【参考記事】

 

 「3E+S」という原発虚説がいまだに亡霊のようにエネルギー産業を徘徊

 その「3E+S」とは,「安全性(Safety)を前提としたうえで,エネルギーの安定供給(Energy Security)を第1とし,経済効率性の向上(Economic Efficiency),環境への適合(Environment)を図ること」だと説明されている。

 補注)この図解は経済産業省が公表しているものである。

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 だが,いまどきこの説明に現実味があるかと問われたら「完全に否(NO !)」である。

 a) まず,原発に関して無闇に強調されてきたその「安全性」を批判する。そもそもが非常に危険な放射性物質原子力(ウラン鉱石から精製する原料)」を核燃料に加工し,使用する発電装置・機械の「物理化学的な特性」は,もともと危険きわまりない構造と機能を備えている。この事実を否定する原子力工学者はいるはずもない。

 だからこそ(逆転の発想!),あえて「安全性」を基礎に置き,格別にその意味づけを強調しなければならない,前掲のごとき「原発をめぐる『3E+S』の概念図」が描かれていた。

 b) つぎに「安定性」とは,もともと融通がうまく効かない「原発の稼働・操業性」,つまり,原子炉運転の技術的な特性上,100%の操業度で稼働させておくことが一番安全である原子炉の負的性格を,こちらもまた逆手にとって表現したつもりである〈苦肉の語句・表現〉であった。すなわち,原発による電力の生産においては,とてもあつかいにくい設備(装置・機械)に頼っているという「技術面の基本特性」が,逆説的に意味されていた。

 c) さらに「経済効率性の向上」とは,原発のエネルギー交換比率が33%である点にかかわっていわれてきた点であった。もっとも,半世紀以上にもおよぶ原発「技術利用発達」史のなかでは, “ 一貫して変化(向上)はなかった” のが,その比率の水準33%であった。

 ただし,最近開発されつつある新型の原発(小型)の場合では,数%程度はその向上が期待されている。というだけの話題であって,原発はもとよりその熱効率(エネルギー変換効率)の面に関しては,改善の余地なしという「劣等生ぶり」を誇ってきた。

 d) くわえて「環境への適合」となると,原発ほど地球環境に対する害悪を及ぼすエネルギー源はない。というのは,科学の立場からはいうまでもない常識である。アメリカにおける原発史のなかで発生したスリーマイル島原発事故(1979年3月)は,アメリカじたいにおいて事後,原発における導入・利用のあり方に多大な影響を与えた。

 わけても「3E+S」に欠けていた決定的な要素があった。それは,原発運転そのものに関した「技術」面での経済効率性の問題ではなくして,その「採算」面での収益(利益)管理の問題であった。この「3E+S」は不思議なことに,後者の論点には直接触れておらず,関連づけようとする意図もない。

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 ところで,スリーマイル島原発事故(1979年3月の「5段階  事業所外へリスクを伴う事故」)は,チェルノブイリ原発事故(1986年4月)および東電福島第1原発事故の深刻度(「7段階  深刻な事故」)よりも,2段階は低い事故と認定されていた。それでも,アメリカの原発産業および発電事業体はそれなりにかなりの衝撃を受け,その後から今日までの経過においては,原発の新増設に勢いを失わせる契機になっていた。

 

 「米国の原発新設は,老朽化との『タイムレース』」だ」『WIRED』2015.11.04 WED 16:00,https://wired.jp/2015/11/04/new-nuclear-plants-in-us/

 この記事は5年半ほど前の内容であるが,こうアメリカの原発産業の実情を説明していた。

 米国内の原子力発電総量は,老朽化した原子力発電所の相次ぐ閉鎖と,新しい発電所の建設の遅れにより,2010年代末に減少する可能性がある。大型の新施設が完成すれば,2020年までに5.5GWの原子力発電能力が新たに追加されるとみこまれている。

  (中略)

 重要なのは,これらの追加はあくまでも「可能性」ということだ。ヴォーグル原発やV.C.サマー原発の建設プロセスは,どちらもかなり遅れている。このまま遅れつづけると,両施設の完成は2020年以降に大きくずれこむだろう。こうした遅延は,巨額の予算超過につながっている。

 新しい原子炉の建設は,ある意味,古い原子炉の運転停止・廃炉とのタイムレースだ。2014年にはヴァーモント州のヤンキー原発(出力600MW)が停止し,マサチューセッツ州ピルグリム原発(出力685MW)や,ニュージャージー州オイスター・クリーク原発(出力675MW)の閉鎖も決まっている。同年11月3日には,ニューヨーク州のジェームズ・A・フィッツパトリック原発(出力84万KW)の停止も発表された)。

 補注)MW(メガワット)は1000kW,つまり1000000W。600MWならば60万キロワット。

 これらの判断は,安価な天然ガス再生可能エネルギーと比べて,原子力発電の採算が悪いと判断されたことによる。

 EIAの予測によれば,米国内の原子力発電総量は,全体的に見れば100GW周辺でわずかに増減するだけだ。だが,より大規模な原発が免許更新を迎える20年後には,原子力発電総量はかなり下がる可能性がある。

 註記)EIAとは,U.S. Energy Information Administration の略称。

 要するに,原発の技術的な特徴(長所?)だとして強調されてきた「3E+S」ではあっても,実は,エネルギーを生産させるための装置・機械として工学的に評価する次元において,それもとくに原発「事業の内容」に関する「効率性の問題」を総合的に分析するとしたら,すでに落第生の烙印を押されていた。

 

  エネルギー変換効率の一覧(発電関係)

 a)「エネルギー効率」とは「入力=出力+損失」および「効率=出力÷入力」で表現される。

 つまり,エネルギー効率とは,広義には投入したエネルギーに対して回収(利用)できるエネルギーとの比であり,狭義には,燃焼反応のうちどれだけのエネルギーが回収できるかという比率である。

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 b)「エネルギー変換効率」 エネルギーを他の形態に変換する場合は,その効率は入力エネルギーと出力エネルギーを,同一のエネルギー単位に換算して求められる。

 火力発電の場合,燃料の保有発熱量が入力エネルギー,電気エネルギーが出力エネルギーであり,いずれもジュールに換算することで効率がえられる。そして,電気エネルギーに変換されなかった分が廃棄熱(エネルギー)に相当する。

 c) 全世界の2008年度発電実績に関していうと,グロス(総量)での効率は39%,最終(実質)効率は33%であった。

 d) エネルギー変換効率の一覧

 ここでの「効率」に関する説明は「前工程・機器等での消費や損失は考慮していない。エネルギー変換工程・機器への直近に投入されるエネルギーと出力との比較である」と断わっている点に,とくに注意が必要である。

 というのは,原発原子力)の場合,建屋など関連の設備・機械および敷地全体に関した外構関係工事面はさておくとして,核燃料を調達して原子炉で焚き発電する工程の「前行」工程(前段が触れている工程)と「後行」工程(バックヤード)に関しては,もとから膨大な関連経費が発生していたし,事後にもそれはさらに発生していく。

 廃炉工程がその様相を代表的に表わすことになっているが,とくに大事故を起こしてしまい現場が破壊された原発については,その「後行工程においてはこれから発生しつづけていく莫大かつ法外な経費」を,予定・覚悟しておかねばならない。この点はすでに,東電福島第1原発事故現場の様相が既知ならしめている。

 以上の説明は,原発原子力を燃料に使用する発電方法)というものは,その科学技術的な特性に関してとなれば,そのほかすべての発電方法と決定的に異質である基本の要因をもっていた。

 つぎに,ともかく各発電方法の「エネルギー変換効率」を一覧しておく。

  変換形態入力       エネルギー 有効出力   効率%  (備考)

 

  火力発電(石炭)      化学    電力    40~43

  コンバインドサイクル発電  化学    電力    50~60  (燃料が天然ガスの場合)

  CHPコージェネ      化学    電力,熱  65~75,<98 (発電効率15~33パーセント,総合効率で65~75パーセントが可能である)


  原子力発電         原子力   電力    33  (独版には「効率は10%」の注意書きが〔も〕ある)

  水力発電          力学    電力    80~90  (水を高所に上昇させる過程を含む揚水発電の効率は70%程度)

  風力発電          力学    電力 <59


  太陽光発電      電磁波(太陽光) 電力 5~40 (普及品12%~21%,理論限界85~90%)

  MHD発電(電磁流体発電) 熱源    電力 <30

 

  全世界の発電効率      すべて   電力 39 (総合効率は33%,電力の内部消費,送電ロスなどで減少。2008年度の実績)

 このなかでも原子力は,エネルギー変換効率でもっともさえない,将来性のない電源である事実が分かる。この判断は電源として利用されている普及度も考慮していう点である。原発はどだい,半世紀以上も熱効率(エネルギー変換効率⇒)33%を続けていて,これ以上高くなっていなかった。

 というのでは,蒸気機関車の熱効率10%程度はさておき,ディーゼル機関車の熱効率35%程度を比較の相手に挙げてみたりもできるが,前段に触れてあった問題:「3E+S」じたいにまとわりつく固有の不利:欠陥に照らして考えるに,あるいはまた廃炉工程から生じる多大な不利に関連させていえば,これからさきの長い将来に向けても,原発という装置・機械が発生させつづけていく負担は,一言ではとうていいいつくせないほど膨大・甚大である。

 ここまで説明するだけでも,原発コスト「論」がそれこそ〈魔物〉論的な話題になって来るほかない点は,容易に理解できるはずである。つぎの ④ が本日の新聞報道から拾う話題となる。


 「古い石炭火力,30年にかけて廃止か更新 最先端の発電効率基準に,全廃に踏み込まず」日本経済新聞』2021年4月10日朝刊2面「総合1」

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 経済産業省は温暖化ガスの排出量の多い石炭火力発電所を国内で減らすため規制を強化する。新たな基準などで発電効率の高い発電所に絞りこむ。低効率の古い石炭火力の多くが2030年にかけて休廃止や更新が必要になる。欧州を中心に全廃をかかげる国もあり,世界の流れとは溝がある。

 補注)石炭火力の発電効率で最良水準は43%である。ここでは,炭酸ガス(CO2 )を稼働中の原発は(いっさい・完全に)出さないなどと,ひどい「誤定義をおこなっている事実」も踏まえていうことにする。原発のその効率は33%であるゆえ,地球環境の温暖化問題に関して石炭火力と原子力火力とでは,はたしてそのどちらかより有利な(=より無難な)発電方法になるかなどと議論することじたい,いささかならず無意味であるという所感を抱かざるをえない。

〔記事に戻る→〕 非効率な石炭火力の縮小に向けては,梶山弘志経産相が20年7月に新たな仕組の導入の検討を指示した。総合資源エネルギー調査会経産相の諮問機関)で議論を進め,〔4月〕9日の会合で新たな規制の方針をとりまとめた。今後は関係する省令の見直しを進める。 

 石炭火力は全国に150基ある。電力会社ごとに石炭火力の発電効率を43%にするよう新たな基準を設ける。現状は石炭だけでなく液化天然ガス(LNG)や石油も含めた火力発電の全体としての指標で,44.3%だ。

 石炭火力は最新鋭の設備でも発電量あたりの二酸化炭素(CO2 )排出量がLNGの2倍以上ある。石炭に限った基準にし,他の火力の効率化では補えないようにするのがポイントだ。

 電力会社で構成する電気事業連合会は「43%は非常に高い目標だ」として簡単ではないとの認識を示す。43%は石炭火力で最高水準にあたる。経産省の集計では大手電力の発電所のうち2019年度時点で40%以上は31基で,43%以上は2基だったという。2030年にかけて発電効率の実績が低い石炭火力の廃止や更新が相次ぐと想定される。

 大手電力ではないが,宇部興産山口県宇部市に2つの石炭火力をもつ。同社はいずれも発電効率43%はクリアしているとみている。経産省は基準を達成できなかったとしても罰則や強制的な措置は設けない方向だ。基準より低い場合に指導・助言で実効性を担保するという。

 電力会社は対応を迫られる。全国7カ所に計14基の自前の石炭火力をもつJパワーは,総発電量のうち3割以上を非効率な石炭火力が占める。「高効率を促すシステムを導入するなどして達成へ尽力する」と話す。

 日本は燃焼時にCO2 を出さない水素や,アンモニアを石炭に混ぜて燃やす技術で世界に先行している。排出したCO2 を回収,貯留する技術開発も急ぐ。石炭火力は日本全体のCO2 排出量の約4分の1を占める。政府は2050年の温暖化ガス排出量実質ゼロをかかげており,石炭火力の大幅な縮小が必要だと判断した。

 ただ,2019年度の国内の発電量のうち,石炭火力は32%を占め,37%のLNGに次いで2番目に多い。原子力発電所の再稼働がなかなか進まないなかで,一定程度は必要とみて高効率のものは稼働を認める。(引用終わり)

 この『日本経済新聞』の記事は,原発に関しては最後の段落で言及していた。石炭火力の問題を「炭酸ガス排出⇒地球温暖化」にむすびつける議論は,それじたいとしては当然であった。だが,ただしそのためなのか,原発の再稼働のみならず新増設まで示唆したい口調(語感と論調)が感じられた。

 最後の文句「原子力発電所の再稼働がなかなか進まない」という修辞は,原発の再稼働を所与の前提にしておきた “いい方” であった。なかんずく,日本経済新聞社の立場は原子力村の一員として原発再稼働・推進派とみなされる。

 しかし,日経のこの立場は,原発のエネルギー交換比率(熱交換比率)が33%だという事実は,これまで棚上げしてきた。それだけでなく,この「原発の害悪性」には触れずにひたすら盲目的な態度でもって,石炭火力の代替「火力」に「原発が有用である」と語りかけたい気持をこめて,前段の修辞も使い「記事を締めて」いた。

 「原子力発電所の再稼働がなかなか進まない」技術経営的な理由と社会経済的な事情を,まさか日経の編集委員たちがしらぬわけがない。石炭火力で熱交換比率が43%,原発(火力)のそれは33%であり,こちらはさらに,廃炉工程からは比較にならないくらいの経費が要求されつづけていく。それが「原発のいま」における実際である。

 日本経済新聞社は,当面する石炭火力の代替問題としては “原発を想定するほかない” かのように,それも誤導を狙った記事(奇妙な文章)を書くのは止めるべきである。なぜ「再生エネルギー」といえばいいところを,故意になのか原発が必要だといいかえねばならないのか? 日本経済新聞社原子力村の一員だと指摘する事由があった。


  原発に批判的な立場にある『東京新聞』の報道記事

 最近の問題としては,2011年の「3・11」東日本大震災に惹起された東電福島第1原発事故の後始末問題に明らかになっているとおり,原発が外部経済に経費(社会的責任費)を押しつけ負担させる事態が,いっこうに収まる気配すらありえない「問題のひとつ」に関して,『東京新聞』が報道した記事を2点紹介しておく。

