渡辺直美に対する「容姿関連ダジャレ的」の発案だったという佐々木宏の侮蔑発言,対照的に丸川珠代に対する同じく「容姿関連ヨイショ的」だったはずの自民党議員鬼木 誠の称賛発言は異床同夢の差別的な発言

 人の見目形でその人のすべてを判断できるわけでもなし,もとよりそれで人を評するのは間違い,『パラリンピックも開催する五輪催事』に仕事としてかかわる電通有力幹部が,差別・偏見に関した基礎的な知見の以前に,20世紀の後期的な感覚でさえ問題となるような侮蔑発言,他方で丸川珠代の美貌ぶりがアジアン・ビュウーティだなどと,国会議事堂のなかで発言する時代感覚ゼロの自民党議員がいる,なお「別姓反対の丸川ではある」が,自分自身は結婚後の名字「大塚」は使っていない

 佐々木宏が「東京五輪パラリンピックの開閉会式の演出を統括するクリエーティブディレクター」になったさい,それまで担当関係者であった人びととのあいだには,なにかと不協和音が発生していたとか聞く,森 喜朗(おまけに安倍晋三,菅 義偉)とは同体質と観察されていた佐々木宏

 

  要点・1 「2020東京オリンピックの開催」はもともと不急不要の催事,この国際大運動会を,コロナ禍のもとでなにゆえ,シャカリキになって開催したいと欲望するのか,全然理解できない,自粛したらよろしい

  要点・2 障害者たちがオリンピックで競技するが,佐々木宏の今回問題になった発言の中身を忠実に解釈するとしたら,パラリンピックはどのようにダジャレ的に形容できるか,少しは想像してみるとよい
 

 「五輪開閉会式演出チーム,これまでも不協和音で迷走… 」産経新聞』2021.3.18 21:27,https://www.sankei.com/tokyo2020/news/210318/tko2103180013-n1.html

 東京五輪パラリンピック開閉会式の企画,演出の統括役である佐々木宏氏が式典に出演予定だったタレントの容姿を侮辱する内容の演出を提案していたことが発覚し,辞任に追いこまれた。演出チームはこれまでも不協和音が続いていたことも明るみになった。

 開閉会式をめぐってはこれまでも紆余曲折があった。組織委は2017年12月に企画,演出チームのメンバー8人を発表。当初は,映画監督の山崎 貴氏が中心的役割を担うとみられていたが,まとまりを欠き,2018年7月に狂言師野村萬斎氏を総合統括とし,山崎氏を五輪,佐々木氏をパラの担当に据える体制に。しかし,それでも「あつれき」が生じていたという。

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 これまで公表されてこなかったが,2019年には実質的な五輪の仕切り役は「執行責任者」に就いた振付家MIKIKO 氏へと再度変更。昨〔2020〕年3月に新型コロナウイルス禍で大会が延期になると,こんどは森氏の信頼が厚かった佐々木氏が五輪とパラの両方をみるかたちへと移行した。MIKIKO 氏は組織委に辞意を伝達し,昨年12月,チームはついに解散。佐々木氏に意思決定が一本化されたが,引責辞任に追いこまれた。(引用終わり)

 今回,渡辺直美に関した問題発生にさいしては,森 喜朗君がやはり伏線的にかかわりがあった事実をしらされる。森による「例の女性差別発言」は,彼自身の「肉体と精神の奥底」に澱のように溜まっている女性蔑視(無視もする軽視もする)の観念を体現させていた。

 佐々木宏は,その森 喜朗の引きがあって最終的に「東京五輪パラリンピックの開閉会式の演出を統括するクリエーティブディレクター」になっていた。そして,今回のような問題(話題)を提供する,つまり特定の〈因縁がある人物〉として登場していた。この佐々木にあっては,差別社会学が提供してくれている〈関係の認識〉が,電通マン流のノリノリ的な感性の立場からは,どうやら感知できていなかったと思われる。

 

