瀧川政次郎「南北朝正閏」論 現代の天皇・天皇制は明治以来の創作であった


 

瀧川政次郎「南北朝正閏」論

現代の天皇天皇制は明治以来の創作

万世一系天皇制度の観念:皇統の連綿のからくり-

(2014年12月31日)




  要点:1 瀧川政次郎『日本歴史解禁』昭和25〔1950〕年12月が語る日本の天皇天皇制の真実

  要点:2 皇族が20歳になると勲章(高位)を授与されるのは,なぜか?


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  出所)http://blog.livedoor.jp/haute_contre/archives/51981941.html

  瀧川政次郎『日本歴史解禁』昭和25年

 ※ 瀧川政次郎について ※  本ブログの筆者が以前,地元の公立図書館から借りて読んだことがあったのが,この瀧川政次郎『日本歴史解禁』(創元社,1950年:昭和25年12月)である。最近(その後)この本を古書で入手し,再度読みなおしてみた。 

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 本書のなかから最初に,第4編「建武中興と南北朝」第10章「南北朝正閏の論」に注目し,この全文を紹介する。なお原文には一度も改行がないが,以下のように適宜入れておいた。

 
北畠親房神皇正統記を著して南朝の正統の天子なる所以を明かにしなければならなかったことは,南朝が正統の天子であることに既に疑があったからである。彼が編み出した神器の所在によって皇位の正閏を決する理論は,学問的に見て頗るインチキなものであるが,意外の成功を収めて,明治の憲法学者までその説に敬服せしめた。北朝には親房に相当するだけの代弁者がなかったから,北朝は武力闘争に於ては常に南朝が勝ったが,理論闘争に於ては南朝に敗れた。

 神器を中心として皇位の正閏を論ずれば,北朝に勝目はない。しかし嫡庶を以て論ずれば,北朝は明かに正統の天子である。現行皇室典範皇位継承法からいへば,持明院統北朝が正統であるが,現行法を古代を遡行せしめることは,歴史を無視する考へである。事実を事実として公平に認めてゆく歴史の観方からいへば,両統ともに異った系統の皇位継承法からいって正統であると云はざるを得ない。

 足利 尊氏が忠臣になってたまるものかといふのは,所謂判官びいきの感情論である。南北朝の合一は,明治政府のついた真赤な嘘であるから,前南朝後南朝とを理論的に区別することは不可能である。楠氏も正成,正行,正儀までは忠臣で,それ以後の楠木正秀や光正は逆賊であるとするのは,われわれの感情の許さざるところである。名分論で南北朝を論じようといふなら,もっと透徹した一貫の理論が必要である。

 従来のやうな不徹底な理論と事実の隠蔽とによって,何が何だか訳のわからない国史をもってゐることは,文化国家日本の耻辱である。思想は思想を以て克服しなければならない。川上・北山村数千の住民を鑿殺しても,南朝は正統であるといふ思想を根絶することは不可能であらう。熊沢天皇並びにその亜流の如き魑魅魍魎を一掃するには,警察力を用ひて弾圧するやうなことをしたのでは駄目である。

 主権の存する日本国民の総意に基づくところの,日本国の象徴であり,日本国民統合の象徴である世襲天皇とは,万世一系天皇をいふにあらずして,明治天皇の御子孫をいふのである。現代の日本は,主権在民の民主国であって,天皇家の家産国家ではない。南朝の皇胤であらうが,大覚寺統の正系であらうが,国民の大多数が認めて天皇と為さない者は天皇ではないのである。彼等をしてこの現代思想に目覚めしめることが,魑魅魍魎をしてその光芒ををさめしめる方途であらう。
 註記)瀧川政次郎『日本歴史解禁』創元社,昭和25年,120-121頁。


 この文章を読んでからいま,ここで実際に記述をし,つまりパソコンに文字を入力している最中からして,なにか頭がクラクラ(ぐらぐらも?)してくる気分になった。古代史からの連関があっての歴史であるが,中世の南北朝時代を経て,明治時代から敗戦直後にまでまたがる「天皇家の正閏問題」に関する議論・主張である。

 万世一系である〔あった?〕と信じられるからこその,神武天皇から平成天皇までの皇統譜である〔あった?〕はずである。ところが,瀧川政次郎はそんなものは弊履のごとくあつかい,敗戦後にアメリカから与えられた新憲法日本国憲法の第1条から第8条までにかかわりうる範囲内での,つまり,そのたしかな「過去における近代天皇史」(=明治維新以降)のみを,「敗戦直後の時点」から評価・認知できる『本物の天皇』とみなしている

