朝日新聞のスポーツ欄が1936年ベルリン・オリンピックでのマラソン優勝者孫 基禎の話題を2日連続してとりあげていた,延期になっている東京オリンピックの開催問題となにか関連する含意でもあるのか

 朝日新聞』は2020年12月22日朝刊の記事で,孫 基禎の話題をとりあげたと思ったら,翌日23日朝刊でもこの孫を話題に記事にしていた(連載記事であった),コロナ禍の最中でも延期になっている2020東京オリンピック開催への地ならしのために孫を利用しているつもりなのか,とも感じられるか?

 

  要点・1 コロナ禍で世界中が「経済と医療の両面」から大打撃を受けているなかで,日本は脳天気にもまだ東京五輪が開催できると思っているのか

  要点・2 菅 義偉は安倍晋三につづいて「ウイルスに打ち勝った証として来夏に東京五輪開催」と叫んでいるが,

 11月25日から12月16日まで「コロナとの『勝負の3週間』」に勝てなかったどころか,新型コロナウイルス感染拡大にはまったく歯が立たない

 それだけでなく,このコロナ禍とは無関係にオダを挙げての「ウイルスに打ち勝つ」ウンヌンは,幼児のごときたわいない駄々にもなりえていない

【参考記事】

  要点・3 IOC会長バッハは日本側に全責任を負わせたかっこうで,東京オリンピックを開催できるのであればそう「させたい」意向であるが,そもそも本心ではまともに開催できるなどとは思っていない

 たとえば,バッハの国:ドイツのコロナ禍の現状はどうなっているか,先日,メルケル首相の必死になっておこなった「コロナ対策を訴えた演説」は,他国の人びとにも広く感銘を与えていた,それにくらべて日本の首相ときたら……

【参考資料】  ヨーロッパにおけるコロナ禍の状況-ドイツの場合-

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  東京オリンピックの開催が困難である事情を教える資料

 1)「看護師ら疲労ピーク,離職した医療機関 15%に… 協会調査」『東京新聞』2020/12/22 23:39,https://www.yomiuri.co.jp/medical/20201222-OYT1T50293/

 新型コロナウイルスへの対応を理由に看護師らが離職した医療機関が15%に上ることが〔12月〕22日,日本看護協会の調査で分かった。同協会は9月,全国の医療機関の看護部長らを対象に実態調査をおこない,2765施設から回答をえた。

 労働環境の悪化や家族らへの感染リスクなどを理由とする離職が「あった」と答えたのは全体の15.4%に当たる426施設。感染症指定医療機関に限ると21.3%に上った。さらに34.2%の医療機関が「看護職員の不足感があった」と回答。多くは応援を受けずに配置転換などで人手を確保したという。

 この日,東京都内で記者会見した同協会の福井トシ子会長は「感染拡大が続き,看護職員の疲労もピークを迎えている。給与や賞与などを十分に支払えるよう国には強力な財政支援を求めたい」と述べた。

 2)「海自幕僚長・副長ら幕僚監部8人が感染… 在宅勤務で支障なし,代理置かず」『読売新聞』2020/12/22 22:47,https://www.yomiuri.co.jp/national/20201222-OYT1T50183/

 防衛省は〔12月〕22日,海上自衛隊の山村 浩・海上幕僚長(58歳)と西 成人・海上幕僚副長(56歳)ら,海上幕僚監部に勤務する8人が新型コロナウイルスに感染したと発表した。

 海上幕僚監部によると,山村海幕長と西海幕副長に症状はないが,22日から官舎で在宅勤務している。安全性の高い専用パソコンやスマートフォンを使って報告を受け,指示を出すなどしている。海幕は「職務上の支障はない」として,代理を置かない方針。

 同省関係者によると,ほかの6人は20~50歳代。海幕長を補佐する副官が含まれるなど,職務上の接点があったという。8人は19~21日,PCR検査などで陽性の結果が出た。

 3)「ベルギーでも変異種確認」『東京新聞』2020年12月23日 06時02分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/76032?rct=national共同通信

 【ブリュッセル共同】 ベルギー保健当局者は〔12月〕22日,英国でまん延している新型コロナウイルスの変異種が今月初めに4例,ベルギー北部でみつかったと欧州メディアに明らかにした。別の当局者は「4例」は控えめな数字だとしている。

