「日韓慰安婦合意 2015年」のご破算,慰安婦問題じたいの実在を認めない安倍晋三の頑迷,村山談話1995年の趣旨に即して再考する必要性

慰安婦問題に関する「理解の差」,慰安婦という「歴史の問題」は「明らかになっていないことが多い」というのは本当か,「明らかになっていることが多い」というのが,より現実的な認識ではないのか。朝日新聞「国際社説」担当だという記者箱田哲也の「日韓世論に関する理解」に関連させた「慰安婦問題じたいに対する事実認識」など

 

 要点:1 慰安婦問題の国際政治論とこの問題に関した学術的な研究進展との差がみえていないらしい国際社説担当記者の論説

 要点:2 安倍晋三従軍慰安婦問題が大嫌い,しかも絶対にみたくもない国際政治関連の「歴史の事実」ゆえ,この存在じたいすら認めない立場にあり,過去にはNHKの従軍慰安婦問題特集番組に中川昭一といっしょに介入し,放送内容を変更させた濃厚な疑いがあった(多分,事実であった)

 
 「箱田哲也稿〈社説余滴〉日韓慰安婦合意の悲哀」朝日新聞』2019年12月28日朝刊7面「オピニオン」

 日本と韓国が交わしたなんとも不憫(ふびん)な約束である。ちょうど4年前の昨日,両政府が発表した慰安婦問題の合意のことだ。「合意は違憲」と反発する元慰安婦らの訴えは一昨日(12月26日),韓国の憲法裁判所で却下された。だがそんな判断を待つまでもなく,すでに日韓両政府によって骨抜きにされてしまっている。

 韓国の文 在寅政権には,前政権が元慰安婦らの声に耳を傾けずに発表を強行したとの誤解がある。実際には政府当局者が十数回,被害者側と会い,意見を交渉にも反映させたが,文政権は被害者らのケアにあたる財団を解散させた。

 韓国では,日本に出し抜かれたのでは,との疑心がいまも渦巻く。だが当時,合意案の承認を最後まで渋ったのは,韓国大統領府ではなく安倍首相の方だった。合意は過去に例を見ないほど明確に,日本政府の責任や謝罪,反省をうたう。

 それがよほど屈辱的だったのか。日本側は譲った部分を強調すまいと腐心した結果,心通わぬ契りと受けとられて漂流。首相がもっともこだわった日本大使館前の像の撤去も遠のいた。

 補注)慰安婦問題になると安倍晋三は,子供じみた反応をみせ,それも狂気に走ったかのような言動を披露しだす。神功皇后だとか任那国だとか秀吉朝鮮出兵だとか伊藤博文だかはしらぬが,長州人の末裔としてのアベの観念のなかには,隣国と対等に接するという精神構造は不在である。韓国・朝鮮,中国嫌いであるアベの本心は,東アジア諸国との国際政治を正常心で担当することをできなくさせている。

 しかも,この日本の首相は任期の点は,歴代のなかで最長の期間を誇ってはいるものの,彼の政治的に記録してきた実績(成果?)はゼロであるどころか,負的な遺産をひたすら後世に向けて積み上げてきただけである。日本の国民たちにとってみても,過去,これほど迷惑千万で有害無益な総理大臣はいなかった。

 なにせ,この首相は自分に賛成したり味方しない国民たちに向かい「こんな人たち!」などと,いきなりいきり立って非難することしかできない,きわめて度量の小さい器の政治屋であった。国内の為政であれば例の「安倍1強〔凶・狂〕」の専制的独裁主義態勢でもって,強権の政治を押しとおすことができていたものの,隣国との外交関係になると,そうは問屋が卸してくれる仕事ではない。

 要は,子どもの総理大臣に慰安婦問題のごとき複雑な経緯を有する歴史問題は,外交次元における交渉ごととして “論理的にも理念的にも処理不能であった” と観られて当然である。

〔記事に戻る→〕 そもそもこの合意は公式の当局間協議ではなく,両首脳の意を受けた交渉団が人しれず韓国のある都市で接触を重ね,結実させた。ナショナリズムを刺激する敏感な問題だけに静かな環境が必要だったことにくわえ,両政府内に存在した交渉の妨げになりうる人物の介入を避けるためだ。

 米国の仲介でなく,日韓間で独自にまとめた点でも歴史的といえる。慰安婦の実態は明らかになっていないことが多い。せっかくの汗の結晶だけに本来なら真相究明などの起点とすべきだったが,事態は逆の方向に進んだ。

