能率増進,生産性向上,合理化推進がうまくいかなくなっている日本の産業界-『能率読本』1926年を話題にして-

『能率読本』大正15(1926)年と現代日本の産業社会:「観光立国」
                    (2014年9月5日)

 

  要点:1 能率増進が叫ばれた時代の経営啓蒙書

  要点:2 昔,経済大国になるための礎が準備されていた

  要点:3 「観光立国」をめざす日本の可能性

 


  能率増進が時代の関心事であったころ
    -上中甲堂編輯『能率讀本』(中外産業調査会, 大正15〔1926〕年)-

 1) 第1次世界大戦前後と能率増進問題
 昔,日本経営学史の出立点における重要人物2人,上野陽一(明治16〔1883〕年生まれ)と野田信夫(明治26〔1893〕年生まれ)がいた。

 上野陽一は,大正中期から能率学者(=能率技師,今風にいえば経営コンサルタント)として大活躍しだしており,野田は,大正末期から実践科学の立場から工業経営の諸研究を本格的に開始し,日本の産業界全体に理論的な指針を示していた。

 この記述において紹介する著作は,上中甲堂編輯『能率讀本』(中外産業調査会, 大正15〔1926〕年4月29日印刷,30日発売)である。本書が印刷された大正15〔1924〕年4月29日は,当時まだ皇太子であったが「摂政の役目」をすでに果たしていた裕仁,のちの昭和天皇の誕生日であった。そして,その約8カ月後に裕仁天皇に即位(践祚)していた。  

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 補注)上の画像は同書の〈表紙〉と,本の状態が経年のために最悪となってしまい,自然に剥がれてとれてしまった〈背文字〉の〈題名の部分〉とを重ねて複写したものである。1世紀近い歳月が経てきたこの本は,ともかく,とくに製本・装訂の劣化がだいぶ進み,読むために開こうとするとボロボロ(ホロホロ?)と,壊れだすような状態になっていた。そこでしかたなく,わざとバラバラに分解・保存しておいて参照することにした。

 第1次世界大戦後の好況は,一方で物価上昇により成金を輩出させ,他方で生活破壊に怯える人々も増大させた。また,企業成長にともない経営規模に格差が大きくなるにともない,労働者間における賃金の格差も広がってきた。工業国としての立場を日本が確立していくにつれ,貧富の二重構造ばかりでなく,貧乏そのもののなかにも二重構造が浸透していった。

 大正時代後期の日本産業経済は,第1次世界大戦に起因する好景気が通りすぎたあと,反動的な景気後退がつづいた。その頂点は昭和4〔1929〕年10月24日(木曜日),ニューヨーク・ウォール街株式市場の大暴落に端を発した大恐慌となって出現した。資本主義国である日本もいやおうなしにその襲来を受けた。

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出所)http://matome.naver.jp/odai/2140292735723748501/2140292987426252003 1929年世界大恐慌後,アメリカの風景。「コーヒーとドーナツ」の無料サービス。

 2) 大正時代の能率増進問題

 明治後・末期にその萌芽をみいだせる作業能率増進・工場生産向上の問題は,大正時代をとおして営利追求のための経済活動を営む実業界においてのみならず,一般社会の生活全般においても『能率増進』の用語をもって,きわめて盛んにかつ広範囲とりあげられていた。なにごとにも「能率ということば=概念」が意識され,生活のあらゆる方面に応用されればよいとする時代が到来していたのである。

 本書『能率讀本』は,冒頭「編輯者誌ス」が断わってもいるように,下記の にかかげた『英書』(元号でいえば大正10年の発行)を,もっぱら翻訳的に祖述した書物である。日本の大正時代,西暦でいえば1910年代においてこのように,企業経営における人間的要因に注目する,それも能率増進を基本に意識して議論する著作が,数多く公刊されていた。この書名は日本語に訳せば『経営における人間の能率』である。

  Edward Earle Purinton,Personal Efficiency in Business,Robert M. McBride, 1919.