 ベルギーのウイルス専門家は英国との間の交通を遮断するのが「遅すぎたかもしれない」と話した。変異種はベルギーの隣国オランダでも確認されている。

 4)「【保阪正康が語る  コロナが暴く “令和日本” の姿】 報道 1930 まとめ」20/12/21放送,https://www.bs-tbs.co.jp/houdou1930/archives/index.html

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 このうちとくに,下の2つめの図表を観て,第3波の新型コロナウイルス感染拡大状況のあと,さらにどのような推移をたどっていくのか,より慎重に用心して警戒しながら備えていく必要があることは,一目瞭然である。

 ところが,政府の西村喜美康稔経済再生大臣は「11月25日から12月16」までを「勝負の3週間」と名づけて,コロナ禍との決着が期待できるかのように,それこそトンデモナク空想力を拡大させた「虚言そのものである発言」をしていた。

 補注)保阪正康はこの  4)  のニュース放送の解説者として登場したなかで,いまの政府の「対・コロナ・ウイルス感染対策」には “ヘッドクォーターが不在だ” と指摘した。Headquarter とは司令部・本部・本営を意味するが,いままで安倍晋三前政権と菅 義偉政権とともに,そうした緊急対策本部に相当する組織・機関を特設していなかった。置いていたのはスタッフ(専門助言機関)だけであって,しかも,これをいい加減に時々しか活用しようとはせず,ただ都合よく無秩序・不規則に,つまり一貫性などなく利用してきただけであった。

 その「勝負の3週間」という標語は絵空事どころか,現実を直視しない,いいかえれば,事態が深刻に進行する状況に対面していても,まるで目をつむって公言したごときそれであった。公言というよりは広言というのがふさわしかった西村康稔経済再生大臣のその発言「勝負の3週間」というモノは,第3波のコロナ禍の進行状況とは,基本的になんら関係を有しえていなかった。初めからそういう性格の発言であった。これだけで彼は辞職に値する。はっきりいって “フザケテイタ発言” をしていたとしか形容のしようがなかった。

 ところが,現在の首相菅 義偉は,もっとフザケテイルとしか受けとりがないつぎの発言をしていた。いったい,この国の指導者たちはなにを考えて言動しているのか,現実を直視して国家の指導・行政をおこなっているのか,その神経・感覚じたいを疑わせる経緯しか残していない。ここまで来ると,完全にとち狂った為政が継続されていると表現せざるをえない。

 この2021年盛夏の時期,猛暑・酷暑に毎年みまわれる東京で本当に,五輪をまともに(過去の大会のように)開くことができると思っているのか。信じられないほどの〈狂気の沙汰〉を読みとるほかない。日本国の首相はいまごろになってもまだ,つぎの ② ように舞い上がった発言をしている。

 

 「ウイルスに打ち勝った証として来夏に東京五輪開催=菅首相『REUTERS』2020年12月21日 1:38 午後,https://jp.reuters.com/article/suga-olympic-idJPKBN28V0EF

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 [東京 21日  ロイター] 12月21日,菅 義偉首相(写真)は都内で開催されたイベントであいさつし,来〔2021〕年の夏に人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として東京で五輪・パラリンピックを開催するとの決意をあらためて示した。

 本ブログ筆者がいままでなんども指摘・批判してきたのは,「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として東京で五輪・パラリンピックを開催するとの決意」というものが,まことにもって徹頭徹尾にバカらしい空想的な決めつけを犯していた点であった。

 まず「人類が新型コロナウイルスに打ち勝」てるかもしれないとの信念(確信)を披瀝している点からして,これじたいが脳天気さえも突き抜けた見解・解釈である。感染症の歴史は人類史と裏腹の関係史だったというべきか,ともに歩んできた歴史である。

 新型コロナウイルスと呼称されている「COVID-19 (新型コロナウイルス感染症)」は,その人間社会の歴史と共存していると形容してもいいくらい,感染症として登場したそのひとつのウイルスである。これに「打ち勝つ」といったところで,また新しい感染症をもたらすウイルスが登場する。

