安倍晋三首相が靖国神社に参拝にいけないのはアメリカの指導,「戦後レジームからの脱却」とは口ばかりの念仏,対米服属路線を深めてきただけ

 2020年8月15日,安倍晋三は首相としてまたもや靖国神社に参拝できなかったが,玉串料の奉納で済ますかっこうで「国家神道としての宗教的な行為」を重ねてきた

 もっとも,対米服属路線から脱却できない(「戦後レジームからの脱却」などできるわけもない)安倍晋三の立場は,アメリカ側の意向に屈服した行為しかなしえず,心中では歯ぎしりして悔しがっていながらも,いかんせん逆らえない

 7年前の2013年10月3日,ケリー国務長官ヘーゲル国防長官がそろって来日したが,この2人はまず皇居近くの千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れ,献花していた。このアメリカ側の意向は「 “日本国首相である安倍晋三” に対する,こうしなければダメだぞという『直接的な指導』」であった

        (2013年10月20日)の記述を(2020年8月16日)的に復活させ再掲する


  要点:1 靖国神社に8月15日という敗戦記念日に参拝する行為は,旧大日本帝国の敗北を認められない自民党・保守でも「極右・反動の政治家」たちが採る立場からのものである

  要点:2 天皇家,とくに昭和天皇の戦争体験にもとづく「敗戦後観」をまともに理解できない彼らは,勝利神社変じて敗戦神社になりはてた「靖国神社の歴史的な本質」を悟りえないでいる。

   
  前   言

 本日は2020年8月16日である。昨日の8月15日「敗戦記念日」の出来事が,本日新聞の朝刊にニュースとして,あれこれ報じられている。とくにコロナ禍の最中にあって,今後に向けてその影響がいつ・どのように収まりうるのかさえよく見通しがつかないなか,新しく天皇になっていた徳仁が2回目に体験する「全国戦没者追悼式」の「おことば」は,あの戦争で「いのちを落とした人びと」として「念頭に置く集団」というものを,完全には絞りきれていない。それでもともかくその最後部分がこう語っていた。

 ここに,戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ,過去を顧み,深い反省の上に立って,再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い,戦陣に散り戦禍に倒れた人びとに対し,全国民とともに,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

 「戦争の惨禍」によって「戦陣に散り戦禍に倒れた人びと」とは,いったいどのような範囲の人びとまでを意味するのか。もしも,日本「国籍」人であるその「全国民」しか意味しないとしたら,旧・大日本帝国大元帥の立場にいた彼の祖父にかかわる戦争責任の問題についても,天皇家の一員である彼(孫:徳仁)の口からは,日本国民たちに限定される問題としてしか述べられていないことになる。この論点については徳仁もまた,まだ明確に語りえない諸域を残している。

 ここではまず,昭和天皇⇒平成天皇⇒令和天皇たちが,全国戦没者追悼式の舞台において,あの戦争のために犠牲となった国民たち(これには,旧日帝の植民地出身の人びとも含めてでないとおかしいし,もっと広げては世界すべての国の戦没者にも思いを寄せる余地もある)を悼むことにするにせよ,さらにつぎの点も配慮しておかねばならない。

 靖国神社がかつては天皇家のための「戦争・督戦・勝利神社」であった。しかし,敗戦を契機にもっぱら「慰霊のための敗戦神社」へとその基本性格を切り替え,限定せざるをえなくなっていた。この事情の推移のなかで,実はまったく顧慮されてこなかった「特定の事実経過」の介在,いうなれば「靖国神社の敗戦後にたどった姿容の過程」と,そしてこの事実に深くかかわってきた天皇一族側の「対・靖国神社問題意識」が,あらためて問題にされていなければならなかった。


  東京裁判極東国際軍事裁判〕の歴史的な意味と,その国家的な責任を
     弁えない政治家たちによる「靖国参拝行為」の歴史反動的な意味

 以上の前提に関する記述(前言)を受けて,この②からは,本(旧)ブログが「2013.10.20」に記述していた,主題『天皇の意思に逆らう自民党政治家たちの靖国参拝』,副題「敗戦神社に参拝にいく愚行を重ねる日本の政治家たち」という文章を,以下に復活・再掲する。

 『序  言』 日本政府が正式に認めていた「東京裁判とその判決(結果)」を,いまさら認めたくないといいはりたいのであれば,もう一度,米欧・中国との戦争を始めて,再度決着を付ければよい(この発言は,非現実的もいいところの,夢想的な空想話であるが)。昭和天皇・平成天皇〔そしておそらく令和天皇も〕は,「A級戦犯が合祀されている靖国神社」〔1978年10月17日に合祀されていた〕に参拝にいかなくなったのは,彼らなりに,歴史的な含意,別言すれば「逆説的なその愚:皮肉さ加減」を,よくよく悟っているからである。

 昭和天皇は,大日本帝国を統帥する大元帥として戦いに破れ,連合国軍に降参し,その敗北を認めた。また,敗戦後は〈ただの天皇〉としてうまく生き残れる人生を過ごしてきた。この事実は,マッカーサー元帥の全面的なお蔭ではなく,アメリカ政府そのものの意思によって生起した〈敗戦事情〉であった。

