「トリチウム」という核種キャラクター化はその元祖『鉄腕アトム』を思いださせる,原子力村幹部がいまもなお構想している「大衆洗脳」のためのその企画だが,「キャラクター化されたトリチウム像」は百害あって一利なし

 敗戦後史として米日間「上下・服属の関係」におけるひとつの冷厳なる現実,「日本国民」に対する原子力思想的な「洗脳」作業は,21世紀の現在にもなっても依然継続されている

 

  要点・1 この地球上で非常に危険な核種・物質「トリチウム」を安全・安心だと喧伝してきた過去

  要点・2  「ゆるキャラ」化されたトリチウムの害悪性

  要点・3 ウォルト・ディズニーが生んだ最大のキャラクター「ミッキーマウスの愛犬」は,あの耳の垂れた犬「プルート」であるが,1930年の冥王星Pluto)発見がきっかけとなって同年に誕生した「ディズニーのキャラクター」,こちらではプルトニウムの話題

 

  原発の耐用年数に関する奇怪な見解-休止中の期間は耐用年数に計算するな,除外せよという奇想天外-

 a) 初めにこういう話をしておきたい。ここに,ある人が5年前に購入した乗用車があるとする。この車に乗っていなかった時間を全部足してこの期間を耐用年数から引いて,この車の耐用年数とするのが正しいといったら,会計学者・経営学者・経済学者・法律学者たちなどからは,君は本当に「馬鹿だな」といわれる。

 その車の場合,通勤用に利用するのが主な用途と仮定しよう。会社に出勤するのは1週間のうち5日,通勤時に使用する時間は往復で2時間としておく。そしてそのほか,自宅の用事,買い物にいったり家族を乗せてドライブに出かけたりとかそのほか,この車を利用してきた時間に計上されるべきもろもろの時間を全部合計したのちに,

 それらに費やしたところの「すべての時間⇒期間」を,この車を「購入してから5年」〔になった〕という期間から「引くための期間」とみなしてうえで,耐用年数を計算するのだと考えることにしておこう。

 すなわちここだけの話だが,実際にこの車に乗って動かしていた時間は「1年くらい(?)」の期間にしかならないゆえ,「5年-1年」=「4年」分は耐用年数の計算に入れないなどと決めるのは,噴飯ものだという以前に,デタラメ三昧の,単に突飛な発想である。この種の議論が本当にまかり通ることになったら,世の中に騒然たる話題を提供する。

 ところが,原子力村からは,以上のごときトンデモない〈たとえ話〉をもってしてみた「事例に該当する発案」が,本当になされていた。本日(2021年4月21日)『日本経済新聞』朝刊の記事は,その種のアクロバット的な構想が出てきたと報道している。以下に引用する。

 b) その記事の見出しは,「原発運転期間に延長論   停止期間除き『実働』に  安全面で慎重意見も」である。

 原子力発電所の「延命」の議論が活発になってきた。国内では東京電力福島第1原子力発電所の事故から原子力規制委員会の審査が続き,止まったまま40年の法定耐用期限が迫る設備が多いからだ。残り寿命が短くなると電力会社は再稼働の投資をためらう。与党内などからは停止中の期間を全体の運転期間から除き,「実働ベース」でみるべきだとの声が出ており,政府内で検討を急ぐ。

 補注)このような耐用年数に対する考え方(の発想をめぐる大逆転的な発案)は,たとえば,はたして新幹線用の車輌管理にも通用しうるか? 確かに走行距離でそれを計り決めるという方法もありうるが,新幹線の場合については,つぎのように比較した説明がなされている。

 路面電車鉄道車両のなかでも「長持ち」の部類に入る。とさでん交通の200形209号車(写真〔    は別所から引用〕)は1952年の製造から66年が経過しているが,いまなお現役(児山  計撮影)。

 

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 鉄道車両は鉄道会社が利益を出すために用いる「資産」であり,減価償却期間が定められています。電車の場合,税制上の耐用年数は13年です。しかし13年が経過したら廃車しなければならない,ということはなく,法定検査をパスすれば14年目以降も問題なく使えます。

 

 では,部品交換を続けていれば永久に使えるか,といえばそうとも限りません。実際毎年多くの車両が廃車されています。(中略)

 

