たそがれ時の原発利用問題,安全神話はどこへいったか,原発コストが最安価と語る者もいない

原発のコストは一番安価ではなかったか? 最近はすっかり記事のなかでも言及されなくなった「原発は安心・安価・安全」という神話的な標語


  要点:1 ウソだった原発安全神話は同時に,原発コスト最安価「論」の虚構でもあった。

  要点:2 原発安全神話=最安価伝説にはもう触れられなくなった『日本経済新聞』の謎々的な報道姿勢


 「〈SCENE〉封印の中,眠る4号炉 チェルノブイリ朝日新聞』2019年12月25日夕刊4面

 この記事は,1986年4月26日に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所4号炉を封じこめた「石棺」を,丸ごと覆う “ドームの内部” を撮影した画像を添えていた。2019年11月7日午後,ウクライナで撮影された。

 事故直後に急造された石棺が老朽化し,移動式では世界最大の構造物となる,高さ108メートルの鋼鉄などで作られたドームで封じこめる。今後100年間は安全を保てるという。

 補注)だが,100年経ったらこの石棺が用済みになるということではなく,もしかしたらこの上を覆うかたちになる,これよりもっと大きい石棺を建設する必要に迫られるかもしれない。それとも,この新しい石棺が古くなったときには,この石棺じたいを建て替えるのか?

 新シェルターは欧州連合(EU)や日本などからの国際援助によって完成した。費用は16億ユーロ(約1900億円)。今〔2019〕年7月,国際援助をとりまとめた欧州復興開発銀行(EBRD)側からウクライナ政府に引き渡す式典が行われた。

 今年のエミー賞に輝いた米ケーブルテレビ局HBOのドラマ『チェルノブイリ』(全5話)の人気もあってか,チェルノブイリ原発の周辺は多くの観光客がツアーで訪れている。

 ツアーの目玉は,ドラマの舞台にもなった人口5万人の原発城下町プリピャチ。旧ソ連時代の生活を感じることができる。今年訪れた観光客らは10月時点で10万7千人。8割が外国人で,英国やポーランド,ドイツ,米国からが多い。今後,新シェルターがツアーの目玉となる日は来るだろうか。

 1986年4月26日午前1時23分に大爆発事故を起こしたソ連ウクライナ共和国(当時)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉はいま,新シェルターのなかで眠りについている。

 補注)この「眠り」とはもちろん永遠のそれのことであるが,事故を起こした原発の後始末が永遠に終わらないという意味も,また同時に含んでいる。2011年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災によって惹起された東電福島第1原発の事故現場についても,これを石棺化して後始末をしたいという専門家(原子力工学者)たちの主張もなされていたものの,被災地住民側の猛烈な反対もあって実現していなかった。

 もっとも東電福島第1原発事故現場においては,地下流水の汚染が依然つづいており,この問題(難題)をどのようにゴマカシながら,解決するかを迫られている。たとえば,2日前,12月24日朝刊の新聞(『日本経済新聞』2面)は,② のように報道していた。

 要は,太平洋にそれを流して捨てるか,大気中に放出するか,地下(地中)に押しこめるかという程度でしかない,つまり,特別にはなにもむずかしくはなく,単に無責任な処理方法を採るしかない「原発という装置・機械の大事故」の始末に関する「今後の課題」が説明されていた。

 

 「福島第1の処理水処分,3案に 海洋放出に風評懸念の声 経産省小委,結論は先送り 迫る期限」日本経済新聞』2019年12月24日朝刊2面

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 経済産業省は〔12月〕23日,東京電力福島第1原子力発電所に溜まる処理水の処分法などを話しあう小委員会を開いた。経産省は,薄めて海に流す「海洋放出」と大気中に蒸発させる「水蒸気放出」など3案を提示。「風評被害対策が必要」とする委員の声も受け,年明けとなる次回以降の会合で取りまとめをめざすことになった。処理水は廃炉作業を妨げる一方で,有力とみられる海洋放出であっても水産物への風評被害が広がりかねない。政府は難しい対応を迫られる。
 補注)問題点を指摘する。汚染水(処理水と表現しているがこれはマヤカシの表現であって,まだトリチウムを最終的に除去できないままの処理水であれば,汚染水に変わりないもの)を,「薄めて海に流す」という表現が興味深い。こういうことである。「薄めても薄めなくとも」「海に流す」のであれば,これはどのようなやり方であれ,結果的には薄めることになる事実になんら変わりはない。そうであるからには,初めから「薄めなくとも,その汚染水」を太平洋に流してしまえばいいだけだという話になる。

