百田尚樹という物書きの知的水準,安倍晋三という首相の恥的水準,大岡昇平「戦記」の記憶

             (2019年5月31日,更新 2020年8月22日)

 百田尚樹先生は作家か扇動家か,物書きの作法に問題あり,「ベストセラー作家」の品性,読み物の本であっても「歴史の軽視」は命とり,基本中の基本を無視するなかれ

 

  要点:1   「細部に宿る真実」を,虚勢で造形した錯覚的な物語で,即座に粉砕できると勘違いした作風

  要点:2 ネトウヨ的な「アベ国家全体主義の風潮」を煽るための作家活動,安倍晋三が退陣したも,半永久的に残る百田尚樹的な悪印象

  要点:3 大岡昇平の太平洋戦記「再読」の勧め


 「売れる『日本国紀』,やまぬ批判 百田尚樹氏著書,65万部」朝日新聞』2019年5月22日朝刊31面「文化文芸」

 作家・百田尚樹氏の著書『日本国紀』(幻冬舎)をめぐり,版元の見城 徹社長が本を批判した別の作家をツイッター上で揶揄(やゆ)し,謝罪に追いこまれた。発売以来,賛否両論が巻き起こった日本国紀はどんな本で,なぜ売れたのか。

 1)「わかりやすい」,一方で修正・追記…

 日本国紀は昨〔2018〕年11月に発売。3月まで月間ベストセラー(トーハン調べ)の上位10冊に入り,65万部を発行した。「教科書では学べない日本通史!」などと銘打ち,古代から現代までの日本の歴史を書き下ろした内容。ネット書店の評価欄には「わかりやすく歴史に興味のない人にも日本の成り立ちを理解できる」などの声が並ぶ。

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 一方で批判もやまない。南京大虐殺はなかったと考えるのがきわめて自然,などの記述が歴史修正主義と指摘されたほか,歴史学者の呉座勇一氏は朝日新聞のコラムで,百田氏が足利義満暗殺説を採用したことに触れ「学界の通説と作家の思いつきを同列に並べるのはやめて」などと書いた。

 補注)学術的に問題ありとされ,完全に間違いである謬説をもっともらしく,事実であるどころか真実であるかのようにも語るのは,推理小説やSF作品の世界であるならばともかく,初めからアウト(それダメ)である。

 最近作の山崎雅弘『歴史戦と思想戦-歴史問題の読み解き方-』(集英社,2019年5月)が的確に議論し批判をくわえているように,百田尚樹のごときネトウヨ作家の手になる作品の制作方法は,形式論理からしても,根拠のデタラメや一方的な決めつけ・思いこみを,それもいかにも事実であり真実に近い物語として描く場合が多い。

 山崎雅弘の同書が説明し,批判する対象の「問題性」は,実は「形式論理」そのものからして整序されておらず,当初から偏見的な独断をもって,関連するすべての中身をとりあげ構成していく作法を採っている。それゆえ,ネトウヨ的な決めつけ:断定をしたい読者にとってみれば,百田尚樹のごとき,同類であるネトウヨ作家の執筆物のなかにしこまれている「特殊な執筆の方法」(論理も歴史もいい加減である点)など,それこそどうでもいい無関心事である。

 百田尚樹の作風に似たエセ的知識人を挙げると,取材をしないで記事を書くことがあると自白していた産経新聞記者阿比留瑠衣(産経新聞社はそうした記事制作をときおりおこなう),同じような物書きの姿勢を示してきた櫻井よしこなどがいる。最近,従軍慰安婦問題に関して,植村 隆元朝日新聞記者が櫻井などを提訴した裁判では,植村を侮辱する言動活動をしてきた櫻井などネトウヨ人士が,いかにデタラメな取材・調査の姿勢しか準備しないで,モノをいい,書いてきたかがあらためて暴露されている。

 百田尚樹の問題になった今回のベストセラー〔かそれともワーストセラー?〕は,物書きが最低限厳守すべき作法すら忘れた執筆方法を採っている様子をうかがわせていた。学究(大学の教員や研究所員)ではないからといって,今時のネトウヨ的な大衆に対する受けよければいいといった姿勢だけを採り,どのような内容の書き方であってもかまわないという執筆の方法では,物書きとしては失格である。

