たかが五輪の開催に「オレは勝負したんだ」といい,国民たちの生命・安全を賭け金・寺銭あつかいする菅 義偉の錯誤した判断,その「開催有無の問題」を「観客有無の問題」にすりかえた転倒性

 菅 義偉は,自身の空念仏「安心・安全のムニャムニャ……」とはまた別個に,「庶民の命」まで「賭け事の材料」に引き入れた「乱暴・無謀」を冒している,国民たちの過半の意思は「五輪不開催」や「開催しても無観客」だといっているにもかかわらず,それをがんと無視する 専制的独裁志向の政治屋

 盛夏(酷暑・猛暑)の時節にわざわざ国際大運動会を実施したとなれば,熱中症の被害やコロナ禍の感染が急増する予測が科学的になされている,けれども,こちらの困難についても完全に目をつむったまま,五輪開催に突入する「日本国総理大臣のドンキホーテ」ぶり

 

  要点・1 菅 義偉の五輪開催,有観客での実行という「重ねての無謀」

  要点・2 五輪開催を賭け事(自分の政治屋的利害のため)として強行

  要点・3 都知事小池百合子は五輪中止の判断をしないのか? このままではやはり「緑のタヌキ」状態で政治生命を終える

 

  2021年「五輪『無観客で』53%  内閣支持34% 朝日世論調査朝日新聞』2021年6月21日朝刊1面など

 1)『朝日新聞』2021年6月21日朝刊

 朝日新聞社は〔6月〕19,20日に全国世論調査(電話)を実施した。東京五輪パラリンピックを今夏に開催する場合,「観客なしで行うべきだ」53%が「観客数を制限して行うべきだ」42%を上回った。菅内閣の支持率は34%で,最低タイだった前回5月の調査(33%)とほぼ同じだった。不支持率は42%(前回5月は47%)。

 2)『TBS NEWS』JNN世論調査 https://news.tbs.co.jp/newsi_sp/yoron/backnumber/20210605/q1-1.html

 この『TBS NEWS』JNN世論調査は,2021年6月5,6日に実施された。つぎの図表を説明に代えておきたい。

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 3) 「五輪開催で『感染拡大が不安』は86% 無観客40%,中止は30%〈共同世論調査〉」『東京新聞』2021年6月20日 18時02分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/111746(共同)

 共同通信社が〔6月〕19,20両日に実施した全国電世論調査によると,東京五輪パラリンピック開催で,新型コロナウイルスの感染が再拡大する不安を聞いたところ,「ある程度」を含め「不安を感じている」との回答が86.7%に上った。

 開催をめぐっては,「無観客で開催するべきだ」が40.3%,「中止するべきだ」は30.8%だった。ワクチン接種に関する政府のこれまでの取り組みについては68.0%が「遅いと思う」と答えた。

 菅内閣の支持率は44.0%で,前回5月より2.9ポイント増。不支持率は5.1ポイント減の42.2%だった。沖縄県を除いて緊急事態宣言を解除し,東京など7都道府県のまん延防止等重点措置への移行を決めた政府対応については50.8%が「早過ぎた」とした。

 五輪期間中に東京などに緊急事態宣言が再発令された場合,どうするべきか質問すると,55.7%が「無観客などの措置を取って続ける」と答えた。(共同)


 4)「東京五輪『中止すべきだ』60%… 都民意識調査,開催都市で反対の声根強く」『東京新聞』2021年5月25日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/106318

 東京新聞などは〔5月〕22,23日の両日,都内の有権者に意識調査を実施した。新型コロナウイルス禍の真っただ中で開催が迫る東京五輪パラリンピックを「中止するべきだ」と答えた人が6割となり,「観客を制限して開催」「無観客で開催」と答えた人の2倍に上った。新型コロナウイルスをめぐり,政府の対策や説明に不信感が高まるなか,五輪開幕まで2カ月を切った開催都市・東京でも,五輪反対の声が根強いことが浮かび上がった。

 ◆-1 開催「観客制限」17%,「無観客」11%

 大会開催をめぐっては,菅 義偉首相が「国民の命や健康を守り,安全安心の大会を実現することは可能」と説明。これに納得できるかを聞いたところ,67.2%が「納得できない」と答え,どの世代でも「納得できる」は3割に満たなかった。

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 ◆-2 政府のコロナ対応「評価せず」8割

 政府の新型コロナ対策については「全く評価しない」(42.9%)と「あまり評価しない」(34.3%)を合わせると8割近くに。「大いに評価」(3.8%),「ある程度評価」(17.0%)は計2割程度にとどまった。

 ◆-3 内閣「不支持」64% 小池知事「評価」52%

 菅内閣を「支持する」と答えた人の割合は16.1%で,「支持しない」が64.4%だった。小池百合子知事については「大いに評価する」と「ある程度評価する」を合わせて52.8%となり,「あまり評価しない」と「全く評価しない」を合わせた43.2%を上回った。(引用終わり)

 以上,いくつかの世論調査の結果報告を介して,国民全体の次元および東京都民の次元における「五輪開催に関した人びとの反応」に,接してみた。いうまでもなく,五輪開催を引き受けたのは東京都である。

 こうした最近(5月,6月中)の世論調査の結果は,五輪の開催そのものについて明確に観てとれる特徴を教えている。すなわち,国民・都民たち側の立場は開催を認める場合であっても無観客での開催を望んでいる。

 調子のよい時だけはヤケに目立ちたがる小池百合子都知事は,最近,「なにもいえず動きもとれなくなった心理的状況」に追いこまれている。彼女のその沈黙に近い様相はさておき,日本政府側の菅 義偉首相は「自分は五輪の主催者でない」と逃げ口上を吐いていながら,それでいて不思議なことに,なにがなんでも「オレは〔五輪の開催に〕勝負したんだ」といきいんでいる。要は,日本国は「コロナ禍のもとでの五輪開催」に向かい突っ走りはじめた。

 口先では「安心,安全,ムニャムニャ……」といった空念仏ばかりを得意とするこの首相であるが,すでに厚生労働省ですら公表している予測,つまり「五輪の開催を予定する7月下旬ころ」までには,新型コロナウイルス感染が,新しく出現した「デルタ株」などの影響もあって急激に拡大すると予測されている事実など,そっちのけ。

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 上の2つの図表はすでに紹介したことがあるが,なによりもまず,この図表では線画の方法が奇妙かつ異様であった。なにがおかしい点であるかといえば,統計学を少しは勉強した人ならば歴然である。

 つまり,図表の上方が省略されている(切り落とされている)。絶対に省略してはいけない(そのありえない)部分をはしょっている。だから「奇妙かつ異様だ」と指摘している。コロナ禍の感染者数が7月下旬(五輪開催のころ)から,急激に・うなぎ登りに8月にかけて増加すると,この線図には表現(予測:警告!)されている。

 5) とくに小池百合子都知事に関していえる政治屋として行動の奇妙な異様さ」については,澤 章・稿「西新宿から『職員が死にそうだ』とうめき声が…… 元幹部職員が明かす,小池百合子が招いた東京都庁の悲惨な『緊急事態』」『時事通信』2021年06月15日,https://www.jiji.com/jc/bunshun?id=45897https://www.jiji.com/jc/bunshun?id=45897  がその実情を解説していた。この文章からは,ごく一部分の段落の紹介しかできないが,ともかく引用しておく。

 執筆者の澤 章は,東京都庁に30年以上勤め,知事のスピーチライター,人事課長を務めた元幹部である。澤は,築地の現状を提言し,2020年に刊行した『築地と豊洲 「市場移転問題」という名のブラックボックス開封する』株式会社都政新報社がきっかけで,都庁をクビになった。以下の引用は同書のほんの一部を抜粋である。
『ハダカの東京都庁』でも同様のことが繰り返されないことを願うばかりだ。

 同書内の見出しを拾ってみると,つぎのような文句が並んでいる。

 「五輪は道具,都知事は踏み台」  「小池マジックに惑わされるな」

 「築地跡地利用は唐突に」     「コロナ対策も政治的駆け引きの道具」

 「小池知事のコロナ対策を高く評価する人は皆無に等しい」

 記事の本文引用に戻ると,さらにこう書かれている。

 事実,築地跡地の利用は唐突に発表され,コロナ対策を所管する福祉保健局の上層部にもしらされていなかった。だから,事務方は大混乱である。築地市場跡地を接種会場とするためには,医療機関として保健所に届け出て登録する必要があるが,こうした手きはまったくできていない。ただただ,国との対抗意識に駆られた小池知事の露骨なスタンドプレーなのである。

 

 くわえて申し上げれば,そもそも築地跡地は五輪の車両基地として整備が進められている。ワクチン会場としての利用は6月末までだ。本当に付け焼き刃もいいところである。その代わりとして,今度は代々木公園のパブリックビューイング会場を活用すると小池知事はいい出した。会場設営のため公園の木々を伐採することへの批判と反対の声をかわそうとする姿勢がみえみえではないか。

 

 いま,この手の小池知事による生煮え・思いつき指示が雨あられと降りそそぎ,都庁職員は疲弊しきっている。西新宿からは「職員が死にそうだ……」とのうめき声しか聞こえてこない。都庁の「緊急事態」を招いたのが小池知事ご本人であることは,都庁職員なら誰もが認める周知の事実なのである。(中略)

 

 ことほどさように小池知事の場合,コロナ対策に自分ファーストをもちこむ度合いが尋常ではない。しかも,そうした自分本位の姿勢を巧妙にカムフラージュして世間を煙に巻こうとする悪い癖が抜けないのだ。

 以上,菅 義偉の問題につづけて(並んでいる?),小池百合子というこの政治屋が五輪に関して言動してきた記録を,批判的意識をもって指摘する関係者の記述を抜きだしててみた。

 さて,ここで話題を大きく変えてみる。基本点として注目したいのは,日本社会の問題として共通する特定の課題であった。

 すなわち,五輪に向けてかけてきた多大な「経費・組織・情報など」の諸努力は,この国際大運動会のための「打ち上げ花火的・しかけ花火的な一時だけの披露」に,いわばほとんどムダに費やされるだけである。しかし,いまのこの国にあっては,五輪のために浪費されている「予算・手間ひま・人材・組織」は,別途の目的にためにこそ充てられるべきものであった。

 

  きびしい時代状況のもとでは弱い立場に置かれている人びとにしわ寄せが集中する-『日本経済新聞』本日〔2021年6月21日〕朝刊17面「女性」の特集解説記事の紹介から-

 a) この日経「女性」欄に掲載された解説記事の見出しは,「未婚者の5割『雇用安定を』 本社調査 コロナ下,4割超が結婚に意欲」であるが,なにもコロナ禍の時期になってしまった2020年以降に限られた問題ではなく,以前よりすでに明確に浮上していた問題であった。

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 厚生労働省が発表した人口動態統計によると,2020年の婚姻数は前年比12.3%減の52万5490件となり,戦後最少を更新した。日本は結婚しないと子どもをもたない傾向があり,婚姻の減少や先送りは少子化の加速に響く

 コロナ禍の収束が見通せないなかでも結婚する人が増えるには,どんな支援が必要か。日本経済新聞社が未婚の男女千人に調査したところ「雇用の安定」「新婚家庭への金銭的支援」を求める声が上位となった。

 補注)いうまでもないところだが,日本政府の社会政策の基本姿勢は,この「雇用の安定」「新婚家庭への金銭的支援」「子ども世帯の支援」を進んではけっしてやらない。ここでは,非正規雇用の立場にある20歳台の若い夫婦がいると仮定して話をしよう。

 いまどきの日本社会のなかでは,とくに若い夫婦や同居する男女がともかく意欲的に子どもを儲けられる状況にはない。女性のほうが懐妊し,出産し,夫婦で子育てをする段には,現状における平均的な話題としては,この夫婦の経済生活は非常にきびしくなる。

 「既婚率の低下」⇒「初婚年齢の高齢化」⇒「絶対的な少子化傾向」といった昨今において深刻な社会問題は,この記事に添えられていた上の図表・図解のなかに記入されているとおりである。ところが,それが今後において改善するみこみはほとんどない。この種の問題に歯止めをかけ,そのうえでいくらかでも改善・向上させる期待は,残念なことに現状ではほとんどもてない。

 〔2021年〕4月以降も出生数は減り続けるとみられ,昨〔2020〕年度の85万3214人を下回り,年間80万人を切る可能性が出てきた。80万人割れは現在の統計を取りはじめた1899年以降初めてで,出生数が前年比25%減と激減した1966年の「丙午(ひのえうま)年」以降,最大の落ちこみになる。

 

 人口問題など未来予測の研究をしている経済産業研究所の藤 和彦コンサルティングフェローは,「女性は非正規雇用が多く,コロナ禍で解雇や雇い止めが増えたことも,ボディーブローのように効いてきている」。

 

 「ただ,出生数の激減はコロナをきっかけに,5倍,10倍の早さで顕在化したに過ぎず,もともと先送りしてきた問題だ。これをきっかけに,早急に超少子高齢化社会に備えた社会システムをつくるしかない」と話した。

 註記)「コロナで出生数激減 『産み控え』の先にあるべき社会は」asahi.com 2021年5月30日 8時00分,https://digital.asahi.com/articles/ASP5X5DBQP5WULEI00R.html

 補注)ここでの指摘・意見,つまり,コロナ禍「をきっかけに,早急に超少子高齢化社会に備えた社会システムをつくるしかない」点とは,「もともと先送りしてきたその社会問題」を徹底的に意識しなおす必要性,いいかえれば,コロナ禍の最中でこそ,ヨリいっそう深刻に理解されるべき「少子化問題の非常なる重要性」をあらためて教えている。

 「この年収で結婚できるのか」。埼玉県に住む30代の観光業の男性会社員は,そう話す。コロナ禍で会社の売り上げが減り,年収が4割近く下がった。月の手取りは十数万円だ。結婚願望は強く,子どももほしい。だが「共働きしたとしても,満足な子育てができるのだろうか」と不安が募るという。

 b) 日本経済新聞社は6月3~4日,インターネット調査会社のマイボイスコム(東京・千代田)を通じ,20~40代の未婚男女1000人に,結婚についての調査をおこなった。

 「コロナ禍でも婚姻数が増えるには,なにが必要だと思うか」という問い(複数回答)に対し,54.4%が職業訓練の充実や正社員化の促進など「雇用を安定させるための支援」と回答した。つぎに多かったのは「金銭的な支援(新婚家庭への資金支援,住居補助など)」(42%)だった。

 東京都在住の32歳の男性は「給与が減る一方で税金の負担が重く,家庭や子どもまで考える余裕がない」と回答。他にも「男性の正社員雇用の増加が必要」(32歳女性)などの声が寄せられた。

 育休や時短勤務など「男女ともに家庭と仕事が両立できる職場の制度づくり」(34.9%),「長時間労働の是正や休みをとりやすくするなど,働き方改革」(32.8%)も多くの人が必要と訴えた。

 足元での結婚への意欲はどうか。昨〔2020〕年から今〔2021〕年にかけて結婚願望に「変化があった」のは全体の13%。「コロナ禍で結婚願望がでてきた(強まった)」(7.4%)人が,「コロナ禍で結婚願望がなくなった(弱まった)」(5.6%)人を上回った。

 結婚願望が出てきた理由(複数回答)として最も多かったのは「2人のほうが健康面で何かあったときに安心」(48.6%)。一方で願望がなくなった理由は「コロナの影響で収入が減り,結婚して生活していけるか経済的に不安になった」(39.3%)が最多だった。特に男性では47.4%が経済的不安を挙げた。

 結婚願望に変化はない,と答えたのは86.8%。そのうちもともと結婚願望がある人は36.5%,ない人は50.3%だった。もともと結婚願望がある人と,願望が出てきた人を合計すると43.9%で,コロナの感染拡大という状況下でも,未婚者の4割超は足元で結婚への意欲をもっていることが分かった。

 「このまま結婚も出産もしない人生はいやだ」。関東地方に住む臨床検査技師の女性(28歳)はそう話す。外出自粛で将来のことを考える時間が増え,強くそう思うようになったという。自由回答でも「家族以外と会える機会が格段に減り,寂しさを埋める存在が欲しくなった」(24歳女性)などの声が寄せられた。

 2020年は出生数も84万832人と過去最少になった。今回の調査では「子育ての費用を国に援助してほしい」(22歳男性),「教育費は無料にできないか」(28歳男性)など,結婚後の子育てを見据えた要望も目立った。 

 c) 昨〔2020年〕春の感染拡大以降,交際相手がいた219人への質問では,コロナ禍の影響で結婚を「先延ばしにした」「やめた」人は10.5%だった。中央大学文学部の山田昌弘教授(家族社会学)は「背景には健康不安と経済不安がある。健康不安はコロナ禍が落ち着けば減るだろうが,経済不安は支援などを充実させないと解消されない」と指摘する。

 調査では出会いについても聞いた。コロナ感染拡大以降,交際相手がいなかった人のうち「出会いは求めていない」人を除いた449人に聞いた結果では,37%が「コロナの影響で出会いが減った」と答えた。具体的には「飲み会が減った」「在宅勤務で,仕事を通じた出会いがなくなった」「婚活イベントが相次いで中止に」などが挙がった。

 「20代の貴重な時間をコロナで無駄にした」。東京都内に住む会社員の女性(29歳)は焦りをにじませる。マッチングアプリに登録し出会いを探すが,感染リスクを考え,対面には至っていないという。「コロナが収まるまでは婚活どころではない。若い世代にも早くワクチン接種を進め,安心して人と会えるようにしてほしい」と訴えていた。(引用終わり)

 少子化の原因の足元のその遠くには高齢化社会という構造的要因が控えていた。けれども,現状における少子化の様相は,遠心力が強く働くかたちで加速され進行中であった。そこへコロナ禍が襲来した。

 まずいことに「男女の出会い機会,結婚(同居),出産,育児」が必要だったり,一生懸命にやってもらいたい人たちの気分を,逆に諦観的に落ちこませるほかない「経済社会の仕組」が,自民党政権のもとではなんら改善されることもないまま,10年周期ごとに本格化するばかりであった。

 要は,21世紀におけるいままでのような政治状況のなかで,ただひとつ「2020東京オリンピックの開催」にわざわざこだわりつづけてきた「安倍晋三⇒菅 義偉」の自民党政権は,どのようにいいわけをしようとも,この国家を「人口統計」面において確実に衰退・滅亡へと向かわせてきた。

 いまごろ,貧乏人の一点豪華主義かしらぬが,営利のための「商業五輪を開催したところ」で,そのあとのこの国と都は,どうなるというのか? 国民・市民・庶民たちの日常生活にはたいして役にも立たない競技関連の箱物施設が,あちこちにポツン,ポツンと残されるだけである。もしかすると事後,その種の施設が廃墟となって取り残されるかもしれない。過去において五輪を開催してきた諸国がすでにその証拠を提供してきた。

 五輪を開催などしたがために,われわれの生活の水準や環境がなにも変わらないどころか,いままで以上に劣化していく今後を覚悟しておく必要がある。つづいては,つぎの最近の記事を紹介しておくが,この内容をよく読むとなれば,背筋が寒くなってもおかしくないはずである。この指摘を,もしかしたら,菅 義偉が首相の立場に就いていながらなんとも感じていないとすれば,この国はすでに没収試合も同然……。

    ★ 2020年の出生数,統計史上最小84万832人…出生率も低下し1.34 ★
 =『ReseMom』2021.6.7 12:15,https://resemom.jp/article/2021/06/07/62123.html

 

 2020年の出生数は,1899年の調査開始以来もっとも少ない84万832人。前年,過去最小となった86万5239人からさらに2万4407人減り,5年連続で減少している。

 

 出生数を母の年齢(5歳階級)別にみると,45歳以上で前年より27人増加したものの,44歳以下の各階級では前年より減少。とくに30~34歳の出生数の減少幅がもっとも大きく,前年より9148人減少した。第1子出生時の母の平均年齢は,2015年から6年連続で30.7歳。

 

 調査年次の15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもので,1人の女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子供の数に相当する「合計特殊出生率」は1.34で,前年の1.36から0.02ポイント低下。母の年齢(5歳階級)別にみると,もっとも合計特殊出生率が高いのは30~34歳で,40~44歳,45~49歳においてもわずかながら出生率が前年より増加した。

 補注)この合計特殊出生率じたいに関連した「出産年齢階級そのものの〈高齢化〉」には,断わるまでもなく,もとより限界があった。それでもともかく,この傾向をできるかぎり逆方向に変換させるためには,抜本的な,それも国家規模での努力集中が不可欠である。合計特殊出生率の最多値が記録される年齢階級が,できるかぎり20歳〔前半〕台にまで「戻る」ことを期待するのは,いまのところほとんど不可能である。

 

 合計特殊出生率都道府県別にみると,「沖縄県」1.86がもっとも高く,ついで「島根県」1.69,「宮崎県」1.68,「長崎県」1.64,「鹿児島県」1.63が続いた。一方,もっとも低かったのは「東京都」1.13で,「北海道」1.21,「宮城県」1.21,「京都府」1.22,「神奈川県」1.25などが低かった。

 

 死亡数は137万2648人で,前年の138万1093人より8445人減少。死亡率は11.1で,前年の11.2より低下した。出生数と死亡数の差である自然増減数は53万1816人で,前年より1万5962人減少。自然増減率は4.3で,前年より0.1ポイント低下し,数・率ともに14年連続で減少かつ低下している。 なお,死因別にみたさいの「肺炎」は7万8445人で,前年より1万7073人減少。そのうち新型コロナウイルス感染症による死亡は3466人であった。

 

 婚姻件数は52万5490組で,前年より7万3517組〔率では12.3%〕減少。平均初婚年齢は,夫31.0歳,妻29.4歳でともに前年より0.2歳低下している。一方,離婚件数も前年より1万5245組減少し,19万3251組となった。

 一時だけ開催される「五輪貴族たちの商業的な国際大運動会」のために,膨大な国家予算・都予算・企業予算などが調達され執行されている。しかも,それでいて大衆に対しては,うわっつらだけの〈感動詐欺〉が与えられるだけである。それらの予算を無駄に費やすだけである五輪の開催に比較すれば,少子高齢社会の根本構造を少しでも改善・向上させるための努力傾注のほうが,21世紀における今後の日本にとってどれほど有益であるか特別な説明は要しない。

【参考記事】

 「宮本亞門さん『私が一番心配なのは国民の心が折れること』 私が東京五輪に断固反対する理由」『日刊ゲンダイ』2021/06/20,https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/290718 から


 私がIOCや五輪関係者への疑問をもちはじめたのは,2016年,リオ五輪にいったときです。航空機のエコノミー席の周りには,五輪の選手たちが鍛え上げた大きな体を小さく縮め,リクライニングを倒すこともなく座っていた。

 

 ところが,トイレへいこうと近くのビジネスクラスのカーテンを開けると,そこは大宴会場。選手の雰囲気とはかけ離れ,背広を着たIOCや関係者がワインボトルをいくつも開け盛り上がっていた。

 これは初めていいますが,東京の招致決定後,あるトップの方とお会いした時,招致が決まった会場で,裏でいかに大金の現金を札束で渡して招致を決めたか,自慢げに話してくれたのです。驚いた私は「それ本当の話ですか?」といったら笑われました。

 

 「亞門ちゃん若いね。そんなド正直な考え方で世の中は成り立ってないよ」。

 

 それからです,透明性のない現実の恐ろしさをしったのは。お金や利権の場所に集まる人はいます。でも,五輪は美辞麗句を盾にした,生半可じゃない利権だらけの集合体だったのです。

 

 途上国に対する対応や,反対意見を聞かない独裁的な判断。IOCこそが選手を守るべきはずなのに,選手も不安を感じながら,コロナ禍の強引なルールできびしく取り締まられる。

 

 もう一度,いいます。なぜコロナ禍のいま,五輪をおこなわれなくてはならないのですか?

