広告と性の問題と黒人差別の問題をごたまぜにして論じる

人種・民族問題としての黒人差別は,日本も無縁ではなく,現実の問題である

現に「韓国人を殺せ」と書いたプラカードでデモをしたヘイト組織の在特会もある,しかもその元代表都知事選に立候補している

「広告と性」の問題分析にも含意がある差別問題

 

  要点:1 日本はアメリカ社会における黒人差別の問題を対岸視できる立場にない事実は,国内におけるその「過去の歴史」と「現状の様相」から判る

  要点:2 日本の広告に白人系の人物(タレント・芸能人など)はよく登場するが,黒人系はとても少ないのは,なぜか

  要点:3 広告問題を精神分析学的に考える思考方式の有用性,差別問題への示唆

  要点:4 本日の記述は,本(旧)ブログの2014年08月25日「『広告と性』の関連分析」の復活・再掲である。副題としてつぎの2点をかかげていた

    ★-1 マーケティングにおける人間「性衝動」の活用問題
    ★-2 広告心理学と精神分析


   2020年5月25日,アメリカのミネソタ州ミネアポリスの路上で,警官が黒人男性ジョージ・フロイド氏の首を膝で「8分46秒」圧迫したすえ,殺した。そのとき,フロイド氏は後ろ手に手錠をけけられて地面にうつ伏せにされ,身動きできない状態であった。

 そこで,杉田 聡・帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)「黒人差別・人種差別に対して、『日本人も無実ではない』」『論座』2020年06月17日,https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020061600008.html  という寄稿に表現された意見を聞いてみたい。

 a)「人種差別において『日本(人)も無実ではない」という指摘は,どういう意味なのか? 杉田 聡はつぎのように説明している。

 なるほど日本では,かつて黒人を奴隷として拉致したことも使役したこともない。また,底辺労働を担う低賃金の外国人労働者として黒人をも受け入れながら,公的機関が彼らを危険な存在であるかのように公然とあつかった事実も,おそらくない(ただし入管行政にみるように,外国人労働者などに対してなら,それは確かにある)。だが,日本においても明確な人種差別=黒人差別がある。

 註記)https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020061600008.html?page=3

 b)「日本の人種差別:黒人=下品・粗野」 これは,黒人に対する日本人の冷淡・無関心を示した例だが,より具体的であり積極的な差別もある。日本人は,黒人を一定の紋切り型で理解・表現し,それを通じて個々の黒人を差別的に遇することがある。

 アメリカの「名門大学」で国際法学を専攻し,東アジア研究とコンピュータ科学を学んだ黒人男性の例をあげよう。日本で6年間,高いポストについていたが(ただしこれは後述するように例外的な事例である),この人は「日本人の人種差別感はかなり強(く)……日本人の黒人観は偏見にみちている」と証言している。(中略)

 c)「日本の人種差別:黒人=無能・怖い存在」 ただしことは単に,黒人像の問題ではない。先の黒人男性の発言に明示されていないが,日本では黒人の能力を疑うことで大きな就職差別を生んでいる。

 たとえば黒人だと(フィリピン人やインド人などでも同様だが),英語のネイティブであっても英会話教室の教師にやとわれる例が少ないという事実は,以前からよくしられている(ダグラス・ラミスイデオロギーとしての英会話』晶文社,22-23頁)。

 d) またアメリカでは,黒人が住宅ローンを借りることは白人に比べて困難だというが,日本でも本質的に同様の事態が起きていると判断される。黒人に対する恐怖心からか,今回のNHK動画もまた,黒人を「怖い」存在として扱っていた。

 1980年代には黒人に対してマンション等の賃貸を断わる事例も多かったという(ラッセル,前掲書,116-117頁,166頁)。私も2000年代に,勤務校の留学生委員としてこの種の話を聞いたことがある。

 だが,「怖い黒人」というイメージの拡散が,黒人の住宅取得を困難にしているとすれば,それは「人種差別撤廃条約」が念頭におく人種差別行為である。

 註記)https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020061600008.html?page=4

