韓国学校は気に入らないが,フランス学校ならよいのか? 都立高校跡地を利用する第2の韓国学校設置問題
1世紀半もの伝統を誇る隣国差別の政治精神が,現在の庶民的な嫌韓意識にまでつながっているのか
お尻の穴の小さいところをはしなくもみせたヤマト民族だが,欧米系の《民族》学校ならば「無条件にウェルカム」?
(2016年4月8日)
【要 点】 桝添要一・前東京都知事が推進してきた都立高校跡地を利用する第2の韓国学校設置が,小池百合子・現都知事になるや潰えた件
本記述に先行した文章がある。こちらを先に読んでもらったらいいと思い,リンク先を示しておく。
①「都立高跡地が第2韓学に?-知事表明 地元住民も歓迎-」『統一日報』
1)記事本文
東京都が,新宿区内にある元都立高校の敷地を韓国政府に有償貸与する方針を発表した。韓国側が求めていた都内での「第2韓国学校」設立に向けた大きな一歩だ。都が貸与の方針を決めたことで,東京韓国学校側との交渉は本格化しそうだ。
一方で,都有地の貸与には反対の声もある。反対派の主張は,「韓国人学校を作るなら保育所を作ってほしい」というものだ。舛添要一知事は,一部の反対の声に対して譲歩しない姿勢を堅持している。都立校跡地周辺の住民らの話を聞いた。
補注)「元都立高校の敷地を韓国政府に有償貸与」という点と「保育所を作ってほしい」という点とは,ただちに関連づけられる性質の問題同士ではない。この問題点の説明は,後段の記述において関説してするので,ここではそのような性格の問題があるとだけ指摘しておく。
※ 一部で反対運動も ※ 東京都は〔2016〕年3月16日,都立市ケ谷商業高校の跡地を韓国政府に有償貸与する方針を明らかにした。2014年7月に舛添知事が訪韓したさい,朴 槿惠大統領から協力を頼まれ,昨〔2015〕年11月に駐日韓国大使から都に具体的な要請があったという。
都が計画を発表した翌日,抗議の電話やメールが300件ほど寄せられた。〔2016年〕3月25日には都庁前で反対デモがおこなわれた。跡地を韓国人学校ではなく,保育所にすべきとの主張だった。舛添知事は同日,計画を予定どおりに推進していく方針を強調した。反対の声に対しても,一定の反対があるのは仕方がないという姿勢だ。
東京韓国学校は,周辺の韓国人人口の増加などにともない,長年定員いっぱいの状態が続いている。初等部から高等部まで,各学年120人が学ぶが,入学を希望しても入れない児童・生徒は毎年のように発生している。
学校側は,都内に「第2韓国学校」を設立すべく,各所と水面下で候補地の選定や交渉をおこなってきた。一時期は東京東部に用地を確保するとの情報もあったが,今回の都立高校跡地は,東京韓学から地下鉄でわずか一駅と近い。
市ケ谷商業は2009年3月,都立赤坂高校との合併に伴い閉校となった。新宿区によると,同区には2015年4月の時点で168人の待機児童がいる。そのうち市ケ谷商業に近い箪笥町特別出張所と榎町特別出張所の管区には57人。出張所は区内に10カ所あるが,区の職員によると,2出張所周辺は区の他地域に比べて待機児童は多いという。また,区全体でみても2出張所周辺でみても,待機児童の数は増加傾向にある。
補注)どうも分かりにくいのが,保育所待機児童の問題と第2の韓国学校が都立高校跡地を有償貸与される問題とが,どうしてそのようにいきなり深い関係があるかのように,しかも,あたかも二者択一の次元にあるかのように受けとられてしまう話題になるのかという点である。
なお,都立市ケ谷商業高校は2009年,東京都立赤坂高等学校と統合されて,東京都立南高等学校跡地に移転し,現在は東京都立大田桜台高等学校(進学型商業高校)と学校名を変えている。市ケ谷商業高校の所在地は,〒162-0805 東京都新宿区矢来町6であり,2014年度から新宿区立愛日小学校が校舎の改装工事にかかっているあいだ,同高校の校舎を借りて利用していた。
その後,2017年3月21日になって,愛日小学校の「新しい北町校舎」が完成していた。
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では,保育所のニーズは高まっているのか。長く地元に住む男性は,全員の意見を聞いたわけではないがと前置きしたうえで,保育所建設を求める声はあまり聞いたことがないと話す。「事情をしらずに外野が騒いでいる」とも述べた。