 部品の寿命は,列車の走行距離が長くなるほど短くなります。新幹線のように1日あたりの走行距離が長く,高速運転をおこない,さらにトンネル通過時の激しい気圧変化でボディを酷使する車両は劣化が早まる傾向に〔ある〕。そのため,在来線の車両が一般に30年から40年程度使われるのに対して,新幹線車両は13年から20年ほどで廃車となってしまいます。

 註記)「鉄道車両の寿命どう決まる?  『わずか数年』『50年以上』を決める要素は」『excite.ニュース』2018年9月7日,https://www.excite.co.jp/news/article/Trafficnews_81289/

 原発という装置・機械は鉄道車輌ではないが,その中心部分を構成する圧力容器の耐用性を,新幹線用の鉄道車輌と同じ次元で論じるのは,相当に無理がありすぎる。それにしても,「耐用年数が40年と規定された原発」のそれを,

 さらに「運転期間を20年を超えない期間で,1回に限り延長する」という,政府側の延命策をめぐる議論は,「1回に限り」という表現の詭弁的な用法はさておいて,原発という装置・機械の理化学的な特性に鑑みて非常な無理があるだけでなく,危険性を潜在的にはらませる便法のリクツである。

〔記事に戻る→〕 自民党の総合エネルギー戦略調査会は〔4月〕20日,次期エネルギー基本計画に向けた文書に「運転期間制度のあり方を含めた長期運転の方策について検討する」と記した。

 同日の会合に出席した議員から「停止期間を抜かないとおかしな話になる」との意見や「40年は(運転開始からではなく)稼働している期間でみてほしい」との声が出た。一方「際限なく運転できるものでもない。科学的根拠を示していつまで大丈夫か確認してほしい」と慎重論もあった。

 補注)この「停止期間を抜かないとおかしな話になる」という主張じたいが,実におかしい話=主張であった。人間の生涯にあえてたとえて話をしてみる。人間の寿命は睡眠時間は抜いた長さとして,その実質となる年月の期間だけを数えないといけないなどといったら,「オマエの頭はどうかしている」と間抜けあつかいされるのがオチである。

 前述の自動車の耐用年数に関する論述が,「自動車の走行していない時間:停止期間」を抜かないとその耐用年数が正確に計れないというのは,片面的な説明にしかなりえない。もとより底が抜けた議論でしかない。要は,ものごとの全体的な把握ができていない。

 経団連は〔2021年〕3月にまとめた電力システムの再構築に関する提言で,「長期停止期間を運転年限から除外する方向で制度を見直すべきだ」と求める。

 補注)人の住まない住宅が痛んでいく速度が,そうではない場合に比較して速いことは,常識的にも実際的にも確認されている。原発の場合,とくに配管関連の設備は長延であり,この点すら考慮に入れるつもりもないのかのようにして,ともかく「停止期間を抜かないと」「耐用年数が正確(?)に計算できない」〔かのように〕いいたがるのは,それこそタメにする議論でしかない。

 稼働させていない期間が長ければ長いほど,実際には「原発の経過年数」そのものに応じてだが,設備管理面において支障や難点があれこれ生じやすい状態になっていく事実は,ごく常識的に認識されるべきことがらである。この点を完全に度外視しても平然と「停止期間を抜かないとおかしな話になる」というのは,どうみても非科学的な発想であり,それ以前に常識の理解として幼稚である。

 国内の原発をめぐっては,2011年3月の福島第1原発事故を受けてすべての原発が一斉に止まった。原子力規制委員会の認可や地元の同意を経て再稼働したのは9基にとどまる。事故後の原子炉等規制法の改正に伴い,原発の運転期間は「原則40年まで」で,特例で延長を認めても60年までだ。長期停止している間,40年まで残り10年程度になっている設備もある。

 政府は2050年の温暖化ガス排出の実質ゼロに向け,発電時に二酸化炭素を出さない非化石の電源を重視する。太陽光などの再生可能エネルギーを大量に導入するものの,一定程度は原発に頼らざるをえない。2030年度に2割を原発でまかなう現行計画は維持する方針だが,発電全体に占める原発の比率は現在は6%にとどまる。

 補注)この段落の説明は興味深い。本来,原発がCO2 とはいっさい関係がないとはいえず,最近はこのように「発電時に二酸化炭素を出さない非化石の電源」という表現を用いて,言外に遠回しにだが〈原発の必要性〉を懸命になって示唆したい書き方を重ねている。

