敗戦記念日における天皇の「おことば」問題,天皇家側の平和主義と安倍晋三側の好戦主義との角逐

 対米服属路線を強いられてきた日本国政府「安倍政権の無力・無能・無策・無為ぶり」は,新型コロナウイルス感染症に対峙させられてからというもの,さらにいよいよその無体・無理ぶりの本領を露呈中

 開店休業状態の安倍政権,コロナ禍に対してろくに手も足も出せない体たらく,森友問題や河井夫婦問題からのブーメラン効果が安倍にとってはとても心配であり,もしかすると夜も眠れていないのか?

 敗戦後75年目の長崎・広島の記念式典において,ひどく気のないあいさつ文を読むだけだった総理大臣安倍晋三,それに対して,コロナ禍に遭遇している日本の社会に向けた「8・15のおことば」のなかに,その含意を大幅にとりいれた令和天皇徳仁

 なかんずく,各種記念行事におけるあいさつ文案はコビペの部分があってはいけないのかどうかという問題


  要点:1 敗戦記念日における「天皇のおことば」と「首相のあいさつ」

  要点:2 儀式における挨拶の中身は例年同じではいけないのか否か


 「戦後75年の間,政治を担ってきた政治家の大半がコロナウイルス禍に翻弄され,ほとんど開店休業状態,革新勢力に至っては烏合の衆と化している」

 日本国内では戦後75年,国際政治の変化,あるいは市民生活の具体的な政策が大きく変わろうとしている。にもかかわらず,自民党は強力な指導者が衰え,日本の行く末を新しくデザインすることができないでいる。革新勢力は,烏合の衆と化している。

 註記)『板垣英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」』2020年8月15日,https://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/dea5f09fbccd98facf2a6fbb6557aad4

 日本は現在,国家としては完全に機能不全である。あまつさえ,首相の安倍晋三自身が国会をさぼりまくりたいがために,国会を休会にしている。コロナ禍対策のために週1回,参議院でもっている会議にすら,この首相はいっさい顔を出さない。自宅にこもり気味で仕方なしに,最低限だけ官邸に出ている状態である。コロナ禍の問題は,首相である彼自身ではまともな対策を講じえず,ただ5月25日の時点でこういってしまったみっともなさは,永遠に不滅であるこの「首相の汚点」をまたひとつ追加していた。

   ◆「緊急事態宣言の全国解除を安倍首相が表明。                          『 “日本モデル” わずか1カ月半でほぼ収束させることができた』」◆

 =『HUFFPOST』2020年05月25日 18時20分 JST,更新 2020年05月25日 18時45分 JSThttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5ecb7a17c5b6c3b4daa445be

 

 安倍晋三首相が5月25日,北海道,埼玉,千葉,東京,神奈川の5都道県で緊急事態宣言を解除すると発表した。これにより,4月7日に新型コロナウイルス対策の特別措置法にもとづき初めて緊急事態宣言が発令されてから,およそ7週間ぶりに全面解除となった。

 

 安倍首相は解除の理由を,「全国の新規の感染者は50人を下回り,一時は1万人近くいた入院患者も2000人を切りました。世界的にもきわめてきびしく定めた解除基準を全国的にクリアしたと判断しました」と述べた。

 

 さらに,「日本モデル」という言葉を使い,「日本ならではのモデルでわずか1カ月半でほぼ収束させることができた。まさに日本モデルの力を示した」と感染拡大防止の取り組みの効果を強調した。

 とってつけたごとき「ウソ」をレンガの材料にし,「嘘」をモルタル代わりに使ってきた「大ウソ」の大本営発表方式が,このヤマト魂・論的な「日本モデルの力」に特有の虚構性であった。だが,6月にはいってから新型コロナウイルス問題は,東京型とか埼玉型と命名される新しい遺伝子情報を作成したコロナウイルスが,さらに「第2波」の襲来を間違いなく思わせるかたちで,再び猛威を振るいだした。その後,8月中旬まで感染者数が全国的規模で急速に増大している。

 コロナウイルスは,安倍晋三という日本国総理大臣の気持などいっさい「忖度」しない。恣意とデタラメに満ち満ちた腐敗・堕落政権からは,いかようにもしがたいのが「感染症病原体の特性」である。やたら「日本モデルの力」を誇り,これがコロナ禍に打ち勝ったと口を滑らせた「安倍晋三流の虚言癖」は,まさしく「ウソの,嘘による,うそのための安倍政権」の固陋で救いがたい本性を,あらためて暴露した。

