公文書改ざん問題では政府当局の関係責任者であった菅 義偉君がとうとう自著(2012年)まで改ざんした,総理大臣となった自身の「スカスカさ・カスカスさ」は「政治屋としての倫理不在・欠落」を明示するだけでなく,日本という国にとって最高かつ最大の「恥辱」に映る(2)

 「あんな人」だった「偽造・捏造・安倍晋三」の政権は「対米服属路線」を徹底化させたあげく,その継承者となった「こんな人:菅 義偉」は「自著を平然と改ざん」することなどお茶の子さいさい,批判に対して「文句あるか!」ばかり,あの暗い目つきで「問題ない・問題ない,批判は当たらない」といっているのか?

 スガは完璧にアベを上まわる「国恥・国辱」の日本国総理大臣(第99代)として誕生していた。その日付2020年9月16日以来,日本の政治・経済はさらに暗鬱で陰惨な現象を起こすだけとなっている


  要点・1 菅 義偉は首相になったにもかかわらず,いまだに国会を開かず,所信表明演説もできず,それでいてベトナムに初外遊しにいった。

 ところが,その訪問先のベトナムで「読み上げた」文章では,ASEAN を「アルゼンチン」と早とちりで読み(これは直後に訂正),またカバレージをカレッジと読み間違った(これは訂正せず)など,早速,安倍晋三並かそれ以下の『教養のなさ』を披露した。

 挨拶や演説で使う原稿の下読みぐらい事前に,搭乗した政府専用機のなかにおいて準備していなかったのか? もしかすると,それでもその程度にしか読めなかったのか?

 「『菅首相の教養レベル露見』発言 川勝〔平太〕静岡県知事が撤回,陳謝」『静岡新聞SNS』2020/10/16 13:06,https://www.at-s.com/news/article/politics/shizuoka/820167.html という報道がなされていたといえ,菅 義偉という政治家は以前から,なにか教養面に関してなにか問題なしとはいえない事実をあらためて示唆したのが,このベトナム訪問時における演説であった。

 したがって,川勝平太県知事の「スガに対する評言:教養のなさ」という論点に関する指摘が,全然外れているわけではなく,けっこう的を射ていた事実が教えられていた。

 さて,安倍晋三成蹊大学法学部政治学科卒であった。そして,この菅 義偉は法政大学法学部政治学科卒であった。となると,自民党で総裁になり首相になった最近の人物は「世襲3代目のお▼カ政治屋」か「叩きあげだというやはりお▼カ政治屋」しかいなかったことを,図らずも実証していた。いずれにしても,大学時代,どのように勉強してきた〔してこなかった〕のか,いまさらのように問われている。

  要点・2 以前は「安倍・1強〔狂・凶〕」政権がいわれていたが,このたびは「菅・1凶政権」そのものが登場した。しかし,現在の小選挙区比例代表並立制という国政選挙の方法では,25%の有権者(投票者)の支持しかえていない「自民党公明党(コウモリ党)の野合政権」が不当かつ不正に政権の座に就きつづけ,権力を振りまわしているとみるほかない。この点は,植草一秀がきびしく批判しているとおりである。

 安倍晋三の「私物化・死物化・負の遺産化」為政もたいそうひどかったが,菅 義偉の「警察国家監視体制」志向の「スガーリン式専制的独裁志向になる国家全体主義」の推進は,戦前・戦中における特高警察を想起させるに十分過ぎるくらい暗黒的である。

 とくに,菅 義偉は小池百合子の都政と同質だという指摘・批判が提起されているが,つまりこの2人は「同じ穴のムジナ」であった。国政も都政も最近はもうハチャメチャ状態である。コロナ禍の進行状態に鑑みて判断すると,「Go to トラベル」も「Go to イート」も今冬に向けて,大きな禍根を生む予想がなされていい。

 なぜ,このような安倍晋三や菅 義偉(ついでに小池百合子)によるような,自民党的に粗雑でかつ野卑な政権がいつまでも続くのか。最初に,このあたりの問題点を説明する議論から紹介していきたい。

  要点・3 あの「防衛大学校の卒業生が東大の大学院が受け入れていないというデマ(フェイク)」を,新たに飛ばしていたた櫻井よしこ嬢が,またもや新聞全面広告を出して,こんどは学術会議を攻撃。