 「容姿侮蔑の発言,丸川氏『不適切』 五輪開会式演出めぐり」朝日新聞』2021年3月20日朝刊4面「総合」

 東京五輪パラリンピックの開閉会式の演出を統括するクリエーティブディレクターの佐々木宏氏が,開会式に出演予定だったタレントの渡辺直美さんの容姿を侮辱するようなメッセージを演出チームの LINE に送ったとして辞任した問題で,丸川珠代五輪相は〔3月〕19日の記者会見で「まったく不適切。あってはならない発言をした」と述べた。

 補注)以下の記述をもって,さきまわりして断わっておきたいことがある。この佐々木宏による渡辺直美に対する侮蔑発言を逆立ちさせたのごとき,他者による「また別の発言」が丸川珠代に対して向けられていた。

 要は,本文中の「渡辺直美に関する問題」と「丸川珠代に関する問題」とは,表裏一体を意味していた。それゆえ,前者の問題に対する発言は後者の問題に通貫している。双方の問題は同じ土俵に立っている。

 いいかえれば,差別社会問題としてならば,その2つの問題はまったく同種・同類あるという認識が,まず最初に確保されておく必要があった。

〔記事に戻る→〕 丸川氏は「コロナ禍を乗り越えてきた東京が世界になにを発信するか,というタイミングで,その一番のメッセージになる開会式が,そのようなやりとりのなかで構想されていたとしたら非常に残念なことだ」と語った。開会式については「大会の基本コンセプトである多様性と調和を伝えてもらえるような内容になることを願っている」とした。(引用終わり)

 この丸川珠代の論評にはトンチンカンな発想が沈殿している。そもそも「現状における東京の実情」についてだが,冗談でもなければ「コロナ禍を乗り越えてきた東京」などとはいえない。世界中では大多数の国々がいま,このコロナ禍と格闘中である。

 ところが,日本はその格闘技に挑む前に最低限必要であった準備(鍛錬とか防具の準備のこと)をろくにしないままで,いままでコロナ禍には場当たり的に対応してきた。だから,要らぬ混乱をも招来させていた。それゆえ,お世辞にもけっして「コロナ禍を乗り越えてきた」日本だとはいえない。それでも,丸川珠代(たち)がそこまでいいきれるつもりでいるならば,完全にデタラメな発言をしていたと批難されて当然であり,これを甘受すべきである。

 丸川珠代によるその発言は,「日本はコロナに打ち勝つ」ための「日本モデル」を備えているなどと,いうなれば〈迷信・妄想〉的な発言をした安倍晋三や菅 義偉の背中をみながらのものであった。だが,コロナ禍がひとまずでも,当面においては収束する(終息ではないその)見通しは,いまのところ専門家であっても正確には予測できていない。

 なかでも,新型コロナウイルス予防接種ワクチンの調達・確保をめぐって伝わってくる日本政府「後手後手」(な疎外)感は,日本政府の落ちこぼれ的劣等生ぶり,換言すればそのコロナ禍との闘いぶりがいかに拙劣であるかを象徴していた。丸川珠代がトンチンカンだといったのは,自分の頭脳を濾過させて発言したと感じられるコトバが,ひとつもなかった点を理由にしている。

 

  濵田理央「丸川珠代氏に『アジアンビューティーと呼ばれ人気があった』 丸川氏が環境大臣時代に関わったパリ協定締結時の『思い出』を尋ねるやりとりがあった。自民議員が予算委で質疑」『HUFFPOST』2021年03月02日 11時54分 JSThttps://www.huffingtonpost.jp/entry/marukawatamayoshiniajianbyutitoyobareninkigaattajimingiingayosanideshitsugi_jp_603d8dd2c5b6ff75ac3ece11

 3月2日に開かれた衆議院予算委員会の締めくくり質疑で,自民党議員が丸川珠代オリンピック・パラリンピック担当大臣に対して「各国首脳からアジアンビューティーと呼ばれ,大変人気があった」と発言する場面があった。

 みた目で人を評価するのはルッキズム(外見至上主義〔lookism〕)と呼ばれ,褒める文脈であっても,公的な場の発言としてはそぐわないとみなされる。

 補注1)ルッキズムについてはこういう説明がある。「美男子・美人(≒美少年・美少女)」をもち上げ,逆に「身体的に魅力的でないと考えられる人びと」を差別的にあつかうことを指す。

