東電福島第1原発事故現場における汚染水の排出問題,トリチウムを残す汚染水を太平洋に排出する処理方法にともなう公害的な重大性

原発事故現場から生まれる汚染水は「海に捨てる以外に処理方法はない」(田中俊一・前原子力規制委員長)だとか 註記1),「処理済み汚染水の外部放出の方法論は世界的に確立されている慣行に合致する」(ラファエル・グロッシュIAEA事務局長)だとかいっている 註記2)

 註記1)田中俊一「科学者は議論オープンに」『日本経済新聞』2020年3月5日朝刊4面「政治」。

 註記2)ラファエル・グロッシュIAEA事務局長「処理水放出『監視で支援』意向 福島第1巡り IAEA事務局長」『朝日新聞』2020年2月28日朝刊11面「国際」。

 だが,そうした「核種」に原因する汚染の問題に関する思想は,原発利用のせいで,トリチウム汚染を最終的に残すほかない「その汚染水の難題」を糊塗しておこうとする専門家たちの無責任を表象している。

 しかも,トコトンのところではけっして処理しきれない汚染物質:トリチウムは,大気中に放出したり,海洋に捨てればいいといっている。この態度は,無責任を恥ずかしげもなく披露しており,トリチウムが安全ではない核種である事実に目を覆ってもいる専門家たちのまやかしは,原発政策の基本的な矛盾を隠蔽する立場である。 

 「3・11」以前にいうべきことを,いまごろにもなって「科学者は議論オープンに」というのでは,率直にいって “ちゃんちゃらおかしい” 。東電福島第1原発事故以前においては,トリチウムの問題などろくに注目もされず,まさに「問題外」であったが,東電福島第1原発事故を契機にこのように,トリチウムの汚染水問題があらためて話題になっている。なお,トリチウム半減期は約12年である。


  要点:1 トリチウムという放射性物質の危険性から目をそむけたい原子力工学の専門家たちの軽弁的な主張は,説得力なし

  要点:2 日本じたいがすでに少子高齢社会の真っ最中であり,過疎化現象などはそのまた以前の時代から進行してきたが,そのなかで,東電福島第1原発事故「被災地」の「まち再生」は,地域社会の復旧目標として,その効果をまともに期待できるわけがなかった。

  要点:3 橘川武郎は,経営学者(日本経営史・エネルギー産業論専攻)の立場にありながら,原発に対する視座を巧妙に移動・変質させている


  トリチウム汚染水問題の対策について「品質管理体制」とは,いったいなにをいっているつもりなのか?

 『日本経済新聞』2020年3月5日朝刊34面「社会」に報道された記事,見出しは「東電廃炉トップ,福島第1の処理水処分『準備に数年』」となっていたが,この記事のなかに「品質管理体制など」という表現があったのに接して,実際,驚かされた。

 そもそも安倍晋三にいわせれば “アンダーコントロール” であったはずの,この東電福島第1原発事故現場における汚染水問題であった。したがって,なにも問題などはなく(!?),その後が経過してきたかと思いきや,とんでもない。いまだに「汚染水漏れのドタバタ劇」は続演中である。しかも,そのヨタヨタ・ヨロヨロぶりとみたら,いっこうに抑止効果の上がらない工事だけが,いまなお継続中ではないか。あとにできることといえば,つぎつぎとあふれ出る汚染水をタンクを増築して,そこに溜めこむことだけである。

 本日は2020年3月8日である,あと数日で2011年の「3・11」から満8年を迎える。だが,東電福島第1原発事故現場の後始末が,しっかりとテイネイになされてきたかといえば,それこそ,安倍晋三風の「やってる感」にそっくり似ていて,決定的な効果は上がっていなかった。その現場の責任者が話す内容が,なんとも頼りないことといったら……。

