安倍晋三のスシ友の1人である朝日新聞社編集委員 曽我 豪の立場・役まわり

安倍晋三総理大臣スシ友であるジャーナリスト「朝日新聞社編集委員  曽我 豪」は,購読者の質問・疑問に答えることができるか? 難問かもしれないが,答える価値はたっぷりあるように思える

 

 【要点】 本ブログ筆者が2020年1月20日に記述した記述は,こう題していた。

 主題「『朝日新聞編集委員 曽我 豪は,安倍晋三のスシ友の立場から「日曜に想う」の執筆を担当しているのか」


 副題(要点)「安倍晋三君のスシ友である朝日新聞社編集委員 曽我 豪」は,ゴマすり的あるいはガリかじり風の論説しか書かないのか,『朝日新聞』のなかに「一点豪華的な汚点」を重ねるみたいな文章を書きつづける幹部記者がいて,現政権を支持するためであるかのような発言しかなしえない悲しさだけは,しかたなくもよくは理解できるとはいえ,「社会の木鐸」の反極に立ちつづける「哀れな言論人一例」をみせつけられているゆえ,ただ幻滅……」。
 リンク ⇒ https://socialsciencereview.hatenablog.com/entry/2020/01/20/212522

 

  「〈声〉首相と会食,どんな感触得た?」朝日新聞』2020年1月24日朝刊12面「オピニオン」に「無職 徳本公子(兵庫県,76歳)が,投書のかたちで提示した「朝日新聞社編集委員 曽我 豪」への質問状

 

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 --安倍晋三首相とメディア関係の方々が〔1月〕10日に会食したと「首相動静」欄に載っていた。メディアは権力者を監視するために不即不離の姿勢で臨み,客観的な目をもつことが必要だ。特定のメンバーだけが定期的に首相と会食するのは,記者の基本的な姿勢に対して読者に疑問を抱かせる。私はダメだと思う。

 補注)徳本公子は,曽我 豪に対して安倍晋三とのスシ友的交際は,言論人として「バツ」だと明言している。曽我はそう感じるか?

 会食に参加していた朝日新聞の曽我豪編集委員のコラム「日曜に想(おも)う」がどんな内容になるだろうかと注目していたところ,12日に「庚子(かのえね)の年の首相準備マニュアル」の見出しで載った。

 せっかく直前に安倍首相と会食したのに,そのことにまったく触れていないのが残念だった。自民党総裁4選を辞さないのか,任期満了までに改憲の道筋をどう描くのか。夕食をともにしながら,曽我編集委員はどんな感触をえたのだろう。

 補注)「安倍首相と会食したのに,そのことにまったく触れていない」という指摘・批判は,あまりに当然とはいえ,鋭角的な発言である。曽我はなんと答えることができるのか? とはいえ,本ブログ筆者の解釈は逆であって,アベと会食したすぐあとにその「日曜に想う」を書いた曽我が,なにを念頭に置いていたかといえば,おそらく会食のときに話題になっていたいろいろな中身に関連させて,しかもアベが気に入るような文章を書いたとみるのが妥当ではないか。

 なぜ,首相との会食が必要なのか。費用の負担はどうなっているのか。そして,どんな話をしたのか。読者としてしりたい。「日曜に想う」でぜひ書いてほしい。曽我編集委員,期待しています。

 --「声」欄に採用されたこの投書は,「安倍晋三:スシ友」である立場をめぐって曽我 豪に向けられた疑問であり,いうなれば,みごとに『公開質問状』のごとき文章に仕上がっている。これに対して,曽我自身がただちに答えてくれるか,あるいは答えられるかどうかというべきなのか,この点はいまのところ,まったく見当がつかないでいる。

 本ブログ筆者が書いた前掲の「1月20日に書いた文章」による判断では,2014年12月時点からすでに曽我は安倍晋三「スシ友・会」の常連参加者になっていた。もっとも,そのより正確な時期はさらに,後段の記述で判明するところである。

 

  2014年5月の「安倍晋三・スシ友会」

 ここであらためてネットを検索してみたところ,2014年5月15日に「スシ友」会の開催があった事実が指摘されていた。その参加者はつぎの氏名の者たちであって,いつもの〈常連〉であった。

