日本は単一純粋民族だといった〈虚説〉がいまごろ明確に実証されつつあって,21世紀の「異民族・多人種の混淆」が進む現状(続・2)

 人種だとか民族だとかについて歴史社会学的にまともにとりあげ考えてきたことのなかった日本人・日本国

 21世紀になってすでに多人種的・多民族的な国家内体制になっているのは,ラグビー日本代表チームだけではない

 白人系と非白人系の混血系人間についての話題-芸能人・タレントを通して-
 
  要点:1 人種・民族といった政治的・社会的な諸要因に対して真っ向から本格的に対処してこなかった日本政府,これからもっと苦労が増える

  要点:2 いまや日本人には「いろいろな日本人」が存在する時代であり,何人として異人「性」をどこまで気にするようでは,国際社会の日本国はなりゆかない

  要点:3 大坂なおみの「黒人差別問題抗議の姿勢」にたじろぐ日本側の反応は,時代錯誤の「人種観」にまみれており,いまだに人種差別の潜在的な意識にとらわれている。企業の社会的責任問題があれば,スポーツ選手・アスリートの社会的責任問題もありうる

  要点:4 ハーフのかわいい女性芸能人といった話題


 「〈私は○○人〉あなたは何人ですか? ウエンツ瑛士さん,田所昌幸さん」朝日新聞』2019年12月31日朝刊9面「国際」

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※人物紹介※ 「ウエンツ瑛士」は1985年生まれ,東京都武蔵野市生まれ。父はドイツ系米国人,母は日本人。4歳からモデル活動を始め,映画やドラマ,バラエティーで活躍。映画『ゲゲゲの鬼太郎』や舞台『スコット&ゼルダ』で主演。2018年10月から,演劇を学ぶためロンドンに留学中。


 1) 顔で思った「どこの国の人間」-タレント・ウエンツ瑛士(えいじ)さん

 英ロンドンの劇場街ウェストエンドの舞台に立つ夢を追うため,昨年10月からロンドンに留学しています。僕は本当に英語ができなかったので,演劇のレッスンのかたわら,語学学校に通いました。振り分けられたのは5段階の下から2番目のクラス。3カ月はまともに会話もできなくて,一時はうつのようになってしまいました。

 日本では,僕が英語がしゃべれないとしると爆笑が起きました。通った学校でも,テレビ番組でも。自分が日本人だと思っていた僕にとって,その笑いはある種なぞでしたけど,皆が楽しそうにしてくれるからまったく嫌な気はしなかった。

 ロンドンに来て,日本人の友人から差別を受けたという話を聞きました。僕は一度もそんな差別にあったことがない。こんな顔だからですよね。それで,思った。あれ,僕ってどこの国の人間なんだと。いまもその感覚は続いています。

 ロンドンでは,複数の国や地域にルーツをもたない人の方が珍しいぐらい。周りにもたくさんいるので,僕は自分のことをむしろポジティブに捉えています。実は,留学中に若手俳優としりあって二人芝居の公演をやりました。複数のルーツをもつ僕の生い立ちを反映した物語です。全編英語のセリフは大変でしたが,自分自身が何者かを考える時間にもなりました。

 近年のウェストエンドでは変革が起きていて,原作では明らかに白人の役でも,黒人やアジア系の俳優が意図的にあてられるようになった。人種や容姿とは関係なしに,演劇のスキルを突き詰めれば道が開けるのなら,ひたすら努力する価値はあると思います。多様なルーツを持つ人びととともに生きていくとき,自分が何人(なにじん)でもないという感覚も悪くないな。いまは,そう考えています。(聞き手・伊藤喜之)

 2) タレント・芸能界などでめだつ混血系の人たち

 日本の芸能界で働くタレント・俳優などはとくに,ウエンツ瑛士のように白人系との人種的な混血系の人びとのほうが,圧倒的に多い。黄色人種系同士での混血系の人びとは,それでも敗戦後史のなかで「韓国系との混血の人びと」が,この韓国人「性」そのものを全面的に隠し,日本人の仮面をかぶって活躍するほかない事実が存在していた。

 しかし,そうした「歴史の事実」などろくにしれらていなかった。いまとなってはもっぱら白人系の混血系のタレント・俳優ばかりが注目されている。なにせ,肌の色は顔の造りがいかにもあちら系ということであり,その肉体的な特徴は「隠しきれない」属性・事情である。

