愚者の集まり:社会病理集団である在特会,「在日特権」をいうならまず,その最大の享受者である在日米軍基地に向かいデモをせよ

在特会が訴える「自分たちはヘイトされている」は,愚の骨頂,虚空に響くだけの妊娠想像的な被害妄想,おのれの差別思想をとりつくろうための詭弁

             (2014年1月22日 更新,2013年5月5日 初出)

 

  要点:1  「ヘイト(hate)の意味」も分からぬ「人間差別・行使集団」の,小心者風に腸捻転的な「加害意識」の被差別観

  要点:2 「盗人にも三分の理」のごとき屁理屈;「在特会には,この会だけに固有の〈変異な人権感覚〉があるらしい」

 

 在特会人権救済申し立て『デモで抗議側から妨害受け』」という記事に観る〈笑止千万の在特会:「人権感覚」〉(2013年4月26日 新聞報道)

 東京・新大久保で「朝鮮人を殺せ」などと連呼するヘイトスピーチ(憎悪表現)のデモが繰り返されている問題で,デモを主催する「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井 誠会長らが2013年4月26日,日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。

 許可をえたデモであるにもかかわらず,デモに抗議する人たちから暴行・妨害を受けたこと,「ヘイト」「レイシスト(人種差別主義者)」などと決めつけられたことが,人権侵害に当たると主張している。

 新大久保のデモをめぐっては,宇都宮健児・前日弁連会長ら有志弁護士が3月,差別や暴力をあおる言動が在日外国人に恐怖を感じさせ,周辺店舗の業務にも影響を与えているとして,東京弁護士会に人権救済を申し立てている。

 註記)asahi.com 2013年4月26日18時52分,http://www.asahi.com/national/update/0426/TKY201304260220.html

 

 ヘイトスピーチに抗議声明,在日韓国・朝鮮人の団体」(2013年4月27日 新聞報道)

 東京・新大久保や大阪・鶴橋で「朝鮮人を殺せ」などと連呼するヘイトスピーチ(憎悪表現)のデモが繰り返されている問題で,在日韓国・朝鮮人の団体が相次いで抗議声明を出した。

 在日本大韓民国青年会(徐 史晃〈ソ・サファン〉会長)は「根拠なき『在日特権』を主張する一部集団の存在に,われわれ当事者は困惑し,生活権を脅かされ,精神的苦痛さえ来している」と指摘。人種差別撤廃条約にもとづく国内法整備や,ヘイトスピーチ規制の検討を求めた。 

在特会プラカードの一例】

   f:id:socialsciencereview:20200520074023j:plain

   出所)http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-1911.html

   付記)この画像は,在日に対するヘイト感情を表現するために創られたプラカードの実例として,もっとも有名になっていた画像のひとつである。参考にまで触れておくと,2016年に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(別称:ヘイトスピーチ規制法,ヘイトスピーチ対策法,ヘイトスピーチ解消法)が成立し,施行されている。本法は理念法であって,禁止罰則規定はない。

 NGOの在日コリアン青年連合は「レイシズム(人種差別主義)蔓延の原因は,在日の歴史的経緯について教育を怠り,植民地支配の清算を放置してきた日本政府,日本社会にある」と指摘。朝鮮学校の無償化除外といった政府の姿勢が,草の根の排外主義に「お墨付き」を与えている,とした。

 註記)『朝日新聞』2013年4月28日朝刊,asahi.com  2013年4月27日16時59分。

 補註)ここで「朝鮮学校の無償化除外といった政府の姿勢が,草の根の排外主義に『お墨付き』を与えている」という批判の視点は,一言でいってしまえば「現象の問題」を「本質の問題」ととり違えている。それに「朝鮮学校の無償化除外」の問題は,外交問題にまで絡められてしまっている実情があるのだから,そのような認識を示すことは,よけいに問題を単純化させ誤解させるおそれもある。

 こうした論法では「朝鮮学校の無償化除外」の問題が解決すれば,朝鮮総聯関係の諸問題まですべて解決できるかのような誤導をたやすく招来させるからである。この問題は朝鮮総聯朝鮮学校にはプラスであっても,日本社会全体に対しては大きなマイナスを惹起させる要素を内包させている。本ブログ内で「朝鮮学校」で検索してもらえれば,関連する議論が記述されている。

