秋篠宮の長女・眞子の結婚問題,戦後の「新憲法と民法」と「皇室典範」のはざまで議論されてきた皇族女性が置かれた立場(その1)

 天皇天皇制の枠組のなかで生きている皇族たちの基本問題,とくに婚姻に関連する論点は,どのように理解すればよいのか

 

  要点・1 秋篠宮の長女眞子・結婚問題は,なぜ,日本社会の関心を呼ぶのか

  要点・2 王室(皇室)をもつ国に特有の人権問題まで示唆する「皇族・女性」の存在


 「〈耕論〉皇室の結婚への注目 河西秀哉さん,小島慶子さん,橋田寿賀子さん」朝日新聞』2020年12月1日朝刊13面「オピニオン」〔なお,この記事そのものの引照は ② を付した後段においてとりあげる構成になっている〕

 1)この記事を紹介する前に

 だいぶ以前から,日本社会のなかではミーハー的な関心としても非常に興味をもたれてきた話題として,現天皇の姪で,徳仁の弟:秋篠宮の長女眞子・結婚問題があった。

 まず最初に断わっておきたいことがある。それは,この女性の「眞子」という名前に関してとなるのだが,なぜ,「名前(個人名:personal name)」でのみ彼女は呼ばれているのか,という事実についてである。つまり,皇族たちは,通常だと日本国民たちがもっているはずの「姓・名字」を,なぜもたないのかという疑問があった。

 その答えは簡単である。ネット上にもいろいろ記載されているが,ここでは,つぎの説明を借りて答えてみたい。ただし,この「答え」に対しては,いろいろ突っこみどころがないわけではないゆえ,いちいち気づいた点をそれぞれ補注しておく。

 註記)次段の内容は,「天皇に苗字や姓が無い理由は?  皇族の名前の仕組みを解説 / 毎日雑学」『ダ・ヴィンチニュース』2020/5/28,https://ddnavi.com/serial/617850/a/ を参照。 

 第1の理由 「唯一無二の存在だから」

 第2の理由 「苗字や姓を授ける側だから」 


 a) 「唯一無二の存在だから」。この第1の理由は,天皇は「唯一無二の存在」であるとされているが,前もって,以下の「補注」のように議論しておく余地がある。

 補注)ふつうの国民たちのなかにも,この「唯一無二の存在」の名前(姓と名)をもつ人がいないとはいえない。これに該当する人が必らず相当数いるはずである。なおここで,皇族は姓をもたないからそう単純には比較できないという反論も,実はコミにした話しをしている。

 たとえば,日本に約10人しかいない姓(名字)に,以下のものがある。

  「鮫」    「さめ」
  「夢」    「ゆめ」と読む場合と「もん」と呼ぶ場合がある。
  「茶臼山」  「さきやま」と読み「ちゃうすやま」ではないとのこと。
  「陸上」   「りくじょう」ではなく「くがうえ」と読む。
  「四月一日」 「わたぬき」と読む。
  「太公望」  そのまま「たいこうぼう」と読む。

   註記)「日本で50人以下の名字ってこんなのがあるぞ!『四月一日』『livedoor' NEWS』2015年9月27日 22時34分,https://news.livedoor.com/article/detail/10638921/ 参照。

 これらの名字に,たとえばそれぞれ「伊知郎」「治郎」「佐武郎」「史郎」「吾郎」「禄郎」などの名前をつけたら,これらの姓名は絶対に日本に1人しかいないといえそうである。いいかえれば,「唯一無二の存在」の名前(姓と名)になりそうである。

 しかし,天皇家の人びとにはそもそも姓(名字)がないのだから,比較するには無理があるという反論もありうる。だが,天皇天皇制において天皇家の人びとには「なんとか宮」という名称を,別に有している事情を考慮しておくべきだリクツも提示できる。