 補注)ここでは,話題が黒人に対する問題になっているけれども,たとえば,住宅の賃貸契約では戦前から沖縄県出身者や在日朝鮮人が簡単に排除されつづけてきた事実は,あえて指摘するまでもなく事実であった。黒人に対する同種の差別はそれらと同根・同床の問題である。

 e) 日本の人種差別:黒人=動物  カルピスのマーク(登録商標)は1989年,「黒人差別につながる」と使用が中止された。

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 また,黒人を粗野で無知な存在として扱う視線は,あご骨がチンパンジーのように突き出ている,唇がぶあついなどと,黒人の身体的特徴を誇張してあげつらい,それらは肌に対する関心とあいまって黒人を「動物」のレベルにおとしめる。この点は,明治期の福沢諭吉から(杉田 聡『福沢諭吉帝国主義イデオロギー』花伝社,30頁),近年の手塚治虫大江健三郎らまで(ラッセル,前掲書,65-66頁,86-90頁),大なり小なりの責任を有する。

 他方,黒人を無能力者扱いするのではなく,逆にその優越的と見られた能力が語られることがある。だがそれはたいてい,スポーツ,音楽,セックスについてであり、そしてほとんどそれのみである(ラッセル,同書,66-68頁,94-101頁,131頁、フランツ・ファノン『黒い皮膚・白い仮面』みすず書房,107頁)。

 これまた,結局は,黒人を蔑視する紋切り型である。

 f) 移民社会に求められる課題   否定的にせよ肯定的にせよ,こうした紋切り型の黒人蔑視が広がるとき,それは社会的・文化的な圧力となって黒人の自尊心を傷つけ,黒人を社会の周辺に追いやり,経済活動その他の場面での不利益を強いる力となるであろう。

 コロナ禍で一時流れが頓挫しているが,少子高齢化が急速に進む現在,日本社会は移民・外国人労働者なしにはなりたたない場面にとうに立ちいたっている(拙稿〔杉田 聡 聡〕「『漢字』という移民社会・日本にたちはだかる宿弊」『論座』2019年6月12日)。

 今後、黒人をふくめ同労働者の漸増が予想されるが、そうなった暁において日本を人種差別から自由にするためにも、以上についての理解が求められる。だがそのためには、第2の人種差別をも問わなければならない。(つづく)

 註記)https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020061600008.html?page=5

 付記)「続稿」は6月22日に配信の予定です。〔ということなので,杉田 聡からの引用は以上で終える〕

 なかんずく黒人差別の問題は,アメリカにおいてだけの固有の人種差別問題ではなく,日本国内においても大なり小なり類似する問題として,以前よりかかえてきた。以上に引用したのは,2020年6月中に公表された『論座』の寄稿における議論・批判であったが,日本においては,この種の差別問題が意識的にとりあげられ,吟味・討議される機会が少なかった。

 

 「エリザベス・サンダース・ホーム」

 日本においては不可視的であったとはいえ,黒人差別の問題がないなどとは全然いえない。その点を具体的に例示するとしたら,敗戦後に登場したサンダースホームの存在を挙げておけばいい。同ホームの現理事長宮崎道忠はこう説明している。

 ご存知でしょうか,当法人の本部建物の定礎板に次のような聖句が彫られています。

 

 『喜ぶ人と共に喜び,泣く人と共に泣きなさい。』これは新約聖書ローマの信徒への手紙からの一節です。約二千年前,今ほどキリスト教が知られていなかった時代にローマの人々に対して書かれたパウロの手紙です。

 

 今日では,ミッション系の社会福祉法人の設立理念の中に,この聖句がよく引用されているようです。それは,それぞれに神様から与えられた大切な命に寄り添う人でありなさいという強いメッセージだからです。単なる共感者ではなく,キリストの愛に支えられて寄り添える人なのです。

 

 私たちホームのスタートの時も勿論そうでした。澤田美喜先生によって70年前設立されたこのホームにもキリストの愛の精神は脈々と流れています。特に戦後の混乱期の中で過酷な運命を背負った混血孤児を養育しようとする事業は,強い意志と深い信仰の支えが無ければ実現できなかったのです。傷ついた見知らぬ旅人を手厚く介抱した聖書に登場するサマリヤ人のように,澤田先生は約二千人の戦争孤児たちを愛情深く育て上げて来られました。

 

