天皇を神格化した近代国家の根本矛盾(2)

             (2010年1月26日,更新 2021年1月16日)

 天皇を神格化した近代国家の根本矛盾が21世紀まで残存する明治維新的な形跡,そして 近代国家体制に神権的権威をもちこんだ愚策の 顛末(続)

 鈴木正幸国民国家天皇制』校倉書房,2000年を手がかりに考える天皇天皇制の問題の歴史的由来

 

※「本稿(1)」の主要目次 ※

    明治天皇政治体制の確立に貢献した伊藤博文

    鈴木正幸国民国家天皇制』校倉書房,2000年

 
「本稿(1)」へのリンク(  ↓  ) 

 

  戦前と戦後の天皇天皇制の絶対矛盾的な基本性格

 「本稿(1)」で ① に参照した山折哲雄天皇の宗教的権威とは何か』,その ② に参照した鈴木正幸国民国家天皇制』2000年にくわしく聞いたのは,明治型から大正型を経て昭和型・平成型へと変遷してきた「日本の天皇天皇制」の政治的機構,その国家イデオロギー的な特性であった。別にたとえば,明治政治体制に関する説明は,井上寛司『日本の神社と「神道」』校倉書房,2006年がつぎのように記述している。

 「国家神道」の理解をめぐっては,これを広義・狭義のいずれかに理解するかを初めとして,今日になお多くの議論の存するところであるが,・・・つぎのように理解するのが妥当といえる・・・。

 

 すなわち,国家(天皇)への国民の一元的な統合と天皇統治権を正当化する,国家的イデオロギーとしての本質をもつ「神道」教説(=国家イデオロギー)にもとづく「復古神道」論を,日本固有の宗教施設である神社と結び合わせ,それを媒介とすることによって天皇ナショナリズムを「日本国民」の中に注入し,もってその思想的・精神的一元化を推進しようとした,近代日本に特有な神社と「神道」の理論的・制度的再編成としての国家的宗教システム,これである。

 註記)井上寛司『日本の神社と「神道」』校倉書房,2006年,256頁。

 この指摘は,1945〔昭和20〕年8月〔9月〕敗戦までの話となるが,鈴木正幸国民国家天皇制』2000年もつぎのようにも表現した「天皇家=皇室」の「ありかたの対外姿勢」面,いいかえれば,その絶対的な至高性をアジア全体にまで誇示しようとしてきた姿勢を,的確に説明している。

 しかも,敗戦を契機に与えられた新憲法「日本国」における天皇天皇制の姿容が,そうした過去の性格とは縁を完全に切れないまま,21世紀の現段階にまで進展したところにこそ,これから論述する「問題の根源」が残されていたことになる。鈴木正幸はこう語っていた。

 --「帝国憲法体制と国体論は,植民地領有を前提とせず構築されたものであった」けれども,「日清戦争後」は「帝国主義が価値肯定的なものとして高らかに叫ばれ,日本主義が語られ」て,「アジアに対する優越感が『文明』における優位を基礎として成立した」。

 しかし,「三国干渉によって欧米物質文明の力の前に屈した」日本帝国は「別種の日本民族優秀性論が求められることとなった」。「その機能を果たしたのが」「家秩序的国体論であった」。明治体制下,このような日本の至高のシンボルとして天皇が位置づけられ意識され,天皇は日本国民の「国民的利益」を象徴するものへと変態・発展した。そして,この天皇を超える価値は存在しえなくなった。

  すなわち,19世紀後半期に全面改装させられ,政治的に再登場させられた天皇天皇制は,その基本性格においてはもとより「時代錯誤の妥協的産物」でしかなかった。つまり,その原型は「古代に求められていた天皇」であったのである。

 明治時代が準備・開拓していった政治・外交の舞台において天皇睦仁が演ずるべき任務・役割は,つぎつぎと新しく提供されていった。日本帝国は当初,一国体制を前提する国家イデオロギーのなかで明治天皇を利用していた。

 だが,アジア侵略路線へと政治・外交を軍事的に拡大させていく過程のなかで,明治天皇はさらに,日本帝国の膨張に対応できる立憲君主としての役目・機能も国家イデオロギー的に具有させられるほかなかった。

 そうした歴史過程のなかで,日本国民の「国民的利益」を象徴する天皇は,天皇を超える価値の存在を否定するほかなくなった。「こうなれば,議会勢力も国民も自らの利益の,天皇・皇室の利益との無矛盾性,あるいは積極的一致性を主張することによって自己の正当性を確保することが,正当性確保の最良の方法となる。そのための主要な手段の一つとして “開発” されたのが,“累を皇室に及ぼさず” の至高の政治道徳化であった」

 註記)鈴木正幸国民国家天皇制』校倉書房,2000年,151頁,158頁。

 

  明治体制の天皇機構を21世紀においても使いまわしている国家的な愚策,その顛末

 1) 「中国要人との天皇会見」問題  2009年12月

 明治憲法下におけるような明治型の,そして大正型=昭和戦前型とでもいうべき天皇天皇制のありかたは,現行憲法下における「昭和戦後型」とでもいうべき「象徴天皇制」〔典型的には平成天皇型のそれ〕にまで変遷・移行してきた。

 明治以来,「日本帝国」時代の「皇室の血筋」を引きつぐ人物が依然,「日本国」新憲法のなかに生き残り,「象徴」といういかにも〈不可思議な政治的存在〉に化けかわって活躍している。

 「日本国の国家イデオロギー」の問題としていえば,彼とその一族が「象徴天皇の立場」からではあっても敗戦後も,直接と間接とを問わず依然〈なんらかの存在意義〉を発揮してきていることは歴史的な事実である。

 --昨〔2009〕年12月中旬,中国要人との「天皇特例会見」をめぐる事件を介してあらためて問題化したのが,「天皇天皇制の基本的な問題性」に潜む「戦後政治体制的な困難=無理」であった。

 日本国憲法においては明確な規定のない,天皇の「政治的な利用」のありかたが問題となっていた。天皇天皇制という制度的存在をめぐって現実に発生している「日本国にとってのその利害得失」は,まさしく政治的にどのように利用されているのか,もっと冷静な視線を向けて議論しなければならない。

 本(旧・々)ログが最初は2009年12月28日であったが,「『象徴天皇制に関する基礎的資料』2003年の吟味,象徴とはいえない天皇の問題」でとりあげた論点は,日本国やこの国民を統合的に「象徴するとされた天皇」が,あたかも国家主体・代表者であるかのように「振る舞わせている現状」においてこそ,天皇天皇制の問題に淵源する矛盾が集約的に表現されている事実についてであった。

 現憲法は「生きている人間:天皇」が「日本国や国民を統合的に〈象徴する〉」と規定している。この現憲法の,いわば「法律以前」ともいっていい概念規定,そしてそのアクロバット的な取扱・解釈による「象徴概念の〈運営・操作の危うさ〉」が露呈させられた出来事が,2009年12月中旬に起きた「天皇会見」問題であった。

 中国要人〔当時の習 近平副首席〕が天皇に会見するにさいして,「特例」などという用語を付けて説明したり議論したりするこの日本社会の政治事情をみて,この〈ありかた=現象〉そのものにあえて疑問を抱く者はいないのか?

 「天皇特例会見」の問題は当時,突如浮上したかのような話題となって,世間を騒がせるに至っていた。しかし,この事情はけっして偶然の現象ではなく,出るべくして出てきたともいえる。先日〔2010年1月24日〕の日本経済新聞は「中外時評」欄で「侃々諤々を繰り返せ   緊張と危うさの中の天皇制」と題名を付して,論説委員の小林省太がこれまでの経過を踏まえた議論を披露している。

 また,2009年12月29日の『朝日新聞』朝刊は「象徴天皇制 越えた一線,中立担保こそ内閣の責任,特例会見問題」「外交への『利用』自制必要,皇室,公平に不審」などの見出しを出した〈解説記事〉が組んでいた。そこには「2008年度における天皇夫妻の活動一覧」を表にした資料も作成されていた。

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 この画像資料を収めた記述は以下の期日のものであった。

 

  2010年1月21日衆議院予算委員会で,自民党谷垣禎一総裁が「天皇の公的行為」などをめぐる憲法解釈についてとりあげたところ,「従来の政府見解が存在する」ことすら理解していなかった平野博文官房長官が「答弁に窮する一幕」もあった。

 2009年9月に発足した民主党〔など連立〕政権は,国会の審議においては官僚に答弁をさせない方針としたために,内閣法制局長官であれば難なく答弁できる「天皇の公的行為」などに関する質問が出ても,ろくすっぽ答弁できないというみっともない姿をさらけだしていた。

 2) 天皇の国事行為と公的行為など

 筆者が「2008年度における天皇夫妻の活動一覧」と呼んだ「天皇・皇后両陛下の活動(2008年度)」は,天皇夫妻の行事・仕事を以下のように区分している。これらの区分に含まれている行事や仕事は,憲法に規定されている「国事行為」をはるかに超えでた「公的行為」までを一覧している。

 国事行為・関連--宮中の儀式・行事,→国事行為に関するもの

 公的行為・関連--宮中の儀式・行事,→恒例的な儀式・拝謁など

           外国交際,→外国賓客・ 駐日大使

           行幸啓(旅行・外出)

           内奏・進講・説明など

 園部逸夫『皇室法概論-皇室制度の法理と運用-』第一法規出版, 平成14〔2002〕年は,天皇およびその一家がどのような「象徴としての政治的活動」をおこなっているか,詳細に考察している。園部のばあい「天皇の各種行為」を以下のように整理している。

 「天皇の行為に関する従来の政府見解は,天皇の行為を国事行為,公的行為,その他の行為に3分類し,さらに小分類としてその他の行為の中に公的性格ないし公的色彩のある行為と純然たる私的行為とがあるとしている」。

 

 「一方,学界の通説は,国事行為,私的行為の外に公的行為を認める3分説となっている」。しかし,園部は「こうした従来の行為分類を前提に,天皇の地位と国家との関係を軸に天皇の行為を

 

  (1)国事行為,(2)公人行為,(3)社会的行為,

  (4)皇室行為,(5)私的単独行為

 

の5つに分類し,併せて価値概念としての「象徴」から導かれる価値との関係において生ずる行為の規範を解説する」(同書,108頁)。

 敗戦後,1946年元旦に「人間宣言」をした天皇裕仁の息子明仁が,1989年に天皇の地位を継承した。日本国憲法第1条から第8条までの規定全体を踏まえたうえでの諸行為であるのかについては,きわめてあやしい問題を残している。だが,平成天皇はともかくも,「国事行為」以外の「公的行為・私的行為」などを,みずからも努めて拡延・増大させてきた事実史が記録されている。

 憲法「第1章」「天皇の関係」条文は,第3条で「天皇の国事行為に対する内閣の助言と承認」のもとに「天皇の国事に関するすべての行為には,内閣の助言と承認を必要とし,内閣が,その責任を負ふ」ことになっている。

 だが,敗戦後における父の裕仁天皇は終生,戦前・戦中体制の君主意識ままであって,〈天皇聖帝の意識〉を捨て去ることができなかった。彼は「立憲君主」時代における自分自身の天皇像に拘泥しつづけてきた。前掲の「2008年度における天皇夫妻の活動一覧」のうちで「公的行為・関連」のなかにある「内奏」という項目に注意したい。

 敗戦後においても事実として実際に,その「内奏」がなされてきた。ときどき問題にもなるこの内奏という天皇の行為が〈臣下たちからの報告〉にとどまらず,実質において〈陛下の意見を臣下が聞く性格〉すら含まれている点を,完全に否定する憲法学者はいない。

 戦後,新憲法の精神を厳格に遵守するならば「張りぼて」にならねばならないと,昭和天皇自身がぼやいた話は有名である。彼は結局,日本国憲法の基本理念を理解できておらず,晩年は渋々その法精神を遵守させられるほかなくなっていた。

 要は,憲法第1条「天皇の地位・国民主権」が「天皇は,日本国の象徴であり国民統合の象徴であって,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く」と規定しているにもかかわらず,人間であるこの天皇がロボットでないかぎり,ここに規定されているように「日本国民の総意に基く」行為だけに「純粋に制限させうる」「実際的な制約」はないにひとしいのである。

 3) 明治以来の国家的な矛盾天皇天皇

 平成天皇夫婦はとうの昔から,第4条 [天皇の機能の限界,天皇の国事行為の委任」で規定された「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ,国政に関する権能を有しない」という限界を,はるかに超えて各種の行為を実行しえていた。

 すなわち,前出の園部『皇室法概論』が分類した範疇をもちだしていえば,「公人行為」「社会的行為」「皇室行為」の形式に乗せることによって,「「国事行為」ではない「公的行為」や「私的行為」を,いくらでもおこないえていた。