 なによりも,A級戦犯たちが「彼の身代わり」になってくれていた。それゆえ,A級戦犯たち=「将軍や政治家や外交官」が《英霊》として合祀されてしまった靖国神社(戦勝〔!?〕神社)に参拝にいく行為は,昭和天皇の敗戦後的な立場(利害状況)に照らしていえば,自分たち〔天皇一族〕の存在意義が,ただちにかつ完全に否定される “歴史的な意味あい” をもっていた。裕仁はこの点を重々に承知していたし,いまも,そのとおりに歴史(つまり「敗戦後史の目玉」)を認識している。

 したがって,与野党を問わず,政治家たちが靖国神社にいって参拝する行為は,「天子さまの御心に真正面より逆らう」,〔分かりやすい表現を借りれば〕「〈不逞の輩が犯すごとき不敬に相当する行為〉」以外のなにものでもない。

 毎年,政治家たちによって反復されている,このような靖国参拝という国家宗教(国教)的行動に原因する「日本初の東アジアにおける国際的な騒動」は,天皇側にとってみれば,いつもとても苦々しい気分にさせられる,それでいてともかく “黙って観ているほかない出来事” なのである。天皇側は「靖国神社」問題が,社会的に騒がれるたびに,いつも非常な苦痛を深く感じてきた。

 だが,天皇家側の立場とすれば,日本国憲法にもとづいた,あるいはその後において今日まで,天皇の行為として許された範囲内でしか,発言(意思表示)はできない。こうした「彼らの立場」であるから,「靖国参拝問題」について,強く感じとっているはずの彼らの苦渋に満ちた立場は,文句・苦情・批判などとしてじかに表現されることは,ほとんどできないでいる。ここには,天皇家側のとって,相当に苦しい〈歴史的な立場,つまり敗戦後事情の経緯(縛り!)があった。

 

 戦没者追悼 新たなあり方さぐる時」朝日新聞』2013年10月19日朝刊「社説」

 安倍首相が,靖国神社の〔2013年〕秋の例大祭での参拝を見送った。外交への悪影響や,台風26号の被災者の救出活動がなお続いていることを考慮したという。妥当な判断だ。一方,昨日までに新藤総務相や「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の 157人が参拝した。首相自身は就任後は控えているが,閣僚らの参拝は定着しつつある。

 首相や閣僚が靖国にいくかどうか。例大祭終戦の日のたびに内外から注目されるのは,やはり異様なことだ。首相は在任中の参拝に,なお意欲を示しているという。だが,その意欲はむしろ,多くの国民が心静かに思いを捧げることができ,外交的な摩擦を招くことがないような,新たな戦没者追悼のあり方を考えることに注げないだろうか。

 首相をはじめ政治指導者の靖国参拝には,賛成することはできない。靖国神社は,亡くなった軍人や軍属らを「神」としてまつった国家神道の中心施設だった。戦後は宗教法人として再出発したが,A級戦犯14人を合祀したことで,戦争責任の否定につながる政治性を帯びた。指導者が詣でれば,政教分離の原則に反する疑いが生じるとともに,靖国神社歴史観を肯定したと受けとられる。戦場で命を奪われた犠牲者を偲ぶ遺族らの参拝とは,おのずと性格が異なるのだ。

 さきごろ来日したケリー国務長官ヘーゲル国防長官は,米国の閣僚として初めて千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花した。墓苑は海外での無名戦没者約36万柱が眠る国の施設だ。1959年の創建時,「すべての戦没者を象徴する施設に」との構想もあったが,靖国の価値を損なうとの反発を受けた。こうした経緯から,外国政府の高官はほとんど訪れたことがない。

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 註記)千鳥ヶ淵戦没者墓苑で2013年10月3日,ケリー国務長官ヘーゲル国防長官(左側画像で)。

 ケリー氏らの意図は定かでないが,海外の要人が訪れる追悼の場として,ひとつの可能性を示したのはたしかだろう。2001年から靖国参拝を繰り返した小泉元首相の在任中,新たな国立追悼施設の建設や千鳥ケ淵の拡充が議論された。だが自民党内外の反発は根強く,議論は沙汰やみになった。

 それでも,2002年に政府の懇談会が出した「新たな施設をつくり,21世紀の日本は国家として平和への誓いを内外へ発信すべきだ」との報告には,いまなお意義がある。戦後70年も近い。もう一度,当時の検討を再起動させるべきではないか。(引用終わり)

 補註)アメリカ政府のもっとも枢要な地位を占める高官2人,ケリー国務長官ヘーゲル国防長官〔当時〕が千鳥ヶ淵戦没者墓苑を献花したという,アメリカ側の政治的な行動(日本政府:安倍晋三政権への圧力行使)の意味は,どこにあったのか。

 ところで,靖国神社は「アメリカ合衆国などとの戦争に負けた日本の兵士たちの霊を祀っている神社」であるから,本ブログが冒頭で触れたように,ここに日本の政治家たちが参拝にいくのは,日米安保条約を基本とする現在までの二国間関係,とくにその軍事同盟関係の歴史的な意味あいを無視した行動である,と批判したことにもなる。

 日本側の識者・専門家においては,このような観方でもって「政治家たちの靖国参拝を議論・批判する」視点がほとんどみあたらない。しかも,以上のごとき政治現象は,日米関係にとってあまりにも当然な「上下の従属関係・秩序」のなかでこそ,実は起きている事象なのである。

