コロナ禍の第3波が日本でその感染を拡大させる状況のなか,IOCの会長バッハなどが来日し,2021年に延期された東京オリンピックを開催をJOC側幹部と検討する

 新型コロナウイルスの感染拡大が11月に入り,急進しだしている,それでも東京オリンピックの開催を諦めていない関係者の動向,「コロナ対策」よりも「オリンピック開催」のほうが,世界各国の人びとの健康や生命よりもよほど大事だと思いこめる人びとの思考方式・人間的感覚は,大いに疑われてよい

 

  要点・1 東京オリンピックのオフィシャルパートナーになりはてている大手新聞社でも,このオリンピックの問題点はある程度は報道する

  要点・2 しかし,コロナ禍との関係で詰めた分析・解説・評価をしない限界・制約は,われわれの「健康と生命」を軽視する基本姿勢を意味する

  要点・3 東京オリンピックの事業はすでに30年以上も昔から完全に商業主義化・営利化していたゆえ,1年延長してでも開催することを欲求する関係組織の意に沿った報道しかなしえない大手新聞紙の問題


 「春  秋」日本経済新聞』2020年11月13日朝刊

 「持ってけドロボー」と叫びたい気分かもしれない。このあいだ近所のドラッグストアで,50枚入りの不織布マスク290円の値札をみた。一時は世の中から消えたマスク。ネットで「転売ヤー」が不届きな高値を付けていたマスク。それがいまや,コロナ前より安い。

  ▼ さまざまな布マスクも登場し,この必需品に困ることはなくなった。消毒液もふんだんに出回っている。どんな店に入ってもまず手指を清めるのが常識となり,飛沫防止シートのある風景が当たり前だ。とまあ,こういうふうに平静を保ち,コロナとかろうじて共存している日本社会である。工夫を凝らす,民の力だろう。

  ▼ しかし,ギリギリの綱渡りは続く。きのう確認された全国の新たな感染者は過去最多を記録し,東京都内でも400人に迫った。クラスターが多発しているという。ならば,きっと政治の出番である。くだんの「Go To」キャンペーンを含め,経済と感染防止のバランスをどう取るのか,当初からの問いが重みを増す。

  ▼ この春先のような迷走だけは繰り返さないことだ。まかり間違えば不安が再燃し,あらぬ騒ぎのもとになろう。そう,ここはつとめて冷静に,冷静に……。1箱5千円のマスクだって,290円にまで下がるのだ。ワクチンへの期待もまた,高ぶりをぐっと抑えなければなるまい。(引用終わり)

 さて,新型コロナウイルスという感染症が来年:2021年の夏(5月以降としておく)までに収まるという保証はほとんどない。しばらくは,このコロナ禍がつづくことは覚悟しなければならない。

 ネット上にはその終息しうる時期が,いつごろになりそうなのかという点について,比較的,最近のあるニュースは,こう伝えていた。

 ★ 新型コロナ,来〔2021〕年11月に衰退か… 終息まで2年と予想 ★
  

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『YAHOO!JAPAN ニュース』2020/10/5 (月) 9:26 配信,https://news.yahoo.co.jp/articles/0907e95cf40e74326965bb0db5cf2d8f5844c4b8(元記事:Copyrights(C)は,News1 wowkorea.jp)=

 

 新型コロナウイルスが世界に拡散し,長いトンネルの出口がみえないなか,専門家らが終息時期について「来〔2021〕年11月」と言及した。

 

 米国の政治に特化したアメリカ合衆国のニュースメディア「ポリティコ」は先ごろの特集で,11人の専門家らは「ワクチンが一般に広まり接種される来年11月ごろに新型コロナウイルスは衰退し,統制されるだろう」と見通した。

 

 しかし,新型コロナウイルス前の生活に戻るまでには,そこから追加で2年の年月がかかると予測した〔つまり2023年11月ごろ〕。

 

 世界人口の13%に満たない先進国が,現在開発中のワクチンの半分を先行獲得することにより,世界の全人口がワクチン接種が可能になるのは2023年末になると予想される。

 