 この各紙・各社の幹部記者たちは,このスシ友の会に〈固定客〉として参加しつづけることに,いったいどのよう意図や目的をもたせ,同時にまた,どのような期待や効果を狙っているのか? もちろん安倍晋三側のそれも,大前提におかれたうえで,考えねばならない問題である。 

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    朝日新聞:曽我 豪
    読売新聞:小田 尚
    NHK: 島田敏
    日テレ: 粕谷賢之
    毎日新聞山田孝男
    時事通信田崎史郎

   註記)金吾 @kingo999「部下の方は,陰で『総理のスシ友』」と呼びましょう」【安倍総理の寿司友】午後8:49 · 2014年6月20日https://twitter.com/kingo999/status/479954104303620098 

 前段に出てきた年月日「2014年5月15日は,従軍慰安婦問題で安倍晋三がしゃかりきになって朝日新聞社をイジメはじめる夏より,数ヶ月以前の時期になるゆえ,朝日新聞社の曽我 豪はその「問題・事件」とは無関係に,より以前から安倍晋三との親交を維持してきたことも分かる。
 
 要約するまでもなくいえる点は,一国の最高権力者と会食する機会(高級な飲食店で豪華な晩餐を摂る会)であるから,常識的に考えても「社会の木鐸」である言論機関の幹部記者たちがそのような「首相との親密な機会」を定期的にもっているという構図は,厳密にとらえていうまでもなく「異様な政治社会的な空間を構成している人間関係模様」だと表現できる。

 

  なんとなく浮かんでくる疑問を備忘しておく

 まず,曽我 豪自身は,① 徳本公子が質問している中身に対して,なにを,どのように答えうるのか? ぜひとも聴いてみたいところである。安倍晋三となにを話し,なにを議論し,どのように意見を交流させえ,あるいは理解しあえたのかなど,しりたいものである。

 今回,2020年1月10日に安倍晋と会食の機会をもった曽我 豪は,2日あとの12日の朝刊に「日曜に想う」を執筆していたが(おそらく11日中に必死になって書いた論説〔?〕だと推測しておく),本ブログ筆者の抱いた感想は,1月20日の記述に書いたとおりであるが,以下にその文章の要点と見出しを出しておく。こうなっていた。

 要点:1 曽我 豪は「アベヨイショ応援団の一員」の立場から論説を書くために『朝日新聞』の編集委員を務めているのか

 

 要点:2 読んでみると妙に脇がかゆくなるような “迷文の書き手” となっている様子がうかがえ,「幹部記者としての人生」を生きるのも,けっこう苦労な覚悟が要るのかもしれない,などと憶測的に観察してみる「曽我 豪の姿」

 

   ①「安倍首相が『日米安保改定60年』で祖父自慢連発! ならば教えよう,岸 信介がA級戦犯逃れるために米国の手先となった証拠」『リテラ』2020.01.19 11:14,https://lite-ra.com/2020/01/post-5214_6.html に書いてあったこと……

 

   ② 『朝日新聞編集委員「曽我 豪」の老獪ならざる「安倍晋三を小▲カにした」応援歌的な論説のはしたなさ,朝日新聞社の幹部記者がこの程度のゴマすりしか書けないのか

 

   ③ 5年も前から曽我 豪の安倍晋三「忖度記事」は非難されている

 

   ④「ゴマすり記者と安倍晋三が銀座で豪華な新年会!」『半歩前へ』2020年01月13日,https://85280384.at.webry.info/202001/article_122.html

 あらためてこの文章の内容を読みなおすと,結局,曽我 豪は「アベ忖度記者」である存在意義以外,いまとなって “なんの価値もない朝日新聞社の記者” だという見立てになるほかない。

 イ) 肝心な問題は,朝日新聞社じたいにとって曽我 豪は,いったいどのような存在意義があり,そのなりの役目をはたしているのかということになる。要は,アベ政権とのパイプ役として,この曽我 豪がいなければマズいということか。

 だが,曽我 豪がこれほど長期間にわたり,為政の代表者と会食をする機会を重ねているという事実は,単に意見交換の場を設けてきているという意味あい以上の「実質」があって,当然である。そうでないなどと観察するほうが,かえってよほどおかしい。

 ロ) つぎに,朝日新聞社内では,この編集委員曽我 豪の役割が前段までのような「アベとの活動記録」を有する幹部記者として,いったいどのような評価を下されているのかに関心がもたれる。

