安倍晋三と麻生太郎の迷ゾンビ的好コンビによる日本破壊過程はさらに昂進中,日本は「推定有罪」の刑法思想(?)の国

末期的症状すらとうの昔に通り過ぎてきた第2次政権以降の安倍内閣の体たらくとデタラメさ加減だけは「超・絶好調」であるが,この政権の問題性をまともに報道しない大手紙・主要放送局などの言論機関の重度忖度姿勢は,すでに「日本の政治」がアベ的に溶融したる深刻な現状に拍車をかけてきた

 

  要点:1 世襲3代目の大▲カ政治屋たちが「失言を失言とも思わずに」,それも自分の無知蒙昧ぶりを進んでコクりまくってきている「国恥・国辱の副首相兼財務相麻生太郎」などの「日本の膿」性

  要点:2 法務大臣森 雅子が「カルロス・ゴーン前日産会長」に対して「推定無罪」を完全に否定する見解(「被告人は無罪を証明すべし」)を吐いていたが,これをなるべく控えめに報道した『日本経済新聞』2020年1月15日朝刊「社会」の記事について


 「麻生氏,以前にも『一つの民族』 失言とおわび繰り返す」朝日新聞』2020年1月15日朝刊34面「社会」,asahi.com 22時22分,https://digital.asahi.com/articles/ASN1G777TN1GULFA012.html?iref=comtop_8_01

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 麻生太郎副総理兼財務相が〔1月〕14日,日本について「長きにわたって一つの民族が続いている」と述べた前日の発言の訂正に追いこまれた。麻生氏は総務相だった2005年にも同じ趣旨の発言をして抗議を受けており,繰り返される失言に,野党からは「論外だ」との批判が上がる。

 麻生氏は13日に地元の福岡県直方市で開いた国政報告会で「2千年の長きにわたって一つの場所で,一つの言葉で,一つの民族,一つの天皇という王朝が続いている国はここしかない。よい国だ」と述べた。

 政府は昨〔2019〕年,アイヌ民族を「先住民族」と明記し,誇りを尊重する社会をめざすとしたアイヌ施策推進法を施行した。14日の閣議後会見で,発言の真意を問われた麻生氏は「誤解が生じているのならおわびのうえ訂正する」と述べ,「比較的まとまったかたちで2千年近くの間継続してきたということを述べただけ」と釈明した。「政府の方針を否定するつもりはまったくない」とも話した。

 麻生氏は2005年にも「一文化,一文明,一民族,一言語の国は日本のほかにはない」と発言し,北海道ウタリ協会(当時)から抗議を受けている。

 菅 義偉官房長官は〔1月〕14日の会見で「麻生大臣は記者会見で,政府の方針を否定するつもりはまったくなく,誤解が生じるのであれば訂正するといっており,麻生大臣の発言のとおり」と話した。

 補注)官房長官の菅 義偉までがこのように「誤解が生じるのであれば訂正するといって」いるが,そもそも初めから誤解を生じさせるほかない発言を,とくにみずから気づくこともなく,そして性懲りもなく,なんどでも反復的・常習的に放つ御仁(つまり「世襲3代目の大▲バカ政治屋」)などに関して,このようにいいわけさせる余地など,初めからどこにもない。この点はなんどでも「再」確認しておく必要があった。

 個人的な意見ではなく,副首相と大臣を務める立場にある人間が,すでに政府要人であれば,なおさらのこと,けっして口に出していってはいけない「単一純粋民族・万歳論」を,それこそ馬鹿のひとつ覚えの要領で,たびたび麻生らしく失言してきた。

 しかも当人はその発言の間違い・不当性・非現実性に自覚症状がないというか,自覚するつもりさえ,もともともちあわせていなかった,いうなれば「天性とみなしていいような・無知にもとづくとみられるほかない,それはもうとても高慢ちきな感性」を,恥じることもなく披瀝しつづけてきた。