 補注2)たまたま,丸川珠代がこのルッキズムの対象になっていて,それも国会のなかでわざわざその点に触れる「自民党の男性議員」がいた。ところが,渡辺直美に関して生じていた問題,すなわち,自分が対象になったルッキズム的な視線の方向性と裏腹になる「ヒトの見目形のあり方に関する問題」についてなのだが,この丸川自身が大臣の立場からいさめる発言をしていた。

 だが,自分がルッキズムの対象に祭りあげられていた事実と,以上のごとき渡辺直美が遭遇させられたその関連の事実とは,同床異夢ならぬ異床同夢であった。丸川珠代はもしかすると,その本質的な同類性に気づいていないのか?

 要は,渡辺直美に対する佐々木宏の発言がいけないというのであれば,その男性議員が丸川珠代に対してルッキズムの気持で発言した中身もいけないはずである。この両方の発言の方向性には逆の要素があるとはいえ,そのベクトルとして有する総合的な意味は〈逆的であっても完全に同一のもの〉であった。

〔記事に戻る→〕 この発言は,丸川大臣に近い立場の与党議員が,丸川大臣に過度におもねるようなやりとりのなかで出てきたものだった。質問したのは,自民党の鬼木(おにき)誠議員。丸川氏が環境大臣だったさい,環境大臣政務官としてパリ協定が採決された2015年のCOP21(気候変動枠組み条約締約国会議)にともに参加した。

 質疑でそのことに触れながら,当時の環境大臣として「パリ協定締結に向けて国際的な交渉を重ねてこられた思い出やご苦労,脱炭素に向けた世界のモメンタムが加速する現状への考えは」などと尋ねた。

 丸川大臣は,パリ協定締結当時のことなどを振り返り,鬼木議員に「(当時)重要な役割を担ってもらった。この場をお借りして心から感謝を申し上げたい」と述べた。つづけて「聖火リレーも,福島県で作られる,環境に優しい製造工程でつくられた水素によって灯される」とオリパラに結びつけた。

 丸川大臣の回答が終わると,鬼木議員は「また各国首脳からアジアンビューティーと呼ばれ,大変人気があったという話も,現地で聞こえてまいりました」と発言。「本当にタフな交渉,パリ協定を成立させたという経験を胸に,しっかり自信をもって,東京オリパラに向けてがんば張ってもらいたい」ともち上げた。

  ※ 与党議員の「ヨイショ」質問 ※

 質疑に立った与党議員が,政権や回答者を過度に持ち上げるシーンは,過去にもある。

 朝日新聞によると,自民党松川るい議員が2019年の参議院予算委で,日米貿易協定をめぐって「安倍総理,茂木大臣の卓越した外交能力,交渉能力により,非常に良いタイミングで短期間にまとめてくださったことを,日本国民を代表して感謝したい」と褒めちぎる場面があった。

 協定締結日が茂木敏充外相(当時)の誕生日に近かった点に触れて,その意義を問う場面もあり,野党議員が委員会終了後に「単なるヨイショだ」と批判。自民党の閣僚経験者も「あれはやり過ぎ」と苦言を呈したという。

 今回,鬼木議員が,オリパラ担当大臣の丸川氏に対して,環境大臣時代の「思い出」を尋ねた場面では,失笑が起きていた。(引用終わり)

 国会において圧倒的な勢力を誇る自公民「内閣・政府」の傲慢・強引・僭越・横暴ぶりといったら,あまりにも目に余っているが,今回はそれらの粗暴さがさらに度を越してしまい,奇怪な身内褒めにまで突っ走っていた。

 だが,丸川珠代(大臣)に対する鬼木 誠(自民党議員)の発言は,渡辺直美に対する今回の佐々木宏による侮蔑を,いってみれば,逆さ返しにした『ベタ褒めの賛辞』であった。丸川がアジアン・ビュウーティだとのたもうたわけであるが,その反極的な立場に立ったかのような発想に依った佐々木宏風の渡辺直美「観」が,事後的にはダジャレ的だったといいわけをともないながら,発射されていた。