 もっとも,昨今における日本の電力事情は,原発を1基も稼働させなくともなんとかやりくりできる。つまり,そうであっても特別に大きな支障が生じない発電体制は,ととのいつつある。しかし,それでもともかく原発を稼働させたいという「ある種の暗示を介した」その強調ぶりは,日本国財界新聞であり,原子力村を支持し協賛する新聞社である「日経の立場」の意思となって,いつもこのように記事のなかに潜りこませている。

 世論の反対などを考えると,原発新設はいまのところ現実的ではない。原発で電力の2割をまかなうには既設の設備の再稼働を進めることが欠かせないが,残りの設備寿命が短くなると電力会社が数千億円規模の再稼働に向けた投資をためらう可能性が高い。電気事業連合会は「すでに安全対策投資に対する回収見通しがきびしくなる恐れが出つつある」と訴える。

 補注)日本企業が原発1基を新設するために必要な投資額は,最近では1兆円に急騰していた。しかし,ほかの最新鋭のLNG火力発電の場合,1基の出力が100万キロワット / 時として,こちらの「100万kW発電所」の「発電設備本体の費用はタービン建屋等を含み,1000億円となる試算であ」る。「このうち,発電所の建屋の一般的な費用負担は,タービン建屋:20億円,管理棟:10億円の合計30億円程度とされている」。

 註記)「第5章 発電所の建設費(100万kW)」『東京都環境局』2018年1月24日,https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/tochi_energy_suishin/index.files/5_hatudennsyo_kensetuhi.pdf,99頁。

 しかも,LNG火力で最新鋭の設備である場合,熱交換比率は60%台にまでなっている。これに対して原発は,半世紀以上かけていながらあいもかわらず,33%である。日本での話として,双方の建設費を比較すると「話にもならないくらいの大きな差」,いってみれば「格差がある」。それでも,原発の新設がまだ話題になる「現状日本における原発関連の事情・情勢」には,エネルギー問題としてよりも軍事問題として吟味しておくほうが適当である。

 政府は今後,40年の運転期間制度の運用の見直しなどの検討を始めるが,課題は現時点でも山積みだ。

 国内各原発では,長期停止後に再稼働する場合,多くの設備を取りかえる。取りかえられない圧力容器は,発電しなければ中性子線という放射線による劣化は起きないとされる。ただ,延命措置は最新の安全対策や設備に比べて設計じたいが旧式のままになる懸念もある。原子力にかかわる人材が手薄になり,長期停止後の再稼働には人材やノウハウの継承も課題だ。

 補注)ここでも奇妙な指摘が披露されている。原発の「圧力容器は,発電しなければ中性子線という放射線による劣化は起きない」ウンヌンの言説は,原発についてだからこそ特別に配慮された話題になっている。あえて単純に話をすると,車のタイヤはこの車を走らせなければ減らないというたぐいに似ているけれども,圧力容器のほうはもっとむずかしい技術的な問題があった。

 仮に停止中を運転期間から除くような場合は原子力規制委による安全性の担保と確認がこれまで以上に必要になる。


 「春秋」『日本経済新聞』2021年4月21日朝刊

 いまでは広く使われる「風評被害」という言葉は,もともと放射能汚染への恐怖とともに世にまかれた。太平洋ビキニ環礁での水爆実験に巻きこまれた第五福竜丸にはじまり,原子力船「むつ」の放射線漏洩,東海村JCO臨界事故,そして福島第1原発メルトダウン

 補注)この「風評被害」を話題にするさい,他方でのあつかい方としては,いわゆる印象操作的にその被害が「風評だけによるもの」(それ以外にはありえないというもの)であって,故意にその話題を「過敏な反応」の論点だという穴蔵に閉じこめ,片付けて(黙らせて)おこうとする要領が使われるので,注意を要する。

 ▼ 1950年代からほぼ20年ごとに繰り返される事故のたび,海の幸,山の幸がいわれのない忌避にあい,漁や農耕で暮らす人びとを苦しめてきた。風評とは世間でのうわさのことだが,実は流言飛語だけで深刻な差別を伴う被害は起きない。つぎの3条件がそろった時に発生する,と分析したのは東京大准教授の関谷直也氏だ。

 ▼ モノが余るほどあり,情報が過剰にあふれ,安全があらゆる場所で当然の前提としてなりたっている。日本は世界的にみても,これらが顕著な社会だと著書『風評被害』(光文社新書)で指摘する。風評を打ち消す良策は,メディアによって報道されなくなり,人びとから忘れ去られてしまうこと。つまり「風化」だという。

