林 廣茂『日本経営哲学史-特殊性と普遍性の統合-』2019年を書評する

 林 廣茂『日本経営哲学史-特殊性と普遍性の統合-』筑摩書房,2019年は,経営史と哲学史を十全に交差させえた議論か,当方が感じとれたいくつかの論点について考え,批評してみる

 

  【要点】「独自の問題意識」提供が「独創性ある論旨」提供になりうるのか,まだ疑問がある

 

 (1)「第二次世界大戦の犠牲者」について

 イ) 本書,林 廣茂『日本経営哲学史-特殊性と普遍性の統合-』は,アジア・太平洋戦争における「日本軍の戦没者310万人,アメリカ軍の戦没者は最大で10万人」(330頁)と書いている。だが,このアメリカ軍の戦死者「最大10万人」という戦死者の数値を目にした時,即座におかしいと思った。

 案の定,ウィキペディアにはアメリカ軍の「戦死者」は,41万6800人--内訳としては商船員9500人と沿岸警備隊1900人を含む--であると説明されている。この付近の数値が,それも明らかに誤植ではなさそうな結果として間違われているとしたら,しかもアメリカ軍の戦死者に関して,そのように数値を違えていたとなれば,これはなかなか想像すらしにくい誤記(?)である。

 いきなり類推的に述べざるをえないが,林の本書には,このたぐいに似た論及がほかにも多々ありそうである。この種の問題として感じた「執筆の流儀」に関してとなれば,さらに注意をして読まざるをえない。

 ロ) また,「戦闘で死亡した兵士の数よりも,軍に支援を断たれて飢餓と疫病で死んだ兵士の数が多かった(吉田 裕,2017)という無残な死を強要した」(330頁)と記述された内容に関しては,藤原 彰『餓死した英霊たち』ちくま学芸文庫,2018年(初版は,青木書店,2001年)が,原典の参考文献として広くしられているが,この関連については言及がなかった。

 林の本書が参照した吉田の文献は『日本軍兵士-アジア・太平洋戦争の現実-』中央公論新社,2017年であった。該当する章節には,藤原 彰が初めてまとめて報告したアジア・太平洋戦争史に関する事実が,間接的に紹介されていた。しかし,林の本書の議論じたいのなかでは,そのあたりに関して,藤原の原著に当たった様子は観取できない。

 しかし,日本経営哲学史,すなわち「日本の経営史」と「日本の哲学史」を交差させ重合する討究をめざしたいのであれば,それぞれの学問領域における先行研究の綿密な事前研究と併せて,これに対しては独自に,「経営哲学」をめぐる「精神史・理念史」の解明も要請されている。すなわち,「経営の哲学」を主場にし,て幅広い分野にまでわたる事実史・展開史に関した,より正確な理解とより厳密な論説が担保される必要がある。

 

  (2)とりわけ,「日本人『らしい・ならでは』のアイデンティティを踏まえた経営哲学」という俗論っぽい認識の方法について

 それをあえていいかえてしまうとしたら,例の「たられば」的な経営哲学論に変質しないかと,たいそう気になる。そういった表現の方法(「らしい・ならでは」というもの)がありうるならば,アメリカ人「らしい・ならでは」とか,フランス人「らしい・ならでは」とか,中国人「らしい・ならでは」とか,韓国人「らしい・ならでは」という表現もまた,それぞれの国風なり成立可能である点は,容易に認められる。

 要は,そのようにまでして,この「らしい・ならでは」という基本観念を拡延させていけると仮定が確保できれば,こちらなりにそれぞれの各国風に「らしい・ならでは」にしたがうところの,それも『特殊性と普遍性の統合』に関してもまた,個別ごとに組み合わせられうる「基本的な概念規定」が定立されてよい。だが,そこまでは配慮がなされていない。日本だから,この国風に「らしい・ならでは」というものが,「特殊性と普遍性」の対・概念の舞台で議論できるかのように,ともかく弁じられている。

 つまり,「日本の特殊性」のなかでこそ,「特殊性と普遍性〔とこの統合〕」が議論されることが,あたかも予定調和的に期待されている。つまり,こちら:日本の圏内で完結しうる要領が,当然でもあるかのように語られている。それゆえ,そもそも「日本は特殊だ」といえる「普遍的な弁論」が確保されうるのか疑問を抱く。

 以上の疑問をより具体的に指摘してみたい。

 イ) 要は,まず「経営哲学史に相当する一定の概念枠組」はあるのか,準備されているのか? 経営哲学史だと「そう題した」著作を公表するからには,その本質論・方法論が最低限は欠かせない。もちろん,林の本書からは,冒頭から「そのこと」を執拗に論及していたのだ,という反論:回答が出てくるかもしれない。

 だが,実はそのあたりの論旨が,そもそもだいぶ散らかっていた印象が回避できない。著者の筆法の特性には収まりきれなかった内容の展開からは,かえって問題点が未解明部分となってしまった領域を残しており,そうした惜しい顛末をもたらしている。

 ロ) 林の本書は,日本の哲学史関係では鈴木大拙を登場させているが,西田幾多郎や田辺 元,戸坂 潤などは議論する対象・材料として出ていない。左右田喜一郎の「経済哲学」も姿を現わさない。三木 清の「構想力の論理」や,九鬼周造の『「いき」の構造』もとりあげられていない。そうでなければ絶対にいけないという事情はないものの,日本経営哲学史の特殊性と普遍性を論点にもちだしているからには,どうしても食い足りなく感じるほかない,いくつかの「欠品状態」にはすぐ気づく。