 「お座敷小唄の歌詞」1番には,こういう文句が並んでいた。

   富士の高嶺に 降る雪も
    京都先斗町に 降る雪も
   雪に変わりは ないじゃなし
    とけて流れりゃ 皆同じ

 そうである。東電福島第1原発事故現場(とその周辺地域)の放射性物質による汚染も,チェルノブイリ原発事故現場(とその周辺地域)のその汚染も,放射能物質に汚れているわけ(実情)に変わりがあるでもなく,「皆同じ」じゃないか,ということになる。だから,東電福島第1原発事故現場の場合,「薄めなくとも・薄めても」,太平洋に「とけて流れりゃ,皆同じ」じゃないか,という理屈にもなりうる。ともかく相手は太平洋である。

 そういえば,こういう童謡・唱歌もあった。「うみは ひろいなおおきいな  つきはのぼるし  ひがしずむ うみは おおなみあおいなみ  ゆれてどこまでつづくやら うみに おふねをうかばせていって  みたいなよそのくに うみは ひろいな ……」

 これからも東電福島第1原発事故現場からは「汚染水が処理水に加工できた」としても,トリチウムは除去できない状態のままで,太平洋にぶちまけてしまえば,これを保管していなければならない問題は,一挙に解決にもちこめるという算段なのである。

 だが,放射性物質を含んだ汚染水(処理水と呼んでも同じ)は,雪とは全然異なるものである。融けて流れていくのではなく,ただ人為的に薄めたのちに,太平洋のなかに拡散させておくだけである。

 というわけでその「汚染性の問題」は,多少いいかえていえば「薄めて大海のなかに流しこんで処分した」に過ぎないゆえ,トリチウムという放射性物質そのものは,総量としては “同量である状態のまま” ,海のなかにぶちまけられた関係に変わってはいるものの,依然存在しつづける。

〔記事に戻る→〕 炉心溶融事故を起こした福島第1原発では,放射性物質を含む汚染水を浄化したあとの処理水が溜まりつづけている。経産省は検討してきた5つの候補から,国内外で前例のある海洋放出と水蒸気放出,その併用の3つに絞りこんだとりまとめ案を示した。実績のない地下埋設などは除いた。

 補注)この記事の説明は「先に結論ありき」であるかのようにしか読めない内容である。「実績のない地下埋設は除いた」というが,この後始末の方法もろくに準備してこなかった「原発事業」のあり方そのものに疑問が抱かれる。この記事は,昔から分かりきっていた廃炉の始末に関する選択肢のなかから,あえて特定の有力な方式を除外した排除していた。この点を当然のごとくに伝えている。

 トリチウムの問題については,その有害性については重大な疑義があり,またその被害状況(疫学的・遺伝子学的な解明は相当すすんでいるが,賛否両論がある)の発生を完全に否定できる理論的に有力な説明は,まだ与えられていない。なんらかの害悪が発生していると観るほうが自然であり,その意味では科学的な見方に即している。すなわち,放射性物質の有害性に関する問題を当初より無害であるかのように語る(騙る)話法じたい,例の「原発安全神話」を彷彿させる。

 日本における公害史の実録をいちいち追うまでもないが,原発という《悪魔の火》を利用できたつもりの人間・人類がいまでは『放射性物質のその悪魔性』に翻弄されている実情は,いままでとは異質の異次元の環境・公害問題の発生を意味している。

 日本の公害問題ではたとえば,足尾銅山の公害問題は,その大きなツケを渡良瀬遊水池のなかに閉じこめるかたちで,ひとまず終息させたつもりである。水俣病の後始末も,水俣湾の一隅に水銀汚染をこれまた閉じこめて解決させたつもりである。

