『朝日新聞』編集委員 曽我 豪は,安倍晋三のスシ友の立場から「日曜に想う」の執筆を担当しているのか

安倍晋三君のスシ友である朝日新聞社編集委員 曽我 豪」は,ゴマすり的あるいはガリかじり風の論説しか書かないのか,『朝日新聞』のなかに「一点豪華的な汚点」を重ねるみたいな文章を書きつづける幹部記者がいて,現政権を支持するためであるかのような発言しかなしえない悲しさだけは,しかたなくもよくは理解できるとはいえ,「社会の木鐸」の反極に立ちつづける「哀れな言論人一例」をみせつけられているゆえ,ただ幻滅……

 

  要点:1 曽我 豪は「アベヨイショ応援団の一員」の立場から論説を書くために『朝日新聞』の編集委員を務めているのか

  要点:2 読んでみると妙に脇がかゆくなるような “迷文の書き手” となって「幹部記者の人生」を生きるのも,けっこう苦労な覚悟が要るのかもしれない,などと憶測的に観察してみる「曽我 豪の姿」


 「安倍首相が『日米安保改定60年』で祖父自慢連発! ならば教えよう,岸 信介がA級戦犯逃れるために米国の手先となった証拠」『リテラ』2020.01.19 11:14,https://lite-ra.com/2020/01/post-5214_6.html に書いてあったことから,以下の最後の部分を引用してみる話題

 --いま現在の安倍政権がやろうとしていることの謎が解けてくる。

 問い  安倍首相はなぜ,集団的自衛権行使にあそこまでこだわるのか?
  答え  おじいちゃんが不起訴の見返りにアメリカと約束したことだから。

 問い  安倍首相はなぜ,日本国憲法を「みっともない」と毛嫌いするのか?
  答え  おじいちゃんを助けてくれたG2と敵対する人たちがつくった憲法だから。

  補注)連合国最高司令官総司令部(GHQ / SCAP)の組織図を,つぎに紹介しておく。参謀第2部:G2が日本占領政策において力を広範に発揮しだす以前は,民政局:GSが敗戦した日本の民主化を強力に推進していた。アベ君にとって後段に出てくる「良いアメリカ」とはG2を意味し,GSは蛇蝎のように嫌うべき「悪いアメリカ」であった。

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 この2種類の政治的側面をもっていた占領軍の敗戦後史的な意味が,アベ君の頭のなかではよく整理できていない。そしていまもそのまま,21世紀に日本の首相となった「凡庸以下の〈世襲3代目〉の大▼カ政治屋」の脳細胞のなかを,いまだに混沌とした状態をもって占拠中である

 問い  安倍首相はなぜ,改憲しようとしているのか?
  答え  それも,おじいちゃんが不起訴の見返りにアメリカと約束したことだから。

 問い  安倍首相はなぜ,沖縄の「屈辱の日」をお祝いしようとするのか?
  答え  おじいちゃんの公職追放がやっと解除された記念の日だから。

  補注)A級戦犯であった岸 信介が,東京裁判極東国際軍事裁判)に被告として出廷しない済んで釈放されたのは,1948〔昭和23〕年12月24日であった。旧「満洲国」時代の盟友で,大東亜戦争中の1944年7月まで首相を務めていた「東条英機の絞首刑」が執行されたのは,1948〔昭和23〕年12月23日であった。

 その翌日が12月24日であったが,岸は,不起訴処分で釈放されたのである。東条は絞首刑にされたが,岸は無罪放免されてシャバに生還できていた。この対照的な明暗はあまりにも落差が大きい顛末であった。

 いうまでもないが,平成天皇の誕生日が12月23日であった。当時皇太子であった明仁は1933年12月23日に生まれていたから,その日は15歳の誕生日であった。東條英機の絞首刑は,昭和天皇裕仁の「戦責問題」の免罪とともに,少し時間をずらしてだが,岸 信介を「死に相当するかもしれない断罪」から運よく逃れさせた,といってもいい。

