IOC会長バッハが2020東京オリンピックの不開催に関して発言,コロナウイルスに開催を妨害されたり,五輪エンブレムにまとわりついた新型コロナウイルス・アートの意味

「コロナ・ウイルス仕立ての2020東京オリンピック用エンブレム」の風刺そのものが,芸術的に効いていなくて,なんの意味がある?

最近の小池百合子都知事コロナウイルス対策で大はしゃぎゆえ,このエンブレムへの「風刺」もまんざらではないはず

もっとも,2020東京オリンピックが本当に中止になったら,日本という国(の一部の連中)にとって深刻な事態を意味するところだが,いまのところは,コロナ問題にまぎれて「一時思考停止状態」

 

  要点:1 新型コロナウイルス感染拡大「問題」が2020東京オリンピック「開催問題」に決定的な影響を与えている

  要点:2 国際大運動会のために大枚をはたいて準備はしたけれども,この運動会が開催されないとなったら,その後始末がたいへん。事後,膨大な無駄使いの展覧会場になる

  要点:3 風刺の『五輪エンブレム「COVID―19」作品』は取り下げられたが,世界中がコロナ禍の最中に「風刺も許さぬ」とは……

  要点:4 戦争中に,毎日新聞記者による「『竹槍精神論』批判記事・事件」があって,当時の首相東條英機にイジメられたが,いまの安倍晋三政権も似たような発想(「絆の精神論でコロナに打ち勝つ」論)を吐露していた

  要点:5 帝国概念の外延的な応用でとらえられるIOCの今日的な意味


 「東條英樹の横暴『竹槍事件』」(引用は『現代の虚無僧一路の日記』2020-03-11 22:27:40,https://blog.goo.ne.jp/goo3360_february/e/fa330cf23695b1cfe54172e48396a223 参照

 一国の総理大臣の指令で小中学校は休校,演奏活動は一斉停止。なにやら現在は戦時中の様相を呈してきた。『毎日新聞』で検索していて「竹槍事件」というのをしった。

 太平洋戦争の末期,1944〔昭和19〕年2月23日付『毎日新聞』に「竹槍では間に合はぬ 飛行機だ,海洋航空機だ」と書かれたことに東條英機が激怒,記事を書いた「新名丈夫記者」を即刻召集,戦地に飛ばそうとした事件。

 記事は「勝利か滅亡か 戦局は茲(ここ)まで来た」という見出しで,南方における窮状を解説し,続いて「竹槍では間に合はぬ 飛行機だ,海洋航空機だ」として「海軍航空力を増強すべきだ」と説いている。

 これは,海軍当局からは歓迎されたが,日本の敗色を明らかにしたことが,時の首相「東條英機」(陸相も兼ねる)の怒りをかい,毎日新聞は,掲載紙の発禁,編集責任者と筆者の処分を命じられた。毎日新聞社は編集責任者は処分したものの,新名記者の処分はおこなわなかったところ,その後ほどなく,新名記者が37歳にして召集された。

 いやはや,時の総理大臣が,一個人の召集権まであったとは驚き。(引用終わり)

 いまの日本国の首相安倍晋三は,戦時体制下にはいないものの,最近の新型コロナウイルス感染拡大「問題」に対する緊急事態宣言に至る以前においてすでに,民主制政治のイロハからしてぶち壊す「子どもの〈裸の王様〉風の総理大臣」ぶりを盛大に発揮し,まさしくやりたい放題であった。

 そのくわしい実相とこれに対するきびしい(歯に衣着せぬ)批判については,最近作の適菜 収『国賊論-安倍晋三と仲間たち-』KKベストセラーズ,2020年4月30日が,アベの為政を,ドブさらい的に究明・批判している。

 もしかすると,いまのこの安倍晋三という首相のほうが,東條英機よりも数段すばらしい(もちろん皮肉であり「落ちる」という意味だが)宰相であったと思わせる。それくらいにまで,アベのほうが断然に勝っている。おまけに「世襲3代目のお▼カ政治屋」である事実までも,みずから存分に露出しつづけてきた。

