『原発よさらば』と,簡単には絶対にいかない「原発事情の因縁」,いまさら逃げられない「《悪魔の火》の業火性」

原発は悪魔の火を焚く,この火に炙られて心地いいのか,経済産業省資源エネルギー庁の鈍感度,再生エネ導入・活用を渋る官庁の本性はなにか

 

  要点:1 「業火(業火)」とは,仏教の用語で,悪業(あくごう)が身 を滅ぼすのを火にたとえていう語。また,罪人を焼き苦しめる地獄の火

  要点:2 東電福島第1原発事故現場の汚染水漏れなどを「アンダーコントロール」だと豪語した某国(亡国)の首相は,悪業のかぎりをつくしたあげく,死後は霊界において業火にあぶられつづけるのか

  要点:3 日本政府・経済産業省資源エネルギー庁はなぜ原発維持にこだわるのか,その石頭「性」の問題

 

 「〈社説〉福島の事故から9年 原発と決別し,新たな道を」朝日新聞』2020年3月23日朝刊

 東京電力・福島第1原発の構内は表面上,事故の後片付けが一段落したようにみえる。だが,3基の原子炉で溶け落ちた燃料デブリは,ほぼ手つかずのままだ。放射性物質に汚染された水は止まらず,浄化処理後の貯水タンクは1千基を超えた。9年たってもなお,廃炉のゆくすえは見通せない。ひとたび原発が事故を起こせば,癒やしがたい「傷」を負う。それが現実である。

 補注1「将来的に『脱原発』賛成 74% 朝日新聞世論調査asahi.com  2011年6月13日23時46分,http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106130401.html は,「3・11」直後,まだ3ヶ月しか経っていない時期に実施された朝日新聞社世論調査を報道していた。ここに報告されていた内容は,現在の時点〔2020年3月下旬〕となっては,ほぼ常識的ないしは現状そのものとなってもいる電力事情を意味している。そう解釈しても,なんら不都合でも牽強付会でもない。

 f:id:socialsciencereview:20200323081739j:plain

 朝日新聞社が〔2011年6月〕11,12の両日実施した定例の全国世論調査(電話)によると,「原子力発電を段階的に減らして将来はやめる」ことに74%が賛成と答えた。反対は14%だった。東日本大震災の後,「脱原発」にかかわる意識をこうしたかたちで聞いたのは初めて。

 原子力発電の利用に賛成という人(全体の37%)でも,そのうち6割あまりが「段階的に減らして将来はやめる」ことに賛成と答えた。定期検査で運転停止している原発に関して,「国が求める安全対策が達成されれば」という条件をかかげて,再開の賛否を聞いた。その結果,再開に賛成51%,反対35%だった。原発のある13道県では,再開反対が全体よりやや多い。

 風力や太陽光など自然エネルギーについては,「将来,原子力発電にとってかわるエネルギーになる」が64%,「そうは思わない」が24%だった。自然エネルギーと電気料金の関係では,「電気料金が高くなるとしても,発電量に占める自然エネルギーの割合を増やした方がよい」が65%。「料金が高くなるのなら,増やさない方がよい」は19%だった。

 補注2)現時点において電気料金を高くさせている要因のひとつとして,原発の後始末・廃炉のために充てられている費用が無視できない。いわば,現にそれを電気料金にまぎれこまされて,負担させられている消費者側の立場は,割り切れない気分をもつほかない。

 その点はさておき,前段のように,2011年6月に実施された朝日新聞社世論調査が報告した「原発はもうゴメンだ」という国民・市民・庶民の「声」は,いま〔2020年3月〕となっても共通認識であるとみなして,大きな間違いにはならない。ところが,政府の部署,とくに経済産業省資源エネルギー庁はいまだに,電源に占める原発の比率を「20~22%」を,2030年において維持・確保する願望を抱いている。だが,いまどきにとうてい実現が不可能であるその展望は,滅相もない原発「観」にしがみついている。

