私利我欲の自己実現しか頭にない都知事小池百合子に都政は任せられない,安倍晋三には国政から早く離れてほしいのと同じに,この都知事に隠居を勧める

新型コロナウイルス感染拡大「問題」を他人事として語ってきた小池百合子都知事は「都政の責任者」として失格,本気度はゼロの立場から「ただコロナウイルスをもてあそんでいる」つもりのこの女性知事は「都政を失墜させてきた〈都民の敵〉」


  要点:1 ニュースから流れる小池百合子の音声だけ聴いていたら,東京都における新型コロナウイルス感染者数について,まるで放送局のアナウンサー(他人事)のように語れるこの人は,都政を担う者としては完全に不適格者

  要点:2 日本国の首相になりたいらしいこの政治家小池百合子であるゆえか,都政の担当者で居る現在にあっても「心は都政にあらず」,したがってどこまでも他人事にように新型コロナウイルス感染拡大「問題」をあつかえる冷酷かつ無情な想念

 

 「〈ユーチューブ〉 新型コロナ 東京55人感染 一気に急増 小池知事『驚いた』警戒あらわ」2020/06/24https://www.youtube.com/watch?v=lbq6oa2RJgw

 このユーチューブ動画が公表された日付が6月24日である点に注意したい。今日は7月18日であり,その後,3週間と3日が経っている。それで,昨日(7月17日)に東京都で新規に発生したコロナウイルス感染者数は293名,その前日の16日は286名にまで増加していた。

 小池百合子都知事は,6月24日の時点でその新規感染者数が55名に増加した点について,上記のように「驚いた」という感想を述べていた。だが,こんどの7月17日は293名にまで増大していたとなれば,この数字を受けた小池は都知事として「どう,驚いた」ことになるのか?(興味津々!!)

 ニュースなどで観た彼女の反応は,あいかわらず放送局のアナウンサーがニュース原稿を読みあげるような調子で,この「7月16日:286名,17日:293名」であった「人数の事実」に,しごく冷静(冷淡?)に触れるだけの口調になっていた。

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 つまり,「6月24日のとき新規感染者数55名」に対比した「7月17日の293名」なのだから,百合子氏もさぞや大いにビックリした表情で記者会見するものと思いきや,全然違っていた。ところで,その6月24日のほうのユーチューブ動画(上掲の住所)を,よく視聴してみてほしい。

 とくにコメント欄をみると,小池百合子の発言:表現について,悪評紛々たる感想が連々と書きこまれていた。それらは,つづく後段にくわしく紹介していくが,あまりにも多いので,途中までの引用で終えざるをえなかった。

 ところで,いまここで,話題にしている動画そのものは『FNNプライムオンライン』(チャンネル登録者数 37. 9万人)が公開していたニュースのそれであった。そして,これをユーチューブで視聴した人たちが寄せたコメントが,以下に連番の「※-n」を振って45点だけを引用・紹介しているが,これだけたくさん寄せられていたのである。

  ★ 6月24日に東京都で新たに確認された新型コロナウイルス感染者は55人 ★

 

 【ニュースの概要】 職場クラスターが発生し,東京アラートが解除されてからわずか2週間で,感染者の数が50人を超えた。また,北海道では昼カラオケでクラスターが発生した。はたして,第2波が間近に迫っているのだろうか。

 

 小池百合子東京都知事〔は〕「非常に多い。(感染者数)55という数字は,5月のはじめから最多の数字です。最初聞いたとき驚きました。(これは第2波ではない?)専門家の方々に,分析をお願いしたいところです」。

 補注)いささかくどくなるが,この7月17日の新規感染者数は293名であって,55名の5. 33倍になっていた。単純に表現の仕方を真似ていえば,こんどは「最初聞いたとき非常に驚きました(これは第2波ですよね?)専門家の方々に,分析をお願いしたいところです」となるはずである。,しかし,かといってそのように同じ調子・口調でいっておけばいいような問題でもあるまい。

 

 だから,つぎにたくさんとりあげるような意見:批判が,都知事である小池百合子に向けて集中・殺到していた。全部は引用・紹介できないので,適当に取捨選択する(直近のコメントが中心となるが)。

 ※-1 国民は “驚いた” に驚いてるよ。
 ※-2 驚いたは笑う,当然だろ 。
 ※-3 他人事だな…,この人がトップとか,都民は不安しかないだろう,ずっっと第1波が続いてるんだよ

 ※-4 むしろ,増えないと思ってることに驚いた。まさか都庁赤く点灯させれば本気で収束する思ってるのだろうか・・。
 ※-5 朝の満員電車乗ってみてくれ。
 ※-6 驚いていないで対策を考えろよ。

 ※-7 ここまでゆるゆるにしておいて,驚いたといっている小池さんに日本中が驚いた。
 ※-8 驚いたって.....ちょっと小池さんよ大丈夫かよ 😑
 ※-9 驚いた じゃねーわ。日々増える感染者の数に対して感想いうだけでなにも行動起こさないのはアホすぎるだろ,こんなんじゃいつまでたってもグダグダするだけ。

 ※-10 都知事選前だから,すっとぼけた無難な回答をしたのはみえみえですが,この発言が本心なら本当に無能ですね。

  補注)小池百合子都知事としてだが,もしも7月17日についてもまったく同じに発言していた。となると,やはりこの政治屋は無能ということか?