 今,児童養護施設には様々な事情で入所する子どもたちが生活しています。子どもの理由ではなく,大人の理由でここに措置される子どもたちなのです。ホームの職員たちは,いつも其の子どもたちに寄り添って多感な幼少期・早春期を温かく見守っています。創立者澤田先生の崇高なスピリットがこのホームの大切な財産として絶えず意識されている結果なのです。

 

 子どもが泣くとき共に悲しみ,子どもが喜ぶとき共に微笑む愛を伴う日常生活の積み重ねが,どんなに子どもたちの心の幅を広げ抵抗力をつけていくか,計り知れないものを感じます。

 

 ですから,どんな時代になっても,澤田先生だったら,今どうすべきかを常に考え行動してゆくのが,ここホームの全ての職員の行動規範であると考えます。

 

  社会福祉法人 エリザベス・サンダース・ホーム
  理  事  長   宮崎 道忠

  1948年の厚生省の全国孤児調査結果によれば,戦争孤児の数は約12万人。焼け跡の街には浮浪児があふれていた。その子どもたちが施設に保護収容されていく陰で,敗戦を原因とした新たな孤児が生まれていた。その数は厚生省の1953年の実態調査によれば約4千人。84%が白人系,11%が黒人系であったことが明らかになっている。

 行政が把握していないものや,生後すぐに命を亡くしたものを含めれば,人数はさらに上回るものと推測されている。GHQも日本政府もこの孤児たちの存在に世間の注目が集まることを嫌い,積極的な救済策を取ろうとはしなかった。敬虔なクリスチャンであった澤田美喜は,その行き場のない孤児たちの母親になることを決意し,1948年神奈川県大磯町に「エリザベス・サンダース・ホーム」を創設した。

 註記)「孤児のための救済施設『エリザベス・サンダース・ホーム』」『ハートネット』2015年09月16日,https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/3400/227453.html


 1948年,澤田美喜(1901-1980年) が米軍兵士と日本人女性との遺棄混血児の面倒をみるため神奈川県大磯の邸宅を買い戻し,エリザベス・サンダース・ホーム (the Eliz Sanders Home) を開設した。約900~1000人が同施設で養育されたが ,黒人混血児の比率が多かったという (澤田美喜『黒い肌と白い心』日本図書センター,2001年,ほるぷ出版,1980年,日本経済新聞社,1963年)。

 註記)古川博己・古川哲史「年表 日本人と黒人との接触・交流砂忠-戦後アメリカ篇-」『天理大学人権問題研究室紀要』第5号,2002年3月,https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/2444/JNK000506.pdf

 以上のように,敗戦後の日本社会のなかで深刻な問題となっていたなかで,澤田美喜の個人的な慈善・福祉的なキリスト教精神によって救済の努力がされていたものの,しかし,世間の視線からは舞台裏にほとんど隠されたも同然であった問題が,なかでもとくに黒人と日本人女性との混血児の問題であった。

 たとえば,21世紀に入って国際結婚(の比率)が最大になった2006年は,その件数が4万4701件にまで上っていた。前世紀後半より「嫁不足」に悩んできた地方では,日本の男性たちがアジア系の女性を配偶者にえていたが,この話題はすでに昔の物語になっている。日本社会の「その後における婚姻事情のなりゆき」についていえば,とくに女性のほうが世界中に「進出している」要因も観察できる。

 日本人に関してそのように,婚姻の事情に変化が生じてきたなかで,昨今において日本社会内で必然的に発生させられてきた,それも新しくめだってきた社会現象が「混血児」の誕生とこの存在であった。ただし,混血児といってもアジア系の場合と,白人系や黒人系との混血児の場合では,観た目の相違が顕著であるゆえか,それぞれにまた固有の社会的な諸問題をともなって現象させる時代になっている。  

 

  最近までにおける国際結婚の特徴

 しかしながら,テレビやネットなどに登場する,なかでも広告に現われる外国人は黒人系の有色人種はきわめて少く,もっぱら白人系の人種が圧倒的に多い。日本における国際結婚といっても,その内容においてはいろいろな特徴もある。