 以上のごとき「日本の宰相」のダメさかげんさを許容してきたこの国は,旧大日本帝国」米英欄中などを相手に大戦争を展開したすえ,大敗を喫するに至った「8・15」の体験を,毎年,「終戦の日」として記念する行事を開いてきたが,またもや「歴史という相手そのもの」に大敗を喫する体験をしたがっているように映る。

 

  「〈ニュースぷらす〉政界ズーム 違う終戦日 戦後秩序映す,各国思惑『9月派』多く」日本経済新聞』2020年8月14日朝刊という解説記事は,「各国・地域の『終戦日』」をつぎのように整理していた。

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 この表において「日本」と「ほかの国々」は,もちろんともに「終戦の日」を迎えていたが,双方において決定的に,つまり質的に異なっていた重要な1点は,戦勝国であったか戦敗国であったかに存していた。この表のなかでは日本だけが敗戦国であったから,これを「終戦日」と呼称するのは,基本的にマヤカシだという印象が回避できない。

 とくにタイに関連する事情・経緯について上の表を借りた記事は,こう書いていた

 戦時中に日本と同盟関係にあったタイはどうだろうか。1942年に米英へ宣戦布告した経緯がある。日本がポツダム宣言受諾を公表した翌日,手続きの不備を理由に宣戦布告の無効を主張した。敗戦国として扱われることを回避し,8月16日を『タイ平和の日』と定めた。

 

 そのような経過はタイの場合,第2次大戦終結を「タイ平和の日」と称させている。タイの王族と日本の皇族は親しい関係を維持しているが,タイ国はつい最近まで,不敬罪が存在した後進国発展途上国)であった。このあたりの問題については,つぎの記述が適切かつ簡潔に関連するタイ国内の事情を説明している。

 補注)デービッド・ハット稿「国王の一声で停止されたタイの『不敬罪』」は,いつ復活してもおかしくない」『ニューズウィーク日本語版』2020年7月2日 19時30分,https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/post-93843.php

 それはさておき,日本は1945年「8月15日という日にち」のことを「終戦記念日」と呼んでいる。そして,「戦勝」をその日にちの名称に入れる国々がある。「解放された」「光復の日」と呼ぶ韓国や北朝鮮,台湾は,いずれも旧大日本帝国の植民地にされていた国々であった。この事実に比較したら「敗戦国日本」は,なんとも名状しがたい「8月15日」に関する記憶をもっていることになる。

 日本におけるその8月15日は,毎年,天皇夫婦を迎えて「全国戦没者追悼式」を執りおこなっている。昨年2019年からは,退位した父:明仁のあとを受けて天皇となった徳仁が,その式のなかにおいて「おことば」を披露する役目を果たしている。

 昭和天皇の時期から平成天皇の時期をとおして,その「おことば」がどのように式辞として述べられてきたかについては,学問研究の対象にもなっているが,ここではまず,つぎのような指摘から聞いてみたい。

 

  木走正水(きばしり・まさみず)稿「コピペ率93%の首相の2つのテキストが起こした騒動を検証する-『正直言って新しい切り口なんて残されてないでしょ』〔と応えた〕この海外コメントに尽きると思う」『BLOGOS』2020年08月14日 15:23,https://blogos.com/article/478130/ をめぐって

 木走は「さて,2つのテキストがそっくりであると話題です」と断わりを入れてから,この記述をはじめていた。そのあたりに関して本ブログ筆者は,さきに説明しておきたい論点があった。それは「首相のコピペ」の問題そのものではなくして(これは別に後段でとりあげて論じるが),毎年8月15日東京の武道館で開催されている「全国戦没者追悼式」で天皇が読み上げる「おことば」に関した問題であった。

 8月15日は夕刊からどの新聞紙も報道していた記事となっていたが,今〔2020〕年の場合,その「おことば」は,つぎのように語られていた。朝日だと,「戦没者追悼式,規模を縮小 天皇陛下『深い反省』今年も」との見出しなどで報道していた。

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 a) まず,今年,2020〔令和2〕年8月15日全国戦没者追悼式での「おことば」は,つぎのような文句になっていた。緑字部分が昨年とは違い,新しく追加された文句であった。

 本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。

 

 終戦以来75年,人々のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき,誠に感慨深いものがあります。

 

 私たちは今,新型コロナウイルス感染症の感染拡大により,新たな苦難に直面していますが,私たち皆が手を共に携えて,この困難な状況を乗り越え,今後とも,人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願います。

 

 ここに,戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ,過去を顧み,深い反省の上に立って,再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,全国民と共に,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