 ※-11 他府県の者ですがこの人,都民のためになにかなされたのですか? 教えてください。
 ※-12 数字を聞いて驚くだけの簡単なお仕事です

  補注)この指摘は秀逸!

 ※-13 行動をしろよ,誰も感想なんて聞いてないわ!   驚いたって? 緊急事態宣言解除したらどうなるくらい,予測はしてたと思うが。

 ※-14 第1波もまだ収束してないって認識をもってなかったのか…。
 ※-15 コメントが完全に人ごとで不覚にも笑ってしまった。
 ※-16 密です(!)とかいっといて公約だった満員電車の密を防げてないやん。そもそも満員電車乗ったことあるんかこいつ。

  補注)忘却とは忘れ去ることなり,であった。

 ※-17 また小池知事になると不安 😖 💧

  補注)この不安は現実のものとなって,現在進行中。

 ※-18 仕事で出なきゃいけない人が大半だろうけど,通りの居酒屋の混みようみてると感染しないはずがないって感じだな~。マスク着用しなきゃ入店できないとか書いて対策してる風だけど,マスクなし大口開けてぎゅうぎゅうで酒飲んで喋ってる店とかあるし。でも飲食店の人も生活があるからもうなんともいえないやね。

 田舎の親に状況を聞くと感染対策に雲泥の差があって,都民は最早自粛ムードではないと悟ったよ。自分も含めて危機感薄れとるわ。第二波ですか? そうならまた東京いけませんね!! 政治家の皆さんおろしくお願いします!! いきたいな東京!! だから桜井 誠も選挙延期しようっていったのに…クラスターやん。

 ※-19 白々しい。
 ※-20 どっちに転んでも…,テレビに出たいんだなぁ~ 🤔 アンタの顔…,みたくないんですけど~ 😩

 ※-21 驚いたは草,小池ちゃんは電車乗らないから状況がわかんないかあ。
 ※-22 ふざけんな狸。
 ※-23 東京だけ緊急事態宣言出した方がいいと思う。

 ※-24 週70人以下で解除っていってたよね? 結局一瞬下がっただけだったって感じ。3月末みたいに急激に増加してきたら不味い。

  補注)7月は急激に増加中!

 ※-25 無能すぎるユリコ。
 ※-26 初級トレーダーK。
 ※-27 感染者の国籍を公開しないと意味ない。また東京都の捏造か?

  補注)この主張はいまの東京都内ではほとんど無意味に近い。もともと東京都民である定住(永住)外国人も多し。

 ※-28 小池百合子都知事選ファースト。もっといえば,自分ファーストだからな。いまは再選のことしか頭にない。都民のことなどなにも考えていないよ。

  補注)そのとおり。

 ※-29 解除されたと同時に友達に遊びいこっていわれて正直驚いてしまった。
 ※-30 驚かなかった。緑のタヌキがおるかぎり「安全と安心」な場所はないことしってるから。
 ※-31 第2波て,まだ第1波収束しきれてないのに! このまんまじゃまだ増えますよ。(ToT)

  補注)そのとおりになってきた。

 ※-32 小池知事は公約実現0でも,新型コロナウイルスのおかげで毎日毎日TVに出られて,猫なで声で “自粛です ディスタンスです 自衛です” 〔と〕,結局選挙運動として利用してますね。これで勝ったら都民の知能を疑うわ。

  補注)そのとおりであって,都民の知能は「その程度」ということであって,前後に引照しているコメント者たちの認識水準にまでは,実は全然達していない都民たちが圧倒的に多数はであった。

 そうでなければ,7月5日実施の都知事選において小池百合子が336万票も得票するわけがない。電通筋が得票数を操作している疑いがあると噂されているものの,都民のふつうの立場であれば「小池百合子という緑のコロナタヌキ」の本質が透視できる手立てはない。

 ※-33 コロナ前もそうだけど,普段なにやってんのこの人。

  補注)当然「東京都知事」ですが,なにか疑問でもあります?(← 百合子からの返答)