 よって,2024年になってようやく全世界的に新型コロナウイルスが衰退していき,そこで「海外旅行が可能になる」と専門家らは言及した。

  この記事が指摘するコロナ禍対策の見通しによれば,世界次元において全体的に終息ができそうな期限は,その2024年まで待たねばならない。ともかく,2020年の冬季以降には「新型コロナウイルスの感染拡大」はさらに進展していく。それでも日本国内において感じとれる印象は,金儲け1本槍にスポーツ事業化された東京オリンピック大会であるからこそ(!),来年:2021年の夏にぜひとも開催させたいのだといった雰囲気が,まだまだ濃厚に漂っている。

 そのせいか,東京オリンピックに対しては『日本経済新聞』もオフィシャルパートナーとして資金出資をしている立場上,前段に引用してみた本日〔2020年11月13日〕1面コラム記事「春秋」も語っていたように,奥歯に小石がいくつもはさまったがごとき語り方をしていた。

 以前,2020年5月25日の段階であったが,前首相の安倍晋三君が得意になって「日本モデルによって,わが国は新型コロナウイルスに打ち勝てた」かのように,つまり勝利宣言していた。ところが,その後,6月を経て7月,8月になるや,日本におけるコロナウイルス感染の「第2波」に相当する流行が現象していたのだから,アベ君は無知と大恥をさらしていたことになる(もっとも,当人にその自覚はないが)。その後における11月段階までの感染者数は,本日〔11月13日〕『日本経済新聞』朝刊は,つぎの ② の記事に報道していた。

 

 「コロナ『第3波』 医療逼迫も 病床使用率,北海道や大阪で上昇 感染ペース第2波並み」日本経済新聞』2020年11月13日朝刊3面「総合2」

 国内で〔11月〕12日,新型コロナウイルスの新規感染者が過去最多となった。増加ペースは今夏のピーク時の状況に近づきつつあり,「第3波」の様相だ。北海道や大阪などでは病床の使用率が上昇し,医療提供体制の逼迫が再び懸念される。感染経路も広がっており,改めて感染防止策を徹底する必要がある。(1面参照⇒ ① に記述)

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 「7,8月の流行に匹敵する大きな波が来つつあると大きな危機感をもっている」。

 西村康稔経済財政・再生相は〔11月〕12日の新型コロナウイルス感染症対策分科会後の記者会見でこう述べた。「現時点で緊急事態宣言を出す状況ではない」としたうえで,状況悪化が続けば飲食店などへの休業要請などの措置が必要になるとの認識を示した。

 国内の新規感染者数は11日,傾向が見やすい7日移動平均で 1143.2人と,8月の「第2波」ピーク時の8割超に達した。ここ2週間で2倍となり,増加ペースも当時に匹敵する。

【参考画像資料】

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 1)中高年層目立つ

 接待を伴う飲食店など「夜の街」中心に感染が拡大した第2波に比べ,職場や外国人コミュニティー,大学などさまざまな場所でクラスター(感染者集団)が発生。若者中心だった感染者の年齢層も今回は中高年が目立つ。

 入院者数は〔11月〕4日時点で3592人と2週間で2割増えた。コロナ患者向けの病床の使用率は全国では13%と高い水準にない。ただ,同日時点で沖縄や東京,大阪など7都府県は感染状況の判断に使う4段階の指標で,医療提供体制に大きな支障が出ることが懸念される「ステージ3」(20%以上)となった。

【参考画像資料】

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 春の第1波では,患者がいても対応できない医療崩壊の瀬戸際に一部が立たされた。患者は加速度的に増える恐れがあり,今の段階で対策を急ぎ,爆発的な感染拡大が懸念されるステージ4(50%以上)の前に負荷を抑える必要がある。

 感染拡大が顕著な地域の危機感は強い。北海道では11日時点の入院者数が494人とこの1週間で2倍以上に増えた。病床1811床に対する使用率は急上昇し,27.2%を占めた。12日に記者会見した北海道医師会の長瀬清会長は「第3波に入った。札幌から離れた地域でも集団感染が発生した。医療体制の逼迫を危惧する」と話した。