補注)ここでいわれる外野「席」とは,もしかすると現地の近くの外野ではなく,ネット空間における非常に広い視野でとらえるべき〈外野〉を意味すると理解しても,間違いにはなるまい。この事実は,後段で紹介する関連のツイート発言からも明瞭に感じとれるはずである。
東京都は今〔2016〕年に入ってから地域の代表者と複数回にわたって協議をおこなってきており,男性もその場にいたというが,計画そのものへの強い反対はなかったという。韓国人学校を作るなら,既存の校舎を使ってほしい,中高生よりも小学生を通わせてほしいといった意見が出るなど,計画を受け入れる雰囲気だったという。
補注)この「中高生よりも小学生を通わせてほしいといった意見」は興味深い。少子高齢社会である。都心部であっても子どもの数は少ない。子どもたち(児童:小学生?)が学校に通う光景は,もしかしたら街をにぎやかにできる社会的要因になりうるのかもしれない。
男性は,地元では毎年のように保育施設ができていると話す。新宿区によると,市谷商業跡地近辺では,一昨〔2014〕年からの2年間で5カ所の保育施設が作られている。今〔2015〕年4月には134人が入れる保育園(分園)もできた。数字上は,2015年4月時点の待機児童を全員収容できる。
補注)断片的な情報になるが,最近に関する数字として,「新宿区の待機児童は2019年度は2人」との説明もあった。
註記)https://www.hokatsunomikata.com/taiki_infos/631
韓国学校側は,反対の声が上がっていることもあってか,口は重い。だが,事情をしる在日韓国人の間では「韓国人学校だから反対しているのでは」とのみかたが出ている。
都立高校跡地に外国人学校が作られたケースは過去にもある。2004年に閉校となった都立池袋商業高の跡地にできた東京国際フランス学園(移転は2012年)だ。土地・建物はフランス政府とのあいだで売買・賃貸契約が交わされている。この時も含め,都立高校跡地の利用方法について今回ほど大規模な反対はなかったと都側はいう。
地元男性は「長い目でみれば,国籍が違うからといって反対するのはおかしい」と話す。「将来を担う子どもたちのためにも受け入れたい」との考えだ。なお,新宿区は東京都でもっとも多くの外国人が住む区である。
2)東京都外国人学校一覧
☆-1 東京韓国学校;新宿区
☆-2 朝鮮学校〔都内にまだ数校残っている〕,朝鮮大学校;小平市
☆-5 ブラジル学校
補注)森 和重「在日日系ブラジル人子女への教育支援」『会報〈ブラジル特報〉』 2011年9月号掲載が参考になる 註記)。1990年代から南米日系人(日本国籍保有者も含む)が日本に急速にしてきた流入の結果,在日ブラジル人が急増した。
註記)http://nipo-brasil.org/archives/2203/
2015年6月現在,日本に中長期に滞在する民間ブラジル人は17万3038人( 194国中4位)である。そのうち永住しているブラジル人やその家族は11万2157人(4位)であり,それ以外のブラジル人が6万881人である。このほかに,90日以下の短期滞在や外交官が1292人居る。なお,ブラジルは国籍離脱を認めていないため,日本に帰化しても二重国籍の在外ブラジル人になるだけだが,日本政府の外国人統計には入らなくなる。
註記)https://ja.wikipedia.org/wiki/在日ブラジル人
ブラジル人の子どもたちのための教育制度の不備が問題になっている。また,二重国籍の問題も日本政府は毅然とした対応を採っておらず,不信感を抱かせる。ペルー大統領〔になったときの日本人のアルベルト・フジモリは「私はペルー人だ」と胸を張っていっていたが〕の亡命を,文句なしに円滑に引き受けた理由には,彼が日本国籍を隠しもっていた条件があった。なにをかいわんやであった。フジモリの日本人としての氏名は藤森謙也で,いまは片岡謙也と称しているとか。
☆-6 KAISインターナショナルスクール東京;品川区
☆-7 東京インドネシア共和国学校;目黒区
☆-8 インディア・インターナショナルスクール;江東区
☆-9 フランス学校;千代田区
☆-10 ブリティッシュ・スクール・イン・トウキョウ;北区
☆-11 東京国際フランス学園;北区
☆-13 聖心インターナショナルスクール;港区
☆-14 東京インターナショナルスクール;港区
註記)https://ja.wikipedia.org/wiki/東京都外国人学校一覧 を参照したが,そのほかに不足する情報は筆者が調査・補足・追加した。