 ※-34 “小池知事「驚いた」 警戒あらら” にみえた。
 ※-35 本当危機感なさすぎ。てか驚いたってなによ w 。
 ※-36 小池百合子,なににも達成してないのにテレビに出てるから,いかにも仕事できるみたいになってて草。

 ※-37 驚いたということは想定外のことだったということですね 🍛
 ※-38 専門家会議責任逃れの弁。なんの専門家なん?
 ※-39 え? 驚いた? 毎日20~30人でも危機感めちゃくちゃ感じてるんですけど。

 ※-40 感想はいいねんて。はよ行動しろや。都民の自粛の努力を踏みにじりやがって(by大阪民)。
 ※-41 東京で仕事してるとコロナ流行前と対して変わらない感じになってますね。仕事は大事ですがもうちょい危機感もって行動してほしいです。

 ※-42  『驚いた』(?)舐めとんなw。
 ※-43 なにがしたいのかよくわからんわ。第2波じゃなくて第1波の継続だろ
 ※-44 驚いたじゃねーよ。

 ※-45 小池が当選したいから解除したからやろ。(コメント引用・紹介終わり)

 途中でも触れておいたが,東京都民のそれも有権者たち全員が,こうしたコメントを送信するくらいに,小池百合子都知事の本性(化けの皮の下に隠された政治屋的な悪性)をしりえていれば,この女性政治屋東京都議選で当選するはずもなかった。ところが実際は336万票も獲得し,2位以下に大きな差を付けて断然1位で,悠々と当選していた。

 要するに,圧倒的に大多数の都民・有権者たちは,以上のように暴露されている「小池百合子都知事のみぐるしい本質」と「前期4年間の赤点しかつけられない実績」(つまり,とりたてて目立つ,評価されていい結果を残していなかった)を,みないまま都知事選では投票にいき,小池百合子に投票していた。

 その意味で都民は,都知事選では「アホすぎる」選択をした。「こんなんじゃいつまでたっても〔都政は〕グダグダするだけ」である。というのは,「小池百合子都知事選ファースト」でしかなく,「もっといえば,自分ファーストだから」「都民のことなどなにも考えていない」。

 再選された小池百合子都知事としての行動は,直後における行動からして,まったくそのとおりになっていた。このオンナ政治屋は,つぎは日本国首相になりたいという野望を抱いているらしい。だが,もしも彼女のそのような狙いが実現するとしたら,安倍政権の為政によって,いままでさんざん痛めつけられてきたこの日本国の惨状に,とうとうとどめを刺す仕事をやりかねない。

 悪評紛々の小池百合子に対するコメント集を紹介してきたが,小池に対する政治屋としてのこうした評価づけに関連させてとなれば,本ブログ内でもいままで,なんどか言及してきた話題の本,石井妙子『女帝 小池百合子文藝春秋,2020年5月29日に話題を移すことにしたい。

 

 「〈書評〉『女帝 小池百合子石井妙子・著」朝日新聞』2020年7月18日朝刊,呉座勇一(国際日本文化研究センター助教・日本中世史)

※原著者紹介※ 「いしい・たえこ」は1969年生まれ,ノンフィクション作家。主要作品は『おそめ』『原節子の真実』(新潮ドキュメント賞)など。

   華麗な自分語りの「演出」に迫る

 先日の東京都知事選は大方の予想どおり,現職の小池百合子知事の再選という結果に終わった。彼女は「政界渡り鳥」と揶揄(やゆ)され,いくど度も屈辱と挫折を味わいながらも,権力の階段を一歩一歩上がっていった。しかし一方で,彼女が語る華麗なサクセスストーリーはいかにも作り話めいていて,しばしば疑惑が取りざたされてきた。

 本書は,女性初の総理候補と目される小池氏の素顔に迫ったノンフィクションである。マスコミやネット上では学歴詐称疑惑追及の箇所ばかりが注目を集めたが,本書は彼女の生い立ちまで遡(さかのぼ)って調べているところに大きな意義がある。関係資料の博捜と多数の関係者への徹底的な取材によって,彼女の自分語りに潜む数々の嘘を暴き,ひいては彼女のパーソナリティーを浮き彫りにしている。

 本書が描き出す小池氏は,異常に強い虚栄心と上昇志向を原動力に,コネとメディアを駆使してのし上がっていく人物だ。一見すると陽気で情熱的だが,けっして他人に心を許さず,つねに損得勘定で人間関係を築く。権力をもつ男性に寄り添う「名誉男性」でありながら,男社会と対決しているように装う。

 著者は彼女に批判的だが,彼女のなりふり構わぬ自己演出には凄(すご)みすら感じられる。かつて引き立ててくれた権力者を足蹴にするくだりなどは,ピカレスクロマン的な趣がある。