  いまの天皇家の歴史は明治以来に創られたものである

 瀧川政次郎は,「明治天皇の御子孫」以後の系統だけが,本当の「天皇家の歴史」である〔に過ぎない?〕とでもいった口調になっている。明治以前の天皇史は「何が何だか訳のわからない国史」だとも断定している。瀧川政次郎は日本国憲法の前文に記されている文句にしたがって,あたかも,これに「文句を付ける者はいない」とまでいわんばかりに発言していた。

 日本国憲法前文

  朕は,日本国民の総意に基いて,新日本建設の礎が,定まるに至つたことを,深くよろこび,
  枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し,
  ここにこれを公布せしめる。

  御名御璽
   昭和二十一年十一月三日
  内閣総理大臣 以下副署

 瀧川政次郎のいいぶんは,非常に興味のもてる「天皇天皇制の解釈」を顕示している。日本国には天皇が必要であるとはいえ,これに適格でありうる天皇が現実に存在していれば,それはそれでよしとする思考なのである。過去における,それも大昔の南朝北朝問題,その正閏論をムキになって議論したところで詮ない業である。そんな議論は止めて,いまの天皇がいて,日本国民が天皇と認めているゆえ,この天皇天皇として認めればそれでよろしいといってのけている。

 いわく「日本の天子が一系の天子ではない」(15頁)にもかかわらず,「事実を隠蔽し,事実を歪曲した歴史は,半世紀に久しきに亙って国民の脳裡に浸潤し,それがやがて軍閥によって悪用せられる素地を作ったのである」。「明治の教育者はきちがひである」(26頁)。「百何十人もの天皇を例外なく有徳の天子と信じさせようとすることが既に非常識である」(27頁)。

 補注)安倍晋三などは明治期の「坂の上の雲」に憧憬をいだき,「戦後レジームからの脱却」をして,昔に戻りたい願望を本気になって果たしているつもりである。だが,瀧川政次郎は敗戦後,このように「明治の教育者はきちがひである」と喝破していた。

 ここで瀧川政次郎が批判していう中身は,21世紀になった現在においても日本のマスコミが報道する「天皇一族に対する報道姿勢」に向けても同じに,そのまま妥当する見解である。すなわち,いまのマスコミによる皇室報道は「天皇およびこの一族全体を例外なく有徳の天子と信じさせようとする」姿勢にある。

 2011年「3・11」東日本大震災によって東電福島第1原発の大事故が起きてから,原子力村という概念が広くしられるようになったが,これに敷衍させていえば,「天皇村」という概念が日本国の全体の上に〈現実の政体〉となって君臨していると形容してよい。

 瀧川政次郎さらにいわく「神武以来,天皇家が男系をとってきた以上,歴代の天皇神武天皇の血液を承けられたかどうかは,証明の限りではない。血統は観念の問題であって,事実の問題ではない。要は国民の信念の上に,万世一系の観念があればそれでよいのである」(28頁)。

 補注)安倍晋三一統の妄想する「男系天皇譜(血統)」はこのように「事実の問題」ではなく「観念の問題」だとまで断定されているところが,興味深い。

 くわえて瀧川は,三種の「神器も天皇を離れれば偽器になるのであって,神器そのものに皇位が宿ってゐるわけではない」(29頁)といいきっている。こうなると,
三種の神器について信仰していたとくに,昭和天皇皇室神道的な信仰心さえ,まったくとるに足らない神道上の精神問題であることになる。

 瀧川政次郎は本書『日本歴史解禁』のなかで,明治以降,井上哲次郎や久米邦武,喜田貞吉津田左右吉など,古代史研究にたずさわった学者がことごとく政府の排斥・弾圧を受けた事実が,彼自身も含めての事実史であった点に言及していた。瀧川自身が『日本奴隷経済史』(刀江書院, 昭和5年)を公刊し,「奈良・平安の奴隷制度を論じたので,満洲に逐はれ」た(30頁)事実にも触れている。

 本ブログの筆者は研究の必要があって,満洲帝国政府編『満洲建国十年史』(原書房, 1969〔昭和44〕年)をひもといたことがあるが,この本の「解題」を執筆したのが瀧川政次郎であった。

 瀧川は,旧満洲帝国が旧大日本帝国の傀儡国家であった事実などなんとも感じずにその解題を説くなかで,このデッチ上げられた国家は「経営の仕方」さえうまくやっていれば,いいかえると軍部の横暴がなければ,順調に成長できる可能性があった国家であるかのような調子で語っていた。