 1)「事故を起こしたのは東電なのに…『顔』も主体性も見えぬまま  原発処理水の海洋放出方針決定へ」『東京新聞』2021年4月8日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/96486

 世界最悪レベルの事故から10年,東京電力福島第1原発のタンクで保管が続く処理水の海洋放出処分に向け,政府が最終調整に入った。菅 義偉首相は〔4月〕7日,放出に反対する漁業団体の代表者らを官邸に呼び,みずからは出向かなかった。

 一方,東電の小早川智明社長は柏崎刈羽原発新潟県)の不祥事で謝罪の日々。当事者不在のまま,処分方針が決まろうとしている。 

  ◆ 疑念と不信で「反対」10回 ◆

 菅首相と全国漁業協同組合連合会(全漁連)の岸宏会長らの面会は午後4時前に首相官邸で始まり,わずか20分で終わった。

 「(海洋放出に)反対という考えは変わらない」

 記者団の取材に応じた岸会長は「反対」という言葉を10回使って,不快感をあらわにした。「東電の近々の不祥事は,安全性が担保されるかを考えると,きわめて強い疑念を抱かざるをえない」とも強調した。

 漁業者から不信を抱かれている小早川社長は,この面会の1時間半前,新潟市で記者会見。柏崎刈羽原発でのテロ対策不備をめぐり謝罪するなどおわび行脚のまっただなかにいる。

 首相と全漁連会長の面会について,小早川社長は「コメントは差し控える」。処理水処分をめぐり,原子力規制委員会の更田豊志委員長は「トップの顔がみええない」と東電を批判しているが,最終局面でも当事者としての「顔」を隠した。(引用終わり)

 以上,「3・11」の東電福島第1原発事故「後始末」に関係させて,汚染水問題の話題を報道した記事であった。原発事故が外部経済的にばらまきつづけている加害=損害は,いつ果てることかすら分からない状態のまま,これからも確実に残っていくものである。これがまた,安倍晋三が “アンダーコントロールだ” といってのけた原発の事故現場をめぐる困難の一例であった。ところが,菅 義偉はその事実にフタをかぶせたり,底に穴を空けておく意向である。

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 2)「『政府は押し切るのか』原発汚染処理水の海洋放出に福島の漁業関係者が憤慨」『東京新聞』2021年4月8日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/96490

 東京電力福島第1原発で保管が続く汚染水を浄化処理したあとの処理水をめぐり,菅義偉首相は〔4月〕7日夜,近く処分方法の方針を決めると明言した。政府が念頭に置く海洋放出処分となれば,漁業関係者への打撃は必至で,福島県や隣接する茨城県からは強い反対の声が上がった。

 福島県北部の新地町の漁師小野春雄さん(69歳)は「全国漁業協同組合連合会(全漁連)も福島県漁連も絶対反対というなか,政府は押し切るのか。原発事故の被害を受けた地元や漁業者への説明も足りない。十分に声も聞かず,話し合いもせず決めるのか」と憤慨した。(引用終わり)

 原発コスト論はこうした次元・領域の現実問題も考慮に入れた吟味をしなければならなかった。単にエネルギー変換比率の問題に終始しうる論点でない事実は,誰にでも理解できるはずである。

 それに現状のコロナ禍にもまだめげずに菅 義偉は,1年延期になっている2020東京オリンピックの開催を本気で考えているのだとしたら,狂気の沙汰でしかありえない。だが,東電福島第1原発事故における汚染水の太平洋に向けての排水問題は,この五輪を開催するつもりであるこの現首相の意向に即した方向性が明示されている。

 政府は,東電福島第1原発事故の後始末として未解決である汚染水排出の問題については,それを薄めて太平洋に排出してしまえば,それでこと足りるといった姿勢である。東電や日本経済新聞社もそうであるが,そうした措置が必要である「汚染水」のことを「処理水」と呼称してきた。

 汚染水とよばずに処理水といったところで,最終的にはトリチウムという核種が含まれた「その汚水」を太平洋に放出することに変わりない。トリチウムは人間に害がないなどと,その科学的な根拠(あるいは確実な解明)もなく,強調されている。そして,この疑問など一顧だにせず,原発事故現場から流出が止まらないでいる汚染水を「太平洋に垂れ流すしかないF1の日常」を,わざと作りあげようとしている。

 政府は,事故を起こしていない原発(海外各国)であっても,平常時からトリチウムを排出しているといい,それば原発の現状だとして開きなおった態度でいる。東電福島第1原発事故から湧出する汚染水の問題を「風評被害」だけといいぬけ,問題を矮小化するのに懸命である。

 しかし,その風評被害であってもなくても,福島県浜通り地区の漁業従事者が原発事故の後遺症である被害を受けつづけている事実は,これからも継続していく。ともかく,日本は東電福島第1原発事故の後始末を,これから半永久的におこなっていく運命にある。

 補記)わし(  ↓  )は,歳のせいで頻尿気味……。

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かつて経済大国でジャパン アズ ナンバーワンだったこの日本がいまや完全に「先進国中では最後尾に着けている」「後進国」になったと自他ともに認定せざるをえない時代

 安倍晋三前政権が本格的にこの「美しい国」を壊しまくり,菅 義偉現政権が「その仕上げ作業」の最中とおぼしきこの日本国,いまや政治も経済も社会も文化もなにもかも併せて3流国家に沈淪し,没落していく

 コロナ禍への対処を尋ねられた菅 義偉君は,現首相の口から「感想としての言葉」しか述べられない体たらく,先頭に立って国家をまとめ,新型コロナウイルス感染症問題に立ち向かうべき対策を総合的に実行している べき一国首相が,居ても居なくても同然というか,むしろ有害な人物(存在)であり,国家運営の障害物になりはてた事実を,みずから体現

 こうした日本の現状,いかにもミットモナサ過ぎる緊急的な事態を,世界中の首脳たちはなかば軽蔑の眼差しで観ている。そうした国際政治環境を自覚できていない安倍晋三と菅 義偉の “ナンチャッテ・体たらく政府” のおかげで,昨今における日本の国民生活や経済社会の状況はハチャメチャ同然


  要点・1 コロナ禍に対する対応が手抜き以前の〈無策〉である事実そのものにすら,気づこうとしない日本国首相菅 義偉を,浜 矩子は「スカノミクス」の体現者だとあだ名した

  要点・2 このままいったら,21世紀におけるこの国は東アジアの一小国になるほかない,最近,海外の企業から東芝に対する買収話が出ていたが,原発事業部門での経営失敗はこの日本を代表する会社を非一流化させていた

【参考記事】


 「〈大機小機〉いつの間に後進国になったか」日本経済新聞』2021年4月9日朝刊17面「マーケット総合2」

 この日経のコラム〈大機小機〉は,財界・経済団体をほうしか観ていないこの新聞紙のなかでは,ときどきまともな時評を書いてくれる人士が登場する。本日の話題は「21世紀における日本の後進国化」と受けとめていい中身である。ともかく,いまの “日本的な話題” をこのようにうまく網羅的に整理され突きつけられると,人によっては読む気を失うかもしれない。 

〔記事の引用→〕 コロナ禍で思うのは,いつの間に日本は「後進国」に転落したのかという点である。肝心のワクチンは米独英や中ロのような開発国にはなれず,インドのような生産拠点でもない。ワクチン接種率は世界で100番目だ。

 「ワクチン後進国」に甘んじるのは,企業も政府も目先の利益を追う安易なイノベーション(革新)に傾斜し,人間の尊厳を守る本源的なインベンション(発明)をおろそかにしたからではないか。

 「デジタル後進国」も鮮明である。接触確認アプリの機能不全を見逃すなど行政のデジタル化はお粗末だ。中国先行の高速通信規格「5G」では競争に参入できず,得意だった半導体も米国,韓国,台湾の後塵を拝する。

 福島原発事故を経験しながら「環境後進国」に陥ったのは,変われない日本を象徴している。再生可能エネルギー開発は欧州や中国に大差をつけられ,電気自動車も大きく出遅れた。脱炭素の目標設定は大幅遅れで,構造転換の覚悟にも欠ける。

 世界120位の「ジェンダー後進国」は目に余る。コロナ禍で指導力をみせたのは,メルケル独首相やアーダーン・ニュージーランド首相らだが,日本に女性政治家は少なすぎる。20人にもなる日本経団連の副会長にやっと女性経営者が1人選ばれてニュースになるのはさびしい。

 「人権後進国」は日本外交の弱点になる。バイデン米政権の登場で人権重視が世界の潮流になった。新疆ウイグル自治区や香港の人権問題で米欧と連携して中国にきびしく対応しないと世界の信認を失う。ミャンマー軍の弾圧を止めるため先頭に立つべきは軍とパイプのある日本だ。援助停止など手段はある。

 そして「財政後進国」である。コロナ禍で財政出動は避けられないが,日本の公的債務残高の国内総生産(GDP)比は2.7倍に膨らんだ。日銀が大量の国債購入で財政ファイナンスにあたるから規律は緩む。財政危機の重いツケは将来世代に回る。

 日本が「後進国」に転落した背景には,政治・行政の劣化がある。責任も取らず,構想力も欠く。問われるのは,日本のガバナンス(統治)である。コロナ危機下で科学的精神人道主義に基づいて民主主義を立てなおし,資本主義を鍛えなおさないかぎり,先進国には戻れない。(無垢)(引用終わり)

 先日,関東地方では大都会の東京と南側に県境を有し,北側に群馬県と栃木県に接する埼玉県における「2021年1月の新生児・出生数が前年比で23%も減少した」というニュースがあった。この報道はすでに本ブログ内では触れてみた事実であったが,『朝日新聞』はこう説明していた。

  埼玉県によると,1月の出生数が昨年比で1千人以上減り,23%も少ない約3500人にとどまったことがわかった。昨〔2020〕年5月以降,市町村に届けられる「妊娠届」が急減しており,新型コロナウイルスの感染拡大を受けた影響とみられる。少子化に拍車がかかることが心配され,対策が急がれる。

 註記)「1月の出生数,昨年比2割以上減 新型コロナの影響か」asahi.com 2021年3月9日 11時00分,https://digital.asahi.com/articles/ASP3873RFP36UTNB00V.html

 以上のごとき埼玉県内の出生数の減少傾向は,県内の各地域によっていかほど差があったのか関心をもつが,ここでは直接言及できない。ただ,現在において日本という国は,若者たちに希望を与えにくい政治体質に変質してきた。

 日本の将来を担う若者たちが結婚しづらくなり,子どもを作りにくくなり,「家・家族」という生活のあり方にも期待をもてなくなった時期になっている。日本が経済大国であった事実,世界中において日本の会社が旺盛に活動していた記憶など,いまでははるか昔の話,だいたい30年(控えめにみても四半世紀)も前の思い出になった。

 

 ジャパン・アズ・ナンバーワン(原題:Japan as Number One :  Lessons for America)は,社会学エズラ・ヴォーゲルが1979年に書いた著作

 ヴォーゲルは,敗戦後における日本経済の高度経済成長の要因を分析し,日本的経営を高く評価した。日本語版は,広中和歌子・木本彰子訳『ジャパン アズ ナンバーワン-アメリカへの教訓-』として,TBSブリタニカから,英語版より1ヶ月遅れで出版されていた。

 同書は,日本人自身が日本特有の経済・社会制度を再評価するきっかけのひとつとなり,70万部を超えるベストセラーとなった。「一世を風靡した」本だと形容された。現在でも,日本経済の黄金期(1980年代の安定成長期,ハイテク景気⇒バブル景気)を象徴的に表わす語としてしばしば用いられる。

 同書の主要なテーマは,単に日本人の特性を美化するにとどまらず,なにを学ぶべきで,なにを学ぶべきでないかを明瞭に示唆した点である。実際最後の章はアメリカへのレッスンと書かれているほどであった。

 註記)以上,ウィキペディア 参照。

 そうだとすると,21世紀の現段階における日本という国家のありようは,いったいどのように理解され,把握しておけばいいのか? いまとなっては,ヴォーゲルの〈日本ヨイショ本〉である性格の限界を乗り越えられる「冷徹な日本認識・本」が必要である。

 ヴォーゲルの『ジャパン アズ ナンバーワン』は,日本・日本人にとってみれば「最高の甘味(スイーツ)」であった。しかし,いまのこの国とその人びとにとっては,それとはまったく別に喫緊である「辛口にならざるをえない自己認識」が要求されている。いったい,なにか?

 安倍晋三の為政をアホノミクスと呼んで蔑称した浜 矩子は,菅 義偉の為政をスカノミクスと名づけてくれた。つまり,多分そうだと思われるだが,浜は「アベはアホ,スガはスカ(カス)」だと断定した。それも学問的な見地から裁断していた。

 現首相の菅 義偉がコロナ禍に立ち向かっている「国家最高指導者としての姿勢」は,どうみても,いつもおぼろげにしか感じられない。菅は,新型コロナウイルス感染拡大「問題」に真正面から対決するための「日本国総理大臣としての自覚」を欠いていた。アベ政権時は「前官房長官」を7年と8カ月もやってきたスガであったけれども,いざ首相に就任したとなるや,木偶の坊同然に自身の非力さを暴露してきた。

 金子 勝『平成経済 衰退の本質』岩波書店,2019年4月がアベノミクスの総括をくわえていた。

 本書は以下の意図と構成で執筆されていたが,2021年になっても,ただ暗雲だけ垂れこめているごとき「最近日本」の全般的な様子は,1年遅れになっていて,しかも開催できるかあやしい「2020東京オリンピック」の開催に,びっちりとまとわりついているコロナ禍も考慮するとき,このままいったら,この国はいったい地獄の何丁目まで落ちこむのかが非常に心配である。

 ★-1 内容説明

 バブルとバブルの崩壊から始まった平成時代。マクロ経済政策も,構造改革も,「失われた20年」を克服できないどころか,症状を悪化させてきた。セーフティーネット概念の革新,反グローバリズム,長期停滞,脱原発成長論などをキー概念に,一貫して未来を先取りした政策提案をおこなってきた著者による30年の痛烈な総括。

 

 ★-2 目 次

  第1章 資本主義は変質した
   1 バブルを繰り返す時代へ
   2 1997年で経済社会が変わった―「失われた30年」とは何か
   3 「失われた30年」の深層

  第2章 グローバリズムから極右ポピュリズム
   1 グローバリズムと「第三の道」―1990年代の錯綜
   2 移民社会の出現と新しい福祉国家
   3 対テロ世界戦争とリーマンショック