 

 コロナによって亡くされたご家族の思いは,1人でも同じような悲しみを味わって欲しくないはずです。この世界中が苦しんだコロナ禍の一年,われわれはなにを学んできたのでしょう?

 

 僕は,どんな宣誓がおこなわれようと,誰が金メダルを取ろうと,なにも感じないと思います。それがとても残念です。 

 ところで,小池百合子都知事は「五輪を中止する決断」をしないのか? 五輪の開催など,21世紀の歴史のなかでは一瞬の出来事でしかない。少子高齢社会の問題は,これからも継続していく切実性を有している。どちらがどのくらい大事かと問われるまでもない,つまり比較する余地もないくらいに「明白な課題」が目の前にあるではないか。

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靖国神社問題小考,敗戦して賊軍神社になりはて,その後も存続してきた歴史

             (2014年1月20日,更新 2021年6月20日

 

 靖国神社 の宗教的欺瞞性のおどろおどろしさ

 大東亜・太平洋戦争に完敗した旧・大日本帝国であったが,常時「官軍」として勝利を前提する帝国陸海軍であったゆえ,戦死などした将兵などを祭祀するための「国家神道式になる靖国神社」を建立していて,この宗教施設を軍人たちを督励するために活用していた。しかし,第2次大戦終結日帝の完敗を結果させていたゆえ,この靖国神社の宗教的な役目が質的に特定の変化を余儀なくされていた。

 「戦争を前提する神社」であり「勝利のための神社」であった靖国神社は,日帝の敗北によって,その存在理由を喪失させられた。遺骨(肉体)からその御霊を取り出したと観念される〈死霊〉たちを集めては,これを英霊として祭壇に祀るかたちで,九段下のこの神社の墓守をしつつ,さらには1945年8月の「敗北」という事実にもめげずに,督戦神社であった〈宗教的な意味〉を墨守しようとしてきた。

 もっとも,最近における靖国神社はその存在意義を根幹から揺すぶられる事態を,みずから提供してきた。とくに2018年になると,靖国神社内で発生した組織軋轢が,日本社会のなかで話題になっていた。この付近の論点をめぐり,しばらく記述していきたい。

 ここでとくに注目するのは,過去2~3年,靖国神社に関して発生していた騒動である。つぎに引照する2つの記事を材料に使い,関連して浮上する論点をあれこれ拾いながら,本ブログ筆者なりに批評してみたい。

 

 1)靖国神社宮司緊急搬送で『トップ不在例大祭』異常事態」『NEWSポストセブン』2020.09.21 16:00,https://www.news-postseven.com/archives/20200921_1596724.html(元記事『週刊ポスト』2020年10月2日号)

 靖国神社宮司が倒れた--,そんな情報が神社界を駆けめぐったのは〔2020年〕9月初旬のことだった。「宮司の山口建史氏(72歳)が,8月31日に自宅で転倒して頸髄を損傷したとの情報です。山口氏は緊急搬送されたが,手足にしびれが残っていると聞きました」(ある神主)。

 靖国神社社務所に尋ねると,山口氏の負傷の事実を認め,「宮司は現在,入院,加療中です。社務復帰に向けた静養をしております」と回答した。靖国神社宮司は2代続けて定年を前に退任しており,「山口氏も続いてしまわないか」と心配されているという。

 山口氏の前任・小堀邦夫氏は,天皇(現・上皇)への“不敬発言”により2018年10月に辞任。その前任の徳川康久氏も,定年前の2018年2月に退任に追いこまれた。

 「山口氏はそんな靖国神社を立て直そうと熱心に職務に打ちこみ,参拝者からは『誠実な宮司さんだ』と評判がよかった。しかし,10月におこななわれる靖国の重要行事・秋季例大祭までに,山口氏の体調が十分に回復しない可能性もある。もし不在のまま例大祭が実施されれば,山口氏の進退に関わる」(前出の神主)。

 『宗教問題』編集長の小川寛大氏が後任人事のむずかしさを指摘する。

 「靖国神社は格式を重んじるため,戦後は旧華族宮司に招き,靖国内からは就任しない例が多かったが,徳川氏の退任以降,旧華族とは距離ができている。山口氏は靖国出身だったが,内部からの就任はふさわしくないとする声も多い。そこで手っ取り早いのは神社本庁から人を送ってもらう手段ですが,靖国神社本庁に加盟しておらず,独立性を損なう可能性もあるため,反対意見も根強い」。

 3代連続の “途中離脱” となれば,創立151年目にして最大のピンチになりそうだ。(引用終わり)

 靖国神社の歴代宮司は,つぎの氏名である。在任期間に関する「月・単位の計上」については,ほぼ四捨五入的に計算した。

 第1代宮司・青山 清 1879〔明治12〕年6月16日-1891〔明治24〕年2月6日(在職中に死去),在任期間 21年8カ月
 第2代宮司・賀茂水穂 1891〔明治24〕年2月17日-1909〔明治42〕年4月28日,在任期間18年2カ月
 第3代宮司・賀茂百樹 1909〔明治42〕年3月29日-1938〔昭和13〕年4月21日,在任期間29年1カ月

 

 第4代宮司・鈴木孝雄 1938〔昭和13〕年4月21日-1946〔昭和21〕年1月17日,在任期間7年9カ月
 第5代宮司筑波藤麿 1946〔昭和21〕年1月25日-1978〔昭和53〕年3月20日(在職中に死去),在任期間33年2カ月
 第6代宮司松平永芳 1978〔昭和53〕年7月1日-1992〔平成4〕年3月31日,在任期間13年9カ月

 

 第7代宮司・大野俊康 1992〔平成4〕年4月1日-1997〔平成9〕年5月20日,在任期間5年1カ月
 第8代宮司・湯澤 貞 1997〔平成9〕年5月21日-2004〔平成16〕年9月10日,在任期間7年4カ月
 第9代宮司・南部利昭 2004〔平成16〕年9月11日-2009〔平成21〕年1月7日(在職中に死去),在任期間4年4カ月

 

 第10代宮司・京極高晴 2009〔平成21〕年6月15日-2013〔平成25〕年1月19日,在任期間3年5カ月
 第11代宮司・徳川康久 2013〔平成25〕年1月19日-2018〔平成30〕年2月28日,在任期間5年1カ月
 第12代宮司・小堀邦夫 2018〔平成30〕年3月1日-2018〔平成30〕年10月31日,在任期間8カ月

 

 第13代宮司・山口建史 2018〔平成30〕年11月1日- (在任期間は2021年6月20日までで,2年8カ月

 以上,靖国神社宮司が在任してきた期間は長いものが多い。だが,最近になっては短い期間で退任する人物がめだっていた。徳川泰久と小堀邦夫はいずれも,「問題にされた発言」が原因となって宮司の地位から去っていた。靖国宮司には華族(旧)が就くウンヌンの話題も出ていた。

 さて,靖国神社宮司には旧華族が就いていたという事実を耳にすると,こういう事実も思い起こす。2017年7月の新聞には「小松揮世久氏が神宮大宮司に」という見出しの報道があった(ここでは『毎日新聞』2017/7/3 22:11,https://mainichi.jp/articles/20170704/k00/00m/040/097000c)。

 伊勢神宮三重県伊勢市)は〔2017年7月〕3日付で,神宮大宮司の鷹司尚武(たかつかさ・なおたけ)氏(72歳)が退任し,後任に小松揮世久(きよひさ)氏(67歳)が就任したと発表した。

 伊勢神宮の神官は祭主と宮司が置かれているが,前者の祭主は,皇族関係者と摂家(せっけ)の,鎌倉時代中期に成立したとされ,藤原氏嫡流で公家の家格の頂点に立った5家「近衛家鷹司家九条家二条家一条家」出身者が就いている。現在の祭主は,令和の天皇実妹黒田清子である。

 伊勢神宮に比較して靖国神社宮司は,その格が下だという解釈ができるとすれば,この点については,「伊勢神宮靖国神社の歴史的な由来」がその相違点にかかわる根拠を提示している。とはいえ,靖国神社はもともと「死霊神社」であった。ただ,途中からは「督戦・勝利用の神社」となり,現在は「敗戦神社(国際政治関係的には「賊軍神社」)にまで変転しつくす,といったごとき波瀾万丈を経てきた。

 靖国神社が1978年10月17日,当時の宮司松平永芳の采配によって「A級戦犯を合祀した」。この出来事を契機に,昭和天皇〔の代から〕は天皇たちがこの神社に参拝にいかなくなった。この天皇家側による対応は,それなりに十二分の理由・事情になっていた。

 以上,2020年におけるある記事を材料にして論じた話題であった。その2年前の2018年は,靖国神社側にとってみれば,その実在基盤の〈歴史的な源泉〉にかかわる重要問題が発生していた。その問題は,つぎの 2)の記述でのように登場していた。

 

 2)「〈伊藤博敏「その裏に迫る」〉安倍政権の巨大支持組織・神社本庁で内紛激化…靖国神社天皇批判発言で異常事態」『BUSINESS INSIDER』2018.11.07 20:00 https://biz-journal.jp/2018/11/post_25428.html(元記事,https://biz-journal.jp/2018/11/post_25428.html

 ※-1 問題の発生

 来春〔2019年4月末日のこと〕,今上〔明仁天皇が退位し,皇太子〔徳仁〕が新天皇に即位する「御代(みよ)替わり」がおこなわれる。憲政史上初めての退位だけに,政府は皇室の伝統と象徴天皇制のあり方に留意しつつ,各種儀式を執りおこなう方針だ。

 こうした諸行事を草の根からお祝いして,国民に皇室の伝統を伝え,退位と即位をつつがなく迎える役割の神社界がいま〔は,2018年秋の話題であったが〕,揺れている。神社本庁は総長が「辞任発言」をして迷走,靖国神社は「不敬発言」で宮司(ぐうじ)が交代,わずか1年の間に3人の宮司をいただく異常事態となっている。

 全国8万の神社を傘下に置く神社本庁と,本庁に属さない単立の宗教法人として国家のために戦った戦没者を慰霊顕彰する靖国神社の混乱は,明治以降150年の歴史のなか,国家神道の担い手だった戦前と,一宗教法人として出発した戦後が,ほぼ同じ年月を刻む過程で,「国家の呪縛」から抜け出す時期を迎えたことを意味する。

 安倍晋三政権が長期化し,日本社会の保守化が進むなかで,戦前への回帰を根底に秘めた日本会議が注目を集めるようになった。その中核に位置するのが神社本庁であり,傘下政治団体神道政治連盟だった。宗教団体をはじめとする保守勢力の国民運動を推進するのが日本会議だが,手足となる人員や拠点を自前でもっているわけではない。

 47都道府県に「神社庁」という組織があり,2万人の神職で8万の神社を包括する神社本庁の体制は,草の根国民運動の担い手に相応しい。8年目を迎えて支配体制を強固にする田中恆清総長は日本会議副会長であり,その右腕の打田文博神政連会長とともに安倍保守政権を支えてきた。

 補注)「神社本庁の体制は,草の根国民運動の担い手に相応しい」という形容は,二重の意味で誤謬を含む。第1は神社本庁の基本体質そのものが民主主義とは縁遠いし,第2に神道関連の宗教組織に対してじかに民主主義を添えて議論する方法じたいに違和感があった。

 その象徴が,2016年の初詣に各神社に憲法改正署名活動のためのブースを設けさせていたことだろう。「憲法改正1000万人署名活動」の一環であり,神社本庁の立ち位置を明確にした。

 だが,そもそも神道が国家と明確に結びつき,天皇を中心とした支配体制の一翼を担うのは明治維新以降のことであり,本来は祖霊信仰,「祭り」をはじめとする地域コミュニティの場であり,八百万の神を祀る融通無碍の宗教だった。

 「氏子には共産党の信奉者だっているわけだし,改憲署名を強制するような支配体制は馴染まない。なのに,田中総長と打田神政連会長のコンビは,田中総長が副総長時代の2004年ころから神社本庁に強権支配体制を築いた」(有力神社の宮司)。

 その矛盾と不満が一気に噴き出したのが,田中・打田体制と親しい特定業者への宿舎の安値処分に異議を唱えた幹部職員をクビにしたときであり,「反田中派」が結成され,役員会などで田中批判が展開されるようになった。神社本庁内部と有力理事を押さえ支配体制が揺らぐことはなかったものの,田中総長に対する不満が鬱積するようになった。

 ※-2 「御代替わり」に影響も

 それが表面化したのが,〔2018年〕9月11日の役員会。「クビにした幹部と和解したらどうか」と勧められてキレて,「今日限りで総長を退任する」と思わず口走った。ところが前言を翻し,10月3日には長老や顧問を招いた役員会を開催,「続投宣言」をして周囲を呆れさせた。

 なかでも開き直りに反発したのが,神社本庁の象徴的存在の鷹司尚武統理で,「今日の会議で(退任の意思が)覆されたのは,私は気持ちが悪い」といい,「自分がいったことには責任をもってほしい」と,辞任勧告に等しい発言をした。これを受けて,全国から評議員が集まる10月23日の評議員会では,「退任に追いこまれるのではないか」という観測も流れた。

 だが,田中総長は居直りの覚悟を固めており,解任につながる「勧告決議」が出されたものの,「評議員会で話し合われる問題ではない」と一蹴。そのうえで,「動議は私にとって屈辱。140名を超える評議員の前で辱めを受けた」と恨みを口にした。

 おそらく来〔2019〕年6月の任期満了まで,田中総長は意地でも辞めない。それどころか4期12年という異例の長期政権を画策する可能性もある。人事権を握って神社本庁を掌握する田中氏にとって,それは可能かもしれない。各界に人脈がある打田氏のサポートもある。しかし,それでは反田中派はますます離反,統理の信頼をえないまま「御代替わり」の各種行事に,神社本庁としてのスムーズな対応ができなくなる。

 ※-3 靖国神社,舌禍発言騒動

 靖国神社の迷走も,「時の流れ」がもたらした。徳川家末裔の徳川康久氏は,2013年に第11代宮司に就任。以降,「みたままつり」から屋台を締め出すなど積極的な改革に踏み切ってきたが,行き過ぎて物議を醸したのが,明治政府に反抗して戦った会津など賊軍の合祀を口にしたことだった。徳川氏の出自もあって,「靖国の存立基盤を否定する発言」と猛反発を受け,退任を迫られた。

 ※-4 神社本庁靖国神社で起きている混乱の原因

 その後を受けたのが,伊勢神宮で大宮司少宮司を補佐する禰宜(ねぎ)に就いていた小堀邦夫氏である。が,小堀宮司も舌禍発言で退任を余儀なくされる。

 今〔2018〕年6月におこなわれた教学上の問題を検討する最初の会議で,天皇サイパンパラオ,フィリピンと続いた「慰霊の旅」について触れ,「そこに御霊はないだろう? 遺骨はあっても。違う?」と述べ,暗に靖国に参拝しない天皇を批判。

 このまま参拝がなければ,「いまの皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか?」と懸念,それが「今上天皇は,靖国神社を潰そうとしている」という衝撃発言につながった。

 補注)この靖国神社宮司(最高責任者)を務める人物が,この程度の靖国神社じたいに関する認識しかないこと,いいかえれば,昭和天皇が1975年11月21日を最後にして,なぜ靖国に参拝にいかなくなったかという理由・事情を理解できないことについては,驚愕させられた。

 つまり,昭和天皇がなぜ,靖国神社に参拝(親拝)しなくなったかというその真因は,靖国の死霊信仰に深くかかわる国家神道式の思考方式(信仰の特性)にあったわけだが,この論点にまつわる理解心が小堀邦夫には完全に欠落していた。例の『富田メモ』の解釈についても,小堀は関心すらなかったのかと推理したくなる。

 その『富田メモ』とは,『日本経済新聞』が2006〔平成18〕年7月20日朝刊1面冒頭を充てて報道したニュースであった。

 それは,元宮内庁長官富田朝彦がつけていたとされるメモ(手帳14冊・日記帳13冊・計27冊)のなかに,「昭和天皇靖国神社参拝に関する発言」が記述されていた部分をとりあげ,昭和天皇がとくに,第2次世界大戦のA級戦犯靖国神社への合祀に対して強い不快感を示した,とされる内容が注目された。なお,メモ全体の公刊や一般への公開はされていない。

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 要は,「勝利のための督戦神社」である「靖国神社」が,敗戦を契機に「賊軍神社」に転落していたという,それも国際政治としての世界全体の枠組のなかでみれば,A級戦犯とはひとまず無縁であったはずのこの神社のなかに,「敗戦=賊軍」という “歴史的に触れたくない意味あい” をもちこむほかなかったその「A級戦犯の合祀」は,昭和天皇の立場からすると “戦慄すべき事態” の到来になっていた。

 どういうことか? 東京裁判極東国際軍事裁判)は天皇を免罪しておいた。その代わりに断罪されたのが,東條英機A級戦犯であった。死刑判決を受けた東條らのその死刑執行は,1948〔昭和23〕年12月23日(時の皇太子・明仁が15歳の誕生日)に執行されていた。

 そのA級戦犯靖国神社に合祀されたのだから,昭和天皇がこの神社に出向き,親拝し,2百数十万人台にも膨らんでいた「無数ともいえそうな英霊」に向かい,祭祀を執りおこなう神道的な宗教行為は,昭和天皇の立場にとってはガマンならない状況をもたらす。『富田メモ』のなかには「昭和天皇のその気持」が正直に記録されていた。


〔記事に戻る→〕 2018年10月8日,この発言〔平成天皇批判の件〕を報じた『週刊ポスト』(小学館)が発売されると,1週間も経たずに〔小堀邦夫〕退任の意向が表明され,10月26日の総代会で後任が “徳川時代” にナンバー2の権宮司(ごんぐうじ)だった山口建史氏に決まった。「右翼思想の人で,そちらに幅広い人脈をもっているが,2代続けて舌禍発言でクビになっており,可もなく不可もない運営に徹するだろう」(有力神社神職)と予測する。