 その意味で瀧川政次郎の立脚していた政治思想的な立場は必然的・不可避に,二律背反的な特性をもっていた。それでも,天皇家の菊の紋章については,こうまで指摘していた。

 「現在皇室の御紋章となってゐる菊花は,本来仙洞御所の御紋章であって,天皇の御紋章ではない」。「明治政府が後醍醐天皇天皇親政主義を正しとするならば,院政時代の名残りである菊花御紋章を先づ廃止すべきではなかったらうか」(107頁)。

 瀧川政次郎の学問の立場や理論の観点がどのような価値観に依るものであれ,歴史の事実に則して「天皇天皇制の研究・解明」をなさねばならない方途を強調し,確信している。
「歴史の事実」を究明していけば,現在の天皇天皇制を真っ向から批判し,否定する立場も出てこないとは限らない。これが瀧川政次郎の基本的な視座である。いうなれば,学問研究になにも禁忌はないということである。

 しかしまた,いずれにせよ瀧川政次郎の論述はねじれてもおり,複雑な心境を背景に控えていることを教えている。戦前,自著『日本奴隷経済史』(刀江書院, 昭和5年)などのせいで,旧満洲国に逐われた自分の立場がよほど悔しかったらしく,怨念をもって天皇・皇室史を研究しているかのようにも感じられる。そういう気迫がひしひし伝わってくる。
 補注)瀧川政次郎の経歴については,
http://ja.wikipedia.org/wiki/瀧川政次郎  が参考になる。

  2014年12月下旬,佳子20歳,その礼賛するかに聞こえる皇室記事

  -王女(民主主義国家日本における皇女という存在)-

 皇室大好き新聞である『産経新聞』からこの表題に関連する記事を引照する。いつものことながら,ときおり「歯が浮きそうになるか」のような報道内容がないわけではないゆえ,書き手のほうでは,しっかり口内を引き締めて聞くことにしたい。

 1)「佳子さま20歳のお誕生日 ご公務『一つ一つを大切に』」

 秋篠宮ご夫妻の次女,佳子さまは12月29日,20歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち東京・元赤坂の宮邸で初めての記者会見に臨み,高校生のころは成年に「大人のイメージ」があったとしたうえで,「自分が成年を迎えるとなると,まだ未熟なところが多くある」と心境を述べられた。来〔2015〕年1月1日の新年祝賀の儀が成年皇族として初の公務で,同2日の新年一般参賀で国民にもお披露目される。

 佳子さまは成年を間近に控えた今〔2014〕年11月以降,障害者や国際親善,教育などに関連する公務に相次いで臨席されてきた。成年皇族として公務の機会が一層増えるが,「関心をもっている」ことよりも「いただいいた仕事を一つ一つ大切にしながらとり組んでいくべきだ」との考えを示された。

 プライベートでは,8月末で学習院大学を中退し,来年4月からあらためて国際基督教大学(ICU)に進学される。公務に臨むなかで,「英語でコミュニケーションをとれることや,幅広くさまざまなことをしっていることが大切であると感じるようになり」,英語教育や教養科目が充実したICUを志望されたという。

 ご自身の性格では,短所を「父と同じように導火線が短い」とご説明。結婚については「将来的にはしたい」としたうえで,大学生活を送ることを踏まえて「現在は考えておりません」と答えられた。理想の男性像は「一緒にいて落ち着ける方」と打ち明けられた。
 註記)http://www.sankei.com/life/news/141229/lif1412290010-n1.html 2014.12.29 05:17更新

 この記事のなかで,いわゆる皇族たちの「ご公務」が20歳になると当然に,国家によって決められているかごとくに発生するらしい。だが,この点については基本的な疑問がもとからあった。本ブログ内では他所で別個に議論する対象であるが,ここでは,その問題点のみ指摘しておく。

 それにしても,いつ・どのようにして皇族の1員である彼女のごとき人物が,皇室制度的な公務という仕事に就く存在になっていくのか? 不可解かつ理不尽なことがらが多い。もっとも,この種の疑問すら抱く日本国民などがほとんどいないという現実もあるゆえ,なおさらのこと,摩訶不思議な事象であるというほかない。

 皇族たちの行動を裏づける国家予算は,いうまでもなくわれわれが支払う血税である。皇族たちがどのような仕事をするとかしないとかについて,国民の意思が反映されてきたというたしかな事情・経緯があったかと問われれば,これはきわめて希薄でありあいまいである。

 宮内庁関係筋が勝手に決めている。宮内庁を司る高級官僚は,日本国のほかの各官庁諸部署から輩出されているにしても,皇族たちの仕事・業務を「ご公務」という非正式の名称を充ててなさしめる疑似制度を既成事実化してきた。

 ① に登場させた瀧川政次郎ならば,いったいなんというか? いま言及している対象である佳子は平成天皇の次男:秋篠宮の次女であるが,なにゆえ,しごく当たりまえであるかのように「ご公務」が彼女に発生してくるのか? この法的な裏づけ,そのたしかな根拠があるのかさえ不確かなこの問題を,学問的・理論的に究明した学究はいないのか?