 ところが,こちらの「宮」の名称は,少し事情を異にする。なぜ,このような通称が使用されているかは,つぎの記述のなかで明らかになる。

 「宮」(みや)とは,もともと,天皇および皇族の邸のことを指し,転じて住んでいる皇族のことを指すに至った,というのがその意味であるから,その「なんとか宮」は「姓」には相当しない。便宜的な通称として用いられている。 

 もっとも,天皇の家系といっても血統がその核心・主軸であるゆえ,皇室の人びとでなくとも,われわれ全員がもれなく「万世一系」の「流れ=系譜」上のどこかに位置している。

 したがって,天皇一族は「姓や苗字を名乗って他の世帯と区別する必要がありません」というのは,いいすぎであるだけでなく,間違いだといっていい。

〔ここからが『ダ・ウィンチ』の記事からの引用となる→〕 日本の皇室はひとつの家系が脈々と受け継がれてきた「万世一系」であり,姓や苗字を名乗って他の世帯と区別する必要がありません。たとえば,われわれような日本国民は同じ名前の人がいた場合,苗字,あるいはその家系によってその人を区別しますよね。しかし,そもそも皇族で明仁様といえば,日本に1人しかいないため,わざわざ姓や苗字を名乗る必要がないのです。

 補注)このあたりの説明にもたちまち疑問が湧いてくる。皇室の人びとはとても有名人である。その人びとに関していまさらこのように説明をされると,「そもそも」論だとしても,なにか奇妙に感じるほかない不自然さが残る。この種の説明でのように,国民と皇族をそのまま比較する方法そのものが,どうしても「重箱の隅をほじくる」ごとき文意を感じさせる。

〔記事に戻る→〕 また,日本国民には戸籍というものがありますが,天皇家には戸籍というものは存在しません。その代わり「皇統譜(こうとうふ)」というものが存在し,そこに代々名前が刻まれているのです。

 そして,天皇家の名前が記された唯一の家系図であることから,この皇統譜万世一系の象徴にもなっています。ちなみに,天皇家の祖は皇祖神と呼ばれる神だと考えられており,皇統譜を遡ると皇祖神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)の名前も記されているそうです。

 補注)ウィキペディアの解説にも出ているが,皇統譜については,つぎのように記述されている(だけである)。2段落から引用する。

 皇統譜(こうとうふ)とは,天皇および皇族の身分に関する事項を記載する帳簿。形式等は,皇室典範および皇統譜令に定められる。天皇・皇后に関する事項を扱う大統譜,その他の皇族に関する事項を扱う皇族譜の2種があり,皇室の身分関係(家族関係),そして,皇統を公証する。

 

 なお,皇統とは,皇位継承が代々なされてきた系統のことである。いずれの天皇・皇族(臣籍や民間から入内した后妃を除く)も,系図の上で父系を辿れば,必らず神武天皇へ辿り着く。

 

 旧皇統譜令とは ,現行の皇統譜令の制定前に施行されていた皇統譜令(大正15年皇室令第6号)である。皇室令及附属法令廃止ノ件(昭和22年皇室令第12号)によって廃止されたが,現行の皇統譜令の第1条は,「この政令に定めるものの外,皇統譜に関しては,当分の間,なお従前の例による。」との経過規定を置き,皇統譜の詳細について旧皇統譜令の定めを準用する。

 要は,この皇統譜が整備されたのは明治時代であった。なんといっても,以上の解説のなかに,「皇統とは……いずれの天皇・皇族(臣籍や民間から入内した后妃を除く)も,系図の上で父系を辿れば,必らず神武天皇へ辿り着く」と語られている点がその本質をしるうえで無視できない。

  ※ かつての国会における関連の発言 ※

 神話の世界にまでタイムスリップしていたのが「皇統譜」の歴史的(非歴史的?)な特徴であった。中山正暉なかやま・まさあき,1932年6月14日生まれ,88歳)という「自由民主党所属で衆議院議員を務めた」政治家がいたが,この中山は国会における議論のなかで「神武天皇にもお父さんがいるが……」と質疑応答していた。