「平成23〔2011〕年5月現在」「インターナショナルスクールやブラジル人学校の他,朝鮮学校やフランス人学校,ドイツ人学校等も含めると」「127校の外国人学校が各種学校として認可されている」。
註記)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kokusai/011/attach/1319310.htm を参照。
②「東京都 韓国人学校に用地貸与 朴大統領要請,都が検討」『毎日新聞』2016年3月16日夕刊
東京都は韓国政府の要請を受け,新宿区内の都立高校跡地を韓国人学校の用地として有償で貸与する方向で検討を始めた。都内には韓国人学校が1校あるが手狭になっており,韓国の朴 槿恵(パク・クネ)大統領が2014年,舛添要一知事との会談で,新たな学校の整備について支援を要請していた。
関係者によると,都が貸与を検討しているのは,新宿区矢来町にある旧市ケ谷商業高校の跡地約6100平方メートル。同校は2009年3月に閉校した。現在は近くの新宿区立小学校の校舎が建て替え工事で使えなくなっているため,区側に土地・建物を有償貸与しており,2016年度末まで小学校として利用される。
都は今後,賃料などを韓国側と協議するとともに地元住民らとの話し合いを進める。現在,都内には学校法人東京韓国学園が設置・運営する東京韓国学校(同区若松町)があり,仕事などで来日している韓国人の子どもが通っている。学校を認可する都によると,小学校に相当する初等部と中学・高校に相当する中・高等部の定員は各720人。登記簿によると,敷地は約5600平方メートルで同法人が所有している。
朴大統領は2014年7月,訪韓中の舛添知事と会談したさい,「在日同胞社会において,大使館とともに学校を整備するため努力してきたが,敷地確保の関係から難しい状況」と述べ,支援を求めていた。
都は,歴史認識をめぐる問題などで日韓両国の関係が悪化し,在日コリアンへのヘイトスピーチが頻発していたことを踏まえ,慎重に対応してきた。昨〔2015〕年12月,日韓両政府が慰安婦問題を最終決着させることで合意するなど関係改善の兆しがみえはじめたことを受け,都有地を貸与することへの都民の理解もえやすいと判断したとみられる。
註記)http://mainichi.jp/articles/20160316/dde/041/010/015000c
以上の話題をポイントに整理してみる。
◇ ポイント1 韓国大統領の要請
◇ ポイント2 廃校になった都立高校の学校施設としての再利用
◇ ポイント3 在特会の妨害活動の可能性がほぼ解消
◇ ポイント4 地元住民の強い反対はなく,むしろ歓迎する意向もある。
◇ ポイント5 ネット上では反韓・嫌韓意識が飛びかう現象は存在するが,当事者として関心や 利害を確実に有する人びとの意見とは思われない。
③「京都市・大文字中止騒動-1962年-」
1962〔昭和38〕年,送り火に対する京都市の助成金が少なすぎ,また人手も足りず崩れた火床の補修もままならないこと,市が地元民の会談の要請を無視して大文字の麓の韓国学校に建設許可を与えたことへの反発により,
同年8月12日,大文字保存会は送り火の準備作業である山道と火床の整備を停止。その8月12日,総会での投票の結果賛成多数で送り火の中止が決定,点火はせずに大師堂での護摩法要だけをおこなうみこみとなった。また翌13日には地元有志70名が市に韓国学校の建設中止を陳情。
この年は折しも阪急京都本線の延長工事のため,祇園祭の山鉾巡行が中止となっており,京都市は説得を開始。京都市が韓国学校に工事の中止を勧告したほか,今後の協力のみこみが立ったことや,市民からの寄付金が寄せられるなどしたこと,また8月14日朝から京都市が労働者50人を供出し参道の整備作業を開始し,さらに保存会役員や地元長老が説得に動くなどした結果,14日夜の総会で一転,満場一致で送り火の決行が決定し,送り火は無事に点火された。
1980〔昭和55〕年2月,火焔・残り火の消火,および万が一それが類焼に及んだときなどの責任の所在を問題とし,また前〔1979〕年7月よりの申し入れにもかかわらず市・消防当局の対応に誠意がみられないことを理由に,大文字五山保存連合会は送り火の中止を決定した。
註記)https://ja.wikipedia.org/wiki/如意ヶ嶽,および