 補注中の 補注)本ブログ内における朝鮮学校の問題は,まだ1編しかない。旧ブログのなかで何編も記述していたので,このような表現になっている。

 要は「朝鮮学校の無償化除外」という現状における日本政府にかかわる文教政策問題のひとつが,あたかも,在日社会に対する差別・偏見問題の全体を判断するための「唯一絶対の判断基準」にみなせるかのように説明する,いうなれば「朝鮮学校の無償化除外」を倒錯的に特別視した認識は,問題をいたずらに混乱させる観方にしかならない。

 朝鮮学校の無償化除外」の問題が解決すれば,日本社会のなかに潜在・顕在している在日〔朝鮮人たち〕に対する差別や偏見が,なんでもかんでも解決するわけでもなんでもない。問題を故意に「現実以上におおげさに,偏狭な場面(具体的論点)にだけ焦点を併せて特化していく」訴求の方法は,やりかたによっては,自陣営のほうに大きなマイナスとなってはねかえってくることも覚悟しておかねばならない。
 
 「『表現の自由』って何だ ヘイトスピーチを考える」朝日新聞』2013年5月3日朝刊「特集記事」

 憲法が保障する「表現の自由」とはなにか。差別的なヘイトスピーチ(憎悪表現)デモが問題化するなか,そんな議論が高まっている。街角やネットで在日韓国・朝鮮人への侮蔑を繰り返す若者と「市民」としてそれに抵抗する男性とに,話を聞いた。

 a)「公益と秩序のため」 「劣等民族」「害虫」「奴隷の子孫」・・・,画面に不穏な言葉が並ぶ。茨城県南出身でいまは都内に住む20代の会社員男性は,主に韓国や北朝鮮在日コリアンについての「所感」を,3年前からツイッターで発信するようになった。竹島朝鮮学校の高校授業料無償化,歴史問題などにテーマ が及ぶと,さらに言葉が激しくなる。知識の仕入れ先は,高校生のころに読んではまった「嫌韓流」という漫画という。

 「ネットだから遠慮はいらない。日本人はお人よし過ぎる」。仕事を終えた夜には「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のデモの動画をみて,視聴者コメントを書きこむこともある。2006年に結成され,朝鮮学校などへのデモを繰り返している団体だ。男性は会員にはなっていない。

 しかし,「行動しなければ意味はない」とのネット仲間の声におされ,みずからデモにくわわるようになった。これまで10回以上は参加したという。デモでは「国へ帰れ」「殺せ」など,聞くに堪えない罵声が飛ぶ。なぜこうした言葉を使う必要があるのか。男性は「抗議活動だって表現の自由。気にくわないなら表現の自由で対抗すればい い」と平然と語る。

 昨年の衆院選では,自民党に投票した。改憲に意欲を燃やす安倍晋三首相について「日本人の誇りをとり戻せる憲法にするといっている。評価しない理由がない」。自民党憲法改正草案には,21条の表現の自由について「公益及び公の秩序」のもとで制約する条文もくわえられているが,男性は意に介さない。「俺たちは公益と秩序のためにやっている」。

 補註) 以上の話に関していえば,この男性から発せられた主張には「個」はあっても「私」がない。それでいて「全体」という「公」に自分を委ねている若者の姿を彷彿させる。「差別する側」に位置し,「偏見を抱きながら」「これを発散・表現する側」は,ある意味,居心地のよい「強者の立場」であるかもしれない。

 しかし,それは,他者を弱者の立場に追いこんで快感を感じている過ぎない「差別と偏見の感情」の自慰的な肉体化であって,そもそも人間としての理性にもとづく感情の制御がないばかりか,くわえてまた知性の裏づけもまったくみられない。