 たとえば,2019年12月の指摘であるが,こういう整理の仕方も示されていた。以下は,「男女で相手の国籍が大きく異なる,データで読む『国際結婚』の真実」『YAHOO!JAPAN ニュース』2019/12/27 19:50配信,https://news.yahoo.co.jp/articles/6412b702198d9a14f1a695f3648a238c3bfff633?page=2 の説明である。

 a) 外国人妻のトップは「中国人妻」34. 6%  妻が外国人の場合,もっとも多いのは中国人妻の34. 6%で,つぎがフィリピン人妻で24. 5%であって,この中国人妻とフィリピン人妻で約6割を占める。その他の国の妻として,10人に1人となる韓国人妻がいる。

 補注)以上の「中国・フィリピン・韓国の3国」で7割にもなる点に注意したい。

 b) 外国人夫のトップは「その他の国」32. 3%  日本人女性の外国人夫は,イタリア人,スペイン人,イラン人,ドイツ人……。この点は確かに,「国内にとどまった女性」「海外に転出した女性」のどちらに関しても,国の統計の「その他の国」の男性との結婚である

 同じ日本人といっても,男性と女性でマッチング親和性の高い外国人が異なる,というところが,とても興味深い結果となっている。1国ベースでみると,韓国人夫が25. 4%で,男性が東アジア人女性とのマッチングにほぼ特化している一方,女性はグローバルな傾向をみせている。

 補注)この段落における「男女別の婚姻相手の違い」が,なぜ発生しているのかについては,検討の余地があるはずである。その原因を詳細に分析しておく必要がある。在日韓国人の3世・4世でまだ韓国籍を保持している男性と結婚した日本人女性が,前段の統計のなかにはだいぶ「混入」している。

 在日韓国人(戦前からの定住者とその子孫)の場合,「特別永住」というきわめて特殊な『在留資格』を有している。この人たちは,ほぼ日本国籍人と近い「在留の権利」をもっている。こちらの範疇に属するその3世・4世と婚姻関係をもった,日本人女性の数字も含めての「韓国人夫が25. 4%」という統計であった。

 つまり,もともと韓国生まれ・育ちである出身者と日本人女性の婚姻は,この数値のなか多数に含まれているけれども,これがまったく読みとれない。

〔記事に戻る→〕 計量的な分析をおこなうと,男性に比べて女性は結婚の条件が多様(人によって条件がそれぞれ異なる度合いが高い)であるという特徴を,国際結婚の相手分析の結果もよく表わしている。

 c) 国際結婚は簡単ではない「男女でマッチング相手の国籍」が異なる  長期推移でみると,10年前よりも日本人としてとどまるケースの国際結婚はむずかしく(少く?〔という意味か〕)なっている。また男女でマッチングする相手にもズレもある。(引用終わり)(後略)

 敗戦後の過程において,主に占領軍兵士たちなどとの間に生まれた混血児(とくに有色・黒人系)が登場していた当時の時代背景の問題にかぎらず,その後における国際結婚によってその種の混血児が,日本社会のなかでもけっこうめだつ存在になってきた。なかでも,スポーツ選手(アスリート)たちのなかには日本〔国籍〕人として大活躍する彼らも登場している。

  つぎの関連する記事は5年前のものであるが,参考になる記事としてかかげておきたい。

 その大阪なおみが冒頭でふれたアメリカでの事件,警察官による黒人のフロイド氏殺害問題に対して積極的に発言していた点は,すでに周知のことがらである。そして,本日の記述はつぎに,日本における広告史のなかで問題となっていたが,黒人を想像させるキャラクターを使った広告画像の問題もとりあげて議論する。こちらの話題に移って記述していきたい。

 

  本・旧ブログの記述,「『広告と性』の関連分析」2014年08月25日の本論

 なお,この副題は2項目添えられていた。前述に示してあったが,つぎのように付けていた。

   「マーケティングにおける人間「性衝動」の活用問題」

   「広告心理学と精神分析学」


 宮沢りえ「出演」の全面広告(2013年4月18日・19日『日本経済新聞』朝刊)に関する議論 ◆

 『日本経済新聞』2013年4月18日と19日の朝刊に『JINS CLASSIC』社の全面広告が出ていた。これをみた瞬間,フロイト精神分析論を想いだした。関連する説明は後段でくわしくおこなっていくが,ひとまず,つぎの画像2点を資料としてかかげておく。ここで注目しておきたいのは,口唇(口紅をしっかり引いている)とヨーグルトを乗せたスプーンとの関係である。

