大学入学共通テスト「記述解答方式」の導入に失敗した安倍晋三政権,萩生田光一文科相の蹉跌が意味するもの

大学入学共通テストで導入予定だった国語と数学の記述式問題の制度変更にも失敗した安倍晋三政権「文教政策」の昨今,まるで,きだ・みのる『ニッポン気違い列島』1973年の構図にぴったりの一例である

 

 【要点:1(かなり長め)  きだ・みのるの『気違い部落周遊紀行』(吾妻書房,1948年)という本は誤解されやすい。タイトルからして偉そうな響きだ。事実,この本を出版した結果,著者は「気違い部落」を出ざるをえなくなった。一読した人が,「村人を馬鹿にしている」「差別的だ」と激怒した,という話も聞く。その影響か,いまではこの本が顧みられることは,あまりない。

 けれども,この本はそんな差別的な本なのだろうか? この本において,著者は「気違い部落」の村人をシニカルにみつめる。そして,ここが重要なポイントなのだが,著者自身のなかにある「気違い部落の村人らしさ」もまた,皮肉たっぷりに記述される。

 そう,この本は「「気違い部落」を「外側から」眺める」本ではない。むしろ,自分も「気違い部落」の「住民」であるという自覚のもとに,「内なる「気違い部落」」を観察した,貴重な《内側からの》記録なのだ。世界に誇るべき名著といえよう。
 註記)https://www.amazon.co.jp/ のブックレビューから。

 【要点:2】 大学入学共通テストの記述式も見送りとなった。その点に「ご理解を」と萩生田光一文科相が表明したが,もともと理解されないまま入試制度を変更しようとしていた。だから「まったく理解も支持もされないで反対された」あげく,こんどはその「見送り(白紙化)にはご理解を」などというのは,こんこんちきの〈見当外れ〉もいいところ。つまり〈田舎芝居〉風のトンチンカンな幕引きであり,安倍晋三の腰巾着文科省大臣のみっともない姿だけが大写しになっていた。 

 前段の文章で形容に使ってみた文句は,『朝日新聞』2019年12月17日夕刊1面をみながら吐いてみた感想である。このたびにおける大学入学共通テストの変更企図に対しては,各方面から強い反対意見が表明されつづけてきた。つまるところ,安倍晋三政権は,今回のごとき体たらくの結果(転覆・沈没)を,わざわざ見苦しくも披露していた。


 「春秋」『日本経済新聞』2019年12月18日の意見

 わたしたちは「空気」に支配されている。山本七平が日本社会の非合理的な意思決定を「空気」の仕業だと説いたのは,40年以上も昔だ。多くの人が戦争を記憶にとどめていた時代である。山本はこの怪物が無謀な作戦を引き起こし,現代も生きていると指摘した。

 ▼ それはいまなお健在らしい。2020年度から始まる大学入学共通テストで記述式問題を導入することになった経緯を振り返ると,記述式ありきで話がどんどん膨らみ,引き返せなくなった光景が浮かぶ。「『空気』とはまことに大きな絶対権をもった妖怪である。一種の『超能力』かもしれない」(「『空気』の研究」)

 ▼ あらがう声はあった。50万人が受ける共通テストで記述式は無理だと唱える専門家が,少なからずいた。メディアからも疑問はあがっていた。それでも文部科学省は突っ走り,ことが政治問題化して,やっと見送りを決めた。英語の民間試験も延期になっているから,入試改革は総崩れといっていい。歴史的な失敗である。

 ▼ しかし過去の誰かを責めるわけにはいかぬというのが,周辺の「空気」のようだ。萩生田光一文科相いわく「特定の人の責任でこういう事態が生じたのではない」。やはり「空気」の仕業といいたいのだろう。ほんとうは,その向こうに人がいる。戦前戦中戦後。みんながまとってきたベールの,なんとまあ重宝なことか。(引用終わり)

 このコラム「春秋」の指摘は,「『空気』の仕業といいたいのだ」が「ほんとうは,その向こうに人がいる」という。そのとおりであった。いうまもでなく,安倍晋三とこの一族郎党というかこの専制的独裁主義政権の徒党集団が仕組み,強行しようとして今回の失敗に至っていたのが,大学入学共通テストの全面的な変更企図であった。