 A級戦犯の合祀以来,昭和天皇は1975年を最後に参拝を見送り,今上天皇もそれに倣うなど,小堀氏の指摘のように,靖国天皇家から距離を置かれているのは事実だ。遺族会は高齢化,政治家の公式参拝も進んでおらず,「靖国を支える人」が少なくなっている。そうした歴史に埋没しそうな靖国を甦らせようとして足元をすくわれた感があるのが徳川,小堀の両宮司だった。明治も昭和も遠くなりつつある。

 神社本庁靖国神社で起きている混乱は,突出した人間たちが巻き起こす悲喜劇ではあるが,底流にあるのは神社,神道靖国とはなにかの本質的論義を深める時期にきていることへの認識が,神社本庁幹部や単立の有力神社宮司らに欠けていることだろう。

 補注)靖国神社もそうであるが,神社本庁は宗教関係の組織・団体であるよりは,宗教という上っ張りだけを羽織っただけの,いわばただの政治結社もどきの宗教的な社会集団であった。この宗教集団もどきが政治に走りすぎる時は,その宗教性をゆがめるだけでなく,その本来の使命からは離れた行動特性を発露しだすのがつねであった。

 天皇の「御代替わり」に神社界は存在感を示し,国民の信頼と親しみを取り戻し,素朴な信仰をつなぎ止めることができるのか。残された時間は短い。早急に,新しい体制で立て直しを図る時期にきている。(引用終わり)

 最後にいわれていたその「素朴な信仰」とは,いったいなにか? この指摘でもって,靖国神社「本質」の理解に資することができるか? 以上の記事を書いたジャーナリスト伊藤博敏は,その素朴な信仰「心」が靖国信仰(ただし「明治謹製」のそれ)をも包摂する事実を踏まえているのか,疑問があった。

 「素朴な信仰」=神道の信心だとはいっても,靖国信仰も含めた広角的な理解や議論にしないことには,日本の神道全体に対する包括的・有機的な概念把握を欠いた分析や検討に終始するほかなくなる。

 ここからこの記述全体の本論に入る。「靖国神社問題」を考究するには「敗戦した賊軍神社の意味」を,その裏面に張りついた論点として設定しておく必要があった。ここではまず,「靖国」論そのものの自己閉塞性に注目する点を断わってもおいたうえで,その「なにを・どのように・論じるのか」という点にこだわる論述としたい。

                                                 
 「〈歴史認識の根っこ〉対立生む『国家神道』,靖国問題 見過ごされる国内問題の側面」『朝日新聞』2014年1月20日夕刊

 1) 靖国神社は「国内」では官軍神社であるとの錯覚,
        「国内および国際」の双方では賊軍神社であるという認識
    -「敗戦の将,兵を語らず」に反するこの神社の世俗的即物性-
    -「誰がために靖国はあるのか?」-

 昨日〔2014年1月20日〕,上智大学教授の島薗 進が『朝日新聞』夕刊に,この  1)  の「『題名』の論説」を寄稿していた。インタービュー記事ではあるが,語りの記事が陥りがちな冗長さはなく,論説の体裁によく意見がまとめられている。

 以下の引照においては,アルファベットを付した文章は新聞社側の質問設定であり, の以下の文章が島薗 進の主張:議論である。それにつづいて「議論1・2・3 ~ 」という項目を立てて,本ブログ筆者の論及がなされている。なお「しまぞの・すすむ」は1948年生まれ,近代日本宗教史専攻,著書に『国家神道と日本人』岩波新書,2010年などがある。

 2) 本論「〈歴史認識の根っこ:1〉靖国問題,対立生む『国家神道

 a) 宗教学の観点から,最近の靖国問題をどうみるか。

 -1 首相らの靖国神社への参拝は,信教の自由や政教分離をめぐる国内の問題として長らく議論されてきた。それが中国や韓国からの反発という国際問題になった。このため日本にとって正当であるはずの参拝が外国の反対でできなくなっているという印象が作り出され,本来の国内問題の側面が見過ごされている。

 「議論:1」 ここで「日本にとって正当」だということに関しては「そうあるはずだ論」が問題になる。敗戦直後の日本では,将兵だけで約210万もの死者:犠牲者を出した戦争の,国家神道的な「後始末」(→合祀のこと)を,靖国神社が戦前・戦中とまったく同じ方式で,

 つまり国家神道の宗教精神でもって「英霊として合祀する」という行為を,当時,敗戦後的にあらためて問題になりはじめていた「政教分離の原則問題」の隙間をすり抜けるようにして,おこなってきた。昭和天皇は敗戦直後,駆けこみ的な靖国参拝を,そのときはGHQの顔色をうかがいながら,それこそ抜け駆け的に実行してもいた。

 しかし「戦争の敗北(大日本帝国側の完敗体験)」は,この靖国神社を完璧に〈不要の施設〉にしていた。というのは,これは筆者の持論であり分析であり主張であるが,明治になってから創建された「戦争神社=勝利神社」である〔=「勝たせなければ」ならない〕基本性格の靖国神社が,「敗戦後」も存続しているという点からして,まずもって「大矛盾を露顕」させていた。敗戦という歴史の事実は,この神社を根底から瓦解させたのである。

 大日本帝国日露戦争のとき,ロシア艦隊との〈日本海海戦〉に挑んでZ旗(写真)をかかげた。その意味は「皇国ノ興廃,コノ一戦ニ在リ,各員一層奮励努力セヨ」,つまり「この戦いに敗れれば後がないという意味」であった。

 ところが,大東亜〔太平洋〕戦争の結果,広島・長崎に原爆を投下され「戦争に負けていた」ときには,この出来事=敗北を無視したかたちで,戦争勝利のための「靖国神社」を,敗戦後もそのまま残置させていた。この敗戦後的な現実問題の出発じたいが,そもそもの大きな過ちであった。こうした歴史認識がなければ,靖国神社に関する議論はその出発点からして不全であり,土台の準備ができていないといわざるをえない。 

 大日本帝国将兵が生前に靖国神社に参拝にいかされたとき,まさか「自分が動員された戦争に敗けるために」,この神社に参拝しにいったと思っていた者はいなかったはずである〔と考えて間違いはあるまい〕。

 「御国の戦争勝利のために〈鴻毛よりも軽い自分の生命〉を,天皇陛下のために捧げる覚悟で死を迎える」ことを意識していたとしても,まさか自分の死が敗戦にしかつながっていなかったとすれば,これは靖国神社に英霊としてお前たちを合祀してあげるといわれていたところで,結局「国家の側は約束違反」を犯していたことになる。

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 負けた戦争で英霊として合祀されて「尊い生命を国に捧げた」といわれるよりも,つまり「生きて虜囚の辱めを受くるなかれ」という破目になるよりも,戦後までうまく生きのびていったほうが,よほどましなその後の人生になっていたというほかない(多分……)。

 妻や両親やその他の家族も,兵士となって戦場に駆り出された夫や子などが生きて還ってくれたほうが,「天皇陛下のために死ぬこと」よりも,どのくらいうれしいか。この手の話は五万〔という以上〕に山ほどある。敗戦後の日本がどのような「国敗れて山河あり」の状態になっていたとしても,そういえた〈はず〉である。とりわけ将兵の母親たちの圧倒的な大部分は,本心ではそのように堅く思っていた〈はず〉である。

 自分の腹を痛めて生んで育てた子どもが死んで悲しまない母親などいない。昭和天皇の兄弟(実弟)は3名いて,皆,大日本帝国陸海軍の高級将校であった。貞明皇后(母親)は当時,日本の〈軍国の母〉の代表格といってよかったが,戦争で死んだ息子は1人もいない。戦時期の日本社会において,徴兵される〔軍隊にいくべき義務のあった〕年齢の息子が4人いて,戦争で1人も生命をとられなかったという家庭(世帯)は,稀有であるかもしくは絶無であるかであったはずである。

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 大日本帝国の歴史を回顧すればよい。どうみたところで「勝ってナンボの戦争」であることは,戦争をやる国はどこでもそう思いこんで,戦争を「オッパジメテいる」。このことは,間違いのない「戦争と平和」に関する理解である。「自国の平和のために他国に戦争をしかける」こともよくある。

 日本の場合,日清戦争で日本は大勝し,清から莫大な賠償金をとりたて,国中が沸き立った。日露戦争も勝ったはずであったけれども,ロシアから分捕ることができたものは,樺太の南半分と満洲における利権ぐらいで,軍人の生命をたくさんこの戦争で殺された庶民の立場からは「不満がいっぱい」の戦争あった。そのためにこの戦争後,東京市内では〈日比谷焼き討ち事件〉をともなう暴動事件が起きたのであった。

 日露戦争がはたして,本当に勝った戦争だったのか判らないくらい,ぱっとしない結果(戦果)であった。英米の仲裁が入って,この戦争は決着をつけられていた。ロシア側は負けたとは思っていなかった。そのあとにもつづく第1次大戦はほんの少しだけ参戦し,中国の青島や太平洋地域にそれまでドイツが保有していた領土を手に入れた。

 さて第2次大戦時,日本の場合は国民が『醜の御楯』となるために(もちろん天皇のための楯であるから,国家のため・家族のためとはいっておらず,ひたすら「陛下のため」をいっていたことば),将兵たちは戦争の現場に送られ,自分の生命をこの天皇陛下大東亜戦争であれば昭和天皇)に捧げたのである。

 ところがである,この天皇陛下天皇裕仁〕さん,1945年8月に戦争の負けが決まったあと,どう行動していたか。ポツダム宣言を受け入れたのは,日本という「国体は護持され」「天皇家も根絶やしにされることもなく生き延びることが」ができることが,事前になんとか保障される見通しがついていたからである。

 彼だけは東京裁判に出廷しないで済まされ,その身代わりのかっこうでA級戦犯となった東條英機らは死刑台に送られ,絞首刑に処されていた。「敗戦後の日本国」おける昭和天皇の足跡は,昭和20年代の中期まではかなり苦しい国内外の政治・経済環境のなかに置かれていたことを教えている。そうであったとはいえ彼は,当時においても大筋では,なんとか天皇家の存続を維持できるなかで,一般庶民の日常生活に比べればはるかに幸せに暮らしていくことができていた。

 「敗戦後の昭和天皇による全国巡幸」は,そのなかでももっとも大きな「対国民慰撫対策」であり,「明治天皇の六大巡幸」に匹敵するようなビック・イベントであった。ただし,両天皇による全国巡幸のあいだには似た要素もあったとはいえ,基本においては決定的な意味の違いがあった。明治天皇は戦争に負けたことのない天皇であったのに対して,昭和天皇は戦争に負けた天皇になっていた。

 その歴史的な関係でいえばみごとに裏切られていたのが,1945年8月までは,とくに「大東亜戦争」に駆り出される若者たち(むろんもっぱら男だけだが)であった。自分たちの生命というものは20歳ころまでしか生きられないことを,覚悟させられていた。子どもころから学校教育のなかでは,天皇のために死ぬことを当然のように〈洗脳教育〉されてきた。戦前・戦中における日本の軍国主義・兵営社会の枠組のなかでは,そのように戦争用の教育を受けてきた。

 それゆえ,自分と同じ世代の仲間・友人・同級の者たちのなかには,戦争に往って還ってこなかった者が大勢いて,彼らは「醜の御盾」になっていたというか,ともかくそう「されていた」のである。『誰の楯』になったか? いうまでもない,天皇裕仁昭和天皇という〈現人神〉のためであった。

 ところが,大日本帝国は戦争に完敗した。はてそこで,総大将:大元帥の彼が責任をとるかと思いきや,トンデモない,日本国憲法においてもそのまま,天皇の地位に就いていた。昭和21〔1946〕年の正月元旦には,もともと人間でしかないこの人が『人間宣言』とするという茶番劇をおこない,占領軍の庇護のもと,以後も天皇でいられるお墨付きをもらっていた。

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 この風景の激変を目の当たりにさせられた若者たち(それもとくに主に兵隊にとられていた男性たちであったことはいうまでもない)は,どのような心境にさせられていたか? 彼らは大人を信じることができなくなった。当然「天皇も尊崇できなくなっていた」はずである。

 さて,天皇のための《醜の御盾》となり死んでいった約210万の旧日本軍将兵は,いまさらのように「いったい,自分たちはなんのために生命を落としたのか,まったく判らなくなってしまった」。大日本帝国が大勝利でもして,シベリアを領土に分捕るは,アメリカのカリフォルニア州も手に入れるなどといったような〈戦利品の獲得〉などはなかった。

 それどころか,戦争に負けたから当然とはいえ,日本はアメリカ軍を主体とする占領軍に支配・統治された。日本が戦争に負けたら,男どもは「キ ○ ○ マ」を抜かれ,女はみなアメリカ兵のメカケにされると恐れおののいた。

 けれども「自分たちの大元帥」みずからが,敵の元帥のところへいっては,ゴマスリしていただけでなく(1946年9月27日に初めて Mac に初めてあいさつにいっていたし,その後も足しげく,みずから出向くかたちで,通っていた),自国の将兵たちがいかにだらしなく,ダメな者たちであったか,自分は戦争をしたくなかったが軍人のためにこうなってしまったといいわけしていた。

 しかし,この人,戦争中はたしか大日本帝国を統べる大元帥であったのだから,そのようないいわけをすることじたい,ずいぶん卑怯な理屈を申したてていたことになる。

 ともかく,大日本帝国の総大将:大元帥が敵国のマッカーサー元帥にひれ伏しては,なにやかや申しわけがましいことを開陳していた。結局,天皇家だけは「敗戦後の日本政治社会」を要領よく・上手に生き抜けていくことになっていた。

 なんといってもそういうしだいであったから,「戦争神社である靖国神社」に合祀された将兵は,大日本帝国がすっかり勝っていたものと,死んでしまったあとに思いこんでいたはずである。ところが,あにはからんや,敗戦までに戦場に送られ死んでから,敗戦直後にこの神社に合祀された将兵たちにとっては,それこそ「あとの祀り」であって,まったく無意味な合祀になっていた。

 「人間の世界」では,どこまでも「生きていてナンボ」「生命あってのモノダネ」である。それが「霊界の世界」に送られる,それも死んだからといっていきなり,靖国神社に葬送されて,都合よく魂だけ吸いとられて国家的に利用される〈英霊〉になる,それもあたかも「成り金」のようにあつかわれるという。とはいっても「死者には口なし」であり,しかもこの死人にとっては「なにもえるもの」はないのだから,すべては空しいあとの〈祀り〉である。

 敗戦後における日本の政治過程においては,象徴天皇になっていたはずだった天皇裕仁が,どのくらい現実の政治・行政に直接口出しをしてきたか。いまでは,その歴史的な事実に対してはすでに,政治学者たちが学問的に解明してくれている。

 「沖縄に米軍基地をどうぞ置いてお使いください。25年から50年くらい,いやもっと長期にでも自由にお使いくださってけっこうです」と,個人的にアメリカ側に伝えたのは,ほかならぬ昭和天皇その人であった(いわゆる『沖縄メッセージ』1947年9月20日)。

 すでに象徴になっていた天皇裕仁が,そのように違法な行為を堂々と,国家の基幹問題に関して犯していた。ここまで歴史の事実をしれば,靖国神社に「国家や天皇のために祀られている英霊たち」の存在や,これを祭っているのだという「国家神道的な宗教行為の意味」は,俄然色あせてしまう。

 靖国神社はそもそもの由来からして「賊軍を祀らない神社」であった。だが,第2次大戦が終わると「負けてしまった戦争神社」になっていた。これでは,靖国神社本来の歴史的使命はもはや果たしえない施設:『賊軍神社』になった。「勝てば官軍,負ければ賊軍」とは,よくいったものである。

 b)靖国神社〕本来の問題とは

 -2 国家神道と呼ばれた,特定の宗教的な信仰や思想が背後に強く作用していることだ。もともと靖国神社は,尊皇,つまり天皇のために忠誠を尽くして戦った人をまつるために建てられた。兵士として死ぬことが崇高な価値を持ち,神としてまつるにふさわしいとなる。そうした思想に基づく宗教施設が,現在においても国家的な追悼・慰霊の場としてふさわしいのかということだ。

 「議論:2」 この論点については「補註:1」がすでに,だいぶ先走って話をしていた。ここでは「神」ということばに注意したい。天皇のことは「現人神」といわれていたが,天皇家皇室神道では,歴代の天皇はすでに神々に昇格しており(「皇祖皇宗」のこと:歴代の天皇だちの〈霊〉は,神として皇居の皇霊殿に祀られている),この「自家製の神道で祭る」対象(=祭神)になっている。

 日本の神道における《神》の概念は,西欧のキリスト教的な「神の概念:ゴッド」とは異なるとよく主張されるが,遠くに離れた地域の人びとのあいだにおける「このような違い」を強調したところで,「それぞれが神と思っている対象」に即してみれば,それぞれの「神としての重みじたい」に大きな相違はない。

 日本の国家神道は「治教(政治と道徳・倫理)」のための宗教だから「宗教ではない」といいはり,理屈にもなりえない遁辞「神道非宗教論」を強弁してきた。明治憲法で「天皇は神聖にして犯すべからず」と宣言したのは,《神として天皇をあつかえ》といったことを否定するためにではなく,まさに『神のように崇めろ(尊崇しろ)と強制する』ためであった。この天皇を中心:頂点に戴いて,国民を精神的に統制する国家機構:「神聖=神国の日本帝国」を構築しようとしたのが,明治大帝下の国家体制であった。

 c) 統治の中心である天皇を国民全体で崇敬するのが,戦前の国家神道。そこに靖国神社が果たした役割とは。

 -3 国家神道は,国家・社会の秩序についての教えではあるが,キリスト教や仏教のように,1人1人の人生の意味を深く問うような内容はない。

 ところが,兵士の死に崇高な意味を与える靖国信仰は,国民1人1人の心の奥深いところにかかわるものだった。日露戦争そして第2次世界大戦と,たくさんの戦死者が出た時代において,戦死した兵士を天皇や国家による尊崇に値するものとした慰霊施設はとても重い意味をもったであろう。


 「議論:3」 戦争のためだからといって死ぬことを,心底から本当に喜ぶ人間などいないし,もとよりいるわけもない。ところが,この絶対に矛盾する関係である「人間の生と死の問題」を,表向きに解決させておくために,靖国神社が「死」を迎え歓迎するための国家装置として提供されていた。

 靖国神社は,戦争のために死んだとしても「オマエたちの(ただし〈霊〉だけ)は」とりだしてやる,しかも大事にしておくための措置もしているのだ,という体裁をとっていた。つまり,戦死者を国家が手厚く遇し,いつまでも大事に思いつづけているよという具合に応えつづけているかのような『宗教的な〈虚構〉を立てていた国立の宗教施設』が,靖国神社であった。

 しかし,大日本帝国があの大戦争に敗北した瞬間から,この靖国神社のこの約束事は,否応なしに不成立となってしまい,完全に「無効化」させられた。この神社のご利益は完全に消滅し,無効となった。それはそうである。

 大日本帝国が戦争に勝っているかぎり,以上に説明した「靖国の戦勝神社」としての「理屈」は成立しうる。だが,1945年8月の敗戦(完敗)は,戦争で生命をなくした帝国臣民が発揮していたはずの「靖国神社における《霊的な存在価値》」を,完膚なきにまで雲散霧消させた。

 それでも敗戦後もつづけて,戦死者の霊を収容する宗教施設として靖国神社は運営されていった。しかし,戦前・戦中に陸海軍の管轄下にあったこの国家神道神社は,GHQによってその国営の運営形態を廃止させられ,戦後は民間の一宗教法人に組織替えした。

 ここで断わっておくが,靖国神社には「戦死者(戦没者)の遺体・遺骸・遺骨など」はいっさい収納されていない。ありていにいってしまえば,どこまでも〈霊〉を神社信仰の宗教的な価値観から,選択して「再生し,利用」する,それも「戦争を鼓舞し,勝利にみちびく」ために「戦死者のその霊」を,国家が利用するための宗教施設,これが靖国神社である。この本質は現在になってもなにも変わっていない。この肝心な特質の把握を忘れたら,この神社に対するまともな議論は成立しえない。

 d) 戦後は,政教分離憲法に定めたはずだが

 -4 政教分離とは,戦前の反省に立ち,思想・信条の自由,信教の自由を守るための制度だ。靖国神社が国家的な施設となれば国家神道の復興につながり,そうした自由を妨げるという認識は,参拝をめぐる憲法訴訟の判決などを通じて積み上げられてきた。

 一方で,靖国参拝を宗教行為でなく,死者を尊崇する習俗としたい人たちもいる。自民党改憲草案では,政教分離規定の条項に,習俗の範囲内での例外規定を盛りこむ。靖国参拝を許容しようとする意図も推測できる。薄れゆく国民の結束を強めようとし,攻撃的な宗教やナショナリズムに向かう潮流が世界的にみられるが,日本では国家神道復興の動きとなっている。

