日本の元号制を考察する(1)

   『元号論:その1』「いつも使うのは元号?  西暦?」

                  (2015年8月24日)

 

 【要  点】  「元号と西暦の関係-なぜ元号にこだわるのか?-」『朝日新聞』2015年8月22日朝刊b版・10面「解説記事」をめぐる小考


  天皇天皇制との関係に触れない元号問題の記事

 元号と西暦の使い分け。ふだんはさして気にしないのだけれど,書類や手紙に書くさいに悩むことがあります。節目の年を勘定するときには,西暦が圧倒的に便利。でも,役所の書類は元号表記を求められることが多いのが現状です。いっそのこと,どちらかに統一すれば合理的だと思ったのですが,賛同者は少数にとどまりました。

 補注)ところで,なぜ役所は「元号表記」を求めるのか? ネット上から関連する知識を借りながら,以下のように説明しておく。

 1)「元号法(昭和54年6月12日法律第43号)

  1 元号は,政令で定める。

  2 元号は,皇位の継承があつた場合に限り改める。

   附 則
    1 この法律は,公布の日から施行する。

    2 昭和の元号は,本則第1項の規定に基づき定められたものとする。

 2)「元号を改める政令(昭和64年政令第1号)

  元号を平成に改める。

   附 則
    この政令は,公布の日の翌日から施行する。

 3) 経 緯

 大日本帝国憲法(1889:明治22年)のもとでは,元号に関する規定は旧皇室典範第12条に明記されていた。だが,日本国憲法下(1947:昭和22年)になると,1947年に現皇室典範が制定されるに伴って条文が消失し,法的明文がなくなった。

 しかし,その後も国会・政府・裁判所の公的文書,民間の新聞等で慣例的に元号による年号表記が用いられた(民主化日本の不徹底?)。昭和天皇の高齢化と日本人の87. 5%が元号を使用している事情に鑑み,1979〔昭和54〕年6月6日に国会で元号法が成立,同月12日に公布・即日施行された(古代的な旧習の現代的な復活?)。

 「昭和」の元号はこの法律第1項の規定にもとづき定められたものとされ(附則第2項),「平成」の元号元号をあらためる政令(昭和64年政令第1号。1989〔昭和64〕年1月7日公布・翌日施行)により定められた。なお,1989年1月8日から平成年間となっている。

 4)元号使用の現状 

 日本において,元号法により元号の使用を規定する法的根拠があるが,私文書で使用しなくても『罰条などはない』。一方で,西暦には,元号法のような法律によるなにかしらの『規定は存在しない』。

   a) なお,元号法制定にかかる国会審議で「元号法は,その使用を国民に義務付けるものではない」との政府答弁があり,法制定後,多くの役所で国民に元号の使用を強制しないよう注意を喚起する通達が出されている。

   b) また,元号法は「元号政令で定める事」「元号皇位の継承があった場合にのみあらためる事(一世一元の制)」を定めているに過ぎず,公文書などにおいて元号の使用を規定するものではない。

   c) しかしながら,公文書の書式においては生年などを記載するさい,西暦を選択しまたは記載するための『スペースはほとんど設けられていない』。

   d) そのため,日本共産党などは,事実上西暦が否定されており「元号を使わなければ受理しないなど,元号の使用が強制されているのは不当」であると主張している。

 同様に,キリスト教原理主義者団体などは「元号の使用を強制し西暦の使用を禁止するのは,天皇を支持するか否かを調べる現代の踏み絵である」と主張している。

 21世紀に入った今日,インターネットの普及などもあり,日常において「元号より西暦が主に使用されるケース」は,格段に増えてきている。元号では「今年が何年なのかわからない」,「過去の出来事の把握が難しい」という人も若者を中心に増えてきている。

 しかし,元号は前述のとおり公文書で使用されており,公的機関に提出する書類や申請書でも元号が使用されることが多い。そのため前述のような元号による時代把握が困難な者でも,自分の生まれた年は西暦よりも元号の方で覚えていることが少なくない。また,あらたまった年賀状や手紙など,状況に応じて使用されている。

