民主主義の政治理念とは無縁の「スガノミクス」,アベノミクスのカスノミクスである菅義偉の政権に,衰退しつつある日本の再生・復興はできない

 アベノミクスは「負のレガシー」を順調に蓄積してきた,つまり,以前までまともであったはずの日本をひどく貶めてきた「安倍晋三の政治手腕」のほうだけは,なかなかのモノであった

 その相棒で前官房長官を務めてきた菅 義偉が,こんどは首相になりあがったというのだから,これまでの「日本のあり方:事実」を「問題ない:批判は当たらない」などというほうが,そもそも「根っから問題であった」

 そうした新政権の今後がどうなっていくかは,すでに自明のことがらであり,ゆくすえがとても心配である。

 アベノミクスが事実においてアホノミクスであって,ウソノミクス・ダメノミクス・ホラノミクス・カラノミクスでもあった事実は,世界の政治・経済における日本の位置(各種「格付け」など)の後退をしれば,一目瞭然である

 ゆえに,第2次アベ政権の「最悪の従者であった菅 義偉」が,「なにに依って・なにをしようとしているか」にかかわりなく,この日本国はいま確実に3流国化の泥沼にはまりこんでいる

 日本における1人当たりのGDPがいまや,隣国の韓国に追い抜かれる始末にまで至っている

 

  要点:1 安倍晋三がそうであったように菅 義偉もまた,この日本国をまともに管理・運営できそうにない政治屋であるからには,早めにさっさと退陣したほうが,国民・庶民たちにとってもよりよい選択

  要点:2 「幼稚と傲慢・暗愚と無知・欺瞞と粗暴」である安倍晋三前内閣を基本的に継承した菅 義偉内閣の粗忽かつ乱雑な布陣,これでは21世紀の日本はますます没落の歩調を速めるばかり


 「まだ何もしてない『カス内閣』の支持率64%の摩訶不思議!&行政改革目安箱『縦割り110番』を河野太郎個人のHPに設ける公私混同!! 『くろねこの短語』2020年9月18日,http://kuronekonotango.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-94d917.html

 秋田の農家出身で,叩き上げの苦労人で,パンケーキが大好きな令和おじさん・・・なんてイメージをメディアが刷りこんでくれたおかげもあって,カス内閣の支持率が64%(毎日新聞)だってさ。

 補注)『朝日新聞』の世論調査でも65%,『日本経済新聞』のそれになると74%にも内閣支持率が出ている。マスコミ・メディアも安倍晋三為政の7年と8ヵ月もの時間が経過するなかで,新聞紙はアベ忖度記事しか書けない。そしてTVの放送は,いまや “権力側のチンドン屋的な手先” でしかない,ワイドショー的な特番ばかり組んでいる。

 今回,新しく発足したけれどもなんら新味などありえない菅 義偉のスカスカの政権発足に対しては,ご祝儀相場以上の高評価が内閣支持率に関する各紙世論調査の結果が提示されていた。その結果については不正な調査でしかないと批判する向きもあるが,それはさておき,国民・有権者,市民・庶民たちはずいぶんアベを甘く観ているしか受けとれない。そもそも,われわれのためにアベとスガの「悪代官的なソンビ・コンビ」は,いったいなにをやってくれたというのか?

 2020年にはいってからというもの,新型コロナウイルス感染症によるコロナ禍は,アベ政権の長期間がいかに実績もなにもない,カラノミクス・ホラーノミクスであったかを教えている。今後における日本の産業経済・企業経営の維持・発展を国民経済の堅実な成長に活かすために,いったいどのように,スガ政権が指導していけるのかと問うたところで,実際にはまったく展望が開けていない。

 菅 義偉は「デジタル庁」を開設したいともくろんでいるが,国家全体を警察監視体制にもっていくための基本的な基礎造りをそれに賭けているのであり,きわめて露骨なオーウェル流『1984』的国家体制を構想しているに過ぎない。はっきりいってこの菅にあっては,特定の国家の理念だとか,具体的に政治の思想だとかを披瀝させることは,もともと無理難題であった。いままで彼が官房長官として国民側に対してきた態度・姿勢をみるかぎり,その付近に関する構想は依然未熟である。

