性と広告の問題に関する事例の紹介-『日本経済新聞』2020年9月15日朝刊に出稿された CHOYA 梅酒の「性的に含意の深い〈全面広告〉」

 人間生活の全般は「生」を基盤とするが,その中核には「性」の問題が根柢より控えている

 

  要点:1 「マズロー欲求段階説」は「人間が社会生活」を「生」きている事実を,行動心理学的に要領よく説明してくれた

  要点:2 だが,その段階説は「人間の性」の問題がどのように「生の問題全般」にまでかかわっているかまでは,分析の対象ではなかった
 

 最初にこの全面広告をともかくかかげておく。この CHOYA の梅酒に関した広告の方法は,「以前からあった〈広告の仕方〉の典型的な見本」であり,「その1種」に属する基本類型であった特徴に注目して議論する。

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 マズロー欲求段階説」において「性的欲望」関連の欲求は,どこに・どのように位置づけられるかという,もともと説明困難な論点

 経営心理学や人事・労務管理論の領域に関連させうる基礎的な知識として,この「マズロー欲求段階説」がある。その基本的な考え方は,人間の欲求を段階的に低度から高度に分類・整理したうえで,人間がそれぞれの段階において,どのように行動しようとするかを理解する助けとして,活用できる。ともかく,以下にその説明をしておくが,その前に概念図を3例挙げておく。

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  ※ 欲求の5段階とは ※
 
 人間の欲求は,下位の低次の欲求が満たされると上位の高次の欲求へ上がっていくものである。そこで「欲求の5段階」とはなにか,説明してみたい。前掲の図解3点を参照してもらっての説明となる。こうしたピラミッドの内的な構造関係が,マズローがいう「欲求の5段階」の中身である。

 一番下の階層の「生理的欲求」からはじまり,順に「安全の欲求」「社会的欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」 という具合に,人間の欲求は,下位の低次の欲求が満たされると,上位の高次の欲求へ上がっていく傾向をたどる。

 つぎに,それぞれの欲求段階について説明する。

 1) 一番下位の欲求は「生理的欲求」

 生命維持のために食べたい,飲みたい,眠りたいなどの根源的な欲求のことをいい,職場に当てはめると,「生活できる分の給料や生存を脅かさない労働環境」を確保したい,という欲求のことである。

 補注)いまの日本においては,この生理的欲求すらまともに充当されない人びと,いいかえれば「衣・食・住」に関して憲法が保障する条項,つまり,第25条「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」という最低・必要要件すら欠かざるをえないでいる,いいかえれば,経済的に非常に苦しい生活を強いられている社会階層,特定の社会集団が存在する。

 たとえば,その代表的な人びとの一例である「シングルマザー」集団のなかにあっては,絶対的に貧困層に属する女性たちが多く存在している。

 独立行政法人労働政策研究・研修機構」の「働き方と雇用環境部門主任研究員周 燕飛」の,2019年10月17日の調査報告によれば,母子世帯の貧困率は5割超え,そのうち 13%が「ディープ・プア」世帯であった。

 註記)https://www.jil.go.jp/press/documents/20191017.pdf

 また,厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課『ひとり親家庭等の支援について』令和2〔2020〕年4月によれば,2015~2016年に関する統計として,関係する事情がこうまとめられている。( )内数値はさらなる推計値である。

   母子世帯  123.2万世帯(123.8万世帯)

   父子世帯    18.7万世帯(  22.3万世帯)

 ここでこういう計算を試みてみる。

 123.8万世帯 + 22.3万世帯 = 146.1万世帯 ( ⇒ 子どもが1人だけ居ると計算したら,当然のこと 「 × 2倍 = 296.2万人」となる「1人親世帯に属する家族たち」がいる。実際には子どもが2人以上いる世帯もあるゆえ,その分,考慮に入れた話題としておきたいが,ひとまず各世帯の年収は,こうなっている。

   母子世帯  243万円(223万円)
   父子世帯  420万円(380万円)