 したがって,萩生田光一文科相として,大学入学共通テストについては記述式も見送って「ご理解を」という弁明の仕方は,これじたいは「理解できなくはない」ものの,問題は,このテスト方式への変更が社会の側からはまったく「まともに理解されていなかった」という経過じたいを,この文科相自身が全然理解できていなかった(けっして理解しようとしなかった)点が,一番の「理解しがたい問題」だといっておけばよい「問題の状況」になっていた。
 
 安倍晋三政権のやることなすことは,いわば「安倍1強政治体制」のもと,この「世襲3代目の大▽バカ政治屋」(別名:「初老の小学生・ペテン総理」)である首相への忖度政治としてしか機能しえない現状のなかでは,なにをやっても,合理的な意見の開陳・まともな議論の交換が不可能であった。ただ,この子どもの政治家:アベの意向どおりに,つまり「アベ自身の精神的な倒錯事情とこのまわりに漂う腐臭」を最大限に尊重する方向以外,なにもしかとりえない “デタラメ為政” が大手を振ってまかり通ってきた。

 

 「50万人試験,問われる役割 共通テストの記述式見送り」日本経済新聞』2019年12月18日朝刊2面

 2020年度に始まる大学入学共通テストで導入予定だった国語と数学の記述式問題について,萩生田光一文部科学相は〔12月〕17日,同年度の実施を見送ると表明した。50万人規模が受験する試験で,記述式の採点をめぐる問題は当初から懸念されてきた。もう一つの目玉だった英語民間試験の活用もすで頓挫しており,巨大テストの役割が改めて問われている。(関連記事を社会1面に)

 萩生田氏は記述式見送りの理由を「採点ミスをゼロにすることまでは期待できない」「自己採点の一致率を格段に改善することまでは難しい」などと説明。「まっさらな状態で対応したい」とし,導入中止を含めて再検討する方針を示した。

 共通テストは,現行の大学入試センター試験と同様,マークシート方式のみで始まることになる。

 文科省が2017年7月に記述式導入を正式決定した当初から,採点の問題は指摘されてきた。50万人規模の解答を約20日間で採点するのに必要な採点者は8千~1万人に上り,採点のミスやブレ,採点者の質の確保が懸念された。自己採点がむずかしく,出願先選びに影響が出るとの声もあった。
 補注)この受験者側における自己採点の困難さが,この記述式試験の導入に関してかなり重要な問題になっていたはずである。ところが,この種の具体的な疑問に対して,文科省側はまともに正面から応えていなかった。

 重大な疑義を残したまま,制度変更がもしも実施されたとしたら,受験者側においてのみならず,受験のあり方全体に対しても相当の混乱が生じることになりかねず,もしもその段階にまでなったときは,もう引き戻せない状態で,大混乱を惹起させることになったと「想定」できる。ともかく,今回における制度変更の実施計画をとりさげた「変更」は,まずもって幸いだったといえなくもない。

 この記述式試験の導入は,単に大学側にとって非常に大事な入学試験方式を変更する意味そのものよりは,記述式試験の答案を採点する作業:仕事を民間の企業(受験産業)に手渡す:委ねるという手順が問題になっていた。教育制度のあり方に対して,民間企業(受験産業)側の営利目的を直接にからませる制度作りであったゆえ,大学当局側からすると,非教育的な要因の混入が大学入学共通テストに発生させられる可能性は,いままで懸念され批判もされてきた。

 要は,安倍晋三政権内のアベ的徒党政治集団のための「利権の構図」内で,政治的に意図・構想されてきた大学入試方式の変更試図であったものが,いまごろになってようやく,その逸脱行為をなんとか阻止できたに過ぎない。

 教育問題の日本的な特性,その問題点を本当に「理解」できているとは,とうていみなせない生半可な政治屋萩生田光一が,文科省大臣として存在することじたいに問題が大ありあった。昨日〔12月17日〕にテレビでニュースを観たが,記者会見のなかで記者の質問にまともに返答できないで,ただ下をみつけるほかなかった「この人の映像」が流れていた(ただし,横から官僚がメモを差し入れると萩生田はなにかをしゃべりだしていたが……)。