 ▼ 国と東京電力が福島第1原発にある大量の処理水を薄めて海に放出すると決めた。今後,専門家の知恵を借りて風評被害への対策を練る。しかしすべてを放出するまで30~40年もかかる。その間にも,決して風化させてはいけない事故と災害の記憶はある。忘れてもよい情報だけを水に流す術(すべ)が,人の心にないものだろうか。

 この日経朝刊コラム「春秋」は,「忘れてもよい情報」に言及する以前に,「忘れないように教えておく情報」が,その処理水(汚染水)の中身に関した議論をするに当たっては必須であった事実に触れていない。こちらの考慮が不在である点のほうが,むしろ要注意:疑問であった。

 東電福島第1原発事故現場から湧き出ている汚染水には,これを処理水にしたところで,トリチウム以外にまだいくつもの核種を含有している。これを薄めて太平洋に排出するという手順が予定されている。2年あとから始まる作業として決定されている。

 通常の原発から排出されるトリチウムだけが,東電福島第1原発から太平洋に流されるのではない。すなわちい,事故に関連して発生しつづけて処理されているという「その処理水」のなかには,まだ多くの核種の放射性物質が汚染物質として含有されたままである。この事実は,専門家であれば既知であった。

 専門家が危惧しているのは,トリチウムだけがクローズアップされていることだ。大新聞テレビは,汚染水を多核種除去設備「ALPS」で浄化しても,トリチウムだけは除去できないと報じ,原子力ムラは「トリチウムが放出する放射線は弱い」「自然界にも存在する」「通常の原発でも発生し,基準を満たせば海に流している」と,海洋放出は問題ないと訴えている。

 

 しかし,大手メディアはほとんど問題にしていないが,「ALPS」で取り除けないのは,トリチウムだけではないという。トリチウム以外にもヨウ素129,セシウム135,セシウム137など,12の核種は除去できないという。自民党の「処理水等政策勉強会」の代表世話人・山本拓衆院議員がこういう。

 

 「東京電力が2020年12月24日に公表した資料によると,処理水を2次処理してもトリチウム以外に12の核種を除去できないことが分かっています。2次処理後も残る核種には,半減期が長いものも多く,ヨウ素129は約1570万年,セシウム135は約230万年,炭素14は約5700年です」。

 註記)「原発処理水にはトリチウム以外に12の核種が残留…『国民に事実を』と指摘したのは自民・原発推進派」『日刊ゲンダイ』2021/04/14 14:10,https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/287910

 

【参考記事】


 「キャラクター化したトリチウムゆるキャラ』と批判も」asahi.com 2021年4月16日 10時30分,https://digital.asahi.com/articles/ASP4H6T51P4GUGTB00T.html

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 補注)チラシ(  ↓  )に印刷されているキャラクター化されたトリチウム。「水道水や私たちの体の中にも存在する」と説明されている=復興庁のチラシから。

 

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【福島】    復興庁は〔4月〕14日,東京電力福島第1原発の処理水に含まれるトリチウムをキャラクター化して説明したチラシや動画について,ホームページなどでの公開をわずか2日でやめた。分かりやすく伝えたいと「ゆるキャラ」のように表現したが,問題の深刻さとのギャップに批判が集まり,中止した。

 補注)なお,その動画はユーチューブにはすでに転載されており,まだ視聴できる。本ブログ筆者は,本日(2021年4月21日水曜日・午前7時)の時点で視聴した。

 ここに紹介するその動画,「飲んでも大丈夫 !? プルト君の弟が誕生しました~ !」は午前8時32分に検索したところ,「103 回視聴」(2021/04/16,公表の動画である)と付記されている。

 また,午前7時直前に視聴したときは,確か「88回 視聴」と出ていたと記憶する。ここでは,その時に切り取ったこの動画の一画面を紹介しておく。

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 この「プルトニウムを飲んでも大丈夫」については,ある公開討論会の席上においてであったが,原発反対派の学者小出裕章を “コケにしたいかのような発言(暴言)” を吐いた大橋弘忠(当時,東大工学部教授)が有名であった。