 2) 小田部雄次『近現代の皇室と皇族』2013年
 小田部雄次『近現代の皇室と皇族』(敬文舎,2013年)は,本書に巻かれた帯に「皇族には,法文として明示された『ご公務』はない」と書いているほどである。佳子が20歳になったら「ご公務」に就くなどといった報道じたい,きわめて異様な皇室に関する事実の無批判的な国民への伝達だと受けとめねばおかしい。

 小田部は,天皇に関する国事行為(日本国憲法で定められた)についてさえ,こう指摘している。「今日広く知られる天皇の行為には,国際親善や行幸啓などの公的行為,宮中儀式などの私的行為もふくまれ,これらは憲法に明記されていない広義の公務として既成事実化している」。

 そして,結論としては,こうも批判している。

 現状を混乱させている張本人たちが,すべての原因を日本国憲法に押しつけて,彼らの長年の望みであった天皇神格化を成し遂げ,国民支配の絶対権力を手にしようとしているのである。戦後日本の「振り子理論」からすれば,あるいはまた振り戻るかもしれないが,楽観はできない。
 註記)小田部『近現代の皇室と皇族』245頁,309-310頁。

 本ブログ筆者はほかの諸記述で言及しているが,安倍晋三政権による日本軍国主義化,それも在日米軍基地による日本国実質支配下におけるアメリカ従属体制として「ふつうの美しい国」になりたい志向性の実現(集団的自衛権行使容認・安全保障会議設置・武器輸出禁止3原則緩和・特定秘密保護法など)が,いよいよこの日本という国家を畸型的に曲がった方途に向かわせつつある。 
 
補注)2019年11月現在に至った段階では,安倍晋三による日本の対米従属国家体制「化」は,ほぼ完成の域にまで到達した。この「世襲3代目の大▽カ政治屋」は,第2次安倍政権になってから7年近くも権力を握ってきたが,この国を崩壊・破綻させてしまった。国難・亡国の首相といわれるゆえんであった。

 そこで,皇室・皇族が戦前・戦中的な利用価値を再度みなおされて,大いに活用される動向も強化されてきている。もっとも,この動向は以前から変わらぬ要因であったものでもある。

 要は,天皇一家・皇族たちは国家支配体制側にとってみれば貴重な存在物であり,かっこうの利用価値がある。彼らがどのように使えるのか問われれば,それは敗戦までの旧大日本帝国の負の実績を指摘しておけば十二分に諒解してもらえると思う。

 纐纈 厚の最新作『集団的自衛権容認の真相』(日本評論社,2014年12月)は,自衛隊組織が文民統制など無視する日本の軍隊として存在してきた戦後史に触れ,安倍晋三政権がいま強行しつつあるこの国の「ふつうの国」「美しい国」化に警告を発している。現状における在日米軍基地付きの日米安保体制は,この日本国を「ふつうではない,まさに醜いアヒルの子」にさせている。

 以上のような現在的な状況を念頭においてさらに,佳子に関する新聞報道を引用する。ここではもちろん『産経新聞』につづけて聞くことにする。

  ☆ 佳子さま,両陛下に成年のごあいさつ ☆

 〔「宝冠大綬章と副章」を佩用した〕「秋篠宮ご夫妻の次女,佳子さまは〔12月〕29日,20歳の誕生日を迎え,皇居・宮殿で,天皇陛下から成年皇族としての「宝冠大綬章」の勲章を授与された」。

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 秋篠宮邸で礼服の「ローブデコルテ」に勲章やティアラなどを身に着けた正装に着替え,再び宮殿で,天皇,皇后両陛下にあいさつされた。

 ローブデコルテは白地に金糸の花模様入り。プラチナにダイヤモンドがあしらわれたティアラは,ほかの宝飾品とともに約2800万円で新調された。

 あいさつを終えた佳子さまは宮殿の玄関に姿をみせ,報道陣から「おめでとうございます」と声をかけられると,笑顔で会釈して車に乗りこまれた。夜には宮邸に両陛下を招き,夕食会が催される。