 つまり,丸川珠代は自分が「アジアン・ビュウーティだ」などと礼賛されたとき,きっと,けっして怒るどころか大いに気分をよくしたに違いない。だが,ルッキズムの観点もさることながらそれ以前に,「人間の容姿」で人をうんぬんする価値観:言動は,その対象にされた人を傷つけるものだという留意(常識的な感性)が不可欠である点を忘れてはいけない。

 したがって,丸川珠代は,今回において「佐々木宏が渡辺直美のこと」を「容姿の特徴:個性のあり方」に関して発言したため大問題になっていた事実,そしてさらにはこれを基本的に反転させた関係のなかで,鬼木 誠が自分(珠代)のことをルッキズムの対象にして褒めちぎったことじたいを,ただちに同時に,重大な問題として気づいていなければいけなかった。しかし,この問題性に対して彼女はまったく気づくことがなかった。

 

 「『採用されてたら断る』 渡辺直美さん,演出問題語る」朝日新聞』2021年3月20日朝刊36面「社会」

 この記事を引用する前にこういう指摘をしておく。渡辺直美側は今回の問題(「オリンピッグ」関連)に対しては,少し間を置いて反応を示したが,自分の気持をととのえてから,かなり上手に,世間に対する反応を示していた。ともかくつぎに,この記事を引用する。

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 --東京五輪パラリンピックの開閉会式の演出を統括していた佐々木宏氏が,お笑い芸人の渡辺直美さん=写真=の容姿を侮辱するようなメッセージを演出チーム内に送っていた問題について,渡辺さんは〔3月〕19日夜に行った YouTubeライブ配信で言及した。

 開会式への出演依頼を受け,振付師・演出家の MIKIKO 氏らが手がける開会式の演出案を聞いたときは「最高の演出だった。それに参加できるのはうれしかった」と振り返り,

  「(周囲からの助言で佐々木氏の案が却下されたのは)一つの救い」

  「もしもその演出プランが採用されて私のところに来た場合は,私は絶対断ってますし,その演出    を批判すると思う。芸人だったらやるか,っていったら違う」

  「これが日本のすべてと思われたくない。(元々の演出案を)皆にみてもらいたかったし,私もが    んばってやりたかった。その悔しさが大きい」

などと語った。

 また他人の容姿を揶揄(やゆ)する言動について「自分の髪色,着たい服,体のことは自分で決めたい。決めるのは自分自身」などと呼びかけ,「これ以上これが報道されないことを祈る。これをみて傷つく人がいるから」と語った。(引用終わり)

 さてここでは,「渡辺直美は台湾とのハーフ 『日本語も片言だった』 テレビ告白に反響」『J-CASTニュース』2016年07月11日18時31分,https://www.j-cast.com/2016/07/11272200.html という記事から,つぎの段落を紹介しておきたい。

 お笑い芸人の渡辺直美さん(28歳)は,実は日本人と台湾人のハーフで,日本語の分からない母親に育てられたこともあって日本語は片言で,18歳で芸能界デビューしテレビに出ても2,3年はほとんどしゃべっていなかった。

 

 インスタのフォロアー数は芸能界トップの440万人。

 

 渡辺さんは現在,テレビやライブイベントに引っ張りだこでCM契約は10社,インスタグラムのフォロアー数は芸能界トップの440万人,PUNYUS(プニュズ)というファッションブランドのプロデューサーをするなど超売れっ子になっている。

 

 ネットでは渡辺さんが台湾人とのハーフだったり,芸人としてのコンプレックスを抱えていたとは知らなかった,という驚きの声が挙がっていて……。(後略)

 この記述を読むと,渡辺直美は相当慎重になって,今回における佐々木宏の「オリンピッグ」観に対応・対置させるべき自分の文句(実質的には反論になっているものだが)を,練っていた点が感得できる。

 要は,渡辺直美のほうが佐々木宏より何枚も上手(うわて)であった。それにくらべて丸川珠代は,「同種の問題」が自分にも〈降りかかっている事実〉を,全然感知できていなかった。