 先日,古書で入手した原田常治『古代日本正史-記紀以前の資料による-』(同志社刊・婦人生活社,1976年)を読んだ。この本は「初めてベールを脱いだ古代日本の全貌」と銘打ってもいた。けれども,「巻末参考資料」じたいが,はたして信憑性ある歴史資料として信頼していいのかじたい不詳のまま,原著者の主張が本文の記述においてえんえんと展開されている。

 ましてや,古代史研究の立場とは無縁である一般の読者には,そうした史料の基本的な性格・意味・価値など理解できるわけもない。にもかかわらず,原田常治は自分だけがその貴重な文献としての重要性をしっているという口吻で,終始一貫語りつづけている。この本を読む側としては,原著者の自己満足的な気分までこめられたかのような著作に接して,いささかならず閉口せざるをえなかった。

 原田常治のこの『古代日本正史』は,けっして学術書として認知されることはないまま,いいっぱなしの著作として読まれるほかなく,日本古代史「研究」に資するなにかを発揮しうるのかについては,ただ疑問しか残らない。百田尚樹先生の話に戻る。

〔前段の記事に戻る→〕 百田尚樹の『作文の方法』は,他の書籍やネット上の百科事典「ウィキペディア」の記述と似通った文章があるのに引用元が明記されていない,史実とした記述の信頼性が疑われるなどの指摘もあり,この一部で増刷時に告知なく修正や追記がされたことも反発を呼んだ。朝日新聞が初版と12月25日発行の6刷を比べると,全509ページのうち少なくとも16カ所で文章を修正している(誤植を除く)。

 補注)こうなると出版元の幻冬舎,それも編集部はいったいどのような編集・発行のための仕事をやっていたのかと疑問が投じられて当然である。出版社の編集作業のうち,たとえば校正(校閲)の作業は,実にしんどいはずである。本格的に編集作業としてその校正(降雪)がおこなわれていたのであれば,いま問題にされ議論になっているような “百田尚樹的に特有である初歩的な支障” (未熟で準備不足の執筆結果)など生じるわけがないと思われる。

 だが,百田尚樹は「大作家(ベスト的にもしくはワースト的に売れる本の書き手である)せいか,そのようにだらしなく弛緩した結果を反映させた著作でも,堂々と「大きな顔」をして制作し発売できる。また,それを喜んで購入するご同類のネトウヨ的な「お▼鹿ファン」も,現実に大勢・無数いる。だから,この現実は現実そのものとして受けとめたうえで,当該の問題に接して議論する必要がある。

〔記事に戻る→〕  歴史の本を多く手がける有志舎の永滝 稔社長は,こうした修正は歴史書の世界では異例だと指摘する。「誤植の訂正ならば増刷時におこなえばいいが,ここまで内容や引用元を変えるのであれば『新装版』や『改訂版』として出し直すのが一般的だ。きついいい方をすれば,引用上のミスは捏造。場合によっては絶版にもなりかねない事態だ」。

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 一方で永滝社長は,歴史が題材のフィクションやエンタメ本であれば歴史書ほどの厳密さを求める必要はないとも話す。実際,幻冬舎は「図書コード」で日本国紀を「日本文学,評論,随筆,その他」に分類し,歴史書とはしていない。ただ,「たとえ日本国紀がエンタメ本だとしても,引用元を丸々変えるほどの『修正』は出版界の常識とはかけ離れている。読者への周知も不十分で不親切だ」と永滝社長はみる。幻冬舎に取材を申しこんだが回答はえられなかった。

 補注)この段落付近の記事を読むと,百田尚樹先生はまるで,作家として〔学究でなくとも〕最低限守るべき基本点すら,平然と放擲(最初から無視)したかのような態度を採っていると思わせるに十分である。

 批判を浴びながらも売り上げを伸ばしたのはなぜか。歴史に対する純粋な興味や知的欲求に応えた側面があった可能性を,フリー編集者の仲俣暁生さんは指摘する。「日本の通史をわかりやすい物語として読みたい,という潜在的なニーズは,それなりに大きかったのだろう。時代や分野ごとに細分化された歴史書が,そうした需要に応えられていないところに,百田さんの本が出たので売れた。そんな見方もできるのではないか」。