  第3章 転換に失敗する日本
   1 振り子時計と「失われた30年」
   2 周回遅れの「新自由主義
   3 転換の失敗がもたらしたもの

  第4章 終わりの始まり
   1 出口のない “ネズミ講
   2 経済・財政危機の発生経路
   3 産業の衰退が止まらない

  第5章 ポスト平成時代を切り拓くために
   1 社会基盤として透明で公正なルールが不可欠である
   2 教育機会を平等に保障しなければならない
   3 産業戦略とオープン・プラットフォームを作る
   4 電力会社を解体せよ
   5 地域分散ネットワーク型システムに転換する
   6 時間をかけて財政金融の機能を回復する

 金子 勝は,コロナ禍対策に有効でありうる実践的な予防医療活動とこのための理論面からの指導もおこなっている児玉龍彦という人物と,若い時代から親友である。とくに,この児玉やさらに上 昌弘のような医療専門家が正式に,「国家の立場から活躍させられない」現状のごとき日本の医療体制のもとでは,国際大運動会の開催はおろか,少子化社会の歩を加速しはじめているこの国の「コロナ禍」を救うことはできない。

【参考記事】

 金子は『平成経済 衰退の本質』の「はじめに-失われたものを取り戻す」の冒頭と末尾で,こう断言していた。

 ※-1 「日本はもはや先進国とはいえない」。

 ※-2 「なによりも戦後直後にもう一度戻る気持で,やりなおす謙虚な気持をもたなければならない」。「そうしなければ,日本は半永久的に生成することはできず,『失われた50年,100年』になってしまう」。

 そうである。東電福島第1原発事故の後始末(廃炉も含めてという意味)は,半世紀・1世紀単位の眺望をもってするほかない「格別の忍耐力」を,われわれ対して強いている。ところが,東電も国(経済産業省・エネルギー資源庁)も,あとわずか数十年で廃炉工程が終えられるかのように,いいつづけていた。

 もしかしたらいまの日本は,東電福島第1「原発事故に対する後始末の仕方:現状」にも似た「《国家政治》衰退の方途」をたどりつつあるのではないか。政治・経済・社会・文化・伝統のすべてが停頓気味であるか,あるいは,顕著に後退の現象をみせている。そうとまで思いこみ,いいきっても,けっして誇張にならない。

 とりわけ2020年からのコロナ禍のせいもあって,この国が少子化への歩調を急に速めざるをえない兆候も現われてきた。

 日本の,2020年における出生数(日本人以外も含む)は86万人に減り,出生率も 1.36に下がった。2021年のそれは80万人を切ると予想されてもいる。

 隣国韓国の,2020年に生まれた子どもの数(出生数)は,前年比10%減の27万2400人で,過去最少となった。しかも合計特殊出生率は,なんと0.84まで落ち,過去最低を更新した。世界のなかで,その数値が1倍を切った国はほかにない。

 かといって,韓国の2020年における少子化への急傾向をとらえて「他山の石」視できないのが,こちら日本の内情である。日本の人口は韓国の2.5倍あり,仮に2021年に関してとなれば(コロナ禍の影響のために日本の出生数の大幅な減少が予測されている),計算上では,日韓間における少子化の急傾向の方向性そのものに「質的な差」があるとはいえない。

 大昔,貧乏人の子だくさんという表現があったが,このごろは貧困のために子どもなしというか,それ以前に男女が「結婚しない」「だから子ども作らない」。さらに,事実婚は日本ではきわめて少ない割合でもあるため,少子化の傾向は確実に人口減少を促進していくほかない。

 菅 義偉の為政の実態はひとまず置き,安倍晋三の為政の時期において,国民たちが喜んでというか,進んで子作りをしたくなるような「日本社会の雰囲気」を提供できていたかといえば,まったくそうでなかった。

 安倍晋三夫婦に子どもはいないが,菅 義偉夫婦には何人かいる。しかし,ろくでもない息子もいて,スガ流のネポティズムによって内政を攪乱する暗愚を,父子の間柄を利用するかたちをもって発現させていた。

 結局,そんな・こんな政治屋たちのせいで,21世紀における日本の先行きはひどく暗い,としかいいようがなくなっている。世襲政治が猛威を振るっている日本の政治のなかでは,ある種の根柢からの革命が絶対不可欠だが,いったい誰がその契機を用意すればいいのか?

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「原発は要らない,原発なしでも電力は不足しない」と主張した本ブログ「2011年4月下旬の記述」を2021年4月上旬に再考する

             (2011年4月27日,更新 2021年4月8日)

 「 原発は要らない,原発なしでも電力は不足しない 」にもかかわらず,『日本経済新聞』2011年4月27日朝刊は「変な記事:今夏〔2011年に〕,電力不足がある」かのように脅かす報道をしていた

 

  要点・1 財界新聞の体制派的な報道姿勢

  要点・2 誤導を潜在的に意図していたかのような新聞記事

 

  福島第1原発事故「汚染地図」

 東日本大震災が発生して1カ月半が経過したいまごろ〔⇒2011年4月27日〕になってようやく,福島第1原子力発電所「爆発・損壊」事故による「放射線漏れの状況に関する図解」が新聞に公表されはじめた。こういう情報・資料は,極力早めに国民・住民に公開し,周知させるべきものである。

 ところが,この国の指導者たちは自国民を愚民視しているのか,あるいは,大震災・原発事故の影響によって生じるかもしれない「国家・社会の混乱惹起」を恐れてでもいるのか,遅れに遅れて〔遅らせるだけ遅らせて〕公表していた。

 まず,『日本経済新聞』2011年4月26日朝刊に出ていた「福島第1原発の事故による積算放射線量(3/12~4/24)の試算結果」は,福島第1原発から20㎞圏内における放射線量推定値の「分布図」を示していた。これは,いずれにしても,肝心な20㎞圏内のそれも推定値:試算によるものであった。 

 つぎに,『朝日新聞』2011年4月27日朝刊に出ていた「2012年3月11日までの推定積算線量の分布図(2011年4月21日までの実測値から推定)」も,東電福島第1原発から20㎞圏内の放射線汚染状況を教えていた。

 文部科学省と国立大学の福島大学とがこのように,連係もなしにバラバラに放射線量を観測する態勢について,本ブログの筆者は基本的な疑問も抱いた。 

 いうまでもないが,文部科学省は 2001〔平成13〕年1月6日,中央省庁再編により文部省と科学技術庁を廃止して設置された官庁組織である。文教政策と科学技術政策とはどのように組みあわされて行政がなされているのか。今回のような「大震災=原発事故」にかかわる関連情報の公開に関しては,なにかすっきりせず,不可解でもあって,一定の疑問を感じとるほかない。

  福島県内の放射線量,詳細な汚染マップ作成 文科省

 福島第1原発事故を受けて,文部科学省は4月26日,2012年3月までの福島県内の積算線量を推定した汚染マップを公表した。原発から北西方向の地域で避難区域の目安とする年間被曝量が20ミリシーベルトを超えている。今後,月に2回更新して,避難区域の設定などに活用していく。

 事故当日3月12日から4月21日まで,文科省福島県などが計測器を載せた車などで測った約2100地点の放射線量をもとに,2112年3月11日まで1年間の積算線量を推測した。木造の屋内で16時間過ごすと仮定して推計した。4月11日に公表後,今回は2度目だが,20キロ圏内を示したのは初めて。 

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 計画的避難区域に指定された地域内の14地点のうち,北西約24キロの浪江町赤宇木で235.4ミリシーベルトと最高値を示した。一方で,避難区域内でも飯舘村二枚橋は10ミリシーベルトとばらつきがあった。4月11日の公表時より,多くの地点で年間の推定値が低下したことから,20ミリシーベルトを超える範囲は少し狭まったという。

 詳細な線量マップができれば,臨機応変に避難区域の設定や解除にも使える。細野豪志首相補佐官は「実測に基づく汚染マップ作りは非常に重要。今後,土壌の汚染マップも作り,政策決定などに活用していく」と語った。

 注記)『朝日新聞』2011年4月27日朝刊。

 文部科学省がさきに4月11日にも公表していたのが,その「20㎞圏内を示したのは始めて」という4月26日19時現在での「福島第1及び第2原子力発電所周辺のモニタリングカーを用いた固定測定点における空間線量率の測定結果(地図)」であった。

  注記) http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1303747.htm この住所は2021年4月8日現在では削除されていた。

 ところで,文部科学省はなぜ,4月11日時点まで「20キロ圏内」での「放射線量の実測値」を示さなかったのか? なにか思惑があったと勘ぐられてもしかたあるまい。それとも観測していなかったのか?

 この事実について「官僚たちのやること」は,けっして好意的に観察するわけにいかない。彼らのいいぶんを聞くとすれば多分,国民・住民への不安・心配を〈与えないようにしたかった〉とかなんとか説明するに決まっている。

 しかし,4月11日時点〔あるいはそれ以前〕で公表したら,なにかまずいことでもあったのか?

 補注)「3・11」に惹起された東電福島第1原発事故の後始末について,われわれは,つぎの記憶をけっして忘れてはいけない。

 

  SPEEDI とは ★

 緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEED)は,原子力発電所などから大量の放射性物質が放出された場合や,そのおそれがある場合に,放出源情報(放射性物質の種類ごとの放出量の時間的変化など)や気象条件,地形データにもとづいて,周辺環境における放射性物質の大気中濃度や被曝線量などを予測するためのシステムです。

 

 放出源情報は,原子力事業者から送られてくる原子炉内の状況などにもとづいて,コンピュータによって解析・予測されますが,今回の東京電力(株)福島第1原子力発電所の事故では外部電源の喪失などによって発電所からのデータ送付ができず,SPEEDI を活用した放射性物質の拡散予測ができませんでした。また,データ公表が遅れ,住民避難に活用されなかったとの指摘がありました。

 

 政府の事故調査委員会は,SPEEDI を活用できていれば住民避難のタイミングや方向を判断できる可能性があったとしています。
 註記)「〈エネ百科〉SPEEDIとは」『JAERO 日本原子力文化財団』https://www.ene100.jp/fukushima/482

 この解説は最後で,SPEEDI の「活用」「可能性」に関して問題があったかのように説明している。だが,これは甘すぎる解釈であった。すなわち,当時は,この SPEEDI の可能性などではなく,現実性(実際の運用)にかかわる問題が「3基もの原発が溶融事故を起こした」事態のなかで,切迫した事態となって生じていた。

 したがって,以上のごとき解説・解釈はきわめて生ぬるい内容として,相当きびしく批判されねばならない。いってみれば,この SPEEDI が肝心な時に活用されていなかった点をめぐっては,「当局側の職務怠慢あるいは意図的な罷業」の介在(の疑い)が指摘されていた。

 

  今夏に電力不足はない-日本経済新聞の奇怪な報道-

 1) 大停電という脅し文句

 本日〔2011年4月27日〕の日本経済新聞朝刊は「大企業の8割『25%節電』-大規模停電を回避 中小の削減不透明  過剰抑制なら景気に冷水も-政府15%に緩和へ,病院など負担軽く」という見出しの記事で,以下のように報道していた。

 夏の節電対策をめぐって政府は近く瞬間最大電力の削減目標を昨〔2010年〕夏比15%に引き下げる方針だが,大企業の8割が当初目標の25%削減を継続する計画であることが4月26日,日本経団連の集計でわかった。日本自動車工業会は同日,土日の替わりに平日2日間に一斉休業する「輪番休日」の実施を正式発表した。電力不足への懸念はなお残るが,電力の使用抑制が行き過ぎると生産など景気に負の影響がある。柔軟な対応が必要との声もある。

 

 「大規模停電を起こさないために多めの計画で進める」。米倉弘昌経団連会長は記者会見で企業に電力消費の25%削減を求める姿勢を強調した。経団連が4月20日までにまとめた自主行動計画の第1次集計によれば,543社・団体のうち,8割弱の418社が当初,大口需要家に政府が求めた25%削減目標の達成をめざしている。

 

 節電手法はさまざまだ。電力使用の少ない夜間や早朝,土日への操業シフト,夏季休暇の長期化など,働きかたの変化を促す取組も含まれる。日本自動車工業会志賀俊之会長は4月26日の記者会見で平日休業について『機械や電機業界など他業界や個別企業にも参加を促している』と発言。業界を超えた輪番休業に広がる可能性もある。

 

 一方,政府は近く電力需給緊急対策本部を開き,今夏の電力の削減目標を一律15%に引き下げる方針だ。東電の電力の供給力上積みを受け,企業の負担を軽くするのが狙いだ。さらに,病院や鉄道,下水処理施設など,人命や国民生活に与える影響が大きい分野では削減幅の縮小も検討する。

 

 政府が企業活動に配慮して電力の使用制限を緩和する一方で,経団連などが慎重な姿勢を崩さない背景には「企業の節電姿勢が緩むとの懸念がある」と関係者は話す。夏の電力需要のピーク時,最大で800万キロワットの節電が必要とされる。そのうち大企業など大口需要家による昨夏比15%削減の効果は3割強の255万キロワット。残る7割弱は法的強制力のない中小企業や家庭の努力に依存している。計算の立ちやすい大口部分で節電を積み上げ,東京電力を “支援” する狙いがのぞく。

 

 7月をめどに供給能力を5500万キロワット前後まで回復させるとしている東電の計画の実現には課題が残っている。一つは火力発電所の老朽化。横須賀火力発電所(神奈川県)は1960年代の操業。2010年に停止した運転を震災後,急遽再開した。ほかにも老朽設備が複数あり「夏場に運転を継続できるか不安」(東電幹部)との声が聞かれる。

 

 夜間の余剰電力を使って昼間に発電する揚水発電の問題もある。東電は400万キロワット以上の揚水発電をみこむが,猛暑がつづけば電力需要が拡大,夜間に水をくみ上げる余剰電力が確保できない可能性も指摘されている。電力需要が瞬間でも供給能力を上回れば,ブラックアウトと呼ばれる大停電が首都圏で起こりかねない。第一生命経済研究所の永浜利広主席エコノミストは「3日間の停電で実質国内総生産N(GDP)は0.6ポイント押し下げられる」と指摘する。

 

 ただ,節電の行き過ぎも景気を冷やす。「電力を15%削減したばあいの7~9月の生産の落ちこみは前期比2.8%減にとどまるが,25%削減のばあい,7.2%減となる」(SMBC日興証券)との試算もある。曜日分散や夜間シフトなどで生産への悪影響を抑えつつ,どこまで節電効果を上げられるか企業も試される。

 この記事はつづけて「家庭も工夫,震災後の電力使用7.8%減 冷房1度上げると15%節電」という見出しを付けた記事を出していた。

 電力使用量が増える夏に向けて,大規模な停電を回避できるか。電力消費の3割を占める家庭の節電もカギとなる。3月の東日本大震災後の計画停電の実施をきっかけに,家庭の節電意識は着実に高まっている。

 

 住環境計画研究所(東京・千代田)が東京電力管内の約1000世帯を対象にした調査では,4月分の電力消費量は前年同月比7.8%減少,政府が家庭での目標としている15%の節電を達成した世帯は3割を超えた。震災後,節電意識が向上したと答えた世帯は6割を占めた。

