原発も火力発電であり,炭酸ガスを大量に産出させる「第2次石油製品」,原発にこだわる理由を明快に説明できない経済産業省・エネルギー資源庁

石炭火力に未練をもち,それ以前に,原発原子力)火力にも強く拘泥する日本のエネルギー政策は支離滅裂というほかなく,再生エネルギーの進展を大幅に妨げている

日本経済新聞』は,エネルギー政策の基本的視点に関してまともな問題意識はもちあわせないのか,原子力が再生エネルギーの近くに分類されるという「基準:観念」は,科学の枠組からは埒外のエネルギー観

 

  要点:1 『日本経済新聞』はいまだに原発必要論にこだわる基調(編集方針)でもって,エネルギー政策問題を報道している。だが「経済の論理」から逸脱してきた原発利用には,なんら利点がない事実をしらないわけではあるまい

  要点:2 それでも原発が必要であるかのように,それも「重要なベースロード電源」だ(という奇妙な名称・定義,以前は「重要な」という形容部分はなかったが)とみなして「原発による電力生産」をとりあつかう見地は「完全に時代錯誤」であった

 その「事実」は,「経済の論理」のなかには全然収まるはずのない『原発の怪物性』,すなわちその《悪魔の火》である本性からしても自明であった。それでも原発が必要だというのであれば,関係する基本的な政治的事情・社会経済的理由を目的的・合理的に説明したうえで,人びとを納得させねばいけない。しかし,その説明はいまでは無理難題

  要点:3 電力の生産に関して原発が「脱炭酸ガスのための発電方式」と主張するけれども,それは迷説どころではない “まったくの謬説” であった。この主張は「原発が石炭火力など火力発電の代替になる」という間違った〈定説〉の根拠となっていた


 「石炭火力,『輸出禁止』踏み込まず 経産省,『国内に飛び火』警戒」朝日新聞』2020年7月10日朝刊3面

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 政府は〔7月〕9日,日本のインフラ輸出戦略を決める「経協インフラ戦略会議」を開き,石炭火力発電を輸出するさい,相手国の脱炭素化に向けた方針を確かめられない場合は原則公的支援をおこなわないなど,要件を厳格にすることを正式に決めた。石炭火力輸出に国際的な批判が強まるなか,輸出禁止までは踏みこまなかった。

 要件見直しは,小泉進次郎環境相が昨〔2019〕年9月の就任以降,日本の石炭火力政策への厳しい視線を目の当たりにし,「せめて輸出だけでも方針を変えたい」という思いで進めてきた。

 補注)それほどたいしてセクシーとも感じられない環境大臣小泉進次郎については,この国会議員としてその種の発言をとくにしたと聞かされても,もうひとつセクシー度数が高まらない印象を受けるといったら,八つ当たり的な批評になるか? というのは,存在感としてはほとんど印象力(実力?)のなかった進次郎が,こういった・ああいったからといっても,この環境大臣,はたしていかほどのエネルギー問題に対する識見をもちあわせているのか(?)という疑念を抱かせていた。結局,その程度の国会議員であった。別に,進次郎議員でなくても誰がいっても同じ,という程度に終始する話題にしかなっていなかった。

 昨〔2019〕年12月の第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)では,グテーレス国連事務総長が「石炭中毒」という強い表現で石炭火力からの脱却を呼びかけ,小泉氏も記者会見で,石炭火力輸出について「今後も引きつづき議論していく」と語った。今〔2020〕年2月には要件の見直しで関係省庁が議論することで合意。環境省内に小泉氏肝いりの有識者検討会も立ち上がった。

 一方,経済産業省も4月にインフラ海外展開を検討する有識者懇談会を設け,石炭火力の輸出をなんらかのかたちで継続させることにこだわった。「輸出禁止となると,これまで石炭火力を『ベースロード電源』として重視してきた理屈に合わず,国内の石炭火力政策にも飛び火する」。経産省幹部は解説する。

 補注)この「ベースロード」という電力生産・供給に関する概念は,すでに時代遅れになっている。その妥当性は,とくに原発原子力エネルギー)に関してならば消滅していた。以前から,間違いでしかありえなかったその「原発=ベースロード」という倒錯(本末転倒)した観念については,「3・11」以降,たびたび発言してきた高橋 洋(現在・都留文科大学)は,こう批判していた。

 供給力が需要を上回るときに,供給を減らし需要に合わせるというのは,世界のどの国でもやっていることです。問題は,ルールが合理的でないことです。経済産業省の説明では,原発はベースロード電源で絶対に止めないが,再生エネは不安定だから,止めるというのです。