 経産省・エネルギー資源庁は,昨今としては非常に珍しい化石的なエネルギー観をいだいたままである。世界各国において展開されている「現実のエネルギー事情の大幅な変遷」を,まさかしらないわけではない同省・同庁が,原発と心中でもしたいのか,どうしてそこまで原発にこだわるのか不可解である。その「20~22%」に執心する議論をしていたかのような識者,橘川武郎でさえも最近は,この%からは「戦線を離脱し,路線を転換させた」かのように聞こえる発想をしだしている。

 安倍晋三の操り師で,守護神というか守護霊も兼ねる同省・同庁出身の首相「補佐官今井尚哉」の存在は,このアベ政権の本質をうかがわせており,その点ではとても示唆的な人物である。また,「アンダーコントロール」といい放ったアベの発言は,当初から大ウソであった事実を踏まえたうえで,「日本の原発問題」の『今後』(「臨終の経過」が半永久的につづいていくほかない「それ」)を監視する必要がある。

〔記事「社説」に戻る  ↓  〕

 1) 安全軽視は許されぬ

 福島の事故を教訓に,日本は原発に頼らない社会をめざすべきだ。朝日新聞はこれまで,社説でそう訴えてきた。世論調査でも,原発の再稼働には否定的な声が強い。国民の間に不安があるからこそ,事業者や政府は震災後,原発を再び動かすにあたって安全優先を徹底すると誓ったはずだ。

 しかし,「傷」の痛みが風化しつつあるのでは,と心配になるできごとが相次いでいる。たとえば先月,敦賀原発2号機の新規制基準にもとづく審査で,事業者の日本原子力発電がボーリング調査の生データを黙って書きかえていたことが発覚した。原子力規制委員会の更田豊志委員長が「科学の常識に照らしておかしい」と,あきれかえるほど異例の事態だ。

 補注)この「原子力規制委員会」とはいっても,原発体制をけっして廃絶するための国家機関ではなく,できれば円滑に原発の利用を進捗させるための指導・監督機関であった。この原子力規制委員会は2012年9月19日に発足していたが,あくまでも原発推進であるほかない基本的な思想・立場じたいに,固有の限界があった。それでも現在においては,引用中の社説が言及しているごとき「非常にきびしい指導・監督」をせざるをえない時代環境のなかで,仕事をすることになっている。

〔「社説」に戻る→〕 原電は原発専業で,保有する4基のうち2基の廃炉を決めており,敦賀2号機を運転できないと経営が苦しい。再稼働を認めてもらうため,都合よくデータを書きかえたのでは。そう疑われても仕方がない。再稼働した原発を止めたくない,という電力業界の姿勢があらわになったこともある。

 補注)電力会社は以前であれば「国策民営・地域独占・総括原価方式」という公益企業形態の経営管理体制を保障されて運営してきたが,いまでは私企業として営利追求を剥き出しにした営業をせざるをえないため,既存の原発施設を最大限に稼働させねばならない窮状にある。しかし,原子力規制委員会による安全面の指導は,以前におけるような「安全神話」を介在させたごときに “デタラメないしはいい加減な監督・指導” ができない時代に移行したなかで,この社説が触れているように非常にきびしいものにならざるをえなくなっている。

 関西,四国,九州の電力3社は昨〔2019〕年4月,テロ対策工事の完成期限を延ばすよう規制委に求めた。工事が間に合わず,運転停止を命じられる事態を避けたかったのだ。これを規制委は却下し,先週,まず九電の川内原発1号機が止まった。

 この段落については,つぎの文章(批判)を紹介しておく。2つの付表が関連の事情を分かりやすく説明している。

 

  川内原発1号機が停まります ★

 

 鹿児島県薩摩川内市にある川内原発1号機が明日〔2020年3月〕16日に停まります。「特定重大事故等対処施設」(特重施設)の完成が「期限」の17日に間に合わないからです。川内1号機だけではありません。川内2号機〔九州電力〕が4月20日,高浜3号機,4号機〔関西電力〕が8月2日,10月7日に停まります。

 