 佳子さまは勲章の親授式に先立ち,皇室の先祖や神々をまつる宮中三殿に参拝し,成年皇族の仲間入りをすることを報告された。
 註記)http://www.sankei.com/life/news/141229/lif1412290031-n1.html 2014.12.29 18:48更新
      
 「皇室の先祖たち」は祖先神として,宮中三殿賢所天照大神)や皇霊殿(歴代天皇)に祀られている(ただし,瀧川政次郎流にいえばその確証のないのが,それらの先祖たちであったわけだが)。

 国費(税金)で身を豪華に飾った天皇の孫娘の1人が,天皇家の私家的な信心(皇室神道)の対象である賢所皇霊殿に参拝し,それらの霊に「20歳になった」報告をしたという。まともに社会常識を備えているつもりの日本国民であれば,税支払者(タックス・ペイヤー)であれば,こうしたニュースに報道される日本の政治の「事実・現象」に違和感をもたないほうがおかしい。

 『産経新聞』の記事からさらに引用する。【皇室ウイークリー番外編】「佳子さまご成年 20年のお歩みを振り返る」からとなる。この記事(ウェブ版)は「(1/4 ~ 4/4 ページ)の分量」であるが,最初の1頁冒頭部分のみ引用しておく。

 秋篠宮ご夫妻の次女,佳子さまが〔12月〕29日に20歳の誕生日を迎え,成年皇族の仲間入りをされた。幼少期はフィギュアスケートに熱心にとり組み,最近では弟の悠仁さまをかわいがる姉としての姿もみせられている。

 今〔2014〕年に入ってからは学習院大を中退し,国際基督教大(ICU)への進学を決めたほか,公務にも積極的に臨まれている。毎年11月の秋篠宮ご夫妻の会見で披露されるご成長ぶりやお人柄などを交え,20年間のエピソードを振り返る。
  註記)http://www.sankei.com/life/news/141229/lif1412290003-n1.html 2014.12.29 06:00更新

 庶民の誰かに関する〈セレブなお嬢様に関した事実〉なのであれば,どうということもない話題であるが,ここでは貴人あつかいの記事である。「学習院大を中退し,国際基督教大(ICU)への進学を決めた」というけれども,たとえば,この進路変更について両大学はどのような対応をしてきたのかに関した,いわば,ミーハー的な報道するマスコミはないのか。筆者のしるかぎりでは,なにもしらない。

 日本国憲法で“平等原則,貴族制度の否認及び栄典の限界”を定めた第14条は,こう書いている。

 すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。

  2 華族その他の貴族の制度は,これを認めない。
  3 栄誉,勲章その他の栄典の授与は,いかなる特権も伴はない。栄典の授与は,現にこれを有し,又は将来これを受ける者の一代に限り,その効力を有する。

 現在の天皇天皇制に関して「社会的身分又は門地」とか「華族その他貴族の制度」とかが問題にならないはずがない。「栄誉,勲章その他の栄典の授与」という事項についていえば,天皇の姪の立場であれば「20歳になると」「成年皇族としての『宝冠大綬章』の勲章を授与された」というのである。この事実に接したふつうの国民・市民・庶民の側では,ごく常識的に考える能力がある人なのであれば,おそらく首を傾げざるをえまい。

 こういう指摘をしたら「非国民」だとか「反日」だとか,迷妄の決めつけ的な暴言を放つ人びとが,ときたま存在するようである。だが,こちらの人びとは,反市民意識・非民主主義感覚の持ち主である。以上のような意見・批判をすなおな感性で受けとめ,そしてより理性的に考えるのが,知性的にも常識あるまともな人間が思考する立場である。

 

 〔以下は,2019年11月18日に付論された記述である〕
  2019年11月に書かれた『朝日新聞』『日本経済新聞』『東京新聞』の社説から,天皇・皇室問題をめぐる議論を紹介する
  
-関心の的は「民主主義と天皇制」の折りあいは,本当にありうるのか,である-

 1)「〈社説〉皇室制度の今後 政治の怠慢に終止符打つ時」朝日新聞』2019年11月18日


 天皇陛下の即位に伴う儀式は今月の大嘗祭でひと区切りがつく。皇位継承のあり方など皇室制度をめぐる諸課題について,政府は検討を先延ばししてきたが,これ以上の放置は許されない。開かれた場での議論をすみやかに始めるべきだ。

 そのさい大切なのは,皇室を取り巻く状況を正しく認識し,手当てを急ぐ必要があるのはなにか,主権者である国民の思いはどこにあるかを適切にみきわめ,将来につなげることだ。