 第7条「天皇の国事行為」は「天皇は,内閣の助言と承認により,国民のために,左〔下〕の国事に関する行為を行ふ」と規定されている。

 1 憲法改正,法律,政令及び条約を公布する。

 2 国会を召集すること。

 3 衆議院を解散すること。

 4 国会議員の総選挙の施行を公示すること。

 5 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。

 6 大赦,特赦,減刑刑の執行の免除及び復権を認証すること。

 7 栄典を授与すること。

 8 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。

 9 外国の大使及び公使を接受すること。

 10 儀式を行ふこと。

 園部が(1)国事行為,(2)公人行為,(3)社会的行為,(4)皇室行為,(5)私的単独行為と分類・整理したこの5つの「天皇の行為」のうち,(1)国事行為はさておき,これ以外はすべて,文字どおりにごく単純かつ厳密にいえば「国事行為」とはいえず,無理である。 

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 補注)この図解は「国事行為④」が記入されている「位置関係」を観れば判るように,あえてこの国事行為がアイマイに理解されるかのように,適当(より適切?)に〈真ん中〉付近に書きこんである。

 戦前・戦中体制であれば,皇室の公的と私的との区分など,もともと問われないかたちで執りおこなってきた「天皇の政治的な諸行為」であった。ところが,敗戦後もなまじ天皇家が残存させられたために,しかも占領軍による日本統治の都合という最大の理由もあったために,憲法第9条との作為的な〈矛盾の均衡〉のなかで存続させられてきた天皇天皇制=皇室のありかたは,日本国憲法において一番説明しにくい暗点を提示しつづけてきた。

 その意味でも「明治期の近代天皇制国家建設は大きな歪みをはらんでいた」註記)わけである。そうはいっても,古代史を近代において無理やり復活させて成立・発足させた明治国家体制,これが発足以来ずっと溜めこんできた「積年の汚汁」を排洗できないできた「21世紀日本の政治体制」は,今後もなお「天皇体制を冠に戴く民主主義」(?)を継続・維持していくつもりである。

 註記)石部正志・西田孝司・藤田友治『続・天皇陵を発掘せよ』三一書房,1995年,66頁。

 渡邊幾治郎『皇室と社会問題』文泉社,大正14〔1925〕年は,「我が国民が平和国民である如く,我が皇室も亦平和皇室である」と主張し,「外国が我が国を以て侵略的軍国主義といふは武勇を貴ぶ,国俗の一端を見て平和を愛好する皇室,国民の本体を見ないからである」註記)と,ロシア革命以後,世界中を風靡した社会主義思想に影響が醸しだしていた「当時のきびしい内外情勢」を意識する反論を,唯我独尊的に恥じらうこともなく陳述していた。

 註記)渡邊,同書,142頁。

 そのまさに20年後において,明治体制の顛末は,いったいどのようになっていたか。「明治以来戦争を連続させてきた」日本帝国が「平和皇室」であると強弁した渡邊幾治郎は,いつものとおり「皇室御用の歴史」観を披露していたに過ぎない。

 しかし,その平和皇室は,日本大帝国が大敗北する第2次大戦の集結まで戦いを止めなえかった責任者:大元帥を最高位の家長として戴いてきた。この「平和」皇室の代表者である「戦争」天皇,とくに明治天皇昭和天皇に,なにも責任はなかったといえるのか? 彼は,A級戦犯が背負いきれないほどに大きな,あの戦争をめぐる責任を有していたはずである。

 結局,戦争の責任をとらなかった天皇裕仁であった。彼が担うべきであったその〈戦責〉問題までが,絞首刑に処されたA級戦犯東條英機などに,全面的ともいっていいほど転嫁されて(付けまわしされて)いた。この肝心の当人がそのまま「象徴天皇」になりかわっていたゆえ,それまでの責任はとらせようもなかった。その意味ではなんといっても,彼を免訴・免罪してくれていた「アメリカ様々」であったし,「マッカーサー閣下のおかげ」でもあった。

 敗戦後に公布された新憲法下では,天皇の国事行為はすべて内閣の監督下にあるから,天皇個人が責任を問われない形式でこの「国事行為」などを担当しているのかといえば,まったくそうではない。彼ら一族は「公的行為」「私的行為」などとも称される「天皇〔夫婦〕家の私的な活動」までを,「象徴」の名目を最大限に拡張・深化させて「国事行為」的におこなってきている。

 すなわち,以上を逆にとらえて表現するとしたら,「日本政府は天皇天皇家を政治的に利用した為政」をおこなっている。この国はもしかすると,明治謹製になる「前近代的な遺制としての不全形成的民主主義のありかた」を根底から考えなおす気持がないのかもしれないし,もともとそうはしたくともできない「国家的な民度水準」に拘束されているのかもしれない。

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天皇を神格化した近代国家の根本矛盾(1)

             (2010年1月25日,更新  2021年1月15日)

 天皇を神格化した近代国家の根本矛盾が21世紀まで残存する明治維新的な形跡,そして 近代国家体制に神権的権威をもちこんだ愚策の 顛末

 鈴木正幸国民国家天皇制』校倉書房,2000年を手がかりに考える天皇天皇制の問題の歴史的由来

 

  明治天皇政治体制の確立に貢献した伊藤博文
 
 1) 伊藤博文による明治国家造り

 山折哲雄天皇の宗教的権威とは何か』河出書房新社,1990年は,1888〔明治21〕年における伊藤博文の言説に関して,こう論述している。本書にしばらく聞いていくかたちで議論を始める。

 明治21〔1888〕年6月18日,数ヶ月前に総理大臣を辞任して枢密院議長に就任していた伊藤博文は,その自分の掌握下にあるこの枢密院に憲法制定会議を召集して,威風堂々の演説をおこななった。

 

 なにゆえに威風堂々であったかといえば,いまやアジアの諸国にさきがけてはじめて「憲法政治」を樹立せんとする気概がかれの心に横溢していたからであり,ヨーロッパの先進諸国とも区別せられるべき特異に「君権」憲法の制定という大事業がかれを待ちうけていたからである。

 註記)山折哲雄天皇の宗教的権威とは何か』河出書房新社,1990年,124-125頁。

 伊藤博文はそのころまで,ヨーロッパとキリスト教の事情につうじた開明的な絶対官僚に成長していた。この伊藤が焦燥していたことがあった。ヨーロッパの憲法政治の歴史においては,千余年に及ぶ人民がこの制度に習熟して十分な経験を積んでいるうえに,キリスト教が人心を帰一させうる「国家の機軸」として絶大の役割を果たしている。それに比べて,日本では仏教および神道の宗教としての力量を軽侮されるほかなかった。

 佛教は一たび隆盛の勢いを張り上下の人心を繋ぎたるも,今日に至ては已に衰替に傾きたり。神道は祖宗の遺訓に基き之を祖述すとは雖,宗教として人心を帰向せしむるの力に乏し。我国に在て機軸とすべきは独り皇室にあるのみ。是を以て此憲法草案に於ては専ら意を此点に用い,君権を尊重して成る可く之を束縛せざらんことを勉めたり。

 註記)『枢密院会議筆録』「憲法草案枢密院会議筆記 第一審会議第一読会における伊藤博文枢密院議長の演説」明治21年6月18日,京都での憲法演説。

 この一文で分かるように伊藤は,明治憲法における〈人心帰一の機軸〉に神道や仏教ではなく「皇室」を選んだのである。ただし,彼自身が自覚的に,皇室という機軸を仏教とか神道などの宗教的な機軸の代替物になりうるとか,あるいは「宗教そのもの」の精髄になりうるとか考えていたかどうか不詳である。多分,民族の伝統的な智恵と心性を無意識のうちに代弁した結果と思われる。明治の治者階級が抱いた関心事はただひとつ,皇室という機軸が歴史的に実証しているかにみえる永続性とその根拠を,論理的に明らかにする仕事にあった。

 註記)山折,前掲書,125-126頁。

 そこにみられる論理的に唯一の筋道は,皇室の不壊の存在理由を「皇祖たる祖霊」の加護という祖先祭祀の観念によって証明しようとするところにある。「神明」と「祖宗の霊」が皇室の永続性を保証することによって,国家の開始を告げる絶対のアニマ(anima:魂)としての聖位に登ったのである。皇祖皇宗の祖霊は,衆庶の祖霊の上に超越する絶対の威霊として荘厳され祭祀の対象とされねばならない。かくして,アニミスティックな階層制的神権政治の原型がここに像をむすぶことになる

 註記)同書,127頁。

 帝国憲法第1条「大日本帝国万世一系天皇之ヲ統治ス」は,天皇統治の正当性が代々継承され,断絶しなかった点に拠っていた。このことは,万世一系思想に接合された「天皇の機軸」が有した「一種の非宗教としての秘密」を示唆する。天皇統治の正当性はただ,その連綿たる継承性にのみ求められていた。「天皇の機軸」は,神道や仏教を止揚するかごとき「一種の宗教的有効性の観念」をすべりこませようとし,いわばその脱色された抽象的な表現のうちに「祖宗の霊」という超政治的な有効性の政治的利用を意図したのである。

 註記)同書,127-128頁。

 2) アジア侵略路線を招来した明治憲法の理念

 こうして天皇統治の万世一系性は,その暗喩的文脈でいえば「皇室の祖先祭祀」に支えられてはじめて,その固有の政治的意味を発揮できるしかけになっていた。そのかぎりにおいて日本帝国の主権が「天皇陛下の玉体に集合する」(明治22〔1889〕年2月15日「府県会議長に対する演説」)との正当性が,内外に宣言されるに至ったのである。この場合「陛下の玉体」は,万世一系たる王位継承者としての肉体であると同時に,皇祖皇宗の霊威の継承者としての肉体でもあると考えられていた。

 註記)山折,前掲書,128頁。

 しかし,以上の説明は,本質的にはあくまでも,明治の絶対主義官僚の思惑がつじつまを合わせるためにだけ案出した「巧知な解説」であった。仮に,万世一系という思想が可能であったとしても,その一系性の論理的な根拠は,歴史的にいったいどのようにして証明されるのか。

 註記)同書,129頁。

 「『大日本帝国憲法』が一切の宗教的観念を排して,ただ皇室の機軸すなわち祖先祭祀にもとづく万世一系思想を表明し」たところの,「皇祖皇宗を中心とする祖先崇拝が,実は政治的虚構の産物にすぎないものであ」った。「天皇自身がカミなのではなく,天皇『地位』がカミの性格を有していた」のであり,それが「明治憲法の精神的中核」を形成する思想であった。

 註記)同書,130頁,133頁。
 
 かくて伊藤博文は「帝国憲法」を起草し,近代天皇制の基礎を定めるにあたって,「皇室の機軸」のなかに暗に含まれていた民族的特性を無意識のうちに先取りしつつ,政治的天皇制の契機と呪的天皇信仰の契機を統合することにほぼ成功したのである。とするならば,わが国における万世一系の考え方は,「皇位」と「天皇霊」の統合理念として救い主=王という観念を歴史的に内包してきた思想でもあった・・・。政治的価値が呪術,宗教的心情へと無限に拡散し,また呪的狂熱がナショナルな政治的膨張論へとはげしく急上昇していく近代日本のエトスが,そこに萌芽しているのである。

 註記),同書,143頁。

 以上,山折哲雄明治天皇政治体制「論」は「万世一系」思想を説明していた。この「万世一系」思想は,日帝アジア侵略路線を軍事政治的に展開させてゆくさい〈必然の神国思想〉を提供した。「万世一系」思想に連なっている日帝的な各種思想は,「万邦無比」「八紘一宇」「神州日本」などとしても連係的に表現されていた。

 それらは,日帝流の特有な唯我独尊・夜郎自大の思想を,具体的に粉飾・修辞していたといえる。これらの文句に〈表出されるべき政治思想〉が「日本国内向けの神国思想」であるかぎりであればともかく,いったん国外へ向けられる事態になるとただちに,侵略思想に転換・利用されることになった。

 

  鈴木正幸国民国家天皇制』校倉書房,2000年

 1) 御前会議は帝国憲法体制の崩壊を意味した

 本書,鈴木『国民国家天皇制』2000年は,近代国家体制の実質である〈国民国家〉が天皇制と結合して構築された明治政治体制が,どのような運命をたどっていったかという問題を,本文の末尾で論及している。まずこれに聞こう。

 1941 年12月8日,日本はアメリカ・イギリス軍を奇襲攻撃して太平洋戦争を開始した。この時,日本は自らの国力を超える戦争を開始することによって滅亡への道を歩んでいった。戦争の過程で,国家理性を否定する天皇現人神化と天皇親政の実質化が進んでいった。そして天皇親政の実質化は,1945年(昭和20)年8月,日本が敗戦必至の極限状況に置かれたポツダム宣言をめぐる御前会議において鮮明に現われた。

 ポツダム宣言受託をめぐっては,統帥部と内閣の対立だけでなく内閣内部でも対立した。天皇は権力と実質上も直接行使する君主として「聖断」を下した。たしかに明治憲法の建前では,政治諸機関が国家意思決定をめぐって分裂し対立し,相互に調整できなくなった時,それを調整し決定を下すものは最終的には天皇であった。

