国立大学と私立大学の股裂き状態にある日本の大学制度,小手先の授業料減免制度いじり,けっして「無償化措置」ではない「修学支援新制度」の弥縫策

大学進学にかかる経費(経済的負担)でうめく家計,大学は出たけれど1人前の収入が選られない若者が急増するなかで,いよいよ3流国におちぶれていく「日いずる国」における,昨今「高等教育事情」の問題

「▲カ殿の為政」によって高度の糜爛状態から本格的な腐乱まではじまった国家体制,新型肺炎コロナウイルスの感染者数を隠すしか能がない安倍政権

週刊女性』最新号:3月24・31合併日号は隠れコロナウイルス患者1万人との記事,「新型コロナ病院関係者が怒りの告発-『感染者数の数字操作指令が !! 』陽性判定が大量隠蔽されている!」,それでも大手紙各新聞社などによる世論調査内閣支持率は40%台という不思議

もっとも,識者にいわせると「国民も▲ホ」だからで,アベと国民は心中するつもりかというしだい,シンゾウの血縁者だとの指摘もある加計孝太郎の学校法人岡山理科大学獣医学部では,2020年度入試で韓国からの受験生に対する奇妙な差別までまかり通る日本の大学業界

 

  要点:1 大学にいく価値があるのか? 大学進学はすべて無償化にせよ,ただし進学率は2割未満で十分

  要点:2 文部科学省が「無償化」ということばを使わないで,代わりに唱えた「修学支援新制度」は,ほんの目先だけの弥縫策

  要点:3 農林水産業だけでなく,各種の産業経営・事業体に必要な専門家・技能者・技術者を地道に育てないできた日本の社会経済体制は,いまや崩壊への道に向かいまっしぐらに歩みつつある

 

 「〈なるほどマネー〉親元離れて進学,どう支える?  かさむ出費,無理ない家賃に」朝日新聞』2020年2月16日朝刊23面「リライフ」

 大学教育問題として重要な課題である「高等教育の制度事情」に関していうと,日本では,なかでもとくにその学費問題が注目される。日本はアメリカや韓国と並んで学費が非常に高い大学の制度になっている。

 私立大学はもちろん,国公立大学であっても,最近における勤労者の平均的な年収では,子どもたちを大学へ進学させるとしたら,非常な経済的負担を強いられる時代になっている。そのように高額になった学費の問題がともかく所与の条件として当面させられている現状が,実は一番の問題であるはずであった。

 さて,日本の労働者・サラリーマンの単純平均年収についてはたとえば, 「【2019年最新版】日本人の平均年収は441万円! 10年分の推移や割合,男女内訳など徹底調査」『CLABEL』2020/01/16 12:07,https://clabel.me/incomes/24345 という記述が,つぎのように言及している,該当の段落を引用しておく。

 「日本人の平均年収はご存知ですか?   国税庁の民間給与実態調査によると,日本人の平均年収は 441万円ということが分かっています」。「民間給与実態調査を確認してみると,平成30〔2018〕年日本の平均年収は441万円と,リーマンショック以前の水準以上のレベルまで回復しています」。

 

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   出所)http://www.garbagenews.net/archives/1539068.html

 

 「とはいえ,当時と比較すると消費税率や保険料が上がっているので,年収と実際に使えるお金には乖離があるでしょう」。「日本人の平均年収である441万円を稼ぐ場合,……約87万円は控除され,実際手元に残るのは約345万円となっています」。

 

 「夫婦と子供1人暮らしで稼ぎ手が1人の場合,平均年収441万円ではかなり窮屈な生活を送らなければなりません。首都圏では,生活が成り立たないでしょう」。「子供がいて年収が441万の場合は,共働きをおすすめします」。

 ここで想定されているらしい夫婦「像」が,たとえば夫35歳・妻32歳とする。この夫が1人働いていて,妻が専業主婦あるいはパートに出ているとしても,この世帯の年収が441万円(前後)だという事例はいくらでもありうる。ただし,もちろん一流企業:大会社に勤務する労働者の例にはなりにくい。

 そうだとしたら年収はもっと多く,少なめにざっといっても6百万円以上にはなる(夫か妻の1人だけが働くとして)。しかし,こちらの年収水準になったとしても,子ども1人がいる夫婦が,この子どもの大学進学にさいしてかかる経費(学資)は,年収(可処分所得)において占める割合なると,かなり大きい。