 憲法は「皇位は,世襲のものであって,国会の議決した皇室典範の定めるところにより,これを継承する」と定める。皇室制度は,国会や内閣,裁判所などと同じく国家のシステムでありながら,それを担うのは特定の一家一族に限られるという,ほかにはない特徴をもつ。

 思いどおりの絵を白地の上に描くようにはいかず,1人ひとりの年齢や歩んできた道,今後の人生にも目配りしたうえで,結論を導く必要がある。さもなければ制度と現実との間に齟齬が生じ,多くの人の理解と支持をうるのはむずかしくなるだろう。

  ◆ 女性宮家の検討急げ ◆

 今回の代替わりによって皇位継承順は,秋篠宮さま,悠仁さま,常陸宮さまとなった。

 有資格者が高齢の常陸宮さまを入れて3人なのは心細いが,悠仁さまは13歳になったばかりだ。夏には皇嗣である秋篠宮さま,紀子さまとともに初めて外国を訪問し,ブータンの王室や国民と交流した。いま,継承順の変更につながる見直しをするのは現実的とはいえまい。

 一方で,早晩立ちゆかなくなるのが明らかなのは,皇族全体で担ってきた活動の維持・存続だ。皇室は現在18人で構成されるが30代以下は7人。悠仁さまを除く6人が未婚の女性で,皇室典範によれば結婚すると皇籍を離れることになる。

 広がりすぎた感のある活動を,その規模にみあう程度に絞りこむ作業は必須だし,実際に見直しは進んでいる。だが皇室と社会との接点が減れば,「日本国民の総意」のうえになりたつ象徴天皇制の基盤がゆらぐことにもなりかねない。

 対応策として7年前に野田政権が打ち出したのが,「女性宮家」の創設だ。皇位継承の資格や順位には手をつけない前提で典範を改正し,女性皇族が結婚後も皇室に残って,それまでと同じく活動を続けられるようにしようとしたものだ。ところが安倍政権に交代してから動きは止まってしまった。

 この構想についてあらためて検討を進める必要がある。宮家をたてる女性皇族の範囲や,本人の意思を要件とするか,家族も皇族とするかなど,積み残しになっている課題は少なくない。

  ◆ 旧皇族復帰案の無理 ◆

 安倍首相が議論を避けてきたのは,宮家の創設が,女性天皇やその流れをくむ女系天皇に道を開く恐れがあるとの懸念からだ。みずからの支持基盤で,男系男子路線の護持を唱える右派に配慮しているのは明らかだ。

 しかし,そうやって歳月を無為に過ごすうちに,皇室の危機はいっそう深まった。この不作為の責任をどう考えるのか。

 自民党の一部議員らは,第2次大戦後の改革で皇籍を離れた旧宮家の男性を復帰させる案を主張する。だが約600年前に天皇家から分かれた親王の末裔であり,戦後ずっと民間人として生活してきた人びとだ。いまさら皇族の列に戻し,国民が成長を見守ってきた女性皇族を飛び越えて「国民統合の象徴」の有資格者とすることに,幅広い賛同がえられるとは思えない。

 旧宮家の誰を,どんな手続で,いかなる順位をつけて皇位継承者にしようというのか。現皇族の養子にして正統性を担保する考えもあるようだが,双方への強制になりかねず,人権に照らして大いに疑問だ。

 朝日新聞の社説はかねて旧宮家復活には疑義を唱えてきた。その主張に変わりはない。

  ◆ 分断避ける知恵を ◆

 象徴天皇制を続けていくのであれば規模の維持は不可欠であり,現実的な策として女性宮家問題に結論を出すことを優先すべきだ。政府は識者らから再び意見を聴くなどして,成案をまとめる作業を急いでほしい。

 女性・女系天皇については,男女平等の理念や,男子誕生の重圧から皇室を解放しようとの考えから支持が広がる。一方でとりわけ女系天皇への反対は根強く,政党間でも見解が割れ,合意形成はむずかしい状況だ。

 国民統合の象徴をめぐり,国民に深刻な亀裂が生まれるのは好ましくない。継承者の安定確保にむけ方向性をみいだすべく議論を深めねばならないが,性急に答えに至ろうとすると危うさをはらむ。当面は悠仁さまと新女性宮家の様子を見守り,判断は将来の主権者に委ねる。そんな考えもあるように思う。

 皇室のあり方を決めるのは国民だ。歴史を尊重しつつ,意識や価値観の変化を的確にとらえ,時代にかなう姿を探る。その営みの大切さを,代替わりを通じて社会は学んだはずだ。