 だから,明治憲法大日本帝国憲法)は「第1章  天皇」でこう決めこんでいた。こうでもしておかないことには,その神話性にまがりなりにでも筋道が通せず,つまり親和性の保てる憲法の条文にはなりえなかったのである。

 第1条 大日本帝国万世一系天皇之ヲ統治ス

 第2条 皇位皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス

 第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス

 どういうことかといえば,どだい初めから「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」などと一方的に宣言されたら,議論する余地がなくなる。疑問をもつことはむろん,批判なども御法度とされてしまう。しかしそれが,敗戦前までであれば,いうまでもない “当然の旧日帝の価値観” になっていた。

 前段に触れた中山正暉の発言に即してさらに当該の問題を説明していけば,皇族に姓:名字がないという点は,あらためて,国民・庶民たちの日常生活における問題にまで引き寄せて再考する必要があった。

 ここでは,国会内で交わされたつぎの議論を紹介しておく。なお,以下の引用は全体の文章から適宜・順次に,つまり,飛び飛びかつバラバラに,該当する部分の段落のみを取捨選択している。それゆえ発言者は複数姪が含まれており,またその所属政党も別々である。

 万世一系と言っても,天壌無窮の言葉なんというものは,歴史的にほとんどだれも今日認めておらぬ。それこそ,いまの子供たちに言ったら笑われてしまうと思うのです。 一つの具体的な例を挙げたいと思います。

 

 たとえば,神武天皇日本書紀では百二十七歳,古事記では百三十七歳。孝昭天皇日本書紀で百十四歳,古事記で九十三歳。孝安天皇日本書紀で百三十七歳,古事記で百二十三歳。孝霊天皇日本書紀で百二十八歳,古事記で百六歳。あるいは垂仁天皇日本書紀で百四十歳,古事記で百五十三歳と推定されるような年齢というのを,大臣信じられると思いますか,(……中略……)

 

 神武天皇は史実の人でなく,神話の存在であることは,本院文教委員会における参考人のひとしく述べたところであり,国民の常識であります。日本が国家の形態をなしたのは,三世紀末から四世紀の初めであるということも,一致した学者の意見であります。

 

 これに対し,建国の日は後世であっても,神話で長く伝えられてきた神武天皇即位の日を建国記念の日として祝うことは,何らの矛盾がないという議論があります。建国の日は別に存在することが明らかでも,神話を信ぜよという議論は,まさに小学校の児童にも通用しない噴飯ものと言うべきでありましょう。

 

 また,キリストの誕生日が史実で明らかでないのに誕生日として信じているがごとく,神武天皇の神話を信じ,建国の日として祝えという議論は,宗教と国民の祝日の意義を混同した議論であり,かつての戦争を,時代の社会的背景によるものとして是認し,今日の社会と矛盾しないという説とともに,日本国憲法を否定する暴論であるのであります。

 

 かくて,古典に見える神話や伝承というものは,祖先の信仰やものの考え方,ものの見方,つまり祖先の心理的,精神的事実を何らかの意味において写し出しておるものであって,真実の歴史的現象とは,これをこそ申すべきであります。(拍手)

 

 日本書紀にしるされた神武天皇即位までのくだりは,それが史実でないとか,つくりごとであるとか,さらには,神武天皇の実在など怪しいものだとか,いろいろの議論が行なわれておるが,私は,むしろ,これこそわれわれの祖先たる古代日本人が心に描いた建国のイメージであると解すべきものであると考えます。

 註記)『国会会議録』参議院総務委員会,第6号,2018-04-17,94-196頁,https://kokkai.ndl.go.jp/api/speech?maximumRecords%3D八紘一宇