 

 具体策としては「照明をこまめに消す」「使わない家電のプラグをコンセントから抜く」「テレビの視聴時間を短くする」といった行動が目立ったという。もっとも,家庭では気温の上昇とともに,電力使用量が増えていく。夏の猛暑日に冷房を切るなど過度な我慢をせずに,どうしたら電力の消費を抑えることができるか。

 

 家庭の電力消費の多くを占めるのが冷房と冷蔵庫。ダイキン工業によれば,冷房の設定温度を1度上げると約15%の節電効果がある。こまめにフィルターを掃除して目詰まりを解消するのも効果的という。経済産業省によれば,400リットル級の冷蔵庫の強度を強から中に変更したときの省エネ効果は平均で11%。冷蔵庫いっぱいに食品を詰めこんだばあいと半分にしたばあいとでは,詰めこみ直後の電力使用量が8%違ってくる。パソコンやテレビの不使用時にコンセントを抜いて待機電力を抑制するのも効果が高いとされる。

 

 1970年代の石油危機時と異なり,今回は電力の供給力が瞬間的な電力需要を賄いきれなかったばあいに起きる大停電が懸念されている。各家庭の節電の工夫と消費量の上昇への目配りが停電回避につながる。

 注記)『日本経済新聞』2011年4月27日朝刊。

 2) 大停電などありえない

 本ブログ筆者が,先週〔(2011年の)4月17日~24日〕から昨日〔4月26日〕までの新聞報道でみたかぎりで判断するなら,節電へ向けてのいろいろな工夫・努力が,産業界や各家庭において積極的に試みられようとしている。電力をゼイタクに消費するのはともかく止めようとか,この電力を生産するために,どのような資源がどのように費消されているのかとかいう問題にまで人びとの関心が向けられ,節電意識がいやがおうにも高まっている。

 さて,ここで気になるのが,日本経済新聞が懸念すると指摘する「大停電」の問題である。電力需要の増える夏期(盛夏の時期:それも午後の時間帯)を念頭に置き,東電管内の電力需給を具体的に推測しておくべきである。いまのところの見通しでいえば,「電力の供給力が瞬間的な電力需要を賄いきれなかったばあいに起きる大停電」は,産業界・各家庭双方における節電・削電協力によって,無理なくその回避が可能である。

 『日本経済新聞』2011年4月21日朝刊は,当時の「東京電力管内における当面の見通し」について,「東電,夏の電力供給積み増し 5500万キロワットで調整」という報道をしていた。その要点を摘出しておく。

 東京電力は4月20日,「今夏,東電電力供給可能量」について,こういう予測を立てた。

 

 〔2011年〕7月末の電力需要のピーク時に現状の計画より電力供給力を約 300万キロワット引き上げ,5500万キロワット前後とする方向で調整に入った。設置が比較的容易なガスタービン備を増強するほか,夜間の余剰電力を使って昼間に発電する揚水発電を上積みする。今夏の最大電力需要は5500万~6000万キロワット程度とみられている。今夏の大規模な電力不足が避けられる見通しになりつつあるが,東電は供給力のさらなる積み上げをめざす。

 

 東電は,東日本大震災直後,電力供給力が約3100万キロワットまで落ちこんだが,その後,火力発電所の復旧や企業の自家発電設備からの供給拡大などで,現在は4000万キロワット前後まで回復した。東電は7月末の電力供給力を約4650万キロワットから3割増の5200万キロワット程度に引き上げることを決めていた。さらには,ガスタービン設備の増設などで余剰電力を確保し,他社分も含め東電管内で約1千万キロワットの設備容量がある揚水発電を最大限活用する方針である。

 

 東電は現在,揚水発電を約400万キロワットだけみこんでいる。猛暑がつづけば「水をくみ上げる電力量が確保できず,ピーク時対応の揚水発電にも限界がある」(東電幹部)との声もあるが,震災で被災していない揚水設備を使いピーク時の電力供給力を拡大する方向で調整している。一方で,8月中に柏崎刈羽原子力発電所新潟県)の1号機と7号機が定期点検に入ることもあり,8月末時点で電力供給力が約190万キロワット減少する見通しである。

 以上のごとき「東京電力管内における当面の見通し」はきわめてズサンであって,しかもみかたによってはかなり誤導的な含意も汲みとれた。東電は,今〔2011年〕夏電力供給量を「5500万キロワットで調整」するといっているし,その後も電力供給源は,新しく発電設備の急設や民間企業の自家発電設備の協力もえて,今夏供給目標である5500万キロワットの確保は,ほぼ確実な見通しである。

 それにもかかわらず,7月・8月・9月の電力供給量は,それも7月については多分「東電は7月末の電力供給力を約4650万キロワット」といった数値を参考にしているものと思われるが,故意に少ない数値を提示していた。しかし,今〔2011年〕夏は5500万キロワットの電力供給が確保できる。そのうち,大停電をまえもって回避する状態を維持・常備しておくための電力の余裕率8%を見積もっておいても,各界の節電努力などによって今夏の電力需要は十分に乗り切れる。そういう見通しが立っている。

 3) 実態を反映しない発言

 東電側の説明は,7月→8月→9月に進むにつれ,とくに「原子力による発電供給量の減少」に並行させたかたちで,電力供給量のほうも「減少させてきていた」。そういう関連づけあるいは意味づけでもって,夏期における電力需給の様相を描いていた。はたして,その「3カ月間の電力供給量の予測」は,適切な資料利用とこれにもとづく的確な情勢判断でありえたのかどうか,そして「節電する側:産業界と各家庭側」がすでに工夫・努力して案出している節電策の実行という前提を,全体的に考慮に入れてのものなのか疑問があった。

 補注)前後する記述は,いうまでもなく2011年4月時点における内容であって,その後10年が経過した現在まで,以上のごとき指摘・批判がそれなりに適宜になされてきたと回想できる。「3・11」直後の時期,東電側が加害者企業として披露してきた基本姿勢は,当時の勝俣恒久会長に典型的に表現されていた。勝俣は当時,東電内では天皇あつかいされていて,この会長が出席する会議は「御前会議」とまで尊称されていたというのだから,東電内において彼が掌握していた権勢は並たいていのものではなかった。

 要するに,われわれは,原子力発電による電力供給には頼らない時代に向かってより早く歩をすすめねばならない。原子力を切り捨てたうえで,電力利用を考える国民経済生活体制への変革が要求されている。

 その間にでもたとえば,原発推進派が主張する,つぎのようなズサンな議論が頻繁に登場していた。この種の議論じたいがすでに破綻していた事実は,「3・11」の発生を契機により明白に実証されてきた。

 これまで,電力会社は3E(安定供給,環境保全,経済性)の観点から,バランスの取れたエネルギーミックスを実現してきました。しかし,震災以降,3Eに優れる原子力発電所の停止に伴い,国民の経済的負担や環境負荷のいちじるしい増大が生じています。

 

 また,原子力発電を代替する火力発電所では,設備の監視体制を強化するなど安定供給確保に最大限努めていますが,定期検査時期の繰り延べや高経年機の稼働により,潜在的な故障リスクを抱えており,きびしい運用が続いています。

 

 今後,安全性の確保を大前提に,原子力発電も含む多様な選択肢を組み合わせたエネルギーミックスを再構築することが必要と考えています。

 註記)電気事業連合会工務部長・早田 敦「東日本大震災以降の電力需給状況と安定供給確保に向けた取り組み」『日本貿易会月報オンライン』2015年7・8月号(No.738),https://www.jftc.jp/monthly/feature/detail/entry-344.html

 この主張は「3・11」のほぼ4年半あとに書かれていた文章である。しかし,とくに「3E(安定供給,環境保全,経済性)の観点」というものは,すでに完全に破綻しており,「砂上の楼閣」となった議論である。それでもなお,性懲りもなくこの種の陳腐な原発擁護論が反復されている。電気事業連合会に属する組織人の立場からだとこの程度にしか発言できないとはいえ,いまどきにあっては説得力はゼロである。

 まず,原発が電力の安定供給になるかといえば,否であった。稼働時に操業度(稼働率)を「0%~100%」の範囲内で高下させて弾力的に稼働させえない「原発の不利性」(その融通・柔軟性のなさ)そのものが,詭弁的に「電力の安定供給」という表現にいいかえられているに過ぎない。各種の火力発電と比較して考えれば,以上の指摘はただちに納得がいくはずである。

 つぎに,環境保全の問題に触れたとなれば,東電福島第1原発事故じたいが,この主張を真っ向から否定しつくした。そのように断わっておけば,このいいぶんを否定するのには十分である。

 さらに,経済性という観点も,これまた「完全に不利」であった。この事実は,原発コスト論としていよいよ明確になっている事実であって,もはや常識的な理解になってもいる。

 そもそも「安全性の確保を大前提に,原子力発電も含む多様な選択肢を組み合わせたエネルギーミックスを再構築することが必要と考えてい」るのであれば,なによりも最初になすべきは,原発抜きの「多種多様な電源別の選択肢による組み合わせ」による「エネルギーミックスを再構築することが必要」な時代に,すでに移行している。

 4) 論ずるとしたらこう書くべき- 3)  に登場した早田 敦のリクツを否定するための積極的な議論-

 「定着した原発ゼロの電力需給原発ゼロでの電力需給および経済的影響の評価-」『iesp 環境エネルギー政策研究所』2015年6月15日,https://www.isep.or.jp/archives/library/7712 が,すでにこう提言していた。


 当研究所は,福島第1原発事故後,5年目の夏を迎えるにあたり,原発ゼロでの電力需給およびその経済的影響の評価をおこなった。また,政府の検討するエネルギーミックスに対して,下記のとおり政策を提言する。

 

 【要旨と提言】

 福島第1原発事故後,5年目の夏を迎えて原発稼動ゼロを前提とする電力需給が定着しており,原発稼動ゼロでも,関西電力九州電力をはじめとするすべての電力会社で,2015年夏のピーク需要時の電気は十分に足りる。

 

 政府の2015年夏の電力需給検証は,旧来型の考え方によるもので,ピーク需要を過大に予測し,揚水発電再生可能エネルギー等の供給力を過小に評価している。その政府試算でさえ一基の原発も再稼動せずに,ピーク需要時の供給予備力は確保されることが示されている。

 

 ただし,政府が織りこんでいない「現実的な対策」(本来なら政府の役割)をおこなうことで,さらに余裕をもった電力需給を確保することができる。

 

 政府のエネルギー基本計画や電力需給検証では,原発停止に伴う化石燃料費用の増大を過度に強調し,意図的に誤解を与える説明をしている。正確には,以下のとおり。

   ※-1 化石燃料購入費総額の増加分(3兆円超)の大半(7割)は,円安や原油価格上昇による。

   ※-2 2014年は減少傾向だったが,原油価格の一時的な下落によるもので楽観できない。

   ※-3 政府や電力会社が原発再稼動に固執し,原発に依存しない電力改革を迅速に進めてこなかったことが,年間3兆円を超える経済的な追加負担が継続している真因である。

   ※-4 政府は時代錯誤のエネルギーミックス案ではなく,福島第1原発事故の教訓に真摯に学び,自然エネルギー・エネルギー効率化・地域主導を「3本柱」とする「統合エネルギー政策」をめざすべきである。

 

  節電〔削電〕への努力

 a) 東京大学は,東電管内で盛夏の電力需要6千万キロワットに対して,本郷キャンパスだけで最大5万キロワットを使用する大口消費組織であった。この東大は大震災後,今夏に向けて昨年比30%節減の目標を定め,対策に乗り出したという。

 注記)『朝日新聞』2011年4月21日朝刊「科学」欄「東大が節電に秘策 消費量『見える化』-データ集計,携帯,PCに-」。

 原子力発電はクリーンなエネルギーであり,温暖化〔二酸化炭素〕対策にも有効であるという〈根拠のない俗説〉を,りっぱな科学者・研究者・学者たちが口をそろえて唱えてきた。だが原子力発電は,事故がなくても放射線を放出しているし,チェルノブイリ,スリーマイル,フクシマの原発事故でより明確にもなったように,いったん原発に事故が起こると,とりかえしのつかないくらいに地球環境および人間生活を破壊し,汚染された国土を残す。。

 つまり,原子力発電は核燃料として放射性物質を利用するゆえ,とても汚くかつものすごく危険なのである。また,環境汚染の問題でいえば,原発施設が必らず海岸沿いに建設されている〈技術環境的な特徴〉にも注目しなければならない。原子炉の冷却などのために海水を利用し,海に向けて排熱〔廃熱〕している。この熱交換作用のために原発の立地する海岸地帯は,自然界としてはいままでなかったような異常な温度上昇を強いられ,近隣の漁業には悪影響がもたらされている。

 b) 日本経済新聞』2011年4月18日『核心』欄に,同紙の本社コラムニスト土谷英夫は「トインビーをもう一度  不都合な真実に『応戦」を」を執筆している。こう主張している。 

 トインビー流にいえば,大地震・大津波という自然的環境からの挑戦と,原子力エネルギーに依存する人間的環境からの挑戦を同時に受けているのが,いまの日本。間違いなく66年前の「敗戦」以来の逆境だ。太陽光,風力,バイオマスなど自然エネルギーの供給を増やす一方,スマートグリッド(次世代送電網)や,さらなる省エネで使用効率をあげる。夏場のピークをしのぐには,休暇のとりかたなど,ライフスタイルの転換も考えられよう。

 原子力発電の不要性・無用性,さらにいえば,その不便性・有害性から早く逃れるためには,電力政策の基本転換が要請されている。「原発利権」の存在はたしかであり,この日本的な権力構図のなかにはめこまれている日本経済新聞社に,その利権の構造を真正面から斬るような〈社会の木鐸〉的任務は,とうていできない期待・相談である。

 要は,原発は要らないし,原発に電力を頼らなくても今夏は乗り切れる。来年以降も,原発による電力供給がなくても,東電管内で決定的な電力不足に至る事態は起こらない。これは,産業界や各家庭でまじめに節電〔削電〕の工夫・努力をしていけば,なんの苦もなく実現できる《現実的な目標》である。

