APA元谷外志雄と安倍晋三は親しいオトモダチという話題(2)

APA元谷外志雄田母神俊雄安倍晋三などに関する検討(その2)         
                   (2017年1月22日)

 

   要点:1 時代錯誤の観念論者:航空自衛隊高官

   要点:2 田母神俊雄 航空幕僚長の「陳腐な文章」

   要点:3 過去の亡霊が航空自衛隊高官に乗りうつったその姿

   要点:4 安倍晋三といっしょに親しそうにうろつく                              南京虐殺事件「全面否定」論者:元谷外志雄の妄想

 

🌕  言 🌕

 本日の記述は表題の「その2」回目(続編)となる。

 今回は,2017年1月19~20日に報道された関連の諸記事を ① から ④ までに紹介・議論したのちに,本ブログの旧ブログ,「2008.11.  2」の主題「航空自衛隊幕僚長の繰り言を批判する」,副題「田母神俊雄稿『日本は侵略国家であったのか』」を再掲する構成になっている(ただし,この部分の記述は次回の続編に譲る)。

 要は,きわめてデタラメである歴史の思考によった,しかも基本的な素養も欠いたエセ歴史本が,いまの安倍晋三極右政権にはもっとも好ましいものとして歓迎されている。

 問題のAPAグループの元谷外志雄は,南京事件南京大虐殺という日中戦争中の出来事)じたいを否定するという,いまどきに想像を絶するような独自の,旧大日本帝国軍に対する歴史観を狂信的に披露しており,当人はおおまじめにそのような虐殺事件は,日中戦争史においては存在しなかったとのたもうている。まさに,抱腹絶倒させられるような珍説を信じて疑わない精神構造の持主である。

 

 アパホテルに本の撤去打診 冬のアジア大会組織委」『NHK NEWSWEB』2017年1月19日 21時46分

 アパホテルが客室に備えつけている本の日中戦争に関する記述をめぐって,中国で反発が出ている問題で,来〔2017年2〕月,札幌市などで開かれる冬のアジア大会組織委員会は,ホテルが選手団の宿泊先になっていることから,中国人の選手などに配慮して,本の撤去などの対応を打診しました。アパホテルが客室に備えつけている,グループ会社の代表が書いた本をめぐって,中国では,日中戦争の歴史を否定する内容だとして,反発が出ています。

 これについて,来月,札幌市と帯広市で開かれる冬のアジア大会組織委員会は,札幌市内のアパホテルの1つが選手団の宿泊先になっていることから,中国人の選手などに配慮して,本の撤去などの対応を打診しました。組織委員会の広報担当者は「ホテルを運営する会社には,宗教や民族などの問題を避けてスポーツ理念にもとづいた対応をお願いしたいと伝えた」としています。

 一方,ホテルを運営する会社は,ホームページで「指摘のあった書籍は,本当の日本の歴史を広くしっていただくことを目的として制作したもので,一方的な圧力によって主張を撤回するようなことは許されてはならないと考えます」などとするコメントを掲載したうえで,NHKの取材に対し,「組織委員会から正式に申し入れは受けておりませんので,書籍の撤去についてはお答えできかねます。ご依頼があったとしても,撤去する考えはございません」としています。

 註記)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170119/k10010845791000.html

 補注)この段落と次項 ② において下線を付した表現は,単なる素人の歴史に対する感想的な意見であって,事実にせまったうえで解明を志した歴史研究に依るそれではない。「本当の歴史」という表現は歴史科学の踏まえるべき基本的な立場ではない」し,元谷外志雄が「事実と信じること」を自身が営業するホテルに常備する本をもって喧伝するのは,利用客に対する個人的なイデオロギーの要らぬ押し売りである。

 2020年になってからは日本でも深刻な様相をみせている「新型コロナウイルスの感染拡大」の問題に関連しては,APAホテルが1棟まるごと感染者の治療・回復のために提供(融通)すると元谷は表明し,すでに,つぎのような報道がなされていた。

   ★ 横浜のアパホテル  軽症者ら収容,約2300室 ★
 = nikkei.com 2020/4/10 19:16,https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57933500Q0A410C2L82000/(『日本経済新聞』2020年4月11日朝刊33面「社会」)=

 

 神奈川県は〔4月〕10日,医療崩壊を防ぐために設置を進めている軽症・無症状者向けの宿泊施設について,新たに「アパホテル&リゾート横浜ベイタワー」を追加指定した。病床数は約2300床で,20日から受け入れを始める予定だ。10日には湘南国際村センター(神奈川県葉山町,約100床)で受け入れが始まったが,さらなる感染者の増加に備える。

 