 渡辺は結果的に,今回の問題発生を受けた時,丸山などは足元にも近寄らせないかたちでうまく反応していた。つまり,相手を攻撃(口撃)しないかたちをとってであっても,渡辺は自分の立場から必要である「反撃と批判」を,みごとなまでに相手側に切り返せている。

 ついでにまた,丸川珠代に対してはこう断わっておきたい。ルッキズムに対した渡辺直美によるこのような「温和な反論」に相当するものを,丸川が自分の立場から鬼木 誠(など?)に返さないまま,「ルッキズムの対象」にされて「アジアン・ビュウーティ」だなどと褒められていた。そのさい,この事実を自分の内心でのみただ喜んでいるだけだとしたら,そのビュウーティそのものの活かしどころは,本当のところ定置できまい。国会議員・大臣としての立場から,そのビュウーティをいい意味で大いに発揮させてほしいものである。

 

 「山口〔二郎〕教授,国会での『アジアンビューティー』 丸川氏称賛に『与党の質問はくだらない』」『デイリー』2021.03.02,https://www.daily.co.jp/gossip/2021/03/02/0014119540.shtml

 山口二郎法政大学教授が〔3月〕2日,ツイッターに新規投稿。自民党の鬼木誠議員が衆院予算委の質問のなかで,丸川珠代五輪相が各国首脳から「アジアンビューティーと呼ばれた」と,容姿について称賛したことが物議を醸しているなか,与党議員の質問時間の使い方について苦言を呈した。

 鬼木氏は環境大臣政務官時代,パリ協定の2015年の採択で,当時環境相の丸川氏とパリを訪問した話を切り出し,「当時の思い出やご苦労を聞かせて欲しい」と質問。その流れで,鬼木議員は「各国首脳からアジアンビューティーと呼ばれ,大変人気があったと現地で聞こえて聞きました」と元上司の丸川氏を称賛した。

 山口氏は,こうした “ヨイショ” ともとれる “質問” について「与党の質問は,なんでこんなに下らないのだろう」と一刀両断。そのうえで,「与党であっても健全な思考力や論理的な表現力をもっていることを示すチャンスだとは思わないのかね」と問題提起した。(引用終わり)

 自民党内には数多くの議員がいるが,「魔の3回生」といわれる特定集団がいて,この一群はつぎのように解説されている。

 2017年の第48回衆議院議員総選挙後は「魔の3回生」と呼ばれる〈トンデモな国会議員〉の集団を誕生させていた。

 

  この「魔の3回生」ということばは,2012年の第46回衆議院議員総選挙自民党が大勝したさいに初当選した多数の議員が,2014年の第47回にも当選し,「2回生」となったのち,第3次安倍内閣において不祥事で離党や議員辞職に追いこまれる衆議院議員が続出したことから使われるようになった。

 鬼木 誠の場合,衆議院選挙(福岡2区)で初めて当選したのは,2012年の第46回衆議院議員総選挙であった。つづいて2014年の第47回衆議院議員総選挙でも当選した。,さらに2017年の第48回衆議院議員総選挙でも当選していた。

 つまり,鬼木 誠はこの「魔の3回生」の1人だとみなされていい。この国会議員に「アジアン・ビュウーティ」だと,国会の議論の場で称揚された丸川珠代君,気分がいいのか? そうだとしたら,精神のほうはそれほどビュウーティだとは思えなくなるのだが……。

 

 「デーブ・スペクター,渡辺直美侮辱問題に憤慨 『五輪の名前はイジっちゃダメ』」『excite.ニュース』2021年3月20日 05:15,https://www.excite.co.jp/news/article/Sirabee_20162537052/

🌑 〔3月〕19日放送の『バラいろダンディ』(TOKYOMX)で,デーブ・スペクターが渡辺直美を侮辱するような演出案を関係者のグループ LINE に投稿していた佐々木宏氏と,報じた『週刊文春』に苦言を呈した。

 「そのときいうべき」と持論 ■

 

 デーブは佐々木氏の送信した LINE が流出したことについて,「1年前に不愉快だったら,そのとき普通言うべきでしょう。名乗り出さなくても」と情報リーク者に苦言を呈す。

 