 問い  安倍首相はなぜ,「侵略」や「おわび」や「反省」をためらうのか?
  答え  あの戦争はおじいちゃんも深くかかわった自存自衛の聖戦だから。

 --そう。新安保法制も改憲も,すべては,おじいちゃん,岸 信介とつながっているのだ。

 そういえば,安倍首相は自身が抱く対・アメリカ観も,岸 信介の強い影響を受けていた。安倍首相のなかには「良いアメリカ」と「悪いアメリカ」といった『2つのアメリカ』がある。

 「良いアメリカ」は,おじいちゃんを救ってくれた。戦前の日本の旧指導者にも寛容だったアメリカ。一方,「悪いアメリカ」は日本に憲法9条主権在民,人権尊重などを押し付け,戦前の日本の旧指導者を “悪” と決めつけたアメリカ。

 だから,安倍首相は「『悪いアメリカ』が押し付けた戦後レジームからの脱却」を主張しながら,「『良いアメリカ』の戦争に自衛隊を捧げる」安保法制を強行することに矛盾を感じない。

 いずれにしても,たった1人の政治家のグロテスクな“おじいちゃんコンプレックス”によって,日本はいま,国のかたちを大きく変え,アメリカの戦争に引きずりこまれようとしているのだ。われわれはそのことの異常性と恐ろしさを本気で認識すべきだろう。(引用終わり)

 このような安倍晋三の精神心理構造がホンモノであるならば,自分自身の気持・感情のなかに潜む「二律背反の自家撞着」に苦しむのが,当然である。アベ君が必死になって叫んできた「戦後レジームからの脱却」は,結局股裂き状態を結果していた。

 ともかく晋三君はいままで,政治家(政治屋)としては「▼カだ,ア▲だ」とか,さらに最近では狂っているといった評言もみつかえるほどに悪評紛々である。だが,そのオジイチャンの岸 信介となると「昭和の妖怪」だと形容されてもいて,もともと,人間的な尺度を当てて比較できるような「祖父と孫」の関係性ではありえなかった。

 安倍晋三が畏敬する岸 信介がどれほどに「孫からみて立派な政治家」であったとしても,敗戦後史における庶民・有権者たちにとってみれば,岸のほうは,安倍など足下にも及ばないくらい「売国的な政治屋」であった履歴をもっていた。いまのアベ君は信介に比較すると,数段も格落ちした芥子粒みたいな政治屋である。このことは確言してよい点であった。けれども,この孫は「日本の政治・経済・社会・歴史」を,よくぞここまでとダメにしてくれたなと感心するほど破壊しつくしてきた。

 さて,敗戦国となっていた日本が,停止状態にあった日本の主権が回復した日付は,1952〔昭和27〕年4月28日であった。この日,日本国との平和条約(いわゆる「サンフランシスコ講和条約」)が発効したのである。2013〔平成25〕年,第2次安倍内閣は,その4月28日を「主権回復の日」に定めた。

 関連して,日本の完全な主権回復と国際社会復帰60年の節目を記念するための政府主催の記念式典が,2013年4月28日に,日本政府主催でおこなわれていた。この式典の最中につぎのような出来事が起こされていた。いうまでもないが,その翌日4月29日は昭和天皇の誕生日であった。

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 付記「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で,万歳する出席者ら。左端は安倍首相=2013年4月28日,憲政記念館にて。

 補注)左右の端で万歳しているのが,首相の安倍晋三官房長官の菅 義偉である。 

 内閣官房長官の菅 義偉が閉会の辞を述べ,天皇・皇后が退席するさい,会場前方の出席者(誰が声を発したのかは未詳)から突然,予定にない「天皇陛下万歳」の声が上がると,安倍晋三首相ら壇上の出席者も2回目の「万歳」からあわせて,万歳三唱をおこなった。両名(明仁夫婦)は立ち止まり,その後出席者になんも会釈しながら退席した。

 この2013年の式典のさい,政府は全都道府県知事に招待状を送り,知事本人が出席したのは26の各都道府県で,21の府県は副知事が出席するなど代理の出席で対応していたが,天皇夫婦がその「万歳」の声が挙がったときの心中は複雑であったものと推察される。

