日本において同一労働同一賃金制はいつ実現するのか,その見通しがなかなかつかない現状など

同一労働同一賃金は実現できない,もともとやる気分のない国家,本気で応える気持のない企業,まともに闘いとる気概のない「連合」といった鼎立状態であるゆえ,今後も望み薄ではないか

                   (2017年3月21日)

 

  要点:1 日本企業の経営者はもともと,同一労働同一賃金を採用する気がない

  要点:2 経営学者伊丹敬之の政策提言はいまも悪影響を発揮しつづけている


 日本経済新聞』2017年3月中の関連記事

 1)「〈エコノフォーカス〉同一賃金,賞与も焦点『パートに支給』なお4割どまり」日本経済新聞』2017年3月13日朝刊

 同じ仕事に同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」の議論で,賞与が新たな焦点になっている。政府は昨〔2016〕年末出した指針で,非正規社員にも賞与を支払うよう言及。連合も今回の春季労使交渉で賞与も含めた非正規の処遇改善を求めた。主に正社員が支給対象の賞与が格差を広げる要因との見方からだが実現のハードルは高い。

   f:id:socialsciencereview:20200121054934j:plain

 「有期雇用・パートにも貢献に応じた部分につき,同一の支給をしなければならない」。政府は同一労働同一賃金の指針で,初めて非正規社員の賞与に言及した。政府は「同一労働同一賃金」の実現をめざすため,正社員と非正規の格差縮小を掲げている。労働政策研究・研修機構(JILPT)によると,日本の非正規の所定内給与は正社員の56.6%。これを欧州並みの7~8割まで上げる目標だ。

 補注)この段落の表現「貢献に応じた部分」と断わった箇所について若干触れてみたい。その「貢献」という用語を当てて,当該労働者の働きを評価するさいの基準は,いったいなにに求められるのか? これは,職務評価を前提した職務給で賃金支給されるときの話題にはなっていない。企業経営の立場・利害から,当該労働に就いている労働者の働きが,その会社の目的達成のために「いかほど貢献をしたか」という評価に関する基準になっている。

 いいかえればその基準は,それぞれの企業経営ごとに個々別々に設定されている「目的・手段の階梯構造全体」のなかで,その「貢献」(度)そのものに向けられる評価に関するものである。ここに企業横断的に,職種ごとの「同一労働同一賃金:横断賃金」が制度的に確立されていないかぎり,その貢献「度」に対する評価,つまり賃金の支払い額は当然,企業経営ごとに大きく任意の差をもたざるをえない。

 a)「賃金の調整弁」 賞与に着目したのは賃金に占める比率が世界的にみても高く,格差の拡大の要因になっているためだ。厚生労働省が〔2017年〕2月22日に発表した2016年版の賃金構造基本統計調査によると,日本の社員10人以上の企業の平均年間賞与は89万4000円。賃金全体に占める比率は2割程度。欧米では1割前後とされる。

 補注)賞与の賃金全体に占める割合が日本企業では高いということは,これがまた,企業経営側のコスト面で,同一労働同一賃金の実現を抑制する原因のひとつになっている。企業経営の裁量部分を賞与の金額(支給率)をもって会社側が確保しておくことは,原価の管理がしづらい,つまり固定費的な性格の強い人件費のうちの一定部分を,制御可能(controllable)なコスト要因=変動費的な部分として確保できている賃金管理体制を意味する。また,賞与に関してみると,大企業と中小・零細企業とのあいだに支給率の格差もあり,この違いがさらに,双方における賃金総額としての格差を拡大させる要因となってくわわり,その格差を拡大させる。

 厚労省の調査では,賞与を正社員に支給する企業は8割を超すのに対し,パートに支払う企業は4割弱にとどまる。このため賞与をくわえたベースで賃金の格差を試算すると,正社員の時給2306円に対し,非正規は半分弱の1112円。社員1000人以上の大企業では正社員の時給2825円に対し,非正規は1103円で,3倍近くに広がる。ただ企業側にも事情がある。

 補注)正社員は,非正規社員と異なる仕事・業務にたずさわっており,その分に相当する「重い負担をになっている」と,ちまたでは「いわれている」。だが,そのような双方における賃金の格差が実際に合理的に説明できているかというと,必ずしもそうではない。要は,同一労働に関して賃金差別が発生している。同一賃金であるべき労働に就いている者同士でも,正規か非正規かという理由によって,その差別が入りこんでいる。同一賃金の待遇から後者は,問題外(蚊帳の外)の存在にされている。つまり「理由にならない理由」(企業社会内の身分:職分〔?〕の相違性)が賃金差別の理由になっている。

 欧米の賃金水準をめざし,高度成長期に定着した一律で賃金水準を上げるベースアップ(ベア)と年功と業績を反映した賞与による賃上げが,その限界を迎えたのはバブル後であった。賃金水準が欧米と肩を並べ,低賃金の中国・韓国勢が台頭するなか,競争力維持には固定費の抑制が欠かせなかった。

 そこで「賃金の調整弁」としての賞与の存在感が高まった。2000年代の長期停滞期に入ると,企業は賃上げより雇用維持を優先,ベアはほぼ消えた。一方,「雇用の調整弁」として非正規の採用を急激に増やした。賞与や福利厚生面の整備が追いついていないことが格差を広げる要因となった。

 補注)この段落では,正規社員の賞与までが割りを食うどころか,正規社員そのものを増やせないでいる「日本の労働経済」全般の事情や,さらには,そこに潜む「個別企業」次元の問題点が表面化せざるをえない背景が説明されている。

 b)「厳格な解雇規制」 2つの「調整弁」の背後にあるのは,日本独特の厳格な労働規制だ。

 合理的な理由を欠く解雇を禁じ,経営悪化による整理解雇も労使間の十分な協議がないと認められない。これが経営者が賃上げや正社員の採用に慎重になる根底にある。経済界は解雇規制の見直しを求めているが,労働者側の反発が強く政府の働き方改革のメニューには載っていない。