 昔の東條英機はまだ,天皇に対する崇拝心(尊皇精神)を無上の価値感として抱いていたが,安倍晋三はその真逆の立場にいる。このあたりの話題はすでに有名になっている。だから,アベによるその発言はつぎのように非難されてもいた。

 「ある有力政治家の話ですが,彼が官邸の総理執務室で安倍さんと生前退位の話をしたら,安倍さんはカーペットに膝をつきながら,『こんな格好までしてね』といったらしいのです。ちょっとなんていうか,天皇陛下明仁天皇〕が被災者の方々に寄り添うお姿を,そういうふうにちゃかしてみせるというのは……。信じがたいですね」これは,発売中の雑誌『月刊日本』〔2016年〕12月号(ケイ アンド ケイ プレス)で,毎日新聞編集委員伊藤智永氏が明かしたエピソードだ。

 文中註記)http://lite-ra.com/i/2016/12/post-2783.html

 

 憲法を重んじる天皇の意向に逆らい憲法反戦争法を立法。生前退位を今回に限り立法と,天皇の意向を無視。宮内庁長官を強引に更迭。そして,いままた国民と真摯にふれあう天皇を茶化す。国民支配の道具の現人神として利用したいからであろう。朝敵安倍晋三,戦前なら,不敬罪で逮捕である。

 註記)「安倍晋三不敬罪で逮捕」『bata爺ザッパク』2016/12/19 15:26:25,http://ictv.easymyweb.jp/member/tn3039/default.asp?c_id=58264

 東條英機が竹槍で戦争に勝てるみたいに精神論を説いていたが,安倍晋三とてコロナとの戦争に立ち向かい,「人と人との絆(きずな)の力があれば,目にみえないウイルスへの恐怖や不安な気持に必らずや打ち勝つことができる」と萌え萌えになっていた。どっちもどっちもあって,そのお▼カ加減すらいい勝負であった。

 新型コロナウイルス感染拡大「問題」を論じる以前に,アベノミクスやアベノポリティックスに対する総括は,いまとなっては完全に下されている。アホノミクスはいうまでもなくトンデモ経済政策であったが,アベノポリティックスのほうのせいで,アベノリスクそのものが現実のものとなって,庶民たちの「生活と権利」に対する破壊のかぎりを尽くしてきた。

 さて,いうまでもないが,新型コロナウイルス感染拡大「問題」は,2020東京オリンピックを最長で1年まで延期させることが,IOCとJOC間で合意されていた。しかし,新型コロナウイルスの感染問題が2021年の盛夏を控えて,実質的には2021年5月ごろまでにとなるが,世界的次元におけるこの感染症が,その時にまで完全に収束するかどうかの保証はない。

 なにせ相手はコロナ・ウイルス大魔神のことである。安倍晋三君の手には負えない。政府内閣・専門家会議の医療専門家「連中」のなかには,国民たちに対して「8割外出・自粛」説を強いた対策が,はたして最善の選択肢であったかを評価・判断できる人士はいなかった様子であった。ということで,なんともなさけない専門家たちの布陣であった。おかげで,日本の経済・産業・企業はこのところまでで,メタメタにされたと形容していいくらい打撃を受けている。

 医療専門家が国民経済や産業経営の問題次元で,医療問題を関連づけて対策を立てるための思考を,適切に展開できていなかった事実ばかりが,いまとなっては鮮明になっている。安倍晋三という首相は多分,この専門家会議の成員たちの意図そのもの,その概略についてすらどうやらまともに理解できていなかった。

 いまだに「8割外出・自粛」説を基軸に置き,新型コロナウイルス感染拡大「問題」に対する対策を展開しつづけるようでは,経済問題次元における現状のごとき窮状を,さらに深刻化させるだけである。ふだんの勇ましい言動はどこへいったのか,肝心な緊急時(有事)になるや,日本の総理大臣は「初老の小学生・ペテン総理」の本性を露呈させている。


