「日本の大学」の教育体制は「貧困の哲学」そのものの体現,いまやとくに高等教育制度は実質的に存亡の危機,コロナ禍で後進国呼ばわりが当然となったこの国のなかで,いまだに「高学費・低支援」の高等教育,これでは21世紀も半ばころには先進国としては最貧途上国になる

 独立行政法人日本学生支援機構(旧・日本育英会)は消費者金融業務も兼ねるトンデモない反奨学機関 であり,とくに大学教育方面においては高等教育の目的に反する役割を存分に果たしてきた,しかしいまだにその本性を変えていない

 

  要点・1 貸与型奨学金を金融業の経営のように悪用し,させる日本学生支援機構は,解体し再編成することが緊急課題

  要点・2 給付型奨学金を全面的に導入し,これをテコに使い,日本の大学教育を抜本改革するほかない

  要点・3 大学進学率が高ければこれみあって教育水準が高い,というわけではない現状を考える


 「大学生を借金で苦しませる日本。元国税調査官が暴く授業料『大幅値上げ』の大嘘』」大村大次郎の本音で役に立つ税金情報〈まぐまぐニュース〉』2021.04.22
https://www.mag2.com/p/news/494363 を引照しつつ,日本の大学問題の基本事項を整理しておく。

 付記)この ① の記事は,有料メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』2021年4月16日号の一部抜粋である。

 【前言的な断わりの段落 日本の大学進学率はOECD加盟国平均より10ポイントも低い51%。急激に上がった国立大の授業料など学費高騰が大きな原因のひとつで,いわゆる教育格差は広がるばかりである。政府もこうした現状は国力の低下に繋がると,返済不要な給付型の奨学金制度を導入。しかし,これに当てる予算があまりにも貧相でお粗末と呆れるのは,元国税調査官大村大次郎である。

 今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では,そもそも授業料値上げの根拠としている「財政悪化」が大嘘と指摘。大企業や高所得者向けの減税や補助金,有力政治家の地元への公共事業費などには桁違いの税金を使っていると明かし,この国の未来を真剣に案じている。

※人物紹介※ 大村大次郎(おおむら・おおじろう)大阪府出身,10年間の国税局勤務ののち,経理事務所などを経て経営コンサルタントフリーライター。主な著書に『あらゆる領収書は経費で落とせる』中央公論新社,2011年,『悪の会計学双葉社,2008年など多数ある。

 1) 日本はもはや途上国

 新型コロナ禍により,日本の国家システムのボロがいろいろ出てきた。いまだに世界で100何番目というPCR検査,欧米の何十分の一の感染者しかいないのに崩壊寸前の医療体制,休業補償もまともに支払わずに国民の自粛で乗り切ろうとするお粗末な政策,持続化給付金やアベノマスクなどたまに税金を支出するさいには,必らず妙なルートで発注をし,税金のピンハネをする,等々,数え上げたらきりがない。

 もう日本は先進国ではない,というような気持になった人も多いのではないか? が,今回,ボロが出たのは氷山の一角なのである。日本という国は,目にみえて衰退の途をたどっている。その象徴的な分野が教育である。日本の教育分野の衰退は目を覆いたくなるほどである。

 あまり大きく取りざたされていないが,近年,日本の大学の授業料は大変なことになっている。国立大学の授業料は,昭和50〔1975〕年には年間3万6千円であった。しかし,平成1〔1989〕年には33万9600円となり,平成17〔2005〕年からは53万5800円にまで高騰している。40年の間に,15倍近くに膨れ上がった。バブル期の大学生と比較しても,約2倍である。

 補注)「戦後からの消費者物価の動向をさぐる」『YAHOO!JAPAN ニュース』2017/5/19(金) 9:03,https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20170519-00071038/ から,つぎの3表を借りておく。観てごらんのとおりである。ほかの諸物(財貨・サービス)の物価水準に比較したら,大学の授業料(そのほか入学金など納付金)は,きわめて順調(?)に急速に伸ばしてきた。