 ここで再考したい論点は,1952〔昭和27〕年4月28日という日付が,はたして「万歳三唱」に値していたといえる否かにあった。平成天皇夫婦にとってみれば,敗戦直後は天皇家の存続すら危ぶまれる情勢すら感じられた情勢のなかで,父である昭和天皇大元帥から象徴の天皇に大変身することで,天皇家の家長としての世過ぎができていたとはいえ,この経過はけっして順調に進行してはいなかった。

 前述の「2013年の政府主催式典に対する反応」は,万歳三唱をされた平成天皇夫婦にとってみれば,敗戦後史の政治過程に照らして再考するまでもなく,内心は複雑そのものであったと推察され,多分,万歳三唱などしてほしくなかった気分であった。都道府県の知事たちが全員,この式典に参加しなかった事情の裏には,それぞれに複雑な敗戦感情を伏在させていたからである。

 そうした敗戦後史における大日本帝国からの日本国への脱皮過程に関して設定されていた記念式典のなかで,それも突発的に「万歳を三唱」したとなれば,本来みえるものをみえなくさせる効果が生まれていたといわざるをえない。

 いずれにせよ,安倍晋三の敗戦後史観は「戦後レジームからの脱却」一色であったゆえ,この一色では上書き的には消しきれないどころか,そのほか何色もの色調が混ざりこんで浮き出ている諸事象(諸困難)を完全にみようとしない立場をもって,21世紀における日本の政治をまともに舵取りなどできるわけがない。

 

 朝日新聞編集委員「曽我 豪」の老獪ならざる「安倍晋三を小▲カにした」応援歌的な論説のはしたなさ,朝日新聞社の幹部記者がこの程度のゴマすりしか書けないのか

 1週間ほど前の『朝日新聞』2020年1月12日朝刊3面「総合3」に設けられていた『日曜に想う』欄に曽我 豪が,以下の論説を書いていた。いかにもしたり顔で「あの坊や総理」を善導した気分をみなぎらせている文章である。アベのスシ友になると,このような文意をこめた作文しか制作できなくなるのか?

   ★〈日曜に想う〉庚子(かのえね)の年の首相準備マニュアル ★
         編集委員・曽我 豪 =

 政治家の評ほど,あてにならぬものはない。記憶は美化され,あとづけの理屈がくわわり,歴史は都合よく解釈される。1960年に岸 信介首相の後を襲った池田勇人首相もそうかもしれない。よくあるのは一直線の説明である。

 安保紛争で倒れた岸政権の強権政治のあと,所得倍増と「寛容と忍耐」をかかげた池田政権が政治の潮流転換に成功し,自民党長期政権の黄金律である「振り子理論」の最初の例となった,とされる。

 安倍晋三首相が岸の孫であり,岸田文雄氏が池田派直系の宏池会を継いだ関係もあって,ポスト安倍をめぐって今日もよく引かれる故事ではある。ただ,自分もそう書いたから反省をこめてだが,あらためて同時代を生きた政治記者たちの証言にあたると,やはりこれも後講釈の弊は免れないようだ。

 朝日新聞の後藤基夫・元東京編集局長と石川真澄・元編集委員共同通信内田健三・元論説委員長が座談した『戦後保守政治の軌跡』(岩波書店,1982年。「同時代ライブラリー」版は1994年)には生々しい政治家の実像と記者の実感が残る。

 内田氏は「私たちも,池田政権ができたときに岸亜流政権だと書いた」と証言する。安保紛争時の池田の強硬な言動にくわえ,岸が「自分の理念を誰がより多く継いでくれるか」との観点から池田支持に回ったのは明らかだったからだ。

 したがって理屈はあとづけなのだ。内田氏は池田から佐藤栄作に政権が移るさいに「前尾繁三郎さん(池田政権時の自民党幹事長)が理論づけてしゃべってくれたんで僕には記憶が鮮明なんだ」としたうえで,池田の政権獲得時には「振り子論としては意識されていなかったでしょう」と語る。岸政権を「反面教師」とした「反射的なもの」とし,側近の宮沢喜一の言葉を引く。「なにかをなすんじゃなくて,いかにしてやるかということだった」

 後藤氏は「計画性と偶然性,その両方だね」と語る。吉田 茂政権で蔵相だった池田は,経済政策と政治姿勢の両面で鳩山一郎,岸両政権に「危い面」を感じて「冷や飯時代」に所得倍増の勉強会を立ち上げていた。岸の安保退陣は「頭になかった」とはいえ,池田には「政権としての準備はないけれども政策の準備は十分にあった」と振り返る。

