敗戦後史における野坂参三,その「蔭の姿」の真相(続)

 日本共産党野坂参三という「闇の男」,日本共産党を手玉にとった男

              (2009年7月18日)記述の復活・再掲

 

 【要 点】 社会革命思想の実践より祖国日本の皇室を守った国際的4重スパイ:野坂参三

 

  なお,本記述はつぎの前編に相当する記述を受けて書かれているゆえ,               できればこちら(    )をさきに読んでもらえれば好都合である。

 

  近現代史研究会編著『実録 野坂参三』1997年

 1) 国際4重スパイ野坂参三

 筆者は最近,袴田里見『昨日の同志 宮本顕治』(新潮社,昭和50年)と近現代史研究会編著『実録 野坂参三』(マルジュ社,1997年)を読む機会があった。

 前著『昨日の同志 宮本顕治』は,日本共産党内の内輪もめを描いた著作であり,こうした現象は日本国の支配体制側からみれば,たいへん好ましい反体制派野党での御家騒動である。それゆえ,共産党はそのようなケンカを自滅に向かって大いに励んでくれといわれてしまうたぐいの,党内の主導権争い=「痴話喧嘩」にも映る。

 それに対して,後著『実録 野坂参三』は,野坂参三が100歳にもなって日本共産党を除名された事由,つまり「旧ソ連の保管資料」の入手にもとづいて暴露された,野坂の何重ものスパイ行為,その複雑怪奇で下劣・醜悪な人生遍歴を,史実に即して究明している。

 野坂は以前までは,戦前において非合法政党であった日本共産党に入党,ソ連アメリカなどに亡命者として出没し,戦時中はとくに,中国に亡命しながら活発に運動してきた〈偉大な闘士〉とみなされていた。

 2) 日本共産党獅子身中の虫であった野坂参三

 ところが,野坂は実は,旧日本帝国と日本の皇室を守るために,旧治安維持法に真っ向から違反する政治結社日本共産党に幹部としてもぐりこみ,それこそ「獅子身中の虫」となって,社会主義思想革命の実践活動を内部から瓦解させる役目を忠実に果たしてきた。野坂参三に隠された基本的な任務は,本当はこちらにあったのである。

 『実録 野坂参三』が関連する論点を究明する方法は,折りこまれた野坂参三家系図にその鍵がある。野坂の姻戚関係をたぐると,まず佐野 学(さの・まなぶ,1892年-1953年)がみつかる。

 この佐野は昭和初期,日本共産党委員長のとき当局につかまると,同志の鍋山貞親なべやま・さだちか,1901年-1979年)とともに,獄中から「転向声明」を発表,これを契機に大量の転向者を産む契機を提供した人物である。なお,佐野はその後,裁判にかけられ,控訴審では懲役15年に減刑され,1943年に出獄している。

 佐野 学は,戦前の偉大な政治家後藤新平の隠し子で,のちに養子として向かい入れられた静子と〈義理の従姉弟〉の関係にあった。この佐野はさらに,野坂との姻戚関係を有してもいた。ここでは『実録 野坂参三』に折りこまれた関連の系譜図から,その一部分だけを紹介する。右上の最初のところに後藤新平の氏名が出ている。

 佐野も実際のところは,体制側の隠密的な役割を担いながら,模範的に日本共産党委員長から「転向」するという行為を記録した。この佐野や野坂のせいで,戦前の日本帝国という掌(たなごころ:てのひら)の舞台にあっては,日本共産党の思想に純粋に共鳴し,革命実践の運動に一生懸命従事したそのほか多くの党員や協力者(シンパ)が,いい加減にあしらわれ,いいようにもてあそばれてもきた歴史が記録されてきた。

 野坂参三はなかでも,日本共産党の内部に巣くう最大の悪害虫であった。この党が特定の活動をするたびに,あるいはソ連で教育した党員を日本に送りこむたびに,いつも繰りかえして間違いなく,その関係者がまとめてごっそり検挙されていた。そうした検挙を確実にさせるために必要な情報を,参三は日本帝国当局側に提供しつづけきた。彼はそのように汚ない「忍者のような役目」を忠実に遂行してきた。野坂の義兄として,政府の高官・重職を歴任していた次田大三郎もいた。

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 註記)次田大三郎画像,ウィキペディアから。

 100歳にもなったときの野坂を除名した日本共産党のおめでたさは,ことばには形容できないほどである。だが,そのことよりも,日本帝国がわがこのような人物を育て,共産党のなかに静かに扶植しておき,この党の活動をずっと監視する装置としてあれこれ利用してもきた歴史にこそ,われわれは注目すべきである。

 

  思想よりも家系のしがらみのなかの野坂参三

 1) 日本帝国の手先だった野坂参三

 問題の焦点は,敗戦直後に日本の天皇制を護持する機能を客観的に発揮してきた人物が,なんと,つい最近まで天皇天皇制を完全に否定してきた日本共産党の最高幹部:野坂参三であったところに向けられる。

 日本共産党の政治目標(綱領)は,2004年に開催した党大会以前までは「天皇天皇制を絶対に認めない」という社会主義変革・革命思想にしたがい,樹立・決定されていた。

 ところが,この党の最高幹部を務めてきた人間が,すでに戦前から,それとはまったく逆方向の考えを秘かに抱きながら,しかも同時に,この党を絶えず破壊すべく「国家のためのスパイ活動」にも従事してきたのである。この歴史的な事実は,「〈国家悪〉の手先」を超絶的な次元で演じていた野坂が〈大した役者〉であったことを物語っている。

