原発の使用年数を60年以上まで延長したいと考える狂気,老朽原発は問題だらけであるのに,いまさらなにをトチ狂ったか,原発推進信者のいいぶん

 通常の工学的な常識からも外れて原発の使用年数を60年よりも以上「80年にまで」延ばせという「狂気の沙汰」,この度外れに非常識な「原発教」的な関係者のいいぶんを,どのように理解しておけばいいのかに関する議論


  要点・1 原発の使用期間の問題になると,40年に20年をプラスさせて60年に延長したうえで,さらに20年をくわえて80年にまで延長させろと要求するのは,工学的な合理性判断からは外道も外道

  要点・2 40年以上経過した原発が「製品寿命(プロダクト・サイクル)」的な問題としてかかえざるをえない「困難」は,その使用年数を増やせば「通常の故障率が急激に増大せざるをえない」論点として明白であるが,それでも,60年以上の「80年にまで延ばせ」という狂気


  鉄道車両減価償却期間

 この減価償却期間として当てられている年数は,実際に運用されている年数とは異なる。後者のほうが長期間になる点は,常識的に理解できる現実の運用方法である。

  電気または蒸気機関車   18年
  電 車          13年
  内燃動車(制御車及び附随車を含む)  11年

  貨車(高圧ボンベ車及び高圧タンク車) 10年
  薬品タンク車及び冷凍車        12年
  その他のタンク車及び特殊構造車    15年
  その他のもの             20年

  線路建設保守用工作車      10年
  鋼索鉄道用車両(ケーブルカー) 15年
  無軌条電車トロリーバス)    8年

 

  蒸気機関車3つの形式の実際における運用年数-実用機関車の使用期間-

 1) 実用機関車の終焉

 蒸気機関車は1974〔昭和49〕11月に本州から,1975〔昭和50〕3月に九州から相次いで姿を消した(四国からはこのときすでにに消滅していた。この時点で大半の形式が消滅しており,北海道にC57形・D51形・9600形の3形式が残るのみとなる。この3形式による北海道内のローカル運用や石炭列車,入替仕業が最後の蒸気機関車運用となっていた。


 1975年12月14日,「さようならSL」のヘッドマークをかかげたC57-135による室蘭本線室蘭-岩見沢間の225列車が運行され,蒸気機関車牽引の定期旅客列車は姿を消した。

 そのC57-135は年明けの1976年5月に東京の交通博物館に回送・陸送され保存された(2007年10月からは交通博物館に代わって開館した鉄道博物館に保存されている)。C57-135による225列車運行の10日後の12月24日に夕張線(現・石勝線)でD51-241による石炭列車が運行され,本線上から蒸気機関車が消滅した。

 1976年3月2日に追分機関区の9600形による入換え仕業を最後に,保存目的の車両(梅小路蒸気機関車館〈現・京都鉄道博物館〉所属の車籍を有する保存機)を除いて国鉄から蒸気機関車は姿を消した。

 民営鉄道でも保存・観光目的のものを除き同時期に蒸気機関車は姿を消し,専用鉄道でも1982〔昭和57〕年の室蘭市における鉄原コークスを最後に,蒸気機関車の使用は終了している。

 a) 9600形(通称キューロク)

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 これは,1913〔大正2〕年から1925〔大正15〕年にかけて784両が製造された国産初の量産大形蒸気機関車であり,日本を代表する貨物用機関車であった。古い機関車ながら使い勝手の良さから,支線貨物や入換用として活躍し,SL終焉の1976〔昭和51〕年まで現役で働いていた。

 註記)前後する記述はウィキペディアなど参照している。

 補注)実際の「この9600形の各機」がどの期間,現役でどのように運用されていたか,ここでは不詳であるが,最後に(1925年に)製造されたこの9600形が1976年まで「入換用の実機」として働いていたと仮定して計算すると,その使用年数は51年となる(1913年からのその年数だと63年)。