 しかし・・・帝国憲法体制は,とくに日清戦争以降,天皇の実質上の不親政化によって,天皇親政の建前と天皇親政不可侵を両立させ,近代日本のおける君主制の安定化に成功してきたのであったから,この建前の実質化は事実上の帝国憲法体制の崩壊といってもよかった

 註記)鈴木正幸国民国家天皇制』校倉書房,2000年,228頁。

 昭和天皇は,日本帝国が昭和20年8月の敗北を認めるにさいし,「君主の意思を国家理性の範囲内にとどめるという,明治維新以来築いてきた近代国家に必要な原則を放棄する」ことになった。つまり「現身の天皇が皇祖皇宗の遺訓という形式をとった国家理性によって」,そして「自己を律し,臣下も遺訓遵守を要請するという形式で」もって,「自己の外にある規範として自己を律していた皇祖皇宗の遺訓の存在」を守ろうとしてきたにもかかわらず,「天皇を現人神化し,したがって皇祖皇宗と現身の天皇を一体化することは,現身の天皇が,それまで自己の外にある規範として自己を律していた皇祖皇宗の遺訓をあいまいにするものであった」。

 註記)同書,226頁。

 2) 皇室・国体と戦前日本の政治体制-2・26事件時の天皇親政など-

 「1936年の2・26事件を経て,軍部による国政制覇が決定的となった時,天皇の神格化は,軍内部だけでなく全国民に浸透させられることとなった」。「天皇を現人神として絶対化し,絶対的無答責化することによって,それに直属する軍の絶対化と国政制覇と可能にする必要」のあったのは,軍部であった。

 「軍部のかかげる天皇親政の実質化は,これら〔軍部の独走を強く批判していた」「美濃部の憲法学説」「天皇機関説」〕では天皇に責任が及ぶことなる」という帝国憲法じたいの問題よりも,「天皇親政をかかげ,天皇親率のもとに自己の優越性を主張し,さらには総力戦に名を借りて軍事以外の国務一般にも介入しようとした軍部にとって」の利害しか視野に入っていなかった。

 註記)鈴木,前掲書,225頁,224頁。

 明治以来,皇室・国体を政治圏外に置いたかたちで実現された政党政治が,それ〔天皇親政〕を引き入れたとなれば,帝国憲法体制下にあってはみずから墓穴を掘ることになった。昭和1桁年代に右翼運動が広まってきたのは,皇室・国体を政治的争点と化し,しかも政党政治の腐敗と外交危機=「政治国難」,経済恐慌=「経済国難」,左翼運動の展開=「思想国難」の3条件が出そろったときであった。

 註記)同書,205頁。

 大正後期から盛りあがってきた日本の左翼は,国体論とナショナリズムを切断して,民衆のうちにあるナショナルな意識を,自己のなかにとりこむことに成功しなかったし,またそのことじたいを自覚できていなかった。左翼もまた客観的には,その主張の論理において国体を自己利益の実現のための手段として利用しており,国体の発揚を目的にかかげていた。

 このような目的と手段との転倒的な表現が不可避であったのは,弾圧のためのカモフラージュのみでなく,“万邦無比” なる国体に対抗させて,代わりうる「民族の共同体の象徴」を提示することができなかったことの結果であった。

 註記)同書,194頁,195頁。

 3) 大正デモクラシー期における皇室・国体問題

 真の国民的利益は国家という名を関する必然性はなく,国体に対立する。現実の国家と対置された「国家」は,日本国民ないしは日本の勤労人民の総体的利益を体現する,いいかえれば,日本民族・勤労人民の共同生活体を表徴する概念として理解される。したがって,この「国家」の利益を擁護することは勤労者の国民的ナショナリズムであり,国際主義と矛盾しない。この「国家」は国体と結合する必然性はない。

 註記)鈴木,前掲書,189頁。

 「民族の共同体の利益」と「国家の利益」が一致しないにもかかわらず,「国家団結の基礎としての民族精神」あるいは「日本固有の君臣の道徳文化として国体の存在」を是認したことは,この分離の徹底化を困難にさせていた。この分離を可能にさせる思想は,国家を階級国家として把握し,この国家と日本民族の圧倒的多数を占める勤労人民の利益との背反を説く社会主義であった。

 註記)同書,190頁。

 第1次大戦前は,万邦対峙・富国強兵がまさに「世界の大勢」であり,国家的価値と「世界の大勢」は一致していたゆえ,「世界の大勢」は支配者に有利に作用していた。大正前半期ころまで労働者の権利主張は,往々にして国家的有用性を証明する形式で国家的価値に結合しておこなわれた。というのも,国家的価値が積極的に価値序列の頂点に位置づけられていたからである。

 註記)同書,184頁,185頁。

 だが,第1次大戦後は「世界の大勢」はデモクラシーと国際平和主義にかわり,支配者には有利でなくなってきた。戦後に出現した国際協調体制は「天皇の権威」の再生産を困難にさせ,天皇制国家の枠組そのものを動揺させた。デモクラシーの要求は,現実の国家はもちろん,国体的国家をも相対化させはじめた。現実に国体を無視したり対抗したりする利益が主張された。ここに天皇制という君主制の危機の1条件が形成された。

 註記)同書,186頁。

 第1次大戦後の日本でも,君主制の世界的危機のなかにあって君主制の安定を図るべく君主人格の確立,すなわち人格的シンボルによる社会統合が画策された。明治天皇日清戦争以降ナショナル・シンボル化したのは,たとえ多分に演出されてはいたものの,明治天皇という人格と関係していた。しかし,大正天皇明治天皇のカリスマ性を引きつげなかった。

 註記)同書,179頁。

 第1次世界後における君主制の世界的危機は,日本君主制を安泰にするためには,君主人格の構築を皇太子裕仁に期待した。この皇太子の洋行が,第2次大戦後における皇太子明仁の成婚に匹敵する一大イベントとして演出され,明治天皇が強国化の権威的ナショナル・シンボルとしてカリスマ化したのとは違い,敗戦後における皇太子〔明仁天皇〕一家がマイホーム的な社会シンボルとなって,その存在意義を確保したのに似た演出がなされていた。 

 かつて「シラス」型統治論において “天皇に私なし” を全面に押し出して天皇統治の正当性が語られたのとは反対に,天皇(摂政宮)の自然人としての私人格,私生活を積極的に公開することによって,社会的シンボルとして君臨することへの国民的合意を得ようとしたのである。

 註記)同書,181頁,182頁。

 私財を福祉・公共事業になげうつ一大名望家としての皇室,市民生活の “憧れ” としての皇室,そうしたものの人格的シンボルとしての天皇(摂政宮),そして事実上 “君臨すれでも統治しない” 天皇,これが第1次世界大戦によって出現した君主性の世界的危機への日本君主制の対応=メタモルフォーゼの理念型であった。そしてそのかぎりで,日本とともに君主制の世界的危機をクリアしたもう一つの強国イギリスの立憲君主制に近づきつつあった。

 註記)同書,183頁。

 4) 戦前体制における天皇天皇制の根本矛盾

 日清戦争後,皇室は日本国民の総本家(宗家)であって,分家末家である国民は総本家の家長である天皇に率いられるのは当然とする国体論,いうなれば「総合家族制度」国体論=家秩序的国体論が急速に広まっていった。

 註記)鈴木,148頁,149頁。

 しかし,この形態で国体論が完成したために,他民族を国民共同体から排除する排外的性格を帯びざるをえなかった。台湾領有によって他民族を国家の範囲に包摂したとき,天皇がこの他民族を統治することの正当性は,その家秩序的国体論では弁証できなくなってしまった。「台湾という植民地統治が現実の問題となると,その正当性論理は至るところで困難に遭遇せざるをえず,“柔軟に対応して姿態変換を遂げ” ることができなかった」。 

 註記)同書,150頁,151頁。

 明治期日本の対外観は,たとえば森 有札が「赤裸々な主権国家の暴力こそが通用するとの,維新いらいの有司たちの国際政治への認識いや信念」として「馬鹿正直」に語ったように,その「実践としての台湾・朝鮮への軍事政略は,まさに粗暴で,『無法ノ国』日本というイメージを,はやくも近隣諸国に焼きつけてしまった」。

 註記)同書,122頁。

 対外関係における公理に対する便宜主義,それと裏腹の実力主義,これらはやがて他国を実力に応じて1等国・2等国・3等国と等級づけて差別する思想へと連なっていく。この思想「公理なき実力主義」は「人権における公理なき実力主義(そこに淵源する権利=利益説)」と符合していた

 註記)同書,123頁。

 5) 明治天皇の始源

 近代国家の統治権天皇が独占する正当性を保証するために必要とされたのは,なにか。

 第1に,皇室の祖先が公共性のみを目的として国を建て,万世一系皇統にあるものがその『シラス』型統治をおこなってきたという,皇祖皇宗(祖宗)の『シラス』型統治の神話伝承を事実として承認し,かつ国民にも強制することであった。

 第2に,近世の藩の主君が祖法(藩祖の定立したとされる不文の立法)に絶対服従したように,天皇も皇祖皇宗の不文の立法たる祖法(「シラス」という公平無私の統治方式)への絶対服従によって,統治皇位の無私性が保障されることを天皇にも強制し,自覚させる。そして,この天皇がことあるごとに皇祖皇宗に服従する儀式をおこない,それを国民に対して証明してみせる。

 こうして,大日本帝国憲法が祖宗遺訓であるがゆえに天皇は主権者であるにもかかわらず憲法遵守が天皇の義務となった」。憲法発布の「『告文』は祖宗への遺訓遵守の誓約であったのであり,そのことを通じて天皇が『シラス』型統治を義務づけられている存在であることを国民にも証明してみせたのである」

 註記)鈴木,前掲書,87-88頁。

 以上が,天皇が近代国家の統治権を独占した正当性を保障するために必要な条件であった。したがって,天皇が祖宗に対してその遺訓遵守を不断に誓約し,このための祭祀儀式を執りおこなうことが,近代天皇制国家にとっては公的なことがらでなければならなかった。

 国家神道がそれゆえに,近代国家の統治権天皇が独占することの正当性を保障するために不可欠であった。天皇がそうである以上,その統治のもとにある国民も祖宗の遺訓遵守は公的義務とされねばならなかった。ここに,国家神道の祭祀儀式が国民に義務づけられたゆえんもあった

 註記)同書,88頁。

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 【未 完】 「本稿(2)」は,以下のリンクである。「本稿(1)」はまだ前論部分であったが,こちらの(2)では,本格的に「明治に創られた天皇制」の問題について,今日的な観点から議論している。

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最近は新聞の発行部数が顕著に減少,この事情を反映させてその紙面には全面広告が花盛り,IT時代が「紙媒体:新聞紙」の広告を変質させた

 外国(米欧)ではネット新聞が紙媒体新聞を上まわる部数を発行している新聞社があるなかで,宅配制度のある日本ではまだ紙媒体の新聞発行が主流 として持続しえているが,今後においてどのような転換:改革を企図し,実現できるのか関心がもたれる

 

  要点・1 全面広告がやたらに氾濫する最近・大手紙新聞朝刊の紙面全体

  要点・2 民主主義が溶融してきた日本において,新聞社が「社会の木鐸」としてまともに機能しなくなっている時代的な意味


 『ガベージニュース』から関連する図表を借りた説明

 1)「1年間で272万部減,1世帯あたり部数は0.61部まで減少… 新聞の発行部数動向(最新)」『ガベージニュース』2021/01/04  05:15,http://www.garbagenews.net/archives/2013226.html

 この記事に提示されている図表から,つぎのものを引用しておく。ご覧のとおりであって,21世紀になってからというもの,新聞(紙)がみごとといっていいほど凋落傾向をたどってきた事実が描かれている

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 補注)なお,2020年7月度における全国紙4社(および準全国紙1社)の部数内訳は,つぎのとおりである。( )内は,前年同月比。

 

  朝日新聞:501万3399部(-43万6688部)
  毎日新聞:211万7818部(-22万7630部)
  読売新聞:749万8690部(-47万5480部)
  日経新聞:206万9670部(-22万9851部)
  産経新聞:128万4320部(-  8万  558部)

 

 全国の日刊紙の発行部数は,3137万部である。この1年の減部数は約214万部である。東京新聞社の分(約42万部を発行)が5社消えた規模の減部数である。

 一般紙は2004年位までは前年比マイナスプラスを行き来していたが,2005年以降はマイナスのまま推移している。奇しくもこの「2005年」は【民放連曰く「諸君らが愛してくれたテレビの広告費は減った。何故だ!?」】でも解説した,テレビCMの単価低迷傾向が始まった時期と一致する。同じタイミングで普及率の上昇が始まったインターネットや携帯電話の影響が,少なからず及んでいることは間違いない。

 最新値となる2020年は一般紙・スポーツ紙ともに記録のあるなかでは最大の下げ率を示してしまっている。結果として当然のことながら,新聞全体としての下げ率も最大のものに。10年以上プラス圏に復調していない状況をみるに,可及的速やに,かつ有効な手立てを講じる必要があることに違いはない。