 つぎに,とりあげている当該の記事を引照する。

 --2011年3月の福島第1原子力発電所事故から〔足かけ〕9年を迎えるにあたり,廃炉を率いる東京電力ホールディングスの小野 明・福島第1廃炉推進カンパニー最高責任者が日本経済新聞社のインタビューに応じた。汚染水を浄化したあとの処理水の処分に必要な準備期間について「数年かかるのは間違いない」と述べた。

 補注)東電福島第1原発事故問題の存在は,むろん事故発生以来のことがらである。ところが,いまになってもなおこのように,その「あとの処理水の処分に必要な準備期間について『数年かかるのは間違いない』」などと,実に奇妙ないいまわしでもって,「事態の進捗」に関する状況が説明されている。しかも,この話はあくまで「準備期間」の点についてとなっている。だから,またその先が本格的にはどうなるのかについてはまだ,どうもだいぶあやふやなままである,という印象を抱くほかない。

〔記事に戻る→〕 福島第1原発事故現場は,放射性物質に汚染された地下流水などを発生させつづけている。「3・11」以来,1日も休むことなく,そうした緊急事態が続いている。東電は,主要な放射性物質を取り除いた処理水119万トンを敷地内のタンクに溜めつづけている。東電は2020年中に計137万トン分のタンクを確保する計画だが,2022年夏ごろには満杯になる見通しを示している。政府が地元関係者などの意見を聞き,海洋放出などの処分法を決めるが,調整は難航している。

 補注)要は,2022年夏ごろには,「汚染水」を浄化処理して「処理水」にまで変化させたあと,トリチウムを含んだこの『汚染水』であるという処理水は,太平洋に排出する「処理」をするための「準備を待っている」(?)という事情が説明されている。

 小野氏は処分のための準備について「政府の方針が出てから走りはじめる。まだ(技術的な)検討には手を付けていない」と述べ,政府の決定待ちである点を強調した。そのうえで,処分決定から開始までには「やることがいっぱいある」として,規制対応や建設などに時間がかかるとの見通しを示した。東電として風評被害対策にも取り組む姿勢を強調した。

 補注)この風評被害というものは,トリチウムが完全に無害であるという前提に立って発言されている。だが,「風評被害」と「トリチウム」の問題は,それぞれが別々に検討されるべき性質の課題である。風評被害という現象は,社会心理学的・政治心理学的な認識を必要とするが,トリチウムの放出後に発生する被害の可能性に関した検討は,物理化学的な原子力工学からの定量的な分析が必要とされる。

 いずれにせよ,トリチウムという核種が最終的に,人間などにとって絶対に害悪など与えない核種であるといった証明はなされていない。むしろ,その害悪の危険性が発生する機構は,素人にでも分かりやすく説明されている。しかし,その点を認めようとはしないのが,国際原子力機関IAEA,International Atomic Energy Agency)や日本の原子力規制委員会側の考え方である。IAEAなどは,トリチウムは害悪である点は先刻承知のうえで,そういっていると解釈するのが自然である。そうでなければ(?!),トリチウムにまつわる毒性の問題は棚上げできない。

〔記事に戻る→〕 タンク増設については「1基も造れないかというとそんなことはないが,敷地には限りがある」と慎重な姿勢を示した。2019年に作業ミスや放射線管理をめぐるトラブルが相次ぎ,原子力規制委員会から懸念を示されたことには「東電の社員自身がもっと現場に出る必要があった」と話した。4月に予定する組織改編に合わせ,福島第1所属の社員を増やし,品質管理体制などを強化する方針を示した。

 補注)ここでは「東電の社員自身がもっと現場に出る必要があった」と話したというところが,興味深い。東電の本社員は現場に出していない,下請けまかせだと告白している(公然の事実だが)。それでいて,事故現場のなにに関した「品質管理体制などを強化する」といいたいのか? 使用する用語としていえば,事故現場になかに〈品質管理〉という基本概念・理論枠組ものをもちこむことじたい,適切とはいえない。