 次段から ① の記事を引用するが,先に断わっておく。年収5百万円前後の世帯・家計にとって子どもを大学に進学させる事業は,たいそうな経済的負担を強いられる人生の出来事となっている。

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  ※「大学生の下宿,いくら かかる?」※

 大学受験シーズンを迎えています。合格後,新生活にかかるお金のことが気になっている保護者らも多いはず。家賃などの支払いがかさむ下宿生の場合,生活費はいくらかかるのか? 備え方についても専門家に聞きました。

 a) バイト代頼みは危険 / 親の人生設計とバランスを

 〔2020年2月〕11日,東京都新宿区の早稲田大学近く。下宿を探す入学予定者らを対象にしたイベントを訪れた50代の女性は,「下宿生活にはお金がかかりますね」と話した。受験を控えた長男(19歳)とともに長野から上京した。早大近辺の家賃相場は,電車を利用し大学まで約40分のワンルームで6万~7万円。不動産会社の説明に「長野の1.5倍はする」。

 大学進学に備え,300万円の学資保険に入っていた。長男が高校に入ったころからは,パート代のうち毎月5万円を教育資金として預金し,さらに約180万円を蓄えた。だが,長男は浪人生活を送ることになり,予備校費用に約100万円かかった。

 今年は複数の大学,学部を受験するため,受験費用だけで交通費,宿泊費などを含め計約80万円にのぼる。女性は,「大学生活が始まる前から1万円札が飛ぶように出ていきます」。

 補注)本ブログ筆者もここで思いだしたことがある。それは,子どもが合格した滑り止めの大学に支払って(寄付することになった)「金20万円:入学金」のことである。その大学には進学しなかったので,授業料までは納入していないが,それにしても,サラリーマンの立場にとってみれば “大枚を盗られた” という印象は,いまだにもっている。この種の事例はつづく記事の説明のなかにも出ていた。

〔記事に戻る→〕 受験から入学までにかかった費用は下宿(アパートやマンション,学生会館など。寮は除く)の場合,国公立が平均で約199万円,私立は約222万円。全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)が,新入生の保護者を対象に2019年に実施した調査の結果だ。同年5月までの出費なので,学費を前期・後期で分納している場合,後期分は含まれていない。

 補注)この「国公立が平均で約199万円,私立は約222万円」の差額「約23万円」が,いったいどうして発生しているのか,くわしい説明がない。できればさらに,その内訳がしりたいところである。

 下宿生は自宅生と比べると,国公立,私立ともに約71万円多い。主に住居に関わる費用や生活用品購入費などの「初期投資」分だ。「予定と違って困ったこと」を受験生(推薦を除く)の保護者全体に複数回答で尋ねると,「未入学大学に納付金を払った」(26.9%)や「受験料が増えた」(25.3%)のほか,下宿ならではの「家賃などが高かった」も25.8%と多かった。

 イベントを共催する早稲田大学生活協同組合の担当者は,まずネットなどで事前に家賃の相場を確かめておくよう強調する。家賃や間取り,防犯設備などの条件のうち,なにを優先するかを親子で決めておくといい。想定より家賃の高い部屋への入居を希望し,「差額はアルバイトで稼ぐ」という学生もいるが,「大学生活のペースが分からないうちからバイト代をあてにするのは危険。無理のない物件選びが大切です」と助言する。

 補注)途中で気づいたので断わっておくが,本ブログ筆者がなんどか(ここでは旧ブログでの話題となるが)書いてきたのは,最近では国公立大学までが盛んに,新聞紙に全面広告を出して学生集め「宣伝競争」をしている。高い納付金を納めている学生の保護者の立場からすれば,どうしても納得できない『乱費』に感じる。大学も宣伝・広告をしてはいけないというのではない。一般営利企業となんら変わりない広告の出稿ぶりである。新聞記者にこの事実を問えといっても,ムリか?

