「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」が駄論・贅説である理由,「同一労働同一賃金」制はなぜ,いまもなお日本の企業体制のなかでは実現しえないのか

 日本の雇用問題を攪乱させ混迷させてきた「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」といった対・観念の有害性を あらためて批判しつつ,最近日本における賃金水準の低落傾向を吟味する

 

  要点・1 労働分配率主要先進国中,目立って低い日本の賃金問題
  要点・2 非正規雇用比率(38%)がこのままの状態で続いていくようでは,日本の産業界の活性化は無理 


 「ニューヨーク支局・江渕 崇〈記者解説〉 最低賃金15ドル,米に機運 悪化する暮らし,党派超え賛成の声」朝日新聞』2021年2月22日朝刊7面「オピニオン」

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 この記者解説になる「記事」の要点は,以下の3点であるとされていた。いまでも世界のなかで一番の大国であるアメリカが,自国経済にかかえる「労働者の賃金問題」が,このように深刻なかたちで議論されている。ひるがえって日本はどうかといえば,もしかしたらなどというまでもなく,アメリカよりも悲惨な現状になりつつあるといえる。この解説記事は全文を引用しないで,中見出しの文句などと図表・図解〔これは上部に掲示〕のみ紹介する。

   ★-1 米国で最低賃金を時給15ドルへと引き上げる動きが,保守的な州にまで波及してきた

   ★-2 日々の暮らしの底上げを狙う政策は,イデオロギーの違いを超えて人びとの支持が厚い

   ★-3 働き手を支える原点に立ち返ることが,政治的に劣勢となったリベラル復活のカギだ

   ※-1 「悪化する暮らし  党派超え賛成の声」

   ※-2 「黒人ら少数派,もっとも切実なのは雇用 リベラル勢 盛り返しの鍵に」 

 ところで,日本における最低賃金はいくらか? 都道府県によって異なるが,つぎのとおりである。連合(日本労働組合総連合会)は「最低賃金」について,これは「全労働者の賃金の底上げにつなげ〔られ〕る」基準額だと説明している。

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 最低賃金の引き上げは,単なる格差是正や貧困対策にとどまらず,労働者全体の賃金の底上げにつなげていくことを意味する。経済の好循環を確立するためにも,最低賃金の大幅な引き上げが不可欠である。

 2020年は,8月21日にすべての都道府県で新たな最低賃金額が決定し,「最低賃金,全国平均で902円」となった。最高額は東京都の1,013円,最低額は792円(7県)である。新たな最低賃金額は,同年10月1日以降,各都道府県で順次,適用されている。 

 さてここで,米・日間の平価購買力の差はひとまず無視していえば,日本の「円」の実力は最近,顕著に落ちている。2020年にコロナ禍が発生する以前の2019年まで,日本を訪問する観光客の急速な伸長は,政府の積極的な政策が効いていたとはいえ,日本の物価がデフレ傾向を30年も続くなかで,世界各国の通貨に対する相対的な実力を落としてきた事実を重要な原因にしていた。

 2010年代の日本では,たとえば,藤田孝典「『最低賃金』と『生活保護基準』の『逆転現象』は解消されていない! -用いられる『生活保護基準』」のウソ-」『YAHOO!JAPAN ニュース』2015/7/17(金) 1:49,https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20150717-00047593/  といったごとき議論が大まじめになされねばならないような「最低賃金そのものの水準低下」が話題になっていた。

 2020年代になっても日本国民たちの平均的な生活水準は,その困窮化・貧困化していく状況をますます明白にしている。「日本の労働者」の「平均的な賃金水準」の低下現象は,「正規雇用と非正規雇用」といった “雇用形態の区分” の意味あいそのものまでも薄めるがごときに進行中である。

 ところが,日本における賃金問題史がいままで蓄積してきた識見を踏まえて観るとき,その本質的な理論認識とは別次元における議論としてもちだされてきたのが,「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」というお手軽な対・観念であったと評定できる。

 もとは「正規雇用と非正規雇用」の区分:範疇に向けて勝手に対位させえたつもりかもしれなかったらしい。しかし,最初から認識論的には厳密に判別できていない(そうしようにも本当はできもしない粗雑な)この「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」といった《観念の遊戯》的な設定は,実質的には「雇用の分類」にあらざるものとして提示されるほかなかった。