 補注)この「ピカレスクロマン的」の意味は,つぎのように解説されている。

 ピカレスク小説(ピカレスクしょうせつ,英:Picaresque novel,仏:Roman picaresque,西:Novela picaresca)は,16世紀~17世紀のスペインを中心に流行した小説の形式。悪漢小説や悪者小説,ピカレスクロマンとも呼ばれる。特徴として,

   1人称の自伝体
   エピソードの並列・羅列
   下層出身者で社会寄生的存在の主人公
   社会批判的,諷刺的性格

をもち,写実主義的傾向をもった小説を指す。ただし,実際にはここまで厳格ではなく,いずれかの要素をもった作品が現代ではピカレスク小説と呼ばれることが多い。

 

 また,ピカレスクの語源はマテオ・アレマンの『ピカロ:グスマン・デ・アルファラーチェの生涯』の「ピカロ」から。悪者と訳されるが,単なる悪い人ではなく,この小説の主人公グスマンのように,

  ☆ 出生に含みのある表現がある(ユダヤ系や娼婦の子であることを暗喩しているものが多い)
  ☆ 社会的には嫌われ者である(が,カトリック的には慈悲を施すべき対象)
  ☆ 食べる(生きる)ために罪を犯したり,いたずらをしたりする

というような特徴をもった者のことをピカロという。

 

 『グスマン』では犯罪を繰り返す非道徳的な話をしながらそれを中断し,道徳的な訓話を挿入するというバロック的な対比をみせている。そして批判的な叙述はよりユーモアに溢れる一方で,より悲観主義の傾向を強めてゆく。

 〔記事:書評に戻る→〕 他人の心情に無関心で,利用価値のない人間にとことん冷淡であるように映る彼女の人間性は,確かに恐ろしい。けれども真に恐ろしいのは,彼女の本質に気づかず,そのポピュリズムに幻惑されてきた日本社会ではないだろうか。

 職業倫理や専門性をもたないタレント学者や自称歴史家のもっともらしいヨタ話が社会的影響力をもつ様を,評者はなんども目にしてきた。私たちが対峙(たいじ)すべきなのは,表面的な面白さを追いかける風潮そのものなのである。(引用終わり)

 小池百合子都知事選で再度当選できた事由が,以上の説明のなかに明示されている。民主主義だとはいっても衆愚である1面は否定できない。この衆愚がたしかに小池百合子を神輿にかついできた。

 要は,小池百合子政治屋としての本質であるタヌキ性,換言すれば石井妙子『女帝 小池百合子』が描いた実像など,いっさいしりもしない東京都民たち,それもミーハー的な有権者諸氏(それでもりっぱに善男・善女たち)は,なんとなしにであったとしても,それなりに自分の判断を下して,都知事選ではこの小池百合子に〈清き1票〉を捧げていたのである。

 だが,その1票1票が集まって彼女を都知事に再選させた結果,日本の政治が都政の舞台を介して,これからもさらによりいっそう悪化・堕落・腐敗・崩壊していくに違いない事態を,より確実化した,手を貸したといわざるをえない政治現象をもたらした。

 前段に紹介した『朝日新聞』「読書」欄に掲載された石井妙子著に対する書評は,字数の制約があってか,その内容が細密には伝えられていなかった。そこで,つぎの ③ に移ってとなるが,もっと詳細な書評を紹介することで,小池百合子に固有である「ピカレスクロマン(関連)的」な人間・人格性に淵源する「政治屋的な問題性」にもっと迫ってみたい。


 「幸脇啓子【書評】 陽の当たる場所へ:石井妙子著『女帝 小池百合子』」『nippon.com』2020. 06. 12https://www.nippon.com/ja/japan-topics/bg900170/

 a) 4年前の選挙で圧勝し,再選確実といわれている小池百合子東京都知事

 出馬表明を前に,カイロ大学からは突然「(小池氏の)卒業を証明する」との声明が出された。彼女はいったい,何者なのか。書かれてこなかった “なにか” に迫るノンフィクション。

 「東京アラートの発動を,決定をいたしました」。目の前のテレビで,小池百合子都知事がそう宣言していた。新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が解除されたあと後,再び感染者数が増加傾向に移った2020年6月2日のことだ。

 東京アラート……。インターネットで調べる。なるほど,注意喚起らしい。新型コロナウイルスが日本に広がり,東京の感染者が爆発的に増加するにつれて,都知事のメディア登場頻度は格段に上がった。

 記者会見をみながら,ふと思う。「小池百合子」とは,どんな人物なのか。日本に彼女の名前をしらない人は,ほとんどいないだろう。だが,政治哲学はなにか,信念はなにかと考えてみると,ほとんどわからない。

