国政を壊してきた安倍晋三と都政を潰してきた小池百合子とはどっちもどっちで,「新型コロナウイルス感染拡大」には対処できない政治屋同士

 食わせ者の一発政治屋で「やってる振り」ばかりの小池百合子都知事

 幼稚で慌て者の世襲政治屋で「やってる感」しかない安倍晋三首相

 彼らのゾンビ的なコンビの行進によって,この国の都政と国政とがそろいもそろって,壊滅的な迷路に突きすすんでいる体たらく

 世間しらず一途であるボンボン3世政治屋安倍晋三君も,権力志向マシン的な生き方しかしらない論外政治屋小池百合子君も,日本という「美しくあらねばならないこの国」を,一所懸命にぶっ壊すために日々奮励努力中ということか

 どっちもどっち……

 

  要点:1 「子ども〈裸の王様〉総理大臣」としてならば,長期間,面目を躍如させてきた安倍晋三君の「この先」はどうなるか?

  要点:2 権力志向そのものの生き方と自身の人生とを無理心中させてしまい,都政を圧迫死させたい,それの自覚症状なしである「都知事小池百合子君」

 

 「〈天声人語ダブルバインド朝日新聞』2020年7月24日朝刊

 「私の命令に従うな」ともしも命じられたら,どうすればいいのか。命令に従わないという命令を守ることが,すでに命令違反かも。相反する命令や要求に直面する時に生じる心理状況を「ダブルバインド(二重拘束)」という。

  ▼ もとは精神病理学の概念だが,日常生活にも応用できる。親から「もっと大人になりなさい」と「子どもらしくしなさい」を同時にいわれる場合。どっさり仕事を課されているのに「残業せず早く帰れ」と会社から命じられる場合。

  ▼ 矛盾のなかでストレスばかりがたまってしまう。さて目下のコロナ禍で,私たちは深刻なダブルバインドにさらされているようだ。いっしょに対策にあたっているはずの政府と東京都から発信される内容があまりに違う。

  ▼ 「医療提供体制も逼迫(ひっぱく)していないので,緊急事態宣言を発する状況ではない」と安倍首相はいう。しかし東京都から現状分析を任された杏林大病院の山口芳裕氏は「国のリーダーは『東京の医療は逼迫していない』というが,誤りだと訴える。

  ▼ 政府は観光支援事業でお出かけを促すが,都は不要不急の外出を控えるよう呼びかける。そうこうするうちに感染は東京に限らず広がり,昨日〔7月23日〕は全国で新規感染者が900人を超えた。矛盾は解消ではなく,拡大に向かっている。

  ▼ なにが真剣に受け止めるべき議論で,なにが偏った発信か。判断をすべてこちらに丸投げされるのは酷である。それでも自分で考え,自衛するしかないのか。足して2で割るわけにもいかないし。(引用終わり)

 以上のように,天声人語「欄」で批判されている『国:政府側と都:都政側とのこぜりあい』であるが,いったいこの人たち(指導者ら)は,いかなる存在なのか? 新型コロナウイルス感染拡大「問題」に対する対応を,あえてみずからさらに混乱させる対立をしていていながら,自分たちでは止める手立てがない。

 「子どものケンカ」ではない。安倍晋三君はすでに実質,レーム・ダック状態であるのに対して,小池百合子君は都知事に再選されてますます意気軒昂のはずだが,すでに対・コロナ禍対策をこれ以上ないくらいハデに出しつくしてしまっただけに,これに続くつぎの手を欠いた状況に追いこまれている。

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【参考記事】

 2020東京オリンピックは1年延期になったが,はたして1年あとに実施できるかとうかあやしいものである。そうなったら,都知事も首相も立場はなくなり,穴があったら入りたい心境になるはずである。もっとも,この2人は政治屋としての無恥さ加減は,一二を争う間柄だから,そのときはそのときでなんとでもいいぬける用意だけはあるのかもしれない。

 首相官邸のホームページには,『新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣記者会見』2020年5月25日のなかにはまだ,つぎの文句がま掲示されているが,いまとなっては,とてもじゃないが恥ずかしくて,のぞく気にもなれない「迷文句」が整列している。

  本日,緊急事態宣言を全国において解除いたします。

 足元では,全国で新規の感染者は50人を下回り,一時は1万人近くおられた入院患者も2000人を切りました。先般,世界的にも極めて厳しいレベルで定めた解除基準を,全国的にこの基準をクリアしたと判断いたしました。諮問委員会で御了承いただき,この後の政府対策本部において決定いたします。

 3月以降,欧米では,爆発的な感染拡大が発生しました。世界では,今なお,日々10万人を超える新規の感染者が確認され,2か月以上にわたり,ロックダウンなど,強制措置が講じられている国もあります。

