日本国憲法「第1条」と「第9条」の根本矛盾,21世紀にもつづく在日占領米軍と天皇・天皇制

憲法の第9条に対した第1~8条の相互関係に,真正面から触れられてこなかった議論の不思議

                  (2016年6月14日)

 

  要点:1 柄谷公人が言及した天皇条項と戦争放棄条項の矛盾的結合形態は,アメリカが敗戦させ占領した旧大日本帝国を日本国として支配・統治するための工夫(戦後措置)に過ぎなかった

  要点:2 なぜ,それほどまでむずかしい議論に発展させねばならないのか? そこにこそ,天皇天皇制に対する「日本的な討究方法」が生起させている,具体的な制約・無意識的な限界がある


  柄谷行人憲法の無意識』2016年4月

 柄谷行人憲法の無意識』(岩波書店,2016年4月)という新書が公刊されている。紀伊國屋書店に出ている「本書の案内」を紹介しておくと,本書はまず「憲法の無意識が政治の危機に現われる。改憲に抗する,国際社会への9条贈与論がいま明らかに……」と要約されている。

 ※-1「内容説明」  なぜ戦後70年を経てもなお,改憲は実現しないのか。なぜ9条は実行されていないのに,残されているのか。改憲,護憲の議論が見逃しているものはなにか。糸口は「無意識」。日本人の歴史的・集団的無柄谷行人2008年画像意識に分け入り,「戦争の末の」平和ではない,世界平和への道筋を示す。「憲法の無意識」が政治の危機に立ち現われる。

 

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 出所)画像は柄谷行人(2008年)http://book.asahi.com/photo/index.html?photo=2012082200072_2 

 

 ※-2「目次」は,つぎのとおりである。

  1 憲法の意識から無意識へ(憲法と無意識;第1次大戦とフロイト ほか)
  2 憲法の先行形態(憲法一条と九条;建築の先行形態 ほか)
  3 カントの平和論(中江兆民と北村透谷;ヘーゲルによるカント平和論の批判 ほか)
  4 新自由主義と戦争(反復するカントの平和論;交換様式から見た帝国主義 ほか)

 ※-3 著者紹介 柄谷行人[カラタニ・コウジン]は,1941年兵庫県生まれ,思想家。1969年文芸批評家としてデビュー。著書に新刊『憲法の無意識』のほか,『世界共和国へ』『世界史の構造』など。

  本書,柄谷行人憲法の無意識』2016年4月に注目したのは,本日〔2016年6月14日〕の『朝日新聞』朝刊「オピニオン」欄に柄谷が寄稿していた文章を読んだからである。そのなかでも,日本国憲柄谷行人表紙3法の第9条を第1条と関連づけて議論する点が,とくに注意しておきたい部分である。これは,本ブログ筆者がたびたび発言してきた論点にかかわっている。

 本ブログ内では,関連する論題を立てて,そうした日本国憲法の問題を議論している。本日,ここでの内容は,その意向のみ記しておき,本論に入りたい。

 

 「〈憲法を考える〉9条の根源 哲学者・柄谷行人さん」(『朝日新聞』2016年6月14日朝刊15面「オピニオン」)

 以下の記述は長くなるが,この対話(インタビュー記事)を紹介しつつ議論する形式にもなっている。さきまわりしていわせてもらうと,この程度の当たりまえであるように聞こえる議論を,あえてずいぶんと遠まわしなものいい・表現でしかなしえない点が,日本の知識人の弱さであって,そこにはなにかを意図的にあいまいにしておこうとする「潜在意識(無意識)層の介在」(事前に構えられた防御の精神姿勢)を教えている。

〔記事本文;編集部の前言から始める(↓)〕  

 憲法改正論の本丸が「戦争放棄」をうたった憲法9条にあることは明らかだ。自衛隊が米軍と合同演習をするような今日,この条文は非現実的という指摘もある。だが,日本人はこの理念を手放すだろうか。9条には別の可能性があるのではないか。9条の存在意義を探り,その実行を提言する柄谷行人さんに話を聞いた。

 補注)まず素朴な疑問。それでは憲法の第1条からだい8条は「本丸」のそのまた本当の「本丸」になるという意味にうけとってみたいが,どうか?

