最近は新聞の発行部数が顕著に減少,この事情を反映させてその紙面には全面広告が花盛り,IT時代が「紙媒体:新聞紙」の広告を変質させた

 外国(米欧)ではネット新聞が紙媒体新聞を上まわる部数を発行している新聞社があるなかで,宅配制度のある日本ではまだ紙媒体の新聞発行が主流 として持続しえているが,今後においてどのような転換:改革を企図し,実現できるのか関心がもたれる

 

  要点・1 全面広告がやたらに氾濫する最近・大手紙新聞朝刊の紙面全体

  要点・2 民主主義が溶融してきた日本において,新聞社が「社会の木鐸」としてまともに機能しなくなっている時代的な意味


 『ガベージニュース』から関連する図表を借りた説明

 1)「1年間で272万部減,1世帯あたり部数は0.61部まで減少… 新聞の発行部数動向(最新)」『ガベージニュース』2021/01/04  05:15,http://www.garbagenews.net/archives/2013226.html

 この記事に提示されている図表から,つぎのものを引用しておく。ご覧のとおりであって,21世紀になってからというもの,新聞(紙)がみごとといっていいほど凋落傾向をたどってきた事実が描かれている

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 補注)なお,2020年7月度における全国紙4社(および準全国紙1社)の部数内訳は,つぎのとおりである。( )内は,前年同月比。

 

  朝日新聞:501万3399部(-43万6688部)
  毎日新聞:211万7818部(-22万7630部)
  読売新聞:749万8690部(-47万5480部)
  日経新聞:206万9670部(-22万9851部)
  産経新聞:128万4320部(-  8万  558部)

 

 全国の日刊紙の発行部数は,3137万部である。この1年の減部数は約214万部である。東京新聞社の分(約42万部を発行)が5社消えた規模の減部数である。

 一般紙は2004年位までは前年比マイナスプラスを行き来していたが,2005年以降はマイナスのまま推移している。奇しくもこの「2005年」は【民放連曰く「諸君らが愛してくれたテレビの広告費は減った。何故だ!?」】でも解説した,テレビCMの単価低迷傾向が始まった時期と一致する。同じタイミングで普及率の上昇が始まったインターネットや携帯電話の影響が,少なからず及んでいることは間違いない。

 最新値となる2020年は一般紙・スポーツ紙ともに記録のあるなかでは最大の下げ率を示してしまっている。結果として当然のことながら,新聞全体としての下げ率も最大のものに。10年以上プラス圏に復調していない状況をみるに,可及的速やに,かつ有効な手立てを講じる必要があることに違いはない。

 ともあれ,「紙媒体の」新聞には辛く,きびしい時代が続くに違いない。もっとも昨今新聞業界界隈でみられる業界全体としての我田引水ぶりな挙動や,業界関係者の行儀の悪さの露呈がこれを原因とするのなら,大人げない話でしかない。(以上,任意に特定の段落を引用)

 さて,この引用中の最後で,「新聞業界」「全体としての我田引水ぶりな挙動や,業界関係者の行儀の悪さの露呈」は「大人げない話」だと指摘がなされていた。

 安倍晋三前政権から菅 義偉現政権への自民党公明党の野卑・下劣な合体政権がつづく日本の政情のなかで,第4の権力と表現されているマスコミ・メディア側の「権力者への忖度的な堕落」の程度(体たらく)ときたら,ひどすぎた。

 一方で,まるで権力者の端女(はしため)のごとき振るまいを進んでおこなってきた新聞社じたいがあると思えば,他方で,個々人のジャーリストの次元でも権力者のための幇間役を喜んで果たしてきた者たちもわんさと存在していた。

 なかでもいまもひどい新聞社は読売新聞社産経新聞社(そしてのこの系列の地方紙)であって,「権力と一心同体」の報道機関)であるかとみまごう報道の姿勢を採っている。さらに,両新聞社ののTV局版のほうでいえば,日本テレビやフジテレビ(とこの系列地方局)の言論機関としての立場も,同上であった。

 くわえてひどく堕落した報道機関としては,本来,国営放送局でないにもかかわらず国営的な立場に徹してきたNHKの権力追随ぶりを挙げておく必要があった。このNHKはみていられないほどの自堕落さを,日本のみならず世界中に向けて発信している。ゆえに,国家の「イヌ,アッチ,イケー!」と罵倒され蔑称されている。

 「社会の木鐸」として「第4の権力」を堅固に設営していなければならない日本の新聞社の布陣が,政府権力側とべったりである『読売新聞』と『産経新聞』『日本経済新聞』・対・『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』(以上かなり図式的に単純化しているが)に完全に分化している。

 この言論界(新聞業界で)の状況は,現在の自民党政権において首相である菅 義偉の「極端なまでの無教養でデタラメな圧政」を,そのまま許している「日本の政治の惨状」を招来させてきた。

