反戦的な映画『キャタピラー』2010年8月の狙い

      反戦的な映画『キャタピラー』2010年8月の狙い
              (2014年9月26日 更新,2010年8月22日)

 

  要点:1 昭和天皇夫妻の写真のまえでの夫婦の営み

  要点:2 軍神の〈芋虫〉:「イモムシ ごーろごろ・・・」と嘆いて泣いたその妻


 『ジョニーは戦場に行った』1971年が『キャタピラー』2010年より先行して制作されていた

 2010年8月21日のことであったが,出かけた用事ついでに,新聞でもすでに批評され 註記),事前にも評判にもなっていた映画『キャタピラー』(若松孝二監督,8月14日から上映)を,ヒューマントラストシネマ有楽町〔有楽町イトシア・イトシアプラザ4階〕で鑑賞してきた。 

 この映画は,今年2月のベルリン国際映画祭で女優・寺島しのぶ(当時37歳)が銀熊賞(主演女優賞)を獲得していた。
 注記)『朝日新聞』2010年8月20日夕刊「『軍神』と妻 生々しい日常」。『日本経済新聞』2010年8月20日昼間「戦時下の夫婦,強烈なドラマ」。

 映画による芸術表現であるから,反戦的な内容であっても同時に〈娯楽性〉もなければならない。一言で率直な感想をいえば,むだな繰り返しの場面が多くあったと感じた。あの「日中戦争」(1937年7月-1945年8月)の出来事を,いくつかでも歴史的に絡めて制作してくれれば,訴えたい核心がより理解しやすくなったのではないか。

 この映画を観にいくまえから,1939年にドルトン・トランボが発表した反戦小説『ジョニーは戦場へ行った』(原題は “Johnny Got His Gun” であり,直訳は『ジョニーは銃を取った』) を原作にした,1971年公開の映画『ジョニーは戦場に行った』を想いだしていた。

 本ブログの筆者がこの『ジョニーは戦場に行った』を観にいったのは,おそらく封切りされたその1971年だと思う。だが,『ジョニーは戦場に行った』に登場する主人公男性は,『キャタピラー』に登場する主人公男性の状態「イモムシ」よりも,もっと悲惨な状態で登場する。

 こちらは,同じく四肢とそれ以上に顔面の前面部がもがれた身体になっていて,ベッドの上に置かれたままほとんど動けない。 

 

 『ジョニーは戦場に行った』1971年の主要場面
 
 『キャタピラー』2010年にも共通する場面を意識しつつ,『ジョニーは戦場に行った』の〈あらすじ〉を解説する文章からその内容を任意に抽出してみたい。

 第1次大戦にアメリカ軍兵士としてヨーロッパの戦場へ出征した青年ジョー・ボナム(ティモシー・ボトムズ)は,いま〈姓名不詳重傷兵第407号〉となって前線の手術室に横たわっている。延髄と性器だけが助かったが,心臓が動いている。

 ジョーは出征する前夜,恋人カリーンの父親の許しがあって,彼女と残り少ない時間を寝室で過ごした。ジョーはあのとき,泥水のたまった穴の底で,砲弾にやられた。その後,軍医長の命令で407号は人目につかない場所:倉庫に移された。

 --「かゆかった。腕のつけ根あたりがかゆい。ところが,なにもないのだ。両手も,両足もないらしい。切らないでくれと頼んだのに。こんな姿で生かしておく医者なんて人間じゃない」。

 ジョーは,顔をおおっているマスクを変えるとき,あらゆる神経を総動員してさぐってみた。舌がなかった。アゴがなかった。眼も,口も,鼻もなかった。額の下までえぐられている。

 ある日,ジョーは何かが額にさわるのを感じた。「そうだ,これは太陽だ」。あのなつかしい暖かさ,そのにおい。ジョーは,野原で真っ裸で陽の光を浴びていたあの日のことを思いだした。

 ジョーは悪夢のような戦場での体験を思いおこしていた。その夜,塹壕のなかで悪臭を放つドイツ兵の死体を埋めていた。その最中に,あの長い砲弾のうなりがのしかかり,強烈な白熱が眼前にとび散り,それきり暗黒の世界に沈みこんでしまった。