 非正規社員労働人口の4割。処遇改善は日本経済全体の課題だ。ただ労働規制の抜本改革や大幅な生産性の向上がなければ,企業の負担が増えるだけ。政府や企業は競争力を維持しながら,どう働き方を見直すかに頭を悩ませている。(引用終わり)

 2)「賃金交渉 2017賃上げ2%以下の公算 中小・非正規,消費回復の鍵 物価上昇が重荷に」『日本経済新聞』2017年3月16日朝刊

 今〔2017〕年の春季労使交渉は,賃上げ率が昨年実績の2%より低い伸びにとどまる公算が大きくなった。原油価格の上昇や円安で今後物価は上がる見通しで,個人が体感する実入りはやや少なくなる可能性がある。大企業が賃上げ基調を維持しているうちに,中小や非正規労働者などに賃上げの動きを広げられるかがポイントだ。

   f:id:socialsciencereview:20200121055944j:plain

 賃上げで消費を喚起し,企業業績の改善につなげるには,起点となる賃上げ幅が焦点だ。大和総研の長内智氏は,定期昇給も含む賃上げ率が2.0%の場合,名目国内総生産(GDP)の個人消費を年1600億円程度押し上げると試算する。ただ1.9%だと800億円程度になるという。

 長内氏は「消費の基調を決めるのは,賃金が継続的に上がると感じられるベースアップ(ベア)。昨〔2016〕年と比べ消費には厳しい春だ」と指摘する。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎氏も「2017年は全体的に前年より賃上げ率は下がる。円安やエネルギー価格の上昇で物価は上がる見通し。家計の購買力は前年より下がる」とみる。

 日本の雇用の7割を支える中小企業の回答はこれからだ。菅 義偉官房長官は〔3月〕15日の記者会見で「企業収益を踏まえた賃上げがしっかりと実現し,流れが中小企業や非正規雇用にも広がることを期待したい」と強調,賃上げの裾野拡大が必要との認識を示した。

 政府は中小企業で働く人や非正規雇用の処遇を改善するため,同じ仕事なら同じ賃金を払う「同一労働同一賃金」の導入や最低賃金の引き上げなどを進めてきた。企業は負担増を警戒するが,働く人の生活を支える効果は出つつある。正規,非正規を問わず,多様な働き方に応じ,個人が納得できる賃金水準を労使で探る必要がある。(引用終わり)

 このような記事が報道されるなかで,消費者側の消費行動があいもかわらず低調である動向が出ている。

   f:id:socialsciencereview:20200121060236j:plain

 大企業の労働者においてもむろんであるが,中小・零細企業の労働者においても,非正規労働者層の絶対的・比率的な増大傾向は,男女別の格差まで平均にならしての話になるが,4割近くにまで到達している。

 この期に及んでもまだ,同一労働同一賃金に関する議論がゆきかうだけであって,しかもその実現の見通しが5年先・10年先でもいいとするにせよ,なかなか決着がつきそうには思えない。いまのところ,同一労働同一賃金が現実に達成されそうだと期待することじたい,ほとんど不可能である。

 2017年3月3日の新聞報道は「消費者物価が0.1%上昇」した,それも1年1ヵ月ぶりだと伝えていたが,こうした経済指標の動きが意味するのは,やはり同一労働同一賃金の実現とは無関係に進行していると観るほかない「デフレ傾向的な経済事情」のなかでの「労働経済の実相」を反映している。

  ★ 企業物価,2カ月連続プラス 2月1.0%上昇 ★
     = nikkei.com 2017/3/13 10:44 =

 日銀が〔2017年3月〕13日発表した2月の国内企業物価指数(速報値,2015年平均=100)は97.9となり,前年同月から 1.0%上昇した。上昇は2カ月連続で,上昇幅は2014年12月( 1.8%上昇)以来2年2カ月ぶりの大きさとなった。原油価格がもちなおし基調にあることが背景にある。

 補注)原油価格の上昇は,これが長期的に続けば庶民の台所に徐々に圧力としてくわわるが,現在までのところ,めだって大きな影響はなかった。

 

 企業物価指数は出荷や卸売り段階で取引される製品の価格を調べたもので,消費者物価指数の先行指標とされる。前月は2015年3月以来,1年10カ月ぶりにプラスに転じ,2017年2月はさらにプラス幅を拡大した。調査対象746品目のうち,前年同月から下落したのは399品目。上昇した品目数(271)を上回ったが,その差は縮小傾向だ。

 

 品目別の内訳をみると,石油・石炭製品が27.1%上昇した。このほか,非鉄金属が8.2%,鉄鋼も4.0%上昇した。昨〔2016〕年11月,石油輸出国機構(OPEC)総会が減産を合意したことを契機に,原油をはじめとする国際商品市況が上昇基調にあることが主因だ。

 

 2月は欧州の政治不安が広がったほか,米利上げ観測が一時的に後退していた。投資家がリスク回避に動いたことで金などの価格が上昇した側面もある。

 

 企業物価は改善傾向にあるが,上昇は力強さに欠けるとの懸念もある。上昇に寄与しているのは,原油やエネルギー価格などの国際商品市況や,為替水準で「国内の需給要因で上がっている品目は少ない」(日銀の調査統計局)ためだ。

 

 前週には原油先物の指標であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)が一時,節目の1バレル50ドルを割りこむ場面もみられた。日銀は企業物価の先行きについて「国際商品市況や為替の動向を注視していく」としている。
 註記)http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC13H04_T10C17A3EAF000/

 この記事「企業物価,2カ月連続プラス 2月1.0%上昇」が,消費者物価に対してどの程度影響していくかといえば,日本の場合,いままでの事実経過に鑑みれば,それほど顕著な作用をもたらすとは思えない。