 分かりやすくいうとしたら,「必要悪の任務」を曽我 豪に負わせているつもりか? しかし,その割には曽我がいままで書いてきた「日曜に想う」として掲載してきた文章は,なにか肝要な論点に関しては中途半端,半煮えでありながらも,それでいてアベ様のためだけになるような,つまりこの専制的独裁主義の「アベ1強〔狂・凶〕」の長続きを祈るかのような,単純に “ゴマすりの論説” を書いてきた。

 いまや『ゴミ売り新聞』や『惨K新聞』などが,日本の新聞業界から「社会の木鐸」性を完全に一掃させてしまっていた。『朝日新聞』や『毎日新聞』『東京新聞』がいくらがんばってみたところで,アベの意向を組んだ記事を書いたり,週刊誌的な記事の制作を官邸のために,でっちあげ記事まで書いて報道する『ゴミ売り新聞』などがあるかぎり,日本の新聞紙はこれからもさらに衰退の一路を進行していくほかない。

 補注)『読売新聞』は2017年5月22日,「前川〔喜平〕前次官 出会い系バー通い  文科省在職中,平日夜」と題して,前川喜平前文部科学事務次官が新宿の「出会い系バー」に頻繁に出入りし,代金交渉までして売春の客となっていたかのように報じる記事を大々的に掲載した。

 この報道に対して,元東京地検特捜部検事であった郷原信郎弁護士は「報道機関としての存在を否定するに等しい,組織の不祥事」だとまっこうから,徹底的な批判をくわえていた。読売は安倍晋三官邸の意向にそって,多分,内閣情報調査室から特定の情報提供を受けてだが,事実とまったく異なった,いうなれば “2流週刊誌的な個人攻撃に相当するデッチ上げ記事” を制作していた。

 『ゴミ売り新聞』は,原発推進路線を半世紀以上も前から維持してきた新聞社である事情にも鑑みるに,いまではほとんどイエロー・ペーバー同然の「2流の大衆新聞紙」になりはてていた。『惨K新聞』は論外であって,アベ様のためならなんでもかんでもとりあげて記事にしてしまいますみたいな2流紙(準1流紙?)であるゆえ,百害あって一利なしの新聞社であった。朝日新聞社を非難・攻撃することに生きがいをみいだしている向きも,『惨K新聞』にはうかがえる。同社の生き残りための「編集方針の立場(?)」が,そうした行動様式を展開させているといえなくはない。

 話題を曽我 豪のところに戻すと,この朝日新聞社編集委員は,アベに対する御用聞きの役目でも果たしているのか? 曽我は自分なりに,朝日新聞社のためにアベとの会食の機会を定期的にもつという「任務・役割」を果たしており,それなりに朝日新聞社のためになっているとでも解釈したらよいのか。

 朝日新聞社の記者たちは,この幹部記者をどのようにみているのか? 朝日新聞社最高経営責任者たちは,この曽我 豪を,どのような存在として位置づけているのか?

 

  ここの段落まで書いたところでネット上にこういう記述をみつけた。

 ※-1 「今朝の朝日新聞『日曜に想う 曽我   豪』,読まずにはさみで切って捨てた。 “目の穢れ” で周囲の記事が読めないためだ。金返せ!」『もみさんの一日一冊遊書録』2019年02月10日 13時27分23秒,https://blog.goo.ne.jp/2714965/e/bc97c458b7ddf56d40080a97fde601a8

 つぎの指摘もあった。

 ※-2朝日新聞における曽我 豪さんは,いずれ東京新聞における長谷川幸洋さんのような存在になっていくかも…?」『ぼやきくっくり時事ネタぼやきと番組書き起こし』2017.03.25 Saturday 02:34,http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid2033.html

 こちら(※-2)のブログ主いわく,曽我は「社内での立場がかなり微妙になるし,それなりの覚悟が必要ですね」。

 いずれにせよ『朝日新聞』の購読者は,曽我 豪のような記者の書く「安倍晋三〈仕立て〉の記事」を読みたいとは,全然思っていない。だから,前段に出ていたように「『日曜に想う』に『曽我 豪』が書いた論説」を「読まずにはさみで切って捨てた」という顛末が生まれる。