 ともあれ,「紙媒体の」新聞には辛く,きびしい時代が続くに違いない。もっとも昨今新聞業界界隈でみられる業界全体としての我田引水ぶりな挙動や,業界関係者の行儀の悪さの露呈がこれを原因とするのなら,大人げない話でしかない。(以上,任意に特定の段落を引用)

 さて,この引用中の最後で,「新聞業界」「全体としての我田引水ぶりな挙動や,業界関係者の行儀の悪さの露呈」は「大人げない話」だと指摘がなされていた。

 安倍晋三前政権から菅 義偉現政権への自民党公明党の野卑・下劣な合体政権がつづく日本の政情のなかで,第4の権力と表現されているマスコミ・メディア側の「権力者への忖度的な堕落」の程度(体たらく)ときたら,ひどすぎた。

 一方で,まるで権力者の端女(はしため)のごとき振るまいを進んでおこなってきた新聞社じたいがあると思えば,他方で,個々人のジャーリストの次元でも権力者のための幇間役を喜んで果たしてきた者たちもわんさと存在していた。

 なかでもいまもひどい新聞社は読売新聞社産経新聞社(そしてのこの系列の地方紙)であって,「権力と一心同体」の報道機関)であるかとみまごう報道の姿勢を採っている。さらに,両新聞社ののTV局版のほうでいえば,日本テレビやフジテレビ(とこの系列地方局)の言論機関としての立場も,同上であった。

 くわえてひどく堕落した報道機関としては,本来,国営放送局でないにもかかわらず国営的な立場に徹してきたNHKの権力追随ぶりを挙げておく必要があった。このNHKはみていられないほどの自堕落さを,日本のみならず世界中に向けて発信している。ゆえに,国家の「イヌ,アッチ,イケー!」と罵倒され蔑称されている。

 「社会の木鐸」として「第4の権力」を堅固に設営していなければならない日本の新聞社の布陣が,政府権力側とべったりである『読売新聞』と『産経新聞』『日本経済新聞』・対・『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』(以上かなり図式的に単純化しているが)に完全に分化している。

 この言論界(新聞業界で)の状況は,現在の自民党政権において首相である菅 義偉の「極端なまでの無教養でデタラメな圧政」を,そのまま許している「日本の政治の惨状」を招来させてきた。

 2)「どちらが優勢か…新聞広告とインターネット広告の『金額』推移をグラフ化してみる(最新)」『ガベージニュース』2020/12/18 10:16,http://www.garbagenews.net/archives/1975650.html

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 インターネット広告費の額面が新聞広告費を超えた月は2011年3月に始まり,全部で101か月分(直近の2020年10月分まで)。そして,2013年に入ると2月以降は継続してインターネットの優勢が続き,2013年11月と2014年1月にイレギュラー的に逆転現象が起きた以外は,インターネット広告費が優勢の月が続いている(2014年2月以降,81か月連続)。

 2020年の春先以降は新型コロナウイルスの流行による経済活動の沈滞化の影響を受けたと思われる特異な減少が生じているが,よくみると新聞広告費は2020年4月から大幅な減少がみられるのに対し,インターネット広告費は同年5月に入ってからとなっている。同じ広告でも新聞とインターネットで影響が生じるタイミングがずれているのは興味深い。(引用終わり)

 いまの時代,高齢者(65歳以上の人たち)でも昔からパソコンを上手に,高度に使いこなしている者はいくらでもいる。また,スマホはそろそろ,どの世代の人たちにとっても生活必需品となってきた。若者たちが新聞を取らない・買わない・読まないという習慣は,だいぶ以前からの事実である。

 当然のこと,主に家庭・世帯単位で購読され,そしてとくに宅配されている日本の新聞は,その購読者数を21世紀に入ってからは顕著に減少させてきた。若者たちのなかには新聞にくわえてTVも視聴しない者たちが増えている。最新の実証的な調査・研究によると,ただしこういうひとつの結果も報告されている。

 ※-1  “テレビ” 離れといわれているが,テレビコンテンツを観ている人が半数以上〔はまだ居る〕。


 ※-2 テレビ(受像機)も録画機器も所有している学生は多いが,視聴習慣がない人は,それが揃っていてもテレビコンテンツをみない〔それでもNHKは受信契約をしろと強要しているが……〕。


 ※-3  「視聴習慣にかからず家族でテレビコンテンツをみていた」→現在は1人で視聴するスタイルに変化。

 註記) 「今どきの大学生のリアルなテレビ視聴の実態【産学連携PJ】(前編)」『Screens』2019/12/16 17:00https://www.screens-lab.jp/article/21951 〔 〕内は引用者補足。

 補注)昔みたく1台のテレビを家族皆でかこんで観るという風景は,いまではどの家庭にでも共通するといった生活の実相ではなくなっている。テレビの放送を視聴できる機器は各種各様に与えられており,個人ごとに視聴する時代にもなっている。

 もっとも,引用した前文において調査対象になった若者(高校生・大学生)は,もともと学生時代の時期に個人で新聞を月決め契約で購読することは,もともとほとんどありえないとみなせる。彼らは,自宅で家族と同居する者であれば,父母が購読している新聞紙を読むことはある,という程度にしか新聞には接していない。

 以上,新聞紙という紙媒体の凋落傾向について若干言及してみた。今日のこの話題を書こうとしたきっかけは,とくに今週の連休明け1月12日に,本ブログ筆者の自宅で仕事の関係もあって購読している2紙,『朝日新聞』と『日本経済新聞』を開いてみて抱いた感想にあった。しかし,この点じたいは,以前から継続的に気づいていたことがらでもあって,とりわけ,このごろの新聞広告には「全面広告」がとても多くなっている点が目に付いていた。

 昔から新聞紙への全面広告,それも全国紙に出す全国向けのその広告料は高いという常識(理解)があったが,最近における大手紙の紙面に “氾濫している” と形容してもいいような全面広告の多さには,あらためてビックリさせられてきた。

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 上の画像資料は『朝日新聞』1月12日朝刊14-15面の2面を使った「オリックス生命の全面広告」である。この広告画面の内容は,現物そのものをみるとしたら,ずいぶん大きな活字がたくさん使われていると感じるはずである。これ以外のほかの面にも各社が全面広告を出しているが,こちらの紙面についても同様に感じるはずである。この事実からは多分,広告料の値段が下降している(大幅に安くなっている)点を推察させるに十分である。

 なお,この『朝日新聞』1月12日朝刊は28面構成(「見開きで裏表が4面に構成・印刷されている紙面」でいえば,この7枚重ねとなる朝刊)の新聞紙として配達されていた。以前(だいぶ前)から,新聞の紙面「数」が少くなっていた点と,これに並行して全面広告そのもののほうが増えだしていた点に関してならば,誰でも気づいていて当然だったといってよい「紙面全体」に関する変化の模様であった。

 この『朝日新聞』の場合だと,前段のオリックス生命のこの「2面にまたがる全面広告」以外にも,「1面だけの全面広告」だと,6面,9面,10面,12面,(上の14-15面 ),16面,19面,20面,23面の都合8面あった。「 」も足してみれば,全面広告に当たられていた紙面は都合10面になる。

 その広告じたいが「朝刊全体の紙面」において占める分量の合計を量ってみるとしたら,このさい,そのほかの記事下広告などもすべて加算するとしておくが,だいたいでいえば,要は,全体の28面のうち,半分近くの紙面は広告が陣取っている。

 補注)なお『日本経済新聞』1月12日朝刊の紙面構成も全28面であったが,全面広告は,6面,10面,14面,18面,20面,22面,24面の都合7面であった。日経の場合,経済情報を掲載する紙面が通常は多いが,この12日は連休明けの日であったゆえ,それに相当する紙面はなかった。

 おおまかな話となるが,日経のほうが朝日より紙面・頁数がいくらか多めである日数が多い。というのも,株式市場や商品市況に関する情報を掲載する紙面が占める分が多いせいである。たとえば翌日の1月13日,日経と朝日の朝刊におけるその紙面(株式市場や商品市況)の比率をみると,目検討による判断をするが,それぞれが日経が6面分くらい,朝日が2面分くらいである。

 1月「12日と13日」の紙面頁数は,朝日の場合「28面と30面」,日経の場合「28面と36面」であった。日経の場合,1月13日になると,株式市場や商品市況に関する情報を掲載する紙面の分だけ,そっくり増えている。

 ところで,ユーチューブの話題に移るが,清水有高が主催する『一月万冊』という動画記事があるが,これに多数回出演する相手(ゲスト)の1人に本間 龍がいて,この人が,先日こういっていた。「新聞紙は広告を確保しないと紙面全体の構成・編集ができない」と(これは文意でとらえ表現した)。

 本間 龍のその指摘で理解できたことは,大手紙であっても発行部数が凋落の傾向にあるなかで,広告媒体としての役割・機能が,とくにネット業界に蚕食されてきた状況なかでは,(おそらくだが)広告面の販売単価を相当に値下げした状況に追いこまれている。

 そのなかで,広告主から出稿してもらった広告のうち,かなりの件数を「全面広告・化」したかたちにしてもらっている。さらにそうして,毎日発行する紙面(いままで減らさざるをえなくなっていた紙面・頁数そのもの)を,これ以上はなるべく減らすことがないように,つまりは〔かなり苦しい対策というか〕工夫をしている。

 ともかく,新聞紙は昔みたく高い単価では広告を取れないし,しかも広告そのものが(日本の産業経営の不振もあって)集まりにくくなっている状況になっていると観察できる。そのなかでの対策となれば,全面広告の単価(原価)を安くしてでも,これを必要最低限は確実に確保しておかないと,紙面「全体の頁数」がうまく維持できないという事情が生まれていた。

 最近でも40面以上になる朝刊が,朝日でも配達される日がまったくないわけではないが,昔に比較したら,朝刊・夕刊ともに新聞受けから取り出したとき自分の手に感じられる新聞の重さは,以前と違ってずいぶん軽くなった。

 新聞社の経営は読者が減少していく傾向のなかで経営が苦しい。広告は全面広告をどんどん出稿させてもらっても,おそらくの単価を相当に値下げしていると思われるから,それほど儲かるというわけでもない。そうなると紙面・頁数を減らすほかない。だが,読者のほうからすると毎月の購読料は変っていない。ただし『読売新聞』は先年に値上げしていた。

 読売新聞社は,2019年1月1日から月決め購読料を値上げしていた。朝夕刊セットは4037円から4400円,朝刊単体は3093円から3400円となっていた。この値上げの理由は全国の販売店で,経営難と従業員不足が深刻化しているためだと説明されていたが,用は購読者数の絶対的な減少がその主な理由であった。

 値上げをしなくとも,紙面・頁数の減少は「紙代とインク費」の節減になり,さらに回りまわっては,関係する編集作業そのものがその分だけ減少するので人件費の減少になる。まあ,すべてが削減・縮小の道程をたどっている。いずれにせよ,IT時代における紙媒体として新聞紙が,どのように変身していくか,抜本的な改革が迫られている。

 さて,新聞各社のインターネット紙面はそれなりに工夫のあとがみられるが,時代の流れのなかで紙媒体としての新聞紙発行とネット記事との折りあいとを,どのように創発的にからみあわせて進展させつつ,読者を獲得していくか,これに意欲をもってかからないことには,いずれ紙媒体:新聞紙のほうは野垂れ死にする可能性がないとはいえない。

 現状において,経営じたいが苦しくなっている新聞社が「第4の権力」の地位にありながら,時の政権に対峙する基本姿勢が業界全体では支離滅裂な実態にある。そのために,現状における日本の政治をヨリいっそうダメ化させる真因を提供している。『読売新聞』や『産経新聞』のように,安倍晋三や菅 義偉のチアーガール的な演技を,率先して喜んではたしているようでは,用なしの「新聞社である新聞紙だ」といわざるをえまい。もっとも,2流紙として存在することまで否定はしないが……。

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このコロナ禍中でもオリンピック爺さん,つまり日本国老害人の森 喜朗が夢をみつつ,まだ開催したいと希望する東京オリンピックの無益有害

 東京オリンピック(&パラリンピック)を開催するためのカネ・手間・ヒマは,新型コロナウイルス感染拡大「問題対策」に回したほうが,よほど世の中のためになる

 東京五輪組織委員会の「五輪貴族」たちにしか役得のない国際大運動会など,即刻中止にしたらいいが(できれば永遠に廃止),いまだにこの2021年盛夏(酷暑・猛暑)の東京で,「五輪の車輪」転がしをしたいJOCの面々,その社会常識のなさ

 この2021年に,まさに日本が直面している最大の国家的な課題はコロナ禍に対処する仕事にある。2020東京オリンピックの開催だけを意識していた政府・東京都など関係組織とこの幹部要員たちは,この国際大運動会の開催を理由に,新型コロナウイルス感染拡大「問題」に対する対処を決定的に遅滞させてきた

 