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 大学教職員の給与水準は21世紀になってからというもの,年功給の賃金体系部分はさておき,基本給の伸びはほとんどないに等しい時代になっている。しかし,まともな(非一流大学ではない)それも私立大学の一流どころでは,教授職で50代の場合,1千万以下ということはありえない。

 「大学教授の年収はいくら?  国立・私立別収入ランキングを発表!」『お金のかたち』2019.03.06,https://venture-finance.jp/archives/16248 は,つぎのように教えている。一般企業の給与水準(年収)と比較して,この大学の教員職のそれが,はたして高いか,それほどではないかについては,議論の余地がある。

 しかし,とくに私立大学における授業料の高水準(国民生活における諸物価に比較して考量してみるそれ)が,この教授職の賃金水準(以下の主な私大)を支えているとしたら,一定あるいは特定の問題がないとはいえなくなる。ちなみに,国立大学の教授職の賃金水準は,ここに一覧されている私立の有名大学に比較したら,150~200万円前後は低いと観てよい。
 

※-1「45歳教授の平均年収ランキング」

  早稲田大学   12,767,900円
  中央大学    12,763,790円
  明治大学    12,652,517円
  関西大学    12,352,330円
  同志社大学   12,335,810円
  立教大学    12,332,509円
  関西学院大学  12,222,720円
  法政大学    12,041,745円
  慶應義塾大学  11,868,160円
  立命館大学   11,839,840円


※-2「55歳の教授年収ランキング」

  中央大学   14,269,670円
  明治大学   14,131,032円
  関西学院大学 14,005,680円
  早稲田大学  13,982,380円
  立教大学   13,926,875円
  関西大学   13,881,350円
  同志社大学  13,879,940円
  慶應義塾大学 13,603,360円
  法政大学   13,515,447円
  立命館大学  13,211,350円

 2) 高くなりすぎた大学の授業料

 そして,この授業料の高騰のため,大学にいけない若者が激増している。昔は,貧しい家の子供であっても,「勉強すれば出世できる」という道があった。しかし,現在では,いくら勉強ができても,大学の授業料を払える経済力がないと,出世できない。

 補注)「立身出世」「末は博士か大臣か」という,いまでは時代がかった文句になったセリフがあったが,昨今では「大学は出たけれど(仕事がなく,ルンペン生活を強いられる卒業生……という意味)」という “昭和戦前期の大不況期” とはまったく異なった意味で,「大卒の価値」が顕著なインフレ現象にさらされてきた。

 もちろん,ブランド大学とこれ以外の大学にそれぞれ属する学生にとっては,「失われた10年」を3度にもわたり繰り返してきた,日本の社会経済・国民生活から受ける意味あいは,相当に異なる。とはいえ,ブランド大学に入学した学生であってもなくても,日本学生支援機構から貸与される奨学金で生活している者が非常に多い事実が,以前から大きな問題になっていた。

 この貸与型奨学金にくわえてバイト生活も精一杯にこなしつつ,これも学生生活のための経済生活の重要な一部として組みこんでいる学生たちは,卒業後にまともに就職できなかった時は,それはもう,たいそう苦しい状況に追いこまれる。

〔記事に戻る→〕 また大学にいくために,多額の借金をする若者も増えている。現在,90万人以上の大学生が「有利子の奨学金」を受けて学校に通っている。この「有利子の奨学金」というのは,奨学金とは名ばかりで,実際はローンと変わらない。きびしい返済の義務があり,もし返済を怠れば,法的処置さえ講じられる。この「有利子の奨学金」を受けている90万人以上という数字は,大学生全体の約の3分の1になる。

 補注)「返済を怠れば,法的処置さえ講じられる」ような貸与型奨学金は,厳密な意味でいえば奨学金の名に値しない。奨学「金」そのものなのではなくて,卒業後に進路にわざわざ障害物をしかけられる可能性(危険性)のある貸与型奨学金は,事情によっては若者が世間に出ていくさい障害物になっている。