 「議論:4」 ここで紹介されている意見については,ポツダム宣言を受諾した大日本帝国の立場に沿って考えてみなければならない。すなわち,昭和天皇の見地でもあるその立場なのであるが,敗戦神社になってしまったこの靖国神社は,もともと日本固有・本来の神社信仰とは完全に「異質の国家神道」に立脚した信仰体系を包していた。敗戦はこの神社に特有の信仰内容を完全に否定した。日本側の立場からしても,またとりわけ戦勝国側の連合軍に対する日本側の関係からしても,靖国神社は間違いなく「賊軍用の敗戦神社」になった。

 この靖国神社が21世紀に居残る資格など,1945年8月からもとより,ありえなかったのである。昭和天皇ポツダム宣言を受諾して自分の天皇の地位を護ることができていた。靖国神社のことはもちろん非常に気になっていた。敗戦後においても彼はそれまでの経緯があって,あの大戦争で大勢殺してしまった「臣民将兵(赤子?)の〈霊〉」を,〈敗戦処理〉的に英霊として靖国神社に合祀するための「仕事」をこなしてきた。

 ところが,靖国神社が1978〔昭和〕年10月17日,A級戦犯の14名の〈霊〉を秘密裡に合祀した。この出来事は,昭和天皇が敗戦後に生きていくための約束事であった「必要最低限の基本条件」を,この「戦争:敗戦神社」が破ったことを意味した。A級戦犯昭和天皇の身代わりであった。この点は,戦犯を裁いた連合国軍側があらかじめしくんで承知していたことがらであっただけでなく,昭和天皇もこの含みを十分に了解させられたうえの「敗戦後史の展開」になっていたはずだったのである。

 A級戦犯の合祀という出来事は,昭和天皇にいわせれば「これ以上超えてはならない」臨界点から飛び出ていた。敗戦後史的になんとか形成されてきた「天皇家側の宗教的秩序」に関する前提条件をぶちこわした。A級戦犯を合祀した靖国神社側の理屈にいわせれば,日本は戦争に負けたけれども,東京裁判とその結果はけっして認めないぞ,だからA級戦犯を合祀して,みかえしてやるのだと気張って,そうしていたのである。 

 しかしながら,非常に困らされてしまい,そして怒り心頭に発したのが,ほかならぬ昭和天皇自身であった。自分の戦争責任を代わりに背負って絞首刑台に昇ってくれた東條英機らは,お人好しにも死ぬまで「天皇に忠義を尽くして」くれた。それなのに,靖国神社側ときたら,わざわざ「寝た子を起こすような愚かなこと:A級戦犯合祀」をやってくれた。

 だが,靖国神社側はこの関係者というか当事者の気持あるいは敗戦後的な特殊な事情などおかまいなしに,A級戦犯を合祀してしまい,自分たち側の溜飲を下げていたつもりであった。この事態の発生に「頭をかかえこんだ」のが昭和天皇であった。以後,昭和天皇靖国神社に参拝できなくなったまま,1989年に死んだ。平成天皇もこの父の遺志を継承し,靖国神社には参拝していない。

 ちなみに,昭和天皇の墓(陵)は,八王子市に造営された武蔵野陵にある。しかし,明治神宮に相当するような〈昭和神宮〉と名づけられるかもしれない神道神社は「まだ存在しない」。そしてまた,これからも造られるみこみはないと思われる。

 要するに『戦敗した天皇の名』をつけた神社を造るわけにはいかないというわけである。この天皇のために戦場で死んでいった兵士たちの「怨霊」を静めるための神社であるならば,ぜひとも必要になるかもしれない。だが,それではふつうに街中にある一般神社となにも変わるところはない。

 「国家性や皇室性」がなければ,靖国神社のような国営的神社においては,その本来狙っている存在価値がみいだせない。

 e) ただ,戦争で亡くなった兵士を悼むことは必要では

 -5 戦没者への敬意を忘れてはならないし,悼む気持は多くの人が共有している。その点から安倍首相の靖国参拝を支持する人びとの気持は理解できる。ただ,国家神道という歴史的な背景がある靖国神社には,深い価値をみいだす人と,逆にそれによって非常に傷つけられる人がいて,強い対立を招く構造を含んでいる。「誰もがわだかまりなく追悼できる施設」ということで,近年は千鳥ケ淵戦没者墓苑を公的な追悼の場だと考える内外要人も目立ってきた。

 「議論:5」 この段落の説明に関しては,すでに十分関説したつもりである。要するに,靖国神社は昭和20年8月15日をもって「御用済み」の烙印が押されていた。日本の国民などがみな,問題なく共通した気持で,どの宗教の立場であれ,ともに戦没者を慰霊できる場所として観るとき,靖国神社は血で汚れ過ぎていたとでも形容したらよい〈霊域〉になっている。それもこれも「戦争神社の御利益」(ただし,負の・・・)。

 そもそもが「戦争向きの〈特定の霊〉」しか合祀に受けつけず,遺体・遺骸・遺骨など相手にもしないで,霊のいいとこどりだけする宗教施設が靖国神社であった。けれども,敗戦した時点からは本当のところでは,完全に「用なしの敗戦・賊軍神社」になっていた。

 この事実を認めたくない人びとはA級戦犯を合祀した人物のなかには,賀屋興宣(かや・おきのり)のような元A級戦犯自身も「靖国神社側の総代」の1人としてくわわっていたが〕靖国神社はせいぜい,敗戦後に始めた「みたままつり」に精を出していたほうが,よほど英霊のためになるかもしれない,というようなことさえ認めたくないらしい。

 2014年1月15日と1月12日の『朝日新聞』朝刊「声」欄に,それぞれこのような意見が投書されていた。1月12日の意見は,A級戦犯のかかわりのみを理由・根拠とする「偏った」議論の問題性を的確に指摘している。

 2014年1月15日(古谷 博 無職,東京都 77歳)

 〔安倍晋三〕首相は「戦争で倒れた英霊の魂を安んじる場」としての靖国神社にこだわ るが,そもそも戦死者は本当に靖国に祀られることを願ったのだろうか。ニューギニア戦線に送られた私の叔父は,九死に一生をえて帰還した戦友によると,弾 丸一発撃つこともなく,密林をさまよい蛇やトカゲを捕食する日々の後,結局は餓死したという。「靖国で会おう」などの甘言のもとで理不尽な死を強いられたのだ。叔父の遺族は靖国神社には一度も参拝していない。


 2014年1月12日(守谷通文 無職,埼玉県 62歳)

 ポツダム宣言に「日本国国民を欺瞞し之をして世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力及勢力は永久に除去せられざるべからず」と記されているこ と,日本国が「極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾」という条項も含むサンフランシスコ講和条約を締結したこ となどを知る者は少数派であろう。

 靖国神社はこれらの事実や原則に反して他民族に仕掛けた戦争を肯定し,戦争指導者も祀る宗教法人だ。 信教の自由は当然でも政府要人が平和を祈る対象にはなりえない。国際社会で生き抜くには自国にかかわる正しい歴史認識は不可欠だ。調査結果はその重要性を 日本社会に教えている。 

 さらにつぎの引用は,フランク・ギブニイ『日本の五人の紳士』石川欣一訳,毎日新聞社,1953〔昭和28年〕からである。この靖国神社「理解」は間違いではない。現在的においてもまっとうな歴史認識である。平和という言葉を,いまさらのようにこの靖国神社に対して,無理やりにあるいはご都合主義的に差 し向ける弁護論は,歴史のあやしい解釈,まやかし的な宗教の説明である。

 靖国は……宗教的な記念堂であり,字義どおりの「戦死者の殿堂」であったのだ。これは軍国主義神道の地上の天国であった。……天皇の戦いは聖戦であり, 勝利のために身をささげたもの--神道の定義によれば日本の戦いは敗戦に終ることはあり得ないのだが--は殺された聖人となるわけである。

 註記)フランク・ギブニイ,石川欣一訳『日本の五人の紳士』毎日新聞社,昭和28年,115頁。

 そのありえないことが起きていた。1945年8月15日の敗戦。ただし,その後においてもありえないことがつぎつぎと起きていく,そういった「敗戦後史」の展開となっていった。

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いまや後進国の日本,コロナ禍にあっても国際大運動会「オリンピックの当地開催」,だが各学校の運動会・地域の祭り・花火大会はダメという不公平・不公正,菅 義偉風の「ご臨終(五輪中)の政治感覚」は,補償はろくにしないで規制(自粛強要)だけ

 「直情径行かつ単純怪奇」な日本のコロナ禍情勢のもと,医療的な対策と政治的な規制には不公平感・不正義感が充満,五輪組織委員会のいいぶん・利害は強引にゴリ押しされているだけでなく,「オレは主催者ではないといった菅 義偉」が,それでも「オレは勝負を五輪に賭けたんだ」から「観客を入れて開催しろ」と,筋違いに不当な強権を発動したこの国,オリンピックのために自国を破壊しつつある「ヘンテコな国」の「ひどくゆがめられてきたミットモナイ姿」


  要点・1 オリンピックという完全に商業化した営利のための国際競技大会が,いかほど「聖」性(本当はその反対に「エセ聖」そのものなのだが)をもつのかしらぬが,コロナ禍の日本社会のなかで最優先されて開催する理由など,なにもない

  要点・2 ついこのあいだまで,「コロナウイルスに勝利した証し」になるのが五輪開催だとかなんとかいいはる,この国の暗愚な首相たちがいた,ところが最近は「・・・に負けたくない」とかなんとかいいだし,おまけに自分は五輪の主催者ではないと断わりを入れながらも,それでいて強権的にこうしろああしろと口出しする菅 義偉の身勝手さ

 

 東京五輪は『終わりの始まり』 商業化,肥大化,離れる民意」毎日新聞』2021/6/18 07:00,最終更新 6/18 07:59,https://mainichi.jp/articles/20210617/k00/00m/050/077000c

 この『毎日新聞』の記事は昨日紹介していたが,今日の記述のためにも最初に再度引用しておく。

 「五輪は世界を映す鏡」といわれる。世界各国・地域から集まったアスリートが人種や性別,性的指向,宗教,政治信条などあらゆる違いを受け入れ,認め合い,競技を通じて交流を深める。平和の祭典と呼ばれるゆえんだ。しかし,パンデミック感染症の世界的大流行)で格差が広がる中,国際オリンピック委員会(IOC)は資本の論理を優先して五輪開催へ突き進む。その姿こそ世界の現実ではないかと思えてくる。

 

 米パシフィック大のジュールズ・ボイコフ教授(政治学)は近著『オリンピック 反対する側の論理』で,「五輪は清算の時を迎えた。東京大会の延期は,五輪が現在のようなかたちで存在すべきかどうかを見極める空間を生み出した」と指摘する。近代五輪が始まった1896年のアテネ五輪から125年。巨大化した五輪は「終わりの始まり」を迎えつつある。

 

  ※ IOCの「名義貸し」ビジネス ※

 IOCのトーマス・バッハ会長は10日の理事会後の記者会見で,「五輪は完全に実施段階に入った」と述べた。表現こそ穏やかだが,緊急事態宣言下でも開催すると断言したジョン・コーツ副会長,アルマゲドン(世界最終戦争)でもない限り予定通り進めると英紙のインタビューに答えた最古参のディック・パウンド委員と考え方は同じだ。(以下,後略〔有料記事〕)

 補注)バッハIOC会長が「ぼったくり男爵」と蔑称された事実は,コロナ禍のために1年延期にされた「2020東京オリンピックの開催」問題が暴いた〈五輪のみにくい側面〉のひとつだと受けとめられる。

 本日〔6月19日〕になると,『毎日新聞』などこの種の報道を受けて,つぎのように語る人物も出てきた。

 

 平野啓一郎氏 もう二度と五輪を楽しめなくなってしまった」『goo ニュース』2021/06/18 15:28,https://news.goo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20210618084.html(元記事『デイリースポーツ』)

 芥川賞作家の平野啓一郎氏が〔6月〕18日,ツイッターに新規投稿。「二度と五輪を楽しめなくなってしまった」と残念な思いを表わした。

 平野氏は「本当に,もう二度と五輪を楽しめなくなってしまった。スポーツは好きだし,大事な文化だが,アスリートが『五輪を目指す』ことについてはしらけた気持ちになってる」と投稿した。平野氏は東京五輪について「商業化,肥大化,離れる民意」との報道を引用した。

 平野氏は別のツイートで「国民の命を危険に曝しても,首相が自分の選挙のためにはゴリ押ししてしまう,というのは,子供に未来への絶望感を植えつけるだろう」と投稿した。

 つぎの平野のツイートは,本日〔6月19日〕午前2時台発信。いわく「常軌を逸している」この国の最高指導者は菅 義偉君。

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  東京五輪組織委員会は何様か

 本日のこういう報道に接しては,驚くというよりも怒りそのものを感じる。JOC五輪組織委員会がつぎのようにご託宣している。

   ★「観客,直行直帰を」 五輪組織委が指針素案 ★
     =『朝日新聞』2021年6月19日朝刊1面 =

 

 東京五輪パラリンピックの大会組織委員会は〔6月〕18日,観客向けの感染症対策ガイドラインの素案を公表した。人流抑制のため,会場への「直行,直帰」や会場内でのマスク着用義務化,通路などでの集団の飲食を禁止するなどとしている。守らない場合は退場を求めることも検討する。

 

 「直行,直帰」を徹底するため,観戦前後の買い物などの自粛要請も今後検討する。会場内での酒類の提供は,まん延防止等重点措置などの対象となるかどうかで判断する方針。中村英正運営統括は「飲酒への懸念は専門家からも示されている。しっかり考えたい」と述べるにとどめた。

 

 分科会の尾身茂会長らの提言では「観客は開催地の人に限る」としているが,組織委は,首都圏1都3県の会場で観戦するのは大半が地元の人だとして,都県をまたぐ移動の制限は設けない方針。政府内では一時,陰性証明の提示を観客に求める案も検討されたが,中村運営統括は「現実的にはむずかしい」と述べた。

 「いったい,なにを検討するといい,なにを要求したいというのか」? 以上のごとき「指導・支持」を「守らない場合は退場を求めることも」「検討する」とまで断わってもいる。それ以外にも「『直行,直帰』を徹底する」などと話題に上げている。が,そこまでいいたいのであれば,無観客で試合を実施すればいいだけのことである。

 「直行,直帰」を要求された観客側には,もともとその義務も責任もあるわけがない。そのような要求をされる筋合いからして,最初からなにもない。「観客向けの感染症対策ガイドラインの素案を公表した」というけれども,観客を入れるというからそういった無理筋の目立つ話題が頭をもたげている。

 「観戦後の買い物などの自粛要請も今後検討する」といっているが,いったいなにをいいたいのか? 観客は,昼間の競技観戦後に銀座に出て買い物するなという意味か? そのようなことまで観客側に要求できるのが,五輪大会を開催する側,五輪組織委員会なのか?

 とてつもなく,不当な権利までいいかねない「五輪貴族」たちの話である。日本の国民たちを小バカにしている。いまごろにもなってもまだ,そのように妄想している連中がいる。こうなると,彼らのその時代錯誤のねじれた神経が根本から疑われて当然である。

 さて,つぎの ④ は同じ『朝日新聞』朝刊1面の記事から引用するが,ここまでいわれてしまうと,呆れかえるほかない。そこまでしてなにゆえ「完全なるに商業五輪」を開催するのかという「疑問の原点(営利のための五輪の開催・実施に関する強い違和感議)」を思い起こすほかあるまい。五輪組織委員会は,この ④ の記事に書かれている内容にまで,実質的・間接的にだが「要らぬ関与」をしている。非常にトンデモな話題になっている。


 「酒提供,都『客2人,90分まで』 大阪も2人まで」朝日新聞』2021年6月19日朝刊1面

 新型コロナウイルス対応の緊急事態宣言が〔6月〕20日で解除されるのを受け,東京都は18日,飲食店に酒類提供を認める要件について,客が同一グループで2人以内の場合とすると発表した。

 店内の換気などの対策を取った店を対象に,酒類提供は午前11時~午後7時とし,店での滞在時間は90分間に限定する。政府方針の「原則4人以内」よりもきびしい条件を設けることにした。(▼30面=街の声は)

 補注)以上は「?」の記事であった。こういった条件が付けられたとなれば,たとえば12人からなる御一行さまは,4人ずつの3班(集団)に分かれるかっこうで,つまりそうした偽装をして入店すればよく,そのあとは近くの隣り合った席に座ればよい。なんとでも対応できる余地がある。

 「政府(の)方針」だといわれるこの話題,実にくだらなくもあり,かつたわいない。「店での滞在時間は90分間に限定する」というが,どうやって実際に限定させうるのか? たとえば10分超過したら,なにか罰則でも科せられるのか?

 要は自粛していろ(!)といいいたわけであるが,店側に対する補償すらもともと,ろくに手当していない日本政府や都府が,そのような要求をしてきたことじたい,たいそう僭越であり基本から不当であった。

〔記事に戻る→〕 宣言に準じる「まん延防止等重点措置」に切り替わる〔6月〕21日から7月11日まで適用する。重点措置の対象区域は23区に加えて,奥多摩町檜原村を除く多摩地域とする。対象区域内での飲食店には午後8時までの営業時短要請を継続し,区域外には午後9時まで(酒類提供は午後8時まで)の時短を要請する。

 感染状況の悪化で,緊急事態宣言を出す基準となる「ステージ4(感染爆発)」相当となった場合は,酒類の提供を再び自粛するよう要請する。都が要請する感染対策に応じた飲食店に対して,従業員へのワクチン接種も開始する。

 補注)この種の記事を読んでいるだけで,頭のなかがクラクラしてくる。要は,コロナ禍のもとで五輪開催中の飲食店運営に対しての問題となるが,いままでもそうであったようにきわめて日和見的であって,つまり一定した方針とはいえない「場当たり的な指導」が,店側における「自粛」という要領を頼りにおこなわれる。

 要は無責任な行政側の基本姿勢がめだち,それこそ「あなた任せの対・コロナ禍対策」,というよりは五輪向けの「対・酒精とりあつかい要領に関した問題」を,実に頼りない方向でもって決めている(⇒一方的に依頼しようとしている)。

 都は百貨店などの商業施設,博物館などに要請している午後8時までの時短要請を21日以降も継続。劇場や映画館などにも現行と同じ午後8~9時までの時短営業を求める。

 重点措置が継続する神奈川県は18日,現行20市町の対象区域を横浜,川崎,相模原,小田原,厚木,座間の6市に縮小することを決めた。酒類の提供の要件については「滞在は90分以内」「人数は1組4人以内」とした。首都圏では千葉県が「2人以内」とし,埼玉県も「1人か同居家族」と条件を課している。

 補注)本ブログ筆者も以前配偶者と外食したさい,この「1人か同居家族」という条件でもって,アルコール飲料を注文したことがあった。それでは,仮に「10人という人数で,しかも本当に同居する家族」が来店したとき,店側はそれをそのまま認めることになると解釈できるが,その「点:同居家族10人である」という事実を,いちいち確認するのか,できるのか? 