 他の稼働中の残りの4基もこの施設を完成させておらず,いずれ期限を迎えます。玄海3号機,4号機〔九州電力〕は2022年8月24日と9月13日。大飯3,4号機〔関西電力〕も同年8月24日。裁判所の命令で停止中の伊方3号機〔四国電力〕も2021年3月22日が期限です。

 

    f:id:socialsciencereview:20200323085507j:plain

 

 稼働している原発はどれもとても危ないので川内1号機の停止は喜ばしいことですが,新規制基準で設置が決められたはずの施設が,福島原発事故後ひとつも完成してないのに稼働が続けられてきたことがあまりにひどい。しかも,もともとこの施設は,新規制基準施行(2013年7月)後,すぐに設置されなければならないのに,5年もの猶予が与えられたものだったのでした。期限は2018年7月でした。

 f:id:socialsciencereview:20200323085732j:plain

 

 ところが電力会社がそれを守ることができなかったので,2016年1月に原子力規制委員会がさらに「本体施設工事認可後5年」と猶予を伸ばしたのでした。そこまでしたのにどの電力会社もこの施設を作らなかった。このため原発はどんどん停まります。1年ぐらいは動かせない。関電はいまになって停止後数か月で施設を設置して再稼働させるといい出しましたが,それならなんでもっと早く作らなかったのか。

 

 ともあれ夏までに3基が停まります。玄海も3号機,4号機が9月と12月から定期点検に入り,大飯3,4号機も8~10月にかけて定期検査の時期を迎えるので,夏には全国の稼働原発は3基になり,秋に2基,その後,定検が長引けばゼロになる可能性もあります。

 

【参考図表】

 ※『朝日新聞』2020年3月17日朝刊。  

  f:id:socialsciencereview:20200323092448j:plain

 

 ※『日本経済新聞』2020年3月17日朝刊。

   f:id:socialsciencereview:20200323092535p:plain 

 2) 段階的にゼロめざせ

 事故前にあった54基の原発のうち,再稼働は9基にとどまる。発電量の約3割を占めていた原発比率も,いまは数%にすぎない。火力発電で代替しつづけると,燃料費がかさんで経営が圧迫される。電力業界が再稼働や運転継続を望む背景には,そんな台所事情がある。

 補注)火力発電用の燃料調達問題については「3・11」直後,とくにそれがコスト高であり,日本経済に与える影響が大だと誇張する主張がめだっていたが,アベノミクスによる円安の関連性や,石油を需要し,輸入して利用する産業経営がそのほかにも多種多様にある現実を完全に無視した一方的ないいぶんだけが,声高にさけばれていた事実を忘れてはいけない。そのような問題よりもいまや「原発じたいのコスト高:魔性」のほうが,よほど深刻な未来を予測させているではないか。

 だが,電力会社がみずからの利益のために,安全を二の次にするのは言語道断だ。事故を起こせば,社会や人びとの暮らしに深い「傷」を負わせてしまう。そのことを忘れてはならない。

 補注)「3・11」の原発事故は,日本だけでなく,世界中に対して原発新設の動向を阻止する基本的な要因(理由)を提供していた。イタリアのように以前,チェルノブイリ原発事故をきっかけに原発廃絶の路線を決めた国があった。つづいてドイツも原発路線を継続させるつもりであったけれども,東電福島第1原発事故をみつめて,同じように決めていた。

 現在でもまだ,原発を新設する国々もないわけではないが,これらの国々も半世紀も経たないうちには,廃炉問題を中心にして,非常なお荷物を抱えこんだ事実に,ひどく悩まされはじめる時期を必らず迎える。「後悔さきに立たず」であるのだが,これにまだ気づかぬ国々(や人びと)に対しては,とり急ぎ「その時にその苦労はきっと分かるようになるよ」とだけ,忠告してあげればよい。

 気がかりなことは,ほかにもある。運転期間のルールを見直し,より長く原発を使いつづけようという考え方である。法律上,原発の運転は原則40年間で,規制委が認めた場合に1回だけ20年を限度に延長できる。経団連は昨〔2019〕年4月の政策提言のなか,この「最長60年」をさらに延ばすことを検討するよう政府に求めた。