 この人は昔から政権側の別働隊(第5列)であったが,それよりももっと昔,従軍慰安婦問題では当初,その非(日本側のそれ)を認める記事を書いていながら,その後はいつの間にか,安倍晋三前政権のためにも必死になってその問題を否定し,口撃する立場に方向転換していた。

 つまり,語るに落ちる人の典型的な事例を提供していた。自分自身の「転向」問題は「臭いモノにフタ」の要領で隠蔽してきた。


  本日〔2020年10月23日『日本経済新聞』朝刊〕に出稿された学術会議を全面攻撃する櫻井よしこ嬢が理事長を務める公益財団法人国家基本問題研究所の主張は「日本学術会議は廃止せよ」であり,あいもかわらず噴飯モノで,しかも政権ベッタリズム,ついでに応援団長チアリーダーである「よしこ女史の妄言的発想」

 

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【参考記述】


 「学術会議への批判,事務局などが反論 野党部会で」朝日新聞』『朝日新聞』2020年10月23日朝刊4面

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【参考記事】

 日本学術会議が推薦した会員候補6人が任命されなかった問題をめぐり,立憲民主党など野党共同会派は10月22日,学術会議の活動や組織を確認する部会を開いた。自民党が学術会議の組織のあり方を問題視していることへの反論が目的。SNSなどで拡散する学術会議に関する誤った情報を是正する狙いもある。

 部会では,内閣府日本学術会議事務局の職員や日本学士院を所轄する文部科学省の職員が説明をした。自民は学術会議を非政府組織とすることも視野に議論し,年内に提言をまとめる方針を示している。

 補注)① のごとき新聞全面広告への国家基本問題研究所の意見広告は,この政府(政権)側の支援を一生懸命におこなう姿を正直に表現している。それにしても,自分のデタラメ発言(や過去における論説とは異なった真逆の意見開陳」)などは,ろくに修正も訂正もせずに,よくもこのような一方通行的・専横独断的な私見を,なんとか研究所の代表(理事長名)で世間に公表できるものだと感心する。

 本ブログ内では,2019年8月14日の記述,「国家基本問題研究所理事長櫻井よしこの,時代錯誤的なエセインテリ風の『安倍晋三政権支援』,ネトウヨ政権支持・原発推進支持の錯乱イデオロギー」ですでに,櫻井よしこ嬢の狂「気」乱舞したかのような発言方式をとりあげ批判していた。そこでは,ついでにだったが,彼女が全国紙に出すさいに使用する「自分のお写真」(の年式)にも言及していた。

 ここでもその画像資料を参照しておきたい。前段の記述全体については住所・リンク先も挙げておくので(  ↓  ),興味ある人はのぞいてみてもらうと便宜である。

 櫻井よしこは一言でいって,「オオカミ少年」ならなう「オオカミ少女」趣味で,上記の公益財団法人の理事長の仕事をしているようにも映る。

 それに,こういう画像に登場する女性(男性でも同じに指摘できる点だが)としては,同じ画像(10年以上も前の自分のお写真)を使いまわしているが,これは「?」である。

 最近の彼女の画像については,前記「2019年8月14日」の本ブログ記述のなかに,その何葉かをかかげていた。ここでも,以下に再掲しておく。

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 この意見広告をけさ〔2020年8月14日に〕観たとき「あれ,また同じ写真(櫻井よしこ自身の画像)が使われているぞ,とすぐに分かった。本ブログ筆者の手元にある関連の画像資料では,つぎの2点がとりあえず出せるものだが,こちらの意見広告は2015年と2016年のものであった。

 

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 国家基本問題研究所理事長である櫻井よしこが,どのような国家思想・政治信条の持ち主であるかについては,のちに若干触れることになるが,ここでは「彼女がこの意見広告用に着ている衣装(上着)」に注目する。

 

 いまから5〔ほぼ10〕年前とまったく同じ着衣でもって,これら全面広告にマドンナ理事長として登場している。

 

 昔のこととなるが,『やっぱり,みんな楽しく Happy ♡ がいい ♪』2015年12月12日(というブログ)をのぞいてみると,「2012. 12. 13 (木) 平和に責任を持とう 今こそ改憲国防軍の創設を」という意見広告もあった。

 

 さらには,2009年11月13日の同様な意見広告として,題名は「日米同盟は戦後最大の危機です」もみつかる。 

 