 5) 報道機関

 日付欄の表記を「元号(西暦)」から「西暦(元号)」にあらためた報道機関とその時期は,以下のとおりである。

   ☆-1 朝日新聞が1976〔昭和51〕年1月1日。
   ☆-2 毎日新聞が1978〔昭和53〕年1月1日。
   ☆-3 読売新聞が1988〔昭和63〕年1月1日。
   ☆-4 日本経済新聞が1988〔昭和63〕9月23日。
   ☆-5 中日新聞東京新聞が1988〔昭和63〕年12月1日。

 参考)昭和天皇裕仁」の老齢化に伴う病状悪化が始まったのは,1988〔昭和63〕年の9月であった。それでも,昭和時代の末期には,未来の予測(会計年度など)を「(昭和)70年度末」といった〔ありえなかった年度の〕表記をしていた。

 1989〔平成1〕年への平成改元以降,その他の各報道機関も本文中は原則西暦記載,日付欄は「2012年(平成24年)」の様に「西暦(元号)」という順番の記載をおこなうところが多くなった。

 産経新聞や一部の地方紙(河北新報静岡新聞熊本日日新聞など)やNHKのニュースのように,本文中は原則元号記載,日付欄は「平成22年(2010年)」のように「元号(西暦)」という順番の記載をおこなっている報道機関もある。

 ただし,産経新聞の記事を配信するウェブサイト「MSN産経ニュース」では,トップページの今日の日付は「2010(平成22)年04月04日」,個々の記事タイトルの下にある配信日時は「2010.4.4 02:04」,記事の本文中では「平成22年」のように不統一が見受けられる。

 しんぶん赤旗は日付欄に元号と西暦を併記していた時期があったが,現在では西暦のみを表記している(なお,以前・従来の日本共産党天皇制反対であるが,現在・当面は否定していない姿勢であるから,奇妙な逆さま的な符合か?)。

 ところで,つぎのような『週刊現代』の広告が,本日〔2015年8月24日〕『朝日新聞』朝刊の13面に出ていた。これは,その右側部分を切り出してみたものである。

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 ここで赤丸でかこんだ「ことば:国母」とは,筆者のしるかぎりでは初めて接したものである。「皇后:美智子」をこのように祭り上げる表現・形容をする今日的な意味は,奈辺にあるのか?

 

  元号使用の不都合-便利なのは西暦だが… -

 1) 元号使用の状況

 ここからは,参照する記事本文に戻っての記述となる。つぎの画像資料は参照している記事に出ていたものである。

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 --「覚えが悪いせいとは思うが,今年は平成25年と勘違いしたり,西暦2017年と思いこんだりして自己嫌悪に陥る」。そう書いたのは静岡県の56歳女性。「友人に話したら同じ間違いをしている人が結構な人数いた」とも。

 西暦と元号をめぐる戸惑いはほかにも多くの人が経験している。「15年と書かれ,昭和15年と2015年を間違えた。困る!」(北海道,48歳男性),「年の所に2マス空いてたので,元号を書いたら西暦といわれた。頭の20が省略されていた。そりゃ間違うだろうと思った」(東京,70歳女性)。

 補注)このたぐいの疑念は,本ブログ筆者もふだんから実際に接しているし,他所の記述中でも話題にしたことがある。だが,このたぐいの不便・不都合を「年号:元号」を使用すること〔法律はあるけれども罰則がないにもかかわらず,一部では不文律が控えているかのように,あるいは罰則が実在するかのようにごまかして元号を書かせている〕が,一方的・勝手にまかり通っているのが “日本社会の特徴” である。

 ここで関連させて以下のような話題も付加しておく。

 

 イ)「国旗及び国歌に関する法律(平成11〔1999〕年8月13日法律第127号)がある。この法律にも罰則がないにもかかわらず,国旗を掲揚せず日章旗を揚げたくない〕・国歌を歌わない君が代を歌いたくない〕国民・市民・住民を,実際には罰している。

 

 しかも,この法律ができて施行されるさい,当時の首相が「罰することはありません」と明確に約束していた。ところが,それがまったくウソとなるその後の展開になっていた。つまり当初より,意図的だった判断されるほかない「悪意と虚偽を刷りこんだ」この法律を成立させてからは,そのように罰則条項があるかのように,いままで運用させてきている。

 

 ちなみに,敗戦後において日本の民主化を指導してくれたアメリカにほうでは,「国旗や国歌を強制する」のは「個人の思想・信条の自由」の問題として「憲法違反である」との最高裁判決が出ている。ところが,日本においては基本的にその自由など,まったくない国家体制になっている。

