東電福島第1原発事故現場はいったいいつになったら片づけられるのか,廃炉完了までの見通しはまだ見当すらついていない

東電福島第1原発事故現場,原発廃炉工程は「線路はつづくよ,どこまでも」の対応・要領でしか取り組みえないし,いつになったら完了できるかもまったく予測しえないままである

 

  要点:1 溶融・爆発事故を起こした東電福島第1原発事故現場が更地にできると考える専門家などいない

  要点:2 廃炉工程の完了時期の予定(予測)は,これからも,なんどでも先に延長されていく見通しだけならば,確実に約束できる。

 

 「核燃料搬出,最大5年遅れ 福島第一1・2号機 廃炉工程表改訂」朝日新聞』2019年12月28日朝刊3面「総合」  

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 国と東京電力がつくる福島第1原発廃炉工程表が〔12月〕27日,2年ぶりに改訂され,2023年度としていた1,2号機の使用済み燃料プールからの核燃料取り出し開始は最大5年遅れになった。取り出しを終える時期は当初の目標から10年ずれこむ。それでも,全体で30~40年かかるとする工程の大枠は変えなかった。

 補注)この記事の書き出しののっけから,ずいぶんひどいいいわけを披露している。「核燃料取り出し開始は最大5年遅れ」になるとしても,「取り出しを終える時期は当初の目標から10年ずれこむ。それでも,全体で30~40年かかるとする工程の大枠は変えな」い,という仮定的な話法が興味を惹く。つまり,どのように読んでみたところで,きわめてずさんな説明の仕方になっているのである。

 『朝日新聞』2019年12月28日夕刊1面のコラム「素粒子」も早速,この記事の没論理的な内容に関して,こういう反応を示していた。

 

 つまり,「廃炉工程表,5回目の見直し。作業は遅れるが『30~40年で完了』は維持」という説明に対して,これは「なぜだ」と疑問を提示していたのである。

 

 それはそうである。というのは,見直しの回数が増えれば増えるほど「30~40年で完了」するわけなどはないし,この年数はその見直しが増えた回数に応じて,さらに延長されていくほかないのだから,それでもなお「30~40年で完了」だといいはるのは,ド屁理屈「以外にありえないいいぶん」である。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災によって,東電福島第1原発で溶融事故を起こしていた4基のうち,稼働中の2基(1・3号機)が爆発事故も起し,残った1基(4号機)は巻きこまれて誘爆していた。

 ここの記事での話題は「1,2号機の使用済み燃料プールからの核燃料取り出し開始」の時期の問題であって,爆発事故を起こした原子炉そのものに関した後始末の話題ではなかった。こちらの取り組み作業がいつ,どのように始められるのか,以上の記事では論外である。そしてさらに,溶融事故を起こした原子炉そのものの後始末の問題(デブリの取り出し)は,実際にはまだその先の問題となるはずである。

〔記事に戻る→〕 政府の廃炉・汚染水対策関係閣僚等会議(議長・菅 義偉官房長官)が開かれ,廃炉に向けた中長期ロードマップ(工程表)の改訂を決めた。改訂は2017年9月以来,5回目。

 プールからの燃料取り出し開始は,1号機は4~5年遅れの2027~28年度に,2号機は1~3年遅れの2024~26年度になる。取り出す時などに放射性物質の飛散を抑えるため,大がかりな設備をつくることにしたのが影響した。水素爆発で建屋上部が壊れた1号機では,建屋全体を大型カバーで覆う。爆発しなかった2号機は建屋上部の側面に穴を開け,横に作業台を設けて搬出する計画だ。いずれも2年ほどで完了をめざす。
 補注)ここでの表現,「何年遅れ」というものは,これからもなんどでも繰り返されて登場することになることだけは,素人判断でも理解できるはずである。というのは,いままででもすでに,なんどもベタ遅れになっていたのが,この東電福島第1原発事故現場における爆発事故(および溶融事故)の後始末作業に関する,この「恒常的な進捗状況」であったからである。

