岩波書店発行の本のなかの誤植,「朝鮮戦争中には1平方メートル当たり1トンの爆弾が降り,ピョンヤンの街は見る影もなく……」という校正ミス,朝鮮総連人士の頑固で偏狭な発言

                (2019年6月1日,更新 2020年11月11日)

 岩波書店発行の本のなかの誤植,「朝鮮戦争中には1平方メートル当たり1トンの爆弾が降り,ピョンヤンの街は見る影もなく……」という校正ミス,朝鮮総連関係人士の頑固で偏狭な発言

 岩波書店の編集・校正力はこのような程度ではなかったはずだが,この出版社が発行する書籍のなかで初めて接した明らかな「校閲」ミス,原著者もまた,気づかなかった校正ミスだったのか?

 それとも本当に「朝鮮戦争中には1平方メートル当たり1トンの爆弾が降り」そそいだ戦い(白 宗元『戦争と植民地の時代を生きて』172頁)になっていたのか?

 【要  点】  北朝鮮支持者:朝鮮総連人士の虚言と詭弁は常習の話法であり,その政治組織じたいの固陋な作風


  朝鮮戦争のときどのくらい爆弾が投下されたのか

 a) 米空軍の推計では,朝鮮戦争で投下された爆弾の総量は63万5千トンで,第2次大戦中に日本に投下された爆弾16万2千トンの4倍近くに達する。またベトナム戦争時に残虐兵器として世界中から弾劾され,米軍も表向きには使用中止とした「ナパーム焼夷弾」が,初めて大量使用された(総計3万トン以上)のも朝鮮戦争だった。さらに米軍はダムを破壊して町や村を水没させ,飢饉に追いこんだ。

 註記)「〈繰り返すな戦争  その実相に迫る〉第2回 米軍の焦土作戦が全土を破壊 今も終わっていない朝鮮戦争」,週刊『前進』2018年5月31日,第2944号,02頁,http://www.zenshin.org/zh/f-kiji/2018/05/f29440202.html

 補注)つぎの画像資料も参照しておきたい。前後して数字に違いが出ているが,議論に関するイメージ「概念像」として参考にしておく。

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 出所)「朝鮮戦争 不信と恐怖はなぜ生まれたのか?」『NHK』ホームページ,2019年3月1日,https://www.nhk.or.jp/special/plus/articles/20190221/index.html

 補注)前段の本文における数値とは万トン台の食い違いが残るが,ここではひとまず,論旨に大きな影響はないものとみなし,無視しておく。

 b) 韓(朝鮮)半島の面積は22万800キロ平方メートルであるから,朝鮮戦争時に投下された「1キロ平方メートル当たりの爆弾重量」は「2. 876トン」という計算になる。

 この数値はもちろん,1キロ平方メートル当たりに関してであり,朝鮮戦争が1950年6月25日にはじまり1958年7月27日に休戦になるまで,全国の土地に対して平均的に投下された爆弾の量であり,あくまで単純にならした数値である。

 参考にまで挙げれば,太平洋戦争中,米軍が日本本土に投下した爆弾の量は16万800トン,ベトナムに投下した爆弾の量は1400万トン,第2次世界大戦では610万トン余りであった。

 いずれにせよ,白 宗元『在日1世が語る戦争と植民地の時代を生きて』岩波書店,2010年のこの段落(172頁)における文章は,単なる誤植であったとしても,朝鮮戦争の期間に投下された爆弾の総量に関して,大きな間違い「3桁もの〈桁違い〉になる増量」を記していた。

※人物紹介※ 白 宗元(백  종원,BAEK  JONG-WON,下の写真)は1923年,朝鮮平安北道義州に生まれ,京都大学経済学部卒。建設通信社(現朝鮮通信社)社長,朝鮮大学校学部長,朝鮮総聯中央副議長,在日本朝鮮人体育連合会会長などを歴任。著作として,白 宗元『検証  朝鮮戦争 日本はこの戦争にどうかかわったか』三一書房,2013年。

 