 407号は新しいベッドに移しかえられた。看護婦〈ダイアン・ヴァーシ〉も代わった。その看護婦はジョーのために涙を流し,小瓶に赤いバラを1輪,活けてくれた。雪が降るころ,看護婦は407号の胸に指で文字を書き始めた。M・E・R・〔R・〕Y メリー。「そうか,今日はクリスマスなのか。ぼくもいうよ看護婦さん。メリー・クリスマス!」

 「なにもいえないなら電報を打て,モースルだ。頭を使うんだ」。その日,407号が頭を枕に叩きつけているのをみた看護婦は軍医を呼んだ。数日して,テイラリーと神父が倉庫を訪れた。頭を枕にうちつける407号をみた将校は「SOSのモールス信号です」といった。

 将校は407号の額にモールス信号を送った。「君はなにを望むのか・・・」「外に出たい。人びとにぼくをみせてくれ,できないなら殺してくれ」。上官は愕然とした。そして一切の他言を禁じた。それに対し神父がなじった。「こんな蛮行を信仰でかばいたくない。諸君の職業が彼を生んだのだ!」

 一同が去ったあと,1人残った看護婦は,殺してくれと訴えつづける407号の肺に空気を送りこむ管を閉じた。しかし,戻ってきた上官がこれを止め,看護婦を追いだしてしまった。倉庫の窓は閉ざされ,黒いカーテンがすべてをかくした。暗闇にジョーだけが残された。

 「ぼくはこれ以上このままでいたくない。SOS,助けてくれ,SOS・・・」。その声なき叫びはいつまでも響いている。
 注記)http://movie.goo.ne.jp/movies/p4512/story.html 参照。〔 〕内補足は本ブログ筆者。

 

 キャタピラー』2010年との比較

 1) 比較することの意味
 『キャタピラー』(2010年,日本の映画)の最後の場面は,敗戦直後の話へとすすむ。部屋から這いだしたイモムシ状態の軍神は,さらに必死になって家の外に這いずって出ていき,家のすぐそばの小さな池にその身を投げた。ここでは,『ジョニーは戦場に行った』1971年(アメリカの映画)の最終場面と比べておきたい。

 さきに『キャタピラー』の筋書も説明しておく。--戦争で四肢を失った夫が帰ってきた。周りの若者がお骨になって帰ってくるなか,姿かたちは変われど,みごと生きて帰ってきた夫に,村人は「軍神あらわる!」と大盛り上がりだ。しかし,妻〔=私〕は,以前とはまったくの別物となってしまった夫に,正直戸惑いを隠せない。これはもう,夫とは呼べないシロモノなのではないのか。

 これに対して『ジョニーは戦場に行った』の主人公は,始めから倉庫のなかに閉じこめられた。イモムシになった軍神とは異なり,他者にみせられるような肉体的状態ではない。ましてや,その形状をもって戦争督戦・昂揚につながるような宣伝材料には使えない。

 『キャタピラー』の男主人公は,それはもう非道(ひど)い肉体的な状態ではあって,四肢がなく,頭部右側面には火傷のみにくい跡が大きく残ってはいる。しかし,目〔は見える〕や口〔は話せない〕,鼻や耳〔は聞こえない〕はちゃんと付いている顔。ジョニーとこの軍神とでは,頭部に関する「損傷の状態」がいちじるしく異なっている。

 『キャタピラー』の女主人公は,もともと愛情があったのかすら判らないこの夫に対し,同情や憐憫が湧くはずもなく,ひたすら嫌悪感しか抱けない。このダルマ同然に存在するしかない夫は「飯を喰って,排泄して,精液を撒き散らして寝るだけの,肉の塊」である。 

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 出所)http://xie2001.exblog.jp/14988608

 これのどこが “軍神” なのか。しかし,「私がなすべきことは,この名誉ある “生き神さま” をお世話することにほかならない」。それも「妻としてではなく,日本国民の義務として」,この戦争のなかで「一国民として,お国のために,である」。

 “反戦映画” という安易なことばで片づけたり,一口にくくってしまったりしてはいけない。本作には, “戦い” に対するさまざまな想いが詰まっている。夫婦が狭い空間のなかで “支配”   “叛乱”   “報復” といった攻防戦を繰り広げている。この姿は,第2次大戦うんぬんとは関係なく,現代にも存在する “あるひとつの夫婦の壮絶な戦い” かもしれない。