 

 この説明は間違っています。原子力だろうが,太陽光だろうが,需給バランスという意味では電気は同じですから。欧州は,市場が決めるルールです。燃料費が高い電気から順番に止めていく。節約になるからです。メリットオーダーというのですが,単純な理屈です。再生エネの電気は,燃料費がただなので,それを止めるのはもったいない。

 

 だから,燃料費がかかる方から順番に止めるのは合理的でしょう。ドイツとかスペインでは再生エネの割合が非常に増えているので,たまに原子力を出力抑制しています。日本は,ベースロードという聖域のような理屈をもち出して,再生エネを止めています。これは,国際的には理解されない,旧来の理屈です。

 註記)「〈焦点・論点〉原発から再生可能エネルギーへ 大規模集中型電源から地域分散型に変えよう 都留文科大学教授 高橋 洋さん」『きんちゃんのぷらっとドライブ&写真撮影』2018-11-01 12:35:26,https://blog.goo.ne.jp/kin_chan0701/e/9448b53c4b3e94d2e0c9b833a2bc02ec

 補注)なお,この記述の素材となったのは『しんぶん赤旗』2018年10月30日に掲載・報道された高橋へのインタビュー記事である。また,念のため断わっておくが,高橋はこの種の見解を,相手側の政治的立場いかんにかかわりなく,どの方面に対してでも一貫して同じに披露してきている。

  旧来の古ぼけた,つまり時代遅れの原発の利用をめぐっては,しかもこんどは「重要な」という形容詞まで頭に乗せるかっこうで,しかもまだ「ベースロード電源」なのだと主張するのだから,経産省・エネルギー資源庁の官僚たちの頭内構造は,ほぼ化石「化」したと観察してよい。ただし,つぎの記事の段落は,商売道具としての石炭火力「製品」を捨てきれない財界側の意向を,最大限に尊重するエネルギー資源庁の魂胆がみえみえであった。

〔記事に戻る→〕 新要件で関係省庁は「脱炭素への移行」というキーワードで足並みをそろえた。しかし「同床異夢」の部分もある。梶山弘志経産相はこの日の会見で「石炭をエネルギー源として選択せざるをえない途上国が存在するという現実から目をそらさない」と支援の道を残す意義を強調。一方,小泉氏は「厳格化された4要件をクリアして出せるものが本当にどこまであるのか」と,実質,支援案件はなくなるとの見方を示した。


 「エネ政策,不作為に限界 脱炭素,原発に国の関与不可欠」日本経済新聞』2020年7月10日朝刊3面

 脱炭素のうねりが迫るエネルギー転換や電力・ガス市場の自由化など,エネルギーをめぐる環境が内外で変わりつつある。速度を上げる変化に日本が吞みこまれようとしているときに,エネルギー政策は不作為ともいえる思考停止が続く。現実を直視した計画に作り直すときだ。

 梶山弘志経済産業相は〔2020年〕9日,洋上風力発電を拡大させる方針を表明した。3日には低効率の石炭火力発電所を休廃止する考えを示している。エネルギー政策を担う経産省は長期指針である「エネルギー基本計画」の見直しに向けた地ならしを急ぎはじめた。

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 現行の計画は2030年度の電源構成について,原子力を20~22%,再生可能エネルギーを22~24%,残り56%を石炭や石油などの化石燃料でまかなうとする。東京電力福島第1原子力発電所の事故後の2014年に定められ,2018年の見直しでも据え置かれた。この比率実現が,温暖化ガス排出を2030年度に2013年度比で26%減らす国際公約の前提になっている。 

 補注)上の図表にも表現されているわけだが,原発20~22%という電源構成比率を,2030年度になっても「残す(こだわる)」という “非現実的な発想” が,一番の問題であった。

 「3・11」(2011年3月中旬の東電福島原発事故)」以降,原子力エネルギーがいかほど電力生産のために利用されてきたかその実績(記録)をたどってみれば分かることだが,資源エネルギー庁は,初めから不可能を承知で,このような無理な数字をかかげつづけてきた。

 その「頭の固さ」には呆れるほかないが,もっとも多分,その頭じたいが固いのではなく,なんらかの他意があっての裏事情もあって, “原発への執着” をみせてきた。そうとしか受けとりようがない「過去からの経緯」が示しつづけられてきた。