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 この白の著書には「Amazon のブックレビュー」が2件投稿されていた(2020年11月11日時点)。そのうち1件はあたりさわりのない概評を与えているが,もう1件は酷評になっていた。本ブログ筆者は,後者のこの酷評は,白『在日1世が語る戦争と植民地の時代を生きて』の特徴(本性)を,よく把握していると受けとめている。

 

 いくらか本論から筋道がそれて途中となるが,ともかくその酷評の全文を以下に引用しておく。

 

 --2011年6月26日,評者は “レット・イット・ブリード” を名乗る人,評点は「5つ星のうち 2.0」〔なのだが,実質はマイナス点であるかのような書き方〕,題名は「政治色の強い『個人史もどき』」が今何故?」

 

 近年戦前から戦後にかけて,朝鮮半島出身者の手記,個人史の類の本が割とよくみられるようになった。書き手が当時どういう政治的立場にいようと,リアルな個人の体験や家族にまつわる話は,大変興味深く,また社会史や国史にみられない生活実感としての歴史は価値もけっして低くない。そこに「人間」が書かれていれば,である。

 

 いまの時代に岩波書店が出す,在日1世の個人史であるなら尚興味深く本書を手に取ったが,本書の感想は,「なんだこりゃ?」である。まるで1970年代にみられたような,政治色の強い,表層的個人史に開いた口が塞がらなかった。

 

 本書はいったいなんのために書かれた本なのか。誰でもしっているような世情と歴史の流れをダラダラと書きつのり,その間,あいだに著者の断片的な事件に対する記憶を書き,人といえば,有名人であるとか,解放後に北に帰った学者の話であるとか,それもすべて皮相的な話に終始し,あげくなんど度も繰り返される金 日成礼賛の言葉……。

 

 いったい岩波書店は,どういうつもりで本書を出したのだろう? 本書で,著者も指摘しているが,現在,在日朝鮮人にとって「政治的困難」がもっとも極まっている時期であることは,日本に住んでいるものなら容易に理解できよう。

 

 そういう時期であるからこそ,著者のようないわば,在日朝鮮人としての「時代の生き証人」の言葉は,けっして軽くないはずだ。個人史であるならば,そこに著者の人生が「みえ隠れ」しなければ,いったいなんの個人史か。本書を読んでも,読者は著者が「どんな人間か」はまるで解らないだろう。

 

 激動の時代に,著者のどんな生き方をし,なにを感じ,家族とどうしたか,どんな出会い,喜び,哀しみがあり,それが現在に至ってどうなったのか……。そんなことはまるで本書には書かれていない。書かれているのは,総連の活動家として,自分はどこに生まれ,どこの大学を出て,どんな「価値ある人」と出会い,そしていかに金 日成が偉大であるか,だけである。

 

 著者の子供たちは,1974年に帰国しているという。なぜ帰国したのか,なぜ本人は帰国しなかったか,そこの部分だけでも書かれていたら,本書の価値はまた違っただろう。興味本位の話ではない。読者がしりたいのは,活動家の経歴じゃない。

 

 迷い,悩み,そして決断し,そこから達成感やあるいは失望を感じたり……そんな普遍的な人間としての「営み」をしりたいのだ。国籍や身分,時代を違えど,つねに人に共感や感動を呼ぶのは,そんな人間としての「営み」であろう。人間はやはり「人間の部分」でしか,他者と解りあうことは不可能だ。

 

 本書を読んだ「真実をしりたくて期待した日本人」が,さらに北朝鮮や総連を「誤解し,色眼鏡でみる」ことになりやしないかと,余計なお世話ながら心配してしまった。

 

 本書に,僅かばかり記述されている満州での記憶なども,あまりに断片的で「資料性」としても薄い本である。朝鮮人満州での「生活話」は,まだ希少であるゆえ,そこも非常に残念である。

 

 とにかく,どういう角度から読んでも中途半端な本だった(引用終わり)

 

 ところで,白 宗元は別著,『検証  朝鮮戦争 -日本はこの戦争にどうかかわったか』三一書房,2013年を,追って公刊していた。アマゾンに出ていた “本書に対するブックレビュー” もまた,酷評を受けていた。「5つ星のうち 1.0 価値なき本」だと断定されていた。つぎのようにこき下ろされていた。この批判も的中していた。

 