 昔,日本のプロ野球界において偉大なる投手として君臨した金田正一(本名は金 慶弘,キム・ギョンホン,김  경홍)の「しゃれこうべ(もちろん目や鼻,口,耳などの肉付きの骨相)」について分析した識者が,この人はモンゴル系の日本人だと判定していたのを聞いて,思わず笑ったものである。ともかく,同じアジア系でも韓国系・中国系の人たちとなると,ましてや日本生まれで日本育ちの彼らの容貌のこととなれば,そのほとんどの人たちは,日本人(純ジャパ?)と区別することがむずかしい。

 最近でも,TVへの露出度がけっこうあるタレントのみやぞん(1985年4月25日生まれ,35歳)は,日本名(本名?)が「宮園大耕(みやぞの・だいこう),韓国名は金 大耕(きん・だいこう;김   대경)であり,日本の旧姓として金本(かねもと)をもっているという。このみぞんは,韓国系でもすでに3世の世代であると想定しておくが,まだ「あちら系の骨相」の特徴を強く継承している。このみやぞんが在日3世として,片親に日本人を有するのかどうか,現在のところ,不詳である。ネットで読みこめる範囲内では,みやぞんの実父は韓国人だと思える。

 補注)ネットには,みやぞんの情報については母親とのつながりで多少言及がある。だが,より正確に説明されていると受けとれる材料がみつけにくい。2005年の日本政府「官報」にみやぞんが日本国籍をえた(帰化し,取得した)という記述もみつかることだけ付記しておく。

 ウエンツ瑛士(もちろん混血だが)の “白人系の容貌である雰囲気” とみやぞんの “アジア黄色人種系のそれ” との相違は,非常にはっきりしている。敗戦後史のなかで韓国・朝鮮系のタレント・芸能人,さらにはスポーツ選手・アスリート界にあって,日本社会のなかに潜在(埋没?)しつつも,大いに活躍してきた事実について,日本人・日本社会側はたいした知識をもちあわせていない。

 ネット上には,「安倍晋三は李 晋三なり」などと,まったくビックリさせられる “嫌韓的な(?)フェイク情報” までぶちまけられているが,どのような意見・主張であるにせよ,もう少し事実にもとづいた,あるいはより近づいた記述・説明をしてほしいものである。

 最近,何日か前であったか,この本ブログに対するアクセス数が一時的に,それも特定の時間帯(ある何時台という狭い範囲内で)において,急に増えたことがあった。それは実は,矢沢永吉の記述( ↓ )に対して集中したアクセスの記録であった。この記述の題名に注目してほしい。

 この矢沢永吉は在日2世であり,日本人そのものに映る容姿だと判定されても,これがごくふつうに,自然に受けとられる雰囲気を有している。この矢沢と同じに,敗戦後史の日本社会のなかではとくに,韓国系のタレント・芸能人や日本の伝統である相撲界,またプロ野球界,プロテニス界などのなかでも,非常に多くの人材が,その出自をしられることもなく,参入し活躍していた。「知らぬが仏」ではないが,旧植民地出身者とその子孫は,敗戦後における日本社会のなかでは,進出可能であったあらゆる分野において彼らが大活躍する姿があった。 

 

 「ハーフの女性芸能人かわいいランキング」『RANK1』https://rank1-media.com/I0000333をみると,白人系との混血がほとんどであり,アジア系でも何分の1かは白人系が入っている女性もいた

 --ともかくこのランキングをさきに紹介しておく。

    ◆ ハーフの女性芸能人かわいいランキング TOP32【2020 最新版】
        - 以下ではとくに両親の国籍などだけ挙げる -

 現在,ハーフタレントと呼ばれる女性芸能人が急増しています。もはやハーフも珍しくはない時代に突入しました。ここでは,かわいいハーフ女性タレント32人をランキングで紹介しています。

   32位藤田ニコルさん」 生年月日:1998年2月20日,出身地:ニュージーランド。父親がポーランド人,母親がロシア人で,ハーフといっても日本の血が入っていないハーフ。