 だが,原発事故の後始末は足尾銅山水俣病の公害問題に対するやり方をもってしては,とうてい収まりえない特殊な放射性物質の問題に対峙させられている。東電福島第1原発事故現場においては「3・11」以来,恒常的に発生しつづけている地下水汚染の問題は,太平洋に流してしまえばそれで関連する問題がすべて解決できるみたいな発想は,地球環境に対する冒涜以外の何物でもない。この後始末のやり方が「国内外で前例のある海洋放出」であって,もうひとつの始末の方法である「水蒸気放出」などと選択肢に想定しているというのでは,科学技術のまともな利用や適切な適用もあったものではない。

〔記事に戻る→〕 委員からは「前例のある方法を考えるのが大事だ」との意見や,「放出は(風評被害などの)社会的影響が大きいことを明記すべきだ」との指摘が出た。処理水は現在の技術では十分に取り除けない放射性物質トリチウムを含む。トリチウムは自然界にもあり,放射線は弱い。トリチウムを含む水は国内外の一般の原発でも海に流している。

 補注)この地元住民たちが訴える風評被害という文句がくせものであった。風評から生じる被害であるのだから,どこまでも汚染水(だから処理水だといいかえているが)を太平洋に流すことが困難であったのだ,という理屈が立てられていた。だが,風評被害の点の有無にかかわらず,トリチウムの排出については,重大な問題が指摘されている。にもかかわらず,これをいっさい無視するのが国側の立場,つまり,経済産業省の「東京電力福島第1原子力発電所にたまる処理水の処分法などを話しあう小委員会」の意向であった。

 有識者の計6年にわたる議論でも結論を出せないのは,地元の福島県を中心に根強い懸念があるためだ。福島県の漁獲量は事故前の2割に満たない。福島県いわき市の漁業関係者は〔12月〕23日,「再開へ努力が続く地元漁業への風評被害の影響は計りしれない」と語った。

 韓国が処理水の扱いを気にかけるなど,国際社会の受け止めにも配慮がいる。取りまとめ案は処分の開始時期を「風評への影響を踏まえ,関係者の意見を聴取し,政府が責任をもって決定すべきだ」としている。経産省は,海洋放出や水蒸気放出に伴う周辺住民の被曝線量は十分低いと試算する。海洋放出の線量は水蒸気放出の半分以下という。
 補注)この「周辺住民の被曝線量は十分低いと」いう「試算」をそのまま全面的に信じるわけにはいかない。別途の指摘となるが,たとえば,『東京新聞』がつぎのように報じた「問題」もあった。この種の問題はまだいろいろ残存している。

   ◆「常磐線再開『内部被ばくの危険性』 動労水戸,試運転で抗議声明」◆
 =『東京新聞』2019年12月21日,https://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201912/CK2019122102000144.html

 

 JR東日本の社員で組織する労働組合動労水戸」(石井真一委員長)は〔12月〕20日東京電力福島原発事故の影響で不通となっているJR常磐線「富岡(福島県富岡町)-浪江(浪江町)」間で18日から3日間実施された試運転について「放射性物質を大量に拡散するものであり,とうてい認めることのできない暴挙」との抗議声明を発表した。

 

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 出所)『日刊工業新聞』2018年2月18日,https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00462397

 

 富岡-浪江間20.8キロのうち,夜ノ森(富岡町),大野(大熊町),双葉(双葉町)の三駅を含む13.6キロが帰還困難区域。JR東日本は来〔2020〕年3月の全線再開を目指しており,政府は三駅周辺の避難指示を解除する方針を示している。

 抗議声明では「除染したのは鉄道用地内だけであり,除染後も高線量のところがある」と指摘したうえで,「乗客も乗務員も内部被ばくの危険性がある」と全線再開に重ねて反対した。

 動労水戸の抗議に対し,JR東日本水戸支社の雨宮慎吾支社長は二十日の定例会見で「除染は当社の敷地内ではかなりやっており,放射線量は確実に下がっている。社員の健康はしっかりみている」と反論した。

 東電福島第1原発事故にかかわっていうと,いまだになお用心や警戒が必要であり,放射性物質汚染の問題が完全になくなったとは,全然いえない。専門家の意見もまったく同様な懸念を明示してきた。

〔記事に戻る→〕 水蒸気放出は1979年に炉心溶融事故を起こした米国のスリーマイル島原発で前例がある。大規模な施設が必要で,コストは海洋放出の方が低いとされる。専門家のなかでは「海洋放出がもっとも合理的」(原子力規制委員会の更田豊志委員長)との見方が大勢を占める。