 我が国では,緊急事態を宣言しても,罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することはできません。それでも,そうした日本ならではのやり方で,わずか1か月半で,今回の流行をほぼ収束させることができました。正に,日本モデルの力を示したと思います。

 全ての国民の皆様の御協力,ここまで根気よく辛抱してくださった皆様に,心より感謝申し上げます。

 たいそうな発言であったが,なんということはない。7月下旬の現在となってみれば,この安倍晋三の発言は「日本モデル」というカゲロウを想像妊娠していた日本国首相の粗忽さとウカツさを,わざわざみっともなく宣言しただけの顛末になっていた。つぎの ② には,その事実を指摘した最近までの「東京都における感染者数の図表」が出てくる。

 

 「強い対策打てず,焦る都  貯金減,呼びかけ中心 新型コロナ」朝日新聞』2020年7月26日朝刊28面

 新型コロナウイルスの累計感染者が1万人を超えた東京都。5月下旬の段階ですでに接待を伴う飲食店で新たな感染拡大の予兆はあったが,封じこめられず,7月に連日100人を超える大きな波につながった。注意の呼びかけ中心の対応に,都庁内では「都民に危機感を伝え切れていない」との焦りの声も漏れる。

 「4連休の最中だが,とくに高齢者や持病のある方々はできれば,できるだけ外出を控えてもらいたい」。

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 295人と5日連続で200人以上の感染者が確認された〔7月〕25日,小池百合子知事はあらためて注意喚起した。ある都関係者は「都内全域への休業要請などわかりやすい対策を打ち出せず,知事は焦っている」と漏らす。

 補注)このところにおける小池百合子都知事の発言は,かぼそくも頼りない調子になっていた。彼女が都知事として新たに打ち出せる具体的な施策を,なにも用意できていないからである。こういった状勢のなかに置かれたときの彼女は,非常に弱い。できることといったら,ひたすら「無視」する対応だけであった。

 都が休業要請など強い対策に踏みこめない背景にあるのが財政事情だ。都は緊急事態宣言下の第1波での休業要請の協力金など新型コロナ対策で計1兆3500億円を計上。約9千億円あった貯金にあたる財政調整基金の9割を取り崩した。

 都は7月に基金に積み戻したが,その額はわずか2千万円。防災など目的別に積み立てた1兆円近い基金はあるが,都幹部は「そう簡単に取り崩せるものではない。ない袖はふれない。『気をつけてください』と呼びかけ中心にならざるをえない」と話す。

 新たな感染拡大の震源地となったのが,新宿区の接待を伴う飲食店など「夜の街」だった。5月23日の都内の感染確認は2人まで減った。だが,11人の感染が確認された5月27日の段階で,都は「ホストクラブやガールズバーの従業員の感染が散見される」と説明していた。

 新規感染者が6月2日に34人に跳ね上がり,小池知事は東京アラートを発出。警戒を求めたものの,9日後の同11日にはアラートを解除し,翌日にカラオケ店など遊興施設への休業要請を解除した。

 補注)この「東京アラート」の解除は,政府の「緊急事態宣言解除」に相当するとみなしていい。その後におけるコロナ禍の増大傾向に鑑みれば,この2つの解除は『彼女と彼』の手慰み的な意味あいしか発揮できていない。この2人とも政治家としては「困ったチャン的な政治屋」の所属する。

 そのころ,新宿区ではホストクラブの協力をえて,感染者が出た店の従業員への集団検査が始まっていた。ホストクラブでの18人を含む47人の新規感染者が確認されたのはアラート解除の3日後だった。

 20~30代の若い世代を中心に接待を伴う飲食店や会食などでの感染確認が続くなか,都は6月19日には接待を伴う飲食店への休業要請も解除。小池知事は「ウィズコロナの時代に入っていくなかで,本格的な経済社会活動を営んでいくことが必要」と強調した。

 補注)さてここで,「ウィズコロナ」とはなんぞや? 意味不詳なことば遊びに都知事は走っている。ウィズコロナとは厳密に定義されていないことばである。ウィキペディアには未熟な解説が記述されているが,このウィズという英語を使わねばならないのが「新型コロナウイルス」の問題対処にどうしても必要となるのか,疑問なしとしえない。

 たとえば。それならば「ウィズ・交通事故」ということばもあっていい。毎日発生する交通事故死者数は,2019年はかなり減少してきて3215名まで下がったが,ウィズ・交通事故的な状況である点じたいには異存あるまい。そういってみたら,ウィズ・インフルエンザとも表現しておく必要もある。けれども,それよりさらに,ウィズ・アベならびにウィズ・ユリコのほうが,現時点における国民・都民の日常生活にとっては深刻かつ重大な問題:為政上の脅威になっている。