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 要は,10年(一昔)以上も “同じ写真” を,一連するこれらの意見広告に使いつづけてきたという事実は,いくらなんでも “古すぎる(つまり,より若めの)画像” を使いまわしていたと理解されて自然である。

 

 そのさい,女性だからというわけではなく,ほどほどに「現実の年齢に即したお写真」を使用するのが順当(妥当)である。これでは,他者の側における受けとり方において “要らぬ誤解” を生むおそれ「大」である。この印象は “なきにしもあらず” という以上の含意をこめて,「老婆」心ながらもいわせてもらう。

〔記事に戻る→〕 学術会議が「答申や提言をほとんど出していない」という批判に対し,事務方は最近1年間で80件超の提言や報告を公表していることを説明した。

 「年間予算10億円は多すぎる」といった指摘も出ている。事務方は,欧米の学術会議は非政府組織が多いが,法律で設置が規定されるなど「公的性格は強い」(事務局職員)と説明。予算規模では日本学術会議は少ない方で,全米科学アカデミーは約210億円(うち8割が公費),英国王立協会は約97億円(うち7割弱が公費)だとした。

 中国が外国人研究者を集める国家事業「千人計画」に「学術会議が積極的に協力している」といった誤情報がSNSなどで流された。一時,自民党の甘利 明税制調査会長も自身のブログで発信した。学術会議事務局は「千人計画を支援するような学術交流事業はおこなっていません」と明確に否定した。部会後,内閣部会長の今井雅人衆院議員は,組織のあり方には問題がないとの認識を示した。

 日本学術会議に対する「批判」と事務局側の説明 ※

 

  ※-1 批判:答申や提言をほとんど出していない。

       ⇒ 説明:最近1年間で80件超の提言や報告を公表
           (そもそも答申は政府が諮問しないと出せない)

 

  ※-2 批判:年間予算10億円。税金が投入されるのは日本だけ。

       ⇒ 説明:全米科学アカデミーは約210億円(うち8割が公費),
            英国王立協会は約97億円(うち7割弱が公費)

 

  ※-3 批判:会員に高額な報酬。

       ⇒ 説明:会員が受け取るのは平均1人年約30万円の手当や旅費。
            日本学士院会員は年250万円の年金が支給されるが,
            学術会議会員204人のうち該当者は現在1人

 

  ※-4 批判:中国の国家事業「千人計画」に協力。

       ⇒ 説明:そのような学術交流事業はおこなっていない

 

  ※-5 批判:学術会議の組織形態を見直すべきだ。

       ⇒ 説明:安倍政権下の有識者会議が2015年3月,「現在の制度は                     学術会議に期待される機能に照らしてふさわしい」と報告

 

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  補注)この図解的な説明表の内容で判断するかぎりでは,菅 義偉側の説明は空虚につきる。

 つぎの ③ には,櫻井よしこも,おおげさに語ろうとしていた学術会議の「わずか10億円の予算」などをめぐって,本庶 佑からの反論・批判を聴いてみたい。

 

 「予算10億円『あまりに安い』ノーベル賞受賞者の本庶 佑氏 学術会議問題『
理由なく拒否は危険』」東京新聞』2020年10月20日 06時00分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/62861

※人物紹介※ 本庶佑(ほんじょ・たすく)は1942年生まれ,京都大医学部を卒業し,1984年に同大医学部教授,2017年から特別教授。免疫の働きに関与するタンパク質を発見してがん治療薬オプジーボを開発し,がんの新しい治療を切り開いたとして,2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した。

 政府による日本学術会議の任命拒否問題について,同会議の元会員で2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した本庶 佑・京都大特別教授(78歳)が本紙の電話インタビューで,「理由なく拒否することがおこなわれれば危険だ」と話し,任命権者である菅 義偉首相の説明が必要との認識を示した。

 補注)政府側・菅 義偉にその理由がないわけではなく,極右・反動政権なりにりっぱに,いうなれば「ご飯論法」や「チャーハン論法」的には説明がなされているつもりである。が,しょせんは「東大話法」の足下にも及ばないド・ヘリクツしか示しえておらず,説得力は皆目もちあわせない。しかも,デタラメとウソにまみれた「糞味噌」の話法となれば,お話になる・ならないどころではなかった。ただ権力を示威するだけの脅迫的な話法になっていただけであった。

