天皇制問題と石原慎太郎

             (2009年4月2日,更新 2021年1月23日)

 天皇制問題にわが物顔で口出していた石原慎太郎の横柄・専横・無恥・傲岸

   要点・1 天皇制・皇室・皇族などにかかわる諸問題は,どのようにとりあげられ,議論され,批判されればよいのか

   要点・2 民主主義国家体制である日本における「天皇問題の本質」はなにか

   要点・3 21世紀における天皇天皇制問題を視座に据えた議論の必要性

 

  成婚パレード投石事件:1959年4月10日

 「別冊歴史読本」第34巻第4号『天皇・皇室事件史デ-タファイル』新人物往来社,2009年1月は,明治・大正・昭和・平成-歴史的社会的事件を通して,天皇家と国民の関係を考える」という読本である。天皇・皇室に発生した「75の事件」をとりあげている。そのうち,第55目に挙げられた事件が「成婚パレード投石事件(1959〔昭和34〕年4月10日)」である。

 ここで,1959年4月10日の〈成婚〉とは,現在〔2021年であれば先代〕の天皇である明仁が正田美智子と結婚したさい,皇室行事にかかわってゆきかった〈用語〉である。当日,天照大神の「霊が宿る」と信心される賢所で結婚式を済ませた明仁夫婦は,つづけて,昭和天皇に対する〈朝見の儀〉においてその儀式を終えたことを報告する儀式を執りおこなっていた。

 新しく夫婦となった彼らはさらに,馬車に乗り皇居を出て,いよいよ国民に対するお披露目のパレードに移った。半蔵門から四谷見附を経て,東宮仮御所に至る約3キロの道のりの途中,このパレードの行列が二重橋から祝田橋に向けて右折したとき,ひとりの少年が皇太子夫婦の乗った馬車に駆けよって,石を投げる事件が発生した。

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  付記)写真・上(  ↑  )は明仁夫婦の馬車に投石する少年の姿。 

     写真・下(  ↓  )はその直後の場面。

 

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  出所)「この『天皇制に石を投げる世代』を,今でも真っ直ぐ書けますか? ~『週刊現代』創刊第3号の白眉となった特集記事~」『正岡貞雄』2016年07月23日,https://minkara.carview.co.jp/userid/1135053/blog/38264981/

 犯人の少年は事件後,検察庁からは刑事訴追されず,その代わりに「精神鑑定」を受けさせられた。つまり「あの日彼がやったことの意味を社会の空間から “フェードアウト” させる手段だったようにもみえる」(160頁下段)措置をほどこされた。

 すなわち(要するに),皇室関係組織・政府当局・警察庁検察庁などは,皇室の重要行事にミソを付ける事件を起こしたこの少年を「精神障害のある人間」扱いする措置によって,皇室の高貴さ・高潔さに異議を申したてた〈なんらかの意味〉を闇のなかに放りこんだつもりなのである。

 補注1)前掲『天皇・皇室事件史デ-タファイル』の161頁にも,投石した少年が逮捕される光景を撮影した写真が掲載されているが,不鮮明なので引用しない。

 補注2)前段(最後)の記述,天皇天皇制問題に疑義を呈したり,批判したりする「日本人・民族は元来いないはずだ」という宮内庁的な世界観の中空的飛躍性については,さらにあれこれの本格的な議論が要請されている。

 ここではとくに,「反天皇制の立場・思想」をめぐる事歴を簡単に説明しておく。日本は民主政のお国であるから,誰がどのような政治的な信条を抱こうが自由であり,これを否定したり排除することは許されない。天皇が好きだという人もいるし,嫌いだという人もいる。要は,人皆好き好きに属する話題である。

 もしも「嫌いだ」と公言したら,そして前段で触れた事件のように具体的に,明仁夫婦の結婚パレードの時に彼らが乗った馬車に投石する行為に走ってしまった少年が居たとしたら,この者をただちに「精神障害のある人間扱いにする措置」というものは,実は,むしろこちらのほうが「国家精神側においてこそ,なんらかの政治理念的に基本障害がある対応であった」というほかない。