 3)「人件費を考える(3)同一賃金の壁に挑む AOKI,熟練パート厚遇 ベル24HD,正社員登用」『日本経済新聞』2017年3月10日朝刊

 仕事が同じであれば同じ額の賃金を支払う「同一労働同一賃金」。働き方改革の大きな柱として,政府は経済界に導入を要請する。そこでパートやアルバイトら非正規社員の時給を正社員並みに引き上げたら,企業業績にどんな影響が出るか試算した。主な小売り・外食100社を対象に,業界の平均時給など公表データを使った。

   f:id:socialsciencereview:20200121060933j:plain

 結果はさんざんだ。人件費の膨張が利益を大きく押し下げ,26社が経常赤字になる。正社員並みにする人数を半分に抑えても11社が赤字だ。「事業活動の手足が縛られるルールはやめてもらいたい」(ゼンショーホールディングスの小川賢太郎会長兼社長)と,企業は強い警戒を示す。だからといって,いまのままでは人手を集められない。非正規の待遇を改善しつつ,コストを上回る生産性を引き出す工夫が必要になる。歩を進める企業は少しずつ出てきた。

 補注)このあたりの段落における現実は,マルクス剰余価値論が説明すべき対象そのものになっている。「儲けの源泉」がきびしく制限されているだけに,なおさら「剰余価値⇒利潤」の連関性が剥き出しになって現象させられている。

〔記事本文に戻る→〕 AOKIホールディングス傘下の紳士服チェーン「AOKI」。襟元に金色のバッジを付けた販売員が,顧客の要望にてきぱきとこたえる。もっとも接客に優れた「ゴールドスタイリスト」と認定された人で,5人に1人がパート社員だ。店全体の売上高や個人の販売実績に応じた報奨金がパート代に上乗せされる。

 パートは全国で約3000人。1990年代は3割足らずだったが,人件費削減のために比率を高めてきた。いまは全従業員の半分超になり,パートの働きぶりが業績を左右する。「成果向上につながる待遇改善を急ぐ」(人事部の佐々木文仁次長)といい,昨〔2016〕年9月には時給を地域限定の正社員と同じ水準に引き上げた。

 補注)パート労働者を「地域限定の正社員と同じ水準に引き上げた」とはいっても,時給だけのことだと書かれている。そのほかの賃金関連項目や労務事項待遇はどうなっているのか? こちらも配慮するとまだまだパートの賃金は安い。本ブログ筆者が購読する新聞には毎日チラシがたくさん折りこまれて配達されるが,直近の日曜日にみたパート募集では「1年目⇒2年目⇒3年目」ごとに時給が¥10ずつ上がると謳われていたものさえあった。

 ところで,この1年に10円ごとの時給昇級の話題に,大企業正社員の労働者・サラリーマン諸氏は着いていけるか? もっとも「着いていけるか」などといったふうな問い方が,この問題の前提をよくしらぬ者のいいぶんである。

 大企業正規従業員の立場からすると,自分の配偶者(男性に対する女性が多い)が実際にパート労働者として働いている場合,「こちら側:パート労働者側の話題」を日常的によく視野に入れて考えないと,自分の立場である「あちら側:正規労働者群の問題」じたいも,本当はあまりよく認識できないことになりかねない。なにせ「こちら側:パート労働などにおける時給の問題」は,1円単位(刻み)をもってする話題である。

〔記事本文に戻る→〕 賃金の安い地方に拠点を置き,そこで非正規社員を雇うコールセンター業界。ベルシステム24ホールディングスはそんな常識を破り,昨春から非正規の正社員登用に乗り出した。すでに100人以上が正社員に切り替わり,現場のとりまとめ役を担っている。人手不足で非正規の賃金は上がる一方。時間とお金を投じて教育しても,途中でやめられてはもとがとれない。だったら「正社員として長く働いてもらったほうが,コストを吸収できる」(柘植一郎社長)。

 補注)この社長は割り切って自分の意見を率直に開陳している。要は,採算をとるためにより有利な労働者の雇用形態を選ぶといっているに過ぎない。会社経営者の立場から人件費管理の要領を率直に語っている。「コストを吸収できる」従業員管理体制ということは,より多くの利益を獲得できる人事・労務管理体制を,正社員を増やすことによって構築する。そのことによって,「時間とお金を投じて教育して」も,その「元がとれ」て,ともかく利益がより多く上がるような経営管理を実践すると主張している。

 非正規の働き方を縛る要因のひとつが社会保険料だ。厚生年金保険料や健康保険料といった社会保険の負担は労使折半が原則。昨〔2016年〕秋,対象の年収が130万円以上から106万円以上に下がると企業は負担増を嫌がり,非正規側にも手取り減少を避けるために働く時間を減らす動きが出た。

 すしチェーン店のあきんどスシロー大阪府吹田市)は,パートに「106万円の壁」を意識させないように工夫を凝らす。「超ベテランパートになってもらい,店の質を高めたい」と水留浩一社長。他のパートに優先して休日を決められたり,自社の店で使える割引券を配ったりして,手取りが減った場合の負担感を和らげる。スシローは3月30日に株式を再上場し,働き方改革の評価を市場に委ねる。(引用終わり)

 以上の話題は,同一労働同一賃金とはほとんど関連の薄いものばかりであった。横断賃率〔職種別や産業別のそれ〕を実現させるために存在している〔かもしれない〕労組の統合団体組織である連合は,大企業の労組を中心:核心の勢力にしている。この連合から横断賃金への志向が気迫をこめて出てくるような気配はない。もちろん連合も,横断賃金へと向かうべき努力はしているものの,現実に効果を大きく揚げられるほどの力はない。

 たとえば,金属労協(英文略称 JCM,日本の金属産業の労働組合が結集する組織,正式名称は全日本金属産業労働組合協議会)は,「賃上げについては,賃金の社会性・横断性や実質賃金の維持・向上などの観点から,個別賃金方式で3,000円以上の引き上げにとり組む」(「2016年闘争に向けた各産別の取り組み」)註記)と述べているが,横断賃金そのものの実現は,敗戦後史における日本の労働運動史を回顧してみても,至難の目標である。
 註記)http://www.jcmetal.jp/news/roudou/shuntou/shuntou1/12427/

 