 ところが,そうした現実的な問題次元を直視しない論調しか登場していない実状は,ある意味でかなり奇怪な状況である。本(旧)ブログは別途,前記のアメリカ高官2名の「千鳥ヶ淵戦没者墓苑献花」については,「2013. 10. 4」の記述「伊勢神宮遷宮問題;「天皇教」政教一致の日本国の「重大問題」(2)」で論及していた。

 補注1)この「2013.10.4」の記述は,題名を変えていたが,本ブログ内ではつぎの記述として公表していた。

 補注2)本記述と重複する内容があるが,すでにこの ③ の主旨は,つぎの記述がより早い時期に,詳細に議論していた。

 

 「安倍首相の靖国参拝見送りを評価 米上院外交委員長」朝日新聞』2013年8月15日

 この記事の報道は2013年8月15日,いわゆる「終戦記念日」という「大日本帝国が敗北した日」におけるニュースであった。冒頭のみ引用する。

 「来日中のメネンデス米上院外交委員長(民主党)は〔8月〕14日,東京都内で記者会見した。安倍晋三首相が15日に靖国神社に参拝しない意向を固めたことについて「地域のなかでの日本の未来を見据え,決定の重要性を理解していることの表われと思う」と述べた。

 註記)http://digital.asahi.com/articles/TKY201308140618.html?ref=comkiji_redirect

 この記事は,日本国首相の行為のありかたに対して,アメリカが論評をくわえてきた関係を伝えている。ここで「地域のなかでの日本」という表現は,近隣諸国のことも去ることながら,アメリカじたいとの関係を日本はより強く意識せよといっているに違いない。

 

 「総裁名で奉納,中韓に配慮 安倍首相,靖国参拝見送り玉串料朝日新聞』2013年8月15日

 安倍晋三首相が終戦の日の〔8月〕15日は靖国神社に参拝せず,自民党総裁として玉串料を奉納する意向を固めた。第1次内閣のときに参拝しなかったことを「痛恨の極み」と語る首相だが,中国,韓国とのさらなる関係悪化を避ける。一方で玉串料を奉納することで,外交的な配慮と首相自身の「思い」を両立させる考えだ。

※ キーワード:玉串料と真榊(まさかき)

 

 神社にお参りしたさいやおはらいを受けたさいの謝礼として,金銭を包んで奉納するのが玉串料。初穂料とも呼ぶ。

 真榊は神前に供えるサカキの鉢植え。靖国神社に奉納できるのは,1年でもっとも重要な祭事である春と秋の例大祭のみ。安倍首相は第1次内閣の2007年も今年も4月の春季例大祭で真榊を奉納した。

 註記)http://digital.asahi.com/articles/TKY201308140551.html?ref=comkiji_redirect

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 出所)http://item.rakuten.co.jp/yoneharabutuguten/650-1202/

 なお真榊(上には販売されている『商品見本』を示してみた)とは,神事の場で祭壇の左右に立てる神具であり,五色の幟の先端に榊を立て,三種の神器をかけたものである。

 この榊を神に供えることは,この榊には鏡・玉・剣の三種の宝をかけてあることから,天の岩戸から天照大神の出現を祈ること,すなわち,神が降りる「よりしろ」を,人間の境界にあるこの榊(さかき:境木を語源とする説もある)に求めたものである。

 したがって,つぎの ⑥ 以降の関連記事においても重ねて紹介されるが,靖国神社への参拝と同じに宗教行為的な意味をもつのが,この「真榊の奉納」である

 

 「安倍首相,靖国参拝見送り 秋の例大祭,真榊奉納へ」朝日新聞』2013年10月17日

 安倍晋三首相は〔2013年10月〕17日から靖国神社で開かれる秋季例大祭に参拝せず,神前に捧げる供え物「真榊(まさかき)」を奉納する意向を固めた。参拝の是非を検討したが,外交への影響を考慮したことにくわえ,台風26号の災害対応のさなかでもあり,国内外に波紋を広げるのは適切でないと判断した。第1次内閣で参拝できなかったことを「痛恨の極み」としていた首相は,自民党総裁就任後の昨年秋の例大祭には参拝。ただ,昨〔2012〕年末の政権発足後,今〔2013〕年4月の春季例大祭でも真榊を奉納。8月15日の終戦の日玉串料にとどめた。

 首相は秋季例大祭の参拝について「国のために戦い,命を落とした英霊に尊崇の念を示すのは当然だ」としつつ,「外交問題化しているなかでいくいかないをいうのは控える」としていた。首相は閣僚の靖国参拝については「自由意思」としており,容認する考え。20日までの秋季例大祭の期間中,新藤義孝総務相古屋圭司拉致問題相が参拝する見通しだ。春季例大祭では,新藤,古屋両氏と麻生太郎副総理,稲田朋美行革相の4閣僚が参拝した。終戦の日には新藤,古屋,稲田3氏が参拝している。

 註記)http://digital.asahi.com/articles/TKY201310160832.html?ref=comkiji_redirect

 補注1)昨日,2020年8月15日における前段に当該する記事は,こう報じられていた。

 安倍総理大臣は今〔2020〕年も終戦の日靖国神社参拝を見送り,代理を通じて私費で玉串料を奉納しました。また,閣僚では小泉進次郎環境大臣,萩生田文部科学大臣が参拝しました。閣僚としての参拝は当時の高市総務大臣,丸川オリンピック・パラリンピック担当大臣の2人が参拝して以来,4年ぶりです。