 その措置は,天皇天皇制じたいを〈無条件に至上の絶対価値〉とみなす「完全に錯誤した政治思想」のもとづいて採られていた。したがって,この治安警察的な対応そのものを無関心にいつまでも許していたら,民主主義など土台から成立しえない。天皇の存在を日本国憲法のなかでどのように解釈し,位置づけるかといった課題とは別個(つまり別枠)でもって,かつまたもとより同時並行的にも,そのようにきびしく指摘しておく必要がある。

 天皇天皇制の実在をめぐっての「好き・嫌いの政治意識」が「問題になる」さい,その好悪に関する「一定・特性の感情あるいは信念,立場,思想」を表明した相手を,ただひとくくりにして,なかでも「悪感情」を支持する者をいきなり「国賊的不敬者」のようにみなす時代錯誤は,問題外の国家主義的一辺倒の心理機制であって,民主主義の国家体制にあるこの国のなかで許されてはならない反動的な政治姿勢である。

 それはともかく,明治の時代に意図して「創られた天皇制」は,時代が大正・昭和・平成と進むにつれて,それ相応に多くの出来事(問題や事件)を起こされざるをえない「日本の政治機構でありつづける特性」をもっていた。天皇天皇制はその種の政治的な宿命を背負ってきているのであり,いま・現在においてもまったく同様に,実在しているわけである。

 以下には,本日のこの記述の話題に関連する時代背景を,ごく大まかにでも理解・把握してもらうために,つぎのような諸項目を解説しておく。大雑把な内容であるが,大約的に天皇天皇制問題の深淵をのぞくためには役立ちうる「概要」だと思う。

 a)「反天皇の問題」を考えるための諸概念・諸用語-これらはいずれも,まったきに〈今日的な話題〉そのものであるか,あるいは今日的な問題として過去からずっと引きずってきている諸論点・諸困難であった-

   天皇制廃止論 民主主義
   君主制廃止 共和主義 信教の自由
   政教分離 平等主義
   身分制度 家制度 家父長制 女性差別 言論の自由
   菊タブー 日本帝国主義
   天皇ファシズム 反日感情 朝鮮独立運動 昭和天皇の戦争責任論

 b)「組織」的な反対運動-学校では若者たちに対してけっしてまともには教えられない「近現代史における関連動向の記録・史実」-

  日本共産党 ⇒〔19〕22年テーゼ・27年テーゼ・32年テーゼ・日本人民共和国憲法草案。
  新左翼(反皇室闘争),反天皇制運動連絡会反天皇制全国個人共闘・秋の嵐

 c)「人物」-日本側から観たら間違いなくテロリストだった朝鮮人たち,あるいは,日本人であったが天皇制を根源から批判した日本人自身たち-

 白 貞基,難波大助,李 奉昌,奥崎謙三,師岡佑行,菅 孝行,加納実紀代,加藤三郎,天野恵一,堀内 哲(未知の人物がいる場合は,ウィキペディアなどをググってほしい,精粗の差があるが,それなりに全員が解説されている)

 d)「関連事件」

  1910年代 幸徳事件
  1920年代 虎ノ門事件 朴烈事件 二重橋爆弾事件 (1924年)
  1930年代 桜田門事件 上海天長節爆弾事件
  1940年代 プラカード事件
  1950年代 京大天皇事件
  1960年代 昭和天皇パチンコ狙撃事件
  1970年代 第1次坂下門乱入事件 日光皇太子夫妻襲撃事件 虹作戦
        第2次坂下門乱入事件 ひめゆりの塔事件 風日祈宮放火事件
        東宮御所前爆弾所持事件 平安神宮放火事件 梨木神社爆破事件
        神社本庁爆破事件 北海道神宮放火事件(未解決)
  1980年代 桧町公園事件(反天皇への攻撃未遂) 迎賓館ロケット弾事件
        東郷神社爆破事件 中央自動車道切り通し爆破事件