 補注)しかしいまとなっては,だいたいこの女性政治屋の素性はバレている。「本物のニセ右翼」であり,ただの保守反動であり,いたずらにプチ・ネトウヨであり,そしてなによりもオポチュニストである。と同時に,その出自・育ちに由来するらしい「人間・人格性のきわだった特性」に反映されている「一種独特のクセ:個性」には,彼女なりにその素性がよく表出されている。この点は,以下につづく文章がさらに説いている。

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 出所)「国民などは虫けらにしか過ぎない--安倍,菅,日本会議の本音」『現代謡曲集 能 エッセイ,詩,川柳などを駆使して人生を描写する現代の謡曲集,能です。』2017/07/02 14:58,http://motomasaong.blog.fc2.com/blog-entry-476.html

 カイロ大学を卒業した元テレビキャスター。日本新党自由党新進党自民党と政党を移り,都民ファーストの会を発足させた。小池百合子はどこから来て,なにをめざすのか。本書はその問いに,真正面から向き合う。読みごたえ十分。むしろ,そのへんのドラマよりよっぽど刺激的だ。

 b)   Truth is stranger than fiction.

 著者は『原節子の真実』で新潮ドキュメント賞を受賞するなど,これまでも女性の評伝を多く書いているノンフィクション作家である。膨大な資料にあたり,丹念に取材を重ね,人に会う。そして,時間のなかに埋もれていた真実に光を当ててきた。本書のように優れたノンフィクションを読むと,作家マーク・トウェインの “Truth is stranger than fiction” という言葉を思い出す。

 小池百合子を描くなかで著者が強くこだわったのが, “小池百合子” を表舞台に立たせた輝かしい学歴だ。エジプト最難関のカイロ大学を,留年せずに4年間で卒業した初の日本人。しかも首席で。

 「学生数は十万人,エジプト人でも4人にひとりは留年するという大学で,そんなことがありうるのだろうか。私にはとても信じられなかった」。著者はそう述べ,小池自身が語ってきた言葉や周囲の証言,彼女が話すアラビア語のレベルなどから,多くの矛盾を指摘する。

 そんなおり,ひとつのニュースが飛びこんできた。カイロ大学が「小池百合子氏が1976年10月にカイロ大学文学部社会学科を卒業したことを証明する」と,大使館を通じてフェイスブック上で声明を出したのだ。

 c) 本書が話題になっているこのタイミングであるから,真偽は,読者の判断に委ねるしかないが,読めば読むほど怖くなる。

 これまで手にしてきた評伝と本書が異なるのは,読んでいるうちに対象者に共感するのではなく,読めば読むほど怖くなってくるところだ。早く読みたくてページを繰るというより,つぎにどんなぞっとする出来事が起こるのか,怖いものみたさでページをめくってしまう。

 防衛大臣を務めていたさいに守屋武昌事務次官を突如更迭した経緯や,都知事就任以降,築地市場豊洲移転をめぐり,態度を二転三転させる様子。環境大臣時代に,アスベスト被害者家族に発した言葉。

 当事者の声を拾いながら丁寧に綴られたエピソードから浮かび上がるのは,「戦場でしかヒロインになれないとしって」いる彼女のしたたか,かつ,命懸けの生き様だ。

 d) 心の中で「なぜ?」の嵐が渦巻く。

 学歴の疑惑はその最たるものだろう。本当に卒業しているなら,卒業証書を公にみせればいいのに,なぜ? メディアで報じられたみずからの発言を「いってません」とあっさりと否定する。

 都知事選でかかげた公約を忘れたように,つぎからつぎへと新しいことをいう。自身を慕う人でも,自分に益がないとわかれば,あっさり切り捨て,貶める。なぜ? 普通の人間なら,常識ある大人なら,さらにいえばまっとうな政治家なら,どこかで身や心が持たなくなるだろう。

 でも彼女は違う。陽の当たる場所をみつければ,いまいる場所を振り返ることなく移り住める人なのだ。「ひたすら上だけをみて,虚と実の世界を行き来している」。著者の小池評は鋭く,恐ろしい。

 e) 書かぬことの罪。

 もうひとつ,胸に残る言葉があった。「ノンフィクション作家は,つねに二つの罪を背負うという。ひとつは書くことの罪である。もうひとつは書かぬことの罪である。後者の罪をより重く考え,私は本書を執筆した」。〔これは〕あとがきに記された文章である。

 本書を書くために,どれほど多くの取材が必要だったろうか。インタビューを依頼したものの,恐怖から口をつぐんだ人も多いとも書かれている。著者いわく「皆,『彼女を語ること』を極度に恐れているのだ」。