 「五輪エンブレムがコロナ『露骨すぎ』『風刺利いてる』」asahi.com 2020年5月16日 12時08分,https://digital.asahi.com/articles/ASN5J365VN51UTIL02D.html

  f:id:socialsciencereview:20200522094359j:plain

 説明)東京五輪のエンブレムを新型コロナウイルスに見立てたデザイン(ポセケリ・アンドリューさん提供)

--------------------------

 本文の記述とは別にここには,新型コロナウィルスの模型図を紹介しておく。

 

   f:id:socialsciencereview:20200522095605j:plain 

 日本外国特派員協会の会員向けの月刊誌『NUMBER1  SHIMBUN』の〔2020年〕4月号の表紙が賛否を呼んでいる。東京オリンピック(五輪)の大会エンブレムを,新型コロナウイルスに見立てたデザインを掲載。ツイッターでは「露骨すぎ」「風刺が利いている」などの声が上がっている。

  ※ 五輪エンブレム,コロナで風刺 デザイナーが語った意図 ※

 月刊誌は毎月1日に発行され,協会のウェブサイトでも全文を公開している。4月号は新型コロナの特集号だった。表紙のデザインは五輪のエンブレムに似た図柄で,新型コロナを意味する「COVID―19」の文字が記されている。

 このデザインについて,ツイッターなどでは「オリンピック中止しろとの皮肉ですかね。露骨過ぎてセンスが良いとは思えません」と批判的な投稿がある一方,「秀逸なデザイン」との書きこみもあった。

 表紙をデザインしたのは東京在住の英国人デザイナー,ポセケリ・アンドリューさん(58歳)。新型コロナに関する情報が日々変化するなか,「いま,なにが起きているのか」をインパクトあるかたちで描いたという。麻生太郎副総理の「呪われたオリンピック」発言や,五輪延期が発表されたあとに日本国内の感染者数が急増したことへの疑問にも着想を得たという。

 「人びとはギリギリまで予定通り五輪をおこなうことを望んでいたが,いよいよ延期は避けられず,五輪中止の可能性も現実味を帯びてきている。『コロナ五輪』と揶揄(やゆ)されるどころか,五輪が新型コロナの『被害者』となってしまうかもしれない可能性もある」と意図を話す。「風刺には,権力に対して真実を語る,という重要な役割がある」とも語った。

 大会組織委員会は「大会エンブレムと新型コロナウイルスがあたかも関連しているようにデザインされ,遺憾」としている。組織委で働く男性は「コロナウイルスが終息する道筋もみえないなかで,まだ開催する気なのか(?)と問われているように思えた」と語る。

 補注)「大会エンブレムと新型コロナウイルス」とは,なにも「関連していないのか(?)」と逆問してみる必要がある。事実,関連していて新型コロナウイルス感染拡大「問題」のために,2020東京オリンピックは延期になっている。風刺の対象に取り上げるな,ということか? このようにモノをいっていたら「世の中から風刺は消える」。

 イラストレーターで風刺漫画家の山藤章二さん(83歳)は「パロディーは圧倒的に力をもった側が庶民のセンスとずれているときに使うと『快哉(かいさい)』ということになる」としたうえで,「ウイルスの問題は医療の崩壊といわれるようなシリアスな問題なので『痛快なパロディー』とはいいがたい」と話す。

 風刺漫画家の橋本 勝さん(78歳)は「世界中で大問題になっているコロナは描くべきテーマだが,人間の営みを自分たちで規制するしかないという側面もあり,描くのがむずかしい」と語る。(引用終わり)

 新型コロナウイルスのために,2020東京オリンピックが1年延期を余儀なくされたのは,間違いない。この点は,いうまでもなく事実そのものである。この事実をパロディー化した「五輪大会エンブレム」を公表していけないという “絶対的な理由” は,ありえない。東京五輪組織委員会は絶対者ではあるまい。パロディーが気に入らないからといって,ムキになって頭から湯気を立てるように怒るのは,大人げない。

f:id:socialsciencereview:20200522100035p:plain

 ここでマッドアマノ作品を5点紹介しておくが,これらを「『痛快なパロディー』とはいいがたい」と,あえて認識しておきたい時(T・P・O)がありえても,発表するな(してはいけない)とはいえまい。この指摘は,けっして “KY” でもない。