 池田評も忌憚(きたん)ない。後藤氏が「本を読まないんだよ。だから人のいうことしか聞くものはないんだな」「ディス・インテリと宮沢からからかわれていた」と回顧すると,内田氏が「池田の周りには書生が議論しあうような非常に自由な雰囲気があった」「八方破れというか門戸開放で,そこに,いろんな人が入った」と指摘する。後藤氏も「秘書官の演出」には「限界がある」とし,池田は「幅の広さでもっていた」と応じる。低姿勢を体現した大平正芳官房長官らによる「チーム力」が成功の礎ということか。

 補注)この段落には「池田〔勇人〕」首相は「本を読まないんだよ」「だから人のいうことしか聞くものはないんだな」という指摘が出ているが,それでは安倍晋三首相はどうであるか? この人が本をよく読むかどうかはよく分からないけれども,「人のいうこと」を「聞くもの」とする基本姿勢は,どうもみても「こんな人」にはありそうにはみえない。

〔記事に戻る→〕 白眉(はくび)は,保守の政権戦略と「野党の欠陥」を関連づけた後藤氏の分析である。池田,佐藤両首相は,経済成長で生じる「中間層」をつかんで「これが保守党支配の社会の中核になっていくことを考えた」と明かす。社会党は「池田の戦術にはまって,池田が成長率がいくらだというと,すぐそれに追随して少し違った数字をあげる」だけで,政策的なイニシアチブを欠いたとする。石川氏もそれが「社会党自民党の敵でない弱小勢力にとどめた原因だ」と語るのだ。

 安倍首相は〔2020年1月〕6日の年頭会見で,今年の干支(えと)である「庚子(かのえね)」には「新しい芽が伸び始める」「これまでの継承のうえに思いきって改革していく」といった意味があるとし,祖父が仕上げた60年前の日米安保改定を実例に挙げた。だが国内外の情勢が全面転換を兆すなか,自民党ポスト安倍政権交代を期す野党の人びとには文字どおりの「新しい芽」を意味しよう。

 補注)この段落はなにをいいたいのか? 2016年3月から施行されている「日米関連安保法」は,対米従属国家体制にさらに磨きをかけるという「安倍政権の敗戦後史において最悪・最凶の外交下手」を犯していた。

 それなら政治記者たちの数々の証言は首相準備のマニュアルと読めるかもしれない。試みに箇条書きしてみよう。

 「政権準備より政策準備」
    補注)「選挙運動」はできても「政治運動」など皆目なしえていなかったアベ君に向けて,このような文句を,いまさらいっても,ことごとくがムダ。

 「本は読まずとも聞く耳をもて」
    補注)たとい「聞く耳」をアベ君がもてたとしても,「判るための心」がもとより欠損していたというほかなかったのが,この政治屋

 「亜流を脱するにはチーム力」
    補注)アベ君の専制的独裁主義の政治手法(?)に「チーム力」(?)とはどういうことか。それにしても「?」ばかりが,つぎつぎと浮かんでくる曽我君の教示事項であった。

 「なにをなすかよりいかにやるか」
    補注)いまごろにもなってこのように進言したところで,すでに大幅に手遅れ。まあみていればよい。2020東京オリンピックのあと,この東京や日本の全体がどうなるか?

 ちなみに,「池上 彰氏が警告! 歴史からも五輪後は不況が確定路線に! 『東京オリンピック後に株価も地価も大暴落する』」(『情報速報ドットコム』2020.01.19 12:00,https://johosokuhou.com/2020/01/19/24074/)が,こういっているとか……。

 

 ジャーナリストの池上 彰氏が東京オリンピック後の大不況に警鐘を鳴らしています。『週刊 FLASH』のインタビュー記事のなかで池上 彰氏は「どこかの段階で見切りをつけるとか,下がる前に株を売ろうという動きが出てくる可能性はあります」と述べ,東京オリンピックの前後に株価暴落がやって来る可能性が高いと指摘。 