 デジタル庁の発案とその実現にかける企図は,国民監視体制の構築による国民統制・管理体制の全面的な構築である。官邸のなかには,菅 義偉を囲む参謀格の官僚群(実質手的には茶坊の集団)が,補佐官・秘書官の立場で控えている。まだ,アベ政権時であった2020年1月18日に報道されたニュースは,こう伝えていた。

 菅 義偉官房長官は,〔2020年1月〕17日の記者会見で,ジャーナリスト伊藤詩織さん(31歳)が性被害を訴えた元テレビ記者への逮捕状執行取り消しを指示した警察庁の中村 格官房長を同日付で同庁ナンバー2の次長に昇進させた理由について「人事というのは適材適所でおこなわれている」と答えた。

 この種の頻繁する〈菅の話法〉は話法にすらなっていない。「人事というのは適材適所でおこなわれている」と答えたというが,この話は当たりまえ以前の当たりまえの人事管理の基本中の基本を,口にしたに過ぎない。道路を走行する車は信号が青になったら進めばよい」というのとまったく同じに,前段の発言は,まともにはまったく意味を発しえない,ただの駄言であった。 

 というのは,その反対語風に「人事というのは不適材非適所でおこなわれている」などという表現は,人事管理のあり方を論じるさいにはありえない意見である。こうした「完全に無意味な発想」は,とてもではないが,いただけない。菅 義偉君は,ほかにもっとなにか気の利いた一言でもいうことはなかったのか,という印象を抱かされる。

 もともと適材適所というのは人事運営の基本原則であって,そのことだけを強調して,具体的な案件への答えに代替的に充てるという言及の仕方は,まともな思考方式ではなく,全然噛み合っていない。

 伊藤詩織に対する山口敬之の「強制性交」(強姦)事件が問題になったとき,「逮捕状」が山口に向けて出されたのに,これを握りつぶした中村 格の対応じたいについても菅 義偉は,「問題ない」「批判は当たらない」と応じているつもりであった。世人の常識からは逸脱していた。

 さて,『朝日新聞』2020年9月18日夕刊1面「素粒子」は,つぎのように,見栄えのしない菅 義偉政権に問うていた。

 イ) 携帯値下げ,デジタル庁,不妊治療助成,縦割り110番。各論はわかった。点と点を結ぶビジョンが聞きたい。

 ロ) ジャパンライフ元会長ら逮捕。「桜を見る会」の招待状で顧客を勧誘。改めて問われる,前政権の「負の遺産」。

 ハ) 内閣支持率65%の好発進。「モリ・カケ・桜」の解明を「進めるべきだ」と求める声も54%。どうする,菅首相

 以上に指摘された3点は,菅 義偉が官房長官として安倍晋三政権の時代かかわってきた課題(負債・難問)がほとんどである。その意味では,新政権を組閣した菅は泥々(ドロドロ)に汚れたかっこうで,初めから登場したわけである。要は,政治的にもとより「疑惑だらけの前政権の負の遺産(レガシー!?)」を,そっくりそのまま背負っている。ところが,菅の気分では「そのような遺産があっても」「問題ない・批判が当たらない」と,それも問答無用に応えているのだから,笑止千万……。

 だが,菅 義偉が官房長官の立場から安倍晋三の失策をひたすらかばって言動していればいい立場と,このたび,自分自身が首相の座に就いた立場とでは全然異なる。この立場の相違じたいに菅 義偉はまだまともに適応できていない。


〔ここで,記事『くろねこの短語』に戻る→〕 でも,昨日〔9月17日〕の朝のTBSラジオ『森本毅郎・スタンバイ』で行ったリスナー調査では支持率30%台だったんだよね。質問の仕方でも回答ってのは変わってくることがあるから,なんともいえないけれど,まだなにもしていない内閣の支持率を調査するってのもおかしな話で,メディアと手を組んだ洗脳作戦が成功したってことか。

 でもって,そんなメディアのゴマすり報道のひとつなんだろう。ごまめの歯ぎしり・河野君の「縦割り110番」とやらを煽ること煽ること。なんでも,「菅総理大臣が重視する規制改革について,スピード感が大事だとして,みずからのウェブサイトに,縦割り行政の弊害に関する情報を誰でも投稿できる『行政改革目安箱』を設けました」とさ。

