食べすぎる日本人であるが,食料自給率は4割弱,ジャパン・アズ・ナンバーワンではない時代の日本的な課題

             (2009年2月27日,更新 2021年1月29日)
 日本の食生活からみえてくる最近における文化全般のありかた-コロナ禍の時期に関係するその特徴と問題-

 

   要点・1 日本における人口・食料問題を考える

   要点・2 日本の食生活にうかがえる飽食と欠食(一部の豊かさと基底の貧しさ)が併存する

 

  西丸震哉『食べ過ぎて滅びる文明』1986〔1980〕年

 西丸の本書(文庫サイズ)は角川書店から昭和61〔1986〕年に刊行されていた。さきにPHP研究所から昭和55〔1980〕年に,書名『砦なき社会-わが野生的サバイバル思考』が原版(初版)として刊行されたあと,1986年版になると,高木東六が付した「解説-ぼくの西丸震哉アナリーゼ-」は,学際的に各分野に関する専門的に近い知識を兼ね備えている西丸が,驚くべき奇想天外の発想・柔軟な審美感覚を発揮する点を褒めあげていた。

 補注1)西丸震哉にしまる・しんや1923年9月5日-2012年5月24日)は,日本人の食生態学者・エッセイスト,探検家・登山家。

 補注2)高木東六たかぎ・とうろく,1904年7月7日-2006年8月25日)は,主に昭和期に活躍した日本の作曲家,ピアニスト。別名に鳥羽俊三(とば・しゅんぞう)

 1) 地球に生存可能な人数

 本ブログの筆者が西丸『食べ過ぎて滅びる文明』1980・1986年に関して注目する内容は,人口と食料の問題である。本文をひもとくといきなり,この地球上に「生存可能な世界人口は50億」人という小見出しが目に飛びこんできた(32頁)。

  1980年の時点で世界の人口は44億5千万人に達していたと推計されている。それより少しまえ,西丸がこの本の原稿を書いていたときはまだ,地球上に住む人口は43億人くらいであった。彼はそれから,20年経った20世紀末ころには70億人になると記述していたけれども,実際の推計によれば1999年の世界人口はほぼ60億人であった。

 「今日・いま」における世界の人口はどのくらいかと思い,刻々と人口の増加する統計を伝えているホームページをのぞくと,2009年2月27日〔本日〕午前6時40分ころの世界の人口は67億6266万余人と出ていた。

 この数値は,西丸の予想より少なめになっていた世界人口の増加状況をしらせている。たとえばその間,ロシアの人口のように1992年までは増加したものの,その後急激に減少しはじめた国もあって 註記),西丸の予想を下まわる数値を出す一因を提供してもきた。

 註記)ソ連はもとは,15の共和国が集まっていた連邦国家であった。しかし,社会主義国家遺体制が瓦解した1990年以降,つぎつぎとソ連から独立していった。ソ連から独立した国家は以下のとおりである。

   ロシア連邦

    ウクライナ  ベラルーシ共和国  モルドバ共和国

    エストニア共和国  ラトビア共和国  リトアニア共和国

    ジョージア  アルメニア共和国  アゼルバイジャン共和国

    カザフスタン共和国  キルギス共和国  タジキスタン共和国

    トルクメニスタン  ウズベキスタン共和国

 もっとも,世界中にはまだ,衛生的に清潔な飲料水が入手できなかったり,あるいは必要最低限の食料にもこと欠いたりする人びと〔これは世界人口のうち3分の1〕が大勢いる。これらの要因も世界の人口増加率予測にマイナス要因をもたらしてきたと思われる。

 西丸の記述に戻ろう。--2千年まえに2億5千万人くらいだった世界人口が10億人になったのは1830年,20億人になったのは1930年だった。その後,その増加率は速度を増し,1960年に30億人,1975年に40億人。このままの増加率で推測すると,20世紀末の70億人から2010年には80億人を突破する(実際は2009年で前段のように67億6千万余人)。

 補注)なお,2020年における世界の人口は78億人という推定値になっていた。

 2100年代の初期までに123億人以上に達するというみかたもある。ここで西丸が設定するのが,「このように人口が増加していくなかで,食糧との関係において人間が生存しうる数量的規模を考えたばあい,いくつかの前提条件を設定しておく必要がある」という論点である(32-33頁)。