〔記事に戻る→〕 しかし,7月2日には2カ月ぶりの3桁となる107人に。小池知事はその日,「夜の街  要注意」と記したパネルをかかげたが,ここでも注意を促すだけで,休業要請には踏みこまなかった。感染経路はすでに「夜の街」や会食の若い世代だけでなく,職場,保育所,高齢者施設へと広がり,40代以上の感染者も目立ちはじめていた。

 都が感染者が出た接待を伴う飲食店などを対象に,区市町村が休業要請を出す場合,1店舗につき50万円の協力金を補助する制度を始めると発表したのはその1週間後の9日。だが,休業要請を出す主体は区市町村ではなく都ではないのかとの異論も出て,いまだに制度は動き出していない。

 〔7月〕24日には警視庁が風俗営業法にもとづき,新宿や池袋のホストクラブなどへの立ち入り調査を実施。都の職員も同行して,感染防止策の確認を始めたが,5月下旬の「予兆」からは2カ月近くがたっていた。

 繁華街を抱えるある区の幹部は「都にはスピード感がまるでない」と不満を募らせる。感染者を受け入れる都内の病院の医師の1人は「すでに幅広い年代・場所で感染が広がっている。もっと早い段階で徹底的に対策すべきだった」と話す。(引用終わり)

 以上を分かりやすくまとめれば,小池百合子都知事は,自分の関心のもてない,あるいはもちたくない「当面する課題」は,問答無用的に “ウィズアウト・あつかい” する。要は,責任逃れが上手なだけであった。ただそれだけのことであって,自分の得意ではない相手は有象無象「あつかい」するのが得意技であった。

 

 「全国で748人新規感染 東京295人,5日連続200人超」日本経済新聞』2020年7月26日朝刊28面「社会」

 国内では〔7月〕25日,東京都で新たに295人の新型コロナウイルスの感染が判明するなど,午後9時現在で748人の感染が確認された。東京都の1日あたりの新規感染者が200人を超えるのは5日連続。

 25日の295人は過去最多だった23日の366人に次いで多く,20~30代が185人,40~50代が75人,60代以上が15人だった。感染経路が不明なのは165人。都内の感染者は累計で1万975人となった。

 大阪府は25日,132人が新たに感染したと発表した。過去2番目に多く,100人を超えたのは4日連続。府が想定する「第2波」のピークである130人を2日連続で上回っている。愛知県や名古屋市などは10~70代の78人が感染したと発表。県内の感染確認は計1012人と,1000人を超えた。

 沖縄県は25日,14人の感染を確認したほか,在沖縄米軍内で64人の感染を確認したと米側から連絡があったことも公表した。県は米軍関係者を県内の感染者数に計上していない。(引用終わり)

 という具合に,直近における新型コロナウイルス感染者数の増加傾向が記録されていた。だが,このところになるとアベ政権もコイケ都庁も,有効たりうるなんらかの対策を,必死になって講じている様子がみえない。

 安倍晋三君が誇ったはずの「日本モデル」なるものは,新型コロナウイルス側からみたら,ちゃんちゃらおかしい「アベの一人決め(独り相撲)」であった。このコロナウイルスの型そのものについてならば「何国型」というのはありえても,そのできもしなかった解決方法に “なんとかモデル” などといいだしたのだから,お笑いぐさになる程度のものであった。

 

 「風見鶏危機でも支持低迷の妙」日本経済新聞』2020年7月26日朝刊5面「総合3」
 
 a) 2カ月ほど前のこと。永田町での取材で,ある英字記事が話題に上った。米フォーブス誌の電子版記事 “Most World Leaders See Approval Ratings Surge Amid Coronavirus. Not Trump.” (4月18日配信)だ。見出しを訳すと「新型コロナウイルス禍でたいていの首脳は支持率急上昇。例外はトランプ大統領」となる。

 新型コロナの感染拡大後,ドイツのメルケル首相を筆頭に多くの国の指導者の支持率が軒並み上昇したのに対し,米国のトランプ大統領にくわえて,ブラジルのボルソナロ大統領や安倍晋三首相の支持率は「上昇してもごくわずか。もしくは下がっている」と指摘。

 さらに,米調査会社モーニング・コンサルトがおこなった,主要7カ国でイタリアを除く6カ国とオーストラリア,インド,メキシコ,ブラジルの計10カ国対象の調査結果を引用し,安倍首相は支持率がもっとも低く支持率から不支持率を引いた「純支持率」の年初比の下落率が最大だったと報じた。

 b) この記事以降も,モーニング・コンサルトによる独自調査では,安倍首相の支持率が他の9カ国の首脳の後じんを拝している。一連の結果に対し自民党関係者は「海外でもアベノマスクなどと揶揄(やゆ)されてはいるが,国民からの信頼が他国と比べて劣っているとは」と頭をかかえた。「なにがそんなに違うのか」。