 註記)以下では◆が記者,◇が柄谷である。

 ◆-1 安倍晋三首相は歴代首相と違い,憲法改正の発議に必要な議席数の獲得をめざす意向を公にしています。改憲に慎重な国民は参院選の行方を懸念していますが,柄谷さんは講演などで「心配には及ばない」といっています。

  ◇-1 「昔から保守派は改憲を唱えていましたが,いざ選挙となるとそれについて沈黙しました。改憲を争点にして選挙をやれば,負けるに決まっているからです。保守派はこれを60年以上くりかえしているのです。しかし,なぜ9条を争点にすると負けてしまうのかを考えず,この状態はそのうち変わると考えてきたのです。それでも,変わらない。事実,改憲を唱えていた安倍首相が,選挙が近づくと黙ってしまう」。

  「実は,そのようなごまかしで選挙に勝っても,そして万一,3分の2の議席をとったとしても,改憲はできません。なぜなら,その後に国民投票があるからです。その争点は明確で,投票率が高くなる。だから負けてしまう。改憲はどだい無理なのです」。

 ◆-2 安倍政権はいまのところ憲法を変えられないので,解釈改憲して安全保障関連法を整え「海外派兵」できる体制を作った。そうなると9条は形だけになりますね。

  ◇-2 「しかし,この『形』はあくまで残ります。それを残したままでは,軍事活動はできない。訴訟だらけになるでしょう。だから,どうしても改憲する必要がある。だけど,それはできないのです」。

 補注)2019年12月現在までですでに,安倍晋三憲法解釈論でもって,海外において自衛隊3軍が活動できる国家体制を作った。対米服属としての日本の国家体制を売国的・従属的にトランプのいいなりに作ったのである。2016年3月に施行された「米日安保関連法」がその証左である。

 ◆-3 なぜ9条は変えられないといえるのですか。

  ◇-3 「9条は日本人の意識の問題ではなく,無意識の問題だからです。無意識というと通常は潜在意識のようなものと混同されます。潜在意識は単に意識されないものであり,宣伝その他の操作によって変えることができます」。

  「それに対して,私がいう無意識はフロイトが『超自我』と呼ぶものですが,それは状況の変化によって変わることはないし,宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません。フロイト超自我について,外に向けられた攻撃性が内に向けられたときに生じるといっています」。

  「超自我は,内にある死の欲動が,外に向けられて攻撃欲動に転じたあと,さらに内に向けられたときに生じる。つまり,外から来たようにみえるけれども,内から来るのです。その意味で,日本人の超自我は,戦争の後,憲法9条として形成されたといえます」。
 補注)憲法問題に対するこのようなフロイト精神分析学的な観察は,一言で切り捨てるようにして断言するならば,隔靴掻痒である。

 政治学の問題として議論しきることができないわけではなく,ただ知識人の側で割り切れないままに「なにかに執着している」状態が,このような精神心理分析に関した観察方法のほうに問題意識を移動させる事由を提供している。

 日本国憲法形成史について,いまではいくらでも文献・資料が与えられているのだから,まずこちらをありのまま,事実に率直に接近してからの議論としておく余地がある。 

 精神分析学からの接近もよいが,それほどむずかしく議論するほどのものではない。無用とはいえないが,2次的な接近方法を前面に出しすぎるとしたら,本質的な議論をわざわざ遠ざけることになりかねない。

 ◆-4 9条は占領軍が敗戦国日本にもたらしましたが,日本人が戦争体験の反省から作ったと考える人もいます。そうではないと。

  ◇-4 「9条はたしかに,占領軍によって押しつけられたものです。しかし,その後すぐ米国が再軍備を迫ったとき,日本人はそれを退けた。そのときすでに,9条は自発的なものとなっていたのです」。

  「おそらく占領軍の強制がなければ,9条のようなものはできなかったでしょう。しかし,この9条がその後も保持されたのは,日本人の反省からではなく,それが内部に根ざすものであったからです。この過程は精神分析をもってこないと理解できません」。

 補注)この「内部」という表現がくせものである。敗戦直後,GHQ占領下においてその「内部」(いうなれば外枠のなか)で用意された新憲法の,そのまた内部(こちらが多分,柄谷の指す「内部」)のことだとしたら,この内部ということばの意味は限定版だと受けとっておくほうが無難である。

  「たとえば,戦後の日本のことは,ドイツと比較するとわかります。ドイツは第2次大戦に対する反省が深いということで称賛されます。が,ドイツには9条のようなものはなく徴兵制もあった。意識的な反省にもとづくと,たぶんそのような形をとるのでしょう」。