 2) 日本の食糧自給率

 1980年までの話となるが西丸は「吹けば飛ぶよな日本の食糧自給率」に言及する。最近における日本の食糧自給率はさらに低下しているので,いささかならず深刻な問題としてこの話題を聞くことになる。

 日本は米だけは自給率平均100%をどうにか維持してきた〔ただし最近10年間はほぼ95%に減少〕。だが,ほかの食糧が輸入できなくなったら,たちどころに50%程度になるという,きわめて不安定な自給率に落ちこむ。

 直近における日本の食糧自給率は,カロリー・ベースで39%〔これは引用している文献での数値〕であり,先進諸国のなかでは最低である。アメリカ・カナダ・オーストラリア・フランスなどは100%を超える自給率であり,これらの国々は農業国ともいえる産業構造も有している。

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   付記)令和12年とは2030年。

  西丸の議論をつづけて聞こう。日本は食糧の自給率60%〔これは生産額ベースの話〕だから海外から多量の食糧を輸入しており,これを急に変更はできない。そこで食糧の輸入がだんだん困難となり,しかも日本列島で寒冷化と旱魃とが同時多発するかたちで大凶作に陥ったとき,1億1千万人( 註記)この数値は1980年当時のものなので,このママにしておく)の国民は確実に飢餓に見舞われる。これが,かなり高い可能性をもって推定できる今後の日本人の立場である(78頁)。「食糧危機の到来は避けられない」(79頁)。

 もっとも,日本〔日本国に住む人びと〕が飢餓に襲われるというたいへんな食糧危機は,最近まで,幸いなことに発生していない。筆者の記憶にあるのは,1993年に起きた米不足の事態である。

 この年は,記録的な〈天候不順:冷夏〉のため米が大不作となった。しかし,翌1994年夏は猛暑となって米作柄が回復していた。この米不足のさい,大正時代に発生した米騒動に譬えて,1993年は「平成の米騒動」とも呼ばれてもいた。

 本ブログ筆者の記憶をたどると,1993年12月にある会合においてある専門職の人が話題にしたのが,その翌年になって米不足騒ぎが大きく起きるとの予測であった。なんとなくこの話を聞いていたけれども,1994年になると筆者の家族も,日本で収穫される米〔いつも食べているジャポニカ米〕が買えなくなり,代わりに買って食したのが,タイ政府が日本政府に懇願されて日本に緊急に輸出・提供したタイ米〔インディカ米〕であった。

 当時,筆者の家族たちには不評だったこのタイ米:インディカ米であったが,筆者はおいしく食べることができて,その後好きになった。しかし,実際に食べられる機会はほとんどないままであるが……。

 そのインディカ米はこの〈米じたいの性質〉に合った調理をくわえないと,おいしく食べられない。だから,ジャポニカ米と同じ調理法で食すれば「おいしく食べられない」のは当然であった。

 とくに年配の人で昔の食料事情が記憶に残っていた場合,このインディカ米については「昔の外米」という「イメージ」=「ボロボロしていて粘り気がなくおいしくない」という勝手な先入観もあって,その評判はもうひとつであった。

 しかし,最近の日本ではアシアン・レストランがいくらでも営業しているから,実際にそれに合った料理で加工されたインディカ米を味わってみれば,この米に対する検討違いの食味に関する認識違いは修正されるはずである。

 さて,西丸は「食糧自給率」の低い日本がいざというとき「相手の餌をください,などといわずに済むような自主性を日本が保つためには,いったいどうすればよいか」と,現実的な心配をする(以下,② までわたり,221-223頁参照)。

 参考にまで触れると,1993年の米不足騒ぎは,そうした食糧不足が実際に起きたとき,その様相がどのように現象してくるのか,ある程度「予測を可能にさせてくれる」体験をさせられたといえる。

 ここではさらに,1990年以降の「日本の食糧自給率の推移」に関する図表を,また別途にくわえて紹介しておく。

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 その対策はまず,自給率をできるだけ上げ,理想的には日本人に必要な全体量を自作・確保する基本原則にある。いままでは工業優先,その〈上がり〉でもって,より安い食糧を買えた。これは,工業優先の社会における経済原則としては妥当性をもつ。食糧を商品として売る相手側の事情でいえば,余剰食糧として一定の収量を生産しつづけられる条件が備わっているかぎり,それでよいことである。