 註記)https://news.tv-asahi.co.jp https://www.youtube.com/watch?v=DDQfK9pQ0rw

 補注2)関連する批判。

 前川喜平(右傾化を深く憂慮する一市民)@brahmslover
   7:19 PM · Aug 15, 2020

 

 閣僚,なかでも宗教を所管する文部科学大臣が,靖国神社に参拝することは,憲法政教分離原則に違反する行為である。政教分離原則という視点でみると,戦没者追悼式の挨拶で「御霊(みたま)」という言葉がしょっちゅう使われるんだが,これだってもともとは神道用語なんだね。国家神道のもと,戦場に送られて悲惨な最期を遂げた戦没者に対して使うべき言葉ではありません。

 註記)「戦没者追悼式で『歴史に向き合う』かわりに『積極的平和主義』を口にするペテン総理!&靖国参拝でしたり顔の進次郎に『そこじゃない。モーリシャスへ行け』の声!!」『くろねこの短語』2020年8月16日,http://kuronekonotango.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-cdf758.html

 さて,「国のために戦い,命を落とした英霊に尊崇の念を示すのは当然だ」という理屈となれば,なにも靖国神社でなければならない絶対的な理由はない。靖国神社国家神道に拠った明治以来の,いいかえれば,国家運営〔旧陸海軍〕になる特別の《戦勝神社》であった,という “歴史的な源泉” を想起すれば理解できることであったけれども,

 前述のように「この神社にいって参拝する行為」は実は,第2次大戦後中に戦没〔戦死・戦病死・戦線脱落死・餓死・海上水没死・捕虜死など〕した無数の死者霊魂の気持や,この家族(遺族)たちの感情を逆なでする行為なのである。

 靖国神社は,戦争に勝つために動員された人々--日本国内の臣民のみならず植民地各地の若者もいた--が,この勝つための戦争において「難死した場合」だけを想定して創建された「明治帝政の国立神社」であった。

 それゆえ,敗戦してしまった以後における「日本の立場」から「命を落とした英霊に尊崇の念を示す」という理屈は,そもそも理屈としてから成立しえないもの(無効・無用・無益)である。これは,無理に無理を重ねた〈非論理の屁理屈〉にしかなりえない。そもそも「敗戦の歴史的な意味」から視線をそらしたまま,そのように英霊ウンヌンを強調する「戦争にまつわる〈歴史回顧の価値感〉は,敗戦までの日本における戦争史の展開内容を,それこそ「群盲象をなでる」がごとき《感覚》しか展示できない。

 もっとも,戦争に勝ったところでも,もちろん戦死者は大勢出る。こちらの場合であれば「命を落とした英霊に尊崇の念を示す」という甲斐も,それなりにありえようというものである。だが,「大東亜・太平洋戦争」には完敗した旧・大日本帝国戦争であった。それも「天皇ために戦った戦争」として大敗していた。

 そしてまたこの天皇もその負け戦を認めていた。そうなのであれば,この天皇のためにだといって『定義されていた〈英霊〉の概念』も,本当のところは1945年8月を境に,まったく成立しえなくない概念になっていたはずである。

 ところが,あの大戦争が日本帝国の敗退に終わってから,すでに70年近く〔75年〕が経過している。そうだというのに,いまだに「日清戦争あたりから続く戦勝気分の思い出」に浸っていられるつもりなのか。司馬遼太郎が草場の蔭で苦笑していないか? 「坂の上の雲」からは “土砂降りの豪雨” が降る結末になっていたからである。

 日本の神社としては《極端に異例な内容である》といっていい話題になるが,靖国神社に合祀されているのは “なんと246万以上もの” 『柱(御霊)』であり〔これ以外に元皇族もべつに1座として祀られているが,ここではくわしく触れない〕,つまり,その「集団の英霊(!)」が祭神として祀られている,というのであるから驚きである。

 日本の他の多くの神社に比較してみればよい。こんな神社は《例外中の例外》(「秘中の秘」?)である。靖国神社の基本性格は特段に異様さを飛びこえている。「尋常ならざる怨霊の世界」が,いまもなお,九段の地に実在する。みようによっては,あのりっぱな神殿が建造されていても,ときには「幽霊屋敷」に映るかもしれない。

 つまり「戦勝のためではなく,戦敗のために死んでいった者たちの霊」が,それほど「無慮」に合祀されている,このような「靖国神社」のいわば「奇怪かつ醜悪な姿」は,想像を絶した旧・国家神道式になる宗教施設のあり方,それも反宗教的な実姿を表現している。

【参考記事】

 

 「参拝見送り,中韓に配慮 安倍首相,靖国神社に真榊奉納」朝日新聞』2013年10月18日朝刊

 この記事は ⑤ を受けた報道内容である。それゆえ,前後する記述はだいぶ重複気味となるが,論旨の展開上,容赦を乞いたい。

 安倍晋三首相は10月17日,秋季例大祭が始まった靖国神社に,神前に捧げる供え物「真榊(まさかき)」(サカキの鉢植え)を「内閣総理大臣  安倍晋三」の名前で奉納した。昨〔2012〕年末の政権発足後,今〔2013〕年4月の春季例大祭,8月15日の終戦の日に続く3度目の節目でも参拝を見送った。中国,韓国との関係悪化を避ける狙いだが,両国はなお冷ややかな視線を向けている。       
    