  「〈中外時評〉『同一賃金』」経済界の本音 正社員改革にひるむな」,論説副委員長 水野裕司稿『日本経済新聞』2016年4月24日朝刊

 この解説時評記事は約1〔4〕年前に記述されていた。① でとりあげ議論してきた記事関係を,実は真っ向から否定する,つまり同一労働同一賃金が日本の労働経済のなかでそのままに実現する展望がもてないこと,あるいは,もたない方途のほうが無難なことを説明している。ともかくこの記事を読んでもらいたい。

 a) 同じ仕事をしているなら賃金も同じにするという「同一労働同一賃金」。経団連榊原定征会長は非正規で働く人の待遇改善という政府の狙いは理解しつつも,導入について注文をつける。「日本独自の雇用慣行を踏まえる必要がある。同じ仕事だから同じ賃金という単純なものではない。その人への期待,役割,将来的な会社への貢献など,さまざまな要素を勘案しなくてはならない」(3月7日の記者会見)。

 補注)これはお得意の「日本特殊論」にもとづく議論の仕方である。日本企業が同一労働同一賃金を採用できない(していない)理由を「同じ仕事だから同じ賃金という単純なものではない」といっているが,これは,そのまま単純には受け入れられない理屈である。ここでも出てきた言葉であるが,「貢献」という言葉にかかわらしめて,日本企業の場合では特殊に具体的な問題基盤が,とりたてて実在するかのように主張されている。ここでいわれた「日本独自の雇用慣行を踏まえる必要」とは,従業員が自分の会社をどのように自主的に認識しているかという問題にもなっている。

 産業社会学者尾高邦雄は,日本企業における正社員にかかわる見解であったが,こう述べていた。「経営に対して協力すべき点は協力するが,しかしあくまでも経営に対する対立としての役割を見失わないというのが,組合のあるべき姿である」註記)。日本の連合(各労組の上部団体組織)の立場・思想が,この見解のなかに浸されることになれば,従業員(本社員:正社員の話に限定されるが)は多分,股裂きにされたような心理・葛藤に追いこまれるはずである。

 註記)尾高邦雄『日本の経営』中央公論社,昭和40年,232頁。

 そのなかでも「協力⇒貢献」という「労働者心理の実際問題」については,この貢献という一語だけをもって,賃金の問題(労働者に対する処遇)がうまく交通整理できるのかと問われても,適切な解答は下しにくい。しかし,経営者側からすれば,この貢献(経営学的にいえば貢献意欲, “willingness to serve” )の問題を評価しようとするさい,一番必要となるものが「従業員を評価するためのの具体的な基準そのもの」である。だから,この貢献という言葉がよく使われる。

 そうだとすれば,「会社の利益に個々の従業員はいかほど貢献したか」の問題点になっているのだから,賃金原資の問題(制約)のなかで,この会社の利益に大いに貢献しているパートやアルバイトなど非正規社員の「貢献度合」は,相対的にも・絶対的にも高いという解釈が出てきてもいい。しかしながら,そういった議論の次元に乗せては,非正規社員の「会社目的(利益)への貢献ぶり」がまっとうにとりあげられていない。この点をしかと踏まえてつぎのこの記事における解説に進みたい。

〔記事本文に戻る→〕 雇用期間が限られた非正規社員と比べ,長期雇用の正社員は会社への帰属意識が高い。急な仕事を頼むなどの無理も利く。賃金に違いがあるのはおかしくない。そんな思いもあるかもしれない。

 そもそも同一労働同一賃金は,日本で浸透している賃金制度になじみにくいと経団連は考えている。同一労働同一賃金の実践に欠かせないのは,仕事の内容に応じて賃金を決める「職務給」の仕組である。これに対し日本では,賃金は職務を遂行する能力によって決まるという「職能給」の制度が根を張っている。

 職能給のもとでは経験年数に応じて賃金が上がる。つまり職能給は,年功賃金制を支える仕組だ。以前より賃金カーブは緩やかになったとはいえ,年功制はなお残る。そこに職務給にもとづく同一労働同一賃金を広げようとすれば,企業の現場が混乱するというのが経団連の考えだ。

 b) だが,実は経済界は,同一労働同一賃金や職務給の普及に積極的だった時期がある。1950年代から60年代にかけて,「財界労務部」の日経連(2002年に経団連と統合)が盛んに動いた。当時は,現在のようにパートや派遣,契約社員といった雇用形態が一般的でなく,正社員の賃金を改革するとり組みだった。   

   f:id:socialsciencereview:20200121062855j:plain

 「賃金の本質は労務の対価たるところにあり,同一職務労働であれば,担当者の学歴,年令等の如何(いかん)に拘(かかわ)らず同一の給与額が支払われるべきで……」「職務給は賃金の本質を最も忠実に表現化した給与制度といえよう」。日経連加盟企業の人事勤労部門の課長らが編集にかかわった『職務給の研究』(1955年)の一節だ。

 補注)この段落の 「   」内に引用された記述は,日本経営者団体連盟編『職務給の研究』(日本経営者団体連盟広報部,昭和30年)の4頁からである。1955年時点までの敗戦後日本経済の経過について,経済企画庁編『昭和31年度経済白書』(至誠堂,昭和31年7月)は「もはや『戦後』ではない」と宣言していたが,当時におけるこうした時代の推移も,日経連に「職務給の導入」必要性をいわしめた環境要因であったかもしれない。

 経済界が職務給の普及に力を入れたのは,終戦直後から広がり始めた年功賃金制への反省からだった。電力会社の労働組合が経営側から獲得した,「電産型賃金」と呼ばれる生活保障給の色彩の強い賃金制度が典型例だ。岸本英太郎著『同一労働同一賃金-その理論と政策序説-』(1962年)は「資本の反撃」の背景として,賃金支払総額の急速な増加や,若年労働者から仕事に見合った賃金要求が出てきたことなどを挙げている。

 ところが1960年代後半になると,職務給や同一労働同一賃金を求める声は急速にしぼんだ。労働政策研究・研修機構濱口桂一郎・主席統括研究員によれば,企業の現場が,職務給では社員の配置転換を円滑に進められないと認識しはじめたためだ(『日本の雇用と労働法』2011年)。