 「親日反日とかのレベル以前に脚注の不足,個人思想と憶測ばかりの本題構成」。

 「信憑性に大きく欠けるといわざるをえない」。

 「恐らくは北朝鮮の正当性を広めるプロパガンダ作品」。

〔ここで, 「朝鮮戦争時に投下された『1キロ平方メートル当たりの爆弾重量』」という話題の「本論に戻る」(  ↓  )〕 

 c) 著者の白 宗元も,まさか「1平方メートル当たり1トン」でないことを,自著の校正作業のなかでしりえないわけではなかったはずである〔と思いたい〕。というのは,よほどのうっかりミスでなければ,校正時に見落とすような間違いの個所:文字には思えないからである。

 それにしても,どうして,正しくは「1キロ平方メートル当たり1トン」である誤植をみのがしたのか? 岩波書店の編集・校正には定評があるが,このような単純ミスはかなりうかつな見過ごしだと受けるほかない。だが,「朝鮮総連」の関係人士が書いた「事実ではないおおげさな数字」を,このようにみのがしていた点は理解に苦しむ。

 d) 1トン爆弾の破壊力

 校正に熟達した者であれば周知の編集技術的な配慮だと思うが,とくにこのような数値の個所に関する校正作業は,いったん立ち止まるようにして眺めつつ校閲すべき個所であったはずである。

【参考画像】「1トン爆弾画像」

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 補注)こちら下の画像は,1トン爆弾処理班の作業風景(陸上自衛隊)である。上の画像も自衛隊が処理した1トン爆弾,その後に処理されたものを使い,オブジェ化した「戦争記憶・記念物」である。

 ともかく,「朝鮮戦争中には1平方メートル当たり1トンの爆弾が降り」等といった表現は,事実どころかとんでもなく誇大した数値の指示である。

 この批判点はひとまず置いておき,1トン爆弾の威力:破壊力については,太平洋戦争中に米軍が日本へ投下した1トン爆弾の不発弾として発見され,その処理に関する「近所の住民の報告(感想)」が書かれていたので,これを引用するかたちで説明しておく。

 

 「爆弾の威力」(『 Psychedelic Lodge 』2008-04-07 (月) 4:00,http://www.plodge.org/?p=1238

 以下に登場する国領(こくりょう)という地名は,調布市国領町を指している。京王電鉄京王線」の駅名にも使用されており,この駅は同線の調布駅から東京方面寄りに1駅の場所に位置する。なお「京王線」とは,新宿駅から調布駅北野駅を経由して,京王八王子駅を結ぶ路線 37.9 kmである。

 1)1トン爆弾の被害範囲

 調布市で先日みつかった国領町の1トン爆弾は,搬出作業の予定がまだ出ていなかった。作業日には近隣に避難勧告が出るのだろう。1トン爆弾とはどの程度の威力なのか,さっぱり判らない。ガンダムでたとえてくれといっても,誰も教えてくれないのでグーグル先生に聞いてみた。

 解説したページは意外とみつからない。太平洋戦争中に書かれたものなのでかなり古いが,これをみると1トン爆弾では,こうなっている。

 爆風殺傷に対する安全圏    …    50m
 破片殺傷に対する安全圏    …  500m
 家屋への影響に対する安全圏  …  160m

 海外のサイトも調べてみた。1トン:2000ポンドなので,2000 pound bomb に対する evacuation(避難・退避〔の範囲〕) を検索してみると, “Risk Estimate Distances for Indirect Fires in Combat” ,つまり「戦闘時における間接被害(爆風)に関する危機予測」が出ていた。それによると 2000-pound bombの場合,こうなっている。

  10 % PI  …  225m
  0.1% PI  …  500m

 PIとはは Probability of Incapacitation であり,爆弾の効果が無力になる「確率の距離」を意味する。0.1%がPIなら1000人に1人は怪我するかもしれないという程度の意味であり,最低限はここまで避難せよという指標となる。やはり1トン爆弾では,500m圏内が避難が勧告される。

