食事文化として箸を使う国々のなかで日本人の箸使いは突出してすばらしいのか,日本では正しく箸をもてない大人が多数派である(続の続)

          日本は箸の国か?(続の続)

                  (2015年1月18日)

 

  要点:1 「日本はお箸の国です」などと「いうなかれ」

  要点:2 箸を上手に使える外国人(白人?)を褒めるのであれば,箸をまともに使えない日本人を叱らねばいけないのだが……

 本ブログ内では今年(2020年)2月の中旬に,つぎの2稿をさきに書いていた。こちらも併せて読んでもらえればと希望する。

 

 ※-1 2020年2月13日

 「食事文化として箸を使う国々のなかで日本人の箸使いは突出してすばらしいのか,日本では正しく箸をもてない大人が多数派である」

  ⇒ https://socialsciencereview.hatenablog.com/entry/2020/02/13/212710

 

 ※-2 2020年2月15日

 「食事文化として箸を使う国々のなかで日本人の箸使いは突出してすばらしいのか,日本では正しく箸をもてない大人が多数派である(続)」

  ⇒ https://socialsciencereview.hatenablog.com/entry/2020/02/15/074023 


  アメリカ人〔外国人たち〕の感想

 「箸を使うたびに『上手ですね』といわれるんだ。アメリカ人でアジア人がフォークとナイフを使って同じことをいわれているところを想像してごらんよ」という文句が,ネット上には簡単にみつけられる。

 この感想を「文句」としていっていた外国人(アメリカ人→白人だが)は,すでに箸を適当に操れるのであれば,「できていて当然なのになぜ褒められるのか」というふうに,得心がいかないことだと疑問を吐いている。

 だが,「フォークとナイフ」の使いと箸の使いを同じにあつかうのは,少し違う感じがする。習得に要するそれぞれの手間・ひまに関していえば,技術・運用面に関して特定の差異があるのではないか。そう考えたほうが自然である(※へ)

 補注)特定非営利法人日本箸道協会という組織があって,こういう「箸に関する説明」を与えている。

 箸には,はさむ,運ぶ,切る,押さえる,はがす,まぜる,のせる,つつむなどさまざまな働きがあります。
 たった二本の棒で,複雑な動きがあります。

 また,中国や韓国でも箸は使われますが,スープ類はレンゲや匙(さじ)でいただきますが,日本ではお吸い物もみそ汁も箸でいただきます。

 箸にも,家族用・お客様用,子供用・大人用,男性用・女性用,用途別(取り箸や衣箸など)があり,日本の箸食文化は独特のものがあります。

 そういったことを,外国人の方々に理解していただき,日本料理や日本の食文化の普及啓発を箸道検定を通じて世界に発信していきます。

 註記)http://www.hashido.net/foreigner/post.html 「外国人向け箸道検定と箸道講座」。

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 出所)同上。こういう画像おいては,ほとんどの場合,白人がモデルとして登場する。

 (※を受けて)それはともかく,この国において生活する外国人(新来の)からは,日本の食文化における箸について,こういう感想が述べられている。

  ☆ 日本在住の外国人同士で会話をするとき,
     いちばん多く出る「日本人に対する定番の文句」☆

 

 「また日本人に,お箸お上手ですね,といわれた」。外国人の友だちがいる日本人は,この話題を何回も聞いてきてるかもしれないが,なぜ,外国人がお箸の使い方を褒められて嫌に感じるのか?

 

 もちろん,お箸で食べるのは西洋からすれば異文化になるし,いまだにお箸が使えない人もいるし,お箸が珍しい国も存在する。しかし,移民国や多人種の国であれば,中国の人,韓国の人,日本の人も住んでいるし,箸を使うケースがよくある。つまり,日本人が想像する以上に,お箸は海外においても馴染みのあるものなのである。

 

 たとえ,その例に当てはまらなかったとしても,日本在住の外国人は「お箸お上手ですね」という発言に聞き飽きている。なにせ『お箸が使えるだけで〔繰りかえし〕褒められる』だから……。

 

 私も来日する10年前の中学生のころから,アジア料理を食べるたびに箸を使っていた。自分が白人,アメリカ人でありながらも,お箸が使えることは当たり前に思って来日していた。

 

 だから,はじめて日本人に「お箸が上手!」といわれたとき,「あ,日本人からみたら,私が箸を使えることは珍しいんだ」と思ったが,それ以上のことはなにも思わなかった。

 

 しかし,日本に長くいればいるほど,その発言を聞く回数がとても多くなる。しってる人にも,しらない人にも,1日に4~5回いわれてもおかしくないくらい,いわれてきた。

 註記)http://getnews.jp/archives/696495

 この在日している外国人(主にアメリカ人でかつ白人系)は,いつもの「日本人側での〈お箸もつの上手ですね:トーク〉」には,もう飽き飽きしているという意見である。しかし,これは外国人に向けられる,ずいぶんおかしな褒め方である。なぜ,おかしいのか?