  1990年代 八王子市陵南会館爆破事件 皇居外苑汚物散布事件
        国体開会式発煙筒事件 京都寺社等同時放火事件
  2010年代 韓国による天皇謝罪要求

 e)「関連作品」(映画作品)
   『ゆきゆきて,神軍』1987年 『新しい神様』1999年

 f)「関連項目」天皇問題に関する用語-

   天皇制 君主制 皇室 日本国王 自由民権運動
   皇国史観 国家神道 大逆罪 大逆事件 不敬罪
   共和演説事件 天皇機関説事件 内村鑑三不敬事件
   極東国際軍事裁判 象徴天皇制 嶋中事件(風流夢譚事件)
   靖国神社問題 天皇事件

  註記)以上は,https://ja.wikipedia.org/wiki/日光皇太子夫妻襲撃事件  を参照し,引用者なりに適宜に再整理しつつ,列記した。

 

  石原慎太郎と投石事件

 1) 投石した少年と石原慎太郎

 さて,記述している「成婚パレード投石事件(1959〔昭和34〕4月10日)」については,当時,石原慎太郎が関連する発言を残している。石原は『文藝春秋』1959年8月号に「あれをした青年」というエッセイを寄せ,こう述べていた(161頁下段)。

 天皇が国家の象徴だなどという言い分は,もう半世紀もすれば,彼が現人神だという言い分と同じ程度笑止で理の通らぬたわごとだということになる,というよりも問題にもされなくなると,と僕は信じる。

 

 彼を取調べ,彼を裁き,彼を気違いという名目(?)で放り出した人たちも同じだったに違いない。彼のいうとおり現代では狂っている人間がまともで,まともな奴がおかしいということを誰もが感じているのだ。

 --1959(昭和34)年4月1日午後2時36分,明仁新婚夫婦が乗ってパレードする馬車に投石した事件を起こし,皇室の大事な天皇位後継予定者の結婚行事にケチを付けた少年(当時19歳)について,解説しておく。前掲してあった画像資料2点を,もう一度観てもらいたい。

 当日,約73万人もの観衆が見守っていた。皇太子夫妻が乗った成婚パレードの馬車が二重橋を出て祝田町方面に向かったとき,ある少年がこぶし大の石を投げ,駆け寄って馬車に乗りこもうともした。この少年はただちに暴行現行犯で逮捕された。当時,急速に普及しはじめていたテレビの生中継が,この突発事件をそのまま報道した。

 少年は逮捕後,「東宮御所の新築に2億3千万円の税金を使ったと聞き,憤慨した。結婚式のバカ騒ぎも面白くない。2人をひきずり降ろして,メチャメチャにしてやろうと思った」と,その動機を供述した。少年は東京都杉並区に住む大学浪人生。長野県の伊那北高校を卒業し,同志社大学を受験していたが失敗,ガソリンスタンドでアルバイトをしながら勉強していた。

 彼は未成年だったので2年間の保護観察処分になり,故郷の長野県長谷村に帰された。「不敬罪」がない時代に石を投げたくらいでは「身柄保護」の対象にはならない。ところが,警察は苦しい口実を考え出し,少年を「精神分裂病」にした

 石原慎太郎(作家で,のちに東京都知事)は,1959年6月4日夕刻〔この2年前の一橋大学学生時に『太陽の季節』で芥川賞受賞〕,長野市である講演を終えて宿に戻るとしばらくして,その「投石少年」の訪問を受けた。この「投石少年」は自分の気持を誰かに解かってほしいと石原を訪ねたらしい。

 そのときの両者の会話が『文藝春秋』昭和34年8月号に「あれをした青年 4月10日,皇居前で私はなぜ石を投げたか」と題して記載された。石原はこの寄稿で,少年(青年)が話したとおり会話を忠実に再現している。