 ただ,そのような複雑な夫婦関係を作りあげた根源は,戦争事態における特殊な政治環境・社会の精神状態であった。それらの想いを反芻してめぐりめぐって導き出される答えは,結局 “戦争反対” になるのか? だが,観終わってそこにすぐにたどり着けるほど,単純な作品ではなかったと感じる。とにかく,ひどく悶々としてしまう作品である。

  “戦争” の恐ろしさを描いているが,とことん “奇麗事” を排した物語を紡ぎあげている。若松孝二監督のそれらに対する怒りの深さや激しさは,執念すら感じさせる。「不自由な体で帰って来た夫を献身的に介護する妻」(!)みたいな,いかにもわかりやすい夫婦愛には脇目も振らず,愛とも憎しみとも割り切れない,複雑な “情” をぶつけ合う夫婦の姿を,ときに滑稽に,ときに惨めに,ときに残酷に映し出した84分間。

 ここで,途中での話しになる。

 この映画の上映にさいしてシネマ側は「予告編は10分程度です」といっていた。だが,実際は延々と何本も新作映画の予告・宣伝を,20分近くも流していた。

 いささかならずウンザリした。興ざめ・・・。予告編をみせられるために映画館に来たのではない。最後の部分に予告編を移し,流したらよいのではないか。みたくない者はさっさと出るから。

 2) あのウソだらけの戦争の時代
 兵隊さんが血を流す場面は,実は戦争のほんの一部に過ぎない。もっと大きな,抗いようのない狂気のうねりが世界中がすっぽりと包みこんでしまう。それが戦争というものである。最近の実例でいえば,湾岸戦争イラク戦争の開戦当初,この戦争にアメリカ人が反対でもしようものなら「非国民扱い」され,その人物は町中を安全に歩けないような雰囲気さえあった。

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 出所)https://www.hachi8.me/terashima-shinobu-s-acting/

 寺島しのぶ演じる妻は,帰還時の階級が陸軍少尉となっていた夫の「子供を産めない」身体であった補注)もっとも,この映画では夫のほうに不妊の原因があるかどうか詮議してない。昔はそのように女性側に不妊の原因が押しつけられていた〕。〈当時の日常〉においては,妻たちが「男児を産めない」ことですら非国民扱いされかねなかったのである。

 それゆえ,自分が正しいと思うことを示すには,キチガイのフリをするしかないという日常。『キャタピラー』に登場する人物にはそれに該当する村人がいた。篠原勝之(しのはら・かつゆき)演じる「精神障害のあるらしい中年男」が,その村においてはいつも・なににでも,まとわり付くかのように徘徊する。

 ・モンペを穿いたおばさんが,竹やりで軍隊をなぎ払えると信じている日常。

 ・死ににいく若者を万歳三唱で誇らしげに送り出す日常。

 戦争をしらない私たちからみると,出来の悪いコントのようなバカバカしい風景を,国民一丸となって死に物狂いで演じていた。狂気としかいいようのない日常である。「それが戦争だ・・・」と,当時は口にすることができなかった人びとに代わって,必死に声を振りしぼろうとする若松監督の想いが,映像に投影されている。

 ・シーンとシーンの間に執拗に挟みこまれる,天皇・皇后両陛下の写真。

 ・日本語での,複雑怪奇な日本語テロップとともに流れる大本営発表

 ・直視しづらい気持を挑発するかのように堂々と映し出される,四肢の無い体と焼け爛れた顔面。

 ・特殊な状況下で虐げられ,屈していた妻の謀反行為。

 ・そして沖縄の集団自決。

 ・原爆の投下。

 ・焼け焦げた死体。

 ・戦時中の意味不明な大本営発表とは裏腹に,わかりやすい現代の日本語テロップとともに流される玉音放送

 ・終戦とともにみずからの命を終わらせた “軍神” の姿。家のそばの池に浮かんだ彼の姿(これが最後のシーンとなる)。

 ・ダメ押しの如きエンドクレジットのタイトルバックには,元ちとせの「死んだ女の子」が流される。

 ・ちょっとクドいくらい詰めこまれた,監督の想いと願い。

 ・それにみごとに応えた2人の役者の,目を背けたくなるような魂の叫び。

 ・胃もたれ覚悟ででも,観ておくべき作品なのではないかと思った。

 ・人が人でいられない,狂気こそが正気なんだと教えこまれる,そんな日常を,あなたは望みますか?

