朝鮮学校の存在を応援する田中 宏,その迷路的な北朝鮮支持のイデオロギーの立場は不徹底,日本国内の人道主義問題に目がくらみ「北朝鮮の金王朝支持」であるかのような思考方式

 朝鮮総連を忖度・支援する日本人識者応援団,その北朝鮮向けチア・リーダー・ボーイ的な役目の意味,朝鮮学校が「日本の宝・在日の宝」などと賛美できる教条的イデオロギーのめでたさは,いかほどか?

 田中 宏は現在,公益財団法人朝鮮奨学会で,「朝鮮」側の利益を代弁する評議員の1人を務めているが,「自身の立つ客観的な位置」をまだ理解できていない「北朝鮮支持者」〔にならざるをえない信条・立場〕なのか


   要点:1 朝鮮学校が「日本の宝・在日の宝だ」という迷論・珍説の極楽トンボ性

   要点:2 そのように主張できる田中 宏(一橋大学名誉教授)は「北朝鮮の宝・朝鮮総連の宝」か


 『朝鮮新報』の2020年2月26日の記事

 在日本朝鮮人総聯合会朝鮮総連)の機関紙である『朝鮮新報』の2020年2月26日,https://www.chosonsinbo.com/jp/2020/02/khj-87/  に,「『朝鮮学校は日本の宝』/第21回日朝教育シンポ,群馬初中で」という記事が掲載されていた。この記事を次段に紹介する。

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 第21回日朝教育シンポジウム「新しい姿~つなぐ~」が〔2020年2月〕16日,群馬初中でおこなわわれた。日本教職員組合日教組),在日本朝鮮人教職員同盟(教職同),日本朝鮮学術教育交流協会,現地実行委員会が共催。各地の朝・日教育関係者,学校関係者など約180人が参加した。

 午前には授業参観がおこなわれた。午前にはまず授業参観がおこなわれ,群馬初中の教員たちによる授業が公開された。つづいて全体会がおこなわれ,実行委構成団体を代表して日朝学術教育交流協会の藤野正和会長があいさつした。

 藤野会長は高校無償化や幼保無償化の問題に言及し「朝鮮学校をめぐる状況は大変厳しい」と指摘したうえで,「日本に朝鮮学校が存在することは日本の宝。そのことをもっと広範な日本の人たちに訴えていかなければならない」と訴えた。

 そして田中 宏・一橋大学名誉教授は「民族教育を考える-朝鮮学校は在日の宝,日本の宝-」をテーマに講演した。同シンポは日本教職員組合,在日本朝鮮人教職員同盟,日本朝鮮学術教育交流協会,現地実行委員会が共催した。(引用終わり)

 この ① の記事は全文(『朝鮮新報』の)は,購読者になってログインしないと読めない後半の段落があったが,② の在日本大韓民団(民団)が発行する機関紙のほうに,その ① の記事すべてが紹介されていたので,こちらから参照・引用できる。

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  出所)http://sdp-shizuoka.com/data/05/05-17.html

 ② に進む前に,田中 宏という人物の案内が必要である。ウィキペディアに記述されている人物紹介から,以下のように引用しておく。経歴と主張を聞いておきたい。

 田中 宏(たなか・ひろし,1937年2月9日- )は,日本の経済史者,一橋大学名誉教授,龍谷大学安重根東洋平和研究センター客員研究員。定住外国人地方参政権を実現させる日・韓・在日ネットワーク共同代表,東京弁護士会人権賞,日本平和学会平和研究奨励賞受賞。

 1) 主な経歴はつぎのとおりである。

 1960年 東京外国語大学国学科卒業
 1963年 一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了(東洋経済史専攻)
 1972年 愛知県立大学国語学部講師
 1973年 愛知県立大学国語学助教
 1982年 愛知県立大学国語学部教授
 1993年 一橋大学社会学部教授
 2000年3月 一橋大学定年退官
 2000年4月 龍谷大学経済学部特別任用教授就任,一橋大学名誉教授
 2009年3月 龍谷大学退職