〔記事に戻る→〕 彼らは大学卒業時には,数百万円の借金を抱えていることになる。そして2000年代は就職難が続いたため,就職もできないままに借金だけが残っている,という卒業生も多々いた。この問題は,大学側でも大きな問題として意識されている。また新型コロナウイルス感染症の悪影響のために,さらに就職活動の展開が困難となっている学生たち生じている。

 「大学生の半数近くが,借金をしないと大学にいけない」などというのは,一昔前の日本では考えられなかった。40代,50代の人には,信じられない話ではないか。バブル崩壊以前の日本では,有利子の奨学金を受けて大学にいくような学生は,あまりおわず,よほど家庭に事情がある学生だけであった。

 いまの日本は少子化が進んでいて,就学人口も非常に減っている。その少ないはずの就学世代にさえ,まともに教育を受けさせられていない。教育というのは,国の根幹にかかわるものである。この国は,もう崩壊寸前とさえいえる。皆さんが思っている以上に,日本という国は終りが近づいている。

 補注)昨日(2021年4月27日)晩のことであった。たまたま視聴したユーチューブ動画の番組に登場したジャーナリストの青木 理(おさむ)が,この「日本は滅びていくほかない」という趣旨を語っていた。が,日本における大学の実情は四半世紀以前から,すでに「大学教育=高等教育」面は崩壊状態が開始していた。もちろん,それは非一流大学になればなるほど顕著な傾向になっていた。もっとも,ブランド大学ではそういった方向を回避する手がかりがないわけではない。

 だが,世界における大学の格付け順位は,欧米の評価機関が認証するものとはいえ,東大も京大もその順位をじりじり下げてきた傾向が明確に出ている。日本人学者(主に日本の大学出身)のノーベル賞受賞者は,このところまで順調に輩出されている。だが,その実績は四半世紀以上も以前に彼らが蓄えてきた研究成果の反映なのであって,これからは確実にその受賞者は減ると警告している。しかも,そうなりそうだと断定するのは,当の受賞者たちであった。

 ともかく,日本の大学制度の一環を構成する奨学金制度,その主流が貸与型奨学金はある点は,国民たち1人ひとりがもっと意識をもって批判的に議論し,給付型奨学金を一気に増やす高等教育体制を創らないことには,今後における日本の大学教育は先細りをさらに強いられる。

 3) 実質的に世界一高い大学授業料

 しかも,日本のこの授業料は,実質的に世界一高い。そもそも,大学の授業料などというものは,世界中の国が威信をかけて,安くしているものである。高等教育こそが国力の礎だからである。

 日本は少子高齢化社会を迎え,子育てに関しては国家を挙げて支援しなければならないはずである。にもかかわらず,大学の授業料が実質世界一高いというのは,どういうことか?

 つぎのデータ(少し後段にその数値が出てくる)をみれば分かるように,ドイツ,フランスの大学の授業料は,まるで無料のように安い。イギリスとアメリカの大学の授業料は,日本よりも高くみえるが,両国は奨学金制度が充実している。お金がなくても入れる学生も多い。

 イギリスの場合は,誰でも授業料の全額を国から借りることができ,返済額は卒業後の収入に応じて決められている。収入によっては返済免除となる。だから,収入が少ない人は,全額返済をしない場合もある。

 アメリカの場合,連邦政府奨学金,州政府の奨学金,企業の奨学金などのいくたの奨学金制度があり,大学生の70%がなんらかの奨学金を受けとっている。しかも,アメリカの奨学金は,イギリス,日本の奨学金と違い,原則として返済不要である。

 日本の奨学金は,ほとんどが返済を要するものであり,収入による返済免除の制度などもほとんどない。実質的に,日本の大学生が先進国のなかでは,断トツで負担が大きいといえる。