 「安倍首相は,西村康稔経済財政・再生相や政府新型コロナ感染症対策分科会の尾身 茂会長に任せすぎだ」。日本リスクコミュニケーション協会(RCIJ)の島田久仁彦理事(元国連紛争調停官)は,こう指摘する。「日本は感染者数が極端に少ないことで海外では『ジャパン・ミラクル』と評されているが,安倍首相がなにをしたのかは明確に伝わってこない」と続けた。

 島田氏によると,危機下におけるコミュニケーションの肝は「どう情報を伝え,リスクをマネージするかだ」といい,今回,新型コロナという危機に直面したさいの模範的なリーダーとしてメルケル首相を挙げた。

 「メルケル首相は専門家の話をよく聞いたうえで政策に生かし,悪い話も科学的データにもとづき正直に話した。解決策も示しながらみずからが説明したことで国民の安心感につながった」と評価。その対応は

  (1) 明確なメッセージ, (2) 方向性の可視化,

  (3) 責任の所在の明確化,(4) 国民と寄り添う

などといったリスク状況下で指導者に求められる「すべての要素が備わっていた」と語る。

 c)『危機が起きると本来はリーダーに支持が集まる』,そんな研究結果もある。

 1970年に政治学者で米オハイオ州立大学非常勤教授のジョン・ミューラー氏が,過去の米大統領の研究をもとに提唱した “Rally Round the Flag Effect” (国旗に結集する効果)によると,国際危機や戦争下では,国民の政府批判は減り支持率が高まりやすいという。

 トランプ大統領は,この効果の例外だ。支持率は低迷し,大統領選の世論調査でも民主党のバイデン前副大統領との差が広がりつつある。「トランプ大統領は安倍首相とは逆でいい過ぎている。しかも発言をころころ変えている点がリーダーとしては致命的だ」と島田氏は分析する。

 日本経済新聞社による最新の世論調査で,安倍内閣の支持率は6月から5ポイント増え43%だった。「国旗に結集する効果」で下げ止まっているとみるべきか。今後,この効果が発揮される端緒なのか。まずは安倍首相から「Go To」事業の説明を聞きたい。(引用終わり)

 日本の大手紙による世論調査の中身であったが,はたしてどのくらい信頼に値するか疑問も抱かれている実情のなかで,いまだに安倍政権の支持率が40%台も出せる世論調査がありうるのかと不思議に感じる。日経のそれについて本当は「43%マイナス20%=23%」だったとしても,まだまだ「好意的な数値」ではないか。

 『毎日新聞』の7月に実施された世論調査は,内閣支持率32%であって,不支持が60%にも上っていた。これらの結果にそれぞれマイナス20%とプラス20%したら,12%と80%であるが,われわれの政治的な体感温度で計測してみたら,いまの安倍政権は支持率一桁台のダメ為政であるといってもいい。安倍晋三自身がこのところ1月以上も「お隠れになっている」事実も,指摘するまでもない。

 本日朝刊(『朝日新聞』7月26日)の「首相動静」は,7月25日土曜日の安倍晋三君が「終日,東京・富ケ谷の自宅で過ごす。」と記録していた。一国の首相である,まだまだやるべきことなど,いくらでもあるはずである。だが,最近の彼はともかく逃げまわっているという「印象になるほかない姿」しかみせていない。

 

 週刊文春記者が見た『権力に憑かれた女』 小池百合子の本質」光文社新書』2020/07/03 14:51,https://shinsho.kobunsha.com/n/n00bcd8bc5e11

※ 筆者紹介 ※  「和田泰明(わだ・やすあき)は『週刊文春』記者。1975年広島県生まれ,岡山大学法学部卒業後,山陽新聞社入社,岡山県警などを担当。上京後,大下英治事務所を経て『週刊ポスト』記者,2005年4月より『週刊文春』記者として政治,年金問題の取材をつづけている。本書が初の著書となる。 Twitter @yasuakiwada

 以下に引用する段落は, 本ブログ筆者が ⑤ の記述中から適宜に取捨選択し,紹介する内容となる。また,連番と見出しは筆者がつけている。

 1)演出・演技するだけの都知事,その政治屋の「本性の空虚さ」

 小池の発信は一方的だ。取材に応じるのは,視聴者や読者に伝えるためであって,目の前の記者の疑問に向き合うためではない。小池百合子東京都知事を演じるのは,スポットライトが当たっている時だけである。

   〈NO! 3密〉
   〈感染爆発 重大局面〉

 小池が,緑地に白抜きのフリップをかかげたのは3月25日,新型コロナウイルス対応の緊急記者会見でのことだ。「このままなにもしなければロックダウン(都市封鎖)を招いてしまう」とも述べ,この日のテレビ映像は都民,国民の緊張感を一気に高めた。