 『関係改善に神経,反応は冷ややか』 首相は例大祭の直前まで,参拝するか検討してきた。第1次内閣で参拝できなかったことを悔やむ首相の意欲は強い。ただ,就任後初の参拝に踏み切れば,中韓との関係はますます悪化し,アジアの不安定化を嫌う米国は不信感を強める。直前の台風26号が東京都大島町などで大きな被害を及ぼし,対応に追われているときに波紋を広げるべきでないとの判断もあり,参拝見送りを決めた。

 首相は中韓との関係改善に神経を使ってきた。〔2013年〕9月にはロシアで中国の習 近平(シー・チンピン)国家主席に立ち話をもちかけ,10月にはインドネシアで韓国の朴 槿恵(パク・クネ)大統領と「社交的な話」(首相)に踏みこんだ。それだけに政権内で参拝見送りの見方が強まり,「首相がいくといったら『やめてください』と進言する」(政府関係者)という声も出ていた。

 一方,4月の春季例大祭,8月15日の終戦の日,10月の秋季例大祭という節目を経て,安倍政権の「靖国参拝ルール」は定着してきた。閣僚参拝を「自由意思」(首相)として容認し,自身はその都度判断して「参拝カード」を残すというものだ。4月は4閣僚,8月は3閣僚が参拝。10月20日までの秋季例大祭には,少なくとも新藤義孝総務相古屋圭司拉致問題相が参拝する見通しだ。

 だが,そんな首相の手法に中韓は冷たい。中国外務省の華 春瑩副報道局長は10月17日の会見で「日本には,いま一度侵略の歴史を直視することを望む」と述べた。韓国外交省も同日,趙 泰永(チョ・テヨン)報道官の名で論評を発表し「靖国神社に再び供え物をしたことに深い憂慮と遺憾の意を示さざるをえない」と批判した。 

 首相の参拝に期待する支持層からは不満の声も漏れる。首相が会長を務める保守系議員グループ「創生日本」は17日,国会内で会合を開き,今月末に総会を開くことを決定。だが,出席者からは「靖国にいかない会長のもとで研修して意味があるのか」という声が上がったという。首相は周囲に「靖国にいくことをやめたわけではない」と語り,引きつぐき任期中の参拝に意欲を示す。ただ,首相周辺は「このままでは,いつまでたっても参拝できなくなる」と語り,焦りをみせている。

 補註)以降に言及する報道の中身ともすべて関連しているが,前述に指摘したとおり「アメリカ政府のもっとも枢要な地位を占める高官2人,ケリー国務長官ヘーゲル国防長官が千鳥ヶ淵戦没者墓苑を献花した」という行動を実際に示すかたちでもって,アメリカ政府は,日本政府「与党:自民党」筋に対して特定の示威(要望としての強要)を実行したのである。日本はアメリカに対する配慮が絶えず,中国や韓国に対する配慮よりも大事にされる国家である。米日の力関係は圧倒的に前者にある事実は,指摘するまでもない。

 

 中韓に配慮も修復遠く 首相,靖国参拝見送り-『尖閣』『慰安婦』は膠着,首脳会談メド立たず-」日本経済新聞』2013年10月18日朝刊

 この記事はすでにいくつか引用・紹介したものと内容がさらに重複するが,論旨の徹底を意図して省かず,活かすことにした。注意して読んでもらえば,明確に異なる新しい指摘もあることは,気づくはずである。

 a) 安倍晋三首相が靖国神社の秋季例大祭(2013年10月17~20日)での参拝を見送る。参拝を警戒してきた中国や韓国との摩擦回避を狙ったが,日中,日韓関係が一気に好転する可能性は小さい。沖縄県尖閣諸島をめぐる日中対立や,韓国との従軍慰安婦問題などは膠着状態が続いており,首脳会談への道は険しいままだ。

 「私から中国,韓国に対話を呼びかけている。対話のドアはつねにオープンだ。中国,韓国にも同様の対応を期待する」。10月17日の参院本会議の各党代 表質問で,首相は中韓にこう呼びかけ,首脳会談への意欲を示した。この数日前までに首相は周辺に「春と同じようにやってくれ」と伝え,4月の春季例大祭の 時にならって参拝の代わりに靖国神社に真榊(まさかき)を奉納するよう指示していた。

 補註)途中で指摘するが,靖国神社への真榊奉納は,完全に宗教行為を意味する。特定の神社に対して,それも元国営の,さらにいえば大日本帝国時代の軍国主義精神を変更をする意向などまったくもたない〈戦勝神社〉,より正確にいうと完膚なきまでに「戦敗したこの神社」であり,すなわち,いまでは「用なしであるはずのこの戦争神社」に対して,宗教的な礼拝行為に相当する「真榊」を奉納を,首相みずから手配したる行為は完全に,政教分離の原則に反したものである。

 春と秋にある例大祭靖国神社のもっとも重要な祭事である。最近も「英霊に尊崇の念を示す。国のリーダーとしても当然の権利だ」と語っていた首相にとって参拝見送りは苦渋の決断だ。自民党総裁選では保守色の強い政策をかかげて勝ち抜いたが,昨〔2012〕年末の首相就任以降,春季例大祭終戦記念日を合わせ3回の参拝機会を見送ることになった。