http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/如意ヶ嶽 を参照。
ネット上には「韓国学校の移転望む 地元民,京都市に陳情」『京都新聞』1962年8月13日夕刊7面という記事がみつかる。京都人の歴史的に形成されてきた〈嫌らしい郷土意識:唯我独尊的排他主義精神〉については最近,井上章一『京都ぎらい』 (朝日新聞出版,2015年9月)という書物が出版されている。参考・勉強になる本である。
この ③ に出ている韓国学校とは「学校法人 京都国際学園(학교법인 교토국제학원)」のことであり,この学校に関してはつぎの情報を提示しておく。
註記)http://www.kyoto-kokusai.jp/info/ayumi/
1958年 学校法人京都韓国学園 設立
1961年 韓国政府 京都韓国中学認可
1963年 京都韓国高等学校設置
1965年 韓国政府 京都韓国高等学校認可
2004年 一条校として京都国際学園(中学・高校)スタート
この ③ で唐突にも感じられた記述として出ていた「京都市が韓国学校に工事の中止を勧告した」という経緯は,1962年当時において「大文字の送り火」行事の問題から派生させられた〈八つ当たり的な京都市民の言動〉であった。
1960年代前半期まですでに,「日韓基本条約」の締結交渉へ向けては,韓日政府間において難交渉が継続させられていた。こちらの政治(外交)事情が,京都韓国学校においては当時課題であった「新しい敷地での校舎建設の問題」にまで関係していないとはいえなかった。
なお,「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」(昭和40〔1965〕年条約第25号)/ 韓国語: 대한민국과 일본국 간의 기본 관계에 관한 조약 (大韓民國과 日本國 間의 基本關係에 관한 條約)とは,1965〔昭和40〕年6月22日に日本と大韓民国との間で結ばれた条約である。通称は「日韓基本条約」。
同条約の締結をもって,日本の韓国に対する多額の経済協力,韓国の日本に対するいっさいの請求権の完全かつ最終的な解決,それらにもとづく関係正常化などがとり決められた。しかし,その他面において,韓日基本条約の締結にまで至る過程ではなおも,在日韓国人(朝鮮人)に対する,あいもかわらずの「日常的に激しい偏見と差別」とにもとづく非常識的で非人間的な処遇が根強く継続されていた。
前段に指摘した1962年における京都市「大文字山の送り火」に関して観れば,「京都市が韓国学校に工事の中止を勧告した」という事実は,いったいなにを意味していたか? 京都の歴史においてきちんと検討・評価し,批判もくわえて,位置づけた識者はいないのか?
④ ネット上に聞こえる騒音的な「都立高跡地が第2韓学」に関した声
以下に任意に引用するのは,https://twitter.com/_500yen/status/710040034041200640 の 500@_500yen のツイート関係からである。ごく一部だけ,それも記述そのものに限った紹介となる。なお,やりとりが長いので文意を崩さない範囲内で,あえて適当に削除しつつ再構成している。
a) 見当外れの意見 「保育園落ちた日本死ね」匿名グログでマスコミが「保育園が足りない」と騒いでるのに,都市部に大規模な認可保育園が設置できる都立高校の跡地に,韓国学校を創る舛添要一東京都知事www,日本国民よりも韓国人を優先する舛添要一www酷いなwww。
b) 客体的に観ることのできる人の意見 韓国学校としてなら既存の高校校舎もそのまま転用できます。逆に保育園として使用するためには建て替え,もしくはそれなりの規模の改築・改装が必要ですので,現在利用している小学校が移転したあとただちにバトンタッチできません。
あと保育園への待機児童は日本人に限った話ではありません。当然韓国籍の子もいるでしょう。ですので今回の件を「日本国民より韓国人を優先」うんぬんとおっしゃるのはおかしいです。待機児童はまた別個に解消すべき問題です。
c) 再び見当違いの意見 保育園落ちたデモやってる連中! 早く舛添のところにいってデモってください! こういうことには,山尾議員や福島議員,帰化人の議員さんは議題にも挙げないし,共産党議員構成のママ連の自称ママさんたちは,都庁へ抗議デモもしないんですよね?