 当時は技術革新に伴い,企業は社員を柔軟に配置換えする必要性が出てきた。職務給のもとでは,持ち場が変わるたびに賃金も変動する。労働組合は賃金が不安定になることを問題視。結局,企業の経営者は,配置転換で労働側の協力をうるため職務給を断念した。日経連も急速に職能給にシフトしていく。その後,年功賃金制度が定着したのは周知のとおりだ。

 c) いまから思えば職務給を見送ったことの影響は大きい。

 雇う側も雇われる側も,職務を明確化する意識が希薄になった。日本型雇用システムの本質は雇用契約が,「命令によってそのつど職務が書きこまれるべき空白の石板」である点にあると濱口氏は説く。仕事の範囲が曖昧になりがちで,残業や長時間労働が当たりまえになった。

 その道では誰にも負けないという専門性の高い人材も育ちにくくなった。日本の正社員の生産性の低さはかねて指摘されているところだ。経団連が職務給や同一労働同一賃金に慎重なのは,会社にとっては使いやすく都合の良い正社員の働き方を,あまり変えたくないからと読める。社員に仕事を随時命じることができる仕組は,会社にとってきわめて便利である。

 しかし,社員の専門性を高め,女性や高度外国人材が働きやすくするには,いまこそ正社員改革が必要だ。「なんでもやる」正社員を必ずしも否定はできないが,少なくとも職務給による働き方と併せて複線化することが求められる。同一労働同一賃金論議をそのきっかけとしたい。(本文引用終わり)

 要は,個別企業次元・単位の利害関係が国民経済全体の必要性にまで効果的に連続しえていた時代は,すでに過去のものになっている。いまでは,国際経済のきびしい舞台において “企業競争に勝てる経営体制”  を整備しなければならなかった。だが,従来の日本的経営(論)では「三種の神器」と称賛された「終身雇用・年功賃金・企業内組合」が,すでに日本企業の手かせ・足かせに変質していた。

 こういう意見がある。23年も前の指摘であるが,いまだに実現できていない問題に関するものである。ただし,この議論は「能力・業績で判断される給与体系」を強調しているが,横断賃金の問題からは離れざるをえない内容でもあった。

   高齢化の進展と年功賃金体系の変容

 

 若年労働力を含む有能な労働力の調達には,年功制では対応できない。彼らは,自己実現の達成を望み,成果の後払いである年功制には魅力を感じない。また高齢化の進展は,人件費圧力の点でも年功制を維持できない。では,どのような賃金体系が求められるのであろうか。労働インセンティブという視点からは職業能力を客観的に評価されることが重要であり,年功ではなく能力・業績で判断される給与体系への変容が早急に求められることとなる。

 

 また,急速な技術革新に直面した企業は,必要な人財を企業内教育で育てることも困難となりつつあり,アジアに進出した日本企業が,おおむね職業訓練場と化している現状からもこのことは看取される。そのため,労働者個人の職業能力は,自己責任で高めなければならない。そうなれば働く側からも,能力・業績で判断される給与体系への移行が一層求められることとなる。

 

 希少な若年労働者にとって働き甲斐のある給与体系,ただ年功によって高賃金を稼得していた一部の高年齢労働者に職業能力の自己投資を促す給与体系とは,現行の年功賃金体系ではなく,客観的評価システムをともなった能力重視の給与体系である。働く側,雇い入れる側双方から,このような新しい給与体系が求められることとなる。そのなかで,「動く,高める,報われる」という労働環境に適した雇用システムが模索されることとなる。

 註記)大石 邦「年功賃金体系は存続できるか」『FRI Review』経済トピックス,1997年4月。http://www.fujitsu.com/downloads/JP/archive/imgjp/group/fri/report/economic-review/199704/06ohishi.pdf

 

 「春秋」の指摘(『日本経済新聞』2016年3月22日朝刊)

 仕事が同じなら,同じ賃金を払う。という「同一労働同一賃金」の考え方には,実は歴史がある。1955年に日経連(現経団連)が著した〔前出の〕『職務給の研究』に同じ言葉がみえる。賃金は「同一労働,同一賃金の原則によって貫かるべきものである」と明記している。

 ▼ 当時日経連は,年齢や生活費で給料が決まるのは不合理だと主張した。景気の波が激しく,人件費の膨張を抑えたい思いがあった。着目したのが賃金を仕事の内容の対価と考える職務給だ。結局,配置転換をするたびに賃金が変わるのは不便とされ,職務給は広がらなかったが,もとの問題意識には理解できる点があった。

 ▼ 安倍政権が同一労働同一賃金の実現に向けた議論を始めた。ただ眼目は,仕事があまり変わらないのにパートと正社員で賃金に開きがあるなど,非正規社員と正社員の待遇格差をあらためることにある。もちろん重要テーマだが,正社員の間に職務に応じて賃金を決める仕組を広げることも課題だろう。古くて新しい論点だ。

 ▼ 職務給に背を向けた企業には長く勤めるほど賃金が上がる年功制が普及した。社員の会社への帰属意識を強めた一方,ぬるま湯体質を生んだとの批判がある。いまも年功制は根強く残る。『職務給の研究』は,賃金制度は生産性向上を促すものであるべきだと説く。賃金をめぐる議論の肝は,60年余り前にすでにに示されている。(引用終わり)

 結局,「賃金をめぐる議論の肝は,65年も前にすでに示されてい」たにもかかわらず,21世紀のいまの時点になってもまだ,どのような賃金制度が好ましいのかについて,誰もその適例となるべき賃金の形態や体系を指示できていない。

 日本経営者団体連盟が「新・日本的経営システム等研究プロジェクト報告」として,1995年5月に公刊していた『新時代の「日本的経営」-挑戦すべき方向とその具体策-』という本がある。いまでも有名な本書は,財界が正規雇用を抑え非正規雇用を拡大していくための指針を与えていた。労働者を3つのグループの分類していた。

   ☆-1 長期蓄積能力活用型グループ-これが従来の終身雇用(常用雇用)に相当-
   ☆-2 高度専門能力活用型グループ
   ☆-3 雇用柔軟型グループ

 だが,なかでも,☆-2「高度専門能力活用型グループ」の内容が問題であった。本書が公表されてからすでに四半世紀が経った現在になっても,その問題性は依然あいまいなままある。それでいて,非正規社員(☆-3「雇用柔軟型グループ」)を増やす趨勢のみは,断然といいくらい確実に伸張させられてきた。