 f:id:socialsciencereview:20200522100225j:plain  

       f:id:socialsciencereview:20200522100257j:plain 

 f:id:socialsciencereview:20200522100334j:plain
        f:id:socialsciencereview:20200522100414j:plain

 f:id:socialsciencereview:20200522100507j:plain

 そもそも,オリンピックそのものの存在価値は,これまで完全に商業化されてきた。この国際大運動会の「本来ならばあったと思われる」「なんらかの観念的な価値体系」は,その商業化という狙いの標的となって,完全に撃ち落とされていた。これは35年も前に発生していた出来事であった。

 それゆえ,その事実にも関係させるかっこうで,パロディーのひとつやふたつが,五輪のエンブレムにかこつけてくわえられたからといって,それほど過敏になって反発する必要などない。ましてや脊髄反応的な反発を示す必要もない。

 前出の適菜 収『国賊論』(=安倍晋三の「こと」だが)を読めば,このマッドアマノ作品など,どうということもないくらい,軽い作風のアートにみえる。適菜は文章でこう書いている。「こんな人がわれわれが生きている国の最高指導者」である。泣くにも泣けないほどの情けなさを感じる。

 南カルフォルニア大学政治学科留学と自称していた時期もあるが映画はしゃべれず,義務教育レベルの漢字も読めず,日本語が大の苦手。歴史,政治,憲法について無知をさらし,箸ももてず,犬食いで,迎え舌。精神の成長がとまった「幼児」がいまでは玩具を振り回すようにして国の破壊にいそしんでいる(100頁)。


 「五輪エンブレム風刺のデザイン取り下げ 特派員協会『著作権上の問題』」朝日新聞』2020年5月22日朝刊26面「社会」

 日本外国特派員協会の会報誌(4月号)の表紙に採用されたデザイン。東京五輪のエンブレムを新型コロナウイルスに見立てている=ポセケリ・アンドリューさん提供(ここではその画像はかかげない)

 日本外国特派員協会(FCCJ)は〔5月〕21日,月刊誌の表紙に掲載していた,東京五輪の大会エンブレムを新型コロナウイルスに見立てたデザイン=写真=を取り下げる,と発表した。東京五輪の大会組織委員会が「著作権の侵害」として取り下げを求めていた。FCCJは「日本の著作権法上の問題」と説明している。

 オンラインで開いた記者会見でFCCJのカルドン・アズハリ会長は「世界的なパンデミックの危機のなかで,著作権をめぐる法的な争いに進むべきではないと判断した」と述べた。協会のウェブサイトに載せていた表紙のデザインは削除された。

 著作権法に詳しい福井健策弁護士は今回のデザインについて「通常なら侵害にあたりそうな類似度で微妙な事例だ。ただ,ここまで風刺意図が明確だとまったく異なる印象を与える表現であり,別の作品とみなし,元の作品の著作権は侵害していないという解釈もありうる」と話している。(引用終わり)

 2020東京オリンピックにたまたまだったが,新型コロナウイルス感染拡大「問題」が重なってしまったが,これに対するパロディーは許されないみたいな〈雰囲気〉がないとはいえまい。「いいか・悪いか」に関する線引きは,いったいどこの誰がしていいというのか? 東京五輪組織委員会会長の森 喜朗にいわせたら,絶対にダメに決まっている。この男にそのような発言をする資格などない。この男が総理大臣になった時の薄暗い事情・背景をしらない者はいない。

 だからこそ,パロディーが芸術部門の1分野として必須なのである。パロディーの対象者になる側にいる者たちに,そのパロディーに反対したり批判したりできる立場や権利は,当然にある。かといって,彼らから禁止命令など出せるわけはない。森 喜朗ごときの五輪利権関係者が,エンブレムに関連づけて制作された「新型コロナウィルスをめぐるパロディー」作品に,ともかく反発するのは当然としても,その反発の事由については注意深く聞いておく必要がある。

 

 「月刊誌のコロナデザイン撤回 著作権の観点考慮-外国特派員協会時事通信』2020年05月21日16時01分,https://www.jiji.com/jc/article?k=2020052100582&g=soc