 すなわち,人間とウイルスとは,良かれ悪しかれという点とは無関係に,そして好むと好まざるを問われれるまでもなく,つまり否応なしに共存していかざるをえない歴史を経てきた。なによりも,人間はこれからも同様にして,ウイルスとは歴史を進んでいかざるをえない。この「歴史の事実」はそっちのけにして,菅 義偉は安倍晋三「路線」を継承してなのか,いまだに「人類が新型コロナウイルスに打ち勝てる(!)」みたいな,極楽トンボ的に空想でしかありえない提唱を標語として叫んでいた。

 それも,延期になっている2020東京オリンピックを,2021年盛夏にどうしても開催したいがためであった。だが,新型コロナウイルス感染拡大が2020年中に,それも世界中で昂進している感染状況を脇にのけえたかのようにして,そのように〔日本の首相として〕「人類が新型コロナウイルスに打ち勝てる」見通しを,なんら科学的な根拠もなしに叫べるのは,狂気そのものでなければ,単なる無教養がいわせる戯れ言であった。

 菅 義偉は本当に本気で,2020東京オリンピックを開催できれば「人類が新型コロナウイルスに打ち勝てた」国際大運動会になる,それもいまでは完全に営利主義・商業化に徹底しているそれになると,まだ信じているのか? なんとも,とうてい信じられないほどに幼稚な感性が露呈されている。

 ともかく,仮になんらかの形式を採るにしても,いままで開催してきた定例の五輪大会と同じ内容での開催は,全然できない相談になっている。IOC会長バッハは2020東京オリンピックの開催は不可能だと思っていたはずである。ところが,日本側が以上に触れたような「感じ」で開催に強くこだわっている様子を受けて,それでは「日本のお手並み拝見」という要領でもって,しかも日本(JOC)側に開催の責任は全面的に取らせるけれども,それでもいいならば開催してもいいよという対応である。

 

 東京五輪,観客入り開催へ連携  菅首相とバッハIOC会長」時事通信』2020年11月16日13時14分,https://www.jiji.com/jc/article?k=2020111600088&g=pol

 菅 義偉首相は〔11月〕16日午前,来日中の国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と首相官邸で会談した。来〔2021〕年夏に延期された東京五輪パラリンピックについて,観客を入れたかたちでの開催実現に向け,緊密に連携していくことで一致。バッハ会長は「東京大会を必らず実現し,成功させる」と述べた。

 首相は会談で「人類がウイルスに打ち勝った証しとして,また東日本大震災から復興しつつある姿を世界に発信する復興五輪・パラリンピックとして東京大会の開催を実現する決意だ」と表明。新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえ,安心・安全な大会の実現を目指し,バッハ会長と緊密に連携する意向を示した。

 補注)「東日本大震災から復興しつつある姿を世界に発信する」という発想:問題意識からして,破天荒的なトンチンカンであった。東日本のとくに福島県浜通り地域が「3・11」の大被害からどれほど復興しつつあるかといえば,元どおりという意味でのその復興であるならば,これは永久にありえない。

 もともとその復旧じたいがいまもって不可能であった。それでも,そのような発言をしたいのであれば,菅 義偉は東電福島第1原発事故の現場で爆発・溶融した原子炉(格納容器⇒圧力容器)のなかを直接のぞいてから,にしたらよい。

〔記事に戻る→〕 これに対し,バッハ会長は「今回開かれる大会はコロナ後の世界で人類の連帯と結束力を表わすシンボルとなるものだ」と指摘。「(開催への)決意,コミットメントをもっている皆さん方が努力しているなか,われわれは日本の側に立つ」と述べ,日本の取り組みを支持した。

 補注)このバッハのいい方「われわれは日本の側に立つ」というのは,意味深長である。コロナ禍が2021年の盛夏のころまで完全に終息するみこみはない。それゆえか,バッハはこのように「自分も日本の側に立つ」といって,結局,五輪開催の件について「なにか困難なことが発生したら,責任は全部日本側にある」と,相当上手に「無責任な立場」を表明した。すなわち,なにか問題が発生したとき,IOC側の取るべき責任までがJOC側の全責任のなかに押しこまれた状態になった。

 両氏は新型コロナ対策について意見交換。首相は「東京大会では観客の参加を想定したさまざまな検討を進めている」と説明した。この後,バッハ会長は記者団に「スタジアムに観客を入れることに関して確信をもつことができた」と述べた。菅政権の発足後,両氏は電話で協議したが,直接顔を合わせるのはこれが初めて。