  なお,冒頭で触れたように田中は,公益財団法人朝鮮奨学会で朝鮮(北朝鮮朝鮮総連)側から支持・推薦された評議員の1人になっている。

 2) とくに,在日韓国人参政権を実現するため,内海愛子らと定住外国人地方参政権を実現させる日・韓・在日ネットワークを結成して共同代表になる。在日本大韓民国民団などと協力して積極的に活動をしている。2004年3月に東京弁護士会から活動を認められ,東京弁護士会人権賞を受賞。2017年には第6回日本平和学会平和研究奨励賞を受賞。最近では,日本による対韓輸出優遇撤廃に反対する,「〈声明〉韓国は『敵』なのか」呼びかけ人の1人。

 補注1)内海愛子(1941年生まれ)も田中 宏と同じ立場・思想(イデオロギー)の傾向をもって,財団法人朝鮮奨学会で「朝鮮側の評議員」を長く努めていたが,いまは去っている。

 補注2)在日・定住外国人地方参政権の問題は,「在日」関連の法曹専門家のあいだでは,必らずしも意見の一致があるわけではない。要は,「日本国籍」をもたない在日韓国人地方参政権の問題は,敗戦後史の経緯も深くかかわる論点になっているものの,基本において議論する方向性に錯誤があるとしかいいようがない。問題の焦点は,サンフランシスコ講和条約が発効したさい,在日・定住外国人としての主に「韓国・朝鮮人」から,それも法務省の一局長の通達によって,彼らの旧日本国籍を剥奪したことが問題を複雑にする主因として残されていた。

〔記事・本文に戻る→〕 1952年,サンフランシスコ講和条約発効にしたがい,日本が国家主権を回復すると同時に,日本領土の最終画定に伴う朝鮮の独立を承認していた。これにともない日本政府は「朝鮮人講和条約発効の日をもって日本国籍を喪失した外国人となる」という『通達』を出し,旧植民地出身者は名実ともに日本国籍を失った。

 前段の,歴史的な経緯・事実ともからむ問題は,のちになって,在日・定住外国人(想定としては韓国籍が中心対象)をめぐって容易ならぬ課題を投じてきた。この問題の基盤には,日本側には韓国・朝鮮に対する差別観が根強く張っているだけに,旧宗主国として植民地出身の人びとの「戦前・戦中・戦後における日本在住歴」を,ハナから「国際法上看過できない事実」として一顧だにする気すらがなかった点,いいかえれば,根っからの隣国に対する偏見意識が,問題の根本的な解決(解消)にとって障害物になっていた。

 3) 2005年10月20日,「東京朝鮮第二初級学校土地問題裁判」の学校側弁護団は,田中 宏の意見書を東京地裁に提出。意見書は「都の要求は児童が受けている『民族性を備えた普通教育』の機会を奪うこと」と述べては,以下のように主張している。

  在日朝鮮人の言葉を奪ったことに対し,日本政府は「原状回復」として民族教育を保障しなければならない。

  地方自治体は朝鮮学校の教育のもつ公益性に着目して補助をおこなっている。

  外国人学校における教育は「普通教育」として認知が進んでいる。

  日本は国際人権諸条約を批准しており,「すべての者」の「教育への権利」を保障しなければならない。

 田中 宏は2007年9月17日,福岡市内で開催された「在日コリアン無年金訴訟」の決起集会において講演をおこない,以下の主張をしていた。

 すなわち,「年金など社会保障の責任は国籍の属する本国が負うべし,という裁判所の理屈には矛盾がある」と主張し,「海外に住む日本人に対し,日本政府は年金を支払っていないではないか」と,原告が敗訴している京都と大阪で起こされた同様の訴訟の判決を批判した。

 しかし,この批判は事実と異なっていた。日本国籍があれば在外邦人でも,任意で国民年金に加入して年金保険料を一定期間以上を納めつづければ,納付期間に応じた年金を需給できる。厚生年金と共済年金にも加入して掛け金を納めていれば受給できる。実際に年金受給者では,セカンドライフをマレーシア,ベトナム,フィリピンなどの物価が安い海外で暮らす海外移住している者もいる。

 田中 宏が在日韓国・朝鮮人の「生活と人権の問題」の改善と向上に対して貢献してきた経歴は,十分に評価すべきものがある。とはいえ,とりわけ朝鮮総連側の諸問題についてまでも無条件に支援する基本的な姿勢は,かえって彼ら(朝鮮総連側)をいたずらに増長させる効果,もちろんその「朝鮮にとっても・日本にとっても」「負のそれ」を助成する顛末になっていた。