 大阪府は重症者向けの病床使用率が11日時点で30.6%と10日間で2倍に増えた。第2波で到達した38%に迫る勢いだ。府の専門家会議の座長を務める朝野和典・大阪大教授は「重症者の治療には時間がかかり,今後も使用率は上がる可能性がある」と指摘する。

 国は政令を改正し,入院措置の対象を

   (1)  重症者

   (2)  軽症,無症状の人のうち重症化しやすい65歳以上の高齢者

   (3)  持病のある人

に絞った。若者などを自宅療養や宿泊療養に誘導し,医療機関の負荷を下げられるかが医療崩壊を防ぐカギとなる。

 感染拡大の防止も急務だ。政府の分科会は〔11月〕9日に公表した緊急提言で,クラスターの多様化を指摘。より踏みこんだ対策などを求めた。大学当局など関係機関との連携も欠かせないとしている。

 2)欧米すでに急増

 欧米ではすでに感染者が再び急増。米ジョンズ・ホプキンス大によると米国では10日と11日に過去最多となる14万人を超える規模となった。英国では11月は2万人を超える日が続き,イタリアも4万人に迫る規模まで増えた。英国やフランスなどではロックダウン(都市封鎖)を含むきびしい行動制限を実施。経済停滞の懸念は強い。

 日本政府は需要喚起策の「Go To」事業について継続する方針を示す。しかし感染に歯止めがかからなければ見直し議論が再燃するのは必至だ。分科会の尾身 茂会長は12日,経済活動を止めずに感染を抑えるには,リスクの高い行動を避ける工夫の徹底が必要で「いまやるのが最後のチャンス」と強調した。(引用終わり)

 以上のように,新型コロナウイルス感染症の「第3波」襲来が懸念されている。にもかかわらず,『日本経済新聞』のさきに引用してみた朝刊のコラム「春秋」の文句は,いかにも悠長に,こう発言していた。

 ※-1「平静を保ち,コロナとかろうじて共存している日本社会である。工夫を凝らす,民の力だ」

  補注)民の「自助」がまず第1だというリクツか? そうだとしたら,筋道を違えた主張である。

 

 ※-2「『Go To』キャンペーンを含め,経済と感染防止のバランスをどう取るのか」

  補注)この『Go To』キャンペーンが,コロナ禍の拡大に対してアクセルの働きしてきた点は否定できない。それなのに「経済と感染防止のバランス」を口にしてみたところで,ブレーキのほうの効き具合がただちにうまく作動する理由にはなりえない。本丸の「敵は新型コロナウイルス」そのものであった。

 

 ※-3「みんなが多くのことを学んだはずである」

  補注)「みんな」とはいったい誰たちのことを指すのか? 5月25日時点で「日本モデル」はコロナ禍に勝利した(打ち勝った)などと,宣言したオメデタイ日本の首相がいた。だが,人類史は感染症史と裏腹の関係をもって経過してきた事実すら理解できていない為政者は,国民たちの「健康と命」をないがしろにすることはできても,その反対の施策を手当することは下手であった。この点はすでに「証明」されてきた。

 以上のうちでもとくに※-2に関していうと,「経済と感染防止のバランス」といったごとき表現だけでは,コロナ禍の問題を論じきれない。これから冬季に流行がさらに昂じていく,としか観測のしようがないこのコロナ禍襲来の「第3波」の問題は,すでに,その「バランスウンヌンをいえるような段階」ではなくなっている。しかし,政府側はそれでも「現時点で緊急事態宣言を出す状況ではない」と断わっている。けれども,年内にはそうはいっていられない深刻な事態が到来する可能性が大である。

 前段でコロナ禍が終息する見通しとしては,つまり国際大運動会(五輪大会)を開催できるくらいにその影響が収まりそうな時期は,2013年11月ころ(いまから3年先)を待たねばならないというのに,IOCにしてもJOCにしても,来年の盛夏に東京オリンピックを開催したくてしようがない。

 7月下旬から8月上旬の盛夏に,オリンピックを東京都(主に)で開催するという企画じたい「狂気の沙汰」であったゆえ,今夏の開催が中止(延期)になった点は,ある種の不幸(五輪大会が「死」に至るという問題の発生)そのものが回避できた事実として,もっけの幸いであったといえなくはない。