 補注)ここで箱田哲也が「慰安婦の実態は明らかになっていないことが多い」というのは,不可解な見解である。本ブログ筆者が勉強してきた範囲内だけで評価するしかないが,そうではなく逆であって,「慰安婦の実態は明らかになっていることも多くある」というのが,よりまともな理解である。

 箱田のこの表現になると「明らかになっていないことが多い」のだから……,という理屈がつぎの場面に待ちかまえていることになる。だが,その反対に「明らかになっていことも多くある」のだと教えられたとなれば,この慰安婦問題に対する第3者が受けとる印象そのものについては,だいぶ異なった心証が抱かれるはずである。

 ともかく,「慰安婦問題」について「明らかになっていること」と「明らかになっていないこと」との中身を,箱田が実際に挙証しながらの論説ではないので,ここではそう簡単には議論しにくいけれども,この論説はどちらかというと,日本側の問題にも適切に触れてはいるものの,韓国側に主な問題があるかのように解説を試みてもいた。つぎにつづく語り方がそうなっていた。

 とりわけ韓国では陳腐な勝ち負け論や国内の「世論」にもまれ,にわかに色あせていった。不幸な過去を背景にした二つの国が和解することの重みと難しさを,慰安婦合意は示している。

 4年という歳月は,両国が少しは冷静に思考できる時間となっただろうか。目下,政府間の最大懸案である徴用工問題は,ついに越年することになった。その解決策をさぐる上でも慰安婦合意が残した教訓は多いと思う。(はこだてつや 国際社説担当)(引用終わり)

 最後のこの2段落で引用した箱田の指摘については,「とりわけ日本では陳腐な嫌韓論や慰安婦問題に対する盲目的な否定論が横行するあまり,この問題はにわかに色あせていった」ゆえ,「不幸な過去を背景にした二つの国が和解することの重みと難しさを,慰安婦合意は示している」などといったふうに,同工異曲の,いいかえ的な運命論にも類する発言までしていた。

 補注)なお,箱田哲也の前段における論説(「社説余滴」)に関しては,『朝日新聞』2019年12月25日朝刊「〈社説〉日本と韓国の対立 『最悪』を抜け出すために」が,前提に置かれている点を指摘しておきたい。

 「 “あんな人” がこの国の首相に就いている」せいか,まさにこの政治屋安倍晋三の手にかかると,なんとかまとまりそうな話さえご破算にされてしまうし,また,円満に解決しそうな問題であっても,突如ぶち壊しにされてきた。この事実はなにも国際問題としての日韓間の慰安婦問題だけでなく,国内問題(内政)における安倍晋三の下手な采配ぶりにもめだつ短所(不治である政治の病)であった。

 第2次安倍政権(2012年12月26日発足)以降,この日本国の経済・政治・社会の動向は誰の目にも顕著に “凋落の傾向” がはっきり映っている。ところが,この首相は単なる対米服属政権である『自民党コバンザメ 政党:公明党の野合政体』という木馬にまたがり,好き勝手な為政をおこないつづけてきたあげく,その弊害たるやいまではまさしく国家的な規模・次元において,国民たちの日常生活全般を直撃している。

 ところで話題をもどすと,慰安婦問題の合意に関しては『天木直人のブログ』がつぎのように語っていた。朝日新聞社「国際社説担当記者:箱田哲也」の指摘・見解と比較考量してみるのがいい。なお,天木直人がほうがさきにとりあげていたのが,この「本日とりあげている話題」であった点についても,とくに断わりを入れておく。

 

 「思わずうなった韓国憲法裁判所の絶妙な慰安婦訴訟判決」天木直人のブログ』2019-12-28,http://kenpo9.com/archives/6426


 12月27日に下される韓国憲法裁判所の慰安婦合意に関する判決から目が離せない。私はなんどもそのことを強調して来た。実際のところ,はたして韓国憲法裁判所はどんな判決を下すのか,私は興味深々だった。なにしろ,違憲判決を下せば,日韓関係は決定的に悪くなる。

 だからといって,文 在寅大統領と一体の韓国の裁判所が,朴 槿恵大統領が米国に圧力で飲ませられた2015年末の慰安婦合意に,合憲の判決を下すはずがない。どんな判決が下されるのか,予想できなかったからだ。そして昨日の午後,テレビでその判決の第一報をしって,思わずうなってしまった。