補注)もっとも,あなたも「日本人(?)」の「祖先(!)」をもっているならば,少しばかり祖先をさかのぼっていくと,もしかすると,「帰化人」の範疇に分類されることになってしまうような「祖先」がみつかるかもしれませんぞ・・・。
d) 根拠のはっきりしない意見 舛添知事と韓国の癒着は前からあったがひどい話だ。きっと保育園建てるよりも,外国人向けの学校を作った方が自分たちの利益が増えるからとかでも思ってるんじゃないでしょうかね。
e) 飛び火的な意見(その1) フザケルナ! 朝鮮学校潰してそこに入れろ! 住民監査請求と行政不服審査請求を。おい舛添! てめえ韓国からなんぼゼニ貰っとんじゃ! 桝添要一は辞職しろ。これを機会にパク・シネ大統領に名前を変えればどうだろう。
補注)いいたい放題のネット作法のつねとはいえ,なんともお品のないご意見ばかり・・・。
f) 飛び火的な意見(その2) 彼〔桝添要一都知事〕の大事な祖国同胞ですからね。在日帰化朝鮮人は,帰化しても祖国が一番大事なのでしょう! 都知事に据えた事が大失敗ですよ。
補注1)これは,海外に移住・移民した日本人・日本民族にも妥当しそうな意見,外国に「帰化しても日本人は祖国が一番大事」?である。
補注2)都知事に選んだ人間で失敗していた人材を挙げると,猪瀬直樹⇒石原慎太郎⇒青島幸男など,たくさんいたが・・・。その後の小池百合子現知事も同じようなもので,新型コロナウイルス感染拡大「問題」に対する2020年7月段階での対応ぶりを観ていると,「緑のタヌキ」が変じて「コロナのタヌキ」を演じていながらまるで無力であった。なすすべもない姿に映る。
g) ズレている意見 知事は朝鮮人だから日本人より在日の方が大事なんですね。私は都民ではありませんが,本当に都知事選が悔やまれます。舛添都知事判断というが,その判断の間違いを糺すのが「都議会」の責任であり,都民の抗議ではありませんか? 都民より韓国を優先(!),お里がしれたな。
補注)桝添要一が朝鮮人だという確たる〔いわゆる〈在日認定〉のための〕証拠はあるのか? とはいえ,ここには「都民ではない」人の意見が開陳されている点がミソ。ましてや,外交上のやりとりがなされている事情など,この人においては「理解の範囲を超える問題」になっている。
h) 問題が識別できていない意見 待機児童の保育所の場所と介護施設の場所が不足しているのに! 舛添,保育園入れない,舛添落ちろ! 「保育園落ちた日本死ね」とブログ書いた方に「保育園作れ舛添死ね」のブログ書いてほしいですね。
多分,東京都は保育園充分なんでしょう。舛添知事そうでしょう?? 韓国人優先の学校用地問題,マスコミさん。日本死ね! 用地は韓国学校へ! 良いんですか! 朝日・毎日等の大マスコミさん騒がないの??
補注)この人は多分,新宿区における待機児童に関した情報などしらべもしないで,このように桝添知事(当時)にいきなりからんでいる。コッケイである。
i) もっともらしいが,少しもそう “らしくはない” 被害妄想の意見 いつも思うのは,同じような考えの人びとだけでなく,市民の味方のフリをして,日本弱体化計画を進める共産党や民主党に洗脳されつつある若者や,なにも分かってない一般の多くの人々は,このようなツイートをしっかりと見て気付いてくれているのかと思います! 東京都民はデモをしてください!