 入換用に運用される蒸気機関車であるから,本線で旅客列車や貨物列車を牽引する場合とはその技術的に要求される整備の程度などは,緩和されることになる。

 ここでは,9600形は最長でも51年の耐用年数であったという事実に注意しておきたい。

 b) D51形蒸気機関車

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 日本国有鉄道国鉄)の前身である鉄道省が設計,製造したテンダー式蒸気機関車である。1935〔昭和10〕年から1945〔昭和20〕年にかけて,とくに太平洋戦争中に大量生産された貨物列車牽引用の蒸気機関車であった。国鉄における所属総数は1115両に達し,ディーゼル機関車電気機関車などを含めた日本の機関車1形式の両数でも最大を記録した。

 1972〔昭和47〕年10月に鉄道100周年記念で八高線にて運転されたイベント列車の牽引を最後に運用から外れた。なお,配置は坂町機関区のままで,高崎第一機関区には貸し渡しとされている。以後,動態保存されたり,観光用に復活したD51も2輌あった。

 とくにこのD51は,操作性の良さから現場の機関士にも人気があり,また「デゴイチ」の愛称は,日本の蒸気機関車の代名詞にもなった。

 さてこちらのD51の場合,あえて製造開始年の1935年から数えることにしておくと,使用年数は1972年までの37年間となる

 3) C57形蒸気機関車

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 最後に残ったのは北海道の追分機関区に所属していた5両で,C57-135牽引(現・鉄道博物館所蔵)の国鉄最終蒸機牽引旅客列車運転から10日後の1975年12月24日まで使用され,この日は241号機が担当した。これが国鉄における蒸気機関車牽引の最終貨物列車(夕張線6788列車)ならびに国鉄最後の蒸機本線走行となった。

 このC57形はC55形の増備用改良形として製造された亜幹線用の旅客用機関車で,1937〔昭和12〕年から1946〔昭和21〕まで201両が製造された。この形式より動輪が箱形輪心となった。戦争中の1942〔昭和17〕年からは,貨物用機関車の増備のため製造を中止していたが,戦後再開した。

 とくに最後の4次形は外見寸法とも異なりC61形に近い外見をしている。同形機は台湾でもCT270形として使用され,とくに1953〔昭和28〕年にアメリカの援助で台湾に輸出した一次形8両は最後に製造された国鉄蒸気機関車となった。

 日本国内では,1975〔昭和50〕年まで運用され,国鉄現役最後の蒸気機関車による客車列車を牽引した。現在は,梅小路蒸気機関車館の動態保存機C57-1が山口線を中心として運転されているほか,JR東日本でもC57-180が磐越西線で運行中であり,そのほか約34両が静態保存されている点が注目に値する。

 このC57形の場合は,1937年から1975年まで実際に運用されていたと解釈しておとくと,使用年数は38年である。

 ここまでの記述で記憶しておきたい点を,つぎに記しておくとこうなる。

 ※-1 9600形蒸気機関車の使用年数は,51年(最長で62年)。

 ※-2 D51蒸気機関車の使用年数は,37年。

 ※-3 C57形蒸気機関車の使用年数は,38年。

 以上のごとき蒸気機関車の使用年数(もちろん税務会計上の耐用年数よりはるかに長期間)については,電化にともなう電気機関車や非電化区間ディーゼル機関車などによる世代交代が影響しており,とりわけD51やC57についてはその影響があった。

 問題は蒸気機関車の場合,戦争中や敗戦直後の時期,走行していた機関車が爆発事故を起こした実例をのぞき,蒸気機関そのものが爆発事故を起こすといった事例はなかった。

 補注)蒸気機関車の爆発事故については,つぎの説明を引用しておく。

 D52形蒸気機関車は,軍需輸送を優先とした貨物列車の増発にともない,戦時中という悪条件下,最優先に製作された蒸気機関車であった。1943〔昭和18〕年から3年間に285両が短期量産(国鉄・民間の計7つのメーカー)された。D52形は,早速に幹線輸送に投入されたけれども,軸重が大きかったため東海道本線山陽本線東北本線鹿児島本線,函館・室蘭本線などに限られた。

 

 D52は,戦時設計(銅・鉛の節約,鋼材節約によるナンバープレート・デフレクターランボード・炭水車炭庫側板などの木製化,コンクリート塊搭載による粘着重量の確保等)にくわえ,短期量産・粗製による故障の頻発,応召によるベテラン乗務員・検修要員欠員による技量の低下,石炭不足,低カロリー粗悪炭などで所期の性能に届かず,D52形の働きは従来型(D51形)に準じてしまった。