 要は,神話の世界や「古代日本人が心に描いた建国のイメージであると解すべきもの」をめぐっての話題にもなっている,「なぜ,天皇一族」には「姓・名字」がないのかに関する議論が,前段ではなされていた。この議論をさらに拡大させて「天皇は『唯一無二の存在』」であるとされているから」ウンヌンとなったとなるや,はたして,まともな議論たりうるか疑問である。問題の次元が中空に浮遊した空間にまで飛んでいる。

 b)「苗字や姓を授ける側だから」

 第2の理由として,天皇が権力者であり,苗字や姓を授ける側の存在だったことが挙げられます。古代の日本では苗字や姓を名乗れるのは,一部の権力者や特権階級だけでしたよね。

 そして,一部の権力者や特権階級に苗字や姓を授けていたのは天皇だった考えられています。天皇はすべてての権力者の頂点に立つ存在であり,天皇より上の位がなく,天皇に姓や苗字を授ける存在がいなかったことが理由となっているんですね。

 --この説明はそのとおりである。21世紀のいまにあっても天皇一族が「姓・名字」をもたないのは,本ブログでは2日前(2020年11月29日)の記述でも触れたように,「昭和天皇の末弟・三笠宮崇仁」の第1男子「寬仁」の「配偶者(妻)信子」(麻生信子,あそう・のぶこ)を妹とする麻生太郎が,

 f:id:socialsciencereview:20201201123207j:plain

 われわれに対して,選挙演説のさい聴衆に向かって開口一番,「下々の皆さん」と語りかけた1件からも分かるように(もっとも,この太郎の発言といったら,そのいちいちが “バカっぽい” のだが,当人はそれでもおおまじめであるがゆえに,まことに始末が悪い),天皇の近い位置に居る自分〔たち〕は,とても高貴な身分をまとっていると,本気で思いこんでいる。ただし,その割にはあの品の悪さはナンダと,誰かれなしに非難されてきたところが,なんともミジメなのだが。

 ともかく,この〔アホ〕太郎がいまどき「婦人に参政権を与えたのが最大の失敗だった」とも,堂々とのたもうていた。この世襲政治屋に特有である,その痴性の底なし沼的な際限なさときたら,絶望的なまで正直に彼の素性・資質を物語っている。

 このタロウ・アソウが日本人として漢字がよく読めない語学力の点はさておいても,首相まで体験した人物なのであって,いまなお政権内でとぐろを巻いているのだから,日本の政治全体にとっては「百害あって一利なし」と形容する以上に,日本の政界では完全に「害悪的な存在」になりはてている。

 「高貴な皇族」集団の脇には,麻生太郎のようにひどく品質の劣化した世襲政治屋が,それでも我が物顔で「日本の政治」を壟断している。麻生太郎は吉田 茂の孫に当たっていた。

 

 「〈耕論〉皇室の結婚への注目 河西秀哉さん,小島慶子さん,橋田寿賀子さん」朝日新聞』2020年12月1日朝刊の紹介と批判的吟味

 秋篠宮家の長女眞子さまの結婚。「認める」という父の決断に,批判や臆測,応援がわき上がる。なぜ私たちは皇室の結婚を,こうも語りたがるのか。その陰で語られないこととは,なにか。

 1)「国民とズレ,出てきている」河西秀哉さん(名古屋大学准教授)

 人を好きになったり,悩んだりといった感情,そして意思をもつ1人の人間が,同時に国の象徴であり,国民統合を支える存在として重責を担っている。今回の件には,まさに,こうした象徴天皇制の課題が凝縮されて表われているのではないでしょうか。

 眞子さまの父親である秋篠宮は,皇太子として生まれ育ったわけではなく,次男として非常にのびのびと育てられました。自分自身の結婚を含めて自由闊達に生きてきたし,そうしてきたという強い自負があると思います。

 親としても,子どもの意思を尊重し,学校選びなどでも,皇室の伝統にこだわらないことに価値を置いてきました。今回の問題は,そうした生き方の帰結として出てきた面があるでしょう。

 子どもの自由を大事にしてきた親としては,結婚を認めたい。それを認めないことは,自分なりに自由を求めてきたみずからの生きざま,人生の否定になりかねないという思いすらあるかもしれません。