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 本ブログ筆者の手元には,いまから半世紀近く〔以上〕もまえに出版されていた,箱崎総一『広告と性-宣伝の精神分析-』(ダイヤモンド社,昭和42〔1967〕年)という本がある。

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 読者にはあえて,予備知識としてだが,《予断》を意図的に与えてしまうつもりで,この本のなかに解説されていた,それもズバリ的中の写真と図解を紹介しておこう。

 まず,レブロン社が口紅「モイスチャー」の宣伝・広告のために制作した写真と,これに対して『広告と性-宣伝の精神分析-』の著者が説明用に用意した図解(線画)である(136-137頁,146頁)。

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 つぎに,宣伝・広告用の写真ではなく,サルバドール・ダリの描いた「建築学的なミレーの晩鐘」という絵に関する話となる。この絵は,「性の精神分析的な解説」について適当な説明に利用できる絵画として,箱崎総一『広告と性-宣伝の精神分析-』が出していた。以下の画像資料は,その写真(111頁,ただしここでは原色のものを他所から用意した 註記))と,この絵画に関する説明のために用意された線画である(113頁)。

 註記)https://www.art-frame.net/single/1735

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 つぎは,アメリカの商業写真家アーヴィング・ペン制作なる「メイ・キャップ」と題された作品である。特定の商品用に制作されたものではないらしいが,商業写真としてもつべき〈深層心理への働きかけの要素〉という面からみれば,実に優秀な作品である。この写真では,唇は半ば開かれている。

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 すなわち,深層心理のシンボルの次元においては,これらの陰唇は開いて-つまり膣は開いて-おり,受入体制はすべて十分なのである。その女性セックス・シンボルに接触したか たちで,男性のセックス・シンボルである紅筆が置かれてある。つまり,深層心理的には非常に衝撃的な光景なのである(125-126頁。写真は 124頁,125頁)。 

 これらについて,箱崎総一『広告と性-宣伝の精神分析-』が理論的にする分析・説明だけでも,いわんとする核心はおよそ理解できると思う。

 そして,ここではさらに, メガネ販売会社の『JINS CLASSIC』社が『日本経済新聞』4月18日・19日朝刊に出していた,宮沢りえを使ったこの広告を紹介しておく。関係のある画像は,前段に2点かかげてあった。

 『JINS CLASSIC』社ホームページの「表紙」には,宮沢りえが演技しているその動画(ビデオ『JINS CLASSIC CM 宮沢りえさん 30秒バージョン)』)も掲載されていた(ただし,これは2014年8月25日現在〔当時〕のものであって,事後,ほかの画像に代わっていた)。

 註記)http://www.jins-jp.com/st/jinsclassic/

 解説)同社の宣伝用のその動画から適当に,つぎの2点の画像などを切り出し,かかげておく。まずここで,上の画像は,前段においてすでに出してあったものである。

 

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 フロイト大先生の精神分析によれば,このように前後してつづく画像は,とくに男女間の性交渉を意味する。ヨーグルト状の液体は,男の精液と女の愛液を同時に意味すると解釈できる。

 

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 これは,スプーンを裏返しにして口に近づけている。これが意味するのは,スプーン=ペニスであれば,そのとおりの「意味を意味する」ので,具体的にはこれ以上いわないでおく。

 また,さき(前段)にかかげておいた画像にあっては,会社のロゴである『JINS CLASSIC』が,この広告動画のなかに記入されていた。だが,なぜそこで宣伝内容としての「メガネ安売り店」の名前と値段が出てくるのか,この点じたいに関する解釈に困った。この会社のメガネの宣伝の件でなくても,つまり,そのほかの会社の名称とその会社のほかの製品に関するものであっても,このまま簡単に利用(流用)できるという印象を受けた。

 こういうことである。彼女の足下に空気清浄機でもおけば SHARP の広告になるし,足下で自動掃除機ルンバが動きまわる構図にすれば,アイロボット社の広告になる。すなわち,どうみても「製品(商品)」と「宮沢りえ」とが「つながる必然性」が希薄な広告である。ともかく,なんでもいいから,この女優の色気・女性「性」(ジェンダーの特性だといったら,どこかの大学の女性教授に叱られるかも)の訴求(魅力)でもって,このような宣伝・広告を打ったというのが,『JINS CLASSIC』社の意図であったと自然に解釈するほかない。