 調布市国領町で発見された1トン爆弾の不発弾が,自宅にまで影響があるのか具体的に調べてみた。Yahoo の地図で,不発弾の位置から自宅周辺までが適当に入る程度に縮尺を定めて,同心円を描いてみた。国領駅前に埋没していたその不発弾を中心に,赤色にした地域からその同心円を順次に拡大してゆき,500m,800m,1kmへと半径を描いて線引きしてみた。

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 これをみるかぎり「自宅」(被引用者の)は,900mから1km圏内あたりにある。野川を挟んでいるから,ちょうどそのあたりが,避難勧告が出るかどうかの境目になる。甲州街道も500m圏内だから交通規制するのかどうか,事前調整に時間かかりそうである。慈恵会病院は微妙な位置にあるが,どうするつもりか。

 2)朝鮮戦争ベトナム戦争における爆弾投下量の比較

 朝鮮戦争の3年間において米軍は,1キロ平方メートル当たり「2. 8759トン」もの爆弾を韓(朝鮮)半島に投下した。ベトナム戦争の20年間では,それがさらに急激に増えて1400万トンになった。

 ベトナムの国土は(戦争当時は北と南に分かれていたが),33万1200キロ平方メートルの面積である。あえて平均にして計算しておくが,20年間にもわたる戦争中に投下された爆弾は「1キロ平方メートル当たり42. 271トン」にもなる。

 ただしベトナム戦争は,1955年11月1日から1975年4月30日まで20年間もつづいたので,朝鮮戦争(1950年6月25日から1958年7月27日まで)の3年間と比較するときは,ごく単純な比較になるがあえて「3/ 20」を係数にかけて換算したうえで,米国が両国に投下した爆弾の量を比較考量してみる余地がある。

 そうなると,ベトナム戦争時の爆弾投下量(1キロ平方メートル当たりで,その3年間分に相当させる換算をして比較をすると)は,こう計算できる。

   42. 271トン ✕ 「3/ 20 」= 6. 341トン

 朝鮮戦争時の3年間において投下された爆弾投下量は 「2. 876キロ」であったゆえ,ベトナム戦争時の爆弾はその倍以上(2. 2倍)になっていた。この増えた投下量に言及するさいはとくに北ベトナム,そして南ベトナムでもベトコンに支配されていた地域に関しては,上の数値が偏在する関係となって,当然,もっと極端に多めに出てもいたはずである(が,その点はここでは考慮していない)。

 

  朝鮮総連関係人士の哀れな虚言と終生不変の詭弁は要警戒

 「白 宗元氏反戦『時事解説「ディストピア」』2014-06-30 00:02:57,https://blog.goo.ne.jp/minamihikaru1853/e/c4e2c4d3efb441a8a75029ee2a44d6ee は,まずこう記述していた。

 「集団的自衛権については,浅井基文氏の著作を推薦しますが,先日,『朝鮮新報』〔在日本朝鮮人聯連合会(朝鮮総聯)の機関紙〕に載っていた白 宗元氏のもなかなか読みごたえがあった。その記事の題名は「なぜ急ぐ集団的自衛権 / 白 宗元」(http://chosonsinbo.com/jp/2014/06/)であった。

 以下に引用する個所は,a) 冒頭の段落,そして b)「正々堂々たる〈いまどき〉の虚言」を吐いている段落の,2つだけとする。

 a)「安倍首相は憲法の解釈変更によって集団的自衛権行使を容認し,国の運命に関わるこの問題を閣議決定という便法で押し通そうとしている」。「日本帝国主義の植民地支配のもとで計りしれない被害を蒙ったわれわれは,日本が再び『戦争をする国』になろうとするこのような事態に無関心ではいられない」。

 補注)この a)  の記述に関してはとくに指摘する点はないが,つぎの b)  がいけない。「まったくの虚偽=ウソ」を教条的・妄想的に語っている点が,意図的に混入されていた。

 「そもそも世界最大,最強の軍事力をもつ米軍を攻撃できる国などいまの世界には存在しない。朝鮮,ベトナムイラク戦争でみられたように侵略戦争を挑発したのはつねに米軍であって,『米軍が攻撃を受けた』から始まった戦争などはない」。