 「中間層をつかみ土俵に引きこめ」
    補注)「中間層」? いまの日本においてこの中間層はどうなっているか,まともにしっての発言か。この問題をしるためにとして,ここでは,つぎの2稿を挙げておくが,そのなかに書かれているような事実を基本から踏まえないで,このように「中間層をつかみ土俵に引きこめ(!)」などと脳天気にも,最大級の示教をアベ君に与えようと試みたことじたい,的外れであった。

 ※-1 太田智之(みずほ総合研究所経済調査部部長)「衰退を続ける日本の中間層-中間層衰退が示す構造改革の『担い手』不足-」『みずほ リサーチ』2016年4月号,https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/research/r160401point.pdf

 

 ※-2 中原圭介(経営コンサルタント・経済アナリスト)「『中間層の没落』とともに国家は衰退に向かうトランプは『歴史の教訓』に逆らっている」『東洋経済 ONLINE』2017/03/09 6:00,https://toyokeizai.net/articles/-/161616

 要は,曽我 豪が「日曜に想う」(2020年1月12日)の結論部で書いた中身は,書き方しだいで,いかようにでも書け散らせる程度のものだと感じた。ともかく,この文章からは「社会の木鐸」性は,みじんも汲みとれない。論説委員なりの日本政治史に関する知識は大仰に披瀝しているものの,結論がひどく凡庸だという意味でも,実際には駄弁のたぐいにしか分類できない。

 いずれにせよいまごろ,このような指導・忠言をアベ君に進呈したところで,これでは15~16年は遅かった,遅きに失した。つまり,ムダ撃ちでなければ空砲的な「曽我流のアベ讃頌」でしかありえない文章に終始していた。

 こうした本ブログ筆者の「論断の感想」をひとまず念頭においてでも,興味ある人はそのほかにもいくつもある,曽我 豪が『日曜に想う』に書いてきた「アベ向け」の作文に,あらためて目を通してほしい。

 もう一言くわえておくと,いままでにでもときおりであったが,『朝日新聞』には奇妙な文章を書く幹部記者がいると,それもなんとなく感じていた。あえていうまでもないが,それが曽我 豪であったのである。今回とくに意識することになってしまい,あらためて討議をくわえてみたしだいである。

 この一文を書くにあたって思ったのは,曽我 豪が本日紹介したような「もってまわって語る」がごとき論説をあれこれ執筆したところで,あのコドモの総理大臣には「馬の耳に念仏」もしくは「ブタに真珠」……。したがって,この書き手に対していまさらのように強調しつついいたいのは,「気の抜けた麦酒みたいな文章」を書くのは,たいがいにしてほしいという点である。

 ちなみに,本ブログ筆者は数十年間,『朝日新聞』の読者である。曽我 豪が新米記者のころから『朝日新聞』を購読してきた。1人の朝日の読者である立場から,辛口の「曽我 豪・論」を開陳してみた。

 

  5年も前から曽我 豪の安倍晋三「忖度記事」は非難されている

 「安倍政権の鮨友だち,朝日新聞曽我豪編集委員の恥知らずなごま擦りヨイショ記事『ザ・コラム』」(『もみさんの一日一冊遊書録 ~たゆたえど沈まず~』2014年12月20日 18時19分43秒, https://blog.goo.ne.jp/2714965/e/2924cf753bbe5165448210101687c642が,曽我 豪の存在をつぎのように批判していた。

 --曽我 豪編集委員の気持の悪い「ザ・コラム」を掲載する(以下では引用しないが)。当時,読んでいて,「安倍勝利の選挙結果を予見し,安倍の個利個略の解散を批判するのでなく追認したうえで,先回りして安倍政権にエールを送っている」ようにしか感じられなかった。

 安倍の抜き打ち解散の批判ではなく,(不当な!)選挙による結果については国民が責任を負うのだといっている。曽我 豪編集委員は,完全な安倍晋三の “ごますりポチ” だ。これは権力にすり寄る朝日新聞の批判精神の衰退をみせつける内容だ。権力に阿る新聞社は,存在価値がない。金を払って読む価値がない。

 朝日新聞社が,もし矜持をもって(購)読者からの信頼を回復しようと思うのであれば,安倍晋三に尻尾を振って,いっしょに鮨を食うような誇りのない編集委員を辞めさせるべきだ。