 要するに,この会社はなにを売っているかといえば「メガネ」でしたという程度でしかありえず,その相互の関連性(宮沢りえとメガネそのものと)に関して期待される連想が,それでもっていかほど誘導できるのかについては,きわめて希薄に感じた。しかし,この宣伝・広告が評判をとれるのであれば,その連関性に現実味が生れないわけでもない。もちろんもともとはその方途を狙った宣伝・広告である点はいうまでもない。

 だが,どうみても,宮沢りえがかけているメガネは,かわりばえがせず,なんとなく古臭くもみえ,ダサい。また,宮沢りえが着ているワンピースをドン・小西に批評してもらうと,なんといってくれるか。

 女性デザイナーに一言いただくようなワンピースの出來(センス)にもみえないのだが,会社(御社)のマーケティング部門にもっと才能ある人材はいなかったのかと,余計な心配までしてあげたくなった。もっとも,以上の批評は,あくまで本ブログ筆者の個人的な感想であるから,異なる分析もあれこれあっていい。

 こうした本ブログの関心とはまた別の興味があるのか,『 Girls Channel ガールズちゃんね-女子の好きな話題でおしゃべり♪-』というブログが,以下のような画像を作成していた。もちろん,『日本経済新聞』日経 2013年4月18日・19日朝刊に出されていた「宮沢りえ:広告写真」を話題にするものであった。

f:id:socialsciencereview:20200618103456j:plain 出所)http://girlschannel.net/topics/15813/   

 つぎの写真もいっしょに出ていたひとつであるが,こちらは,ずいぶん濃い化粧とそれなりの表情を作っている宮沢りえの姿である。

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 広告心理に関する精神分析

 箱崎総一『広告と性-宣伝の精神分析-』(ダイヤモンド社,昭和42年)から,しばらく引用していく。

 1) 精神分析学を応用する宣伝・広告

 「精神分析的な意味の差をここで深く考えねばならない」。「つまり,深層心理にある本能の性質を明らかにすることが,これからの宣伝にはぜひとも必要なものとなってくる」(20頁)。

 あらかじめ指摘しておくと,今回の『JINS CLASSIC』社が宮沢りえを採用した広告は,精神分析学の理論背景をよく踏まえていることをうかがわせるかのように思わせると同時に,これとはまったく相反するかのようにも感じさせる〈ほかの広告〉もおこなっていた。これはあとに論じたい。

 「宣伝という名の怪物が生み出す」「幻のイメージのなかに現代人は迷いこんでしまっている。そこで,この迷路のなかから正しい方向を発見するためのコンパスとして精神分析が登場してきたわけである」。「記憶のなかに歪みがあるままで物事を判断すると,そこにズレが生じてくる。精神分析的にみると,この心理のズレは,それぞれの性格の特徴をよく表わしている」(28頁)。

 なかでも「セックスは人間の深層心理のかなで強力な作用をしていることはフロイトの発見によってしられている。つまり,これを目立つ広告に利用しようというのだ」(77頁)。

 とくに「宣伝を作りあげる男たちには,消費者よりもつねに1歩先を歩くことが要求されているし,彼らの作りあげる幻想やエロティックな夢想にしたがって,消費者の心は自由自在にあやつられているといってもいいすぎではない」(83頁)。

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 出所)ジークムント・フロイトhttp://nlp-free.jp/all/sigmund-freud/ より。

 「宣伝を制作するには,夢想家であり社会学者であり,精神分析家であることが要求されるといっても過言ではなかろうか」(83頁)。

 それなのに「私たちは,いままであまりにもセックスに関して消極的な考えかたをしてきたのではないか--という疑問がわきあがってこざるをえない。セックスの本質なるもの,それは習慣や常識や,功利的な社会への適応などのすべてにとらわれず,私たちを新しい未知の世界の冒険へ導いてくれる。人類の進歩や新発見の源を作るエネルギーをセックス・エネルギーから分化したものである」(84頁)。