 だが,大学経営の全面広告が乱発されている現状が解せないというよりは,その現状については大いに疑問を感じる。そのような宣伝・広告をする余裕資金があるならが,学費を下げるとか,学生の教育そのものに振り向けるのが本筋ある。

 国家の歳費からも私立大学に対して経常費補助が出ているが,それでいて宣伝・広告を大々的に打つ新聞紙面をみせつけられて,特定の矛盾を感じないではいられない。新聞社は大学の広告もウェルカムである点に変わりなとは思うけれども,おかしいと強く感じさせる論点を残す。

 b) 入学後の生活には,どれくらいの費用がかかるのか。
 全国大学生協連による2018年の調査では,下宿生の1カ月の生活費は約12万円。うち住居費が約5万円と大きい。

 「収入」は,仕送りが半額以上の約7万円を占める。ただ,仕送りのない学生も7.0%いた。アルバイト収入の3万1670円は,データがある1970年以降の最高額を更新した。

 補注)アルバイトもいい人生体験になりうる点はさておいても,本来であれば学業に専念しなければならない学生(「大」学生!)が,その労働時間のために(当然にその分,疲労もするゆえ)学業のほうに影響が出ないわけがない。だから,ここには絶対的な矛盾が介在している。

 いまの大学生がアルバイトに追われる生活をしている姿は,いわゆる「苦学生」という昔的な想像図では捕捉しにくい。アルバイトが本業であるかのような生活を過ごしている大学生もたくさんいる。以前,ゼミの学生がアルバイトの都合があるからといって,学業のほうをあとまわしにする話題を聞かされた時は,呆れるよりも前にビックリした。

 若者が自分の脳細胞が活発で柔軟な人生の時期に,一生懸命に勉強するための時間をとらなかったりしたら,長い人生の行路においてはかえってマイナスになるのではないか? こういう心配は当然である。さきほど引用したものと同じサイトからこういう国際比較を紹介しておく。

 〔日本の〕「大学生の1日の平均学習時間は78.6分だと分かりました」。「大学生のなかでも一番自主的に勉強しているのが,医歯薬系の大学生で1日の平均学習時間は,105.6分です。一方で,大学生のなかでも一番勉強していないといえるのが,文系の大学生で1日の平均学習時間は,69.5分です」。「医歯薬系の大学生と文系の大学生の1日の平均学習時間には約36分もの差があることが分かります」。

 

 「アメリカの大学生の1日の平均的な学習時間は,168分であることが分かりました。日本全体の大学生の平均学習時間と比べるとアメリカの大学生の平均学習時間は約89分も多いのです」。「医歯薬系の大学生と比べても約60分も長く,アメリカの大学生は日本の大学生よりもかなり多く勉強していることが分かります」。

 

 〔オーストラリアの〕「メルボルン大学は,大学生に対して,週に12時間講義を受けるのであれば,週に24時間は自学自習に費やすべきだとしています。つまり大学生は,一日に3.42時間(分に換算すると265分!)も勉強するよう奨励されているのです」。

 

 「シドニー大学メルボルン大学も大学生に対して,授業を受けるよりも自学自習を重要視していることがわかりますね。くわえて,自学自習の時間も日本の大学生の約3倍の時間が求められています」。

  註記)「大学生の勉強時間を徹底考察! 平均学習時間や海外との比較まとめ」 『CLABEL』2020/01/20 10:56,https://clabel.me/universities/80641

 ところで,日本では「大学設置基準における単位と学修の考え方」がある。講義や演習の科目の場合,1単位当たり15時間の授業時間が最低でも必要であり(21条2項1号),45時間-15時間=30時間が授業外の予習・復習時間として必要だということになる。つまり,成績の評価もこの勉強時間を想定・前提にした採点になっている。

 とうことで,この要求に即して大学生がまともに勉強することにしたら,アルバイトなど,おちおちやっていられないはずである。大学生ならばいつも,時間がある時は勉強していても当然であり,なにも不思議ない。「大いに学んで生きる」=大学生(?)ではなかったか。

 まあ,そのようなことをいわれても,父母が必死になって稼いで仕送りしてくれている学生本人は,自分もバイトをして少しでも「学費(学ぶための費用および遊ぶための費用)」を稼ぐという関係・状況がある。そこで問題になるのが奨学金であり,大きな問題であるが,ひとまずここでは触れない。

 ともかく「アメリカとオーストラリアの大学生と比べると日本の大学生の学習時間はとても少ないことが分かりましたね。これでは,「日本の大学生はしていない」といわれてもいたしかたりません」。「大学生の皆さんはこの記事を機に,自分の学習時間を鑑みてはいかがでしょうか」(前掲の記述より)という『学問のすすめ』になっていた。

 もっとも,そうはいわれても「言うは易く行うは難し」であって,現実がそのような要求に応えさせない「経済状況」に置かれている日本の大学生も多い。新聞記事の引用のほうに戻る。