  「一方,日本人には倫理性や反省が欠けているといわれますが,そうではない。それは9条という形をとって存在するのです。いいかえれば,無意識において存在する。フロイトは,超自我は個人の心理よりも『文化』において顕著に示される,といっています。この場合,文化は茶の湯や生け花のようなものを意味するのではない。むしろ,9条こそが日本の『文化』であるといえます」。
 補注)この手の議論はほとんど有効性を欠いている。敗戦後における日本政治・行政史あるいは米日間国際軍事関係史は,最近刊行された評判作,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル,2014年10月),そして,同『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』(集英社インターナショナル,2016年5月)がよく解明しているように,前段のごとき柄谷行人風の議論のしかたでは,すでに「実証性に乏しい抽象的・表象的な詮議である」と片づけられても,真っ向から文句をいえない研究環境をお膳立てしていた。

 精神思想史的にする哲学流思考,この衒学的な展開も貴重であるといえなくもない。だが,それが現実の様相とはかけ離れた議論をしている事実が明らかになってしまうようでは,その学的な意義はみいだしがたい。フロイト精神分析学の応用もよいけれども,それは問題の対象をより鮮明にし,その本質をより深く理解するための,あくまでひとつの「手段・道具」であるに留まる。

 学問の方法と事実の把握とのあいだにおいて懸隔を強く感じさせる概念の駆使・応用なのであれば,その接近方法はひとまず留保しておいたほうが無難である。

 ◆-5 近著では,戦後憲法の先行形態は明治憲法ではなく「徳川の国制」と指摘していますね。

  ◇-5「徳川時代には,成文法ではないけれども,憲法(国制)がありました。その一つは,軍事力の放棄です。それによって,後醍醐天皇が『王政復古』をとなえた14世紀以後つづいた戦乱の時代を終わらせた。それが『徳川の平和(パクス・トクガワーナ)』と呼ばれるものです。それは,ある意味で9条の先行形態です」。

 「もうひとつ,徳川は天皇を丁重にまつりあげて,政治から分離してしまった。これは憲法1条,象徴天皇制の先行形態です。徳川体制を否定した明治維新以後,70年あまり,日本人は経済的・軍事的に猛進してきたのですが,戦後,徳川の『国制』が回帰した。9条が日本に根深く定着した理由もそこにあります。その意味では,日本の伝統的な『文化』ですね」。
 補注)日本国憲法体制に相当するものが江戸時代にも〔から〕あったと,歴史を解釈するのは,これはまさに柄谷行人自身に関して〈精神分析学〉からの分析を要求するような主張である。明治以降の天皇制度と江戸時代までの天皇という歴史的な存在とを対等視したがる見地は,19世紀末期から20世紀における「日本の天皇制」を無理やり,装飾的に解釈するものであって,天皇天皇制の歴史を実在に即して観察したものではない。

 第9条は,基本的にはGHQが創案し,制作して,日本に「押しつけ憲法」である。それも,敗戦した大日本帝国の臣民たちの戦後精神状態にうまくとりいるかっこうになって,つまりぴったり合致した憲法として「押しつけられていた」。この歴史的な事実展開を,21世紀のいまとなってから「現時点から都合よく」いかようにでも解釈するのは,ある意味で論者の自由である。しかし,歴史の解釈は事実に即して述べるべきであって,自身の希望や期待に即して述べるべきではない。

 要は,精神分析学的な抽象次元に憲法問題をもちあげて議論するのもよいけれども,その以前に現実の政治(敗戦後における日本政治史の過程そのもの)に密着した議論が要請されている。 

 ◆-6 9条と1条の関係にも考えさせられます。現在の天皇,皇后は率先して9条を支持しているようにみえます。

  ◇-6 「憲法の制定過程を見ると,つぎのことがわかります。マッカーサーは次期大統領に立候補する気でいたので,なにをおいても日本統治を成功させたかった。そのために天皇制を存続させることが必要だったのです。彼がとったのは,歴代の日本の統治者がとってきたやり方です」。

  「ただ当時,ソ連や連合軍諸国だけでなく米国の世論でも,天皇の戦争責任を問う意見が強かった。そのなかであえて天皇制を存続させようとすれば,戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったのです」。