 補注)ここでは2011年の3月下旬・4月上旬の時点で,当時,電力不足が懸念されていた状況をどのように克服するかに関して,たとえば,東京大学の関係機関からは,つぎのような提言(  ↓   )がなされていた。この提言の内容は総合的・包括的・有機的に,しかも積極的に構成されていた。

 c) 前掲のこの提言のほか,この記述をおこなっていた前後の時期,4月の18日~22日にかけては,つぎのような関連する報道もなされていた。

   ☆-1 「夏の電力不足  企業が対策,自家発電 150万キロワット拡大,原発1基分 化学など20社で」『日本経済新聞』2011年4月22日朝刊。

   ☆-2 「化学・石油 自家発電を拡大 『隠れ電源』生かせ」『日本経済新聞』2011年4月22日朝刊,編集委員 西條郁夫。

   ☆-3 「夏の電力規制に備え  LED照明 節電需要,リコーが算入,東芝・羽ソニックも拡充」『日本経済新聞』2011年4月21日朝刊。

   ☆-4 「東ガス,風力発電を強化 蓄電池融合のノウハウ蓄積,日立系に出資,第2株主に」『日本経済新聞』2011年4月21日朝刊。

   ☆-5 「思えば私たちは,自然の摂理を相手に多大な電気を使っている。ありのままに少し立ち戻れば,結構な節電が実現しよう」『朝日新聞』2011年4月18日朝刊「天声人語

   ☆-6 「この危機を乗り切るためには,需要サイドの改革が不可欠である。省電力型の産業構造へのシフトはもとより,増えつづけてきた家庭の電力消費を抑制する必要がある」『日本経済新聞』2011年4月19日朝刊「大機小機」。

 本日〔2011年4月27日〕現在,日本の各電力会社の原発都合54基のうち半数は,定期点検も含めて停止中である。稼働中の原発を全部停止させ廃炉にしても,日本の電力事情に決定的な支障が生じる事情にはない。電力を贅沢三昧に浪費してきたわれわれの生活を,少しだけ工夫・努力して我慢さえすれば,大停電という異常事態とは無縁でありうる。それでもなお,わわれれはいままでどおり豊かに電力を利用した生活が維持できる。

 補注)その後においては,こういう経過が記録されていた。2013年9月,関西電力大飯原発3・4号機が停止して以来,ほぼ2年間,全国の原発は停止していた。2015年8月11日, 九州電力の川内原子力発電所1号機(鹿児島県)が起動するまで,原発ゼロの期間が続いたのである。その間,日本が電力需給に関して,なにか決定的な不都合が生じたという話は聞かなかった。

 

  近著による原発批判の「著作」

 1) 原子力資料情報室 / 原水禁編著『破綻したプルトニウム利用』緑風出版,2010年7月

 本書は2011年4月に第2刷を重ねていた。本書は原発をこのように批判している。

 「発電所建設の根拠となる電力需要が伸びないのに,原発の出力は大型化している」。「その大型原発を,運転中はつねにフル出力で動かすため,小回りがきかない」。「刻一刻とかわる電力需要の変動に対応するには,低稼働率に甘んじてくれる出力調整用の火力発電所が必要となる」。

 

 「他方で,原発は事故や地震,不正の発覚などでしばしば運転を停止し,多数基の同時停止や長期停止も珍しくない。出力が大きなぶん,影響は広範囲に及ぶ」。「地球温暖化対策の数字合わせにも齟齬を来す。くわえて投下コストの回収に時間のかかる原発は,電力会社の経営を脅かす」。「原発の静寂性がいよいよ顕在化してている」。

 

 「原子力発電をつづける意味はない。原子力発電の廃止を具現化することで,エネルギー供給や地球温暖化対策から不確定要素を減らし,原子力に投じられた厖大な資金を持続可能な社会に向けたより有効な投資に振り向けることも可能となる」(213-214頁)。

 福島第1原発の事故は,このような原発批判をまったきに実証した。小回りの利かない原発は技術経済的にやっかいものであるだけでなく,政治社会的にも災厄をもたらす可能性を無限大に秘めた《悪魔の火》であることを,重々承知・反省しておく必要がある。

 2) 桜井 淳『新版 原発のどこが危険か-世界の事故と福島原発-』朝日新聞出版,2011年4月

 本書は,福島第1原発の事故を契機に〈新版〉を公表していた。「福島の危険性は本書が指摘していた!」「事故は『想定外』ではなかった。なにが盲点だったのか?」と,原発の技術専門的な分析をもって解明する。

 桜井 淳のいうことは興味深い。本ブログの筆者も前述で「原発利権」や「電力マフィア」という表現を使っていたが,桜井はこういう体験をしたことがあると述べていた。

 「原発推進派(通産省技術顧問,電力会社幹部,原子炉メーカー幹部,研究機関幹部,電力会社の広報費で運営されている電力広報を目的として広報誌を編集している会社の幹部,大学教授,元大学教授など)から約1500回,原発反対派から約500回の脅迫や妨害を受けたが,それらについては実名を記し,すべての記録(1988年4月から今日までのテープレコーダー記録を含む)を1冊の著書にまとめる準備を進めている」( 20頁)。

 今回もそうであるが,「事故のときにはまたしゃしゃり出てインチキな解説をする」電力会社の広報係がいた。「日本は,マスコミが甘いからインチキ論者を培養する結果になっている。マスコミの意識改革を求めたい」(182頁)。

 本書『原発のどこが危険か-世界の事故と福島原発-』1995年初版は「福島第1原発の事故を予言した書である」。「著者のもとには,マスメディア関係者から事故後の1週間に100を超す取材や問い合わせが殺到した」(208頁)。

 3) ところで,いったいどこの誰が桜井 淳のなにを黙らせようとしてきたのか? その背景事情を探ることになれば,社会科学としての立場で,現代日本資本主義の支配体制論(エスタブリッシュメント論)を大上段から論及しなければならない。

 とくに,前段 の記述中には「幹部,幹部,幹部・・・そして大学教授!」という文字が踊っていた。これら人物のなかには「体制の走狗・提灯持ち・幇間・使い走り」が大勢含まれていた。もちろん「カネで釣られたり買われたり」して「飼われている」者たちである。

 ここに復活した以上の記述は初め,2011年4月27日に書かれていた。だが,前段のように形容され批難される特定の社会集団は,現在の2021年4月になってもまだまだ〈健在〉である。原発の再稼働から新増設までを力説してやまない人士が,いまでも『日本経済新聞』の紙面にときおり登場する。

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「トイレのないマンション」に溜まっていく原発廃棄物は,昔風にいえば肥溜め同然の風景,だが後者は十分に発酵させてから再利用(リサイクル)できる肥やし,原発廃棄物の処理は人類にとって未来永劫に大きな負担

 大手電力会社の原発維持「方針」は「再生エネルギーの導入・利用」を阻害・遅滞させる基本要因であり,日本全体のエネルギー政策に対して,手かせ・足かせになっている

 原発は老朽化する以前から厄介ものである宿命を背負っていた,現状において廃炉にした原発も含めて60基も原発をかかえる 日本は,21世紀から22世紀にまでかけて,この原発の後始末に大きな負担を強いられていく宿命にある

 原発廃炉が40~50年の工程内で片付くと考えるのは幻想,東電福島第1原発事故の後始末ついては「その終わりを予言できる占い師」すらいない

 

  要点:1  「トイレのないマンション」である原発と昔風の農地肥料用「肥溜め」とのあいだに「天地の差」があって,その害悪性の程度では「前者が圧巻的にモノスゴイ」が,後者は「誤ってハマって」全身が臭くなる程度でのご愛敬に留まる

  要点:2  もしかすると,東電福島第1原発事故も含めての話となるが,日本の「原発廃炉」問題は,とくにギリシャ神話に登場するイカロスを想起させる

  要点・3 オンボロ原発を無理やり稼働させれば,事故を起こす確率が高くなるのは,どの装置・機械であれその技術的な特性からみて必然的な事情,原発に失敗,つまり,とくに大事故など発生させるわけにはいかない,

  にもかかわらず,使用期間が40年に近づいている原発のみならず,その期間を過ぎた原発でもさらに20年稼働させたいとする「資本の論理」は,東電福島第1原発事故が現在までどのくらい「国民と国家」の日常生活に悪影響を与えつづけてきているかをみていない

【参考記事】

 

 「老朽原発交付金,拡充 再稼働巡り最大25億円」朝日新聞』2021年4月7日朝刊2面

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 運転開始から40年を超える老朽原発の再稼働をめぐり,経済産業省は〔4月〕6日,交付金を拡充し,1原発につき最大25億円を立地県に新たに支払う支援策を示した。老朽原発3基の再稼働への同意を議論している福井県の杉本達治知事はこの交付金を県議会に伝え,議論を進めるよう求めた。

 福井県内で関西電力が再稼働をめざすのは高浜1,2号機(高浜町)と美浜3号機(美浜町)。再稼働での県への交付金は計50億円になる。2町はすでに再稼働に同意し,県議会と知事の判断が焦点になっている。

 経産省福井県に示した6日付の資料では,「交付金の拡充については,40年超運転という新たな課題に対応する立地県に対し,特別に予算の範囲内で1発電所につき最大で25億円を交付する」とした。

 同省資源エネルギー庁によると,交付金は5年間で最大25億円となるみこみ。福井県だけでなく,40年超の運転を控える原発をもつ他の地域にも交付予定だ。

 福井県によると,新たな交付金は,老朽原発に関して県が国に対し,地域振興策の一つとして電源三法交付金の見直し拡充を求めたことへの回答として示された。県は立地2町と協議して配分を決める。

 2021年度の県一般会計当初予算の歳入で,電源三法交付金は 109億円。

 杉本知事は〔4月〕6日,畑孝幸県議長と面談。報道陣に,国や関電の対応について「一定程度の前進があった」と述べた。知事は2月に県議会に議論を求めたが,「(地域振興策など)結論を出す材料がそろっていない」などの指摘が議会側から出て,判断を見送っていた。

 原子力規制委員会に40年超運転が認可された原発は高浜1,2号,美浜3号のほかに日本原子力発電東海第二(茨城県東海村)がある。廃炉が決まった原発以外に,全国で5基が運転開始から35年を超えている。(引用終わり)

 経済産業省・エネルギー資源庁は原発推進の立場から国政に関与する官庁である。原発が事故を起こしたときの問題として最近において一番関心を惹いているのは,地域住民の避難経路などの問題であった。

 その点を配慮してなのか,原発が立地している地元の自治体に対して,経済産業省・エネルギー資源庁が国家政策の立場から与えられる鼻薬的な対策が「銅臭作戦」であった。自治体の首長・議会・市民(住民)たちを黙らせるために採られたその方法が,このニュースにおける要点である。

 東電福島第1原発事故においては,大地震にともなって発生した大津波の襲来によって水没した原発が停止状態に追いこまれた,と解釈されている。しかし,その大地震そのものが,原発のまわりを構造としてたくさん配管されている部品の一部を破壊したにちがいない推理する指摘(これは科学的な根拠が十分ありうる推定として)がなされている。

 ただし大津波の襲来によってその跡は確認しづらくなった。あるいは,確認できる痕跡があってもこれを東電側が認めるわけもないゆえ,大地震の揺れそのものによって破損が発生したという事実があったか否かは,事実として確認のしようがない問題になっていた。

 以上に示唆した問題は,すべて大津波のなかに巻きこまれざるをえなかった関連の要因として,闇のなかに一括的にしまいこまれたと解釈しておく。そういっても,けっしていいすぎではない。ほかの原発では,地震によって配管が破壊(外れる・ズレるなど)されている事実は,実際にいくつも記録されてきた。

 さらにいえば,配管そのもの経年劣化現象にもはなはだしく,その肉厚が異常なまで薄くなって強度不足を起こしていた事例は,あちこちの原発でこれまた,いくらでもみつかっている。けれども,こちらの問題が本格的にとりあげられて議論されていない。とくにわれわれ素人に対しては,その種の話題が提供されることは少ない。

 補注)木村俊雄『原発亡国論-3・11と東京電力と私-』駒草出版,2021年3月には,こう記述されている(以下は,112-113頁から引用)。

 「福島第1の事故後に,私は独自に『事故の解析』をおこなうために,八方手を尽くして,東京電力が隠蔽していた生データを出させることに成功した」。「その生データとは,『過渡現象記録装置』と呼ばれる計算機による記録で,私が注目したのは,燃料の中を流れる冷却水の流量を記録したデータだった」。

 

 「私は,過渡現象記録装置によるデータをもとに,事故原因は津波ではなく,地震の揺れであったとする『地震損傷説』をまとめた」。「この生データとの出会いは,その後の私の人生を大きく揺る動かすこととなった」。

 

 「3月11日の地震の揺れが到達した1分20秒後に冷却水の流れが止まり,燃料を冷やせない状態に陥っていることを示していたのだ」。「一般にも公開されている東京電力の資料によれば,福島第1原発津波が襲来したのは,第1波が15時27分ころ,第2波が15時36分ころのこととされている」。

 

 「地震が発生したのは,14時46分18秒のことだから,福島第1原発津波が襲ったのは,本震の揺れから40分以上もあとのことだ」。「つまり,福島第1の事故原因は津波ではなく,地震の揺れである可能性が高いこととなる」。

 この ① の記事に即してあらためて考えたい論点があった。とくに老朽原発については,慎重に再考する必要があった。つぎの ② は,原発問題についてその廃絶を主張する論調で一環している『東京新聞』の記事から引用する。

 経済産業省・エネルギー資源庁の政策にうかがえる基本路線は,とりわけ大手電力会社の利害を優先する立場を明示しており,再生エネルギーの導入・利用の問題はあとまわしであるか,たいした関心もないように映る。

 

 「古い石炭火力や原発に巨額援助  電気代値上げで負担増の懸念」東京新聞』2020年10月05日,https://genpatsu.tokyo-np.co.jp/page/detail/1697

 発電所をもつ電力会社を援助するため,電気を仕入れて家庭や企業に売る小売会社などが,巨額資金を毎年徴収される制度がスタートした。初年となる2024年度分だけで援助総額は約1兆6000億円に上り,小売会社は電気料金に転嫁しないと電力会社への支払いを工面できない可能性もある。電力業界を支える名目で,国民負担が重くなる懸念が強まる。

 1)   1.6兆円,国の想定大きく超え  新電力に重荷

 制度は火力発電所などを維持・更新し,電力不足を防ぐ目的で経済産業省が主導。翌年度以降も恒久的に援助を続ける。再生可能エネルギーの普及などで電力価格が下がり,主力の火力の収益は低下。しかし火力が減少すれば天候しだいで増減する再エネを補えず,緊急事態に対応できないというのが政府の考えだ。

 補注)再生可能エネルギーの領域だけでは「火力が減少すれば天候しだいで増減する再エネを補えず,緊急事態に対応できないというのが政府の考え」は,エネルギー観としては時代遅れになっている。このような基本姿勢を構える経済産業省・エネルギー資源庁には,21世紀における日本のエネルギー政策は任せられない。

 同省・同庁は,一国単位としての日本が今後においてどのようにエネルギー源を確保していけばよいのかという大事な基本政策に関して,まともな理念・方針や方法論・具体策をもちあわせていない。ヨーロッパ各国において再生エネルギーの活用が進み,スマートグリッド体系網を整備しつつある実際とは,まるで無縁というほかない「視野狭窄の独善観」が,島国日本のなかではまかり通っている。