 --暮らし向きを「楽」と答えた下宿生が55.7%の一方,「苦しい」と答えた下宿生も 9.4%いる。いずれも前年より微増した。全国大学生協連の担当者は,「学生の間でも二極化が進んでおり,生活が苦しい下宿生は,バイトをして生活の維持に努めているのではないか」と話す。なんらかの奨学金を「受給している」と答えた下宿生は34.7%。受給者だけをみると,平均で月約5万9千円だった。

 大学生活にかかる費用を,保護者はどのように準備すればいいのか。

 全国大学生協連が2019年に「費用面で準備・工夫したこと」を新入生の保護者全体(複数回答)に尋ねたところ,学資保険が多く5割近くにのぼった。「貯蓄切り崩し」(35.7%)は増加傾向にあり,「奨学金申請」(32.9%)を2016年から上回っている。

 担当者は「奨学金が貸与型の場合,子どもが将来返すことになるため,できるかぎり親が負担したいという気持の表われではないか」と推測する。2018年の調査で,貸与型奨学金を受給している学生のうち,返済に「不安を感じている」と答えた人は74.4%に達している。

 補注)将来(卒業後)において,「借りた」奨学金の返済に不安がつきまとうようなその種の奨学金などは,まともな奨学金とはいえない。日本学生支援機構の主要事業である貸与型奨学金の制度が,いまでは社会問題化している事実があった。

 いままですでに,多くの若者の未来を実質的に潰してきたごとき同機構の「奨学金という名のローン制度」は本末転倒であって,この機構そのものがある意味では「問題組織になっている」といわざるをえない要素を抱えている。貸与型奨学金の制度は奨学金とはいえず,若者たちの学業促進に対する奨学金であるよりも,彼らの人生に対する “障害金” になりはてている側面を強くしてきた。

 ファイナンシャルプランナーの豊田眞弓さんは,「親自身の人生設計とのバランスを考え,できるだけ早い段階でめどをつけておきたい」と話す。目標としては中学卒業までに最低300万円,下宿する可能性がある場合は500万円をためておくよう勧める。

 補注)学資保険しかり,貸与型奨学金しかり,貯蓄の切り崩ししかり,大学に進学することにまつわり,いろいろな経済的労苦・負担がひどく強いられる高等教育制度は,もとより問題がありすぎた。極端な比較となるが,大学(ここでは一流のとしておくが)に進学する学力がある若者が無償で高等教育を受けられることになれば,以上や前後する記述中の話題の大部分(金銭面の問題)は,全部すっ飛ぶ。

 教育・住宅・医療というこの3つの問題で,公的支出よりも国民たちが私的に負担をする部分が多ければ多いほど,実は,長期的・総合的な観点からして,国家的な利益にはならない。その意味でも日本の高等教育制度は,国民たちに対して貧困を招きかねない仕組を提供してもいる。

〔記事に戻る→〕 奨学金については,返済する必要がない給付型を最初に検討したい。貸与型にも有利子,無利子のタイプがある。給付条件や申込時期について,しっかり確認しておくことも大切だ。

 予期せぬ出費が必要となることもある。手もちの資金では足りないという場合,金融機関の教育ローンが選択肢になる。低金利時代の現在,5年以内など早めに完済するみこみで借りる場合は変動金利でもよいが,借入期間が長くなる場合は固定金利を検討するようアドバイスする。(引用終わり)

 なお,こういう指摘がある。--「昨今では,大学卒業後に就職しないと考える人が意外と多いようです。進路が多様化する中で,どのような選択をするのでしょうか。就職しないで卒業した場合,以下のような進路の選択肢があります」。

   ・フリーター
   ・起業する
   ・フリーランスになる
   ・ニート
   ・大学院や専門学校に入学する

 「上記のなかでは,フリーターになる人が多いのが現状です。近年,ネットやSNSの発展もあり,組織に属さず起業やフリーランスという道を選ぶ人が増えてきています。

 註記)「大学卒業後の進路…就職しない選択とは」『ハタラクティブ』2018/06/22,https://hataractive.jp/howto/daisotsu/35/4399/

 大学卒業して「フリーター」「ニート」になるという進路(?)は,現実には多くみられる現象=結果ではあるものの,いったいなんのために大学にいったのかという疑問が,当然のように湧いてくる。事後の経歴蓄積に役立たない進路では,なおさらのこと大卒(大学への進学)がムダだったという結果を意味する。しかも「意外と多い」卒業後の進路だとしたら,大学生の時期に貸与型の奨学金などそもそも借りていられないし,バイトだらけの学生生活の結果,就活不振のためもあってにそうなってしまったという場合もありえよう。