 補注)この段落の関連でいえば,司馬遼太郎の作品『坂の上の雲』的な発想のもっとも劣悪かつ貧相な事例を,百田尚樹先生が率先して生産していたといえる。「時代や分野ごとに細分化された歴史書」に不満があるからといって,「細部においてこそデタラメそのもの」である俗悪書を,どのようにであれ制作・発売して,しかもネトウヨ的な大衆層の「需要に応えられ」るのであればそれでいいと考え,おまけにどんどん発行できて売れて儲かるのだから,他者に文句などあるかといった発想では,ヒトラーの『我が闘争』の21世紀的な,それも矮小的な超・ミニ日本版しかなりえない。

 確かに「大衆を啓蒙する立場」にもいるはずの百田尚樹先生の作品は,前掲した山崎雅弘『歴史戦と思想戦-歴史問題の読み解き方-』(集英社,2019年5月)を当てはめて判断すれば,完璧といってくらい論理矛盾だらけである。

 最近は百田先生の仲間の1人だといってもいい,アメリカ某州の弁護士資格をもつというケント・ギルバートなども,山崎に批判させるとまったく “話にならないデタラメな理屈” を,それこそ三百代言的に披露していた。こちらのケント君の本も多いに捌けているというだから,彼らの仲間うちなりに同慶の至り(?)である……。

 2)百田氏「修正点いずれ発表」

 百田氏が〔2019年〕5月20日(前後するこの記述全体は同年5月31日執筆であったが),取材に応じ,著書への批判について,こう語っていた。

 日本の歴史の本は山のようにあるが,巻末に参考文献を載せている本はあまりない。なんで私だけがそんなに執拗にやり玉にあげられるのかと思います。

 

 本当はあってはいけないんですけど,2千年にわたる歴史を網羅しましたからいくつかのミスはあり,版を重ねる時に修正しました。どこかの時点で,どこを修正したか発表しないといけないと思っています。

 

 私の本は少なくとも学術論文ではない。意識したのは大きな物語として描こうということ。史料が残っていなくて分からない部分は『こうではないかと思う』と注釈を入れています。私の考えが正しいか正しくないかは,読者の判断に任せるしかないと思います。

 この反論・反発は詭弁でも度が過ぎていた。「日本の歴史の本は山のようにあるが」「巻末に参考文献を載せている本はあまりない」からという制作事情との関係もあったなかで,発行直後に大幅に訂正・修正を要することになった自分の著作(作品)に関する出来事(批判)は,執筆者当人である百田尚樹」に対して,非常に重大な問題を提起していた。

 ところが百田は,その程度のことはたいした問題ではない,あとで追って訂正・補修すれば “いいだろう” といった反応を示し,いわば完全に開きなおったような口調で弁解している。

 ものには限度というものがあり,常識的な線というものがある。百田尚樹のいうところの「史料が残っていなくて分からない部分」に関して生じる問題をうんぬんする以前に,その「分かっている部分」に対する物書きとしての執筆姿勢からして,ひどくズサンであった。

 要は,単に仕事が雑なのであって,ただの準備不足,ひっくり返していえば勉強不足であったということ,それだけの事情しかうかがえない。つぎの発言になるとほとんどデタラメ発言になる。

 つまり,百田尚樹がとりわけ「私の考えが正しいか正しくないかは,読者の判断に任せるしかないと思います」という発言する点は,きわめて無責任な発言である。ごくふつうに平凡に考えても,自分の制作する作品は「正しいものだ」という立場:「願い・狙い」をこめて執筆している。そう考えて当然も当然である。ところが,百田はまるで,自分の公刊物を他人ごとみたいに観察する態度である。

 まさに「正しいのか・正しくないのか」が,百田尚樹の著作に対して真剣に問われているにもかかわらず,そうした発想は自分の書いた本とは直接に関係がなくて,「私の考えが正しいか正しくないかは,読者の判断に任せるしかないと思います」ということなのであれば,自著が自著(自分の手が手)ではないみたいな発言になっている。

 前掲(冒頭)に引用した図解(記事に添えられていた画像資料)などに例示されていた間違い(ミス)は,どのように解釈されればいいかなどという以前においてすでに,物書きとしては初歩的・基本的な取組姿勢に関して,なんらかの重大な欠落があるとみられるほかない。そう論断されても文句はいえないい。