 真っ先に飛びこんできたのは,却下,つまり門前払いという言葉だった。その瞬間,やはり判断を避けたのかと思った。ところが,その後に続くニュースを聞いて思わずうなってしまった。この門前払いは,在日米軍憲法9条違反かどうかの判断を避けた,いわゆる砂川裁判に見せた田中耕太郎裁判官の「統治行為論」とはまったく違う。つまり,「高度の政治的判断を要する訴訟は司法の判断になじまない」といって逃げたあれだ。

 補注)本ブログ内ではすでに,「最高裁長官田中耕太郎の非行『解釈支持論』」2019-11-21,https://socialsciencereview.hatenablog.com/entry/2019/11/21/152650 という記述をもって,「1950年から10年間,最高裁長官を務めた田中耕太郎の無法ぶり」に関する一事例を紹介してみた。天木直人は前後する記述を,この田中耕太郎の「対米従属そのもの」であった采配とは,対照的にとりあげられるべき話題として語っている。

天木直人に戻る→〕 今度の韓国の憲法裁判所の判決は,そもそも2015年末の慰安婦問題に関する日韓合意は,紙に書かれたものではなく,合意ですらない。だから元慰安婦らの人権侵害はない,訴えるに値しない,そういって門前払いしたのだ。

 これ以上ない,慰安婦合意の全面否定である。その憲法裁判所の判決を見届けるやいなや,文 在寅政権は,まるで示しあわせたように,「裁判所(司法)の判決を尊重する」と声明を出した。

 そして,「慰安婦被害者の名誉,尊厳回復のためできるかぎりの努力を続けていく」と付けくわえることを忘れなかった。見事なシナリオだ。はたして,明日〔12月29日(今日〔28日〕)の各紙はどう報道するのか。

 そう思って今朝〔28日の〕一番にそれに関する記事を読みくらべてみた。私のように,見事な韓国の連携プレーだ,などと書く新聞はどこもない。しかし,すべての新聞が認めている。これで,日韓関係はさらにむずかしくなったと。笑ってしまったのが政府・外務省の反応だ。まるで壊れた蓄音機のように繰り返している。引きつづき韓国側に日韓合意の着実な実施をしっかり求めたいと。

 補注)要は,日本側におけるこれらの意見は,安倍晋三「忖度的な見解」に終始している。朝日新聞社「国際社説担当記者:箱田哲也」が本日〔12月29日〕の「社説余滴」で述べた見解は,日韓政府間の困難な政治的な課題である慰安婦問題について,その解説じたいとしては傾聴に値する議論をくわえていながら,それでいて「明らかになっていないことが多い」と断わるなど,もっともらしい留保を付すことによって,故意であったのかと感じさせるほどにも,全体の論旨の調子を落としている。

 しかも,慰安婦問題に関する別途の領域において数多く公表されている「学問的な業績」や「国際政治社会面における動向」についても,あえて放置(無視)させたいかのようにも聞こえる論調が伏在していた。ということで,箱田哲也は国際社説の担当記者として慰安婦問題を語ってはいるものの,この問題を出発点からとらえなおそうとする意識は希薄に感じられる。もっぱら時事論的にのみ語っている。

〔天木に戻る→〕 すでに慰安婦基金が解散しているというのに,着実な実施など,どうして韓国に求めることができるというのか。それよりもなによりも,一片の紙切れもない口頭了解は政府間の合意ではない,と憲法裁判所に断じられた合意を,それを合意した政権がなくなっているのに,新たな政権にどう実施を求めていけるというのか。2015年末の慰安婦問題に関する日韓合意は,今度の判決で,実に巧みに,事実上否定されてしまったということだ。私がうなった理由はそこにある。(引用終わり)

 2015年末の慰安婦問題に関する日韓合意についてはウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/慰安婦問題日韓合意」がくわしい概説をおこなっている。問題の焦点は,半世紀前の1965年に日韓のあいだで交わされた「日韓基本条約」では完全に無視されていたこの慰安婦問題が,その後においてどのようにあらためて意識され問題として浮上してきたかにあった。

 

  時代の流れのなかで生まれてきた変化を認められない日本政府の立場,とくに安倍晋三嫌韓意識の幼児水準に係留されたつたなさ

 1995年8月15日,当時の首相村山富市は「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題された談話を発表した。これは,日本が第2次大戦中にアジア諸国で侵略や植民地支配をおこなったことを認め,公式に謝罪したものであった。