 『能率讀本』の「編輯者誌ス」は,こう書いている(下掲)。

 「能率ノ原則ヲ最モ適切ニ,各人ノ日常ニ応用シ,其読者ヲ能率ノ道ニ指導スルコトノ用意周到ナルニ深ク感ジ,爾来氏ヲ深ク敬慕シテ居タノデアル,ソコデ今回,我中外産業調査会ガ創立第十周年ヲ迎ヘテ,能率ノ民主化ヲ図ル一端ニモト『能率読本』ノ出版ヲ為スニ当リ,前記ノ書ヲ採ッテ骨子トシ,之ニ多少ノ取捨増補ヲ加ヘテ編輯シタノデアル」。

 「玆ニ本書ノ来歴ヲ述ベ,兼テ此機会ニ於テ Purinton 氏ニ対シテ謝意ヲ表スル次第デアル」。

 戦前というか大正時代〔1912-1926年〕に刊行された欧米諸国の文献,ここでは工場生産における能率増進問題に関連する書物が,翻訳権などない当時の状況のなかで,かなりの数が日本語に翻訳され発刊されていた。

 たとえば,筆者の書棚には近藤禎児訳『事業の人的要素』(中外文化協会,大正14年)がある。本書の原著は大正でいえば10年に発刊されていた「つぎの著作」であった。

  ◆ B.Seebohm Rowntree, The Human Factor in Busines, Longmans,1921.

 このラウンツリー『事業の人的要素』の冒頭「例言」では,翻訳権のことは一言も触れられていない。翻訳権など問題外,その権利など発生していなかった時期,本書が翻訳書として発行されていたのである。それはともかく,第1次世界大戦中の1917年2月には,ロシアにおいて社会主義革命が起こされ,のちにソ連邦を成立させる。

 その大波としての影響は,日本にも米騒動(大正7:1918年)の発生などとして伝播し,日本全体に潜む経済社会的な矛盾を政治の舞台で表面化させることにもなった。資本主義国家体制が発達するにつれ,労働者階級という概念で捕捉すべき社会階層も増大するなか,支配体制側は「人間としての労働者」をどのように認識・対処するか意識的に考えざるをえなくなっていた。

 3) 能率問題と戦時体制

 企業生産における能率増進の研究は,アメリ経営学の出立点における著作として非常に有名な,フレデリック・ウィンスロー・テイラーによる工場管理(shop management)や科学的管理〔法〕(scientific management)の実践理論的な提唱がある。

 しかし,これら「科学的管理」は人間的要素を軽視あるいは無視しているという疑問や批判が生じるに至り,産業心理学からの生産能率問題に対する接近・研究が1910年代には登場してきた。この方途は人事・労務管理論の領域を学的に形成していく潮流となって発生した。  
 補注)テイラー『科学的管理法の原理』の最新の訳書は,フレデリック・W・テイラー,有賀裕子訳『新訳科学的管理法-マネジメントの原点-』ダイヤモンド社, 2009年。

 テイラーの科学的管理〔法〕に対する批判的な立場から研究した成果として代表的な著作が,フーゴー・ミュンスターベルヒ(この読み方は原文のママ),鈴木久蔵訳『実業能率増進の心理』(二松堂書店, 大正4:1915年)であった。 

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 本翻訳書は,Hugo Muensterberg, Psychology and Industrial Efficiency,1913 を利用しても訳出されていた(上の画像は本書の中表紙)。この業績につづく経営学関係の諸文献を追跡していけば,人事・労務管理論の分野に入っていくことになる。

 なお,ミュンスターベルクの前記英書より1年まえ,1912年にドイツ語でさきに公刊されていた Psychologie und Wirtschaftsleben の日本語訳は,大東亜〔太平洋〕戦争中,昭和18:1943年4月に金子英彬訳『精神工学』と題して東洋書館から発行されていた(産業科学叢書第3巻)。

 ミュンスターベルクの,直訳すればその『心理学と産業能率』が,戦争中の非常に出版情勢のきびしいなかでも刊行された事実は,戦時生産において能率問題があらためて緊要の課題になっていたからである 。金子英彬は本書の価値をつぎのように説明していた。

 最良の人の問題,最良の作業の問題,最善の心的効果の問題の3部に分けて論述したものは,各々適材選択,即ち職業の心理学,習熟訓練,疲労等の作業の心理学及広告心理学として発展した最初のものであった。

 ただし,本書の日本語訳ではつぎのように断わられていた。

 本書は Hugo Muensterberg, Psychology and Industrial Efficiency,1912 を訳したが,後半は主として翌年出版された英語版 Psychology and Industrial Efficiency を参考にした。

