『象徴天皇制に関する基礎的資料』2003年の吟味,象徴とはいえない天皇の問題

国会における象徴天皇に関する討議の記録:『象徴天皇制に関する基礎的資料』2003年 の意義

                   (2009年12月28日)

 

  【要点】 象徴などとはとうてい,いいにくい天皇の諸行為

 

  最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会『象徴天皇制に関する基礎的資料』衆議院憲法調査会事務局,平成15〔2003〕年2月

 「衆憲資第13号」として,最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会が衆議院憲法調査会事務局から公表していた『象徴天皇制に関する基礎的資料』(平成15年2月6日及び3月6日の参考資料。以下『天皇制資料』と略称)がある。筆者はいつごろか失念したが,以前この資料〔PDF文書〕をインターネットで閲覧したとき印刷し,封筒に入れておき,棚のある場所に放置してあった。

 最近,この資料をあらためて目にする機会があった。これにはすでに下線も引かれていて,だいぶ以前に読んだ痕跡も残っていた。ともかくも,このところ連日のように議論している天皇天皇制,それも〈象徴天皇〉問題に関する有意義な内容が,この資料のなかには記述されていることに気づいた。下記に,この資料がある場所にリンクを張っておくので,できればさきに参照してもほしい。--できればまた,この文書を開いた状態でこのブログの議論を読んでほしくも思う。

 註記)http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shuken013.pdf/$File/shuken013.pdf(2020年3月2日,検索したところ,削除状態)


  象徴天皇が元首でありうるのか? -基本的な矛盾-

 ① の資料を読みなおし,さあ議論をすすめようとした段階になって http://wapedia.mobi/ja/元首?t=5. というホームページを参照すると,すでにこの資料のなかで注目すべき主張部分を紹介している(この住所も現在は,削除状態)。これにもリンクを張っておいたので,できればこれも開きながら,本ブログの議論を読んでほしく希望する。以下『天皇制資料』の引用個所などは厳密に指示しながらも記述していく。

 1) 象徴天皇は元首でありうるのか

 『天皇制資料』は,現行憲法における天皇の地位について「我が国は立憲君主国か」と問われて,政府委員の吉國一郎内閣法制局長官が「わが国は共和制でないことはまず明らかで」あり,「憲法に従って政治を行う国家で」あるから「立憲君主制と言っても差しつかえない」。けれども「明治憲法下におきまするような統治権の総覧者としての天皇をいただくという意味での立憲君主制でないことは,これまた明らかで」ある,と答えている(2頁)

 この内閣法制局の見解については,佐藤 功『憲法 上(新版)』(有斐閣,1983年,35-37頁)が付記されている。政府委員の大手峻郎内閣法制局第1部長は,「天皇は元首か」という論点について,こう答えている。

 「元首の定義いかんに帰する問題である」。「かつてのように元首とは内治,外交のすべてを通じて国を代表し行政権を掌握している」のに比べていえば,「現行憲法のもと」「天皇は元首ではない」。しかし,「天皇はごく一部」「外交関係において国を代表する面を持って」いる「現行憲法のもとに」〔第7条第9号「外国の大使及び公使を接受すること」〕おいて,「天皇は国の象徴であり」同時に「元首である」「というふうに」も「考えておる」(3-4頁)
 
 たとえば,大使・公使に対する接受行為を執りおこなう天皇は「形式的儀礼的に」「この点において国を代表する面を有してお」る。しかし「全権委任状あるいは我が国大使,公使の信任状の発出」「はもともと内閣の権限に属する」ものであり,「天皇はこれを認証されるだけで」ある。「そういう意味」「での外交関係において国を代表する面を有しているとは言いにくいのではないか」(5頁)

 政府委員の高島益郎外務省条約局長は,第7条「天皇の国事行為と」「して,内閣の助言と承認によって天皇はこのような行為を行なう」「点だけをとらえてみ」「ると」「まさに元首の一つの機能を天皇が果たして」い「る」。そして「国家を代表する機能という点からとらえ」る「と一番重要な」「行政権の主体としての内閣の仕事」「に重点がある」「ので」,「天皇はいわゆる一般的にいい」「元首の性格を」「持」〔た〕「ない,むしろ象徴という点に重点がある」とも答弁している(5-6頁)