 ※-1朝日新聞』2020年11月13日朝刊29面「社会」の冒頭記事の見出しは,「感染最多,列島緊張 医療崩壊の不安 / 軽症者入所待ち 新型コロナ」であり,小見出しに「北海道,236人,神奈川,147人,東京393人」と出して,「警戒ほぼ最高レベル」と報じていた。

 

 ※-2日本経済新聞』2020年11月13日著刊39面「社会2」冒頭記事は,「クラスター各地で多発 職場での会食やホームパーティー 年末にかけ拡散を懸念」と見出しを付けていた。

 

 ③ それでも,バッハ「IOC会長,〔11月〕15~18日来日  五輪中止は『議題にせず』」nikkei.com 2020/11/12 5:43,https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66116870S0A111C2EAF000/  などと,姑息な発言(発想:中止を当面避けておくための「嘘も方便」的な話法)に逃げていた。

【パリ=白石透冴】 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は〔11月〕11日,来〔2012〕年夏に延期された東京五輪パラリンピックの準備状況を視察するため15~18日まで来日すると明らかにした。訪問中に五輪中止を議題にする可能性は「ない」と否定した。

 

 理事会後の記者会見で語った。新型コロナウイルス禍の終息は見通せていないが,バッハ氏は「来〔2021〕年になにが必要かを理解するために重要な訪問だ。安全な環境だと五輪参加者が自信を持ってもらえるようにしたい」などと表明した。

 

 選手村を見学し,選手とも面会する。説明は避けたが,菅義偉首相,東京都の小池百合子知事,大会組織委員会の森 喜朗会長らとの会談も調整しているとみられる。

 

 バッハ氏は会場に一定数の観客を入れられそうだとの見通しも示した。8日には東京・国立代々木競技場で体操の国際大会が開かれ,日本側は感染対策とスポーツの大会を両立できるとの感触をえつつある。

 バッハはドイツの人であるが,とくに欧米(先進国)におけるコロナ禍の拡大状況はは現在,全然止まらないでいる。彼は,この事実は百も承知のうえで,以上のように,日本「訪問中に五輪中止を議題にする可能性は『ない』と否定した」と報道されている。だが,日本を訪問したあとになってから,五輪の開催を「中止を議題にする可能性は『ない』」とまではいっていない

 2020東京オリンピックの開催にために,日本中で,なかでも学校関係ではたとえば,大学方面に対してなのだが,五輪のために変更していた「学事暦(年間予定)」を「もとに戻していい」というような伝達(通知)が届いたという情報が,すでに出回っている。すでに政府関係部局では「五輪の中止」を念頭にも置いた対応がなされているというのが,その情報にこめられている含意でもある。

 いま,地球全体においてパンデミック状態になっている新型コロナウイルス感染症のさらなる拡大現象は,これを医学的見地に則して解釈すれば,2021年の夏までにその流行が終わるという予測は立てにくい。また,参加する選手たちが五輪に参加するためには,最低でも来〔2021〕年5月が来るまでには,開催の有無が事前に決定されておかねばならない。

 すでにコロナウイルスに罹患した感染者数は,全世界で5千万人を超えているし,これからもその数は増えることはあっても,減る方向にすぐに向かうとは思えない。こうした時期にIOC会長バッハが日本に来て(明日11月15日から3日間滞在する),東京オリンピックの中止そのものを話題にできないという「苦しい立場」は,理解できなくはないが,開催されるはずだという希望的な観測を抱ける人は「幸いである」とのみ批評しておく。

 

  主な新聞紙のコロナ禍に対する報道「見出し文句」の対照

 1)『読売新聞』(ゴミウリ新聞)は,本ブログ筆者が本日〔2020年11月13日〕午前7時に閲覧したとき,この記事の見出しにはこういう文字が並んでいた。

 「国内の感染者,過去最多の1660人 … 多くは軽症や無症状(◆)

というふうに最初はあった表現が,再度,この記事をのぞいてみた午前8時になると,すでに午前7時45分時点にこの記事の見出しが更新されており,その点はつぎのような『変更』されていた。