 上記のような「労働者に対するグループ分け」が設定された理由がどこにあったか,いまとなっては一目瞭然である。それに比べて,日本経営者団体連盟が1955年に公表した『職務給の研究』の成果は,いまとなっても十分に活かされていない。

 ところが,その間においては,経営学者伊丹敬之が公刊していた『人本主義企業-変わる経営 変わらぬ経営-』(筑摩書房,1987年)のように,日経連『新時代の日本的経営』1995年の露払い的な役目を果たした書物が発行されていた。  

   f:id:socialsciencereview:20200121102438j:plain

 出所)伊丹敬之『日本型コーポレートガバナンス-従業員主権企業の論理と改革-』102頁。

 さらに,伊丹敬之の『日本型コーポレートガバナンス-従業員主権企業の論理と改革-』(日本経済新聞社,2000年)は,全従業員を「コア従業とノンコア従業員」に分類することで,「新・日本的経営システム等研究プロジェクト報告」『新時代の「日本的経営」-挑戦すべき方向とその具体策-』1995年を,経営学者の観点からあらためて合理化し,産業界側に推進させるための役目も果たしていた。

 

 『新時代の「日本的経営」-挑戦すべき方向とその具体策-』1995年を後押しした伊丹敬之『人本主義企業-変わる経営 変わらぬ経営-』1987年の過誤

 1995年に公表された,新・日本的経営システム等研究プロジェクト報告『新時代の「日本的経営」』(日本経営者団体連盟)は,つぎの図解に提示された労働者の階層分化(より正確にはその分解あるいは破壊)をもくろみ,これまで成功してきた。

 f:id:socialsciencereview:20200114205606j:plain

  出所)http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2009-08-27/2009082705_01_0.jpg 『新時代の「日本的経営」』1995年の原図は32頁。

 この日経連のもくろみに協力してきた代表者の経営学者が,ほかならぬ,伊丹敬之(元一橋大学商学部教授,前東京理科大学教授,現国際大学学長)であった。彼は,新自由主義規制緩和という国家方針にしたがう水先案内人としての立場に立ち,具体的には「人本主義企業」といった奇矯な経営概念を提唱したうえで,財界側の意向に全面協力する学問を提唱していた。

   伊丹敬之『人本主義企業-変わる経営  変わらぬ原理-』筑摩書房,1987年の過ち

 

 伊丹敬之のこの『人本主義』は「激動する環境のなかで経営の具体的な制度は,変えるべき部分は当然出てくるが,原理は貫いたほうがよいとして,戦後40年の企業経営の科学的精髄を理論化したのが人本主義なのである」(『日本経済新聞』1988年1月24日朝刊「書評」)と解説され,つまりたいそうにヨイショされていた。

 

 だが,戦後75年も過ぎたいまの段階から振りかえってみるに,伊丹敬之のこの著作の主唱に関していわれていた,日本の経営の「変わった姿」のなかには「変わらぬ原理」があるなどと高唱されていた実体は,なにもみいだせないできた。

 

 現段階における日本の「企業経営の現実・環境」に対面させられているこの「人本主義=企業」論は,実のところ「奇妙かつ奇怪な概念」を構築していたに過ぎない。この事実がいまさらのように,さらされつづけているだけであり,つまり,当初より破綻(破産)するほかなかった理論を提唱していたのである。

 

   f:id:socialsciencereview:20200121073252j:plain

 

 もっとも,あえて指摘するのであれば,その「変わらぬ原理」とは資本制企業の利潤追求である。そして,その「変わった姿」なるものは,現実の生活のなかで暮らす「庶民:労働者側の立場・視点」から観れば一目瞭然であるが,「昨今における日本企業内の実態・内情」を指している。そこにうかがえるのは,「人本主義の企業」論などわずかも立ち入れる隙間がないほどに,きびしく冷酷である現実の様相である。

 人本主義企業「論」という空虚な中身の主唱をかかげえた伊丹敬之の立場は,『人本主義企業-変わる経営・変わらぬ原理-』のカバー・帯に書かれていた謳い文句;「時代と国境をこえる日本企業の新しいビジョンを求めて」という核心に絡めていわせてもらうに,つぎのように論断しておけばいい。

 結論的にいえば,人本主義によって「求められていた目標」は,与えられるものがなにもなかった。それどころか,その代わりに「与えられた現実」は,そのビジョンを求める術すらもてなくなってきた「日本企業のその後=現在」であった。

 さらにいえば,その企業の内部にひたすら抑圧管理的にとりこまれたり,または冗員としてそこから排出されたりした無数の労働者たちが体験させられてきた「悲惨な末路の様子」は,人本主義企業「論」の提唱とはまったく別個に,産業社会のなかでは同時並行的に生起していた。

 伊丹敬之のこの本については,以前みたアマゾンの書評欄にはフルマークを付けたブック・レビューが並んでいた。しかし,その評者たちは「人本主義企業」論という〈青い鳥〉が,いまの時代にあって実際にはどこの空を飛んでいるのかという事実把握とは無関係の記述をおこなっている。

 前掲の図表「財界が描く雇用形態の3グループ」において,そのように3分類された労働者の各グループは,採用形態における「安定⇔不安定」の程度に関する明確な違いも意味されていた。それは,従来における日本式経営の「年功制・終雇用制・企業内組合」という大企業正社員雇用体制の基盤をも,根柢から突き崩す経営思想の積極的な意図がこめられていた。

 新・日本的経営システム等研究プロジェクト報告『新時代の「日本的経営」』が公表されてから早,四半世紀が経過したが,その間,日本企業を囲む経済・産業環境はひどく悪化してきた。その推移にあっては,伊丹敬之『人本主義企業』の提唱など,どこかへ蹴散らかされた様子しかうかがえない。

 それでも,いったいどこまで本質的な理解が深められたのか分からぬが,この人本主義経営論を受けて,「市場原理と人本主義原理とのあいだの関係をいかに構築していくか」,この「ハイブリッド化に伴うコストはいかに削減するかにある」註記)などと,的外れで時代錯誤の創見を披露する経済学者もいた。語るに落ちた話であった。
 註記)宮島英昭「人本主義」『日本労働研究雑誌』第609号,2011年4月,61頁。