 しかし,気楽な次男坊だったはずが,皇室典範特例法で定められた「皇嗣」になってしまいます。皇室という「家全体」を考えなければならない立場に立つと,権威や体面,保守層との関係といったことを考慮せざるをえなくなったのでしょう。

 補注)「皇室という『家全体』」という概念は,ある人が喧伝していた「世界は一家,人類は皆兄弟」という文句を思いおこさせる。この文句につづいて想起させられるのは,八紘一宇・万邦無比・一視同仁などの4字漢字で現わされるその中身である。

 要するに,明治憲法大日本帝国憲法)の神聖性,第3条「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」がその中心に控えていた。

 今回における話題「眞子の結婚問題」に関しても,その第2条「皇位皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス」といった,現在の皇室典範にもそのまま通じる明治謹製的な価値観が抜き差しならぬ論点としてからみついている。

 結婚は憲法が定めるように,当人たちの合意にのみもとづいて認める。でも,家と家の関係の婚約は認められない。一見分裂しているようにも思えますが,私は秋篠宮の決断に,こうした苦しいジレンマを感じ取りました。

 補注)2人の結婚を「認める」という表現が,眞子の結婚問題のまわりでは,ほぼ大多数的に使用されているが,その本質面では「許す」(眞子の両親である秋篠宮と配偶者である紀子の立場にかかわる表現形式の問題性)という表現の用法が控えている。

 このような問題は,今回で最後になるとは思えません。生きた人間を「象徴」とするかぎり,同じような苦しみが生まれる可能性は消えない。人間としての自由と天皇制という制度のバランスをどう取るか,時代に即したかたちで考えなければなりません。

 補注)名古屋大学准教授・河西秀哉の立場からは,この程度にしか発言できないと思われる。生きた人間を「象徴」とするかぎり,同じような苦しみが生まれる可能性は消えない。すなわち,「人間としての自由」と「天皇制という制度」との「バランスをどう取るか」という問題は,いかにしたら「時代に即したかたち」で考えることができるのか?

 昔風の,たとえば,井上 清みたく「ファッショ法令や機構を整備させてゆくとともに,精神的に人民を無力にし支配者に対する奴隷根性を植えつけるためにも,天皇主義は復活強化されるのである」(『天皇制』東京大学出版会,1953年,254頁)という「天皇制批判の見地」が,2020年の現在において完全に無縁・不必要になっているかと問えば,けっしてそうではない。この事実認識は否定しがたい。

 井上 清は「日本はアメリカの妾のようなものである,妾であるからにはだんなの御きげんもとらねばならないといういったが,そのすると,天皇はその妾日本の象徴であり,まさに『君主・僧侶・乞食・淫売』の公式どおりである!」とまで喝破していた。

 井上はつづけてこうも言及していた。「合州国の占領初期の方針には,合衆国は天皇制を支持するのではないが,これを利用するという原則が立てられた。この原則のもとに『天皇世襲をひろめ且つ人間化することを極秘裡に援助するよう」総司令官は本国政府から命令されたと,例の〔マーク・ゲイン著〕『ニッポン日記』には書かれている」(前掲書,252頁)。 

 だが,2020年の9月になってようやく首相の座から離れた安倍晋三アメリカに対して,21世紀になっていても依然,媚びへつらってきた政治姿勢は,前段で井上 清がいまから70年前,まだ日本がアメリカ占領下にあった時期に,批判をくわえていたものと同類・同質であった。もっとも,昭和天皇は敗戦直後,アメリカに対しては「日本を支配していてくれ,とくに沖縄県を使ってくれ」と,みずから申し出ていた。

 敗戦後,在日米軍基地がアメリカによる日本統治のための「ビンのフタ」として存在してきたが,21世紀のこの2020年になってもその実体はたいして変わっていない。2017年11月に来日したアメリカ・トランプ大統領は,民間空港の羽田空港ではなく米軍・横田基地から日本の降り立っていた。これは,日米軍事同盟が実質的にどのような中身になっているかを如実に教えていた。.