   31位「SHELLYさん」 生年月日:1984年5月11日,出身地:神奈川県横浜市。父親がシチリアアメリカ人

   30位秋元才加さん」 生年月日:1988年7月26日,出生地:フィリピンマカティ。母親がフィリピン人。

   29位春香クリスティーンさん」(佐藤・クリスティーン春香,本名) 生年月日:1992年1月26日,出身地:スイス・チューリッヒ市。父親がスイス人。

   28位加賀美セイラさん」(加賀美聖良,かがみ・せいら) 生年月日:〔?年〕6月13日,出身地:東京都。父親がポーランドケベック人。

   27位ホラン千秋さん」 生年月日:1988年9月28日,出生地:東京都多摩市。父親がアイルランド人。

   26位「市川紗耶さん」(シュック市川紗耶ジェニファ,本名) 生年月日:1987年2月14日,出身地:愛知県名古屋市。父親がアメリカ人。

   25位「髙橋メアリージュンさん」 生年月日:1987年11月8日,出身地:滋賀県。母親がスペイン系フィリピン人。で

   24位長谷川潤さん」(別名義:長谷川カウルヴェヒ潤) 生年月日:1986年6月5日,出身地:アメリカ合衆国。父親がアメリカ人。

   23位「ラブリさん」(愛称:ラブちゃん) 生年月日:1989年11月27日,出身地:愛媛県松山市。母がスペイン系フィリピン人。

   22位余貴美子さん」 生年月日:1956年5月12日,出身地:神奈川県横浜市。父親は台湾人で,母親が日本人のハーフ。アジア人ハーフのため一見わかりづらいが,整った綺麗な顔立ち。

   21位「森 星さん」 生年月日:1992年4月22日,母親がイタリア系アメリカ人。

   20位「May.  Jさん」(出生名:May (Jamileh) Hashimoto) 生年月日:1988年6月20日,出身地:東京都。母親がイランとスペインとロシアの血が入っている

   19位加藤ローサさん」 生年月日:1985年6月22日,出生地:神奈川県横浜市。父親がイタリア人。

   18位ドーキンズ英里奈さん」(愛称:ドキンちゃん) 生年月日:1992年9月29日,出身地:岐阜県岐阜市。父親がニュージーランド

   17位谷まりあさん」 生年月日:1995年7月28日,出身地:東京都。父親がパキスタン人。

   16位「満島ひかりさん」 生年月日:1985年11月30日,出生地:鹿児島県鹿児島市。祖父がイタリア系アメリカ人。

   15位ダレノガレ明美さん」(愛称:ダレちゃん,明美ヘップバーン,ゲスノガレ),生年月日:1990年7月16日,出身地:ブラジルサンパウロ州サンパウロ。父親がブラジルと日本のハーフ,母親がイタリア人。

   14位「マギーさん」(別名義:奈月 マーガレット) 生年月日:1992年5月14日,神奈川県横浜市。父親がスコットランド生まれのカナダ人。

   13位石田ニコルさん」 生年月日:1990年5月29日,出身地:山口県岩国市。アメリカと日本のハーフ

   12位豊田エリーさん」(別名義:柳楽えりか〔本名〕,ウォード・えりか:Erika Ward,旧姓) 生年月日:1989年1月14日,東京都。父親がイギリス人。

   11位玉城ティナさん」 生年月日:1997年10月8日,出身地:沖縄県。父親がアメリカ人。

   10位仲里依紗さん」 生年月日:1989年10月18日,出身地:長崎県東彼杵郡東彼杵町。父方の祖父がスウェーデン人。

   9位沢尻エリカさん」(本名:澤尻エリカ,別名義:Kaoru Amane,ERIKA) 生年月日:1986年4月8日,出生地:東京都。母親がアルジェリア系フランス人。

   8位ベッキーさん」(別名義:ベッキー) 生年月日:1984年3月6日,神奈川県。〈元祖ハーフタレント〉。父親がイギリス人。

   7位宮沢りえさん」 生年月日:1973年4月6日,出生地:東京都練馬区。父親がオランダ人。

   6位滝沢カレンさん」(愛称:カレン,キャレン) 生年月日:1992年5月13日,出身地:東京都。父親がウクライナ人。

   5位滝川クリステル」(本名:滝川ラルドゥ・クリステル雅美,結婚前) 生年月日:1977年10月1日。父親がフランス人。

   4位「ローラさん」 生年月日:1990年3月30日,東京都。父親がバングラデシュ人。

   3位中条あやみさん」(あやみん,ポーちゃん,ポーリン) 生年月日:1997年2月4日,出身地:大阪府大阪市阿倍野区。父親がイギリス人。

   2位池田エライザさん」(別名義:池田 依來沙,旧芸名。愛称:エライザ,エラちゃん) 生年月日:1996年4月16日。母親がフィリピン人

   1位トリンドル玲奈さん」(愛称:トリちゃん) 生年月日:1992年1月23日,
出身地:オーストリアウィーン。父親がオーストラリア人。〈特記として以下も引用〉「母親が日本人だそうです。オーストラリアと日本のハーフということになります。透き通った白い肌がやはりハーフっぽいです」。