 県によると,県内に入院中の新型コロナの重症者数は約40人,中等症の患者数は約70人という(9日時点)。軽症者・無症状者をアパホテル&リゾート横浜ベイタワーに順次移し,高度な医療が必要な患者のために病院の病床を空ける。

 

 施設内の運営は「県庁の職員がメインになる」(黒岩氏)。滞在中に症状が悪化した場合,対応できる医療機関に運ぶ。新型コロナの感染拡大によって県内の医療体制が逼迫するなか,今後,施設内で対応にあたる看護師など医療従事者の確保が課題になりそうだ。

 

 黒岩氏は,県外から搬送の依頼があった場合については「基本的には神奈川県民を守るために準備してきた。しかし命にかかわることなので,その時々で判断していきたい」と述べた。患者が使う体温計が足りないとして,寄付を募る方針も示した。

 

 また,県内で感染拡大が止まらない状況を踏まえ,県は同日,県内の感染状況を「フェーズ0」から「フェーズ1」に移行した。感染拡大や医療崩壊の防止に向けた対応を急ぐ。新型コロナ患者のなかで酸素投与などが必要な「中等症」の患者を集中的に受け入れる「重点医療機関」は現在までに3カ所設置しているが,順次増やしていく考えだ。

 補注)神奈川県とアパホテル側とがどのような契約関係をむすんで,このような準備がなされているのかこの記事を読むかぎり不詳である。ロハでないことは確かなはずである。すでに,安倍晋三元谷外志雄のあいだでは,そのような取引関係が話題になっていた。安倍流の私物化政治の一端になっていく可能性が大である事実経過のひとつが,新しく生まれている。

 

 「客室に南京大虐殺否定の本 アパホテルに中国で批判」日本経済新聞』2017年1月18日朝刊

【大連=原島大介】 ビジネスホテル大手のアパグループ(東京・港)が南京大虐殺を否定する書籍を客室内に置いているとして,中国で批判が上がっている。中国外務省の華 春瑩副報道局長は〔1月〕17日の記者会見で「日本の一部の人たちが歴史を正視し,深刻に反省することを促す」と発言。著者で同社の元谷外志雄代表は「事実だと信じることを書いた」と述べた。

 問題の発端となったのは,インターネット上に投稿された動画。動画によると,書籍には南京大虐殺のほか,韓国の従軍慰安婦も存在しないとする記述があるという。再生回数は7千万回を超え,ネット上には「中国人は宿泊するのをやめよう」など否定的なコメントが占める。

 中国共産党機関紙,人民日報系の環球時報も同日付の社説で「二度とこのようなことが起きないようにすべきだ」と批判した。一方,元谷代表は「(書籍の撤去などは)いまのところ考えていない」としている。

 

 「〈ニュースQ3〉南京事件に否定的な本,中国でホテル批判」朝日新聞』2017年1月19日朝刊

 日中戦争中の南京事件について否定的な書籍を客室に置くホテルに,中国で批判が相次いでいる。中国外務省が苦言を呈し,現地サイトで予約ができなくなる事態に。なにが起きているのか。

 1)ネットに動画投稿

 ホテルは,アパグループ(東京)が運営する「アパホテル」。米国人と中国人を名乗る2人が〔1月〕15日夕,客室に置いてあるという同グループの元谷外志雄(もとや・としお)代表の書籍『本当の日本の歴史 理論近現代史学2』について,中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」に批判的な動画を投稿した。

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 書籍は当時の現地の人口を挙げ「南京大虐殺はありえないことだ」「被害者名簿は1人分も存在していない」などと記している。2人は「自分のホテルに自分の本を置いてもよいし,なにを信じてもよい」としつつ,「ここに泊まれば,彼の懐にお金が入る。事実をしって泊まるかどうか決めてほしい」と呼びかけた。

 補注)ここで指摘しておくべきは「被害者名簿は1人分も存在していない」のだから「南京大虐殺はありえない」というような理屈は,これがまったく通用しえない,すなわち「ザルで水を掬う」ような,きわめて幼稚な反論であることを事前に指摘しておく。

 右寄り・体制派の歴史研究家秦 郁彦でさえ,元谷外志雄の主張など(ホテル客室内の常備本も含めて)については,「事実誤認だらけ」の「引用」であり「非常に不愉快だ」と反発する立場を表明していた。

 つまり,元谷個人だけの素人的な意見は,学術的には完全に失格との烙印を押されており,オマケに不快感まで表明されていた。もっとも,当初から「学術以前というか以外」でしかありえない元谷個人の狂想的な主張に対する批判としては,当然も当然である「ボロクソな非難」が,秦からは突きつけられていた。