 さて,つぎに紹介するのは「2019年(暦年)の自然エネルギー電力の割合(速報)」『isep』(NPO法人環境エネルギー政策研究所)から引用する表であるが,いまの時代になってもなお,原発の比率をわざわざ増やしていくことの〈不要性〉はむろんのこと,電力需要の増えない時代に再生エネの比率を絶対量でも相対量でも増やし,原発はなるべく「もとのゼロに戻す」ことが21世紀におけるエネルギー問題の基本的な思考方法である。

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  付記)足して 100%になるのは,この列など(  ↑  )2019年。下から4行目までを合計する。

     以下の図表ではそれぞれにおける電源比率の「構成と変動」に注意したい。 

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  出所)https://www.isep.or.jp/archives/library/12541

 ところが,経産省・エネルギー資源庁はそれこそ逆方向を向いたまま,「なにか,必死になって原発の電源構成における比率を高めようとしている」。これは,世界全体におけるエネルギー問題の基本趨勢に反した政策的観点を採っている。この姿勢は異様というのでなければ,同庁をそうさせてやまない《特定の利害状況》が,どこかに潜んでいるのかまで観るほかない。

〔記事に戻る→〕 しかし,目標年度と定める2030年度まで残り10年に迫り,かかげる数字の非現実性があらわになりつつある。なかでも原発だ。20~22%の電力を確保するためには約30基の原発が必要だが,再稼働した原発は9基にとどまる。福島原発事故から来〔2021〕年で10年。

 補注)多分,これからも「国民の原発に対する信頼回復は進まない」のではなく,その「信頼はえられない」ことは,『日本経済新聞』の立場にあっても,まさかしらないわけではあるまい。ところで,現在「再稼働した原発は9基にとどまる」と指摘していたけれども,より正確に説明すると,現在の時点〔2020年7月3日7時30分更新〕において実際に稼働している原発は,「運転中(発電中):5基」「停止中:28基である」。

 この情報は,『本日の運転状況』http://www.genanshin.jp/db/fm/plantstatusN.php?x=d  から入手したものであるが,その下部の註記には「第 x x 回定検中(20 x x. 01. 25 など)と断わられている原発のその28基は,より具体的には「【注】点検停止=トラブル停止,中間点検」とも註記されている。なお「トラブル点検」と「中間点検」の意味の違いは説明不要であると思う。 

〔記事に戻る→〕 関西電力で発覚した原発立地をめぐる金品受領問題は不信を増幅した。金品の渡し手となった元助役のような人物がどうして影響力をもつようになったのか。〔原発を〕「重要なベースロード電源」と位置付けながら,立地対策を含め,運営を電力会社に丸投げしてきた国策民営の限界がある。

 原発は有力な脱炭素の手段となりうる。国民が受け入れて使いつづけるには,立地対策や使用済み燃料の処理,核燃料サイクルなど,国がもっと前に出て関与しなければならない。それは政治と行政の責任でもある。

 補注)「原発は有力な脱炭素の手段となりうる」という説明は虚説(ウソ)である。この点のくわしい解説はここではしないが,本ブログ内はすでに批判してきた論点であった。原発は第2次石油製品である」という指摘もある。ここではそのように説明しておけば済む。原発維持にこだわる識者はその点をいっさい無視し,もちろん,絶対に顧慮しようともしない。つまり,最大のゴマカシが原発をめぐって平然とおこなわれている。

 国際エネルギー機関(IEA)によれば,世界の発電量に占める太陽光や風力など再生エネの比率は2040年に44%となり,石炭や天然ガスを上回る最大の電源になる。日本もこの潮流から逃れられない。石炭より発電コストが高くても伸ばすなら,国民に受け入れてもらうよう説明を尽くす必要がある。

 補注)この段落の記述中においては,なぜか「原発は除外されている」「出ていない」のである。「石炭より発電コストが高くても伸ばす」という記述(文章)は分かりにくい。だが,このあたりのコストの問題に言及するならば,いまでは一番そのコストの高い部類になっている原発を「今後においても伸ばす」難点が,まず先にきちんと説明しておく必要がある。ところが,この論点はいつもといってもいいのだが,逃げていた。それでいて,このような記事が書かれつづけてきた。

 広大な海洋をいかした洋上風力を増やす。導入拡大のネックとなる送電線利用のルールを見直す。発電した場所で電気を使う分散型システムの導入を促す。原発に温暖化ガス削減を期待できないとすれば,あらゆる政策を動員して再生エネを主力電源に育てていかねばならない。