 ともかく,書名は『日本経営哲学史-特殊性と普遍性の統合-』であった。が,その “歴史的に踏まえた基本の観点” が奈辺にあるのか,まだ不詳であった。歴史の問題を論究しようとする姿勢のなかに,「経営史と哲学史」あるいは「経営問題に対する哲学史」が実際に,いかほどの深度まで介在せしめられているのか,なお不明瞭であった。

 ハ) 経営史学史的の研究がその付近の問題を解明していないわけではなく,確かにある。だが,林の本書ではとくに,それに向けて焦点をしぼった確定的な言及があるとは感じられない。これもまた,そうでなければ絶対にいけないとはいわない。だが,やはりなにか,先学の蓄積を生かし切れなくさせている “原因の一端” を,確かに感じさせている。

 林の本書は,記述というか議論そのものは非常に詳しく,しかも多岐にわたっていて多彩でもあるが,なにが核心の論点として定置されているのか捕捉しにくい。二言目には必らず,「らしい・ならでは」であるという修辞が乱発されている(あまりにも多く記述に使用されていて,それを数える気にもなれなかった)。その修辞が本書の本線というか補助線にもなっていて,論旨の中心部を貫いている。けれども,素性のはっきりしない「台風の目」でもあるかのように,それだけがただ疾風的に先導していると感じられてならない。
 
 ニ) 日本の企業「観」にかかわって,その日本人「らしい・ならでは」というものが,なんどでも繰り返される。だが,この意図じたいに関した説明がさらに必要だと教える間もなく,日本人「らしい・ならでは」という常套語が,ともかく無条件的になのか,やたら頻繁に繰り返されている。

 となれば,いささかならず食傷気味になって,この「らしさ・ならでは」を眺めるほかなくなる。その日本人に関しての「らしい・ならでは」という決まり文句は,『自明の聖域』から天下り的に派遣された,いうなれば〈先験的な慣用語〉として運用されているものなのかとまで勘ぐりたくもなる。

 「日本経営哲学史」を自称するならば,まず日本の経営史に関した基本的な方法論の披瀝があっていいし,つぎに日本の哲学史に関した基礎的な省察があってもいい。だが,林の本書は,既存として豊富にある,つまり所与の「日本の学問」の諸関連領域で用意されている成果・業績を,今回の著作なりでいいから,必要かつ十分に活かしきれていない。

 盛りだくさんの内容物があちこちでこぼれ出てきては,読む者をして,これでは収拾のつかない論旨だと感じさせる場面が多くあった。したがって,一歩間違えれば,いまの日本で目立つ感傷論 “にっぽん,スゴイ(論)” に急接近しがちな意図が,それも当初から無意識的に仕込まれていた著作だとまでいわれかねない。

 ホ) 特殊性についての議論はある程度分かるが,それに対して普遍性についての議論が分かりにくい。この国が “ジャパン・アズ・ナンバーワン” だと褒められた時期は,日本の特殊性に関する〈尺度〉が世界の普遍性を計れる基準になりうるかのように確信がもたれる体験をしてきた。

 ところが,いまではGDPの水準でも相当にその地位が沈下してきた日本の国力を念頭に置いていえば,日本の産業経済の実力・特性の源泉であるはずであって,まだ誇っていたい「日本の特殊性」は,すでに “世界の普遍性” からだいぶ遠くに離れてきた。だから,「日本人『らしい・ならでは』のアイデンティティーを踏まえた経営哲学」と力説したい場合,なにをその特殊性としてとりあげ,このなかからなにを普遍性をみちびき出せるのか,あらためて考えなおさねばならない。

 ところが,通奏低音としてその「日本人『らしい・ならでは』のアイデンティティーを踏まえた経営哲学」が,前面にかかげられるかっこうで全面的に喧伝されるかのような論旨が,徹頭徹尾,維持されている。こうなると,読む者の立場からしたら,「著者の思考方式に賛成するとか,いや,反対だとかといった」次元のほうへと,関心が単純に「目移りしていく」ほかなくなる。

 ヘ) 「日本人『らしい・ならでは』のアイデンティティーを踏まえた経営哲学」論は,「経営史と哲学史の混合体」になる性質を有する。それゆえ,「日本思想史全体の関心」をも基礎部分に注入し,踏まえたうえで,理論以前の語り口として,いいかえれば説明不全になりがちな「独自の主張」が,極力一人歩きしないようにする歯止めが必要である。

 著者が博識であり勉強家であり,だから博覧強記である実力ぶりはよく理解できる。しかし,日本経営哲学史としてなにをどのように論じるかというよりは,ひたすら,日本における「あくまで哲学的に論じた日本企業家の事業経営成功物語」であった。それゆえにだったのか,「日本人『らしい・ならでは』のアイデンティティーを踏まえた経営哲学」が,特筆大書される方途で提唱されていた。かといっても,その失敗物語のなかにも,当然「らしい・ならでは」の理屈を読みとる余地が大いにあるはずである。
 
 ところが,より厳密にいうとしたら,そちらの「成功物語」への志向性だけでは,学問論としての経営哲学史は成立しづらい。どの国のそれであっても,である。「失敗物語」も含めてなにも悪いことはない。むしろ,そうしたほうが「日本の経営哲学史」の全体像の輪郭を,より包括的に明確にしうるのではないか。旧大日本帝国陸海軍史に関して記録してきた『失敗の本質』を詳細に検討した著作が,いまもなお多くの人々に読まれる事由を,ここで蝶々と説明する必要はあるまい。

 要は,社会科学論としての経営史学史として,その「日本経営哲学史」の路線を敷ききれていない。「発想・着眼の独自性」が「学問・科学としての独創性」にまで到達しそこねている。

------------------------------