 2020年になって日本も襲われはじめたコロナ禍は,徳仁天皇が「8月15日」という終戦(敗戦)記念日に披露する「おことば」のなかでとりあげざるをえないくらい,経済・社会に深刻な打撃を与えている最中であり,これからもさらにその被害が深まる予想しか立たないでいる。

 前年の2019〔令和1〕年は,徳仁天皇が初めてこの全国戦没者追悼式に参列し,「おことば」を述べていた。こちらでは,つぎのように語っていた。この文章は明仁天皇がそのまた前年の2018〔平成30〕年に語っていた内容と同文であった。

 b) 2019〔令和1〕年8月15日全国戦没者追悼式での「おことば」。

 本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。

 

 終戦以来74年,人々のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき,誠に感慨深いものがあります。

 

 戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ,ここに過去を顧み,深い反省の上に立って,再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,全国民と共に,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

 c) 以下からは平成天皇の時期に戻る。2018〔平成30〕年8月15日は,明仁天皇が最後となる全国戦没者追悼式への参列となっており,この「おことば」を述べていた。こちらでは,つぎのように語っていた。この文章は前年に語っていた内容と同じではなく,「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ,」という文句が,新しく追加されていた。

 本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。

 

 終戦以来既に73年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。

 

 戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ,ここに過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

 さらにこの前年,2017〔平成29〕年8月15日の全国戦没者追悼式での「おことば」は,こうであった。

 本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。

 

 終戦以来既に72年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。

 

 ここに過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

 2016〔平成28〕年8月15日と2015〔平成27〕年8月15日の全国戦没者追悼式での「おことば」も同文であった。2015〔平成27〕年8月15日の「おことば」においてから新しくく,赤字にした「おことば」の部分が登場していた。もちろん,時期的には平成天皇における「おことば」の変化(追加)であった。

 d) 2014〔平成26〕年8月15日までのその「おことば」では,最後の第3段落目は,「ここに歴史を顧み,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」となっていて,この最初の表現である「ここに歴史を顧み」から,その「ここに過去を顧み,深い反省とともに」へと変えられていた。

 それらに対して,平成天皇が8月15日の「おことば」を最後に語った2018〔平成30〕年になると,「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ,」という文句が,さらに追加されていたわけである。

 以上,毎年8月15日「全国戦没者追悼式」における平成天皇から令和天皇にかけて「おことば」として語りついできた文言(文案・文章)は,とくに平成天皇の場合,「安倍1強〔狂・凶〕」専制的独裁主義志向の立場から暴虐を尽くしてきた為政に対して,彼(明仁)なりに自分の立場からできうる範囲内であっても,必死に抵抗してきた基本姿勢を反映させるものとなっていた。

 e) 安倍晋三軍国主義者であり,好戦的な基本精神を抱いている。しかし,その割には,戦争というものの本当の悲惨さをしらないというか,しろうとさえしていなかった「世襲3代目のお▼カ政治屋」であった。積極的平和主義の本義など,実はよくしりもしない安倍でもあった。また,平成天皇に対する安倍のイジメ行為も悪質であった。

 --ここで本項 ② の最初にかかげた,木走正水(きばしり・まさみず)稿「コピペ率93%の首相の2つのテキストが起こした騒動を検証する-『正直言って新しい切り口なんて残されてないでしょ』この海外コメントに尽きると思う」の話題に,論旨をあらためて戻したい。

 以上に言及してきた天皇「8月15日のおことば問題」の場合に関しては,このコピペ問題として論じられる題材ではないかのように対応する雰囲気が,それも暗黙の了解みたいなかたちで感じられている。が,ともかく木走が,2020年8月6日と9日の広島と長崎における安倍晋三君の,あのひどくダレ切った「あいさつ・文」にかかわって発生させていた「世間の評判」を,つぎのように詮議していた。これに聞いてみたい。

 木走は,ともかく「コピペ率93%の首相の2つのテキストが起こした騒動を検証する」となれば,「正直いって新しい切り口なんて残されてないでしょ」といっている「海外コメントに尽きると思う」と,批判していた。つまり,そもそも「2つのテキストがそっくりであると話題です」が,それが絶対的にいけない行為とはいえないのではないか(あいさつ文の作成および利用の方法として),という疑問を提示していた。。

 f) たとえば,安倍首相の被爆地あいさつについては,「文面が酷似」(しているからけしからぬ)と怒りの声(が上がっているが,これは)官邸HP掲載の全文と同じ構成・表現」(だから,そうした批判を受けるほかないあいさつ文なのだ,という非難の仕方になっている)。