 「精神分析的にいうと,セックス・エネルギーとは生命力のエネルギーそのものと同じ意味として用いられているわけなのである」(86頁)。「エロスへの誘惑にかこつけて,宣伝の良識では消費者の性格作りのためのいろいろなトリックがおこなわれていることをしっておいてもよいだろう」(88頁)。

 2)   マーケティング戦術としての宣伝・広告の方法

 マーケティング戦略の初歩の話となる。「コマーシャルがあなたに話しかけ,コピーが物語る〔今回の宮沢りえ出演のコマーシャルでいえば,〈動画が語りかける〉〕とき,それが男性に対してか,女性に対してか,あるいは壮年者一般に向けられたものであるかは,だいたい想像できるはずである。こうした区分をつけることによって,それぞれの消費者の層をガッチリつかもうとしているのである。つまりこれがマーケット・セグメンテーション〔市場細分化〕なのである」(90頁。〔 〕内補足は筆者)。

 「消費者が王様であったのは過去のことで,現在の消費者は宣伝の命令にしたがって働く召使ではないだろうか。そこで消費者としてのは,宣伝のカラクリをよくしることによって,それと対決しなければならないことなってくる。宣伝をおこなっている企業の立場から,それは困ることなのだ」(93頁)。

 「セックスのアプローチを用いるばあいには,商品についての精神分析を綿密におこない,計画的に宣伝の目的に使用されたばあいには,本当に人びとの心の深層に共鳴作用を引き起こしてくる」(93-94頁)。

 「性的なくすぐりによって,私たちは宣伝の影響を深層心理まで受けてしまう。それは私たちの本性をもゆるがすほどの強力な作用をもっている。しかし,その影響力は私たちがほとんど自覚しないうちに現われてくるから不気味でさえある。ひとたび,こうした宣伝のもつ力に気づいたとき私たちは名状しがたい恐怖にとらえられてしまう。すると,態度をガラリと変えて,必死になって広告を攻撃しはじめることになる」(96-97頁)。

 

 JINS CLASSIC』社の全面広告の評価

 要は,今回,宣伝・広告用の「性の表現態」:セックス・シンボルとして,宮沢りえが起用されていた。問題は,この女優によるこの広告をみて,いったい人びとがどのように・なにを感じるか,である。

 宮沢りえは,とりあえず男性の側からみていえば,それこそ「セックス・シンボル」性が過剰なまでに濃厚であった女優のマリリン・モンローやブリジッド・バルドーのように,やたら妖艶なる雰囲気をバラまくというか,意図的に色気をムンムン発散させる女優ではない。

 とはいっても,人によって感じかたは多種多様,たで食う虫も好き好きなので,逆にもに感じる〔宮沢りえのほうが(もっと)いい〕といってくる向きもありうることも認めねばならない。それゆえ,ここでただちに決定的な判断はせず,留保しておく。

 それはともかく,『JINS CLASSIC』社の全面広告は「メガネ販売のために」宣伝されていたものである。こちらの問題としていえば,今回のこのような宣伝・広告の方法でもって 「メガネ」の販売向上を狙い,「セックス」効果による精神分析的な関連づけを,つまり,消費者側の深層心理に同社のメガネに対する購買意欲を喚起・高揚させえて,有意な効果を,いかほど反応として引き出せるかどうかである。

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 ※「ストローで飲む女性」の画像。  
 出所)これは参考にまで,http://ameblo.jp/hyangblog/entry-10422083597.html

 『JINS CLASSIC』社のホームページ「表紙」には,宮沢りえの宣伝動画と並んでリリー・フランキーの動も公開されている。こちらの動画を視聴してみると 「?」という印象である。なぜ,そのように感じられるかは,性的要因(動因)に関する人「並みより若干多めに」の理解力があれば,ここまでの記述を踏まえてすぐに察知してもらえるはずである。

 仮にこちらの宣伝動画が「女性用」だとしても,精神分析学的に判断すれば「道具立て」:「小道具の使いかた」が整合的ではない。「整合的でない」という指摘した論点について,もっと「突っこんで」話をしてみたい気持もあるのだが,脱線してしまいそうなおそれがあり,止めておくことし た。

 黒人差別だといって使用されなくなったカルピスの「商標登録」があった。黒人がストローでカルピスを吸っている,前段にかかげた「この絵」(商標登録)がそれである。ここではよそから該当するこの画像を借りて出しておく。