 すなわち,それは本質論としての区別ではありえず,ただ現象面からだけ日本の雇用問題を部分的に切り出し,観察したのちに捻りだして造語した,いいかえれば1階部分ではない2階部分にのみ目を着けたような,さらにいいかえれば,土台はよく観ないで上物だけに目をとられたような対・観念の想念が,この「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」であった。

 以上に指摘した問題点は ② の記述をしてから,そのあとにもつづけて議論しなおしていく。

 

  労働分配率は世界的に低落傾向にあるが,日本がとくに低位

 つぎの図表は『日本経済新聞』2021年2月26日朝刊1面「〈解説記事 パクスなき世界 夜明け前 5〉破綻よそに高額報酬 資本主義 危機が問う進化」から,仏・米・豪・日本における労働分配率の推移を表わしたものを借りている。

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 つづけていっしょに添えておくのは,同じく『日本経済新聞』2021年2月24日夕刊5面「マネーダイニング」の解説記事として用意されていた「〈やりくり一家のマネーダイニング〉変わる給料(上)今年の労使交渉」のなかから,紹介する図表である。こちらでの中見出しの文句は「コロナ禍,賃上げの壁に」となっていた。

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 こちらの図表は3図をいっしょにしてかかげている。右上が「春季労使交渉の賃上げ率」である。最近における日本の賃金水準は,名目・実質ともに先進諸国との比較だけでみても,この図表では下に配置された「G7で日本だけ平均賃金が下がった 2000年⇒2019年の増減率」でも端的に表現されているように,はなはだしく劣位になっており,マイナス的に低水準のまま押しとどめられている。

【参考記事】

 以上の点は,日本の労働者階層全体の単純平均年収が最近までにおいて,継続的して下落傾向で経過してきた事実とも絡んだ問題を示唆している。

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 前段の解説記事のなかからは,つぎの段落を引用しておくのが便宜である。

   ◆-1 日本において「ベアが大きな役割を果たしたのは,製造業の主な企業の賃上げがほかの産業に波及した時代である。すでに2000年前後からベアの崩壊が指摘されていた」。組合も近年は必らずしも全員一律の賃上げを求めているわけではなく,ボーナスも含めて対応しようとする企業が目立つ。

   ◆-2 欧米は毎月の基本給で収入がだいたい決まるが,日本では給料全体を表わす現金給与総額の3割弱ほどが,ボーナスなど特別に支払われる給与と残業など所定外給与である。ボーナスと残業手当がないと困る家庭も多く,〔その意味では〕日本の給料は意外に不安定であり,組合に入っている会社員も減っている。

   ◆-3 厚生労働省の調査では,組合に加入する雇用者は民間企業全体では推定16%と少ない。1000人以上の大企業では42%だが,100人未満の中小企業では1%を切っている。春季労使交渉の賃上げ率はベアがほとんどなくなってもプラスになる見通しであるが,全体ではもっと厳しい統計もある。

   ◆-4 経済協力開発機構OECD)の統計では,日本を除く主要7カ国(G7)では過去20年で平均賃金が 1.4~ 1.7倍に上がったのに対して,日本だけ下がっていた。昔は「日本の人件費は高すぎる」といわれたものだが,状況はかなり変わった。

 ここで参照している解説記事が掲載された紙面のなかには,囲み記事として「日本総合研究所副理事長 山田 久さん 欧米のジョブ型,若者に厳しく」という寸評も収録されていた。この山田の指摘は,本日におけるこのブログ記述の核心に関連する中身を話題にしていた。

 毎年,企業の労働組合と経営陣が交渉して賃上げを決めるのは,日本独特の習慣です。転職が一般的な米国では,あっせん業者がさまざまな企業の賃金データを蓄積し,キャリアと仕事内容に応じた給料を提示して「相場」を形成しています。

 

 能力や仕事にみあう給料を払わないと他社にいってしまうため,企業は優秀な人材には高い給料を支払います。欧米型のジョブ型雇用で企業が求めるのは即戦力。大学を卒業したばかりの若者は正規雇用での採用がむずかしく,給料も低くなりがちです。

 

 日本では個人が企業と給料を交渉するのはむずかしく,転職で給料が上がった人は約3分の1。ジョブ型雇用を本格導入するには,企業の利益をどれくらい働く人に配分するか,そのなかで1人ひとりの給料をどう決めるか労使の話し合いが必要になります。