 補注)素朴な疑問を提示するとしたら,「黒い肌・褐色の肌がやはりハーフっぽい」とはいわないはずだという〈想定〉をしても,多分間違いはない。つまり「透き通った白い肌がやはりハーフっぽい」というのは,ハーフという人種的な特性=「肌の色」に関して普遍的に妥当する説明になっていない。

 さて,以上のように引用・紹介してきた「女性芸能人のハーフタレントの可愛いランキング」については,「やはりハーフということで整った顔立ちの女性が多いことが分かりました」し,「今後もまだまだ増えていくと思われるハーフタレントのみなさん。今後もハーフタレントの皆さんの活躍に注目ですね」という解釈が添えられていた。

 途中には「日本人離れしたウンヌン」という決まり文句がなんどか出ていた。ここでは,こういう本が出版されていた点を紹介しておきたい。突っこんでいうまでもなく,この本は,とりわけ「白人と日本人の混血児」は全員が女性の場合,美人でかわいいわけではないよ,といういいぶんである。「▲ス」だってたくさんいるよ,ということ。

  サンドラ・ヘフェリン『ハーフが美人なんて妄想ですから ! !  - 困った「純ジャパ」との闘いの日々』中央公論新社中公新書ラクレ) ,2012年。

 以上に一覧された芸能人・タレントの多数派に属するのは,あくまで欧米系の混血児であった。とくに注意したいのは,一部において血統的には黒人系の要素がいくらか入っているものの,圧倒的な大部分が白人系との混血児になっている。「日本人離れしたウンヌン」の指摘は,まさか日本人自身を貶める文句だと思いたくないが,しかし,そうした語感は,いまだに実体感をともなっていると受けとめるほかない。

 半世紀近くも前だったが,1970年代前半に活動した「ゴールデン・ハーフ(Golden Half) という,全員がハーフの(という設定で全員が白人系の混血にみえた)女性アイドルグループ(渡辺プロダクション所属)が存在していた。

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 付記)前列3名と後列2名をまとめてその面相を比較してみると興味深い。

 1970年9月,スリー・キャッツの『黄色いさくらんぼ』をカバーしてデビュー。結成当時は5人だったが,すぐエリーが抜けて4人組に。4人時代が人気絶頂期だった。最終的には1973年の「アダムとイヴ」でメンバーのリーダーだった小林ユミが抜けて3人となり,翌1974年に「メロンの気持」を最後に解散。

 以上はウィキペディアの解説であるが,「本項では後に結成されたゴールデン・ハーフスペシャルについても記述する」とも書いてあって,そこはつぎのように記述されている。

 「ゴールデン・ハーフスペシャル」は,ゴールデン・ハーフの派生グループとして結成された4人組(途中で1人脱退)。本家グループと同じ渡辺プロダクションから,1976年にレコードデビューした。 しかし,本家グループに比べて人気が振るうことなく消滅してしまった。なお,メンバーのリンダは当時,サザンオールスターズのバンドマンだった大森隆志と交際していた。

 補注)「柳の下の泥鰌」の2匹〔群〕目はみつからなかったということか。

 以上の解説に関していえば,ハーフはゴールデン(金ぴか)だという意味あいをもたされており,日本人と白人系の混血児だからこそ,それ相応に「特別の値打ち」があると評価されていたのかもしれない。黒人系と日本人との混血児がグループを組んで, “ナントカ・ハーフ” など名づけられてデビューする事例は,なかった。黒人系の演歌手もいなったわけではないものの,その後において,大いに売れる者としては生き残っていない。

 けれども,日本・日本人・日本「民族」側の視線にあっては,「ゴールデンハーフ」を自然に受けとめる感性がある。そして,その感性がいまの日本社会のなかにも継続されている。ともかく,黒人系と日本人との混血児である芸能人・タレント(もとから黒人系1世であり,来日した人たちはひとまず除外しておく話とするが)が,大いに売れたとか,TVに “持続可能な” かたちで出演しているという姿は,ほとんどみかけられない。

 そもそも,白人系の混血児は,日本における「混血児全体」のなかでの割合--彼・彼女ら生活基盤が主にその両親のどちらの国にあるかという点も関連してくるが--は,少数派の部分・比率にしかなっていない。しかし,マスコミ・メディアへの進出度は相対的に,相当程度に高い。

 だが,この2年ほどまえに問題なっていて,本ブログ内でもとりあげて論じた「大坂なおみCM画像」に関した『ホワイトニング』の問題は,前段に触れたごとき「ゴールデンハーフ」(1970年代)的な問題とは対極に位置しており,しかも時期的にはだいぶズレこんではいながらも,同時にまた,現在にまで通じて「対をなす問題」だと解釈していい,「それぞれの時代における個々の問題」の実在を教えている。