 その公開討論会の様子を伝えるユーチューブ動画があった。「雲隠れした『プルトニウムは飲んでも安心』の大橋弘忠」平成17〔2005〕年12月25日,唐津ロイヤルホテル(現在,ダイワロイヤルホテル ホテル&リゾーツ 佐賀唐津)で開催された,佐賀県主催プルサーマル公開討論会玄海原子力発電所3号機プルサーマル計画の安全性について」https://www.youtube.com/watch?v=6byKIUiuBcg(42万 回視聴 9 年前)が,それ(  ↓  )である。

 上の動画の内容は 「京都大学原子炉実験所助教  小出裕章氏による情報」2011-06-02,https://hiroakikoide.wordpress.com/2011/06/02/gendai-may30/  からも,その討議内容に関して一部をしることができる。

 以下に紹介する内容は,現時点においてごく簡単に総括することになるが,完全に小出裕章の勝ちであり,大橋弘忠の負けであった。勝ち負けで表現するのが好ましくないというのであれば,科学の立場から発言していたのが小出であって,大橋はその反対側に位置する発言に終始していた。その後,「3・11」以後の話題を追跡すると,大橋は姿をくらまし,小出は八面六臂の活躍ぶりをしている。その後における2人の経過は,対照的であるとい以上に意味深長であった。

  小出裕章氏と大橋弘忠氏の誌上対決(『週刊現代』)◆

 2011年5月30日(月)発売の『週刊現代』の記事で,大橋弘忠氏(〔当時〕東京大学大学院工学系研究科教授,原子力委員会専門委員)と小出裕章氏(〔当時〕京都大学原子炉実験所助教)のコメントがともに掲載されていた。

 その誌面では,両氏が直接対話しているわけではないが,2005年に佐賀県でおこなわれたプルサーマル公開討論会の模様(参考記事)をしる人にとっては,「因縁の対決」ともいえる記事になっていたと思える。

 記事名は「『プルトニウムは飲んでも大丈夫』原子力村の東大教授へ」『週刊現代』2011年6月11日号,5月30日発売。

 ※-1 小出裕章氏のコメント

 「毒物というのは体への取りこみ方でその毒性は変わります。プルトニウムの場合,水として口から飲むより,空気中に微粒子として飛ぶプルトニウムを鼻から吸いこむほうが怖い。ほんの少量でも吸いこむと肺がんで死んでしまうリスクが高まるからです。ですから,確かに吸い込むより飲むほうが危険度は低い」。

 「とはいえ,水としてプルトニウムを飲んだとしても,被曝するのは事実。被曝というものに,安全なものはありません。したがって『プルトニウムは怖くない』という彼の発言は,明らかに間違いです」

 ※-2 大橋弘氏の見解

 『週刊現代』編集部は,大橋氏に対し,「プルトニウムを飲め」といわれたら飲むことができるのか,またいまでも「原発は安全」といい切れるのか,直接取材を試みたということですが,大学に話すなといわれている,授業が始まるからなどの理由で応じなかったそうです。

 ただし今回の事故についてはメールでの返答があったということです。概要は以下のとおりです。

 イ) 今回の事故の原因は津波だけであり,地震動はほとんど関係しない。10m を大きく超える津波は専門家も予想しなかった。津波が電源系をほとんど全滅させることや,海水冷却系の機器を流出させることも想定されていなかった。

 補注)「3・11」の大津波が襲来する直前の段階で,大地震が原因となって東電福島第1原発の事故が起きていた「可能性が高い」と,その現場で記録された統計資料にもとづいて客観的に報告した関係者がいる。木村俊雄『原発亡国論』駒草出版,2021年3月11日発行は,112-113頁で,その点を確言している。

 ロ) 事故については東電はよく対応してきた。あとは大きな放射能放出はないと思う。

 補注)この大橋弘忠の指摘(解釈)は外れていた。それだけのことであった。大橋の討議は幼稚な東大話法。

 ハ) まじめに技術的な解説をする人を御用学者のように決めつける風潮があるのは残念。冷静な議論や判断,それに資する報道を期待する。

 補注)いまとなってみれば,「御用学者」自身の口からこのように「自分が御用学者であるかように決めつけ〔られ〕る風潮」を非難したのは,コッケイのいたりであった。御用学者の立場からする「冷静な議論や判断」は,原発擁護・推進のためであればうまくできるらしい。だが,原発批判・廃絶派に対する大橋の口調は,初めから冷静さを失っていた。相手をみくだし,愚弄するかのような話法があった。大橋の姿は芸能人の分野では石坂浩二を想起させる。