 それでもまだ,百田大先生は「私の考えが正しいか正しくないかは,読者の判断に任せるしかないと思います」といいつづけるつもりなのか? そういう問いかけ方をしたいのだとしたら,本ブログ筆者などは即座にこう断言しておく。百田尚樹という物書きは「正しくないゾッキ本」を量産する▼流作家だ,と。

 ネトウヨ作家の制作物をネトウヨ信奉者に読ませても,以上のごとき疑問・批判に対するまともな答えはえられるわけもない。「自分の立場・思想」とは反対の考えからも批判を受けて議論・対話してこそ,どこの誰であれ作家としての真価を試されるはずである。ところが,百田尚樹の反応はまったきに「〈敵前逃亡〉の言辞」しか記録していなかった。

 

  関連する議論

 1)本(旧)ブログ 2019年5月17日の記述

 この「旧」ブログの記述は当初,その主題を「学術研究の執筆力も小説虚構の構想力も確かに共通する知的能力を必要とするが,学問研究が小説創作に近づき,しかも盗用がまかり通るならば学問の世界は成立しない」とかかげていた。

 前段の点は,大衆向けの読み物を書き下ろす立場にある百田尚樹の場合でも同じである。百田の生産・公表する読み物が,その内容にこめられている材料に関した事前の理解じたい(吟味・検討・精査)を,ないがしろにしたままで公刊したがために問題が惹起させられた,と理解されてもよかったのである。

  ※ 学問研究における論文作成の話題 ※

 つねづねというか,忘れずにときおり考えたいことがらとして,こういう学問研究の方法に関する「基礎的な事項・事情」があった。研究者が論著をモノにし,実際に執筆する段階において必要な能力というか,その作業において要求される関連の基本条件はなにか,というのがそれであった。

 それは第1に,なんといっても「発想力」である。日本の有名な哲学者の1人,三木 清は『構想力の論理』(その初出は1937年から1943年にかけて公表されていた)という著作をもっている。研究者が自分の研究成果を1著にまとめて公表するさい,その題名をなんと付けるかという点は,「この発想力」という問題に深く関連している。

 著作の題名がその中身を要領よく体現させてかかげられていたとしても,さらにその「題名の中身」を他者に向かい, “よりよく伝達=想像させうる「なにもの」” かが含蓄されているほうが,もっと好ましい。

 第2にその「発想力」と裏腹の関係にあるものだが,筆者の立場において有する「筆力」(物書きとしての実力)が,不可欠の大事な能力となる。この能力は表現力ということばで代表できるかもしれない。当初の発想を活かすための,つまり自身の「構想」を活字に正確に反映させて他者に伝達するための技術力だといいかえることもできる。
 
 第3に研究者であるかぎり,執筆(論文・著書)を執筆するために必要な「文献・資料」を,どのくらい用意し整理できるかに関した能力が問題となる。いくらよい発想を抱いていても,いくら執筆力のあったとしても,そのために活かせる原材料が準備されていなければ役に立たず,無意味となる。とくに研究者であればその点は絶対に欠かせない必須の要件となる。

 以上の3点を最低限に満たさないでモノを書かれた論著になると,他者(読む立場にいる人)からしたら,なにか一定のあるいは表現しがたい不満や不足を感じる場合がある。学問研究のほうにおいてよく発生するその種の不満・不足は,なかでも「先行研究への配慮」が不十分であった研究成果が公表される場合に発生する。

 以上3点のうち,今回において問題になった百田尚樹の作品『日本国紀』は,歴史(通史)に関する本であるだけに,くわえて「思いつき」でもって書いた〈作風〉が濃厚に表現されているとなれば,問題とならないほうがおかしかった。前段の3点のうち百田においてはなにが問題であったのか。

 まず第1の「発想力」を発揮させる方途が完全に間違えていた。たとえば「南京大虐殺はなかったと考えるのがきわめて自然」と断定しているが,山崎雅弘にいわせればこの前提からして間違えている,つまり「歴史の事実」を無視し否定したうえでの作品制作であったからには,それ以降についてはなにをいっても,デタラメでなければ単なるウソにしかなりえない。