 前述にも述べたとおり,その後「投石少年」は上京し,建築関係の会社に就職すると,数日後に刑事が訪ねてきた。彼は居づらくなり,職を変え転居した。だが,また,刑事が訪ねてきた。周りの人の態度も変わる。また住居を変え,職については前歴などを詮索しない水商売の世界へ入った。バーテン見習いからバー1軒まかされるマネージャーになった。

 註記)http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/rikidouzan.htm 参照。

 皇室に対する「〈不敬罪〉的な行為」を〈犯した者〉は,関係当局がその身辺を監視しつづけ,まじめに働こうとしても妨害する生活環境に追いこんでいた。なによりも,彼=少年・青年がそのように国家に処遇される事由は,神聖にして侵すべからざる「皇室」の高貴さ・卓越性にあるらしい。

 いまの日本国に不敬罪はないけれども,「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴国民統合」である天皇およびその一族に対して,誰かが否定的になにかを考え,具体的に言動すると,そのように「一生そいつがまともな生活などできない」ように措置・報復してやる,という国家の態度が執拗に明示され実行されつづける。

 話は石原慎太郎の発言に戻る。--この石原が当時「僕は信じる」といったこと,つまり「天皇が国家の象徴だなどという言い分は,もう半世紀もすれば,彼が現人神だという言い分と同じ程度笑止で理の通らぬたわごとだということになる」といった。それからちょうど半世紀が経ったいま〔1959年→2009年(今年は2021年だが)〕,石原のそういった断定を,日本人・日本民族はどのように受けとめるのか? 石原は当時の発言としてだが,皇室を「笑止」千万と決めつけていたのか?

 2) オリンピック招致と皇室利用の問題

 つぎの話題は,〔当時の問題〕「2016年夏季〔オリンピック〕五輪」東京「招致」に関連させて,東京都知事石原慎太郎がもち出した「皇室・皇族」の関与問題である。2008年7月22日,東京都議会民主党は幹事長田中 良名の文書をもって,「オリンピック招致に皇室の関与を求める石原知事に申し入れ」を,以下のようにおこなっている。

 補注)東京オリンピックの開催は2020年(7月下旬から8月上旬)を予定していたが,新型コロナウイルス感染拡大「問題」のために1年延期となっている。そして,2021年に入ってもコロナ禍が収束するみこみがついていない現状(今日は2021年1月23日)では,そろそろもういい加減に「その開催が不可能である覚悟」を迫られている。

 都議会民主党は,「総会決定に基づき,オリンピック招致活動に皇室の関与を求める石原知事の姿勢は」「皇室を政治利用し,オリンピックに関する一切の議論を封殺するがごとき危険な側面をもつ」として,「石原知事による皇室へのオリンピック招致活動の協力要請について」警告している。その文書の後半を引用しておく。

 都議会民主党は,平成18〔2006〕年12月,知事が自らの選挙と結びつけてオリンピック招致に皇太子ご夫妻への名誉総裁就任を要請する意向を示したため,「不謹慎」とする談話を発表し,平成19〔2007〕年第1回定例会においても,軽々に皇室を利用するがごとき知事の手法を戒めています。

 

 現在,晴海のオリンピックスタジアム建設や豊洲の土壌汚染問題に関連しての築地のメディアセンターの配置など,現行計画に様々な疑問や問題がある中で, 「皇太子が日本のために一席弁じてもらうことに反対する人は誰もいない」等の知事の発言は,皇室を政治利用し,オリンピックに関する一切の議論を封殺するがごとき危険な側面をもつものです。

 

 東京は,他都市に比べ都民の支持が低いためか,自らの選挙公約でもあるオリンピック招致に皇室の関与を求め続け,宮内庁批判を繰り返す僭越な知事に,招致委員会会長としての立場を顧みて反省を促すとともに,品位を保った招致活動に勤しむよう,今,改めて求めるものです。

 --いわく「不謹慎」「軽々に」「政治利用」「僣越」「品位」など,皇室・皇族に対する「人びと〔平民?〕の発言」になると途端に,特別に慎重な配慮が要求され,とびきりきびしい謹直な姿勢についても言及される。はたして,東京オリンピック招致にかかわって提示されている「石原慎太郎の皇室に対する姿勢」は,都議会民主党が単に指摘する問題性を越えて〈諸刃の剣〉の性格を有している。