 「みずからのウェブサイト」って,なんのこっちゃ。ヤッシー田中君が,行政改革目安箱(#縦割り110番)が個人HPに設置されてるのはなぜ!? しかも返答しないかもと明記しながら,氏名・アドレス・住所3点セット必須の「高い個人情報保護意識」。

 〔そもそも〕内閣府HPに行政改革担当,無任所国務大臣のみ閲覧可能な具合で設置が筋じゃね(!?)って,facebook  で指摘してたけど,おっしゃるとおりなんだね。これって「行政の私物化」なんじゃないのかねえ。「やってる感」演出するためのスタンドプレイでお遊びしてるようじゃ,本当の意味での行政改革は夢のまた夢ってことだ。(『くろねこの短語』引用・終わり)

 ところで,安倍晋三と同じに河野太郎世襲3代目の「▲▼議員」であるが,晋三はさておくとして,こちらの太郎ときたら,大臣職をあてがわれた瞬間,それまで一生懸命に訴えつづけてきた「反原発の立場(思想なしだったそれか?)」を,弊履のごとくに,それも喜んでみずからドブのなかに捨てていた。原発反対の考えをブログにも盛んに書いていたが,大臣になれたら瞬時にさっさと削除。

 河野太郎が念願の大臣職に就いて歴任した記録。菅 義偉政権でも大臣職にありついていた。官房長官を太郎はやりたがっていたらしいが,かなわず……。

 ★ 第3次安倍第1次改造内閣(2015年10月7日~2016年8月3日)
     第90 国家公安委員会委員長
     内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全,規制改革,防災)

 

 ★ 第3次安倍第3次改造内閣,第4次安倍第1次改造内閣(2017年8月3日~2019年9月11日)
     第145・146代 外務大臣

     補注)河野太郎外務大臣時代に「外相用の専用機がほしい」などと勝手をいっていた。何様になったつもりかしらぬが,世襲政治屋としての「▼鹿ップリ」を,無限大的に披露していた。

 

 ★ 第4次安倍第2次改造内閣(2019年9月11日~2020年9月16日)
     第20代 防衛大臣


 ☆ 菅 義偉内閣(2020年9月16日~   )                               内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策,規制改革)

  河野太郎がいままで具体的に,どのような内政・外交領域において成果を挙げてきたのか不明瞭である。確かなのは,河野太郎は大臣に抜擢されると,それまでは原発反対の旗幟を高々とかかげていたのを,急遽引っこめていた事実だけである。それまでは自民党内では「あいつは共産党員」だとまで誹謗されていたくらいであったが,大臣職に食いつけたらとたんに原発に関する発言は凍結というか封印。

 爾来,この太郎は安倍晋三や菅 義偉の傘下に入っており,本当に自分自身が抱いているはずの思想・イデオロギーは,いとも簡単に放擲(放逐)した。つまり,安倍晋三に大臣にしてもらってからの河野は,完全にアベにアンダーコントロールされた「自民党陣笠議員」の1人になりはてていた。

 河野太郎があれこれ大臣の履歴を経てきたとはいえ,この人が政治家として,いったいなにをなしとげてきたというのか,なかなか分かりにくい。

 安倍晋三は首相を辞める間際に,米日関連安保法下にある日本は,アメリカのために「安全保障政策の見直しを協議し,敵基地攻撃能力の保有を検討する」のだと,いきなりオダを上げ,大日本帝国時代への郷愁を隠さなかった。首相を辞めた直後,靖国神社にも参拝にいったとか。

 河野太郎も同じ立場なのか? 防衛大臣外務大臣を歴任してきた太郎の立場であったからには,そうした疑問(問い)が投じられて当然である。ただし,太郎という人物も,いままで単に「国会議員として大臣をやりたがっていた程度の,ごく平凡な俗物だったんだよ」という感想しか浮かばない。

 

 「菅政権の『官邸官僚』 霞が関のバランス重視 杉田・和泉両氏に重み」日本経済新聞』2020年9月19日朝刊4面「総合3」

 菅 義偉首相は首相官邸の官僚人事で出身省庁のバランスを重視した。杉田和博官房副長官ら内政,外交に関わる幹部は再任し,経済産業省出身が目立った安倍晋三前首相の側近は官邸から離れた。めざす縦割り行政の打破に向け,官僚をいかに使いこなせるかが政権運営の要となる。