  「だから,最初に重要なのは憲法1条で,9条は副次的なものにすぎなかった。今はその地位が逆転しています。9条のほうが重要になった。しかし,1条と9条のつながりは消えていません。たとえば,1条で規定されている天皇と皇后が9条を支援している。それは,9条を守ることが1条を守ることになるからです」。
 補注1)このあたりの意見も,はっきり批判しておく。1946年2月3日にマッカーサーがホイットニーに宛てたメモ,いわゆる「マッカーサー・ノート」(つぎの画像資料,「マッカーサー三原則」「マッカーサー・メモ」ともいう),この「3つのポイント」に絡めてあえていえば,以上の意見は,歴史の解釈としては転倒した強引な勘違いである。
 補注2)「マッカーサー・メモ3原則」の原文資料。

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 マッカーサー・ノートの真意は「9条」を置くのは,「1条」を利用するためであって,その逆ではなかった。そうした脈絡においての9条と1条の関係づけが,いうなれば歴史的かつ論理的により正確に把握されておく必要がある。

 1950年6月25日に朝鮮戦争が始まると,警察予備隊を8月には創設させられた日本国は,その時点ですでに9条は骨抜きになっていた。だが,1条のほうはそのまま放置されていた。1条は9条にささえられた憲法内の条項であったのだから,9条の実体が溶解していたのであれば,1条も無用・不要になっていた。

 そこで,前段に英語の原文をかかげた「マッカーサー・メモ」(「マッカーサー三原則」)を,もう一度,想起しておきたい。

  1天皇は,国家の元首の地位にある」
     (Emperor is at the head of the state)

  2 「国家の主権的権利としての戦争を放棄する」
     (War as a sovereign right of the nation is abolished)

  3 「日本の封建制度は,廃止される」
     (The feudal system of Japan will cease)

 このうち1は2のために利用されていた。この表現が割りにくいとしたら,この1と2は相互に補完させる関係性をもたされていた,と説明しておく。敗戦後史の過程において当初,警察予備隊を,7万5千名からなる実員の「軍隊」として編制した時点ですでに,2は無意味になっていた。だから1も不要・無用になっていた〔確かにそういう意味になっていたはずである〕。

 天皇制度そのものが,なんといってもどう観ても「3=封建制度(王制)」である。天皇一族じたいまで,なくせばいいといっているのではない。しかし,制度として残存させられた天皇家(皇室)や,その家長である天皇(当時は裕仁)の存在が “問題にならない” わけがない。

 いまの天皇・この一族が自分たちは憲法を守りますとなんども表明してきている(その間に天皇明仁から徳仁に交代している)。だが,憲法において象徴であると規定されている人物とその親族たちが,そのように憲法じたいに関する意見をみずから提示するという手順じたいが,そもそもおかしく,根本から疑問がもたれて当然である。

 要は,彼ら一族はいわなくともよいことを「勝手に発言している」。このあたりの論点になると,的確に指摘・批判する学究がいない。以前であれば革新・左翼系の研究者がその論点を真正面から議論していたが,最近はとんとみかけない(聞かない)。

 ここではくわしい言及はできないが,1947年9月および1950年6月の時点で天皇裕仁は,自身の立場である憲法「第1条」の立場をみずから否定し破損させる「天皇メッセージ」(下掲の画像資料を参照)を,この2度にもわたってアメリカ側に伝達していた。昭和天皇は,新憲法内において象徴天皇であると規定された立場を,それも自分の意志でもって計画的に破壊する行為を冒していた。 

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   註記)下の画像は,上の同じ画像の一部を拡大して,肝心な文言の個所に赤線を引いてある。

 つまり,そのときからすでに,憲法第9条は〈かたなし〉になっていた。したがって,同時的・必然的に,第1条も無意味化させられていた。それも,当人である象徴天皇が関与し,敢行した脱法・違反の行為であった。しかも,1950年6月の天皇メッセージは朝鮮戦争が始まる直前の出来事(彼の行為)であった。

 朝鮮戦争では秘密裏ではあったけれども,日本人側にあっても,この隣国の戦争事態に対して,国連軍(実体はアメリカ軍)とともに参戦させられていた者たちがいた。すでにその時点から憲法第9条には一穴が形成されていた。安倍晋三が2015年に補完した作業は,それを大穴にまで拡げて完成させる努力であった。この首相が亡国・売国・滅国の「世襲3代目の大▼カ政治屋」と蔑称されるゆえんも,まさしく,そうした暗愚な役割を嬉々として果たしていた事実にも求められている。 