 日本外国特派員協会の月刊誌に東京五輪パラリンピックの大会エンブレムと新型コロナウイルスのイメージを関連付けたデザインが掲載された問題で,同協会のカルドン・アズハリ会長は〔5月〕21日,オンラインで記者会見に臨み,著作権侵害の懸念があることから大会組織委員会の要求通りにデザインを取り下げると表明した。「今回の問題で不快な思いをされた方には心よりおわびする」と述べた。

 補注)この「不快な思いをされた方には心よりおわびする」という文句は,なかなか便利なセリフである。麻生太郎なども使っていたことを想起する。つまり,不快に感じない方にはおわびの必要はないけれども,どうしても不快を勝手に感じたらしい人には,仕方なくもおわびだけはしておくとだけいっている(だけである)。特別にはっきりと,著作権の侵害があるとなんとかまでは,なにもいっていない。

  外国特派員協会に撤回要求  コロナのデザイン掲載で-東京五輪組織委 ※

 問題となったのは,日本に拠点を置く外国ジャーナリストらが会員になっている協会の月刊誌『NUMBER1 SHIMBUN』4月号の表紙(前掲)。市松模様の大会エンブレムがウイルスを想起させるかたちに加工されて掲載され,組織委が「著作権の侵害に当たる」などとして撤回を求めた。アズハリ会長は弁護士に助言されて決断に至ったと説明したが,会見では表現の自由の観点などから撤回に同意できないとする記者の意見が相次いだ。協会の対応を受け,組織委の武藤敏郎事務総長は「適切なご判断を頂いた」と述べた。(引用終わり)

 「会見では表現の自由の観点などから撤回に同意できないとする記者の意見が相次いだ」というのは当然であって,そうではないとしたら,この種のパロディー作品が公表される余地は閉ざされる。

 それでなくともいま,東京五輪組織委員会は2020東京オリンピックが1年以上は延長できず,そうなりそうなときは中止を余儀なくされることから,この国際大運動会に対して,好ましくない印象を世間にばらまきそうな「エンブレム関連のパロディー・アート」には,肝を冷やしたはずである。

 ところが,IOC会長はつぎの ⑤ のように語っていた。

 

 「バッハ氏『来年無理なら中止』 組織委『聞いていない』 東京五輪朝日新聞』2020年5月22日朝刊26面「社会」

 新型コロナウイルスの感染拡大で来夏に延期された東京五輪について,国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は〔5月〕20日,英BBCのインタビューで,来年の開催が無理になった場合は中止とする見通しを示した。大会組織委員会武藤敏郎事務総長は21日,オンラインの記者会見で「直接聞いていないので,コメントは控えたい」と述べた。

 補注)このバッハ会長の発言は,当然の事情(経過)に関連する中味を重ねていったものに過ぎない。2020東京オリンピックの延長は1年以内という条件で決まっていた。

 バッハ会長はインタビューで「安倍晋三首相から,2021年開催が最後のオプションだと伝えられた」とも明かした。一方,延期が決まった3月24日の安倍首相とバッハ会長との電話会談に同席した武藤事務総長は「首相が『最後のオプション』と話したかについては,私の記憶のかぎり,ありません」と否定した。

 補注)2020東京オリンピックが1年以上延期になったら,4年ごとに開催している五輪大会の時間的な間隔に,無理が生じることになる。2年延期にしたら冬季オリンピックの開催年と重なる。あれこれ不具合が生じる。別に安倍晋三のために1年延期の案を出したからといって,IOC側がどうしてもそれにしたがい,開催しなければならないわけではあるまい。その前に安倍君はこけるかもしれないし,ヘタをすると屏の中の人になっているかも……。

 組織委の森 喜朗会長も,一部国内メディアの取材に「来年に開催できなければ中止」との認識を示している。この点について武藤事務総長は「森会長は,そのぐらいのつもりで準備をしていきたいんだということを強調されたのだと思う」との見方を示したうえで「森会長とバッハ会長の間で共通認識があるとは,私は理解していない」と語った。