〔記事に戻る→〕 麻生氏はこれまでも失言や放言を繰り返し,謝罪や撤回をしてきた。少子高齢化社会保障費が増えていることについて,2014年12月に「(高齢化よりも)子どもを産まない方が問題だ」と述べて批判を受け釈明したものの,2019年2月にも同様の発言をして撤回した。2018年5月には,前財務事務次官のセクハラ問題について「セクハラ罪っていう罪はない」と発言し,セクハラ問題を軽視しているとの批判を浴びた。

 立憲民主党福山哲郎幹事長は〔1月〕14日の会見で「麻生大臣の問題発言は,度重なる発言でいろんな場面がある。コメントするのもあきれるぐらい論外。すぐにおわびをして訂正するような発言を何回もするのはいかがなものか」と批判した。

 補注)いわゆる「安倍1強〔凶・狂〕多弱」の政治体制が,このようなミゾウユウなボンクラ世襲議員の粗悪そのものである野放図の放言・妄言,いいかえれば,見識とか常識とか・知識とか情報とかは “まったくもちあわせていないのか” とまで思わせるに十分過ぎる発言(狂信の駄弁)が,くどいくらい何回でも繰り返されている。

 麻生太郎自身は,もともと国会議員としては不適マークを張られていてよい人物であった。それゆえ,議員として失格だったと烙印を押される以前に,人格・人間性の個所・次元でもなにやら,説明のつきにくい重大な損壊・欠落があるのではないかとまで,基本から疑われて当然の御仁であった。

〔記事に戻る  ↓  〕

   過去に問題になった麻生太郎財務相の主な発言

 ★-1 少子高齢化問題にからみ「子どもを産まなかったほうが問題」(2019年2月,国政報告会で)

  ⇒ それならば,日本国内閣総理大臣である安倍晋三夫婦が一番の問題になる。だが,この事実は素通りしての麻生太郎の今回における放言でもあった。ちなみに太郎には息子と娘が1人ずついる。晋三は太郎のこの迷論に苦情はいわなかったのか? まともな感覚の人間ならば,晋三は太郎に対して強烈に異議を伝えていなければ,たいそうおかしいはずである。

 ★-2「セクハラ罪っていう罪はないですよね。殺人とか強わい(強制わいせつ)とは違いますから」(2018年5月,前財務事務次官のセクハラ問題について会見で)

  ⇒ 麻生太郎は,たとえば「広河隆一によるセクハラ,パワハラ被害」の問題もしらなかったと推測しておく。この件は,『週刊文春』2019年1月3日・10日号が,広河隆一が15年間にわたり編集長や発行人をつとめた報道写真誌「DAYS JAPAN(デイズジャパン)」の元ボランティアなど7人の女性たちによる,性暴力(強制性交)・セクハラ被害の証言を記事にしていた。安倍晋三が自分の腰巾着ジャーナリストが伊藤詩織に対して犯した強姦(以前は「準」という字がついて表記されていたが,要は「強制性交」)事件も,麻生太郎はしらないというのか。

 前者,広河の問題では「性交の強要や裸の写真撮影,激しい叱責などがおこなわれていた」事実が認められている。したがって,「セクハラ≧強制性交」という基本事項についてすら,まともに理解ができていない麻生の頭脳のありようは,そもそも前提からして問題がありすぎた。そのせいもあってか,この太郎は自身の無知さ加減を,臆面もなく世間にバラまいた。聞いているだけで恥ずかしくなる彼の言動であったが,当人においては,昨今において理解されているはずの “世間のコモンセンス” が完全に欠けていた。

 ★-3 社会保障費の増加について「高齢者が悪いようなイメージをつくっている人がいっぱいいるが,子どもを産まない方が問題だ」(2014年12月,応援演説で)

  ⇒ この問題発言の内容はと聞けば,いわば★-1のほぼ5年後にまた,同義反復的に放たれていたことになる。これは軽度の健忘症でなければおそらく重度の認知症であるか,そうでもなければ,やはりもともと救いがたい痴呆症であったのかと疑われてもいいくらい,トコトン愚かな発言を繰り返している。「子どもを産まない方が問題だ」など断定した分には,日本の社会のなかには「問題な人間だらけ」になる可能性がある(そういう単純計算もできるという意味)。