 

 しかも,戦時設計があだとなって顕われ,蒸気機関車にとって致命的な欠陥ともいえる,鋼板材質不良と溶接工作不良等が重なった心臓部のボイラー破裂事故が相次いだ。1945〔昭和20〕年に連続して3件,1954〔昭和29〕年に1件のボイラー破裂事故は,D52形蒸気機関車にとっては戦争の落とし子であったがゆえの不名誉な事故であった。

 

 そのうちのひとつは,廃線直後の民心・生活ともに荒廃していた混乱期のなかで発生し,機関車乗務員を震撼させたボイラー破裂事故だった。それは,1945年10月19日に起きた。東海道本線醒ヶ井駅を通過中の第972貨物列車を牽引していたD52-209号機関車(米原機関区所属)のボイラー火室天井板が突然破裂し,その勢いでボイラーが台枠から外れて吹き飛ばされ,付近の川中に転落して運転室が大破,乗務員2名死亡・2名重傷という大事故だった。

 

 補注中 補注)それでもこのD52はその後旅客用のC62へと改良され活用していくことになったが,こちらの事例は “耐用年数をウンヌンする” ための比較材料としては不適だとみなすほかない。ともかく,日本において蒸気機関車の使用年数は,代表的な形式3車(9600,D51,C57)を観たかぎり,およそ40年(~最長で50年)だったとみなせる。

 

 なお,C62形蒸気機関車は敗戦後,旅客用機関車が不足したため,D52形のボイラーと新製したC59形の足まわりを組み合わせ新たに設計して製造された「日本最大の幹線用旅客用機関車」である。

 

 1948〔昭和23〕年から1949〔昭和24〕年にかけて日立製作所川崎車輌,汽車製造で,49両を改造して製造した。自動給炭装置付きのためC59形より高性能で,東海道,山陽本線で特急急行用として使用され,電化後は東北本線常磐線,最後は函館本線で1973〔昭和48〕年まで使用された.現在梅小路蒸気機関車館で動態保存中のほか,各地で4両が保存されている。

 ここからはその後における話題となる。観光事業用に復活・運用されている蒸気機関車はタンク型のC11やC12という形式も利用されているものの,主にC57やC58,D51が目立つ形式である。これらの機関車を観光用とはいえ,実際に運用するとなれば,以前現役で運用されていた時の技術性能上の諸条件を満たさなければならない。

 とくに,街中に廃車同然に放置されていたボロボロに錆びるままに任せていた蒸気機関車を,観光用に復活するための作業の実例は,テレビ番組のなかでも紹介されていたが,何年もかけての作業となっていた。不足する各部品などの調達も含めて,たいそう手間ひまのかかる復旧作業である。

 以上のような蒸気機関車の話題をさきにとりあげてみたのは,本日:2021年7月16日の新聞朝刊につぎのような記事が出ていたからである。

 

 原発運転,60年超も 政府内で浮上,安全対策の追加想定」日本経済新聞』2021年7月16日朝刊5面「経済・政策」

 政府内で原子力発電所の運転期間の延長論が浮上していることが〔7月〕15日わかった。現在は運転開始から原則40年,最長60年となっている。原子力規制委員会の審査で止まっている期間を除いた「実働ベース」でみる案や,運転期間の上限を撤廃する案などがある。実現すれば事実上60年を超えて運転することになる。建て替えや新設を見送り,古い設備の延命頼みが強まる。

 補注)このなかに出ていた点「実働ベース」で耐用年数(使用年数)を解釈し,計算するといった〈マヤカシ〉的な技術論は,問題ありであった。中古自動車の価格を決定するさい「走行距離」を参考にしておくやり方とは,だいぶわけが違う。

 中古車でも自動車が新車として購入された以後,こちらの「実際の経過年月」が基本に踏まえる係数になる。ところが,原発の話題になると,そうした経過年数に必然的にともなっている〈機械技術的な条件の変化:各性能の劣化や低下〉は無視せよといっているも同然であって,この「実働ベース」という発想は奇想天外である要素を強く湛えている。