 「国内の感染者,過去最多1660人 … 再生相『大きな流行が来つつある』」(★)

 記事の内容は読んでのとおりであったが,(◆)よりも(★)の見出しが適切・適当であり,(◆)の見出しは完全に不適切・不適当であった。

 つぎには,以上で話題にした『読売新聞 オンライン』版の該当頁を,画像にして紹介しておく。これをみると,右側にはまだ更新する前の,その「見出し」が(カーソルでつかみ文字色を反転させてあるが,なぜかこちらの見出しは,本文記事の見出しの変更に併せて変更されていない),そのまま残っていた(これは,午前8時ごろに切り取っておいた画面である)。

 

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 すでにわれわれがよくしらされている事実は,こうなっていた。子どもや若者がコロナ・ウイルスに感染しても「多くは軽症や無症状」で済む。だが,高齢者(老齢者)が感染すると,危険な症状が惹起される危険性がある。今回における新型コロナウイルス感染症の問題はだから,子どもや若者と高齢者(祖父母や父母)が同居している場合であれば,前者から後者への伝染が危険な病状を発生させる可能性が多分にある。

 ところで,有名人(芸能人・俳優)の場合で早くは,志村けん(2020年3月29日,70歳で死亡),岡江久美子(同年4月23日,63歳で死亡),和田 周(同年4月23日,81歳で死亡)などが,60歳代以上の高齢者がコロナ禍の犠牲者になりやすかった症例(実例)として,報道されていた。

 したがって,コロナウイルスに感染しても,その「多くは軽症や無症状」なのだから,それほど心配することはないよ,とでもいいたげな(そう受けとられる)見出しは,事実に関した表現の一部であったにせよ,また別の意味では完全に片落ちの表現になっていた。

 2) 要するに,大手紙のゴミウリ新聞がコロナウイルス感染についての報道において,「多くは軽症や無症状」との見出しにかかげ,その点を偏重的に強調したかのような報道の仕方は,かなり露骨に誤導的(ミスリーディング)であった。コロナ禍の問題:本質をみごとに外したかのような,それも意図的とも感じられる程度にまで,嫌らしくもはぐらかしたかのごとき見出しになっていた。

 というしだいであった(そうした嫌らしい見出しの表現であった点に途中で急に〔?〕気がついた)からこそ,読売新聞の担当デスクあたりが,もしかすると,この見出しの表現を,事後に(多分あわてて)変更をくわえたものと推察しておく。

 要は,東京オリンピックに新聞社としてオフィシャルパートナーになって運営資金も提供している大手紙は,延期の状態になっている五輪関連の報道は自由にできず,一定限度,縛られていた。

 しかし,そのなかでも多少はがんばっている,つぎの ⑤ のごとき『朝日新聞』の記事もないわけではなかった。これは半年前に報道されていたものだが,五輪に関して関係者が表明する「意見」を紹介していた。すでにコロナ禍の「第1波」が体験済みになった時期に書かれていた。

 

 「〈東京オリンピック 2020特集〉第2回『誰もが五輪が好き』はおごりと言っていい  山口 香さん」 asahi.com 2020年5月18日 17時00分,https://digital.asahi.com/articles/ASN5J4JYJN59UTQP014.html?iref=comtop_list_02 (聞き手・構成  塩谷耕吾)

※人物紹介※ 「やまぐち・かおり」は1964年生まれ,1984年柔道女子世界選手権優勝,1988年ソウル五輪銅メダル(公開競技),筑波大教授,日本オリンピック委員会理事。

 新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪パラリンピックは1年延期となった。東京大会の意義はどこにあるのか。立ち止まって考えてみたい。1年延期になった東京オリンピック(五輪)は本当に開けるのか。

 スポーツ界の人間としては,いまは我慢をして感染拡大を防ぐこと,新薬やワクチンが1日も早く開発されることを願うしかない。延期決定は政治主導でなされた印象だが,つぎになにかを決めるときには,スポーツ界が決断の中心にいたいと思う。

 補注)ここでは,2020東京オリンピックの「延期決定は政治主導でなされた印象だが,つぎになにかを決めるときには,スポーツ界が決断の中心にいたい」というのは,あくまで山口個人の印象論であって,五輪組織委員会そのものがもともと “スポーツ政治的な運営をしてきた機関だ” とすれば,このようないいぶん(解釈?)は奇妙である。これが,日本オリンピック委員会に所属する一理事がいうことかという〈印象〉を受ける。山口の立ち位置は,そこ(五輪組織委員会)から少し遠くに居ると観察してもよいのか?