  要点・1 東京オリンピックの開催を最優先させてきた国家指導者たちおよびJOC関係者は,まさしく『亡国の徒』

  要点・2  「Go To トラベル」キャンペーンは,五輪開催への通路を空けて確保しておくための策略であり,この愚策がコロナ禍を拡大させる逆効果をもたらしている,だが,この事実を恬と恥じない「私物化政治」推進者の黒幕:二階俊博とその配下菅 義偉などは,森 喜朗と手を組んで,2020年代の日本を代表する最高度に極恥かつ暗愚な政治を展開

  要点・3 東京オリンピックの開催にこだわればこだわるほど,この日本国の衰退を加速させる


 「森会長『五輪準備,淡々と』 英メダリスト『再延期を』」朝日新聞』2021年1月13日朝刊29面「社会」 5時00分

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 事前の 補注)この記事を読んだとき即座に感じたのは,この森 喜朗という爺さん,五輪車にまたがってすっかり乗り回しているつもりなのか,オレの一存で東京オリンピックの開催は可能になるとでもいいたげに語っているのか(?)という点であった。ともかく,この記事に書かれている森君のいいぶんを聞こう。

 今夏の開幕まで200日を切った東京五輪パラリンピック大会組織委員会の森 喜朗会長は〔1月〕12日,職員向けの年頭あいさつで,新型コロナウイルスの感染拡大が続くなかでの開催可否について,「ここで私が考えこんだり,たじろいだり,心のなかに迷いがあったらすべてに影響してくる。あくまで進めていかないとならん。淡々と予定どおり,進めていくという以外にお答えする方法はない」と述べ,開催の決意をあらためて示した。

 補注)この森 喜朗のあらためての決意とやらの核心は,「ここで私が考えこんだり,たじろいだり,心のなかに迷いがあったらすべてに影響してくる。あくまで進めていかないと」というふうに,きわめて精神論が濃厚なものであった。

 ちまたに流通しているネット記事やユーチューブ(まじめにかつまともに議論しているもの)が説くところによれば,東京オリンピックの開催は1年延期されたところで,相当にその実現は困難であるというほかなく,いまごろになってもまだ,この森 喜朗君のように白日夢をみているかのような,しかもほとんど妄言にちかい意見を吐ける立場は,初めから排除している。

 下掲の表は『日本経済新聞』から借りてみたが,新型コロナウイルス感染拡大は全世界ですでに9千万人を超える数値まで記録している。

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 日本へもその新しい「変異種」の新型コロナウイルス菌がすでに「入国」している。問題はパンデミックな病原体の性状に関しているゆえ,これにはもともと「国境など存在しない」。この「新型コロナウイルス」がさらに盛んにその変異種を増殖している過程のなかで,森 喜朗君のように,延期された東京オリンピックの開催を「淡々と予定どおり,進めていくという以外にお答えする方法はない」と力説したところで,その相手が悪すぎる。

 それでも彼は,東京オリンピックの「開催の決意をあらためて」いるというのだから,ほとんど喜劇的な悲劇を,JOC関係者・幹部である彼の立場としてだが,完全にピエロとなって自身の独壇場を演じている。

〔記事に戻る→〕 森会長はその後,東京都内で講演し,大会の再延期について「不可能。各省庁から出向している人たちの人生がある。お金の問題ではない」と否定した。また,海外の観客の受け入れについては「入れるか入れないか,無観客開催が可能か,色々な意見も聞いて決めなきゃいけない。3月にかけてむずかしい判断が求められると思う。これだけは天任せといわざるをえない」と語った。

 補注)はて,ここにつづく森 喜朗君の発言は「運は天任せ」と来た。しかも,いまでは完全に営利主義・商業化されている「国際大運動会の開催」としての五輪大会の性格を,まさか少しもしらないわけではないと思うが,「大会の再延期について『不可能。各省庁から出向している人たちの人生がある。お金の問題ではない』と否定した」といったとなれば,この人はいったい,なにをいっているつもりであるのか,まったく理解できなくなる。

 「各省庁から出向している人たちの人生がある」と強調しているが,その出向は取り消し(終わりにして),彼らの所属する省庁に戻してあげれば,それでいいだけのことである。また「お金の問題」でしかなくなっている五輪開催の問題を,このように平然と「お金の問題ではない」などとそのリクツが説明されるとなるや,聞いているほうが唖然とさせられる。

 IOCやJOCという組織の本質を多少はしっている人たちからみれば,1年延期にされた2020東京オリンピックの場合であっても,「五輪組織幹部:貴族ファースト」のためこの大会の開催なのであって,それも「金儲け第1主義」になっている事実は,透かしてみるまでもなく自明であった。

 「ブラックボランティア」「感動詐欺」などいった犯罪的な形容をこめた表現が登場している事実は,オリンピックの開催のあり方じたいに関してだが,五輪をスポーツの祭典としてただ一方的に美化する印象操作の裏で,この国際大運動会の舞台を自分たちの栄華や見栄を実現するための絶好の道具に利用してきた関係者がいた(いる)。

 だが,現在まで「2020東京オリンピックの開催」を妨げ,延期させたコロナ禍が,今後においてもこの開催をそう簡単には許さない状況に置かれている。そう判断するのが,まともな現状認識である。ところが,五輪車にまたがって自分だけは軽快に走って回っているつもりの爺さん:森 喜朗君は,まだその開催が可能であるかのような幻覚に囚われている。

〔記事に戻る→〕 一方,五輪のボート競技で4大会連続金メダルに輝いた英国のマシュー・ピンセント氏(50歳)は〔2020年1月〕11日,自身のツイッターで「東京には2024年まで延期できる選択肢を与え,パリは2028年,米ロサンゼルスは2032年夏季五輪は開催(時期)をずらすべきだ。アスリートは五輪を失うことになるが,その可能性は高くなっているようにみえる」と再延期を主張した。(引用終わり)

 金儲け第一主義になりはてている五輪大会の開催が,なにゆえそこまでして実現されねばならないのか? 本ブログ筆者のようにこの国際大運動会にさしたる関心をもてない人間は,不思議でしかたない。

 だが,それでも必死になって五輪,ごりん,オリンピックと叫ぶ者が少なからず居る。こうなるとつぎのような皮肉もいいたくなる。「2020東京オリンピックの開催はすでにご臨(ゴリン)終……」。


 東京五輪開催へ『予定通り進行』 森会長が年頭あいさつ」日本経済新聞』2021年1月13日朝刊34面「社会1」

 この記事は,① の『朝日新聞』朝刊と同一の内容について報じているが,森 喜朗君の発言に関しては,多少,別の違う文句もとりあげていたので,この点に注意してみたい。彼はこういていたと報道していた。

 東京五輪パラリンピック組織委員会の森 喜朗会長が〔1月〕12日,職員に年頭のあいさつをおこなった。新型コロナウイルスは国内外できびしい感染状況が続くが,延期された大会の開催に向けて「もし心の中に多少でも迷いがあれば,すべてに影響してくる。淡々と予定どおり進めていく」とあらためて決意を表明。「長い夜も必らず朝は来る。一丸となってこの最大の難関を突破するようがんばりましょう」と呼びかけた。

 「新型コロナウイルスは国内外できびしい感染状況」といった発言は当然の現状認識であるにしても,「長い夜も必らず朝は来る」のだと,コロナ禍に対する「待ちの姿勢」と説いている。となれば,現状におけるコロナウイルス感染者数の動向は,いったいどのように「森 喜朗において」受けとめられているのかが問題になる。けれども,この森 喜朗君の発言はあくまで精神論:竹槍論であった。

 新型コロナウイルス感染拡大「問題」に対する日本政府の対応ぶりは,最近,太平洋戦争における旧・大日本帝国陸海軍の負け戦=「失敗の本質」になぞらえてよく語られる話題になっている。森 喜朗の発言もまた,その昔における軍部の最高指導者の姿と二重写しにならざるをえない。

 そもそも森 喜朗君は,いったい「なにの・それ」に対してがんばろうと発言したつもりか? それが「もし心の中に多少でも迷いがあれば,すべてに影響してくる。淡々と予定どおり進めていく」ことだとしたら,これはつぎのように指摘・批判の対象として挙げるには好例となる。

 すなわち,大東亜・太平洋戦争中における東條英機首相が得意とした精神論に「負けを認めたら負け,認めなければ負けでない」といったふうな「言語的な表現」があった。つまり,それは,「使命感をもった馬鹿」ほど人に大きな害をおよぼすほかない典型例を意味する。非常時にさいして,いかなるリーダーを選ぶか,たいそう大事な判断を迫られる事実を,あらためて理解させてくれるのが「この森 喜朗の事例であった」といっていい。

 安倍晋三および菅 義偉という両首相に対しては「バカな大将敵(コロナ)より怖い」という俗説が評判を呼んでいる。だが,森 喜朗も,日本国首相の歴任者としてその例に漏れていなかった人物であった。そして,2020東京オリンピックの開催問題にさいしては,再度 “その種の評定” を想起させてくれた。

 「おお,怖(こわ)!」

【参考記事】

 

 「スポーツの力JOCは選手に何をすべきか」日本経済新聞』2021年1月13日朝刊33面「スポーツ」

 新型コロナウイルスの感染が急拡大した年末年始もスポーツイベントは開催されていた。箱根駅伝に高校スポーツの各大会,〔1月〕11日にはラグビーの大学選手権決勝があり,卓球の全日本選手権も始まった。

 さまざまな意見があるだろうが,個人的にはスポーツがなければ味気ない正月だったと感じている。高校スポーツでは感染者の発生で試合ができなくなるチームもあった。無観客や観客数制限などの対策をしながら,開催を実現している関係者には感謝したい。

 補注)この記事は「個人的にはスポーツがなければ味気ない正月だったと感じている」と感想を述べているが,本ブログ筆者の個人的な感じ方としては,味気ないとは思ても感じてもいなかった。

 人それぞれだと思うが,その種の「感想」の問題を,個人的なものだと断わっていながらでも,特定の方向に引っ張っていきたいような意見であった。だからか「開催を実現している関係者には感謝したい」と書いている記事になってもいた。東京オリンピックがもしも開催されたら,この人はもっと,この「開催を実現している関係者には感謝したい」と述べるに違いあるまい。

 もっとも,つぎの段落ではまともな発言をしだしていた。

〔記事に戻る→〕 今夏の五輪・パラリンピックをめざすアスリートにとっても,国内外でスポーツが続いていることで勇気づけられているはずだ。だが,そう考えている自分も,五輪をめぐる政治家らのこうした〔つぎのような〕発言には神経を逆なでされてしまう。

  「開催しないということのお考えを聞いてみたい」

  「(開催することは)決まっている」

  「無観客は考えていない」。

 弱気なことをいうと中止論が強まるとでも思っているのだろうか。現実を無視して前のめりに開催をめざしている印象しか受けない。

 五輪開催に反対するだけでなく,アンチ・スポーツ派まで増やしているのではと心配になる。41年前のモスクワ五輪のボイコットとはまったく逆のかたちが,政治がアスリート・ファーストを唱えながら彼らの足を引っぱっているようだ。

 補注)問題があった。なぜ,叙上のごときに開催者側の実に高慢ちきな発言が許されているのか。その理由についてこの記事は語ろうとはしない。JOC五輪組織委員会の関係者,それも幹部連中は自分たちだけは,特別な場所に陣取っていると勘違いしている。

 と同時にだから,五輪が中止になったりしたら自分たちの立場なくなるかもしれない不安を抱いている。なにせ今回,パンデミックとして地球全体を襲っている新型コロナウイルス感染拡大「問題」は,IOCもJOCも真っ向から対等に戦える相手などではなく,まったくお呼びでない。

 彼らの心中は察するにあまりある。けれども,彼らなりに「開催できるかどうか」について心配しながらも,他者が開催不可能などと発言したら,異様なまで猛烈に反撥する。いかにも痛し痒しの心境と推察する。

〔記事に戻る→〕 こんな状況でも東京大会をめざすアスリートのパフォーマンスはすばらしい。体操の鉄棒でH難度のブレトシュナイダーを苦もなく成功させる内村航平(32歳)の演技には感嘆した。観客がいようがいまいが,この演技を五輪で披露できなくなるのは理不尽だとさえ思う。

 補注)この段落のいいぶんは,関心のない人には効果なし……。それはそうなのだろうが,それでもって「五輪を開催したほうがいい」といったいいぶんになるのだとしたら,必らずしも十分に人を納得させうる説明とはいいがたい。ほかの競技も含めてだが,また日本人選手でなくとも,その種のみごとな演技をしてくれる選手は,いくらでもいるのではないか? こちらの存在はどうみればよいか?