〔記事に戻る→〕 動画は18日夕までの3日間で9500万回以上再生され,中国メディアは「右翼ホテル」などと一斉に報道。ネット上では「会員カードを切り刻み,友人に泊まるなと伝えた」などの書きこみが続く。中国外務省の華春瑩副報道局長は17日の会見で,「日本の一部勢力が歴史を直視せず,ねじ曲げようとしている」と不満を表明。同日以降,中国の一部の予約サイトではアパホテルの予約ができなくなった。

 2)回収する予定なし

 南京事件をめぐっては,中国政府が犠牲者数を「30万人」と主張する一方,日本の外務省は「非戦闘員の殺害や略奪は否定できないが,被害者数は諸説あり,どれが正しいか認定は困難」としている。アパグループは17日付で「日本には言論の自由が保証されており,一方的な圧力によって主張を撤回するようなことは許されてはならない」などとする見解をホームページに掲載した。取材に対して,客室に書籍を置く理由について「本当の日本の歴史を広くしっていただくため」と説明。国内155カ所のアパホテル約3万2千室〔2017年1月当時〕に備えている書籍の回収などは考えていないという。

 補注)安倍晋三政権下における昨今,この日本国において本当に完全に「言論の自由が保障されており」などといえるか? 大手マスコミの幹部連中などが安倍晋三といっしょに飲み会をしながら,意見を交換しつつある言論界の関連事情をしるとき,日本において〈言論の自由〉はみかけだおしの現実にあるというほかない。

 3)なにを置くかは自由

 「全日本シティホテル連盟」(東京)によると,客室に書籍を置くことについては「営業の自由」としてとくに制限は設けていない。聖書を置くホテルもある。ただ,連盟幹部や宿泊業界の専門誌を刊行する出版社などによると,不特定多数の人が泊まることに配慮し,主義主張を含んだ書物を置くのは珍しいという。

  APAホテル備品の本(画像資料)※

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 出所)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170122-00026295-hankyoreh-kr

 補注)「理論」という文字がむなしく映っている。「理論がない人」(元谷外志雄)が書いた本であるせいか,このように題名の冠に「理論」ということばを使うところに,たいそう無理を感じる。背伸びをしすぎている。「誇るもの」がなんであるのかについては,元谷には固定観念として確信があるらしいが,国際的にはまったく通用しない偏狭な独善観(「史観」と称せられるモノとは無縁の)である。要は「安倍晋三「狂信」者=APA教徒用のエセ教則本」である。

 2020年東京五輪パラリンピックに向け,海外から多くの観光客の訪問がみこまれるなかでの今回の騒動。外国人観光客の旅行事情に詳しい広岡裕一・和歌山大教授(観光学)は「明らかに公序良俗に反するならともかく,ホテル側にも表現の自由,経営の自由がある。不快に思う人には泊まらないという選択肢もある。騒ぎすぎるのも良くないのではないか」と話す。

 中国人観光客を受け入れる旅行会社(福岡市)の役員は「日本国内に歴史修正主義的な議論があることは中国人はよくしっている。『またか』と受け止めるのでは」。一方,ある大手旅行会社幹部は「中国の人たちが日本全体のおもてなし業界に不信感をもつことが心配だ」と話す。

 補注)APAホテルの「お・も・て・な・し」〔「表・無し」とも判読可能の迷文句〕の方法は,東アジア人の不快感を “おもて〔面で〕なす” 接客法を採っている。もっとも,APAグループ経営者夫妻の容貌をみただけで,もう嫌気が差してくる人もいないわけではあるまい。個人的な好みの問題とはいえ,そうもいってみたくなる。

 

 「〈コラム〉正気を失った日本右翼,その背後には米国」ハンギョレ』2017.01.19 23:26,更新 : 2017.01.20 10:22,http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/26295.html

 ホテルチェーンを経営する日本の不動産企業の極右事業主が,南京大虐殺を否定する本を客室に備置しておき,中国人の抗議を受けると「見解の相違」を許さないのかと逆に非難して,自国の言論の自由保障を誇ったというが。なんというべきか。

 「国境のない記者団」が発表した「2014年世界報道の自由」国家別ランキングによれば,日本の言論の自由は李 明博(イ・ミョンバク)・朴 槿恵(パク・クネ)政権登場後に順位が大きく落ちた韓国(57位,2006年には31位)より低い59位(2006年には51位)であった。

 補注1)この「報道の自由度ランキング」は2016年になると,韓国が70位(前年比でマイナス10位)になっているかとみれば,そのまた2つ下の72位に日本(前年比でマイナス11位)が位置していた。日本側の事情に関してはきっと,安倍晋三君がそこまで順位を落とすのに,非常な貢献をしているものと推測される。