 2)「〈社説〉皇室めぐる課題の解決を急げ」日本経済新聞』2019年11月17月

 天皇陛下の即位に伴う主要な儀式が一段落した。今後,陛下は皇后さまとともに種々の公務を通じて,令和時代の象徴像を築き上げていくことだろう。期待の一方,皇室をめぐっては大きな課題がある。皇族数の減少や皇位の安定的な継承に関するものだ。政府は有識者からのヒアリングや検討の場を設けるなど,解決に向け取り組みを急ぐべきだ。

 現在,皇位継承の資格のある皇族は53歳の秋篠宮さま,13歳の悠仁さま,83歳の常陸宮さまの3人である。遠からぬ将来,皇統を維持することがかなり困難となる事態も予想されよう。また,独身の女性皇族は6人。学業を終えたのちに,国際親善や社会福祉といったさまざまな団体の名誉職などに就き,活動を支援されている。

 しかし,現行の制度では結婚とともに皇族ではなくなるため,公務の担い手も徐々に減ってしまう可能性が高い。これらの課題を前に,解決へ向けた動きは,これまでもあった。2005年,小泉純一郎首相のもとで有識者会議が設置され「女性・女系天皇」の容認などを柱とした報告書をまとめている。

 小泉首相皇室典範の改正に前向きだったが,秋篠宮紀子さまの懐妊により,国会への提出が見送られた経緯がある。民主党政権下でも2012年,野田佳彦首相が女性宮家を容認する論点整理をまとめている。しかし,自民党への政権交代で議論は白紙となったままだ。

 上皇さまの退位に関する2017年成立の皇室典範特例法では付帯決議で,天皇陛下の即位後,速やかに課題を検討し,国会に報告するよう政府に求めている。しかし,これまでの政府の動きはとうてい,前向きとはいいがたく,むしろ消極的とも受けとれる。

 各種の世論調査でも女性天皇を認めるという人は半数を大きく上回っている。伝統を守りつつ,社会の変化に対応した皇室こそ,国民が望む姿ではあるまいか。

 3)「〈社説〉大嘗祭の日に 伝統と憲法の調和は」東京新聞』2019年11月14日

 天皇即位に伴う大嘗祭が〔11月〕14日,15日とおこなわれる。伝統儀式で宗教色が濃い。明治の大規模化の踏襲でいいのか。憲法との調和も深く考えるべきだ。日本民俗学の草分けである柳田国男に「大嘗祭と国民」という小文がある。大正天皇の代に貴族院書記官長で,京都での大嘗祭に仕えた。こう記している。

 “如何
(いか)なる山の隅にも離れ小島にも (中略) 遠くその夜の神々しい御祭の光景を,胸にえがかざる者は1人もない”

  ◆ 柳田国男の苦言とは ◆

 “夜の御祭には本来説いてはならぬ部分があるのかも知れぬ。
(中略) 今考えると唯(ただ)きらきらと光るものが,眼(め)の前を過ぎたという感じである”

 国民の感激と体験した神秘性を伝えている。一方で,儀式の壮麗さを批判する文面が「大嘗祭ニ関スル所感」の一文に表われる。

 “今回ノ大嘗祭ノ如
(ごと)ク莫大(ばくだい)ノ経費ト労力ヲ給与セラレシコトハ全ク前代未聞”

 心ある者が「眉ヲ顰
(ひそ)メシムル如キ結果ヲ生シタル」と。経費や労力だけでなく,「徹底的ニ古式ヲ保存シ一切ノ装飾ヲ去」らねばならないのに,問題点を挙げ苦言を述べている。柳田の一文は昨〔2018〕年の秋篠宮さまの発言を思い出させる。「大嘗祭は身の丈に合った儀式でおこなうのが本来の姿」とし,「宗教色が強いものを国費で賄うことは適当かどうか」とも疑問を述べられた。

 天皇家の私的費用である「内廷費」で対応する。儀式会場の大嘗宮を新築せず,宮中にある新嘗祭
(にいなめさい)の神殿を利用して経費を抑える,そんな提案だった。

 新嘗祭は毎年おこなわれるが,大嘗祭皇位継承時のみである。皇祖および天つ神・国つ神に安寧を,そして国家・国民の安寧と五穀豊穣
(ほうじょう)を祈る。だが,秋篠宮さまの持論を宮内庁側は「聞く耳をもたなかった」という。

  ◆ 簡素化案は検討せよ ◆

 これは見過ごせない問題を投げかけている。まず「身の丈」-。大嘗祭の公費支出は総額24億円余り。皇居・東御苑に大嘗宮が建てられ,約90メートル四方に大小39もの建造物群が並ぶ。参列者は約7百人にのぼる。壮大な国家的行事の様相を示す。