 補注)以上の説明,欧米の主な国々における「大学の授業料と奨学金との関係事情」は,日本と質的に異なる高等教育のための制度基盤が控えていると観るほかない。このあたりの理解は,とくに日本では,大学生たちの父母が抱く高等教育「観」に固有である問題点を反面的に示唆する。

 大学に子どもをいかせるために,この子どもたちが小さい時から教育資金の積み立てを(たとえば学資保険を組んで用意)したり,実際に進学するさいに不足する時には,金融機関から融資まで受けるというのは,ある意味では当然だと形容するよりは奇観である(現状のごとき日本の教育事情に関しては,そういってもけっしていいすぎではない)。

 たとえば,ここにとても成績優秀な中学2年生がいるとする。大変な秀才である。この子は高校から大学まで進学するのに,すべて無償で支援されていい。それこそ話が飛ぶが,そうしておいたほうが「国家の利益」にもなるはずである。

 あるいは「まともな一流高校」(この定義については,ここでは想像に任せるが)に通う生徒のうち,上位15~20%の成績の者たちは,そのままガンバッテ勉学をつづければ,大学に進学後も「その%以内の順位」に着けていれば,大学での授業料は全額減免の対象者にしてよい。

 前段に指摘した給付型奨学金(育英財団の)あるいは授業料減免の措置(大学側の)は,もちろん日本の大学のなかでも制度的になにもないわけではない。しかし,馬鹿高い授業料の負担などなしで,成績優秀者は大学に進学させてあげる措置が,無条件に整備されていて当然である。このあたりの教育政策に関連する観点が日本の大学には希薄である(なお,日本の大学にそれらの制度運営面がまったくないのではないという点については,重ねて誤解なきようお願いしておく)。

 4) アメリカでなんらかの奨学金を受けている人の割合

    公立4年制大学 ………… 73.9%

    私立4年制大学 ………… 86.1%

    アメリカ全大学合計……70.7%

       註記)「The National Center for Education Statistics」より

 5) 先進国の大学の授業料

  日 本(入学金+授業料 私立は+その他)

   国立大学   817,800円(282,000円+535,800円)

   公立大学   935,555円(397,595円+537,960円)

   私立大学   1,314,251円(269,481円+857,763円+187,007)

    国公立大学は2012〔平成24〕年度,私立大学は2011〔平成23〕年度)

  アメリ(2009年)

   州立大学(総合大学)   約 835,000円

   州立大学(4年制大学)  約 613,000円

   私立大学(総合大学)   約 3,423,000円

   私立大学(4年制大学)  約 2,049,000円

  イギリス(2011年)

   国立大学  最高額 約 1,100,000円

  フランス(2010年)

   国立大学  約 21,000円

  ドイツ(2012年)

   州立ボン大学  約 24,400円

    (文部科学省・教育指標の国際比較より)

  韓国より20%も低い大学進学率

   補注)大学制度の定義・範囲は厳密には国別に異なる要因が含まれるので,この項目「韓国との進学率の比較そのもの」は,文字どおりには受けとれない。

 奨学金の返済問題に関しては,政治家や官僚も,さすがに気づいたらしく,最近になって,国は,給付型の奨学金の創設に向けて動き出した。給付額は月3万円を給付し,返済不要という奨学金をつくることになった。

 しかし,この新しい給付型の奨学金制度は,あまりにお粗末であった。この給付型奨学金に対する予算は,年間たったの70億円である。1人当たり年間36万円支給するとして,せいぜい2万人分にしかならない。

 有利子の奨学金を受けているのが90万人だからその2%程度で,焼け石に水とはこのことである。住民税を払っていないなど,本当の貧困家庭の子しか受けられないのです。年間100兆円の予算を使っている国家が,大学生の奨学金にたった70億円しか出せない。

 補注)この「本当の貧困家庭の子しか受けられない」という給付型奨学金の制度そのものが,この国の教育政策が非常に〈貧困な思想〉しかもたない事実を,裏面的に物語っている。さきほど指摘したのは,成績上位者15~20%内の学業成績を上げている学生たちには授業料免除を,などと指摘してみた観点とは,最初から向いている・みている方向が真逆である。