 補注2)また,その「報道の自由度ランキング」の2019年は,日本は前年と同じ67位だった。先進国であるつもりの割りに,この国はずいぶん下方に付けたままである。最近においては,日本の政治社会に顕著である病理的な諸症状の昂進は,この国がいつの間にか「後進国」に退化してしまった事実を物語っている。

 この日本国:ボンボン首相のポンユウの1人がAPAの元谷外志雄であるから,なにをかいわんやである。極右頑迷集団こそが現在日本の政権中枢を支えていて,まさしく核心の政治勢力になっていた。ちなみに,2016年における中国の「報道の自由度ランキング」は,176位(前年の2015年と同じ)で,全180国中では最下位から数えて5番目であった。179位が北朝鮮

 註記)「2016年の報道の自由度ランキング」は, http://ecodb.net/ranking/pfi.html 参照。この住所はいつも最新のランキングを冒頭にかかげている。

 国際政治の面では「主要国首脳会議;G8」(ジーエイト, “Group of Eight” の略で,別名主要8か国首脳会議,サミット)があり,現在ではロシア抜きなのでG7になっているが,ともかく日本はその参加国である。そして,このG8の国々の「2016年の報道の自由度ランキング」 は「アメリカ 41位,イギリス 38位,ドイツ 16位,フランス 45位, イタリア 77位,カナダ 18位,日本 72位,ロシア 148位」であった。

 以前から日本は,先進諸国の仲間入りをしていたはずであった。けれども最近はとくに,米・英・独・仏と比較して「報道の自由度ランキング」を,だいぶ下位に落としてきたままである。そしてさらに,この「報道の自由度ランキング」を経年でみると,安倍晋三政権になる前の「2011年の 11位 ⇒ 2012年の 22位」が,その後は「2013年の 53位が 2014年の 59位,2015年の 61位,2016年の 72位」と,大きく低落させてきた。2019年は,日本は前年につづいて同じ67位になっていた。この点で観れば,アベノポリティクスの負の効果だけは抜群であった。

 註記)https://ja.wikipedia.org/wiki/Template:世界報道自由度ランキング 

ハンギョレの記事に戻る→〕 そのホテルチェーンの代表,元谷外志雄氏がなぜかそのような日本の言論の自由を自慢して中国を見下したというから見苦しいかぎりだ。さらにおかしなことは,環球時報によれば,『誇れる祖国 日本』『誇れる祖国 日本復活への提言』のような,本当につまらない日本極右の宣伝図書を客室からなくせない理由が,言論の自由のほかに,国ごとに歴史認識歴史教育が違うことと,「事実にもとづく真の歴史」を伝えるためだと主張したことだ。

 ところで,元谷外志雄はどういう人物か?

 2008年,当時日本の航空自衛隊航空幕僚長(韓国の空軍参謀総長に相当)だった田母神俊雄氏が突然更迭された。その理由は,ホテル運営,マンション建設・分譲で大金を稼いだアパグループがかかげた「真の近現代史観」懸賞公募で彼が最優秀賞(賞金300万円)を受けたことだった。実は,それをみずから祝って,天地四方に喚きたて日本内外で厳しい視線を受けたことが,いっそう大きな問題であった。

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  出所)10年ほど前の画像と思われる,元谷外志雄https://matome.naver.jp/odai/2138918288897646101/2138923014017705903

 その最優秀作たるものや,本当にすさまじいものだった。要約すればこんな内容。--軍国日本が侵略国家ということは,濡れ衣で謀略だ,日本が西側帝国主義列強と戦ったおかげで第2次大戦以後に韓国などアジア,アフリカの国々の独立への道が開かれたではないか,日本の中国攻撃は中国に駐留中だった日本軍を蒋 介石軍隊がテロなどで絶えず困らせたので,やむをえず反撃したまでなのに,それがどうして侵略なのかうんぬん。

 補注)「本稿(1)」で紹介した文章を再度引用しておく。

 木岡伸夫『風土の論理-地理哲学への道-』ミネルバ,2011年は,つぎのように語っていた。田母神俊夫とこの同類たちは,この文章の意味が理解できないのかと心配する。

 「日本の近代化は,西洋近代の技術を模倣するだけでなく,列強の他に向けた欲望の視線をみずから実践する過程であった。その過程が孕む自己矛盾の解消が,欧米列強からのアジアの解放を謳う侵略行為となった悲劇を想い返さねばならない」(346頁)

 旧大日本帝国は『坂の上の雲』(司馬遼太郎)だけをみつめて走ってきた。けれども,とうとう,1945年8月の敗戦に逢着させられた。要は,自分の足下で生起している時代の変転,いいかえれば「歴史の大きな潮流」がよくみえていなかったのである。それでいて,21世紀のいまごろになってもまだ,安倍晋三のように「戦後レジームからの脱却」「戦前回帰」を唱えていたとなれば,この文句を聞かされた「脳細胞」が「大混乱:脳震盪」を起こしかねない。