 以上までの議論に関しても,憲法学の専門的な学術書が参照文献が,各段落において関連する個所を直接引用するかたちで登場していることも断わっておきたい。

 それにしても,敗戦後に開催されていた「貴族院帝国憲法改正案特別委員会」(1946〔昭和21〕年9月2日~10月3日;なお貴族院とは現在の参議院の前身)において,帝国憲法改正案の提案理由を説明する役目を果たしていた国務大臣金森徳次郎が質問に答えていったのは,「国民はこの憲法に定まって居る天皇の御地位を,必要以上に権力的に考える虞が十分にあろう」が「象徴と云う言葉には左様な悪い連想がない」(8頁)ということであった。

 しかし「天皇が象徴である」という憲法上の規定は,今日限りなく拡大されており,しかもその「拡大解釈」というにはふさわしくないほどに広く深い範囲にまで,天皇の仕事を増殖させてきた。この点のくわしい議論は後述する。

 2) 天皇の公的行為

天皇制資料』はさらに,政府委員の角田礼次郎内閣法制局第1部長が,「天皇の公的行為」に関してこう答えていることを紹介している。

 「憲法」「は」「国家構造を」「決めている基本法で」「立法,行政,司法の3権についてそれぞれ決めていると同時に,天皇という特別の地位」「も広い意味の国家構造の一部として国事行為を行」なう。「これが国家機関としての天皇の地位であ」る。だが「その点については憲法の性質からいって明文の規定がある」(14頁)

 ここで憲法に明文の規定があるとは,いうまでもなく,第4条「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ,国政に関する権能を有しない」,および第7条「天皇は,内閣の助言と承認により,国民のために,左の国事に関する行為を行ふ」を指している。

 第7条の内容は,こうなっていた。

  1.   憲法改正,法律,政令及び条約を公布すること。
  2.   国会を召集すること。
  3.   衆議院を解散すること。
  4.   国会議員の総選挙の施行を公示すること。
  5.   国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
  6.   大赦,特赦,減刑刑の執行の免除及び復権を認証すること。
  7.   栄典を授与すること。
  8.   批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
  9.   外国の大使及び公使を接受すること。
   10.   儀式を行ふこと。

 これらの国事行為はさらに,第3条「天皇の国事に関するすべての行為には,内閣の助言と承認を必要とし,内閣が,その責任を負ふ」という制約・条件が付されている。ところが,そのような「明文の規定」があっても,現在まで日本の天皇が仕事としてきた諸行為は「広い意味の国家構造の一部として国事行為」をおこなうという範疇をはるかに飛びでている。これが「天皇の仕事」における現実=事実である。この論点も後述でまとめて議論する。

 角田礼次郎内閣法制局第1部長は結局,「天皇の」「行為としては憲法上の国事行為,それから象徴としての地位を反映しての公的な行為,それから全く純然たる私的な行為,この3種類が挙げられる」「3分説」を答えとしていた(15頁)

 3) 公的行為の根拠・限界,およびその責任の主体

 政府委員の内閣法制局長官工藤敦夫は,「天皇の公的行為の問題」を「決して私ども拡大するというふうなことはございません」(16頁)と,あえて断わってから,こう答えていた。

 「天皇の公的行為」「は,憲法に定める国事行為以外の行為で,天皇が象徴としての地位に基づいて公的な立場で行われるものをい」い,「国事行為の場合には」「憲法に言う内閣の助言と承認が必要である」「が」,「天皇の公的行為の場合にはそこで言う内閣の助言と承認は必要ではない」「あくまで天皇の御意思をもととして行われるべきものではございますが,当然内閣としても,これが憲法の趣旨に沿って行われる」「ように配慮することがその責任である」(17頁)

 「天皇の公的行為」「は」「いわゆる象徴というお立場からの公的性格を有する行為でございます」「意味では,国事行為」「と同様に国政に関する権能が含まれてはならない,すなわち政治的な意味を持つとかあるいは政治的な影響を持つものが含まれてはならない」。「これが第1」。「第2が,その行為が象徴たる性格に反するものであってはならない」。「第3に,その行為につきましては内閣が責任を負うものでなければならないい」(17頁)