 事故現場の処理に取り組む態勢をより厳格に,疎漏のないようにするためという「その程度問題」に関して,品質管理の問題次元をあえて引きこむ発想が理解しがたい。東電福島第1原発事故現場は,品質管理体制とは基本的には無関係の,それ以外の後始末にかかわる問題に対処している。それゆえ,この次元の問題を品質管理でどうする・こうするというのは,大げさというか,はっきりいってピント外れである。貯水槽から汚染水漏れを起こさないようにするための作業そのものは,品質管理の問題以前の単なる水漏れ対策の問題である。

 2011年以来,さまざまな作業で遅延が生じているが,事故後30~40年という廃炉完了時期は維持されている。小野氏は「目標をもって作業を組み上げることが必要だ」と述べるにとどめた。(引用終わり)

 東電福島第1原発事故現場の「後始末と廃炉の工程管理」が,2011年の「事故後30~40年」で完了できるなどとは,誰も思ってさえいない。汚染水の問題ひとつにしても,現場で溶融して固まっているはずのデブリを全部除去しえないことには,現状のままにこれからもずっと残っていく。このデブリの除去がいつになった終えられるかと問われたら,いまのところ確たる返事はできないでいる。だから,汚染水の問題については薄めて排出することばかり考えている。もっとも,太平洋に流しこむ点についていうと「薄めると薄めないもない」。濃いまま流しても,薄めて流しても,太平洋にいったん流しこんでしまえば,あとは「皆,同じ」である。

 多分,1世紀単位の視野でとりくむ重要な事態,そのように覚悟して対処すべき「事故原発の後始末と廃炉」=「隘路の問題」を,「3・11」原発「事故後30~40年という廃炉完了」と提示できる神経からして異様である。事故を起こさなかった原発でも,半世紀から1世紀という長期間,つまり,原発が商用運転していた期間よりもさらにもっと長い時間を廃炉工程を完了させるために費やしている実例が,実際には出ている。にもかかわらず,どうして『事故った原発廃炉工程』が「事故後30~40年」まで完了できるというのか? 東電福島第1原発事故からすでに足かけ9年が立っているが……。それこそ,夢物語としてすらありえないような,観念上だけの「勝手な想定」をしていていいのか。

 

  東電福島第1原発事故のできもしない「事実解消」化を装う安倍晋三政権の思惑

   ※-1「『帰還困難』解除されても…… あす 双葉の一部で」「拠点区域 0.3%『戻るのは現実的に難しい 福島の避難者 なお 4.1万人 全解除 先行き見えず」『朝日新聞』3月3日朝刊(画像資料  ↓  )。

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   ※-2「『帰還困難』初の解除 双葉町の一部」『朝日新聞』2020年3月4日朝刊1面(画像資料  ↓  )。  

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   ※-3双葉町 復興へ一歩」「住める状態まだ…」「帰還困難区域の一部 初の解除」『日本経済新聞』2020年3月4日夕刊15面「社会」。   

 

   ※-4双葉町 住民帰還に壁 避難指示 9年ぶり一部解除」『日本経済新聞』2020年3月5日朝刊34面「社会」。

  これらの報道・記事は,いったいなにを示唆しているか? 帰還困難区域をわずかでもいい解除させておくだけで,東電福島第1原発事故が終息していく過程に関して,顕著な進捗がみられるかのように装いたいのである。しかし,被災地としては,けっして完全には元通りになりえない地域が厳然として残るほかない事実は,1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原発事故のその後を観ても,ただちに理解できるはずである。それを無理やりに「ないことにしたい」意向ばかりが先走っている。

 しかし,2020年2月以降,新型肺炎コロナウイルスの感染拡大の問題が大騒ぎになっている社会情勢のなかにあっても,2020東京オリンピックを7月下旬に開催させようとする予定に,主催者たち(IOC,JOC,そして東京都,日本政府)はまだ執着している。聖火リレーは,1936年のベルリンで開催されたナチスヒトラーの大会に創始されていたものだが,いまでは恒例の行事である。今回は,この聖火リレーを日本国内では福島県から発走させるという。