 フリップを出してわかりやすくアピールし,記者からの質問にも当意即妙に答える。これぞ日本のリーダーにふさわしい……。小池には,そんなイメージが定着しているという。たしかに,顔にフィットしていない「アベノマスク」をつけて登場し,空虚な言葉を並べる総理大臣・安倍晋三との差は歴然としている。

 補注)ところがというか,だからというか,小池百合子のこのイメージ先行だけの演技ぶりについては,こう批判されている。

 東京都では〔7月〕2日,107人の感染者が確認されていた。都知事は,警戒レベル3段階目にあたる状況であるという認識を示し,「感染拡大要警戒」というフリップをかかげたのだが,その色はなんと緑色。緑に白字のフリップである。3段階目はオレンジのはずなのに,なぜ1段階の緑なのか?   ここはオレンジでしょう!   とテレビに向かってツッコミを入れた。視覚的な色の効果はどこへやら,指標を示す側のいい加減さがみえてくる。

 

 だが待てよ。緑は確か都知事のイメージカラー。こんな時まで “百合子グリーン” で存在感を強調するのか。さすがは都知事選で圧勝しただけのことはあるなと,妙に感心させられた。

 

 15日のフリップはさらに混迷を極める。都知事は警戒レベルをもっとも深刻な「感染拡大警報」へと引き上げた。当然,フリップは4段階目の赤,東京アラート発令時の都庁舎やレインボーブリッジのような真っ赤な色かと思いきや,かかげられたのは下が黄色で上が赤の2色のフリップだったのだ。「なぜ???」  しばらくの間,頭の中の大きなハテナマークが消えなかった。感染拡大の兆候があるのか,拡大しているのか,2段階と4段階の中途半端な色分けに,判断の迷いや警戒感の甘さが感じられた。

 註記)「小池都知事の新指標と “フリップ芸” に見る警戒感の甘さ」 『BIGLOBE ニュース』2020年7月17日 7時5分(元記事『NEWSポストセブン』),https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0717/sgk_200717_1737069035.html

  だが,一度,東京都公式ホームページにある知事の記者会見動画をみていただきたい。毎週金曜日におこなわれる定例会見は50分ほどだが,冒頭の発言に20分ほど費やされる。その後の記者との質疑では,要領をえない答えがだらだらと続く。時間稼ぎとしか思えない。

 ある都庁詰めの記者はこう嘆く。「聞きたいことを質問しても,分かるようで分からない答えが返ってくる。あとで文章に起こしたものを読み返すと,結局答えになっておらず,記事にできないこともあった」。

 くわえて小池は,記者を指名する前に,手元に目を落とす。そこには私たち記者の座席表がある。厄介な質問をしそうなフリーライターや週刊誌記者を当てないようにするためだ。もしくは,どの社も報じないようなニッチな質問をするベテラン記者をあえて指名し,時間を稼ぐこともある。

 ところが「ニュース」になると,小池がフリップを出したり,「ロックダウン」と口にするところが切り取られ,有意義な記者会見がおこなわれたようにみえてしまう。小池の計算どおりだろう。

 「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)キャスターを経て政界入りした小池は, “切り取り” というメディアの特性を熟知している。ちなみにフリップを最初に使った政治家は小池だともいわれている。

 覚えている方は多くないかもしれないが,2016年6月,小池が東京都知事選の出馬表明をしたさいの公約は「任期3年半」であった。知事は総理大臣と違って解散権はない。知事の任期を変えるには,国会で地方自治法を改正しなければならない。つまり知事選での公約としてはズサンきわまりないのだが,メディアからすれば,小池が「自民党の了解をえずに出馬した」ことが格好のニュースになるのだった。

 以降,小池は,政界関係者の間でしかられていなかった “自民党東京都連のドン” こと内田 茂都議を炙り出し,五輪大会組織委員会会長・森 喜朗元総理,石原慎太郎東京都知事といった実力者に,女1人で果敢に食らいついていく。さらにみずからを,火あぶりの刑に処せられたフランスの国民的ヒロイン,ジャンヌ・ダルクになぞらえる。いかにもメディアが飛びつきそうな構図である。

 2)みずからには「過ちがない」都知事小池百合子の倒錯

 築地市場移転,東京五輪といった都政の重要分野にメスを入れはした。メディアも引きつけた。しかし,結局はすべて元の木阿弥になった。あの騒ぎはなんだったのか。だが小池は,けっしてみずからの過ちを認めない

 「小池知事に失敗はない。なぜなら絶対に失敗を認めないからだ」。ある東京都議会議員はこう指摘した。観客を最後まで飽きさせず,途中ハプニングがあっても平然と演技を続ける。そんな一流の舞台女優兼演出家が,小池百合子であった。

 小池が都知事選に出馬表明しても,特段の思い入れもないままに取材を開始したのだが,「小池劇場」の盛り上がりに私は興奮した。自民党という大組織に盾突いてまで出馬する女性候補の存在は,たしかに新たな時代の到来を感じさせた。