 補注)IOCとJOCのあいだにある五輪組織として力関係は,前者が主人であって,後者は従者。したがって,武藤敏郎事務総長のこの発言は独りよがりでしかない。

 またバッハ会長は,大会を無観客で開催する可能性はあるかと問われ「もし決断を迫られる時期が来たら,アスリートや世界保健機関(WHO),日本側と相談する時間を与えて欲しい」とも述べた。これに対し武藤事務総長は「まだ1年以上ある現時点で議論をするのは,時期が早すぎる。なんらかのかたちでコロナウイルス対策が必要になることは否定はできないが,具体的に答えるタイミングではない」と語った。

 補注)この武藤事務総長の発言も無理筋である。「もう1年ちょっとしかない」のが,2020東京オリンピックの延期期間であった。というよりも,すでにその残り時間は1年を少し切っている。武藤の発言にはあせりを感じる。

 延期に伴う追加経費は,総額3千億円程度と見積もられている。IOCは14日にオンラインで理事会を開き,東京大会の運営費に最大で6億5千万ドル(約699億円)を支出すると決めたが,運営費には放送事業なども含まれる見通しで,実際に組織委に渡る金額は不明だ。武藤事務総長は「延期に伴う追加費用がどのくらいになるか出すのはもう少し時間がかかる」と話した。(引用終わり)

 補注)そんなに開催したいのであれば,その追加費用については,今の段階でなるべくより明確にさせておくべきところだが,こうした肝心な点になると,このように逃げ腰に思える発言。

 さて,つぎの ⑥ では,もっとぶっちゃけた話をする。

 

  岐路に立つ「オリンピック帝国主義」。開催困難があぶり出すIOCの支配体制は終焉へと向かうか?」『REALSPORTS』2020.03.22,https://real-sports.jp/page/articles/371542762194994401

 この記述は冒頭で,こう断わってから議論している。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる混乱が東京2020オリンピック開催の是非にまで影響を及ぼしている。当初「予定どおりの開催」以外の選択肢を頑として認めなかった国際オリンピック連盟(IOC),日本オリンピック委員会(JOC),大会組織委員会だが,その周辺では,延期や中止の可能性を示唆する声も聞かれはじめた。作家・スポーツライターの小林信也氏は,この問題が長年,世界のスポーツ界に巣くっていたIOCによる “帝国主義” の終焉につながる可能性があると指摘する。

 つぎの「見出し項目」(3項目分の記述箇所)は引用せず飛ばしておき,見出しの文句だけを紹介しておく。

   オリンピックの今後に大きな影響を与える大会の行方
   スポーツ界を牛耳る「オリンピック帝国主義
   オリンピック種目かどうかが死活問題に

 これにつづく「最後の見出し項目の題名」が「オリンピックの今後を左右する新型コロナをめぐる状況」である。この段落のみ引用する。

  ◆ オリンピックの今後を左右する新型コロナをめぐる状況 ◆

 だがいま,新型コロナウイルス対策で,オリンピックの開催が案じられている。IOCはずっと強行姿勢を崩さなかったが,最初に記したとおり,最近になって姿勢の転換を迫られている。それは,オリンピックのブランドをこれまで同様に維持するため,選手たちの支持は絶対に必要だからだ。

 そして,オリンピック帝国主義を維持しなければならない。ここで誤った選択,決断をすれば,一挙にオリンピックの信用や価値を失う恐れもある。それは絶対に回避しなければならない。

 私は,〔2020年〕7月に予定どおり開催できない場合の延期の時期を「今年の秋」と推測するようになった。なぜなら,年内であれば,オリンピック憲章にない「延期」ではなく,「日程変更」という扱いで済む。

 1年後,2年後となれば出場選手の顔ぶれは大きく入れ替わるだろうが,今年中ならほとんど同じ選手たちが出場できる。選手たちからの不満は最小限に抑えることができる。しかも,1年後,2年後となれば,スポーツ界だけでなく,スポーツに関係ないところまで影響や犠牲がおよび,はたして賛同をえられるか確証はない。