 もしも彼がどこまでも「強者の立場」に立っている《つもり》かもしれないけれども,いつか必らず自分(多分弱者である)のほうへ,それが逆襲してくるかを想像し,予測する覚悟・用意もない。このことは,以上の記事を通してはっきりと描けるところの,彼自身とこの「彼を囲む生活境遇」の様相である。

 b)「野放しのままでいいのか」 土浦市の岡 美徳(よしのり)さん(40歳)は7年前から,在日韓国・朝鮮人の支援活動にとり組んでいる。きっかけは,映画「パッチギ!」だ。日本人と在日コリアンとの交流を描いた作品で,監督の井筒和幸さんが「売国奴」などとバッシングを受けていると報道でしり,衝撃を受けた。

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の仲間5,6人と,在日問題の歴史を解説するページを立ち上げた。「在日は特権をえている」といってい る人の多くが「バスに無料で乗れる」「納税していない」などと不正確な知識しかもっていなかった。強制連行や朝鮮学校の無償化問題についてのページも設け,支援集会にも出席するようになった。

 以来,「日本から出ていけ」などとネットで罵詈雑言を浴びることは日常茶飯事だ。それでも岡さんは「ここ最近の負の感情の増幅は,異様さを感じる」と話す。京都の朝鮮学校の周囲では,生徒や親が身の危険から朝鮮語を使うのを控えるようになったという。

 補注)在特会のヘイト言動の行為:意思表示がアジア系外国人にだけ向けられている ことは,この会の「ひとつの特徴」である。在特会のいいぶんは,在日外国人に対して共通するものも抱えていることに注意しなければならない。

 新大久保などでのデモには,抗議の意思を示す対抗デモの動きが広がっている。こうした「市民」の自発的行動を評価し,ヘイトスピーチの法規制には慎重姿勢を訴える弁護士や学者も多い。岡さんも「傍観者でいるのではなく,国民の多くがこんな行為は許さないという意思を示すことが重要」と話す。一方で,在特会などのデモは限度を超えている,とも思う。「こんなことが野放しのままでいいのだろうか」。

 補註)「こんなことが野放しのままでいい」と,本気だが,大きな声ではいえないゆえ,現状どおりに「在特会」にやらせておけ,というのが,伝統的な自民党路線である。与党を組む公明党にしても,婦人部のおばちゃんたちが「在特会」を批判したという話は,本ブログの筆者は寡聞にしてしらない。政権の一角に居すわろうとしているかぎり,公明党の政治家にはなにも期待できない。公明党はそういうふうにしか対応できない「なにかアキレス腱」を,別に抱えこんでいるのかもしれない。

  2013年4月29日(昭和天皇の誕生日)の日本経済新聞は,こう報道していた。「公明・山口代表,万歳唱和に苦言」の見出しで,「政府の主権回復式典が 終了して天皇,皇后両陛下が退席されるさい,出席者が『天皇陛下万歳』と発声し,国会議員や政府関係者が予定外の唱和をする場面があった。

 公明党山口那津男(なつお)代表は式典後,党本部で記者団に『憲法国民主権がはっきりと規定されているなかで日本の独立が認められた日だ。その意義を十分に踏まえた行動だったか問われる』と疑問を呈した」。だが,この発言はなにをいいたいのか,さっぱり分かりにくいというか,どうにでも解釈できる。そもそも「天皇万歳」の発声が場違いであって好ましくない,といいたかったのかどうか?

 また,国民主権と「天皇の存在」との関係をどのように考えているから,公明党の代表としてそのように発言した,といった前後関係=筋道も全然示しえていな い。主権在民日本国憲法に書かれているが,それでも,象徴である天皇のほうに「主権在君」であるかのように,いまの平成天皇のために「万歳三唱する」こ とが平然となされていた。

 しかも,この事実がなにも不思議がられていない,そうした「政治的な習慣」が日本国ではこれまでも,当たりまえにおこなわれてきている。ともかく「政府の主権回復式典が終了して天皇,皇后両陛下が退席されるさい,出席者が『天皇陛下万歳』と発声」をしたことは,不適切であったといっているのか,それとも否だといっているのか? いずれにしても,ずいぶん「フニャフニャ」した煮えきらない指摘であって,公明党代表の立場からなにを訴えないのか,さっぱり要領をえない。

 c)「法規制の必要性,本格的に議論を」 前田 朗東京造形大額教授(国際人権法)の話。欧州の多くの国ではヘイトスピーチ規制法がある。法規制と表現の自由は 対立概念ではなく,逆に表現の自由を守るために差別的言説を処罰するという発想である。背景には,国家権力が表現の自由を抑圧する一方で,その名のもとでユダヤ人を迫害した歴史がある。