 補注)このたぐいの話題が出てくるとき,原発の耐用年数がなにゆえこれほどにまで長く設定されているのかという論点については,よほど注意して議論する余地があった。原発の事故は,とくに大事故は絶対に許されない。もっと厳格に断わるならば,今後においては1度たりとて,その事故の規模の大小を問わず絶対に許せない。地球というものに「もしも意思があるならば」,きっとそのように怒って主張するはずである。

 「1979年のスリーマイル島原発事故 ⇒ 1986年のチェルノブイリ原発事故 ⇒ 2011年の東電福島第1原発事故現場」といった深刻・重大な原発事故の3連発が実際に起きていたのに,これからまた「大事故を起こす可能性ゼロ」では絶対にありえないこの発電装置・機械を,その地球の表面上にさらに新増設していくという方向性は,まったく “狂気(凶器)の沙汰” である。

 誰が好き好んで原発を増やすというのか? 金儲けのためか? 日本の原発製造にたずさわてきた大企業,日立製作所東芝三菱重工は昨〔2019〕年までですでに,原発売りこみの商談に失敗していた。いまや,安全神話という神頼みの応援がえられなくなった「原発商売」は,とうとう「コスト高のために商売あがったりという苦境」に追いこまれた。それこそ,最初から商売がなりたたなくなっている。あとの頼り(金儲けのネタ)は廃炉事業くらいしか残っていない。

 古い原発を閉めて不測の事故を未然に防ぐ,というのが「40年ルール」の趣旨だ。あくまで例外だったはずの20年延長が,これまでに4基で認められている。運転期間をさらに延ばすのは,安全性より経済性を優先するもので容認しがたい。

 補注)耐用年数については,会計処理上の論点がからむものの,原発のような施設が40年というのは長すぎる。しかし,この原発という装置・機械の建造費が高額であり,また安全性の問題もからんでいるものの,ともかくできるかぎり長期にわたって稼働させたいという電力会社側の強い願望・要求が,もとよりあった。

 しかしながら,原発という装置・機械の「経営・会計上の採算問題」の立場にとってみれば,いまとなっては,原発廃炉問題が今後に向けて覚悟を迫られている『不採算性の問題』の厄介「度」は,よりいっそう高まっている。

 原発地球温暖化対策に役立つ,という声もある。気候危機を回避するには,二酸化炭素の排出量が多い火力発電を減らさねばならない。太陽光や風力などの再生可能エネルギーだけではまだ穴埋めできない現時点では,原発を全否定することはむずしいだろう。

 補注)この段落の指摘は甘い。原発は実は『石油製品の2次品だ』といわれるくらい,日常的に石油を費消していないと稼働そのものが円滑になりたたない。この点に触れないで,「二酸化炭素の排出量が多い火力発電を減らさねば」というのは,勉強不足である。そもそも原発も燃料の種類が異なるとはいえ,結局は火力発電に属する。それも異端の《火力方式》になる電力生産であった。だから,一度でも事故を起こすと大惨事になり,《悪魔の火》が跳躍する。原発の歴史が教えてきた事実である。

 現に,再生エネ体制とスマートグリッドになる給送配電システムによって,「原発ゼロ態勢」は実現できているゆえ,このようにへっぴり腰で原発問題に言及するのは情けない。前段で話が出ていたが,ドイツは,2022年までの原発全廃を方針に漸次廃止にしている。イタリアの原発は,1986年のチェルノブイリ原発事故発生をみて,事後,すべての原発を廃止にしてきた。ただし,解体作業は現在も当然おこなわれている。

 しかし,安全性を担保するルールを変えてまで,長く原発を使うことは認められない。古くなったものから退かせ,段階的にゼロをめざす。事故の不安をなくすには,それしかない。

 補注)日本はエネルギー施策では,いつの間にか後進国になっている。「3・11」が発生しなければ,いまもなお原発の電源構成比率を5割まで増やす計画であったのだから,これは現時点からいうまでもなく,まさしく狂気の沙汰そのものであった。