 要は,田中 宏は,在日韓国・朝鮮人問題のなかに遍在する共通の問題と,民団(在日本大韓民国民団)と朝鮮総連在日本朝鮮人総聯合会)とのあいだにさらに介在するそれぞれに明確な差違をもたらす要因を,まったくわきまえずに運動をすることがあった。なかでも,その結果がなにをもたらしているかについては,まさか田中がよくしらないとは思いたくないが,そうではなかったところに,この人物の難点が集約的に表現されていた。

 そのあたりの問題をめぐっては,① にとりあげた『朝鮮新報』紙の記事を,『民団新聞』が批判している特集記事があったので,これを次項 ③ に紹介して理解の助けにしたい。こちらを読んでみた人が,いったいどのように感じるか。少し長い記事だが,全文を参照する。


 「〈寄稿〉韓国戦争から70年…朝鮮学校歴史教科書の記述を斬る・下-韓国『進歩派』人士のトンデモ発言-」『民団新聞』2020年7月15日,https://www.mindan.org/news/mindan_news_view.php?cate=7&page=1&number=26232&keyfield=&keyfield1=&key=

 a) 誤った歴史刷りこむ

 朝総連の「民族教育」の頂点にある朝鮮大学校の朴 三石教授は,『知っていますか,朝鮮学校』(岩波ブックレット,2012年)で,朝鮮学校の朝鮮歴史教科書の特徴として,

  「日本にありながらも朝鮮半島の北と南,海外にいる朝鮮民族が読んでも理解できる『民族統一教科書』をめざして記述されていることである」,

  「朝鮮学校の『民族統一教科書』をめざした記述は,南北の和解と民族統一へ向けた歴史認識の基礎と土台を固めていくことに貢献する可能性をもった教科書なのである」

などと説明していた。

 だが,当時も現在も,そのような教科書でないことは,現物を読んでみるならば明らかだ。朝鮮高級学校の教科書『現代朝鮮歴史高級1』,『現代朝鮮歴史高級2』,『現代朝鮮歴史高級3』の全訳日本語本(「星への歩み出版」発行)参照。

 補注)この程度のあからさまなウソ「性」は,朝鮮総連側の人びとであれば,常識以前のあたりまえの「基本前提的な思想そのもの」であり,それこそまったく朝飯前みたいな,日常茶飯事的な常套句である。

 たとえば,『現代朝鮮歴史高級1』(1945年8月~1953年7月)では,1945年8月の北韓地域の解放がソ連の軍事力によってなされ,軍政がおこなわれたこと,金 日成はソ連スターリン)のお眼鏡にかない指導者となったことなどを隠し,金 日成が日本軍を降伏させ祖国を解放・凱旋したかのように教えている。そして,……「朝鮮戦争」に関する責任転嫁と金 日成神格化のための歴史歪曲とねつ造がおこなわれている。

 『高級2』(1953年8月~1980年)では,1968年1月23日の元山沖での「米軍情報収集艦プエブロ号拿捕」を写真まで掲載して教えているが,その2日前の1月21日の「青瓦台襲撃ゲリラ事件」(北韓が朴 正煕大統領暗殺のために特殊軍部隊31人を遊撃隊に仕立てて南派させたが,大統領官邸・青瓦台の裏にある北漢山の麓の道まで侵入したところ,検問を受けて銃撃戦となった。2日間にわたる戦闘の結果,27人が死亡,1人が逮捕され,3人が逃走した。韓国側は民間人を含め68人が死亡,66人が負傷した)には頬かぶりを決めている。

 事件当時,北韓は「南朝鮮武装人員の英雄的で愛国的革命闘争」だと主張していた。北韓は,この年の11月には韓国東海岸の蔚珍郡と三陟郡地域に120人をこえる武装ゲリラを浸透させ,活動拠点を設けようとして失敗(2人の捕虜を残し全滅)。この時も「南朝鮮武装遊撃隊の愛国的決起」だと喧伝し,ゲリラ隊員の遺体を引き取らなかった。

 補注)1968年1月21・22日の,北朝鮮ゲリラによる朴大統領暗殺未遂事件で捕縛された2人のうち1人,金 新朝が韓国では有名である。ここでは関連する画像を2点紹介しておく。左の写真は,生きて捕縛されたときの金 新朝である。右の写真は,比較的最近のものと思われるが,金王朝・封建思想の「洗脳がすっかり解かれ,韓国社会で生きてきた」金の表情を撮している。

 

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  出所)https://zoot.blue/news20171122-1/