補注)謀略史観に引っかからないようにするためにも,この人に対しては,その予防用のワクチン接種が必要か? いま日本国民・有権者にとってもっと必要なのは,それよりも国会へのデモなのでは。
j) 帰化の意味の恣意的な解釈 やめてくれ😡。いくら貴方の祖国が韓国とはいえ都民として絶対に許しません。考えてみなさい。あなたの国は,もう韓国じゃないんですよ! それなりの覚悟をもって帰化したんでしょ,まだ日本人になりきれてないようですね😡。ここは日本,東京の知事を利用してこんなことするんじゃない😡。東京都知事がこのザマか。
補注)・・・・・。要は,いいたい放題なのだが,なにをいいたのか,もうひとつ理解しかねるほかないから,読まされたほうとしても「😡 😡 😡」。
k) 発言の意味が不明の意見 ソウル新市庁舎をしる前から,舛添には怒り狂ってますが,選んだ都民を批判できません。だって,あとのメンバーが宇都宮(共産)に細川(思いつき反原発・小泉)ですよ。そして,田母神さんを応援した私の寄付は韓国バーに消えました。政治家を志す,立派な人がいない…。
補注)「政治家になった」「立派な人がいない」のは,国政次元でもまったく同じであるはず……。ついでになるが,つぎの画像はソウル市が新築した庁舎(2012年竣工)。
出所)https://twitter.com/ibuki_inter/status/1281430159980019712
l) 増えているのは「外国人全体である事実」を無視した意見 韓国人増えるのやだ。
補注)韓国人そのものの人口(定住在日外国人として)は増えておらず減少している。ほかの諸外国人のほうが多種多様に増えているだけのこと。法務省の外国人関連統計・資料を一度はのぞいてみたらどうか? 日本人の人口は減少一途だが……。
m) 客体的に観る人の意見(続) 関係ありそうでない問題を結びつけてヘイトに繋げる,デマの常套手段すぎて吹いたw。しかもあんたの目には,貸与とか売却って文字もみえないのか。
高校の校舎や体育館が残っていたとしても構造上,保育園としては使えませんよ。新築したとして新宿区外の人は越境入園とかできるんですか? できたとしても通園には不便でしょうね。不足が伝えられる保育士の手配はどうしますか? 実はなにも考えてないでしょ?
なぜ,すべていきなり国批判。地域行政への要望というかたちでいわないのか。かつて横浜で待機児童なしを実現できたでしょうに。
--以上には,ツイートでも聞くに堪えないような罵詈雑言に近い発信・返信が交錯していた。これらは,ツイートなどいったサイバー空間における意思伝達・交換方法のなかった時代に戻っていえば,前述した「京都市が韓国学校に工事の中止を勧告した」という,1962年の「大文字中止騒動」経緯のなかで生まれていた「八つ当たり的な京都市民の言動」に似た要素がないわけではない。
この記述全体は「都立高跡地が第2韓学」の話題であったが,そのなかで冷静な意見を披露していたのが,「高校を保育所に転用するにはコストがかかるよ,あなたがたがいっている意見は地に足の着いていないよ」と答えるものであった。このように冷静に指摘する意見であれば,まともに聞く気になれる。それよりも,地元の人びとのあいだでどのような意見や感想があるのか,さらに具体的に訊きたいところである。
⑤「〈教えて! 1億総活躍社会:3〉待機児童,ゼロにできるの?」『朝日新聞』2016年4月8日朝刊
待機児童・保育所の問題は以前から社会の関心をよんでいるが,④ まで言及した議論の中味が,はたしてこの問題をひととおり理解し,わずかでもその前提にできたうえで,ものをいっているのかといえば,ほとんどがそうではなく,基本的に疑問があり過ぎた。
外国人学校に都立高校で廃校になった敷地と校舎を「有償貸与する方針」を都知事が提示したところ,いきなりネット空間にあっては,部外者たち(それも多分,ほかの遠くにある球場の外野席に陣どる者たち)までが,直接に利害を有する関係者であるかのように関与・介入をしてくる。もちろんそれは,ツイートを手段としたきわめて身勝手で無責任な意見が大部分であり,問題の本質を真正面から考えるために参考になるものは,ごく少ない。