 この山田 久の説明は,欧「米」と「日本」の労働市場とにおける賃金問題に関する話し方として誤導的であった。というのは,「ジョブ型雇用」というきわめて日本限定版でしかない《特異な用語》を充てて,日米比較が可能であるかのように説明をしていたからである。

 「欧米型のジョブ型雇用」と山田がいう場合,日本では主に非正規雇用の立場に置かれている労働者が「ジョブ型雇用」にあることを指し,しかも低賃金で雇用されている「彼らのこと」を意味するのが一般的な認識である。しかし,このように「欧米型」というコトバに直接連結させた「ジョブ型雇用」という用語は,労働経済学的と人事・労務管理論的に解釈するとしたら,けっしてその一般理論的に許されうる妥当な中身を有していない。

 そのあたりに介在するはずの「諸他国の諸事情」を,いきなり飛び超えられたかのような解説は誤解を招くほかない。欧米の雇用における「ジョブ」の問題と日本の雇用における「ジョブ型雇用」の問題とは,けっしていっしょにはできない異質の要素がたがい違いに含まれている。にもかかわらず,両者を同じ机の上に乗せて論じうるのかのようにとりあつかうのは,筋違いであった。

 日本の雇用問題にあっては,欧米型の雇用ではない「日本の雇用」の方式がまだ大部分・主流である。さらにそこには,正規雇用と非正規雇用という枠組・区別も被さっているごとき,労働経済・企業労務としての実態がある。しかも,後者の非正規雇用に強くむすびつけられたかたちで,わざわざ「ジョブ型雇用」という奇妙な用語が造語され使用されてきた。

 対するに,メンバーシップ型雇用という用語も不思議に現象的な用語・用法であったが,ともかく「雇用」は「ジョブ」をめぐってする手続なのであるゆえ,「ジョブ型雇用」などというのは「(英語と日本語の不要な)重箱読み」であり,同時に「同義反復」になるほかない「字義の用法」であった。深く考えてみるまでもなく,実に奇怪な命名だったのが「ジョブ型雇用」というコトバであった。このコトバは,実は「口先だけの発想で工夫された創語」であったといわざるをえない。

 

 「ジョブ型雇用」を最近までの日本企業における雇用形態に関して使用することの違和感

 『日本経済新聞』2021年2月26日朝刊「経済教室」の〈私見卓見〉欄では,「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」という現論的な観念理解にもとづき,つぎのような分類方法を用いながら,いささかならず奇妙な説明を披露していた。

   ◆ ジョブ型雇用を機能させるには 堀田陽平氏
     = 日比谷タックス&ロー弁護士法人・弁護士 =

 

 日本の社会システムには「メンバーシップ型雇用」を前提に構築されたものが多く存在する。

 

 春闘も始まり,ますます光が当たるジョブ型雇用。しかし日本の社会システムには「メンバーシップ型雇用」と呼ばれる日本型雇用を前提として構築されたものが多く存在する。ジョブ型雇用への転換を図る場合は,それによって失われるもの,変わっていくものに留意しながら進める必要がある。

 

 たとえば雇用保障。ジョブ型雇用では職務が労働契約で限定されるため,企業は広くジョブローテーションをする権利をもたない。その代わりジョブローテーションで解雇をできるだけ回避するという企業側の義務が軽減され,雇用保障は弱まると考えられている。

 

 ただしジョブ型の従業員は専門的なスキルをもち,賃金も仕事に応じて決まることから,転職によって賃金が低下することはなく,「労働市場全体での雇用保障」が図られる「はず」ということになる。つまり,いま以上に労働市場を機能させることが重要となる。

 

 労使交渉も変わるだろう。ジョブ型雇用では「仕事」に賃金がつくことになる。いまのように企業別の組合が賃金交渉をおこなうのではなく,産業別の組合が交渉の主体になってくることが想定される。

 

 メンバーシップ型雇用のもとでは,企業から従業員に対して生活給的な意味合いをもつさまざまな手当も支給されていた。住宅手当,家族手当などは仕事との関連性が低く「メンバーシップ」であったからこそ合理性があったといえる。

 

 ジョブ型で雇用の流動性が高まっていくと,企業は手当を支給する合理性が失われる。これらの手当は従業員の生活に大きく寄与しているので,なくす場合は公的な給付も検討する必要があるだろう。

 

 メンバーシップ型雇用では従業員が長期間その会社で働くので,企業が人的投資をすることに合理性がある。ジョブ型雇用が進むと,こうした人的投資は誰がおこなうのかという問題も発生する。それは企業,本人,あるいは大学や国になるのかもしれない。