 『高級3』(1980年~2002年)では,金 日成・金 正日親子が1983年10月にビルマを訪問中の全 斗煥大統領を狙って決行したラングーン爆弾テロ事件(閣僚4人を含む韓国高官17人死亡,ビルマ人4人死亡・47人負傷)への言及はない。当時ビルマ政府は犯人として北韓軍人2人を逮捕。ビルマ北韓に抗議し外交関係を断絶した。

 だが,北韓は,いまだに同事件を全 斗煥大統領の自作自演だと強弁している。そして,「1988年ソウル・オリンピック」妨害のために実行した,「朝鮮戦争」休戦以後最大の対南テロであり同胞虐殺事件である1987年11月の大韓航空機爆破事件(乗客・乗員115人全員死亡)については「南朝鮮旅客機失踪事件」と称し,「南朝鮮当局」による「でっち上げ」で,「大々的な『反共和国』騒動を繰り広げた」などと記述し,まったく恥じるところがない。

 補注)北朝鮮側がいつも「でっち上げ」だとして反発する諸事件,もちろん金親子が命令・指揮して起こしてきた韓国側に対するテロ事件の数々については,この紋切型(ワンパターン)の反論しか出てこない。「彼らのいいぶん」そのものこそが,つねにデッチ上げでありつづけてきたので,ほとんどお笑い的でしかありえない “強弁の行使” が,いわば習慣病的に繰り出されてきた。

 なかでも非常に珍しかった1件となっていたのが,日本人拉致問題に対して息子の金 正日が小泉純一郎に対して一言だけ,「部下たちが勝手にやったことだ」といって謝っていた件(2002年9月17日の日朝首脳会談において)は,その意味では画期的にかつ決定的に異なって,唯一披露された「北朝鮮側のひとまずはすなおな態度」であった。

 だが,その見返りに日本からえようとしていた経済援助は,いまだに実現していない。なにせ,いまの日本の首相は “北朝鮮大嫌いの安倍晋三君” である。もっとも,この「世襲3代目のお▲カ政治屋」としてのボンボン総理大臣は,いままで,外交面でなにかを成功裏に成果を上げたという記録は残せていなかった。なかんずく,外交というものは『好き嫌いの度合』で従事する国家的業務ではない。

〔記事に戻る→〕 金 日成絶対化と金 日成王朝体制無条件擁護のために,歴史を都合よく改ざんし,嘘で塗り固めた朝鮮学校歴史教科書は,在日同胞にとってはもとより,南北の相互理解・融和を通じた民主・先進化統一推進にとっても百害無益であり,速やかに破棄されなければならない。民主体制と真逆な全体主義体制(金 日成王朝)への無条件擁護・支持を促す教育に対しては,その廃止を求めこそすれ,礼賛して支えるようなことがあってはならない。

 補注1)北朝鮮応援団員の1人になっている田中 宏が,このような朝鮮(朝鮮総連)側に固有である固陋な問題点を意識的にとりあげたりして,そのうえで批判することはない。そこには,意図の有無はさておき,田中流に表現された “えこひいき的な不均衡意識” が隠されている。朝鮮側の単なる応援団員の1人に終始してきた彼の姿は,知識人としての公正さ・公平さというものを感じさせない。

 ちなみに,現状において北朝鮮(日本では朝鮮総連)側「所属」を表示すると判断してよい「朝鮮」籍の保有者は3万人を割りこんでいる(2019年6月現在で2万8975人)。しかも,この人数はさらに漸減していく。ちなみに,韓国籍は45万1543人である。いずれのなかにも「特別永住という在留資格」をもつ者が多く含まれている(韓国籍のうち28万5753人,朝鮮籍のうち2万8393人)。

 補注2)なお付言しておくが,「韓国」籍であっても実体は「朝鮮」籍の政治意識である人びと,いいかえれば朝鮮総連の支持者が相当数,韓国籍には含まれているはずだが,その統計的な実数は確認のしようがないゆえ,ここではその指摘だけに留める。

 b) 機関紙を通じて喧伝

 朝総連の機関紙『朝鮮新報』(2月19日付)は「民族教育は真の統一教育 / 南地域教員たちが見たウリハッキョ」との大きな見出しで,2月6日から9日に日本を訪問し,関東の朝鮮学校を訪れた韓国の「ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会第14回訪問団」の話を紹介した。