 3人いる官房副長官のうち事務方トップの警察庁出身の杉田氏を再任した。第2次安倍政権発足以降,一貫して安倍前首相と官房長官だった菅氏を支えた。外交関係では同じ警察庁出身で,第1次安倍政権で首相秘書官を務めた北村 滋国家安全保障局長を続投させた。

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 安倍政権のもとで国会議員を含め5人いた首相補佐官のうち,経産省出身の長谷川栄一氏は離れ,国土交通省出身の和泉洋人氏はとどまった。首相が若手議員だったころからの知り合いで,首相が縦割り行政を打破する象徴として取り組む豪雨災害に備えるためのダム機能強化に尽力した。

 首相秘書官は従来の6人から1増の7人体制に拡充した。安倍政権では経産省出身の今井尚哉氏が政務の首相秘書官を務め,政策立案などを主導した。菅政権では菅事務所の秘書が政務秘書官に就いたため,内政面での政策調整機能は杉田氏や和泉氏に軸足が移るとみられる。

 事務秘書官のうち4人は官房長官秘書官からそのまま首相秘書官に起用した。増員した厚生労働省出身の鹿沼 均氏も2012~18年に官房長官時代の首相に秘書官として仕えた。首相が交代するとすべての秘書官も代わる慣例を破り,防衛省出身の増田和夫氏を残した。

 明治大の田中秀明教授は首相補佐官らは法令上,あくまでも補佐が職務であるにもかかわらず,実際には府省に直接指揮命令し,分を超えていると語る。英国などに倣って「日本も行動規範を整備し,チェックする仕組みが必要だ」と指摘する。(引用終わり)

 安倍晋三政権の時期,いちじるしく日本の政治を紊乱させてきた根本原因は,為政の全般を「私物化 ⇒ 死物化 ⇒ 遺物化」してきた悪政にあった。アベ政権の間にどんどん疲弊・弱体化させられてきた日本国の内部腐朽の発生とその浸透ぶりは,こんど首相になった菅 義偉が官房長官に就いていた間に大いに促進させられてきた。

 補注)江戸の時代劇では,「越後屋!  お主も悪よのう」⇔「いえいえ!  お代官様ほどでは」というやりとりが有名であるが,安倍晋三政権の時期は,その2人ともがお代官様であったとなれば,その始末の悪いこといったら,このうえなかった。

 アベ流になる官邸主導型の為政は,大昔風の宮廷政治の名残りをわざわざ復活させてしまった。それゆえ,アベの為政それじたいが,近現代における日本の政治としてもっとも失敗度の高い傑作(!)になっていた。ところが,菅 義偉はその路線をそのまま継承ないしは一部で強化するといい,しかもそのさい,従前に「官邸官僚の採用・配置」を継続したとなれば,今後における日本国にあってはすでに,もう「夢も希望」もなくなっている。

 菅 義偉が唯一,それも,首相の立場からの仕事ではなくして,大臣の立場程度の立場からやればいい仕事への取り組みが,つぎの ③ の記事に報道されていたものであった。その狙いは,21世紀風のオーウェル流『1984』の実現でしかありえないが,日本政府の取り組み方として,格別に注目して読んでみたい記事である。


 「〈菅新政権 政策を問う〉(2)統治機構改革,デジタル庁を突破口に」日本経済新聞』2020年2月19日朝刊1面

 菅 義偉首相が唱える「デジタル庁」の創設。〔これは〕目の前の課題を突破口に,縦割り行政の打破につなげる菅流改革の象徴だ。地域によっては申請から1カ月以上かかった10万円の現金給付手続,検査後2~3日たっても全体像が把握できないPCR検査の結果の集約……。官房長官だった菅氏は「なぜこんな当たりまえのことができないのか」となんど度も嘆いた。

 補注)アベ政権の7年と8ヵ月半の間,政府は以上のような問題が浮上してきた事態を踏まえていえば,やるべきことを,ただひたすらにやってこなかったに過ぎない。菅 義偉のその責任の連帯者の1人である。そのところについて菅は,「なぜこんな当たりまえのことができないのか」「となんど度も嘆いた」というけれども,