 しかもその肝心な虚構である問題点について百田尚樹は,「私の考えが正しいか正しくないかは,読者の判断に任せるしかないと思います」といい抜けていた。山崎雅弘が指摘したように,歴史修正主義の立場を採っている論者の主張は,初めから成立不可能である論理的措定を虚構(妄想)したうえ,そのあとにつづく論も展開していくのだから,それこそ「土台,話にもなりえない論旨」をそれでも無理やりに組み入れていく。

 だから,つぎの第2の「筆力」(物書きとしての実力)が,百田尚樹において善用されて活かされるという具合にはなっていなかった。ましてや,第3の「文献・資料」のあつかい方となると,だいぶ問題にされていたように不始末(いい加減さ:デタラメ)がたいそうめだっていた。

 『修正・訂正の嵐?』 このことを当人いわく「どこかの時点で,どこを修正したか発表しないといけないと思っています」。だが,あとになってそのような種類のいいわけをしなければいけないような,編集以前・校閲以前の段階においてその初めから準備不足だった作品は,そもそも公表(発売)すべきではなかった。それではボタンのかけ間違いというよりは,上着を裏返しに着ているようなもの……。

 2)佐野眞一「事件」

 まず,百田尚樹もよく利用するらしいウィキペディアを参照する。つぎは,佐野眞一に関する説明である。

 --1997年,民俗学者宮本常一渋沢敬三の生涯を描いた『旅する巨人』により第28回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2009年『甘粕正彦  乱心の曠野』により第31回講談社ノンフィクション賞受賞。2003年から2012年まで,開高 健ノンフィクション賞選考委員を務めていたが,週刊朝日による橋下 徹特集記事問題で辞任した。

 この橋下事件をきっかけに,佐野による数々の剽窃行為が明るみに出され,溝口 敦・荒井香織『ノンフィクションの「巨人」佐野眞一が殺したジャーナリズム  大手出版社が沈黙しつづける盗用・剽窃問題の真相』(2013年,宝島社)のなかで,盗用問題の詳細が検証された。溝口はまた,佐野からの直筆の詫び状をインターネットで公開している。

 2013年7月31日,著作権侵害されたとして,日隈威徳(ひぐま・たけのり)から訴訟を起こされたが,2014年10月16日に和解が成立した。2015年2月18日,大阪地方裁判所における裁判で,大阪維新の会支部長の橋下 徹に対して,「タイトルをはじめ記事全体が差別的で,深くおわびする」との「おわび文」を渡し,解決金を支払うことで,和解が成立した。

 佐野眞一百田尚樹はいっしょにはできないけれども,どこか裏道を通ればつながっている個所がないとはいえなくもない。人間のやることだからいくら用意周到に仕事をしたつもりでも,あとになれば間違いや欠陥のひとつやふたつはみつかるものである。

 佐野眞一の場合はひとまず論外としても,百田尚樹のあれこれいいぶんを聴いていると,どうせ人間はミスを犯すのだから,そんなこと気にしないで,ともかく最初から適当にこなして本は作ればいいんじゃないか,という口調に聞こえてならない。

 1冊の本を制作するに当たり,著者自身がどのくらい精神的にも肉体的にも疲労するかは,体験した人であれば皆よくしっている。なぜ苦労なのかいえば,今回,百田尚樹が実際に示して弁解してもいるような「後始末」が,あとになって必要になったりしないように,それも絶対に起こらないように綿密な校正(著者自身の)などの諸作業が,制作する工程においては要求されるからである。

 最近,代表作のひとつとして『レイテ戦記』(中央公論社,1971年)をもつ大岡昇平に関したある「特集番組の映像資料」(1995年など)を,ユーチューブ動画で何編か視聴した。大岡も九死に一生をえたフィリピン戦線(日本軍兵士だけで52万人もが戦死・戦病死・餓死するか,ときには現地の人びとに殺されていた)に関して書いたこの作品(『レイテ戦記』)に関して,彼は,なんどでも版を重ねるたびに内容の訂正・修補・追加をしていたという。

大岡昇平夫妻画像》

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 しかし,その大岡昇平の自著に対する徹底した基本姿勢は,百田尚樹のごときネトウヨ作家の軽い浮作とは真逆であった。大岡のそうした執筆のあり方は,百田に比較することすらできない。両者を比較などしては,たいそう大岡に失礼になる。