 ◆-7 憲法9条はカントの「永遠平和のために」,またアウグスティヌスの「神の国」にさかのぼる理念にもとづくとされます。それがほかならぬ戦後日本の憲法で実現されたのは興味深いですね。

  ◇-7 「私は,9条が日本に深く定着した謎を解明できたと思っています。それでも,なぜそれが日本に,という謎が残ります。日本人が9条を作ったのではなく,9条のほうが日本に来たのですから。それは,困難と感謝の二重の意味で『有(あ)り難(がた)い』と思います」。
 補注)この意見は「押しつけ憲法」という理解そのものを,困難だったという意味あいとともに感謝の気持で迎える必要を述べている。だが,警察予備隊(1950年8月)⇒保安隊(1952年10月)⇒自衛隊(1954年6月)も,間違いなく,アメリカが日本に押しつけてくれて存在するようになった軍隊組織であった。こちらも,その「困難と感謝の二重の意味でありがたい」と感じる対象であるのか? そう簡単には腑分けできないそれである。

 ◆-8 日本は国連安全保障理事会常任理事国入りに熱心ですが,それは9条とどう関係しますか。

  ◇-8 「いまの国連で常任理事国になる意味はありません。しかし,国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば,すぐ常任理事国になれます。9条はたんに武力の放棄ではなく,日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。

  日本に賛同する国が続出し,それがこれまで第2次大戦戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で,9条をもった日本だけにできる平和の世界同時革命です」。
 補注)筆者には「憲法9条を実行すると宣言す」るという意味が理解しにくい。前述にも触れてみた「安保関連法の成立・施行〔2016年3月〕」をもって,日本国防衛省自衛隊の3軍は,本格的かつ完全に,すなわち名実ともに十二分にという意味でも,在日米軍の下請け・フンドシ担ぎ部隊になった。この点に至っては,安倍晋三アメリカに対する貢献は大であった。

 それにもかかわらず,いまでは小骨・大骨のすべてといっていいくらい骨抜き状態になっている「憲法9条を実行する」と主張する立場は,とうてい理解不能である。以下の段落におけるやりとりにつづく問題でもある。

 ◆-9 現状では,非現実的という指摘が出そうです。

  ◇-9 「カントもヘーゲルから現実的ではないと批判されました。諸国家連邦は,規約に違反した国を処罰する実力をもった国家がなければなりたたない。カントの考えは甘い,というのです」。

  「しかし,カントの考える諸国家連邦は,人間の善意や反省によってできるのではない。それは,人間の本性にある攻撃欲動が発露され,戦争となったあとにできるというのです。実際に国際連盟国際連合,そして日本の憲法9条も,そのようにして生まれました。どうして,それが非現実的な考えでしょうか」。
 補注)この指摘がいわんとする主旨は,けっして非現実的なものではない。しかし,非現実的であるのは,日本国憲法の本質と歴史を十全に踏まえた議論でなければ,このような法哲学的な思念は生きてこないことである。その意味ではまったく非現実的な議論であることを余儀なくされている。このことも,同時に指摘しておく。

 「非武装など現実的ではないという人が多い。しかし,集団的自衛権もそうですが,軍事同盟がある限り,ささいな地域紛争から世界規模の戦争に広がる可能性がある。第1次大戦がそうでした」。
 補注)日本国防衛省自衛隊3軍の現実』(対・米軍に対して明確であるその「軍事従属的な地位関係」)を目前に置いて,このような意見を提示する感覚からして,なかなか理解しにくいと感じる。ここでの柄谷行人なりの意見は,いま自衛隊がそのように「アメリカに頤使されるほかない軍隊組織」になりさがった現実とは,ひとまず無関係にいわれているからである。

 ◆-10 無意識が日本人を動かすとすれば,国民はどう政治にかかわっていくのでしょう。

  ◇-10 「日本では,ここ数年の間に,デモについての考え方が変わったと思います。これまでは,デモと議会は別々のものだと思われてきた。しかし,どちらも本来,アセンブリー(集会)なのです。デモがないような民主主義はありえない。デモは議会政治に従属すべきではないが,議会政治を退ける必要もない。デモの続きとして,議会選挙をやればいいのです」。