 本訳書は現在特に意義あると思はれる前2部と第3部の2節を収め,広告,販売の心理は割愛することゝした。蓋し吾々が今日要求する産業心理学に関するミュンスターベルクの理念は,これに十分述べられて居ると考へたからである(訳序,2頁)

 要は,戦時体制期が要求する緊急課題に役立たない部分は削除したミュンスターベルク『心理学と産業能率』を,つまり,戦時生産問題にかかわる部分のみに限定して同書を翻訳したものを,『精神工学』の書名を付して公刊したというのである。

 当時において「鬼畜米英=敵国」側の「英語の書物」であっても,戦時期日本産業経営,とくに作業・生産管理のために役だつと評価されれば,翻訳権など無関係であった時期においての訳業であったなかで,たとえば太城藤吉訳,バーンズ『作業動作研究』(産業科学叢書第2巻,東洋書館,昭和18年7月)も公刊されていた。

 この翻訳書の原著は,つぎのものである。敗戦後も,本書の改訂版は正式になんどか日本語に翻訳・刊行されている。

  ◆  Ralph M. Barnes,Motion and Time Study,J. Wiley, 1937.

 参考にまで,ラルフ・M.バ-ンズ,大坪 檀訳『最新動作・時間研究-人間性志向の仕事設計法-』(原著 1980年;産業能率大学出版部,1990年)の表紙を,下の画像で紹介しておく。 

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  大正時代に重大な関心が向けられた能率増進問題

 1) 『能率讀本』の主要目次 

 ここで上中甲堂編輯『能率讀本』(中外産業調査会, 大正15〔1926〕年4月)に戻ろう。本書の章立ての目次のみ紹介する。

  第1章 知レル人
  第2章 工場ニ於ケル能率増進
  第3章 製造工場ニ於ケル能率増進

  第4章 各人ノ事務所
  第5章 事務所ニ於ケル能率増進
  第6章 事務所ノ1日

  第7章 清キ机
  第8章 不整頓対繁文縟礼
  第9章 有力ナル販売員

  第10章 事務所文庫ノ建設
  第11章 嘗テ余ノ見シ最善ノ事務所
  第12章 上ノ仕事

  第13章 繁忙家ノ読物
  第14章 売リ物
  第15章 実業ト知識的職業
  第16章 頭脳労働者ノ適応

 今風にいえば工場管理と事務管理の問題を主とした記述内容である。大正時代中期から華々しく活躍していた上野陽一の産業・経営コンサルタント〔当時は能率技師と称していた〕の仕事は,この目次=章立てを反映していた。 

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 出所)写真は上野陽一,http://www.sanno.ac.jp/univ/students/internship/history.html

 さて『能率讀本』(大正15年4月30日初版)の売れ行きであるが,当時の定価で2円80銭もする本書〔いまの2012年ならば5千円くらいに相当か〕が,同年の5月5日以降6月25日まで55日間で8回もの増刷を重ねていた(下にかかげた奥付も参照)。その間,ざっと1週間に一度増刷していた割合になり,これは相当の売れ行きである。 

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 2) 社会全体の関心事であった能率増進問題
 当時「能率増進」の問題は,まさしく国家的課題でもあったと理解してもよかった。そこでこの『能率讀本』に寄せられた〈序〉の多さに驚かされる。 

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 本書の冒頭口絵にある寄せ書き(上の写真-画面 クリックで 拡大・可-)は,たいしたものであるが,さらに,次段に氏名を列記しておいた錚々たる人物たちが,本書への〈序〉を寄せていた。 

 阪谷芳郎高田早苗・鎌田榮吉・内田嘉吉・澤柳政太郎・矢橋賢吉・武部欽一・田中寛一・古瀬安俊・紀平正美・井關十二郎・若宮卯之助・石山賢吉・宇野信三・金子利八郎武藤山治・松方幸次郎である。なかでもとくに青色の活字に色づけた人物たちは,前後して能率増進問題に深い関連をもちつづけている論者・指導者たちであった。武藤山治カネボウで(当時は鐘渕紡績の経営者,のちに政治家となったり,言論界でも)活躍した人物であった。      