 今日の記述においてその答えは,つぎの ② で説明されることになる。要は,一方で「外国人が箸をきちんともて,ちゃんと使えている」のに対して,他方で日本人自身の過半が〈褒められるほどに〉には, “チョップスティック” をまともに使えないでいる」という現実もある。

 

 「〈Re:お答えします〉箸を正しく使えないのはなぜ?」朝日新聞』2015年1月18日朝刊

 『問い ★』  「箸の使い方が正しくない子ども,そして大人もみかけます。近年,正しくもてなくなってきているとしたら,原因はなんなのでしょうか」(広島市,無職男性 77歳)。

 『答え ☆』 箸を正しく使えない人は,確かに増えている。目白大学谷田貝公昭(まさあき)名誉教授=保育学=(71歳)らは長年,箸の正しいもち方,使い方ができる人の割合を,調べてきた。どの年代でも,その割合は減っている。

 1984年には,正しく箸を使える成人は,男女ともほとんどの年代で過半数を占めていたが,25年後の2009年には2~3割になった。その理由を谷田貝は「身近なモデルである親が箸をきちんと使えない。それが常態化してしまったため」と考えている。

 補注)本ブログの筆者も職業柄,多くの大学生たちの「箸運用実態」を観てきた。それは1970年代の後半からであったが,当時から「正視さえできない気分」になるような「箸の持ち方や動かし方をする若者に大勢接してきた。後段の ③ に紹介する別の2編の記述も,そうした実体験を契機に執筆していたことはいうまでもない。

 ★ なぜ正しく箸を使えなくなったのでしょうか。

 ☆ 谷田貝らの別の調査では,1940年生まれくらいを境に,正しく箸を使えない人が増えてきた。「戦中戦後の混乱期に,親が子に箸のしつけをする余裕がなく,箸を使う食べ物そのものも減っていたためではないか」と推察している。

 補注)今年は2015〔2020〕年であり,1940年からは75〔80〕年もの時が経っている。

 以前,服部栄養専門学校の経営者(校長)服部幸應(1945年生まれ,本名は染谷幸彦)が,日本人で箸を正しくもてるのは4割にまで減っているといっていた。

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 出所)服部幸應https://www.hattori.ac.jp/schoolguide/message/

 だが,もしかするとそれ以前からも「箸を正しくもてない日本人」が,相当に多い比率になっていたかもしれない。飲食店に寄ったとき,みなが箸を使う姿をそっと観察してみればよい。多分,2人に1人以上の〔というかけっこう圧倒的な〕割合で,日本人自身が箸を正しくもてない・使えていない。

 「外国人なのに箸を上手に使えるんだね」といって褒めるのであげるのであれば,日本人の側でけっこうたくさんいるはずの「叱らねばならない相手」は,さておくことにしたうえで,「正しく箸を使えている人」に対しては「日本人でもうまく使えてエライね」と,こちらに限っては大いに褒めてあげる必要があるではないか。

 学校給食で先割れスプーンを使う頻度が高かった影響や,幼児期にスプーンで食事をする時期が長くなり,スムーズに箸に移行しにくくなった,という見方もある。いくつかの認可保育所に聞いてみると,箸を使わせ始める時期は2歳から5歳とさまざまであった。

 記者にも保育所に通う子どもがいる。なかなか正しい箸のもち方が身につかず,親子でしょんぼりさせられた。調べるうちに,内閣府の興味深いデータをみつけた。箸の使い方を含めた食事のマナーを身につけている人ほど,幼い時に家族全員で夕食をとった頻度が高いそうである。

 補注)「幼い時に家族全員で夕食をとった頻度が高い」ということである。しかし,両親ともに箸を正しくもてない家族の子どもは,どうしたら「箸を正しくもてる」ようになるのか?

 箸の正しいもち方をめざすなら,ワーク・ライフ・バランスの見直しが,必要になるかもしれない。仕事に追われる毎日であるが,親子で夕食を囲んで,食事のマナーを自然に身につけたい。

 --この種の「箸に関する記事」が,このように「ワーク・ライフ・バランスの見直し」を示唆するところまで話が発展していたが,これにはいささか驚かされる。

 「日本の食文化」→「正しい箸のもち方と使い方」→「日本的な作法のひとつとしての箸使い」という関連が,なにか特別に固有の意味を日本史的な次元でもつかのごとく,つまり,この国の歴史・伝統・文化の重要なひとつを構成する「無形技術である」かのように話題にされている。

 「箸を正しくもち,使う」という食生活に関する「手と指の運用法」が,なぜか日本文化の精髄であるかのように語られている。だが,その割りには,箸を正しくもてる人びとの割合が急激に減少している。

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 出所)http://www.h2.dion.ne.jp/~haruk/enseikatu/ohasi/ohasi.htm

 「箸」というモノが,日本文化全体のなかでも「高尚な価値がある作法」をともなうべき食事用具として,とりあつかわれている。そうだとすればなおさらのこと,なぜ「箸を正しくもてない日本の人びとの割合」が増えているのか,文化論の見地からいま一度再考してみる余地もある。 

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