 要はケチな国家が日本政府なのである。教育のためだとなれば,「国家ではなくて,家・家族」自身が,非常に高い授業料でも子どものためだからといって,無理をしてでもこれに黙って我慢して負担する。そのせいで,それこそ政府側はいつまでも高をくくった姿勢で,「日本の国民たちの〈教育費負担〉の実情」を,遠くから観察できてきた。この国家側のとくに高等教育に関する基本姿勢は「教育は国家百年の大計」という大事な思想を出発点から欠落させていた。

〔記事に戻る→〕 日本の大学教育制度は,大学進学率に如実に表われている。日本は,大学進学率において先進国のなかでもかなり低い部類となっている。OECDが発表したデータによると,2012年の時点で,日本の大学進学率51%。OECD31か国中,22位。アメリカ,イギリスなどと比べればはるかに低いし,OECDの平均値62%よりも10ポイントも低い。しかも隣国の韓国では,大学進学率は71%であり,日本は20ポイントも低いのです。

 補注)この付近の説明にはだいぶ留保が必要である。韓国の事例については前段に指摘した。また日本の大学事情としては「一流大学群」とそのほかの「非一流大学群」との差(教育を受ける学生層にめだって学力の格差がある事実)がみのがせない。

 6) 筆者の体験では旧帝大系の学生と非一流の私立大学の学生に向かい,実際に講義してみて感じたのは,これらの若者たちは,とてもではないが同じ「大学生」には思えない・感じられない,それこそ「天地もの遠い差異」があるという現実であった。後者の学生たちは,岩波新書でも比較的〈軽い:判りやすい日本語〉で書かれている啓蒙を狙った本であっても,まともに読みこなせない者が少なからず含まれていた。

 いうなれば,彼らは私大経営を維持・確立させるための大事な一群として,とくに「私立大学に〔それも大量に〕入学を許された若者集団の存在」になっている。正直いって,卒業後の進路を実際に追跡してみると,なにゆえ大学卒の証書が必要なのか皆目理解できなかったのが,そうした「低学力しかもちあわせない学生層」に属していた一群であった。大学にはいかないほうが,かえってよほど「お得な人生」への針路も開拓できるのではなかったかとも感じる。

〔記事に戻る→〕 もちろん,この日本の大学進学率の低さは,大学の授業料の高さや奨学金などの諸制度のお粗末さが最大の要因である。繰り返していうと,日本は急速に少子高齢化が進んでおり,子供は少なくなっている。にもかかわらず,その少ないはずの子供たちにまともに教育を受けさせることさえしていない。なぜ日本は,こんなに政治が貧困な国になったのか,という問題にもつながるのである。

 補注)この段落の意見にも本ブログ筆者は異論があった。というのは「日本の大学進学率の低さ」の問題,「大学の授業料の高さ」の問題,「奨学金などの諸制度のお粗末さ」問題などは,それぞれをいったん分離させたうえで考察すべき実態・中身を,実際にはかかえている。

 それゆえ,そう簡単にはそれらの問題を初めから一気にまぜあわせて論じることには,困難があった。ひとつひとつを,ていねいにより分けるして解明したのちにこそ,それぞれ別個に含まれている・残されている「独自の論点」が,いったい,どのようにとりあげられ,なおかつ相互に関係づけられて議論すればいいのかを考えるための「事前の準備」もできるはずである。

 7) 金持ちの子しか大学にはいけない

 日本では大学の授業料が高額なうえ,進学するためには,学校のほかに塾などにいかなくてはむずかしい。既存の学校があまり充実していないから,そうなるほかない。となると,金がある家の子しか,いい大学に入れないことになる。それは,実際にデータとしても表われている。