 いまの日本国憲法は「第1条から第8条まで」の天皇関連条項に「第9条」戦争放棄関連条項が添えられた構成になっている。そして,この上には米日安保関連法にもとづく軍事的な上下・服属体制が冠(重厚な鎧)としてかぶらされていた。こうした憲法問題が旧・明治憲法の問題とからみあっている現状の日本政治のなかで,皇室・皇族たちをめぐる日常生活の諸問題は観察される必要があった。この指摘はけっして飛躍でも過剰な論及でもない。

〔記事に戻る→〕 眞子さまの結婚問題については,2年前の婚約延期の時から騒がれてきましたが,問題の本質は放置されてきました。2016年に上皇明仁〕が退位の意向を示したさいも,そうでした。表面的に騒ぐだけで,メディアも象徴天皇制のあり方について問題を喚起したとはいえないと思います。

 皇族の数が減少するなかで,政府も官僚的に手早く制度を整え「やっている感」を出すだけではなく,女性宮家をめぐる問題などで国民的議論を始める必要があったはずです。

 補注)「民主主義」の基盤の上において「女性宮家をめぐる問題などで国民的議論を始める必要」という手順(発想)じたいは,もう一度重ねていうが,「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という制約をいまだに払拭できていないとなれば,「天皇天皇制」問題に関する「国民的議論」という方途は,最初から矛盾そのものを背負わされるほかない。結局は,台風の目のなかにいつまでも留まっている立場を余儀なくされるほかない。

 戦後の天皇制には,国民の支持が欠かせません。平成の時代,天皇は時代に寄り添うことで,幅広い国民の理解をえてきました。それが今回は,国民との間である種のズレが出ているのでしょう。皇室の側にも,人間として国民への説明が求められます。が,それを国民も受けとめ,考えることが必要です。(聞き手・池田伸壹)(河西・引用終わり)

 まさか「天皇制には,国民の支持が欠かせ」ない点をめぐり,なんらかの争点を定め置いてから,国民投票をするというわけにはいくまい。民主主義とは根幹において対立するその投票の機会にならざるをえないからである。トコトンまで思考を徹底させても,そのような方途しか想定できない。

※人物紹介※ 「かわにし・ひでや」は1977年生まれ,歴史学者。著書に『近代天皇制から象徴天皇制へ』,編著に『平成の天皇制とは何か』など。


 2)「本人たちが決めればいい」 小島慶子さん(エッセイスト)

 眞子さまには結婚する自由も,結婚に失敗する自由だってある。私はそう考えます。「あんな人と結婚してもうまくいかない」「やめるべきだ」。

 そんな言葉をよく聞きますが,お2人がパートナーとして「ふさわしい」のか,メディアを通じてしかしらない私にはよく分かりません。ただ,秋篠宮さまがおっしゃったように,憲法は結婚を「両性の合意のみに基づく」としている。本人たち2人が決める,それが大原則です。

 補注)皇室典範の被適用者の1人である眞子の存在に関して,このように「憲法は結婚を「両性の合意のみに基づく」として話をするのは,いささか奇妙に感じる。

 現在の皇室典範は旧のそれを,敗戦後の日本国憲法に合わせて調整したものの,最低限の修正をしただけで最大限にゴマカシていたゆえ,この点に照らしていえば,問題含みという以上に問題だらけである。

 現在は皇室内の女性が「一般国民(民間人?)」と婚姻する場合は,そこから出ていく形態をとり,皇族ではなくなる。姓も相手のそれになる。小島慶子が論じるような問題がしばしば出てくるのは,当然であった。

 では,なぜ皇族の結婚にああだこうだと口を出したがる人が多いのか。

 一つはファン心理。上皇ご夫妻の時代に,天皇家は「開かれた皇室」としてテレビで見慣れた身近な存在になりました。すると,好きな芸能人に「幸せになって」と願う感覚で,自分にとっての理想のロイヤルファミリーの結婚を求めてしまう。