 だがすぐに違和感を覚えるようになった。小泉純一郎総理による「小泉劇場」,橋下 徹大阪府知事の「橋下劇場」と比べるとわかる。小泉なら「郵政民営化」,橋下なら「大阪都構想」という政策の旗印があった。しかし小池は,自民党東京都連を「ブラックボックス」だと目の敵にするだけだ。小泉は自民党,橋下は大阪維新の会を率いたが,小池はたった1人である。

 地に足がついていないのだ。頼るのは聴衆,すなわちメディアの盛り上がりだけだった。早晩,この手法では立ちゆかなくなるのは分かりきっていた。だがそれを指摘する報道は少ない。メディアは小池の繰り出す球を打ち返すだけで精一杯で,検証する間が与えられない。蓋を開ければ礼賛報道のオンパレードだ。それが “数字” を取るのだから修正されることはなかった。

 私が小池をつぶさに観察し,任期を終えた時に1冊にまとめて世に問いたいと思い立ったのは,そんな現場の記者たちの苦悩をしったからでもあった。その思いは,小池が,市場移転の方針決定で情報公開がなされていない点を定例会見で突かれたさい,「それはAIだからです」と応じたことで,いっそう強くなった。この政治家は「検証」されたくないのだ,と。

 3)「権力に憑かれた女」

 それから4年。小池は知事の任期を見事に泳ぎきった。しかし,新型コロナ禍というアクシデントに小池が日々対応するため,都政担当記者はまたも同じ悩みを抱えることとなる。任期を振り返る検証記事を書くべきなのに,記者の余力も,記事のスペースもない。気がつけば,都知事選に突入していた。

 本書のタイトルは『権力に憑かれた女』である。小池を追いかけてみて感じたのは,60代後半という年齢らしからぬ体力である。振りまわされ,疲弊していく周囲をよそに,いや,それを糧にして小池は生き生きと輝いていく。なにかに取り憑かれたかのように。「なにか」とは,私は「権力」だと思う。

 このままでは,小池百合子という政治家の本質を見失うことにならないか。それこそが,彼女の思惑どおりなのではないか。小池にとって,都民にとって,国民にとってこの4年間は,なんだったのだろう。1400日をドキュメントで振り返って検証したい。

 4)小池百合子学歴詐称疑惑」

 2020年6月18日告示,7月5日投開票の東京都知事選挙を前に,1冊の本が都政関係者を震撼させていた。5月29日に発売されたノンフィクション作家・石井妙子著の『女帝 小池百合子』(文藝春秋)である。

 石井は月刊『文藝春秋』(2018年7月号)で,小池がエジプト・カイロ大留学時代に同居していた女性から詳細な証言を取り,小池の「カイロ大卒」という経歴に疑義を唱えるレポートを発表。それをベースとし,『女帝』では虚飾にまみれた「女一代記」を描いた。反響はすさまじく,都庁内の書店ではすぐに完売。ネット上でも話題になった。

 本書の「はじめに」で触れたように,小池は人気ユーチューバーとコラボ動画をつくるほど,ネット情報に敏感だ。自身の評価を確認する「エゴサーチ」もしているという。『女帝』の反応が目に飛びこまないわけがない。この定例会で,自民党都議から著書について質問をされたさい,小池は「本を読んでいない」と白を切ったのだが,関係者はこう明かす。

 「知事は発売前から中身を気にしており,側近が記者らに内容を探っています。本の隅々まで読む時間はないにせよ『文藝春秋(の記事)と内容が同じでよかった』と安堵したといいます」。

 小池はこれまで「カイロ大卒」を選挙公報に載せてきた。もしウソなのであればれっきとした公職選挙法違反だ。都議会でも自民党共産党が,卒業証書の議会への提出を求めてきたが,小池はどういうわけか拒否。一部メディアに不鮮明な画像のものを提示したり,6月9日にカイロ大学が突然,「卒業を証明する」との声明を出すなど,信憑性に疑問符がつく一方だった(6月15日の記者会見後,卒業証書を報道陣に公開。都知事選公報にも「カイロ大学卒業」と記載された)。

 そこで定例会最終日,議会として,小池に卒業証明書提出を促す「決議」を出そうとの動きが高まった。だが都民ファーストの会公明党の “小池与党” が過半数を占めている以上,「決議」は可決されない。さらに自民党は,小池への対抗馬擁立を断念した経緯がある。党幹事長・二階俊博の側近,林幹雄幹事長代理が都議会自民党幹部に「エジプトに喧嘩売ることになるぞ」と待ったをかけた。要は二階の圧力である。前のめりの一部都議や共産党との調整に手間どり,開会時間が遅れたというわけだ。