 それらの進路に迷いこんだ大卒者:若者の場合についていうと,たとえば保護者が子どもを大学に入学させるために学資保険をかけておいたり,貯蓄の切り崩しをしたり,それにくわえて,入学後は貸与型奨学金を借りていたりしていたら,その若者の人生は出発点そのものが準備できなだけでなく,その基礎工事が形成不全のままに終わる。

 以上のように,大学生の保護者側の視点からみた若者の大学進学問題が,最近の話題「高等教育の無償化制度」にかかわるとなると,私立大学との関係において,ある意味で奇妙な展開をみせるようにまでなっている。

 あえて予断でいっておくが,つぎの ② の議論・主張は,日本における大学についての本質的な問題からそれている。現状におけるアベ政権の小手先的な「政策の展開」は,高等教育制度における混迷を増すばかりである。

 

 「高等教育の無償化制度,『国私格差』拡大の恐れ(鎌田 薫・前日本私立大学連盟会長)」日本経済新聞』2019年10月28日朝刊16面「教育」

 2020年4月から低所得世帯の学生が対象の高等教育の無償化が始まるが,日本私立大学連盟の鎌田 薫前会長(早稲田大学前総長)は私立大学には問題が多い制度だと批判する。

 a) 来〔2020〕年4月から,大学,短大,高専,専門学校に在学する住民税非課税世帯およびそれに準ずる世帯の学生を対象として,新たな授業料減免制度が始まり,給付型奨学金も拡充されることになった(高等教育の就学支援新制度)。初年度の予算は7600億円が予定されている。600校を超える4年制私立大学全体に対する助成金総額が3000億円弱だから,この金額は画期的に大きなものといえる。

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 鎌田 薫,記事から。

 ただし,この授業料減免制度は学生の授業料を国が代わって大学に支払うものであるから,大学の収入増にはつながらず,国の負担分は消費税引き上げによる財源を用いた内閣府社会保障関連予算に位置づけられる。

 グローバル化,情報化と少子高齢化が急速に進む現代日本社会においては,国民1人ひとりが高度の知識・技能を身につけ,新たな価値を創造していくことが強く求められている。一方で,教育費負担が子どもをもつことに対する最大の抑制要因となっている。実際にも,低所得者層の大学進学率は漸減傾向にあり,経済格差と教育格差の悪循環が懸念されている。

 補注)この「経済格差と教育格差の悪循環」はただ懸念されているのではなく,実際に現実化してきた問題であるゆえ,このようにだけ表現するとしたら誤解を招きかねない。

 これらのことを考えれば,市民生活の安定と国の繁栄を維持発展させるためには,高等教育費負担の軽減を図ることが必要であり,新制度がその第一歩を踏み出したことじたいは高く評価しなければならない。しかし,その制度設計には私立大学として看過できない問題点があり,私学団体も一貫して批判的な意見を述べてきた。ここでは,とくに国私間の格差を拡大させる恐れについて私見を述べたい。

 b) 国の高等教育費支出は,学生1人あたり,国立大学202万円,私立大学15万円であって,13倍を超える格差がある。これらはいずれも平均額であり,国立大学生の3割は授業料減免の恩恵を受けているし,私学助成の交付額は大学によってさまざまであるから,1人ひとりについてみれば,より多様な比率になる。

 その意味では精密さに欠ける比較ではあるが,国立大学と私立大学の卒業生が国や社会全体にもたらす便益にこれほど大きな差があるとは考えられず,国費の投資効率や納税者間の平等という観点からは正当化がむずかしい格差といえよう。

 補注)極論だがけっして極論ではない意見として,大学教育の全面的な無償化という発想が必要であった。この場合,私立大学の存在方式が厄介ともいうべき問題となるが,ひとまず理想型的に考えてみればよい。ただし,大学生の総数はいまの「3分の1」(ざっと学部生だけで80万人程度か)でよい。しかし,そうなったら私立大学中の非一流大学は生存できるみこみはない。だが,単に産業経営みたいな実態にある私立大学は,率先して廃校にした(潰した)ほうが好ましい。