 関連して,「平均すると母親と子供1人という世帯の生活保護費は13万8321円です」という記述(解説)」もみつかるが,この種の母親が必死になって働くと想定しても,非正規社員の立場だと1ヵ月に稼げる時給・月給は高がしれている。

 仮にパート労働者として,1日実働7時間,1週間に6日働くとして,時給1000円の場合(1月が30日のとき,4日が休みの日となれば,26日働くと),収入は18万2000円である。ここでは,比較できる近い「収入の一例」としてだが,生活保護費は住居費が算定されている点に注意するとして,いったい,前段の母子家庭の女性は〔労働と生活保護の〕どちらを選べいいのか,場合によって深刻に迷うに違いない。

 以上の話題は,母子・父子世帯の話をしていたが,日本という国は現在このように,社会経済的には貧困層に分類される人びとが,深刻な実態をともなって実在する。マズロー欲求段階説にかかわらしめていえば,シングルマザー世帯でもとくに,より貧困に置かれている世帯をはじめ,欠食児童の問題(社会活動としての「こども食堂」が存在する事実)も想起するとき,「生命維持のために食べたい,飲みたい,眠りたいなどの根源的な欲求」が十分に満たされない社会集団が,実際に存在している点が無視できない。

 ところで,マズロー欲求段階説に関連させて話題を出してみたところの,以上のごとき母子・父子世帯の経済的な貧困=困窮の問題は,いってみれば「〈生〉そのものにかかわる要因」にかかわる論点であった。とはいえ,母子・父子世帯のどちらであっても,養育している子どもたちは,いうまでもなく「性」〔の営み〕の結果として誕生していた。

 直接的ではないけれども,間接的でありながら深く,切っても切れない社会的に介在する要因としての「性」(男女の出会いや婚姻の事情)にかかわる問題が無視できない。マズロー欲求段階説に描かれている「階段構造」を,ある意味では縦横無尽に駆けまわるような論点として,この「性」の問題性は,その基盤である「生」(生活全般)との同時併存的な関連問題を,有機的に構成している。

〔ここで,マズロー欲求段階説に戻る  ↓  〕

 2) 生理的欲求が満たされると,安全の欲求に移る

 安全の欲求とは,安全な環境にいたい,経済的に安定していたい,良い健康状態を維持したいなどといった欲求のことである。職場に当てはめると,「適正な労働条件,健康を害さない労働環境,法令が順守できている環境」が確保されてほしいなどの欲求である。

 補注)収入も身分も不安定である不正規雇用から,それらがより安定的になる正規雇用に,もしも労働者が自分の仕事関係を変更(向上)できたとすれば,多分,生理的欲求よりもこの安全の欲求そのものほうに,主な関心が移動していくはずである。

 3) 安全の欲求が満たされると,社会的欲求に移る

 社会的欲求とは,家族・集団をつくり,どこかに所属しているという満足感をえたいという欲求のことである。親和の欲求ともいう。職場に当てはめると,「組織に仲間として受け入れてほしい,相談できる上司や同僚がいてほしい,信頼できる経営者でいてほしい」などの欲求になる。

 補注)母子・父子世帯の母や父が,この 3)  の段階(水準)にまでなれるような会社・職場を確保できているかどうかに関心がもたれる。この段階の欲求に関心が向けられるような世帯の母・父の立場であるならば,多少は経済面(収入面)では少し余裕ができておい,このやりくりもできていると予想・推定してよい。

 4) 社会的欲求が満たされると,承認の欲求へ移る

 承認の欲求とは,自分が集団から存在価値を認めてもらい尊重されたいという欲求のことである。自我の欲求ともいい,職場に当てはめると,「仕事で達成感をえたい,仕事で認めてもらいたい,適正な評価をしてもらいたいなどの欲求になる。

 補注)母子・父子世帯の母や父は,もしかしたら子どもの養育のためにこの 4)  に記述されたような欲求の段階(状況)にまで,各自の「欲を出せる精神的余裕」など,ほとんどない毎日の生き方をしているのかもしれない。