 待ちぼうけをくらった小池は,苛立つ様子もみせず,自身のタブレット端末を手にして時間をつぶしている。議事堂6階にある本会議場は吹き抜けになっていて,私たち記者や傍聴者は7階から入る。私はいつものように,知事や都庁幹部の席を見下ろす位置に座っていた。そこから小池の手元がよくみえるからだ。私は記者席から身を乗り出してタブレットを凝視したが,なんの画面かはわからなかった。

 5)「思えば1年前はもっと長閑だった」

 2020年7月24日開幕の東京五輪を待つばかり。都知事選挙は五輪開会式の直前におこなわれ,そこで開催都市のトップを変えようとはなるまい。だから今後,安全運転で都政運営がおこなわれれば,小池の知事再選はほぼ既定路線とみられていた。

 その「半年ほどは,都庁関連のニュースは少なく,ローカル面以外に記事を書いた記憶がない。朝夕の知事のぶら下がり取材をする記者もいませんでした。あまりに原稿を出稿しなかったから,異動になるかも,と思ったほどです」。ある全国紙の都庁担当記者は,当時の雰囲気をそう回想する。

 そんな開店休業状態の私たち記者を叩き起こしたのが,マラソン競歩の会場移転騒動である。都庁担当記者が異変に気付いたのは,2019年10月16日,都庁第一本庁舎7階にある知事執務室に,東京五輪組織委員会会長・森喜 朗と事務総長・武藤敏郎が極秘に訪れたことをキャッチしてからだった。

 さて,以上の「(つづきは,書籍にてお楽しみください)」ということなので,本ブログ筆者からは,つぎのように補足説明しておく。

 2020東京オリンピックにおける競技のうち「マラソン競歩の会場移転騒動」とは,この2競技を札幌に移しておこなう件に関する話題であった。しかし,2020年に入って本格的に襲来してきた新型コロナウイルス感染問題のために,ひとまずこの東京オリンピックじたいが1年延期という措置になっていた。もっとも,大方の観測としては,おそらくこの東京オリンピックの開催そのものが,多分,困難だと予測されている。

 6) なお,和田泰明『小池百合子 権力に憑かれた女-ドキュメント東京都知事の1400日-』光文社,2020年7月16日発行の目次は,つぎのとおりである。

 第1章 東京五輪と新型コロナ
 第2章 女性初の東京都知事
 第3章 自民党東京都連のドン
 第4章 側近政治
 第5章 築地か,豊洲
 第6章 「排除いたします」
 第7章 権力に憑かれた女
 第8章 安倍と二階と官邸と

 この本の「内容紹介」はまず,「小池百合子は,メディアの特性を熟知している。築地市場移転,東京五輪にメスを入れはした。新型コロナウイルス対策でも,愚策をつづける安倍晋三と政権与党との差は歴然だった。だが,政治家としてのビジョンはなにもみえてこない。いったい,なにをやりたいのか? なにをめざしているのか?」となされている。

 確かにそのとおりであった。2020年7月下旬の段階になっても,都知事であるこの小池百合子の立場・思想が,いったいどのような東京「都政像」を設計しようとしているのか,さっぱり伝達されてこない。その点の問題点は,小池百合子の「過去4年間における都政ぶり」をめぐって著わされたこの本の題名に,よく表現されている。まさしく『権力に憑りつかれた女』の生きざまの分かりにくさ・不可解さがとりあげられていた。

 7)「権力欲だけを志向してき生きてきた女流政治屋」の空虚さ

 和田泰明『小池百合子 権力に憑かれた女-ドキュメント東京都知事の1400日-』に対しては,アマゾンの書評が2件投稿されている。今後もたくさんの感想文が寄せられるはずだが,すでにこの2件を読んだだけで,小池百合子という政治屋の根源的な限界,すなわち「都民のための都政はできるわけもない・するはずもない」この人の特性が,的をはずすこともなく,いってみればたやすく指摘されている。

 ※-1 まおたん (^^)  -5つ星のうち 5. 0 『女帝  小池百合子』とは良い意味で違ったアプローチの良書。2020年7月17日に日本でレビュー済み

 

 『女帝  小池百合子』(文藝春秋〔5月〕)はいろんな意味で驚きの書だった。今回,週刊文春記者が小池百合子を書くとのことで,さらなるスキャンダルが出てくるのかと期待をしながら本書を手にした。その期待は良い意味で裏切られました。

 

 本書は,政治家そして東京都知事として小池百合子がなにをしてきたのか,してこなかったのかを,地道な取材で集めたファクトを元に明らかにしている。週刊誌の記者が,どのように取材をするのかも伝わってきます。この4年間の東京都政が何だったのかを,いくつかのテーマを立ててわかりやすく解説してくれる良書だと思います。

 

 ※-2 711 -5つ星のうち 5. 0 週刊文春記者による丁寧な取材。2020年7月20日に日本でレビュー済み

 