 そのなかでソウルの小学校教員の「子どもたちに自分たちがわが民族の一員であることを教えてあげる朝鮮学校の教育こそ真の統一教育だ」という言葉を伝えた。また3月4日付では「取材ノート」欄で「朝鮮学校の先生たちは,統一について堂々と教えていました。そして子どもたちも胸を張って学んでいました。統一祖国の主人公になると,思い切り歌っていました。本当にうらやましいです」との第14回訪問団の「とある南の教師の話」を紹介している。

 『朝鮮新報』は,これまでも「ウリハッキョは,在日だけの宝物ではなく,南と北の宝物であり,世界の平和を愛する多くの人びとの大切な宝物」(映画監督),「民族の国宝1号は朝鮮学校だ」(6・15共同宣言実践南側委員会常任代表)などと,朝鮮学校を訪問した韓国の「進歩・統一運動」団体幹部・人士らの言葉を引用・紹介してきた。こうした人びとは,朝総連の「民族教育」が北韓世襲独裁の指導のもとに進められている「金 日成民族教育」であることを承知のうえで,絶賛し,継続支援を呼びかけているのだろうか。

 朝総連は,北韓を「南北すべての人民の総意によって建設された唯一正当な主権国家,唯一の祖国」と定め,「すべての同胞を『共和国』のまわりに総結集させる」ことを使命としている。朝総連の強調する「自主統一」とは「金 日成王朝下統一」にほかならない。

 朝総連中央の許 宗萬議長は,2018年5月の朝総連第24回全体大会(4年に1回開催)でも,「金 正恩様を全同胞(民族)の希望の中心」として「天地の果てまで戴き仕え」「敬愛する元帥様(金 正恩)だけを信じて従う」ことを呼びかけている。

 補注)隣国のこうした国家最高指導者の無条件神格化を,はたして,日本国側は笑っていられるか? 75年前までの日本も,いまの北朝鮮に似ていた(先例である?)。最近の「安倍1強〔凶・狂〕」政権は,戦後レジームからの脱却」を叫び,「戦前回帰」を念願していたのだから,あちらさんの “よりモダーンな縮小版” といえなくもない。ともかく,かなり相似形的にも似ていた。もっとも,最近における安倍晋三君はさっぱり冴えない様子に落ちこんでいて,そうは問屋が卸さない様相になっているが……。

 許 宗萬議長は,最近も「われわれ在日同胞は,祖国人民たちとまったく同じ金 日成民族の一員だ」とあらためて表明している(5月24日付朝鮮労働党機関紙『労働新聞』に掲載された許議長の長文「総連結成65周年 絶世の偉人たちと結んだ血縁の情は総連の永遠な生命線です」=5月29日付『朝鮮新報』)。

 また,南 昇祐総連中央副議長は,6月10日発表の「談話」で「たとえ異国の地に暮らしても共和国の最高尊厳と体制を中傷冒涜する者たちを絶対に容赦しないというのが,白頭山偉人たちを民族の親として高く奉り,愛族愛国一筋に歩んできた総連の働き手と同胞たちの変わらない意志だ」と強調している。

 ちなみに,北韓において憲法よりも上位にある「朝鮮労働党規約」はその「序文」で「当面の目的は共和国北半部で社会主義強盛大国を建設し,全国的な範囲で民族解放,民主主義革命を遂行するところにあり,最終的には全社会を主体思想(金 日成・金 正日主義)化するところにある」と明記。

 「南朝鮮米帝の侵略武力を追い出し,あらゆる外部勢力の支配と干渉を終わらせ,(略)わが民族同士で力を合わせ,自主,平和統一,民族大団結の原則で祖国を統一し,国と民族の統一的発展を成し遂げるために闘争する」と,「南朝鮮解放=吸収統一」すなわち「金日成王朝下統一」の推進・実現をうたっている。

 金 正恩委員長は,2018年の文 在寅大統領との南北首脳会談後も,このような対南統一路線を転換することなく堅持している。

 c) 絶賛「真の統一教育」

 朝総連の推進している「金 日成民族教育」を「在日同胞の望んでいる真の民族教育」であり,「南北の架け橋となり統一推進にも寄与しうる」「真の統一教育」などと,本当に信じて称賛しているのだろうか。そうであれば,その理由・根拠をぜひ聞きたい。そもそも,きたるべき「南北統一国家」の姿をどのように描いているのか,しりたい。