〔記事に戻る→〕 その厚顔無恥な主張に最優秀賞を与えたアパグループの代表がまさに,問題のホテルチェーンの主人である元谷外志雄氏だ。2008年,田母神氏を解任させ,急遽鎮火に努めたのが,当時首相の麻生太郎であった。いま,麻生は安倍晋三政権の副首相で No.2だ。実は,田母神氏の世界観・国家観の後援者が麻生で,彼の政治・思想的同志が安倍首相だ。元谷代表は麻生とともに安倍の後援会「安晋会」の有力メンバーだ。

 補注)「安晋会」に関する画像資料をかかげておく。

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  出所)https://gramho.com/explore-hashtag/ヤバホテル

 中国側の抗議が続くと,アパホテル側は「立場が違う人から批判を受けたといって,客室から本をなくすことはできず,日本は言論の自由を保障しており,一方的な圧迫で自分の主張を押しつけることを許さない」といったというが,中国侵略の過程で2千万人以上を無惨に虐殺した軍国日本の犯罪行為を否認し,縮小し,隠蔽することを「立場の違い」という言葉でごまかすとは。

 そのうえ「事実にもとづく真の歴史」をあえて口にするとは,まともな精神状態なのか。ドイツでなら,アウシュビッツ虐殺に関してそのような主張を立場の違いとして容認するだろうか。釜山少女像さえ撤去しろと威勢を張る者が「立場の違い」を口にするとは。

 釜山少女像問題で大使を召還し,通貨スワップ交渉まで中断した日本政府の「とんでもない戦略的判断ミス」を批判したという日系アメリカ人 Mintaro Oba 前米国務部韓日担当官が,米国政府にそうした日本を自制させるよう注文したというが,これもまた,なんというべきか。日本と日本極右をそんな状況に追いこんで,そんな彼らと韓国の保守右翼をグルにさせようとした張本人こそ、米日同盟に執着してきた米国自身ではないのか。

 註記)以上,本文は,http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/26295.html ハン・スンドン先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )。韓国語原文入力:2017-01-19 19:05,http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/779498.html 訳J.S (1651字)

 元谷外志雄のいうところの「事実にもとづく真の歴史」によれば,南京大虐殺事件はなかったという説となる。つまり「南京大虐殺は捏造だ」し,「従軍慰安婦の強制連行はなかった」といいたいらしいのである。

 日中戦争が始まってから1937年12月13日,日本軍が南京を占領して「南京大虐殺事件」を起こしたのである。何百人,何千人,何万人の人間を殺せば「大」虐殺といえるか,これを定義することに精力を費やす必要はないくらい,そのときの南京における旧大日本帝国軍は,見境などなく,官民の中国人を殺しまくっていた。

 元谷外志雄は事実を強調したいらしいから,ここでは歴史学の文献から,つぎの見解を引用しておく。この事実の掲示だけでも,元谷の意見は軽く一蹴される。

 1)「申し分なく善なる意思をもっている歴史学者たちの場合でさえ,同一の現象を眺めてはいても価値観や視点の異なるさまざまな個人が,それぞれ異なる時点で同一の証拠群から異なる結論を引き出すのは避けられない」。

 「利用できる証拠が断片的であることが,解釈の傾向にさらにいっそう差異を生む原因になる。さらにはまた,学者がちが歴史学の方法論をめぐる意見の違いを解消できたとしても,倫理や道徳といったような問題についても,彼らはたぶん意見が一致しないであろう」。

 註記)215頁。ジョシュア・A・フォーゲル編,岡田良之助訳『歴史学のなかの南京大虐殺柏書房,2000年。

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 この指摘は「解釈の余地に幅や差がある」ことを問題にしているが,南京大虐殺事件がなかったなどとは,けっしていっていない。問題の前提には「南京大虐殺を人数の食い違いの問題に矮小化することは,実証主義的な理由からは正当化できるとしても,この事件が示しているように,その結果,有意義な対話を進めることがほとんど不可能になる」註記)というような,注意すべき事項が控えている。

 註記)フォーゲル編,同書,218頁。

 ところが,元谷外志雄は「南京大虐殺事件」じたいを全面的に否定する価値観を抱いているのだから,こちらについては少し異なる次元からも批判をくわえておく必要がある。「歴史の事実」にまつわる具体的な現象に対する〈問題の理解の仕方〉が問題となる。この事件の概要が正確に捕捉・認識できていないからといって,ただちにそのすべてを否定しつくしえたつもりになって,おまけにその事実が「捏造」されたなどか決めつけて排除したい向きには,とりあえず,小野賢二・藤原 彰・本多勝一編『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち-第十三師団山田支隊兵士の陣中日記-』(大月書店,1996年)の参照を勧めておく必要がある。