〔記事に戻る→〕 文科省は,国語の解答の字数を減らし,数学は数式を書くだけにして問題を簡素化するなど,懸念を払拭しようとしてきたが,与野党から圧力が高まった結果,実施約1年前での見送りに追いこまれた。

 文科省は年内に検討会議を設置し,記述式のあり方についてあらためて議論を始める。テスト理論が専門の南風原朝和はえばら・ともかず東京大名誉教授は「記述式は専門性が高い採点者が一貫した視点で採点して初めて生きる。そもそも数十万人が受験する共通テストにはなじまない」とし,将来的にも導入は断念すべきだとする。

 英語民間試験の活用見送りを受け,検討会議では英語4技能(読む・聞く・書く・話す)を試す新しい入試の方法も検討することになる。

 記述式の導入,英語民間試験の活用が共通テストに盛りこまれた背景には,社会のグローバル化に対応して表現力や思考力,英語での発信力の向上を図る必要があるとの問題意識がある。

 全国786校に上る国公私立大のなかには,少子化が進むなかで受験生集めに追われ,表現力や思考力を問う良質の入試ができていないところも少なくないのが実情だ。

 補注)全国の大学すべてにおいて,入試体制がまともに選抜方法として機能しているかと問われれば,非一流大学の在籍する教員たちは即座に「否」と返答するはずである。ここで議論している大学入学共通テストに関した報道の内容は,それがまともに活用されていない非一流大学にとってみれば,雲上における話題であるかのように聞こえる。

 1990年に始まった現行のセンター試験は,高校で獲得した基礎的な学力を測るのが目的。大学は独自の個別試験と合わせて合否を判断したり,個別試験の受験者数を絞る「二段階選抜」に使ったりしているが,「センター利用型」などとして単独で合否判断に使う私立も多い。

 萩生田氏は17日の記者会見で「記述式は重要。大学の個別選抜で積極的な活用をお願いしたい」と各大学の取り組みを求めた。その一方で共通テストとは別に,入試センターが記述式問題を作って大学に提供するという選択肢も示した。

 南風原名誉教授は「一括の試験で,共通で問うべき最小限の要素はなにか,大学のニーズにもとづいて絞りこむべきだ」と指摘する。共通テストは入試全体のなかでどのような役割を果たすべきなのか,表現力や思考力をどのような形で測るべきなのか,あらためめて整理することが求められている。(引用終わり)

 一国の大学入試制度(共通テスト)を変更する企画がこのように,前年度もいまごろ(12月中旬)にもなって,つまり時期的には押し迫っている寸前に,変更を中止する事態となっていた。萩生田光一文科省大臣として先日すでに,「身の丈」発言という重大な「失言」をしていたが,今回における入試制度変更の撤回にも大きく影響するハメになっていた。

 ところが,以上のように萩生田光一は,文科相として大学入学共通テストの制度変更をみずから転覆させるという大失策を犯していたにもかかわらず,アベの配下=三下議員であり,つまりは非常に親しいオトモダチの間柄にある立場だけに,それでもまだ首がぶら下がっている様子である。 

 この程度でしかないトンデモな自民党議員の猿芝居的な行状をみせつけられるにつけ,安倍晋三の口調を真似ていえば「こんな人」に文科省大臣を担当させている状況そのものが,換言すると,アベの采配がどだい異様な風景でありつづけるほかない事実を教えている。


    「『安心した』『判断遅い』共通テスト 記述式見送りで受験生ら」(『日本経済新聞』2019年12月18日朝刊42面「社会1」

 2020年度開始の大学入学共通テストで,英語民間試験に続き,国語と数学の記述式も17日,導入見送りが発表された。記述式は当初から採点ミスが起きる恐れなどの問題点が指摘されていただけに,受験生や高校教諭からは「見送りで安心した」との言葉が聞かれる一方で,「なぜもっと早く決断しなかったのか」と不満の声も上がった。(総合1面参照) 

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 国立大をめざす東京都大田区の高校3年の女子生徒は,浪人した場合に共通テストを受けることになる。「夏に後輩が受けた共通テストの模試をみせてもらったが,普段解いているテストとまったく異なりとても驚いた。これは浪人できないと思っていたから,記述式の見送りで少し気が楽になった」と話した。