〔記事に戻る→〕 福島大の後藤忍准教授(環境計画)は「海洋放出するのは『汚染水』ではなく,安全とされるレベルのトリチウムしか含まれていない『処理水』であることを伝える狙いがあったのではないか」とみる。

 かつて,プルトニウムを燃料とする高速増殖炉もんじゅ」を抱える福井県内の自治体や原発PR施設での広報用に作られ,批判を浴びたプルトニウムのキャラクター「プルト君」を彷彿とさせるとし,「過去の教訓を踏まえていない」と指摘した。

 補注 1)この段落は少し分かりにくいが,前段の記述を受けていた。プルト君に関する動画は以前から公開されている。「頼れる仲間プルト君-プルトニウム物語‬‏ Pluto-kun, Our Reliable Friend. 」がそれである(YouTube
4,167 回視聴,2018/10/24〔公開版〕)。この動画(  ↓  )は,1993年に当時の動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が作成した「プルトニウム物語-頼れる仲間プルト君-」として制作したものである。


  福島県立医科大の村上道夫准教授(リスク学)は「処理水ではなく,イラスト化の是非へと議論のポイントが移ってしまった。キャラクター化は親しみやすさを重視した結果だと思うが,多くの方に向けて情報を発信するとき,読む側の立場や意見も多様だということを忘れてはいけない」と話した。

 復興庁は政府方針が決まった13日,ホームページにA4判2枚のチラシと2種類の動画(本編4分26秒,短編40秒〔前述に指摘・言及したもの〕)を公開した。処理水に含まれるトリチウムは雨水や海水,水道水や人間の体内にも存在することや,原発敷地内のタンクから海に流すときは大幅に薄めることなどをキャラクターを使って説明していた。(引用終わり)

 以上の『朝日新聞』記事は,asahi.com 2021年4月16日 10時30分のものであったが,本日(2021年4月21日朝刊27面)にもほぼ同旨の記事が掲載されていた。まったく同じ内容ではないので,こちらもつぎに引用しておく。

 

 「〈ニュースQ3〉トリチウムのキャラ化物議,復興相が謝罪」朝日新聞』2021年4月21日朝刊27面「社会」 

 東京電力福島第1原発放射性物質トリチウム」を含む処理水をめぐり,復興庁が安全性をPRするなかに登場したキャラクターが物議を醸した。「ゆるキャラ」のようなみた目に,SNSなどで「問題を矮小(わいしょう)化している」などと批判があがり,公開翌日に削除される事態に。〔4月〕20日には平沢勝栄復興相が謝罪し,新たに作りなおす方針を示した。一連の騒動を振り返った。

 ※-1 批判が相次ぎ削除

 ほおを赤らめた丸い顔。頭に三重水素とも呼ばれるトリチウムをイメージした三つの丸。政府が処理水の海洋放出を決めた13日の夕方。復興庁ホームページの「ALPS処理水についてしってほしい3つのこと」にこんなキャラクターが登場した。

 だが,公開直後から「考えが浅はか過ぎる」「キャラ化する発想が国民をなめている」などと批判があがった。翌14日には国会で取り上げられ,議員からは「トリチウムは親しむべきものではない」などの指摘も。結局,復興庁は同日夜に公開休止を発表。HPからも削除された。

 キャラクターについて,同庁担当者は「放射線というテーマは専門性が高く,できるだけ関心をもってもらおうとイラストを用いた」と説明。すぐに削除したことには「批判の声ばかりが先行し,そういう目でみられてしまうと地元に逆に迷惑をかけてしまうため」と理由を明かした。

 ※-2 「親しみ」狙ったが

 このようなキャラクターが作られた背景に,国の風評被害対策の方針がある。

 原発事故による風評被害をなくす目的で国は2017年,「風評払拭(ふっしょく)・リスクコミュニケーション強化戦略」を策定した。放射線について正しく理解してもらうための情報発信などのあり方を示したものだ。

 このなかで,情報発信の対象としてもっとも重視されたのが,「児童生徒」と「教師」だ。被災児童らへのいじめや差別には「放射線に関する知識の欠如や認識不足がある」とし,子どもでも理解できるようマンガやアニメーション,動画などを使った親しみやすいコンテンツ作りを求めた。