 補注)2020年になってから「偽造・捏造・安倍晋三」という表現を水島朝穂早大法学部・憲法学)が提供してくれたが,元谷外志雄南京大虐殺事件をむやみに否定したがっている点では,まさしく「安晋会」で晋三を熱心に支援している1人として,その「アベ流の支離滅裂思考」への付和雷同者であった。日中〔大東亜〕戦争中に南京事件が絶対になかったといいはるのは,太平洋戦争中に広島・長崎への原爆投下はなかったと夢想するのに,質的に等しい。元谷は噴飯モノの暴論を本気で,得意になって語っている。

 2) いまから20年〔四半世紀〕以上も以前に決着のついている歴史の事実に関する問題を,21世紀のいまごろになってもまだ,「南京大虐殺事件」はなかったといいはるような,まったく無識であり,それも知識人でも文化人でも学究でもないホテル・チェーンの経営者が,独断と偏見にまみれた無知と蒙昧を充填させた狂信の自説を,得意げに披露している。

 四半世紀〔以上〕前までは「南京大虐殺事件」を否定したりして,その言論(論陣)作りのための音頭取りをしていたのは株式会社文藝春秋であった。だが,前掲『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち-第十三師団山田支隊兵士の陣中日記-』1996年まで公刊されてきたごとき,日中戦争史に関する「歴史の事実」の発掘,積み上げによって,その謬説は完膚なきまでに否定されていた。

 小野・藤原・本多編『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち-第十三師団山田支隊兵士の陣中日記-』1996年は,結論部でこう書いていた。「南京攻略戦に参加した連隊(あるいは海軍)は日本全国各地に散らばる。ぜひとも地元の一市民,一労働者として調査をやっていただきたい」。

 註記)小野・藤原・本多編『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』382頁。

 元谷外志雄のいいぶんは,歴史〔学〕的に観ていうと,ろくに「ものをしらず」に,もちろん,学問・理論的な水準での知識・情報などとも無縁の人間が,ひたすら無責任に放った盲論の言説でしかない。事実を否定し,歴史を歪曲し,真理を目をつむっているのでなければ,とうてい口には出せない,しかもズサンで粗雑な誤謬を,恥じることすらなく開陳・高揚している。

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 上に画像として紹介した新聞記事も参考にしてもらおう。いまどき,日中戦争において南京大虐殺事件がなかった,この事件があったというのは「捏造」だと主張する元谷外志雄のような人物(日本人)は,この事件を否定しきらねばならない,それもなにか,よほどに特別の理由(「日本人としての誇り? それとも,日本民族の意地?」)をかかえているのかもしれない。そのように否定する場所にしか「自分とその国」の誇りが保持できないというのは,実にみっともない「それ」であって,いってしまえばゴミ同然の有害無益な過剰意識である。

 3) 前掲した新聞記事に関連するブログのある記事もついでに紹介しておきたい。少し長いが,関連して必要な議論がなされている。

   ★「NNNドキュメント‘15〈シリーズ戦後70年〉『南京事件 兵士たちの遺言』を観て」★
 =『LiveInPeace☆9+25』2015-11-05,https://blog.goo.ne.jp/liveinpeace_925/e/3d50d53fd4bc06959e16f81415c12c02

 

 a)南京事件」世界記憶遺産攻撃は加害政府としてあるまじきこと

 去る〔2015年〕10月,ユネスコの世界記憶遺産に「南京事件」が登録されました。日本の中国侵略の過ちと蛮行を記憶にとどめ,悲惨な戦争を二度と繰り返さない決意を確かなものにする意義のあることです。ところが日本政府〔もちろんアベ政権のこと〕はユネスコに対して拠出金の拒否までちらつかせて「断固たる措置をとる」などと抗議しています。過去のみずからの過ちに誠実に向き合うことを拒否する恥ずべき姿勢です。

 

 日本政府は,1937年に南京で市民の殺害や略奪があったことは認めながら,被害者の「人数」だけにケチをつけ,実際は今回のように「南京大虐殺」の事実そのものを歴史から消し去ろうとしているのです。それは,日本軍「慰安婦」問題では「強制」を,沖縄戦での集団自決では「軍命令」を否定することで事実そのものをなかったことにしようとしているのとまったく同じです。事実,右翼メディアや歴史歪曲主義者が「南京大虐殺は幻」「ねつ造」などと執拗に煽っているのです。