 結婚しないといけない,問題だ,結婚(事実婚でも同じだが)しても,子どもを儲けないのは問題だ(タロウ君,不妊治療の問題をしらないわけではあるまい),高齢になってから結婚しても子どもはできないか,あるいはできにくいので問題だ,ましてやLGBT 註記)の人びとは,問答無用的に問題だ。太郎がこのたび吐いた文句は,それらのようにも敷衍できる。

 註記)LGBTとは,こう説明される。

     Lesbian:レズビアン(女性同性愛者),

     Gay:ゲイ(男性同性愛者),

     Bisexual:バイセクシュアル(両性愛者),

     Transgender:トランスジェンダー(別越境者)

  の頭文字をとった単語で,セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の総称のひとつである。

 それだけでない。すでに高齢になっている人たちが(安倍晋三夫婦も含めていえる話題となるが),これまで子どもを儲けていなかった夫婦に対しては,麻生太郎風になる批判の発言がさらにさかのぼって適用される「はずであって」,あなた方:老年夫婦も “問題だった” と非難されかねない。LGBTの人たちであっても,子どもがほしくて実際に子どもを養育している事例がいくらでもあるが,こちらの風景は太郎の視野には入っていないと観ておく。

 要はアソウ・タロウ流なりに「したり顔」を披露しながら,たいして教養もなさそうでありながらも,日本における人口統計問題としての「少子高齢社会」にかかわる「基本問題」に関する自分の意見を吐いたつもりでいる。しかし,その披露した見解そのものが,現状における日本の社会をめぐって関連する諸要因を踏まえたうえでの中身になっていない。

 このあいだまでは10組の夫婦(男女の同居者)で子どもがいないのは1組だったものが,最近では7組に1組が子どもが欲しくても懐妊できないでいる。こうした夫婦(とくに男女の同居者)に子どもがいない場合でも,麻生太郎のつたない考えだと問題になるということか?

 口から吹き出てくるひとつひとつの単語・文句のいちいちが,どだい人間として素養のなさを強く感じさせるだけでなく,政治家としても大事な配慮を欠かせたままの姿勢しか感じさせないのが,この「吉田 茂の外孫である血筋」を誇りたい「世襲3代目の大▲カ政治屋」の本性であった。

 そもそも,政治家が公的な立場からいうべきではない文句が,この麻生太郎という軽佻浮薄な世襲政治屋の舌先からは平然と,それもしたり顔で連発されるのだから,これを聞かされたほうとしてはたまらない。その痴的水準が深く憂慮される。そういえばこのタロウ君,以前,首相を務めたことがあったが……。

 ★-4 憲法改正をめぐり,ナチスを引き合いに「あの手口に学んだらどうかね」(2013年7月,シンポジウムで)

  ⇒ このごろの安倍政権は,なんでも閣議決定でもってやりたい放題に国政(内政も外交も)を牛耳っている。国会軽視は相当ひどい水準であって,アベは国会開催中であっても,自分が嫌な気分のときは海外に一時逃亡する癖まで付いている。つまり,安倍の為政はかぎりなくナチスの政治に近似している。

 つぎには『信濃毎日新聞』2019年12月30日の社説を紹介する。前半の3分の1だけを引用する。

  ◆ 安倍政権の7年 国会軽視を続けるのか

 

 第2次安倍晋三内閣が発足してから丸7年となった。野党や自民党内に対抗できる勢力が見当たらない「1強」の政治状況が続く。〔2019〕11月には第1次内閣を含めた通算在職日数は憲政史上で最長になった。

 

 弊害は大きい。「数の力」を背景に重要法案で採決を強行し,政権に都合の悪いことは,内閣と官僚組織が一体となって国会に隠すことが常態化した。今〔2019〕年は強引な手法がさらに顕著になった。

 

 〔2019年12月〕9日に閉幕した臨時国会では,与党は2閣僚辞任に伴う予算委員会の集中審議を開いたものの,その後は予算委の開催を拒否した。参院では野党が規則に基づいて開催を要求したのに,春の通常国会に続き事実上,無視した。