 3) 世界の潮流を見すえ

 原発ゼロ時代に電力を確保しつつ温室効果ガス排出を抑えるには,原発が残っている間に再エネを育てる必要がある。「天候まかせで不安定だ」などと,再エネの短所を口実に立ち止まっている時間はない。

 補注)この「原発が残っている間に再エネを育てる必要がある」という指摘(発想・筆致)が理解しにくい。日本では九州電力の場合,太陽光発電がたいそうな比率占めており,つまりは既存の原発が電力改革に大きな障害物にまでなっている。

 f:id:socialsciencereview:20200306184704j:plain

 出所)「九州電力が再エネ出力抑制の前にすべき6つのこと(プレスリリース)」『isep 環境エネルギー政策研究所』2018年9月21日,https://www.isep.or.jp/archives/library/11321

 再エネは重大な事故のリスクがなく,処分に困る放射性廃棄物とも無縁だ。発電コストも海外ではもっとも安くなってきた。こうした長所が短所を補ってあまりあるからこそ,多くの国々で急速に広がっている。残念ながら日本は,再エネ拡大の世界的な潮流に乗り遅れている。最大の原因は,原発固執する政府の姿勢だ。

 現行の第5次エネルギー基本計画は「再エネを主力電源化する」という目標をかかげる一方,2030年度の電源構成で原発も再エネとほぼ同じ比率の基幹電源と位置づけている。安倍政権は「原発ゼロは無責任だ」として再稼働を進めているほか,使用済み燃料からプルトニウムを取り出して再び原発で燃やす核燃料サイクル政策の破綻も認めていない。

 補注)この安倍の発言「原発ゼロは無責任だ」という理解こそが,日本におけるエネルギー政策に関する『最大の無責任』を端的に告白している。だいたい,東電福島第1原発事故現場のことを,2020東京オリンピックを開催したいがためにウソをつき,アンダーコントロールだといってのけた「アベの無責任さ」は,一番のそのきわめつけであったのだから,なにをかいわんや。

 官民がもたれあって原子力政策を維持しつづけるようでは,再エネ拡大の可能性が抑えこまれてしまう。政府は「原子力と決別して新たな道を進む」という強い決意を示すべきだ。(「社説」引用終わり)

 「原子力と決別して新たな道を進む」方途はすでに世界のあちこちで実現されてきている。この実情を横目でも観ていないはずがない「アベ政権と経済産業省資源エネルギー庁」は,エネルギー政策に関していえば,まさしく反動分子の徒党集団であるとまで形容されても,文句はいえまいい。

 

 「〈記者解説〉震災9年,電力どうする 東京経済部・小森敦司,編集委員・石井 徹」朝日新聞』2020年3月23日朝刊8面

 この「記者解説」は,本ブログ筆者の寸評はなるべくはさまないで,引用だけしていきたい。内容については異論はない。① の記述(主張)をさらに具体的に解説する内容にもなっている。

 f:id:socialsciencereview:20200323095242j:plain

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故から9年が経ってもなお,賠償や除染など事故対応のための国民負担が重くのしかかっている。一方,再生可能エネルギーはコスト低下がいちじるしく,安い電源として世界的な拡大期に入った。気候危機対策の決め手でもある。この分野を長く取材してきた記者が,エネルギー政策のあり方を考えた。

 1) 原発事故の賠償増,負担するのは国民-東京経済部・小森敦司

 9年前に起きた福島の事故の賠償費用を賄うため,今〔2020〕年4月以降,私たち国民に追加の請求書が回ってくる。政府は2016年12月,賠償や廃炉など事故の対応費用が従来の11兆円から21.5兆円に増えるとして,新たな負担の割り振りを決めた。このうち賠償費用が膨らんだ分を,新年度から国民に広く負担させることにした。

 具体的には,北海道から九州まで全国の送電線の使用料「託送料金」に新たな負担金が上乗せされる。経済産業省が示した試算だと,標準家庭で月18円。毎月の電力料金に加算される。全国で総額年間600億円となり,40年間の徴収で2.4兆円になる。