 しかし,なぜ野坂参三はそのような役割をあえて担ってきたのか? 『実録 野坂参三』はその背景として家族関係を中心に,これまではまったく解明されていなかった問題領域を,いいかえれば,野坂の謀略活動をつうじて日本の「共産主義運動」の秘密を掘り起こしたのである。

 野坂が日本の天皇制国家機関・アメリカ・ソ連中国共産党の4重スパイであったことは間違いない,と『実録 野坂参三』は断定する。しかも,天皇制は,地球次元で私物化を図る国際謀略機関によって守られている。野坂はこの国際謀略機関の代理人(エージェント)の一員であったと考えるべきである。これが結論である(以上2つの段落は,同書,16頁参照)。

 それにしても,このような人物を党の幹部・党首に長く戴いてきた日本共産党は,ずいぶん長い期間,なにもしらずに「いい面の皮」状態に置かれてきた。野坂参三を除名すればそれで済まされる,というような問題=党史の展開ではない,深刻で重大な「過去の現実」が連綿と続いてきたのである。

 『実録 野坂参三』において興味ある見解は,大約すれば,こういうものである。

 戦前体制のなかでは,「日本共産党」という反体制・非合法政党に向けてあらゆる反体制派の人びとを引き寄せ,ここに集合させておく。そして,その過程においては政治的な操作・組織的な謀略・社会的な陰謀などを使いながら,反体制の思想・立場に立つ人びとを,この共産党を寄場として一網打尽にしていく,というものである。野坂はそのためにこそ,「旧日本帝国のために働いた」人間であったのである。

 

 野坂はあたかも,イカ釣り漁船に乗り,集魚灯を操って,イカをおびき寄せ,このイカを釣りあげる「船長:漁撈長のような役割」を果たしてきたわけである。帰る港で水揚げを納める網元は,もちろん旧日本帝国治安当局であった。戦前〔あるいは戦後も〕において,日本共産党員の個人的情報は漏れなく,野坂の手を介して治安当局にわたっていたことになる。

 

 日本共産党が敗戦後,天皇天皇制を当面存続させる意見を披露したが,これももっぱら野坂の主張に依拠していた。東京裁判昭和天皇が出廷しないで済むように野坂は努力した。野坂は生きているあいだ,天皇天皇制の支持者であった。野坂が大正前期に学んだ慶応義塾理財科では,小泉信三卒業論文社会主義思想に関する〕を提出していた。

 小泉信三が日本の天皇家とどのくらい親しくも忠実な間柄にあったかは,平成天皇に現在の配偶者を引き合わせる〈任務〉を成就したことからも明らかである。小泉が欧米〔英米〕諸国の特定筋と一定の関係を保持していたことも推定される。信三は,皇太子時代における明仁の師父としてその養育を担当した人物である。

 野坂はこの小泉のもとで,「敵をよくしるために」社会主義の勉強をし,卒業論文も書いたのである。けっして,社会主義革命を達成しようと慶応義塾で勉学に励んだのではない。

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 2) 家や家族制度にもとづく経済・社会研究の必要性

 『実録 野坂参三』「あとがき」は,「日本の社会で生活していくには,人間関係が大切であり,とくに長子相続制の支配していた明治・大正・昭和の時代には,家系は重要な要素であり,人間活動を研究対象にする社会科学において家系図の研究は,あくまでも研究対象に成り得るものである」という。そうしてこそ「野坂参三が一生涯謀略活動を行い得た背景を知る」ことができ,「また,天皇制支配国家体制およぼ国際謀略機関のエージェントの一員として謀略活動に従事してきた野坂参三の人生を見直してみること」もできる,と主張している(457頁)。

 日本のみならず世界の次元でも実は,家系的な要因を重視する政治・経済の研究が重要である。経営学の分野でも「ファミリー・ビジネス(同族企業)」の現実的な重要性が再確認されつつあるが,ましては政治・経済の世界において家族・家系の関連を無視したら,当該の政治・経済の研究は画竜点睛を欠く結果となりやすい。

 補注)日本の政治においては異常という以上に,世襲2世以下の国会議員がやがらに多く存在する。この国の民主主義のまともな発展を阻害する最大の要因が,現首相の安倍晋三をはじめとする,この世襲議員政治屋たちの跳梁跋扈である。

 大森 実『戦後秘史3 祖国革命工作』(講談社,昭和50年)は,野坂参三をかなりくわしくとりあげ,野坂への「直撃インタービュー」も,50頁以上の分量を費やし,おこなっている。だが,隔靴掻痒どころか,大森はみごとに野坂に騙されていた。時期的に判断すればいたしかたない要素もある。しかし,『実録 野坂参三』は,野坂も大森も一刀両断,同じ「筋者」であると括っている(361頁)。

 野坂は「スターリンの粛清に協力した張本人である」。「アメリカより強制退去させられた日系アメリカ人の銃殺に関係した」。ソ連で「山本懸蔵を密告し」ただけでなく,その「妻・関マツ」を「狂死に近い悲惨な末期に追いやった」。「アメリカで日本の公安警察のスパイであったジョー・小出を使っていた」(『実録 野坂参三』360-361頁)。大森はこれらの事実を,野坂からさぐり出せなかった。

 日本・ソ連・中国・アメリカの各国間を動きまわり,八面六臂の大活躍とでも形容すべきスパイ活動をしてきた野坂参三であった。それにしても,野坂がそのように世界を股にかけて縦横無尽に活動できた背景事情,いいかえれば,それを可能にする国際横断的な協力組織が控えていたことに気づくべきである。そうでなければ,日本における近現代政治史の真相への接近は,最初からつまづくほかない。

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