 つまり,8月6日と9日に広島市長崎市の両被爆地でそれぞれ開かれた平和式典での安倍晋三首相のあいさつの文面が酷似しているとして,被爆者から「なんのために被爆地まで来たのか。ばかにしている」と怒りの声が上がった,というわけであった。

 官邸のそのホームページに掲載された双方の全文を比較すると,両市の原爆投下からの復興を称賛した一文や,「広島」「長崎」といった地名などは異なるが,その他は段落数や構成,表現が同じ。結びの段落の言葉も「永遠の平和が祈られつづけている」「核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くす」などと完全一致している〔ということであった〕。(共同)

 註記)『毎日新聞』2020年8月10日 11時15分,最終更新 8月10日 21時19分,https://mainichi.jp/articles/20200810/k00/00m/010/072000c 参照。

 その2つのテキストは首相官邸サイトで公開されている。

 ★-1 令和2〔2020〕年8月6日
  『広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ』
    ⇒ https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0806hiroshima.html


 ★-2 令和2〔2020〕年8月9日
  『長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典あいさつ』
    ⇒ https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0809nagasaki.html

 g) 木走は以上の2つのテキストが,どのくらいそっくりなのか,科学的に分析してみたという。工学系大学などで講師をしている関係で,主に工学系の学生の論文を読む機会が多く,剽窃チェッカーでコピペをチェックしているともいう。

 剽窃ひょうせつ,  Plagiarism)とはいわゆるコピペであり,他人の技術的成果物をクレジット表示することなく論文にとりこ込むという行為は,学術論文では絶対にあってはならない禁じ手である。

 ほっとくと課題レポートなどコピペの巣窟(そうくつ)になってしまうので,最初にしっかりとチェックし学生に突き返し,コピペはバレることをしらしめておくことにしている。そこで,「剽窃チェッカー」( http://plagiarism.strud.net/ )を使い,前段の「広島あいさつ文」をベースにして,「長崎あいさつ文」がどのくらいコピペされているのか数値で示してみる。

   文字数(スペース無視): 1202
   コピーされた文字   : 1047

 この割合はコピペ率で87%,タイトルや日付を除けば93%となり,異なる箇所は5箇所だけであった。……学生A君(広島あいさつの安倍晋三君)をコピペした学生B君(長崎あいさつの同じく安倍晋三君)のレポートなら,完全にアウトであり,突き返される。

 h) ただ今回は2つのレポートはともに文責が安倍晋三氏であり,たとえ一言一句違わなくとも再利用は個人の自由である。剽窃には当たらない。日本メディアが首相そっくりあいさつを批判している本件は,海外メディアでも複数とりあげられている。

 英ガーディアン紙は「日本の首相が広島と長崎で怒りを巻き起こした」と報じていた。その記事のコメント欄は,外国人からのコメントが2000を超え沸騰していた。だが,そのほとんどがメディアの報道姿勢,つまり本件に関する総理への批判を理解不能と批判するものであった。

 木走はそのコメント例をいくつも挙げているが,ここでは割愛しておく。要は,国内では批判噴出であるものが,海外からは逆に「それでなにが問題なの?」という反応であったという説明であった。

 そして,木走は要するに「個人的には『正直いって新しい切り口なんて残されてないでしょ』,このコメントがすべてであると感じ」ると締めつつも,ともかくまた,「逆に日本国首相の広島と長崎で挨拶の内容が,世界に向けて大きく異なることの方が問題であるような気もすると結論していた。

 i) 木走正水の意見(指摘と批判)は,もっともな中身であり,それなりに筋の通った論旨を提示していた。だが「安倍晋三君のあいさつ文」がなぜ,いまどき問題にされて「コピペ」だといって叩かれるのかについては,2020年になってからの日本の政治過程,つまりコロナ禍のために下手をすると,1929年世界大恐慌にも匹敵するような国民経済・社会経済の被害がもたらされるかもしれないと懸念されるいま,より真剣に吟味してみる余地がある。

 やたら総理大臣の任期だけは長くなっていても,実際の仕事面では首相の仕事をろくに遂行できなくなっている「彼の政治家としての〈疑似・禁治産者ぶり〉」,その私物化政治の極度の罪悪性が大きく注目されている実情のなかでは,どうしても「あいつはコピペするしか能がない」という方向に決めつけられてしまう始末になっていた。

 前半の段落でなぜ,天皇の「敗戦記念日における〈おことば〉」文言の変化に触れてきたかといえば,安倍晋三のあいさつ・文のほうが,そのように “めちゃくちゃに叩かれている風景” に比較して,天皇の「8月15日のその〈おことば〉」場合だと,そのような現象(批難)は飛んでこない。