 いまのところ,読売・産経よりマシだから我慢して朝日を購読しつづけているが,これからは情けない惨めな気分で朝日を読みつづけることになるだろう。できうれば,新聞社としての最低限の矜持を守って,権力と距離を維持して,読者の信頼を裏切らないでほしい。

 まあ,日付も含めて,よく読んでみてもらいたい。これを権力者に対するヨイショ記事といわずして,なんという! 当時,このコラムを読んで,「してやったり!」とニターっと笑うのは,安倍晋三ひとりだけだっただろう。

 他の読者は,シラーっとした白けた気分になるだけだ。国民はそれほど馬鹿じゃない。少なくとも,この記事は,朝日新聞社自身が,朝日新聞の購読者を馬鹿にして,高みから見下している記事というほかにないだろう。

 読者を蔑ろにする新聞社は,結局,〈第二読売新聞〉になるということだ。民主党政権が,倒れた最大の原因が野田汚物による民主党の〈第二自民党〉化であったことを思い出せ! 〈第二読売新聞〉に用はない! (引用終わり)

 (つづいて以下に曽我 豪のその『ザ・コラム』の論説が引用されているが,ここでは割愛する。興味ある人は前段にある住所:アドレスからリンクを介して読んでもらいたい) 

 

 「ゴマすり記者と安倍晋三が銀座で豪華な新年会!」『半歩前へ』2020年01月13日https://85280384.at.webry.info/202001/article_122.html

  安倍晋三 報道 ※

 古新聞の回収ではないが,毎度おなじみの取り巻きのゴマすり記者と安倍晋三が銀座で豪華な新年会を開いた。

【2020年1月10日の首相動静(から)】

 

午後6時21分,北村国家安全保障局長。 
    45分,東京・京橋の日本料理店「京都つゆしゃぶ CHIRIRI  銀座京橋店」。

       曽我 豪 朝日新聞

       山田孝男 毎日新聞

       小田 尚 読売新聞,

       島田敏男 NHK名古屋,

       粕谷賢之 日本テレビ

       石川一郎 テレビ東京

       田崎史郎 別名はスシロー

      と会食。

  9時36分,東京・富ケ谷の私邸。 

 官邸のアイヒマン,警察官僚上がりの北村 滋から表に出せない闇情報を含むさまざまな情報を耳打ちされたのち,安倍親衛隊の子分たちを伴って,労いの親宴会。

 「京都つゆしゃぶ CHIRIRI」といったら,高級店としてしられている。ひと部屋借り切って会食となると,1人1万円ではとても収まらない。そこにアルコールが付くと・・・恐ろしくて計算できない。

 ここに登場した連中が家族ずれで食べになどできない値段だ。そんな,庶民にとっては高根の花で安倍晋三と杯を酌み交わし,料理に舌鼓を打ちながら3時間も情報交換をするマスコミの恥さらしたち

 癒着そのものだ。またそれを許す朝日や毎日,NHK,読売などの会社の態度。皆さんはどう思う? ただ,そこに共同通信時事通信東京新聞の名前がないのが救いだ。

 補注)前述に登場していた各社の幹部たちは,安倍晋三との飲み会では常連である。曽我 豪は,2020年1月12日の朝日新聞朝刊3面「総合3」『日曜に想う』欄に,② に紹介した論説を書いていた。曽我は,1月10日に安倍晋三との会食をしていたわけだから,もしかしたら奢ってもらったお礼のつもりで,このような「論説を書きました」ということか?

 スシローは時事通信にいたが,彼は「時事通信」の名前を食い物にしていた。「時事通信政治部記者」の肩書をフルに悪用し,安倍晋三ら政治家に接近。いまは退職し,安倍晋三の広報マンとしてワイドショーで晋三のPRに努めている。

 補注)一国の最高指導者:首相と大手紙・通信社・主要放送局の幹部たちとが,豪華な晩餐をともにし,親しく会話している様子は,もとよりこれが「先進国のマスコミ・言論界の姿」だとは思えないが,事実であるからには,まことに醜悪・怪奇な事態である。報道・放送の公平・中立性など,ハナから期待できるわけがない。

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