 それこそぶっちゃけた話ですれば,いったいいつになったら,以上の記事に言及されている後始末の作業,そして廃炉の工程にまで入れるのかについての確定的な解答は,東電側も政府当局側もなにもいい出しえないでいた。確実にいつもいえたことといえば,なにか発表があるたびに「先延ばしにせざるをえない事情」が,重ねて説明されてきた点だけである。

 その発表の内容は「こういう作業をやっています,こうなっています,ああなっています」というばかりであって,要は,事故現場の後始末作業とその後に続く廃炉工程が,将来に向けてどのように見通せるのかというに,具体論になればなるほど逆にどんどん抽象的かつ一般論的になっていた。確実ではない説明しかなしえないでいた。

〔記事に戻る→〕 また,汚染水について,1日あたりの発生量を約170トン(2018年度)から2015年内に100トンに減らす新たな目標をかかげた。最難関とされる溶け落ちた燃料(燃料デブリ)の取り出しを2021年に2号機で始めることや,1~6号機すべてのプールの燃料取り出しを20131年末までに完了する目標も盛りこんだ。
 補注)この段落の内容はすべて, “希望したい目標の数値や期限” を並べている〔だけである〕。汚染水の発生を減らす目標については,太平洋に排水するという乱暴な対応が可能になれば,このような努力は無用になるゆえ,ある意味,たいそう奇妙な話にもなっている。

 「最難関とされる溶け落ちた燃料(燃料デブリ)の取り出し」は,事故を起こした原発(原子炉・格納容器・建屋下部)に対する作業となるだけに,いったいどうやってとりかかれるのかは,素人であるわれわれには,あまりにも一般論的に過ぎてなんのことやら分かりにくい。ともかく努力しますの一点張りの話法に終始していた。

 工程表は2011年12月に初めてつくられ,(1) 10年以内にデブリ取り出しを開始,(2) 30~40年後に廃炉を完了,を大枠として打ち出した。今回の改訂ではいずれも維持したが,現実にはさまざまな作業が大幅に遅れている。
 補注)要するに,この年次計画はもともと予定どおりには実現が不可能に近い中身で組まれていた。2011年12月(いまから8年前)の計画であったが,デブリ取り出しの作業すら,全然といってくらい開始できていない。この事故現場の後始末が済んだら,つぎの廃炉工程に入る日程に進めるわけであったが,後始末のほうでまだもたもたしている。この記事いわく「現実にはさまざまな作業が大幅に遅れている」。

 このような現実の状況じたいが,廃炉工程にまで進みたくとも至らないでいる原因になっている。ともかく,後始末にしても廃炉にしても恒常的にベタ遅れの実態から抜け出せないでいる。だから,この記述の題名のなかに「線路はつづくよ,どこまでも」と揶揄する文句を混ぜている。

〔記事に戻る→〕 たとえば,プールの燃料取り出しをすべて終える時期は当初,「2012年末まで」としていた。今回かかげられた「2031年末まで」は10年遅れになる。今年取り出しを始めた3号機では機器のトラブルが続いており,1,2号機でも難航する可能性がある。原子力規制委員会の更田豊志委員長は,2031年末までの目標ですら「相当アンビシャス(野心的)といわざるをえない」と指摘した。
 補注)この更田豊志委員長が表現した「相当アンビシャス(野心的)」とは,事故現場における後始末とそのあとに取りかかれる廃炉工程までの道のりが,正直いって「絶望的だと形容された」と受けとっていい。文学的な修辞かもしれないが,いいかえれば,なにもかもが時間的にも絶望的であるほかない東電福島第1原発事故現場の光景が,現実どおりに・ありのままに指摘されている。

 しかし,表現の方法がなんであれ,とりあえず廃炉工程にまでたどりつける時期が来た場合であっても,そのあとにさらにつづくことになる「事故現場の廃炉工程」そのものは,実は「線路はつづくよ」どころか,半世紀・1世紀という時間の単位でもって,それもいつ完了するかの展望すらよくつかめない状況のなかで,それでもあえて見通さねばならない「その未来像の対象」になっている。

 デブリ取り出しも,2021年に始めるという大枠は保ったが,最初は数グラム程度を試験的に取り出すだけ。当初は「1~3号機で2031~36年に終える」としていたが,今回の改訂では,2号機の完了時期も,1,3号機の開始時期も示さなかった。(引用終わり)