 1) 理由なき拒否,拡大解釈の恐れ

 『任命拒否をどう感じたか』。 理由を説明しないのは大きな問題。任命権者である菅 義偉首相がみずから,明確な説明をするのが基本ではないか。理由なく拒否することがおこなわれれば,たとえば文部科学大臣による国立大の大学長の任命などにも拒否権が拡大解釈されていきかねず,危険だ。

 科学は国民のためのもので,自由に研究をやってもらうことが大切だ。今〔2020〕年のノーベル化学賞を受賞したゲノム編集技術の女性科学者も,予想もしないことから,そこにたどり着いている。僕らが発見した物質も同じ。一つの方向へ,国が命令するということでは新しい発見は出てこない。任命拒否のように政府が頭から,これはダメあれはダメというのは問題だ。

 補注)この本庶 佑の指摘は当然も当然である。ところが,専制的独裁志向の菅政権にあっては,聴く耳などもたない。そうとなれば,それこそ “馬の耳に念仏” である。すでに警告されているように,これからの日本,ノーベル賞を獲得できる研究者・学究が絶えそうだと危惧されている。

 そうした日本の研究体制にあるなかで,権力側だけに都合のよい研究に従事し,成果を挙げろといったところで,そうは問屋が卸さないのが「学問・研究」の “本来的な性質” である。この本質からして,まったく理解すらできていない「ヤカラのような」「知性にも教養にも問題ありあり」の,安倍前政権から菅政権へと継承された「自民党政権の伝統!」は,この国の研究体制全般を,これまでさんざんに衰退・弱体させてきた。

 2) 学術会議のあり方について検証が始まった。

 「国から学術会議に10億円も予算が出ている」と,いかにも大金のようにいうが,10億円ほどで国の将来を見据えた科学技術の提言を出してもらうのは乱暴ですらある。あまりに安い。もっと優遇されてしかるべきだ。会員らに支払われるのは交通費,宿泊費と,わずかな手当だ。組織,資金を,いま以上に切り詰めることはできないはずだ。そうなれば,解体になりかねない。

 補注)前段で櫻井よしこは,学術会議のような「そんな組織に毎年10億円以上の税金を注ぐこむとはなにごと」かと非難していたが,科学技術や高等教育機関の研究体制をろくにしりもしないで,身勝手なことばかりいうのが,この櫻井よしこ女史がする発言形式の一大特性になっていた。恥ずかしい。

 そもそも安倍晋三の前政権からして,政治そのものを「私物化・死物化・負の遺産化」してしまい,自分と一部の近しい者たちだけにとって都合のよい,つまり私的なつきあい相手(オトモダチ)を重視するだけの,ひどくえり好みのはげしい為政をおこなってきた。すなわち,そうした為政の過程では,それこそ “とんでもナイ金額の国家予算” が不当に浪費されてきた。

 安倍晋三の後継首相となった菅 義偉も,その責任の半分は負う立場にいたはずでありながらも,顧みて他をいうように,学術会議の1年度に「たった10億円」の予算にケチを付けている。櫻井よしこ女史の口吻はさらに振るっていて,「毎年10億円以上の税金」と形容していた。 “作為がみえみえ” の論法であった。

 3) 政府が科学者の助言受ける仕組を

 行革の理由に「過去10年,学術会議から勧告が出ていない」と挙げた人がいたが,諮問されなければ勧告もできない。10年も勧告がなかったのは,政府が科学者の助言を求めなかったということだ。むしろ,その方が大きな問題だ。

 4) 議論はどうあるべきか。

 米国や英国には政府への科学アドバイザーがおり,科学者が国に科学的見解,知識を発信するチャンネルは明確になっている。これが日本にはない。だから新型コロナウイルス対策もふらふらしている。

 補注)この「ふらふらしている」という日本政府に対する指摘は,後段の山極寿一の議論にも出てくる。

 私も学術会議の会員を務めたが,会議で提言をしたとしても,ほとんど政府に受けとめられた実感はなかった。今回の問題の本質は,政府が科学者の集団から,アドバイスをきちんと受ける仕組を作れるかどうかだ。(引用終わり)