 続けて,「誰がリークしたか,大体想像がついてると思うんですよみんなが。あのなかの住人で。佐々木さん本人じゃあるまいし」と話す。さらにデーブは「盛り上げるために,本気でやりそうもないようなものも,いうんですよ,頭で」と佐々木氏に一定の理解を示した。

 広告業でクリエーターの仕事に従事する人間は確かに「本気でやりそうもないようなものも,いうんですよ,頭で……」ということらしいが,このスペクターのように理解(共感)だけを単純に示すのは「問題あり」である。

 渡辺直美側の反応の仕方が数段も賢かったと感じさせるのは,そのあたりにはさらに「時限爆弾として隠されているかもしれない〈危険な要素〉」を,なるべく触らない,他者には悟らせない配慮をしていた点である。

 

 「〈社説 コラム 筆洗〉『何を笑うかでその人柄が分かる』と言ったのはフランスの劇作… 」東京新聞』2021年3月19日 07時25分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/92392

 「なにを笑うかでその人柄が分かる」といったのはフランスの劇作家らしい。なにで人を笑わせるかに演出の力量やセンスは表れると思わされて,感心したのが,映画監督ダニー・ボイル氏によるロンドン五輪の開会式だ。

   ▼ 厳かな雰囲気も漂うなか,エリザベス女王と「007」のスパイ,ジェームズ・ボンドがパラシュートで,降りてくる映像が流れた。映画「Mr. ビーン」のコメディアン,ローワン・アトキンソンさんが楽団の演奏者にふんして登場する場面もあった。笑顔がたくさんあったのを覚えている。

   ▼ おそらく,こちらもコメディー風の場面をめざしたのだろう。タレントの渡辺直美さんを起用する東京五輪開会式の「オリンピッグ」の演出案である。実現していれば,ロンドンのような笑顔は望めなかったはずだ。心が痛む人もいたかもしれない。演出の統括役の佐々木宏氏が,渡辺さんへの侮辱的な演出の提案を認めて辞任した。

   ▼ 社会の枠から時にはみ出すこともある創造的な分野の話であり,実現しなかった案の話でもある。

   ▼ とはいえ,強くかばう気持にもなれないのは,五輪・パラリンピックの式典が,冷笑されることにならなかったかと不安を感じるからだ。

   ▼ 佐々木氏の力量を高く評価した森 喜朗氏も組織委会長を引責辞任した。大会は近づくが,機運をくじくようなことが続く。たくさんの笑顔はあるのだろうか。(引用終わり)

 今日は2021年3月20日春分の日),この時期になっても,海外からの観客は入れないで五輪を開催したいなどと,政府や都はこだわっている。もうすぐ予定されている「聖火リレー」をどうしても発走させたいのである。しかし,五輪組織委員会などの関連する体制側に陣どる人びとは,すでに世界中から冷たい視線が日本に向けて集まっている事実に,まさか気づいていないのか?

 いまのこの時期である,世界規模で新型コロナウイルス感染症パンデミック状態にあるなかで,なにゆえまだオリンピックを開催したがっているのか? それに,いったいどのような人類史的な意義がありうるというのか?

 いまだに「東京オリンピックパラリンピックについては,新型コロナに打ち勝った証として,安心安全の大会を開催することに,全員の支持をうることができました。大変心強いと思います」などいってきて憚らなかった,つまり「脳天気」という形容すら当たらない,どこかの国の首相がいる。

 そうした発言は冗談以前の,なんら根拠のない強がりであった。コロナ禍は2020年に入って急に現象しだした疫病であって,もともと五輪とはなんの関係もない。それなのに,仮に五輪の開催をともかく強行したあと,コロナ禍が収束(終息)していなかったら(そもそも時期に観て「その収束の可能性」は99.99%ないはずである),日本の最高責任者はどう責任を取るのか? 

 という前に,冗談にもなりえないような,それでいて冗談のような独断ばかりが,この日本国内ではいい気になって流通している。それでなくとも,これまでのこの国に特有のみっともない為政がつづくなかで,コロナ禍のもとで五輪(国際大運動会)を開催などしたら,このコロナ禍を日本国内においてより複雑化・深刻化させたうえで,さらに海外に搬送・流出することになりかねない。

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