 

 ジョブ型雇用は多様な人材の雇用機会を創出する可能性があり,肯定的にとらえるべきだ。ただ「失われるもの」の補塡も併せ社会システム全体を考えなければ,長期的には日本全体の競争力が低下してしまう可能性もあるのではないだろうか。

 さてここで,あらためて反復して断わっておくが,「ジョブ型雇用」とは雇用というものはジョブに関してなされる労働経済次元の話題であるゆえ,これは同義反復の語法なのであった。

 ほかにたとえていえば「『イヌ型の犬』『猫型のネコ』がここに居る」といったたぐいの,実に無意味に近い「コトバの概念」の用法となっている。「メンバーシップ型雇用」と対で用意するために「ジョブ型雇用」という用語を創っていたが,これは屋上屋を架す造語になっていた。

 以上のごとき弁護士の主張は,欧米型の労働市場の賃金問題の姿を前提に語られているだけであって,実質的に新味はない。問題はなぜ,日本にはその欧米型の労働市場が形成されなかったかにある。

 要は,日本においては「最低賃金制」による賃金水準があまりにも低く,生活保護のそれに比較されるほど低いという問題があった。職種別・産業別労働組合が主流ではない労組側組織の勢力分布となっており,また横断賃率・同一労働同一賃金労働経済市場において確実に存在しないという前提条件もあった。

 そのために日本では,非正規雇用の賃金水準そのものが低い実情が,正規雇用のそれと断絶された関係性のなかで,抜本から改善できないままでいる。この関係性のなかにいきなり「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」の相違性を,日本企業における「正規雇用と非正規雇用」間にある賃金格差の問題に結合させて議論していた。

 そういう手順になれば,「最低賃金制の問題」(=あまりにもその水準が低い問題)が「生活保護水準の低い問題」とも絡みあわされて,欧米型だと観念しているつもりである「ジョブ型雇用」(「仕事・職務による雇用?」)が,とりわけ日本の識者風に矮小化されて理解されたあげく,この雇用類型じたいを当てはめれば「非正規雇用の低賃金水準」が説明しうるかのようにあつかわれてきた。

 2021年2月26日のことであったが,「川崎重工,年功制全廃  工場含む1万7000人対象」(nikkei.com 2021年2月26日,2月27日 更新)という見出しの記事が報道されていた。

 この記事は昨今,日本の製造業の業績全般が振るわない状況のなかで報道された1件に過ぎない。要は,年功制を廃止して,本来の意味での「ジョブ型雇用」(欧米型?)に向けて,経営体制:人事労務慣行を抜本から変更したいという主旨である。

 そこでは,メンバーシップ型雇用の特徴だとされてきた年功制は,もはや無用になりそうである。だが,こうした問題の核心において判断するさい,非学術的であり未熟な分類方法にもとづいて発想されていた「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」という対・観念は,日本の労働経済ないしは人事・労務管理を議論するための “条件適合的な枠組” ではなりえなていなかった。この事実についてはあらためて注意が必要である。

 

 日本経済新聞』2021年2月27日朝刊2面に出ていた解説記事,「〈真相深層〉減る新卒人口,改革迫る 2022年卒,景気不透明でも争奪戦 一括採用・長期雇用揺らぐ」は,最後の段落でこう指摘していた。

 新卒者を年功賃金で長期的に企業内に抱え,年々,熟練度を上げてもらう。新卒一括採用は年功制や長期の雇用保障とともに日本型雇用を支えてきた。デジタル化などの急速な環境変化に対応できなくなっている日本の雇用システムも,採用改革が進めば変革のピッチを速めそうだ。

 この記事は「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」といった議論のための枠組そのものが,最初から焦点ボケがいちじるしい観念的な枠組になっていて,もとより無用・不要であった点までも教えている。

 そもそもの話になる。「ジョブ型雇用」の場合だと,「メンバーシップ型雇用」で期待されるそのメンバーシップ性が発揮できる余地はない,ということにでもなるのか。あるいはその逆に,「メンバーシップ型雇用」の場合では,「ジョブ型雇用」としての労働本来の基本要因があいまいになってくるとでもいいたいのか。