 今回のチラシと動画は,この方針にもとづく復興庁の「放射線等に関する情報発信事業」の一環だ。放射線に関する基礎知識などの発信が目的で,2018~20年度の3年間で電通に約10億1600万円で発注され,チラシと動画は昨〔2020〕年度予算のうち数百万円で作成された。

 ※-3 復興の意識にズレ

 だが,福島県の内堀雅雄知事が「率直に残念。(風評払拭には)逆効果だ」と発言するなど,地元でも受け入れられなかった。元福島大教授で地方自治総合研究所の今井 照・主任研究員は「トリチウムに対し,現にリスクと考えている当事者がいるのに,その反応を感じと取れていないのではないか。住民たちがどう受け止めるかに思いをはせれば,ああいう発想にはならない」と批判する。

 東京都立大の山下祐介教授(社会学)は「復興の初期ならありえない話で,どこかに復興は終わったという意識があるのではないか。批判されればすぐにやめてしまうくらいで,思い入れも感じられない。原発の問題はなにも終わっておらず,国民一人ひとりの問題だ。世論がもっと関心をもつ必要がある」と話した。(引用終わり)

 東電福島第1原発事故の後始末は,いまどうなっているか? おそらく,その現場における片付け作業(「廃炉工程」ではなく後始末のこと)は,次世紀までまたがって継続していくほかない。半永久的につづくはずである。それともチェルノブイリ原発事故の現場を真似て始末をつけるしかないのか。現実的な判断が必要である。

 

  プルト君とかトリチウムのキャラクター化で思いだす鉄腕アトムなど 

 2011年の「3・11」に過酷(深刻・重大)な東電福島第1原発事故を体験させられた日本国の国民・市民・住民たちである。第2次世界大戦が終末するに当たっては,アメリカから2発の原発を落とされていた。それから66年が経ったときはみずから,原発を原爆もどきに爆発させる大失敗を犯していた。なんという因縁か。

 だからか,「3・11」の出来事を「第2の敗戦」とも呼称している。アメリカの日本総督府が東京に存在しているかのような米日従属国家体制のもとで発生したその東電福島第1原発事故は,ちょうど旧ソ連が1986年4月26日に起こしたチェルノブイリ原発事故を契機に,社会主義国会体制を弱めざるをえなくなり,とうとうその5年後に崩壊した前例を思いおこさせる。

 日本は敗戦後10年が経ったころには「もはや戦後ではない」(昭和31年度版『経済白書』)と宣言し,大戦の敗北から復帰した自国の矜持をとりもどせた気分になれていた。その後,高度経済成長を経て「経済大国」にまでなる過程において,電力生産方式として原発を大いに導入・利用してきた。

 原発は「安全・安価・安心」だと徹底的に宣伝されていたのであれば,広瀬 隆が喝破したように東京都のど真ん中に原発を立地させればよかったわけであるが,いまとなっては,原発が「危険・高コスト・不安」を象徴させた電力生産方式である事実は,とうてい否定できない。

 くわしい記述はここではできないで,以下にかかげる Amazon 通販を兼ねてかかげておく参考文献は,本日の記述の核心をより専門的に解説している。

 1冊のみ触れておく。吉見俊哉『夢の原子力-Atoms for Dream』筑摩書房,2012年は,「原子力はいかに『恐怖』から『希望』に変わったのか。戦後日本の核需要をめぐる,社会学的考察」をおこなった著作であった。要は「私たちの夢は,モンスターを生んだ」のであった。

 吉見俊哉は「鉄腕アトム」にも触れていた。そのアトムが含意したのは,原子力の平和利用ないしは端的に鉄腕アトムそのものだったとみなし,原子爆弾ではなかったという。そのアトムというコトバは,もともと原水爆と深い結びつきをもって社会に流布していった。だがその事実は,今日(「3・11」)まですっかり忘れられていたとも指摘する。

 註記)吉見,同書,250頁。

 以下には関連する原子力キャラクターの画像資料をかかげて,むすびの代わりにしておきたい。「鉄腕アトムの妹:ウランちゃん」も登場する。

  f:id:socialsciencereview:20210421125148p:plain  f:id:socialsciencereview:20210421125848j:plain  プルト君の2葉

 

 f:id:socialsciencereview:20210421125249p:plain  f:id:socialsciencereview:20210421125324p:plain  ウランちゃんの2葉

 

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  f:id:socialsciencereview:20210421125639p:plain 推進力は原子力

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