 ・敗者も勝者も正義のカケラもない,搾取と混乱と人殺しの風景を,あなたは望みますか?

 ・小奇麗なメイクと整った髪型の俳優さんが演じる,感動の “反戦映画” から,本当の声は聞こえてきますか?
  注記)③ は,ここまで,http://sukifilm.blog53.fc2.com/blog-entry-697.html 参照しつつ記述。

 

  ふたつの映画に共通する最終シーン

 1) 狙い目が定まっていない印象

 『キャタピラー』の男主人公「軍神」は,最後のシーンにおいて,四肢のない身体でまさにイモムシのよう這いずり出し,その身を池になかに投じる。そうやって自分の命にけりを付けた。

 『ジョニーは戦場に行った』の主人公は,それとは対照的な姿勢をみせた。「君はなにを望むのか」と尋ねられたジョニーは「外に出たい,人びとにぼくをみせてくれ。できないなら殺してくれ」といった(→「日本の軍神」のように,である!)。しかし,結局は倉庫のなかに封印されてしまった。

 この両映画が意味するところの根底には,戦争指導者たちの〈本心〉がみえかくれする。

 すなわち「戦争の本当の姿:真相・残酷性・残虐性,地獄絵」は「誰にもみせるな」という方針である。戦争の時代,自分たちだけは安全な後方基地にいながら,戦争をはなばなしく指導してきた者たちがいる。この者たちの側に普遍的に存在するのが,多少は〈うしろめたい気持〉である。
 補注)自民党安倍晋三・石破 茂・高村正彦の3者は,日本国軍国主義者の代表的トリオである。本文に指摘されているような役割を,非常時になると果敢に果たそうとする政治家たちである。もちろん自分たちは〈安全地帯〉から命令を下す立場にある者たちであるが……。

 若松監督は,あの戦争がもたらした被害を字幕の形式で,あるいは「実録の戦争」動画も挿入して懸命に訴えようとする。しかし,本ブログの筆者には前述のように, 「繰り返しが多い」わりには,訴求したい問題がもうひとつ直接的かつ効果的に伝わってこなかった。

 明らかに反戦映画であるけれども,それでもって,イラク戦争湾岸戦争ベトナム戦争など,第2次大戦後にも数多く起きてきた戦争・紛争「批判」論につなげうるような〈反戦映画〉になりうるのか?

 日本帝国がかつて,あの戦争をとおして他国に与えた諸被害,たとえば中国戦線における「三光作戦」のうち,この映画にも描きだされた「女性を犯し・殺す」場面は,その「女性へのその性的暴力とその殺害」のみである。

 その三光作戦の全体像を,象徴的にでもいいと思うのであるが,正面から触れられてはいない。本ブログの筆者によるこの点の批評が,ここまででくわしく説明された〈この映画の狙い〉に照らし,的を外しているというのなら,その指摘は撤回してもいい。

 だが,主人公の軍神があとになって,逆に「妻から積極的に性的行為を迫られた」とき,彼自身が「中国でおこなった女性暴行とその後始末(殺害)」の場面のシーンが,回想的に強調される。これは,強調しておきたいシーンなのだろうが,無駄なリフレインのように強く感じた。

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出所)https://www.hachi8.me/terashima-shinobu-s-acting/ 

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 出所)http://suigei.blog10.fc2.com/blog-entry-1414.html
 付記)下方3枚の画像は,江戸川乱歩原作の『芋虫』を丸尾末広が漫画化したもの。

 妻からの要求があったときの軍神は,男性機能がなえてしまい,その役が立たなかった。 

 しかし,そののシーンがどうして,中国人女性への暴行・殺害シーンへと転じていけるのか,これが連想的にその方向に関連づけられうるのか? 非常に不可解であって,納得がいかなかった。その逆の関係(反相)の成立はありえない,非現実的な様相(仮想)ではなかったか?