 その見解は,日本の公式見解として歴代内閣に引き継がれている。従軍慰安婦問題がその後において日韓基本条約では完全に放置されてきた歴史問題として,いまさらのように注目されだすのは,おおよそこの1995年あたり以降であった。

 とくに,朝日新聞社記者植村 隆による従軍慰安婦問題に対する取材・記事が,1990年代に入って公表・報道されだしていた事実がみのがせない。ウィキペディアの「植村 隆」に関する記述(https://ja.wikipedia.org/wiki/植村隆)は,植村の立場に対してなんでもかんでも平等に賛否両論併記のかたちを採って構成されている内容であるだけに,かえってこの問題の本質を把握するには適切とはいえない。

 植村 隆の従軍慰安婦問題は,当時まですでに蓄積されていた「日本側におけるこの問題に対する実証的な研究」を裏づける取材・記事の展開となっていた。したがって,21世紀にはいってから日本の極右・反動・国粋の人びとの立場からすると,蛇蝎以上に嫌らったうえで完全に排除しておくべき対象の人物として,植村は認識されてきた。

 補注)『朝日新聞』2013年12月23日夕刊には,「『日本軍慰安所マップ』10年ぶり改訂  23ヵ国・地域のデータ経済」という記事が出ていた。この記事は,慰安婦問題に関する基本的な情報の所在を教えている。日本軍の慰安婦問題を頭から絶対的否定したい人たちは,こうした地図(マップ)じたいを否認するほかない立場にあるゆえ,対話・議論の余地など当初から成立しえないでいる。 

 植村 隆に対する極右人士たちの非難攻撃は異常な様相を呈していて,植村に対するバッシング現象は異様な次元にまで膨張・拡延させられていた。現在進行中のかたちであるが,植村が彼らを相手に提訴した裁判がある。

 ともかくなかでも安倍晋三が,従軍慰安婦問題を否定したいその御大将であった。この人物がこの国において現在まで長く首相の地位にいる。問題が初めから本格的な解決にうまく進みえなかったことは,分かりきった事情でもあった。

 今回における「日韓慰安婦合意」をめぐる日韓間の駆け引き・推移の結果は,いうなれば,1995年の村山談話の段階にまで再度引き戻されたといえなくもない。1965年日韓基本条約が締結された以降,日本は遡及的に従軍慰安婦問題はあつかうことなど不可能であり,すでに片づいた問題であるとしきりに強弁してきた。

 だが,問題の本質をめぐる事後の国際政治環境は大きく様変わりしてきた。通常の犯罪のようにとりあつかえる問題ではないのが,従軍慰安婦と呼ばれてきた戦争犯罪の問題であった。その後においては,こういう事情が生まれていた事実を軽視するわけにはいかない。

 国連は第2次世界大戦を反省し,1948年国連総会にて「世界人権宣言」を採択し,これをもとに現在までに23もの人権関係条約を作成してきた。主なものとしては

  「人種差別撤廃条約」(1965年)

  「国際人権規約」(1966年)

  「女性差別撤廃条約」(1979年)

  「子どもの権利条約」(1989年)

などがある。

 これらの条約ができた年次に照らし合わせれば,くわえて,日韓基本条約アメリカの圧力によって締結されていた背景も併せて考えれば,従軍慰安婦問題などはそっちのけにして意識されることなどないまま,この1965年の日韓基本条約が生まれていた事情を再考しておくべき余地があった。問題はあくまで国際政治の話題である。犯罪には時効があるとかといったたぐいとは,まったく別次元の「歴史の問題」である。ドイツの事例をもち出して云々するまでもあるまい。

 安倍晋三が日本の首相をやっているかぎり,この従軍慰安婦問題が日韓間において円満に妥協,解決する期待は,まったくできない。安倍晋三が第1次と第2次の内閣で8年間もの長期間,総理大臣を務めてきたけれども,この政治屋の為政は,日本国・民のためになることなど,いっさい貢献できていなかった。この指摘は隣国との外交関係のあり方についても妥当する。

 結局,安倍の為政が実現できていたのは,たったひとつ「私物化政治」だけであった。それ以外としてめだつ業績があるのかと問われたら,この国家を未来に向けて崩壊させる方途を明確に定めた点だけだと,答えられる。

 彼のやることのなにごとに関してでも確言できるのは,「 “推してしるべし” となった」「この国の全般的な結果=窮状」である。それゆえ,なによりもかによりも,なるべくより早い時期に「日本国首相」の選手交代が望まれる。それだけのことだ,という結論になっている。

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