途中に出てきた話題,「京都市が韓国学校に工事の中止を勧告した」という,半世紀以上も以前の1962年における「大文字中止騒動」経緯に関しては,こういう時代背景(前述の記述に関連させていえば日韓国交回復を韓日間で交渉していた,敗戦後の国際政治過程)も踏まえて回想してみる余地がある。いまでは関係する文献をひもとけば,どれにでも説明されている内容である。
この ⑤ の記述としてはまず「表題の記事」から引用しておく。桝添要一都知事に文句を投じる前に,振りかえって考慮すべき現実の問題が解説されている。もしも,文句を真っ先にぶつけるべき相手が実在するとしたら それはむしろ安倍晋三君なのだから,的外れ的なツイートを真に受けて聞く必要はない。聞きたくなくとも,いまのネット空間には,その種の発言はワンサと飛びかっている。
1)「待機児童はゼロにできるのか?」
「1億総活躍社会」の実現へ,第2の矢としているのが子育て支援だ。仕事と子育てが両立できる環境を整えて「希望出生率 1. 8」の実現をめざすが,焦点となる「待機児童ゼロ」への道のりは険しい。
昨〔2015〕年9月に長男を出産した東京都中央区の会社員,菅谷明音(すがや・あかね)さん(35歳)は,この4月から認可保育所『朝日新聞』2016年4月8日朝刊7面保育所問題を利用しようとしたが,選考で落ちた。長男が1歳になる9月には職場復帰を予定。認可保育所なら月6万円ほどで済むはずだったが,ようやくみつけた認可外保育所は月16万円かかる。
「女性の活躍といってもインフラさえ整えられていない。こういった苦労が続くなら2人目は難しい」。
安倍政権は,認可保育施設に入れない待機児童の解消に向け,2013年度から5年間で40万人分の保育の受け皿を増やす計画を打ち出した。2014年度末までに21万9千人分が整備され,中間目標を1万9千人分上回った。だが,昨〔2015〕年4月1日時点の待機児童は5年ぶりに増加。施設が増えることへの期待感などから,利用申込者が急増したのだ。
そこで昨年11月の「1億」の緊急対策で,この計画から10万人分を上積みする方針を決めた。厚生労働省によると,昨年4月時点で市区町村が2013~2017年度に計画している保育施設の整備量は45万6千人分。4万4千人分増やせば,上積み分を達成できる計算だ。
政府はこの上積み分を賄うため,4月に「企業主導型保育所」の仕組を設けた。企業が従業員向けに整備する保育所に,市区町村の認可がなくても整備費や運営費を補助する内容だ。だが,保育士の配置基準は認可保育施設より緩い。
「保育園落ちた」(2016年2月)という匿名ブログをきっかけに3月下旬に急ピッチでまとめた緊急対策でも小規模保育所の定員上限を19人から22人にするなど規制緩和策が目立つ。「保育の質」を保てるかどうかが新たな課題に浮上している。
2017年度末までに9万人不足するとされる保育士の確保も待ったなしの課題だ。保育士の平均賃金は月21万9千円で全産業平均と比べて11万4千円低く,保育士不足の主な要因とされる。
安倍晋三首相は,5月にまとめるニッポン1億総活躍プランで「具体的で実効性のある待遇改善策を示す」としており,与党は実質2%の賃上げを提案。ただ,1%分の処遇改善に約200億円が必要とされ,恒久財源の確保が必要だ。
--本ブログ筆者はすでに指摘したが,たとえば,2014年度の東日本大震災の復興関連予算6兆2542億円の執行率 は60. 6%にとどまり,2兆4620億円が使われなかったと発表されていた。
註記)『毎日新聞』2015年7月31日夕刊。
2)村上裕一『ネトウヨ化する日本-暴走する共感とネット時代の「新中間大衆」-』(KADOKAWA,2014年)
つぎは,本日の記述:議論に関して挙げておくのがふさわしい「題名の本」を参照しつつ,以上までの論旨を理解しやすくするため説明をしておく。
1910〔明治43〕年,大日本帝国に併合・支配され,植民地となった大韓帝国の国民たち(韓国・朝鮮人)は,その後は,日本人(帝国臣民)として形式的には処遇されることになった。実際,敗戦後の1952年4月28日(昭和天皇誕生日の前日であった)のサンフランシスコ講和条約の発効まで,在日韓国・朝鮮人は日本国籍を保有していた。ところが,敗戦後に混乱していた政治社会状況のなかで,彼らの日本国籍は脱法的に剥奪された。