 大阪府京都府も18日,重点措置区域での酒類提供の要件について,大阪府は同一グループの「2人以内」(同居家族を除く),京都府は「4人以内」とすることを決めた。(引用終わり)

 五輪開催強行をするためとなれば,以上のごとき理屈として恣意性ばかりめだつ,規制というよりは自粛頼みの飲食店運営用の「指導要領」が公表されていた。こうした中身を読んだり聞いたり従ったりしているうちに,実にバカらしくなってくる。正直な感想として,そういわざるをえない。

 結局,「菅 義偉の今後における個人的な私物化(死物化)政治の利害」のためだけに,国民・市民・庶民たちの五輪開催中の日常生活が,自粛という半強制によって統制されている。本当にくだらないこの国になったものである。羊のようにおとなしい「国民・市民たち」である。ここまでいいようにあしらわれていても,たいして怒らないで済むのか? 不思議である

 いまここで参照・引用している『朝日新聞』朝刊は,社会面のほうではこう報道している。これからは,後段の部分のみ紹介する。。

  ※ 居酒屋「ほっ」「うんざり」※

 

 2人以下で滞在時間は90分以内。東京都がかかげた酒類提供の独自の条件に,飲食店や街では困惑の声が広がった。

 

 JR中野駅近くの日本酒バル「青二才」(中野区)は,酒類提供が事実上禁止された今回の緊急事態宣言から休業中。小椋道太代表(41歳)は条件付きでも酒類が提供できるなら,21日から営業を再開するつもりだ。「3人以上の客が来たらどうお断りするかは頭が痛いが,ほっとした思いが強い」。

 補注)「3人以上の客」は,たとえば4人の場合は「2人と2人」,あるいは6人の場合は「3人と3人」に分けて接客すればよし,それだけのこと。戦争中(大東亜・太平洋戦争の時期),国民の戦意昂揚のために創作された戦時標語には,以下のようなものがあった。なお,〔 〕内の補足ないし〈訂正〉は引用者である。

 

 「欲しがりません勝つまでは」〔その結果は大負けだったが〕

 「ぜいたくは〔素〕敵だ!」〔だれでもぜいたくをしたいもの〕

 「日本人ならぜいたくは出来ない筈だ!」〔日本人じゃないとできないという〈仮定〉か?〕

 「足らぬ足らぬは工夫〔夫( ♂  のオットのこと)〕が足らぬ」〔いまの日本は子どもが絶対数で足らぬだが〕

 「聖戦〔五輪〕だ  己れ殺して  国〔菅 義偉〕生かせ」〔私はこういう標語はイヤですが……〕

 「進め一億火の玉〔玉砕,散華〕だ」〔死んで花実が咲くものか〕

 「石油(ガソリン〔人間の飲用アルコール〕)の一滴,血の一滴」〔人間はアルコールで走るのです……〕

 「全てを戦争〔五輪!!!〕へ」〔「撃ちてし止まん」といかなかったのが大東亜戦争であったが?〕

 「東條〔菅 義偉〕首相の〔精神主義〕算術『2+2=80』などの戦時標語をかかげ,女性や子供を含む非戦闘員の国民にまで耐乏生活を強い〔られ〕た」〔銃後の産業戦士たちは,いつも腹ぺこ状態を強いられていた〕

 「遂げよ聖戦(五輪)・・・」ということであり,まさしく「皇国〔自民党菅政権〕の興廃,この一戦(五輪の戦い)にあり」。

 JR新橋駅前の居酒屋「根室食堂」(港区)は午後8時まで酒類を提供せずに営業を続けるが,コロナ禍前に比べ1日の売り上げは1割に満たない。平山徳治店長(49歳)は「お酒がないよりは断然いいけど,都の判断をいつも気にしなきゃいけないのにはうんざり」。

 街の受け止めも割れた。板橋区の会社員女性(22歳)は,看護師の友人がSNSで「休めない」「人が足りない」と投稿していることをしっている。感染者数が増えて医療機関に負担をかけるのは避けるべきだとの立場だ。「いまは適度に楽しむのが良いのでは」と,制限に理解を示す。

 板橋区の肥田保津江さん(74歳)は,午後9時ごろに有楽町を歩くと,路上飲みする人をよくみると話し,「条件をきびしくしても感染を抑えることにつながらないのでは。飲む人は別の場所で飲んでしまう」と効果を疑問視した。

 ※ 重点措置の対象区域への酒類提供への対応 ※

 

  北海道 4人以下・滞在は2時間以内
  東京都 2人以下・滞在は90分以内
  埼玉県 1人か同居家族・滞在は90分以内
  千葉県 2人以下・滞在は90分以内
  神奈川県 4人以下・滞在は90分以内

  愛知県 4人以下
  大阪府 2人以下(同居家族は除く)
  京都府 4人以下
  兵庫県 4人以下・平日は午後7時まで可・休日は提供自粛
  福岡県 4人以下

 いまは戦争中ではないゆえ,以上のごとき制限など,いくらでも突破可能である。戦争中でも戦時標語して叫ばれた前段のごとき「国家側からの要求」は,これまたいくらでも〈闇的に〉破られていた。

 

  関連する話題

 志村けんは2020年3月29日にコロナ禍のために死亡していた。そのほか有名人・芸能人でやはりコロナ禍に倒れた人びともいるが,昨年の早い段階での死亡者は,適切な治療を受けられずに命を失っていた。

 菅 義偉が五輪の開催にこだわる態度を観ていると,大東亜戦争中に無謀にも実行されたインパール作戦では,最高指揮官が「5千人を殺せば」その作戦が成功裏に成就するいってのけたさい,彼はその5千人を殺すと表現した相手は「敵軍の兵士」を倒す数値ではなく,自軍の兵士の〈犠牲者〉数を語っていた。いいかえれば,その5千人の「敵兵を殺す」といったのではなく,「自国兵5千人を殺して……作戦を成功させる」といったのである。

 菅 義偉も,自分の政治的な欲望のために五輪を利用することしか考えていない。このような国家指導者に誑(たぶら)かされる国民たちであってはいけない。菅程度の政治屋のたくらみなど,初めからミエミエのスカスカではないか。

 しかも,タチが悪いことには,この首相は「自分は五輪の主催者ではない」と明言していながら,五輪組織委員会側が無観客を想定している立場を認めず,強引に有観客試合にさせようと指示してきた。

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 コロナ禍の惨状,具体的にいうと7月に入ると,とくに五輪開催期間中に感染者が急激に増えるといった〈季節的な要因〉の発生・影響が,すでに専門家の指摘として強調されている。にもかかわらず,菅 義偉は特攻精神だけはたっぷりもちあわせている。ただし,自分だけはけっして特攻機には搭乗せず,国民たち(選手・ボランティア)だけを,それに搭乗させて飛ばすつもりである。。

 ところで,都知事小池百合子はどこに隠れているのか? いつもの演技を披露する時機を待ちかまえているはずだが,最近はその好機にめぐまれていないらしく,さっぱり冴えない表情の「緑のタヌキ」になっていて,どこかの穴に潜伏中である。

 開催都市である東京都知事の立場から,小池百合子こそが進んで「五輪中止」を決断すべきであった。だが,最近までの彼女は,ただキョロキョロとまわりをみわたすばかりであって,躊躇する様子しかうかがわせていなかった。

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 そもそも,この状況で開催することじたいにも疑問があるが,さらに心配なのは五輪・パラの後だ。感染が再拡大して「第5波」への引き金とならないか,開催を機に新たな変異株が生まれないか……。「『国民の命をはかりにかけたのか』といわれるほどに大きな影響が出かねない」と思う。

 註記)「五輪・パラ開催は『疑問』 でも会場に赴く医師の思い」asahi.com 2021年6月18日 12時00分,https://digital.asahi.com/articles/ASP6L0JG5P6CUTIL06B.html?ref=mor_mail_topix1

 菅 義偉は自分の政治的な欲望のために,いままさしく 『国民の命をはかりにかけた』のである。彼は「オレは勝負したんだ」と明言していた。

 註記)「首相『俺は勝負したんだ』 宣言解除,五輪へのシナリオ」asahi.com 2021年6月18日 5時00分 https://digital.asahi.com/articles/ASP6K77LZP6KUTFK00Y.html 

 結論。〈義偉山〉の「独り相撲」ならばまだいいのだが,はた迷惑である点ではこの上ない。まったく「バカな大将,コロナよりはるかに怖い」を地でいくのが,いまの日本国総理大臣流の「拙劣な4流政治」の実態。

 安倍晋三の時からいまも継続されているわけだが,国民たちに対してはまだまだ,「災難」(政治的災害:国家指導者に恵まれないという不幸)がつづく。

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2021年6月コロナ禍が収束する展望がもてない状況下,けっして「安心・安全」たりえない東京オリンピックを開催すると強情を張る菅 義偉君


             (2018年7月16日,更新 2021年6月18日)

 厚生労働省の発表として「新型コロナウイルス感染症(変異株)の患者等の発生について(空港検疫)」6月4日があった,にもかかわらず,ともかく1年延期の「2020東京オリンピックの開催」を強行する という『菅 義偉の五輪特攻精神』,国民たちの生命まで爆弾代わりに浪費する「私物化(死物化)政治」のなれのはて


🌑 前  言  🌑

 1)「コロナ禍五輪に猛暑直撃の可能性…マスク必須,熱中症リスク増加も 民間気象会社予想」『YAHOO!JAPAN ニュース』2021/6/2 (水)  9:30 配信,https://news.yahoo.co.jp/articles/07fc165bba80829eaceb46e0860404808146a70a(元記事『デイリースポーツ』)

 民間気象会社ウェザーニューズは〔6月〕1日,独自の今夏(7~9月)の暑さ予想を発表した。気温は広範囲で平年並みかやや高くなるとし,暑さのピークは7月下旬と8月下旬として,東京五輪パラリンピック期間と重なる可能性が高くなった。

 補注)日本国の東京都でもっとも暑くなる時節にわざわざ五輪を開催するという点は,コロナ禍が発生する以前の大問題であった。が,いま,日本の首相菅 義偉は「自分の政治屋としての利害一辺倒」の立場から,この五輪の開催を強行するといっている。

 すでにパラリンピックのほうは,参加選手の健康・生命の安全という見地に鑑みれば,開催そのものが不可能になるのではないかという観測がなされている。だが,菅 義偉はともかく「オリンピックの開催」が実現すれば,「▼カな国民たち」がお祭り騒ぎに興じてくれ,自分の政権の支持率も回復できるのではないかと,取らぬ狸の皮算用をもくろんでいる最中である。

 『東京が一番の熱暑にみまわれる時期』に開催することに決まっていた「2020東京オリンピック」であった。いうまでもなく,この開催時期の決め方そのものが,いってみれば「狂気の沙汰」であった。しかも,コロナ禍の影響がいっこうに収まる気配をみせていないこの時期になっても,まだ,本気で開催する意向を明示したとなれば,まったくその気がしれない。

〔記事に戻る→〕 コロナ禍でマスク着用が必須な五輪に,猛暑という難敵も襲いかかりそうだ。ウェザーニューズ社によると,東日本と近畿の気温は平年よりもやや高く,他は平年並みからやや高い。7月上旬から梅雨明けする地域が多いとみられ,梅雨明けが遅かった昨年よりも暑い期間が長引きそうだ。北海道もマラソン競歩が開催される8月上旬はきびしい暑さがみこまれるという。

 同じく猛暑だった昨〔2020年〕夏,東京では8月にきびしい暑さが続き,観測史上最多となる猛暑日11日間を記録した。同じく8月には静岡県浜松市で日本歴代最高タイの気温41.1度を記録した。それ以上の暑さが待ち受ける可能性があり,熱中症へのリスクは高まる。

 補注)7月下旬から8月上旬の東京都(関東地方)の気象条件からいえば,屋外はもちろん,屋内でもスポート競技をおこなうことについては禁止(厳禁!)というコトバしか思いつかない。

 つぎに参考する資料中に出ている「WBGT(Wet Bulb Globe Temperature,湿球黒球温度)」と名称の「暑さ指数」は,「熱中症を予防することを目的」として,1954年にアメリカで提案された指標である。

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 東京五輪パラリンピック組織委員会も公表している資料のなかで,昨〔2002年〕夏よりも暑いシミュレーションを立てているが,現状で有観客の場合,観客が競技場内にもちこめるのは750ミリリットルのペットボトル1本のみ。コロナ対策で会場内の飲食を禁止する案も出ており,コロナ対策と暑さ対策の両立が大きな課題として立ちはだかることになる。(引用終わり)

 猛暑・酷暑の問題,気象条件だけみても “この時期にスポーツをやる” という意向そのものが,ある意味で「▼チガイあつかい」されて当然である。それでもともかく,「7月下旬から8月上旬の熱暑の時期」であっても,五輪を開催しようと必死になっている日本国の最高指導者たちがいた。

 もっとも,その精神にかぎっていえば,それは「熱死的な猛敢闘」をも怖れぬ「特攻隊指揮官の〈玉砕精神〉」だと形容されうるかもしれない。ただし,本物の特攻隊がそうであったが,その最高指揮官は絶対に特攻機に搭乗しなかった。「御身大事」であた。「オレも最後には特攻機に乗りこみ,突っこむぞ」と公言した最高指揮官が,実際には日本に逃げ帰っていた。

 2) 厚生労働省が6月に公表した新型コロナウイルス「デルタ株」など

 ここでは,つぎの文章を紹介する。

 令和〔2021年〕3年6月4日(金)

 【照会先】

    厚生労働省
    医薬・生活衛生局検疫業務管理室
    検疫業務管理室長 川崎信一
    室長補佐 田島章太郎

    健康局 結核感染症
    感染症情報管理室長 梅田 浩史
    班長 川越 匡洋
    係長 山田 大悟

    (代表電話) 03(5253)1111

 

 報道関係者各位

  新型コロナウイルス感染症(変異株)の患者等の発生について(空港検疫)

  海外から到着した者で,検疫により確認された新型コロナウイルス感染症の患者等について,国立感染症研究所で検査したところ,

  B.1.1.7系統の変異株(アルファ株)※1が5例,

  B.1.351系統の変異株(ベータ株)※1が5例,

  P.1系統の変異株(ガンマ株)※1が2例,

  B.1.617系統の変異株(デルタ株等)※1が14例確認されました。

 

 また,5月21日にプレスリリースした事例76,123,130,134,136及び5月28日にプレスリリースした事例9,37,47,53,54,61につきまして,これまでの検体のゲノム情報を PANGO 系統分類の更新※2後の定義を用いて再分析をおこなったところ,デルタ株等に分類されていた検体がデルタ株等に分類されなくなったため,訂正します。働省としては,引きつづき,各国政府やWHO,専門家等とも連携しつつ,諸外国の感染状況を注視しながら,機動的な感染拡大防止対策に努めてまいります。

 

 報道機関各位におかれましては,ご本人やご家族などが特定されないよう,個人情報保護にご配慮下さい。

 ※1 PANGO 系統は,新型コロナウイルスに関して用いられる国際的な系統分類命名法であり,変異株の呼称として広く用いられています。括弧内の変異株名は,WHOの呼称です。

 ※2 PANGO 系統分類の更新は随時おこなわれています。

 

 【参考】 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の新規変異株について (第8報)(国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/10280-covid19-41.html

 註記)以上,https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_19082.html

 ここで関連する図表を,「2020東京オリンピックの開催」中に(こそ)関連する問題点(危険性)として,紹介しておく必要がある。

 

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  3) それでも,「『2度目の緊急事態』越える感染者数でも宣言解除『観客入り』五輪に突き進む菅政権」『東京新聞』2021年6月18日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/111215

 政府は〔6月〕17日,東京都など7都道府県について,新型コロナウイルス緊急事態宣言の解除と同時にまん延防止等重点措置へ切り替えることを決めた。菅 義偉首相が東京五輪パラリンピックを巡り「安全・安心なかたち」での開催を繰り返し強調してきたため,専門家からは宣言を延長すべきだとの声も上がった。政権はリバウンド(感染再拡大)の懸念はあっても,観客を入れての五輪開催への道を突き進んでいる。

 補注)菅 義偉の得意文句となった「安心・安全……」は,いまや単なる空念仏である。「南無阿弥陀仏」と唱えているのと,まったく同じ〈境地〉である。菅が仏教徒であるかどうかはしらぬが,すでに空念仏化したこの「アンシン・アンゼン」というコトバは,聞き飽きた。なんの意味もないどころか,コロナ禍の被害状況に目をつむって唱えるための文句になっている。

 「前回の宣言解除時よりも新規感染者数が多いのに,解除に至った理由を教えてほしい」。立憲民主党の吉川元氏が17日の衆院議院運営委員会で問うと,西村康稔経済再生担当相は「各指標はおおむねステージ3(感染急増)相当だ。とくに病床逼迫を抑えて安定してきている」と理解を求めた。

 東京の16日の新規感染者数は,前週の同じ曜日と比べ61人増の501人で,約2週間ぶりに500人を超えた。17日も前週より多い452人。前回の宣言解除を決めた3月18日の323人を大きく上回るだけでなく,明らかに下げ止まっている。

 補注)この段落の指摘は,前段までの説明でも明らかになっているとおり,厚生労働省が新しくデルタ株などが日本に伝染しだした事実を踏まえれば,西村康稔経済再生大臣のようなノンキ(脳天気)な認識は間違いであるとしか説明できない。

 ◆-1 選択肢は重点措置のみ

 首相が「短期集中」と断言しながら,宣言発令から7週間が経過。対策の効果は十分とはいえず,長期化により国民には「コロナ疲れ」も広がる。人出は増加傾向で,酒類を提供する店も増えてきた。政権幹部は「守れないルールを続けても仕方がない」と漏らす。

 宣言の延長を避けたいが「解除してなにもやらないわけにいかない」(政府高官)。政権にとって,選択肢は飲食店の時短要請などができる「重点措置」への移行しかなかったようだが,自民党幹部は「感染者数が落ち切らない東京が心配だ」と懸念する。

 補注)今後における予測としては,前掲した図表の場合も想定されているように,これから7月以降にかけて「感染者数が落ち」るとはされておらず,その逆であった。この予測は,だいぶ以前から指摘されていたコロナ禍の「事後における趨勢の予想」であった。

 ◆-2 「五輪ありき」の日程

 一方,政府は「五輪ありき」で布石を打っている。〔6月〕16日,重点措置解除後の大規模イベントの観客制限として,会場収容人数の50%以内なら上限を1万人とする新たな基準を打ち出した。専門家らによる政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は了承に当たり,五輪の観客とは無関係とくぎを刺したが,首相は17日の記者会見で観客入りでの開催に言及した。

 補注)この「会場収容人数の50%以内なら」「上限を1万人とする新たな基準」というものじたいに,特定の怪しさを感じる。いままであれこれと規制してきた諸基準に照らしても,明らかに甘々のユルユルである。

 今回の重点措置の期限は7月11日までの3週間。23日に開幕する五輪の12日前だ。それまで「切り札」と位置づけるワクチン接種を加速させ,感染を抑えこんで重点措置を解除し,観客を入れて五輪を迎える。そんな政府の青写真が透けてみえる。

 補注)「新型コロナワクチンは接種してから免疫ができはじめるまでに約2週間かかり,その間は効果がありません。また,免疫が体のなかに作られても,感染を100%防いでくれるわけではありません」と専門的に説明されているのに,以上に言及されている「政府の青写真」というものは,その間における〈効果が出はじめるまでの期間〉の問題についてもあまりにも性急というか,あるいは結局,発想そのものが〈拙劣〉だというほかないくらいにデタラメさをムキだしにしている。

 ◆-3 専門家から不安

 しかし,3月に宣言を解除したださいにはリバウンドを招き,半月余りで重点措置を適用。それでも効果はなく,宣言の再発令を余儀なくされた。今回は宣言から重点措置に移行と順序は逆だが,専門家からは「これで良いのかどうか,みんな不安をもっている」(基本的対処方針分科会メンバーの釜萢敏・日本医師会常任理事)との声が上がる。

 補注)その “みんながもつ” という不安の原因やこれに関連する事情に関しては,厚生労働省がデルタ株などの国内での発生をしらせる文書でも,とくにはっきり指摘している。ところが,菅 義偉という首相は「オレは〔五輪の開催に〕勝負を賭けている」などと,完全に見当違いの意思を表明していた。だから,引用中の記事は最後でこう書いていた。

 西村氏は17日の議運委で,五輪開催中に宣言を再発令する可能性に関し,必要であれば機動的に出すと強調した。宣言に至った場合に五輪中止を求めるかについては直接答えず「最終的な権限はIOC(国際オリンピック委員会)にある」とかわした。(引用終わり)

 さてこうなると,実にみっともない歴史が “またもや繰り返される” のか? かつては,戦争に勝利するみこみの薄かった大東亜・太平洋戦争に突入した時の首相は東條英機であった。

 それを受けたつもりなのか,このたびは「コロナ禍に勝利したい」のであり,「その証拠を五輪に求める」ために2020東京オリンピックの開催を強行しようとするのが,菅 義偉といういまの首相の欲望であった。

 その前任者が安倍晋三という「幼稚と傲慢・暗愚と無知・欺瞞と粗暴」の世襲政治屋であって,こんどは専制的独裁志向の政治しかなしえない菅がそのようにうごめいている始末……。

 中身は違えど,実質的に同類・同質の「〈愚かな歴史〉」が,そのとおりに繰り返されようとしている。そこに共通するのは,国家最高指導者の極端なまでの粗で悪な品質ぶり,そして,なによりも確かな品位・品格やしっかりした思想,理念の不在であった。彼らの顔面には「亡国の首相」「滅国の総理大臣」「壊国の自民党総裁」といった文句の書かれたお札が貼り付いている。

  付記)この記述の元記事は『日刊ゲンダイ』2021年6月17日。

 

 

 「国際そして内政問題としての五輪開催問題」 -2018年7月16日・記述-

 いまの日本は「聖火リレーの前に首相リレーが必要である」,子ども宰相のお遊びで国家が運営され,国民たちには酷い負荷がかけられている。

 「観念的な絶対善」としてのオリンピック競技大会は,なにものにも勝るスポーツパーソン精神を発露する場といえるかと問われて,そうだと答える者は,本日〔2021年6月18日〕『毎日新聞』のつぎの報道の提示する疑念に答える必要がある。

    東京五輪は「終わりの始まり」 商業化,肥大化,離れる民意 ◆
 =『毎日新聞』2021/6/18 07:00,最終更新 6/18 07:59,https://mainichi.jp/articles/20210617/k00/00m/050/077000c