 そうした相互の関係が一定不変ならば,心配はまったくの杞憂に終わる。しかし,食糧はあくまでも自然との関係のなかで生産されるゆえ〔さきに触れた1993年の米凶作を想起せよ!〕,工業製品のように工場において,昼夜連続操業をして生産できるものではない。モヤシを製造するのとはわけが違う。

 なお,野菜工場(植物工場)=工業的農業生産方式(水耕栽培・バイオテクノロジーなど)については,ここでくわしい議論ができないが,たとえば,高辻正基『野菜工場-未来の農業システム-』丸善,昭和61年を挙げておく。

 

  食糧「有事体制」意識の必要性

 1) 工業と農業の均衡を作れ

 西丸はこう警告する。いつも工業製品を作っていて,金さえあれば食糧が買えると思ったら大間違いである。「いくら高いお金を出してくれても,残念ながら売るべき食糧がありません」といわれたら,もはやそれまでである。世界中の先進工業国は,一面ではみな先進農業国であり〔前述のとおり米・加・豪・仏は食糧自給率が100%を超えている〕,工業と農業の両部門の均衡が非常にうまくとれていて,自給率も高い。

 ところが日本は,以前はかなり高かった食糧自給率をわざわざ落として工業国として突っ走った。欧米先進工業国の水準に追いつき追いこすことをめざし,斬新で最先端の工業力を身に付けたかわりに農業を衰退させた。欧米諸国は,先進工業諸国と呼ばれながらもかなり中途半端な工業力を抱え,多少能率が悪くて,日本の工業競争力にやや負けながら,一方では非常に強い農業力を確保している。このほうがイザというとき,急激な体質悪化を来さないで済む。

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 ところが日本は,農業でダメージを喰らう危険と同時に,工業1点張りのマラソンに疲れはてて速度がガックリ落ちたばあいにも,食うに困るという「もろい体質」というか「危険」が具現化する。工業力も適度にしておいて,もう一方の農業という柱を,せめて他の先進諸国並みにしておかないと,たちまちくずれ去る恐れがある。

 補注)2021年1月現在において「日本の製造業」が世界経済のなかで占める地位(位置)は,どのように変化したか? 大枠の説明として分かりやすい記述をつぎに引用しておく。

    ◆ 中国はもちろん,世界を席巻した日本の製造業が衰退してしまった理由=中国メディア ◆
 =『livedoor' NEWS』2019年5月28日 14時12分,https://news.livedoor.com/article/detail/16529120/
 

 中国メディアは,日中韓の3カ国の製造業をみると,現在の中国の発展は非常に速いものの,日本はもっと早くから発展を遂げ,品質はいまでも中国・韓国をリードしていると紹介した。

 

 日本の製造業は質の高さで定評があるが,中国や韓国の発展で日本製品が「世界を席巻した」時代は過去のものとなった。中国でも一昔前には大人気だった日本メーカーの家電も,最近ではめっきりみることは少なくなった。

 

 中国メディアの今日頭条は〔2019年5月〕23日,「世界を席巻した日本の製造業がここ数年で衰退した」として,その理由を分析する記事を掲載した。

 

 記事はまず,日中韓の3カ国の製造業をみると,現在の中国の発展は非常に速いものの,日本はもっと早くから発展を遂げ,品質はいまでも中国・韓国をリードしていると紹介。この30年で中国と韓国の製造業が急速に発展したのも,ひとえに日本による技術移転のおかげだと日本の製造業の功績を称賛した。

 

 では,日本の製造業はなにが変わってしまったのだろうか。記事は,日本の製造業にはこれまで「良い循環」があり,自動車,家電,造船など日本経済の柱となる完成品の川下の産業と,それに伴い発展した材料や部品などの川上の産業が相互に補完し合う関係性があったが,それが崩れてしまったと指摘した。

 

 これは,中国や韓国の製品に日本の製造業が押されたためで,日本の多くの企業は部品提供に方向転換したと記事は分析。もっとも,この方向転換も企業が生き残るのに成功したが,「日本の製造業全体の衰退」は変わらない事実だという。