 「現在はだいたい,そういう感じになっています。野党統一候補などは,デモによって実現されたようなものです。このような変化はやはり,憲法,とりわけ9条の問題が焦点になってきたことと関連していると思います」。(聞き手・依田 彰)

 

  関連する議論の紹介

 以下は「憲法改正がなぜ困難なのか」(吉田勇蔵〔のブログ〕『月下独酌』2016年5月19日,http://y-tamarisk.hatenablog.com/entry/2016/05/19/153206)から,とくに任意にだが注目してみたい〈関連する段落〉を摘出,参照しながらの議論となる。

 a) 柄谷が着目したのは,天皇の地位を象徴と定めた憲法1条と9条の関係である。GHQ最高司令官マッカーサーは,天皇の廃止が占領下日本にもたらすであろう混乱をおそれた。天皇の存続に否定的な連合国諸国や極東委員会設置をめぐるワシントンとマッカーサーとのあいだには軋轢があった。そこで,まず天皇の地位の存続に優先順位を置いたマッカーサーは,象徴天皇を定める第1条をもった憲法の制定を急いだ。

 柄谷によれば,戦争放棄と戦力の不保持を定める9条は,天皇の存続を保証する憲法をワシントンや他の連合国に認めさせるための取引材料であったという。つまり1条と9条はワンセットで,後者は2次的な意義をもつにしかすぎないというのが柄谷氏の見解である。
 補注)このワンセット「性」のうち9条が2次的な意義しかもたされなかったとしても,この9条が完全に骨抜き状態になったいま,1条は実質的な意味においては〈蛸のようにグニャグナな条項になった〉ともいえる。それでも骨の通った蛸であるかのように,それも必死になって演じて〔抵抗して〕いるのが,昨今における天皇とその一族〔とくに女房と息子など〕の発言ぶりであった。

 補注中の 補注)以上の補注は以前,3年前にかかれていたので補足が必要である。当時の天皇明仁と美智子夫婦であった。2019年5月1日からは彼らの息子夫婦,徳仁と雅子が天皇と皇后になっていた。

 憲法のその「双方」条項のワンセット性としての関連づけがいかようにあるのであれ,その「ワンセット性」はとくに安倍晋三政権による安保関連法によって,とうとう百%近く形骸化され無用と化したといえなくもない。

 ところが,この事実を事実としてまっとうに〈認めていない議論〉が延々と続けられている。それが日本の思想界における「天皇問題」を特徴づけている,また別次元の活況でもある。だが,それではまるで〈賽の河原積み〉にたとえるべき光景であるといわざるをえない。

 b)憲法の無意識』への疑問
 柄谷行人は「日本人は憲法9条によって護られてきた」,今後も「われわれは憲法9条によってこそ戦争から護られるのです」という言葉でこの書(『憲法の無意識』)を締めくくる。

 改憲派であると護憲派であるとを問わず,憲法9条をかくも頑固に保持しようとする国民多数の精神状況を正面から直視し,その現象の奥にあるものについて考察しようとする論者はきわめて少ない。

 チラ見して賞賛したり揶揄したりする論者は沢山いるけれど(私も含めて)。だから何派であろうが,日本人の憲法観に正面から切りこもうとした『憲法の無意識』は貴重な書であると思う。

 著者〔柄谷〕の考えの政治的立場が私と同じである必要はさらさらない。ターゲットとする問題意識を共有できるだけで,熟読玩味する価値があるのだ。この書への敬意を惜しまないが,そのうえで『憲法と無意識』を読んで生じた疑問点を,以下に書き述べたい。

 ☆-1 まず感じたことは,フロイト精神分析理論がはたして,共同体がもつ歴史観にそのまま適用できるのだろうかという疑問である。日本人の多くが抱いている憲法9条尊重意識が,フロイトのいう無意識層の超自我にある罪悪感から生じているという柄谷氏の論考は仮説に過ぎない。この書のどこを読んでも,実証の手がかりがない。強いていえば,世論調査について論述している箇所か。

 柄谷は「無意識」にアクセスすることの困難さを認めつつも,集団的な無意識をしる方法として世論調査が有効であるとする。そして「1950年の時点で,保守派の吉田首相が『再軍備などを考えること自体が愚の骨頂』であると断定したのは,当時の『世論』をしっていたからだと思います」と書き,「彼(引用者注:マッカーサー)は吉田 茂首相に,再軍備,したがって,憲法の改正を要請したが,すげなく断わられた」とも書いていた。