 「(五輪をめぐる)二つの国のはざまで:1 孫基禎,日の丸背負った『英雄』」朝日新聞』2020年12月22日朝刊16面「スポーツ」

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 1936年8月9日,ベルリンは晴天だった。「胸に日の丸をつけたイガ栗頭の青年がマラソントンネルから雄々しくも姿を現はした」。ナチス政権下で開かれたベルリン五輪の男子マラソンの様子を,当時の朝日新聞は号外で伝えた。金メダルに輝いたのは,記事中で「イガ栗頭」と紹介された日本代表の選手だった。

 その名は孫 基禎(ソン・ギジョン,1912~2002年)。金栗四三(1891~1983年)がストックホルム五輪に初出場してから24年。日本統治下に生まれた朝鮮人ランナーが,日本マラソン界の悲願をかなえた。

 1)「悲しみと激情」

 レースは,2連覇をめざすザバラ(アルゼンチン)が飛び出すも30キロ付近で棄権。孫がトップに立ち,ゴールまで駆けた。2時間29分19秒の五輪新記録。日本の新聞各紙は,「マラソン日本,世界初制覇」「廿(にじゅう)四年の宿願成る」などと伝えた。

 だが,孫は表彰式でうつむいていた。1985年に出版された自伝『ああ月桂冠(げっけいかん)に涙』(講談社)で,当時のことをこう振り返った。「頂点に立ったいまの実感は,輝くばかりの歓喜ではなかった。(中略) せき上げる悲しみと激情に私はジッと頭(こうべ)を垂れ,涙を噛(か)みしめた」。

 還暦を迎えたころには,朝日新聞の取材に「やはり当時も私の祖国は韓国だったのだ」と答えている。日本が朝鮮を併合したのは1910年。1919年の三・一独立運動を機に,朝鮮総督府は自由を厳しく抑圧した強硬路線を転換し,文化活動を多少認めるようになる。スポーツ界では1920年朝鮮人主導の「朝鮮体育会」が組織され,スポーツ振興が進んだ。1912年に生まれた孫はそんな時代に育った。

 家は裕福ではなかった。自伝で「ただひたすら,走ることに専念して,ひもじさを忘れる以外に道はなかった」と述べている。1932年に陸上の名門,養正高等普通学校(京城,日本統治下のソウル)に入学。アジア人でも初となる五輪のマラソンでの金メダル獲得は,初マラソンから4年後のことだ。

 2)人生大きく変化

 その快挙が彼の人生を大きく変えた。『孫 基禎-帝国日本の朝鮮人メダリスト-』(中公新書,2020年7月)の著書がある札幌大の金 誠(きん・まこと)教授(スポーツ史・朝鮮近代史)は「当時の権力とスポーツの関係をみていくなかで,孫 基禎は避けて通れない重要人物。五輪という制度で英雄にされ,いやおうなく政治に巻きこまれていった」と話す。

 独立をめざす朝鮮の知識人にとって,孫の優勝は単なるスポーツでの勝利ではなかった。金教授は「植民地支配された民族の自信を取り戻し,優秀性を示す出来事だった」という。

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 五輪直後,朝鮮の有力紙が表彰式の写真を加工し,孫のユニホームの日章旗を消して掲載する事件が起きた。特別高等警察特高)は民族運動の高まりを警戒し,孫の監視を強めた。朝鮮に戻った時には,サーベルを腰につけた警察官がついて来た。

 日本は戦争へ突き進む。総動員体制へ向かうなか,日本にとっては「朝鮮と本土は一体だ」とアピールするのに,孫は「もっとも使える人物」(金教授)だった。

 1938年,戦勝祈願のため,ベルリン五輪聖火リレーをまねたような「聖矛リレー」が催された。金色の矛を伊勢神宮から明治神宮まで運ぶイベントで,最終走者が金栗,その前が孫だった。1943年には朝鮮で学徒兵志願を呼びかける「学徒先輩中堅団」にも参加。対日協力は避けられなかった。

 金教授は「スポーツは言説や権力と結びついた時,重要なツールとして使われる。孫 基禎はそういう運命に放りこまれた人物だった」と話す。

 孫は解放後,指導者となり,1950年のボストン・マラソン(米)では教え子の韓国選手3人が表彰台を独占した。韓国に帰国後,李 承晩(イ・スンマン)大統領も参加した歓迎会でいった。