 支持基盤の保守層は在任中の参拝への期待が強く,参拝を見送り続ければ不満が高まる可能性がある。菅 義偉官房長官は10月17日,在任中の参拝について「気持はまったく変わっていないだろう」と首相の意欲を代弁した。それでも首相が今回も見送りを決めたのは,中韓との決定的な対立を避けるとともに,両国との関係悪化を望まない米国に配慮するという外交判断があったのは明らかだ。

 昨〔2012〕年5月以来の中韓との首脳会談につながるとの見方は政府内でも少ない。とりわけ中国は尖閣諸島をめぐる問題で,韓国は島根県竹島(韓国名・独島)の領有権問題にくわえて,朴 槿恵(パク・クネ)大統領が重視する旧日本軍による従軍慰安婦問題で,ともに強硬姿勢を崩していないからだ。これらの問題で首相に中韓両国が納得するような対策を打ち出す考えはいまのところなく,政府高官は「首脳会談は腰を据えた長期戦を覚悟するしかない」と語る。

 アジア太平洋経済協力会議(APEC)や東アジア首脳会議など一連の国際会議が終わり,年内は日中韓首脳が同席する会議を予定していない。昨年5月以来開かれていない日中韓首脳会談の実現のメドも立っていない。北朝鮮の核・ミサイル問題などを抱えて日韓の外交当局には焦りもある。首脳会談の地ならしのため韓国で3カ国の外務次官級が集まる案もあるが,中国が返答を留保しており,事態打開の糸口はつかめていない。

 補註)以上のごとき東アジアにおける国際政治の状況にあっては,日本がなにか指導性を発揮させる方途で,重要な課題を解決したり達成したりすることは,ほとんど不可能な状況に留めおかれている。安倍晋三は日本国内では,昨〔2012〕年12月の衆議院選挙で圧倒的な勝利を収めたせいか,いまでは,つぎの選挙までしたい放題にできるかのように思いこんでいるらしい。しかし,国際外交までその調子でできるわけもなく,こちらで本当の力量が問われているしだいである。「またお腹が痛く」なりそうな隣国外交の現況である。

 補注中の 補注)2013年10月の時点で書いたこの内容,とくに安倍晋三が内政において「したい放題にできるかのように思いこんでいる」以上に,それはひどい為政をおこないつづけてきた結果が,2020年になりコロナ禍に襲来されたこの国の,実にみっともない対応ぶりに現出してしまった。2020年東京オリンピックは中止・延期となったが,いまでは99%以上,その開催は無理だと判断されている。

 b)中韓なお警戒感,『見送り』には一定の評価」( a)  の記事の左下に配置された記事)。中国外務省の華 春瑩副報道局長は〔2013年〕10月17日の記者会見で,安倍晋三首相が真榊(まさかき)を奉納したことについて「侵略の歴史を真摯に反省し,中国などアジアの被害国の国民感情を尊重し,問題を適切に処理することを求める」と述べつつ,安倍首相への批判は避けた。

 補注)中国側はこのとき,「真榊奉納」≒「神殿参拝」である認識を,前面にまだ強くは出していないせいか,この程度にしか抗議していない。この中国側の発言にのぞける「外国側としての立場」を,靖国神社側関係者は「鼻で笑ってコケにしていた」ゆえ,相当に始末が悪い。それも,相手側にはまったく通用しない自己満足的な,つまり自慰的に,あくまで勝手にこちら側だけでの了解事項であった。

 中国政府系のニュースサイト,中国新聞網は17日,安倍首相が参拝を「断念した」と速報で伝える一方,「閣僚参拝が常態化している」と警戒感をにじませた。「表向きは中韓両国への配慮を示したが,実際には米国との関係を考慮したにすぎない」とも分析した。

 中国政府は安倍首相の靖国神社参拝見送りに一定の評価をしつつも,安倍政権の外交・安全保障政策などへの警戒感を解いていない。尖閣諸島の問題では日本側が「領土紛争の存在」を認めるなどの譲歩をみせない限り,首脳会談に応じない姿勢だ。

 また,韓国外務省報道官は17日の記者会見で,靖国神社への首相の供物奉納を受けて「深い憂慮と遺憾を表明せざるをえない」とする論評を読みあげた。日韓首脳会談について,尹 炳世(ユン・ビョンセ)外相は14日に韓国国会で「日本の誠意ある措置が不足しているため環境が整っていないとみている」と述べた。「誠意ある措置」は従軍慰安婦問題での日本側の歩み寄りを指すとみられる。

 補注)韓国側のこの指摘,「靖国神社への首相の供物奉納を受けて『深い憂慮と遺憾を表明せざるをえない』とする論評」がなされていても,神殿への参拝行為とは異なるそれだと逃げる余地がまだ残されていた。この点を考慮すると,日本政府側の基本姿勢はきわめて不誠実であるというか,相手国側を基本的には舐めている精神構造が露わであった。

 さらに,米政府は参拝を見送った首相の判断を歓迎している。参拝で中韓が反発すればアジアが不安定になり,米国のアジア戦略にも影響するとみているだけに「首相在任中は自粛が望ましい」というのが基本的な立場だ。