 天皇は,日本国憲法において規定されている「形式的な行為」〔 a)  国会の指名にもとづいて内閣総理大臣を任命する,b)  その指名にもとづいて最高裁判所の長たる裁判官を任命する,c)  内閣の助言と承認により国民のために指定された国事に関する行為をおこなうこと〕以上に,これらを逸脱した「政治的行為」は許されていない。

 しかし,日本国憲法第1条から第8条までにあるそうした規定が完全に厳守されているわけではなく,海外からみると「皇室関係者の政治的な行為」は,当然のことのように「元首のなす行動」に映っている。

 また,皇室関係者にしても政府当局にしても,皇室の人間たちには憲法規定上予想もされないはずの「政治・外交的な効用発揮」を期待していないとはいえない。実際にはこの期待が現実的に表層に登場し,発揮されていることもしばしばである。

 たとえば,「日本赤十字社名誉総裁皇后陛下,同名誉副総裁秋篠宮妃殿下,常陸宮妃殿下並びに高円宮妃殿下をお迎えして,『平成19年全国赤十字大会』が開催されました」という記述がある(http://koshitsu.jugem.jp/?eid=253)。

 日本赤十字社の活動に皇室関係者を動員するのは,その政治利用にはならないという認識である。ちなみに,日本赤十字の「社法・定款」には,こういう記述がある。ここでいう〈中立性〉とはなにに・誰に対するものか?

 日本赤十字社法日本赤十字社は,昭和27年に議員立法による単独法として日本赤十字社法が制定されたことにより,中立性をもった人道的な活動を行う認可法人として活動しています。

 註記)http://www.jrc.or.jp/about/teikan/index.html

 

  石原慎太郎天皇を「玉(ぎょく)」とみなす認識

 当時,2016年オリンピックを東京に招致し,都知事を辞めるまえに自分の大きな手柄を上げておきたかった石原慎太郎,その本心では「皇室いかほどのもの」という気持を抱いている。前述のように彼は「現人神」も「象徴」も笑止で理の通らぬたわごとだと断定していた。それでも,21世紀におけるオリンピック東京招致のためである,なんでも「使えるものは使えばいいじゃないか」と,彼はいいたいのである。

 もっとも「不敬罪」的な心情を捨てきれない「旧套的皇室観の持ち主たち」は,そうした石原慎太郎の傍若無人の言動ぶりにハラハラさせられている。なにせ相手は,百戦錬磨・無頼漢的要素たっぷりのわがまま小説家都知事である。此奴に向かっては,うっかりものもいえずに躊躇している。というよりも,反論したくても,おっかなびっくりで,ともかく用心深く対応せざるをえない。

 東京へのオリンピック招致に関連して,宮内庁東宮職トップの野村一成東宮大夫は,2008 年7月4日の定例記者会見で,現「皇太子(徳仁)」に協力要請をする方針を示した石原都知事に対して,「招致運動というのは政治的要素が強く(招致運動の段階から)皇太子殿下がかかわることはむずかしい」と否定的な考えを示し,そのうえで日本「政府内でしっかり詰めるのが先決だ」とも述べた。

 つぎに,内閣総理府の直轄下に配置されている宮内庁の組織図を紹介する。

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 これに対して,例によって鼻っ柱だけは百人前ほどにも強い慎太郎いわく,日本「政府が正式に申しこんだら別な話だと思うね。宮内庁ごときが決めることじゃない。国家の問題なんだから。木っ端役人が,こんな大事な問題,宮内庁の見解で決めるもんじゃない」と鼻息も荒く語った(『朝日新聞』2008年7月5日朝刊)。

 もっとも,木っ端役人と貶められた野村一成東宮大夫〔この〈大夫〉は「たいふ」と読むが,まことに時代がかった封建制的職名である〕が,この石原の侮辱的言辞にどう応えたか本ブログの筆者は,これ以上にはしらない。