 安倍晋三の政権のときも,いまの菅 義偉のそれになっても共通する一大特徴は,学問の「ガ」も,研究の「ケ」も,なにも分からない政治家(いわば3流の)の彼らが,今後において(すでにいまでもだいぶおかしくなっているが),この国における科学技術・学問研究をどのように維持し,昂揚させ,発展を可能にしていくのかについて,その基本理念をまったくもちあわせていない点にみいだせる。

 学術会議の由来・歴史・現状などに関する諸論点の全般にわたり,吟味・精査・検討・議論したうえでなにかモノをいうのではなく,ただ現・国家権力側に都合がよいだけの学術会議にしたいという欲望のみが,馬鹿正直にもムキ出しにしている菅 義偉の「スガーリン」的な,それも官房長官時代の政治手法の域から1歩も出ない采配(干渉)は,現状にまで下劣化し,ひどく腐敗してきた日本の政治そのものの頽廃現象を,正直に反映させている。

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 「UCLA津川友介助教授が考える『御用学者』のリスク」asahi.com 2020年10月17日 15時00分,https://digital.asahi.com/articles/ASNBJ54KCNBHULBJ01N.html(聞き手・服部 尚)

 新型コロナウイルスの感染拡大や,日本学術会議の会員候補6人が任命されなかった問題は,「専門家」のあるべき姿について疑問を投げかけた。『原因と結果の経済学』などの共著があるカリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)助教授の津川友介さんが,政治とアカデミアのあるべき姿について語った。

※人物紹介※ 「つがわ・ゆうすけ」は1980年生まれ,東北大卒,聖路加国際病院世界銀行ハーバード大を経て,2017年からカリフォルニア大学ロサンゼルス校助教授。著書に『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』(医学書院)など。専門は医療政策学,医療経済学。


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 多くの国では大統領や首相などの国のトップが出てきて新型コロナ対応に関する方針を説明していました。しかし日本では,4月に西村康稔氏が新型コロナ対策担当大臣に就任するまでは,政府の誰が対策の意思決定者か分かりにくかったという声があります。

 一方で,専門家が独自に発信する例も目立ちました。SNSを使って専門家会議のグループがリスク・コミュニケーションの専門家を交えて情報発信しましたが,それに対立する意見を発信する有識者たちも出現しました。

 政府と専門家会議の見解が一致しなかった場合もあり,なにを信じていいのか分からなくなってしまった国民もいたと思われます。政策立案者である政治家や官僚,そして意思決定に必要な判断材料を提供する学者が十分にコミュニケーションを取り,その結果を国の統一したメッセージとして国民に提供する必要性が明らかになりました。

 もちろん効果的なコミュニケーションは重要です。でも根本的な問題は,その上流にある意思決定プロセスであったと思われます。

 意思決定のプロセスは2段階で進めるべきものです。判断材料である科学的な根拠(エビデンス)が1段階目であり,それをもとに政治的な判断を下すステップが2段階目です。

 1) 学者がかかわると「しがらみ」生じる

 学者は基本的にはエビデンス部分の1段階目にのみかかわるべきだと考えます。2段階目に学者がかかわると,いろいろ々な「しがらみ」ができてしまい,中立公正な立場でエビデンスを提供することがむずかしくなる場合があるからです。

 補注)安倍晋三の前政権もいまの菅 義偉政権も,その観点(段階区分)に照らしていえば,1段階目から全面的に容喙したがり,実際にその方途に向けて干渉してきた。学術会議の新会員6名拒否の問題は,すでにこの1段階目において「政府・政権側の干渉・えり好み」がなされていた事実の証左である。

 この境界があいまいになると,政策と整合性を取るために,忖度してエビデンスがねじ曲げられてしまう危険性すらあります。エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング(ebpm)という言葉があります。「根拠にもとづく政策立案」という意味です。

 ところが最近,日本のある政治家から,この逆の,ポリシー・ベースド・エビデンス・メイキングという言葉を聞きました。つまり政策と整合性のとれる根拠をえり好みして,提供すると言う意味です。民主的なプロセスで選ばれた政治家が,正しいエビデンスをもとに意思決定できなくなっているのであれば,それは大きな問題です。

 結論ありきの政策立案に同意し,そのために審議会などに招集される学者を「御用学者」と呼ぶことがあります。もちろん,このような方法は海外でもみられます。ただし,少なくとも日本よりアカデミアが独立しています。