 「血」を重視する人もいます。「万世一系の皇室」という神話に日本人としてのアイデンティティーを重ね,「純血性」を守ろうとする。

 補注)この「純潔性」という観念は,虚構の生物学的説明である。そもそも,この表現をもちだして俗論的にあれこれ議論するのは止めにすべきである。

 そして,税金の観点。皇族は国民が払った税金で養われているのだから,自分には結婚に口を出す権利がある。結婚に際して支払われる「一時金」も税金から出るじゃないか,というものです。

 どれも理不尽だと私は思います。誰しも税金のお世話になっているけど,納税者の誰かがあなたの生活に干渉してきますか? テレビ画面で上皇ご夫妻の子育てや雅子さま紀子さまの皇室入りをみているうちに,まるであのファミリーを「育ててきた」かのような意識をもってしまっていないでしょうか。

 補注)この小島慶子の発言は短見・短絡のたぐいである。まあせいぜい,ミーハー的な観察を多少は超ええた程度の認識に終始している。確かに,皇族に支出される税金(皇室費内廷費皇族費宮廷費など)も,公務員がもらう俸給=税金も,国民年金で高齢者に支払われるその年金=税金もすべて,同じ税金を源泉とする。

 けれども,それぞれが有する意味あいはまったく別であった。なにが同じでなにが異なるのかもっと詰めた議論が必要である。にもかかわらず,この相違を棚上げしたごとき発言は,近視眼的な発想だけで話を進めるのはまずい。

 天皇制と国民は「合わせ鏡」で,皇室のあり方は国民が決めるとされています。ただそれは,「皇族の結婚に,国民的同意が必要」ということではないと私は考えます。むしろ,自分が「好きな人と結婚したい」「個人の選択が尊重される社会がいい」と考えるなら,皇族も同様にそれを享受できるようにする。それが「合わせ鏡」の意味するところではないでしょうか。

 補注)ここでは,いうとおりかもしれないものの,けっしてそうはいかないところが,皇族の人びとの悩みになっているのではないか? かつて,皇太子時代の明仁が正田美智子を配偶者に選ぶ過程では,かれの母親が「息子の嫁に平民とはけしからぬ」と息巻き,異様なまで怒っていた。当然のなりゆきであったが,その後この姑は,息子が嫁に迎えた美智子をイジメつづけた。

 結婚は「イエ」の問題で,好き勝手にしてはならない。そんな伝統的な家族観や,平成に入ってからは戦争犠牲者の慰霊も,皇室に背負ってもらってきたように思います。だからこそ,自分は自由に生き,過去を忘れていられる。都合よく皇室へ棚上げしてきたのです。

 補注)ここでの小島慶子の発言は支離滅裂。ここに述べている内容が,はたして日本のいまにおける「結婚観」「家・家族観」「皇室観」に対してらしいが,その意見のありよう・性格はさておいても,ずいぶんと焦点ボケがめだつ。

 つまり,あまりにもミーハー的であって,専門的視点とは無関係。井戸端会議な話し方。次段のいいぶんも同じになっていた。いいたいことは,なにかがあるらしい。だが,奥歯にモノがはさまったようないい方である。

 というよりは,もしかすると,そのモノはすでに誤飲してしまったのか,その内容物がはっきりみえない。すでに胃まで落ちていき溶けてしまっていたか? つぎの最後の意見は,なんとなく分かるようで,よく分かりえない。

 私たちも眞子さまも,どの家に生まれるかは選べませんでした。でも誰と結婚するのかしないのかは選べる。自分が縛られるのはごめんだけど残しておきたい家父長制的な伝統や,担いつづけるのがしんどい役割を,皇族に押し付けていないか。それを続けていいのか。考える旅路の始まりが,眞子さまの結婚です。(聞き手・藤田さつき)(引用終わり)