 けれども,これは皮肉をこめていうことになるが,なるべくみたくない「東電福島第1原発事故現場のある福島県」は,まず最初にパスしておきたい(通過させておきたい,そして忘れておきたい)ということか? どうせ,福島から聖火リレーを発送させるのであれば,東電福島第1原発事故現場からまだまだ被災地の雰囲気が残る場所を縦走させる経路にしたらよい。

    ★ 被災地の前市長が語る「現場感覚のない政治に危機管理はできない」★
 =『ビデオニュース・ドットコム』2020年03月08日 14:09,http://www.videonews.com/marugeki-talk/987/

 新型コロナウィルス感染症の広がりや政府の対応に世の中の関心が集中するなか,日本は東日本大震災から9年目の3月11日を迎える。政府主催の追悼式も中止となり,報道もコロナウィルス関連一色に染まるなか,被災地はますます遠い存在になっている。

 

 しかし,そうしたなかにあっても,3月26日に福島のJヴィレッジをスタートする聖火リレーの準備だけは着々と進んでいる。リレーが予定されている駅周辺は避難区域から解除され,3月14日には常磐線全線開通が予定されている。いままで町全体が帰還困難区域だった双葉町は,まだ住むことはできないものの,駅前と北東部の避難指示解除準備区域だけが4日午前0時に帰還困難区域から解除された。

 

 震災時の南相馬市長で,避難や復旧・復興の陣頭指揮をとってきた桜井勝延氏は,表向きのみえるところだけの「復興」は,結局は,福島置き去りの発想だと,強い怒りをこめて語る。

 

 もともと酪農家だった桜井氏は,産廃処分場の建設反対運動をきっかけに,市議会議員,市長という道を歩んできた。市長になった翌年に東日本大震災原発事故に遭い,市長としてその対応に追われた。情報も入らないなか,さまざまな非難を受けながらも,市民の命をまもる立場にあるリーダーとして多くの決断を下さなければならなかった。桜井氏がそこで経験したことは,国も県も政治家も,現場をみもしないでものごとを決定し,責任をとろうとしないという現実だった。

 

 メディアに関しても同様だったと桜井氏はいう。震災後,市役所の記者クラブが一斉に退避し取材は電話のみだったときに,ユーチューブで桜井氏が発信したことが世界に伝えられ,3月下旬には,海外メディアが防護服を着て取材に来たそうだ。海外から取材に来るジャーナリストはいるのに,日本のメディアがどこもいない様をみて,桜井氏にとっては不思議な気持になったという。

 

【参考記事】⇒「『福島はいまだ復興などしていない。なにが復興五輪か』!!   聖火リレーコースの土壌汚染はチェルノブイリ強制移住ゾーンに匹敵すると告発の会見 !! ~ 3.3 『聖火リレーコース周辺の放射能汚染調査結果』記者会見」『YouTube』2020/03/08,https://www.youtube.com/watch?v=quBpivDOo-0

 『朝日新聞』2020年3月5日朝刊の28面「特集」は,「東日本大震災9年」になるとして,見出し「課題残し 進む『中間貯蔵』」という記事を設け,東電福島第1原発事故現場に航空写真(  ↓  )を添えて,こう説明していた。(クリックすればこれよりも大きめに映り,なかの文字も判読できる)

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 東京電力福島第1原発事故では,放射性物質で広大な土地が汚染された。除染作業で出た福島県内の汚染土がいま,原発を囲むようにつくられた「中間貯蔵施設」に集められている。総事業費1兆6千億円の巨大事業は,搬入開始からまもなく5年を迎える。

   ◆-1 集落跡地に巨大な穴,計画の4割超搬入 「県外で最終処分」「再利用」見通せず

   ◆-2 最終処分場,探すのは政府の責任 吉田 淳・大熊町

 結局,現状をざっと観察したかぎりでも,にっちもさっちもいかない『東電福島第1原発事故現場の苦境』が手にとるように分かる。日本の原発は「トイレのないマンション」でしかありえなかった出立時からの由来は,いまさらにように嫌というほど教えこまれている。なんといっても,難題ばかりを山積しているのが「3・11」の真相である。 