 

  最近の趨勢-「財界側の意向」・「安倍晋三の賃上げ要請の異様さ」など

 1)「『年功・終身』見直し重点に 経団連が春季交渉指針」日本経済新聞』2019年12月24日朝刊3面「総合2」

 a) 経団連は〔2019年12月〕23日,2020年春季労使交渉の経営側の指針を大筋でまとめた。賃上げにくわえ,年功型賃金や終身雇用を柱とする日本型雇用制度の見直しを重点課題にかかげた。このままでは経済のデジタル化などに対応できないとの「強い危機感」(中西宏明会長)がある。経団連として課題を提起し,社員の意欲や稼ぐ力を高められるよう会員企業の検討を後押しする。

 2020年1月に経営側の指針となる「経営労働政策特別委員会報告」を公表する。1月末の経団連と連合のトップ会談から春季労使交渉が始まる。

 これまでの春季労使交渉の主要なテーマは賃金改定だった。2018年までは政府の意向のもとで「官製春闘」の色彩が濃かったが,中西氏が経団連のトップになったあとの2019年の指針では「賃上げは経営者が自主的に決めていくもの」と強調した。

 2020年の指針では,さらに踏みこんで「良好な労使関係の礎」となってきた春季労使交渉を舞台に,雇用体系そのものも議論すべきだとの方向性を打ち出した。

 日本型雇用制度を前提に企業経営を考えることが時代に合わないケースが増えていると指摘。中途採用や通年採用も拡大するほか,職務に応じて賃金に格差をつけたり,成果をより重視した昇給制度を設けたりすることも提起した。

 「従来型の雇用」とともにあらかじめ職務を明確にする「ジョブ型雇用」も増やすべきだと訴えた。たとえば人工知能(AI)システムの開発者といった高度な知識をもつ人材がジョブ型雇用の対象になる。ジョブ型雇用に対して,業務を専門分野に絞って高い給与を払う代わりに,労働時間の規制を外す「高度プロフェッショナル制度」の活用も有益だと指摘した。

 b) 雇用制度の見直しに踏みこんだ背景には,中西氏の強い思いがある。優秀な人材の意欲を引き出すためには,みずからの仕事が社会に貢献していると実感させ,高い給与などで報いる仕組が欠かせないとみている。

 中西氏が〔2019年12月〕23日の記者会見で「当面の課題」として挙げたのがデジタル人材の確保・育成だ。経済産業省などによると,日本のIT(情報技術)人材の平均年収は全産業平均の 1.7倍だ。9.2倍のインドや6.8倍の中国に比べて,IT人材の給与への満足度は低い。経団連の指針は「現在の雇用制度のままでは魅力を示せず,海外への人材流出リスクが非常に高まっている」と懸念を示す。

   f:id:socialsciencereview:20200121084144j:plain

 すべての会員企業が経団連の指針を取り入れるとは限らない。ある関係者は「経済界全体で各社が自社に適した雇用体系を労使で探る機運を高めたい」と今回の狙いを説明する。今後の雇用のあり方として「柔軟化・多様化」を重視する企業が多いことを示す調査結果を紹介しており,こうしたデータを含めて雇用制度を見直す環境づくりも進める。

 かつて雇用制度の見直しは労組側から強い反発を招いた。ただ深刻な人手不足で労働の「売り手市場」が常態化している。経済のデジタル化で企業の収益環境が劇的に変化している状況を労使で共有する例が増えており,すでに日本型雇用の前提が崩れつつあるとの見方もある。

 c) 「企業,IT人材獲得急ぐ 『職務限定』『高報酬』を検討」

 IT(情報技術)人材をめぐり,米グーグルやアップルといった「GAFA」をはじめとしたグローバル企業などとの獲得競争が激しさを増している。有望な人材の確保にはあらかじめ職務を限定する「ジョブ型雇用」が当然になりつつある。経団連の大号令を待たず,人事制度の刷新にまで着手し,対策に乗り出す企業が増えている。

 三井住友海上火災保険は以前からアクチュアリー(保険数理人)などの専門職でジョブ型雇用を手がけてきた。今回の経団連の決定を受け,今後は「データ分析の専門家であるデータサイエンティストなどでジョブ型採用を検討する」という。

 富士通は年功の資格ではなく,職務で賃金を決める人事制度を2019年度中に本部長クラス以上で先行導入し,実力主義を浸透させ2020年度以降に順次拡大する計画だ。若手への導入も急ぐが一般社員への適用には労働組合との調整が必要で段階的な導入とした。

 人材の専門性の高さと市場価値を照らし合わせて報酬を個別に設定できるようにする「高度人材処遇制度」も,2019年度中の導入をめざす。人工知能(AI)やサイバーセキュリティーなどのトップ人材を,役員並みの年収3000万~4000万円で処遇する。

 三菱商事は〔2019年〕4月,人事制度を約20年ぶりに刷新した。年功序列的な要素を少なくし,実力主義にもとづき若手人材も幹部登用できるようにする。10年目までに経営に必要な能力を身につけさせ,その後は年齢と関係なく能力に応じて登用する。従来は経営実務を取りしきる課長級になるには入社から20年程度を要した。

 ITの急速な進展に,新卒で一括採用し長年人材を育成していくやり方では対応しきれず,海外の企業に人材採用で競り負ける局面も出てきている。(長い引用終わり)

 以上の日経記事は,いまだに「年功制賃金や終身雇用制」とは完全に縁を切れないでいる日本企業の実態・実情を教えている。この記事の2日後には,つぎの「社長 100人アンケート」に関する結果をまとめて報告した記事も出ていたので,合わせて紹介したい。問題の本質がいくらかは透視できるはずである。

 2)「社長 100人アンケート年功賃金『見直す』72% 人材獲得へ危機感」日本経済新聞』2019年12月26日朝刊13面「企業1」  

               f:id:socialsciencereview:20200121084449j:plain

 企業経営者の間で年功型賃金を変える意向が高まっている。「社長100人アンケート」で,見直すと回答した企業は72.2%に上った。優秀な若手やデジタル人材など高度な技術をもつ社員を確保するには,旧来の日本型雇用システムでは対応できないとの危機感をもつ経営者が多い。ただ,終身雇用制度は当面維持するとの回答も多く,抜本的な改革にはほど遠い。