本来は,韓国・朝鮮の独立が確保されしだい,彼らの権利が戻ると前提されていた。ところが,敗戦後の日本国を占領・統治していたGHQは,東西冷戦激化に伴う反共路線政策によって,日本国籍を保有する在日韓国・朝鮮人を,共産圏側に属する敵性外国人として粗雑にも一括する政治的な矛盾を犯していた。
また,そのように措置していたさいには,乳児や老人までが「そういった〈敵性の人びとだ〉」と決めつけてもいた。このような「虚偽の警告」をGHQに報告していた人物が,昭和20年代において首相を長く務めた,しかもアジア人差別においては有名な,あの吉田 茂であった。
敗戦後における在日韓国・朝鮮人をかこむ政治過程のなかでは,彼らの法的処遇は「入国管理法」(最初は正しくは「入国管理令」)という “枠外での存在” としてとりあつかわれてきた。1952年4月29日の時点において,彼らに日本国籍を選択させるかどうかという,当時まですでに国際法的には常識になっていた,旧植民地出身者およびその子孫に関する「国籍選択の自由」は,当初から無視され剥奪されていた。
註記)村上裕一『ネトウヨかする日本-暴走する共感とネット時代の「新中間大衆」-』202-203頁参照。
昭和20年代の敗戦後史におけるそうした「その前日までは日本人であった」「在日の生活と権利」にかかわる経緯・事情などなにもしらないまま,無知を原動力に・無恥をアクセルにしたかのような「定住外国人に対する剥き出しの差別意識」が,例の在特会によるヘイトスピーチを展開させる温床にもなっていた。
〔ひとまずは〕嫌韓でも排韓でもなんもいいのだが,戦後日本政治史に関する知識はゼロなのでは,話にならない。仮にそれがあったとしても,デタラメを材料に,そしてデマを漆喰に使い,それも「在日日本人」となんら実体の変わらぬ「在日韓国人」を標的にした,ひたすら嫌悪感情をむき出しにした悪口雑言の集中砲火を放つ人びとが存在する。
隣国人差別に生きがいを感じているような,それもただ幼稚でひたすらガサツな,いかも「礼儀正しい日本人」の範疇からは大きくはずれた「ニッポン人」が,結構な数いる。しかし,よく考えてみるがよい。
たとえば,在特会の連中はもともと,自分たちが攻撃をしかけているつもりの相手,在日的な民族集団の歴史の事実(虚像であり,想像上の産物である「在日特権」)に関してからして,まともな把握も認識ももちあわせていない。
3)『ネット・バカ』
さらに,ニコラス・G・カー『ネット・ばか』(篠儀直子訳,青土社,2010年)に,以下のように説明させておき,本日終わりの記述としたい。
--2007年の時点で,情報の楽園に疑惑のヘビが滑りこんできた。1台で孤立していたPCよりもはるかに強く,はるかに大きな影響をネットが自分にもたらしはじめた。ネットのサイトやサービスに慣れ,頼ることになるにつれ,自分の習慣や日常的な行動が変わったというだけの話でもない。
つまり,脳の働き方じたいが変わりつつあるように思えた。ひとつのことに数分かそこらしか,集中できなくなってしまい,不安になった。最初は脳の年齢的な衰えかと考えた。が,そうではなく,自分の脳は単にふらふらさまよっているだけでなく,飢えていたのである。
ネットが与えてくれるのと同じだけの量を食べさせてくれ,とそれは要求した。そして,与えられれば与えられるほど,さらに空腹になる。パソコンから離れているときも,メールをチェックしたり,リンクをクリックしたり,ググってみたりしたくてたまらない。接続していたいのである。
マイクロソフトのワードが,血と肉とをもったワープロへとわれわれを変えたのと同様に,インターネットはわれわれを,高速データ処理機械,いわば人間版HALへと変えたのだ。以前の脳が恋しくなった。
註記)ニコラス・G・カー『ネット・ばか』31頁参照。HALとは,Hardware Abstraction Layer のこと。くわしくは自分で調査を。
つまり「ネット=ばか」という「いまの世の中」に関する定式的な理解をよく踏まえたうえで,ネット空間に起こっている諸事の社会的な意味を受けとめる必要があった。それは,本日とりあげた論題を考えるさいの用心:前提条件になる。
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