 要は,東電福島第1原発事故は,これまで落ち着いて暮らしてきた福島県浜通り地区,この地域社会としての定常状態を,根柢からぶち壊した。

 「〈震災9年 数字に映る今1〉かさ上げ地 空き地だらけ 宅地3割近く利用定まらず」「再建断念 / 他の地へ」『日本経済新聞』2020年3月6日朝刊37面「社会」の記事も触れているように,少子高齢社会の趨勢が基本に控えているからには,「3・11」以前に戻れるという展望は無理がありすぎる。


 同じような状況を伝える特集記事としてはさらに,『朝日新聞』2020年3月3日朝刊26面が,「〈東日本大震災9年〉まち再生へ 手探り続く」「岩手・陸前高田 かさ上げ地 埋まらない空白」「仙台 復興住宅 つながり築くには」「福島・相馬 業界類の出荷制限 全て解除」「心のケア・なりわい再建 途上-宅地の造成・復興住宅整備は完了間近」などと,その細目の見出しをかかげる内容を組んでいた。 

 だが,最近に至ってあらためて観取できる被災地の諸様相は,日本という国家の全体的な勢いそのものを超えられる実体にはなりえず,実際のところは,それ以下・以内にとどまざるをえないでいる実情を明瞭に物語っている。

 さらに「〈東日本大震災9年〉原発廃炉 原発,難航する核燃料搬出」『朝日新聞』2020年3月4日朝刊28面「特集」は,「東京電力福島第1原発事故から9年。炉心溶融を起こした原子炉建屋からの核燃料搬出がようやく始まったが,『30~40年後』とする廃炉完了目標は揺らいでいる」と報道していた。

 この記事は「着手遅れ,揺らぐ廃炉工程」についてとなるが,「昨〔2019〕年12月に改訂された廃炉工程表では,プールの燃料の搬出完了の目標は2031年末(事故から約20年)とされた。廃炉完了まで40年としても,その時点でほぼ工程全体の折り返し点になってしまうことになる」と指摘している。

 それにしても,この程度の内容が記事としてもっともらしく報道されることからして,奇怪に聞こえる決まっている。できるわけもないことを,できるかのように読者に伝えるのは,許されないわけがない。けれども,「できないこと」をいつまでも,そのまま黙って認めるかのように報じつづけること(「客観報道」?)については,新聞社の担当記者たちにとってみれば,疑問以上のものを感じとっているはずである〔と思いたい〕。

  翌日〔2020年3月9日〕朝刊における復旧・復興関連の記事紹介


 1)「〈記者解説〉震災9年,真の復興とは ハード整備着々,産業創造は道半ば(編集委員・東野真和)」『朝日新聞』2020年3月9日朝刊7面「オピニオン」が東電福島第1原発事故と被災地の地域社会としてのその後を,つぎのようにまとめている。この3条を読んだだけでも,オリンピックの「聖火リレー」の発走・通過など,気休めにもならない事実が直感できるはずである。

 

  ※-1 東日本大震災の被災地は,復興理念にある「日本のあるべき姿」になっていない。

  ※-2 再建・復旧の制度やボランティア活動は進んだが,前より良くなってこそ復興だ。

  ※-3 まちの基盤は整っても,新たな生業(なりわい)を創出しなければぴかぴかの過疎になるだけだ。

 

 すなわち「更地ばかりが目立つ市街地」においては,福島県の被災地だけでなく,すべての「日本の再生視野に」入れた再生計画の実行を視野に入れた復興でなければ,旧前に戻れるわけがない。最近では「民泊など新たな芽も」出ているが……。

 

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 なかでも,「東日本大震災から学ぶべきことは,ハードや制度の必要性だけではなく,東京一極集中が『日本のあるべき姿』なのかをみつめなおし,被災地の『白いカンバス』から地方の魅力を再認識することだろう。10年,20年先にある被災地の真の『復興』に期待したい」。