 

 日本の部品企業は,完成品を製造する企業と緊密に連携を図り良い成長を遂げてきたが,柱となる分野はいまでは自動車と造船くらいで,海外メーカーに部品を提供するようになってからは,川下産業と川上産業がたがいに高めあう関係性もなくなってしまったと分析している。


 そのため記事は,部品供給企業がこれまで蓄積した技術と経験は消耗する一方のため,「どれだけもつか」と先ゆきは暗いとの見方を示した。とはいえ,日本製の部品はアップルなど世界的なトップレベルの企業に多く供給しており,その技術力は折り紙付きだ。また多くの日本企業がより高い技術の求められる分野へと産業転換を図っており,日本製品の技術力の高さはまだまだ世界トップレベルといえるだろう。

 西丸いわく「大事なことは,他国に対してつねづね,できるだけ良いおこないをしておくことだ」。そうでないと「ああ,あいつは,自分の利益ばかり考えて行動していたから,滅びて当たりまえだ」と,後ろ指を指されかねない。自分がまだ豊かなとき,物が余っているときに,困っているところにはタダであげる。

 “そうしておけば” あとでプラスになってはねかえる,などといういやしい期待などしないで,さあどうぞどうぞ,と喜んで惜しがらずに差しあげることが大切である。「私たちは,国家全体の規模で,『アリとキリギリス』の寓話を思いおこす必要がある」。

 2) 少子・高齢社会日本の課題

 本ブログ筆者は,題目のなかに「人間はいかに生きればよいのか」という能書きを垂れたある文章のなかで,「箸をもてなくなった日本人」にも関係する話題に言及したことがある。西丸は関連させて,こういうこともいっていた。

 年配者たちはいままで,自分たちが体験した苦しいことを愛する子孫たちに経験させまいとして,甘やかすことしかしなかった。そのあげく心も体も弱い次世代を作りあげる努力をしてしまった。その大きな罪ほろぼしを,血相かえてやるのが年配者の残り時間に課せられた義務であろう。

 ちかごろの若者はたるんどるとか,狂っているとかボヤいてはならない。自分たちの怠慢,先を見通す能力が欠けていたことなどのツケが,いま,つぎからつぎへと廻されてきているのだ。

 若者もボヤボヤしていてはいけない。親が悪いの,社会が悪いの,政治がどうのではない。なにが悪かろうと,自分の努力で現状を修正し,好転させてみせるという意欲がなければ,理想郷は手のとどくものにはならない。

 シラケているヒマなんてないのだ(236-235頁)。

 「お箸の国:日本」と自称・自認する割りには正しく箸をもてない日本人が,とくに昨今は非常に多くなりつつある。たとえば年配者が子孫に「箸のもちかた」さえろくに教えてこなかった経緯は,服部栄養専門学校理事長・校長の服部幸應(はっとり・ゆきお)も驚いて指摘していた。

 正しく箸をもてない日本人の率が急増している事実は,食事の洋風化となんらかの関係もあるかもしれないが,それじたいの問題であった。なぜなら「食事の洋風化」という事象は,日本社会全体にあてはめていえば,1世紀以上にまでさかのぼれる問題ではなかったからである。

 筆者は,集団で他者と食事をする場所でまわりをみまわすと必らず遭遇させられる光景,その「あまりにもみたくない」=「箸をきちんともてない人のほうが圧倒的多数である情景」を目前にさせられるたびに,いつもウンザリさせられている。

 テレビ番組に出てくる芸能人たちの “あの箸のもち方” をみせつけられるたびに,そのつどゲンナリする。箸の〈躾け〉さえきちんとできないということは,さらに,「他事諸般」における「子孫の〈躾け〉」にも問題が多々生じて(残って)いるはず,というような拡大解釈が可能である。

 

  日本・日本人の食生活

 本ブログは「以前(2009.2.17 ⇒ 2019.12.12)の記述」(前段のリンク参照)で言及したことだが,「日本経営学の父」と尊称された上野陽一は,「能率学」を生活全般に応用・徹底させて人間は生きるべきだという学問理念をかかげたうえで,産業能率の研究まで手を拡げた人物である。上野は「能率五道」に表現した自身の主唱において,一番さきに「正食」という項目を出していた。