 本当に嘆いているのは国民の側であり,むしろ菅はアベといっしょに批判されるべき重大なその責任者であったゆえ,他人事のような感覚にはあらためて驚く。そもそもいままで菅 義偉は官房長官として,いったいなにをしてきたのかと反問されてよいのである。「官房長官の仕事」ではないとはいわせない。

 1) 異なる仕様林立

 新型コロナウイルスの感染拡大は,デジタル行政の不備を白日のもとにさらした。政府がIT(情報技術)基本法を施行したのは2001年。世界最先端のIT国家をめざしてから20年近くたつ。にもかかわらず,電子政府の進み具合を示す国連のランキングで日本は14位にとどまる。

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 政府のシステムは各省庁がバラバラに発注し,仕様の異なるシステムが林立している。これまで年間1兆円前後にのぼった政府のデジタル関連予算のうち5千億円近くが既存のシステムの維持・更新に消えた。

 役所内のシステム構築を特定のIT企業に依存してきたため乗りかえもしにくい。いわゆる「ベンダーロックイン」のワナから抜け出せない。

 デジタル化の前提となる基礎データの整備も諸外国より圧倒的に劣る。国民の住所記録は原則,各自治体が管理しており,政府が一元的に把握しているわけではない。

 官僚にとって業務のデジタル化は政策立案などに比べ優先度の低い仕事になっている。情報漏洩などのリスクがある一方,やらなくても平時は問題にならない。

 人工知能(AI)開発は文部科学省経済産業省など,サイバーセキュリティー内閣官房経産省総務省。2020年度本予算のデジタル関連予算は 1.2兆円もある。ところが省ごとの縦割りで分野別に細かく振り分けられ,重複投資のオンパレードだ。

 行政のデジタル化の遅れは日本社会の生産性を高めるうえで足かせになっている。低成長と生産年齢人口の減少に直面する日本。製造業頼みの成長モデルも陰りがみえる。成長戦略は7年8カ月を超えた長期政権でも描ききれなかった。

 日本生産性本部の調べによると,2018年の日本の労働生産性経済協力開発機構OECD)加盟36カ国中21位。豊かさを生み出す源泉はモノからデータに移った。大量の雇用を必要としないデジタル技術をうまく活用できるかは,国力の基盤に影響する。

 米国。各省庁のデジタル化の進捗状況を半年ごとにA~Fで評価し「通信簿」として議会から監視される。

 2) 開示意識薄く

 日本では政府のデジタル戦略を統括するIT戦略本部に各省庁の予算の使い道を聞いても「細かな点は各省に聞いてほしい」と返されることが多い。情報公開意識の薄い仕組は予算の無駄遣いを生み,行政の非効率につながる。

 首相はデジタル庁のイメージを「複数の省庁に分かれている関連政策を取りまとめ,強力に進める体制」と説明する。関連施策の司令塔にとどまらず予算の配分方法にまでメスを入れられるか。

 「役所の縦割り,既得権益,悪しき前例主義を打破する」。首相は自民党総裁選の論戦を通じてデジタル庁創設を繰り返し唱え,官僚の抵抗に先手を打った。前例に縛られた霞が関の発想の延長線上に大胆な統治機構改革の青写真は描けない。(引用終わり)

 ところでこの記事は,菅 義偉がデジタル庁の設立・運営に賭けた〈希望の実現性〉を,より具体的に説明していない。安倍晋三前政権のもと放置されてきたこのデジタル庁の構想を実現させ,これを足場に “日本のなにか” を代えようとするもくろみが,いったいどのような方途を向いているのか,この大事な事項がまだ不分明である。マンナンバーカード(国民総背番号)制度を悪用したかたち,国民管理を構想する方途が,せいぜい菅が考えている中身ではないか。この政治屋の発想には貧弱な思いつきしか感じとれない。 

 

  伊藤淳夫・稿「【レガシー】在職日数以外に,首相が打ち立てた「業績」は?」婦人公論.jp』2020/8/28(金) 13:15配信,https://fujinkoron.jp/articles/-/2470(出典=『婦人公論』2020年8月11日号)