 ここまで話を聞いてくると,俄然疑問が湧いてくる。内閣からの規制が天皇の公的行為にかけられているとはいっても,つまり,それに政治的な意味とか影響をもたせてはならないとはいっても,天皇の仕事そのものが憲法という国家的規定のなかで定められた行為を,国事的ならびに公的〔この2語の厳密な相違点はなにか?〕に執りおこなうとはいわれても,ここに政治的な意味・影響をもたない〈天皇の仕事〉を想定することは不可能である。

 天皇条項が新憲法のなかに残置された。この事実そのものを,どのように解釈してみたところで,天皇が〈政治的な存在そのもの〉である事実は隠せない。「天皇の国事行為および公的行為」を規定するさい,内閣の助言・承認のもとに彼の行為をさせるのであれば,「政治的な意味と影響」を除去できると解釈する運営応用論的な法律論は,無理を承知での立論〔「砂上の楼閣」論〕を積み重ねている,というほかない。

 本来であれば『共和制』の基本精神に則った新憲法を創るべき〈敗戦〉という契機は,勝利国側の日本占領統治のための都合が優先されたために,天皇天皇制=封建遺制を「〈新〉憲法」のなかに混入・混在させるというアクロバット的な工夫をほどこした。このために,本日の記述で参照しているがごとき,きわめて奇妙な「日本国憲法における天皇問題」が,あらためてとりざたされてもいた。

 4) 宮内庁意図

 政府委員の山本 悟宮内庁次長は「皇室典範第24条及び25条に基づ」く「即位の礼あるいは大喪の礼」などは「当然,日本国憲法の枠の中で,その範囲内において天皇の国事行為として行われる儀式である」と(25頁),極限といえるまでの拡大解釈を披露していた。皇室典範日本国憲法を対等の意味づけに置く「宮内庁の皇室方針」は,そもそも新憲法の基本理念を理解しないものである。第7条のなかの「10.  儀式を行ふこと」という項目は,けっして皇室典範との関連づけを許容するものではないはずである。

 ともかく宮内庁次長は,天皇家の私的な「個々具体の儀式」も「国事行為」にあつかわれるべきであって,「最終的には内閣が決定されることになる」「が,宮内庁」「諸行事が伝統的なものを十分尊重しつつ,そして国及び国民統合の象徴である天皇の地位にふさわしい内容を持つべきものだ」と「いう考え方で検討をいたしている」,という立場を強調していた(25頁)

 宮内庁に代表される皇室の意向は,なにか。それは,憲法との整合性や無矛盾性よりも,とにかく天皇一族の伝統的な諸行事も「国及び国民統合の象徴である天皇の地位にふさわしい内容」をもつものとして,最大限に認めるべきだ,という基本姿勢にみてとれる。こうして「天皇の政治的利用」の問題は,国事行為・公的行為の範囲に限らず,どこまでも果てしなく拡延されていくほかない性格をもたされていた。

 そのもっとも端的な例が「外国の大使等の接受」(第7条第9号関係)において,つぎのように解釈されていることに表現されている。

 国際法上,外国使節の接受とは,駐在国の元首が派遣国の求めに応じてアグレマン(派遣国がその人物を派遣することについて,異議なく受け入れる旨の意思表示)を与え,かつ,その着任に当たり,派遣国の元首の発する信任状を受ける行為のことである。

 

 我が国においては,外交処理権は内閣にあることから,天皇にアグレマンを与え,かつ,信任状を受ける権能は存しないと解される。したがって,天皇が国事行為として行っている「接受」は,事実行為として儀礼的に外交使節を接見することを意味している。

 

 しかしながら,実際には,信任状は天皇に対して発せられ,外交使節の着任に当たって天皇に奉呈されている(66頁)

 ここまで『天皇制資料』の検討内容を追っていくと,日本国憲法における天皇条項が発揮している大矛盾があからさまに現出してくる。

 天皇においては「存しない権能」であるから,「儀礼的な行為」であるはずのものが「外国使節の接受」である。「しかしながら,実際には,信任上状は天皇に対して発せられ」,いかにも〈天皇の地位〉に固有の権能があるかのように,日本政府自身も実際のところは天皇にやらせてきたのである。

 そうであれば,日本国憲法の基本理念である主権在民の精神は「外交使節の接受」に関してだけいっても,「実際には」完全に〈天皇のモノ:権能〉になっている。慣行が法規同然になっている。