 そうしたたぐいの疑念が湧いてきておかしくはない。というのは,現実に起こりうる問題点がそこに各種潜在しているにもかかわらず,「なんとか型」に分類しておいたがためにかえってみえにくくされ,軽視されやすくもなる難点を生じさせていたからである。

 もとより,きわめてズサンな雇用のかたちで「現象的・表層的な区分・分類」を試みていたのが「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」であった。それゆえ,綿密に詰めた議論をおこない,根本的な批判もくわえる段になると,この批判を繰り出す側にあっても,あえて一定限度は厳密さを緩めた議論をせざるえなくなる。

 ある意味では,いささかバカらしくも思える疑問も提示しておかねばならないのが,この「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」という,目先にとらわれた観念的な分類であった。

 けっして不思議に感じることはない事実として,こういう点が指摘できる。「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」という対・観念をまったく使用しなくとも,この「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」が議論しているはずの雇用・労働問題をとりあげ討議することはできている。つまり,なくてもなにも困らない対・観念がこの「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」であった。

 最低賃金制,職種別・産業別労働組合,横断賃率・同一労働同一賃金の存在などを,まともに配慮しない「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」は,現在となっては産業廃棄物に等しいし,それも学術次元にあっては有害的な観念の展示品であったと評定せざるをえない。

 いまから12年前に公刊されていた八代尚宏労働市場改革の経済学-正社員「保護主義」の終わり-』東洋経済新報社,2009年は,こう述べていた。

 非正社員の傾向的な増加と,正社員との格差の拡大は,経済の長期停滞から派生したもので,これに対して規制強化で対応することは,高熱の子どもを水風呂に入れるような対症療法に過ぎない。高熱の原因である病気の治療が先決であり,そうすれば高い熱はおのずから低下する。

 

 多くの企業は,過去の高い経済成長期に普及した,長期雇用保障や年功賃金の慣行を,そうした条件が失われたあとも固守している。そうした制約のもとで,企業は経営上の弾力性を確保するために,非正社員を増やさざるをえないという現実を直視する必要がある。

 1800万人の非正社員を正社員化するという無理な目標をかかげて,ひたすら規制強化で雇用機会を縮小させるのではなく,非正社員のなかでの雇用の安定化と「同一労働・同一賃金」の原則に近づけていくための現実的な労働市場が求められている。

 註記)八代『労働市場改革の経済学』「おわりに」271頁。

 補注)2019年における非正規社員数は2165万人であり,前年比で45万人が増加した。同年,雇用者全体の5660万人(役員除く)において占める非正規社員の比率は38.3%であった。

 八代尚宏が指摘したこの種の「労働経済の日本特殊的な問題」は,その後もさらに深刻化してきただけであって,改善に向かうために具体的な処方箋を準備できなかった。その間隙をぬうかのようにして,「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」という観念の議論がうごめいていた。

 その「似非・雇用の分類」を提唱した論者が関連する自著を発行したのは,2009年のことであった。まさしく,グッドタイミングというか最悪の時点にあってその著作が公表され,世間にこの「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」という対・観念が広まった。

 21世紀の現段階において日本の産業経営が対峙させられている国際経済は,つぎ引用する記述のように,過去に形成されてきた「日本的経営」の管理方式が,もはや完全にといっていいほど通用しなくなっている。この記述はいってみれば,「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用」といった観念上の分類をもちだし,世の中に流通させてしまった “識者のうかつさ” を明確に指示していた, “いまから70年以上も前の論及であった。

 年功序列賃金は,養成工出の熟練賃金を単身者賃金にまで押し下げ,これを起点として家族の増加による生活費の膨張を年功にしたがう昇給によってまかなう制度である。資本がこういう政策を採りはじめたのは,明治の後半からであったが,それが定型化したのは第1次大戦後の恐慌期であった。

 註記)小島健司『日本の賃金』岩波書店,1960年,138頁。

 前段で八代尚宏が2009年に主張していた要点,「非正社員のなかでの雇用の安定化と『同一労働・同一賃金』の原則に近づけていくための現実的な労働市場が求められている」という点が,はたして今後において実現させうるかどうかの展望は,いま(2021年春)の日本における労働経済状況のなかでも,まだ全然もてないでいる。

 その「同一労働同一賃金」原則の実現そのものは, “政府が引き受けるべき経済政策” の重要課題とみなせるゆえ,政府自身による積極的な努力が要求されている。もっとも,いまの自民党政権にこの種の課題を実現させうる期待は,とうていもてない,というほかない。

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