 補注)ここでも注意すべきは「コストが」「低い」だとか「もっとも合理的」だといった理由を付して,放射性物質汚染水問題の始末=解決を海洋放出にみいだしている事実である。太平洋にトリチウムを排出する方法が,当然だという見解である。

 「3・11」以前においてはむろんのこと,いまでも原子力村・マフィアからは蛇蝎のように嫌われている広瀬 隆が,ある講演のなかで語ったトリチウムの問題を紹介しておく。こう批判している。

    トリチウム水の海洋投棄を許すな
 =『レイバーネット』2018-03-09 13:08:39,http://www.labornetjp.org/news/2018/0308hayasida

 以下に,林田英明「原発再稼働阻止へ『ボーッとするな』~ 広瀬 隆さん白熱授業」とまとめられた文章から引用する。
   

 1986年,現在のウクライナで起こったチェルノブイリ原発事故の傷は深い。2008年に国連科学委員会(UNSCEAR=アンスケア)が被曝量を報告している。同じく2013年に報告された福島県内の被曝量に当てはめると,ベラルーシのゴメリが福島市,ロシアのブリャンスクがいわき市郡山市のレベルに相当する。住民の染色体に異常が多発しているゴメリやブリャンスクである。

 広瀬さんが原発推進側とみているUNSCEARでさえ,福島を危険視しているのだ。遺伝的な影響を口にする広瀬さんに「差別主義者だ」と非難の声が飛ぶことがある。復興へ向けて立ち上がる福島を風評被害にさらすな,といった意味合いもあるようだ。だが,これには毅然と医学的発言だと反論し,実害をみすえるべきだとの立場を崩さない。

 よくしられていないトリチウムの危険性について,どうしても言及したかった広瀬さん。トリチウムが染色体に異常を起こす懸念を示した1974年の新聞記事を紹介した。普通の水とトリチウム水は化学的に分離できず,体内に入ったら水素のように動き,ヘリウムになる過程で出るベータ線の影響を一生受けつづけるというのだ。

 ところが,マスコミのなかではもっとも反原発の紙面を作っていると目される『東京新聞』ですら,この内部被曝の危険性を軽視している。広瀬さんの怒気はしだいに強まるのだった。

 福島第1原発の敷地内に溜まりつづける汚染水が,そのトリチウムを含んでいる。タンクの数は半端ではない。約850基,貯蔵量は100万トンを超える。2013年に原子力学会が海洋投棄を促す見解を発表し,昨年になって川村 隆・東電会長と更田豊志・原子力規制委員会委員長も同調している。

 広瀬さんのボルテージが上がる。「海水をもってきて薄めて流す? 最初から全部流せばいいじゃない。なにが違うんだ,えっ!」

 

 --ここで途中になるが,広瀬の話をさえぎって,こういう最新の事実を挿入しておく。

 東京電力ホールディングのホームページには,つぎのような解説も出ている。なにをいいたいのか分かりにくい内容であるが,要は捨てるものは捨てている,しかも汚染水を浄化したとはいっているが,排水基準内であればその汚染度は度外視し,太平洋に流しこんでいると公示している。

 

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  ★ サブドレン等集水タンク・一時貯水タンクの運用状況

 

 山側から海側に流れている地下水を,原子炉建屋等の近くの井戸等から汲み上げ,浄化処理をおこない,排水基準を満たしていることを確認後に,海洋へ排水しているサブドレン等の運用状況をお知らせしています。

 

 2019年12月の運用状況(2019年12月24日 15時現在)

    累積排水量 830,949t
    排水回数  1,181回

 註記)http://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watermanagement/subdrain/calendar/index-j.html

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〔広瀬に戻る→〕 「こういうこといってるんだよ,あなたたちの命を預かっている規制委員長っていうのは。皆さん,黙ってちゃダメです」。そして,法律上「未必の故意」の殺人罪に相当するとして安倍晋三首相を筆頭として彼らを指弾した。講演会場が関西であれば東電会長に代えて,再稼働を進める関西電力社長と福井県知事がくわえられる。今回は玄海原発を俎上に載せていたので瓜生道明・九電社長と山口祥義佐賀県知事を入れた4人を攻撃していた。