 前段においては,大正時代から昭和にかけて能率増進運動の展開や生産性向上,産業合理化を指導していくに当たり,そのの理論的・実践的な指導者となった人物,あるいは著名な事業経営者や政治家の氏名が登場していた。ここでは,実業家・政治家であった松方幸次郎が『能率讀本』に寄せた〈序〉から,つぎの段落を引用しておく。

 科学的知識ノ発達ト其精神的緊張ト努力ト熟練トニ俟チテ能率ノ増進ヲ計リ,相対的ニ生産費ヲ構成スル労銀ノ低廉ヲ期シ,一方労働者ノ浪費ヲ戒シテ勤倹貯蓄ノ美風ヲ涵養シ,通貨ノ資本還元ヲ図ル,當ニ為政家事業家ノ努ム可キ所トイハネバナラヌ(『能率讀本』1926年,序,25頁)

 この見解は,能率増進問題の関心が国家経済の次元にまで拡大・適用されるべき問題であること,つまり,単に「労働者たちが努力すべき次元」をさらに突きぬけて,「事業経営者や政治家の課題」として認識されねばならないことを指摘していた。

 昨今,日本経済はデフレ傾向を基調とする低迷を脱却できないでいる。また,高齢社会が高度化した経済情勢のなかであるから,経済社会じたいの活力が十全に発揮できない状況にはまりこみつつもある。けれども,大正時代を想起しなおすとき,そこになにか学びなおすものがないか,一考の価値がある。

 補注)この記述が公表されてから約半年後(2012年12月26日)に,安倍晋三自民党政権が成立し,大仰に〈アベノミクス〉などと命名したけれども,正体不明の経済政策が実効性を伴わないまま,すでに1年と8カ月以上〔2019年12月となって,早7年も〕が経過してきた。

 結局,生まれたその成果は円安と,なぜか賃金の上昇がともなわない消費物価の上昇の〈組みあわせ〉でしかなかった。設備投資は振るわず,労働者の生活経済にそれが回りまわって均霑される事態は,まったくといっていいくらい,生じていなかった。

 現在までのところ,大正時代の能率啓蒙書であった『能率読本』に示唆される知恵・応用をもってしては,とうてい追いつくはずもない地点にまで「日本経済における産業の空洞化」の度合は進んできた。能率増進や生産性向上,産業合理化を推進するにしても「手のほどこしようがない」産業状況にあるといえなくもない。

 製造業中心の産業社会ではなくなっている日本の経済構造を,いったいどのような方途に向けて牽引していけばよいのか。まさしく政府にはその方向づけをする国家的な任務・責任がある。しかし,いまの自民党政権にその見通しを聞くことはできないでいる。

 このたびの内閣改造〔これは2014年9月初旬の話〕では「地方創生」担当大臣を新設していた。だが,大臣ポストの新造という意味以上に,いかほどその真価が発揮できるのか,いまのところ未知数である。

 敗戦後の日本がたとえば,工場管理で製造工程に応用される「品質管理の概念・手法」をアメリカ流の生産管理手法からよく学び,その成果を1960年代後半から大いに発揮しだしていた。その結果,アメリカ企業を劣勢の立場に追いこんでいく動向を作っていった。そういう日米産業の比較経営史もあったものの,いまではもう懐かしい思い出話になりつつある。

 1945年8月,日本帝国はアメリカ〔より正確には米英蘭およびとくに中国(!)〕との戦争に敗けた。しかし,その後における産業企業による経済競争においては,1980年代まではアメリカに勝っていた。この歴史上の諸事実は「大東亜〔太平洋〕戦争」史を回顧するとき,かくべつに感慨深いものがある。

 とはいっても,その後における日本国は,1990年代になってからは「失われた10年」を2回も重ねてきてしまった。そして,2012年の段階では,その3回目の「失われつつある10年」に入っていた。しかも,現在は2019年も12月になっているから,そろころこの3回目の「失われたと形容してもいい10年」も,またあらためて区切られる時期を迎えようとしている。

 本日〔初出の2014年9月5日の日付〕におけるこの記述は,アベノミクスなる経済政策をとりあげていて,しかも,その3回目の「失われる10年」の到来にブレーキをかけられるか心配していたけれども,結局,アホノミクスと自称していた「ウソノミクス・ダメノミクスのデタラメさ加減」は,歳月の経過にともない,その本質面を暴露していく軌跡しか残せなかった。