 エジプトで小池と暮らしていた女性は,著者に宛てた手紙の封筒に赤字で「親展」と記し,「どうか私の連絡先をマスコミの方にいわないでください。おひとりで会いに来ていただけないでしょうか」と訴えていた。

 恐れに相対し,証言を決意した人びとの気持を背負い,著者はこの本を書いたのではないか。「書かぬことの罪」,その言葉が胸に迫ってくる。

 f) 最終ページにたどりついた時,目に映る景色はきっと変わる。あなたはなにを信じるか。読む側にも,覚悟がいる本だ。(引用終わり)

 ここまで記述をしてきて,つぎのように感じるほかない論点が浮上してきた。それは,小池百合子の政治家(政治屋)としての立場については,精神分析学的・行動心理学的な見地にもとづく観察・究明がほしいということである。石井妙子『女帝 小池百合子』は事実の把握・描写による実体像の構築には成功しているものの,「なにが彼女をそうさせているのか」については,まだ解明が不十分である。さて,つぎの ④ の記述にはそうした要求に応える内容が出てくる。


  印南敦史・稿「『彼女はよくやってるよ』と人は言う。しかし本書は『本当に?』と問いかける【石井妙子『女帝 小池百合子』】」『FINDERS』2020.06.22,https://finders.me/articles.php?id=2062

※執筆者紹介※ 「いんなみ・あつし」は1962年東京都生まれ,作家・書評家。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり, 音楽雑誌の編集長を経て独立。一般誌を中心に活動したのち,2012年8月より書評を書きはじめる。

   現在は『ライフハッカー[日本版]』『東洋経済オンライン』『ニューズウィーク日本版』『マイナビニュース』『「サライ.JP』『WANI BOOKOUT』など複数のメディアに,月間40本以上の書評を寄稿。

   著書は新刊『書評の仕事』(ワニブックス plus 新書),『遅読家のための読書術』ダイヤモンド社,『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』KADOKAWA,『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』 星海社新書をはじめ,音楽関連の著書も多数。2020年6月,日本一ネットにおいて「書評執筆本数日本一」に認定。

 a)小池百合子」とは何者なのか

 程度の差こそあれ,人は誰しも「自己顕示欲」をもっている。たとえば自分を俯瞰してみても,多少はそういう部分があると感じる。ところが厄介なのは,たまにその “程度” が必要以上に過剰(にみえる)人がいること。僕も過去に何人か,そういうタイプの人と会ってきた。

 その結果として感じたのは,彼らにはいくつかの共通点があることであった。

 まず特筆すべきは,上昇志向の強さである。もちろん上昇志向をもつことそれじたいは悪いことではないが,彼らの多くは暴走しがちであり,そのため場合によっては,「自分が上に上がるためには人を蹴落とすことも辞さない」という方向に進んでしまうことがある。

 つぎに,過剰なまでの承認欲求の強さ。客観的にみれば,人は他人にそれほど関心をもたないものであるが,そういう人は,とにかく自分に視線を集めさせることに躍起になる。

 そしてもうひとつは,自己顕示欲や上昇志向の背後に儼然としてある「自己肯定感の低さ」。生育環境などに関して過度なコンプレックスを抱いており,なかなかそこから抜け出せないため,「自分が!  自分が!」とアピールすることで “みたくないもの” , “認めたくないこと” から目を逸させようとしているようにも映る。

 他人はそういうことをすぐ見抜いてしまうものだが,当人は,周囲をうまく操っていると信じて疑わないのかもしれず,むしろそれが原動力になる場合もある。たとえば,そのいい例が,いろいろ物議を醸している東京都知事小池百合子氏であった。

 b) 少し前,ストリート・アーティストのバンクシーが描いたのではないかと推測される作品を前に,小池氏が市松模様の派手な服装でポーズをとる写真が炎上した。ああいうことを恥ずかしげもなくやってしまえるところに,彼女の(勘違いを含む)承認欲求の強さが明確に現われていた。

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 非常に洗練されていないのだけれど,そんな泥くささに自分だけが気づいていないという,そういう悲惨さが彼女にはある。しかしそんな彼女は,よくも悪くも政治家向きの性格だなと感じる。4年前の公約「7つのゼロ」をほとんど達成できていない〔正確にいうと全部〕という時点で失格だが,あくまで性格的な意味で……。

 いつだったか,敵対する議員と鉢合わせになった小池氏が相手に満面の笑みを浮かべるシーンをテレビで観たことがあった。相手が誰だったかも忘れてしまったが,その時「なるほど,この人は,この作り笑顔で世の中を渡り歩いて来たのだな」と感じたことだけは鮮明に記憶している。

 c) だからこそ,石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋)にもいろいろな意味で納得できた。その作り笑顔同様に,彼女の道のりが嘘で固められていたことが分かり,そこに強く納得できた。