 

 説明するべき問題は数多い。「桜を見る会」の疑惑では,首相が自身の後援会関係者を大量に招待していた。預託商法が問題視されたジャパンライフ元会長も首相側が招いた可能性もある。(以下,後略)

 昨年12月末から騒がれてきた「カルロス・ゴーン前日産会長の海外逃亡劇」に関しては,裏舞台では安倍政権の中枢がかかわっていた疑いがある。フランス政府側も裏舞台ではなんらかの関与があったと推察されていい。

 品川駅から東海道新幹線関西空港までの経路,そしてレバノンに向けて脱出まで,彼1人ではとうていなしえない大脱走劇が計画的に実行・展開されていた。これには日本政府が目をつむっていたはずの「途中の経路」が継起的にあったと推理されて当然である。彼を直接支援した外国民間警備会社の人員は,その任務を直接に助力・遂行を担当とした役目を果たしているが,その意味では,いちいちその役割分担を大げさにみつめる必要のない者たちである。

 最近においては,どのような事件であっても徹底的に利用されている監視カメラの映像情報が,今回のゴーンの場合は,保釈中に自宅から出ていくときのそれしか報道関係には出ていない。いうべき人はこうもいっていた。あの個性の強い特徴の濃い顔つきをもつゴーンが,自宅から関空までたどり着き,関空内にある「ビジネスジェット専用施設『Premium Gate 玉響』」から密出国するまで,誰も彼の姿をみていなかったというのは,実に奇妙なことである。

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    出所)https://www.traicy.com/20180320-KIXbusinessjet

 とくに新幹線のなかで誰も彼を観ていなかったというのは,まことにあやしい。年末であっても新幹線の乗客が少ない,ダイヤのなかでも空いている列車を利用したというのか? ゴーンが逃亡した,ゴーンが脱走した,ゴーンが不法出国したなどと,日本の報道陣営がおおさわぎしていたのは,大晦日から元旦にかけてのことであった。

 日本側でゴーン関係のニュースが大々的にとりあげられ,大きな騒ぎになるころには,彼はレバノンに逃げおおせていた。だが,それにしても不審な諸点がいろいろとまつわっている脱出劇であった。もっとも,そういう脱出劇になるほどに工夫しなければ,ゴーンは日本からは逃げ出せなかったかもしれない。

 ところで『関西エアポート株式会社の新たな経営体制等について』という2016年4月1日付きの文書がある( http://www.kansai-airports.co.jp/news/news-releases/file/newmanagementset-upofkansaiairports.pdf )。これが,つぎの画像資料のような書面:文章をもって説明していた(この「文書」は2頁の構成であるが,紹介するのは1頁目だけである)。前段までの記述を補足するために掲出しておく。このなかに出ている外国(人名と法人名)事項に関連させていうと,国籍はフランスである。VINCI Airport S. A. S  も同じくフランスの会社である。

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 ★-5 終末期医療にふれて「さっさと死ねるようにしてもらうとか,考えないといけない」(2013年1月,社会保障国民会議で)

  ⇒ 要は,ピンピンコロリでもって「健康寿命を維持しながら」,換言すると「病気に苦しむことなく,元気にピンピンと長生きしても,最後は寝付かずにコロリとすぐに死ぬこと,または,そのように死ねたらいいね」という用語があった。略してPPKというらしいが,この生き方ができないで困るような老人:高齢者は「さっさと死ね」ばいいというのが,麻生太郎のホンネのいいぶんであった。

 なお対義語として,寝たきりで長く生きるという,ネンネンコロリ(NNK)があるとの由。

 麻生太郎自身は1940年9月20日で現在79歳であり,あいかわらず減らず口をたたいて生きていられる,いいご身分の「世襲3代目の大▲カ政治屋」であるが,平均的に生きていかねばならない庶民(下々の者ども)に向かっては,なるべく社会保障制度の負担にならないように,できるだけ上手に早めに死ね(!)といっている。