 

 そうした未来への展望は,日本全国で総体的に進行中である少子高齢社会を踏まえた認識を要請しているとすれば,場合によって福島県に被災地だけがよくなっているというやっかみが出てくるかもしれない。もちろん,原発災害の問題と過疎問題は別個に考慮すべきそれぞれの問題であるが,むしろ今回を契機に「地方の過疎化問題」を,根本から救う国家計画が要望されている事実が,より鮮明になっている。福島県だけの問題ではなかったということにもなる。

 

 2)「『被災前に戻す』難しさ露呈  東日本復興,公的支援に 制約環境変化が生むジレンマ」『日本経済新聞』2020年3月7日朝刊31面「地域総合」

 

 東日本大震災から9年。復興の過程で外部環境の変化に支援の枠組が対応できないケースがめだちはじめた。震災後,国は「グループ補助金」などの公的支援を制度化し復興を支えた。しかし,経営が破綻した場合,補助金の申請者以外の事業継続には厳しい制約がかかる。長期化する復興は景気変動や人口減少などさまざまな環境変化によるジレンマを生み,「被災前の状態に戻す」ことへのむずかしさが浮かび上がる。

 

 この『日本経済新聞』朝刊の34面「社会1」には,「〈震災9年数字に映る今(3)〉外国人 復興担う仲間 技能実習生など労働者3倍超 共生社会,被災地で先例」という解説記事も掲載されていた。

 

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 東日本大震災で大きな被害を受けた岩手,宮城,福島の3県で人口減少が進むなか,外国人労働者は3倍超に増えた。増加率は国内全体を上回り,復興を支える担い手として欠かせぬ存在となった。「安価な労働力」ではなく,地域の仲間としてどのように迎え入れるのか。被災地の取り組みは共生社会の課題を探るモデルケースとなりうる。(引用終わり)

 

 外国人を導入するのもいい。だが,日本人自身のそれも若者層や壮年層の人びとが,都会のほうにウダウダとした「生活とはいえない生活」をしている社会集団として存在する。その数,100万は下らない。非一流大学で大卒の証書はもらっても紙くず同然の資格・実力(総合的な人間力)しかない「若者」集団が,こちらも100万人単位で滞留している。

 

 お手軽に外国人労働力を頼るよりも,自国内の自国人として潜在している人間力を掘り出す事業に国家が率先していなければいけない。過疎で悩む地方自治体ではそれなりに努力を重ね,若年層・壮年層のIターン移住に成功している実例がないわけではないが,ごく一部の成果に留まる。

 

 なにやかやといい,四の五のと議論しているうちに,日本の人口はどんどん現象していく。もともと,福島県被災地だけの問題ではない本質に関した認識が不可欠である。安倍晋三の第2次政権すでに7年と3カ月にもなんなんとしているが,その間,いったいこの人口問題に関して,どのような手を打ってきたのか? すべてが中途半端以下で,口先だけの「やってる感」ばかりのデタラメ政策であった。

 

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   出所) 「Listening〈論点〉人口減少,どう備える(毎日ジャーナリズム)」毎日新聞』2017年6月2日 07時58分,最終更新 6月5日 09時19分,https://mainichi.jp/articles/20170602/org/00m/070/005000c

 

  橘川武郎原発観,いつの間にか「原発を切り捨てる」

 橘川武郎は2015年時点における見解として,政府案は「2030年時点の原発比率を15%程度に抑え,再生可能エネルギーの比率を30%程度に引き上げる大胆な修正が必要」だと主張していた。これは現有(当時)において,日本が保有する原発を継続して稼働させる視点を前提にしていた。