 

  立憲君主ばりの日本国天皇の実質的な地位

 『天皇制資料』の末尾には『衆憲資第13号 象徴天皇制に関する基礎的資料』補遺として,「天皇による行為の分類及びその概念」がかかげられている(出所は,園部逸夫『皇室法概論』第一法規,平成14年より作成)。

 これはまず,「行為分類論の概説の概念」として主に「国事行為 ⇔ 公的行為 ⇔ 私的行為」を基準に「二分説」「三分説」「五分説」などを提示し,さらに「各行為の概念」の具体例を,「国事行為」と「その他の行為」である「公的(公人)行為 ⇔ 私的行為〔これは社会的行為・皇室行為・私的単独行為など〕」にこまかく分類している。

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 この「天皇による行為の分類及びその概念」は,上掲の資料をよく参照してほしい。天皇はこのように,国事・公的・私的を問わず,非常に多く各種の行為を担当している。それだけでなく,私的な次元での皇室関係の行事も熱心におこなっている。

 そうした天皇の行為すべてをみわたすと明らかになることがある。それは,「日本国の象徴である天皇」〔→人間が人間を象徴するというありえない関係,あるとすれば某国のような独裁国がそうしている〕という「摩訶不思議な憲法概念」を媒介にして,皇室の私的な行為・私家的な行動が国民生活の全領域にまで侵入している事実である。「共和制」でない日本国のアキレス腱である。このアキレス腱が切断しなければならないとき,この国はどのような進路をとればいいのか?

 ここまで書いてから今日の朝刊をみると,亀井静香(1936年生まれ,警察官僚出身政治家で,現在,内閣府特命担当大臣(金融担当)・郵政改革担当,国民新党代表(第2代衆議院議員)が,つぎのような発言をした,と報道している。これは,かつて戦後においても日本の政治家たちが秘密裏に,戦前・戦中とまったく同じに,昭和天皇〔および平成天皇〕に〈内奏〉していた事実を彷彿させる。ふつうは,この種の天皇との対話の中身は漏らさないのが鉄則とされていたものである。そのために大臣の首が飛んだこともあった。

   江戸城はふさわしくない」 亀井氏,陛下に移転進言 ☆

 

 国民新党亀井静香代表は12月27日,24日の宮中昼食会で天皇陛下に会ったさい,「権力の象徴であった江戸城(現皇居)にお住まいになられるのは,お立場上ふさわしくないと申し上げた」と明らかにした。皇居を離れ,かつての天皇が住んでいた京都か自身の出身地である広島へ移ることを進言したという。

 

  12月27日のテレビ朝日の番組での,天皇の政治利用をめぐる討論のなかでの発言。閣僚は天皇とのやりとりは明かさないのが慣例で,亀井氏の発言は異例のものだ。亀井氏は番組終了後,記者団に「(明治天皇は)幕府の権力の象徴のお城に入った。その後の歴史をみると,間違えて政治利用みたいなかたちになった」と真意を説明した。

 

 亀井氏は,番組内では「陛下はなにもおっしゃらなかった」と述べたが,記者団には「(天皇陛下は)京都好きです,ともいっておられた」と明かした。

 註記)『朝日新聞』2009年12月28日朝刊,http://www.asahi.com/seikenkotai2009/TKY200912270244.html

 曾祖父の代から「江戸城」を拠点にしてきた平成天皇に「京都好きです」といわせて,いったいどのような特別の意味がありるのか? 

 それはさておき,いまの政権内では「恐いものなどない」亀井がそのように,天皇という地位・仕事のありかたをめぐって堂々と,憲法に則していえば禁句・禁則に相当する「天皇との対話」の「公開」を,あえておこなった。とりわけそのなかで,彼が「天皇への進言」をしたとも公表した。

 これは,憲法に規定された「国事行為」の規定にある〈憲法に言う内閣の助言と承認〉と,どのような関係があるのか解釈のしようがないものである。こうした隙間においてこそ, 「天皇の権威や威光」にものをいわせて強引に入りこみ,その皇室的な私的空間を拡大させ,皇族たちの活動領域を立体的にも広域化させようとする「宮内庁の存在意義」が発揮される。宮内庁は,「私的かつ公的な皇室戦略」を積極的に構想している天皇の気持を,大まじめで忖度している。