〔記事に戻る→〕 同省などは援助額を決めるために,4年後に必要な国内の総発電能力を推計。電力会社に提供可能な発電能力と希望する代金を入札方式で提出させる「容量市場」の仕組を導入した。だが,7月の初入札で援助総額が想定を上回る1兆6000億円に膨らんだことが先月発表され,小売会社が「受け入れがたい」と批判する事態に陥っている。

 小売業界に新規参入した「新電力」と呼ばれる小規模の数百社にはとくに重荷だ。再エネ電力を中心に販売する「みんな電力」(東京)は「電気代を1割上げないと経営できないレベルだ」と強調する。再エネ志向で新電力に切り替えた消費者にも負担が跳ね返る。

 2)   専門家「容量市場は企業の競争を妨げる」と批判

 一方,傘下に小売会社と発電会社の両方を抱える東京電力など大手電力は,小売部門で負担は増えるが,発電部門では大きな増収がみこめる。原発も含め 100万キロワットの発電所があれば平均で年間90億円前後のお金が入る。再エネ発電事業者の多くは援助制度の対象外のため,お金は入らない。

 NPO法人原子力資料情報室の松久保肇氏は「原発や古い石炭火力の延命につながる」と批判する。すでに元を取った発電所でも大金が入るため,環境に配慮した発電所を新設するより,原発や石炭火力を長持ちさせた方がもうかる可能性があるという。

 エネルギー政策に詳しい都留文科大の高橋 洋教授は「容量市場は企業の競争を妨げ,気候変動対策に反し,消費者負担を増やす」と指摘している。

 3)   再生エネ普及のブレーキにも  新設の「容量市場」

  なぜ発電所をもつ電力会社を援助するのですか。

   再エネ発電の拡大などで最近は電力の市場価格が下がり,主力の火力発電の採算が合いにくくなりました。しかし,雨が降ると出力が低下する太陽光など,再エネは天候によって変動しやすい面もあります。このため経産省は,発電量を比較的調節しやすい火力でバックアップする必要があるとして,火力の維持・建設などを補うことにしました。電気を販売する小売会社が,電力会社を援助する仕組にしたのです。

 

 Q 援助総額はどう決まるのですか。

  A 政府が決めると批判を招くので入札で決めます。国内で4年後に必要な電気の「供給力」を示し,電力会社がそれぞれ「この程度の設備で供給力を維持するから,この金額がほしい」と提示するかたちです。「容量市場」と呼びますが,入札は原則年1回で,株式のように毎日の取引はありません。援助総額が巨額になった一因は,需要ピーク時を1割も上回る供給力を求めたこと。また一部の会社が高額を提示し全体の価格がつり上がりました。

 

 Q 海外はどんな状況ですか。

  A 日本のような制度は米国の北東部などに限られます。ドイツはこの制度を導入せず,電力供給に余裕がない緊急時のみ一部の発電所を動かします。巨大な蓄電池で電力不足に備えようとしている地域もあります。原発や石炭火力まで「棚からぼた餅」でお金が入る日本式は国民負担の増加や再エネ普及の遅れといった弊害が懸念されます。

 要は,日本政府の電力政策は「東電福島第1原発事故」を起こしてしまい,その後10年が経過した現在にあっても,その現場の後始末さえままならず,ましてや廃炉工程にいつになった進めるか分からないといった「まことに悲惨というべきかミットモナイ国内原発事故事情」を抱えている事実にもめげずに,火力発電とともに老朽原発の維持・活用に重点を置くといった,いいかえれば時代錯誤的な迷走ぶりを恥ずかしげもなく披露している。

 日本の経済産業省・エネルギー資源庁は,スマートグリッド方式による電力の発電・給電・配電に関して総合的なエネルギー政策に関心がないわけではないものの,当面する問題を「大手電力会社の利害」を優先させる立場しか念頭にない。これでは,日本はますます再生エネルギーの導入・利用には遅れを取るほかなくなる。

 そもそも一国の最高指導者が示しているエネルギー観からして,時代錯誤を代表する見地を明示している。となれば,話題の進むところ(「お里」)はしれている。菅 義偉首相が原発問題について特別の知識(初歩的な理解でもいいそれ)があるようにはうかがえない。それでも首相としてつぎの ③ のような采配はしていた。

 

 原発新増設狙いか… 温暖化ガス『ゼロ』宣言  菅首相の所信表明」東京新聞』2020年10月27日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/64429

 菅 義偉首相が宣言した温室効果ガス実質ゼロの実現を理由に,前面に出そうなのが原発の推進だ。石炭火力発電の削減という優先課題に対処せず,東京電力福島第1原発事故後,政府が表立って議論してこなかった原発の新増設へ動きだしかねない。

 ◆-1 省エネ,再生エネとともに強調

 首相が原発に触れたのはわずか15文字だった。それでも,「安全最優先で原子力政策を進める」という表明に,大手電力会社の幹部はわずかな変化を感じとった。「省エネ,再生エネ,原発の3つを強調した。いよいよ原発の新増設を視野に入れているのでは」と話す。

 補注)この「省エネ,再生エネ,原発」というのは,分かりやすく端的に表現するならば,「善,善,悪」の呉越同舟的な表現である。前述したとおり,東電福島第1原発事故の廃炉工程にすらまだ到達できていない〈現場の惨状〉を横目にして,原発の再稼働をさらに推進させたいかのような見地は,程度が悪すぎる。

 2011年「3月11日」に発生した東日本大震災と東電福島第1原発事故に関した話題となるが,たとえば,当時たまたま稼働していなかった4号機においては,「使用済み核燃料」などを移動させて保管していた「燃料プール」から冷却水が完全に喪失した状態になったと,当初断定していたのはアメリカ側の関係当局であった。

 しかし,原発の大事故発生に遭遇した最中にあっても,非常に偶然的な幸運が生じていた。その燃料プールにおいて冷却に必要かつ十分であった水量が,大地震の影響を受けて他所に溜めてあったものから(事故の一環としてであったが)流れこみ,湛えられていた事態が生じていた。この偶然に起きた現象がなければ,4号機ではムキだし状態になった大量の核燃料が数時間後には溶融してしまい,東日本は壊滅状態になる危険性があった。

〔記事に戻る→〕 前の安倍政権は,原発を「脱炭素化の選択肢」という表現にとどめていた。再稼働と小型原子炉など新技術の開発支援を進めてきたが,原発の新増設への言及を避けつづけた。しかし菅政権が原発を脱炭素化の「柱」に据えれば,くすぶってきた新増設が現実味を帯びる。

 補注)ここの表現「脱炭素化」というものは,完全にまやかしの概念であった。原発の利用は,炭素化そのものの増大なしであっても,地球環境を直接に温暖化させてきた。原発また,間接的にも,炭酸ガスを大いに発生させる発電装置・機械である。この点は,原子力工学者のほとんど触れたがらない真実である。「原発⇒脱炭素化」という表現は,基本から錯誤しており,その本性を指摘すればウソになる。

 今月開かれた国のエネルギー政策を議論する有識者会議では「再生エネだけでは脱炭素化はできない」と,原発新増設の必要性を訴える発言も出た。加藤勝信官房長官青森県との会合で,原発の使用済み核燃料を繰り返し使う核燃料サイクルの推進を表明した。

 しかし,核燃料サイクル政策は破綻しており,核のごみの処分先も決まっていない。原発事故の発生から9年半が過ぎても3万人以上が避難を続けている。温暖化対策を盾に,原発の負の側面を無視すれば,そのツケは大きくなる。

 補注)なにゆ,えこの種の「基本から錯誤した原発観」があいもかわらず,空念仏のように反復されるのか不思議である。そもそも,この記事も書いていることだが,「原発の使用済み核燃料を繰り返し使う核燃料サイクルの推進」は,すでに「破綻して」いた計画である。これは過去形でいわれるべき事実であった。

 それを加藤勝信官房長官はもうすぐにでも可能であるかのごとく語っている。加藤の発言は,マヤカシのリクツである以上に,現実をみないで幻想を口走っていた。長官の発言には耳を疑うほかない。

 ◆-2 脱・石炭には電力会社反発

 一方で,政府は,欧州で進む石炭火力発電の削減には本腰を入れてこなかった。日本の温室効果ガスの約4割は発電所などが排出源。2030年までにめざす「非効率石炭火力の段階的休廃止」に関して,電力会社などの反発を抑える抜本策を打ち出していない。

 製鉄所内に建てられた石炭火力の廃止もむずかしい。鉄をつくるさいに排出される石炭由来のガスを燃料に再利用しており,日本鉄鋼連盟特別顧問の小野 透氏は「鉄鋼生産と一体化しているため,発電所だけ止められない」と訴える。

 政府は,電力会社の新設・建て替え計画など石炭火力の温存を容認している。NPO法人気候ネットワーク東京事務所の桃井貴子氏は「欧州など34カ国は脱石炭火力を宣言した。日本も段階的に廃止するべきだ」と政策転換を求めた。(引用終わり)

 要するに,最近における日本の電力事情は,先進国の仲間から脱落している様子を物語っている。経済産業省・エネルギー資源庁の立場は,発電というものに対して抱いている電源「観」が旧態依然のままである。

 しかも,その姿勢に安住していられるつもりであって,そこには別種の危機感が暗示されている。要は,日本政府・経済産業省・エネルギー資源庁は「3・11」以前であれば3割に達していた「原発の電源比率」を,いまだに郷愁している。

 「3・11」以前における日本は,将来における原発の比率を5割までもっていく意向をもっていた。だが,東電福島第1原発事故によってその方向性は完全に阻止されることになった。しかし,この「3・11」の “怪我の功名的な効果” が,事後における日本のエネルギー政策にまともに活かされず,その方向性から外れていた事実もすなおに認められない頑迷固陋を維持したまま,現在まで来ている。

 「火力発電(原発を含めない場合)のその代替電源」に「原発を利用する」という発想は,エネルギー政策の実践としてはかぎりなく邪道である。邪道である理由は,つぎの ④ の記事を借りながら議論する。こちらでは,原発関連の廃棄物をどこへ処分したらいいのかという問題が書かれている。

 

 「〈真相深層〉核のごみ 縦割りの壁 最終処分場の選定進まず 先送りの連鎖,廃炉に影」日本経済新聞』2021年4月7日朝刊2面「総合1」

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【参考記事】-すでにかかげたことのある画像資料であるが,ここにも出しておきたい。上の画像と同じ場所ではない地域のものと思われる。袋の色が全然異なる。

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 原子力発電所などから出るさまざま々な放射性廃棄物の最終処分場が決まらない。東京電力福島第1原発の敷地内や周辺には,汚染された土壌やがれきが行き場なく「中間貯蔵」されている。全国の商用原発廃炉するさいに出る廃棄物の処分場も決まっていない。同じ放射性廃棄物でも処分場の官庁など選定主体も異なる。将来世代に負担を残さないためにも早急な解決が必要だ。

 補注)この「中間貯蔵」とか「最終処分場」というコトバ:表現は,原発問題とくに東電福島第1原発の「終わりなき顛末」を示唆している。放射性廃棄物を「最終処分をしておく場」がみつからない状況は,これまでもあれこれ議論されてきた問題であるが,おそらく今後もおなじように対応していくほかない問題である。

 福島第1原発では廃炉作業が進む。2月に訪れるといまでも1号機の骨組が露出し,がれきが撤去されず折り重なって残っていた。東電担当者は敷地北側の空き地を指して「敷地内の廃棄物などを集める処分施設を作る」と説明した。

 福島第1では2030年ごろまでに約77万立方メートルの廃棄物が出ると東電は試算する。経済産業省や東電によると,敷地内に保管や処分の施設を2021年から建設するという。将来は最終処分場に移す考えだが場所は未定だ。東電は「国と東電,福島県などが協議して決める」と語るが議論は進んでいない。

 1) 期限は2045年まで

 原発事故による放射性廃棄物原発敷地外にもある。飛散した放射性物質によって汚染された土壌やがれきだ。処理を担う環境省は,福島第1周辺の1600ヘクタールの敷地を中間貯蔵施設とする。最終的には約1400万立方メートルにもなる。2045年までに福島県外に運ぶ約束だが,最終処分場は決まっていない。

 補注)「期限は2045年」だと説明されているが,今年(2021年)から24年先のことをいっている。ところで業種はまったく異なるが,帝国ホテルが自社ビルを建て替える計画を発表していた。

 〈東京大改造〉帝国ホテル東京が建て替えへ,2030年代見据えた最大級再開発『内幸町1丁目街区』」『日経XTEC』2021.03.30,https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00110/00218/ が,おおよそつぎのように説明していた。

 

 2030年代に向けて,東京都心部における最大級の再開発が始まる。場所は皇居の近く,日比谷公園に隣接する「内幸町1丁目街区(東京都千代田区内幸町1丁目)」だ。注目は「帝国ホテル東京」の建て替え。2024年度から順次建て替え,2036年度の完成をめざす。総事業費は2000億~2500億円程度をみこむ。

 

 帝国ホテル東京の本館とタワー館をはじめ,築30年以上が経過した建物が複数立っている。帝国ホテル東京は2020年11月に130周年を迎え,3代目となる既存の本館は1970年の竣工から約50年がたつ。既存のタワー館も同38年が経過し,いずれも老朽化が進んでいた。

 

 帝国ホテルは,「コロナ禍で経営環境はきびしく,先行きが不透明ではあるものの,日本を代表するホテルとしての社会的使命を引きつづきまっとうしていくべく,アフターコロナを見据えた将来性のある企業価値向上への取り組みとして,建て替え計画の実施方針を決定した」とコメントを発表した。

 

 今後,帝国ホテルは既存のタワー館を解体したのち,敷地を分筆。土地の共有持ち分の一部を三井不動産に譲渡して,共同で新タワー館を建設する計画だ。同じく既存本館も解体し,ホテル用途の新本館を建設し,所有・運営していく。

 

 2024年度から先にタワー館の建て替えを進めて,2030年度の完成を目標とする。敷地面積は約1.1万m2 で,新タワー館の用途はオフィスや商業施設,サービスアパートメントなどを想定している。

 

 一方,新本館の敷地面積は約1.2万m2 。用途はグランドホテルで,建て替えの実施時期は2031年度から2036年度を予定する。建て替え後も「日本の迎賓館」としての役割を果たす施設となることをめざす。

 この日本を代表する老舗の大ホテルがビル建て替え計画を地域一画のなかで推進することを公表していた。ところが,一方の東電福島第1原発事故はとみれば,その後始末だけでも当初は40~50年かかるといっていたもののが,実際にはいったい,どのくらい先にまでその期間が延びるかさえ,いまだにさっぱり見通しがついていない。

 それどころか,原発事故現場から出る放射性廃棄物などの始末に関してからして,2045年までとかウンヌンされているけれどもその年限で終わるという保証は,まったくないと断わっておく必要もあった。一体全体に,分からないことだらけなのである。