※人物紹介※ 「こじま・けいこ」は1972年生まれ,TBSアナウンサーを経て独立,東京大学大学院情報学環客員研究員。著書に『幸せな結婚』」。

 3)「『ホームドラマ』に好奇心」橋田寿賀子さん(脚本家)

 もとは眞子さまのご結婚問題なんて興味はなかったんですよ。皇室なんて,私に関係ないから。それが取材を受けて,週刊誌をかき集めて読みはじめたら面白くて。行方が気になってたまりません。気づけば「普通の家族」に置きかえ,「自分だったら」「自分の娘だったら」と感情移入している。皇室という特殊で遠い存在なのに,さまざまな記事を一つの「ホームドラマ」として読んでいるんです。

 それはどうやら,私だけではないようです。「個人の自由の時代なんだから,結婚させてやったらいいじゃないか」とか「ああいう家庭で育った人で大丈夫なのか」とか,なんだかみんなが「おせっかいな親戚」になったような感じ。放っておかなきゃ。関係ないんだから。でも,私も放っておけません。

 家族の中のゴタゴタって,皇室じゃなくても,はたからみている分には面白い。どの家もなにかしら問題を抱えているのに,外にはなんの問題もないような顔をしている。他人の家も同じだとしっているから,しりたくてたまらない。飢えているんです。

 私が書いた「渡る世間は鬼ばかり」などのドラマに人気が出たのも,フィクションとはいえ,よその家のなかを垣間みられるからだと思います。

 私がホームドラマの面白さに気づいたのも,わが家に「問題」があったからです。ホームドラマを書くなんて夢にも思っていなかったんですが,「口うるさくなくて楽そう」と思っていっしょになった夫は,結婚してみると2日連続カレーを出すのもダメという人。しゅうとめに「味が薄い」とか,洗濯物の干し方まで文句をいわれ,傷ついたり怒ったりした体験が脚本につながった。

 脚本を書くときに大切にしているのは,いろいろな立場の人の目を想像して,どの立場の人にも共感できるようにすることです。嫁,しゅうとめ,子ども,夫……。対立する場面が多いですが,「誰か」の立場に偏ってはいけない。「冷静な第三者」に徹することが多くの人から支持されるドラマを生み出すためには必要なことだと思います。

 口でいうのは簡単ですが,実は私,年を取ってからは「古い人間」の側の味方をすることが多いんです。「しゅうとめの面倒くらいみなさいよ」と思ってしまう。もう,そういう時代ではありませんので,私はそろそろ「失礼しました」と,ドラマの世界を去らなければいけないのかもしれません。

 眞子さまのことも「好きに結婚させてあげなさいよ」と思っていたのに,いまでは勝手に秋篠宮さまの気持になって「大丈夫かしら」と心配しています。もう「冷静な第三者」ではなくなり,ただの「やじ馬ばあさん」です。(聞き手・田中聡子)(引用終わり)

 この脚本家の意見(感想?)のなかには,政治事項としての皇室・皇族の問題側面はいっさい登場してこない(と受けとめられる)。というよりは,政治そのものであるというほかない「天皇天皇制(天皇家)の基本問題」は,はるかに遠くに押しのけた話し方であった。

 ひとつだけ,とくに非常にはっきりしている橋田壽賀子の立場は,皇室・皇族の問題(本筋)から逃げまわっているかのようにも聞こえた,その話し方に反映されているのではないか。

 今年で御年95歳になる橋田壽賀子に,それ以上になにかを期待するのは無理:酷か? もっとも,できれば「今回のごとき眞子・マター」で1本,皇室女性・苦難物語として脚本を書いてほしい……。

 要は,橋田の返答は逃げ腰的に話題の筋を微妙にずらしつつ,読者には背中を向けて語っていたのではないか。

※人物紹介※ 「はしだ・すがこ」は1925年生まれ,ホームドラマの代表作に『となりの芝生』や『渡る世間は鬼ばかり』など。

------------------------------ 

「本稿(その2)」はこちら(  ↓  )】

------------------------------