 昭和天皇が敗戦後における日本政治に対して「新憲法の基本理念」がまったく認識できないまま勝手に容喙し,今日までにおける日米軍事同盟関係の根本方向を固着化させてきた政治責任は重大であった。平成天皇はだが,父のそうした日本政治に与えた痕跡を注意深く回顧したうえで,現在まで,天皇の地位をより確固たらしめようと思慮深くかつより慎重に行動してきている。

 平成天皇は「現行憲法の精神を遵守する」ことをなんども公言してきた。

 筆者にいわせれば「平成天皇の皇室戦略」とでも形容すればよいところの,「21世紀に向かう彼なりの皇族一家生き残り戦略」が心中では企図・実行されている最中である。その意味では,『天皇制資料』の末尾に掲示された「天皇による行為の分類及びその概念」(前掲)は,平成天皇一家が「活躍できる幅広い舞台」を表示している。

 先述,亀井静香が「天皇に対して京都に帰ったらどうか」と進言した点についていおう。--これは,日本の天皇天皇制問題をひとまず解決するために,いいかえれば「天皇の国事行為・公的行為・私的行為」などを諸問題を,ひとまとめにして一挙に,それも現行憲法の改正のために必要不可欠な条件を示したともいえる。本ブログの筆者によるこの指摘は,亀井の意図からは離れて,その含意を自由に斟酌してみたものである。

 日本国民に問いたい。日本国を共和制国家にする必要を思わないのか? いつまでも「歴史の必然的進歩の傾向」に逆らいつづける政治意識に停滞していてよろしいのか? 天皇天皇制を否定することはけっして,皇族一族を根絶やしにしろとか,国外に追放せよといっているのではない。民主主義を徹底させた〈共和制〉の国家を構築したいのであれば,「天皇天皇制」のありかたは抜本的に変更させねばならない。

 そのためのヒントは「明治以前の日本歴史」がいくらでも提供してくれている。

 

【追 記】  2009年12月29日に配達された『朝日新聞』朝刊の3面には「象徴天皇制 越えた一線,中立担保こそ内閣の責任,特例会見問題」「外交への『利用』自制必要,皇室,公平に不審」などの見出しのある〈解説記事〉が組まれていた。この朝日新聞の記述は,「天皇の政治利用」ではない「政治的利用」のありかたに「留意せよ」,より「慎重に対応せよ」という姿勢が基調である。

 しかしながら,現状においてみれば,『天皇が「政治利用」する・される存在』以外のなにものでもないにもかかわらず,「皇室・天皇およびその一族」の利用方法に関して,「一線が存したり」,慣例という「通常と特別とがあったり」,「外交への利用を自制したり」しなくてはならないといった,この「天皇天皇制」じたいに内在する「固有の難問」にこそ目を向けるべきである。

 そもそも,本日〔2009年12月29日〕に「このような解説記事」を組まねばならない,すなわち《憲法》の規定から突出した天皇「利用」を,意図的に形成させつつ,かつ慣習として蓄積してきた日本政府・宮内庁の根柢に根づいている〈重大な問題の基盤〉を,いま,どのように評価・批判し,みなおすかが「核心の論点」である。

 その意味では,今日のこの記事は内容を読めばすぐ判るように,あたかも「国内政治・国際外交」のための特別機関であるかのように存在している皇室=天皇の,そして,その一族の政治的利用のありかたに関して,しかも法的な規定を欠如させたままで,皇族の政治利用についての議論をここまでピン外れの次元まで進展・昇華させている。

 いまや民主主義の基本理念のよりまっとうな実現のためには,絶えず「政治的利用」の問題を起こさせる天皇天皇制のありかたを踏まえて,「どこまでも中途半端な現行の憲法」の改正が必要である緊急性が,さらに高まっている。

 要は,本記述で話題にした『象徴天皇制に関する基礎的資料』平成15〔2003〕年は,天皇およびこの一族による私的行為が「政治利用されている実態である」とみないで,いったい,ほかのなんであるとみればよいのか,という問題提起が不可避である。

 以上の議論を通して,日本国憲法が克服できなかった大日本帝国〔明治〕憲法への限りない郷愁が感得できる。かといっても,その意味するところは「明治帝政」を忍びながらの “現代風のそれ” であるほかない。

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