 「もし憲法9条を否定したら,吉田内閣だけでなく,彼の政党も壊滅したでしょう。革命騒動になったかもしれません。彼はそれを世論調査からしっていたのです」と断じる。そして「要するに,私がいいたいのは,憲法9条が無意識の超自我であるということは,心理的な憶測ではなく,統計的に裏づけられるということです」とまとめている。

 これは明らかに柄谷氏の事実誤認である。1949年後半から1951年にかけての朝日新聞毎日新聞,読売新聞3紙の世論調査の結果を時系列で並べてみると,再軍備賛成の回答がつねに反対の意見を上回り,1951年1月発表の毎日新聞の調査では,賛成が65.8%に達し,さらに同年9月の朝日新聞の調査では賛成が71%にまで上っている(反対は16%)。

 米軍駐留については,賛成が反対をやや上回りながら推移し,朝鮮戦争勃発後の1951年1月発表の読売新聞の調査では賛成42.5%,反対41.2%と拮抗しているが,同年8月の読売新聞の調査では賛成が62.8%に増加している。詳しくは政治学者・福永文夫氏の著書『日本占領史 1945-1952』(2014年)の289~291頁を参照されたい。

 ☆-2憲法の無意識』は,精神分析学の諸概念を歴史の諸事象にただぺたぺたと貼ってみただけのトンデモ本とは質的に次元の違いがあり,同列において論じるのも失礼千万ではあるが,フロイト超自我の概念を,日本人の憲法観に援用する仮説が憶測にもとづくものに留まるかぎりは,精神分析学と社会分析が並存しているに過ぎないという危険を免れない。

 柄谷行人憲法の無意識』もまた,憲法についてアメリカの強制性を認めていた。外からの強制性が超自我形成に有効な役割をはたしたと論じていた。ただし柄谷の場合は,戦争放棄案について幣原喜重郎首相の自主的発案説を肯定し,アメリカによる押しつけ説を排している。1条を重視するマッカーサーの強制性を肯んじつつ日本からの積極的受容をも認めるのが柄谷の立場である。

 内田 樹,加藤典洋柄谷行人いずれも,憲法制定権力者がアメリカであったことを認めたうえでの9条擁護論(近年の加藤氏の場合は左への改憲論)を展開した。

 ☆-3 意見の異なる相手の論によっておのれの論を鍛えて高めていこうとする姿勢をもたない怠惰な思考は,一部の知識人のみにみられる現象ではない。数量的には圧倒的に多数の大衆レヴェルでの護憲論者や改憲論者にこそ,自分と異なる意見を謙虚に理解しようとすることなく,仲間内での意見交換に終始している人たちが少なくない。いざ異なる意見の持ち主に面すれば,十年一日,定型句の応酬になる。(ブログ『月下独酌』の参照,終わり)

 --さて,最後の文句「十年一日」については,これどころか「半世紀(以上も)1日」の議論が反復されているのが,憲法第9条とこの第1条から第8条までとの関連問題である。より正確にいえば,この関連問題を明確に意識し,俎上に載せて議論する者がほとんど存在していなかった。

 その点でいえば,柄谷行人が『朝日新聞』〔2016年6月14日の〕「オピニオン」において,いまさらにようであったが,それでもあらためて指摘した,憲法問題における,しかもその内的矛盾としての「第9条」と「第1条〔から第8条〕」との関連問題が,舞台の前面で議論された事実ついては,評価できる。

 ところが,その議論の方途は前述したとおり,日本国憲法のまさに裏舞台の問題でもある「在日米軍基地の問題」に集中的に表現されているにもかかわらず,いわば,その根っこに絡みついている「自衛隊創設の問題」や「米日軍事上の密約問題」からは,完全に疎遠でありつづけている。

 日米安保条約の基本路線は,しょせん,「文字どおり『勝者』と『敗者』の条約ということであり,ことは重大な内容であった」(吉岡吉典『日米安保体制論-その歴史と現段階-』新日本出版社,1978年,195頁)

 この指摘・議論は,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル,2014年10月),同『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』(集英社インターナショナル,2016年5月)を一読すれば,さらに得心できる論点になっていくはずである。

 しかしながら,こちらの矢部宏治においてはまた別に,天皇天皇制問題に関しては「意図的とみなすほかない」手抜き,より正確にいえば「問題の回避」が工夫されていた。この事実についてのくわしい議論は,別途に記述をおこなうつもりである。