 2) アカデミアの独立

 たとえば,米国には医学研究の拠点機関である国立衛生研究所(NIH)があります。予算の総額に関しては政治的プロセスで決まりますが,研究費の分配については,政府の意向とは独立して,研究者たちによって決められています。

 このため,アカデミアとして政権におもねる必要がなく,科学的に正しい意見を発信することができます。その結果として,政治的状況にかかわらず,国民は科学に関する正しい情報を入手することができます。

 学者が政治の影響を受けずに活動できることを「アカデミック・インディペンデンス」と表現することがありますが,これを実現するためには必らずしも財政的に独立している必要はありません。科学技術の発展によって恩恵を受けるのは国民全体であり,そのために税金が使われるのは妥当だからです。

 もし研究活動の多くが税金ではなく民間の資金でおこなわれた場合,その恩恵を受けられるのは資金提供した組織だけということになり,社会の格差が広がってしまうからです。その点においても,日本学術会議のような組織の運営に税金を投入するのは理にかなっているといえます。

 補注)学術会議の民営化をさけぶ人士がいることは,周知のとおりであるが,この種の意見を吐く者たちにかぎって,実は「学問論」などとは無縁の立場からモノをいっている。つまり,今回のごとき問題に発言「力」が本当はない者たちが,聞きかじりにもならない貧弱なカケラ的な知識をもって,学術会議ウンヌンをしていた。

 日本の学術会議に相当する米国の科学アカデミーの場合,財源の80%以上は政府関係機関から入ってきます。

 しかし日本学術会議内閣府の「特別な機関」であるのに対し,科学アカデミーは民間の非営利組織であるため,人事やその役割は独立しています。税金が財源だったとしても,政府の影響を受けず中立公正な意思決定をする組織を作ることはできるはずです。(聞き手・服部 尚)(引用終わり)

 以上のごとき津川友介の議論は,学術会議のあり方に関してとなると,ひたすら偏向した立場・思想を好み,しかも狭隘な見地(?)に依存した,つまり自民党極右・反動形成『政権」にとってのみ有利な主張がまかり通らせてきた現状を,意識した論評になっていた。

 中国との関係ウンヌンとしては,例の甘利 明がデマ同然の発言をブログでおこない,さらには,その間違いを指摘されるやひそかに修正・訂正するなど,まったく信頼できない自民党政治家の本性を露呈させたりもしていた。

 また橋下 徹という氏名の弁護士あがりの政治家になると,最近テレビなどに出まくっていうことは,ひどく乱雑な自説・意見をばらまくばかりであって,これには庶民の感覚をもってしても,さすがにそのデタラメさは見抜かれていた。

 要は「論理よりも感情」「理屈そのものよりもただの脊髄的反応」ばかりが,いまの日本の政治的な舞台では肥大化したすえ,大いに幅を利かせている。まっとうな議論や事実に即した見解がまともにとりあげられず,自分の恣意的で感性的次元に留まる考えを,ただ強引に披露できる者だけが大きな顔をして,しかも大声でがなり立てている。この国における言論界の低劣化は目を覆いたくなる。

 かといって,ただノーベル賞が取れる「科学技術・研究体制」になっていれば,単純にそれでいいというごとき問題でもない。自由奔放な研究を学究や研究者にさせうる国家体制とこれへの支援体制があればこそ,ノーベル賞を授賞される人材を輩出できる可能性も生まれる。その意味でいえば,安倍晋三や菅 義偉の政権のもとでは,その可能性をもっぱらつぶすための為政が,しゃかりきになって強行されてきた。ノーベル賞「デンデンの話題」などは,もうすぐこの国ではお呼びではなくなる。

 要は,ノーベル賞などをあえて “遠のけてしまう” ような,この国の研究体制の溶融現象が発生しつつある。ノーベル賞をもらえる研究は,おおよそ四半世紀という「時間の単位」をかけて,ずっと以前からなんとか育まれていくのであって,いますぐに達成できるようなものでは,けっしてない。しかし,安倍晋三や菅 義偉にとってみたこのような話題は,どう議論してみたところで「豚に真珠」……。 “なんとかは死ななきゃ治らない” というが,そのとおりだと思われて仕方ない。

 