 補注)この段落の説明にも注意が必要である。ここで「原発に温暖化ガス削減を期待できないとすれば」と断わっているのは,現状における話であった。つまり,現在稼働できている原発そのものが日本では少ない状況を踏まえての発言に過ぎなかった。しかし,このとおりにはけっして「原発に温暖化ガス削減を期待」することはできない現実(学問的にも間違いのない真実)を,徹底的にないがしろにした意見である。それこそ,ただ無条件にかつ没論理的に「原発を擁護するための発言だ」といってもいいくらい,トンデモな誤論(架空論)を開陳している。

 ただし,エネルギー政策は温暖化対策だけでない。安全や供給の安定性,経済性などの要素を考慮する必要がある。国際的に割高な電気料金をどう下げるのか。地政学リスクに伴う供給途絶をどう回避するのか。エネルギー戦略の立案とはこうした要素の最適バランスをみつける作業だ。

 補注)日本の場合,原発は製品として輸出することがすでに不可能な時代になっている。それも日本の有力な大手製造会社(東芝日立製作所三菱重工業)が,そうした現実に対面させられてきた。原発の建造費がベラボウに高くなったという事態は,電力生産に実際に原発が使用される意味を大きく損なった。

 ところがさらには,日本国内で発生した「3・11」(東日本大震災・東電福島原発の大爆発事故)を契機に,こんどは廃炉工程(バックヤード)に関しても,とうてい営利追求・採算問題として割りの合わない,それもとてつもなく莫大な事後経費の発生が,いまから覚悟を迫られている。この廃炉工程を商売の種に活かす以外に,原発を新増設するなどいった発想は,もはや困難以外の何物でもなくなった。

 原発はもともと,採算のとれる発電装置として開発された経緯をもっていなかった。第2次大戦後における原子力問題を,アメリカが主導性を把握しつづけるために,「原爆ではなく原発」を日本に利用させる世界戦略を採用していた。

 経済問題ではなく,むしろ政治問題として出立した原発問題はその後,スリーマイル島原発事故(1979年3月)⇒チェルノブイリ原発事故(1986年4月),そして東電福島原発事故(2011年3月)という「3段跳びの大事故の連続」によって,もはや経済計算では「その元など元々とれない」電力生産装置である事実が,よりいっそう鮮明になった。とりわけ,東電福島原発事故の後始末から廃炉工程に進もうと苦労している日本の現状は,原発の悪魔性:《悪魔の火》を電力生産のために応用してきた「人類・人間側の愚かさ」をみごとに表象している。

〔記事に戻る→〕 現行のエネルギー基本計画では2030年度に電源構成の56%を化石燃料でまかなう。再生エネを最大限伸ばしても,すべてを代替するには力不足だとすれば,脱炭素に配慮しながら化石燃料を使い続ける方法を考えるしかない。

 補注)再度断わることになるが,原子力もその原料は広義においては化石燃料に属するとみなせる。燃料棒を製造する原料は化石と似た物質(地球上でもとから天然に存在している元素)を地中から採掘し,これを精製して製造する。化「石」燃料なのである。

 石炭に比べて,温暖化ガスの排出が少ない液化天然ガス(LNG)の利用拡大が現実解になるとしても,輸入頼みのLNGには地政学リスクがつきまとう。これをどこまで増やせるのか。現実を見据えたエネルギーの最適組み合わせ,いわゆる「エネルギーミックス」の議論を早急に始めなければならない。

 補注)このあたりで説明しておいたほうがいい理屈が,「原発で炊かれる燃料棒は準国産だ」という定義であった。しかし,これは実に奇妙きてれつな説明であった。日本国内でも放射性物質を含んだ鉱石は採石できないわけではなかったが,いまでは核燃料物質・核原料物質は外国産であり,これを加工して燃料棒を製造している。その結果「準国産」という用語が使用され,しかもそれが「準」であっても「純」「国産」あつかいを,便法的にだが,されている。

 以上の説明は,外国から輸入される小麦をつかって加工・製造される「パスタも準国産だ」という説明も,容易に導き出させる。だが,このような説明の方法は,技術学的にも経済学的にもほとんどヘリクツ同然である。

 

 小山 堅日本エネルギー経済研究所専務理事「〈オピニオン エコノミスト360°視点〉コロナ後の国際エネルギー情勢」日本経済新聞』2020年7月10日朝刊

 コロナ禍で国際エネルギー情勢は激変した。ここまでもっとも関心を集めたのは需要の劇的減少で,石油市場が大幅な供給過剰に陥り,原油価格が大暴落したことだ。今後も,原油液化天然ガス(LNG)価格などの動向は世界の注目を集めつづけよう。しかし,いまはコロナ禍による構造的・長期的変化に視線が向いている。ポストコロナの国際エネルギー情勢の行方だ。