   ◆ 在職日数以外に,首相が打ち立てた「業績」は? ◆

     吉田 茂は日本の主権回復,
     佐藤栄作沖縄返還
     田中角栄は日中国交回復……。

 歴代総理のなかで,すぐに名前が思い浮かぶ人物たちは,いずれも在職中,人びとの記憶に残るような政治的業績や成果を上げている。政界ではこれを「レガシー」と呼ぶ。本来は「遺産」の意味だが,総理の座に就いた者の多くは,なんとかレガシーを残したいと思うらしい。

 補注)レガシー(Legacy)とは「過去の遺産」と訳されるが,要は首相が現職時代に挙げた・記録した「評価されるべき・されていい業績」とでも解釈できる。日本語ならば業績,成果など適切な単語があるだから,こちらを使えばいいものと,片仮名語(の英語)でいうと,なにかもっと価値が増すとでも知覚しているのか。

 安倍総理はすでに在職日数では歴代最長記録を打ち立てている。それだけでも十分な気もするが,永田町ではただ在職期間が長いというだけで,レガシーと“認定”されるのはむずかしい。自民党総裁任期(2021年9月末まで)が残り約1年と迫ってきたいま,おそらく安倍総理の頭にも「レガシー探し」がかすめているのではないか。

 補注)安倍晋三による専制的・独裁志向のファシズム的な政権が「歴代首相のなかでは最長」になったとはいっても,それが敗戦後における政治史のなかで,みごとなまでに「最悪の政治的な成果を残してきた」ことも事実ゆえ,レガシー,レガシーと連呼するような「ナントカのひとつ覚え」で,自分の胸に下げる勲章をほしがるのは,「子ども時代に戻った精神水準・状態」を意味する。

 トランプにあるとき,◉能児あつかされた晋三であったからには,できれば2020東京オリンピックの開催を実現させたかったが,そうはいかなかった。それよりも「もり・カケ学園問題」「桜を見る会」「河井克行・案里夫妻の公職選挙法違反」などを介して,自分の国会議員としての立場(いままでの経歴)が空中分解する事態を,異様に怖がっている様子がうかがえた。

 「偽造・捏造・安倍晋三」というパロディー的な語呂合わせを介してみてとれる安倍晋三政治屋としての基本特性は,2010年代における日本の政治を本格的かつ大々的に破壊すること以外,なにもできなかった。かといって,軍事費関係の防衛予算の総括的な枠組をめぐる充実ぶりだけは,しっかりとテイネイに実現してきた。

 2020年の現在で心配されている公衆衛生事情,つまり,これから冬にかけは第3波の襲来が予想される「コロナ禍」に対して,菅 義偉に首相の立場からどのように闘って居いくのか。たいした期待できそうにない。

 厚生労働省大臣官房審議官・大坪寛子と公務出張の場を利用するかたちで不倫旅行も兼ねていた和泉洋人首相補佐官は,例の「ホテル・コネクトルームの話題」を世間に提供していた。だが,そのような話題など存在しなかったかのように,菅 義偉政権がつづけて彼と彼女を重用する。

 そうだとなれば,なにをかいわんやの珍事の発生と継続だというほかない。以前,国会の場に登場した大坪という年増女性の顔は,心底,人を食ったかのような厚かましい表情を浮かべていた。その印象はいまも,本ブログ筆者の記憶には深く刻まれている。

〔記事に戻る→〕 ただ,安倍晋三が得意(?)〔だといわれているらしい〕の外交面では,北方領土の返還も北朝鮮による拉致問題の解決も,なかなか展望が開ける状況にはない。となれば,安倍総理が悲願としている憲法改正は,絶好のテーマのはずだ。

 ご本人もことあるごとに,実現への意欲を口にしている。だが,いまだに改憲の「入口」となる国民投票法の成立すら目途が立っていないことや,政権の体力低下もささやかれ,残された時間からみても,かなりむずかしくなってきた。

 そこで,唯一残るレガシー候補といわれているのが,来年の東京五輪パラリンピックの成功だ。いわゆる「五輪花道論」である。ただ,新型コロナウイルスの終息もみこめないなか,開催を危ぶむ声も高まっている。果たして安倍総理は,「レガシー」を残せるのか。(引用終わり)