 在特会は集団での威嚇,差別・迫害の扇動をしており,国際法の世界では人道の罪にあたる。戦後日本では表現の自由は最大限尊重されるという考えが主流であったが,法規制の必要性を本格的に議論しなければならない状況を迎えている。

 

 「在日攻撃  牙をむく言葉(敵がいる:1)」朝日新聞』2013年4月28日朝刊「社会」連載

 2013年3月の日曜,昼下がり,東京・新大久保。「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井 誠会長(41歳〔当時〕)が,先導車から拡声機でコールする。「新大久保のゴキブリの皆さんこんにちは! こちらは『全日本・社会の害虫を駆除しよう清掃委員会』のデモ隊です」。「変態民族を撲滅しましょう!」 「在日韓国人テポドンにくくりつけ,韓国に撃ちこみましょう!」  なぜ,こうも激しい言葉を投げつけるのか。桜井会長はこういう。「韓国や北朝鮮の振る舞いに本気で怒ってるから,殺せとまでいうんです。単に排外主義と決めつけないでほしい。怒りを間違えないでほしい」。

 補註)この桜井の発言は正気とは思えない。相手が同じ次元で反応して応えてしまえば,そこにはすぐ「人間同士の殺しあい」が始まる。そして,国次元の応答になればすぐ「戦争が勃発する」。

 このような,短絡思考しかできない脳細胞の持主,ひどく幼稚でひたすら粗暴を売り物にするだけである「無知の手合い」が,日本国を救済するためには「在日どもの特権を剥奪することが必要だ」などと,理屈にもならない〈暴力的な妄言〉をただ撒き散らしている。その姿をみているとまた,とても自己陶酔しているようにも映る。

 このような超病理集団の在特会を,いつまでも放し飼いにしている「体制側権力層」にとってみれば,まことに都合のよい,ある意味では現状において使い勝手のよい「体制内許容中の粗暴集団(=手先:走狗だ)」と位置づけられているのかもしれない。

〔記事に戻る→〕 なお在特会は「在日韓国・朝鮮人が不当な特権をえている」と主張する市民団体だ。外国人への参政権付与や生活保護の受給,朝鮮学校生の授業料無償化。つぎつぎと抗議の的をみつけては,過激なシュプレヒコールで練り歩く。2006年末の結成で,会員は公称1万2千人。

 補註)本ブログはすでに,在日特権なる《特権》とは架空の想像概念であって,たとえば「低所得層の人々」が「生活保護受給者は恵まれている」といった指摘とすら比較のしようもないほどの「妄想のでっち上げ」である,と批判してきた。

  桜井 誠が口角泡を飛ばすかのようにして,必死に強調するところの,ありもしないその〈在日特権〉は,たとえば祖父母〔以上〕の世代から在日(日本で生まれて暮らしてきた3世・4世・5世たち)が日本国籍を取得した瞬間,一気に砂上の楼閣と化する。

 それだけではなく,日本国籍を取得する以前の「彼・彼女た ち」が,これまではいかに「まともな人間として権利を与えられていなかった」かということのほうが,かえってより鮮明になってしまうはずである。

 「在特会」が本当に批判の的にすべきはこちらの問題こそにあるのであって,本来であれば在特会は,在日に対して「日本社会においてまともな権利をもて生活ができ るように」,在日の彼・彼女らに対する支援をすべき団体であってよいのである。

 在特会はどこかでなにを勘違いしたかしらぬが,前述の方途には向かわずに「蜃気楼のような在日特権」を夢想し,これをひたすら幻想的に捏(こ)ねあげてきた。実際,在日韓国・朝鮮人日本国籍取得者「関連統計」をみれば判るように,毎年に日本国籍を取得する彼らの人数はすでに一番多い時期(峠)を越えている。これはいったいなにを意味するのか?