 なぜ,私たちが払うのか。経産省の理屈はこうだ。私たちは原発の電気を使い,その恩恵を受けてきた。だが,万一の事故の賠償に備えて積み立てておくべきだったお金の不足分があった。だからいまから,私たち国民から集めるというのだ。不可解ないいぶんだ。

 西日本の生協でつくる「グリーンコープ共同体」(福岡市)代表理事の熊野千恵美さん(53歳)は「レストランで会計をしたのちに,店が材料費を調べてみたら足りなかったので,追加で500円くださいといわれて,はい,分かりましたと払いますか」とわかりやすくたとえたうえで,「私たちのような主婦は,月十数円でも納得できないものには払いたくないです」と話す。

 組合員を対象にした学習会でも,疑問や不満が噴出した。

  「原発で利益をえてきた大手電力や金融機関などが,まず負担するべきでは。なぜ,私たちが先なのか」

  「しっかりとした説明がないまま,中身がみえにくい『託送料金』に負担金を紛れこませようとしている」

 そして,今〔2020〕年2月の臨時総会で,新たな負担金は違法だとして,国を相手に託送料金の認可の取り消しを求める訴訟を起こすことを決めた。徴収が実際に始まったのち,福岡地裁に提訴する。福島の事故費用の国民負担の是非を問う初の訴訟になるとみられる。

 そもそも福島の事故対応費用が政府の言う21.5兆円で収まるのか。民間シンクタンク日本経済研究センター」(東京都千代田区)は昨〔2019〕年3月,その費用が最大81兆円になるとの試算をまとめた。除染で発生する土壌の最終処分や汚染水の浄化処理の費用などをくわえた。汚染水を水で薄めて海洋放出する場合は41兆円。それにくわえて溶け落ちた核燃料を「石棺」などで閉じこめる場合は35兆円と小さくなる。

 註記)https://www.jcer.or.jp/policy-proposals/2019037.html
    https://www.jcer.or.jp/jcer_download_log.php?post_id=43790&file_post_id=43792

 いずれにしろ,原発は重大事故を起こせば,数十兆円〔単位〕の費用がかかることが分かった。なのに,この国はその現実をまともに受け止めない。

 今〔2020〕年1月,原発で重大な事故が起きたさいの賠償制度を定めた原子力損害賠償法の改正法が施行された。電力や保険業界などとの調整のすえ,原発ごとに備えさせる額は,従前の最大1200億円のまま据え置かれた。

 環境NGO「FoEジャパン」理事の満田夏花さんは2018年11月,参院での法案審議で,参考人として「備え」が足りないとして,こう訴えた。「(福島では)1200億円の100倍以上もの被害をもたらし,今後ももたらす可能性がある。それをそのまま続けるか,という問いです」

 が,考慮されることはなかった。この国は福島の事故対応費用の巨大さをしりつつ,ほぼ無保険で原発の再稼働を進めている。満田さんはいまも思う。「備えができないなら,原発を『止める』が論理的帰結のはずです」

 一方,原発の建設費用は,世界的にみると,近年の安全規制の強化などで1兆円以上と従来の2倍以上かかるようになっている。国内で新増設に向けた動きが鈍いのは,そんな建設費の高騰もあるはずだ。

 高くなるばかりの原発のコストを直視し,脱原発への道筋を定めたい。

 2) 世界主流は再エネ,火力並みコストに編集委員・石井徹

 小泉進次郎環境相は2月,石炭火力発電の輸出支援の要件を,関係省庁間で見直すと発表した。昨〔2019〕年12月の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)に向けて石炭火力の輸出規制を目指したが,調整が間に合わなかったとしていた。二酸化炭素(CO2 )を大量に排出する石炭への国際的な批判が高まり,日本も動かざるをえなくなったということだ。