〔記事に戻る→〕 6月に関西電力美浜原発3号機(福井県美浜町)が運転開始から40年を超える原発として初めて再稼働した。同原発をはじめ2030年代に法律上の上限の60年に達する設備が出てくることから長期運転のあり方は焦点だった。〔7月〕21日にも原案を示す次期エネルギー基本計画に,原発の長期運転をめぐる課題について検討することを記す見通しだ。

 40年ルールは東京電力福島第1原発事故後の原子炉等規制法改正で導入された。1回だけ最長20年延ばせる。上限を撤廃したり複数回の延長を可能にしたりするには法改正が必要だ。自民党や経済界が求める停止期間を除く場合は法改正は不要とみられる。

 補注)前段の「補注」で指摘した政府側の原発使用年数の延長弥縫策として登場した「停止期間を除く場合」といった〈奇手〉としての留保策は,工学的な合理性のもとづく判断基準を完全に無視している。

 たとえば,原発という装置・機械だと原子炉(圧力容器⇒格納容器⇒建屋)のすべてを構成するそれぞれの部品や器具が,その「停止期間」中に各部の劣化やその機能の低下を生じていないという絶対の保証など,あるわけがない。

 無理が通れば道理が引っこむごとき,それも後追い的なヘリクツでしかありえない「原発使用年数を没論理的に延長させようとする」ため主張は,非科学的なきわみだと批判されねばならない。

〔記事に戻る→〕 40年超の運転すら安全面を不安視する声が多い。さらなる延長を認める場合は安全対策の追加など規制強化との組み合わせを想定する。(引用終わり)

 こうした原発再稼働・積極派の論理構成は,まず基本の姿勢が非科学的である以上に,工学的な経済性計算の面でも完全に非合理性に先導された観念にとらわれている。それでは結局,最終的にそもそも技術経済的に採算じたいが取れない方途にまでみずから突きすすんだあげく,そしてなによりもにっちもさっちもいかずに,破壊的な状況にまで追いこまれる可能性が予測される。

 いわば圧倒的に無理を承知で(?),工学的な見地からする採算の問題すら目をつむったかのごときいいぶんが,みさかいもなく強調されている。老朽化した原発を稼働しつづけて事故を起こしたりなどしたら,もう完全にアウト。「3・11」時における東電福島第1原発事故などしらないかのようなリクツが開陳されている。

 ① で触れてみた出来事,蒸気機関車が走行中に爆発事故を起こすのとは,まったく次元を異にするのが原発の事故である。この点は説明を要しないくらい周知の事実になっているた。「原発の使用年数」(ふつうは点検などのために休止している期間もそれに含むのは当然なのであるが)を,

 従来の40年からさらに20年増やし,60年にまで延長させたうえに,その期間については「使用年数〔ここでは実際に稼働してきた期間だけを合計した時間に解釈しなおしたもの〕」を考慮するかたちにしておくという便法を捻りだしては,さらにもう20年を足して80年間にまで再延長させるという発想は,設備や装置,機械などの工学的な劣化・機能低下という「老朽の問題側面」を徹底的に軽視したきわめて危険な「原発・技術観」である。

【参考画像】

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  再生エネルギー領域の急速な進展状況から取り残される原発部門

 炭酸ガスを排出しないのが「発電中の原発」だといって,本当に奇妙な「原発擁護・推進」論者の意見を耳にするようになったのは,ごく最近のことであった。以前はそうはいっていなかった。

 要は関連する重要な事実に触れないリクツのみ示し,実質ウソをついていた。もっとも,発電中の原発は「炭酸ガスの介在(すら?)なし」に「周辺の海域や河川域を冷却用水に利用する」ことから,地球温暖化現象に対しては非常に大きな〈負の悪い貢献〉を果たしてきている。

 現状の日本は,新設中の原発は3基だけであるが,この建造中の原発が予定どおりに稼働を開始できるかどうかは「前途多難」である。ここでは,大島堅一(龍谷大学政策学部教授)が最近公表した記述に,その背景・事情を聴いておくのが便宜である。
 