 コロナ禍は,いわゆる「エネルギー転換」を促進するのか,阻害するのか。以前から世界のエネルギー需給構造は転換期にあり,20世紀は「石油の世紀」だったが,21世紀はどのような世紀になるか,という問題意識があった。

 この問題は,脱炭素化の取り組みに対するコロナ禍の影響という点から論ずることができる。欧州では,再生エネルギー・水素などクリーンエネルギーの普及促進を図ることで,経済復興を果たす政策が重視されている。これらの政策が奏功すれば,脱炭素化が進展し,エネルギー転換が促進されよう。

 しかし,同時にコロナ禍は,人類にとっての生存や安全が最優先される流れを作り出した。また,劇的に悪化した経済・雇用状況からの脱却も重要視されている。脱炭素化の取り組みがエネルギーコストを上昇させるようなことがあれば,その促進は容易ではなかろう。とりわけ,今後の世界のエネルギー需要増の中心となるアジア・発展途上地域での展開が重要だ。

 エネルギー転換の先ゆきについては,化石燃料需要の行方がひとつの鍵を握る。そこで注目されるのは,石油需要が構造的に抑制される可能性だ。テレワークの普及などに象徴される行動様式・経済活動の変容は,石油が担ってきた移動需要を構造的に低下させうる。数年前,電気自動車などの普及で石油需要ピークが来るのでは,という議論があった。ポストコロナでは,移動需要そのものがどうなるかが関心事項だ。

 移動需要が抑制されれば石油需要が低下し,全体として省エネが進み,化石燃料比率が低下する。この進展は脱炭素化を促進する。他方,石油需要が抑制され,IT(情報技術)化,デジタル化も進むと,最終エネルギー消費全体に占める電力の重要性が高まる。その電力を,安定的・持続可能な形で,手ごろな価格で供給することが一層重要になる。

 ポストコロナでは,戦略的に重要な財の供給チェーンを自国内,あるいは自国の影響下に置こうとする動きが強まるかもしれない。世界の産業配置が影響を受け,今後のエネルギー需要増の中心がどの国・地域になるかを注視する必要がある。

 しかも,エネルギー自給率向上を果たそうとする動きは,厳しさを増す世界のエネルギー地政学のもとで,各国のエネルギー選択に影響を及ぼす可能性がある。これらは革新的エネルギー技術の開発をめぐる技術覇権の観点からも注目される。ポストコロナのエネルギーの将来像には,大きな不確実性が存在する。さまざまな可能性・シナリオに対処できる,柔軟で戦略的な思考が求められる。(引用終わり)

 この ③ に紹介したこの文章は,エネルギー問題に関してだとなれば,それも日本の問題だとなれば,そう簡単には無視できない原発関連の諸事情を,いっさいとりあげていない。もっとも,論者の関心はそこにはとくにないといったら,それまでのことである。

 しかし,原発の電源構成における比率の問題や,原発という装置・機械にかかわって現実に展開されている廃炉問題,なかでも,東電福島原発事故の後始末としての “その種の日本独自の問題” は少しも顧慮されていない。そのままで,以上のごとき論旨の展開が披露されていた。いささかならず疑問が湧いてくる。

 要は,原発不要論を加速させる,それに拍車をかけるほかない論旨が,以上の解説のなかには盛りだくさん含まれている。ところが,原発の問題は,あたかも存在しないごときの解説に終始している。それとも,原発の電源構成に占める割合は,現状においてならば除外してもよいという考えなのか? いずれにしても不可解な立論であったとみなすほかない「オピニオン」の陳述であった。

 学術論文ならば当然も当然であるが,このような専門的な解説文となれば,論じようとする核心部分に関して不可避に深い関連性を有する論点を棚上げした議論はできない。はたして,それで必要かつ十分な論理を備えた説明は保証しえないのではないか?

 いわゆる専門バカという表現があるが,自分のとりあげえない論点であっても,書いている・議論している文章構成のなかに有機的に関連していて,これを欠いたらその必要かつ十分な論旨の展開にはなりえないという基本的にだいじな認識が,前段のオピニオン・投稿記事には欠落していた。

 とにかく,原発問題を討究する段になるといまでも,あれこれ理解しがたい文章が諸処から群生してくる感もある。どうして原発問題の議論では,これは奇怪だという以前に,わざわざ意味不明の論旨を背負って登場する識者がしばしば現出する。不思議な現象である。

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