 いまの日本の大学,読み書き算盤(電算)すらまともにできない非一流大学生が大勢存在することじたい,経済社会にとって重大なムダである。もっとほかの進路に向かせて,彼らをより有用な人材に育成する教育方法はいくらでもある。それがいまは,猫も杓子も大学へ来ている。4月から発足する専門職大学もエセ大学もしくはエセ専門学校のハイブリッド形態(ごた混ぜ学校制度)となれば,なんのために設置した大学範疇なのかと疑問だらけであった。鎌田 薫は次段で,そのあたりに関連する発言をしていた。

 本来なら,こうした異常な格差を解消したうえで,個々の学生の能力と経済状況に応じて幅広く柔軟な支援策を講ずるべきであって,大学の設置形態によって支援内容に差を設けることは合理的でなく,不当な格差を拡大させる恐れもある。

 補注)この設置形態とは国公立と私立の相違を指しているが,日本の大学制度として,この相違の問題をどのように調整し,まともに統合化するかが難問中の難問である。いまさらま全面的・本格的にはいじれないから(いじる気もないから)こそ,今回のごとき「低所得世帯の学生が対象の高等教育の無償化」を始めようとしている。しかしそうなると,鎌田の指摘するような問題点は解消できるどころか,なおもこじれていくし,さらに問題の本質を分かりにくくするほかない。つぎの議論を聞けばこの指摘は理解できるはずである。

 たとえば,ある受験生が強く進学を希望する私立大学の特定学部の授業料が160万円であるとすると,新制度による支援は70万円を上限としているから,90万円の自己負担を覚悟しなければならない。この受験生が第1希望を断念して国公立大学に進学すれば,学費全額を国が負担するという今回の制度が本人と国の将来にとって,はたして有益なのだろうか。

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 現状でも国立大学生の世帯収入が私大生のそれを上回っており,受験準備に十分な投資ができなければ難関大学に進学できない傾向が顕著になっている。新制度が国は国公立大学への進学を強く奨励しているというメッセージと受け止められれば,この傾向はさらに強まり,制度目的とは逆に受験準備のために十分な投資をする余裕のない受験生はますます進学が困難になる恐れがある。

 補注)日本の大学制度,とりわけ国公立大学と私立大学が経営主体を基本から違えており,しかもその総括的な監督機関が国家であるというもっとも基本的な矛盾点を,それこそガラガラポンする気がないかぎり,これからもこの鎌田のような議論は延々とつづいていく。

 c) 学部学生の約8割〔近く〕に対する教育を担っている私立大学には,低所得者層を含む多様な学生が在籍している。そのため,各私立大学は独自の支援措置をとっており,その総額は毎年900億円規模に上っている。

 現在は,年収841万円以下の世帯の学生に対する各私大独自の授業料減免額の2分の1について国庫補助を受けられるものとされている。実際の交付額は90億円程度に留まっているが,就学支援新制度の導入に伴って,従来の補助は廃止されるといわれる。もっとも多くの学生が属する年収400万~900万円の世帯に対する授業料減免への公的支援がなくなったとしても,各大学は従来の減免措置を取りやめることはできないだろうし,新制度の影響で支援策の拡充を迫られるかもしれず,私立大学にとっては改悪としかいいようがない。

 補注)この「改悪」という指摘も,ある意味では異質同士である国公立大学と私立大学との教育機関としてのそれぞれの存在様式を,いっしょくたにして政策の対象にする点にまつわって生じている。今回の本当は「一部分の適用でしかない無償化の措置」が実施されることによって,日本における大学問題の全体がよりよい方途に向かうという意味あい:みこみは,全然ありえない。ただの制度いじりにしかなりえない変更を,つまり,部分的でしかない授業料減免に関する無償化(?)を売り物にして,もてあそんでいるとまで形容してもいい。

 しかも,その原資には学生からの授業料も含まれるため,実際上は学生相互間の所得移転による社会保障の肩代わりを拡大させるものであり,本来あるべき方向性とは逆行している

 新制度は受給対象者を2浪,20歳までに限っている。さらに,現行制度では補助対象としていた大学院生の授業料減免が廃止されるとすると,教育再生実行会議や人生100年時代構想会議などが,生涯を通じていつでも必要なときに必要なことを学べる体制を整えることや,博士学位取得の促進などを提言してきたが,そうした政策と矛盾することになる。