 補註)この最後の段落は,「アメリカ政府高官2人,ケリー国務長官ヘーゲル国防長官の千鳥ヶ淵戦没者墓苑献花」が,日本側に理解されたということに関連するニュースであった。つぎの ⑧ でもこの両長官の行動に関する記述がつづく。もちろん彼らは,アメリカの利害(国益)のために働いており,日本のためでも韓国のためでもない。
 
 「河野・村山談話見直しを封印 首相,代表質問で」朝日新聞』2013年10月19日朝刊

 a) 安倍首相は〔2013年〕10月18日の参院代表質問で,従軍慰安婦問題について「筆舌に尽くしがたい,つらい思いをされた方々のことを思い,非常に心が痛む。私の思いは歴代首相と変わりない。この問題を政治問題,外交問題化させるべきではないと考えている」と述べた。

 補注)この舌の根も乾いていなかった翌年,安倍晋三朝日新聞社従軍慰安婦に関した「誤報」問題をネタに,徹底的に権柄尽くの抑圧行為をくわえた。したがって,前段で橙色にした文字の意味は,まったく完全に口から出任せ,安倍晋三流の大嘘であった。

 歴史認識問題も「わが国はかつて多くの国々,とりわけアジア諸国の人びとに対して,多大の損害と苦痛を与えた。その認識は安倍内閣も同じで,これまでの歴代内閣の立場を引き継ぐ考えだ」と答弁した。持論だった河野談話村山談話の見直しを封印したかたちだ。公明党山口那津男代表への答弁であった。

 補註)宗教法人創価学会を強力な支援団体とする公明党が,靖国参拝の問題について「音なしの構え」(無批判)であるというのも,不可解な話である。政権にしがみついていたい政党なのであるから,当然といってよい〈その構え〉であるのかもしれないが,納得のいかない政治姿勢である。もっとも,安倍晋三のホンネはそのようには全然考えていない。

 b)「『真榊奉納,靖国参拝と同じ』 中国・人民日報,首相を批判」 安倍晋三首相が10月17日に靖国神社の神前に捧げる「真榊(まさかき)」を奉納したことについて,18日付の中国共産党機関紙・人民日報は「奉納は,参拝したことと同じだ」と論評した。

 また,新藤義孝総務相ら国会議員の靖国神社参拝を受け,中国外務省は18日,劉振民次官が木寺昌人・駐中国大使を呼び,「強烈な不満と厳正な非難」の抗議を申し入れたと発表した。

 華 春瑩副報道局長が同日の会見で明らかにした。華副報道局長は「靖国は日本の軍国主義侵略戦争の精神的支柱だ。公然と閣僚が参拝するのは戦後の国際秩序への挑戦であり,中国は断固反対する」と語った。

 補注)この記事では「真榊奉納=靖国参拝という批判の視点が明確に提示・主張されている。

 c)総務相靖国参拝,韓国側が批判」 新藤総務相らの靖国神社参拝を受け,韓国外交省当局者は10月18日,「日本の政治家は,過去の侵略の歴史を正当化する靖国神社に参拝してはならないというのがわれわれの一貫した立場だ」と述べた。

 与党セヌリ党は同日,参拝した議員に日韓議員連盟のメンバーもいる模様だとし,「強まる日本の右傾化に衝撃を受け,憂慮せざるをえない」と批判する論評を出した。野党民主党のスポークスマンは「周辺国を刺激する」と指摘した。(引用終わり)

 日本の敗戦後,70〔75〕年近くもの時が経っているにもかかわらず,年中行事のように「日本の政治家たちが靖国に参拝にいく」といっては,近隣諸国から猛烈な反撥を受けてきた。この繰りかえしがいつまでも収まらないのは,日本帝国の敗戦という歴史的な大事件を,現在の日本「国」自身がいまもなお克服・超越できていない(もとよりそうする気などない)からである。

 もっとも,あの大戦争の形式的にも実質的にも総責任者であった昭和天皇が,中途半端にすらも戦争責任を負っていなかったという事実のためなのか,これからも,天皇一族が「靖国神社に参拝していないと」,この国が「まともに」存在できないかのように思いこんでいる,つまり錯覚している政治家が大勢いる。

 そもそも「筋論そのもの」からいえば,それも既述してきたところなのだが,「戦敗神社である靖国神社」にご利益があるようには,とうてい思えない。だが,なにせ「鰯の頭も信心から」というからには,それでもこの神社に参拝して,なにかのご利益をえられるという思える人がいないわけではない。

 しかし,それにしても,靖国神社の「祭神にされた戦没者」(英霊)から,いったいどのようなご利益が引きだせるというのか? なにせ「尊い命を国にとられてしまい,この国を深く恨んでいる亡霊がわんさと,本殿のなかに押しこめられ・閉じこめられている」神社のことではなかったか。

 そうした理解もないまま,うっかり “彼らの怨霊” を拝みにいったりしたら,いきなり噛みつかれたり呪われたりしないか? 旧・日本兵は餓死した兵員が6割にも達していたと分析する歴史研究家が報告していた。

 「腹が減っては戦はできぬ」を地でいかされていたのが「皇軍の兵士」であった。餓死した将兵も死んだら〈英霊〉か? 東京裁判極東国際軍事裁判)で絞首刑にされた東條英機も,その英霊の一員だというのだから,この将軍に助けて(身代わりになって)もらった裕仁の立場にしたら,靖国神社にいって参拝(親拝!)などできるか,という気持になることは間違いない。