 法務省が2020年4月28日に公表した「帰化統計(帰化許可申請者数など)」(1967〔昭和42〕年~2019年)は,次表のとおりである。 

f:id:socialsciencereview:20200520073503p:plain

 出所)法務省民事局『帰化許可申請者数,帰化許可者数及び帰化不許可者数の推移』(人数) http://www.moj.go.jp/content/001180510.pdf

〔記事に戻る→〕 反対側の歩道には,デモへの抗議に集まった人たちのプラカードが並ぶ。指を突き立て「ザイトク帰れ」と叫ぶ一団も。韓流の街・新大久保で2013年2月以降,繰り返されている光景だ。雑踏に隠れるようにしてみている眼鏡の男性(39歳)がいた。仮に生主(なまぬし)さん,と呼んでおく。在特会や同種の右派系市民団体のデモや街宣に,過去65回参加した。外からみるのは初めて。涙が出そうだった。在特会をしったのは,数年前のこと。

 メーカー勤めのころ,海外との取引で日本が不当におとしめられている,と思うことが多かった。歴史問題でも領土でも外国に責められてばかりではないか。そんなとき,ネットで在特会の動画をみつけた。自宅でパソコンに向かっては,興奮で机をバンバンたたいていた。あとに妻から,そう聞かされた。生主さんが初めて参加したデモは2011年8月,フジテレビへの抗議。韓流ドラマが多いのは偏向と訴えた。同年10月,民主党本部前の座りこみにくわわった。政府が中国や韓国に弱腰なのが,許せなかった。

 デモの後の居酒屋では,気の合う仲間が何人もできた。会社員もいれば,主婦もいる。生主さんも脱サラして事業を起こし,小学生の子が2人いる。やがて,ニコニコ生放送の「生(なま)放送主(ぬし)」を引き受けるようになる。パソコンとカメラを手にデモを追いかけ,ネットで動画を中継する。頼まれれば全国どこへでも車を駆った。中継画面はいつも視聴者のコメントで埋まる。「そうだあ ああ ああ ああ」。多くの人が机を鳴らし,そして路上に出た。

 「日本を,取り戻す」 2012年12月の総選挙結果は地方のデモの帰り道,車中でしった。安倍政権誕生に「高揚感がありました」。日の丸持参で街頭演説に出かけた仲間もいる。しかし,生主さんはその後,目標を見失った気がした。仲間うちのツイッターのつぶやきも急に減る。デモでより激しい言葉が使われるようになるのは,それからだ。中継のとき,デモ参加者と通行人との温度差は,まえから気になっていた。飲み会で主張と少しでも違うことをいうと,みなすぐに激高した。

 でもその「怒り」の根拠ってなんだろう。「ネットで都合よい情報ばかり集めては,身内でそうだそうだと盛り上がっていただけではないか」。立場の異なる人が書いた本を読んでみた。在日韓国・朝鮮人がなぜこの国にいるのか。歴史的な経緯を初めてしった。2013年2月。自分はいかなかった大阪のデモで「朝鮮人を殺せ」と連呼するのを,動画でみた。ビールをあおった。

  2013年3月,新大久保でのデモの前夜。迷いに迷ったすえ,「決別宣言」を,自宅からニコ生で放送した。「殺せ,ゴキブリといいながらのデモには,もう賛同できない。スタンスの違う人からは,モンスターにみえるのではないか」。灰皿には吸い殻の山。「怒りを伝えるためにタブーを破るんだという。でも,あんな言葉を使わないとできないのか」。1時間で5471件のコメントが殺到。「お前は在日認定」「氏(し)ね~~」。言葉がこんどは自分に刺さってきた。ただただ,怖かった。

 「敵」をみつけ,暴力的な言葉を浴びせる人々がいる。それを容認し,駆り立てる空気がある。朝日新聞阪神支局で記者2人が殺傷された事件を機に,時代の言論状況をみつめてきた企画の第38部。不寛容な社会の危うさを追う。(引用終わり)