 だいぶ以前,なにかのコマーシャルに「食う・寝る・遊ぶ」という文句を並べて謳ったものがあった。人間はふつう1日3食を摂る。人生80年として 80 × 365 × 3 =87600回もの食事の機会がある。寝るのは,いちおう1日当たり8時間を充てるとすれば,人生で過ごすうち3分の1の時間が睡眠のためにとられる。遊ぶための時間は,この睡眠時間と仕事=労働時間や,その他身繕いのための時間などを除いた〈残りの時間〉から都合することになる。

 補注)「食う・寝る・遊ぶ」については,関連させて,つぎの記述をくわえておきたい。

 ※-1 1988年に誕生した日産・セフィーロ(初代)を覚えているだろうか? 井上陽水さんがCM担当し,人気のコマーシャルにもなった日産セフィーロ,ただ陽水さんキャラが濃過ぎるせいかコマーシャルで「みなさんお元気ですか~」のコメントは覚えているけど,なかなか車の名前が出て来ませんでした  (笑) 。

 註記)「井上陽水のキャラが濃過ぎて車より目立ってしまった残念カー『日産セフィーロ』!!」『ミドルエッジ』2018年5月9日,更新 https://middle-edge.jp/articles/B3oBX

 

 ※-2 しかし,そのころ昭和天皇が体調を崩して入院。不謹慎なものなどを自粛するというムードになった。で,このCMもやり玉に挙げられたというわけ。セフィーロは陽水氏のCMだけでなくあの手この手でイメージ戦略をしかけた。

 

 このCMでなにが問題になったのかといえば,陽水氏の独特の滑舌により,みなさんという呼びかけが, “宮さん” に聞こえるというクレームが殺到したということで,陽水氏の音声をカットして,ビジュアルはそのまま流した(これはこれで大反響となった)。

 

 日産サイドが音声カットという荒技に出たのは,別バージョンのCMを撮影していなかったからといわれているが,話題になったことで広告効果がみこめるということで,けっこう長い間無声バージョンが流された。

 

  “宮さん” の件について広告代理店などに問いあわせてみたが,その真偽はわからない。自粛ムードを肌で感じた日産サイドが自粛したという説もあるが,封印されたと同時に都市伝説になったクルマCMは後にも先にもこの初代セフィーロの陽水CMしかない。

 註記)「総括!   クルマ界の封印されたもの 日の目を見ずにボツとなってしまったもの, 出たがすぐにダメになったもの・・・。 クルマ界のそんな珍な『もの』,『こと』を改めて総括してみると・・・」『現代ビジネス』2010年10月10日,https://gendai.ismedia.jp/articles/-/1317

 

 前述の井上陽水出演のCM動画を,つぎにかかげておく。「CMでなにが問題になったのかといえば,陽水氏の独特の滑舌により,みなさんという呼びかけが, “宮さん” に聞こええるというクレームが殺到した」という点は,今風にいうと,30年ほど前の出来事ではあったわけだが,「自粛警察的な庶民側における反応」であった。

 

 それにしても,食糧=食事を口にし,エネルギーを摂取しないことには,人間の身体はよく動かせない。地球上の他の地域ではまだ,食糧不足に悩まされている人びとが多くいるにせよ,最近における日本人のばあいでは,よほど貧困状態でなければ「肥満になったり」「メタボを警告されたり」する人のほうが,しばしば起りやすい〈通常の心配〉ごとである。

 前掲の上野陽一は「正食」のなかで「地産地消」も主張していた。イザとなったとき「他人・他国・他地域」に食糧を恵んでもらうとか,高く売りつけられるとかするよりも,自国内で自分たちの口に入れる食糧は〈自給自足〉体制できるようにいつも努力していなければならない,という日常生活管理上の危機管理意識を,上野は1世紀近くも前から指摘していた。

 1)栗原藤七郎『東洋の米 西洋の小麦』東洋経済新報社,昭和39年

 本書は,スミスやリカードを中核とする「古典経済学」は,まさに〈小麦の経済学〉であると規定する。つまり「小麦作の他作物あるいは畜産への転換の容易さと新開地における小麦作の開発の可能性の大きいこと」に比較して,「米の生産が固定的で,転換が困難であり新開地の米作開発の困難なのとちがうところ」に注目する(224頁)。