 これほどの巨大な儀式が必要なのか。伝統といいつつ,祭祀一般が巨大化したのは明治期からである。むろん天皇を神格化する国家づくりのためである。17世紀の「鈴鹿家文書」にある大嘗祭図は高床式の素朴なものである。 

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 奈良・平安時代は床さえなかったという。もともとは天皇が身を清める「廻立(かいりゅう)殿」,東西の祭場「悠紀(ゆき)殿」「主基(すき)殿」,調理場「膳屋(かしわや)」が基本なのだ。さらに室町時代から江戸時代の約220年間は中断していた歴史もある。

 
議論を尽くさず「前例踏襲」といい,かつ仮に明治賛美をあおると,天皇神格化の復活の意図があるか,政権による天皇の政治利用の意図さえ疑われるであろう。なにしろ「文化の日」を「明治の日」とする案が浮かぶ今日である。

 補注)この「前例踏襲」という用語には注意が必要である。 “いつごろできた” のかという疑問が,大嘗祭という神道の行事については,あらためて考えられるべき余地がある。通常,その「前例」とは実は,大部分が「明治以降に皇室謹製」の事情・理由であった。それゆえ,それらをやたら「古式ゆかしき」だとか「いにしえ」という修辞・形容を充てて,目くらまし的に,大昔:古代からの「伝統・格式」だとする誇称は,事実に反する言辞であり,粉飾である。

 簡素化案は今後,十分に検討すべきであろう。「内廷費」で賄うべきだとの考えは憲法政教分離原則に沿っている。政府は大嘗祭の宗教性を認めているから,国事行為にはできない。だが,「皇位継承に伴う重要な皇室行事」とし,公費支出する。つまりは重要というだけで論理が希薄である。
 
補注)「内廷費」云々の議論とて,もとよりまったく問題がないとはいえない。この事実は,日本国憲法が生まれながらに具有していた矛盾の具体相であった。

 平成の式典で1995年の大阪高裁判決が原告敗訴ながら,「政教分離規定に違反するという疑義は一概に否定できない」と述べたことに留意すべきである。今回もキリスト教関係団体などが「国家神道の復活を意味し,違憲だ」と主張しているし,別の市民や弁護士らが提訴する動きもある。

 象徴天皇制は戦前の君主制の否定であるし,政教分離は神権的天皇制の封印のためである。公費支出にこだわらなくとも,秋篠宮さまの提案にも十分に理があるはずである。
 
補注)秋篠宮の発言は皇室サバイバル戦略の一環,つまり,天皇家・一族全体の意思を反映させた主張であった。「民主主義と天皇制」の問題は,かくも不思議で奇妙な現象を,いつも随伴せざるをえない。また象徴天皇制の特徴は,戦後における「君主制の肯定」であった。

 即位に際しても「即位灌頂
(かんじょう)」という仏教色の儀式があったが明治になり廃された。江戸期の天皇は京都・泉涌(せんにゅう)寺で埋葬されてきた。明治政府の神仏分離で変わった。そんな歴史をたどれば,現行方式は明治以降の伝統に過ぎないとの考えもある

  ◆ 新皇室典範から削除 ◆

 
そもそも大嘗祭は新皇室典範から削除されている。戦後の国会で「信仰の点を含むため不適当」とされたためだ。それでも「前例踏襲」で戦前と同じ形式を続けるのは,思考停止と同じである。このままでは戦前回帰の宗教的なナショナリズムを抱く人らに,皇室祭祀が利用される恐れがある。

 多様な信念をもつ人びとが暮らす日本で,憲法にふさわしい様式を真面目に考えてはどうか。
 
(以上で「3紙の社説」引用終わり)

 憲法天皇天皇制問題の「基本的な矛盾」の問題解決は,いったいどのような方途に向けてなされればよいのか?

 『明治謹製の天皇制度』を郷愁する一部の極右反動国粋の「石頭政治集団」にあっては,『近・現代の政治原理である民主主義の思考』は初めから不在であり,完全に無縁であった。

 「世襲3代目の大▽バカ政治屋」の古びた見本である安倍晋三がみずから先頭に立って,「時代錯誤のあだ花」ばかりをいまだに“盛んに狂い咲き”させている日本の政治社会である。
昨今における日本という国の「先進度(!?)指数」は,以前に比較したら“最下位に落ちた”と嘆くほかないくらい,ひどい水準になって低迷しているのはなぜか? その真因は,以上の議論のなかにみいだせる。

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