 『産経新聞』がトリチウムの危険性にいっさい触れずに「殺人罪」という言葉尻をとらえて批判するので広瀬さんは激怒した。「この会場に産経の記者は隠れていないか。いたら手を挙げろ。報道ってのは,ちゃんとやれ」。

 1月20日茨城県土浦市で開かれた広瀬さんの講演に対し,チラシに「反原発」を想起させる文言が並んでいるので,後援の土浦市つくば市は政治的中立性に疑問があると主張する記事が,産経水戸支局から配信されている。原発の本質を外したイチャモン。広瀬さんは,産経も「殺人罪」に値すると考えているのかもしれない。 

〔 ②『日本経済新聞』の記事に戻る→〕 処分法や時期の決定を先送りする猶予はない。福島第1の敷地内には991基のタンクが立ち並び,保管処理水の量はすでに118万トン(2019年12月12日時点)。タンクの建設計画は137万トン分まであるが「2022年ごろに満杯になる」(東電)。2021年には溶融燃料の取り出しが2号機で始まる。作業の場所を確保する必要がある。経産省は小委の議論を取りまとめたうえで地元自治体などと調整し,政府内で処分の開始時期を決める予定だが,めどは立っていない。(『日本経済新聞』の引用終わり)

 なお,東電福島第1原発事故現場において汚染水を処理水に変えるという作業のために備えている多くのタンク(貯水槽)は,敷地の制約があってこのまま増えていくと2022年には満杯状態になる予定ゆえ,その前までにこの難題を解決する必要に迫られている。その第1の解決方法が太平洋への放出だということであった。

 広瀬 隆が指摘・批判するまでもなく,原発事業というものはこれじたいがエネルギー政策としては間違ったあり方であった “厳然たる事実” は,いまの段階にまで来て,あらためて嫌というほど思いしらされていると理解するほかない。

 つぎに参照する『日本経済新聞』本日の記事は,どういうわけがあるのかしらぬが,原発の存在について一言もない記事になっている。以前であれば想像もつかない記事の書き方になっている。

 

 (※-1)100%再生エネ,欧米勢と大差 ESG投資の波乗れず」「(※-2)太陽光・風力,高コストがネック」日本経済新聞』2019年12月26日朝刊15面「企業2」

 
 ※-1の引用  →事業に必要な電力を100%再生可能エネルギーでまかなうことをめざす,国際的な企業連合「RE100」に加盟する日本企業が30社に達した。背景には,取引条件として環境対応を重視する顧客の要望がある。ただ実績では欧米勢に大きく後れを取る。再生エネの調達コストが高い日本で,どうやって実効性を高めるかが課題になっている。

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 ※-2の引用  →見出しは「太陽光・風力,高コストがネック」であった。企業が再生可能エネルギーの利活用を進めるには,「理念」だけでは不十分だ。経済合理性を度外視した取り組みは株主の理解をえられず,持続性もないためだ。その点で日本企業は大きなハンディを背負っている。

 経済産業省の資料などによると,日本における太陽光発電のコストは2017年に1キロワット時あたり17.7円で,陸上風力発電は15.8円。一方,世界の平均コストは太陽光が9.1円,陸上風力が7.4円だ。日本政府が30年に実現を目指す水準を,既に達成している。

 補注)この経産省の電源別発電コストに関して公表してきた価格は,そのすべてがあまりあてにできない(信用ならない)。平然と異なった資料・統計を示すこともあるからである。つぎの資料をみたい。 

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 以前,原発コストについて1キロワットの生産コスト(燃料単価)が1円だと,それもどこかにひっそりというか,つまりめだたないようにして,しかも強調するやり方で書いていたこともあった。前段に引用した記事のなかでは,原発コストということばが1回も出ておらず不思議に感じる。以前は,この種の記事のなかには必らずといいほど,原発コストは「安価」という点を強調させるためにも欠かせない内容であったはずである。

 ところが,以前であれば再生エネのコスト「絶対的・相対的な高さ」を強調するさい,原発事業の必要性も併せて強調するために,最安価であるとされた原発コストを並列的に掲示することをけっして忘れていなかった。だが『日本経済新聞』が最近においてする報道の仕方は,そうではなくなっていて,原発コストの関係に触れようとしなくなっている。この日経が示している報道姿勢の変質は「奇妙だという感じる段階」から「奇怪だと指摘すべき段階」にまで至っていると,感想を述べておく。