 「最後にお願いですが,選手たちに英雄心を与えず,選手たちを商品化せず,選手たちを政治道具化しないことを強く願います」

 補注)現在のオリンピックは,1988年のソウル大会時には完全に営利主義・商業化していた。現在,オリンピックという「国際大運動会」は,政治の道具であっただけでなく,商売の道具にもなりはてている。

 孫 基禎がマラソンで優勝した1936年ドイツ・ベルリン大会が,ヒトラーによってどれほど利用されたかは,いうまでもない。いま(2020年12月時点)の日本でこだわっている「聖火リレー」というプレ行事は,そのベルリン大会時に考案され,初めて実行されていた。

 安倍晋三や菅 義偉が奇怪にも,「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として東京で五輪・パラリンピックを開催するとの決意」を述べていたのは,オリンピックを開催したときに首相であった政治家にとってみれば,その開催じたいが自分にとって「レガシー(名誉な記録)」として付与されるからであった。

 そうした五輪大会において,ボランティアとして参加してトコトンこき使われ,「只働き」(その後,交通費の名目で1日千円支給と決められていた)だけをさせられたあげく,実質で「ブラックボランティア」の被害者になっていても,その被害者意識すらもてないオメデタイ人びとが,まだまだ大勢いる。

 また,高い入場料を払ってだが,東京が盛夏の時期に開催される五輪大会の観戦となれば,熱中症で命を落とす危険もある「オリンピック感動詐欺」が懸念されている。こうした五輪大会への参加をしようとする “あれこれの人たち” は,いってみればともかく,非常にオメデタイ「五輪への関与」をあえてすることになる。

 さらに,観客から選手のほうに目を向けるとすれば,オリンピックはプロ選手の大会になりかわっていた。アマチュアの競技大会ではなくなっていた。IOC会長らにしてもJOC会長らにしても,彼らは超一流大企業の首席幹部職員(CEO:最高経営責任者)になりあがっていて,エリート臭を紛々とさせる人物になりはてていた。『五輪貴族』という名称があるゆえんである。

 営利主義・商業化のために開催される五輪大会がボランティアを集めて酷使する体制は,奴隷社会にかぎりなく近い人間の使役方法である。1日千円の足代だけで(それでもだいぶ批判が出たあとの対応であったが),ボランティアを使いまわすという根性じたいがまやかし全開である。パートやアルバイトの時給:1時間分にしかならないではないか。

 ちなみに,厚生労働者社会・援護局地域福祉課は「ボランティアについて明確な定義をおこなうことはむずかしい」と断わったうえで,こう定義していたが,これは無償制を不当に拡大解釈的にもちだした説明である。

 一般的には「自発的な意志にもとづき他人や社会に貢献する行為」を指してボランティア活動といわれており,活動の性格として,「自主性(主体性)」「社会性(連帯性)」「無償性(無給性)」などが挙げられる。ボランティア活動をおこない,実費や交通費,さらにはそれ以上の金銭をうる活動を「有償ボランティア」と呼ぶ例もある。

 註記)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/12/dl/s1203-5e_0001.pdf 参照。

 仮にこの定義にしたがうにしても,1日千円(足代という名目)という金額の支給は法外の低さである。JR東日本だと東京駅から横浜駅までの乗車運賃が片道で480円である。東京駅から小田原駅までのそれだと1520円。千円とは冗談にもならない金額。

 そのほかたとえば医師や薬剤師に対しても,完全にロハでボランティア募集をしていた。要は昼食の弁当代も,3時のおやつに食べるアイスの代金も自分もち。こうなれば,なにをかいわんやであった。

 ましては,いまはコロナ禍の時期である。医師たちを国際大運動会にかり出す理由など求められない。このへんの話題にまでなると,あなたたち「もう,バカをいってるのではありません」とたしなめるほかない。

〔記事に戻る→〕 日本と韓国。孫 基禎は五輪で勝ち取った一つの金メダルによって,二つの国の「英雄」になった。時に指導者,時に聖火ランナーとして,彼は五輪と関わり続ける。その数奇な人生をたどる。