 補注)朝鮮戦争北朝鮮がしかけたという「歴史の事実」(総合的に確認・判定された知見)は,韓国・朝鮮史に関しては常識的な理解になっている。にもかかわらず,いまだに(いまごろになっても)このように,「あの朝鮮戦争を起こしたのはアメリカだ」などといいはり,しかも完全に硬直しきった解釈をかかえたまま,それでいてどこまでも間違えた歴史認識を誇示しようとするのは, “どうかしている” としか受けとりようがない。

 ベトナム戦争イラク戦争は指摘のとおりであって,アメリカが策謀をしかけて起こした戦争であった。しかし朝鮮戦争は基本的に,金 日成がソ連と中国の支援をえて起こした「北朝鮮による韓国への侵略戦争」であった。

 しかし,それにしてもいまどき,その朝鮮戦争に関して学術的に解明されてきた「歴史の事実」とはまったく無関係な発言を,しかも,直近まで蓄積されてきた研究成果など一顧だにしない(できない?)状態でもって,それもひたすら観念的にのみ転倒させえた虚偽を堂々と吐いているその主張は,すでに人間の認識のあり方としては “完全なる破綻” を教示する

 いいかえれば,白 宗元のいいぶんは,朝鮮民主主義人民共和国風に洗脳されたそれであって,いうまでもないが,かの国なりであれば教条主義的によく観られてきた,無条件に国是として提唱されていた『虚偽イデオロギー』の一見本であった。

 その完全に倒錯しきっていて,それこそ,関連する学術研究による最新の成果など頭ごなしに完璧に拒否する北朝鮮仕上げの “政治思想的な学習作法” は,自分たちが狂信するモノ以外の全思考を否定し,排斥してきた。

 換言すれば,あの国に特有である金王朝・国風にそぐわない意見はなにひとつ口にできない,この記述中における議論としてならば,とくに「日本国に居住する朝鮮総連関係人士」にも固有であった「〈骨の髄まで冒している〉〈嘘つき体質〉の精神構造」は,その人間存在の様式のあり方としてみるに,とうてい救いがたい不実さを現わしていた。

 以上,「青文字」のもって本ブログ筆者が補述した内容は,前段で言及してみたアマゾンの書評(ブックレビュー)においてすでに,白 宗元が根底から批判されていた論点(難点)と基本的に同質である。

 b) ただし,白 宗元がつぎのように指摘する点は当たっている。

 米国は韓日関係の改善を焦っているが,朝鮮有事に米軍の身代わりに韓国軍と自衛隊を前面に立たせ,軍事費も負担させるためであって,「韓日友好親善」のためではけっしてない。

 

 日本は明治以来,武力をもってアジアの国々に対してきた。日本軍国主義は70年ほど威勢を振るったが,結局,敗戦という破局で終末を告げた。いまの東アジアで武力による対決では何事も解決できない。平和こそ貴重である。

 

 日本の繁栄と発展をもたらした平和憲法はそれを実証している。

 とはいっても,日本国の平和憲法を買いかぶらないほうが懸命な判断である。というのは,在日米軍基地という臨戦態勢のための軍事体制が,日本という国のなかに嵌めこまれている基盤があってこそ,しかも「天皇制度」との抱きあわせになった全体構造としてそれが成立されてきたからこそ,これまでにおける「日本の政治体制」としての「平和な国家体制」が,なんとか表面的にはまがりなりでも維持されてきたし,ただそのように仮想されえていたに過ぎない。

 ところが,「暗愚と無恥」の権化であった安倍晋三〔2020年10月16日からは前首相〕は,2015年秋から2016年春にかけて,「米日間の上下・服属関係」を深めるための「日米日安全関連法体制」を公布・施行した。その結果,この日本における軍事事情は一段と変質させられ,日本国憲法の仮構性(仮面:メッキ)も完全にといってほど剥がされてしまい,その地も露骨に晒されるに至った。

 

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 ただし,米軍が日本や韓国に分担させようとしている軍事的な役割というものは,「朝鮮有事」だけを想定しているのではなく,全世界的視野のもとでの「軍事的な分担」である。その点でいえば,白 宗元の言及はいまから5〔10〕年前の発言だとしても,国際政治に関する認識に大きなズレを残したままであった。要は,もはやまともには通用しえない時代認識を披露していた。

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