〔記事に戻る→〕 再生エネ比率を高めるうえでは再生エネ価値を取引する「証書」を購入する手法も有効だが,通常の電力調達より割高になる。証書による調達にくわえ,再生エネ電源への直接投資などを進めなければ,日本企業が海外勢に追いつくのはむずかしい。

 補注)注意したいのは,再生エネの単価が日本ではまだ高いといわれている点と,そして,海外ではそうではない事実についてである。原発の存在がとても太い尾を引いたかっこうで,日本における再生エネの普及に悪い影響を与えてきた。結局,再生エネと原発も,それぞれ発電によって発生する原価の水準では,日本側はまだ競争力が不足していると指摘されている。

 再生エネ価格の高止まりは,海外企業が日本進出をためらう原因にもなる。米グーグルは千葉県に日本初のデータセンターを開設する計画だが,再生エネの調達で難航する可能性もある。仮に化石燃料由来の電力を使うようなら,再生エネ比率が下がってしまう。「日本への直接投資の広がりにも水を差しかねない」(業界関係者)

 アップルやソニーなど,RE100に加盟する大手20社は6月,日本の電力に占める再生エネ比率を2030年に50%に引き上げるよう求める提言を発表した。政府は2030年にこの比率を22~24%に引き上げる目標をかかげ,企業への支援を強化する方針だが,今後はより踏みこんだ環境整備も重要になりそうだ。(引用終わり)

 この記事の内容には,ある特定のおかしい点(不審に感じられることがら)があった。それは,その2030年における電源構成比率に関して,日本の経済産業省資源エネルギー庁は「原発を22~20%」の維持・確保に置いてきた事実があったけれども,これが現在になってもなんら変更されていない点である。

 つぎの図表は,経済産業省資源エネルギー庁が作成していたものを反映させたものの一例である。ただし,この図表は原発原子力)の比率をゼロにする展望を踏まえて作図されている。

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 だが,それにもかかわらず,以上のように原発への言及は抜きにしたかたちで記事が書かれていた。だからおかしいと指摘している。しかも,現在の評価では日本の原発を2030年時点でその22~20%にまで戻すことは,現実的には相当にむずかしいと判断されている。原発推進派でも同じにそう感じているはずである。

 参考にまでいうと橘川武郎は,その原発の比率に「戻すためにはどうしても原発の新設が不可欠だ」と盛んに唱えつづけている。しかし,いまどきにもなって再生エネの将来性に,どのような現実的な展望がありうるかをしっているエネルギー問題の専門家であれば,当該の論点について原発を新設しろなどといった意見は,そう簡単に発想できるはずがない。

 再生エネは,海外においてはコスト面で早い時期から着実に低価格化してきた。ところが,日本ではその妨害要因になっているのがほかでもない「原発」であった。この事実は,日本原子力村・マフィア群たちによる,再生エネ関連の動向に対する陰湿な嫌がらせを意味してもいる。

 前段に引用した『日本経済新聞』朝刊15面の記事に関連してついでに指摘すると,この朝刊の18面に掲載されていた特集記事のなかには,左下に配置された対談記事として「『持続可能な環境のためのエネルギーソリューション」が出ていたが,これはなにを物語っているか。

 原発は怪物,悪魔である。この由来に照らすまでもなく,その呼称どおりの厄介ものであった。原発は,電力を発電するために「向いた」科学技術の利用などでは,絶対にありえなかった。人間・人類は電気をえるためだとはいえ,完全に不適であり,間違えたその生産方式である「原発」を利用してしまった。初めからボタンのかけ間違いがあった。

 これまで原発が,われわれの産業活動や日常生活のために必要な電力の需要に応えてきたとはいえ,事故を起こしてしまった原発廃墟の後始末(や廃炉)のために生じる負担:不利は「その何倍どころか,否,何十倍も発生」していくかもしれないのである。いうなれば「未発だが必発である莫大な経費(コスト)の負担」を覚悟させられることが,目前の出来事として迫ってきている。この事実は,脅威というよりは「21世紀における最大の恐怖そのもの」である。

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