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  出所)https://www.takeikankou-bus.com/blog/2015/06/

 ところで,この絵(画像)をとりあげ議論していたホームページの主人は,こう主張している。

 「こういう絵は黒人差別だ」と。日本という社会は波風が立つのを嫌うのでしょうか。カルピスやタカラ等々の商標に黒人のイラストを使った会社は,その使用をあっさりとやめてしまいました。それだけではありません。あんなに子供心をワクワクとさせてくれた「ちびくろさんぼ」という名作までもが,すべて絶版となり闇に葬られたのです。

 彼らは,黒人のイラストやダッコちゃんを差別だというくせに,たとえばアメリカではなぜ黒人の水泳選手がなぜ少ないのかという,これぞ黒人差別そのもののことを問題にはしません。アメリカにいいって抗議したという報道もありません。少なくとも私はしりません。色が黒く目が大きく唇が厚く表現されたものを,いろいろなところでみつけては,揚げ足とり的に指摘し糾弾するのみです。そんな自己満足で,本当の黒人差別がなくなるはずがありません。

 私はそんな意味のない理不尽なことは我慢なりません。そこで,埋もれてしまった黒人表現を復活させるべくこのページを作りました。

 註記)『黒人差別をなくすページ』2005年11月14日,http://www.asahi-net.or.jp/~wz9k-ybn/

 カルピスの,この黒人を描いて制作された商標登録については,つぎのような意見も示されている。

     ☆ 水玉模様と黒人マーク ☆

 

 カルピスのパッケージは,水玉模様と黒人がカルピスを飲んでいるマークがお馴染みであるが,水玉模様はカルピスの起源となったモンゴルで,三島海雲がみた美しい天の川である。

 

 また,黒人マークは1923年(大正12年)に制定されたが,これは第1次世界大戦後のインフレでとくに困窮している美術家を救うため,ドイツ,フランス,イタリアでカルピスのポスターの懸賞募集がおこなわれた。そのなかから選ばれたのが黒人マークで,作者はドイツのオットー・デュンケルスビューラーという図案家であった。

 

 黒人マークは1980年代になると国際化時代の背景から人種差別的な問題を提起されたり,黒人差別をかかえる国々から反対意見を展開されるようになり,企業イメージの面で不利ということで,1990年に使用を中止することとなった。

 註記)「カルピスウォーター」『The Archive of  Softdrinks』1996/9/1 初出,2002/4/1再構成,http://softdrinks.org/asd0204a/cw200204.htm

 こちらの〈絵:黒人マーク〉はもともと,カルピスという飲料がおいしいものだという好印象を消費者に抱いてもらい,購入してもらおうとする狙いがあった。

 しかし, 『JINS CLASSIC』社が,宮沢りえの宣伝動画に並べて公開しているリリー・フランキーのそれがみせる「ストローでなにかのリフレッシュメント」を飲んでいる図は,お世辞にも,さまになっていない。

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  出所)https://www.ohmyglasses.jp/blog/2013/04/30/jinsclassic-tv-cm/

 ここまで話が進んでくると,なんの宣伝のための広告だったかが分からなくなりそうになってきた。メガネであったかが・・・?

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  出所)http://girlschannel.net/topics/13088/
  補注)さて,この2人は「初恋(の味)」!

 ところで,カルピスの “初恋の味” というキャッチフレーズの由来は,創業者 “三島海雲” の知人である駒城卓爾(コマキ・タクジ)

       甘くてすっぱい「カルピスは “初恋の味” 」,
       初恋ということばには,人びとの夢と希望と憧れがある

ということばに由来するという。1922〔大正11〕年4月の新聞広告に使用したのが始まりである。

  註記)http://www.calpis.co.jp/contact/faq/calpis02.html#anc04
      
 最後に,宮沢りえの以上にとりあげてきた広告に魅力を感じた人でも,とりわけ男性は「田中ヒデとの上掲の写真のキス・シーン」をついでみせられたら,その宣伝効果を大幅に引き下げてしまう〈なにか〉が入りこむ可能性が大きい。この指摘は,かなりの程度,確実に〈請けあえる話〉だと思う。

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