 一言でいってしまえば,日本人の白人コンプレックスが,いくらかは確実にないまぜになっているなかで,「外タレ」(古い表現であるが)とみなせるような混血児たち芸能人・タレントが,この日本社会のなかで大活躍している。


     
  多民族社会,モデルはラグビー日本代表-慶応大教授・田所昌幸(たどころまさゆき)さん〔なおこの ③ は,間に ② を長めに挿入してあったが,① に直接続く内容である〕 

※人物紹介※ 「たどころ・まさゆき」は1956年生まれ,専門は国際政治経済学,防衛大教授などを経て現職。著書に『越境の国際政治』『国際政治経済学』など。

 まず国籍とは,人がどの国家に帰属するかを明らかにする制度です。日本のような民主主義国では,国民という正式な国家のメンバーを確定する意味もあります。主権国家体制がなくならないかぎり,その意義の重さは変わらないでしょう。

 国境を越えた移動が盛んになると,国籍や民族的アイデンティティーが異なる人が国内に増えることになります。日本にもすでに相当数の移民がいます。魅力的な国であるほど,新しい人が来るのを止められないし,止めるべきでもないでしょう。多様なアイデンティティーをもつ人とうまくやっていくしかありません。

 しかし,国籍だけで人々の帰属意識が左右されるわけではありません。民主主義は,そのメンバーの間で,平和や繁栄とともに苦労や犠牲を共有しているという仲間としての感情的な絆がなければ機能しません。投票すればいつも負けると決まっている少数派は不満をもち,分離独立やひどい場合にはテロに走る恐れもあります。

 たとえば,2017年6月にロンドン中心部で起きたテロ事件では,英国籍のパキスタン出身者が容疑者として特定されました。容疑者は過激派組織「イスラム国」(IS)に傾倒しており,英国人を仲間とは思っていなかったのでしょう。

 そうならないためには,多数派の日本人と新たにくわわったメンバーを仲間として包摂する新しい日本のアイデンティティーをつくっていくことが必要ではないでしょうか。

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 今秋に日本で開催されたラグビー・ワールドカップの日本代表は今後のモデルになります。民族的なバックグラウンドが違い,日本国籍をもっていない人もいましたが,一丸となって「JAPAN」を代表しました。リーチ・マイケル選手のように仲間として日本のチームにくわわる人が増えることに,抵抗感があるとは思えません。(聞き手・宋 光祐)

 この田所昌幸の話し方は,「ラグビー・ワールドカップの日本代表」が「今後のモデルになり」うるかのように話をしていた。だが,これはまだ,短見の域を出ていない。より現実的に考えたいのであれば,過去から現在まで,日本社会は外国人たちをどのように受け入れてきたか,これをじかに観察しようとするにさいして,2019年「ラグビー・ワールドカップの日本代表」を模範・目標に据えたところで,いまの状況のなかでは,それほど有益な議論にはならない。

 技能実習生の問題は,その有益ならざる,しかもそのもっとも困難である「日本における外国人問題」の実際例を提示してきている。ラグビー次元の話題をもちだした田所昌幸の自説に向けて,技能実習生の現実的な問題をむすびつけた議論を,ただちに要求することはできない。しかしながら,これらの「話題」と「問題」は,根っこのところでは,同じ日本の社会における論点として,不可避に有機的に結合している。簡単にいうと,きれいごとではありえない「日本における外国人問題」の実相が,その場所において展開されている。

 技能実習生の問題をめぐってはたとえば,巣内尚子『奴隷労働-ベトナム人技能実習生の実態』花伝社,2019年という本が発行されている。この本の題名からして,「ラグビー・ワールドカップの日本代表」が「今後のモデルになり」うるかといったごとき,どうみても淡い(甘い?)期待は,打ち砕くだかれるほかない。その種の期待は,初めから足もとをすくわれてしまう可能性が大きい。

 分かりやすくいえば,「ゴールデンハーフ」の向こう側に現実的に存在するはずの,それも「▲ーティーハーフ」的だと “ひとまず表現せざるをえない” 日本社会内の問題点” も,それも歴史的に関連させて併せて考慮しないことには,そう簡単に「多数派の日本人と新たにくわわったメンバーを仲間として包摂する新しい日本のアイデンティティーをつくっていくことが必要ではないでしょうか」などと,口に出せない。

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