 敗戦後の日本に侵出してきたアメリカ食品資本は「米を食べると頭が悪くなる」などという,まったく根拠のない主張を押しつけた。その成果は,マクドナルドのハンバーガーに典型的に表現されているとおり,日本の若者に対して〈小麦の食文化〉を,子どもの段階から刷りこむことに成功してきた。

 ところが,いまでは世界的な「スシ・ブーム」に典型的に反映されるように,〈日本の食文化〉が,すなわち米を主食とする食物摂取,「和食」的な食事形態が,いかに人間の健康にとって好ましいものであるかが,全世界的な次元において理解されてきている。

 栗原は『東洋の米 西洋の小麦』昭和39年の時点で,日本の「農業構造改善も,米から畜産,園芸等への転換ではなく,日本農業の根幹をなす米作の構造改革を基底とせねばならない」。「現在の日本の到達している諸条件は,従来のようなアジア型零細水田経営を改革すべき条件を具備している」と主張していた(230頁)。

 21世紀になった現在,栗原の指摘していた農業構造改革は農業企業の出現によって徐々に実現されていく展望が開けている。しかし,先述「農業(植物)工場」ではないが,工業的な農業生産をおこなう,いいかえれば,自然エネルギーではなく化石エネルギーを〈追加・投入・費消する方式〉で生産しなければならない農業の方式の導入は,より慎重に検討したうえで取捨選択される必要がある。

 2) 安達 巖『日本型食生活の歴史』農山漁村文化協会,昭和57年

 本書は,日本人は過去3千年間,大陸の進んだ文明を輸入し,これを自国の風土に適応せしめることによって難局を切りぬけてきた。ところが,こんどばかりは,模倣しようにも模倣すべき国はない。したがって,こんどは独自の道を開拓するしかない。だが,この国の教育水準の高い1億2000千万の国民は,かならず新生面打開の合意点をみいだすにちがいない(〔はしがき〕2-3頁)との確信を披露したのち,さらにこう述べていた。

 人間が飼料用の穀物を食糧として直接食べるばあいと,飼料にまわして肉・乳・卵として食べるばあいとを比べると,おおざっぱにいって1対7の差がある(16頁)。

 

 明治維新から第2次世界大戦まで70年間になしとげた食生活の近代化という名の洋風化は,一部の上流階級と知識層中心のものに過ぎなかった。ところが,その半分にも満たない短い期間に全国民的規模の食生活の洋風化が実現した原因の一半が,国民所得の上昇・家計のゆとりにあったといえる(216頁)。

 

 「若い世代の米ばなれ,魚ばなれという欧米型への傾斜が急速にすすんでいる」(220頁)。「栄養的にいって,いまの日本人の平均的食生活が,理想型に近いからといって,ここでストップをかけるということは,けっしてなまやさしいことではない」(237頁)。

 以上の論及は1982〔昭和57〕年でのことであった。しかし,その後においてもこの指摘どおりに日本・日本人の食生活は進行してきた。これを伝統式〈和食〉に回帰させるべき必要性は,きわめて好ましいものと評価されている。とはいえ,日本の若者たちの嗜好は,子どもの時期にすでにすっかり洋風化している。

 伝統的日本食は,栄養的に「タンパク質・脂肪・炭水化物」の均衡がうまくとれている。とはいえ,もう一度というよりもあらためて,いいかえれば,いまさら初めてであるかのようにして,若者たちに対して従来の食生活様式を,それも食餌的な観点から変質させるのは,なかなか困難な課題である。

 彼らが現在,当然のように享受できている「食材の豊富さ」「料理法の多様さ」が浸透している状況のなかでは,食べ物に関する生活習慣を一気に変えさせようとしても,そう簡単にはいかない。学校教育のなかでも伝統的日本食の良さを自然に教える必要もある。

 なぜなら,安達もいうように「洋風食志向の根底にあるものは,美味追求の本能だということになるが,この本能は理性とは一致しないやっかいなしろものである」からである(237頁)。