 補注)従来の国立大学における授業料減免制度の適用を受けている学生のうち,今回の制度変更によって5千人が落ちこぼれる(外れる)。新制度に合わせて申請しても,こちらの被適用者になれないという変化が生じるのである。制度いじりだと前段で批判したのは,こういう意味あいもあった。

 d) 新法付則の定める施行後4年の見直しに向けて,国私間格差の抜本的解消,諸外国でおこなわれているような国公立大学低所得者層の学生を一定数入学させる制度の導入,中間所得層を含む幅広い学生に対する支援措置の拡充などについて深く真剣に検討されることを切に期待する。

 補注)ここで提唱されている創見についていえば,私立大学側にもそれなりに応じる覚悟はあるのかという疑問が生じる。もっと具体的にいえば,私立大学として立ち位置が明快でないまま,いいかえれば,私立大学としては「この段落に書いてある内容」に,どのように応じられるような入学政策がありうるのかまだ不詳のままである。

 仮にでも,私立大学陣営側で統一的な政策樹立・意思統一などできるわけもない相談である。私大ごとの個別利害を大同団結的に整合させうる可能性はゼロに等しい。とりわけ,現状の私立大学の諸立場では「低所得者層の学生を一定数入学させる制度」など,初めから採用できない。なぜか,私立大学だから,である。私大にはもちろん,成績最優秀者を選んで授業料の減免をする制度もあるが,これは入試政策の一環に留まっている。

 だから,前段では,私立大学ではガラガラポンする気のないかぎり,鎌田が主張している諸主張が本格的に実現する展望はもてない。明治以来の私立大学のあり方は,むろん最終的・総括的な監督責任が国家側にあることは当然であっても,それと同時にあるいは以前に,私立大学側自身が一致団結した方向をもって,高等教育機関としての大連合でもしないかぎり,とうてい鎌田の示唆するような方途は打開できまい。

 e) 無料 vs 有料 「勝負にならず」(日経側のまとめ)

 私学助成を拡大し,国公立との公的支援の格差を是正することは私立学校の悲願だった。大学生1人当たりの支援額が13倍以上という格差構造が理不尽に思えるからだ。だが,今回の無償化は私立関係者にも想定外だった。私学助成拡大なら増額分はそのまま増収となるが,国の授業料肩代わりでは学校財政の改善に直接は貢献しない。

 印象悪化の懸念も残る。鎌田氏が示したケースでいえば,現行の国立54万円,私立160万円が,新制度では0円(無料)対90万円となる。「ただと有料では格差は無限大。勝負にならない」という不満は強い。(引用終わり)

 なんということはない,安倍政権下,文教政策はいじくりまわされただけであった。実質的に,なにかを進展・進歩させえたというに値する具体策はなかった。オモチャにされているといってもいいくらい,もてあそぶかのようにして,しかも大学の無償化とはとてもいえない「無償化問題」の詮議に終わっていた。

 この国ではいまのところ,「教育は百年の大計」と完全に無縁の文教政策がつづいている。これでは日本の後進国化が,教育制度面からもさらに拍車をかけることにしかならない。

 なお,以下(末尾)には「広告を兼ねた文献案内」が挙げてある。その本のうち2列の左側にかかげてある『奨学金なんかこわくない!:学生に賃金を』が,あくまで宣伝の文句としてだが,その「内容案内」がこう訴えていた。 “もっともないいぶん” であった。

【内容紹介】

 大学無償化とは,この将来でがんじがらめの世の中で,たった4年間でもいい,いまを生きる機会を作りだそうというものだ。授業料は全員タダ。全員に生活費が配られる。みんなそうだから負い目なんて感じない。

 

 日本の大学はこれに逆行することばかりやってきた。高い学費,奨学金で借金漬け。カネを出してくれたひとに恩を感じさせ,それに報いることを意識させる。いま政府が「無償化」を謳っているのも同じことだ。一,二割の貧しい世帯だけにカネを出し,彼らに極度の負い目を植えつける。お世話になったみなさんのためにも,将来,立派な人間になりましょう?  封建かよ。

 補注)最初に触れたように,政府は無償化という用語は使わなくなっていた。「修学支援新制度」といいかえている。無償化ではない政策しか展開していないとなれば,後者の用語のほうが正直といえばそのとおりである。

 

 偽りの「無償化」はもうたくさん。学費は高いぞ。奨学金は借金だぞ。借金のとりたてはきびしいぞ。そろそろ,将来のくびきを断ち切って,真の無償化を勝ちとろう。学費はゼロ。奨学金なんてこわくない,返さなくてもいいのなら。逃げろ。この腐った世界から転がっていこうぜ。

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