 なんということはない。それらの各時期に関した展望は,いまの時期ではなにも確かな評価や判断をできない「未発の段階」に停滞している。関連する作業に取り組みやすいとされている2号機の「デブリ取り出し」に関した完了時期の予想であっても,また「1,3号機の〔その〕開始時期」についてであっても,これらを明示しえないというよりは,皆目見当すらつかないでいる。

 原発廃炉問題は,通常の作業工程であっても半世紀単位で処理していく手間がかかる。ましてや,爆発事故までを起こして破壊された原発の後始末をさきに手がけねばならない東電福島第1原発の現場である。われわれはトンデモな(とんでもナイ)シロモノをかかえこんでいる。

 

 「福島第1廃炉,見えぬ最終形 工程表改定 燃料搬出,最大5年遅れ」日本経済新聞』2019年12月28日朝刊2面「総合1」

 この『日本経済新聞』の記事はもちろん,① の『朝日新聞』の記事と同じ対象をとりあげ報道している。しかし,この見出しの文句がすでに “ものすごい事実” を指摘している。

 つまり,東電福島第1原発事故現場は,後始末および廃炉の工程管理についていえば,その「最終形」が「見えぬ」と正直に報道している。そうである。この現場はいったいいつごろになれば,その後始末と廃炉に関する全作業が完了しうるのか?

 実際問題としては誰にも答えられない。唯一答えられるのは「それがいつ終わるかはまったく分からない,予測すらつかない」という点であった。廃炉の問題にかぎってもいまだに,その作業工程を完全に終わらせられていない状態にある事例は,いくらでも残っている。というよりは,いつまでも残りつづけていると理解したらいい事例が多いのである。

〔記事に戻る→〕 政府は〔12月〕27日,東京電力福島第1原子力発電所廃炉工程表を改定した。事故後30~40年にあたる2041~51年に廃炉を終える目標を堅持したが,すでに9年弱が過ぎたうえトラブルで作業の遅れも目立つ。もっとも厄介な溶融燃料(デブリ)の性質や量は分かっておらず,取り出し技術も確立されていない。目標の実現性や廃炉の最終的な姿はみえないままだ。

 補注)なかんずく「もっとも厄介な溶融燃料(デブリ)の性質や量は分かっておらず」という状態で,「取り出し技術も確立されていない」となれば,当然のこと,廃炉の時期をめぐる「目標の実現性や廃炉の最終的な姿はみえないままだ」と答えるほかない。だから,事態は絶望的であるという印象さえ回避できない。

 分からないことだらけであるゆえ,これを相手にして「いつまで・このようにして後始末をしたのち,さらに廃炉までも終えるのだ」という計画:予定など,そもそも立てられるわけがなかった。それなのに,引用している記事はいつも,後始末と廃炉について「なにかはやっている」という訴求点に関してだけは,確実に書きこんでいる。こうした「原発問題の状況把握」であるだからこそ,そこにありうる理解・認識となれば,まさしく絶望感だけである。

〔記事に戻る→〕 工程表の改定は2年ぶり5回目。2031年末までに1~6号機の原子炉建屋の使用済み燃料プールに残る核燃料を,すべて取り出す目標を新たに設けた。ただ,取り出し開始時期は最大5年遅れ,1号機は2027~28年度,2号機は2024~26年度とした。

 取り出しは簡単な作業ではない。原子力規制委員会の更田豊志委員長は「野心的な計画だ」と話す。問題は炉心溶融メルトダウン)を起こした1~3号機だ。(引用終わり)

 ① でも言及した点であるが,更田豊志委員長が「相当アンビシャス(野心的)といわざるをえない」と,東電福島第1原発事故現場に関する現状を表現したところで,この現場の事態に固有であった深刻さに特定の変化が生じうることはない。更田はただ苦しまぎれに表現を反転させ,つまり,一時の気分転換を図るためにそうした発言をしたといえなくもない。
 