 5) 承認の欲求が満たされると,自己実現の欲求へ移る

 自己実現の欲求とは,自分のもつ能力や可能性を最大限に発揮したいという欲求のことである。職場に当てはめると,「自分の力を発揮して,会社のミッション達成に貢献したい,自分の夢を実現して世の中の発展に貢献したい」などの欲求である。この自己実現の欲求のレベルの人物となると,会社として対応できることはあまり多くはなくなる。

 補注)現実的に考慮するとき,「自己実現の欲求のレベルの人物となると,会社として対応できることはあまり多くはなくなる」とまで,いいきってよいか疑問がある。むしろ会社・職場は,労働者・従業員が働く意識次元においてだが,「仕事・職務」を介して彼ら自身が「自己実現の欲求のレベルの人物となる」ことを期待するはずである。

 むろん,そこまでやらない経営者のほうが多数派であると認めざるをえないが,従来,日本の企業においては,たとえ錯覚であっても,労働者・従業員に自分たちが自己実現の欲求を満たす努力をしていると認知的に労働・作業をさせうることが,不可能であったわけではない。

 20世紀中であればまだ「自己実現うんぬん」の題名をかかげた労働者・従業員の意識改善向けの本がいろいろと出版されていたものである。しかし,いまの時代,非正規労働者群が4割近くも存在する時代に,しかも「自己実現もへったくれもあるか」と指弾されている状況のなかで,自己実現という標語はむなしく響くほかない。

 註記)以上の「本文」記述は,「マズローの欲求5段階説」『KAIZEN BASE』2015年12月19日,更新 2019年5月12日,https://www.kaizen-base.com/contents/mgal-42356/ を参照しつつ記述した。

 もっとも,5)  の「自己実現」欲求段階まで到達しえた労働者であれば,もしかしたら他社からの引き抜き人事があるかもしれないし,また自分から能動的にさらに意欲的に仕事ができる会社に求職(転職)をしようと試みるかもしれない。

 マズロー「欲求段階」説の解説をめぐっては,どの心理学者も経営学者も明確に触れていないで来た論点が,「生の欲求」ではなく「性の欲求」であった(しかもこの論点の関連はいろいろな領域にまで拡大していく)。こう考えてみればいい。「あなたの配偶者は,どこでしりあったか?」と。職場である場合が多くあるはずである。

 この職場結婚を成立させる要因は,同じ会社の空間で男と女が働いているという事実そのものによって提供されている。この事実に関してならば,とくにくわしい説明は不要である。もちろん,それ以外のも男女が出会う場は各種各様であるが。

 セクハラ(sexual harassment)の問題は,どのような組織形態のなかであれ,いろいろなかたちで発生しているが,これは欲求の問題としてみるに,「生」そのものではなく,もっぱら「性」の要因(「生」を構成する重要な一要因)を基礎にする特徴を有している。

 人間としての「生の再生産」は,男女間の性的交渉がなければ不可能である(「人工授精も含む」と補足しておくが)。昨今の日本は少子化という困難に当面しているが,生活保護程度の社会政策では,その方面における対策としてはあまり効果は上がっていない。政治の次元における貧困問題になっているゆえ,ここではこの程度で終わらせるほかない「話題」である。

 しかし,ともかく「生」の基本次元には「性」の問題が核心を構成する人間生活の重要な要因として実在する。人間生活における「衣食住」の問題全体の根柢には,この「性」の問題が当然に含まれている。ここまで前口上をしてきたところで,本日における記述の焦点である「性と広告」の問題に,ようやく移れることになった。

 

 ② 『日本経済新聞』2020年9月15朝刊38面「全面広告」-CHOYA の宣伝を精神分析学的な含意

 本ブログはすでに,下記の題目で論じてきたなかで,とくに「性と広告」の関連性を分析する論点を,つぎの記述のなかでとりあげてきた。

 主題『広告と性の問題と黒人差別の問題をごたまぜにして論じる』

 副題「人種・民族問題としての黒人差別は,日本も無縁ではなく,現実の問題である」
   「現に『韓国人を殺せ』と書いたプラカードでデモをしたヘイト組織の在特会もある,しかもその元代表都知事選に立候補している」
   「『広告と性』の問題分析にも含意がある差別問題」