 ところで,「論争家」としての大岡の態度は,こう説明されている(以下はウィキペディア参照)。

 「ケンカ大岡」と呼ばれるほどの文壇有数の論争家であり,言動が物議を醸すことも少なくなかった。井上 靖の『蒼き狼』を史実を改変するものとして批判し,歴史小説をめぐって論争となった。

 

 同じく史実を改変するものとして,海音寺潮五郎の『二本の銀杏』や『悪人列伝』などを批判し,これに反論する海音寺と『群像』1962年8月号上で論争した。松本清張の『日本の黒い霧』などの作品を謀略史観にもとづくものとして批判したり,中原中也の評価について,篠田一士と論争したこともあった。

 

 また,江藤 淳の『漱石アーサー王伝説』が出たときもこれを厳しく批判し,ついで森 鴎外の『堺事件』は明治政府に都合のいいように事実を捻じ曲げていると批判し,国文学者と論争になった。

 大岡昇平がなぜこのような論争家になったかといえば,「国家と戦争と個人(国民:臣民)」のありように関して,終生,深甚なる疑問を抱き,徹底的に追究していたからである。その理由は『レイテ戦記』や『俘虜記』などの作品が詳述しつつ,存分に示唆するところであった。

 大岡昇平は,百田尚樹など比べようもない(足下にも及ばない)くらい,広大で奥ゆきのある作品を生んできた。

 3) 「〈論壇時評〉超監視社会  承認を求め,見つける『敵』 ジャーナリスト・津田大介」『朝日新聞』2019年5月30日朝刊13面「オピニオン」は,最後部でつぎのように百田尚樹に言及していた。

 ベストセラー作家・百田尚樹の来歴と周辺を徹底取材し,その素顔を明らかにした石戸 諭のレポート 註記)では,百田が人気を集める理由をトランプ現象を引きあいに出して「『ごく普通の人』の心情を熟知したベストセラー作家と,1990年代から積み上がってきた『反権威主義』的な右派言説が結びつき,『ごく普通の人』の間で人気を獲得したもの」と結論づけている。

 註記)石戸 諭「特集 百田尚樹現象」『ニューズウィーク日本版』2019年6月4日号。

 補注)「ニューズウィーク日本版はなぜ,『百田尚樹現象』を特集したのか」『NEWSWEEK 日本版』2019年05月31日(金)16時30分,https://www.newsweekjapan.jp/newsroom/2019/05/post-285_2.php も参考になる

 同記事では,百田が右派論壇で活躍するきっかけが2010年に始めたツイッターである事実も明かされている。彼を突き動かしている情念は,「イデオロギー」ではなくツイッターという「監視カメラ」がもたらした集団的自己承認欲求であると考えれば,いくら炎上してもツイッターをやめず,「政治的な発言で『影響力』をもちたいと思ったことはない」といいながら,無自覚に過剰な政治的発言を繰り返す理由がみえてくる。

 石戸は百田を「ごく普通の人」と位置づけたが,それは誤りである。百田は稀代(きだい)ストーリーテラー(storyteller)であり,その天才的能力を敵視でつながりたい人びとに幅広く提供した「相互承認コミュニティのリーダー」なのだ。「ごく普通の人たちの憤り」は本当に “憤り” なのか。いまわれわれに求められているのは,ポピュリズムやトランプ・百田現象を「監視社会」という文脈でとらえなおすことである。(引用終わり)

 安倍晋三「自民〈1強〉政権」に対する「外野的な補完勢力」というか「第5列的な役目」を,誠実に遺憾なく発揮している語り手が,衆目も認める百田尚樹という存在だと理解できる。

 百田尚樹の本質は,けっして弱いもの「一般」を助ける気持などこれぽっちもない。この事実は,その言動のはしばしに散出されている。問題は,「実はその弱い者たち」までがこの百田の詭弁ともいえない単なる強弁に付和雷同している,というまことに “貧困の精神・哀れな社会現象” の群生のなかにみいだせる。

 庶民の理解力・鑑識眼では「自分たちの本当の敵が居城する本能寺」が,いったいどこにあるのか,まだよく識別できていない。だから,庶民の側においてもともと脆弱たらざるをえない「特定の精神(その感性や情動)」が,百田尚樹の得意とする「扇動するためのエセ言論活動」が働きかける,かっこうの対象となっている。

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