 以下,記事の引用に戻るが,① と重複する内容である。

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 先行して2019年4月に始まった3号機は当初,2014年末開始予定だった。作業員の被曝を避けるため,なるべく遠隔操作で取り出す必要があり,用意に時間がかかったからだ。566体のうち7月までに28体を取り出したが,機器のトラブルで最近まで止まり,作業は遅れている。

 1号機は水素爆発の影響が大きい。原子炉建屋の天井が吹き飛び,核燃料が入るプール上部の床に約1100トンのがれきなどが散乱する。取り除こうとすると放射性物質を含むチリが舞い上がる恐れがある。避難指示の解除で進む住民の帰還にも配慮する必要がある。

 そこで今回の改定で,建屋に大きなカバーをかける大規模工事をすることになり遅延要因となった。水素爆発のなかった2号機では,高い放射線量が作業を妨げている。取り出しの遠隔操作はむずかしく,全号機を2031年までに終えられる保証はない。さらに廃炉作業で最大の難関といわれるデブリの取り出しを並行して進めなければならない。

 今回の改定では,2021年に2号機からデブリを取り出すと明記したが,完了時期や1,3号機からの取り出し開始時期は示さなかった。日本原子力学会福島第1廃炉検討委員会の宮野広委員長は「取り出し技術は確立されていない」と指摘する。

 これまでの廃炉作業の遅れもあり,2041~51年の廃炉完了は困難とみる専門家は多い。高い放射線を出し,再び核反応を起こす可能性も残るデブリを安全に取り出し,保管しなければならないが,その方法もこれからだ。

 さらに廃炉によって生じる廃棄物の処分という問題が残る。更田委員長は「デブリ取り出しは技術的に大変むずかしいが,ひょっとするともっとむずかしい問題」と指摘する。福島県など地元自治体は県外への搬出を求めているが,めどは立っていない。

 そもそも政府や東電は,なにをもって廃炉完了というのかを明らかにしていない。一般の原発のように建物を解体して更地に戻すのか,建物などが残るのか。その姿は工程表にはない。廃炉の技術戦略を立てる原子力損害賠償・廃炉等支援機構は「廃炉の最後の目標を決めるにはデブリなどの情報を十分うる必要がある」とするが,それがいつになるのかはみえない。(引用終わり)

 以上の記事からつぎの3点に注目してみたい。

  ★-1  デブリの「取り出し技術は確立されていない」

  ★-2廃炉作業の遅れもあり,2041~51年の廃炉完了は困難」

  ★-3廃炉完了」に関する定義がないといっているし,ともかく廃炉が「いつになるのかはみえない」とまでいっている。

 東電福島第1原発事故現場の「後始末から廃炉までの作業行程に関する問題理解」は,以上のように「分からないづくし」である。なかでも「廃炉の技術戦略を立てる原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が「廃炉の最後の目標を決めるにはデブリなどの情報を十分うる必要がある」などと発言しているようでは,この「現場の今後」は,本当のところ,実質的にはなにも始められていない現況にあるのではないかとまで疑われてよい。

 この ② に引照したこの記事は,前掲した表を用意していたものの,表題からして奇妙な文句「遅れが出ている工程もある」という文句になっている。いうなれば詭弁的,いいのがれ的,いささか幻想的,つまりムリの多い表現だと感じられてならない。

 廃炉完了」に関する定義がないという説明を聞いて,驚かないでいられようか? 原子力工学とはその程度の学問であったのか? 「廃炉の問題」がまさか「想定外」の研究課題だとは思えない。

 日本において大学の工学系学部では,1960年前後から旧帝大系を中心に,原発関連の高等教育をおこなうための原子力工学科が設置されていた。それでいて,いまの時点になっていても,東電福島第1原発事故を意識していわれているにせよ,原発の「廃炉完了」に関する定義の説明がないというのは,想像を絶する当該学問の形成不全としかいいようがない。

 ここまで「原発の利用」を進めてきた人類・人間たちは,いま「原発  止めますか,それとも地球  壊しますか」と問われているのではないか。だが,原発をいますぐに止めたところで,現存している原発廃炉問題は,今後において片づけるべき重荷として,そのまま残る。

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