 日本の高度経済成長期においては,安定成長と失業率のきわめて低い「完全雇用状態」が長くつづいてきた。だが,1990年代に入ってから21世紀のいままで,新自由主義規制緩和の諸政策にもとづく雇用のフレキシブル化によって,非正規労働者(社員)の雇用比率が確実に増加してきた。男性労働者の2割超,女性労働者の6割近く非正規労働に従事させられている。

 昨今のような不況下での非正規労働者(社員)の存在は,日本経済全体の活力:成長力・発展力・革新力の発揮に負的要因:ブレーキとなっている。

 昨今における経済学者や経営学者(その代表例が竹中平蔵や伊丹敬之)は,そうした新自由主義経済政策のお先棒を担いでおり,多くの国民の日常生活を窮地に追いやる役目を果たしてきた。社会科学者の社会的責務とは無縁の「エセ経済学者・まがい経営学者」が実在し,いまもな大手を振ってこの日本産業社会や関連学界を闊歩している。

 高齢社会のいま,若年労働者層のなかには,引きこもり状態にある人びとや労働市場に参入しようとする意欲を喪失している人びとも大勢いるが,これらの社会集団を労働力化(顕在化させて有効に動員)するという社会問題意識が為政者には欠けている。現状を世界大恐慌に比較する論者もいる。
 註記)秋元英一『世界大恐慌-1929年に何が起こったか-』講談社,2009年,312頁。

 

 3) 途中での「む す び」的な議論
 大正時代から昭和の初期,日本産業経営の諸舞台のみならず,国家による政策的な推進による各種各様の努力が,第1次世界大戦の戦後不況や昭和4:1929年に発生した大恐慌の影響を克服するためにも,積極的・能動的に「能率増進」や「産業合理化」にとりくむ方向を形成していった。

 それらがすべての領域で十分な効果を発揮したとはいえないにせよ,実は「敗戦後における日本産業経営」の飛躍的発展につながる《礎》を,間違いなく作ってきたといえる。

 ところが,21世紀の現段階は製造業をあてにして日本経済の再生・復興を狙っても効率的な経営の存在様式はなかなか確立しえない。第3次と第4次産業を基礎に企業経営の方途を打開することも必須である。介護・看護方面での労働力需要が旺盛なことは当然として,とくに観光業には明るい未来があるはずである。

 具体的に関連する統計を挙げてみる。2014年中,訪日外国人客数(総数)は7月まで順調に伸長しており,総計753万人を超えるまでなっていた。このままいくと,本〔2014〕年は1千5百万人は越えそうである。昨〔2013年は1,416万人であった。

 補注1)その後において,日本を訪れる外国人観光客数はさらに大幅に伸びてきた。参考にまでつぎの図表を挙げておく。

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   出所)https://chibra.co.jp/taiken/hounichi-year-trend/#i

   補注2)2011〔平成23〕は東日本大震災の影響で一時期,外国からの観光客が減少していた。なお,今年〔2019年〕に予想される外国人観光客の訪日総数は,3250万人から3300万人の範囲内になるとみておくと,2018年から2019年へのその増加人数は「130万人から180万人まで」と推定できる。この数値は,2017年から2018年への増加人数「250万人」よりも漸減している。

 観光大国であるフランスのように,年間の訪問観光客が8千万人を越えるところまではいかなくとも,日本も今後は,観光部門で大幅に産業収益を上げるための国家的な次元での発想・革新・政策・支援が必要である。

 日本には観光資源になる自然環境と市町村の風土・景色が豊富であり,これらに恵まれているのだから,これを活かさない手はない。ということであれば,観光産業における『能率読本』に相当する「〈手引き書〉はなにか」を考えてみる価値がありそうである。『外国人観光客接待読本』(カタカナではなく「日本語」題名の本)を制作し,日本人全員に配布するのがいいかもしれない。

 いまの日本のなかで新しく繁盛しているのは,老齢産業(高齢者用の旅行や娯楽・介護ホーム・葬式儀典・墓地造成など)である。しかし,これらの事業以上に,若者たちがさらに大いに参加して働けるような観光産業を,新しく創造・開拓していく余地が大いにある。このさい「観光立国」の積極的な展開,このできるかぎりの多角的な充実化が期待されている。