 この記述は,現有する原発の使用年数を,60年どころか80年にまでも延長させようと欲望せざるをえない関係者たち側に特有の「焦り」を的確に教示している。

    福島原発事故10年:日本の原子力・エネルギー政策をどうするか ★
 = 『日本エネルギー財団』2021年2月26日,https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20210226_2.php

 a) 2021年3月11日に東京電力福島第1原子力発電所事故(福島原発事故)から10年を迎える。福島原発事故後の問題はまったく解決していない。被害回復は十分ではなく,ALPS処理水,除去土壌の処分,さらには1F事故処理等,多くの課題を残している。とはいえ,エネルギー利用に目を転じれば,事故以前には考えられなかった大きな転換が訪れている。

 原子力発電についてみると,福島原発事故前の2010年度には,54基の原発が稼働し,日本の総発電電力量の25%が原発から生み出されていた。この状況は事故後一変し,廃炉決定した原発は24基,再稼働を果たした原子力発電所関西電力九州電力四国電力の9基にとどまっている。その結果,発電電力量に占める原子力の割合は6%程度に落ちこんだ。

 2019年度の原子力による発電電力量は1970年代半ばと同水準である。もはや,日本全体で考えた場合,原子力発電は,基幹電源や基幹エネルギーどころか「ベースロード電源」たる役割も果たせなくなった。原子力発電は大きく後退し,かろうじて生きているという状況である。原子炉等規制法により運転期間は40年,最大限延長したとしても60年に限られるので,原発はいずれ消えゆく運命にある。

 補注)この60年の期限(制限)に危機感(?)を抱いた原発維持・推進派がひねりだした原発利用期間の延長策に関する奇策的な提言が,さらにくわえて20年を再延長して80年にしたらどうか,という発想であった。だが,この発想が工学技術の次元では冒険的に危険過ぎた点はただちに了解できる。

 前段で蒸気機関車の事例を挙げて,いまや観光用でなければ鉄道会社では運用されるはずもない,たとえばD51の利用法について言及してみたが,こちらは21世紀風にあらためて特別仕立となる「耐用年数⇔使用年数」の話題に過ぎなかった。

 たとえばD51の場合,観光向けに運用できる蒸気機関車として整備したといっても,こちらは原発を80年間まで稼働させたいという欲望関連とはまったく事情が違っていて,けっしていっしょには議論することができない話題であった。

 b) 一方,エネルギー政策についてみると,2020年12月に政府が発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では,原子力発電について「可能なかぎり依存度を低減しつつも,安全向上を図り,引きつづき最大限活用」という未来図を描いている。原子力発電の現実とは真逆の方針である。

 政府が原子力発電を「最大限利用」する理由のひとに,原子力発電が安価であるとする考え方がある。実際,新しい「エネルギー基本計画」に向けて開催された総合資源エネルギー調査会基本政策分科会における資料でも,「運転コストが低廉」と書かれている。

 そこで,2011年以降,再稼働に向けて安全対策投資に踏み切った既設の原発について,ごく簡単に発電コストの推計を試みる。推計にあたっては,つぎのように楽観的な想定を置く。

 すなわち,

  ※-1 発電所毎に考慮する費用は追加的的安全対策費とし,維持費,燃料費等は2015年の政府の発電コスト検証ワーキンググループの想定を使用する。

  ※-2 初期投資(建設費)はゼロとする。

  ※-3 発電電力量は,再稼働原発については実際の運転期間を考慮する。

  ※-4 また2022年度以降,未稼働原発を含め全機再稼働,その後設備利用率70%を維持する。

  ※-5 事故費用は,2016年の東京電力改革1F問題委員会で示された21.5兆円を用いる。

 〔以上を条件にして〕,発電所所ごとのデータはえられないので正確とはいえないまでも,既設原発について残された運転期間の平均発電コストを大まかに把握できるだろう。

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 結果は〔上の〕表のようになった。楽観的な想定を置いても,ほとんどの原発で平均発電コストは高い。理由は2つある。

 第1の理由は,追加的安全対策費の増加である。個別の原子炉の追加的安全対策費は発電所ごとに(つまり数基まとめたかたちで)公表されている。全国の発電所の追加的安全対策費は,原発1基あたり平均約2200億円になっている。これは,2015年の発電コスト検証ワーキンググループの想定(601億円)とは大きく異なる点である。