 芦屋出身というところから,彼女のイメージはかたちづくられていった。本人も芦屋を最大限に利用した。雑誌の取材などで「私が芦屋令嬢だったころ」といくどとなく語っている。

 芦屋に生まれ何不自由なく育ったが,父親が有名政治家のタニマチになったあげく,衆議院選に出馬して落選。それがもとで家が没落した,というのが彼女の好む,彼女の「物語」のはじまりである(17頁)。

 著者は実際に芦屋を歩いてみた結果,「富めるものは富み,貧しいものは貧しい。階級の差が,私のような外から来た者にもあからさまに伝わってくる」場所であると感想を述べている。つまり,お金持ちだけが暮らしている高級住宅地ではなく,貧富の差が露わになった地域だということ。

 上をみれば,そこには煌めくような世界が広がっている。たくさんの使用人にかしずかれて暮らす同級生がいる。下をみればまた,そこには最低限の暮らしを強いられ,陋屋(ろうおく)に暮らす人びとの世界がある。小池家の暮らし向きは,その中間にあった(31頁)。

 なお小池氏は父親について,有名政治家のタニマチになったあげく,衆議院議員選挙で落選したために家が没落したという「物語」を好んで口にしていたが,実際にはそうではなかった。とにかく成功している人,社会的に著名な人のもとに押しかけ,縁を結んで取り立ててもらおうとしてきた。

 彼〔父〕が理想とする人物は,豊臣秀吉だった。 (中略)  出世したい,偉くなりたい,有名になりたい。それには秀吉のように,とにかくまずは偉い人としりあうことだと考えていた(35頁)。

 これは,さしたる信念ももたないまま「政界渡り鳥」として自分の名声だけを重視して歩みつづけてきた,小池百合子という人物の生き方そのものではないか? 血は争えないというべきか。

 d) いずれにしても,嘘を吐きつづける過程でその嘘を信じ切り,それを原動力として生きてきた感もある小池氏の価値観は,おそらくそうした家庭環境によって形成されたものといえる。本書を読むと,そのことがよく分かる。

 補注)「嘘を吐きつづける」という表現は,国政の最高責任者にもよりよく妥当する形容であった。こちらさんになると,彼が「息するこの息そのものがすべてウソだ」とまで断定されるほどだから,小池百合子のほうはそれなりにまだいくらかはマシなのかもしれない。結局はどっちもどっちであった。それよりも問題は,日本国の総理大臣がその男なのであり,東京都の知事がその女なのであるという事実そのものにあった。

 カイロ大学卒業の是非をめぐる「学歴詐称疑惑」については,駐日エジプト大使館がが先ごろ「小池氏が1976年に卒業したことを証明する」という大学側の声明を出した。さらに彼女が保有する卒業証書の原本も公開された。

 だが,そもそも1982年に出版された小池氏初の著書『振り袖,ピラミッドを登る』(講談社)は,自身が「1年留年した」ということを記しており,そもそも「1976年卒業」の辻褄が合わないという指摘がある。

 また同書では,カイロ滞在時代の元同居人や,当時交流のあった商社マン・マスコミ関係者などへの取材,「話者が小池氏である」ということを伏せてネイティブにアラビア語能力を問うた検証などを重ね,「現地トップ大学の卒業に足りる能力をもちえていたのかは,かなり怪しい」という証言を集めています。ただ今後は「大学の声明が虚偽である」という証拠を手に入れないかぎり,その主張を崩すのはむずかしくなった。

 しかし,だからといって小池氏に関するすべての嘘がチャラになったというわけではない。なぜなら著者も指摘しているように,彼女の人生には発言と行動の間に辻褄の合わないことが多すぎるからであり,カイロ大の問題だけではない

 e) なお本書については,見逃すべきではない点がある。ノンフィクション作家としての著者の技量が,とても優れているということ。推測や感情に流れることなく綿密な取材を重ね,膨大な資料をとことん読みこんでいる。

 重要なポイントは,その結果,小池百合子という人の人間性の問題が生々しく,(ちょっと嫌な気分になってしまうほど)浮き彫りになっていることにある。たとえば個人的には,2つのエピソードが特に印象に残った。

 ★-1 まずひとつは,1995年の阪神淡路大震災被災者に対する冷たい態度。

 ★-2 「あったー,私のバッグ。拉致されたかと思った」という発言。

 本人は「自分は地震をしった時,いち早く現地入りした」とマスコミで語り,当時の村山富市首相の判断が鈍かったから被害が大きくなったと,繰り返し社民党を批判しました。ところが被災者や地方議員の間では,小池氏は「なにもしてくれなかった国会議員」として記憶されていたす。