 

 かつての「日の丸」の旗は「血のマル」の印であった。この極悪の印象をなんら払拭する努力もなしに,そのまま敗戦後も使い続けているところに,日本に特有である国旗〔そして国歌「君が代」〕にまつわって,いまだに釈然とさせられていない問題が残されている。

 

 元号の問題はそこまでひどくはないけれども,基本面にあっては〈同じくタチの悪い国家精神〉が隠然と影響し,連動させられている。このことが観取されて当然である。

 

 ロ) 2004〔平成16〕年秋の園遊会の一場面に,つぎのような光景があった。東京都教育委員を務めていた米長邦雄氏が天皇明仁に向かい,「日本中の学校にですね、国旗をあげて国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます」といったところ,天皇は言下にこう返答した。「やはり強制になるということではない方が望ましいですね」。

 

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  出所)http://blog.goo.ne.jp/uo4/e/6f2752e16513a07163d190140913912b

 

 その天皇明仁の返答は,日本国憲法の基本精神から出るものではなく,この精神に即した範囲内での「反論→批判」であった。しかし最近でも,安倍晋三政権下の話題であるが,下村博文文科相が国立大学の学長に対して「国歌斉唱と国旗掲揚」を,事実上要請し物議を醸している。
 註記)http://tanakaryusaku.jp/2015/06/00011426 参照。

〔記事に戻る→〕 アンケート結果をみると,日常的に使う年号は,元号派が32%,西暦派が68%。7割近くを占める西暦派が挙げた理由は「便利」がもっとも多かった。年数計算の起点がひとつなので,過去の出来事と現在との時間距離が簡単に分かる。

 創立 ?! 周年,祖父母の年齢,金婚式……。西暦表記を使っていればたちどころに計算できる。元号を使っていて不便だと感じる人は49%。たしかに年の隔たりは計算しづらい。具体的には「大正生まれの親の年齢が一瞬分からなくなった」「昭和より前になると何年前か分からない」などといった声が寄せられた。

 平成に改元したさいの政府発表によると,平成は247番目の元号。初の元号は西暦645年から使われた「大化」なので,平均すると6年弱で改元されてきた計算となる。幕末あたりまでならまだしも,それ以前となると覚えるのも簡単ではない。

 補注) “そもそも論” でいえば,一世一元だけの制度が正式に決められたのは,つまり「天皇1代の元号をひとつだけにする」ことは,明治1:1868年9月8日の詔(みことのり)で定められていた。

 それまでは,天皇の即位,祥瑞(しょうずい),災害,甲子(かっし)・辛酉(しんゆう)の年など1代に数回改元されることもあった。

 つまり,明治維新を契機に元号に以前まではなかった,その「一世一元の制度」が創造されたことになる。換言するならば,この一世一元の制度」は『明治時代からの《新しい伝統》』である

〔記事に戻る→〕 元号の場合,年の途中で切り替わる不便さを挙げる声もあった。たとえば1989年は1月7日までが昭和64年,1月8日からは平成元年。1989年生まれを元号で表わすと,昭和64年生まれと平成元年生まれがいることになる。

 つぎの画像資料は,当時,小渕恵三首相がかかげた「平成の文字」と昭和64〔1989〕年製「10円銅貨」。1989年のうち昭和64年は1週間しかなかった。
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 補注)本ブログ筆者の記憶では,昭和から平成に元号が移ったあたりを境に,出版社のなかには出版年の元号表記を止めてしまい,西暦に変えるところが多く出てきた。その理由は説明しなくともすでにたやすく理解できるはずである。

 それでも元号を使う人が一番の理由に挙げるのは,「行政文書を始め,書類の多くが元号だから」。ただし,なぜ行政文書が元号なのかについては,元号法との絡みで理解している人もいる。

 たとえば,京都府に住む72歳の女性は,「元号を使うという法律はすでにある。そのために公的な文書が元号になってしまった」。実はこれは誤解で,公的文書の元号表記と法律とは,直接の関係がなかった。

 