 伊藤淳夫がこのように問うてみた安倍晋三の為政,長期政権になっていた評価の内容は,そのまま菅 義偉の政権にも連なっていく。すなわち「なにを・いまさらの感」が回避できないでいる。

 ともかく,安倍晋三による最長政権の達成は,実は即,最悪の政権を持続可能にした1件でしかなかった。しかも,その “セミの抜け殻” みたいな前後関係のなかでつづいて登場したのが,菅 義偉の現政権である。しかし,この政権は観ているがいい,安倍晋三以上の悪さを犯す可能性があり,国民たちは非常な用心が必要である。

 菅 義偉でこの散々にへたれてしまった日本国の現状を,多少でもいいから元気を取り戻せればいいのだが,この希望はもたないほうがいいに決まっている。「自助・共助・公助」「絆」などと称した,それも大幅に見当違いの政治理念(?)をかかげたのが,この新首相:菅 義偉である。この人は,民主主義の基本理念をまるで理解などできていない。教えてあげてもとうてい学習できないはずである。

 

  赤木智弘・稿「新首相の目指す理念が『「 “自助,共助,公助” ,そして “絆” 』という虚無-公助をもって国民の生活を守るのでなければ,もはや国はその存在意義を失う-」論座』2020年09月16日,https://webronza.asahi.com/national/articles/2020091500006.html

 〔2020年〕9月14日に自民党内での総裁選挙が行われ,菅 義偉氏が選出された。この記事が出るころには,菅総理大臣が誕生しているのだろうから,以下,菅総理大臣と記す。

 菅総理大臣は「安倍政権を継承する」といっているので,菅政権のもとではこれまでどおり景気は上がらず,格差は拡大し,公文書は改竄や破棄が当たりまえとなり,公金は身内びいきで動いて,世界的にも日本の社会的地位は縮小していく。そんな安倍政権の暗部をそのまま引きつぐこととなるだろう。要は,また「悪夢の自民党政権」が続くだけのことだ。

 1) あなたが豊かなことは,自助の成果などではない

 さて,菅総理大臣はめざす社会像として「『自助,共助,公助』,そして『絆』」であるといっている。

 この「自助・共助・公助」という言葉,本来は災害の場面で使われる言葉である。まずは避難用具をそろえたり,津波などから自力で逃げて,避難所などの安全なところまで移動するのが自助,避難所などの集まりで,おたがいに助け合うのが共助,そして最後に災害派遣や物資の支給などの消防や自衛隊などといった行政に頼るのが公助である。

 つまり,災害発生から行政が間に入るまでの数時間から数日間を生き延びるためにおこなうのが「自助,共助」であり,それは最終的に公助につなぐための一時的な状況に過ぎないのである。

 一方で,緊急事態ではない日常では,われわれは否応なく「公助」の状態に置かれるのが基本である。われわれは行政が国民に対してさまざまなサービスを提供するということを前提に生活をしている。

 われわれは民主主義国家に生まれた以上,権利をもって平等を敷くという,そうした約束のもとに生活しているのであり,それを前提として民主主義国家というものはなりたっているのである。

 もし,あなたが「俺は財産をたくさん蓄えているから,政府の助けなどなくとも生活できる」と考えているなら,それは大きな間違いである。あなたは確実に政府の助けのもとに生活をしているのであり,あなたが豊かなことは,自助の成果などではない。

 あなたのその「生活できる」という言葉の根拠である財産は,法律によって法的に,暴力装置によって物理的に守られている。だからこそ,あなたは財産を奪われる心配をさほどせずに生活できているのであって,それじたいがすでに公助のうちなのである。

 結局のところ,福祉国家をめざそうが夜警国家をめざそうが,いずれにしても民主主義国家である以上は,政府のおこなうことは一貫して公助であり,われわれ市民は公助を受けながら生きているのである。それが民主主義国家に暮らすことの大前提なのである。われわれは誰一人として公助の傘から抜けることはできないのである。

 2) 公助とは国の役割そのものである

 ところが,菅総理大臣は公助を否定する。「公助を並べているから否定ではないだろう」と思う人もいるかもしれないが,国は公助をするために存在するのだから,公助以外の選択肢を並べ立てた時点で公助の否定といっていい