 4) 観光産業の積極的な開拓と展開

 たとえば,公益財団法人日本生産性本部の,観光地域経営ムフォーラム「いま求められる日本の『観光力』」(観光政策部会報告2013年3月)は「10の取組み視点」として,以下を挙げている。いずれも,外国からの観光客を増やすための具体的な施策:戦術である。

 ①「民」による観光地域投資の拡大
 ② 農商工連携による観光地域交流拠点の普及
 ③ 観光地域教育
 ④ From Local to Local
 ⑤ 長期滞在型ライフスタイルの実現 


 ⑥ 情報技術を活かした観光の仕組みづくり
 ⑦ デジタルJAPANミュージアム /「日本茶堂」
 ⑧「観光知」の拠点づくり
 ⑨ 観光地域のトータルな生産性向上
 ⑩ 時間インフラとしての休暇改革
  註記)http://www.jpc-net.jp/kanko-forum/files/kankoryoku.pdf

 観光産業における「能率増進や生産性向上,産業合理化」が,とくに今日的な衣替えを意図する方向で問われているわけである。

 ここまで書いてきたところ,本日〔2014年9月5日〕『日本経済新聞』朝刊には,つぎのようなコラム記事「大機小機」が出ていた。こうした動向はすでにマスコミなどでもあれこれ紹介されており,われわれもなんとなしに,接しえている状況である。あらためて,この論旨の意味を考えてみる価値がある。

   ★〈大機小機〉地方の魅力を引き出せ ★

 

 最近,日本各地の観光名所で外国人の姿をよくみかけるようになった。先日仕事で訪れた北海道でも,いく先々でさまざまな国の言葉が自然と耳に入ってきた。ビザの発給条件緩和や円安も相まって,ここ数年,成長著しい東アジアを中心に,外国人観光客の数が飛躍的に増加している。

 日本政府観光局によれば,2003年 に500万人余りだった外国人旅行者数は昨〔2013〕年,初めて1000万人を突破した。北海道だけでも100万人を超える外国人旅行者が訪れたとい う。まだまだ絶対数では国際的に低い水準にあるものの,少子高齢化で国内市場の縮小が懸念されるなか,外国人観光客の増加を通じた新たな需要の掘り起こし は成長率を高める一助ともなる。

 外国人の友人たちからも,「日本での観光は魅力的で素晴らしい」という声は,なんども聞いてきた。日本固有の伝統文化や自然にくわえて,訪問先でのきめ細かなサービスは他の国ではなかなか経験できない貴重な財産だ。今後も日本の強みをいかしてこれまで以上 に外国人観光客を誘致し,成長を支える原動力の一つとしたいものである。

 全国各地に裾野を広げて訪日客を誘致することに成功すれば,人口減で消滅の危機さえ懸念される地方も低迷から脱却する糸口になりうる。そのためには外国人を受け入れるためのインフラの整備だけでなく,地域の特性をいかしたサービス面の充実が欠かせない。

 政府はローカル・アベノミクスと銘打って,疲弊する地方の再生に危機感をもってとり組む姿勢を明確にしている。「景気回復の実感を必らずや全国津々浦々にお届けする」と意気ごむ安倍晋三首相の姿勢は高く評価できる。ただ,聞こえてくるのは来春の統一地方選をにらんだ公共事業中心の歳出拡大だ。昔ながらのばらまき行政は,一時的には地方経済を潤したとしても,真の意味での再生にはつながらない。

 サービス産業で地域の魅力を向上させ,外国人観光客が心の底から訪れたいと思うような町づくりが地方経済には求められている。中核都市以外でも,認知度は高くはないが魅力的な町はたくさん残っている。ローカル・アベノミクスには,その魅力をハード面からだけではなくソフト面からも引き出すべく,実り多いとり組みをぜひとも期待したい。

 このコラム記事に対する「寸評」を述べておきたい。

 まず,“ローカル・アベノミクス” とは笑止千万の「造語」(?)である。全国版のアベノミクスはすでに機能不全状態(その効果は測定不能である)に陥っているのに,まさか,その「地方版での失策をさらに所望・期待する」ということではあるまい。