 若松孝二監督だったからか,セックスシーンがやけに繰り返されていて,それはそれで分かるけれども,男の過去の戦争のトラウマ,夫婦の過去,まわりの村の人びとのチャラクターなどもっと描きこめたら,と贅沢な思いが浮かぶ。
 注記)http://blog.goo.ne.jp/arutemisia_001/e/f8c591d1aa9e6d9e38e0551bf399e1e2 参照。

 ところで,『日本経済新聞』2010年8月20日夕刊に掲載された『キャタピラー』への評論は,こう語っている。

 「生ける軍神」と賞揚された名誉も信じ,「男」としてふるまっている。しかし,徐々に「軍神」という虚構のバカバカしさに気づき,また,セックスにおいてシゲ子が主導権をとるようになると,「男」の矜持もゆらいでくる。

 すると,中国戦線で自分のしたことが,フラッシュバックし,被害者の恐怖をみずから感じるかのように恐怖に苦しめられる。強引だが,このあたりが,心理的なみせどころだろう。

 本ブログの筆者は,こういう心理機制は通常,「夫=軍神が」「男」とすれば,「セックスにおいて妻のシゲ子のほうが主導権をとる」ときには,実際には起こらぬはずの「フラッシュバック」であると分析する。

 前段のように,もしもこの軍神が「フラッシュバック」(いわゆるPTSD)を起こすとしたらそれは,多分,妻(あくまで女性側)が,自分との「性交渉を極度に嫌がるとき」であるはずである。

 なかんずく,妻がいままで「ずいぶん嫌がっていた夫との性交渉」であった行為を,こんどは逆に,この妻自身が進んで,しかもこのイモムシ状態になっていた夫に対して無理やりおこなう「そのとき」にこそ,この軍神(=夫)は,中国で犯し殺した「女性の絶望」というものを初めて共感的に想起できたと,この映画は解釈していた。

 しかし,そういった解釈にもとづく「映画の脚本作り」は,あまり適切な筋書きになっていなかった。すなわち,妻のほうが積極的に性交渉を試みたときに,夫の軍神が勃起できなかったシーンにおいてその「フラッシュバック」を認めるという解釈は,心理学的・精神分析学的に考量するに「だいぶ無理があって方向違いになっていた」と批判せざるをえない。

 もっとも,軍神の夫を〈当時の現人神〉的な存在のはしくれ,そしてその妻を〈帝国臣民の模範像〉の1人になぞらえて観察することも,ひとつの受けとめかたにはなりうるが・・・。

 2) 日本帝国軍の戦争はアジア全域でおこなわれていた
 『キャタピラー』は,日本帝国・日本人・日本民族の立場にだけ,せまく収斂させていくかのような〈脚本の制作〉になっていた。なんども〈繰り返えさせてみせる場面〉を組みこんだこの映画の技法は,いったいどこまで〈繰り返し〉ていればよかったのか。その点はくどいばかりで,効果的とはいえない全体の編集方法があったように感じる。

 最後の場面で「敗戦を正気でよろこぶ叫ぶ演技をするかのような男」が登場するが,この男はそれまでは〈精神障害〉を装っていたかのような〔篠原勝之が演じる〕「精神障害のある中年男」である。

 ところが,敗戦をはさんで演じ分けさせる〈その演技〉が,いまひとつ「不自然な連続性=断絶」を感得させている。その中年男が戦争中は自作自演的に自分を狂人にみせかけていたけれども,しかし敗戦後は,その演技を止めることにしたという設定なら,まだ話しは分かりやすい。だが,その断絶の様子の描写が足りず不自然に演じられている。

 さらにこまかいことをいう。当時の真空管ラジオは電源を入れても,いまのラジオみたく「すぐに音を出す」ことはないのに,スイッチ・オンした瞬間に音を出していた。時代考証抜きなのか,あるいはまた意図的にそう演出していたにせよ,記憶の隅にであってもまだ「真空管ラジオ」をしっている本ブログの筆者のような年代層にとっては,かなり興ざめのシーンであった。

 また,1940〔昭和15〕年に出征したとき「赤タンに★二つの階級章」を付けていた一等兵の軍人:男主人公「イモムシ」氏はその後,ともかくも,大いなる戦功を挙げて軍神になってはいた。ただし,「四肢を失った身体」で帰宅していた。このときは「勲章を3つも授与され」ており,しかも大昇進させられて少尉にまでなっていた。もちろん「軍刀もたずさえていた」。

 これも解せない想定のシーンであった。軍功をあげるさい名誉の大怪我を負い「軍神になった」とはいっても,通常は2階級特進で「伍長」がせいぜいではないか。まあ,映画だから,それでも,いいか。