 日本は1990年代以降,温暖化防止をかかげて原発を推進する一方で,温暖化を助長する石炭火力発電所を増やしつづけた。だが,それも限界に来ている。主要7カ国(G7)で唯一,原発と石炭をエネルギー政策の両輪として推し進める日本に向けられる目は,日ごとに厳しさを増している。

 補注)原発が「温暖化防止」になるというのは科学的な根拠を欠いた “俗説” であり,つまり確実な理由なども示しえていない “間違えた理解” である。

 だからといっていまさら原発に回帰できないのは,小森敦司記者の解説を読めば分かる。同条約のエスピノサ事務局長は,原発について「高い資本コスト,建設期間の長期化,事故と核拡散のリスク,放射性廃棄物の長期貯蔵や社会の反対に対処しなければならない」と釘を刺す。朝日新聞が2月に実施した全国世論調査では,56%が原発再稼働に反対している。

 原発や石炭火力がなくても再生可能エネルギーでまかなえるという事実は世界で日々,証明されている。ドイツでは昨〔2019〕年,発電電力量に再エネが占める割合が46%に達した。2022年には原発,2038年には石炭火力を全廃するが,準備は着々と進んでいるという。自然エネルギー財団によると,2018年の再エネ比率はデンマーク69%,英国33%,中国26%,フランス19%,インドと米国が17%だった。

 世界が再エネへとシフトしているのは,温暖化対策にくわえ発電コストの低下などの経済的理由が大きい。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると,太陽光の発電コストは2010~2018年に77%下がり,風力とともに火力と肩を並べるようになった。蓄電池のコストも急激に下がっている。雇用も創出効果があった。金融・投資面でも化石燃料から再エネへの移行が進む。

 日本の再エネは,2012年7月に施行された固定価格買い取り(FIT)制度によって急拡大した。東日本大震災があった2019年度に10%以下だった発電量に再エネが占める割合は,2018年度には16.9%になった。海外に比べて高くはないが,日本でも火力に次ぐ「主力電源」になりつつある。

 2030年の電力に占める再エネ割合の目標は22~24%。ドイツ65%,英国53%(予測),フランス40%に比べてはるかに低い。原子力の20~22%の実現が困難ななかで,来年にも予定されるエネルギー基本計画の見直しでは再エネ目標を引き上げていくしかない。

 補注)経済産業省資源エネルギー庁の2030年におけるこの「原子力の電源比率22~22%比率」目標は,いまでは白日夢みないな幻想。原発が8割近いフランスでも再エネの割合は40%を目標にしているのに,日本はいまだに「20~22%」にこだわっている。同省・同庁の担当官たちの頭は「原発風お花畑」でなければ,「シャブ中風の原発依存症」か?

 経済産業省は電気料金を下げるために,約2年前から大規模太陽光発電に入札制度を導入,対象規模を広げてきた。だが,応札は低迷,募集枠をはるかに下回る落札しかない。大手電力が空き容量がないとして送電線への接続を制限していることなどが原因だ。2023年には固定価格で買いとるFIT制度に代わり,市場価格に補助金を上乗せするFIP制度が導入されるみこみだが,これまで日本の再エネを引っぱってきた太陽光発電にブレーキがかかれば,目標の引き上げがむずかしくなる。

 一方で,国は住宅用太陽光や地域資源を活用した電源についてはFIT制度を維持し,災害時に独立して再生エネなどを「地産地消」できるよう,配電事業の許可制を導入するとしている。ドイツの自治体公社「シュタットベルケ」のように,地域内で発電から配電までをまかなう分散型エネルギーシステムの拡大が期待される。

 4月には大手電力の発電部門と送配電部門が分離されるが,グループ会社として残るので不十分だ。再エネの一層の拡大には,送配電部門の完全な中立化が欠かせない。(引用終わり)

 日本の電源構成比率における原発「20~22%維持説」は,世界におけるエネルギー政策の基調を,頭から顧慮しようともしない頑迷的な稚論である。時代錯誤というのにも,ふさわしくないほど,石頭の思考。

------------------

※ 以下の画像には Amazon 広告へのリンクあり ※