 補注)だからか,2020東京オリンピックの延期は1年以内とされている。1年以上延長になったら,選手との関係で4年ごとに開催する意味が大きく変質することが回避できない。ならば中止にしたほうが分かりやすいし,無難である。

 秋の開催はIOCの収入の約半分を占めるアメリカのテレビ局NBCの賛同をえられるかと危惧する声もあるが,その見方は短絡的だと思う。2014年の契約延長を経て,NBCは約20年にわたり,計10大会の放映権契約を交わしている。そのなかの1大会がイレギュラーな実施になっても,オリンピックブランドを維持するほうがはるかに重要だ。

 20年契約ということは,クライアントでもあるが,ほぼIOCとオリンピックを共催するビジネスパートナーといってもいい。そのNBCが1大会の不都合や減益より,オリンピック帝国主義の維持を優先するのは当然ではないだろうか。

 いまIOCは,オリンピック帝国を維持できるかどうか,これまでに経験のない状況に直面している。もし判断を誤れば,オリンピックの支持や人気を大きく失いかねない。だが,世界が新型コロナウイルスを克服し,秋までに平常に近い生活や移動が回復したならば,それの後におこなわれるオリンピックが世界の祝祭として,また新たな意味をもち,世界の人々の心に強い思いを刻み付ける可能性は大いにある。

 すべては新型コロナウイルスの動静にかかっているが,オリンピックの未来がかかわっているのもまた確かだと思う。(引用終わり)

 この解説(分析と展望)を読むと,JOC側の関係者たちがいかにも小さい人物ばかり(取るに足らぬ存在)に映ってみえる。その代表はもちろん安倍晋三君,そして森 喜朗君,ついでに小池百合子都知事……。

 はて,オリンピック帝国主義とは?

 「一つの妖怪が〈いまの世界〉をうろついている。それは,一地域における帝国の誕生ではなく,世界帝国ともいうべきものの出現である」。

 「われわれの目前で成立しつつあるかもしれないとされる帝国は,武力制覇によって成立するのでもなく,中心的な核もなく,あくまで匿名であ」「る。このイメージは政治よりも経済,経済よりもコミュニケーションの分野で実際に起こっている事態を想起させる」。

 それは「ピラミッドや樹[ツリー]状の組織ではなく,無限に接続しあい絡みあうウェブもしくはネットワーク。あらゆる地点からのランダム・アクセスの可能性を備えた開かれたシステム。根茎[リゾーム]状の組織。これはドゥルーズガタリの著作『資本主義と分裂症』において提示されたイメージにほかならない」。

 「そして『帝国』。その到来の予感は,一部の人々の期待を代弁しているにすぎないのかもしれない。……しかし『帝国』は,単に,国民国家が弱体化してゆくなか,その崩壊のあとに来る事態を『混沌』と呼ぶのを忌避して用いられる名にすぎないのかもしれない」。

 このような叙述からわかるように,最近現われた「帝国」という言説は,イマニュエル・ウォーラーステインによって提起された資本主義「世界システム」論やその上部構造としての「インターステイト・システム」論に取って代わる,新しい世界認識の概念として論じられている。

 つまり,従来の「帝国主義」論や「帝国主義の問題を『意識』に即してみること」をテーマとする「帝国意識」論とは,問題関心が基本的に異なると考えるべきである。

 註記)植村邦彦「〈抄録〉新しい『帝国』概念の有効性:ハートとネグリの『帝国』をめぐって」『CiNii』03/31/2003,https://ci.nii.ac.jp/naid/120005686025 参照。

 こうした「帝国」論に関した研究の新しい成果に照らしていえば,IOC(国際オリンピック委員会)は,ここで説明されているごとき『帝国意識』観念のひとつの亜種族とみなされていいかもしれない。それ(IOCとJOCなど)が崩壊しては困る,と受けとめている「連中:利権的社会集団」としての「日本における一群」が,確かにこの国のどこかに盤踞している。

 だからこそ,「帝国」的な意味で発揮できる「IOCおよびJOCの存在・利用価値」が,あくまで,彼らの権勢領域における利害関係として,大いに評価されている。

----------------------------