 2)「どちらが優勢か…新聞広告とインターネット広告の『金額』推移をグラフ化してみる(最新)」『ガベージニュース』2020/12/18 10:16,http://www.garbagenews.net/archives/1975650.html

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 インターネット広告費の額面が新聞広告費を超えた月は2011年3月に始まり,全部で101か月分(直近の2020年10月分まで)。そして,2013年に入ると2月以降は継続してインターネットの優勢が続き,2013年11月と2014年1月にイレギュラー的に逆転現象が起きた以外は,インターネット広告費が優勢の月が続いている(2014年2月以降,81か月連続)。

 2020年の春先以降は新型コロナウイルスの流行による経済活動の沈滞化の影響を受けたと思われる特異な減少が生じているが,よくみると新聞広告費は2020年4月から大幅な減少がみられるのに対し,インターネット広告費は同年5月に入ってからとなっている。同じ広告でも新聞とインターネットで影響が生じるタイミングがずれているのは興味深い。(引用終わり)

 いまの時代,高齢者(65歳以上の人たち)でも昔からパソコンを上手に,高度に使いこなしている者はいくらでもいる。また,スマホはそろそろ,どの世代の人たちにとっても生活必需品となってきた。若者たちが新聞を取らない・買わない・読まないという習慣は,だいぶ以前からの事実である。

 当然のこと,主に家庭・世帯単位で購読され,そしてとくに宅配されている日本の新聞は,その購読者数を21世紀に入ってからは顕著に減少させてきた。若者たちのなかには新聞にくわえてTVも視聴しない者たちが増えている。最新の実証的な調査・研究によると,ただしこういうひとつの結果も報告されている。

 ※-1  “テレビ” 離れといわれているが,テレビコンテンツを観ている人が半数以上〔はまだ居る〕。


 ※-2 テレビ(受像機)も録画機器も所有している学生は多いが,視聴習慣がない人は,それが揃っていてもテレビコンテンツをみない〔それでもNHKは受信契約をしろと強要しているが……〕。


 ※-3  「視聴習慣にかからず家族でテレビコンテンツをみていた」→現在は1人で視聴するスタイルに変化。

 註記) 「今どきの大学生のリアルなテレビ視聴の実態【産学連携PJ】(前編)」『Screens』2019/12/16 17:00https://www.screens-lab.jp/article/21951 〔 〕内は引用者補足。

 補注)昔みたく1台のテレビを家族皆でかこんで観るという風景は,いまではどの家庭にでも共通するといった生活の実相ではなくなっている。テレビの放送を視聴できる機器は各種各様に与えられており,個人ごとに視聴する時代にもなっている。

 もっとも,引用した前文において調査対象になった若者(高校生・大学生)は,もともと学生時代の時期に個人で新聞を月決め契約で購読することは,もともとほとんどありえないとみなせる。彼らは,自宅で家族と同居する者であれば,父母が購読している新聞紙を読むことはある,という程度にしか新聞には接していない。

 以上,新聞紙という紙媒体の凋落傾向について若干言及してみた。今日のこの話題を書こうとしたきっかけは,とくに今週の連休明け1月12日に,本ブログ筆者の自宅で仕事の関係もあって購読している2紙,『朝日新聞』と『日本経済新聞』を開いてみて抱いた感想にあった。しかし,この点じたいは,以前から継続的に気づいていたことがらでもあって,とりわけ,このごろの新聞広告には「全面広告」がとても多くなっている点が目に付いていた。

 昔から新聞紙への全面広告,それも全国紙に出す全国向けのその広告料は高いという常識(理解)があったが,最近における大手紙の紙面に “氾濫している” と形容してもいいような全面広告の多さには,あらためてビックリさせられてきた。

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 上の画像資料は『朝日新聞』1月12日朝刊14-15面の2面を使った「オリックス生命の全面広告」である。この広告画面の内容は,現物そのものをみるとしたら,ずいぶん大きな活字がたくさん使われていると感じるはずである。これ以外のほかの面にも各社が全面広告を出しているが,こちらの紙面についても同様に感じるはずである。この事実からは多分,広告料の値段が下降している(大幅に安くなっている)点を推察させるに十分である。

 なお,この『朝日新聞』1月12日朝刊は28面構成(「見開きで裏表が4面に構成・印刷されている紙面」でいえば,この7枚重ねとなる朝刊)の新聞紙として配達されていた。以前(だいぶ前)から,新聞の紙面「数」が少くなっていた点と,これに並行して全面広告そのもののほうが増えだしていた点に関してならば,誰でも気づいていて当然だったといってよい「紙面全体」に関する変化の模様であった。

 この『朝日新聞』の場合だと,前段のオリックス生命のこの「2面にまたがる全面広告」以外にも,「1面だけの全面広告」だと,6面,9面,10面,12面,(上の14-15面 ),16面,19面,20面,23面の都合8面あった。「 」も足してみれば,全面広告に当たられていた紙面は都合10面になる。