 なお,『朝鮮新報』2月28日付日本語面トップ「朝鮮学校は日本の宝」によると,2月20日に群馬朝鮮初中級学校でおこなわれた第21回日朝教育シンポジウムで藤野正和・日本朝鮮学術教育交流協会会長は,全体会あいさつで「日本に朝鮮学校が存在することは日本の宝。そのことをもっと広範な日本の人たちに訴えていかなければならない」と呼びかけた。

 そして田中 宏・一橋大学名誉教授は「民族教育を考える ー朝鮮学校は在日の宝,日本の宝ー」をテーマに講演した。同シンポは日本教職員組合,在日本朝鮮人教職員同盟,日本朝鮮学術教育交流協会,現地実行委員会が共催した。(引用終わり)

 註記) 以上,朴 容正(元民団新聞編集委員)・稿

 田中 宏は人道問題,生活と権利の問題として,朝鮮総連側の権益などを擁護するための活動を,それも長期間,熱心にとりくんできた。だが,以上のごとき「北朝鮮政治問題」と距離を置けるような立場に居て,そうした一連の問題にとりくんでいられたとは,とても思えない。

 この必然的な結果としてなにが起きていたかといえば,田中 宏もまた「金 日成民族教育」を「在日同胞の望んでいる真の民族教育」であり,「南北の架け橋となり統一推進にも寄与しうる」「真の統一教育」などと信じており,しかも加担・称賛してきた断定されて,一言も抗弁できない。つまり,いうなれば,先方の「それ:政治イデオロギー」と当方の「これ:人権問題」とがけっして別々の問題ではありえない進路を,これまでの田中はおかまいなく,一生懸命に歩んできた。

 人道の見地,人権のあり方,そうした価値観の尊重・獲得もたいそう大事な任務・仕事である点に変わりはない。しかしながら,先方の「それ」と当方の「これ」との関連問題としてみるとしたら,絶対的には分離も別置もできない「北朝鮮味の政治・イデオロギー問題」にまで,実質においては深く関与せざるをえなかったのが,田中 宏「自身の立場」でもあった。

 実際のところ,田中 宏がくだんの「金 日成民族教育」の本性である「反民族的な逆理性的な根源」を,もしも本当にしらなかった,あるいは関心をもたなかったのだとしたら(もっともこの理解はありえないものと思われるが),それこそ「いい面の皮」だったと指弾されていい。田中は,そういわれても仕方のない仕事に従事してきたと観察されてよい。

 以上の指摘は,田中 宏の運動家としての存在価値を認知しつつも,かえって逆説的だというまでもなく,相当にきびしく批判されてよいところに生じていた,それも「田中自身の人生行路」のなかに,いつもつきまとってきた《政治的な脇の甘さ》であった。日本の知識人によくある積弊,つまり「善意という道のその先にみえているモノ」が,なぜか,よくみえていなかった(あるいはみようとはしていなかった)特徴が,彼の場合にあっても典型的に表出されている。

 「地獄への道は善意で舗装されている」といわれるが,この意味をいいかえると,「悪事または悪意は,善意によって隠されているものだ」という含意にかかわる問題になっていた。あるいはまた,「善意でなされた行為であったとしても,その実行により意図せざる結果が招かれる」という不可避の随伴的効果に無関心であった問題も示唆されていた。

 その種の実例を上げておくとすれば,「日本と北朝鮮との合作問題」としての在日朝鮮人の「北朝鮮への帰国問題」,これを韓国風にいえば「北送」問題があった。この問題に協力した善意の人びと,いわば彼らの善行が残した「のちに残された現実的な深刻な問題」の発生をよく表現するものが,北朝鮮からの「脱北者」という人びとの存在であった。

 ところでが,その脱北者という特定集団のなかには,元在日として北朝鮮に「帰国した」〔とはいっても圧倒的に大部分の人たちの故郷:地方(出身地)は韓国であったが〕「人びと」も含まれていた。彼らは,わざわざ「あちら(北)」へ「送られた人びと」だったと形容したほうが適切な「存在」であった。

 以上の問題は,田中 宏が直接によくあつかいうる問題とはなっていなかった。それでいて,「金 日成民族教育」をそのまま許す見地も客観的には許容し保持するほかない立場で,換言するならば,とうてい “観過できない大きな矛盾” をかかえている状態で,今日まで活動してきた。

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