 麻生太郎自身がもしも急に具合が悪くなって要入院という事態を迎えたら,年齢的にみても早速「コロリ」と死ねるのがもっとも好ましい〈選択肢〉である。このように混ぜっかえしてみたくもなる。この人は自分がまだ健康体でいられるせいか,健康問題全般に関して好き勝手にモノをいいはなっている。しかし,この太郎とていつかそうならないという絶対の保証はない。

 ★-6 国内外の米価の差について「アルツハイマーの人でも分かる」(2007年7月,講演で)

  ⇒ ここまで麻生太郎の放言癖を聴かされるとなれば,この「世襲3代目の大▲カ政治屋」のために,日本の政治じたいがいまでは完全に “ネンネンコロリの状態” を余儀なくされているとしかいいようがない。しかも,このようなバカボン議員を国会に送りこんでいるのは,われわれの側の有権者たち,つまり「下々の人びと」であった。事実に関する評価としては「こちら側の責任」が「彼らという存在」以上に大きい。

 要は,こうなったらどうしようもなく,かつ仕方なくいわせてもらうほかないが,麻生太郎がピンピンコロリ(もしくはネンネンコロリ)でもって,より早期に政治の舞台から退場することを切望するほかないのかもしれない。この程度で放つ意見ならば,太郎流に表現するとしたら「アルツハイマーの人でも分かる」のかもネ。

 ともかく,安倍晋三流にいわせてもらうと「こんな人(麻生太郎)」が日本副首相兼財務相であり,さらにまずいことに「あんな人(安倍晋三)」自身が首相をまだやっている。これがなんと「いまの日本」の「首脳(!?)」である。ただただ絶望的であるほかない為政がいまもなお進行中である。


  森 雅子法務大臣の刑法観念は「推定有罪」なり

 刑事事件で被疑者にされた被告人は「自分で無罪を証明しなければならないなどと,弁護士資格をもつこの法務大臣がいったのだから,まともな先進国陣営からは嘲笑する声が飛んできた。

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 ところが,本日〔2020年1月15日〕日本経済新聞』朝刊「社会」面に小さめに2段組で報道された記事では,この森大臣が致命的に間違えてSNSに発信していたために,すでに世間のなかには広く拡散している事実に触れないわけにもいかず,控えめに報道する記事を用意して,つぎのように伝えていた。

   「無罪証明を」森法相が訂正 ゴーン元会長逃亡巡り ◆

 

 森 雅子法相は〔1月〕14日の閣議後の記者会見で,日産自動車元会長,カルロス・ゴーン被告の逃亡をめぐり〔1月〕9日に「(被告が)無罪を証明するべきだ」と発言したことについて,「無罪を主張するべきだ」と訂正した。そのうえで「無罪推定の原則は,適正,公正な刑事司法手続の根幹をなすきわめて重要な原則だと認識している」と強調した。

 さて,弁護士資格をもつ法務大臣がこうした信じがたい間違った発言をしていても,当人がそのまましばらく気づいていなかったというのだから,これは不思議さを超えていたと受けとるほかない「出来事(事象:事情)」であった。

 法学部の学生であれば刑法の講義においてまず最初に叩きこまれる基本概念がこの「推定無罪」である。ところが,この森大臣は突然「ゴーンが無罪を証明するべきだ」と発言していたゆえ,これを受けてSNS上では騒然となっていた。だが,大手新聞紙や主要放送局は,その事実をごく控えめに報道するにとどまっていた。

 『日本経済新聞』同上記事に戻り,続く段落を引用する。 

 発言に関しては,インターネット上で無罪推定の原則に反すると指摘があり森氏は9日の会見後にツイッターで訂正。ゴーン元会長のフランス人の弁護人からも批判が出ていた。

 より正確に伝えるとしたいのであれば,「ゴーン元会長のフランス人の弁護人から」は「森大臣が皮肉を放たれる始末にもなっていた」と書くべきところであった。こういう話題になっていた。

 日本から逃亡した日産自動車前会長,カルロス・ゴーン被告(65歳)=会社法違反罪などで起訴=について,森 雅子法相が「司法の場で無罪を証明すべきだ」と表明したことに対し,ゴーン前会長のフランスの代理人弁護士は〔1月〕10日,声明を発表した。