 補注)この指摘は2014年中の批判であった。いまは2019年12月である。笑止千万であったアベノミクス=「アホノミクス・ウソノミクス・ダメノミクスのデタラメ」さ加減は,日本全国において年々増加してきている「外国人観光客の訪日総数」の増加現象とはなんら関連がない。むしろ,こちらの観光産業における盛況が,かえってアホノミクスのカラッポミクス性を対照的に反映させるほかない経緯を生んでいた。

 地方においてもともとはといえば,アベノミクスの効果などそもそも実質的に上がっておらず,あるのは・残したのは,ただの悪影響だけであった。日経コラム記事への寄稿者が,安倍晋三へのゴマすりを書くのは勝手であるが,そこにさらに空話までもトッピングするのは勝手であるが,基本的にピント外れの論及はとてもいただけない。冗談はほどほどに……。

 5)『日本経済新聞』のコラム「大機小機」をもう1件紹介

 その後,本日:2019年11月28日になると,同じ『日本経済新聞』のこのコラム「大機小機」がこんどは,「生産性向上に不可欠なこと」という話題を論じていた。しかし,このコラムにはアベノミクスの「ア」の字も出てこない。というよりは,このアホノミクスの空虚さ:無効性(逆機能性)を説明するための一文になっている。

 以下に引用するが,大略において,アベノミクスと噛みあっている論点がみいだせない。ここに書かれている内容に関連させては,つぎの評価を与えておきたい。 

 「安倍晋三による経済政策」となれば,これは隔靴掻痒どころか,単なる見当違いの小手先による施策ばかりであった。すなわち,アホミクスとバカにされているとおり,有効な推進策を具体的に措置しえていなかった。それだけのことであって,このような「永遠に未完かつ有害でもある改革の方途」を,堂々と得意にもなって高唱してきたのが,アベの為政そのものであった。

   生産性向上に不可欠なこと ★

 

 日本企業にとって働き方改革とデジタル革命対応は,生産性向上に向けた2大テーマである。

 働き方改革は,すでに企業経営の現場に浸透しつつある。残業時間制限や有休取得奨励など,長時間労働の是正に向けた取り組みが進んでいる。来〔2020〕年度からは「同一労働同一賃金の原則」に向けた取り組みが始まる。

 ただ,こうした取り組みは,まだ働き方改革の入り口にすぎない。今後,問われるべきは,改革の成果が上がっているかどうかである。長時間労働を是認する企業風土は変わったか。従業員の満足度や働きがいの改善につながったか。労働時間を減らしても,労働者の総数を増やすことなく仕事は回っているか。

 改革がかたちだけのものにとどまっていれば,働き方改革の本丸である生産性向上には結びつかず,期待した成果を上げることはできない。残業時間を削減したとしても,無駄な会議を減らすなどの改革が並行しておこなわれなければ,生産性向上にはつながらず,労働時間削減のツケがどこかに回るだけである。改革の効果を上げるには,業務プロセスの見直しを並行して進めることが不可欠なのである。

 他方で企業は生産性を引き上げ,新商品やサービスを生み出すべく,デジタル革命への対応を進めている。日本企業はハードだけでなくソフトも含め,IT(情報技術)への積極投資で業務の自動化・省力化を進めている。近年は研究開発投資も活発化させている。にもかかわらず,日本の労働生産性は低位にとどまったままだ。なぜ投資が生産性向上に結びつかないのか。

 新技術の導入や研究開発を生産性向上につなげるには,企業組織のあり方も同時に変える必要がある。イノベーションを容易にし,スピードを上げるためには,ピラミッド型の大組織から出島を切り出すなど,組織をオープンで柔軟なものに変えていく。さらに,人材活用の面でも,メンバーシップ型といわれる日本型雇用慣行を,採用からキャリア形成,雇用形態,処遇まで,多様性を許容するシステムにすることが求められる。

 働き方改革もデジタル革命も,改革を生産性や付加価値の向上に結実させるためには,形だけでなく,業務プロセスや組織,人材活用のあり方にまで踏みこんだ改革を進める必要がある。(追分) 

 要は,アホノミクス・ウソノミクス・ダメノミクスのデタラメ方針にかたよった実践が7年間もつづいてきた現状に向けて,実質的に苦言を呈したのが,こちら直近の『大機小機』の意見であった。

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