 もっとも,安達も「最近のアメリカにみられる日本食ブーム」に言及している。以上はもちろん,1982年段階までの話であった。2021年の現時点になってとなれば,海外における日本食の流行・浸透は申すまでもない事実である。
 
 安達は,食生活改善のための方法4点を挙げている(248頁)。

 ☆-1 正しい栄養知識の普及

 ☆-2 学校教育による米など澱粉食の維持拡大

 ☆-3 日本的な食生活の具体的な姿を食事献立のかたちで示す

 ☆-4 価格政策の弾力的運用

 この4つの条件を実現・実行するには困難もある。しかし「欧米型の食生活への深入りが,民族の滅亡につながるものだとするならば,なんとしてもそこにいたらない決め手をみいださなくてはならない」(249頁)。

 日本・日本人の食生活の「問題をにつめていくと,アメリカが指摘し,厚生省〔当時〕もよかったとする昭和30年代から45年代の食生活にもどることが,成人病〔生活習慣病〕と訣別し,民族の滅亡を防ぐための欠くべからざる要件となる」(257頁)。

 要するに「われわれ日本人は,ここで理にかなった日本型食生活をいやがおうでもうちたてなくてはならない」。それは「動物性のタンパク・脂質よりも,植物性のそれがはるかに低コストだということは,数字をあげるまでもないことだ」(259頁)という結論になる。

 この結論が21世紀における日本・日本人の食生活にも妥当しつづける理由は,あえて論及するまでもない。ただし,栗原藤七郎や安達 巖の主張はいまだ十分に達成されておらず,これからも期待されているものである。

 前述に登場した能率学者・経営学者上野陽一は,すでに戦前の時期において食生活のあり方について提唱していたが,その「地産地消」的な観点は,いまだに徹底はおろかまともに進展させられていない。

 朝食にパン(食パン)を摂るのは止めにしてご飯を食べろなどと強制はできないが,パンを作る原材料はほとんど輸入に頼っている。輸入先は主に,アメリカ・カナダ・オーストラリアなどである。米飯ならばほぼ100%国産である点はもちろんである。

 3) たらふく食える人のイメージ今昔

 とくに戦前において栄養過多で,でっぷりと肥満気味の人たちといえば資本家・経営者階層の金満家に限られ,労働者や賃金労働者(サラリーマン)諸氏に太っている人はほとんどいなかった。そうした時代の雰囲気をよくかもした「書物の表紙絵」一例を紹介しておきたい。

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 この表紙絵は,昭和5〔1930〕年に戦旗社から出版された原 哲夫『鐘紡罪悪史』のものである。血が滴りおちる両手〔をうしろ手にしているその意味〕はともかく,いかにも肥満体で,シルクハットをかぶった性悪そうな顔つきの「資本家・経営者らしく太った人物」が描かれている。

 こういう描写もある。「三つ揃いを着てまるまる太った資本家が,お金がいっぱい詰まった袋を手にもちながら,やせこけた労働者たちを汗水たらして働かせている。まだマルクス主義というものがこの世に生息していた古き良き時代のメイデーに,ひとびとがもち歩いていたプラカードのマンガである」(岩井克人『二十一世紀の資本主義論』筑摩書房,2006年,322頁)。

 なお,昨今における〈時代の流れ〉のなかで大いに話題になり,一時期,売上を大いに伸ばしていた本があった。それは,小林多喜二蟹工船』(戦旗社,昭和4〔1929〕年。新潮社,2003年。最新版:金曜日,2008年)である。

 この小説の初出連載は昭和4〔1929〕年,戦旗社の雑誌『戦旗』であった。本書は同年,戦旗社より「日本プロレタリアート作家叢書」第2篇として発売されたものである。

 この図解(  ↓  )  はクリックで拡大可。

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 最近における日本の労働経済情勢との関連において,日本の産業社会はまるで「蟹工船をたくさん浮かばせている」ようだと形容・批判される世情(いわゆるブラック企業が世間でのさばる時勢になっている)のせいか,2008年4月までにおける本書の販売部数が 110万部を突破したといわれている。

  ブラック企業の説明 ※

 ブラック企業(会社)は,違法行為や不法行為,脱法行為などにより従業員に無給の残業・朝残業など,不当な労働を強制したりパワハラなど人権を踏みにじる行為を日常的におこっている企業,もしくはそのような行為に走っている社員を放置・黙認している企業のことである。