〔記事に戻る→〕 日本オリンピック委員会(JOC)は彼らのためににをするのか。山下泰裕会長は年頭,職員向けに「トップアスリートのひたむきなプレーがコロナ禍を乗り越えた世界の希望の光となるよう,まい進していきたい」とあいさつした。ならば政治家に代わり,外に向けても「無観客で構わないから,五輪開催をめざすことを理解してください」と真摯に訴えるべきだろう。

 補注)この山下泰裕のいいぶんは,安倍晋三や菅 義偉が「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として東京で五輪・パラリンピックを開催するとの決意」というものと,同工異曲の言辞であった。だいたい,オリンピックの開催でコロナ禍が克服できるかのように,つまり「観念論一辺倒で語るその話法」じたいが,まったく幼稚にすぎて,聞いてはいられない。ものごとの順逆というか因果の関係など完全に無視した稚拙な言説であった。

 それでは,オリンピックの開催が可能になった時,「コロナ退治」も実現できたという論理の運びになるとでもいう気か? こうなると山下泰裕JOC会長も,この国のあの「バカな大将たち」の驥尾(きび)に附しているといわねばならなくなる。山下は人間的には尊敬できる人物であるが,JOC幹部(とくに会長)になったころから,だいぶ発言する中身がズレてきた。なにがそうさせているのか?

〔記事に戻る→〕 万全の感染対策をしても,五輪が開催できるかどうかはコロナの状況しだい。政治もJOCもどうにかできることではない。ただ,スポーツを愛する人を増やし,アスリートと喜びも悲しみを共有する社会をつくる。それが使命だということは忘れないでほしい。編集委員 北川和徳)(引用終わり)

 日経編集委員の北川和徳は,この最後の段落で,いったいなにを要点に述べたかったのか,理解のしようがないまとめ方をしている。

 要は「万全の感染対策をしても,五輪が開催できるかどうかはコロナの状況しだい」というけれども,2021年1月になってからの新型コロナウイルス感染が拡大している現状は,どのように観察しているのか?

 とりわけ,「政治もJOCもどうにかできることではない」とはいっても,そもそも,政府(菅 義偉政権)じたいがコロナ禍にまともに対応できていない現状のなかで, “スポーツの使命” をウンヌンしたところで,いったいどれほどの意味がありうるというのか?

 「スポーツを愛する人を増やし,アスリートと喜びも悲しみを共有する社会をつくる。それが使命だ」? 要するに北川はなにをいいたいのか,さっぱり理解できない。五輪開催の具体論にスポーツ使命論という一般論を対置させただけの議論であるが,この具体論と一般論が全然噛みあっていない。

 

 「【ノーカット】都の重症患者が過去最多に 東京都医師会会見」『ユーチューブ』2021年1月12日放送

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 このユーチューブ動画を視聴したが,東京都医師会の幹部たち,なかでも会長の尾崎治夫は「じっとがまんをしながら語る口調」のなかでも悔し涙を流したいかのような苦衷の表情まで浮かべながら,新型コロナウイルス感染者数の急速な拡大による「医療崩壊(医療壊滅)」の実情を訴えていた。

 いったいぜんたいに,政府や都の最高責任者たちの対応はとみれば,内輪もめ的な相互のやりとりばかりを進行させることには熱心であっても,なかでもとくに厚生労働省の存在は影がうすく,また都政の最高責任者である小池百合子ときたら「自分の演技(パフォーマンス)」の発揮するための機会をつかもうとすることにしか関心しかなかった。

 要は,この国全体が新型コロナウイルス感染拡大「問題」に立ち向かうための基本姿勢が,大前提としての構えからして,まったく用意できていないまま,今日まで無闇に時間を経過させてきた。

 東京都医師会の前段の記者会見では,幹部たちがひな壇に上がっていた説明をしていたけれども,国家最高指導者層のみっともないほどの迷走ぶりときたら,医療崩壊の以前に国家体制そのものを溶融を感じさせていた。この東京都医師会は,そうした国家体制の欠陥から生じるしわ寄せまで受けとめながら,こちらの組織次元で必死になって対・コロナ禍を戦っている。

 しかし,国側の態度とみたら,菅 義偉の代わりに前面に立って対応している西村康稔経済再生大臣では役不足がめだっていた。そもそも厚生労働大臣である田村憲久(たむら・のりひさ)は,どこでなにをしているのか,さっぱり分からない。つまり存在感ゼロという印象である。

 

 「コロナ後手後手対応の元凶 これ以上の五輪固執は命取り」日刊ゲンダイ
2020/12/28 17:00,更新日:2020/12/28 17:00,https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/283271 を,以下に転載する。この記事の論旨は,東京オリンピックを開催したいという神経からしてだいたいが理解不能だと主張している。この記事の全文を転載する。

 a) またしても後手後手の感が否めない

 政府は〔2020年12月〕28日から来〔2021〕年1月末まで,すべての国・地域からの外国人の新規入国を停止した。各国で広がっている新型コロナウイルスの変異種が国内に入ってくるのを防ぐための「予防的措置」というのだが,それにしては対応が遅すぎるのではないか。すでに国内でも変異種の感染者が確認されている。水際作戦に失敗しているのである。

 英国でみつかった変異種は未知の部分が多いが,感染力が強いとされる。〔12月〕24日から英国からの入国者の制限を強化したが,変異種は欧州だけでなく北米でも発見されるなど世界各国に “飛び火” していて,英国以外から上陸する恐れも指摘されていた。いまさら全世界を対象に出入国緩和を停止したところで,どれだけの効果があるのか分からない。

 しかも,中国,韓国,タイなど11カ国を対象としたビジネス関係者の往来は引きつづき認めるというのだ。

 「政府が国民の不安の声をよそに出入国制限の緩和を進めてきたのは,来夏の東京五輪開催のためでしょう。海外から人が入ってきても大丈夫だという実績を作りたかった。2月の第1波で震源地の中国からの渡航制限が遅れたのと同様に,インバウンド目当ての思惑もある。『Go To キャンペーン』もそうですが,すべてが業界がらみの利権と五輪優先で,感染症防止対策は中途半端なのです」(法大名誉教授の五十嵐仁氏=政治学

 政府の観光支援事業「Go To トラベル」も〔12月〕28日から全国で一時停止となったが,それも来〔2021年1月〕月11日までの短期間で,帰省や年末年始の旅行による人の移動を多少,抑えようというだけだ。〔12月〕26日に観光関係者らと意見交換をおこなった赤羽国交相は,Go To トラベルを1月12日から再開したいといっていた。

 補注)なお「Go To トラベル」キャンペーンは,1月7日に発令された第2回目「非常事態宣言」のために中止になっている。

 b) 五輪より国民の命や安心を優先すべき

 「菅政権は Go To トラベルを早く再開したいだけでなく,来〔2021〕年6月まで延長することを決めて,第3次補正予算案に来年6月までの延長経費として1兆円以上を計上しています。五輪を開催するためには,人の移動が制限される状況であってはまずいのだろうし,五輪関連の需要につなげる意図もあるのでしょう」。

 「しかし,感染拡大が止まらない現状をみれば,五輪開催に固執するのはどうかしていると思います。五輪ありきではなく,国民の命や安心を優先すべき局面です。世論調査でも大多数の国民が延期か中止を望んでいる。五輪のためにコロナ感染拡大に目をつぶってきた政府の対応は,一般国民の感覚とかけ離れています」(五十嵐仁氏=前出)。 

 c) 〔2020年12月〕25日の「スポーツ報知」が,東京オリ・パラ組織委員会の複数の理事らが,開催に慎重論を訴えていることを報じていた。世界中での新型コロナ感染拡大の状況を踏まえ,「五輪を開くには状況が悪すぎる。不安と心配の方が大きく,国民の賛同がえられない」ときびしい見方を示したという。

 また,ある理事は「このままでは五輪のもっとも大事なフェアプレーの精神を無視するかたちになってしまう」と指摘。コロナ禍で選手が練習できる国と,できない国の差が開いていることを危惧。「選手がいくら努力しようとしてもなにもできない国もある。練習環境格差が生じてしまう。アンフェアだ」と問題提起したという。

 これがまっとうな受けとめ方だろう。組織委のなかからもこういう意見が出てきているのに,なぜ政府は五輪開催に固執しているのか。

 d) 決断を先送りするほどコストは高く国民負担も増える-「アンダーコントロール」が諸悪の根源(安倍前首相)

 菅首相が「必らず開催する」と五輪にシャカリキなのは,みずからの再選戦略とからんでくるからだ。衆院議員の任期が満了する来〔2021〕年は,必らず総選挙がある。「オリ・パラの成功をかかげて,高揚感のなかで総選挙をおこない,自民党総裁選での無投票再選を菅首相は狙っている」(自民党関係者)とされる。

 安倍前首相もそうだったが,みずからの延命に五輪を利用する。私物化というほかない。その犠牲にされるのは医療や国民の命なのである。

 当初は「コンパクト五輪」を売りにしていたのに,費用もどんどん上積みされてきた。コロナの影響で延期されたオリ・パラの大会経費について,東京都と大会組織委員会は〔2020年12月〕22日に総額1兆6440億円とする予算計画を公表。昨〔2019〕年12月策定の計画から2940億円も増えた。

 政府の第3次補正予算案や2021年度予算案にも,競技会場や海外選手が滞在するホストタウンの感染症対策や,延期に伴う追加負担(857億円)など,多額の追加予算が盛りこまれている。

 五輪関連の支出は複数の省庁にまたがるため全体像の把握はむずかしいが,会計検査院は昨〔2019〕年12月,国の支出は関連事業も含めると1兆円を超え,東京都や大会組織委員会の支出と合わせると3兆円を超えるとの試算を公表した。五輪史上,もっとも経費がかかる大会になるみこみだ。

 どこがコンパクト五輪なのか。その予算を医療現場やコロナ感染防止策に回したらどうなのか。

 ちなみに,五輪の競技会場で活動する医師や看護師については,当初の予定通り原則無償で依頼するという。新型コロナで医療現場が逼迫していても,五輪成功のためにはボランティアで働けというのだ。そんなに,五輪が大事なのか。

 e) ウイルスとの闘いは国民任せなのに……

 「これ以上,五輪に固執すると命取りになりかねません。年内にピークアウトするなら五輪開催の実現性もあったと思いますが,感染拡大が止まらない首都圏で五輪開催を強行しようなんて,諸外国からみても正気の沙汰ではないと思う。経済と感染症対策という,できもしない二兎を追った結果,収拾がつかなくなってしまった」。

 「もう遅すぎるかもしれませんが,五輪向けの予算は目の前のコロナ対策に向けた方がいい。コロナ禍で業績が落ちた企業は待ったなしの状態だし,はじき出された失業者や廃業者への手当てもロクにない。これでは経済も死んでしまいます。医療現場への支援も急務で,五輪にかまけている場合ではありません」。

 「再びロックダウンしている国もあるなかで,五輪開催なんて寝言をいっている場合ではないのです。そして,『やめる』という決断は早くした方がいい。ズルズル引っぱられては,スポンサー企業も苦しくなる。ギリギリで中止が決定すれば,株主代表訴訟を起こされかねません。決断を先送りすればするほど後のコストが高くつき,国民の負担も大きくなるのです」(経済評論家・斎藤 満氏)。

 補注)「やめる」という意思決定の判断は,経営戦略論でも一番むずかしいものという位置づけになっている。 

 f) 仮に五輪開催を強行したとしても,選手が来られない国もあるだろうし,無観客に近い状態で開催する可能性もある。そうなると,満席を前提としていたチケット売り上げがみこめず,大幅な赤字になる。その補填は国と東京都,組織委で協議することになっている。桜を見る会の前夜祭と違い,安倍や菅,自民党が “手元資金” で補填してくれるわけではないのだ。

 菅は相変わらず,安倍からの受け売りで「人類がウイルスに打ち勝った証しとして,五輪パラリンピックを東京にて開催する決意だ」とかいっているが,五輪にこだわれば,国も国民もスポンサー企業ももたない。ウイルスとの闘いは国民任せで,そのうえ奈落の底に突き落とす気なのか。

 今〔2020〕年3月,麻生財務相参院財政金融委で「呪われたオリンピック」と発言したことを思い出す。

 「1940年に(東京五輪と札幌冬季五輪が)パーになり,1980年のモスクワ大会が西側諸国のボイコットで半分,吹っ飛んだ」と,40年周期の「呪い」を得意げに語っていた。

 原発事故は「アンダーコントロール」と安倍が世界に大嘘をついて招致した時から,東京五輪はヨコシマで呪われていたのかもしれない。もっとも,来夏〔今夏〕に延期された五輪が中止になれば,それは呪いではなく「人災」だ。政府の無能無策のせいとしかいいようがない。(『日刊ゲンダイ』引用終わり)

 安倍晋三(嘘つき常習犯の晋ちゃん)や菅 義偉(日本語での対話が不適かつ不能だとバレた首相),小池百合子(街頭芸人だけなら上手な知事),森 喜朗(サメの脳みそ保有を誇る元首相)ら〔の政治屋たち〕は,東京オリンピックをぜがひでも開催させようと,いままでさんざん画策してきた。

 しかしそれがために,コロナ禍という「天災」そのものがいたずらに昂じてしまい,『「人災」プラス「天災」といった災厄の次元』にまで,その「負の相乗効果」を拡大させている。この種の「滅相もない因果」を,みずから呼びこんでいた。この国の最高指導者たちには,なぜ,このようにろくでもない人材しかいないのか。