 補注)この「抜本的な改革にはほど遠い」という指摘に留意したい。とりわけ,この100人に選ばれてアンケートの対象になった社長が勤務する大企業は,いずれも日本の産業界のなかでは一流でかつ有名な会社ばかりである。それでもまだ,このように「改革にはほど遠い」と回答されている実情・実態が把握できたと報告されている。はたして,その中身・核心はいったいなんであり,どこに存するのかという関心が,あらためてもたれていい。

 社員の勤続年数や年齢によって賃金が上がる年功序列型の賃金について「抜本的に見直すべきだ」と回答した経営者は27.1%,「一部見直すべきだ」と回答した45.1%をくわえると7割を超える。類似の質問をした6月時点の51.3%から大幅に増えた。「現状のままでよい」はゼロだった。

 年功賃金を見直す理由を複数回答で聞いたところ「優秀な若手や高度な技術者などを処遇できない」が76.9%と最多だった。「経営環境の激しい変化に対応できない」(40.4%),「組織が沈滞化してイノベーションが生まれない」(27.9%)が続く。SOMPOホールディングス桜田謙悟社長は「日本型雇用慣行を打破し,多様な人材を活躍させる必要がある」と指摘する。

 企業の間ではグローバル競争への危機感が高まっていることも背景にある。コニカミノルタの山名昌衛社長は「グローバルレベルでの競争がますます激しくなるなか,日本型雇用の強みを残しながらも,大きく変革する時期にきている」という。

 補注)ここでいわれている「日本型雇用の強味」とは,実のところではいつも, “裏腹の問題” を控えさせている事実を示唆している。職種別や産業別になる横断型賃金制度は,日本の労働経済史において,あっても一部の産業部門だけに限定されてきた。この「日本型の賃金」制度史を前提にしたなかで,とくにこの「日本型雇用の強味」が現時点にあってもなお強調されるとなれば,この記事で話題にされている「これからの目標」,つまり「賃金制度の根本的な改革」は,当初から水を差されたも同然の状況になりかねない。

 もっとも要は「会社の業績にプラスになる制度」であれば,どのような賃金形態であってもよいわけで,利潤(利益)の関連を踏まえて,いかにしたら,「賃上げされたとき」でも従業員がそれ以上に「付加価値(収益)を上げうるか」という観点にこそ,第1の関心が向けられている。

 利益獲得により多く貢献しうる賃金管理体制は,どのような時代のなかでも求められつづけてきたのであって,年功か実力かという論点は,いうなればその時々に「迫られている中心的な関心事」に対応するかっこうを採りながら,それなりに維持されてきた。もちろん,会社の利益管理体制とのかねあいを第1義に据えるなかで,いかようにでも変質しうる問題でもある。

〔記事に戻る→〕 優秀な人材を獲得するために年功賃金にとらわれない待遇を打ち出す企業も出てきた。NECは〔2019年〕10月,優秀な研究者には新入社員でも年収1000万円以上を支払う報酬制度を導入した。ソニーなども人工知能(AI)人材獲得のために能力しだいで高給で処遇している。ユニクロを運営するファーストリテイリングくら寿司も若手から幹部候補生を抜てきして,同年代の社員と待遇に差をつけるなどの取り組みを導入する。

   f:id:socialsciencereview:20200121091216j:plain

 職務を明確にして専門人材として働く「ジョブ型」雇用も広がる。導入している企業は43.8%,導入を検討している企業も19.4%あった。

 プログラミングやAI開発などに携わるデジタル人材の採用意欲も高い。2020年度は2019年度に比べデジタル人材を増やすと回答したのは77%。中途採用で増やすと回答したのは89.2%,新卒では57.7%だった。

 2020年の春季労使交渉では年功賃金の見直しが焦点となってくる。ただ,終身雇用制度は当面維持するとの回答は63.2%に達した。デジタル人材の初任給も他の人材と差をつけないとの回答が55.6%もある。デジタル人材の賃金を高く設定するとの回答は2.1%にとどまった。年功賃金を見直したいものの,中高年社員の反発は大きく旧来型の制度の抜本的な見直しまでは踏みこめない苦しさもにじむ。(引用終わり)

 最後のこの一言「旧来型の制度の抜本的な見直しまでは踏みこめない苦しさ」という点が興味深い。とはいっても,いままで「中高年社員のリストラ」という措置は,経営状態が悪化した企業ならば,いくらでも実行してきた。だが,通常においてなんとかやりくりできている経営状態の大企業であれば,「年功・終身」の制度が見直されねばならないとか,そうしないと国際競争に勝てないとか必死になっていわれてはいても,まだまだこれからの課題だという性格づけが残る点は否めない。

 要は,営利追求⇒利益獲得に利する人事・労務管理制度の一環としての「賃金管理問題」だという結論になるゆえ,日本企業経営史でいえば1世紀もの歴史の流れのなかで蓄積・形成されてきた賃金制度が変質していく必要性やその速度は,その営利・利益の現実的な獲得可能性に対応する〈従属変数的な位置〉として,自然に定まっていくものだとしかいいようがない。

 ところで,安倍晋三は最近,首相の立場から経団連に対して「7年連続で賃上げを要請」してきた。だが,この一国の最高責任者としての発言は,日本という国家資本(社会?)主義体制の「変形・異形・畸型ぶり」を,遺憾なく表現している。さすがに経団連の会長に向かってまで,「安倍晋三という〈オレ様のいうこと〉」を “察しろ!” ,つまり忖度するようにしろとは要求できていないものの,資本主義国家体制の枠組のなかで,安倍のように財界側に対して「賃上げの案件」をじかに要求するのは,さすがに経済の本質をしらない「世襲3代目の大▲バカ政治屋」の発想であった。「アベノミクスのお里」は,初めからしれていた。

------------------

 ※ 以下の画像には Amazon 広告へのリンクあり ※