 第2の理由は,発電電力量の減少である。つまり,福島原発事故後,多くの原発は停止したままである。再稼働原発であっても安全対策のために長期間停止した。訴訟やトラブルで停止した期間もある。

 他方で,認可されている運転期間は通常40年,延長できたとしても20年に限られるから,発電できる電力量には限りがある。こうして,停止期間が増えると,その分運転期間が短くなり,結果として発電電力量が減る。

 補注)この前後での説明を聞けば,「原発の使用年数(日数)は,実際に稼働(運転)してきた時間だけを取りだして計算(=積算)し,これをもとに80年にまでさらに延長させる根拠にしたい」といったごとき,トンデモない発想が浮上してきた理由が理解できるはずである。

 c) 発電コストは,発電にかかる費用を発電電力量で割って求められる。発電にかかる費用の増加し,発電電力量が減少しているのだから,発電コストは相乗的に上昇する。今後,追加的安全対策費は増加しこそすれ,減少することはない。運転期間のほうは増えることはないから発電電力量も増えない。したがって発電コストは今後下がることはない。

 再稼働原発ですら発電コストが高いうえに,未稼働原発はさらに高い。たとえば東京電力柏崎刈羽原発は40年運転で発電コストが1kWhあたり23~24円台,60年運転でも16~17円台である。

 ごく簡単な試算結果からも,日本の既設原発は,経済的にみればなんのために再稼働するのか,理解できない状況に陥っている。再稼働に踏み切ったのは,大手電力会社(旧一般電気事業者+日本原電)の経営判断の失敗といってもよい。

 発電コストが安いから原発を再稼働するというよりは,むしろ,いったん投資してしまったため引くにひけない状況になってしまっているのではなかろうか。あるいは,政府が旗を降ろさないため,電力会社が,原子力発電をやめられなくなっているのかもしれない。

 d) 既設ではなく,新設原発の発電コストのほうも高いことははっきりしている。IEA(国際エネルギー機関)が2019年にだした “Nuclear Power in a Clean Energy System” という報告書がある。

 ここでは,原子力発電のコストは高く,再生可能エネルギーが増えれば増えるほど原子力発電が利用できる余地は少なくなり,競争的環境では生き残りがむずかしいと述べられている。

 同報告書の主張は,原子力発電にも長所があるから,政府による支援が必要であるというものである。この主張は首肯しがたいとはいえ,原発の経済性について事実を率直に認めている点では正しい。

 e) 日本政府は,エネルギー政策策定にあたって,原発が高いことを前提にすべきである。そうでなければ,原子力発電の行く末を見誤ってしまう。

 結果として,消えゆく原発に,貴重な政策資源がいつまでも投じられかねない。そうなれば,「エネルギー基本計画」も「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」も,はじめから失敗を含んだものになってしまうだろう。

 原子力発電を維持することに積極的に賛成する国民世論はほとんどない。原子力発電に見切りをつけ原発ゼロ社会に早期に移行すること,自然エネルギー100%のエネルギーシステムへと転換させることが,もっとも望ましい政策である。(引用終わり)
 
 この大島堅一の説明からも,日本における原発がすでに袋小路に迷いこんでいる実情が理解できるはずである。本日のこの記述が,蒸気機関車の使用年数を比較の材料にもちだして,原発の問題を議論したやり方は,それじたいがかなり不適当だったとみなさざるをえない点があった。だが,問題のありか,その本質を理解してもらうために,あえてSLを引っぱりだし,議論の材料に利用してみた。

 要は,原発の再稼働は,原発コスト面ですでに頭打ちになっている事実,いいかれば採算の面では完全に立ちおくれている現実が明快になっていた。この現実は,日本の製造業が原発の輸出をしようにも,販売価格が馬鹿高くなっていたがゆえに,数年前までには完全に全滅状態になっていた。

 そうした関連する事情をすなおに認めて議論できる原発推進派の人びとは,原発と原爆の関連問題や,原子力産業関連分野をめぐる技術水準維持の問題に関心を向けざるをえなくなっている。

【参考記事】 

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