 「『着実に全体主義への階段上る』 学術会議前会長の危惧」朝日新聞』2020年10月22日15面「オピニオン」
写真・図版

※人物紹介※ 「やまぎわ・じゅいち」は1952年生まれ,ゴリラが専門の霊長類学者,京都大学前総長,日本学術会議前会長。著書に『家族進化論』など。

 

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 a) 日本学術会議が推薦した新会員105人のうち,6人が菅義偉首相から任命されず,その理由がはっきりしないことが問題となっている。学問の自由への国家権力の不当な介入と非難する意見があるが,私はそもそも民主主義の問題だと思う。

 民主主義とは,どんな小さな意見も見逃さず,全体の調和と合意を図り,誰もが納得するような結論を導き出すことだ。初めから意見が一致していたら議論の必要はない。多様な考えや意見があるからこそ建設的議論が生まれ,新しい可能性が高まる。それが民主主義の原則で,結論を出すには時間がかかる。

 新型コロナウイルスへの対策でも,日本はなかなか方向が定まらず,ふらふらしているような印象を受けた。だが,それはなるべく多くの専門家の意見を反映しようとした民主主義の結果であったと私は評価している。

 b) 日本学術会議も民主主義を基本として議論を展開する学術の場だ。いわば学者の国会のようなものだ。国会と違うのは政治談議ではなく学術についての論議をすることと,実に多様な学問分野の学者が集まっていることである。

 日本国籍をもつ87万人の研究者を代表する210人の会員と2千人近い連携会員からなる。公務員だが給与はなく,会議に出席する際に日当と交通費が支払われるだけのボランティアだ。しかも財政難で昨年度の下半期にはそれさえも支給できない事態となった。

 補注)これが,櫻井よしこが「そんな組織に毎年10億円以上の税金を注ぐこむとはなにごと」か,と非難する対象「学術会議」の経理面の実情であった。今回の問題をめぐってこのよしこさんが発言することには,「防衛大学校の卒業生が東大の大学院が受け入れていないというデマ(完全なる事実無根のフェイク)」を飛ばしていたことからも敷衍できることだが,彼女はこのように “間違ったことでも平気でいえる” 人間になっていた。

 目的のためには手段を選ばずともいわれるが,脱線してしまったような発言をしていても平然としていられるようでは,そもそも,彼女のいうことじたいに説得力はともなわない。もしかすると,知識人としての資格も,もともとなかったのではないかとまで確信させる。

 櫻井よしこが,例の「従軍慰安婦問題」をすなおに認めて報道していたのは,1992年中に公表していた言論活動のひとつであった。だが,人間,変われば変わるものである。かつてのリベラルなオネエサンが,いまでは完全にただの頑固な極右・反動形成の,オバサン的な疑似インテリにまで堕落していた。

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 註記)櫻井よしこ櫻井よしこが取材する』ダイヤモンド社,1992年。

 なぜ彼女がそこまで変わりはてたのか興味がもてる。ともかく現在は,安倍晋三や菅 義偉に対してべったり張りついた言論活動(政権側のチアーガール・リーダーである)をおこなっており,家に帰ると毎晩,厨房でのゴマすり作業に余念がない姿を想像させてくれる。

〔記事に戻る→〕 会員の任期は6年で3年ごとに半数が改選される。会員や連携会員,さらに全国の2千以上の学術研究団体の推薦から選考会議が学術的業績の高い会員候補者を選び,首相に推挙する。首相は推薦にもとづいて会員を任命することになっている。これは憲法第6条の「天皇は,国会の指名に基いて,内閣総理大臣を任命する」に倣ったもので,任命が形式的なものであることは明らかだ。

 c) なぜ,今回に限って菅首相は6人を任命しなかったのか。なぜ,理由を述べることをかたくなに拒否するのか。任命しないのは日本学術会議法に違反するし,理由を述べないのは民主主義に反する。

 国の最高権力者が「意に沿わないものは理由なく切る」といい出したら,国中にその空気が広がる。あちこちで同じことが起き,民主的に人を選ぶことができなくなり,権威に忖度する傾向が強まる。それは着実に全体主義国家への階段を上っていくことになる。

 任命されなかった6人は,第1部(人文・社会科学)の研究者だ。第2部(医学,農学,生命科学),第3部(理学,工学)と違い,人文・社会科学は過去の現象や思想を現代と照らし合わせて分析する。そこには批判精神が欠かせない。人文・社会科学が批判精神を失えば,単に現象を記述するだけの学問になる。社会の選択肢が狭まり,想定外の事態や不確定性の高い未来に対処できない。