 

 「五輪は世界を映す鏡」といわれる。世界各国・地域から集まったアスリートが人種や性別,性的指向,宗教,政治信条などあらゆる違いを受け入れ,認め合い,競技を通じて交流を深める。平和の祭典と呼ばれるゆえんだ。しかし,パンデミック感染症の世界的大流行)で格差が広がるなか,国際オリンピック委員会(IOC)は資本の論理を優先して五輪開催へ突き進む。その姿こそ世界の現実ではないかと思えてくる。

 

 米パシフィック大のジュールズ・ボイコフ教授(政治学)は近著『オリンピック 反対する側の論理』で,「五輪は清算の時を迎えた。東京大会の延期は,五輪が現在のようなかたちで存在すべきかどうかを見極める空間を生み出した」と指摘する。近代五輪が始まった1896年のアテネ五輪から125年。巨大化した五輪は「終わりの始まり」を迎えつつある。

 

 ※ IOCの「名義貸し」ビジネス ※

 IOCのトーマス・バッハ会長は〔6月〕10日の理事会後の記者会見で,「五輪は完全に実施段階に入った」と述べた。表現こそ穏やかだが,緊急事態宣言下でも開催すると断言したジョン・コーツ副会長,アルマゲドン(世界最終戦争)でもないかぎり予定どおり進めると英紙のインタビューに答えた最古参のディック・パウンド委員と考え方は同じだ。(以下,後略〔有料記事〕)

 補注)バッハ会長が「ぼったくり男爵」と蔑称された事実は,コロナ禍のために1年延期にされた「2020東京オリンピックの開催」問題が暴いた〈五輪のみにくい本心〉に関する1件だった,と受けとめられる。新型コロナウイルス感染拡大「問題」に付随するかっこうで,より鮮明になった事実は,「五輪貴族たちのために開催されてきたオリンピック」という国際大運動会の,抜きがたい欺瞞性=本質であった。

 この記述(2018年7月16日のこと)で本ブログ筆者は,「東電福島第1原発事故」にかかわらしめていえば,爆発事故を起こした,たとえば「1号機のデブリから火(「悪魔の火」)をとり出し,聖火リレーをはじめよ」と書きはじめていた。ついで断わっておくと,五輪はこの地球上から不要であると同じに原発も不要である。

 

 御用新聞紙の最新世論調査安倍晋三内閣の不支持が支持を上まわる

 本日〔2018年7月16日〕『朝日新聞』朝刊1面左上に配置された世論調査関係の記事(その1)は,見出しを「カジノ法案『成立不要』76%  参院6増『反対』56%  朝日新聞社世論調査」とつけて報道していた。引用する。

 朝日新聞社が7月14,15両日に実施した全国世論調査(電話)で,政府・与党が成立をめざう,カジノを含む統合型リゾート(IR)実施法案を今国会で成立させるべきか尋ねたところ,「その必要はない」が76%で,前回調査(6月16,17日)の73%よりやや増えた。「今の国会で成立させるべきだ」は17%(前回17%)にとどまった。

 

 内閣支持層でも「必要はない」64%が,「成立させるべきだ」29%を上回った。公明支持層では「必要はない」が7割を超え,無党派層では81%に上った。女性の反発が強く,「必要はない」は84%だった。

 

 この法案をめぐっては,西日本豪雨の被害が続くなか,政府・与党は参院審議を続行。法案を担当する石井啓一国土交通相は河川や道路復旧を所管しているため,野党からこの時期の法案審議に批判が出ている。

 

 さらに与党が今国会での成立をめざす,参院議員定数を6増やし,比例区に特定枠を設ける公職選挙法改正案についても聞いた。「反対」56%,「賛成」24%で,同様の質問をした前回調査は「反対」49%だった。自民支持層でも「反対」46%,「賛成」36%と反対が上回った。公明支持層でも「反対」が「賛成」を上回り,法案への支持が広がっていない。無党派層では「反対」57%,「賛成」18%だった。

 

 内閣支持率は38%(前回38%),不支持率は43%(同45%)となり,5カ月連続で不支持が支持を上回った。

 すでに,すっかり用済みであるはずの「〈日出ずる国〉の子ども内閣」:総理大臣安倍晋三君は,国民の総意に反する法案の成立に躍起になっている。庶民の日常生活にはまったくといっていいほど無縁の「カジノを含む統合型リゾート(IR)実施法案」など通すヒマがあったら,国民たちの生活環境を少しでも改善・向上させるために,さきにやるべきことがらが山積している。

 にもかかわらずこの「チャイルディッシュのプライムミニスター」は,自分好みの法案を「1強〔凶・狂〕」政権体制のもとで押し通そうとしている。おりもおりであった。政府は7月13日,西日本の各地方をおそった集中豪雨の被害発生に鑑み,被災者の権利や利益を保全する「特定非常災害」に指定する方針を打ち出していたが,それ以前において,以下のような経過があった。

 まずいことに,今回の豪雨による被害発生がすでに予想されていた時点の同月5日夜において,「赤坂自民亭」と称した「自民党の議員たちの飲み会」に参加した者たちから「とても楽しい」などといった感想などが,それも「あの化け猫的な面相をもつ某女性議員」のツイートから発信されたりもした。

 ところが,その軽率な発信に向けてはただちに反論が返されていた。「SNSの世界における反発」が登場していたのである。すなわち,「世間の側から返される反発」がたちまちのうちに噴出していた。その種の “軽率だけだった発言” がかえって,世の中の批判をあえて誘引・発生させる “逆効果” を挙げていた。もっとも,この飲み会の中心に座っていたのが,ほかならぬ安倍晋三君であった。

 西村康稔官房副長官(当時)は〔7月〕11日,安倍晋三首相らとともに5日夜に自民党議員の懇親会に出席し,集合写真を自身のツイッターに投稿したことについて,「多くの方々に不快な思いをさせてしまい,おわびを申し上げたい。反省もしている」と陳謝した。

 5日夜は,東日本から西日本の広い範囲で記録的な大雨になる恐れがあると気象庁が発表していた。西村氏は東京・赤坂の衆院議員宿舎で開かれた「赤坂自民亭」に出席。首相のほか岸田文雄・党政調会長らが顔をそろえた。

 西村氏は懇親会終了後の午後10時ごろ,グラスをもった笑顔の集合写真とともに「和気あいあいのなか,若手議員も気さくな写真を取り放題!」とツイッターに投稿した。

 西村氏は11日,BS11の番組で陳謝する一方,懇親会が開かれていた時点で「大雨特別警報」は出ていなかったことを念頭に,「大雨被害が出ている最中に会合をやっているかのような誤解を与えた」とも述べた。

 註記)「豪雨前の『赤坂自民亭』写真投稿を陳謝 西村官房副長官asahi.com 2018年7月11日19時00分,https://digital.asahi.com/articles/ASL7C55XJL7CUTFK00N.html

 この西村康稔官房副長官は,政府要人の日常業務がなんであるかについて,皆目無知であったと告白したに等しい弁解をしていた。西村がそのさい「大雨被害が出ている最中に会合をやっているかのような誤解を与えた」とも述べた点は,さらに弁解がましいといった批判まで惹起させていた。

 こういうことになる。気象庁は「天候の予測・予報に関する情報の分析・検討をもって,災害が発生しそうなときはその危険性を予見・予告する仕事」をしている。政府・内閣はそうした気象庁の警告があったときは,事前に「なにを予想し,準備し,対策を講じておけばよいのか」に関する仕事を担当している。

 ところが今回は,そのためにとりあえずは,どのような準備や事前の行動が必要であり,まえもってどのような措置や対策を講じておけばよいのかについてみると,事後において暴露されていたように「66時間ものあいだ無関心に放置」していた。

 しかも,その最初のほうの時間帯において「自民党内の仲良し同士」が,首相も仲間にくわえて飲み会を楽しんでいたということであった。安倍晋三の政権中枢は「こんな人物たち」が多くのザブトンを占めている。国家を統治する能力に問題がありすぎる首相一統であった。

 

 西日本豪雨,内閣対応『評価』32% 朝日新聞社世論調査朝日新聞』2018年7月16日朝刊2面

 この記事からはまず,画像資料のかたちで紹介しておく。(画面 クリックで 拡大・可)

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 いずれにせよ「ベンチがアホやから……」といわれるまでもなく,日本の政治をトコトン落ちるところまで落としてきた安倍晋三政権である。

 5年半以上(第2次政権は2020年9月まで7年と8カ月もつづいた)もこの国の為政を担当してきても,経済(アベノミクス)は平均的な国民の立場からすれば,具体的に目にみえるような成果はなかった。

 政治の場面をみると,国内では専制的に独裁傾向を強化した内政には成功してきたものの,外交面ではトランプの大きないお尻「以外にその向こう側」がなにもみえていない拙劣な行動しかできていなかった。

 

  2020年東京オリンピックの聖化リレーを福島県から出発させるといった欺瞞

 1)「東京五輪の聖火 福島スタート  都道府県ルート決定」『日本経済新聞』2018年7月12日夕刊1面

 2020年東京五輪聖火リレーが〔7月〕12日,福島県からスタートすることが決まった。リレー期間は3月26日から五輪開幕の7月24日まで,移動日を含め121日間。ゴールの開催都市・東京都まで47都道府県を駆けめぐる。東日本大震災原発事故の影響で県外避難者がなお3万人を超す被災県を起点とし,大会がかかげる「復興五輪」を強く印象づける。

 

 大会組織委員会が同日,政府や東京都,全国知事会の代表者らを集めた調整会議で了承をえた。組織委は47都道府県に各地の特色や魅力を生かした詳細なルートを年内にまとめるよう要請。2019年夏までに確定させる。

 

 聖火リレーのコンセプトは「希望の道を,つなごう」。スタート地点は1964年の東京五輪と同じく沖縄とする案も出ていたが,復興五輪の趣旨やコンセプトを踏まえ福島に決まった。組織委幹部は「困難を乗り越えられる力,不屈の精神を全国に受けつぐ聖火リレーにしたい」と話した。(引用終わり)

 さて,2011年「3・11」に発生した東日本大震災とこれが誘発させた東電福島第1原発事故を考慮したはずとも思われるのが,この「東京五輪の聖火  福島スタート  都道府県 ルート決定」という記事の内容であった。だが,当事者たちである福島県でもとくに浜通り地区で,原発事故のために故郷を奪われた状態のままにされている人たちの立場にとってみれば,これほど調子のよい,一方的な “利用のされ方” はない。

 いったいなにが,具体的に「困難を乗り越えられる力,不屈の精神」を意味し,そしてこれを「全国に受け継ぐ聖火リレーにしたい」というのか,なお不明瞭かつ不可解である。美しく表現するだけであるなら,いくらでもできそうである。つぎの図解は『朝日新聞』朝刊の毎週土曜日に掲載されている「福島県各地の放射線量」の計測値である。

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 補注)この聖火リレーは,2021年6月現在まですでにズタズタになっている。

 2020年東京オリンピック開催にさきがけておこなわれる「聖火リレー」の出発地が福島(県)に決められたが,東電福島第1原発事故の敷地は,直接に横目にもみないかたちでとり残したまま,福島「県」から出発させる「このリレー」を始めるのか?

 『朝日新聞』の報道の文句にしたがえば,「東京五輪  福島」のための「聖火リレー」は「復興前面に」「押し出すべき」「福島〔からの〕出発に決まった」というのであるが,いままで誰のための・誰による「復興」がおこなわれてきたというのか。最近では技能実習生に東電福島第1原発事故における除染作業をやらせている事実が発覚し,世間の批判を浴びていた。

 2) けれども,いまでは「福島第1原発の〈観光地化〉」が,けっこうな程度にまですすんでいる事実がある。

 「津田大介も賛同,福島第一原発「観光地化」その後は?」『J-WAVE NEWS』2016年07月04日,http://www.j-wave.co.jp/blog/news/2016/07/post-1871.html  という記述は,いまから2年前にこう言及していた。

 2012年に発案され,本としても出版されている「福島第一原発観光地化計画」。現在はどこまで進行しているのでしょうか?

 

 「ある意味では一部実現しているところもあって (中略),実際に年間で5,000人くらい入っているんですね,見学に。東京電力もいまの原発構内がどうなっているのかっていうのをみせるツアーというのをかなり積極的にやっています」と津田さん。「まだ,いこうと思って,誰もが自由にすぐいける状況ではないですけれども,昔と比べると,一部ですが実現しつつある…という感じですね」とも。

 

 「そういう意味では,『非日常的な場所』(たとえば音楽フェスなど)にいったときに,政治であったりとか,社会だったりを考えることは重要だと思うんです。お酒を飲みながら『この国ってどうなるのかな?』みたいな話って,『非日常的な場所』の方ができる場合もあると思うので。そこで,未来のことをみんなで少し考えたり,話しやすくなるような社会に,僕はなってもらいたいなと思います」と締めくくりました。 

 この津田大助の言及があってから,はや2〔5〕年が経過している。

 さらに,「福島第1原発の視察者数,東京五輪までに2万人めざす 東電」『AFP BB NEWS』2018年2月6日 16:54,発信地:福島,http://www.afpbb.com/articles/-/3161356  という見出しの記事は,こういうことを伝えていた。

 東京電力ホールディングス原子力・立地本部長代理の木元崇宏(Takahiro Kimoto)氏はAFPの取材に対し,昨〔2017〕年3月の年度末までの訪問者数が約1万人に上ったことを明らかにした。東京五輪が開かれる2020年にはこの数字を2万人に増やすことをめざしているという。

 

 「われわれの意図は『安全です,安心です』ということを発信することではありません。なにがイチエフ(福島第1)で起こっているのかということを,色をつけることなくみていただくことが重要です」。「みていただくということで風評を防いだり,地域の復興の一助になればと思います」。

 

 そう話す木元氏は,国際オリンピック委員会(IOC)の委員も喜んで案内したいと付けくわえた。福島県は,日本政府がとり組む同地域の復興へのとり組みの一環として五輪の野球・ソフトボールの試合会場を提供することになっており,県としても,注目が集まることに期待を寄せている。

 

 木元氏は,東京電力には同地域の復興だけではなく,未来の世代に苦い教訓を伝える責任があると強調した。

 東電福島第1原発事故の現状は「廃炉作業の初期段階は終わりに近づいている」(?)といったふうに,奇妙な説明をもしていた「上の記事」であった。が,ともかく,人が一時的にでもまったく近づけない場所そのものではなくなっている「敷地内の区域」が大きく増えている。それがこの事故現場の現況であると。

 それではここで,ごく素朴な感想を述べる。それではなぜ,この「東電福島第1原発事故現場から聖火リレーを出発させないのか」。こういった疑問が湧いてくるのは,当然というよりは自然である。

 補注)本ブログ筆者は,2021年6月現在になっても,東電福島第1原発事故現場は「廃炉工程」に関した実際的な作業にまで到達できていないとみなしている。

 安倍晋三は日本国の首相として,2020年東京オリンピックを招致するための国際オリンピック総会(2013年)において演説したとき,東電福島第1原発事故は “The situation is under control”(状況はコントロール下にある)と発言していた。

 そうだとしたらなおさらのこと,この事故現場を除外して聖火リレーを出発させる地点を福島「県」のほかのどこかに移して設定するやり方だとしたら,欺瞞の要素を強く感得させる。

 つぎの報道にその欺瞞が説明されている。 “Under control” の字義はいかようにでも,安倍晋三的に解釈(歪曲)が可能であった。

  放射性物質含む水処分,海洋放出など議論
                  政府有識者福島原発巡り ★
    =『日本経済新聞』2018年7月14日朝刊5面「総合4」=

 

 東京電力福島第1原子力発電所の汚染水問題を検討する政府の有識者会議が〔7月〕13日開かれ,放射性物質トリチウムを含む水の処分に向けた本格的な議論が始まった。会合では事務局が国民からの意見を聞く公聴会を8月末に開くと表明。政府は処分方法として海洋放出がもっとも現実的とみるが,地元からは風評被害を懸念する声が強い。

 

 公聴会は8月30日に福島県富岡町で,同31日に郡山市と東京で開く。これまで検討してきた海洋放出のほか,地層注入や水蒸気放出などの処分方法を説明し,トリチウム水の処分に理解を求める。処分を急ぐのは,敷地内にためるタンクが増えつづけ,近く敷地いっぱいになるとみられているためだ。

 

 トリチウムは水素と似た性質をもち,自然界にも存在する。国の基準で定められた1リットルあたり6万ベクレルの濃度に薄めれば海に流すことができる。日本を含む世界の原発や再処理工場でいまも排出されている。たとえばフランスの再処理施設では年間1京ベクレル以上のトリチウムを海洋に排出している。

 

 トリチウムは弱い放射線を出すが,原子力規制委員会や科学者らは健康への影響を含め海洋放出に問題はないとの立場だ。有識者会議では2013年から2年半を費やし,大気中に蒸発させたり地中に埋めたりするなどのトリチウム水の処理法を議論。技術やコスト面から海洋放出がもっとも合理的との趣旨の報告書をまとめた。だが,風評被害を懸念する地元漁業者を中心に反発は強く,政府は結論を先送りしてきた。

 ここでは,トリチウムの問題が「風評被害」のなかに押しこめておけば,それ以外の問題がないものとして済まされるごとき,つまり「簡単な〈核種〉問題」に終始するものではない点を断わっておく。

 3) 首相官邸は「『復興』で五輪誘致を勝ちとったんだから,被災地出発は当然だ」『朝日新聞』2018年7月13日朝刊

 この記事によれば,菅 義偉官房長官は7月12日,「東日本大震災の被災地のみなさんを勇気づけ,日本中が大いに盛り上げる聖火リレーであればいいなと期待している」といっていた。そうだったのであればやはり,東電福島第1原発事故を無視した「福島県内における聖火リレーの経路」に設定になるとしたら,「福島(県)の復興」を本気で考えているようにはとても思えない。

 聖火リレーの出発点を福島県に決めたのは,「東日本大震災原発事故の影響で県外避難者がなお3万人を超す被災県を起点と,大会がかかげる『復興五輪』を強く印象づける」ためである(前掲『日本経済新聞』2018年7月12日夕刊)ということだったのであって,それでも「東電福島第1原発事故は除外しておく」聖火リレー経路の設定になるとしたら,これは理解しかねるその経路の決め方である。

 

 東京2020大会聖火リレーhttps://tokyo2020.org/jp/  の説明

 この記述は,つぎのように聖火に関して麗しい解説を与えていた。 

 オリンピック聖火は平和や希望の象徴とされています。ギリシャの古代オリンピアの太陽光から採火されたオリンピック聖火は,オリンピック開催国において,オリンピックムーブメントのもっとも力強い象徴となり,聖火ランナーがリレーによりつないでいきます。

 

 東京2020聖火リレーのコンセプトは,Hope Lights Our Way (英語) / 希望の道を,つなごう(日本語)です。支えあい,認めあい,高めあう心でつなぐ聖火の光が,新しい時代の日の出となり,人々に希望の道を照らし出します。オリンピック聖火があなたの街にも。2020年3月26日に福島県を出発し,全国を回ります!