 

 b) 一次資料と証言で「大虐殺」を検証した秀作 

 このような厳しい情勢のなかで,日本テレビ系NNNドキュメント15〈シリーズ戦後70年〉『南京事件  兵士たちの遺言』が〔2015年〕10月4日に放送されました(11日再放送)。番組は右翼の妨害を配慮してか『しゃべってから死ぬ  封印された陣中日記』と戦争体験一般のように予告されていました。現在の最大の妨害勢力は安倍政権にほかなりません。

 

 この番組は,78〔83〕年前日中戦争当時におこなわれた日本軍による「南京虐殺事件」を,元日本兵の日記と遺言ともいえる証言をもとに,加害者側の告発としてとりあげたものです。当時,南京陥落という勇ましいニュースは多く報じられましたが,虐殺は報じられませんでした。公式の記録の多くは戦後に処分されたといわれます。これが犠牲者のさえ確定されず数万人~20万人まで諸説ありながら,虐殺はなかった,事件そのものがなかったという妄言がはびこるひとつの背景となっているのです。

 

 c) 27年間に及ぶ執念の資料収集-31冊の「陣中日誌」-

 福島出身の小野賢二さんは,会津若松に陸軍65歩兵連隊があって,南京攻略に参加したことをしって調べはじめ,その人たちの話を聞き,証拠としての陣中日記を集めることを27年間やってきました。始めたころでさえすでに元日本兵の多くが80歳を超えていたといいます。200人以上から話を聞き,証拠として集めた日記はコピーを含めると31冊になりました。

 

 元陸軍上等兵の遺品である日記帳は,1937年9月~南京陥落までの3か月間,ほぼ毎日書かれていました。そこには,ごく普通の農民だった男性が,戦場に向かう様子が綴られていました。

 

  「10月3日 午後6時頃,いよいよ上陸して支那の土地をふんだ。空襲となりわが友軍の打ち出す高射砲が火花をちらし,これが本当の戦争かと思った」

 

 上海に上陸したこの上等兵がくわわっていた陸軍上海派遣軍は,当初の作戦任務は居住していた日本人の保護でした。しかし,陸軍本部からの命令書で,当時中国の首都だった南京攻略をめざすことになりました。日本を立って1か月,食べ物についての記述が増えていきました。突然だった南京への転戦,後方支援はほとんどありません。

 

  「11月16日 食糧の補給はぜんぜんなく,支那人家屋より南京米その他を徴発し,一命をつなぎ前進する」

  「11月17日 ニヤー(若い女性?)を1人連れて来たところ,われらの目を盗んで逃げだしたのでただちに射殺してしまう」

  「11月25日 ・・大きな豚を2頭殺し食って・・実に戦争なんておもしろい。酒の好きなものは思う存分のむことができる」

 

 d) 南京での捕虜虐殺の生々しい記述と証言

 日本軍がとった作戦は,いくつもの部隊による完全包囲作戦でした。上等兵が所属していた山砲兵19連隊は65歩兵連隊と隊を組んで揚子江をさかのぼっていきました。上等兵たちの部隊は,武器を捨てて降伏してきた多くの中国兵を捕虜にした。12月13日に南京は陥落しました。

 

  「12月16日 捕虜せし支那兵の一部,5000名を揚子江の沿岸につれ出し,機関銃を持って射殺す。その后銃剣にて思う存分突き刺す。自分もこの時ばかり30人も突き刺したことであろう。山となっている死人の上を上がって突き刺す気持ちは,鬼をもひしがん勇気が出て,力いっぱい突き刺したり。ウーンウーンとうめく支那兵の声,年寄りもいれば子どももいる。一人残らず殺す。刀を借りて首をも切ってみた」

 

 調査をしてきた小野さんは日記を書いた上等兵にインタビュー(21年前)していました。同じことを証言し,「何万という捕虜を殺したのは間違いねぇ」と答えていました。小野さんが集めた日記や写しの31冊のなかにも,多くの元日本兵が捕虜の銃殺に触れていました。これらの日記は戦場で書かれたもので,いわゆる一次資料です。番組は,上等兵の日記を,不自然な点や矛盾がないか,神戸の資料館や防衛省の研究施設を訪ねて公式な資料と照らし合わせています。そして記述に矛盾がないことを確認しました。

 

 e) 連日の虐殺で揚子江河川敷は屍の山に

 しかし,防衛省の公式記録には,12月以降の記録がなかったのです。南京にいった時の連隊の公式記録がプツリと切れていました。しかし,従軍していた新聞記者が撮影した,65連隊が捕虜を収容している写真と記事が連隊の行動を裏打ちしていました。記事は中国人の捕虜1万4千7百7十7人と報じていました。処刑は16日で終わらず,17日の銃殺の現場は揚子江の別の河川敷でした。これは,65連隊の伍長が後日,スケッチしていました。