 たとえば,強烈なのはつぎのエピソードである(これは★-1)。

 震災からだいぶ経っても,被災者の厳しい現状は変わらず,芦屋の女性たちが1996年,数人で議員会館に小池を訪ねたことがあった。

 

 窮状を必死に伝える彼女たちに対して,小池は指にマニキュアを塗りながら応じた。一度として顔を上げることがなかった。女性たちは,小池のこの態度に驚きながらも,なんとか味方になってもらおうと言葉を重ねた。

 

 ところが,小池はすべての指にマニキュアを塗り終えると指先に息を吹きかけ,こう告げたという。「もうマニキュア,塗り終わったから帰ってくれます? 私,選挙区変わったし」。女性たちは,あまりのことに驚き,大きなショックを受けた。

 

 テレビや選挙時に街頭で見る小池と,目の前にいる小池とのギャップ。小池の部屋を出た彼女たちは別の国会議員の部屋になだれこむと,その場で号泣した(214-251頁)。

  さきごろ小池氏は東京都知事選に立候補を表明したが,その選挙活動の背後では,またこうした問題が生まれることになるのか? そんなことを考えずにはいられなくなるほど,小池氏の“二面性”は気になる。

 もうひとつ,北朝鮮拉致問題を利用した件(これは★-2)についても同じことがいえる。2002年9月17日に小泉純一郎総理(当時)が北朝鮮を訪問した結果,拉致被害者の「5名生存,8名死亡」という悲しい情報が伝えられた時のことであった。

 記者会見で,先ごろ亡くなった横田めぐみさんの父,滋さんが言葉を詰まらせる場面は,多くの人の心を打った。そしてこのとき,横田夫妻の真後ろで涙を拭う小池氏の姿も映し出されていた(YouTubeで確認できる)。

 だが,テレビが報じたのはそこまでだった。会見が終わると取材陣も政治家も慌ただしく引き揚げてしまい,部屋には被害者家族と関係者だけが残され,大きな悲しみに包まれていた。するとそこへ,いったんは退出した小池が足音を立てて,慌ただしく駆けこんできた。彼女は大声を上げた。

 「私のバッグ。私のバッグがないのよっ」。部屋の片隅にそれをみつけると,横田夫妻もいる部屋で彼女は叫んだ。「あったー,私のバッグ。拉致されたかと思った」。

 この発言を会場で耳にした拉致被害者家族の蓮池 透は,「あれ以来,彼女のことは信用していない」と2018年8月22日,自身のツイッターで明かしている(226-227頁)。

 こうした信じがたい事実が,本書では続々と明かされている。とはいえ読者は,ただ闇雲に非難しているわけではない。なぜなら著者は,さまざまな証言をもとに,ファクト(事実)を丹念に積み重ねているからこそ,読み手を納得させる。

 f) だから全面的に賛同するのであるが,そういうことよりも〔さらに〕気になってしまったのは,やはり小池氏の「生き方」である。余計なお節介に過ぎないけれども,冒頭に書いたような自己顕示欲や承認欲求を満たすことができさえすれば,それで満足できるのだろうか? やはり,そんな疑問を感じてしまう。

 もし自分だとしたら,いつかは嘘まみれの生き方に嫌気が差してしまうのではないだろうか……? そう考えたりもするのだが,そういう甘っちょろいことを考えているようでは,政治の世界で名を上げることなどできないのかもしれない。(引用終わり)

 石井妙子『女帝 小池百合子』の感想文として,印南敦史が公表したこの書評は,これはこれでたいへん参考になる。だが,問題はこのような政治屋小池百合子がどうして,日本の政界を “だいたいにおいて” は上手に渡り歩くことができていたのかという疑問が残っていた。この点に関する分析は,最近また関連する新しい本が公刊されているゆえ,徐々に鮮明になっていく部分・領域が広がるものと期待したい。

 とはいっても,現実に小池百合子(1952年7月15日生まれで現在,満68歳)が日本の政治そのものを “都政の次元” から完全に劣化・腐敗させてきた現状は,国政の次元におて安倍晋三が犯してきた実績と比較されてもよいほど,非常にまずい・悪い材料を提供しつづけてきた。

 「三つ子の魂百まで」というが,小池百合子の場合は「生まれ」というよりも,どちらかというと「育ちの面」で,安倍晋三の場合は「生まれ」そのものからして,それぞれが日本の政治を倒壊ないしは溶融する役目を,分業的=協働的に,存分に果たしてきた。問題は,都民や国民たちの生活や権利(経済と政治,繁栄と安定)が「彼女や彼」の担当してきたこれまでの為政では,なにひとつ良くはなっていなかった事実にみいだせる。

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