 一番わかりやすい例が,2016年に安倍総理(当時)の名前で内閣府から出された「日本の未来を担うみなさんへ」と題された文書である。この文書には「あなたが夢をかなえ,活躍することを応援しています。」と書いてあるものの,具体的な政策はいっさい書かれておらず,応援するその担い手として,周囲の人たちが示されているのである。

 とくに「こども食堂でともにテーブルを囲んでくれる  おじさん,おばさん」という一文は,再分配政策の失敗により発生しつづけている子供の貧困を,できる範囲で救おうとしたこども食堂の人たちの努力を,政府が一方的に自分たちの成果であるかのように簒奪する行為であるとして,大きな批判を受けた。

 自助や共助が必要だという状況は,本来政府がすべき公助をしていない,足りないから発生しているのであり,それを「みんなが助けてくれている,素晴らしい」などと総理大臣が賞賛するというのは,総理大臣が自分自身の役割に無自覚であり,公助を否定しているといっていいのである。

 菅総理大臣は公助を否定するが,公助とは国の役割そのものである。国が公助をもって国民の生活を守るということをしないのであれば,もはや国はその存在意義を失うのである。

 政治家であるならば,国民に対して自助や共助という役割を負わせてしまっていることを,恥であると考えなければならない。自助や共助をせざるをえない現実があるところに,いかに公助をいきわたらせるか。それこそが政治家の本分であるはずだ。

 だからこそ,「自助,共助,公助」をめざすべき社会像などとする総理大臣など存在してはならないし,こうした人物を総理大臣の座に就けてしまった国民は,それを恥ずべきことであると考えなければならない。

 3)「絆」には法の支配も及ばないから,いくらでもやりたい放題

 そしてなにより酷いのが「絆」である。政治的な指針として「絆」という言葉にはなにもない。メディアがもう少し真っ当であれば「絆とは,具体的になにを指すのでしょうか?」という質問も飛ぶのだろうが,安倍政権にすっかり懐いてしまったメディアには,もはやそのような疑問も浮かばないのだろう。もっとも聞いたところで「いま申し上げたとおり」と,いつものように答えないだろうけど。

 なので僕が勝手に憶測すると,これまでの安倍政権と同じように,お友達には優遇して,批判する者は遠くへ飛ばすという意味合いの「絆」であろう。絆には法の支配も及ばないから,いくらでもやりたい放題である。

 朝日新聞は〔2020年〕3月から4月にかけて「次の首相に求める資質は」という調査を行っている。次の首相にもっとも必要なものを5択で聞いたところ,「公正さ・誠実さ」40%,「リーダーシップ」22%,「政策・理念」20%,「調整能力」11%,「発信力」4%という順位となった。

 残念ながら,菅総理大臣には,首相に求められている素質と合致する部分はほとんど感じられない

 まず,「自助や共助ではなく,公助をいきわたらせる」というリーダーシップは望めない。安倍政権での公文書の扱いや,黒川前検事長の扱いなどについても真っ当に対応しなかったことから,公正さ・誠実さも望めない。そして肝心の政策・理念が「『自助,共助,公助』,そして『絆』」という虚無である。

 ただ,総裁選で安倍政権に逆らった石破茂議員を3位にするために,岸田文雄政調会長に票を回したとみられることから,党内の調整能力はそれなりにありそうだ。発信力? パンケーキ好きということが発信力というのなら,まぁそれに釣られる日本人にふさわしいレベルの発信力だと思う。

 いずれにせよ,菅政権に期待することは「さっさと瓦解して欲しい」というだけである。つぎの菅総理大臣の次の総理大臣は,せめて公助を否定しない人であって欲しいと思う。(引用終わり)

 本ブログ筆者が前項 ④ の最後で,菅 義偉という「この人は,民主主義の基本理念はまるで理解などしていない」と書いたところで早速みつけたのが,この ⑤ のように,その点を適切に解説・批判している一文であった。

 安倍晋三政権もまったく同じであったが,菅 義偉政権もお話にもならないほど,民主主義国家体制の管理・運営者としては落第だと判定されて当然である。その種の実に情けない彼らの政治屋としての特徴は,これからもさらに明確に発揮されていく。

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