 

 番組は,揚子江の現場にいき,スケッチが現場の地形などとほぼ一致していることを確認しています。伍長の書いたスケッチの余白に「このとき,うたれまいとする,人から人へ集まる様,すなわち人柱は丈余(3メートル位)になって崩れ,なっては崩れた。片端から突き殺し,その所に石油をかけ,夜明けまで燃やし,柳の枝を鉤にして一人一人引きずって江に流した。」とありました。揚子江が処刑の場所に撰ばれたのは,多くの死体を処理するためだったといわれています。

 

 f) 現場をみていた海軍兵士がいた

 銃殺を目撃したという日本人が大阪にいました。男性は海軍兵として南京戦に参加していた。第24駆逐艦の海風で,信号兵をしていたといいます。南京戦にくわわっていた海軍部隊の行動は防衛省の資料で裏打ちされています。

 

 男性は18日の午後2時ごろに河川敷から銃声の音を聞いていた。銃声音は連日続いていたといいます。また,停泊中,筏に死体の山を積んだのが4隻流れてきたといいましたが,軍の公式記録にも筏のことが記されています。男性は,佐世保に戻った時,海軍士官から,南京でみたことは口外するなと注意されたといいます。

 

 g) 65連隊の捕虜虐殺事件は南京事件の一部にすぎない

 ここで取り上げられているのは,南京攻略に参加した部隊のごく一部,山田支隊・歩兵第65連隊の行動に過ぎません。途方もない大虐殺の存在を示唆しています。番組はさらに揚子江沿岸以外での被害者の声にも耳をかたむけています。

 

 民間人の殺害。それは当時,海外メディアにより指摘されていました。南京の特派員たちが報じていました。

 

  1937年12月18日,ニューヨークタイムス。「捕虜全員を殺害,民間人も日本軍に殺害され,南京に恐怖が広まる」

  1938年1月9日,ニューヨークタイムス。「日本軍による大量殺りくで市民も犠牲,中国人死者3万3000人」

 

 番組は「戦争を振り返る時,日本人は自分たちを被害者として考えることがあります。しかし,多くの命を奪ったという一面も忘れてはなりません。歴史を踏まえ,これからどう進んでいくのか,いま,問われています」と訴えています。

 補注)この「一面」という表現は,日本の放送局側の限界を意味している。殺された中国人や兵士の側からいえば,その「一面」は「全面」,いいかえれば自分たちの生命を奪った「蝗軍」の暴虐性「全体」を意味していたからである。

 

 私は,この番組から, “戦争” というものを,あらためて考えさせられました。戦争法を強行採決した安倍政権も,自衛隊海外派兵は “邦人の保護のために必要” などといっています。南京事件から日中全面戦争に向かったのも,最初は上海の日本人保護のためといっての派兵でした。

 

 また,普通の農民だった若者が,行軍し戦闘にくわわるうちに,平然と人を殺すことができるようになってしまったこと,中国人を「支那人」といって蔑み,自分たちと同じ人間だと考えられなくなっていた社会の風潮がどのようにして作られたのか,などと考えさせられています。いまの東アジアの緊張した状態をみるとき,この過去の加害の歴史を直視し,謝罪することなくしてアジア諸国との友好はありえないとさらに考えるようになりました。(アーさん)

 

   む・す・び

 いずれにせよ,21世紀にもなってからわざわざ「南京大虐殺事件はなかったのだ!」などと叫ぶのは,非常に幼稚な歴史の理解であるだけでなく,狂気の沙汰にも近い俗説以前の与太話でしかありえない。現在まで南京大虐殺事件については研究成果が数多く蓄積されてきた。 

 この歴史問題に対する検討の広がりについては,つぎの画像資料:1985年に公刊されていた「この本の〈帯び〉の文句」をみてもらえれば,一目瞭然である。もっとも「捏造」といいたがる人たちは,こうした問題の全般にわたって論及することが苦手である。それでも南京大虐殺事件はなかったと,ひたすら思いたい人びとはいる。

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 さて,ここまで記述してきたが,すでにいつものような「分量」に近づいてきた(実はさらにもっと多い記述になってしまったが)。冒頭に断わっていたとおり,この記述のなかにおいて,つづけていっしょに転載するつもりであった「旧・々ブログ」の記述,「2008.11. 2」主題「航空自衛隊幕僚長の繰り言を批判する」,副題「田母神俊雄稿『日本は侵略国家であったのか』」の再掲・復活は,明日以降になる。これにて,本日の記述は終わりとなる。

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