 〔2020年〕3月下旬に開催延期が決まるまで,日本のスポーツ界が延期に関する議論をした記憶はない。世界がコロナ禍に襲われるなか,国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は「まだ4カ月ある」といいつづけた。現実がみえているのかと思われただろう。

 補注)都知事小池百合子東京オリンピックの開催に向けて,コロナ禍に対する対策を,それ(3月下旬段階)まで放置していた。それどころか,その感染が拡大させた可能性が大きかった行事「東京マラソン」2020年3月1日を決行させていた。

 それはさておき,IOC会長バッハの「まだ4ヵ月ある」(これは,2020年盛夏までという意味だった)という語り口が,本日段階における記述のなかでの話法となれば,前段で触れた最新のニュースなかでバッハ会長がいっていたとおり,この11月段階における「欧米(先進国)におけるコロナ禍の拡大状況」をも横目でにらみながらと思われるが,日本「訪問中に五輪中止を議題にする可能性は『ない』と否定した」と報道されていた。

 バッハは結局,いまだに東京オリンピックの中止を “宣言できない” でいる。つまりは,現時点では自分側の判断を明確に “示さない” でいる。したがって,彼の態度は周囲には煮えきらないものに映っている。なせに,東京オリンピックが最終的に中止になったら,IOC側はもちろんのこと,とりわけJOC側が受ける経済的な損失は莫大な金額になる。それは,3兆円にプラス3千億円以上かかるみこみだといわれているが,それ以上にさらになにかの請求書が突きつけられる可能性まである。

 商業主義の営利事業になりきっている五輪大会の真情であるゆえ,そのあたりに関する判断は「風見鶏」的にも似ていて,しかもとくに「コロナ禍の動静・趨勢」を大前提に置いておこなうほかなくなっている。

〔記事に戻る→〕 東京五輪開催が決まってから,私たちは五輪の力や価値を過大評価していた。誰もが五輪が好きで,応援してくれるという感覚だ。おごりといってもいい。今夏の高校総体の中止が決まったとき,「努力は無駄にならない」「先の目標に向けてがんばろう」と発信するトップアスリートがいた。五輪が中止になっても同じように思えるだろうか。高校総体と五輪は違うというならば,それもおごりだ。

 補注)本ブログ筆者は思う。1964東京オリンピックのときのように,日本が「後進(発展途上)国からの本格的に脱出し,先進国の仲間入りをするために役だった「国家的な政策の一環」として活用できた国際大運動会ならばまだしも,当面はまだ先進的でありうるがすでに暮れゆく道程を進行中であり,確実に「日沈む国の日本」の事情のなかで,21世紀におけるいまの時期に五輪を開催しうる東京都が存在していたからといっても,いったいいかほどに歴史的な意義がありえ,またさらには,いったいなんのための,どこのための〈救い〉になりうるのかという疑問は消えない。

 いまの日本はあたかも, “後進国に再び仲間入りする” ために,その五輪大会用の『入場門:アーチ』を準備しているつもりか,という疑念さえ感じてしまう。いまごろになってだが,貧困の問題があらためて日本社会のあちこちに現象している。この問題を論じたネット上の記事はいくらでもみつかるが,ここではその一例を住所のみ挙げておく。興味ある人は読みやすい内容なので,こちらにも目を通してほしい。

 要は,この日本社会の現状においてすでに顕在化している深刻な問題などそっちのけにしたまま,商業主義・営利原則第1の,それもIOCやJOCの関係者たちの立場・利害にとってのみ都合よく開催されてきた「オリンピック大会の開催」である。

 しかも,同時にまたその反面で,この国際大運動会によって一般大衆が予定的に強いられているらしい「感動詐欺」や「ボランティア詐欺」が,これからもいたずらにまかり通るようでは,オリンピックという国際スポーツ行事そのものが「世界的な次元での社会問題」(醜聞の域まで達している)となって,根本的に批判されねばならない事実を教えている。