 足立区の高校2年の男子生徒が通う私立高校では,共通テスト対策で定期試験でも記述式問題を増やしている。「これまで苦手な国語の勉強に時間を割いてきたので,方針を変えるならもっと早くしてほしかった」と嘆く。学校の〔12月〕17日朝のホームルームで担任が記述式見送りを伝えたとき,クラス中からため息がもれたという。

 静岡県掛川西高の駒形一路教諭(国語)は「浪人した場合の負担を考え,安全志向で大学の推薦合格を決めた3年生もいると聞く。なぜここまで判断を引っ張ったのか」と疑問を呈する。

 ただ,共通テストの記述式で得点するには「型にはめた答えを作れるようになる必要がある」とし「定型文の回答こそがいいものだ,と生徒たちが思いこんでしまう前に見送りが決まったことは不幸中の幸い」と語った。

 全国高等学校長協会で大学入試対策委員長を務める石崎規生・東京都立世田谷泉高校長は「結局,入試改革の全体像ははっきりしないまま。早く方向性を示して生徒の不安を払拭してほしい」と求める。思考力などを試す記述式の理念に賛同しつつも「50万人規模のテストで大学別の入試のように採点する体制が作れるのか」と話した。

 記述式の利用を決めていた都内の私立大の入試担当者は「記述式よりマークシートのほうが採点の公平性は担保できる」としつつも「(見送り発表の)タイミングが非常に遅い」と困惑する。各大学は記述式の利用の有無をホームページなどで公表しており「受験生が混乱する事態を招いた。国はもっと早く判断すべきだった」と憤る。

 同じく利用予定だった関西の私立大の担当者は「英語民間試験が見送りになり,同様のことが起きるとうすうす感じていたが,記述式はより幅広く学力を測れるという魅力があり,利用したかった」と残念がる。

 大学入試に詳しい東北大の倉元直樹教授(教育心理学)は「過去に記述式を導入しようとした時の議論などを参考にして,共通テストに記述式を導入するか否かも含めて抜本的に見直すべきだ」と指摘している。(引用終わり)

 要は,今回における安倍晋三政権式の拙速・短絡・姑息な大学入試制度(大学入学共通テスト)の変更企図は,裏舞台をのぞくと,この記述式の制度導入によって一儲けしようとたくらんでいる民間業者群がおり,そして,この営利企業群とは政治的な経路で連絡がついている自民党極右政治家たち(文教族議員?)の存在がみのがせない。

 つぎの ④ に,関連する経緯・事情を説明してもらう。

 

 「安倍・下村・萩生田トリオは,受験ビジネス大手・ベネッセの企む大学入試民営化戦略に利用されたが,土壇場でこの企みが頓挫したのはなぜか」『新ベンチャー革命』2019年11月04日 No.2510,http://blog.livedoor.jp/hisa_yamamot/archives/4211972.html

 1) 大学入試における英語試験の民営化策謀の背後には受験ビジネス最大手のベネッセが控えているのではないか。

 岡山市発のベネッセ(元・福武書店)は,同じく岡山市発の加計学園経営者・加計氏とつながっている可能性が,きわめて大と観ています。その加計氏があの安倍氏と親密であることは,世間を騒がせた加計事件にて,国民はみんなしっています。したがって,ベネッセはおそらく加計氏の仲介にて,安倍一派に食いこんだと観るのが妥当です。
 原注)〔被引用の〕本ブログ  No.2508『大学入試の英語試験民営化は,第二の加計事件に発展するのか:野党は今国会にて全力を挙げて安倍・萩生田コンビを追及して欲しい』2019年11月2日。

 2) 安倍氏が2012年,下村氏を文科大臣に抜擢したのは,下村氏の前職が塾経営者だったからではないか。

 安倍政権が2012年末,下村氏を文科大臣と教育再生担当大臣に任命したときから,上記,英語試験の民営化策謀は始まっていたと推測されます。なぜ,下村氏が安倍政権下にて,文科大臣に抜擢されたかといえば,彼の前職は塾経営者だったからではないでしょうか。