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 【追 記】  『天木直人の BLoG』2016年6月14日が「『9条を守ることが1条を守る』と喝破した柄谷行人の慧眼」があったと,絶賛していた。しかしこの評価は,本ブログ筆者の解釈とは大きく異なる点は,前段までの本文が語ってきたところであった。

    「9条を守ることが1条を守る」と喝破した柄谷行人の慧眼 ★

 

 9条の存在意義を認め,9条を守れと提言する1人に,柄谷行人(からたに・こうじん)という哲学者がいる。その柄谷氏が,今日6月14日の朝日新聞オピニオン面で,なぜ日本に憲法9条ができたのか,そしてそれが今日まで変えられなかったのか,誰もがそのことを今一度きちんと考えてみるべきだ,と語っている。

 そのインタビュー記事のなかで私が注目したのは,つぎの言葉だ。きわめて重要と思われるので,少し長くなるがそのまま引用したい。

 「憲法の制定過程をみると,つぎのことがわかります。マッカーサーは次期大統領に立候補する気でいたので,なにをおいても日本統治を成功させたかった。そのために天皇制を存続させることが必要だったのです。ただ,当時,ソ連や連合諸国だけでなく米国の世論でも,天皇の戦争責任を問う意見が強かった」。

 「そのなかであえて天皇制を存続させようとすれば,戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったのです。だから,最初の重要なのは憲法1条で,9条は副次的なものに過ぎなかった。いまはその地位が逆転しています。9条のほうが重要になった。しかし,1条と9条のつながりは消えていません。たとえば,1条で規定されている天皇と皇后が9条を支援している。それは9条を守ることが1条を守ることになるからです」。

 まさしくその通りである。もし日本国民がこのことを正しく認識するなら,政治が憲法9条を変えようとしても,国民投票によって必ず否定されることになる。さらに柄谷氏は続ける。

 「いまの国連で常任理事国になる意味はありません。しかし,国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば,すぐ常任理事国になれます。9条は単に武力の放棄ではなく,日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。日本に賛同する国が続出し,それがこれまで第2次大戦戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で,憲法9条を持った日本だけにできる平和の世界同時革命です」。

 これこそが私が強調してきたことだ。私は最強の同志をえた思いで,この朝日新聞の柄谷氏のインタビュー記事を読んだ。
 註記)http://天木直人.com/2016/06/14/post-4724/

 天木直人もまた,「天皇天皇制」の問題把握においては「1条と9条のつながり」に関してまだ明瞭でない点がある。天木のブログ文章は小文ゆえ,こまかく問うわけにはいかないけれども,矢部宏治(ここでは直接とりあげていないが)の理解方法とも共通する論点があった。

 筆者は,天木直人ほど柄谷行人の主張を高く評価しない。当初,日本国憲法は第1条のための第9条を置いたのではなく,逆であった。ところが,この第9条のほうはいまや,米日両国関係のなかでは当初の意義(役割)を完全にといっていいくらい減耗させられ,ぼろ切れ同然の状況になった。

 分かりやすくいうまでもなく,在日米軍アメリカ側)の立場・利害からすれば,第1条はすでに要らない状態になっていた。敗戦後に日本国憲法が制定されるさい,天皇条項はいかなる効用を期待されていたのか? その点について忌憚なくいえる「事実」は,在日米軍を補完するための機能を発揮させつづけること,これにこそあった。 

 だが,天木はその関係性を無理やりひっくり返して理解し,強調してもいた。これでは,日本国憲法の「第1条以下」と「第9条」の由来,その後における歴史の展開を,よりまともに分析・評価するための視点が,必然的に・決定的にボケてしまうことになるる。

 --矢部宏治との深い,真摯な意見交換をしている天木直人の見解としては,不可解な要素を残していた。矢部の場合も,天皇天皇制の問題からは腰が引けていて,注目された著作に照らすと,たいそう不可解な態度を明示していた。天木の場合は,それほど明瞭ではないけれども,似た様子を醸していないとはいえまい。

 21世紀風のアメリカ帝国主義路線,これに対して唯々諾々の日本国の「本体」が存在する。天皇天皇制そのものがさらに,そうした日米関係のなかでどのような位置を占めているか? 表層付近をいたずらに漂っていくだけの論旨になっているとしたら,せっかくの柄谷行人「評価」も生きてこない。

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