 こうした石原都知事の発言に対しては,「五輪なら謙虚な説得を」もって応えよと,同じ朝日新聞の投書欄に意見を寄せた主婦もいた(『朝日新聞』2008年7月9日朝刊「声」欄)。

 結局,石原も石原ならば,宮内庁宮内庁東宮大夫の野村〕。両者ともに自分〔たち〕は特別の存在・組織だと思いこむ意識だけは格別である。両者の交わすかけ合いを端でみている分には面白いけれども,いずれにせよ,彼らに特有な高慢さ・倨傲さばかりが鼻につく。

 日本政府はその後〔2008年1月下旬〕,新銀行東京で大失敗しており,都民の税金800億円も無駄遣いしても平然〔泰然自若?〕としていられる石原都知事,この人物が招致したいという「東京オリンピックの計画」に対して,「日本国政府は,東京オリンピック組織委員会財政赤字が生じたばあい,関係国内法令にしたがって,最終的に赤字を補填します」と協力姿勢を示している。

 東京で1964年に開催したオリンピックを再現させたいからといって,この効果によって日本がどのくらい元気になれるのか,現在の世界同時不況のなかではその予見すらままならない。専門家の分析〔社会経済的効果〕もまだきちんと示されてはいない。慎太郎の自己満足のためにオリンピックを東京に招致できて開催したからといって,いまどん底に停滞・低迷しているこの国を浮上させうる,救命具のひとつでも提供できるみこみがあるのか。

 補注)今日〔2020年1月23日〕も新聞朝刊などには,もうそろそろ,コロナ禍のために,1年延期になっている東京オリンピックの開催は無理だという論調の記事が出はじめてきた。日本が “1964年東京オリンピックの夢をもう一度” ではないが,「後進国向けの国家昂揚策として五輪」を,どうしても再び開催しなければならない理由・事情などない。

 それよりも政府や都がいまなすべき仕事は,コロナ禍のせいで非常に苦しめられている「大部分の国民たち・都民たち」を,いますぐにでもできうるかぎり救済することが最優先されるべき,まさに緊急課題である。

 だが,菅 義偉にしても小池百合子にしても森 喜朗にしても,未練がましいことこのうえないのだが,1年延期あつかいになっていた「2020東京オリンピック」の開催を願う態度を,いまだにあらためていない。つまり,現状のごときコロナ禍の災厄に見舞われている日本国中の惨状は,彼らの網膜にはまともに映っていない。

 とくに菅 義偉はとても不可解なことに,しかもその真意は別にあるにせよ,今〔2021〕年の夏に『人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証』として,くわえては「東日本大震災の被災地が復興をなしとげた姿を世界に向けて発信する場にしたい」として「東京で五輪・パラリンピックを開催するとの決意」を,いまさらのように語っていた

 新型コロナウイルス感染拡大「問題」が,菅 義偉個人の手に負える疾病でないことは,贅言を要しない。また,東電福島第1原発事故の後始末は,事故発生から10年を迎える現段階になっても,まだ肝心な部分がろくに片付けられないままである現状も,彼は全然踏まえずに発言している。

 前段のように「東日本大震災の被災地が復興……」などと謳うことじたいは勝手である。だが,その事故現場にはまだ,「破壊された原子炉(格納容器・圧力容器)」の底部に残骸:デブリはそっくりそのまま置かれている。

 つまり,この事故現場に関していえば,いまでは「百年単位での事業」を意味するほかなくなっている「〈廃炉工程〉の開始から終了まで」の問題は,「現場作業」に対して桎梏でありつづけている「技術的な至難さ」(残存しつづける放射性諸物質がもたらすその悪影響)のために,これからの展望がまともに開けないでいる。

 