 したがって,今回,頓挫した大学入試の英語試験民営化策謀は,2012年時点ですでに始まっていて,大学経営者・加計氏とズブズブの安倍氏が下村氏に与えた使命は,それを実現することだったと思われます。そして,この時点にて,加計学園と同じく岡山市を本拠地とするベネッセはすでに水面下で動いていたと観るべきです。
 補注)ここでの話題は,記述式問題とはまた別個の「英語試験」の方式にかかわる問題であった。少し時期が以前の話題であったが,基本的には同じ問題。 

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  出所)安倍晋三と加計孝太郎と萩生田光一の「仲睦まじい集合写真」,http://mokuou.blogspot.com/2017/06/617bbq.html

 3) ベネッセの受験ビジネス戦略のひとつとして,東大を取りこむ長期戦略が存在したのではないか

 さて,筆者は2000年代,東大にて数年間,非常勤講師を務めましたが,そのとき赤門横にて福武ホールが建設中で,2008年に完成しています。この当時,国立大である東大が民間の受験ビジネス業者の寄付で建造物を構内につくり,あえて福武ホール(受験ビジネス企業ベネッセ創業者の名前)と名づけたことに強い違和感を覚えました。

 この前例をつくったためか,東大はその後,イトーヨーカ堂創業者の伊藤家からの寄付にて,伊藤国際学術研究センター(2011年竣工)を,同じく赤門のそばに建設しています。東大の場合,安田講堂も,戦前の安田財閥からの寄付で建てられていますが・・・。

 しかしながら,国立である東大が,あろうことか,受験ビジネス企業から寄付を受けることは,完全なる利益相反なのではないでしょうか。

 4) なぜ,大学入試の英語試験民営化が実現しそうになったのかは,民営化策謀の黒幕・ベネッセが,東大を抱きこめた点にあるのか

 大学入試の英語試験民営化にもっとも発言力を有するのは,日本の大学群の頂点に立つ東大でしょう。そこで,この民営化の黒幕であるベネッセが最初に攻略した〔をかけた〕のが東大だったのではないでしょうか。

 その東大は,ベネッセからの寄付行為を受け入れて,構内に福武ホールを建設してしまった。このため,ベネッセの推進する大学入試の民営化に反対しにくくなったと推測されます。こうしてベネッセの思惑どおり,大学入試の英語試験について,まんまと民営化実現直前までこぎつけたのでしょう。

 ところが,好事魔多し,この戦略は土壇場で頓挫したのです。なぜ,英語試験民営化が土壇場で頓挫したのか,そのうち国民には,その真相が判明しそうな雰囲気です。

 本ブログ(被引用者の)の見方では,文科省良識派官僚(前川シンパなど)や東大の良識派教授が待ったをかけたからではないかと観ています,なぜなら,東大の英文学系教授(受験ビジネス利権には無縁の人物)がテレビで反対していたからです。

 いずれにしても,今後,英語試験を筆頭とする大学入試民営化策謀の闇が明らかにされることを切に望みます。(引用終わり)

 というしだい(関係事情の経過・軌跡)になっていた。来年(2020)度に開始が予定され,無理やりに日程が組まれようとしていた「入試改革」(大学入学共通テスト「記述式」のそれ)は,萩生田光一が2019年10月24日,うっかり放ってしまった「例の発言:身の丈に合わせて頑張ってもらえば」を「合図」にしたかのように,一気に紛糾しはじめた。

 萩生田光一のその発言に対して日本社会からは,猛烈な批判が集中放火となって浴びせられてきた。そのせいで,本年度後半期もこの12月17日まで来たところで,大学入学共通テストの改変は,一挙にしかも全面的に頓挫した。このなりゆきは別の意味でいうと,『安倍政権「一族郎党」の問題性』がいまさらのごとく,国民たちに対して教えられる結果を生んでいた。

 しかし,政権の心臓(晋三?)部は相当にガタつき,フラつきながらも,まだまだ,しっかり生きていて,なお稼働中である。日本の政治に対しては執拗に害悪だけをまき散らし,いつも迷惑千万の為政しかできていなかった,この「初老の小学生・ペテン総理」のアベが,あいもかわらず「傲慢で幼稚」「暗愚で無知」「粗暴で驕慢」の執権をつづけていく。

 早く,衆議院解散総選挙をやるべし。

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