 補註)無知とは恐ろしいものである。孫子の兵法:「敵を知り己れを知らば,百戦して危うからず」などといった,高尚な知的水準まで到達していなくてもよい。また, この孫子の戦略・戦術風の思考の展開とはまったく無関係な場所にいてでもいい。ところが「自分を囲んでおり,自分を動かすものがなにか」,これに関する最低限の認識すらもてない状況のなかに蟄居している人たちに限って,つぎのようになる。

 一度,インターネットの仮想世界から偶然入手できた「ハンパで,しかも針小棒大」あるいは「事実無根で,ウソ」だらけの,「在日は特権を与えられている」のだといったふうの《壮大なる誤認:妄想的な被害意識》を獲得するや否や,突如,「在日特権を許さない市民の会」に付和雷同する「日本民族の1人」に急成長する。

 はたして,なにが・どのようにして彼らをそのようにまで突き動し,そんなにも急ごしらえの《仮構的なニッポンの民族意識》まで仕立ててくれていたのか?
 
 21世紀の最近日本においては,なにかどうもうまく表現できないらしい苛立ちが,あちこちに充満しているようである。それもなにかといえば「自分は恵まれていないのだ」といういう具合になってしまい,欲求不満を強く感じている人々が多いのかもしれない。

 経済的収入での不足感,社会的地位への不満感,政治的状況における不充実感,文化的感性面においてしかともてないでいる《自己確認性》。そして,なによりもうまく見通せない今後の展望・未来の方向。彼・彼女たちが抱いているらしい,それも原因のよく探知できない各種各様の苛立ち。

 ひとまずこれらを,無闇に投じてもよいと決められた「絶好の対象」が,とりあえず「在日特権」という虚構にもとづいて形成された「社会集団:在日」なのであった。在特会の面々は自分たちの運動によって,自身が個人的に抱く不満や不安や不足を,精神的に代償するためのカタルシス(代替的解消)を手を入れたと思いこんでいるの か? 

 しかし,そのいわゆる「在日の特権」とは,どこまでも『陽炎みたいなもの』でしかない。だが,実は「桜井 誠」らにとってみれば,『自分たちの《影》』であるそれを,必死になってにらみつけ,叱りつけながら,追いかけ,捕まえたつもりになっている。

 けれども,それでいて,どうしても捕捉できないその《影》に向かって,ひたすら怒鳴り散らして,自己満足しているに過ぎない。そのおぼろげな影:陽炎は,彼らが懸命になって追い駆ければ駆けるほど,実は,やはりどんどん逃げてもいく陽炎であることは,「当然の現象」といえる。というのは,もとより実体などないそれであったからである。

 それゆえ,彼らが一筋に思いこんでいるつもりの「〈在日特権〉なるものの実態の空虚さ:もぬけの空」性は,否応なしにまもなく,真っ向から気づかされることになる。在日特権がはたして「実在するかどうかすら」,本当はなにもしらない彼らである。

 だからこそ,その特権追放運動の無内容さに気づいたとき,いったいどのような心境になるのか,たいへん興味深い心理(学)的な問題にもなりうる。ともかくも,その空しさ・虚ろさ加減を本当に体得したとき,彼・彼女らは初めて,「在日特権」という流言蜚語のたぐいが撒き散らしてきた,それも実際には,自分たちの身中深くに無自覚に潜んでいた「在日の特権を奪いたいなどと考えていた」精神のほうの,愚かさ・低劣さに気づくことになる。

【蛇 足】  幸福なるかな,悲しむ者,その人は慰められん。幸福なるかな,柔和なる者,その人は地を嗣がん。幸福なるかな,義に飢え渇く者,その人は飽くことを得ん。幸福なるかな,憐憫(あはれみ)ある者,その人は憐憫を得ん。幸福なるかな,心の清き者,その人は神を見ん。幸福なるかな,平和ならしむる者,その人は神の子と称えられん。幸福なるかな,義のために責められたる者,天国はその人のものなり。

 註記)『新約聖書』マタイ伝第5章より。

----------------------------