〔記事に戻る→〕 国は2021年度から全国各地で対話集会を開くなど,県外もち出しに向けた活動を強化する方針だ。小泉進次郎環境相は「期限に向けて理解をえられるよう全力を注ぎたい」と語る。福島県の内堀雅雄知事は「県外最終処分の約束を守っていただく」と繰り返し,これまで先送りされてきた問題が動くのか注視している。

 全国の商用原発も同じだ。コンクリートやがれき,使用済み制御棒といった放射性廃棄物が生じる。2020年10月に北海道の寿都町などが文献調査に応募した最終処分場は,使用済み核燃料を再処理したさいに生じる「ガラス固化体」を埋めるためのものだ。原発の解体時に出る放射性廃棄物などほとんどは対象外だ。電力会社は別に最終処分場を探さなければならない。

 廃炉を決めた原発や検討中のものは福島第1を除いて18基ある。日本原子力発電東海原発茨城県),関西電力美浜原発1,2号機(福井県)や四国電力伊方原発1号機(愛媛県)などだ。

 廃炉作業がもっとも進むのは1998年に運転を止めた東海原発だ。低レベルの廃棄物約1万6千トンについて敷地内に埋める計画を原子力規制委員会に申請した。だがそれ以外の放射性廃棄物の処分場は決まっていない。ほかの電力会社も明確に示せないでいる。

 ほかにも大学や研究施設から出る放射性廃棄物については文科省などが所管する。関係官庁が放射性廃棄物の処分で協力する様子はみえない。

 処分が進まなければ予期せぬトラブルを生む。2017年,茨城県大洗町日本原子力研究開発機構の施設では,核燃料物質を入れた袋の破裂事故が起きた。処分先がみつからず長年放置していたことが要因との見方もある。

 2)地元が設置反発

 最終処分場の設置には地元の反発がある。文献調査に応募した寿都町では3月8日に町議会が開かれ,つぎの段階の「概要調査」に進む前に住民投票をおこなう条例を町議会で可決した。住民の不安は大きく,十分な説明や配慮が必要だ。

 「廃炉は大量の廃棄物が発生する。処分地を確保しなければ廃止措置そのものに影響を与えてしまう」。国の原子力委員会が2017年7月,報告書で警鐘を鳴らしてから約4年になるが,先送りの連鎖もあって進捗はない。

 国は脱炭素電源として原子力を活用する方針をかかげ,エネルギー基本計画の議論を進めている。原子力は国策で進んだ。放射性廃棄物の処分地について,国が電力会社と協力し,一元的に責任をもって議論した方が効率的なはずだ。現状のままでは,将来世代に大きな負担を残すことになるだけだ。(引用終わり)

 原発関連で必要性に迫られている「核のごみ」をしまいこんでおくための最終処分場がみつからないでいる。以上の記述をしていて頭に浮かんだのが,リヒャルト・ワーグナー作曲のオペラ『さまよえるオランダ人』(1843年初演)である。

 ※『さまよえるオランダ人(er fliegende Holländer)の「概要」は,こうである。

 

 神罰によって,この世と煉獄のあいだを彷徨いつづけているオランダ人の幽霊船があり,喜望峰近海で目撃されるという伝説(フライング・ダッチマン)を元にした,ドイツの詩人ハインリヒ・ハイネの『フォン・シュナーベレヴォプスキー氏の回想記』(Aus den Memoiren des Herren von Schnabelewopski,1834年)にワーグナーが着想を得て再構成し,1842年に完成し,1843年に初演された。

 原発が絶えず吐き出している最終廃棄物,とくに放射性物質で高度に汚染されているそれは,まさに「さまよえる廃棄物」化している。歌曲である「さまよえるオランダ人」はさておき,こちらの「核のごみ」としての深刻な問題は,本当にこの「地球上をさまよいつづける物質」であるほかない現状を呈している。

 昔の日本,この国土の田んぼや畑にはよくあった肥溜めなかに,その近所で遊んでいた子どもがドボンとハマってしまい,それはもう臭い目に遭ったという話は,いまではそれこそ「〈日本昔話〉の一幕」になっている。若い世代には聞いたこともない〈現実の話〉であったが。

 さて,原発関連の廃棄物問題は,現実的に切迫していて解決を迫られている困難な,つまり「トイレのないマンション」状態を連想させてやまない。それでも日本は,老朽化しつつある原発も含めて,大手電力会社の利害得失の観点にのみ大事するせいか,これからも原発を大いに稼働させたいと希望している。

 「日本の原発問題」はまさしく「さまよえるヤマト人の無理難題」になっている。この現状は,これからも長く未決状態を余儀なくされていく。この解決のために支援できる人材がいないわけではない。だが,これまでは彼らをさんざん阻害させいじめぬいてきた。それゆえか,原発推進派の人びとは,彼らに対してすなおにモノを頼めないのかもしれない。

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新産業革命・脱炭素社会を唱えていながら,温暖化の原因として看過できない電源「原発の問題」は無視したまま,ただ原発を再稼働させたいための議論をする「『日本経済新聞』の怪」(2)

 要点・1 添田孝史『東電原発事故10年で明らかになったこと』平凡社,2021年2月は,こういっていた。

 「原子炉は緊急停止したのちも,数分で水1トンを蒸発させるほどの熱を発生しつづけている。冷やしたら止めたりするのに,一般家庭1万世帯ぐらいの電力が要る」(18頁)。

 要点・2原発が温暖化対策にならない5つの理由」の3項目,「原発も温暖化を進める」『GREENPEACE』https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2020/11/14/45947/  も,こういっていた。

 原発も……そのウランの採掘,精製,加工時では二酸化炭素が出ますし,そのプロセスでは船などによる輸送でも二酸化炭素が出ます。

 〔そして〕燃やしたあとは使用済み核燃料となり,数万年,環境から隔離しなければなりません。その設備の建設,維持している間も二酸化炭素は排出します。

 もうひとつの問題は「温排水」です。原発では燃料を冷やすために海水を使い……温まってしまい……,入れたときより7度~10度温まった状態で棄てられ……,海水温を上昇させ,排水口付近の生態系に影響を与えてしまいます。

 また,その水は温まっただけでなく,化学物質や放射能が含まれ,海水温の上昇に加えて,化学物質と放射能も生態系に影響を与えます。

 要点・3原発の問題」は「原爆の問題」に対して当然,直通していた話題であった。

 要点・4 原発コストが再生エネルギーのコストに完全に負けている現状。 

【断わり】-「本稿(1)」はこちら(  ↓  )。

 


  炭酸ガスが地球環境を温暖化するというが,その原因は原発にも大いにあるゆえ,この「当たりまえの事実=秘密」をしる専門家は,あえて触れない

 1)「2050年ゼロ宣言  自治体急増 温暖化ガス排出」「総人口1億人超え 実効性に課題」『日本経済新聞』2021年4月2日夕刊1面

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 この記事は,上の2つの表を添えて冒頭をつぎのように書き出していた。

  温暖化ガスの排出を2050年までに実質ゼロとする目標を宣言した自治体が増えている。2019年9月には4自治体だけだったが3月上旬には300を超え,総人口は1億人を上回った。長野県や横浜市など積極的に取り組む地域もある。ただ自治体ごとに取り組みには濃淡があり,今後は具体性が問われる。

 この地方自治体から声が盛んに上がってきた温暖化ガス排出「2050年までゼロ目標」という標語は,市民・住民の生活基盤を意識したその削減ゼロに向けた目標をかかげている。しかし,産業界におけるこの問題がどうなるのかについては,それほど語られていない。

【参考記事】-参考図表:『朝日新聞』から-

 

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 2)「脱炭素30年目標,壁高く 2050年ゼロ,2030年4割超減らす必要 再生エネ後押し急務」『日本経済新聞』2021年4月1日朝刊3面「総合」

 この記事は,「脱炭素に向けた議論が日本でも本格的に動き出した。2050年に温暖化ガスの排出量を実質ゼロにするためには,2030年時点で40%を大きく超える削減目標が必要だ。達成には,再生可能エネルギーの拡大や排出量取引制度の導入,技術投資などを急ぐ必要がある」と書き出している。

 しかし,この種の記事の場合は,いつものような報道の仕方であれば必らずといいくらい,それもかなり控えめになのだが,その内容にそっと添えられて登場してくる「原発の必要性」に関した言及が登場していなかった。

 3)『朝日新聞』2021年3月29日朝刊22面全体を充てていた「特集」の記事であっても,

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 このなかに立てられた小見出し「脱火力発電,再エネ増やす」という段落が,原発については,こう触れるだけであった。

 菅 義偉首相がかかげた「2050年に温室効果ガス排出量を実質ゼロにする」という目標と,経済成長を両立させるため,経済産業省は昨〔2020〕年12月に「グリーン成長戦略」を策定した。

 

 国内で出る温室効果ガスの約9割は二酸化炭素(CO2 )だ。2019度の排出量(速報値)は約11億トンで工場などの「産業部門」が全体の35%と最多。「運輸部門」が19%で続く。

 

 経産省の戦略では,電力分野で火力発電を減らして再生可能エネルギーを増やす。原発も「可能なかぎり依存度を低減しつつも,安全性向上を図り,引きつづき最大限活用」する方針だ。産業分野では動力源を電気や水素に切り替える。CO2  の分離・回収技術も使う。 

 経産省原発「観」として発言したこの中身(前後の論理的なうねり)は,実に奇妙ないいまわしを体現させている。この「可能なかぎり依存度を低減しつつも,安全性向上を図り,引きつづき最大限活用」といったふうに,ややこしくこねくりまわした文句は,どのように読んでも

  a)「可能なかぎり依存度を低減」⇔ b)「安全性向上を図り」⇔ c)「引きつづき最大限活用」

という3項の関連性が意味不詳であり,意図的(姑息)にこうした表現を採っているとしか受けとれない。

 日本における原発問題は安全性( b) )を技術的に確保するという要請のために,「3・11」以前であれば「原発1基の販売価格が5千億円」であったところが,事後においては「その倍の1兆円」にまで高騰してきた。その影響で,日本の原発を海外へ売りこむ事業が2010年代には,つぎつぎと商談が不成立になっていった。結果,東芝・日立・三菱重工の経営は少なからぬ悪影響をこうむった。

 つまり,日本における原発の利用:稼働に原子力規制委員会が要求する「安全性向上」,原発という製品を生産するための原価は急上昇してきった。それゆえ,この利用は「可能なかぎり依存度を逓減」( a) )させるが,それでも「引きつづき最大限活用」( c) )というのでは,いったいなにをいっているのかさっぱり分かりえない。あえて「論理の明快性」を抜きとって欠如させた表現が,故意に開陳されていた。

 要は,日本は現有の原発をいかに理由を付けて再稼働させていくかという関心事をめぐり,経産省の立場から提示されたリクツ,その論理学的はアクロバット的に奇妙なリクツを展示しており,論理学的には解釈しかねる修辞を披露していた。

 4)〈Biz Frontier  subject:脱酸素〉2050年へ『新産業革命』を イノベーションを総動員」と題した『日本経済新聞』2021年3月30日朝刊23面「特集」記事もあった。こちらでは,前項で批判した経済産業省・エネルギー資源庁のレトリック(もっともその実体はヘリクツ程度に幼稚な表現なのだが)に,最初の段落で触れていた。

 しかし,こちら『日本経済新聞』の表現のほうが,いくらかは巧妙に文章の構成を工夫した跡が感じられる。

 つぎの画像資料は2点に分けて(この特集記事の全面を撮した画像ではない),以下に紹介しておく。なお,文章についてはそのごく一部分だけを,前後の論旨に関連する段落として引用しておく。

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 ※-1「グリーン成長戦略では,エネルギー産業,輸送・製造関連産業,家庭・オフィス関連産業の14分野にわたり野心的な目業が示され政策を総動員する。2030年に年額90兆円」,2050年で同190兆円程度の経済効果をみこむ」。

 

 ※-2「大前提になるのが電力部門の脱酸素化だ。再生エネルギーの最大限導入や水素発電,火力+二酸化炭素(CO2 )回収,原発も可能なかぎり依存しつつも,引きつづき最大限活用していく」。

 ※-1に※-2をつなげる論理構成が『朝日新聞』よりも,『日本経済新聞』のこの特集記事における文章表現が巧妙である。原発はむしろ迂回的な経路をたどって,それも「炭酸ガス」を直接には出さないかたちで,地球環境の温暖化に非常なる負的関与をしているにもかかわらず,この点は『朝日新聞』も同じであったが,いかにも原発も温暖化問題には大いに貢献できるかのように触れており,「完全なる誤説」を説こうとしている。

 この『日本経済新聞』のほうの特集に添付されていた図解「大胆に変わる電力・輸送」の中身が,非常に興味深い。この風景図のなかには,原発原子力発電所)は描かれていない(「原発隠し」?)。だが,「『2050脱酸素』の実現イメージ」という図解のほうには,2050年における「排出と吸収で実質0トン(-100%)」という箇所にあっては,

    「原子力・火力+CO2  回収  30~40%」

と記入(表記)されている。

 本ブログ筆者は,このように「原子力」と「火力」と並べてひとくくりにしておき,原発も電源としては火力発電の仲間であると位置づける方針については,以前から指摘してきた点があった。これは火力の減少を原子力で補い,代替させる意図を示唆している。

 ごく最近になっての変更点とみうけるが,以前は火力発電とは別に独立した分類項目に位置づけられてきた原発原子力)が,いつの間にか火力のほうに仲間入りさせられていた。原発が「独自の分類」として目立たないあつかいに変更されていた。

 以上の推移・経緯を感知してみた本ブログ筆者は,そうした原発原子力)のエネルギー資源問題の全体における位置づけ,そして原発の技術経済的な評価も,ある意味で決定的に豹変した様相に接して,驚くほかなかった。

 5)「JPOWER Group」の全面広告には原発原子力)という語句はない

の全面広告がエネルギー産業企業が出稿した内容であったが,原発原子力)のことには一句どころか,その一字さえ登場していなかった。

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 この全面広告は「広告そのもの」であるだけに,つまり企業の広告として経済社会・国民生活に向けて訴求したいなにかを表現しなければならない関係上,原発とは 事業経営の実際において深いかかわりのないこの「JPOWER Group」でもあるゆえか,原発原子力)ウンヌンはしていない。

 補注)JPOWER Group の事業内容については,つぎの参照されたい。おおまかな理解はできる。

 主なグループ会社 | 企業概要 | J-POWER 電源開発株式会社

 

 J-POWERジェネレーションサービス株式会社 

 