 2) 国家側の隠微な方法:意図して半強制的に元号を使用させる,ヤマト的(?)なイデオロギーの「顕在」の露骨さ

 元号法という法律はあるのだが,そこで定められたのは元号を決めるということ。その使用に関しては触れられていない。

 元号法を所管する内閣府の大臣官房総務課は「元号の使用を強制することはないし,元号使用に関する政府のガイドライン的なものもありません」。ただし「県や市町村の中には定めている場合があるかもしれませんね」。

 とはいえ,実態として国関係の文書は元号表記がほとんどでは? 「うーん。以前からの慣習というか,一千何百年続いているものなので……。多くのところはそういう感じではないかと思います」。

 補注)この説明には「明治からの新規の伝統である」元号制の歴史的な淵源に関する〈あいまいなゴマカシ〉が仕組まれている。正確にいわねばならない。

 すなわち,一千何百年続いている元号制の部分と,これに対して,明治以来から敗戦後の昭和期にまでに「新しく創られ,付加され,上書きされた」元号『制』の「歴史的な由来」とは,より的確にいうと別物であった「史実」を理解しておく必要がある。

 元号に関して「明治からの新しい歴史」をもって「古代からの旧い歴史まで」を粉飾し,抹消(抹殺?)するようでは,「〈元号の歴史〉に対する抹殺」をおこなうと同時に,「元号の新しい観念の捏造」もおこなうことも意味する。

〔記事に戻る→〕 とはいえ,慣習として元号を使い続けるお役所とは対照的に,アンケート結果からは西暦志向がみえてくる。「一本化するなら西暦に」は85%。ただし,一本化じたいに賛成する人は3割にとどまる。

 西暦が便利だが,元号元号で大事,守っていきたいということらしい。「年をとるにつれ,2つを使い分けることは日本独自の素晴らしい文化だと感じるようになった」(福岡,45歳男性),「元号からはそれぞれの時代の特色を感じられる」(兵庫,61歳女性)。多少の戸惑いはありつつも,両者をうまく使い分けていくしかないようだ。

 

 3) 元号はそれほどにすばらしい日本の歴史・文化史的な伝統なのか

 元号制については「日本独自の素晴らしい文化だ」と解釈されている。しかし,このあいまいでもある主観的な理解をもって,しかも世界のなかでは,それも先進国にあってはただ1国,日本だけがひどくこだわっているのが,この元号の問題でもある。

 「天皇天皇制」という王制(東洋王朝としての皇統連綿性〔?〕・一君万民思想)との深い封建遺制意識を保持しつつ,この元号というものが維持されている。したがって,この事実にかかわってはとくに,その歴史的背景・事情を,まずさきに確実に理解しておく余地がある。

 昭和の時代は長かった。たとえば昭和1桁台に生まれた人であれば,いわば「同時代として生きてきた人びと」にとってしたら,「平均寿命に近いほどの長期間」をこの「元号の昭和」とともに過ごしてきた。それゆえ,その人生の過程にあっては年次の観念としては,この元号だけでも,とくに不便や不都合を感じることはなかったと思われる。

 しかし,時代が進み昭和から平成へと元号が変わってからは,本日の記述の材料にとりあげてみた記事のように,時間の経過に併行する時代(時期)の把握では,元号と西暦との円滑な対応がうまくいかず,少なからず困った場面が出現してきた。

 ちなみに,『西暦・元号変換ツール』(http://www.peko-step.com/tool/gengou.html)といった「年号換算のためのツール」もあるということである。

 ただし,以上の話題は日本国内限定版での内容であって,一歩外国へ出たら通用しない。

 元号が日本にはあるから「日本はすばらしい伝統のある国」なのだという,いかにも「歴史的な観点」からの根拠・理由があるかのように,ごく単純に思いこんでいる。けれども,そのようになんとなく思いこんでいる人が,はたして,以上に説明したごとき「元号にかかわる歴史的な事情・背景」を,多少なりにでも本当にしっているかといえば,実際にはほとんどの人がしらない。

 ところが,そのようにしかしらないでいながら,いつか・どこか・どのようにしてなのか分からぬが,それでもなんとなく,「元号はすばらしいもの」だという既定・固定の思考方式に,きわめて単純に「束縛・洗脳」されてきた。

 以上の議論についてのさらなる歴史的でそして論理的な,つまり〈理論的な追究・本格的な吟味〉は,本稿の続編をしたてて展開していきたい。

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