 その後,『キャタピラー』に対する批評をいくつか読んでみた。この映画のなかでは必ずしもはっきり描かれていない筋書・話題が,なぜか述べられているものもあった。本ブログの筆者はそれに関して首をひねってもいる。

 わずか84分の映画物語のなかに,あの「過去の大戦争」に関するすべてをほうりこむ筋書は,とうてい無理難題であることは承知する。

 とはいっても,戦場からイモムシ状態でしか生き返れなかった将兵の運命も運命なら,それよりも死んでしまい,けっして生きては返ってこれなかった日本帝国軍人戦死者総計230万人は,まことに気の毒のきわみであった。

 敗戦の時期が近づくにつれて,その死因はのたれ死や餓死のために命を落とした将兵が急増していったのだから,その原因を提供していた帝国の最高責任者の負うべき責任の「超巨大さ」は〈なにをかいわんや〉である。

 ところが「天皇陛下の立場」は敗戦を契機に多少かわったものの,体よく延命され〔=国体は護持され〕ることになった。これは,とても不思議な「大東亜戦争の末路」であり,とても珍妙な「太平洋戦争の顛末」でもあった。
 

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 出所)http://hebereke123.blog.fc2.com/blog-entry-1647.html

 つまり,大敗する結果になったその大東亜戦争を起こすための大義名分を,帝国臣民たちに対して高導していた《大元帥およびその一族たち》にかぎっていえば,そのただ1人さえ命を落とすどころか,一片の責任をとることすらなかった。

 彼らはそうして,戦後の「民主主義と平和の時代」まで無事に生きていくことができた。帝国日本が「民主主義と平和」の日本国に移行するさい,皇族と臣民との「階級間の不平等・不公平」はそれほどまで大きかった。

 1945年8〔9〕月までは,天皇家の人間〔もちろん男性皇族〕は全員が『武官:軍人』であらねばならなかった。戦場にいっても,高位の軍人になればなるほど死亡率が低くなることは実証されている。旧皇族の男性は大東亜戦争の時期,軍人になっていても「戦場で戦病死や餓死する」ことはなかった。

 ところが,一般庶民〔帝国軍人〕のばあいは,軍人としてだけで230万人もの戦没者を出した。当時「大元帥の地位」に,たしかいたはずの天皇裕仁は,その敗北に関する最高責任を一切とらずに余生を〈幸せにまっとう〉していった。

 3) 昭和天皇夫婦のお写真のまえで性交渉
 若松監督『キャタピラー』は「昭和天皇夫妻のお写真」(御真影,下掲)を床の間に飾った部屋で,イモムシ状態の元軍人とその妻が性的交渉をするシーンを,なんども入れていた。この夫婦にはもともと,子どもがほしくてもできなかった,という設定である。 

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 出所)http://upishi.blog5.fc2.com/blog-entry-1498.html

 付記)これは,戦前・戦中であれば,各家庭に多く所蔵されていた昭和天皇夫婦の写真。つぎのDVDの画像レーベル「絵」のなかでは,床の間に飾られている。

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 出所)https://re940blog-79461419.at.webry.info/201111/article_3.html 

 戦争中は「御国のために働く兵隊さんを大勢作るために,夫婦は大いにがんばって子どもをたくさん作り,生まねばならない」と奨励されていた。--兵隊さんを,たくさん「産めよ殖やせよ」!  

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 その意味でそのセックス・シーンは,昭和「天皇夫婦」に対する最大の歴史的皮肉を投げかけている。その息子夫婦=平成天皇などの皇族に属する夫婦たちが,仮にこの映画をみたとしたら〔ありえない想定か?〕,なにを感じうるか?

 歴代天皇夫婦にとって「次世代への世継ぎを生産する」ことは,皇室一族にとってこれ以上に重大な任務はない,そういえるほど非常に大切なのである。つい最近,皇室にまつわる「この種の問題」(皇太子夫婦のことなど)が惹起したとき,政治家をはじめ多くの関係者を巻きこむ大騒ぎになっていた。この出来事はまだみなの記憶に強く残されていると思う。

 軍神の夫婦は,子どもが「できない夫婦の性」的な交渉をしていた。これになんの意味があったのか? 床の間に飾られていた昭和天皇夫婦の写真は,そのような軍神夫婦の性の営みをみおろすたびに,いつもある種の「苦情をいってはいなかった」か?