 彼ら〔=英霊〕はその意味では,けっして「神=祭神」ではない。逆に,国家のための《利益》の立場から利用されるために,英霊に祭りあげられ〔死んでおだてられ〕てきたに過ぎない。すなわち,国家の用向きために「彼ら英霊のご利益」を提供させられているのが,靖国の祭神=「英霊」たちである。

 この英霊の「英」とは,あくまで国家にとってのご利益を意味した〈英〉であって,遺族たちにとってのことではないことを忘れてはいけない。その意味でいえば靖国神社は,英霊に対して「やらずぼったくり」の国営神社であった。

 断わっておくが,靖国神社の祭壇の前では天皇が一番えらく,英霊たちはその引き立て役にしかなりえない。靖国宮司たちがその「神学的な事実規定」をしらないとは考えられない。

 d)「日米,同床異夢 米国,中国との衝突を懸念 2プラス2-日米が想定する安全保障上の課題-」『朝日新聞』2013年10月4日朝刊(から前半部分のみ引用)

 急速な軍備拡大を進める中国とどう向き合うか。〔2013年〕10月3日の日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)で,最大のテーマは「中国」だった。米側は経済的なつながりや東アジア地域の緊張緩和も重視して融和を模索。一方,尖閣諸島の問題を抱える日本側は,日米で厳しく対抗する姿勢を打ち出そうとするなど,日米両国の思惑に隔たりもみえた。

 米国のケリー国務長官ヘーゲル国防長官がそろって来日するのは異例のことだ。日本を重視する姿勢の表われといえる。さらに異例だったのは,2人がまず訪れたのが,皇居近くの千鳥ケ淵戦没者墓苑だったことだ。国立の同墓苑は特定の宗教にとらわれず,A級戦犯らが合祀されている靖国神社とは異なる。同墓苑によると米政府の閣僚が訪れるのは初めてという。

 同墓苑には第2次大戦中に海外で亡くなり,引きとり手のない約36万人の旧日本軍兵士や民間人の遺骨が眠る。2人は献花台に花束を供え,黙祷した。閣僚らの靖国神社参拝をめぐって日本と中国,韓国とが摩擦を繰り返すなか,今〔10〕月17日からの秋の例大祭では安倍政権の閣僚の参拝もとりざたされている。この時期に米国の2閣僚が千鳥ケ淵に足を運んだのは,先の大戦をめぐって関係が膠着状態にある日中韓に対し,大戦の当事国でもあった立場から和解の重要性を示したともみてとれる。(引用終わり)

 ケリー国務長官ヘーゲル国防長官がわざわざ千鳥ケ淵戦没者墓苑に出向き献花したのは,靖国神社に対する日本政府の姿勢に対する婉曲な当てつけであった。アメリカを中心とする連合国軍が開廷した東京裁判極東国際軍事裁判)は,アジア・太平洋戦争大東亜戦争)にかかわる戦争責任を問い死刑判決を下した,それも昭和天皇の身代わりになった関係のなかで絞首刑にされた,東條英機らこちら(九段)の祭神になった戦没者(?)とは,を指すことはいうまでもあるまい。ともかく,靖国神社にはA級戦犯が合祀されている。

 この靖国神社に,日本を敗北させたアメリカの高官が参拝したりもしくは寄ったりするような行為は,この神社の歴史と性格をまがりなりにでもしっている人間であれば,けっしてとりえない(考えられない)性質のものである。ましてや靖国神社は,本来「戦争神社」であり,それも「勝利神社」であったのだから,日本帝国を敗北させたアメリカが,この神社をまともに相手にする理由はない。

 戦争の犠牲者という普遍的な共通概念,つまり,戦没者に対して悼む気持に国境はないという立場・姿勢でもって,両長官(それも国務と国防の2人である) が,千鳥ケ淵戦没者墓苑にいって花を手向けて慰霊する行為をした事実は,実は,靖国神社に対する間接的ながらも強烈な批判を意味するのみならず,本ブログの行論の運びからすれば,伊勢神宮に対するきびしい批判を示唆してもいる。

 1975年11月21日の靖国参拝を最後に,ここには,いきたくとも・いけなくなった昭和天皇も,この父の遺志を受けてやはり靖国には絶対にいかない平成天皇も,さらに令和天皇も,A級戦犯が合祀されているこの神社に参拝にいったりしたら,敗戦にもかかわらず維持できていた「自分たち皇位」そのものにおいて,歴史的に内包されてきた『敗戦以降』の「皇室一家の存在価値」が大きく破損されることを,絶対に忘れることなく深く認識している。したがって,アメリカの両長官が千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花した行為は,天皇家に対するあてつけにもなっている。もちろん,安倍晋三政権に対しては〈直接の非難〉を政治的に意味させている。

 以上のように長々とした討議をしてきたが,その結果,2020年8月15日において安倍晋三が日本国首相として強いられた行為が,つぎの画像資料のなかに端的に表現されていた。安倍は首相として靖国神社には直接参拝できず,その代わりにこのように,千鳥ヶ淵戦没者墓苑に献花しに出かけていた。7年前,アメリカ政府に指示されたとおり忠実に……

  

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