 その広告じたいが「朝刊全体の紙面」において占める分量の合計を量ってみるとしたら,このさい,そのほかの記事下広告などもすべて加算するとしておくが,だいたいでいえば,要は,全体の28面のうち,半分近くの紙面は広告が陣取っている。

 補注)なお『日本経済新聞』1月12日朝刊の紙面構成も全28面であったが,全面広告は,6面,10面,14面,18面,20面,22面,24面の都合7面であった。日経の場合,経済情報を掲載する紙面が通常は多いが,この12日は連休明けの日であったゆえ,それに相当する紙面はなかった。

 おおまかな話となるが,日経のほうが朝日より紙面・頁数がいくらか多めである日数が多い。というのも,株式市場や商品市況に関する情報を掲載する紙面が占める分が多いせいである。たとえば翌日の1月13日,日経と朝日の朝刊におけるその紙面(株式市場や商品市況)の比率をみると,目検討による判断をするが,それぞれが日経が6面分くらい,朝日が2面分くらいである。

 1月「12日と13日」の紙面頁数は,朝日の場合「28面と30面」,日経の場合「28面と36面」であった。日経の場合,1月13日になると,株式市場や商品市況に関する情報を掲載する紙面の分だけ,そっくり増えている。

 ところで,ユーチューブの話題に移るが,清水有高が主催する『一月万冊』という動画記事があるが,これに多数回出演する相手(ゲスト)の1人に本間 龍がいて,この人が,先日こういっていた。「新聞紙は広告を確保しないと紙面全体の構成・編集ができない」と(これは文意でとらえ表現した)。

 本間 龍のその指摘で理解できたことは,大手紙であっても発行部数が凋落の傾向にあるなかで,広告媒体としての役割・機能が,とくにネット業界に蚕食されてきた状況なかでは,(おそらくだが)広告面の販売単価を相当に値下げした状況に追いこまれている。

 そのなかで,広告主から出稿してもらった広告のうち,かなりの件数を「全面広告・化」したかたちにしてもらっている。さらにそうして,毎日発行する紙面(いままで減らさざるをえなくなっていた紙面・頁数そのもの)を,これ以上はなるべく減らすことがないように,つまりは〔かなり苦しい対策というか〕工夫をしている。

 ともかく,新聞紙は昔みたく高い単価では広告を取れないし,しかも広告そのものが(日本の産業経営の不振もあって)集まりにくくなっている状況になっていると観察できる。そのなかでの対策となれば,全面広告の単価(原価)を安くしてでも,これを必要最低限は確実に確保しておかないと,紙面「全体の頁数」がうまく維持できないという事情が生まれていた。

 最近でも40面以上になる朝刊が,朝日でも配達される日がまったくないわけではないが,昔に比較したら,朝刊・夕刊ともに新聞受けから取り出したとき自分の手に感じられる新聞の重さは,以前と違ってずいぶん軽くなった。

 新聞社の経営は読者が減少していく傾向のなかで経営が苦しい。広告は全面広告をどんどん出稿させてもらっても,おそらくの単価を相当に値下げしていると思われるから,それほど儲かるというわけでもない。そうなると紙面・頁数を減らすほかない。だが,読者のほうからすると毎月の購読料は変っていない。ただし『読売新聞』は先年に値上げしていた。

 読売新聞社は,2019年1月1日から月決め購読料を値上げしていた。朝夕刊セットは4037円から4400円,朝刊単体は3093円から3400円となっていた。この値上げの理由は全国の販売店で,経営難と従業員不足が深刻化しているためだと説明されていたが,用は購読者数の絶対的な減少がその主な理由であった。

 値上げをしなくとも,紙面・頁数の減少は「紙代とインク費」の節減になり,さらに回りまわっては,関係する編集作業そのものがその分だけ減少するので人件費の減少になる。まあ,すべてが削減・縮小の道程をたどっている。いずれにせよ,IT時代における紙媒体として新聞紙が,どのように変身していくか,抜本的な改革が迫られている。

 さて,新聞各社のインターネット紙面はそれなりに工夫のあとがみられるが,時代の流れのなかで紙媒体としての新聞紙発行とネット記事との折りあいとを,どのように創発的にからみあわせて進展させつつ,読者を獲得していくか,これに意欲をもってかからないことには,いずれ紙媒体:新聞紙のほうは野垂れ死にする可能性がないとはいえない。

 現状において,経営じたいが苦しくなっている新聞社が「第4の権力」の地位にありながら,時の政権に対峙する基本姿勢が業界全体では支離滅裂な実態にある。そのために,現状における日本の政治をヨリいっそうダメ化させる真因を提供している。『読売新聞』や『産経新聞』のように,安倍晋三や菅 義偉のチアーガール的な演技を,率先して喜んではたしているようでは,用なしの「新聞社である新聞紙だ」といわざるをえまい。もっとも,2流紙として存在することまで否定はしないが……。

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