 

 東京2020オリンピック聖火リレーは,聖火の光が多くの人々にとって希望の道を照らしだすものとします。オリンピック聖火は2020年3月26日に福島県を出発し,以降全国を回り,喜びや情熱を伝えていきます。

 

 震災から10年目の被災地も訪れることになり,新しい時代の希望のオリンピック聖火リレーとして,復興に力を尽くされている方々にも,元気や力を届けてまいります。

 

 また,震災当時世界中から寄せられた支援や励ましに対し,震災から10年目の日本の姿を感謝の気持ちとともに発信し,困難を乗り越える人美との力・不屈の精神を,しっかりと伝えていきます。

 さらに,以下につづく「オリンピック聖火リレー都道府県実施日一覧」は,この日程が出発点とされた「福島県」の「2020年3月26日(木)~2020年3月28日(土)」から最後の「東京都」の「2020年7月10日(金)~ 2020年7月24日(金)」を列記している。ここでは『朝日新聞』に掲載された説明図を借りておく。

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  補注)この予定表にいくたもの変更・中止が生じている。もちろんコロナ禍の影響である。

〔記事に戻る→〕 また,東日本大震災被災3県(岩手,宮城,福島)については,日数の配慮をし,各県3日を設定。東京都については,開催都市としての位置づけを十分考慮し,15日を設定。複数種目を実施する4県(埼玉,千葉,神奈川,静岡)については,日数の配慮をし,各県3日を設定。上記以外の39道府県については,長野1998大会の各1日を上回る,各道府県2日としました。これにより,移動日を含む総日数は121日間となりました。

 「ルート選定の基本的な考え方」。聖火リレーのルートは,基本的な考え方として,「日本全国47都道府県を回り,できるだけ多くの人びとみにいくことができるルート」「安全かつ確実に聖火リレーが実施できる場所」を原則として,さらには「地域が国内外に誇る場所や地域の新たな一面を気づかせる場所」「聖火が通ることによって人びとに新たな希望をもたらすことができる場所」にもとづき,今後決定してまいります。

 各都道府県内のルート案は,ルート選定の基本的な考え方を踏まえ,上記順番と日程をもとに,各都道府県の実行委員会において選定を進めていただき,2019年に発表される予定です。(後略)(引用終わり)

 本日〔2018年7月16日〕における本ブログのこの記述は,2020年東京オリンピックにさいして実施される聖火リレーが,東電福島第1原発事故「敷地内」に立ち入るかたちで経路を設定したのかという点にこだわっても議論してきた。だが,いいたい点はまだくわえてあった。

 a) 聖火リレーに関する議論の全体は,東電福島第1原発事故現場じたいには近づこうとはしないのではないかと予想している。しかし,それでは安倍晋三が断言した “under control” との発言に完全に背く結果となる。

 補注)実際にその後,この聖火リレーが開始した段になってはっきりした事実は,やはり「臭いものに蓋をする」方式であった。

 b) 聖火リレーの趣旨については盛んに「聖火が通ることによって人びとに新たな希望をもたらすことができる場所」にしたいと強調されている。だが,東日本大震災原発事故の被災者たちに対して「聖火が通ることぐらいで」,一時的にでも「希望をもたらすことができる場所」に変幻せしめられるのかといえば,疑問は大きかった。それだけのことであった。

 c) 2020年東京オリンピックにさいして実施される聖火リレーは,まず最初に東電福島第1原発事故のど真ん中の通路を通り(できれば原子炉の周りもこまめに回る経路も組みこんで),そしてつづけては,この敷地の周りを何回がめぐってから全国に向けて走り出せばよい。

 d) 日本にも何名かいるわけだがオリンピック貴族たちは,ボランタリーたちが汗水垂らしながら犠牲になってくれ,そうやって協力してくれてこそ,うまく成立・運営されるはずのオリンピック競技会である事実を,よく承知しているはずである。

 だが,彼らはオリンピックという世界的なスポーツ行事の開催という業務を担当する人間たちなのであるが,いろいろ仕組があって贅沢三昧を堪能できている。したがって,オリンピックの開催は,「オリンピック貴族たちに」にかぎっていえば,絶大な「希望をもたらしつづけている」といった表現ができる。

 それに対して「庶民の側の1人ひとり」が,オリンピックという行事からいただける「そのありがたい思し召し(なにかに対する希望というもの)」に均霑される立場に置かれるからといっても,それではたして,いったいなにが・どのように・どのくらいいいことがあるというのか,さっぱり理解すらできていないことがらである。つまり,具体的にはよく分からないことばかりである。

 e) 2020年開催の東京オリンピックは,盛夏の最中の8月に開催される。本〔2018〕年の6月下旬から7月に日本を襲来していた猛暑が,もしもそのときにも再来したとしたら,この国際競技大会は危険がいっぱいのスポーツの祭典場となる。なぜ,8月の開催になったかに関する説明はここではしないでおく。そうさせる誰かたちや諸組織が存在していた。

 f) 2020年東京オリンピックで聖火をどこから調達(採火)するのかといえば,ミニ太陽とも呼称される原発,それも東電福島第1原発事故に残っている,いいかえれば「事故った,それも1号機のデブリ」から「聖火を採取する」のが,いまの日本にとってみればもっともふさわしい「五輪開催における行事の一環」になるのではないか?(2021年6月の時点からいえば「そうするのが一番ふさわしかったはず」である)

 もちろん「原発の火」は《悪魔の火》である。原発はミニ太陽を模した「核燃料の燃焼装置」である。ただし,事故を起こしたら「人間の叡智」では対抗する術がなかった。この事実は,東電福島第1原発事故も実証していた。日本で五輪を開催したからといって,その事故現場になにかの変化をもたらしうるのではない。愚にもつかぬ発想は止めにしたほうがよかった。

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「日本・日本人・日本民族・日本文化の単一・純粋性という虚構」の昔話もあったが,2021年7月に1年延期になっている「2020東京オリンピックの開催」にこだわる菅 義偉政権は,コロナ禍がその開催中にまたぶり返すという専門家の予測・警告もなんのその,新型コロナウイルス感染拡大に向けて特攻精神を再発揮しようとする暗愚・無知

             (2010年9月12日,更新 2021年6月17日)

 2020年初春から始まっていたコロナ禍に対する日本政府(前安倍晋三政権と現菅 義偉政権)の対応ぶりは,五輪を開くためならば,この感染症問題への突撃を特攻精神でもって闇雲に敢行するつもりである,その政治姿勢の非科学的かつ無謀である特徴はすでに,この「日本社会」を破壊させる様相を呈しはじめていた

 国民たちもひどく舐められつづけてきたものである,通常のかたちでの国際大運動会は開催できず,参加国や参加できる選手たちも限定される結果,地元の日本選手に有利な競技となれば,日本側に金メダルが量産される有利性は目にみえているが,それではまともな五輪開催にはなりえない

 それでなくとも,商業五輪になっている国際大運動会であるにもかかわらず,聖火をかかげて開催していれば,いかにも「感動詐欺」や「ボランティア搾取」などありえず,それをうまく粉飾できると思いこんでいるJOC五輪組織委員会やIOC幹部たちの五輪貴族的に高度に不躾である感性は,一般庶民を下等視する目線が強固である

 小学校や中学校の運動会はすべて中止にさせておいて,この国際大運動会だけは開催するというのでは,いったいどのような五輪開催に関した「国家の神経のあり方」なのかと疑われて当然

 

 🌑 前   言   🌑 

 今次における五輪大会開催は,すでに「大東亜・太平洋戦争」の「失敗体験」になぞらえられる言説をもって,盛んに批判されている。にもかかわらず,IOC本部とJOC五輪組織委員会は必死になって,しかも今夏の酷暑・猛暑の気象悪条件のもとであっても,東京オリンピックの開催を強行するつもりである。

 これは,まことに〈幼稚な冒険心〉がなさしめようとするきわめて危険な五輪大会の,それも五輪貴族たちの「自己満足」にしかなりえない開催を意味する。そしてまた,「死物化(私物化)した日本政治」の維持・継続を狙う菅 義偉政権の無謀な企図を教えている。

 2020東京オリンピックの開催に関しては「スポンサー企業」になっていない『東京新聞』が,しごくまっとうな意見を吐きつづけているので,最近における同紙の論調を何点か紹介しておく。

 1)「東京五輪中に緊急事態宣言の必要性も… 有観客目指す政府 『責任者不在で突撃,第2次世界大戦みたい』」『東京新聞』2021年6月17日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/111008

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 新型コロナウイルスに関して厚生労働省に助言する専門家組織「アドバイザリーボード」の〔6月〕16日の会合で,東京都の緊急事態宣言を解除した場合,東京五輪の大会期間中に宣言の再発令が必要となる可能性が指摘された。政府は大会成功アピールのために観客を入れることをめざしているが,専門家は人出が増えて感染がさらに拡大することを懸念している。

 ◆-1 開会式前後に新規感染700人 宣言なしで2000人も

 「宣言解除後の人流を10%増までに抑えても,7月後半から8月前半に宣言の再発令が必要になる可能性がある」。京都大と東北大,国立感染症研究所のシミュレーションによると,7月23日の開会式前後で,東京の新規感染者数は約700人。五輪開催で人流が10%増えると,7月末には約1000人に達する。

 これは,インドでみつかったデルタ株の影響力を小さく見積もった試算。現在流行中の英国由来のアルファ株に比べ感染力,病原性ともに1.2倍とした。影響を大きく見積もり,宣言もないと仮定すると,7月半ばに約2000人に達する。

 厚労省によると,14日時点で国内で確認されたデルタ株は117人だが,専門家組織に出された資料では,7月中旬にデルタ株は感染者の半数以上を占めると予測する。国民の4割以上がワクチンを接種した英国でも,デルタ株のまん延を受けて,今〔6〕月21日に予定した都市封鎖の全面解除が1カ月延期された。

 ◆-2 ワクチン神話に専門家は警鐘

 専門家組織座長の脇田隆字感染研所長は「シミュレーションで1番関係するのは,デルタ株の影響と人流増加」と説明。東京の人流は昼夜ともに5週連続で増えており,専門家組織は「リバウンド(再拡大)に向かうことが強く懸念される」と結論付けた。実際,都の発表によると,20代の新規感染者数は6月中旬から増加傾向をみせている。

 政府が「頼みの綱」とするワクチン接種への過度の期待にも,専門家はくぎを刺す。脇田氏は「宣言解除で対策がなにもなくなれば,高齢者接種が100%完了してもそれ以下の年齢層の感染者は減らない。ワクチンは強力な武器だが,感染源と感染経路対策が緩むと,1人が何人に感染させるかを示す実効再生産数は上がる」と明言した。

 ◆-3 開催リスクの専門家提言 「こういうのは作文」

 都の新規感染者数は16日,約2週間ぶりに500人を上回った。五輪開催を不安視する国民も多く,政府の新型コロナ対策分科会の尾身 茂会長は,開催リスクに関して政府に提言を出すと表明したが,発表に時間がかかっている。

 専門家の独自性を保ちながら,政府にも受け入れられ,提言に参加する全員が納得できる内容が求められる。あるメンバーは「こういうのは作文だから。どうとでも読めて,皆が納得できるよう(政府とも)協力してやるのが1番いい」と話す。このメンバーによると,提言は大筋で完成した。尾身氏は菅 義偉首相に手渡し,説明することにこだわっているという。

 東京五輪パンデミック(世界的大流行)下で開かれる世界最大のイベントとなる。別のメンバーは「あっと驚くような提言は出てこない。(大会後)組織委は解散し,政府は『俺たちはしらない』という。第2次世界大戦みたい。誰か責任者がいるわけでもなく突撃している感じ」と皮肉った。

 2)「〈社説〉専門家の警鐘 なぜ真剣に向き合わぬ」東京新聞』2021年6月9日 08時16分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/109542

 感染症の専門家が鳴らす警鐘に政府はなぜ真剣に向き合おうとしないのか。危機感が欠如していると言わざるをえない。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長=写真=が,東京五輪パラリンピックの開催に伴う感染拡大への懸念を繰り返し表明している。

 〔6月〕3日の参院厚生労働委員会では「パンデミック(世界的大流行)で(大会を)やるのは普通はない」と指摘。流行が続くなかで国民の理解をうるには開催目的を明確にして対策を講じるよう求めた。尾身氏ら感染症の専門家は,開催のリスク評価や対策などの提言を近く独自にまとめる考えだ。

 しかし,田村憲久厚労相は「必要なもの,参考になるものは取り入れさせていただく」といいつつも「自主的な研究成果の発表だと受け止める」と正式提言と認めようとしない。提言を受け入れれば,五輪開催がむずかしくなると,敬遠しているようにもみえる。

 菅 義偉首相は感染症対策は「専門家の意見を聞いて判断する」と繰り返してきた。都合が悪いと耳をふさぐのでは五輪への国民の理解はとてもえられまい。政府は,大会開催の可否を決める感染状況について基準を示していない。それが国民を不安にさせていると受け止めるべきだ。

 補注)つまり,そのあたりに関する判断の基準について菅 義偉政権は「自分たちだけの胸三寸で判断するものだ」と,事前より勝手に決めこんでいたものゆえ,専門家たちの意見などに本気で耳と傾ける意向は,初めから毛頭なかった。

 もちろん,政権に都合のよい助言は受け入れるが,そうでない意見にはいっさい耳を貸さない。このあたりをとらえて「馬の耳に念仏」だと形容したある人は,それでは馬に対して悪いとまで形容する表現をもって,現政権に特有である感性・知性・理性の欠損ぶり(馬や鹿より以下であるそのありさま)を指摘していた。

 しかも,五輪開催は全国の流行状況にも影響を及ぼす。尾身氏は,選手や大会関係者だけの感染症対策では不十分だという。人出が増える要因に

  (1) 全国から観客が移動する
  (2) パブリックビューイングなどのイベントに人が集まる
  (3) お盆や連休と重なり都市部から地方に人が動く

の3つを挙げた。

 5月の大型連休に旅行者が増えた沖縄県や北海道ではその後,感染が拡大した。五輪を国全体の感染対策のなかに位置付け,具体策を検討すべき段階だが,観客を入れるのか無観客かさえ決まっていない。地域医療に与える影響についても見通しすら示されていない。

 政府からの諮問がないなか,感染症の専門家があえて提言に踏みこむのは異例だ。首相はその危機感と向き合い,共有すべきである。

 補注)菅 義偉が蔭でささやいていることばは,こう説明できる。ともかくなんでもいいから五輪を開催すれば,日本の選手には有利にメダルがどんどん取れて,日本人の観衆は大喜び,その結果,五輪開催を強行したオレの評判(内閣支持率)もあがり,自民党総裁の任期切れと前後して衆議院解散選挙をすれば,自民党には有利な情勢が生まれる,と。これすなわち「政治の私物化」行為であった。

 以上の記事のなかに登場したとくに,専門家組織とか国立感染症研究所とかいった政府の制度や機関は,コロナ禍の経過事情に絡めていえば,どちらかというと「有害無益」な人たち(いちおう専門家たち)が構成する組織体であった。新型コロナウイルス感染拡大「問題」の関係については,「原子力村」という名称を真似て,「感染症村」と指称されるべき利害共同体の存在が指摘されている。

 したがって,その村落共同体に所属する人びとは専門家であっても,2020年初めから日本に侵入してきたコロナ禍に対して,ろくでもない対処しかできていなかった「連中」であったか,あるいは不作為的な対応ばかり重ねてきた〈連中〉でしかなかった。

 しかしながら,とうとうこの時期まで来た段階である。7月下旬に始める予定である「五輪を本当に開催したら」,すでに予測されているところだが,「その感染拡大が周期的にぶり返している現象」に対してさらに「輪をかけたかたちで」「感染を拡大させかねない」と,政府側の立場にべったりである専門家であっても,警告せざるをえなくなっていた。

 尾身 茂はその代表的な政府側の人物であった。だが,この人物であっても「もういい加減にしないと,コロナ禍の感染拡大の問題には責任がもてない」といった姿勢を示しはじめ,その旨に沿った発言をせざるをえない立場に追いこまれていた。しかし,菅 義偉の姿勢は,あいもかわらず「自分の意向に合う意見」以外,絶対に耳を貸そうとしない。要は,この首相はただ頑迷だけなのであり,政治家として必要な基本的な能力を備えていない。

 戦前の時代に,石原莞爾東條英機「首相」のことを「上等兵」だとこき下ろしたが,はたして,いまどきの菅 義偉は「何等兵」にたとえたら適当か?

 3)「〈社説〉国会きょう閉会  国民が見えているのか」東京新聞』2021年6月16日 08時11分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/110858?rct=editorial

 通常国会が今日〔6月16日〕閉会する。新型コロナウイルスの感染が収まらないなか,国民の命と暮らしを守るために,国会はみずからの役割を果たしたのか。あえて問いたい。「国民が見えているのか」と。

 国権の最高機関であり,唯一の立法機関である国会は,国政の調査や行政監視の権能を国民から委ねられている。その役割を果たせたのか,すべての議員が,まず自問自答すべきである。

 まずは新型コロナ対策。ワクチン接種が進んでいるが,接種率がなぜ他の先進諸国に比べて低いのか。菅 義偉首相ら政権の危機感が当初乏しかったのではないか。

 緊急事態宣言などの発令と解除をめぐり,後手といわれたり,時期尚早と批判される対応をなぜ繰り返したのか,東京五輪パラリンピックの開催強行が医療態勢を逼迫させ,国民の命や暮らしを危険にさらすことはないのか。

 こうした尽きない疑問や不安を首相や政府にぶつけ,経済支援など足らざる対策を講じるよう迫ることこそ国会の役割だが,政府側から納得のいく答えはない。一義的に政府の責任だが,答えを引き出せない国会の責任も重大だ。

 会期中には,与党議員が緊急事態宣言下の夜の酒場通いで相次いで辞職,離党した。国民の苦しい状況がみえていれば,こんな軽率な行動を取れるはずがない。この国会に引きつがれた多くの問題も,解明に至っていない。

 菅首相による日本学術会議会員の任命拒否,安倍晋三前首相事務所の「桜を見る会」前日夕食会への会費補填,西川公也吉川貴盛両元農相が鶏卵大手から現金を受領したとされる事件,参院広島選挙区での公選法違反事件などだ。

 さかのぼれば森友・加計学園をめぐる問題も未解明だ。政権中枢に近い者への優遇という点で,菅政権で発覚した首相長男らによる総務省接待問題にも通底する。

 独善的な政権運営や「政治とカネ」をめぐる問題は国政調査権を駆使して真相を解明し,再発防止策を講じるべきだが,国会,特に与党の動きは鈍く,責任を放棄したと批判されても仕方がない。すべての議員に猛省を促したい。(引用終わり)

 要するに「クソまみれであって,かつ銅臭ばかりが濃厚にただよう」自民党政権が,その “あらゆる臭さ” に対してなるのだが,「五輪を開催すれば,これを強力な消臭剤に利用できる」かのように思いこんでいる。あとは結局,国民たちのもちうる政治意識水準の高さとその質的な批判力の問題になっている。

 中級以下のとくに下級市民にとって,いまの日本における経済社会の状況は深刻に過ぎる。ところが菅 義偉は,そうした困難な現状をかかえている最中にあっても,五輪を開催さえすれば国民たちの歓心を買えると思いこんでいる。ここには,菅 義偉政権の軽佻浮薄が端的に表現されている。国民たちはこの政権の残忍さをよく理解しておくべきである。

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 コロナ禍で苦しむ人びとを助けることなどよりも,五輪の開催のためであれば惜しげもなく,「ヒト・モノ・カネ・情報・制度」のすべてを総動員させている。本日『朝日新聞』朝刊「生活」欄にはたまたま,上の解説記事が掲載されていた。五輪などやっているヒマ・余裕があるならば,こちらを救うほうが先決問題である。「私物化政治の悪弊」は,こういった社会現実にも端的に現象している。

 以上までの記述が2021年6月17日に追加された段落である。そして,ここから以下の記述が初出されたのは,2010年9月12日であった。こちらの記述は,とくに谷光太郎『敗北の理由-日本軍エリートはなぜ迷走したのか-』をとりあげて詮議している。谷光のこの本に関する論及は,「妙な前提話で始まる軍事本」だという理解を前提に置いてなされる。

 

  戦争と情報の歴史

 1)  谷光太郎『敗北の理由-日本軍エリートはなぜ迷走したのか-』2010年の編成内容

 本ブログ筆者が,この谷光太郎『敗北の理由-日本軍エリートはなぜ迷走したのか-』ダイヤモンド社,2010年8月をひもときはじめた段階であったが,「はじめに」の箇所で早速,いきなりのけぞりかえるような記述に出会った。本書の執筆者は,谷光太郎(たにみつ・たろう,1941年生まれ)といい,現在〔2010年8月当時〕,大阪成蹊大学現代経営情報学部教授であった。谷光の略歴はこうである。

  1963年東北大学法学部卒業後,同年三菱電機株式会社入社,LSI開発研究計画部参事などを経て,1994年山口大学経済学部教授,2004年より〔2010年〕現職。『半導体産業の軌跡』日刊工業新聞社,『情報敗戦』ピアソン・エデュケーション,『米軍提督と太平洋戦争』学習研究社,訳書に『J.P.コッター ビジネス・リーダー論』ダイヤモンド社などの著作がある。

 さきに,谷光太郎『敗北の理由』の章立てのみ紹介しておくことにするが,本日の記述に深い関連をもつ〈情報〉ということばが,各章に充てられていることに留意したい。

 は じ め に
 第1章 情報軽視が組織を崩壊させる-作戦偏重に陥った軍参謀たち-
 第2章 トップが知るべきこと-情報への執念の格差-
 第3章 生きた情報をいかに集めるか-都合の悪い情報を無視する弊害-
 第4章 変化する情報にいかに追いつくか-暗号戦に見る日米の違い-
 第5章 情報のプロフェッショナルの育成-情報参謀の価値を見失った日本軍-
 第6章 情報と戦略の架け橋-日清・日露戦争と太平洋戦争の違い-
 第7章 官僚化した組織における情報軽視-技術,戦略,組織衰退の仕組み-

 2) 日本民族は平和志向であった!