 だが,そのエネルギー構成案は「事後3年ごとにみなおす」立場を付帯させていた。したがって,その後において生じている環境変化などにさらに対応させていくとすれば,まだ,変更の余地はいくらでもある。政府が打ち出したエネルギー政策をめぐる基本方針(全電源構成における「原発の比率」を「20~22%」にしておく)という発想は,いまどき,あまりにも非現実的な数値になっていた。それには,原子力村的な利害状況が問答無用的に前面に押し出されていた。
 註記)「日本の電源構成:2030年の原発比率20~22%へ」『nippon.com』2015.06.26,https://www.nippon.com/ja/features/h00114/ も参照。

 2015年以降,「事後3年ごとにみなおす」作業を経たかどうかはしらぬが,それ以前に,橘川武郎の提案した2030年「原発比率15%」は,経営・会計計算上の吟味(個別企業的な利害:損益計算の観点)が優先されており,原発事故の重大性や再生エネの必要性との絡みで議論をしているとは思えなかった。

 そこで,最近において橘川武郎が『日本経済新聞』に寄稿した一文のなかで唱えている論点を紹介しておきたい。それは「〈経済教室〉発送電分離の課題(上)大規模な事業再編の契機に」と題した橘川の文章である(『日本経済新聞』2020年3月6日朝刊)。要点(ポイント)はつぎの3点だと整理されていた。

  ○-1 系統運用能力重視のビジネスモデル出現
  ○-2 東日本と西日本で広域送電会社の形成も
  ○-3 原発事業は準国営企業に売却進む可能性

 すなわち,原発の再稼働ウンヌンの問題は第2義的な課題に引き下げられている。この寄稿のなかでは最後に橘川武郎はこう述べていた。

 これまで述べてきた原子力依存型モデルや火力依存型モデルは,電気事業のあるべき競争力の源泉を誤解している。……電気事業の真の競争力の源泉は発電力にあるのではなく,停電を起こさない系統運用能力にあるからだ。それだけに発送電分離を機に登場するかもしれないネットワーク重視型モデルへの期待が高まる。

 橘川武郎原発論で一番の問題は,この記述ですでに問題になっていたトリチウム問題など,どこ吹く風といった風情で無視されてきたことである。橘川の専門は「日本経営史・エネルギー産業論」と称されているが,社会科学者として経済技術計算論は,論じる者の立場における「原発の総合的な社会的責任論」を除外していた。この限界・制約が意識されるいとまもなく,つぎの立場に移行した。

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 出所)橘川武郎https://maonline.jp/profiles/kikkawa

 参考記事)「再生可能エネルギー普及の「カギ」は? 橘川武郎東京理科大学大学院教授に聞く」『M&A Online』2018-04-26,https://maonline.jp/articles/kikkawa_saiseiene180327

 従来から「橘川の原発」論の基本論調は再稼働・推進論であた。ところが,このたび『日本経済新聞』の「経済教室」に寄稿した文章は,その社会科学者として「価値判断」に関して示してきた基本的な立場を,じわじわとずらしはじめている。この変質はいろいろな意味あいで要注意である。

 これまで,反原発論者から橘川のような経営学者が批判されていなかったのは,尋常ならざる現象である。橘川は,経営史専攻であれば経営学者であるから,原発再稼働論者の視点を支持していた彼の原発思想論に対して「反対するほかない立場の経営学者たち」からは,なんらかの批判が送られていて当然であった。しかし,もっけの幸いというか橘川の原発利用論を反原発論の立場から詮議してくれる,あるいは議論できるような経営学者はいなかった。

 過去において,公害問題が経営学の社会的責任論として盛んに議論されてきたように,現在においてまですでに公害問題であるほかない「原発をめぐる社会責任問題」は,経営学が批判的に吟味すべき研究対象として存在する。だが,橘川武郎はもともと,その種の問題意識は皆無に近かった。その関係でみると橘川は,そろそろ「原子力依存型モデルや火力依存型モデルは,電気事業のあるべき競争力の源泉を誤解している」などといった認識基準を示すことで,原発技術経済論そのものの領野からは逃亡し(足を抜き)はじめている。

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