 東京大学がおこなっている「学生生活実態調査」によると,2016年の東大生の75%以上が,親の年収は750万円以上である。そして,東大生の親の約60%は年収が950万円以上である。年収950万円というと,かなりの高収入です。親にそれだけの収入がないと,いい大学には入れなくなっている。

 東京大学というと,高級官僚のシェア率が断トツに高く,一流企業に就職できる確率も非常に高い。つまりは,金持ちになることをほぼ約束された人たちである。そして,この東大生になるには,金持ちの家に生まれないとむずかしくなっている。このようにして,日本では急速な勢いで社会の世襲化が進行している。

 8)ほかの分野では湯水のように税金を使う

 大学の授業料がなぜこれほど高騰したかというと,表向きの理由は「財政悪化」であった。「少子高齢化社会保障費がかさみ財政が悪化したために,各所の予算を削る必要がありその一環として,大学の授業料が大幅に値上げされた」といっていた。

 しかし,それも真っ赤なウソであった。日本は1990年代以降,狂ったように公共投資を濫発してきた。しかも公共事業の多くは有力政治家の地盤強化のためのものであった。たとえば,自民党の有力議員である二階氏が予算委員長だったときには二階氏の地元の和歌山県に毎年平均1000億円以上の公共事業がばら撒かれていた。なんと東京より和歌山の公共事業費の方が多い年さえあったくらいである。

 また大企業や高額所得者には,大減税をおこなっている。大企業への補助金も莫大なものである。2000年代,自動車業界に支出されたエコカー補助金は1兆円に近いものであった。〔それでいて〕大学生の奨学金には70億円しか出さない。

 9) そういう国に未来があると思えるか?

 この最後の指摘,「あなたは,この文書を読んでみて,この日本という国に将来があると思えるか」と問われ,なんと答えるか?

 

  実は高年収層でも教育費の負担は重い

 この ② の説明に利用した記述・資料は,なるべく簡潔におこなうことにしたい。

 1)「年収1000万じゃ全然足りない … 『子供3人とも私立 + 一浪』50代夫婦の大誤算 食費を月3万円削減で崖っぷち回避」『PRESIDENT Online』https://president.jp/articles/-/42427?page=1 を,以下にそっくり引用しておく。

 要は,子どもが3人いる点も原因になっているが,年収1千万円の所得層(しかも夫婦2人とも正社員で勤務)でも,日本における教育費の異常なまでの負担比率の重さが観てとれるはずである。

 正社員の共働き夫婦の年収は計約1000万円。近年は2人とも給与が上昇中だったこともあり,子供は3人とも高校・大学が私立。教育費にくわえ,マイホームや車のローンもある。食費も外食中心だ。当然,赤字の炎上状態となった家計を立てなおすべく,ファイナンシャルプランナーの横山光昭さんがアドバイスしたウルトラCとは。

 子供は3人とも私立志望,お金がかかるかかる。「今後は350万円分の投資信託を解約するしか手はないでしょうか…… 」。都内在住の共働きの会社員Sさん(50歳)と妻(50歳)には子供が3人います。

 一番上の長女は一浪で今冬,有名私大の合格をめざしています。長男(私立高校2年)も大学進学予定です。次女(公立中学1年)も2年後には私立高校受験が控えています。子供3人の教育費は少なくとも月8万7000円。3人とも高校・大学は私立となる公算が大きく,家計を圧迫しています。

 Sさん夫婦の人生は,教育費にかなりお金がかかるステージに入ったのです。ネックは,夫婦の貯蓄が,社内預金の現金約300万円にとどまっていること。ほかに積立投資で投資信託を約350万円分保有していますが,やや心もとないです。

 以前は,銀行に貯金が約130万円あったのですが,長女の予備校代や,長男の塾代,夏期・冬期講習代や参考書代など,ほとんどを教育関係の支出に使い,ここ2年ほどでなくなってしまったのだそうです。