 発売のタイミングから,話題の『女帝  小池百合子』と比較せざるをえない。『女帝  小池百合子』は小池百合子という「人間」が生まれたルーツを丹念にさかのぼりつつ,平成という時代とメディアを批判的に検証した,10年に1度の傑作ノンフィクションだった。

 

 『女帝~』はメディアにも読者にもおおむね好意的に受け止められている一方で,一部には「政治家は出自や学歴ではなく,政治家としての実績で評価されるべき」という見方もある。むろんその点は『女帝~』でも検証されているが,紙幅とテーマの関係性から,十全とはいいがたい。

 

 週刊文春記者の初の著書となる本書は,懸案となる小池の「政治家としての資質と実績」にスポットライトが当てられていて興味深い。さらに興味深いのは,『女帝~』と本書が異なるアプローチで取材・執筆されたにもかかわらず,描かれている小池像とその評価が驚くほど似ていることである。

 

 浮かび上がってくるのは,スポットライト好きで中身がなく,権力欲だけは異様にある空疎な政治家の姿である。

 

 週刊文春といえば,スクープとスキャンダルが金看板だが,本書にはスキャンダラスな要素はほぼなく,地道で丁寧な取材が印象深い。世の中をアッといわせるスクープは,このような取材の延長にあるのだと気づかされる好著である。

  石井妙子『女性 小池百合子』と和田泰明『小池百合子 権力に憑かれた女-ドキュメント東京都知事の1400日-』の公刊によって,小池百合子の「空虚な実像」,単なる権力志向マシン的な女性政治屋の素性(お里)が,歴然とあばかれたことになる。

 さきほど「政治家は出自や学歴ではなく,政治家としての実績で評価されるべき」だという指摘がなされていたが,これは一知半解の政治学的な分析課題に関した理解である。「政治家の出自や学歴」についても「政治家としての実績」についても,彼ら・彼女らの全容を把握し,その政治家としての行跡を追究する必要がある。

 安倍晋三という「世襲3代目のお▼カ政治屋」である存在についてだけでなく,自民党を中心に世襲政治家がそれこそ浮塵子(ウンカ)のごとく蝟集している「日本の政治」の実相を目前にして,「政治家は出自や学歴ではなく,政治家としての実績で評価されるべき」だというのは,99%間違えているか,そうでなければ問題意識を完全にとり違えている。

 安倍晋三に関するヨイショ本ではない,ごくふつうに解明している前段のごとき著作は,この晋三の「出自や学歴」にまつわる話題が,このボンボン政治屋の為政にどのような影響をもたらしてきたかを,詳細に説明している。これと同種の問題は小池百合子についても,当然にある。石井妙子の本もそのあたりの形跡をくわしく書いていた。

 そうした観点にかかわる議論はいったん置いても,日本の国政と都政をになってきたこの2人のせいで,最近におけるコロナ禍下のこの国やこの首都は,ほとんど大混乱と形容してもいいような “失政と混迷の渦巻き流” になっている。

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 3月24・25日を境に,新型コロナウイルスに対する「東京アラート」とかの警戒警報を発動していた都知事小池百合子であった。だが,その後における対応をみたら,当初からあまりにもはでに「都庁舎やレインボーブリッジをライトアップ」したりまでして,はしゃぎすぎてしまった。

 そのために小池百合子はいまでは,それに代わる「都民向けに注目される対策」を打ち出せないまま,7月段階になって再現象してきたコロナ感染者の増大傾向に対して,ただ「都民に対して注意を喚起する」呼びかけしかできないでいる。いうなれば,現状において彼女は「無為・無策・無能・無体」の姿勢しか採れないのである。

 つまり,現況のごときコロナ禍のなかで都民は,小池百合子都知事が「権力志向マシン」である自分の存在意義を,その実際の中身以上に誇大にみせつけることを許せなくなっている。彼女にとってみれば,ずいぶん都合の悪い「都政をかこむ政治環境」になっていた。

 このところになっての話題となるが,安倍晋三首相がコロナ禍に対して以前(5月下旬)に宣言したつもりの文句,「日本モデルでコロナを撃退した,打ち勝った」とする「勝利宣言」は,それからちょうど2ヵ月が経った7月のいまとなってみれば,「コロナの再襲来」を受けているのだから,奇想天外的に笑止千万である。

 新型コロナウイルス感染症の問題に対して,安倍晋三のように「日本モデルで征服した」とか自慢げに自己表現することが,いかに馬鹿げた誇大妄想的な発言であったかは,あらためて説明するまでもない。まるで稚児の発言である。

 ということであり,「政治家の出自や学歴」も「政治家としての実績」も併せて解明すべき彼らや彼女らの「政治家(政治屋)としての行跡」を検討すべきである。深く考えるまでもなく,当然の手順である。

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