  日本の天皇制-過去と現状-

 鈴木邦男が公刊していた著作に『「蟹工船」を読み解く―魂の革命家小林多喜二-』データハウス,2009年3月6日があった。関連させていえば,小林多喜二は,戦前日本の国家全体主義体制における資本主義的現実を,自身の小説のなかに描いた「国家権力の手」そのものによって虐殺されていた。

 戦前の治安維持法は,天皇天皇制(国体)と資本主義私有制度に反対する思想・言論・行動を徹底的に取り締まる法律であった。明治以来の日本帝国は,資本主義への道を歩み始めるに当たり,国家体制をまとめあげるための政治的道具に天皇制を利用した。

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  付記)小林多喜二こばやし・たきじ,1903年12月1日-1933年2月20日)の遺体をかこむ遺族たち。

  それも,石原慎太郎がオリンピック招致問題において皇室を利用しようとしたのとは段違いに,明治政府も天皇天皇制を有効に活用することを思いたち,しかもその範囲内でしか民主主義を認めなかった。日本帝国は,明治初期の自由民権運動大正デモクラシーを経験するも,この民主主義をけっして全面的に導入させなかった。

 国家の宗教に神道国家神道皇室神道)を採用し,別途には神社神道なる教派を形成させた。それゆえにか,皇室内の神道行事と神社神道の境目はいまも判然としない。明仁皇太子(当時)と結婚した正田美智子は,国家的次元の手順を意味する天皇家神道儀式をとおして,受けいれられたことになる。美智子はキリスト教の幼児洗礼を受けていたのではないかと疑われた。

 敗戦という契機を与えられても,天皇天皇制を残存させえた日本国は,いつまでも皇室が日本民族の存亡を左右する《要》であるかのように誤認している。日本の歴史を通観するとき,明治以降の天皇天皇制が政治的制度として「異様に突出・肥大した事実」を正視しなければならない。

 ここで,半分は冗談めいた話法となる。それほど天皇の存在がすばらしいかったら,その霊験のあらたかによって「コロナ禍など一気に払拭できそうである」と,信じてみたいが,そうはいかない。このあたりの問題はあまり深く追求しすぎたりしないほうがよく,もしかすると「触らぬ神に祟りなし」なのかもしれない。

 --守屋典郎『天皇制研究』(青木書店,1979年)は,天皇天皇制をつぎのように批判する。

 世界史的には3世紀以上も遅れて,資本主義が世界的な支配的生産様式として発達した段階で生まれた絶対主義の,1つの存在形態である。封建制度の末期ではなく,また資本主義の初期でもなく,帝国主義の,しかも第1次大戦から第2次大戦にかけてのような資本主義の全般的危機の段階にまで絶対主義が存続したというのは,歴史の恐るべきアナクロニズムであるが,それが現実に存続したのが天皇制であった(127頁)。

 小林多喜二が虐殺された理由も,守屋典郎が以上のように,日本の天皇制が抱える歴史的本質を解説した点に求めることができる。

 いまどきの日本の皇族,なかでも現在(2021年1月段階では「先代」)の明仁天皇は,「絶対主義」とは無縁にさせられた自身の立場に関しては,それでもなお「半(!)・封建制度」的な存在たらざるをえない「天皇〔制〕の妙な立場」をよく理解していたと推測する。

 したがって,明仁天皇は,そもそもが「時代錯誤(アナクロ)である皇室」の現代化を,自分〔たち夫婦〕が中心になって今後も,いかに時代に即して進展させうるのかと,日夜苦悩していた。つまり,彼らは「皇族としての立場」=皇位を維持・発展させていくための努力を懸命におこなっている。

 とりわけ明仁天皇は,父の裕仁天皇がまさしく「絶対主儀的な半(?)封建制度」そのものの体現であり,その近代的変身体として「皇位の座」を守ってきたのとは対照的に,さらに「日本の敗戦」を念頭に置いたうえで,「皇室の現代的な蝉脱」を,彼なりにそして配偶者の助力もえてだが,必死になって意図・実現しようとする努力を重ねてきた。