 彼らは「人物そのもの」としてそれぞれの資質や人柄が語られる以前に,「彼ら」という「人間そのものがガラクタ同然だった」とみなされるほかない政治屋たちであった。これでは,新型コロナウイルスの日本侵入を食い止めることなど,とうていできない相談になっていた。彼らはむしろ,このウイルスを招き入れるための交通整理係として存在していたのかといいたくなった。

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【参考記事】

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再生可能エネルギーによる電力調達・供給を強調する論説をめぐり考える電源問題,再生可能エネルギーを前面に置いて強調する論旨と,これに否定的・消極的に応答しつつ原子力電源を擁護したい原発推進派の苦しい論旨

 再生可能エネルギーを最大限に有効に開発・導入・利用する方途に疑念はないが,原発をこれからも大いに新増設しようと企図する無謀に,いまどき賛成する者などいない

 ドイツの原発廃絶問題を契機に考えるさい,日本のエネルギー問題について議論する立場の虚々実々,それらに観てとれる本質問題はなにか,ドイツの電力事情を美事としてだけ語ることができない現実的な背景

 

  要点・1再生可能エネルギー」問題に渋々対応する日本のエネルギー事情

  要点・2原発の新増設」など必要がない日本において原発支持派の苦しい論陣


 「〈第4の革命  カーボンゼロ〉 風力と太陽光が主力に  私の見方  アゴラ・エナギーヴェンデCEO パトリック・グライヒェン氏」日本経済新聞』2021年1月12日朝刊3面「総合・経済」

【前  言】 この記事は再生可能エネルギー関連の企業幹部であるパトリック・グライヒェンが語る「マイ・オピニオン」である。ドイツにおける電力事情に関する論説として読むとしたら,その利害関係を念頭に置き,慎重に吟味する余地もある。もっとも,日本の原子力村的な立場にある人たちにとっては,聞きたくもない意見がたくさん含まれている。こちらの人たちの「再生可能エネルギーに対する反撥論」はつづけて後段で聞いてみることになる。

 ※人物紹介※ Patrick  Graichen は,2001年独連邦環境省入省,2007年に気候・エネルギー政策の責任者となる,京都議定書や独政府のエネルギー・気候統合計画などを担当。2012年にシンクタンクであるアゴラ・エナギーヴェンデ創設に参画し,2014年から現職。

 --ドイツのエネルギー転換とは,化石燃料原子力中心の構造から100%再生可能エネルギーへと変革することだ。産業政策の面も,社会変革の要素もある。

 ドイツの2020年の電源構成は,再生エネが全体の46%程度を占める規模になったようだ。6%だった20年前から40ポイント置きかわった。2030年65%が政府目標だが,達成可能だ。われわれは70%にすべきといっている。

 補注)2011年の「3・11」東日本大震災発生とこれによって惹起された東電福島第1原発事故は,当時からいまもなおドイツの首相を務めているメルケルの,それまでにおけるドイツの原発利用方法を,根本から変えさせた。

 それは,メルケルの立場を「原発の廃止⇒利用」からさらに「完全廃止」へと転換させ,ドイツのエネルギー(電源)構成の中身を完全に変換させる「重大な契機」を提供した。

 メルケルのそうした対応ぶりに比して,当事国であるこちら日本は,原子力村を中心圏内(根城)にしていまだに,原発が電源において占める比率を2030年において「22-20%」にするとこだわっている。いってみれば,妄想に近いエネルギー観を捨てられないでいる。

 「3・11」以後,日本における電力事情は,再生可能エネルギー中心になるエネルギー供給体制を,いますぐには確立できないにしても,10年単位でもって着実に計画を立て実行していく意欲さえあれば,けっして不可能ではない再エネ問題への取り組みを,わざと意図的に抑制してきた面があった。

 少なくとも「3・11」以降,日本における電力消費量じたいは1割は減少した。これには節電意識と省エネ努力が効いていたが,今後において電力消費量が逓増していく展望はない。したがって,現状のなかでは再生可能エネルギーの比率をいかに高めていくかに,日本の電力事情としても最大の課題をして有している。

 しかしながら,原子力村的な抵抗勢力の基本的な考え方では,そうした再エネ中心の電源構成をめざす方途は絶対に許せない(許さない!)という時代錯誤の妄想にとりつかれてきた。こちらの利害集団勢力の立場は,再生可能エネルギーの発展可能性を否定的にしか認識しようとしない。

 だが,「3・11」以降における世界各国の電力事情を観ればただちに理解できるように,なおも原発を導入・利用するという一部の国々における動向,つまり独裁国家体制である中国やソ連などの,軍事面にかかわる思惑をさておけば,「3・11」的な危険性,つまり地球破壊(壊滅?)を惹起している原発利用の超高度なその危険性は,けっして軽んじることなどできない,人類史にとっての大問題でありつづけている。

〔記事に戻る→〕 20年前,変動の大きい再生エネがこんなに増やせると思っている人はいなかった。ここまで増えても電力供給は安定し,停電も起きない。風力と太陽光のコストを下げ,安定供給になんの問題も起こすことなく再生エネを利用している。

 「再生エネは高い,電力網を不安定にする」と考える人がいるようだが,技術の進化をみるべきだ。世界中で太陽光は安くなった。日本が高コストだとすれば行政のハードルだけ。ドイツの最初の壁は,初期に再生エネを高額で買い取りすぎ,電気料金への上乗せが高くなったことだ。もうひとつは脱石炭の遅れ。温暖化抑止には早く石炭火力をやめる必要があるが,政治家は躊躇していた。

 電気料金はピークを過ぎた。2020年がピークで2021年以降やや下がり,2~3年の横ばい状態のあと2030年に向けて下がっていく。太陽光発電の買い取り価格は当初1キロワット時あたり60セント(約76円)だったが,いまや風力や太陽光は5~6セント。入札制度の効果もあったが,なにより技術の進展がきいている。

 有効な策は3点あった。ひとつは再生エネに電力網へのアクセスを保証することと優先的に使うことだ。まず再生エネ,そして石炭やガス,原子力という優先順位を決めた。コスト削減につながり,風力か石炭のどちらを使うかは経済性の問題に落ち着いた。ふたつめは国による固定価格買い取り制度(FIT),みっつめは発送電の分離だ。

 水素は期待が先行しすぎている。夢の燃料かのように語られているが,どこかで水素じたいを大量に作る必要がある。高価なため,代わりがきかないときにだけ使うものだ。乗用車や暖房には使わないだろう。電気自動車やヒートポンプのほうがはるかにエネルギー効率がいい。化学や鉄鋼,そして日も照らず風も吹かないときのためのバックアップ電源だ。水素は石油やガスをすべて置きかえられる奇跡の燃料ではない。

 天然ガスはつぎの10年はつなぎの燃料となり,2030年以降に脱・ガスが議論されるだろう。ガス供給網の一部は水素に転用し,そのほかは閉鎖することになる。ボイラーのためのガス供給網は,ヒートポンプの普及で不要になる。電化がガス暖房を置き換える。

 エネルギー転換には風力と太陽光が有効ということだ。世界のどこでも当てはまる。もう同じ実験をする必要はない。ドイツは2000年当時,地熱や潮力も含めさまざまな技術にFITを導入した。その競争を勝ち抜いたのが風力と太陽光だった。

 カーボンニュートラルとは,経済のすべてを再生エネにもとづく電化をするということ。主力の1次エネルギーは風力と太陽光だとの考え方に転換するのが戦略の出発点になる。ドイツの過去の経験からの科学的な帰結だと強くいいたい。(聞き手はフランクフルト = 深尾幸生)

 

  現在において日本の電力事情に関してもっとも必要な方途は,風力発電を最大限に開発・利用すること

 原子力村のほうからは,再生可能エネルギーの開発・導入・利用に対してひたすら水を差すたがるような言論しか聞こえてこない。原発は再生エネの対極に位置する,いってみれば電力問題になかでは異端児であるだけでなく,完全に「悪魔の申し子」である。

 そうでなければ,原発の大事故を起こしたチェルノブイリ原発事故(1986年4月26日)や東電福島第1原発事故(2011年3月11日)が実証してきたような惨状の発生させるわけ,いいかえれば,この地球環境に対して永久に消えない原発公害的な深手を与えるわけがない。

 再生可能エネルギー原発とは対極にあるエネルギーである。再生エネを日本もさらに開発・利用していくのが正常な方向性である。この事実は,原子力村の人びとが束縛されている〈現世的な利害〉や〈イデオロギーの絡み〉はさておいても,いまでは日本の社会に広く承知されてもいることがらであった。

 とはいっても,再生可能エネルギー関連の産業の事業展開が万々歳ですべてを進行させえているとはいえない。このあたりに関する議論は,再エネに反対したいような「原子力村の人びとの吐く意見」も含めて,より詰めた議論をおこない,関連する疑問や批判に答えておく必要がある。

 ここではくわしく紹介できないが,たとえば「ドイツのエネルギー転換の変革がスピードと参加に関する議論を巻き起こす」 『Energy Democracy』2016年12月1日,https://www.energy-democracy.jp/1719#more-1719  と題した論稿があった。これは,① に登場したアゴラ・エナギーヴェンデCEO パトリック・グライヒェンの意見にも論及していた。ただし,4年前の記述であった。 

 この論稿は長文であるので,ここではごく一部のみ引用する。

 --「再エネにとっての新時代」が到来しているなかで,未来の再エネよりも「時代遅れの石炭火力」の供給が多いことが,〔再エネ〕系統の拡張が必要な理由だと述べている。最近のグリーンピースの調査も,再エネではなく従来型の発電所で発電される電力が系統をブロックしているという,よく似た結論になっていた。

 グリーンピースのエネルギー専門家であるアウストルプは,政府が再エネの導入と〔各エネルギー〕系統の拡張の歩調を合わせようとしていることについて,「意味がなく,再エネに歯止めをかけるいいわけにしかならない」と述べている。さらに,「再エネの発電がピークを迎えている時であっても,原発は最大負荷で運転してい」るが,「本来は,柔軟性のない発電所を取り除くことを目標とすべきで」あるとも述べている。

 補注)ここで「原発は最大負荷で運転してい」る点が強調されている。原発というものは通常時において,最大負荷(稼働率100%)で運転していないと,安定性(安全性)に問題が生じやすい発電装置・機械である。この原発に関する理解は初歩的な知識である。原発が発電方式としては技術的に木偶の坊であるゆえんがあった。したがって,つぎの段落における記述も続いていた。

 パットリック・グライヒェンは,地域か観た場合,多くの化石燃料原子力発電所が,再エネの発電量が最大の時に発電量を抑えるには柔軟性がなさすぎるために,これらの批判が正当化されているのだろうと述べていた。

 より早い再エネの成長を擁護する人たちはまた,グリーンな電力の普及にブレーキをかけることによって削減できるコストはわずかにすぎないと主張している。

 応用生態学研究所がバーデン・ヴュルテンベルク州環境省のために作成した調査報告では,再エネの成長を制限しても,消費者の電力価格が受ける影響はわずかしかないと試算される理由は,莫大なコストが,20年前の高い買取価格を受け取っている初期の再エネ設置にかかっているからであった。逆に最新の再エネ設備が受け取ることができる価格は低いため,コストに与える影響は小さい。

 アゴラ・エネルギーヴェンデ研究所によれば,再エネ賦課金の額は2023年にピークを迎え,その後は減少に転じていく。「予測されるEEG賦課金の現象の主な理由は,2023年からEEGの初期に建てられた高価な設備に対する補助期間が切れる一方,新しい設備はとてもコスト効率的に発電しており,さらに安くなることが期待されています」とパトリック・グライヒェンは述べている。

 補注)EEG賦課金とは,再生可能エネルギー法(Erneuerbare-Energien-Gesetz)に関する事項である。

 こうした再生可能エネルギー利用促進論に対した “原子力村的な発想” にしたがえば,日本の場合をドイツの事例に比較する論法が批判されることになる。そのさい,つぎのごときお決まり的な反論が登場する。この ③ として紹介する。

 
 「海外電力関連 トピックス情報」「【ドイツ】 ドイツの再生可能エネルギー拡大を支える『他国の原子力』」電気事業連合会』2019年12月24日,https://www.fepc.or.jp/library/kaigai/kaigai_topics/1259821_4115.html

 この「電気事業連合会」のいいぶんを引用する前に,あえて釘を差しておくことがある。それは,このような反論の展示をもって,日本における再生可能エネルギーのさらなる開発・導入・利用に「水を差す事由」には,けっしてなりえない点である。。

 --ドイツは福島第1原子力発電所事故から10年以上遡る1998年以来,脱原子力再生可能エネルギー(再エネ)拡大をワンセットで推し進める政策を継続している。1998年から2016年までに,ドイツの発電電力量に占める再エネの割合は2.6%から27.5%に拡大し,環境先進国のイメージを世界に定着させることに少なからず貢献した。