 それにまた,実は曽我 豪の書いている文章は,本当は「安倍晋三をバカにしている」通奏低音がないとはいえない。しかし,この通奏低音を曽我が自身にとって必要らしい「最低限のなにか自負」を奏でているとしたら,まだ自分の新聞社編集委員としての苦しい立場に自覚症状があるものと思ってもいい。

 だが,すでにそうした複雑怪奇な自己指針をつらぬく論説委員として人生を〔いままでで分かる範囲内でも〕6年も過ごしてくれば,どこかでなにかがすでに歯車が狂っていた,あるいは, “歯こぼれ” が起きていたといえないわけがない。

 曽我 豪はいまとなっては『ゴミ売り新聞』に身売り(移動・転職)したほうが,あべ様用の記者としてのよりよい人生を過ごせるのではないか? もっとも,朝日新聞社の記者だからこそ,彼なりの面目も発揮できているのかもしれない。

  大塚将司「〈反メディア的! その記事,ダマされていませんか?〉第7回 朝日新聞社長,安倍首相と “詫び入れ” 会食の噂… 主筆退任で紙面も擁護論調?」『Business Journal』2013. 01. 29https://biz-journal.jp/2013/01/post_1405.html が,こういう事実を書いていた。

 a) 安倍首相の父,安倍晋太郎元外相(故人)は毎日記者出身なので,毎日と関係がよくない理由はわからないが,朝日とは主義主張が水と油。憲法改正問題はもちろん,靖国参拝問題,従軍慰安婦問題など歴史認識が絡む問題では,真っ向から対立している。

 その朝日が会社として安倍首相にひれ伏すような行動に出ているのが事実とすれば,「なぜだ?」との疑問が湧き起こる。そこで,知人の朝日ウォッチャーに聞いてみると,噂は必らずしも真実ではなく,朝日サイドが首相と融和しようとアプローチしているというのが真相だというのだ。

 朝日ウォッチャーに尋ねた。案の定,「会食は安倍氏が首相に就任する前で,総選挙期間中ということも考えにくいので〔2012年〕11月中ではないか」という回答で,朝日サイドから木村社長のほか,2名が出席,そのうち1人は麻生太郎副総理兼財務相と親しく, “よいしょ” がうまいといわれる曽我 豪政治部長(当時の肩書き)だったという。そして,関係者によれば,安倍首相は「朝日の人との会食で,こんな気分のいいのは初めて」との趣旨の感想を漏らしたとも教えてくれた。

 当事者に確認したわけではないので,会食が真実と断定するわけにはいかないが,話は具体的で,作り話とはとても思えない。しかも,若宮啓文(よしぶみ)氏の退任は事実であり,朝日サイドに首相との関係を改善したいという思惑があるとみてよさそうだ。事実,安倍政権の誕生前と後では,社説のトーンが微妙に変わっている。そのいい例が金融政策をめぐる社説だ。

 註記)https://biz-journal.jp/2013/01/post_1405.html

 いま,安倍首相は経済政策を最優先課題に取り組む方針をかかげているが,それがうまくいった時はもちろん,壁にぶち当たった時も, “本丸” である歴史認識の見直しや憲法改正などの課題に猪突猛進するだろう。その時,朝日新聞がどんなスタンスを取るのか,興味津々だ。そして,その時はそれほど先ではないかもしれない。

 註記)https://biz-journal.jp/2013/01/post_1405_2.html

 「朝日新聞がどんなスタンスを取るのか,興味津々だ。そして,その時はそれほど先ではないかもしれない」と,2013年1月だからこれは7年前の話題であったが,その結論は曽我 豪自身に直接聞いてくれということになっている。「 “よいしょ” がうまいといわれる曽我 豪」の個性が活かされているということか?

 しかし,話はそれほど単純ではあるまい。その後,2014年の夏に起きた「安倍晋三による朝日新聞社に対する猛攻」は,従軍慰安婦問題に関して「基本から間違えていたアベ側の歴史認識」などそっちのけにして,それも権力に立つ者がいい気になっていわば権柄尽くで,一方的に攻め入る白兵戦のように展開されていた。

 『朝日新聞』の読者から鋏を入れられ,捨てられるような論説を「アベ様のために書くような編集委員曽我 豪の存在」を好むといえるような,朝日の購読者はほとんどいない。その意味で曽我 豪は,外部の読者の視線には,朝日新聞社の「獅子身中の虫である存在」に映る。

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