 

 「有罪の立証責任は検察官にあり,被告に無罪の立証責任はない」と指摘したうえで,「間違えたのは,容易に理解できる。あなたの(国の)司法制度はこうした原則を無視しているためだ」と皮肉った。

 註記)「森法相『ゴーン被告は無罪証明を』発言,弁護士が批判」(ニューヨーク=藤原学思),asahi.com 2020年1月10日 21時01分,https://digital.asahi.com/articles/ASN1B6597N1BUHBI03D.html

〔ここで再度,日経の記事に戻る(引用終わり)→〕 森氏は「刑事司法制度について,国内外で正確に理解してもらうため,英語以外の外国語を用いた情報発信を含め,さらに検討を進めたい」とも語った。

 以上に引用・紹介した『日本経済新聞』の記事は,この森 雅子法務相のつたない,初歩的というよりもそれ以前の “間違い発言” を,できるだけ控えめに・めだたないように報じていた,と感じさせる報道の仕方であった。

 そこで,該当する報道を『東京新聞』の記事からも引用・参照してみたい。比較する材料として参考になるはずである。参考にまで指摘おくと,『日本経済新聞』の当該記事に費やされた字数は「本文で520字ほど」であるのに対して,『東京新聞』の「それは820字ほど」である。

    ◆ 森法相「誤った喧伝看過できない」 ゴーン被告「法相の発言は愚か」

           =『東京新聞』2020年1月10日 夕刊 =

 【ベイルート=共同】 a) レバノンに逃亡した前日産自動車会長カルロス・ゴーン被告は〔1月〕9日,森 雅子法相が被告の記者会見を受けて「わが国の法制度や運用について誤った事実をことさらに喧伝(けんでん)し,とうてい看過できない」などと批判したことに対し,「非常に愚かだ」と反発した。レバノンのテレビインタビューに答えた。

 ゴーン被告は8日の記者会見で,日本の司法制度について「『推定有罪』の原則がはびこっている」と非難。森氏も9日に2回にわたって記者会見し「適正な手続を定め,適正に運用されている」と反論するなど,非難の応酬となっている。

 被告は森氏の記者会見を受けた9日のテレビインタビューで「日本の司法制度は時代遅れだ」と主張。「有罪率は99. 4%で,司法制度が腐敗している。(罪のない)多くの人が刑務所に入れられている」と述べた。

 b) 法相が個別事件に関して会見することじたいがきわめて珍しい。保釈がなかなか認められないとするゴーン被告の主張に,欧米やレバノンの一部メディアが同調。日本政府は国際社会に被告への賛同が広がるのを打ち消そうと躍起になっている。

 法務省は9日,ゴーン被告のレバノン逃亡をめぐる森 雅子法相の記者会見でのコメントを,日本語のほか,英語,フランス語でもホームページに掲載した。ゴーン被告が8日に開いた記者会見を受け,森氏は9日に会見を2回開催。「(逃亡は)どの国の制度でも許されない」などと批判した。

 c) 森 雅子法相は9日,日本の司法制度に対するゴーン被告の批判に反論するため,同日未明に開いた記者会見での発言内容の一部を訂正したとツイッターで明らかにした。「無罪を主張」というべきところを「無罪を証明」といい間違えたとしている。

 森氏は会見で「潔白だというのなら,(日本の)司法の場で正々堂々と無罪を証明するべきだ」と発言。刑事裁判では,あくまで「推定無罪」の原則があり,そのなかで検察官が有罪を立証する仕組になっているため,インターネット上で批判が出ていた。(引用終わり)

 いずれにせよ,森法相のその発言,被告人は「無罪を証明しろ」とムキになっていいかえしたさい,失言でも間違いでもないかと第3者に思わせるのに十分なくらいに,「そのような〈推定有罪〉であるかのような考え」を条件反射的に放ってしまった事実は,日本の刑法犯罪における人質捜査をはしなくも,あらためて告白したことになる。

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