 3) 日本代表として出場,他の朝鮮人選手も

 五輪に日本代表として出場した朝鮮人選手は孫 基禎だけではない。1932~36年の夏季と冬季のうち3大会で13人がいた。

 活躍がとくに光ったのがマラソンで,1932年ロサンゼルス大会では金 恩培(キム・ウンベ)が6位,権 泰夏(クォン・テハ)が9位に入った。1936年ベルリン大会では南 昇竜(ナム・スンヨン)が3位で孫とともに表彰台に上がった。4人は解放後の1946年,マラソン普及会を組織し,韓国での強化に尽力した。

 ベルリン大会サッカー代表の金 容植キム・ヨンシクは解放後,1948年ロンドン大会に韓国代表として出場した。両大会に選手団役員としてくわわっていた李 相佰(イ・サンベク)は,日韓のバスケットボール発展に寄与したとして,その名前を冠した学生世代の大会が今も開かれている。

 以上,2020年12月22日の『朝日新聞』朝刊「スポーツ」欄に掲載された孫 基禎関連の記事をめぐり記述してみたが,本日12月23日の『朝日新聞』朝刊にも,つづく連載の記事として “孫 基禎の話題” が論じられていた。

 2020東京オリンピックの開催は延期になっているが,2021年に1年遅れで開催するみこみを期待してなのか,『朝日新聞』における “このような話題作り” になっていると解釈したら,うがち過ぎな観方になるか? 

 もっとも,新型コロナウイルス感染拡大「問題」が来夏の時期までに収まるという保証はない。コロナ禍の問題は,人間の側だけで事態の進行を左右しうる対象・相手ではない。ましてや「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」を五輪大会の開催に求めるというのは,見当違いもはなはだしい。それが特定の「世界観」たりうるとしたら,とことん偏狭な価値観であるというほかない。


 「〈五輪をめぐる〉二つの国のはざまで:2 韓国を強くしたい,人生捧げた」朝日新聞』2020年12月23日朝刊19面「スポーツ」 

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 2019年のNHK大河ドラマ「いだてん」は,1936年ベルリン五輪の様子も描いた。日本代表として出場した朝鮮人選手の孫基禎ソン・ギジョン,1912~2002年)が,金メダルを獲得した男子マラソンの場面。そこでは本人の映像が使われた。記録映画「民族の祭典」の一部だった。

 プロランニングコーチの金 哲彦(〔きん・てつひこ〕56歳)は,「いだてん」の制作にマラソンの演技指導で携わった。金はかつて孫に期待をかけられたランナーだった。在日コリアン3世の金は,早大時代まで通名の「木下」を名乗った。1983~1986年に箱根駅伝の5区を走り,2度の区間賞。「山登りの木下」としてその名は全国区になった。

 1984年の箱根駅伝後,早大競走部監督の中村 清(1913~1985年)に,マラソンで韓国の五輪代表をめざさないかと提案された。中村は1500メートル代表としてベルリン五輪に出場し,孫と親交があった。「直接はいわれなかったけど,孫さんとそういう話をしていたのは間違いないです」。金はそう振り返る。

 孫はベルリン五輪後,マラソンを一度も走らなかった。1945年に日本統治が終わってからは韓国で指導者になった。他の元オリンピアンらと1946年にマラソン普及会を組織。1948年ロンドン五輪への参加をめざした。

 孫は自宅を合宿所にした。その折,ベルリン五輪でしりあった米国選手から手紙が届いた。孫にもらった足袋型シューズのおかげでボストン・マラソン(米)で優勝したという。これを機にこの大会への韓国選手の派遣を模索。1947年,出場が認められ,教え子の徐 潤福(ソ・ユンボク)世界新記録で優勝を果たした。

 同行した孫は,かかげられる太極旗(韓国国旗)をみて「突き上げてくる感激で涙がとまらなかった」と,のちに自伝で振り返っている。

 働きかけが実り,韓国選手団のロンドン五輪出場が認められた。孫はトレーナーとして同行し,1952年ヘルシンキ五輪には役員で参加。その後も韓国陸上連盟会長などを務めた。ただ,五輪で結果は出なかった。

 1976年,ベルリン五輪から40周年の記念パーティーが開かれたときのことを,自伝で振り返っている。「亡国のときに優勝したわがマラソンが,祖国が復帰した現在,どうして勝てないのでしょう」と嘆き,こう誓ったという。「私の残された余生は,できるかぎりマラソン再興に捧げたい」。