 『ジョニーは戦場に行った』という映画は,戦場に送りこまれる主人公のジョニーが,ガール・フレンドと楽しい一夜を過ごした結果,子どもができていたかどうかに触れていなかった。その一晩の出来事は,映画全体の単なる一シーンであったに過ぎない。戦争が必然的にもたらす「生と死の断続性」にまで話がすすんでいなかった。

 2003年に開始されたイラク侵略戦争に送りこまれていったアメリ将兵たちは,生きて返れた軍人の立場であればこう問いかけている。U.S.A. というこの国家は,いったい全体なんのために,イラクに対して不正義の戦争をしかけたのかと。

 もちろん,戦争を起こして「金儲けに走る輩たち:資本家・経営者」(死の商人たち)が,当時のブッシュ政権の中枢には大勢いた事実を忘れてはならない。国民の命など彼らにとっては金儲けの手段,戦争用の消耗品=虫けら〔イモムシ「以下」!〕くらいにしか映っていない。

 したがって,自国の将兵たちが,戦争のせいで「イモムシになろうが」「なにになろうが」,そんなことはおかまいなしに「死の商人」ぶりを発揮する。

 「死んで花実が咲くものか!」

 「生きてこそ物種のこの肉体!」

 「天皇陛下のためにこの命を捧げ死んだのに,なぜ敗戦したのか?」

 「じゃ,日本帝国が戦争に勝てればとして,自分の夫や兄弟たちが戦場で命を落としていてもかまわないといえるのか?」

 「ともかく,天皇陛下夫婦だけは敗戦前後に生き残り,昭和20年代をうまく立ちまわり乗りきっていった」

 「いい面の皮は誰だったのか? もういちど沈思黙考するくらいの価値はある」

 

  終 論

 若松孝二監督もしょせんは日本人である。この『キャタピラー』は,日本の戦争批判としての意義が大きい映画である。その目線がきびしく天皇天皇制に差しむけられている。しかし,どこまでも日本国内に収斂していくだけの筋書に終始していないか? つぎのような関連の記述もあるが,その出会いとは,どこ・そこまで到達しえていたのか?

  銀熊賞受賞作の主題歌に
     元ちとせの「死んだ女の子」☆

 主演女優・寺島しのぶ(37歳)が「第60回ベルリン国際映画祭」で銀熊賞を受賞して話題になった映画「キャタピラー」の主題歌が,歌手・元ちとせ(31歳)の「死んだ女の子」に決定した。楽曲はトルコ出身の詩人ナジム・ヒクメットが,広島での原爆を題材に書いた詩の日本語訳詞を歌詞として使用した反戦歌。

 ちとせは坂本龍一プロデュースのもとで「死んだ~」を2005年8月6日に広島の原爆ドーム前で歌唱し,大きな話題を呼んだ。ちとせは「この曲に出会って8年の月日が流れましたが,『キャタピラー』との出会いで “歌いつぐ歌” の意味をより深く感じることができました。映画とともに,この歌が持つ言葉の意味が世界中に届きますように」とメッセージを寄せた。
 注記)http://www.ntv.co.jp/zoomin/enta_news/news_1612039.html?list=1&count=2 2010年5月24日5時15分 配信更新。

 最後に「映画のための脚本」だからいたしかたないことであるが,日中戦争の初期であるならばともかくも,太平洋の南方地域まで戦線が拡大した時期になれば,「キャタピラー」のような戦争犠牲者が日本の将兵において急増していたとしても,くわえてそれが「爆弾三勇士」のように国内宣伝用に使えるものだとしても,敗戦も近くなったころは,負傷した将兵たちに注目してそのように扱う余裕を完全になくしていた。

 ジャケット 日本帝国の敗色がより濃くなっていくころの旧陸海軍は,その種の措置を考える余裕はまったくなかったはずである。

 この映画『キャタピラー』は反戦的な狙いが明確であるせいか,公開する映画館は限られている。脳細胞の重量比率で計れば「恐竜並み」にしか脳味噌を備えていない,いわゆる「未熟なる〈ウヨク〉諸君」が,こうした映画に対してどのような感想を吐くのか聞いてみたい。

 軍国主義の内幕はといえば,いつも悲惨・不幸を充満させている事実をそっちのけに,戦前体制に郷愁を抱くウヨクの諸氏(もちろんアベ・シンゾウ君も含む),いちどこの映画を鑑賞してみたらどうか? 

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