 谷光太郎は,こうした目次を軍事史研究として編成し,本書を上梓したはずである。ところが,近現代史における軍事問題の分析としてはきわめて適切な解明をおこなうにもかかわらず,戦争の歴史のなかに潜むあらゆる種類の〈情報〉を包括的に研究するときの,日本文化史や日本歴史全般に関連する議論が,にわかに雑然たる記述になる。その最たる箇所が,「はじめに」でのつぎのような記述である。

 日本は海洋の孤島にあって,異民族との間で血で血を洗うような凄惨な戦争を繰り返したり,異民族に征服され,その苛斂誅求を受けた歴史がなく,易姓革命の流血もなかった。同一民族・同一言語のうえ,気候温暖多雨な風土,数千年にわたって稲作農耕に従事した日本人の間には,和と長幼の序を尊び,横並びを好む体質が形成されてきた。

 補注)この段落について,こう批判しておく。日本史において「同民族との間で血で血を洗うような凄惨な戦争」は,まったくなかったか? 否であった。「同民族同士内で征服され,その苛斂誅求を受けた歴史」は,全然なかったか? 否であった。

 

 敗戦後10年ころまでに区切っていうこととするが,日本国内のすべてが「同一民族・同一言語」の近代国家であったか? 否であった。庶民次元で使用される薩摩弁と津軽弁が通じていたか? 否であった。

 

 日本の国土は「気候温暖多雨な風土」だというが,「地震雷火事親父」の関係でいえば,とくに地震や台風の被害ときたら相当な記録をしてきた。大津波に襲来され消えたしまった海岸沿いの集落は,いくらでもあった。

 

 「数千年にわたって稲作農耕に従事した日本人」といっているが,網野善彦の研究はそのような日本史全体の理解を否定している。研究者でもある人物は,この程度の知識・情報をしらないはずがないと思いたいが,どうやら「否であった」。

 

 以上の点は後段で言及がある。

 

 農耕社会は能力の峻別を嫌う社会でもある。組織の風土から外れずに大勢に順応して生きてゆくためには,本質をあいまいにした妥協が重要となる。現在のビジネス界でも,そのような日本人気質に長けた人は,バランス感覚に優れた人材として評価される。かかる風土では,軍や経営組織のなかに,しらずしらずの間に共同体組織風土がしみこんでくるのは自然であろう。

 

 生存競争の激しい環境に対処しなければならぬ機能型組織においては,幹部は例外なく,情報の収集と,その分析・評価に注力するが,共同体型組織では情報への関心は薄い。昭和の陸海軍は明治の軍や米軍と比べ,共同体組織化していた。

 

 上述した日本の地理的特殊性や何千年来の稲作農耕気質が,戦国時代や,幕末明治初期の動乱期を例外として,日本の歴史風土を築いてきた。これは長年かけて醸成されてきたもので,個人の性格が変わらないとの同様に,百年や2百年の単位で変わるものではない,と肝に銘じておく必要がある(はじめに,ⅴ-ⅵ頁)

 谷光太郎は,本文中においてもときどき,この種の「日本的文化の歴史的伝統」を強調していた。つまり,専断的な命題を全面に押し出していた。つまり,歴史的に最低限は必要なはずの実証的な根拠もなく,ただ決めつけ的に措定した〈歴史判断〉を登場させていた。本文中に出てくるその種の記述は,あとでまた指摘することにし,つぎの記述にすすもう。

 

  固定観念による歴史の裁断

 1) 例外をとりのぞいた〈通常だけの歴史〉がありうるのか?

 谷光は,日本の歴史のなかで「例外」を認める。それは〈戦国時代〉と〈幕末明治初期の動乱期〉であったと判定されている。はたして,歴史を研究する立場・視点というものは,「歴史の流れ」のなかに発生した「例外というものを除外して」成立しうるものなのか,相当に疑問である。

 例外というからには,日本の歴史において〈この例外〉をひとまず分離・排除して考えておき,全体の通史的な性格に対して,それが〈とくべつの関連も影響もない〉という,そういう意味あいでの〈例外〉ということになる。この例外あつかいの事由が適切に説明されていない。

 はたして,日本の歴史を観る目線としてそのような〈例外視〉が許されるのか? 谷光流に即していえばたとえば,「1945年8月15日~9月2日」以降の日本帝国:日本国が,主にアメリカ軍によって占領・支配されていた時期=事実も,おそらく「例外の時期」になるのかもしれない。

 そうなると「戦後における日本という国家のありかた」に大きな影響を与えたGHQの存在も,一時的という意味で,ただ例外的な影響を与えたに過ぎなかったのが,連合国最高司令官総司令部であり,その総司令官であったダグラス・マッカーサー元帥であったということになりかねない。

 はたして,思いきって大胆にもそのような裁断=切断をもってする「昭和に関する歴史」観が,戦後における日本の歴史を俯瞰するために適切なものといえるか? 無理である。

 21世紀における日本政府のありかた:動向に対しても,いまなお大きな影響力を与えつづけている国際条約が「日米安全保障条約」である。 1957年4月28日までの日本は,完全に連合軍の占領・統治下に置かれていた。

 敗戦後長らくつづいてきたこの時期の歴史を例外期とみなしたり,今日における日本国のありかたとは深い関係性がない期間などと認識することは,歴史に対する理解としてあまりに稚拙であり,問題把握にとっては間違いだといってもよい。

 日本の歴史のなかで「戦国時代」とは,1467年「応仁の乱」あるいは1493年「明応の政変」に始まり,1573年に織田信長が15代室町将軍足利義昭を京都から追放して室町幕府が倒されるまでの時代,つまり「戦国大名が乱立した時代」であるとされる。

 織田信長から豊臣秀吉徳川家康につづく時代が,戦国時代を経てきたからこそ到来したという〈連続的な歴史の理解〉ではなく,織田・豊臣・徳川〔家康〕以前の戦国時代を「例外」としてあつかう〈谷光の意図〉は,どのへんにあるのか?

 戦国時代は「1467年から1573年まで」の約1世紀もの長期間つづいた。これを例外の時期とみなして日本の歴史から除外する見地は,不自然を通りこすどころか,日本史における重要な時代を「歴史的に無視した歴史観(!?)」を提示したことになる。

 第2次大戦の敗戦後,日本を支配・統治した「GHQ軍事支配体制」時代の影響は,21世紀の日本の政治においてもいまなお,大きな影響力を発揮し,国際政治体制のなかにおける日本の位置を半世紀以上も決定づけ束縛してきた。

 谷光は「幕末明治初期の動乱期」も例外だといっていた。しかし,日本の歴史からこの時期を例外視し,故意に除外する,きわめて恣意的な〈歴史の視座〉は許されない。その動乱期があったからこそ,明治以来,今日までの日本〔帝〕国が形成・発展していき,同時にまた挫折もしていく歴史的基盤が用意されたのであるから,その時期だけを特別視しておきわざと除外する措置は,とうてい「理解しがたい〈非歴史的な歴史観〉」である。

 2) 御都合主義的な史観

 つまり谷光は,① の 2) での主張=「異民族との間で血で血を洗うような凄惨な戦争を繰り返したり,異民族に征服され,その苛斂誅求を受けた歴史がなく,易姓革命の流血もなかった」(「はじめに」ⅴ頁)のが,日本民族の歴史であり,日本文化の特質でもあるから,こうした「血・流血」ということばを露骨に想起させるような「〈日本の歴史〉における出来事」は,日本の歴史そのものでなく,あくまで「例外的な出来事:一時期だけの歴史現象」といいたいかったのである。

 しかも,「血で血を洗うような凄惨な戦争」という字句のまえに,ごていねいにも「異民族との間で」という条件・限定まで付けている。すなわち,日本の歴史にあっては「凄惨な戦争」は,起きたことがなかったわけではないけれども,例外的にあるいは臨時・偶発的に起きただけの,それも「異民族との間で」生じた〈異常事態である〉とでもいいたいかのように,日本史の展開を認識しようとしている。

 さて,反転させて考えるまでもない点であるが,谷光が例外的だとはいいながらも,戦国時代や明治維新前後期においては日本でも「血で血を洗うような凄惨な戦争」があった史実は認めている。古代史における天皇家系図の流れにおいても,多くの〈暗殺事件〉が起こされている。

 ともかく,日本の歴史はいつでも「おだやかに平穏に流れてきた」といいたいのか? 織田信長豊臣秀吉が,そして「幕末明治初期の動乱期」に惹起した敵軍や対立者に対する残虐行為は,日本人・日本民族にとって,ひたすらともかく〈例外的な出来事であった〉といいたいのか?

 谷光の定言で興味深いのは,「これは長年かけて醸成されてきたもので,個人の性格が変わらないとの同様に,百年や2百年の単位で変わるものではない」と断わりを入れている点である。

 しかも,その発言はそのあいだに「百年や2百年の単位」において間違いなく起きた,日本人・日本民族同士での「血で血を洗うような凄惨な戦争」の歴史の記録を踏まえていた。つまり「歴史的に例外的な出来事」は「百年や2百年の単位」内にすべて収められ措置されるかたちで,無視される出来事であったと,きわめて都合よく処分している。

 日本の歴史は,日本という名称(国名)で成立した7世紀から数えていけば,まだ1300年から1400年ほどの長さしかない。この期間からいくつかの「百年や2百年の単位」を別枠のほうに抽出しておき,この期間内の各時代においては,日本国内でも

  イ)「血で血を洗うような凄惨な戦争」,

  ロ)「〔異民族に〕征服され,その苛斂誅求を受けた歴史」,

  ハ)易姓革命の流血」が現象していた

けれども,しかしながら,日本史においては基本的に,「同一民族・同一言語 」にもとづく特性の発揮〔→前記の イ)  ロ)  ハ) 〕においては,なんら変化がなかったと断言していた。歴史理解に関する論理的な前後関係で観察するに,このように,いいわけにもなりえないような軽率な理屈を,一気にかつ平気で使っている。

 よく考えてみたい。例外である〔=臨時・偶発など〕との理由を付して,日本の歴史展開のなかから「戦国時代」や「幕末明治初期の動乱期」を除去したら,そもそも日本の歴史はずたずたに寸断されてしまうし,その有機的な連続性も喪失する。結局,全体的な連続性をもって日本の歴史が眺望できなくなる。

 要は,谷光に〈特有の日本歴史観〉を申したてるために,日本人・日本民族の全史において,その思考上「都合の悪い時代」を「例外的な期間として除外する」という,まずもって「まとまな歴史観」とはいえない「恣意的で,観念上の裁断的な操作」をくわえている。

 というのは,その除外しておいた例外の時代・期間こそが実は,それに前後する時代・期間に関して〈切っても切れない〉,重要不可欠な,相互間の「歴史の連続性」を有しているからである。つまり,それらには質的にみても,みのがしがたい時系列的な〈意味の関連性〉が前後に浸透しあいながら存在している。この事実もあえて切断するという,まことに身勝手な姿勢が露呈されている。

 

  日本の風土論・文化観のふたしかさ

 1) 同一民族・同一言語「論」の落とし穴
 谷光太郎の風土観も,きわめてあやしく,非学術的な認識を暴露している。「気候温暖多雨な風土,数千年にわたって稲作農耕に従事した日本人の間に」という記述がある。

 しかし,日本列島をもしも,北は北海道〔北方領土樺太南部まで(?)入れるか〕から南は九州〔沖縄県島嶼も含めるか〕まで想定して考えると,まず「気候温暖多雨な風土」という気象学的な規定が,包括的であり過ぎるほかないという難点をはるかに超えて,ただ茫漠たるものにしかならない。これでは「風土の規定」(定義)というものの試図からして,初めから破綻している。

 a) つぎに,「同一民族・同一言語のうえ」という限定が,前段の記述内容のまえの部分にもちだされていた。だが,これもどだい,おかしい。日本国に住む人びとが,日本「国」が成立したとみなされる時期以来,その時間の経過と空間の広がりとの双方において,はたして「同一言語」の国でありえたかという点について議論しよう。

 日本という国ができた当時〔7世紀としておく〕,そのころからこの日本の圏内にとりこまれていた諸地域の人びとが,いまの時代にいう〈共通語:日本語〉を言語としてもっていたか,まったくのところ歴史的な確証はない。朝廷内では一部で,朝鮮半島からきた王族が〈朝鮮語〉〔に相当する言語〕を使い,意志の疎通が円滑にできなかったという話さえある。

 話を20世紀に移していおう。昭和20年代〔1950年前後〕の日本を回想する。全国津々浦々の人びとのあいだで,たとえば,鹿児島県のおばあちゃんと岩手県のおじいちゃんのあいだで用いられる「別々の」「日本語(!)が通じなかった事実」があった。

 2010年〔2021年〕のいまでも,テレビに出てくる地方の年寄り〔80歳あたりとする〕が話すことば(方言)は,その地元の人たちでないと聞きとれないばあいも多々ある。

 本ブログ筆者のある友人の奥さんは岩手県久慈市の出身であるが,彼女が自分のおばあちゃんと話していたことばは,東京の人間にはさっぱり分かる言語ではなかったといっていた。大学では英文科を卒業し,英語のできる彼女はだから,自分の語学力を「3ヶ国語話せる(トリ・リンガル)」と,冗談まじりにだが,ちょっぴり自慢していた。

 b) さらに,日本人が本当に「同一民族」であるかどうかという点について議論する。現在の日本国という枠組のなかで,はたして同一民族という言辞を使用するばあい,いったいどのような基準をもって定義するのか? 社会・文化人類学の専門的な見地でいって,現状の日本に住む人びとをとらえて〈同一〉の民族と断定できるのか?

 アイヌ民族出身者・沖縄人,そして在日外国人でも過去に植民地となった国家・地域出身のその子孫たち,逆方向でいうと日系南米人で最近日本に移住してきた若者たちもいる。最後の若者たちのなかには,日本に入国したときまったく日本語ができない者もけっこう多くいた。

 以上の話で,最後に登場させた「彼ら」も実質においては在日「外国」人問題であるし,彼らが正直なところ「日本人の文化的な民族性」という資質を,歴史的にもちあわせているのかと問えば,否といっていい。彼らは日本語が使えないだけでなく,日本の歴史・伝統・文化をしらない。日本・日本人として教育を受けていない経歴からいっても,あまりに当然の「彼ら自身」の側における文化的・伝統的な背景が別に控えている。

 日本の「日本人・日本民族」という概念を正式に厳密に定義せよ(!)といわれても,専門の学者でもまともに解答するのがむずかしい。多くの関連する論点:争点が残されている。無責任に,日本・日本人は「同一民族・同一言語」であるから,「こうであるとかああであるとか」などといってのけ,いかにもこの概念には〈当然の前提=確固たる共通理解がある〉かのように語るのは,まったく根拠のない非学問的な作り話である。せいぜいのところ,〈思いつき的発想〉と〈同等程度の価値〉しか認められない。

 2) 本文中にも登場する〈例外史観〉の文節

 太平洋戦争中のミッドウェー海戦敗北,連合艦隊司令長官山本五十六元帥の戦死は,日本海軍の暗号が情報として解読・利用されていた史実に関して,谷光はこう述べている。

 日本人の「お人好し」は,数千年来,海上の孤島にあり,異民族による過酷な支配や,異民族間の血で血を洗うような凄惨な体験がないためだろう。それは現在でも変わっていない。人を疑うことすら悪いこととされるし,「国際化とは外国を信用することによって達成される」といった,甘いことこのうえない新聞論調すら目にする(57頁)

 この引用の前半は,既述の引用と同文・同旨である。日本の古代史にあっても,東アジア圏内での政治的な交流があったから,この日本国が「海上の孤島」とはいえない。「数千年来」という「期間指定の文句」は,なにを基準にもちだすとしたら,そのように規定できるのか?

 日本の歴史「全体の通史」じたいを理解するに当たって,あまりに茫漠で雑駁な認識が露呈されている。かつまた,どうにもつかみようもない〈歴史の視野〉をもちだすところが,谷光の歴史観においては「決定的な難点」を提示している。

 しかもまずいことに,谷光は他所でも同じような記述を繰りかえしている。

 日本は周囲を海に囲まれ,同一言語の同一民族で何千年と過ごしてきた。異民族間での血で血を洗うような凄惨な戦いが続いたことがない。権謀術数の限りを尽くす外交戦の経験もほとんどない。このため,お人好しの国民になった。・・・日本人ほど諜報や防諜に不向きな国民はいない(106頁)

 谷光は〈お決まり〉ともいえるような,こうした「日本民族観」=「固定的な見解」を,分かりきった既定観念でもあるかのように,教条的に常套句として披露している。ここでも当然のように,「戦国時代」や「幕末明治初期の動乱期」を特別視して除去する日本史の展望が維持されている。

 かつて,古代史においては近くて親密な隣国であった朝鮮半島諸国が,明治時代になると日本帝国による権謀術数の好対象とされた。その後,20世紀の半ばまで,日本帝国の東アジア侵略路線においての〈日本軍の諜報活動〉は,それらの地域〔だけではなく中国・ロシアまで〕において,その後においても盛んにおこなわれていった。

 日露戦争のとき,日本軍には明石元二郎という “立派なスパイ” がいて,大活躍をしていた。その歴史の舞台は,まさしく「幕末明治初期の動乱期」からの〈密接な連続性〉において,長期間を展望しうる視座をもって観察されるべきものである。

 谷光の記述には,「江戸時代から明治維新まで,各藩は独立国であり,他藩との関係は外国との関係ともいえるものだった。長州や薩摩の侍たちは他藩との交渉で外交のセンスを身に付けると共に,維新戦争では実戦を体験し,軍事リアリズムへの認識を養った。西南戦争では戦(いくさ)に縁遠い農民,町民の兵士を率い日本最強の薩摩武士団と戦った」(174頁)という段落もある。

 だがこの論及は,日本の歴史のなかから「幕末明治初期の動乱期」を孤立させるために,わざと切りとったような歴史理解である。ということで,自身の歴史理解に関してみずからが,わざわざ〈他者の疑問〉を呼びこむほかない記述を残している。

 3) 顧みて他を言うがごとし,にも,実はなりえない「拙論の展示」

 谷光はこうもいっていた。「欧州各地の王は真剣に戦争に対処した。そうしないと弱小国は,戦略・戦術に真剣でない君主を持つ国々は強国に併合されていった。これらの厳しい体験から,多くの軍事思想が生まれた。その意味で,近代参謀制度が欧州で結実したことは当然といえば当然であった」(193頁)

 2) でも触れたように明治維新を経て富国強兵・殖産興業への道を突きすすんでいった日本帝国は,谷光が本書『敗北の理由-日本軍エリートはなぜ迷走したのか-』で強調する「旧日本軍の『情報軽視・無視』の体質」とは異なっていて,国家としては隣国を占領・植民地にしてきた,いいかえれば「戦略・戦術に真剣でない君主を持つ国々は強国に併合されていった」という路線を,隣国:他国に向けては,まさに地でいったわけである。

 ここまで谷光の論旨を参照してきていえることがある。それは『敗北の理由』の「はしがき」でいわれていた論点,すなわち,

  イ)「日本は海洋の孤島にあって,異民族との間で血で血を洗うような凄惨な戦争を繰り返したり,異民族に征服され,その苛斂誅求を受けた歴史がなく,易姓革命の流血もなかった。同一民族・同一言語のうえ,気候温暖多雨な風土,数千年にわたって稲作農耕に従事した日本人」というような紋切り型の記述

  ロ)「生存競争の激しい環境に対処しなければならぬ機能型組織においては,幹部は例外なく,情報の収集と,その分析・評価に注力するが,共同体型組織では情報への関心は薄い。昭和の陸海軍は明治の軍や米軍と比べ,共同体組織化していた」といっていた論及

に注目していえば,谷光の歴史観に関して生じた基本的な疑問点は,いっそう深まっていくほかない。

 谷光の論旨は,自分の記述にとって都合の悪い時期は例外的・臨時的な歴史の出来事が生起したものとみなしておき,除外事項として切り捨てる。すなわち,徹底した《ご都合主義的歴史観》への依拠が顕著である。

 その意味で谷光『敗北の理由-日本軍エリートはなぜ迷走したのか-』は,読み物としての戦記本であっても,けっして軍事を歴史的に語った著作とはいえない。歴史の関係を扱いこれを語れば,それでただちに〈歴史的な書物に〉なるというのではない。

 旧日本陸軍においては通常,情報部門・参謀が作戦部門・参謀からひどくないがしろにされてきた。だから日本は戦争に敗けた(!)。それだけの話である。そこにさらに,日本国は「数千年にわたって」「同一民族・同一言語」であったとかいう話題が,唐突にも混ぜこまれていた。

 「歴史学からの視点」から評論することになれば,せっかくの〈純粋なる軍事話〉が,常識次元の固定観念にひどくとらわれた「程度の悪い愚痴話」にしか聞こえなくなってしまっていた。

 ※ 参考文献 ※

  戸部良一・ほか5名『失敗の本質-日本軍の組織論的研究-』ダイヤモンド社1984年。
  鳥巣建之助『日本海軍 失敗の研究』文藝春秋,1993年。
  三野正洋『日本軍の小失敗の研究-現代に生かせる太平洋戦争の教訓-』光人社,2000年。
  千早正隆『日本海軍失敗の本質-元連合艦隊参謀が語る-』PHP研究所,2008年。

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