 戦前体制のなかでは小林多喜二だけが殺されたのではない。ごく最近(ここでは2009年からいう時期になるが),本ブログの筆者が「ある高齢の経営学者」からもらった通信は,あの戦争の時代に自分の兄,近しい友人たちが「国家(旧・大日本帝国)」に殺された体験がある,と教えてくれた。

 彼は「天皇ということばを聞くのみで怒りが爆発します」と語っている。私信中の文章なのでこれ以上の紹介はできない。しかしながら,天皇制全体国家主義に殺されたのは,「反体制の立場」に立って言動をした「日本帝国」の「臣民」だけではなかった。

 戦争に往かされたが戦場で戦死・戦病死した将兵たち,日本全土へのB29空襲で殺された銃後の庶民たち,植民地・支配地域から引き揚げるさいに殺されたり・死んだりした日本人たちも,実は,天皇制全体国家主義の横暴な行状の結果として殺された,といえる。

 以前にも指摘したように「1将功なりて〔ならず!〕万骨枯る」などという程度で表現して済まされるような生やさしい「あの時代の歴史」などでは,けっしてなかった。このことを肝に銘じておかねばならない。

 庶民の目線からみあげるさい網膜に写りこんで来る,その「1将の子孫」に当たる人たちは,いまはとても幸せである生活を過ごしているかのようにみえる。それでも,「子ども〔それも男の子〕ができないのか」といわれたり,いまの「仕事が気に入らないからできないのだ」と,外野席からも不満・不平のつぶてが飛んでくる。さらには「元皇族の係累(男子のこと)を皇族に復帰させ,万世一系の貴重な家系を維持させればよい」とかいった内容の本を出版した元皇族の人間もいる。

 皇室一族には,1年間に国民の税金(皇室経済法によって支給される約200億円ほど〔なお全額非課税である〕)が用達・支出されており,彼らはこの国家予算を費消しながら生活をしている。つぎに紹介するのは,宮内庁が公表している「予算」関係の統計表や説明報告書である。 

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 いま,この国に住む一般人〔平民?〕のうち,かなり多くの者の生活が苦しく,衣食住の充足に不自由する者さえいる状況にある。ここ10年ほど(これは2009年時点の話)は,毎年の自殺者が3万人台を下らなかったが,そのころからは徐々に減少しだしていたけれども,2020年に始まったコロナ禍の影響のためか,同年の自殺者数は増加した。関連して最新のニュースを引用する。

     ★ 昨〔2020〕年自殺者,11年ぶり増 コロナ影響か,女性深刻 厚労省速報値 ★
  =『時事通信』2021年01月22日10時09分,https://www.jiji.com/jc/article?k=2021012200413&g=soc

 

 厚生労働省は〔2021年1月〕22日,警察庁の統計にもとづく2020年の自殺者数(速報値)が,前年確定値より750人(3.7%)多い2万919人だったと発表した。

 

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 自殺者は10年連続で減少していたが,女性の自殺が2年ぶりに増え,男女合わせた人数はリーマン・ショック後の2009年以来11年ぶりに増加に転じた。人口10万人当たりの自殺者数(自殺死亡率)も16.6人となり,11年ぶりに増えた。

 

 女性の自殺増の背景には,新型コロナウイルスの感染拡大による経済悪化などがあるとみられる。厚労省の担当者は「女性は健康や生活苦,家庭問題などを理由とした事例が増えている。相談窓口を拡充し,悩む人を支援機関にしっかりつなげたい」と話している。

 

 厚労省によると,男性の自殺者は前年比135人減の1万3943人で11年連続で減ったが,女性は同885人増の6976人だった。

 日本国・東京都は,2020東京オリンピックを開催したいがためにすでに3兆円もの経費をかけてきた。この開催が中止になったら,それがコロナ禍を原因にすることはともかくも,膨大な浪費を「たかが五輪のためにおこなってきた」ことになる。この五輪が中止になっても,その後始末のために数百億円,数千億円かかるとかかからないとか,さらなるドンブリ勘定的な話題まで登場している。

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