 

 今野晴貴による定義では「新興産業において若者を大量に採用し,過重労働・違法労働・パワハラによって使いつぶし,つぎつぎと離職に追いこむ成長大企業」とされる。「従業員の人権を踏みにじるようなすべての行為を認識しつつも,適切な対応をせずに放置している企業」との指摘もある。

 

 英語では劣悪な労働環境・労働条件の工場をスウェットショップ(搾取工場)という。ただ,日本語の「ブラック企業」は工場での非正規労働者のみを念頭に置いた語ではない点に注意したい。

 戦前の蟹工船は,そうしたブラック企業よりももっと過酷な労働を,しかも海上に浮かべた船舶のなかで作業する労働者たちに対して強請していた。具体的にそのよりくわしい苦役内容については,小林多喜二の本を直接に読んで感じてもらうほかない。

 4)最後につぎのごとき「現代的な貧困」の問題を追記しておく。

 まず,子ども食堂の存在である。対象の子どもたちは3度の食事に不自由している。彼らにとっては,学校で食べられる給食が唯一まともな食事である。また,非正規雇用の立場にあったがために,最近のコロナ禍のために失職しており,生活苦に追いこまれている単身生活の女性たちが大勢いる。

 安倍晋三前政権においても菅 義偉現政権においても,そうした「オンナ・子どもたち」の窮状を本気で救おうとする社会政策的な問題意識が,ほとんど欠落している。最近は,日本という国じたいが「蟹工船」の内部(地獄絵)に似てきた。もしかすると牢獄そのものに映ってもしかたがないような,少しも「美しくみえない国」になっている。

 つぎに,コロナ禍が猛威を振るう社会状況のなかで,その感染者あるいは飲食業の営業に対してだが,罰則をくわえてでもなんとか国家の “不埒な方針” にしたがわせようとするその横暴な意思は,「ひとびとの生活」や「営まれる事業」へのまともな保障(補助金・支援金)もないままに押し通そうとするばかりであって,国家の運営のあり方としては体をなしていない。 

 「『自助・共助・生活保護』--首相 」(浜松・もともと)

 本日(2021年1月29日)『朝日新聞』朝刊「オピニオン」の〈片えくぼ〉欄に記載されていたこの文句は「政策理念」と題していたが,菅 義偉の政治理念から「公助」の部分を消し去り,上記のようにいいかえていた。

 〈片えくぼ〉は,前段に触れたごときコロナ禍を原因とする生活困窮者向けには,国家の「生活保護」があるらしい(?)と皮肉っていた。菅 義偉は「コロナ禍経済対策」と「社会福祉政策」とのそれぞれ中身を,無知がゆえに混同していた。もっとも,それ以前にそれら概念の内容じたいがよく理解できていなかった。われわれはこの首相のことを「政治屋」と読んできたが,実際はそれ以下の人物であった。

 首相として菅 義偉も安倍晋三も同じにデタラメ三昧の国家指導ぶりに邁進しているが,このコロナ禍の時勢にありながら,自分たち権力者集団だけは好き勝手に「食う  寝る  遊ぶ」ことを楽しめている。

 はたして「上級国民(市民)」ということばは,単なるコトバ遊びのため創語されたのかと思っていたけれども,けっしてそうではなかった。彼らは,絶対的に多数派であるわれわれ「下級国民(市民)」の存在をせせら笑い,しかも小バカにもしながら,おまけに,このわれわれ側をたびあるごとにドつきまわす立場にもいる。それでも自分たちだけは,極端までに恣意的な生活を過ごしつつも,豪勢でぜいたくな「血税・私物化政治」の日常を堪能している。

 結局,そのたぐいの「権力者集団の傲岸専横ぶり」ときたら並たいていではなく,日本の経済社会がいまもなおコロナ禍の最中にあるにもかかわらず,この国を亡国の一途に導くほかない為政しかしようとしないでいる。

 わけても,延期になった2020東京オリンピックの開催のためにとなれば,コロナ禍までアンダーコントロールできるつもりでいる,それも「最大級のボケを噛まし」ている「老害政治屋」がこの国を壟断している。いまの日本,これでは「世も末」の様相である。

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