 中村から韓国代表をめざさないかと誘いを受けた金は結局,それを断わった。当時は朝鮮籍。代表に入るには,韓国籍に変える必要があった。父親が朝鮮籍にこだわりをもっていたのをしっていたため,踏ん切りがつかなかった。それでも,就職後の1987年に参加したマラソン大会の会場に,孫は視察に来た。

 金は1989年に国籍の変更を決意し,1992年バルセロナ五輪をめざすことにした。その年,韓国で初めて参加したトラックレースの大会会場にも孫はいた。金の顔をみるなり,日本語で「お前も頑固者だったけど,とうとう韓国籍にしたんだな」といって笑った。

 金は結局,代表入りはかなわなかった。バルセロナ五輪では韓国の黄 永祚(ファン・ヨンジョ)が優勝。アジア選手によるマラソンの優勝は,孫以来だった。(引用終わり)

 なぜ,こういうオリンピックの,それもその華といわれるマラソンという競技に関してとなるが,しかも戦前の植民地時代に日本選手として1936年ベルリンオリンピック大会に出場し優勝した孫 基禎が,以上のように話題としてとりあげられてるのか。

 現在は,今年:2020年7月下旬から8月上旬にかけて開催される予定であったオリンピック大会が延期された事後の状態にある。朝日新聞社のスポーツ担当の編集部局は,いったいなにを思い,孫 基禎関連の記事を昨日と本日に組んでいたのか。

 最近,つぎの ⑥ に紹介する記事も出ていた。ただし,前段までにおいて『朝日新聞』から引照してみた記事にうかがえる論旨についていえば,こちらの ⑥ のほうでは該当する中身がなかった。

 

 「菅 義偉首相『「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として東京で五輪・パラリンピックを開催する』」『情報速報ドットコム』2020年12月21日,https://johosokuhou.com/2020/12/21/41879/

 菅 義偉首相の発言が物議を醸しています。問題となっているのは,12月21日におこなわれた都内のイベントで菅首相が語った内容です。

 菅首相はイベントの演説で「来〔2021〕年の夏に人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として東京で五輪・パラリンピックを開催する」と発言し,来年夏に東京オリンピックを予定どおりに実施すると宣言。東京オリンピック新型コロナウイルスに打ち勝った証になるとして,東京オリンピックの重要性を強調していました。

 前にも安倍晋三前首相が同じような発言をしていましたが,あらためて日本政府の方針として東京オリンピックの実施をアピールしたかたちです。この発言はツイッターでトレンド入りするほどに注目を集め,SNSで東京オリンピックの存在意義をめぐって議論となっています。

 とくに新型コロナウイルスの感染拡大が続いていることもあり,「このまま実施できるか?」「東京オリンピックなんていっている場合か」などと五輪開催に懐疑的な声が多く,専門家からも「国内の収束が終わってからいって欲しい」と苦言を呈されていました。

 日本政府がコロナ対策や検査に消極的なのも東京オリンピックを守るためだといわれているほどで,東京オリンピックをめぐるゴタゴタはまだ続きそうです。(引用終わり)

 コロナ禍で日本中が四苦八苦させられ,経済・社会全体がたいそうな犠牲を強いられ,苦境に追いこまれている最中に,日本の首相がこのように「来〔2021〕年夏に東京オリンピックを予定通りに実施すると宣言。東京オリンピック新型コロナウイルスに打ち勝った証になる」と語ったとなれば,世界諸国の最高指導者たちがどのように,日本におけるこの指導者をどう観るかは,歴然である。要はバカにされるだけ……。

 日本全国における新型コロナウイルス感染拡大の状況については,たとえば,つぎの住所(『朝日新聞』によるコロナウイルス関係の総合的な案内)を閲覧してほしい。この内容を観ただけでも,来夏に五輪が開催できる(したい?)と考える(推測する)ほうが,おかしいと感じるはずである。

  ⇒  新型コロナウイルス感染者数の推移:朝日新聞デジタル

 

【参考記事】

 ⇒  田中龍作ジャーナル | 英国型強力コロナウィルス上陸 無能な総理に殺される

 --なお,本ブログは孫 基禎関連の記述として,以下の文章を書いていた。

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