 たとえば,JOCは先日,医師たちまでを完全に近い無料奉仕で募集していたが,大反発を受けていた。まただいぶ以前には,薬剤師からも同じ要領でボランティアによる奉仕要員が募集されていた。だが,これまた大批判を惹起させていた。五輪貴族たちの生活感覚によると,一般大衆はみなが嬉々として東京オリンピックのために「無料奉仕のボランティア」(この表現はもともと矛盾しているのだが)をするために参加してくるものだと決めこんでいる。

〔記事に戻る ↓ 〕

 スポーツの本来のあり方とは。その半面,犬の散歩で外に出ると,いままでなかった光景が目に入るようになった。

 走る人や歩く人がいて,木にくくったヒモをネット代わりにしてバレーボールを楽しむ子どもたち,気を使いながら距離を取ってキャッチボールする人たち。部屋に閉じこもるいまだからこそ,外の空気を吸い,体を動かすことが楽しいと感じてもらえているのではないか。図らずも勝ち負けではない,スポーツ本来のありようがみえてきた。

 来〔2021年〕夏無事に五輪を開催できれば,スポーツの復活を世界中の関係者と祝福する大会になる。メダルの色や数よりも,スポーツが未来も継続していけることを確認し,感謝する大会になるのではないか。

 (※)スポーツ関係者は「五輪をやりたい」だけでなく,専門家集団として「この状況ならば開催できる」という判断指標を作っていくべきだ。

 それぞれのスポーツ団体が,トレーニングが再開してからベストの状態までに必要な時間,いつまでに予選などの大会がおこなわれれば来夏の本大会に間にあうのか。

 トップスポーツは精神論ではなく,科学的な根拠にもとづいて強化をおこなっている。明確な基準を示し,決断の期限を設定できれば,社会からの信頼もえられるに違いない。(※)

〔「聞き手・構成 塩谷耕吾」の感想 ⇒〕 東京大会に一言。日本スポーツ界は慢心していた。延期によって,現実を見据えた議論をする機会を与えられたのかもしれない。

 以上のごとき意見を聞いて思うのは,最後で(※)(※)でかこんだ段落の文章の内容を,もしも本当に尊重して東京オリンピックの開催問題を再考するとき,つまり,1年を延長してでも開催したいとするこの五輪(国際大運動会)については,これを東京がの盛夏の時期,いいかえれば酷暑・猛暑のなかで実施することが,

 「精神論ではなく,科学的な根拠にもとづいて」「明確な基準を示し,決断の期限を設定できれば,社会からの信頼もえられるに違いない」といわれている『核心の問題』関していえば,おそらく「開催はなし」にすべきであるという結論しか出てこない。もっとも,この点は事前に判りきっていた論点であった。

 オリンピックの開催中は,東京の盛夏に伴うあの熱暑のために選手・観客・ボランティアのなかから死者が出ないという絶対の保証は,誰にもできるはずがない。気象庁や気象産業にたずさわる業者にいわせれば,おおげさではなく,東京オリンピックの開催時期は〈自殺行為〉にたとえられていいはずである。その種になる猛暑・酷暑下の東京において国際大運動会を実行するとしたら,間違いなく発生する “人間健康への危険性” は,気象学的に判断するまえに常識次元でも判断できそうな異常な事態である。

 だが,2020東京オリンピックはコロナ禍のせいで中止・延期になっていて,その意味では一息ついていたといえなくはない。だが,それでもまだ,1年後れでこの東京オリンピックを,しかも盛夏の時期に開催したいのだとなれば,この五輪は「いったいなんのための国際大運動会である」のか,その本義からしてあらためて疑問符を付けられている。

 「五輪貴族の,五輪貴族による,五輪貴族のための五輪」は要らない,もう止めにしたほうがよろしい。新型コロナウイルス感染症パンデミックとして地球全体を襲っているときだからこそ,五輪の廃止がよりいいやすくなっている。モウアカン,ヤメナハレ!

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【参考記事】

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