  事業内容 | J-POWERジェネレーションサービス株式会社

 以上のホームページにおける説明で判る範囲では,「JPOWER Group」は原発の本体(原子炉)に直接関与する事業は展開していないと推察される。

 しかし,原発関連の装置・機械の全体面に関する工事などには,いまだに日本全国には廃炉の決まった原発も含めて60基も存在する事実に即していえば,この原発部門から生まれる各種の需要に応えないという手はない。

 要するに,「JPOWER Group」の主な事業部門は「再生エネルギーで未来を加速する」,「CO2 フリー 水素をつくる」などといった路線をめざしており,原発事業の中核部分とは一線を画している(⇒経営の実際においてそのように「画せる」会社である)。


  経済産業省・エネルギー資源庁の原発絶対維持の観点「批判」

 経産省の「原発保有」戦略は,こう表現されていた。

 電力分野で火力発電を減らして再生可能エネルギーを増やす。原発も「可能なかぎり依存度を低減しつつも,安全性向上を図り,引きつづき最大限活用」する方針だ。産業分野では動力源を電気や水素に切り替える。CO2 の分離・回収技術も使う。

 これに対して『朝日新聞』「東京経済部・記者」の大津智義は,2021年4月1日夕刊7面のコラム「取材考記」で,その経産省のもくろみ(たくらみ)を,つぎのように批判していた。これはまっとうな議論になっている。

  ◆〈取材考記〉「脱炭素社会に不可欠」と主張する前に--原発の負の側面,国は直視すべきだ ◆

 

 東日本大震災による東京電力福島第1原発の事故から10年が過ぎた。その節目の年に,将来のエネルギー政策の方向性を決める「エネルギー基本計画」の改定作業が進む。菅 義偉首相が昨〔2020年〕秋にかかげた2050年までの温室効果ガスの排出「実質ゼロ」の実現に向けた試金石となる。

 

 政府は風力などの再生可能エネルギー(再エネ)をできるかぎり導入する方針だが,気になるのは「原発復権」ともいえる推進派の声の強まりだ。電力業界は「新増設やリプレース(建て替え)が不可欠だ」と踏みこみ,原発産業は「依存度を可能なかぎり低減する」という政府方針の見直しを求める。

 

 発電時に二酸化炭素を出さない原発なしに,脱炭素社会は描けないとの考え方にもとづいている。その一方で,改定作業をリードする経済産業省の進め方は実に巧妙だ。すぐに原発に飛びつくことはせず,地理的制約がある日本では,再エネ普及に限界があることを強調する。議論が煮詰まっていけば,「原発は不可欠」との結論が自然と導き出されるとの読みがある。

 

 そこには,新増設や建て替えも視野に入ってくる。なぜなら,脱炭素は50年に実現したら終わりではなく,それ以降も続く長期的な課題だからだ。幹部の1人はこういい切る。「常識のある人なら,原発がなければ脱炭素は実現できないと分かっている」。

 

 しかし,本当に原発は不可欠なのだろうか。事故を起こした東電では不祥事が相次ぐ。再稼働をめざす柏崎刈羽原発新潟県)で不正侵入が長期間検知できない状態だった問題や,社員が他人のIDカードで中央制御室に入室したことが明るみに出た。関西電力でも,役員が,原発の立地する福井県高浜町の元助役から多額の金品を受領していた不祥事は記憶に新しい。

 

 10年前の事故の教訓を,電力業界が生かしているとはとても思えない。国はエネルギー政策で原発の必要性を強調するが,「負」の側面を正面から取り上げて議論を尽くすべきだ。原発に関わる問題がいまも後を絶たないのはなぜなのか,総括ができていない。再エネで足りない分は原発でと主張する前に,やるべきことがある。

 以上の大津智義記者による記述には,実は,まだ足りない論点がいくつも残されている。

 まず,電力業界が原発の「新増設やリプレース(建て替え)が不可欠だ」と主張し,原発産業への「依存度を可能なかぎり低減する」政府方針の見直しを求めている点については,イタリアが原発を廃絶し,ドイツが原発を2022年までには全廃する予定を,どう受けとめているのかという問題が出てくる。

 このイタリアやドイツの実例に対しては,イタリアやドイツはフランスから電力を購入しているではないか,そのほかの隣接国などから電力を調達しているのではないかという反論もありうる。しかし,その問題を日本の問題にじかに当てて,批判しようとする意図は当たらない。

 日本は南北(東西)に長い島国であり,再生エネルギーの導入・利用の今後についてとなれば,原発なしで電力の需給を開発・調整できる地理・風土的な条件が備わっていないわけでない。それでなくとも「3・11」の体験を経てきたゆえ,再生エネルギーの電源比率を最大限にまで高める努力をしてきたとしても,なんらおかしくないのがこの国である。

 ドイツの場合は日本の東電福島第1原発事故をみせつけられて,それまでの原発維持・利用の電力体制を180度転換させ,原発廃絶に踏み切った。フランスとて8割近くもある原発比率をなるべく下げる努力に向かわざるをえなくなっている。

 ともかく日本の再生エネへの移行率は遅々としており,原発維持を企図する原子力村的な利害関係方面は,再生エネの不足を供給できるエネルギー源が原子力であるなどと,いまだに滅相でもない観念・発想に固執してやまない。

 また,「発電時に二酸化炭素を出さない原発なしに,脱炭素社会は描けないとの考え方」じたいが,脱炭酸ガス政策として有効ではない事実については,この記述の「(1)」ですでに根本的に批判済みであった。

 その考え方は,実際には膨大な炭酸ガスの発生源にならざるをえない原発を,「火力発電」のひとつに分類しつつも,それでいてまだなお「炭酸ガスのたいした発生源にならない」などいった謬論を振りまいている。

 経済産業省は「すぐに原発に飛びつくことはせず,地理的制約がある日本では,再エネルギー普及に限界があることを強調」し,結局「原発は不可欠」との結論が自然と導き出されるとの読みを事前にしているというけれども,これも読みが浅い。

 再エネルギー普及の可能性が日本では限界があるといわれていないわけではない。けれども,「常識のある人なら,原発がなければ脱炭素は実現できないと分かっている」というのは,まさしく〈しったかぶり〉でする独断論であった。再エネルギーの未来像(すでに日本以外では実現させている国々がいくつもある)をしりたくない者だけが放てる盲論は,好ましくない。

 結局,日本では「10年前の事故の教訓を,電力業界が生かしているとはとても思えない」し,とりわけ「原発の必要性を強調するが,『負』の側面を正面から取り上げて議論を尽く」そうともしていない。「原発に関わる問題」の「総括ができていない」のに,「再エネルギーで足りない分は原発でと主張する前に,やるべきことがある」という朝日新聞社記者の意見はまっとうである。

 原子力村側の利害集団の理念(この一方的な観念の世界)にこだわっているかぎり,日本は「再生エネルギーの導入・利用」の展開においては「他国との格差」を拡げていくほかなくなる。

 それでは,2011年の「3・11」東日本大震災によって日本が惹起させた東電福島第1原発事故の反省も克服も,なにもできていないことになる。そのせいか,「3・11」⇒東電福島第1原発事故の事実をとらえて,日本の「第2の敗戦」といわれてもいる。

 経済産業省・エネルギー資源庁の国家官僚たちは,太平洋(大東亜)戦争にかかわらしめて表現するとしたら,『東京裁判史観』を認めたくない「旧日帝的な日本民族風の国粋的観念右翼」による「戦前・戦時体制」観を思い起こさせる。

 同じ敗戦国でもイタリアやドイツが先に原発とはおさらばしている事実に比較して,日本側のなんとも間の抜けたエネルギー問題をめぐる歴史「観」の貧相さには呆れるほかない。日本は太陽光発電に比較して風力発電の開発にはまだ多くの余地があり,こちらの方面における進展が期待できる。 

 補注)ここでは,つぎの記事を参照しておきたい。

 

 「フランスとスウェーデン風力発電原子力発電を追放する」,トーマス・コーベリエル(自然エネルギー財団理事長)/ ロマン・ジスラー(自然エネルギー財団上級研究員)『自然エネルギー財団』2020年4月24日,https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20200424.php


 世界のなかでも,フランスとスウェーデンは,国民1人あたりの原子力による発電電力量が圧倒的に多い。2か国の共通点はこれだけではない。電源構成における低炭素電力の割合がきわめて高く,約90~95%となっている。

 補記)この「原発」を「低炭素電力」に分類する定義的な考えには疑問符ありであった点を断わっておく。

 

 歴史を遡ってみると,この高い割合は,水力と原子力によるものだったが,最近では風力の拡大が貢献しはじめめている。実際,フランスとスウェーデンは,2018年と2019年に,新規風力発電設備を導入した欧州上位5か国の2か国だった 。

 

 電源構成比をみると,フランスとスウェーデンでは,化石燃料による発電(石炭,ガス,石油)の割合が低い。そして風力発電が,燃料を必要とするそうした発電に代わって拡大するにつれて,これまで一番安い電源として限界電源(marginal electricity)の位置を占めてきた原子力は,より安い費用で電力を提供できる(より限界費用が低い電源である)水力と風力に,しばしばその位置を奪われはじめている。

 

 これは,原子力で発電された電力が,系統システムの状況に合わせて出力調整されているということである。需要の低下と水力や風力の豊富な発電が,電力価格の下落を招き,原子力発電の設備利用率を低下させ,原子力の経済性を悪化させているのである。

 

 2020年の第1四半期は,こうした状況のケーススタディといえる。欧州は,今年の1月から3月にかけて,暖冬のために暖房用電力需要が減少した一方で,水力や風力にとっては気象条件が良好だった。当然ながら,フランスとスウェーデンの電力価格は安価で推移し,原子力の発電電力量は低下した。

 

 フランスの前日市場の価格は,平均で30ユーロ/MWhを下回り,原子力の発電電力量は10TWh以上減少した(またはマイナス10%となった)。スウェーデンでは,より高い水準で水力や風力が導入されているため,前日市場価格はフランスより低い。平均で20ユーロ / MWh未満,時折10ユーロ / MWhを大きく下回り,原子力の発電電力量は,約2TWh減少した(またはマイナス10%となった)。

 

 こうした状況から,今〔2020〕年末まで運転を継続し廃炉となる予定だったスウェーデンのリングハルス原子力発電所1号基は,採算が取れずに経済的運転停止状態となった。(〔関連する図表など〕中略)

 

 フランスでは,2020年2月15から17日の電力需要は比較的緩やかな一方,水力と風力による発電出力は大きく,2月16日の午前中に国の発電電力量の最大3分の1を占めた。この時点のスポット市場価格はネガティブプライス(価格が「マイナス」であること)で,原子力の発電出力は36GWと底打ちし,この3日間の最大値だった50GWに対し30%低かった 。

 

 スウェーデンでも,2020年2月14から20日の電力需要は比較的緩やかな一方,水力と風力による発電出力は大きく,とくに2月17日は,ほぼ終日にわたり国の発電電力量の最大4分の3を占めた。この時点のスポット市場価格は10ユーロ / MWhを少し上回る程度で,原子力の発電出力は同週の最大8GWに対し最低5GWで,約35%低かった。

 

 スウェーデンでは,原子力より風力の発電量が増える事例が多くなり,2020年の第8週目は,初めて,原子力より風力の発電量が継続して上まわる週となった 。

 

 今後は,限界費用がゼロに近いコスト競争力のある自然エネルギーの一層の拡大に伴って,こうした事例がより頻繁となり,さらに原子力発電技術を脅かすことになるだろう。こうして,自然エネルギーはしだいに割合を拡大し,最終的には原子力に取って代わる電源となるであろう。

 

  参考となる文書・解説資料

 日本の役所でも経産省とは対極の方角を向いている環境省は,たとえば,いまから7年前に公表した文書のなかで,こう主張していた。

 1)「再生可能エネルギー導入加速化の必要性」『環境省』2014年5月22日,https://www.env.go.jp/earth/report/h26-01/chpt01.pdf

 地域レベルで再生可能エネルギー普及をおこなうことの意義エネルギー供給方式を,原子力,火力(化石燃料)および再生可能エネルギーの3つに分類した場合,原子力と火力(化石燃料)は,地域の特性に応じて地域が独自に普及を進めることがむずかしいエネルギーである。

 他方で,地域の特性に応じて地域の主体が普及を推進できる再生可能エネルギーは,地域が主導的にエネルギーの政策や地域づくりの一環として進めることが可能である。地域主導の再生可能エネルギー普及方策の策定や地域特性に応じた取組を実施していくことの意義として以下が挙げられる。

 地域のエネルギーセキュリティ向上に向けて,みずからの地域にあった再生可能エネルギーの普及を検討することが可能(電力にくわえて,再生可能エネルギー熱利用は地域性がさらに高いものとなる)。

 ・普及方策についても地域の主体が連携して能動的に検討することが可能。

 ・技術的にも地域の企業などがコストダウン等の創意工夫を活かす余地が大。

 ・経営主体として地域の主体が参画することが可能。

 ・普及のための資金を,地域金融機関,地域の主体が連携して調達することが可能。

 ・地域の特性に応じた普及を進めていくことで,地域を活性化し,特徴のあるまちづくりにつなげていくことが可能。

 ・地域が主体的に具体のプロジェクトを進めていく場合,周辺環境影響について事前に配慮することが可能。

 また,地域間連携により再生可能エネルギー普及方策の策定や地域特性に応じた取組をおこなっていくことの意義としては,以下が挙げられる。

 ・各地域の取組が同時進行することで,相互の学習効果が働き,普及方策や取組を集合知により洗練させていくことが可能。

 ・普及(供給)のポテンシャルを有する地方の主体と資本力,経営力,技術力等を有する都市部の主体が連携することで,わが国全体のエネルギーセキュリティ,エネルギー需給安定化を向上させていくことが可能。

 2)『わが国の再生可能エネルギー導入ポテンシャル』環境省の解説資料-更新 2020年9月25日)から-

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 3)「核兵器の先制不使用案は『日本の反対で断念』 オバマ政権元高官が証言」『東京新聞』2021年4月6日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/95967

 関連させては軍事問題として「原発の存在」が,日本の場合でも有する戦略的な問題性を示唆させておくために,つぎの記事を引用しておく。

 経済産業省・エネルギー資源庁の原発に対するこだわりは,もともと原爆(核兵器)と無縁どころか大ありであった。その種の話題にゆきつくほかない事情が控えていたと断わっておいたほうが,理解しやすい話題となるはずである。

【ワシントン=金杉貴雄】 米オバマ政権が2016年に検討した核兵器の先制不使用宣言に関し,国務省の核不拡散担当だったトーマス・カントリーマン元国務次官補が本紙の取材に対し,対中抑止力の低下を懸念した日本政府が反対したことが宣言を断念した最大の要因だったと証言した。

 

 日本が反対していたことはこれまで米紙などの報道で伝えられていたが,日本政府は一貫してコメントを差し控えてきた。今回,当時政権内にいた米元高官が認め,裏付けられたかたちだ。

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