 社会が誤った方向へ進んだ時,軌道を修正するには別の選択肢をなるべく多くもっている必要がある。そのために,現代におこなわれていることが最上のものではないとする考え方も必要なのだ。

 人文・社会科学は社会の多様な選択肢を示すことで,レジリエント(強靱(きょうじん)で弾力性に富む)な未来をもたらしてくれる。それは戦後,私たちが全体主義ではなく,民主主義を選んできた恩恵でもある。

 d) 政府はそれに気づき,今〔2020〕年大きな変革を試みた。1995年に制定された科学技術基本法の「人文科学のみに係るものを除く」という文言が今年6月の通常国会で削除された。人文科学(社会科学を含む)が科学技術の振興にとって不可欠であることが法的に認められた。

 これは内閣府のもと下で毎週開かれている総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)のアカデミアと産業界の代表による熱意あふれる議論の成果だ。私は日本学術会議の代表としてCSTIに出席し,「Society 5.0」の実現をめざしてイノベーションを起こすための政策を検討してきた。

 近年,産業界はESG投資(環境・社会・ガバナンスに配慮した投資)やSDGS(持続可能な開発目標)の実現をめざし,大学でも産学連携によってイノベーションを起こす動きが強まっている。そのためには科学技術を実装する社会や人間の幸福を考える人文・社会科学の貢献が欠かせない。CSTIが発案して現在公募中のムーンショット計画にも,ELSI(倫理的・法的・社会的課題)やウェルビーングの研究が盛りこまれている。

 e) 今回の菅首相による人文・社会科学分野の6人の任命拒否は,こうした動きに背を向けるものだ。首相は就任前に官房長官として人文・社会科学重視の変化を熟知しておられるはずなのに,無視するような決定を下されたことは理解に窮する。学術の軽視,科学の軽視といわれても仕方がないのではなかろうか。

 歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは,民主主義国家は非常時に崩壊すると警鐘を鳴らす。新型コロナウイルスのような危機にこそ,民主主義が損なわれる危険が増す。菅首相,批判を恐れてはいけませんよ。日本が危機に陥っているいまこそ,科学者すべての意見に耳を傾け,民主主義国家として正々堂々と政権運営をしてください,と私はいいたい。(引用終わり)

 同じ表現を使うほかないが,いまの彼らにとっては,なんどいわれても理解できないことがらであったゆえ,再度こういっておく。まさしく「馬の耳に念仏」「豚に真珠」,つまり「猫に小判」。ただし,彼らは人間なのでコバンだけはほしい(例の「いまだけ,自分だけ,カネだけ」)。それだけのことであった。

 --最後に一言。「後継『指名』から『推薦』に 首相が発言修正,大西元会長『なお無責任』〈学術会議の任命拒否〉」『東京新聞』2020年10月23日 05時50分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/63587  という記事は,

 「首相の発言修正に関し,加藤勝信官房長官は21日の記者会見で『「推薦することを指して首相は「指名」という言葉を使ったのではないか』と釈明していた」と報じていたが,これは完全にチャーハン話法であった。当方(本ブログ筆者)は,ご飯論法でもチャーハン論法でもどちらでもたいして変わりのない論法とみなし,つぎのように批判しておく。
 
 つまりそれは,意味のないいいかえを意味があるかのように騙る悪質な話法である。「推薦」も「指名」も「現在の首相が指示すること」であれば,その2つのコトバに関しては,なにも実質的な意味に違いはない。とくに権力者が使うコトバであれば,なおさらそうなるほかない。

 ※『推薦』とは「自分(首相の菅 義偉)がよいと思う人・物事を,他人にすすめること」。(仮に,断わったら,どうなる?)

 ※『指名』とは「(これは,誰それ〔=菅 義偉〕がせよ,と)名をあげて人を指定すること。名ざし。(もしも,拒否されたら,どうする?) 

 

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 官房長官加藤勝信(  ↑  )のあの顔が “皿に盛られたチャーハン” 状にみえるのは,本ブログ筆者だけか? しかも “鳴門巻きの切れ端” ような物体まで,彼の顔には映りこんでみえるような気までしてくるから,なにやらとても不思議な気分……。

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