 補注)その後,ドイツは2011年「3・11」の直後に発生した東電福島第1原発事故をみせつけられて,それまでは逡巡していた原発の廃絶を決めた。電事連のいいぶんは,この世紀に記録された日本の原発大事故を,観てみない振りをしたかのような記述をしている。

 原子力に関しては段階的閉鎖を進めており,2022年までにすべての原子炉が閉鎖される予定である。1998年に約30%であった発電電力量に占める原子力比率は,2016年には13%まで縮小した(国際エネルギー機関〔IEA〕データ))。2019年11月現在,運転中の原子炉は7基となっている。

 「脱原子力+再エネ拡大」と「電力の安定供給」は両立するのかという問いに対し,両立すると回答する場合に決まって引きあいに出されるのが,「ドイツは電力輸出国である」というセンテンスである。確かに,ドイツが年間ベースで電力輸出超過であることは事実だ。しかしそこで忘れてはいけない別の事実が,2点ある。

 まずドイツではこれまで,再エネ増加の一方で,石炭火力発電がベース電源として供給力を支え,天候や季節で大きく変動する再エネのバックアップの役割を果たしてきたことである。これは,ドイツの二酸化炭素排出量削減にとって大きなブレーキとなった。

 もうひとつは,大陸欧州のなかほどに位置するドイツにとって,電力輸出国であることは電力完全自給とイコールではないということである。ドイツでは年間ベースで輸出超過といっても,……電力需要のピーク期(冬季)に再エネの出力が下がった場合には,供給力が需要を下回る時間帯が発生する。この状態で大停電が起きないのは,ひとえにこのギャップを国外からの電力輸入で埋めることができるからである。

 一方,海に囲まれた島国で送電網の国際連系がないわが国(日本)では,いかなるときも自国の電源のみで国内の電力需要の変動に対応しなければならない。出力の変動が大きい再エネのバックアックも,すべて国内で確保するほかない。

 ドイツにおける電力輸出入の状況……〔を観ると〕,国際連系する送電線を通じて,隣りあう国々の間では常時,電力の輸出入がおこなわれている。……ドイツでは再エネが低調な間は輸入超過となり,その電力は主にフランスやスイス,チェコデンマークから来ている。デンマークを除き,これらの国々はすべて原子力国である。ドイツが変動の大きい再エネを増やしてこられたのは,国内の石炭火力と,近隣の原子力国からの電力輸入によって需給のバランスを取ることが可能だからである。

 補注)この段落での記述,「これらの国々はすべて原子力国である」というのは誤導的である。それら国々によって原発が占める割合は,それぞれバラバラの比率である。まるでフランスのように,それらすべての国々が7割以上も原発に依存しているわけではない。次表を参照しておきたい。いろいろとこれら各国なりに原発事情が控えているではないか。なかでも,デンマーク原発はない。

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 さらにいえば,ドイツの電力安定供給に一役買っているのは輸入だけではない。ドイツにおける再エネの一大電源地帯は,風力発電の多い北部沿岸部だが,同国では架空送電線に対する周辺住民の反発が根強く,国内を縦断する送電網の新設が進まない。このため大規模な電力消費地を抱える国土南部に電力を送ることができず,余った電力は隣国に流れこんだおち,他国を迂回して国土南部に供給されるかたちとなっている。

 ドイツ北部からの電力は,西側ではオランダに流れこみ,その一部がベルギー,フランスを経由してドイツ南部に流れこむ。東側では,チェコポーランドに流れこんだ電力の一部が,オーストリアを通ってドイツ南部に入る。このように他国を電力の迂回路にすることでドイツは供給の安定を確保しているが,一方で通り道となる周辺国では,強風時にドイツから流入する電力で系統の安定に支障が出るなど,問題が発生している。(中略)

 こうした状況を勘案すると,供給力の落ちこみを避けるのはむずかしく,いずれは「ドイツは電力輸出国である」というセンテンスが通用しなくなる日が来るかもしれない。そのころには,ドイツだけでなく欧州の多くの国で旧型の火力発電所等が閉鎖されるため,大陸欧州全体で安定した電源の設備容量余力が小さくなると考えられる。

 補注)ここの「分析としての主張」は再生可能エネルギーの今後を,故意にいっさい無視した論旨になっている。それゆえ,かなり強引なリクツであるだけでなく,眉ツバものにもなっている。

 こうした状況を見越して,チェコでは2036年までに原子炉の新設をおこなう計画である。ポーランドも,原子力発電の新規導入を計画している。フランスも減原子力とはいいつつ,現在の設備容量を維持する方向である。その結果,2030年代の終わりには原子力も石炭火力も手放すドイツでは,こうした原子力をもつ隣国の電力への依存が,いま以上に高まると考えられる。(引用終わり)

 補注)フランスが「減原子力とはいいつつ,現在の設備容量を維持する方向」だというのは,奇妙な見解(解釈)である。フランスも再生可能エネルギーの方途を積極的に採っていくことに変わりはない。ただ,あまりにも原発が占める比重が高くて,このあつかいには困っている。

 さて,以上に紹介した意見は「【作成:株式会社三菱総合研究所】」であって,結論でいいたい要点は,最初から「日本財界側の総意として」の見解であり,分かりきっていた。つまり原発の絶対必要論であって,さらにいうと,日本はドイツとは違って島国であるから,原発の必要度はもっと高い・あるといいたいだけのこと。

 この日本においてなお,原発が必要である主張したい「原子力村的」な「電源エネルギー構成論」は,一見正しいかのように聞こえるところがあったとしても,実は意図された短見のエネルギー観に満ちていた。要は,再生可能エネルギーの将来性をなにかつけては否定したい立場が露骨に表出されている。

 

  日本列島全体における電力送電問題など

 日本列島は確かに,ドイツがヨーロッパ大陸で位置する地理的な条件とは,まったく別様である。日本列島はとくに南北に長く伸びており,そして経度的にも関東から九州までは,東西に広がっている。そのせいか,いままで地域ごとに立地・経営されていた大手電力会社が,「3・11」以前までであれば非常にはっきりしていたように,電力を融通しあう送電線を,かぼそい容量でしか設営・確保していなかった。

 もともと東西日本で別々である電力の周波数は,東京を中心とする東日本で50Hz,大阪を中心とする西日本で60Hzである。この種の技術的な違いもくわわって,送電線網の整備には困難が加重されていた。とりわけ今冬は,寒さがきびしいためにつぎのような事態も起きていた。    

 あらためていうが,今回における電力融通は,今冬の寒さがとくにきびしくなっている条件のもとでなされている。このたび厳冬のなかで,10年の1度あるかないかと指摘された “電力逼迫事情” が発生していた。

 そういう報道もなされていたが,原子力村的なエネルギー「感」で応えるとなれば,早速,「原発の有用性」ウンヌンの話題が再起動されそうである。だが,こうした原子力村風になる〈定番の感想:反応〉は,もともとあまりにも意図的だという意味で拙速であって,いわば瞬間湯沸かし的な反応であって,説得力を欠く。

 「3・11」発生以前,日本全国の電力会社間で相互に電力を融通できる容量(送電線のそれ)は非常に少なかった。その後,徐々に整備されてはいるものの,この相互の電力融通関係は,もっと日常的に使い勝手のよい,より太いものに改善していく必要がある。

 また,民間企業内で独自に発電施設(火力にもならず水力も含む)を有し,その能力に余裕もあって,これを非常時に活用できる態勢もあるとなれば,電力会社側でこの余剰能力を即応的かつ円滑に活用するためには,ふだんから相互間の態勢作りを整備しておくことも課題になっている。

 今冬のきびしさのために電力不足気味になった東電は,つぎのようなニュースを提供していた。

     ◆ 東電,企業の自家発電から電力調達へ   LNG在庫不足で ◆
  = nikkei.com 2021年1月6日 18:00,https://www.nikkei.com/article/DGXZQO

 

 東京電力ホールディングスの送配電子会社,東京電力パワーグリッド(PG)が自家発電設備をもつ企業に電力の融通を要請していることが分かった。相次ぐ寒波で暖房用電力の需要が急増するなか,発電燃料の液化天然ガスLNG)が不足して発電量が不足する恐れがあるためだ。他業界の協力もえて安定供給をめざす。

 この報道にさらに関連しては,前段階において報じられていた記事も引用しておく。

    ◆ 東電PG,2日連続で他社から電力融通 寒波で需要急増   LNGスポット一段高   パナマ通航に遅れ ◆

 = nikkei.com 2021年1月4日 19:15,https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ0430U0U1A100C2000000

 

 石油や鉄鋼,化学大手などは一部の製造拠点で発電設備を備え,発電した電力を生産活動に使っている。東電PGは発電設備をもつJFEスチールや住友化学,ENEOSホールディングスなど複数の企業に,余った電力を供給してもらうように打診している。余剰電力を生み出すために発電設備の稼働率を上げてもらうことも要請している。JFEは川崎市千葉市に発電設備をもち「可能なかぎり対応したい」としている。

 

 関西電力と同社の送配電子会社である関西電力送配電も〔1月〕6日,東電PGと同様の要請を始めた。電力は発電量と消費量が一致しないと大規模停電につながるリスクがあり,通常は自社の火力発電所の出力を調整する。2011年の東日本大震災の直後にも企業から調達したことはあるが,企業の自家発電設備から融通してもらうのは異例だ。

 

 寒波をうけて関東エリアの需給は逼迫しつつある。東電PGは,とくに4日の調達規模は一部の時間帯で最大100万㌔㍗と,単純換算で原発1基分にも上った。

 補注)ここでは「最大100万㌔㍗と,単純換算で原発1基分にも上った」という話法にしているが,なにも原発に比較するだけの論点ではなかった。いつまでも原発をとくにもちだし比較の材料にしておくという筆法じたいに,イヤらしさが漂う。

 

 〔1月〕7日以降は全国的にきびしい寒さとなる見通しで,他の大手電力から必要な電力を調達できない恐れもある。すでに電力需給は全国的にも逼迫しつつあり,6日には関西電力送配電と東北電力ネットワークも他の電力会社から電力を調達した。東電PGは「埋蔵電力」とも呼ばれる自家発電設備から電力を入手し,電力不足に備える。(後略)

 さて,この冬季にあっては太陽光発電は非力であり,その弱点がもろに表面化する時節となる。そこで関心をもたれるのが風力発電である。日本は北日本(北海道・東北)をひとまずのぞいておくとして,風力発電の開発・導入・利用状況が不活発であった。

 とはいえ,九電地域のように太陽光が最大に出力を発揮する時間帯になると,一時的にはこの地域の電力需要の相当部分をまかなえるほどにまで上昇する状況,具体的にいうと,「九州電力では,ピーク時(たとえば2018年5月3日12時台に実際に生じた)に太陽光発電が電力需要の81%に達し,自然エネルギーでは太陽光が最大96%にも達した」こともあった。

 このために,つぎのごとき懸念まで指摘させる事態を随伴させてもいた。

 九州電力がおこなってきたVRE〔自然変動型再生可能エネルギー,Variable Renewable Energy〕の出力抑制については,改善すべき点があると考える。現状のままでは,「自然エネルギー拡大を前提とした合理的な出力抑制」ではなく,「自然エネルギー抑制のための出力抑制」に陥りつつあるように思われるからである。

 註記)「 九州電力自然エネルギー出力抑制への9の提言」『isep 環境エネルギー政策研究所』2020年10月5日 https://www.isep.or.jp/archives/library/12913 

 なお,土木学会開発委員会特別シンポジウム,足利大学理事長牛山 泉『洋上風力発電の主力電源化に向けて』2019年7月1日によれば,「日本の再生可能エネルギーポテンシャル」としての容量(単位;百万kW)は,こう推算されていた。

  太陽光      150百万kW
  風力(陸上)   300
  風力(洋上)  1,600
  中小水力      14
  バイオマス     38
  地熱発電      14
   合計    211,600万kW〔ここからは百万kW表示ではなく万kW表示〕

  原子力発電   4,820万kW〔同上,2011年3月時点〕

 牛山はとくに風力発電の将来性を高く買っているが,この点は海外諸国における実情からも,自然に裏づけられる主張であるに過ぎない。現時点で日本における太陽光発電はすでに,ここに記されている数値をはるかに超えた発電総量になっている(これは統計が2011年3月当時であり,そういう前後関係になっている)。気象条件のからみでいえば,風力発電太陽光発電とは基本的に異なる発電上の特性を有している。

 また,再生可能エネルギーにかかわる各種の発電方式どのように全体的に組みあわせ,有機的に体系づけて活用するかは,スマートグリッドの問題になっている。この問題は,本来であれば大手の電力会社が以前からとりくんでおくべき課題であった。

 だが,原発利用にこだわる旧体制的な,つまり原子力村的な発想は,その課題を毛嫌いし,遠のけてきただけで,再生可能エネルギーの将来を,不必要かつ不当にも阻害してきた。「3・11」はその旧弊を打開させる契機を与えていたはずだが,電力会社側の対応は鈍ぶかった。

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