 ここで,『朝日新聞』2020年8月15日朝刊「〈社説〉戦後75年の現在地  不戦と民主の誓い,新たに〉」のなかから,つぎの段落を選んで紹介する。以下に引用される段落が指示するのは,これまで「ますます低劣化・粗悪化するばかりであった」安倍晋三的な政治現象であった。それは,死物化政治屋の野放図な横行,いいかえれば,現代日本の政治の病巣がさらに悪化していく事態を意味した。

     憲法に背向ける政権 ★

 

 いま世界では,多様さを認める自由社会と,画一性を強いる強権社会がある。米中「新冷戦」と呼ばれる覇権争いが起きている現実は嘆かわしい。しかし,先行きが不透明な国際情勢にあっても,日本が自由と民主主義の基盤に立つ原則を曲げよ,という声はない。

 

 日本国憲法は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」とし,「主権が国民に存する」と宣言した。不戦の誓いが民主主義と連結した戦後思想は,国民に浸透しているといえるだろう。

 

 むしろ,背を向けているのは政府のほうではないか。安倍政権による国会軽視の数々。市民に必要な情報公開どころか,公文書の改ざんや隠蔽にまで及んだ権力の乱用は,国民主権への冒涜というほかない。

 

 戦争の記憶を継承し,新時代の難題に取り組みながら,問いつづけていかねばならない。75年前,再出発した日本がめざした民主国家づくりは,どこまで実践されているか,と。

 

 「森〔まさこ〕大臣が壊れてしまう程,安倍のウイルスが蔓延している。」『かっちの言い分』2020年3月20日https://31634308.at.webry.info/202003/article_18.html?1584878758

 (前略)

 宏池会は,吉田 茂を始祖とした名門派閥で,保守本流を名乗った。保守本流とは,吉田いわく「呑舟の魚  枝流に泳がず」である。傍流のA級戦犯の孫は,まさに「大魚を呑みこんだ」もので,反対に岸田は「小魚・傍流に呑みこまれてしまった」ことになる。

 名門・宏池会は,岸田の時代で死んだ。保守本流とは,民意を政治に反映させる。99%政治をいう。その点で,安倍の飼い猫に主役は務まらない。

 五輪の中止・延期は「政局になる」と,いち早く自民党総務会長の立場で公言した鈴木俊一に,あらためて注目したい。石破にもいえなかった正論である。五輪の犠牲にされた東北は,岩手県の出身である。

 相当の覚悟で,政局の先を明示した,先見の明はあっぱれだ。繰り返すが,安倍も,本日〔3月20日〕の国会答弁で7月五輪断念を表明した。鈴木の判断は正しかった。2020年3月23日に屈服表明したことになる。いよいよポスト安倍レースが始まることになろう。

 もう1人が,安倍のことについて,なんでも承知している林 芳正である。本来は反安倍の河村建夫は,選挙区を林に提供,息子を林の参院に回すという。林と鈴木の,護憲リベラルの2人が手を握ると,面白い展開が期待できる。

 小選挙区制は,いちじるしく民意を損なう選挙制度である。廃止すべきだろう。大選挙区中選挙区がいい。同時に,公職選挙法政治資金規正法の抜け穴を閉じてしまうのである。

 他方で,自民党公明党を「ぶっ潰せ」の国民運動が,徐々に表面化しつつある。こちらの主役は,山本太郎山尾志桜里らである。コロナ禍を蔓延させた安倍後継人事で,この先,永田町・平河町信濃町とそして霞が関が,小刻みだが大きく揺れていく。

 すでに始まっている! 友人は「安倍と麻生を豚箱に入れないと,日本は再生できない」と。正論であろう。(引用終わり)

 以上の論旨は,今日は2020年の8月段階となっているゆえ,若干ズレてきた内実が生じている。それにしても,6月18日以降は,ろくに国会議事堂付近には立ち寄れなくなった安倍晋三である。最近〔8月中旬〕になってみれば,この首相の健康状態が思わしくない様子は,官邸内で歩く姿をTVのニュースで5秒間ほどみただけでも,なんらかの不調が確実にうかがえる。

 いまコロナ禍のもと,日本の経済・社会状況はどんどん悪化していっている。安倍晋三という総理大臣に向けては,疫病神という以上の「なにか適切な形容」が必要になった。実は,本論の内容として議論してみた「コピペ問題」を,われわれがここでウンヌン・でんでんしているヒマなど残されていない。

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