 本ブログ内における上記の記述じたいについては,直接移動してそちらで閲覧してもらいたいらが,ここでは,つぎの段落に関連する画像資料をを再掲しておく。冒頭にかかげておいた「 CHOYA 」が2020年9月15日の『日本経済新聞』朝刊15面に出した全面広告も,再度,このなかに挿入し,並置させておくかたちで添えておく。

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 本ブログ筆者の手元には,いまから半世紀近く〔以上〕もまえに出版されていた,箱崎総一『広告と性-宣伝の精神分析-』(ダイヤモンド社,昭和42〔1967〕年)という本がある。 

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 読者にはあえて,予備知識としてだが,《予断》を意図的に与えてしまうつもりで,この本のなかに解説されていた,それもズバリ的中の写真と図解を紹介しておこう。

 まず,レブロン社が口紅「モイスチャー」の宣伝・広告のために制作した写真と,これに対して『広告と性-宣伝の精神分析-』の著者が説明用に用意した図解(線画)である(136-137頁,146頁)。

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 つぎに,宣伝・広告用の写真ではなく,サルバドール・ダリの描いた「建築学的なミレーの晩鐘」という絵に関する話となる。この絵は,「性の精神分析的な解説」について適当な説明に利用できる絵画として,箱崎総一『広告と性-宣伝の精神分析-』が出していた。以下の画像資料は,その写真(111頁,ただしここでは原色のものを他所から用意した 註記))と,この絵画に関する説明のために用意された線画である(113頁)。

 註記)https://www.art-frame.net/single/1735

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 つぎは,アメリカの商業写真家アーヴィング・ペン制作なる「メイ・キャップ」と題された作品である。特定の商品用に制作されたものではないらしいが,商業写真としてもつべき〈深層心理への働きかけの要素〉という面からみれば,実に優秀な作品である。この写真では,唇は半ば開かれている。

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 すなわち,深層心理のシンボルの次元においては,これらの陰唇は開いて-つまり膣は開いて-おり,受入体制はすべて十分なのである。その女性セックス・シンボルに接触したか たちで,男性のセックス・シンボルである紅筆が置かれてある。つまり,深層心理的には非常に衝撃的な光景なのである(125-126頁。写真は 124頁,125頁)。

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 さて,今日〔2020年9月20日〕までのところ,本日に紹介している『蝶矢 CHOYA の全面広告』(https://www.choya.co.jp/cm/  参照)は,同社の広告としては類型のない,つまり新しい手法を使ったものと判断しておくが,この「性と広告」という見地から観た「今回の『日本経済新聞』朝刊への全面広告じたいは,広告の手法としてはフロイト精神分析論にまで遡及しうる概念を控えさせていた。

 CHOYA のCMとして最近,テレビの広告としてよくみかけるのは,つぎのCM「動画」である。主に,女性の出演者がグラスに注いだ梅酒を飲む内容になっている。下にかかげたこの動画(15秒モノの2作)は,「女性が梅酒をグラスから飲んだ場面」(” オイシイ” という表情を浮かべたもの)に焦点を合わせたらしい「CMの構成:流れ」になっている。

 以下にそのCM動画2作の「住所」(その「アドレス」)もそれぞれ指示しておいた。いずれも,最短の時間単位である15秒のCMであるから,時間をとらせずに視聴できる。また,それぞれの作品から切り出してみた画像2点の場面は,似たようなその構成:内容のなかでも,基本的には若干「異なると観察できたコマ」付近に注目して,別個に選んだつもりである。

 f:id:socialsciencereview:20200920174305j:plain こちらではグラスに口を付ける場面はなし?

 

 f:id:socialsciencereview:20200922211025j:plain こちらでは,ごらんのとおりである。

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    f:id:socialsciencereview:20200920180353j:plain  本書はアマゾンでは在庫なし。一般古書でならばみつかるはず。