 年収1000万円世帯だが,家と車のローンに莫大な教育費が…。夫婦の手取り収入は計55万4000円。教育費にくわえ,マイホームや車のローンなどに月計15万1000円かけていますが,やりくりしだいでは,貯金は不可能ではなかったはずです。

 夫婦も先取り貯金をしたり,袋分けで家計管理を試みたりしたそうですがうまくいかず,毎月2万以上の赤字家計になりがちでした。夫婦のボーナスはその補塡などに消え,貯金ができませんでした。

 そのため長期休暇時の塾の講習代は,貯金を切り崩して支払うしかなかったのです。銀行の預金を使ってしまうと,つぎのお金の出どころは社内預金しかありません。もしそれが底を突いたら積立投資を売ってお金を工面するしかないのか,と考えたところ,先々のお金がなくなるという危機感を覚え,家計相談する決断をしたそうです。

 以上で「引用は終わり」としたい。ただ「支出を月6万円もカットして,見事,黒字家計に変身できた理由」という,引用した記述の「/42427?page=3(頁目)」における小見出しのみは,ここに添えておくことにした。

 要は,教育費の問題についてはとくに,塾代・予備校関連の諸経費や授業料(ここでは次項に出てくる大学関係)関連の費目が世帯・家庭にかかってこなければ,日本の家・家族などはもっと,ましで,よりまともな経済的な生活水準を,間違いなく維持・構築しうるはずだという〈反省的に批判する視点〉が必須である。

 2)「子どもの教育費,年収によってどれだけ違う?  日本の平均をズバリ解説」 『マイナビニュース』2016/10/20 11:30,https://news.mynavi.jp/article/20161020-education/ という記述は,日本において「教育の機会均等」が所得の格差によって大きく広がりすぎている現実があり,この事実がさらに回りまわっては「国力までもそぎ落とす危険性」がある点を示唆している。

 a)   年収が上がるほど,教育費の支出も多い(以下,図表はクリックで拡大・可)

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 b)   年収別・進路別教育費の一覧-年収400万円未満と1,200万円以上の世帯の進路別の差-

   ・すべて公立の場合, 約480万円

   ・高校だけ私立の場合,約560万円

   ・中高私立の場合,  約550万円

   ・すべて私立の場合, 約680万円

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 c)   教育費,生活費,収入のバランスを

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 以上,1)  2)  の話題に関する〈肝〉となる部分は,年収(所得)層の違いはあれ,「教育機会均等」を実現するための教育(文教)政策が必要不可欠である点であった。だが,政府の基本的な立場は「教育は百年の大計」を,まっとうに理解しようする気配が感じられないところに最大の特徴があった。

 以上に説明したごとき年収階層別に露骨に現象している〈世帯・家庭内の教育経費投入〉の実態に対して,これを極力是正させ補完するために手立てについて,それも高等教育制度面への通路に連なる論点についてとなると,国家側はあまり関心をもたないでいる。

 ここまでひどく「教育哲学をもちあわせない」この国家の教育「政策・観」を正せるのは,国民側の立場しかない。しかし,子どもたちの保護者の立場からは通常,「高等教育制度」にまでかかわる問題意識を,ふだんの生活のなかから獲得できていない。その方面に関する余裕が日常生活においてはもてない。

 しかし,「教育を受ける子どもたちの権利」とそれに対する「自分たち(保護者)の義務と」の不必要な混濁状態に気づこうとしない国民側の教育観が,まずもって全面的に変革されねばなるまい。菅 義偉は「自助・共助・公助」という政治的理念の順番を示したが,教育問題におけるこの順番はまっさきに,完全に逆にされておかねばおかしい。

 2020年以降のコロナ禍に対する政府の態度,五輪をゴリ押し的にまだ開催しようとしている政府の〈馬鹿さ加減〉のその足元で,日本の教育制度は確実にさらに溶融しつつある。このような現実に真っ向から異議を呈する国民たちが少ないようでは,まさしく「この国は滅びる」といった前段における「青木 理の指摘」は当たっているとしか受けとりがない。

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